賭博相場録カイジ〜株式魔窟編〜 第八話-個独-

※この作品は、カイジ、その他の作品を元にしたクロスオーバー二次創作です。
  カイジが題材としているギャンブルの代わりに、株式や商品などの金融市場が舞台となっています。
  なお作中の取引シーンは、実際のトレードに比べて、かなり簡略化されています。


★配役:♂5♀2=計7人


▼キャラクター


伊藤カイジ♂:
二十代のフリーター。現在無職。
普段はダメ人間だが、博打になると類い希な才能を発揮する。

出典:賭博黙示録カイジ

夜神月(やがみらいと)♂:
21歳。東応大学の大学生。
死を操るデスノートを使い、新世界の神となることを目論む。

出典:DEATH NOTE

弥海砂(あまねみさ)♀:
ティーン向け雑誌エイティーンのモデル。
ライトと同じく、デスノートの保有者。

出典:DEATH NOTE

長門有希(ながとゆき)♀:
県立北高の女子高生。無口キャラ。
その正体は、情報統合思念体によって造られた対有機生命体コンタクト用ヒューマノイド・インターフェース。

出典:涼宮ハルヒの憂鬱

阿部高和(あべたかかず)♂:
自動車修理工のいい男。
ベンチに座っている彼を見ると、誰もが「ウホッ……」と吐息を漏らすとか漏らさないとか。

出典:くそみそテクニック

利根川♂:
ホテル『エスポワール』の総支配人。
帝愛金融グループの重役で、スペキュレーションリゾートを取り仕切る。
(設定に改変あり)

出典:賭博黙示録カイジ

安藤♂:
眼鏡デブ。アイドルオタク。
主体性はないが、プライドは高く、欲深い。

出典:賭博黙示録カイジ

ひらひらのひらがなめがね
上記のサイトに、この台本のURLを入力すると、漢字に読みがなが振られます。
ただし、必ずしも正確とは限らないので、確認をしたほうがいいでしょう。

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株式魔窟編


□1/三週目金曜日、ホテル大ホール


カイジ:(スペキュレーションリゾート三週目、金曜日……)
    (月曜日に45000円で空売(からう)りした、人材派遣会社バッドウィル……)

ライト:バッドウィル、今日もストップ高か。もうすぐ80000円に届く。

カイジ:(まるで俺を嘲笑うかのように……俺が売った翌日火曜日、暴騰っ……!)
    (水曜日、暴騰……木曜日、暴騰……!)

ミサ:伊藤さん、汗びっしょりだよ。汗ふきシートあげよっか?

カイジ:長門……バッドウィルは下がるよな……?

長門:長期的には。

    株価収益率(かぶかしゅうえきりつ)株価純資産倍率(かぶかじゅんしさんばいりつ)
    あらゆる指標が天文学的な数字を示している。
    典型的なバブル株。

カイジ:なんで下がらないんだ……
    なんでみんな買うんだよ……

    俺のカネ……
    一年間、朝から晩まで働いてやっと稼ぐ金額が……
    たった数日で……ネット上のボタン操作だけで溶けていく……

阿部高和:そういや、妙な都市伝説を聞いたことがあるな。
      バッドウィルの指定した待ち合わせ場所で待機してると、いつもと違う送迎バスがやってくる。
      黒服の運転する、不気味なバス。
      その送迎バスに乗ってしまうと、いつの間にか気を失い、地底に連れ去られると。

ミサ:あー、知ってる!
   バッドウィル、派遣先は地下王国。
   ペリカっておカネまで流通してるんでしょ。

阿部高和:何でも社長の爺さんがイカれてて、核戦争に備えた核シェルターを作っているとか。
       嘘か本当かわからないがね。

ミサ:ミサ、二年前にバッドウィルのイメージキャラクターやってたんだけど、
   一緒に働いてた子……事務所の人、ずっと連絡取れないんだって。
   ブランド大好きで、キャッシングにハマってる子だった……

長門:バッドウィルは、消費者金融――通称サラ金は手がけていない。
    恐らく別の会社だと思う。

カイジ:竹不知(たけふち)とか……?

ミサ:あ、そうそう! それそれ!

ライト:バッドウィルに竹不知(たけふち)……
    関わった人間を不幸にする悪徳会社……
    こういったビジネスがもてはやされ、株価上昇に繋がり、社会的信用を得ていくなら……
    金融市場とは何なのだろう。正義も理想もないじゃないか……

安藤:あれ? カイジさん? カイジさんじゃないっすか。

カイジ:安藤……!
    お前もエスポワールに参加してたのか……

ライト:知り合いか?

