ゲネシスタ外伝-放浪の海洋艦隊-

Episode1
-Cat Meets Woman on Battleship-

作:堀幸太2

★配役:♂2♀2両1=計5人

アレクセイ・グラディシバ ♂/32歳(アレク)
デルモネリゾン系譜の降魔で、子猫の形をした寄生型。
外付けの仮想化脳(ブレイン・エミュレーター)として機能し、スクラップ化したデルモネリゾン系譜の降魔を外部操縦できる。

もとは人類統合体カントウエリアで民間企業に勤めていたオタリーマン。
人間だったころは恋人もいてそれなりに順風満帆であったが、とある降魔隕石落着の際に身体機能の大半を失ってしまう。
その混乱も収まらぬうちにスヴァローグに回収されたため、それ以降恋人とは会えていなかった。
『ストリボルグ建造計画』の要。

君原 清華(きみはら さやか)♀/28歳(サヤカ)
『ストリボルグ建造計画』が3年目を迎えたときにスヴァローグ艦隊に乗艦した人間。
アレクセイが人間だった頃の恋人で、降魔隕石落着から連絡が取れなくなった彼を探している。
災害に巻き込まれ何年も音信不通の恋人を愛し続ける、一途な女性。
スヴァローグ乗艦オペレーターの一員となる。

エカテリーナ・イワノフ ♀/42歳(エリナ)
スヴァローグが誕生するときに吸収されたOMA-0128の艦長。
人間が作る社会的群体への帰属意識が低く、OMA-0128がスヴァローグへと変じた時にこれ幸いと放浪を提案した。
霄壌創世によって艦隊となったときに自らを降魔化し、総督型となる。艦隊での立場は提督。
放浪する艦隊に乗艦する船員たちを生かすための貿易活動や、戦時の作戦行動指揮などあらゆる面で非凡な才を示し、部下から慕われている。

シモン・フリードマン ♂/46歳(シモン)
スヴァローグに乗艦する人間であり、工廠長の立場にある。
技術大好きの変態エンジニアで、実力は高くいざというときに頼りになるものの、日常生活を疎かにしすぎるきらいがあり、常日頃は遠巻きにされている。
『ストリボルグ建造計画』を推し進めている中心人物で、同計画ではリーダーを任されている。
アレクセイから機体関連のフィードバックを受けることが最近の趣味。

スヴァローグ 両(スヴァ)
デルモネリゾン系譜の、海洋移動工廠の要塞型。
降魔隕石の落着地点が洋上であり、たまたま通りかかった試験航行中の移動工廠OMA-0128を隕孔巣とし、成長した。
元が船舶に分類されるものであり、拠点化した後も海洋での移動能力を有する。
霄壌創世は自身を中心に隕孔巣を拡張するのではなく、随伴する艦船として製造し艦隊を組んで洋上を動き回っている。
生まれたばかりの若い要塞型で、艦隊の船員を慕っている。
移動工廠自体が本体だが、普段は工廠の中をコンソール型の移動端末でふらついている。


※以下は被り推奨です

機巧技師1 
機巧技師2 

□8に登場。シモンと会話あり。


【簡易用語解説】※本作独自の用語のみです。他設定は原作から流用しています。

OMA-0128
ロシアの民間企業が開発し軍に提供した海洋移動工廠の試験船。いくつものプロトタイプを経て完成にこぎつけたところで降魔隕石によって吸収されてしまった。
同企業では現在同型の船を再び製造している。

ストリボルグ
スヴァローグに乗艦しているシモンをはじめとする技術者によって開発計画が推し進められている巨大機巧偶人(マキーナ・パンツィーリ)
ストリボルグ・プロトはアレクセイの連結する闘将型として完成までこぎつけており、現在は、生身の人間でも搭乗できる機体が研究・開発されている。

降魔骸装(インストルゥミエーント)
人類統合体で開発された、最新の降魔工学に基づく人造降魔。
デルモネリゾン系譜の降魔の骸を、生身の人間が運用できるように改造したもの。
降魔骸装により、人間は必ずしも機械化されなくても、降魔の恩恵に浴することが出来るようになった。
現在スヴァローグでは、ストリボルグを降魔骸装化する『ストリボルグ建造計画』が行われている。


