賭博相場録カイジ〜株式魔窟編〜 第九話-未来-
※この作品は、カイジ、その他の作品を元にしたクロスオーバー二次創作です。
カイジが題材としているギャンブルの代わりに、株式や商品などの金融市場が舞台となっています。
なお作中の取引シーンは、実際のトレードに比べて、かなり簡略化されています。
★配役:♂5♀2=計7人
▼キャラクター
伊藤カイジ♂:
二十代のフリーター。現在無職。
普段はダメ人間だが、博打になると類い希な才能を発揮する。
出典:賭博黙示録カイジ
21歳。東応大学の大学生。
死を操るデスノートを使い、新世界の神となることを目論む。
出典:DEATH NOTE
ティーン向け雑誌エイティーンのモデル。
ライトと同じく、デスノートの保有者。
出典:DEATH NOTE
県立北高の女子高生。無口キャラ。
その正体は、情報統合思念体によって造られた対有機生命体コンタクト用ヒューマノイド・インターフェース。
出典:涼宮ハルヒの憂鬱
自動車修理工のいい男。
ベンチに座っている彼を見ると、誰もが「ウホッ……」と吐息を漏らすとか漏らさないとか。
出典:くそみそテクニック
利根川♂:
ホテル『エスポワール』の総支配人。
帝愛金融グループの重役で、スペキュレーションリゾートを取り仕切る。
元帝愛金融グループの重役で、現在はエンペラー&スレイブ投資顧問会社の代表取締役。
(設定に改変あり)
出典:賭博黙示録カイジ
一条♂:
(設定に改変あり)
出典:賭博黙示録カイジ
ひらひらのひらがなめがね
上記のサイトに、この台本のURLを入力すると、漢字に読みがなが振られます。
ただし、必ずしも正確とは限らないので、確認をしたほうがいいでしょう。
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株式魔窟編
□1/四週目日曜日夜、ホテルエスポワール支配人室
(ディスプレイに映る一条とビデオ通話をしている利根川)
一条:先週月曜日に売り出しを開始した、帝愛グロースファンド。
公募初日から購入希望者が殺到――基準価格はうなぎ登りです。
利根川:ファンドの
一条:帝愛グロースファンドの
その他30%は、本社が株式持合いで腐らせている取引先企業の株を押し込んで
これで利根川専務……いえ、エンペラー&スレイブ代表取締役の保有する、
バッドウィル株、竹不知株を処分する受け皿が出来上がりました――!
利根川:ククク……
バイアウトファンドの戦略上、最も重要なのは出口戦略……
つまり経営に介入出来るほど買い占めた、株の現金化だが……
一条:ファンドマネージャーなど、所詮サラリーマン。
会社から処分に困っている株を押し付けられれば、喜んでファンドに組み入れます……!
それと三流経済誌に打った、
「これからは、おカネを働かせる時代です」
「ファイナンシャルリテラシーを高めて賢く資産運用」
「もう国の年金は頼れない。自分年金を作りましょう」
帝愛グロースは、努力はしないが、儲けたい客の心を掴んだようです……!
利根川:カネを働かせるだと――?
舐めるなっ……!
世界は、お前たちの奴隷ではない。
まるで3歳か4歳の幼児のようにこの世を自分中心……
働きもせず、リスクを取りもせず、他人がせっせと預金口座にカネを運んでくれる。
そんなふうにまだ考えてやがるんだ。臆面もなく……!
こんなゴミの山を有難がって買うのだから、客のファイナンシャルリテラシーの低さが知れる。
一条:利根川社長……ありがとうございますっ……!
私を帝愛グループの
ファンドマネージャーとして、誠心誠意、精一杯忠義を尽くす所存にございますっ……!
利根川:ククク、一条。君には見所があると思っていたんだよ。
一条:帝愛グロースファンドを売って売って売りまくりましょう……!
馬鹿な客どもをカモっ……! カモ鍋にっ……!
利根川:金融の世界とは効率化……
馬鹿からカネをむしり取ることで、より賢く度胸のある者が、財を築く……!
スペキュレーターとは、ダーヴィンの進化論が説く、自然淘汰の代行者……!
一条:社長は、博識でいらっしゃるっ……!
客のカネなど、所詮は他人のカネ。
ファンドが損をしても、自分の懐は、びた一円痛みません――!
利根川:そう、自分のカネではないから……
だから心も痛まない……
何故なら……俺は痛くないから……!
一条:ククク……
利根川:ククク……
□2/四週目月曜日、ホテル大ホール
カイジ:バッドウィル……
こんな大金……しかも借りたカネを担保にさらにカネを借り入れて、自己資金の三倍近く……
おかげで土日は一睡も出来なかったぜ……
ライト:行政処分の正式決定を控え、バッドウィルはいくつも訴訟を抱えていたことが発覚。
普通に考えれば、今日の月曜は、暴落からスタートだが……
長門:バッドウィル、寄付きから買い気配。
大量の買い注文、
市場オープン。
ミサ:68000円、69000円、70000円……
なんで騰がってるの!?
犯罪がバレたら、投げ売りされるんじゃないの?
長門:『バッドウィル、行政処分の影響は軽微』
『グループ傘下の在宅介護サービス企業ドムズン、業績好調』シルバーマンサックス
『パニック売りでバッドウィルに割安感。投資判断をストロングバイに格上げ』帝愛証券
ライト:なるほど……それで買い注文が殺到したというわけか。
カイジ:な、なんだよそれ……おかしいだろ……
下手すりゃ業務停止スレスレなんだぞ……
阿部高和:ハメ込みってやつさ。
相場じゃ昔からよくあることだ。
長門:あとはこれ。
昨日の
「イケメン敏腕ファンドマネージャーが教える〜ところがどっこい!1億円は夢じゃありません〜」で、
バッドウィルと竹不知が将来性のある企業として取り上げられている。
阿部高和:ウホッ、いい男じゃないの。
ミサ:そ〜お? 雰囲気イケメンじゃない?
なんかこう、伊藤さんをイケメンっぽくしただけのような。
もう根っこのところは、全然ダメみたいな。
カイジ:ミサミサ、ひょっとして俺のこと嫌いなの……?
ミサ:ううん。伊藤さんは大事な友達だよー!
カイジ:ミサミサ、友達には優しくしような……
…………!
ライト:どうしたんだ、カイジ。
その男……一条とかいう奴を見つめて。
カイジ:こいつだ……
俺を
ライト:大学で量子力学を研究後、米国で
好成績ファンドランキングで、三年連続5位以内……
カイジ:嘘っぱちだ……!
こいつ、つい三週間前まで先物屋で営業やってたんだぞ……!
阿部高和:経歴詐称か。相場の世界じゃよくあることさ。
ライト:無茶苦茶だな……
カイジ:くそっ……汚え……!
証券会社はインチキとペテンで、幾らでも株価を操作できるってことじゃないか……
阿部高和:おいおい、悲観することはないさ。
一時の熱狂は作り出せても、リスクはどこにも消えちゃいないぜ。
こういう記事で買い煽るってことは、筋の連中は売りたがってるって証拠。
最後の売り乗せのチャンスだ。
俺も一つ、バッドウィルと
ミサ:ねえ、ライト。
阿部さんと伊藤さんは、バッドウィルを
ミサたちはどうするの?