カイジ:ああ、昔バイト先でちょっとな……

安藤:カイジさん、何やってエスポワールに連れてこられたんすか?

カイジ:商品先物……

安藤:ぷっ。先物で失敗して、株で返済なんて災難っすね。
   これが普通のギャンブルとかだったら、カイジさんにもチャンスあったかもしれないのに。

カイジ:お前こそ、何やって借金抱えたんだよ……

安藤:竹不知(たけふち)で、ちょっとキャッシングを……
    借金が200万を超えた頃、アパートにやってきた営業に、スペキュレーションリゾートを勧められたんですよ。

カイジ:サラ金かよ……
    どうせ見境無く、アイドルグッズ買い漁ったんだろう……?

安藤:やめてくださいよ。もう卒業したんですから。
   弥海砂とか、もうババアっすよ。
   でも、東大生と熱愛同棲中ってのには、幻滅しましたね。
   ま、その東大生っていうのも勉強が出来るだけのボンボンでしょうけど。

   聞けば事務所が破産して、二億の借金背負ったとか。
   ミサミサAVデビューも間近っすね。ははは。

ライト:カイジ……こいつ、ぶん殴りたいと思ったことないか?

カイジ:毎日思ってたよ……

ミサ:安藤守(あんどうまもる)……
   ライト、書いてもいいよね?

ライト:その名前、忘れないようにメモしておかないとな。デスノートに。

安藤:あれ、カイジさん。
    その子、ミサミサに似てません?
    でもこっちのショートカットの子のほうが……
    カイジさん、紹介してくださいよ。

阿部高和:ショートカットって俺のことかい?
      俺は阿部高和。自動車修理工をやっている。

安藤:い、いやあんたじゃないよ……
    俺はそっちの……

阿部高和:なあ、巨乳って言われたことないかい。

安藤:か、カイジさん! 

阿部高和:この締まりのない体……
      たまにはこってりしたラーメンも食いたくなるよな。

安藤:嫌っすよ、嫌っすよ、触り方がおかしいっすよ。
    なんで俺だけ巻き込まれるんすか……!

    カイジさん! バイトの先輩だったじゃないですか!
    助けてくださいよ! 助けるのが当然でしょ!?

カイジ:うるせえな……
    俺は今、相場を見るので忙しいんだよ……

安藤:何買ったんすか?
    ちょっと見せてくださいよ。

カイジ:あっ、てめえ勝手に人のPCを……!

安藤:ぷっ、ぷぷぷぷぷ!
    バッドウィルを空売(からう)りしたんですか?
    こいつは傑作だ。大損こいてるじゃないですか。
    あははははは!!

カイジ:くっ……
    てめえは何を仕掛けてるんだよ……え?

安藤:俺ですか? これです。

カイジ:うっ……
    含み益1000万……
    銘柄は……バッドウィルの買い……!

安藤:ふふふ……
   俺も最初は1000万を半分以下まですり減らしたんですけどね。
   ここで勝負と残り500万を信用取引……自己資金の三倍の借入金(かりいれきん)で、バッドウィル全力買いしたんですよ。

カイジ:自己資金500万に含み益1000万ということは……
    安藤はもう既に、合格ラインの1500万を突破している……

安藤:総資産1500万……
    俺と同い年で、これだけ持ってる社畜リーマンって日本にどれだけいます?
    俺は、もう昔の俺じゃない……

    夢がありますよ。でっかい夢が。
    今まで俺をフリーターのデブだと馬鹿にしてきた連中を嗤い返してやるんです。
    女だって、目の色変えて群がってくること請け合いだ。より取り見取りですよ。

カイジ:(より取り見取り……)
    (アイドル、女優の卵、女子大生、女子高生、その下までも……!)
    (ダメっ……犯罪っ……女子高生の時点でアウツっ……!)
    (しかし広がる……でっかい夢っ……!)

ライト:女と付き合うのに、カネがそんなに必要かい?
    アイドルとも女優とも女子大生とも、高校時代は女子高生とも付き合ったけど、特にカネを使う場面はなかったよ。
    デートでは全部ワリカンだったし。

安藤:…………
   誰ですこのイケメン? カイジさんの友達ですか?

