賭博相場録カイジ〜株式魔窟編〜 第四話-霧中-

※この作品は、カイジ、その他の作品を元にしたクロスオーバー二次創作です。
  カイジが題材としているギャンブルの代わりに、株式や商品などの金融市場が舞台となっています。
  なお作中の取引シーンは、実際のトレードに比べて、かなり簡略化されています。


★配役:♂3♀1=計4人


▼キャラクター


伊藤カイジ♂:
二十代のフリーター。現在無職。
普段はダメ人間だが、博打になると類い希な才能を発揮する。

出典:賭博黙示録カイジ

夜神月(やがみらいと)♂:
21歳。東応大学の大学生。
死を操るデスノートを使い、新世界の神となることを目論む。

出典:DEATH NOTE

弥海砂(あまねみさ)♀:
ティーン向け雑誌エイティーンのモデル。
ライトと同じく、デスノートの保有者。

出典:DEATH NOTE

阿部高和(あべたかかず)♂:
自動車修理工のいい男。
ベンチに座っている彼を見ると、誰もが「ウホッ……」と吐息を漏らすとか漏らさないとか。

出典:くそみそテクニック


ひらひらのひらがなめがね
上記のサイトに、この台本のURLを入力すると、漢字に読みがなが振られます。
ただし、必ずしも正確とは限らないので、確認をしたほうがいいでしょう。

壁紙はこちらのサイトからいただきました。
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株式魔窟編


カイジ:サラ金やヤミ金で借金を重ねた、俺たちろくでなしの多重債務者は、
    さまざまなツテから、ホテル『エスポワール』に連れてこられた。

    そこで貸し出された現金1000万円を、株式市場で運用し、借金を返済する……
    それがスペキュレーションリゾート……
    ここに連れてこられてから、今日で四日が過ぎた……


□1/一週間目金曜日、カイジ自室


カイジ:(口座残高、残り900万……)
    (ダメだ……全然増えねえ……)
    (むしろこの四日間で、100万のマイナス……)

    (朝の8時50分……)
    (もうすぐ今週最後の株式市場がオープンする……)

阿部高和:よう、カイジ。
      今日の稽古、始めるか。

カイジ:うっす……

阿部高和:デイトレードは寄りつきが大勝負だ。
       それじゃあ、いくぜ。

       まずは昨日渡しておいたチェックリストの銘柄(めいがら)から巡回だ。

カイジ:『ハゲランス』……
    あっ、すごい。前日比5%のプラス……!

阿部高和:強い材料が出たみたいだな。

カイジ:『ハゲランス、男性ホルモンで発毛する新技術開発』
     すね毛やわき毛を頭皮に移植。
     男性ホルモンの発毛作用で、ハゲている人ほど効果がある。

     阿部さん、こいつは()がりますよ……!
     ハゲ根絶の日も近い……!

     ハゲランス、買った……!

阿部高和:おいおい、もう買っちまったのかい。
      開始30分は値動きが荒い。
      がっつく男は、嫌われるってね。

カイジ:阿部さんが言っても説得力ゼロっすよ……
    それに今飛び乗ったお陰で、俺の資産はみるみる増えて……

    あ、あれ……?
    さっきまで5万の利益が乗ってたのに、ずるずる下がって1万のマイナス……

    よく考えりゃ、わき毛なんて頭に移植してどうすんだよ……
    ま、また高値づかみしちまった……

    ダメだ、ヤバい……!
    損は出るけど、大損する前にハゲランス売却……!

阿部高和:ん? 売ったのかい?
      俺は、ちょうど今買ったところだぜ。

カイジ:えっ……?