ライト:ミサ、君は1000万の初期資金が丸々残っていたっけ。
信用取引を使った借り入れで、自己資金の三倍……
バッドウィルに1500万、竹不知に1500万、それぞれ売ってくれ。
僕も残った全資金で、バッドウィルを1800万……全力売りを仕掛ける。
阿部高和:ライト、ミサミサ。
バッドウィルのローソク足がおっ勃ってきやがった。
欲しくて欲しくて堪らない値動きをしてやがる。
たっぷりとぶっかけてやろうぜ。
ライト:表現が
売るぞ、ミサ。
ミサ:うん! ミサ、ぶっかけとか全然わかんなーい。
バッドウィル1500万、竹不知1500万、
阿部高和:目一杯浴びろよ……俺の5000万の売り
アオオオオ――……!!
カイジ:阿部さんの恍惚の表情は見なかったことにして……
これで俺たち四人は、バッドウィルの売りか。
長門、お前はどうするんだ……?
長門:全ポジション、クローズ。
売却益と合わせて、総資産6500万。
スペキュレーションリゾートの目標金額1500万クリア。
新規トレードは未定。
ミサ:ええっ!? 長門さんってそんなにお金持ちだったの!?
カイジ:あ、圧倒的……さすが宇宙人……
ライト:長門有希……いや、長門さん。
今夜、僕と食事に付き合ってくれないか。
ディナーを取りながら、互いのことについて、理解を深めたい。
たとえば生存権について、犯罪抑止と加害者の人権の観点からディスカッションを――
カイジ:てめえライト……! てめえにはミサミサがいるだろうがっ……!
ミサ:伊藤さぁん! ミサ、ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ伊藤さんをカッコいいって思っちゃった!
カイジ:長門っ……!
えーと……えーと……
交換日記からスタートしてくれないか……!?
ライト:カイジ……いくらなんでも成人男性で交換日記は……時が止まりすぎている……
長門:二人ともごめんなさい。わたしには他に好きな人がいる。
カイジ:や、やっぱダメか……6500万……
ライト:ああ……6500万はその男の手に渡る。
カイジ:おいキラとかいう奴……そいつを殺せ……
ライト:顔と名前がわかれば……
ミサ:うっわー……伊藤さんは元々だけど、ライトにもちょっと幻滅ー。
阿部高和:で、ユッキーのハートを射止めた野郎は、どんな色男なんだい。
長門:ごく普通。容姿、知能ともに目立った特徴はない。でも、
カイジ:くそっ……ごく普通の奴がモテるなら、俺がモテたっていいだろうがっ……!
ミサ:だーかーらー、伊藤さんが普通以下なんだってば。いい加減気づいてよね。
カイジ:ライト……ミサミサとの付き合いは考え直したほうがいいぞ……
ライト:僕にも色々事情があるんだ。
カイジ:弱味でも握られてるのか……?
ライト:まあそんなところだ……
カイジ:おいおい……押しかけ女房で、なし崩し的に結婚まで行っちゃうんじゃないの……?
ライト:それだけは断固阻止する。絶対に。
ミサ:ちょっと! 男同士でなにヒソヒソ話してるの!?
阿部高和:ユッキーはこれからどうするんだい? まだ何か投資するのか。
長門:今後の投資計画は未定。
目標金額が達成された時点で、わたしにとって、これ以上のリターンは意味を成さない。
不必要に取ったリスクは、わたしの目標達成に大きな不都合を生じさせる。
ライト:そうか……まあそうだろうな。
カイジ:ひとまず先に……ゴールおめでとう、長門……
長門:…………
□3/四週目火曜日、ホテル大ホール
カイジ:四週目火曜日……
バッドウィル、また買い気配から始まってるぞ……
長門:朝九時、市場オープン。
カイジ:くそっ、全然下がらねえ……!
阿部高和:昨日の熱狂の余熱が、まだ残っているな。
ミサ:ねえライトぉ……大丈夫?
ミサ、1000万しかないのに、借り入れで3000万円分、売ってるよ……
ライト:心配ないさ。バッドウィルは下がる。安心していい。
長門:臨時ニュース。
昨晩、エンペラー&スレイブ投資顧問のファンドマネージャーが遺書を残して自殺。
残された遺書によると、エンペラー&スレイブは保有する
金融庁は、インサイダー取引の疑いがないか、近く調査員を派遣する見込み。
阿部高和:へえ。大量に株を抱えてると見せて、売り抜けようと探りを入れてたってわけか。
カイジ:バッドウィル……どんどん下がっていくぞ……!
ミサ:すごーい! 口座のおカネがどんどん増えてる!
ライト:(計画通り――!)
(ファンドマネージャーの
(
(奴が写真付きでインタビューに答えていたことが突破口となった――!)
(僕はノーリスクで、リターンは無限大……)
(勝った――!)
カイジ:お、おい……バッドウィル、戻してきてるぞ……
ライト:な――! そんなバカな……!
長門:帝愛証券系ファンドが、金融庁にバッドウィル、竹不知の大量保有報告書を提出。
それを好材料に買い注文が殺到。売りの流れは反転した。
阿部高和:
あの帝愛証券が買ってるなら間違いないと、みんなそう思ってるのさ。
ミサ:ライトぉ……
さっきまで何十万円もプラスだったのに……ミサの口座、含み損で真っ赤になってるよぉ……!
カイジ:もうすぐ先週の
阿部高和:口座に余力が残ってないからなあ。
俺たち四人は、破産というロープをギリギリで綱渡りする、サーカスの子供さ。
ライト:冗談じゃない……! 僕はピエロになんかならないぞ――!
長門:午後三時。市場クローズ。
阿部高和:首の皮一枚繋がったな。
カイジ:なんなんだよ、これ……
エンペラー&スレイブって、元帝愛グループだろ……
インサイダーの臭いがプンプンしやがる……
阿部高和:相場の世界じゃよくあることさ。
しかし、こいつはちょっとやり過ぎだな。
帝愛証券は、自分のところのファンドを買った顧客と、
出すところに出したら犯罪だな。
ライト:(ふざけた真似をしてくれるじゃないか……)
(僕の新世界に、犯罪者が正義を打ち負かす現実はあってはならない……)
(利根川……お前に新世界の神が制裁を下す――!)
長門:…………
□4/四週目火曜日夜、ホテルエスポワール支配人室
(昨夜と引き続き、利根川と一条はビデオ通話をしている)
利根川:まさか船井の奴が自殺するとは……
しかも、会社の機密まで暴露して……!
一条:心労、お察しします……
船井マネージャーに何か思い詰めていた様子などは……?
利根川:船井の顔を見たことがあるか?
一条:はい。まれに見る悪党ヅラでした。
利根川:そうだ。あのタラコ唇に良心の
だからこそ採用したのだ。そして成果を上げ続けてきた。
一条:これはあくまで私の憶測ですが……社長はキラという殺人犯をご存じですか?
利根川:あの凶悪犯ばかり殺害している、正義の味方気取りの犯罪者か。
そのキラがどうした?
一条:あくまで噂話ですが……キラは死の直前の行動を操れる力≠ェあると……
利根川:バカな。神や悪魔でもあるまいし。
一条:はい。しかし不審死を遂げた者の中には、操られたとしか言いようがない――
生前からは考えられない、不自然な行動を取って死んだ者が多数いると……
利根川:…………
噂の真偽はともかくとして、我々がキラに目をつけられた可能性は考えねばならん……ということだな。
一条:はい。ところで社長……我々のインサイダー取引の疑いが流布していますが……
利根川:俺に任せておけ。すぐに揉み消してやる。
こういう時のために、天下りのポストを設けてあるのだ。
一条:利根川社長には、恐れ入ります……!