※作中の用語は、ルビが振ってある部分はそのように、振ってない部分は普通に読んでください。
※30分では収まりません。区切るか終わりにするなら、□5を読み終わったあたりが丁度良いです。(□1〜□5約20分:□6〜□10約20分:通し約40分)


ゲネシスタwiki 劇中の参考になれば幸いです。



□1/移動工廠船スヴァローグ 前甲板


(スラスターで細かく姿勢制御を行いながら前甲板に着艦するストリボルグ・プロト)

エリナ:シモン工廠長(こうしょうちょう)、プロトの運用データは大分集まっているようだが……。

シモン:提督のおっしゃりたいことはわかっていますよ。
    この艦隊の防備の切り札となるであろう、降魔骸装(インストルゥミエーント)ストリボルグを作るためのデータは、今日である程度そろいました。
    これから計画は前に進むでしょう。

スヴァ:それは大変喜ばしいことです、シモン。
    私はあなた方の開発能力にいつも舌を巻いていますよ。

シモン:おや?
    スヴァローグ、君に舌という器官があったのかい?

スヴァ:比喩表現ですよ。人間は一つの物事に関しても多彩な表現を持つ。大変興味深いです。

エリナ:どうせ、アレクが入れ知恵したのだろう。
    あいつも暇な奴だ。

シモン:我々は現状平和に生きていますからねぇ。
    まぁ艦隊に乗っているのはほぼ技術者なので、そんな時分に防備強化の方針が出ても文句は言いませんが。

エリナ:研究が妨げられなければ、だろう?

シモン:よくお分かりで……ンフフ……。

スヴァ:ンフフ。

エリナ:スヴァローグ、この悪趣味親父の笑い方はマネしてはいけないよ。性格が歪む。

シモン:ひどい言い草ですねぇ、提督。

スヴァ:人間の文献には、家庭環境が子の性格に影響を与えるとありますが、笑い方も含まれるのですか?

エリナ:それは知らんが、私はお前にこんな笑い方をしてもらいたくないのだ。

スヴァ:提督が言うのであれば、そうします。

エリナ:良い子だ。

シモン:おやおや、まるで親子のようですねぇ?

スヴァ:近い関係です。この艦隊にいるすべての人間・降魔(ゲネシスタ)は、等しく家族だと認識していますが。

シモン:ぼくも家族に入れてくれるのかい?

スヴァ:当然です。

シモン:うれしいことだね。

エリナ:スヴァローグの家族を守るための道具を作ってくれるのだものな?

スヴァ:はい! 次の降魔骸装(インストルゥミエーント)も楽しみです!

シモン:急かしているんですか、提督?
    まあ頑張りますがね……それとスヴァローグ、次の降魔骸装も見た目は彼と一緒だよ。

(彼、の一言が示す巨大な人型へ、エカテリーナとシモン、そして工廠設備のコンソールのような形をしているスヴァローグの移動端末が目を向けた。)
(視線の先で、ストリボルグ・プロトが工廠へと入っていく)


□2/移動工廠船スヴァローグ 工廠内


サヤカ:ストリボルグ・プロト、工廠(こうしょう)3番ハンガーに駐機してください。

アレク:了解。
    3番ハンガーに駐機する。移動経路上のエンジニアはすぐに退避しろ。

(進路がクリアされるのを待って、ストリボルグ・プロトがハンガーへ移動しだした)

アレク:君はあまり聞かない声だけど、新しいオペレーターかな?

サヤカ:はい。旧日本国に入国していた第8番艦に乗船し、先日着任しました。

アレク:そうか、よろしく頼むよ。
    駐機完了。降りるから、キャットウォークを寄せてくれないかな。

サヤカ:了解。
    キャットウォーク寄せます。注意してください。

アレク:ありがとう、っと。
    機体の動作データはコンソールに提出しておくので、確認でき次第会議室にデータ回して。

サヤカ:わかりました。フリードマン工廠長(こうしょうちょう)をお呼びしておきますか?