カイジ:今、友達辞めようかと思ったが……一応まだ友達だ……

安藤:ふーん。
    ま、人間顔じゃないですからね。中身ですよ。
    二十代で1000万も稼げない奴って、顔が良くてもクズじゃないですか?

カイジ:すげえ……殴りてえ……

安藤:あ、あれ……?
    そ、そんな……どんどん萎んでいく……
    1000万以上あった俺の含み益……俺の夢……
    何で――!?

長門:バッドウィルの蒲生(がもう)営業所に、東京労働局が調査入り。
    近く厚生労働省が、行政処分を決定する見込み。

    ストップ高寸前から――バッドウィル、急落。

安藤:売るなっ……!
    バカ、バカ、ビビるな……臆病者どもっ……!
    バッドウィルは20万まで行くんだ……!

カイジ:今の今までが異常に高すぎたんだ……!

   データ装備費≠ニかいう、意味不明なピンハネ金……
    わけのわからないTシャツやグッズを無理矢理買わされる……
    お前だってバッドウィルに搾取(さくしゅ)されて、頭にきてただろうが……!

安藤:そんな昔のことなんて、もう水に流しましたよ。
    バッドウィルで働いてる奴なんて、社会の負け犬っ……!
    クズどもがどうなろうが、俺の知ったことじゃない……!

    俺は資本家サイドの人間、搾取(さくしゅ)する側……!
    貧乏人から、血の一滴まで搾り取るっ……!

カイジ:なーにが資本家だ……!
    大手証券会社……野瑠魔(のるま)証券なんかは、鼻で笑ってるぜ……!
    1億円以下はゴミ投資家≠セって……!

    売るぜっ……!
    残る全余力で、バッドウィル空売りっ……!

長門:バッドウィル、ストップ安間近。

安藤:俺は手放さない……!
    確かなスジからの情報なんだ……!

阿部高和:大した自信だな。
       どうしてそんなに確信が持てるんだい。

安藤:そればっかりは言えないね……!
    部外者にバラすと、俺には極秘情報が入ってこなくなる……
    でもヒントだけ教えておくと、政治家と繋がりのある大物仕手筋(おおものしてすじ)かな……

阿部高和:ふうん、そうかい。
       バッドウィル、2000万円空売り、と。

安藤:な……聞こえなかったのか……!?
    政治家と繋がりのある大物仕手筋だぞ……!

阿部高和:聞こえたさ。だから売るんだよ。

長門:バッドウィル、ストップ安。本日の売買停止。

安藤:くそっ、くそっ、くそっ……!
    1000万超えの含み益が、600万を切るまで減った……!

    だがバッドウィルは、必ず20万まで騰がる……!
    間違いない……!
    これは仕手筋の、一時的な振るい落とし……!

阿部高和:おっ、悪材料がどんどん出てきたぜ。
      労働基準法違反で、訴訟を幾つも抱えてたらしいな。
      違法徴収されていたデータ装備費≠返還するだけで、数十億円のカネが流出する。

カイジ:ククク……
    月曜日もストップ安なら、俺の売り(ぎょく)はプラスに転じる……!

安藤:キキキ……カカカ……
    インチキっ、インチキっ、インチキっ……!
    持ってもいない株を売るなんて、インチキ……!

カイジ:アホか……!
    株も国債も、ほぼ完全に電子化されている昨今(さっこん)……
    目に見えて、手に取れるものじゃないとインチキと抜かすなら……
    お前には信用経済は百年早い……! 物々交換でもやってろ……!

安藤:おい……みんな……!
    こいつら……バッドウィルを空売りした……!
    大引(おおび)けの直前で、数千万も、売り崩しやがった……!

(SE:ざわ・・・ざわ・・・)

カイジ:敵意っ……刺さるように感じる視線……!
    ひょっとしてこいつら……みんなバッドウィル買ってたわけ……?

安藤:誰か……! おい誰かっ……! ぶん殴れ……!

カイジ:誰かじゃねえ……!
    てめえがこいっ……安藤……!

安藤:う、うう……
    うおおおおお!!

    へぶしっ!

(安藤が殴りかかるも、カイジの反撃の拳が安藤の頬にめり込む)

安藤:殴った……! 殴った……!
    親父にも殴られたことがない、俺の可愛いほっぺ……!

    みんな聞いてくれ……!
    みんなもバッドウィルの暴落で、大損……!
    利益が消し飛んで、ポートフォリオが真っ赤……!