口を開いて出てくる言葉の一つ一つが、まるで
さすがは帝愛グループから独立し、次世代の金融帝国を築き上げる、新世界の皇帝……!
利根川:ククク……
この世には、王が必要なのだ。強力な王が……
この国のため……いやこの世界を救うために……!
一条:おお……皇帝陛下……!
王の仰せのままに……!
□5/四週目水曜日、ホテル大ホール
カイジ:四週目水曜……
今日を含めて、あと三日だぜ……
ミサ:ミサ、もうダメな気がしてきた……
阿部高和:諦めたらそこで試合終了さ。
ミサ:阿部さんは、目標金額1500万クリアしてるから、そう言えるんでしょ!
ミサや伊藤さんは、このままじゃわけわかんない施設に島流しだもん。
ねー?
カイジ:み、ミサミサが優しい……!
普通に話を振ってくれただけだが……
有り難うっ……有り難うっ……!
長門:バッドウィル、
ミサ:えっ!? なになに!? 何が起こったの!?
阿部高和:こいつじゃないのか。
バッドウィルグループの在宅介護サービス会社ドムズン。
幹部四名が、介護保険料の不正請求を告発して自殺。
長門:朝九時、市場オープン。
ミサ:凄い! 急落!
ミサの売りポジションがぜーんぶプラス!
阿部高和:こいつは相当ブラックだぜ。
厚生労働省を完全にコケにしてたってことだからな。
普段は仕事の遅い役人どもだが、こういう時の対応は早いぜ。
カイジ:昨日に続いて、今日も……
会社の不正を告発して自殺するの、流行ってるわけ……?
ライト:同情しているのか、カイジ?
介護保険を食い物にして私腹を肥やしているクズなんて、死んで当然だろう。
カイジ:別に同情はしてないけどよ……
薄気味悪くないか……?
ライト:人間は幸せになる事を追求し、幸せになる権利がある。
しかし、世の中は腐っている。腐った人間が多すぎる。
僕はようやく
腐った企業は、不必要な企業は、社会から排除されなければいけない。
そういった企業を解体し、資本を社会に還元することのインセンティブ……
企業価値の下落で儲かる
ミサ:ライト、カッコいいー!
ミサとライトで悪い会社をやっつけて、結婚生活の資金にしようね!
新婚旅行はユーロ一周がいいなー!
カイジ:阿部さんは、どう思います……?
阿部高和:俺は相場に、政治や思想を持ち込むのは好きじゃないね。
ま、ライトの言うことも一面では正しいさ。
ライト:何だ、カイジ。
僕が言っていることの、どこが間違っているんだ?
カイジ:なんていうか……
悪い奴が制裁を受けるのは、ざまあみろって思うんだけど……
行きすぎると、悪事や不祥事を待望する……そんな風になるんじゃないかって……
ライト:悪が制裁を受けない世の中なら、悪は永遠に栄えることになる。
悪を罰することで利益が生じれば、皆は進んで悪を罰し、いずれ悪はこの世から消滅する。
素晴らしいじゃないか、
ミサ:そうだよ。伊藤さんだって儲かったでしょ。だったらいいじゃん。
カイジ:まあ、いいんだけどな……
ちょっと引っかかっただけだ……
長門:…………
□6/四週目水曜日夜、ホテルエスポワール支配人室
利根川:どうやらお前の言ったとおり、我々はキラに狙われているらしいな。
一条:バッドウィルの違法、脱法行為は、どの程度まで知られているのでしょう……!?
利根川:バッドウィルを売り建てている、大口は洗い出したか。
一条:シルバーマンサックス、ホワイトストーンなど、外資系の投資銀行、ファンドを中心に、
国内でも、
利根川:ふん、ハイエナどもめ。個人はどうだ?
一条:引き続き調査中です。疑わしい大口個人投資家を何人かピックアップしました。
利根川:やはり
昔から馴染みのある名前だ。
煮ても焼いても食えん連中だが、キラが紛れ込んでいるとは思えん。
一条:社長……スペキュレーションリゾートの参加者はいかがでしょう?
バッドウィルを売り建てている輩はおりますか?
利根川:大勢いるとも。
どいつもこいつも踏み上げられて損切りするか、含み損の真っ最中だ。
何故気にする?
一条:いえ……特に意味はございませんが、なんとなく気になりまして。
利根川:冷静に考えろ。
スペキュレーションリゾートは、借金の上に借金を重ねた、クズ中のクズの集まりだ。
あのキラが多重債務者など、ありえるはずがない。
気になる奴がいるといえばいるが。
オクトパスの暴落を売り、バッドウィルの急騰に乗った……
圧倒的なパフォーマンスを叩き出した女……
長門有希――
一条:ま、まさかそいつが……!?
利根川:長門有希のパフォーマンスは凄まじい。
が、全資金を迷わず一銘柄に突っ込むのは、素人のまぐれ当たりに見えなくもない。
長門は今、バッドウィルを手仕舞いした後、何のポジションも持っていない。
むしろ怪しいのは、細かく利ザヤを稼ぎ、資金を2000万まで増やした後、バッドウィルの売りに回った男――
阿部高和だ。
自動車修理工だそうだが、手口が妙に
俺と同じ臭い……業界に足を突っ込んでいた気配がするな。
まあ、スペキュレーションリゾートの参加者はこちらで調査しておく。
それよりも、あちらのほうを頼むぞ。
一条:わかりました。では、
□7/四週目木曜日、ホテル大ホール
ライト:おはよう、みんな。
昨日のニュースは見たかい。
カイジ:ああ……ドムズンの、介護保険指定事業者取消だよな……?
阿部高和:ドムズンの介護サービスには、今後介護保険は、びた一文出さないってお達しだ。
厚生労働省の役人は、本気でぶち切れたようだな。
ミサ:でしょでしょ! これならストップ安間違いなしだよ!
カイジ:なあ……
今更かもしれないが、俺、気づいちまったんだ……
今日と明日、連続でストップ安になっても……
俺やライトは、目標金額の1500万に到底届かないってこと……
ライト:そんなことは最初から計算に入れているよ。
要は、値幅制限を撤廃してしまえばいいんだろう?
カイジ:そりゃそうだけど……そんなこと出来るのか……?
長門:不祥事や債務超過などで整理ポストに移された銘柄は、翌々営業日から、値幅制限が撤廃される。
バッドウィルは昨日付けで整理ポストに移されたから、明日金曜日に、値幅制限は撤廃される予定。
ライト:僕たちにも起死回生のチャンスはあるってことさ。
長門:木曜日朝九時、市場オープン。
阿部高和:おっ、臨時ニュースが入ったぜ。
カイジ:バッドウィル傘下のIT派遣会社の社長、会社の不祥事を暴露して自殺……
ライト:(ジャスト9時30分、デスノートに狂い無し)
(まだまだ爆弾は炸裂するぞ――)
阿部高和:またニュースだ。バッドウィル系列会社の重役が自殺、と。
カイジ:次のニュースも、バッドウィル関連の自殺……
この相次ぐ不自然な自殺……
これ……キラの仕業だよな……?
阿部高和:ピンハネに労災隠し、刑事事件に政治家との黒い繋がり。
出るわ出るわ。こいつはキラに目をつけられるわけだ。
ライト:(その程度の違法行為は、キラでなくても想像がつく……)
(僕が引き当てたいのは、一撃で時価総額をゼロにするような、特大の不祥事……)
カイジ:出た……!