阿部高和:市場オープンしてから、しばらくは値動きが荒いからな。
      男はじっと辛抱だ。
      寄りつき30分経ったら、その高値と安値を控えておく。
      こいつが上下の目安だ。
      上か下、どっちかに値段が動いたら、そっちに飛び乗る。

カイジ:でもそれって、『高いところを買って、安いところを売る』んじゃ……

阿部高和:昔から言われる『放れにつく』って奴だ。
      最近は『ブレイクアウト』って言うらしいがな。

      『ハゲランス』はしばらくホールドだ。
      利益を無くさないよう、真下にストップロスの仕切り注文を置いておく。

カイジ:……!!
    『ダイブドア』……!
    保利江(ほりえ)社長逮捕、ホリエモンからゼンカモンへ。

    凄い……大暴落だ。
    崖からダイブしたような転がりっぷり……
    ゼロまでいくんじゃないか……

阿部高和:ふうん。買ってみるか。

カイジ:『売り』じゃなくて『買い』なんすか……?

阿部高和:ああ、買ったぜ。

カイジ:マジっすか、阿部さん……
    こんなうさん臭い会社なんて、潰れるに決まってますよ……
    倒産したら、紙くずじゃないですか……

    あれ……?
    株価が戻してやがる……!
    それも急激に……!

阿部高和:そりゃあ、一ヵ月後には上場廃止かもしれない。
       だが今日一日は、東証に上場しているだろう。
       デイトレでは、値動きが重要だ。
       会社の名前は、なんでもいいのさ。

       よし、ここらで仕切りだ。

カイジ:えっ、俺、今買っちゃったんですけど……

    うわああ……どんどん下がっていく……!

阿部高和:切れ、カイジ。
       儲けが出た連中が、どんどん売りに回ってるぞ。

カイジ:うっ、うう……
    でもまた反発するかもしれないし……
    さっきの『ハゲランス』みたいに持っておいたほうが……

    う、ああああ……
    ナイアガラ……! 大暴落……! 底無し……!

阿部高和:ストップロスを入れてなかったのかい。
       下手すりゃストップ安で、捕まっちまうぞ。
       大損してもいいから売っちまえ。

カイジ:くっ……
    『ダイブドア』売りっ……!


□2/カイジ自室、株式市場大引け後


カイジ:(午後三時……終わった……)

阿部高和:一週間の帳締(ちょうじ)めは……プラス80万か。
      週初めの資金が1000万だったから、8%。
      出だしとしては、まあまあってところだな。

カイジ:(一方の俺は、800万円……)
     (1000万円から、マイナス20%……)
     (つまり200万円も負けたってことになる……)

阿部高和:エスポワールの決めた最低合格ラインが1500万。
       残りは420万。ま、やれないことはないだろう。

カイジ:阿部さん……
    『高いところを買って、さらに高く売る』のが順張(じゅんば)りで……
    『安く買って、高く売る』のが逆張(ぎゃくば)りですよね……?
     この二つの見極めって、どうやるんすか……?

阿部高和:そうだなあ。
      ハゲランスは、今までずっと小動(こうご)きだっただろう。
      しこり(ぎょく)……含み損(ふくみぞん)を抱えた連中がいない。
      だからこの上昇は、長く続くと感じた。

カイジ:それが順張り……

阿部高和:ダイブドアは短時間に下がりすぎだった。
      そろそろ自律反発があると感じたんだ。

カイジ:でも、それってハゲランスと理屈が逆じゃないですか……?

阿部高和:俺は学がないから、上手く言えないが――

      株に限らず、市場取引は売り手と買い手がいて成立する。
      価格が独りでに動いたり、偉いオッサンが勝手に値段をつけるわけじゃない。
      売り手と買い手が合意に達した結果の連続なんだ。

      ダイブドアは暴落していたが、それは投げ売りする売り手がいたからだ。
      高値で買った売り手が居なくなれば、安値で買った買い手ばかりになる。
      需給は逆転し、価格は上がり出す。
      新しく買った連中は、含み益のある奴ばかりだから、そうそうすぐに売ったりしない。
      その間、ダイブドアの反発は続くってわけだ。 

      同じように、小動きだったハゲランスも、含み損を抱えた連中が整理されたから、上昇トレンドは長続きする。

カイジ:要は、需要と供給って奴……?