アレク:ゆっくりでいいよ。一度君にあいさつもしたいからね。

サヤカ:では、私も会議室に向かいます。
    フリードマン工廠長(こうしょうちょう)もお呼びしておきますので、会議がてら挨拶を。

アレク:了解。直接会議室へ向かうよ。
    ……はぁ、つれないね。

(巨大な人型の胸部が開き、子猫型の機巧偶人がキャットウォークに降り立った)

スヴァ:アレクセイ、お疲れ様です。

アレク:スヴァローグかい?
    さっき甲板にいたみたいだけど。

スヴァ:提督とシモンとお話をしていました。

アレク:どんな話をしていたのかな。

スヴァ:ここにいる人たちはみんな家族、ということを。

アレク:みんな家族?
    なんでそんな話に。

スヴァ:シモンの笑い方をマネするな、という話からですね。

アレク:それはマネしちゃいけないなぁ……。

スヴァ:アレクセイもそう言うのですね。なぜですか?

アレク:普通に気味が悪いんだよね。

スヴァ:気味が悪い、ですか。

アレク:そうそう。あの「ンフフ」ってやつがね。

スヴァ:ンフフ。

アレク:あはは、似てるなぁ!

スヴァ:伊達に観察していません。

アレク:俺の笑い方はできる?

スヴァ:もちろん……あはは!

アレク:あはは! 完璧だ!
    あ、そういえば、スヴァローグは新しいオペレーターの子、知ってる?

スヴァ:もちろんです。

アレク:教えてくれないかな?

スヴァ:いいですよ。
    第8番艦がコウベに寄港したときに拾ってきたようです。
    オペレーター適性が高かったので採用し、現在研修中ですね。データを鑑みるに、相当優秀なようで、このままいけば当艦で仕事を割り振ることになるでしょう。
    ついでに言えば今のところ降魔化(リバース)していない純然たる人間のようですね。日本人の。

アレク:名前は?

スヴァ:君原 清華(きみはら さやか)。年齢は28歳だそうですよ。

アレク:……ッ!?
    その名前、まさか……!

スヴァ:アレクセイ? どうしたのですか?

アレク:いや、何でもない。仮に彼女だったとして……。

スヴァ:……?
    アレクセイ?

アレク:いや、何でもないよ。
    (小声)……俺、もう人間じゃないもんなぁ。


□3/移動工廠船スヴァローグ プロジェクターが埋め込まれた会議室


アレク:(まさか、本当に彼女ってことはないよな……いや、だとしても、今の俺には……)
    ……はぁ。

(扉越しに響く足音。机上で丸くなったアレクセイが耳を立てる)

シモン:提督ぅ、本当に出席なさるんですか?

エリナ:ずいぶん嫌そうだな工廠長(こうしょうちょう)

シモン:嫌だなんてそんなそんな滅相もない。
    ただ、会議でまとめた話はあとで資料にして提出するつもりなんですが。

エリナ:それも提出してくれ。

シモン:……了解ですよ。
    まったく、人使いが荒いですねぇ……。

エリナ:何か?

シモン:何も?

(会議室の扉が開き、エカテリーナとシモン、その後ろから一人の女性が入ってきた)

スヴァ:提督もいらっしゃったんですね?

シモン:おや、スヴァローグじゃないか。
    提督は会議も聞きたいそうだよ?

アレク:そんな面白い話はしませんよ、提督。

サヤカ:子猫!?

アレク:……ん?
    ッ!?

エリナ:サヤカはアレクセイとは初めてだったか?

サヤカ:ええ、まぁ。

エリナ:そうか。
    彼がアレクセイ・グラディシバだ。先ほど君がオペレートしたストリボルグ・プロトの搭乗者……。
    いや、違うな……正確には――

シモン:搭乗者で良いのでは?
    どのみち『ストリボルグ建造計画』が進めば、かの機体群は搭乗物として認知されるわけですからねぇ。

エリナ:そうだな。
     アレクセイ、彼女は新人のオペレーターで……。

スヴァ:私が一通り説明しました!

エリナ:そうかそうか、ありがとうスヴァローグ。
    というわけだから、アレクセイ……アレクセイ?

アレク:やっぱり君は……清華なのか……?