バッドウィル系列の、製造業派遣会社……
ライト:(思い通り――!)
(やはりバッドウィルは悪徳会社……!)
(架空の利益を計上し、不当に高い評価を得ていたんだ――!)
長門:バッドウィル、暴落――ストップ安。
53000円で本日の売買停止。
カイジ:プラスにはなった……プラスにはなったけど……
目標金額の1500万には、全然届かねえ……
ライト:勝負は値幅制限の解除される明日だ。
バッドウィルの真の価値が暴かれれば、僕たちは必ず逆転できる――!
長門:バッドウィル、連日の不祥事、自殺騒動に関連して、臨時株主総会開催。
開催予定時刻は、市場
カイジ:株主総会……!?
阿部高和:こいつは波乱があるぜ。目が離せないな。
ライト:(……何を企んでいようが無駄なことだ)
(お前たちがどう足掻こうと、神の
(正義は僕の……キラの手の内にある――!)
長門:…………
□8/四週目木曜日、ホテルエスポワール支配人室
一条:社長……いかがしましょう……!?
とうとうキラに、バッドウィルの粉飾決算がバレてしまいました……!
決壊……!
キラはバッドウィルの
利根川:うろたえるな馬鹿め。
決算を粉飾した。だからどうした。
バッドウィルの事業はちゃんと価値を持ち、現金はそこにあるのだ……!
一条:い、今なんと……?
利根川:説明は一度しかしない。常に集中力を持って聞け。
日頃から常々そう言っているはずだが……?
一条:も、申し訳ございませんっ……!
利根川:俺は株主総会の根回しをしなければならん。
利益は大幅に減ってしまうが、仕方あるまい。
王者とは、常に次の戦いを考えているものだ。
お前は馬鹿の客に暴落の今こそバッドウィル買いのチャンス≠ニでも煽っておけ。
一条:おお……!
この程度の不祥事……決算を粉飾したぐらいでは、利根川金融帝国は揺るぎもしないと……!
利根川:貧乏人ほど、たった一度の戦いを、生死を賭した勝負にしてしまう。
それもこれも、カネを失うのが怖いから。一円でも損をしたくない。
その臆病な強欲が命取りになるのだ。
ククク……怯えたカネでは、勝負に勝てても、王者にはなれんのだよ。
一条:あなたこそ、新世界の王……!
王よ、仰せのままに……!
□9/四週目木曜日、夜七時ライト自室
ミサ:ライトー、もうすぐ株主総会のネット中継始まるよ。
ライト:ああ。それともう一度部屋の鍵を確認してくれ。
ミサ:きゃーっ! ライト、まだ早いよ。まだ七時だよ。でもライトがしたいっていうなら――
ライト:……ミサ、悪ふざけに付き合う暇はないんだ。デスノートを広げてくれ。
ミサ:はーい。最近ライト冷たい。
ライト:バッドウィル代表取締役の挨拶……謝罪……
一連の企業幹部連続自殺と、キラ事件との関連性は皆無であると
ミサ:誰がどう見たって、関係ありありだよね。ネットでも週刊誌でもワイドショーでも、みんな言ってるよ。
ライト:そんなことは公然の秘密で、どうだっていい。
重要なのは、粉飾決算の内容と、
…………
な……
な、ん、だと……!?
ミサ:粉飾決算は、本業の人材派遣業の高成長性を演出するために、
投資キャッシュフローの利益を営業キャッシュフローに付け替えた……
しかし営業利益はプラスであり、今期の純利益は不変――
ライト:くそっ――! やられた――!
ミサ:え――?
でも、だってバッドウィルは決算を粉飾したんでしょ?
それを認めたってことは――
ライト:粉飾決算の一番のインパクトは、利益や資産の虚偽記載……
簡単に言えば、あると報告していたカネがなかった……
すると株価は、真の理論価値まで、価格を訂正……幻のカネが消えた分、大暴落する。
しかしバッドウィルは、カネの
ネガティブなイメージで、一時的に売られはするだろうが、見直し買いは入るだろう……
ミサ:筆頭株主であるエンペラー&スレイブ投資顧問による提案。
一連の騒動で株価の
バッドウィルは既存株主の利益を守るため、一株50000円で、自社株買いをしてはどうか。
大株主、全員一致で議決。
ライト:最悪だ……!
ミサ:えーと……ミサ、全然わからないんだけど。
ライト:余程のことがない限り、バッドウィルは50000円以下には下がらないってことだ――!
ミサ:そんな……!
ねえ、ライト! 株主総会なんて潰しちゃおうよ!
あのハゲも、このデブも、そっちのバーコードも、全部名前書いちゃえば――
長門:それは無意味。
何故なら大株主の多数はファンドや企業であり、代表者を殺害しても、別の人間が空席となったポストに就くだけ。
ミサ:長門さん――!? どうして……部屋に鍵掛けたのに!
長門:夜神月、弥海砂……あなたたちこそ――
ライト:皆まで言わなくていい――
そうだ。
僕がキラだ。
ミサ:ライト――!?
ライト:それで、僕をどうする長門有希?
長門:何も。
わたしとあなたは、異なる平行世界を生きる存在。
わたしがあなたの人生に介入することは、平行世界の未来を歪めることに繋がる。
それはわたしの世界にも、あなたの世界にも相応しくない。
ライト:話が通じるじゃないか。
で、何の用があって、人のプライベートに踏み込んできたんだ?
長門:
デスノートの人類社会へのリスクは、『混沌の源』から、『影響は軽微もしくは無害』へと、大幅に格下げされた。
ライト:な……どういう意味だ――!?
長門:デスノートは人間の生死を操る、神にも等しい力を持つ。
ライト:そうだ! そしてデスノートを正しく扱える僕は、新世界の神だ!
長門:でも、会社一つ殺せない。
ライト:汚い手を使って、腐った企業を存続させている奴らがいるからだ――!
長門:それは誰?
ライト:それは……役員や、大株主といった……
長門:それなら、あなたが沢山殺した。
ライト:…………!
長門:現実は変わった?
ライト:それは……
長門:法人とは、
人を細胞の一つとして、機能分化した組織を形成する、一種の情報生命体。
人をひとり殺したところで――組織を構成する細胞の一つを殺したところで、法人という個体は揺るぎもしない。
デスノートは人を殺せる。でも法人は殺せなかった。
法人すら手に余るデスノートに、社会や国家など相手取ることすら不可能。
ライト:しかし、僕は現実に社会を変えてきた――!
キラの裁きが知れ渡るにつれ、犯罪は大きく減った――!
誰もが形骸化された正義を思い出し、心を入れ替えたからこその変化だ――!
これでも僕に、デスノートに、何の力もないと言うのか――!?
長門:そう、デスノートに力はない。
社会を変革する力があるとすれば、夜神月、あなた。
ライト:僕だと……?
長門:人間は、社会を構成する細胞の一つに喩えられる。
小さなものでは投票に行くことであり、大きなものでは法律を定めること。
デスノートも、その社会へのアクセスポイントの一つ。
ライト:そうだ。
デスノートはお前の言うとおり、人を殺せるだけのノートだ!
僕はそのノート一つで世界を、人間を、正しい方向へ導いてきた!
僕以外に、デスノートを正しく使える者がいるか――!?