阿部高和:そうだな。
      後はチャートの形や出来高(できだか)、その日のニュース。
      そいつらを全部ひっくるめた判断。平たく言えば『カン』だな。

カイジ:『カン』っすか……

    せっかく教わったのに申し訳ないんっすけど……
    俺、デイトレは向いてないみたいです……

阿部高和:そうかい。

      すまなかったな。
      俺はこいつしか教えられなくてな。

カイジ:いや、いいんすよ……
     阿部さんは凄いテクニシャンだったし……

     俺はというと、揺れ動く相場の波に、溺れてしまうだけだった……

阿部高和:人生どんな時だって、勝てるわけじゃない。
       損切りだって大事なことだ。
       余力を残して、長所を生かせることに力を注ぐんだ。

       カイジ、自信を無くすな。お前は勝てる男だ。


□3/ホテルエスポワール図書室、閲覧ブースの一室


ライト:モダンポートフォリオ理論。
    リスクとリターンがトレードオフの関係にあるならば、
    株式Aと株式Bの最適配分により、リスクを最小化した範囲で、最大のリターンを目指す……

    これが分散投資の効用の、理論的根拠になっている学説だが……

ミサ:ねえねえライト。
   そんな難しそうな本じゃなくて、こっちの本にしようよ。
   ミサ、簡単に儲かりそうな本見つけてきたよ!

   『カリスマ美人主婦トレーダーの毎月10万円は夢じゃない』
   『(ながれ)キタハマの日本一当たる株大予想』

ライト:ミサ、常識で考えてくれ。
    そんな簡単に儲かるなら、誰も働かないだろう。

    だいたいカリスマ美人主婦って、この写真はどう見ても自称じゃないか。
    流キタハマは、株にうとい僕でも知ってる、有名な曲がり屋だ。

ライト:(政治経済は受験科目だから一通り勉強したし、ニッケー新聞も購読しているが……)
    (実際に株の売買となると、具体的なことは何もわからない……)

    (こんなことなら一般教養で、もう少し経済系の授業を、多目に取っておくべきだった)

ミサ:ライトぉー、ミサにできることない?

ライト:じゃあ、こっちの本に目を通してくれないか。
    まだまだ読まないといけない本が、沢山あるんだ。

ミサ:任せて! ライトのために頑張る!

   えーと、えるおーえぬ……ロングターム?
   ロングターム・キャピタルマネジメントの……
   アービトラゲ?

   ……ライトぉ。

ライト:どうした?

ミサ:英語、読めない……

ライト:じゃあ、こっちの本を要約しておいてくれ。
    これなら日本語訳されてるから読めるだろう。

ミサ:うん、わかった!

   ビル・ゲイツと並ぶ、全米一の資産家ウォーレン・バフェットの保有する株式は、
   コカコーラなどの消費者独占型企業であり……こういった企業はインフレにも強く……

ライト:ミサ、写経じゃないんだから、全文書き写したって困る。
    ちゃんと要点だけをまとめてくれ。

ミサ:だって、何言ってるのか全然わからないんだもん……

ライト:はあ……
    ミサ、もういいから。
    一足先に部屋で休んでいてくれ。

ミサ:ミサ、ライトの役に立ちたいの!
   だって、こんなところに連れてこられたのもミサのせいだし……

ライト:……じゃあ、僕が口述したことを書き留めてくれ。

ミサ:それならミサにもできそう!
   沢山悪い人の名前を書けるように、通信教育で速記の勉強したんだよ。
   偉いでしょ?