サヤカ:え、ちょっと待って。アレクセイって、もしかして……。

アレク:ああ、俺だ!
    カントウエリアでサラリーマンをやっていた!
    降魔隕石(シタデルコメット)が墜ちたあの日まで……。

サヤカ:あの後、どうしたの?
    まったく連絡がつかないから、てっきり……。

アレク:降魔化はしなかったけど、体はほとんどダメになった。
    生き残るためにこの船に移ったんだ……。
    それで、今はここで暮らしてる。

サヤカ:……っと。

アレク:え?

サヤカ:ずっと、探してたのよ!?
    生きてたんなら、連絡くらい寄越しなさいよ!
    私が、どれだけ……しんぱ、い、したと……うぅ。

アレク:……本当に、ごめん。

エリナ:……ふむ、面識があったんだなお前たち。

スヴァ:そういえば、清華の名前を教えたときに反応してました!

シモン:ほぉ……聞くだにただならぬ仲のような感じだけれど……。

エリナ:余計な詮索だ、シモン。
    お前たちも、時間も有限なことだし、とりあえず会議を終わらせてから話の続きをしてくれないか?

アレク:すみません、了解しました。

サヤカ:わかりました。お騒がせして申し訳ありません。

エリナ:良い。
    ……では、さっそく始めてもらおう、工廠長(こうしょうちょう)

シモン:はいはい、了解しましたよっと。
    えー、今回の稼働試験のデータですが、いまプロジェクターで表示した通りの数値が出ています。

エリナ:おおむね良い結果だな。

シモン:はい。陸上、空中、水中ともに基準値をクリアしています。
    強いて挙げるとしたら、高高度機動と深海機動、耐圧の部分を強化できれば、と。

スヴァ:そのあたりは私が素材を検討します。

シモン:スヴァローグ、ありがとう。
    後ほど参考になりそうな資料をピックアップしておきますよ。
    それから……。

    ――今後の強化計画案についてですが……。

    ――無人運用時の指令系統の構築は……。

    ――量産計画のパイロット育成について……。

    えー、報告は以上ですね。何かあれば、遠慮なくどうぞ。

アレク:俺から、いいかな?

シモン:どうぞ。

アレク:姿勢制御用のスラスターが5%程の確率で微妙な誤差を出してる。
    データは……ありがとう、スヴァローグ。
    このとおりだ。俺の指示がうまく遂行できないと、命令を伝達する疑似神経にストレスが掛かる。
    大きな問題にならないよう、早めにエンジニアチームでチェックしてもらいたいんだ。

シモン:了解だよ。ほかにあるかな?

アレク:そうだなぁ……火器管制は文句なしだったし、特にないかな。

シモン:技術的な問題はいったんエンジニアチームで精査して、レポートにして提督に提出しますね。
    レポートは資料として残すから、アレクセイのほうでも目を通しておいてほしい。
    それで、今回の操作感はどうだった?

アレク:右腕のレスポンスが若干悪いね。左腕と同精度に持っていけないか。

シモン:確認しておくよ。

アレク:よろしく。
    こちらから言っておくことは以上かな。詳しいことは動作データに添付しておくよ。

エリナ:……ふむ、このあたりで終わりか?

シモン:終わりですねぇ。提督から何か?

エリナ:いや。……皆、ご苦労だった。
    アレクセイはもう休んでくれ。サヤカ、君も行って良い。
    シモンには悪いがエンジニアチームに会議で出た諸問題をフィードバックしてもらいたい。スヴァローグは彼に付いてデータ整理の手伝いを。
    レポートはできるだけ早く提出を頼む。

アレク:了解。

サヤカ:了解です。

シモン:人使いが荒いねぇ。

スヴァ:怒られますよ、シモン。


□4/移動工廠船スヴァローグ居住区、エントランス


アレク:……改めて、ごめん。
    連絡しなかったのは、さ……音信不通になれば、死んだと思われるかなって。
    俺、降魔(ゲネシスタ)になって、今じゃ機械の一部。もう子供だって作れなくなった……人間じゃないんだ。
    清華には、他にいい人見つけて、家庭もって子供作って、人間として幸せになってほしかったから。

サヤカ:ふざけないで。
    そんなこと一人で勝手に決めて……姿も子猫になってるし。
    私の気持ちも考えてよ! たとえ降魔(ゲネシスタ)になっても、あなたが良かったのよ……。