長門:けれどデスノートは世界の歪み。特権というアクセスポイント。
ライト:特権で何が悪いんだ――!
あの利根川を見ろ――!
権力を手にしても、私利私欲の為に、自分の為に使うだけ……!
弱者を食い物にする……強欲で器の小さい人間だらけじゃないか――!
長門:あなたの正義と、利根川のモラルについては、わたしは判断を下さない。
でもただ一つ言えること。
利根川の権力は、才能と幸運に恵まれれば、人間なら誰しも持ちうるもの。
世界の歪みを独占するデスノートとは、根本的に異なる。
ライト:だったらお前はどうなんだ?
スペキュレーションリゾートに介入し、人智を越えた力で巨額の利益を叩き出す。
今だって、鍵を掛けた僕の部屋に、未知のテクノロジーで、不法侵入している。
お前の特権はどう説明するんだ、長門有希。
長門:そう。
わたしは情報統合思念体のバックアップを受けることで、世界の情報を操作し、現実に介入する。
故にわたしの作り出した変化は、わたしに帰属するものではなく、わたしのものだと主張することは出来ない。
あなたとキラが切り離された存在であるように。
無責任な神の虚像。それがキラの正体。
ライト:虚像……だと……!?
僕が……キラが……
長門:あなたはキラではない。
あなたはキラの名誉に浴することは出来ないし、キラに向けられた悪意も引き受けなくていい。
キラが社会の支持を失い、社会に抹殺されても、あなたの生活は何も変わらない。
リスクを極限まで避けて、最大のリターンを追求する。
そのリスクとリターンの法則をねじ曲げた代償に、特権や権力を行使して、不当な不利益を他人に押しつける。
あなたと利根川の本質は、同一――
ミサ:……帰ってよ。
あんたにキラの、ライトの何がわかるっていうの――!?
宇宙人だか何だか知らないけど、あたしとライトのあいだに入ってきて、好き勝手言わないで――!
今すぐ消えてよ――!
長門:…………
(無言で部屋のドアから退室していく長門)
ミサ:ねえ、ライト……
ライト:ミサ、君もだ……しばらく一人になりたい。
ミサ:側にいちゃダメ? 側にいたいよ……
ライト:……一人にさせてくれ。邪魔だ。
ミサ:ライト……
ミサのこと、好きじゃないんだよね……
わかってたよ……最初からずっとわかってた……
でも……本当に……
ミサのこと……必要じゃないんだなって……
ごめんね、ライト……
ごめんなさい……!!
ライト:…………
□10/四週目金曜日、昼過ぎの中庭噴水前
(噴水の縁に腰掛けて、タバコを吹かしているカイジ)
カイジ:フゥ――……
ライト:カイジ、中庭にいたのか。
カイジ:ようライト、寝不足か……?
ライト:ああ、まあね……
カイジ:スペキュレーションリゾート……今日で最後だな……
ライト:ああ……
カイジ:最終日だって言うのに、バッドウィルは静かなもんだ……
50000円以下に下がらず、その付近をうろうろ……
昨日発表された、自社株買いの効果だな……
ライト:…………
カイジ:阿部さんと長門は、かなり前から目標金額クリア……
今週初めにバッドウィルを売ったミサミサも、このままいけば脱出……
俺とお前が……負け組だな……
ライト:……なあ、カイジ。
もしも人の生死を操れる、そんな力を手にしたらどうする?
カイジ:キラみたいな力ってことか……?
さあな……殺したいほど憎い奴って、今のところは居ないしな……
利根川は敵だが……殺したいかっていうと、また別だし……
ライト:たとえば、その力を使って、社会を変える――未来を作れるとしたら?
カイジ:あったらいいよな……
そいつが出来たら、きっと痛快だぜ……
ライト:…………
カイジ:でも……俺にはそんな力はない……
だから……挑むしかないないだろ……
見えない明日を……手探りで……
そいつがリスク……
それを引き受けることがリターン……
俺にわかっているのは……リスクを避けて、リターンだけ
利根川みたいなインサイダー……ペテン野郎……!!
スペキュレーションリゾートで学んだことがあるとしたら……
リスクとリターンは表裏一体……それだけだ……!
ライト:インサイダー……ペテン野郎か……
カイジ:午後の市場、
損益は……午前と変わらずか……
ライト:今日はもう、値動きは期待出来そうにないな……
カイジ:いけそうだと思ったんだけどな……
あとちょっとのところまで行ったんだ……
悔しいなあ……
ちくしょう……
あれ……? なんだこれ……
泣いてるのか、俺は……
泣いてどうするんだよ、みっともねえな……
ライト:みっともなくなんかないよ。その涙は――
カイジ:考えてみりゃ……
こうやって、何かを必死で頑張った経験って、初めてなんだよな……
部活とか……勉強とか……仕事とか……
何にも打ち込めず……出来なくて悔しいって思ったことはなかった……
負けるって、こんなに悔しいことなんだな……
今更……わかるなんて……!
ライト:……カイジ、見てみろ。
バッドウィルに、特売り気配が出ている……!
バッドウィルの価格が午前のまま動いていなかったのは……
売り注文が殺到して、値段がついていないからだったんだ……!
カイジ:な、何が起こったんだ……?
ミサ:ライトー! 伊藤さーん!
カイジ:ミサミサ……!
ミサ:ねえ、バッドウィルの特売り気配みた――!?
カイジ:あ、ああ……今、気付いたところだ……
ライト:まだ理由は何も出ていない……
ミサ:ネットの掲示板で、あちこちに投稿されてるよ!
『バッドウィル、ソブリン危機』――!
カイジ:なんだ、そのソブリンって……?
ミサ:伊藤さん、ソブリンもわかんないの?
カイジ:……わかんねえよ。教えてくれ。
ミサ:ミサに聞いたって、わかるわけないじゃん。
カイジ:おいミサミサ……いいこと教えてやる……
ライトは、馬鹿女は大っ嫌いらしいぜ……
ミサ:嘘――!? ソブリンって言うのはえーと、えーと……
ライト:ソブリンとはソブリン
各国の政府や政府機関の発行する債券の総称だ。
しかし、どうしてバッドウィルとソブリン危機が関係してくるんだ?
欧州ソブリン危機と、混同してるんじゃないのか?
ミサ:えーと、ギリシャとか、スペインとか、ポルトガルとか……
カイジ:あったぞ、その投稿記事……!
バッドウィル、運転資本における売上債権の大多数がソブリン債……
ギリシャやポルトガル、スペインなどのハイイールド債に化けていた……
やべえんじゃねえの……?
どこの国も、一歩間違えば
ライト:企業会計基準では、株式や土地は時価評価制が導入された。
しかし、国債や社債などの債券は、簿価評価……元本をそのまま計上していい。
カイジ:要は銀行からカネ借りて、怪しい国の国債に突っ込んで、
そこで得た金利を、本業の利益に付け替えていただけじゃねえか……!
ライト:ソブリン債は、帳簿上は額面評価で落ち着いているように見えても、
帳簿の外……市場では時価評価で揺れ動いている。
バッドウィルには、負債の裏側に見合った資産がない……
あると報告していたカネは、虚構だったんだ――!
ミサ:ねえ、バッドウィルの値段が付いたよ――!
ライト:今日は値幅制限が解除されている……
膨れ上がった株価は、恐怖やパニックを織り込んで、真の価格まで収縮するはずだ……!
カイジ:来たぜ……!
バッドウィルの株価……
1株10円だ……!