    でも、こいつらは儲けやがった……!
    俺たちに損をさせて、自分たちだけ儲けた……!
    卑怯者……! みんなで脱出するエスポワールで一人勝ち……!

カイジ:逆恨み……!
    俺を殴れば含み損が消えるかのごとく……!
    大損こいて、妄想に取り憑かれた亡者の目……!

安藤:しかも俺に暴力を振るった……!
    殴り返しても、これは正当防衛……!
    リンチも正当防衛……! 正義のリベンジ……!
    肯定される……!

カイジ:来るなら来いよ……
    言い切ってやらあ……
    お前ら……100%成功しないタイプ……!

    極秘情報……逆恨み……安い煽りに乗せられる……
    この期に及んで、まだ自分の頭で考え、自分で責任を取ろうとしない……

    進学や就職……
    そういう人生の岐路で、俺は……俺たちは、その判断を他人に委ねてきた……
    苦しく難しい決断になると投げちまって……そうやって流され流され生きてきた……

    その弱さが……
    俺がここにいる理由……お前らがここにいる理由じゃないのか……!

安藤:やれっ……! やれっ……!
    こいつを殺せば万事解決……!
    月曜日はストップ高……!

ライト:カイジ……何故ここで馬鹿どもを挑発するんだ……
    駄目だこれは……早く何とかしないと……

カイジ:がっ……くそっ……!
    汚えぞ……集団でフクロに……!
    相場の損は、相場で返せ……!

阿部高和:おいおい、カイジに殺到で、俺は素通りなんて酷いじゃないの。
       ほら、俺の頬にもパンチを入れてみろよ。
       きっとスカッとするぜ。

       ……OK、いいパンチだ。
       今度は俺の番だろ。いくぜ。

カイジ:阿部さん……強いっすね……

阿部高和:荒事には、ちっとばかり慣れていてね。

ミサ:ライト、どうしよう!?
   伊藤さんと阿部さんがボコボコにされちゃう……!

ライト:警備員を呼んできてくれ。
    いくら阿部さんが強くても、多勢に無勢だ。

    お前たち、止めろ!
    今、警備員を呼んだ! 暴力行為を働いていると――
    ぐぶっ――!

    ……僕は負けず嫌いなんでね。
    一発は一発、殴り返させてもらう!

ミサ:きゃあ! ライトまで殴り合いに……!

長門:こっち。乱闘が始まっている。早く止めて。

ミサ:長門さん! 頼りになるうー!

長門:伊藤カイジと夜神月の行く末を見届けることは、私の存在理由。
    中断は、私がさせない。


□2/ホテルエスポワール、カイジ自室


カイジ:痛っ……全身ズキズキ痛みやがる……

ミサ:ライトぉ、大丈夫? 痛くない?
   動かないでね。ミサが薬塗ってあげるから。

カイジ:……なあ、長門。

長門:はい、湿布。膏薬。ガーゼ。

カイジ:……自分でやれってか。

阿部高和:しょうがねえなあ。俺がやってやるよ。ほら、脱げよ。

カイジ:やります……自分で……

ミサ:ライト……
   安藤とかいうデブに、ミサが侮辱されたから怒ったんだよね……
   でもいいの。ミサはなんて言われても構わない。
   ミサのために傷つかないで!

ライト:安心してくれ。ミサのためじゃない。

ミサ:へっ?

阿部高和:俺のためだろう?

カイジ:……無視しとけ。

ライト:なんとなく。成り行きだ。

カイジ:なんか……意外だな……

ライト:むかつくだろう? あの安藤とかいうデブ。

カイジ:クク……ハハハハ……!
    ホント、むかつくよな……!

    でも、スカッとしたぜ……気持ちいいもんだな……
    他人と真正面からぶつかってみるのは……!

ライト:…………
    ディベートの経験はないのか?