アレク:そう、だな……君の気持を全く考えてなかった。本当に、ごめん。

サヤカ:……もう、過ぎてしまったことよね。
    私も感情的になってしまって、ごめんなさい。

アレク:(……そう、もう過ぎたことなんだ。
     俺が降魔(ゲネシスタ)になったことも、清華の隣にいたことも)

サヤカ:私はね、アレクセイが子猫で、最初は戸惑ったの。

アレク:……うん。

サヤカ:というか、子猫って何なのよ……。

アレク:いや、まぁ、どうせ人の姿を捨てるなら、と思って……。

サヤカ:あの頃あなたが見てたアニメーションに影響されて決めたのかと思ったわ。

アレク:……ち、違うよ?

サヤカ:やっぱりそうなのね。
    あなた中身は全然変わってない。

アレク:でも、便利なんだよこの姿!
    身軽だし、狭いところにも行けるし!

サヤカ:ほんっと、ばかなんだから……。

    けど、やっぱりそんなアレクセイが好きだわ。
    あなたがどんな姿でも、一緒にいたいと思ったの。

アレク:清華……。

サヤカ:でも、今の私じゃあなたとずっと一緒にいられない。
    降魔(ゲネシスタ)って、どれくらい生きられるのかわからないけど……なんとなく、あなたはすごく長生きしそうだなって思うの。

アレク:それは……わからないよ。

サヤカ:だから、ね。私も……。

アレク:……?

サヤカ:私も、降魔(ゲネシスタ)になろうと思うの。

アレク:ダメだ。

サヤカ:……反対すると思ったわ。

アレク:じゃあ、理由もわかってるね?

サヤカ:ええ、私に人間として生きてほしいって、さっきも言っていたものね。

アレク:そう。君はまだ人間として生きられる。降魔(ゲネシスタ)になる必要なんてどこにもないんだ。
    君の気持ちが俺に向いて変わらないのはわかったし、すごくうれしい。
    けど、だからって人間としての生き方まで捨ててほしいとは思わないよ。

サヤカ:それは、あなたの意見よね?

アレク:そうだよ。同時に装置になった元人間としての意見でもある。

サヤカ:私は私の意志でそうしたいの。

アレク:……意志は固いのか。
    でも、ダメだ。俺は認めない。降魔(ゲネシスタ)っていいものじゃないんだよ。

サヤカ:わかってるわ。

アレク:わかってない!
    降魔(ゲネシスタ)になればいろんなものを失うことになる。
    人としての生だけじゃない。家族や友人、君が今まで築いてきた数々のものだって、手から零れ落ちていく。

サヤカ:覚悟のうえよ。

アレク:進退窮まった状況にならなきゃ、そんな覚悟はできないよ。
    君は一度でも降魔(ゲネシスタ)が感じている世界を想像したことがあるかい?
    俺と一緒にここで降魔化するなら、デルモネリゾン……機械の体になる。そうなれば感じる世界は一変するよ。今のままではいられない。
    それが、どういう影響を及ぼすか……最悪、廃人となることだってあり得るんだ。

サヤカ:廃人……!
    デルモネリゾンは降魔化しても精神汚染がないって。

アレク:降魔的な汚染はないのかもしれない。
    けど、自分の体が機械になっていく。感覚が変わっていく。今までとの乖離が大きいほど、精神が適応しにくくなっていくんだ。

    その結果迎えるのが……。

サヤカ:精神的な、死。廃人。

アレク:そうだよ。降魔化するのに付き纏う危険は多い。
    俺は……君には選んでもらいたくないね。

サヤカ:……あなたの言いたいことはわかったわ。
    はぁ……少し時間を置きましょう。検討してみるわ。


□5/移動工廠船スヴァローグ 工廠3番ハンガー


アレク:……清華。
    考え直してくれればいいけどな。

    (そもそも降魔化したところで、彼女は一般的な軍兵型(カデット)になるだけだろう。
     俺みたいな装置(デバイス)寄生型(メタビオス)とは、結局生きる世界が違うんだ……。

     廃人になったデルモネリゾン系譜の降魔に取り付いて、その体を借りることで初めて能力を発揮できるタイプの降魔(ゲネシスタ)
     ホント、言い得て妙だよな。誰だよ寄生型なんて名前を付けたのは。まるで俺に対する皮肉じゃないか)

シモン:ンフ、ンフフ……ンフフフフフ。

アレク:!?
    シモンか……ストリボルグの調整かい?