□11/四週目金曜日、ホテルエスポワール支配人室
利根川:バッドウィル……1株10円……!?
今日の午前、つい二時間前までは50000円の株価をつけていたというのに……!
一条:50000円から10円……0.0002%っ……!
ゼロゼロゼロゼロっ……ゼロが四つ……!
利根川:俺は……夢……真昼の悪夢を見ているのか……!?
一条:ところがどっこいっ……夢じゃありません、これは現実っ……!
利根川社長……ようやくあなたのファンド……
エンペラー&スレイブの実態がわかりましたよ……!
何が企業の経営権を取得して、企業価値を高めた後に売却する、バイアウトファンドだっ……!
その実、会社の資産を、簿価評価をいいことにジャンクボンドにすり替えて、何食わぬ顔で株式を売り払う……
帝愛証券がゴミクズの金融商品を処分するために作った、産廃処理場……!
それがあんたのファンドだったんだよ、利根川……!
利根川:一条……! 貴様……誰に向かってそんな口を利いている……!
一条:バーカ……! お前はもう俺の上司じゃない……!
偉そうな口を叩くなっ……! 終わりなんだよ、カネが切れたら上司も部下も……!
利根川:俺は上手くやってきた……!
土地バブルで焦げついた不良債権の処分も、サブプライムローンの
何故ここに来て……!
一条:ギリシャ国債のヘアカット……
元本の半分程度しか返さない踏み倒しが決まった時点で、本社の方針も変わった……!
時間を掛けてクズソブリンを処分していく方針から、本社の外に押しつけるだけ押しつけて逃げるっ……!
あんたは切られたんだよ、帝愛グループに……!
利根川:働いてきたんだぞ……!
大学を卒業してから四十年間、帝愛で……!
旧帝大卒の俺が……戦争で人を殺しただけの、中卒のジジイどもに頭を下げ……
一気飲み、裸踊り、土下座……営業の屈辱は元より……
追い貸し、取り立て、逆恨み、首を括られあの世に夜逃げ……
カネの世界の地獄に、首までどっぷり浸かってきた……
女房は子供を連れて出て行き、家庭は崩壊……慰謝料と養育費だけは、ガッポガッポ取られる……
耐え忍び、堪え忍び……ようやく掴んだ俺の王国……!
これからが……これからが俺の輝ける人生の幕開けだったんだ……!
一条:知るか、そんなもんっ……!
何が王国だ……何が王だ……!
会社は俺にバッドウィルの責任を押しつけて、俺はさっきクビを言い渡された……!
おまけに業務上背任……損害賠償請求までされてるんだぞ……!
あんたに関わって、バッドウィルをポートフォリオに組み入れたせいで……!
あんたなんか王じゃない……! なんだこのザマは……!
あんたが王なら、何故俺をこんな目に遭わせる……!?
あんたなんか王じゃない……ただのクズだ……!
あ〜、すっきりしたぜ……!
ククク……カカカ……キキキ……!!
(ディスプレイに映る一条の姿が消え、支配人室に静寂が訪れる)
利根川:…………
(室内の重苦しい空気を破るように、ドアが開けられ、飛び込んでくるカイジ、ライト、ミサの三人)
カイジ:利根川ぁっ――……!!
利根川:カイジ君にライト君。それに
おめでとう。バッドウィルを空売りした君たちの逆転勝利だ。
借金を清算した残りは、君たちの口座に振り込んでおく。
まあ、カイジ君も
カイジ:市場価格は、全ての人々の期待や評価、未来への展望を織り込んで決定される……
現代ファイナンスの土台となっている……
利根川::くだらん学者の
株価などいくらでも操作できる。
現に俺は、何度も株価の吊り上げと暴落を演出してきた。
カイジ:市場価格が全ての人々の期待や評価、未来への展望を織り込んで決定されるものだとしたら……
そいつを操ろうっていうのは、取引に関わる、全ての人間の意思を操り、出し抜こうってこと……
人を……市場を舐めるなっ……! 神にでもなったつもりかっ……!
俺は、俺の意思で、バッドウィルを売ると決め……勝った……!
ちっぽけなゴミ投資家の俺が、お前や帝愛グループ……巨大資本に……!
利根川:ふん。それこそ効率市場仮説の言うまぐれ勝ち=B
コイン投げ世界一のチャンピオンの説く、コイン投げ必勝法ではないか。
資本主義は、よりカネを持っている人間が勝つ……!
相場もまた、カネのある人間が勝つ……!
これこそ市場経済における、唯一無二の真理なのだ……!
ライト:そうしてお前も、より大きな資本に利用され、切り捨てられたというわけだな。
利根川:…………!
ライト:利根川……
あんたは以前、カネは命より重い≠ニ言ったな。
だとしたら、不正な手段でカネを掠め取ることは、殺人に等しい……
お前はキラと同じ……
巨大な力に酔い痴れて、自分を神だと錯覚した、クレイジーな殺人犯だ――!
ミサ:……ライト!?
ライト:ミサ――僕はもう一度やり直そうと思うんだ。
デスノートの所有権を放棄し、キラを追いかけた時のように……
僕は、新世界の神ではなくなる……
それでも……僕についてきてくれるか……?
ミサ:ついて行くよ……!
だってあたし……ずっと前からキラじゃなくて、ライトを……
ライトを愛しているの……!
カイジ:げほっげほっ……!
ライト:何だ、この煙……!
利根川:スペキュレーションリゾートは終わった。
このホテルエスポワール……
土地バブル華やかな頃に建てられた希望=c…
バブル崩壊と共に不良資産と化し、俺が買い叩いたエスポワールは、
スペキュレーションリゾート終了と同時に、爆破解体される。
カイジ:お、おい……じゃあこの煙は……!
ライト:爆破解体に火を焚く必要はない。
なかなか出て行かない参加者を追い出すための、脅しだろう……
利根川:ククク……さすがはライト君。
君の頭のキレには舌を巻くよ。
是非とも我が社の新入社員に欲しかったな。
爆弾の起爆時刻は30分後……うかうかしている時間はないぞ。
ライト:急ぐぞ、カイジ! ミサ!
ミサ:うん!
カイジ:利根川、お前は……!
利根川:……早く行け。
ここは希望の国……失われた時代の幻。
お前たち、明日のある人間のいる国じゃない。
カイジ:利根川……
ライト:カイジ――!
カイジ:あ、ああ……
□12/猛煙に包まれるエスポワールの支配人室
利根川:俺の王国……俺の夢……俺の人生……
こんなはずじゃなかった……
阿部高和:よう。利根川さんだっけな。
利根川:お前は……阿部高和とか言ったか……
こんな煙の中を……何をしに来た。
阿部高和:なあ、ヤマジュン投資顧問って聞いたことあるかい?
二十年前、日本中が土地バブルに沸いてた頃にあった、投資顧問会社だ。
利根川:知るはずがなかろう。
あの狂乱のバブル時代、投資顧問会社は、
阿部高和:だろうな。
俺もバブル当時の帝愛金融グループが何をしていたか、はっきり覚えてないんだ。
仮にも相場の世界の端くれにいた俺が、業界最大手の動向も知らないなんて、妙だろう?