カイジ:ああ……
   そんなんどうでもいい∞熱くなるなんてバカらしい
     薄ら笑いを浮かべてシカト……
     斜めに構えて、他人と衝突を避ける……

     何のことはない……言い負かされたり、否定されるのが怖かっただけ……
     そうやって自分を出さないでいるうちに……
     気がつけば、自分が何も無くなっていた……

ミサ:私、わかるよ。
   中学の時……ある日突然「服の趣味がヘン」って言われるようになったの。
   昨日まで一緒に遊んでた子なのに、無視されたり、小物取られたり、影で笑われたり。
   それが嫌で、おかっぱにして、コンタクトから眼鏡に戻して、目立たないようにした。
   ずっと自分を隠してきた。

カイジ:ミサミサが……?
    意外だな……

    服のセンスがアレなのは、アレだけど……

ミサ:エイティーンの読者モデルに応募したのは、高校の時。
   自分を変えよう、本当の自分を出そう。
   否定されても、笑われても、バカにされてもいい。
   そう覚悟して、一歩踏み出した。

   六回目の掲載で、読者投票で一位になって……
   ちょっとの勇気を出せば、こんなに私を受け入れてくれる世界があった。

ライト:……その話は初めて聞いたな。

ミサ:ごめんねライト。
   ホントは暗い子で、昔いじめられてたなんて言いたくないし、聞きたくもないでしょ?

ライト:いや……
    悩みと向き合って、乗り越えた人間は立派だと思う。
    ミサ、君のことを見直したよ。

阿部高和:ここいらで俺も打ち明けるか。
       今まで黙っていたが……俺はホモなんだ。

ミサ:うん、知ってたよ。

長門:今更カミングアウト?

阿部高和:気づいていたのかい?

カイジ:俺たちを見る眼が尋常じゃなかったからな……なあ?

ライト:ああ……むしろ隠す気があったことが驚きだよ。

阿部高和:何だ、周知の事実だったか。
       俺はノンケだって構わず喰っちまう男だが、よろしくな。

カイジ:よろしく出来るかっ……!

利根川:これはこれは皆様お揃いで。
     まずはお怪我が軽くてよかったと申し上げましょう。

カイジ:利根川……

利根川:本来なら暴力行為を働いた参加者は、即失格……
     契約に則り、当方の斡旋する現場で肉体労働。
     日々の給与から、債務の支払いをしていただくことになっている。

ライト:その斡旋業者とは、バッドウィルか。
   『エンペラー&スレイブ投資顧問』代表取締役、利根川幸雄(とねがわゆきお)さん。

利根川:ほう? 下の名前を名乗った覚えはなかったが?

長門:『エンペラー&スレイブ投資顧問』――ここ数年急速に資産を増大させている投資ファンド。
    手法は、株の買い占め先の企業の、資産やキャッシュフローを担保に借り入れを行い、経営の乗っ取りを仕掛ける、レバレッジド・バイアウト。
    社会一般では、通称ハゲタカファンドと呼ばれている。

カイジ:ハゲタカファンド……
    従業員の過酷なリストラ、会社の土地や事業を売り飛ばし……
    さんざん会社を食い荒らして、濡れ手で(あわ)のボロ儲け……

利根川:くだらん俗説だ。
     バイアウトファンドが経営に参画するのは、現経営陣にノーを突きつけるため。
     リストラだの、無駄な資産の売却などは、その一環に過ぎん。
     雇われ経営者のくせに、資本家気取りの、クビになった老人どもが「ハゲタカ、ハゲタカ」と喚いているのだ。

     我がエンペラー&スレイブは、短期で株を売り抜けたことなど一度もない。
     むしろ逆……持ち株会社として、複合企業体(コングロマリット)を形成していると言える。

ライト:エンペラー&スレイブが筆頭株主となっているのは主に三つの会社。
    人材派遣会社『バッドウィル』、消費者金融『竹不知(たけふち)』、商品先物や外国為替取引を扱う『帝愛(ていあい)フューチャーズ』……

カイジ:帝愛フューチャーズ……!?
    俺がハメられた先物屋じゃないか……!

ライト:消費者金融や商品先物、為替取引で借金を作らせる。
    クビが回らなくなった人間は、身持ちを崩し、日雇い労働で日々をやり過ごす生活に落ちぶれる。

    エンペラー&スレイブを複合企業体(コングロマリット)というなら、それはある意味で正しい……
    その実態は、弱者を食い物とすることをビジネスモデルとした、貧困ビジネスファンド……!

利根川:ククク……ずれた批判だ。
     先物やFXがなければ、サラ金がなければ、エスポワールに来た連中は真っ当な暮らしをしていると?