ライト:ああ、わかったわかった。
    それじゃあ――

    効率的市場仮説(こうりつてきしじょうかせつ)においては、市場参加者は全ての情報を織り込むとされ――
    ウィーク型、セミストロング型、ストロング型のそれぞれの説は――

    どうした? ペンが止まっているが――

ミサ:ライトぉ……

   漢字、書けない……


□4/図書室、新刊コーナー


カイジ:『デイトレで土管と1億円大儲け』
    『平凡なニートのボクが株で3億円』
    『女の私も株で勝つ〜相場の女神編〜』

    やっぱ、こんな本じゃダメだよなあ……
    もうちょっとしっかりした本にするか……

ミサ:うわーん、伊藤さーん!

カイジ:ミサミサ……?

ミサ:ライトってば、酷いんだよー!
   『邪魔だから帰れ』って……

   ミサ、あんなに頑張ったのに『悪いけど、迷惑だ』なんて……

カイジ:まあ、なんとなく想像は……

    で、どうすんの……?

ミサ:うー……

   こうなったら他の男の人とイチャイチャして、ライトにヤキモチ焼かせちゃう!
   本ばっかり読んで、ミサを邪魔者扱いしたことを反省させてやるんだから。

カイジ:(無茶苦茶だな、おい……)
    (あと三週間のあいだに、500万円稼がないと、どうなるかわからないって時に……)

ミサ:うーん、どこかにミサと恋人のフリしてくれる男の人は……
   ライトが『ミサを盗られる!』って焦りそうないい男……

   じーっ……

カイジ:(えっ、俺……?)
    (もしかしてこれ、寝取りフラグ……!?)

ミサ:伊藤さんじゃ、ダメか……

   ライトには、全然プレッシャーにならないし。

カイジ:なんだよそれ……

ミサ:あっ、ごめんね伊藤さん。
   そういうつもりじゃないんだ。

カイジ:まあ、いいけど……

ミサ:でも、元気出して!
   伊藤さんには、ミサよりいい人見つかるって!

   それじゃーねー!

カイジ:なんで俺がフられたみたいになってんだよ……
    はあ……

カイジ:(阿部さんは俺にも伝わるよう、『需要と供給』って理屈で説明してくれたが……)
    (本当のところは、チャートの形や、売り買いの注文状況……カンが九割なんだろう……)

    (カンといっても、当てずっぽうじゃなく、勝ち負けの経験を積んだ末の、無意識の暗黙知……)
    (ズブシロの俺がたった一週間で、職人技を身につけるのは不可能っ……)

    (考えろ、考えるんだ……)
    (俺に合った、取引のスタイル……真実を見定める力を……!)


□5/図書室、読書ブース


ライト:どれほど注意深く銘柄を分散させても、突発的なアクシデントからは逃れられない。
    ホウデン自動車のブレーキトラブル程度なら株価は戻すが、
    頭狂(とうきょう)電力のような原発事故だと、株価は不可逆の水準まで暴落し、二度と戻らない……

ライト:分散投資理論は、突き詰めると、市場全体に投資するインデックス投資に行き着く。
    日本なら日経平均、アメリカならニューヨークダウ。
    これなら上場廃止した銘柄は除外され、新しい銘柄が組み入れられる。


    インデックス投資理論は、株価を予測不可能とする効率的市場仮説とセットで語られる。
    明日の株価が上がるか下がるかはわからないが、
    ニューヨークダウは、100年近くのあいだ、常に上がり続けてきた。

ライト:しかし、僕たち日本人は知っているはずだ……
    日経平均が20年前のバブルの最高値39000円から、現在は8000円台にまで低迷していることを。

    分散投資も、インデックス投資も、株式市場の時価総額が増大することが前提となって語られている。
    この前提が間違っていれば、リターンは負の期待値を示す。
    リスクとリターンの比率をいじること自体、バカげた机上の空論。

    アメリカと日本では、事情が違う。
    常識で考えれば誰でもわかるのに、何故こんな理論がまかり通っているんだ?

    情報は常に発信する側に有利で、受信する側は常に不利……
    考えろ、考えるんだ……欲望のせめぎ合う、市場の法則を……



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