利根川:何の話をしている。
このホテル……エスポワールは爆破解体されるのだ。
早く出て行け。爆発まで、もう15分を切っている
阿部高和:二十年前の……
利根川:……あの仕手戦は俺が仕掛けた。
社長が財テクに失敗して、多額の借金を抱えた、典型的なバブル会社……
しかし帝愛金融グループは、
俺は、営業マンやはめ込み記事を使って大々的に買い煽り、馬鹿な客どもにどんどん掴ませた。
あの功績で、俺は営業部長から専務取締役に出世したんだ。
阿部高和:そうか。バッドウィルの値動きと似ている気がしたんだ。
俺は売り
山川所長は、
俺たちは、玉子製紙をどんどん売り上がっていった。
ところが、銀行が突然カネを貸してくれなくなってな。
資金繰りに行き詰まって、空売りしていた株は強制決済。
ヤマジュン投資顧問は、逆に巨額の借金を背負い、所長はケツにダイナマイトを突っ込んで自殺した。
バブルが弾け、不良資産が明るみになり、
利根川:……確かに俺は、売り
資金をショートさせて、締め上げる戦法。
お前は二十年前のバブルの復讐に、スペキュレーションリゾートに潜り込んだというのか……!?
阿部高和:おいおい、さっきも言ったじゃないの。
俺は帝愛グループを知らないし、あんたもヤマジュン投資顧問を知らない。
バッドウィルの激しい売り買いの中に、ふっと二十年前と同じ手応えを感じたんだ。
隣り合わせの世界で、俺たちは同じ狂乱の時代を駆け抜けた。
もしかしたらほんの一瞬、俺たちの売り買いは、時空の壁を越えて、交錯したのかもしれないってね。
利根川:さっきから何を意味不明なことを言っているんだ、お前は……!
俺をおちょくっているのか……!
全てを失った、この俺を……!
阿部高和:おちょくってなんかいないさ。
俺も小金持ちから、無一文になった。
だからこそわかったこともある。
死ぬな。
利根川:な、なんだ……ぐうっ!?
(ふいに距離を詰めた阿部高和が、利根川のみぞおちに強烈なパンチを入れる)
阿部高和:カネは命より重い
どっちが重いか軽いかは、議論するつもりはない。
一つ言えることは、カネは後からでも補償できる。
だが命は、失われたら戻ってこない。
利根川:ううっ……
(気絶した利根川を、肩に担ぐ阿部高和)
阿部高和:っしょと。
重いな。
重役だからって、いいもの食い過ぎてたんじゃないかい。
残り10分か……急がないとな。
(煙の立ちこめるホテル廊下に、小柄な人影が映る)
長門:阿部高和……
阿部高和:よう、ユッキー。急いだほうがいいぜ。
あと10分でこのホテルは爆発するらしい。
長門:三年前に発生した情報フレアの正体は、平行世界の接近に伴う、時空軸の融合。
その原因は、夜神月と
でも真の特異点は、夜神月ではなく、阿部高和……あなた。
始まりは、土地バブルに沸いていた90年代初頭の日本。
ほんの一瞬、時空を超えて成立した、
その微かな世界の歪みは、二十年という歳月によって増幅され、三年前、死神界との接触を
世界の界面を小さく震わせた情報ノイズは、やがて平行する世界を揺るがすほどの、時空融合を引き起こした……
阿部高和:二十年前……相場に破れて破産して以来、俺はどうやって生きてきたのか。
ろくすっぽ覚えちゃいない。ろくでもない人生だったんだろう。
あの頃から、俺の
こんな形で相場の世界に戻って、昔のリベンジを果たすとはね。
死んだ山川所長や、行方知れずの同僚たちが、御膳立てしてくれたのかな。
長門:初期条件の差違が、時間と共に拡大し、予測不能な変化を起こす。
ブラジルでの蝶の羽ばたきが、ニューヨークで竜巻を引き起こす
カオス理論における、バタフライ効果。
阿部高和:色気も何もあったもんじゃねえなあ。
ま、そいつがユッキーらしいっていえば、ユッキーらしいぜ。
そういや今日の午前。
バッドウィルに降ってきた、2億の売り
あれ、ユッキーじゃないのかい?
長門:……何故あなたがそれを?
阿部高和:直感、って奴だな。
一つの世界に長くいると、理屈じゃ説明出来ない、その世界特有の感覚が身につくもんさ。
どうしていきなり売りに回ったんだい?
ベストタイミングだったが、ユッキーだって、未来を予見出来るわけじゃないんだろう?
長門:……上手く言語化出来ない。
一つ言えるのは、投資判断とは別の思惑が、わたしに
阿部高和:みんな仲良く、同じ銘柄に同じ投機。
俺は基本そういうのは嫌いでね。邪道だと思うんだよ。
でもまあ、楽しかったぜ。
昔のヤマジュン事務所……社員総出でアイディアを持ち寄って、投資計画を練った時みたいでね。
長門:…………
阿部高和:さあ、立ち話もここまでだ。
こんなところで、俺たちの未来は終わらない。
飛ぼうぜ、ユッキー。
線形を超えた、非線形の未来へ……!
□13/一年後〜東京のマンションの一室〜
ミサ:ライトー! 内定おめでとう!
ライト:ああ、ありがとう。
ミサ:でも驚いちゃった。
ずっと警視庁に入るって言ってて、司法試験にも合格してたでしょ。
なのに、いきなり銀行員になるって言い出すんだもん。
ライト:犯罪者を捕まえ、悪を裁く……
この世から悪を減らせば、世界はより幸福になるだろう。
しかし、不幸な境遇にある人々を救う手助けだって、世界をより幸福にするはずだと考えたんだ。
ミサ:ライト、なんか変わったよね。
ライト:そうだね。僕もそう思う。
ミサ:ねえ、前から気になってたんだけど。
その机の上の写真と、真っ黒いノート……であのて?
ライト:DEATH NOTE……デスノートだ。
ミサ……海外ロケの時は、どうしてたんだ?
ミサ:大丈夫、大丈夫。
ミサ、リーディングはダメでも、スピーキングはベリーグッドだから。
ライト:……あまり通訳の人に、苦労を掛けないようにな。
ミサ:そのデスノートって、何?
ライト:名前を書くと、書いた人間が死ぬノート。
ミサ:ええっ、うそぉー!?
ライト:ははは、そんなわけないだろう。
昔……高校生の頃、帰り道で拾ったんだ。
ミサ:悪趣味ー。捨てちゃいなよ。
ライト:……ああ。そうだね。
そうしようと思ってるんだ。
ミサ:そっちの写真は?
ライトとミサとぉ、ダメ人間っぽい男の人に、ショートカットの女の子。
あと……ホモの人に人気ありそうな、ツナギの男の人の、五人。
誰?
ライト:僕も思い出せない。
このあいだまでは、名前が出てきた気がするんだが。
もうダメだ。
ミサ:なにそれ。
あれ……? 涙……?
泣いてるの、あたし……?
どうして……?
ライト:この写真を見ていると、懐かしく寂しい気持ちになる。
いずれはこの気持ちも忘れ去って、写真をアルバムの奥にしまう日がくるのかもしれない。
でも、この写真の中の出来事は、僕の人生を大きく変えた。
ブラジルの蝶の羽ばたきが、ニューヨークで竜巻を起こすように。
僕は、線形の世界では辿り着かなかった、非線形の未来にいるんだ。
ミサ:ライト……
ミサ、ライトのこと好きだよ……
ライトがミサを好きじゃなくても……
ライト:……僕の仕事は、発展途上の国や企業に融資をする、国際金融だ。
日本を離れることが多くなる。だから――
ミサ:待つよ……!