     どうせ朝から晩までパチンコ通い……
     借金をこさえれば、親や友人、親戚、仕事先にカネを借りに駆けずり回る……
     人としての絆……情を盾に取り、言い訳をくり返し、返済を迫られると逆上……
     最後には行方をくらます……

     人の善意につけ込んでカネを借り、それを踏み倒す。
     人間として卑劣なのは、どっちだ。

カイジ:うっ……

利根川:最近キラという正義漢気取りの殺人犯と、その信奉者が幅を利かせ、
     足りない頭で「悪」を定義する馬鹿どもで溢れているが……とんだお笑いぐさだ。

     真の悪は、弱者の中にいる……!
     人権や平等を盾に、他人のカネを踏み倒し、使い込んで平然としている輩……
     俺たち金貸しは、そういったクズたちと向き合い、やり合ってきた……

     キラとやらは、誰にでもわかる人殺しショーで、お茶の間の人気者になっているがいい。
     真の正義は……人としての最低限の倫理(りんり)は……このスペキュレーションリゾートにある……!

ライト:お前の説明は不正確だ。意図的な曲解すら感じる。
    僕はキラの信奉者ではないが、キラの名誉のために訂正しておく。

    キラが「誰にでもわかる悪」……凶悪犯に限定して殺害するのは、
    正義の裁きをくだす存在がいるということを、世に知らしめるため。
   
    そうすれば、お前の言うクズたちも気づくだろう。
   「こんな事をしていれば消される」
    そうして真面目で心の優しい人間だけが残る。

   キラが小さな悪を見逃すのは、取りこぼしているからじゃない。
   人間の善意を、悔い改める心を信じているからだ。

利根川:はっきり言ってやる。
     大きなお世話……何様のつもりだ。
     クズにもクズらしく生きる自由がある。
     何人(なんびと)たりとも、他人に人生を強要する権利はない。

ライト:さっきと言っていることが逆になっている。
    また得意の詭弁(きべん)で、煙に巻くつもりか。

利根川:寸毫(すんごう)たりともブレてなどいない。

     資本主義経済における自由とは……
     クズでもクズらしく生きる自由……!
     同時にクズは死ねと突き放せる自由……!

     お前らだって、あのクズどもと運命共同体……
     みんなの借金をみんなで返す……
     馴れ合いという名の、奴隷の連帯責任にはヘドが出るだろう……

カイジ:(共感している……利根川に……)
    (「弱者」という括りで、安藤たちと団結し、利根川という「強者」……「悪」に立ち向かう……)
    (そんな腐った砂糖水のような、甘い筋書きは真っ平ご免……)
    (俺は「弱者」でも「負け犬」でも「俺」……)
    (「俺」という一つの個でありたい……!)

利根川:資本主義における正義とはただ一つ……契約を守ること。
     借りたカネは返す。たったこれだけのこと……
     
     カネは命より重い……!
     そこの認識を誤魔化す輩は、生涯地を這う……!

ライト:その貸したカネの金利が、貸金業法(かしきんぎょうほう)に違反している。
    元本10万円未満なら年率20%、10万円以上100万円未満なら年18%、100万円以上なら15%が最大だ。
    竹不知の年率29.2%の金利は、上限金利ギリギリ……
    貸金業法(かしきんぎょうほう)が改正されれば、過払(かばら)い金として払い戻しの対象となる。

利根川:ライト君。
     東大生とはいえ、大学生ごときに指摘出来る法令違反など犯すと思うか。
     我がエンペラー&スレイブの法務部を舐めないほうがいい。

     それに……法律と正義を同一視するなんて、あまりに幼稚。
     君のひいきにするキラとやらも、法の下ではただの殺人鬼。

     しかし、人々はそうは思わなかった。
     法で裁かれない悪は存在すると考え、法を超えた制裁に快哉を叫ぶ……
     君も法律を学んだ者として、法の限界を知るからこそ、キラに肩入れするのだろう。
     違うかね、夜神月君……?

ライト:(くっ……圧倒的っ……)
    (この僕が呑まれている……利根川の気迫に……)
    (咄嗟に反論が出てこない……!)

利根川:命とは、詰め込むための器。
     知識、人脈、技能……
     実績を詰めて初めて価値が出る。
     ただ生きているだけの人間は、何の価値もない空っぽのズタ袋……!

     孤立せよ……
     人は……世界がバラバラになれと……まかれた種だっ!
     切り開け……自分の未来を……!