シモン:いつみても、素晴らしいぃ……。
    隕石灰(メテオアッシュ)を原料とする各種資源は技術を大幅に飛躍させた!
    空想世界の中だけに存在した人型巨大兵器が目の前に!!
    あぁ、なんて素晴らしいのだ……!
    叶うならば作りたいものはたくさんある!

アレク:シモン? シモーン?

シモン:あぁ、ストリボルグの技術を転用すれば空飛ぶ車は造れそうだぁ。
    ドーム都市や海底都市はどうだろう……。
    夢が、広がるッ!!!

アレク:シモン、妄想するのはその辺で。

(アレク、シモンの肩を後ろから叩く)

シモン:!?
    ……アレクセイ、君か。

アレク:ずいぶん熱心だったじゃないか?

シモン:いや、お恥ずかしいね。
    隕石灰(メテオアッシュ)を利用した技術開発に思いを馳せていたら、つい。

アレク:そうかい。
    ストリボルグの調整は?

シモン:スラスターの誤作動は姿勢制御システムに不具合があったみたいだ。今はプログラム班に修正させてる。
    右腕のレスポンスについてはまだ調査中だよ。

アレク:なるほど。さっき運用時の詳細データを添付して端末に流しておいた。参考にしてくれ。

シモン:助かるよ。
    ……ふむ、これは。

アレク:もう何かわかったのかい?

シモン:分かったって程のものじゃないけど、ヒントにはなったかなぁ。

アレク:さすがシモン、と言っておこうかな、一応。

シモン:褒めるならはっきり褒めてもらいたいね。
    ところで、ちょっと機体の形状が変わるかもしれないんだけど。

アレク:え、嘘だろ?
    機体形状は前に散々話し合って決めたじゃないか。

シモン:今回の動作データを見るに、まだまだ改良の余地がありそうなんだよね。

アレク:この形状、俺の好きな機動兵器ガウン・ダームにそっくりなんだよな……。

シモン:君の熱意は知ってるよ。どうしてもダメかい?

アレク:うーん……どんな感じに変わるんだ?
    接続時の、と注釈がつくとはいえ、一応俺の体だしなぁ。

シモン:確かに君の体だ。
    えーと、もう少しゴツくなるね、今のところの予想だと。

アレク:ゴツく……ゴツくかぁ……。
    あっ、シモン! じゃああれはどうだろう?

シモン:あれ?

アレク:ナギルアー]っていうアニメのロボットなんだけど。

シモン:わかるように説明してくれないか。

アレク:わかった、紙とペンをくれ。

シモン:……いつ見ても、上手いもんだね、猫の手で。

アレク:そうでもないさ。
    っと、できた。こんな感じでどうだ?

シモン:ほう……これならできるよ。

アレク:この胸の]から光線を出したりは!?

シモン:無理じゃあないだろうね。

アレク:是非! 是非つけてくれ!

シモン:提督の許可が下りれば。

アレク:許可もらってくる!

シモン:……まったく、好きだねぇ。
    まあ僕も人のことは、ね。言えないけども。

    (この改装に何日かけれるかな……あぁ、しばらくは工廠(こうしょう)に籠れる!
     ずっと機械と触れ合うだけの生活……!
     なんて、なんて素晴らしいんだ! この船は最高だ!!)


□6/移動工廠船スヴァローグ中央区画 作戦司令部


エリナ:まったく、平和な航海とはいいものだな。心穏やかでいられる。

スヴァ:アレクセイのようなことを言うのですね。

エリナ:アレクセイが?
    奴は何と言ったんだい。

スヴァ:『余計なトラブルがなければ、思う存分部屋に籠れる。平和が一番好きだ』と言っていました。

エリナ:部屋に籠ったって面白くもないだろうに……。

スヴァ:アニメーションを観ているようですよ?