ライトとは、他人になってしまいたくないの――!
ライト:だから、僕と一緒に来てくれないか。
ミサ:え――!? それって……
ライト:ミサ、結婚しよう。
ミサ:ライト……
はい――!
□14/一年後〜東京下町の居酒屋〜
(居酒屋のカウンター席で、カイジと阿部高和が並んで座っている)
阿部高和:大将、焼き鳥と軟骨。ビールのジョッキ生二つ。
カイジ:阿部さん、今月分の返済です……
阿部高和:おう。
カイジ:すいません……
引っ越し代から当面の生活代、親や親戚、友達周りに借りていた借金をまとめて綺麗にしたら……
全部合わせて、80万以上……
必ず全部返しますんで……
阿部高和:仕事はどうだい。
カイジ:まあ、なんとか……よく一年続きましたよ。
朝から晩まで、安いバイト代で嫌になりますけど……
阿部高和:いずれ、道が開ける日もくるさ。
カイジ:はあ……
阿部高和:忘れちまったのかい。
人生は線形じゃないんだぜ。
ある日突然、非線形にジャンプするもんさ。
カイジ:先物で失敗して作った、5000万の借金と利息……
俺の獲得した賞金じゃ全然足りなくて、2000万以上借金が残ったのに、ある日全額チャラになっていた……
あれも阿部さんじゃ……
阿部高和:おいおい、何度も言っただろう。俺は知らないよ。
カイジ:そういえば、女優の誰でしたっけ……名前が出てこない……
事務所が潰れて、連帯保証人になっていて、二億の借金を背負ったのに……
ある日、借金の残りが全部精算されていたって……
不思議な話もあるもんですね……
阿部高和:カイジ。俺は来月、南米に発つことになった。
カイジ:出張っすか……?
阿部高和:派遣で働いている自動車会社が、海外に工場を造ることになってな。
そこの責任者を任されることになった。
英語が喋れて、外国で仕事をしたことがある奴ってことで、俺に白羽の矢が立ったのさ。
今日でお前と飲む酒は、最後だ。
カイジ:そんな……何でまた外国に……
阿部高和:一つ、世界にいい男を増やしてやろうと思ってな。
俺の
どうだい、ワクワクしてくるだろう。
カイジ:阿部さん、また会えますよね……?
俺……まだ阿部さんと話したいことが沢山あるんすよ……
阿部高和:……ああ。もちろんさ。
カイジ:俺……なんかもう……今日を最後に、阿部さんと会えなくなるような……そんな気がするんですよ……
阿部高和:カイジ、お前はいい男になった。
お前は命懸けの勝負に勝った。
勝ったから、いい男なんじゃない。
ギリギリに追い詰められた崖っぷちで、自分で判断し、そいつを命を賭けて信じ抜いたからだ。
今のお前は、日本一のいい男さ。
男の俺が、惚れ惚れしちまうぐらいのな。
カイジ:…………
阿部高和:どうだ。記念に一発やらないか。
カイジ:無理っ……! それだけはっ……!
阿部高和:はは、ノンケを食うのは難しいな。
こいつは餞別だ。取っておいてくれ。
カイジ:封筒……?
阿部高和:ここは俺が払っておくぜ。
大将、お愛想。
じゃあな、カイジ。達者でな。
カイジ:これ……俺が今まで返済してきたカネ……
全部手つかずで……
阿部さんっ……!!
□15/一年後〜東京下町の路地裏〜
カイジ:はあ……はあ……
くそっ……どこへ行っちまったんだ……
阿部さん……
カイジ:阿部さん……?
阿部さんって……誰だっけ……
長門:一年前――
平行する無数の世界は、情報フレアによってその境界が歪み、一つの時空軸に取り込まれた。
けれどスペキュレーションリゾートの終了と共に、情報フレアは収束し、世界は緩やかに独自の時空軸へ回帰していった。
それに伴い、異なる平行世界の情報は、人知れず、静かに、その影響を消していく。
カイジ:…………!?
あんた、誰だ……?
いや……俺はあんたを知っている気がする……
長門:この一年間、わたしはあなたたち、平行世界の特異点を観察してきた。
スペキュレーションリゾートの影響を最小限にするため、引き金となった借金を清算。
原資はわたしの獲得したスペキュレーションリゾートの賞金から捻出。
残りは注意を引かないよう小口化して、全国の非営利団体に寄付。
その他様々な情報操作により、あなたたちの人生を、可能な限り初期条件に戻した。
カイジ:…………
長門:けれど記憶は消えても、無意識に刻み込まれた経験は消せない。
平行世界の人間との出会いは、存在の本質を大きく変えてしまった。
あなたたちの未来は、本来予定されていた未来とかけ離れていった。
カイジ:よくわかんねえけどさ……俺、よかったよ……
この一年……くる日もくる日もしょぼい仕事ばっかりだったけど、振り返ってみたら充実していた気がする……
長門:人の意思は、信じる心は、不確実の未来に影響を及ぼす、
それは小さなか細い羽ばたきかもしれないけれど、時間によって増幅され、人生を逆転する竜巻となるかもしれない。
(カイジの目の前で、長門の体は光る粒子となって、夏の生温い夜風に攫われていく)
カイジ:お、お前……その体……!
消えていく……! 光る粒子になって……!
長門:この銀河を
対有機生命体コンタクト用ヒューマノイド・インターフェース、『長門有希』の情報を複製したクローン体。
それがわたし。
わたしの経験はオリジナルとは共有されず、情報統合思念体の記憶領域に保存される。
わたしは情報の更新は、永遠に凍結される――
カイジ:待ってくれっ……!!
俺が変われた一年前の出来事……
忘れてしまった……しかし魂に刻まれた記憶……!!
お前が、お前だけが、その最後の接点なんだ……!!
長門:この胸が締め付けられるような痛み……
比喩ではなく、カリウム、ATP、ブラジキニンなどの
イオンチャネルが痛覚刺激を痛みの電気信号に変換している……
わたしは哀しんでいるの……?
だとすれば、これも非線形の発現……
あなたたちとの接触が、わたしの内面に変化を引き起こした……
カイジ:行かないでくれ……! 頼む……!
長門:あなたたちとの、出会いと別れ。
これはわたしの記憶……
オリジナルのクローンに過ぎないわたしが獲得した、わたしだけの固有性。
さようなら、カイジ。
あなたは変わっていける。
未来は、あなたの手の中に――
□16/一年後〜朝日の昇る商店街を歩いているカイジ〜
カイジ:朝焼け……
俺……一晩中、夜の街を歩いてたのか……
何だろう……この空っぽな気持ち……
昨日の酒がまだ残ってやがるのか……
ひでえ酒だぜ……
カイジ:電光掲示板……
昨日の
俺もまとまったカネがあればなあ……
(タバコを出そうとポケットに手をやったカイジは、封筒に気付く)
カイジ:ん……? なんだ、この封筒……
か、カネだ……!
ご、五十万以上入ってる……!
なんで俺、こんなもの……
拾ったのか……?
いや、違う……覚えている……!
これは俺のカネ……!
俺が汗水垂らして稼いだカネで……
最高にいい男の心がこもった、貴重なカネだ……!
カイジ:開設しただけで、入金していない証券口座……
やってみるか……? このカネで……
顔の見えない市場の向こうには……きっとみんながいるんだろう……
予測不能なはずの未来が、今日は少しだけ見えそうな気がするんだ……
未来は……俺たちの手の中に……!
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