□/三週目末、カイジの部屋


長門:信用リスクの変動は、線形(せんけい)ではなく、非線形(ひせんけい)にあると考えられる。
    新規借入(しんきかりいれ)や負債総額の増減と比較して、通常、CDS(債務保証)(クレジット・デフォルト・スワップ)の変動は緩やかな範囲に留まる。
    しかし一度(ひとたび)債券発行体の破綻リスクが顕在化(けんざいか)すれば、CDS(債務保証)(クレジット・デフォルト・スワップ)のスプレッドは、急速にワイドニングする。

カイジ:出た……宇宙語……
    誰か翻訳を頼む……

ミサ:らーいーと!

ライト:僕も経済は専門じゃないんだ。
    おおよその意味は掴めたが、噛み砕いて説明するとなると……

阿部高和:たとえば、ミサミサはライトと付き合ってるよな。
       ライトと別れて、カイジと付き合う気はないか。

ミサ:伊藤さんと?
   あはは、無理無理。
   ミサ、ライト一筋だもん。ね、ライト?

阿部高和:こいつが線形モデル。
       明日は今日と大きく変わらない世界だ。

カイジ:線形の世界では、俺とミサミサは永遠に付き合うことがない……
    圧倒的な説得力……だが納得することに、一抹(いちまつ)の疑問と屈辱……

阿部高和:ところがライトは、ホモだった。

ミサ:そんな……!?

阿部高和:ライトはホモを隠すために、ミサミサと付き合っていたのさ。

ライト:すまない、ミサ……
    僕はおっぱいより、鍛え上げられた厚い胸板が好きなんだ。

カイジ:ノリいいな……ライト。

ライト:僕のホモを偽装するために、これからも付き合ってくれないか。

ミサ:無理っ! もう付き合えない!

阿部高和:昨日までの前提が、今日には激変しちまう。
       こいつが非線形にジャンプするってことだ。

       ところでライト、男の裸に興味はあるか。

ライト:一切無いから、話を先に進めてくれ。

長門:線形モデルは、情報の連続を前提に作られる。
    けれど現実の事象(じしょう)は、しばしば過去との連続性を無視した、不可逆(ふかぎゃく)の領域にジャンプを起こす。

    情報の連続性が疑われることは、未来への確実性も疑われること。
    不確実性の増大。これをリスクと呼ぶ。

阿部高和:リスクっていうのは、必ずしも悪いことじゃない。
       そいつはチャンスでもあるんだ。

       カイジ、一つミサミサを口説いてみろよ。
       ライトがホモで傷心中の今なら、落とせるかもしれないぜ。

カイジ:え……? マジで……?

ミサ:伊藤さん……
   ミサ、ホモ以外だったら誰でもいい気分かも……

カイジ:ミサミサ……えーと……やらないか……

ミサ:やっぱ無理。
   どんなに寂しくても悲しくても、伊藤さんはありえない。

   っていうか、やらないかって何?
   露骨すぎ。サイテー。

カイジ:非線形の世界でも、駄目なもんは駄目じゃないか……

ライト:カイジ、気持ちはわかるがストレートすぎる。

カイジ:ノンケでもイチコロの、必殺の口説き文句……
    そうじゃなかったのか……阿部さん……!?

阿部高和:ああ。ハッテン場では連戦連勝だったぜ。

ライト:ハッテン場に来てる時点でノンケじゃないだろう……

ミサ:いいよ……ライトがホモでもロリコンでも。
   絶対に別れないから。別れるならミサを殺して。

ライト:わかっているよ。さっきのは冗談だ。
    僕とミサの絆は、永遠だ。
    死神にだって、引き離せはしない。

カイジ:おい長門……先に進めてくれ……

長門:今日と同じように明日も上昇するという共同幻想。
   バッドウィルの上昇線形モデルは、断ち切られた。

   今、バッドウィルは不確実性の増大――
   非線形の世界にジャンプしようとしているように見える。

カイジ:週明けの月曜日……
    スペキュレーションリゾートの最終週は、波乱になりそうだな……

長門:スペキュレーションリゾートの波乱は、予測されていたリスクであったといえる。
    わたしたち五人――決して交わらない平行世界の人間が、巡り会ってしまった。
    わたしたちが同じ場所に存在していることこそ時空融合――非線形の証明。

ライト:……前から気になっていた。
    その全てを知っているかのような口振り……

    何者なんだ、あんたは。
    その長門有希というのは、本名なのか?

ミサ:あれ……長門さんの名前……
   見たことない文字……記号……いっぱい……

   何これ……
   ううっ、頭が痛い……

長門:やはり夜神月は、統合思念体をも殺しうる存在……

   統合思念体は自他を区別するため、便宜上、自らをそう名付けている。
   本当の名前は、自分自身でも知らない。
   でも死神の目は、それを見抜いて地球の言語に翻訳し、弥海砂に顕示(けんじ)しようとしている……

   この新たに判明した事実により、各派閥が計画のリスク/リターン比を再計算。
   特に急進派の修正は著しく、夜神月と弥海砂の抹殺計画を提案。
   各派閥との調整を抜きに、独自に着手を始めた。

ライト:……長門有希、何者だ。

長門:この銀河を統括(とうかつ)する情報統合思念体によって造られた、
   対有機生命体コンタクト用ヒューマノイド・インターフェース。
   それが、わたし。

ミサ:長門さんって、宇宙人――!?

ライト:参ったな……
    しかし死神と一緒に暮らしておいて、宇宙人がいる可能性を無視していたというのも、
    考えてみればおかしな話だ……

阿部高和:こいつはたまげたな。普通の人間は、俺とカイジだけらしいぜ。

カイジ:俺には、阿部さんが一番人間離れしてるように見える……

阿部高和:俺はどこにでもいる普通のホモさ。

カイジ:でも、どうなってんだこれ……
     長門は宇宙人で、ライトとミサミサは超能力者あたり……?

ライト:……確かに、奇妙な取り合わせだ。
    こんなに都合良く、普通ではない人間が集まるのか。

カイジ:俺も普通じゃない人間に入ってるのか……?

ミサ:うん。伊藤さんも普通じゃないオーラ出してるよ。
   その鼻とかアゴのラインとか。

カイジ:……ほっとけよ。

長門:三年前、突如観測された情報フレアの発生源――夜神月。
    でも何故夜神月が、情報フレアを発生させるに至ったのか、その原因は不明だった。
    ようやくデータが揃い、一つの仮説を立てるに至った。

    わたしたちは21世紀の日本国に住みながら、決して交わらない平行世界を生きている存在。
    でも何らかの異変で、平行世界の界面が歪み、共通の時空軸に取り込まれてしまった。
    この三年間、異常値として無視するには、あまりに特異な現象が多すぎる。
    三年前を(さかい)に、世界が変わってしまったとしか、定義出来ない。

ライト:なるほど……腑に落ちたよ。
    だから僕は死神界と接触した……デスノートを手にしたのか。

カイジ:おいおい……
    なんでこんなSF展開が腑に落ちてるんだよ……
    俺が知ってるSFはドラえもんぐらいだぞ……

ライト:カイジ、君がキラの存在を知ったのはいつ頃だ?

カイジ:ニュースとか、ネットとか……
    いつって言われるとなあ……キラの話題なんて毎日やってるし……

阿部高和:再就職した頃か、派遣切りにあった頃か……ここ一ヶ月なのか。
       言われてみたら、いつの間にかキラの存在が頭にすり込まれてるぜ。

ライト:……誰も気づかない内に、異世界の出来事が当たり前になっているのか。
    だとすれば、僕も……

    どうすれば元の世界に戻るんだ?

長門:現時点では、回答することは出来ない。

    平行世界が接近した故の、一時的な時空の歪みなのか。
    時空の歪みが加速し、時空融合を果たし、新世界が誕生するのか。

    スペキュレーションリゾートは、わたしたちカオスの源が集結した、一つの特異点。
    この特異点が発散した後、世界の方向性は、明らかになると推測される。
    黒い白鳥(ブラックスワン)が舞い降りるのか、何事もなく果ての国へ消えゆくのか。

阿部高和:ま、小難しいことを考えてもしょうがない。
       世界がひっつこうが離れようが、なるようになるさ。
       俺たちみんな、仲良くやってるじゃないか。
       
カイジ:そうだな……世界のことより、明日のことで精一杯……
     バッドウィル……スペキュレーションリゾート……

ミサ:ライトとミサの恋の行方と、ミサが借金のカタにえっちビデオに売られないこと……

長門:ただ一つわかっていること。

    伊藤カイジ、あなたは変わり始めている。
    夜神月、あなたも。

カイジ:俺が……?

ライト:僕も――?

長門:覚えておいて。
    未来の行く末を決めるのは、わたしたち自身の行動だと言うこと。
    線形の世界に救いがないとしたら――非線形の世界に起死回生のチャンスはある。



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