エリナ:あぁ、そういえば奴はそういうのが好きだったな。

スヴァ:先日は『美少女魔導士ブレザー★マギア』という作品を通して観ていました。

エリナ:あー……スヴァローグ、お前も観たのか?

スヴァ:はい、観ました。アレクセイはこの艦隊で一番休日の過ごし方が多彩ですから、一緒にいると楽しいんです。提督も今度一緒にどうですか?

エリナ:いや、私は遠慮しよう。休日は何もしない派なんだ。

スヴァ:残念です。家族の団らんになるかなと思ったのですが。    

エリナ:団らんであれば、もう少し別のものでしたいな。何か考えておこう。
    ところで、タイトルからすると子供向けの番組だったようだが……どんな内容だったんだ?

スヴァ:私の図鑑にない生き物――降魔(ゲネシスタ)でしょうか?
     それと契約した少女がブレザータイプの戦闘服に変身し、太陽の代わりに折檻するという名目で、作中では魔法と呼ばれる創成を用いて戦うというお話でした。

     印象に残ったのは、人がサクサク死んでいたことですね。

エリナ:(額に手を当てて)……何を観せているんだ奴は。

スヴァ:どうかしたのですか、提督?

エリナ:何でもない。
    あー、そのアニメーションだがな。おそらく子供向けではない。私の勘違いだ。

スヴァ:そうなのですか。
    日本人はなんと血なまぐさい映像教育をしているのだろうと考えてしまったのですが、違ったのですね。

エリナ:すまないな、間違った知識を与えてしまって。

    ――っ!? なんだっ!?

(突如、船体が揺れる。エカテリーナは咄嗟に、そばにあった移動型コンソール――スヴァローグに掴まった)
(船全体に緊急事態のアラートが響き渡る)

スヴァ:この反応は……?

エリナ:スヴァローグ、何が起こった。報告しろ。

スヴァ:高空からこちらへ攻撃を仕掛けてくる敵性体を確認。
    今、画面に映しますが……おそらくは降魔(ゲネシスタ)です。

エリナ:鳥、か? アレクセイの例があるから何とも言えんが、おそらくはギオガイザー系。

スヴァ:解像度上げます……機械部分は見受けられませんね。確定です。
    階級はおそらく指令型(エリート)以上ですが、単体で要塞型(シタデル)にぶつかってくるとなると、この個体は。

エリナ:闘将型(ベルセルク)

スヴァ:可能性は高いですね。

エリナ:スヴァローグ、この船全域及び全艦隊に通信 開け。

スヴァ:了解、提督(アドミラル)


□7/移動工廠船スヴァローグ中央区画 戦闘管制室


※『』書きは通信


エリナ:『旗艦スヴァローグ 及び周辺護衛艦隊 全船員に通達』

サヤカ:すみません、遅くなりました。
    君原、ストリボルグ戦闘管制に入ります。

エリナ:『現在 我が艦隊は敵性降魔からの攻撃を受けている』

サヤカ:工廠(こうしょう)3番ハンガー、ストリボルグ・プロト起動します。
    周辺作業中のエンジニアは速やかにその場を退避、避難区画へ向かってください。繰り返します……。

エリナ:『確認された敵性降魔は一体。遥か高空から攻撃を加えてきている』

サヤカ:エンジニアの退避を確認。
    ストリボルグ・プロト、いつでもどうぞ。

エリナ:『艦隊の防御火器が届く距離ではない。よって、この迎撃にはストリボルグ・プロトが当たる』

アレク:『ありがとう、清華。
     ストリボルグ・プロト、出撃する!』

エリナ:『艦隊各艦は鎮守造偶(デミウルゴン)を全力稼働し、隕石灰(メテオアッシュ)を散布せよ。ストリボルグ・プロト出撃後、これを創成して敵の視線と攻撃を遮断する』

(カタパルトから飛び上がるストリボルグに個別通信が入る)

アレク:(提督から、個別通信……?)
    『こちらストリボルグ・プロト。提督、どうしました?』

エリナ:『いや、お前にひと声かけたくてな。
     アレクセイ。お前は我が艦隊に必要な人材だ。機体諸共、無事で帰還しろ。わかったな?』

アレク:『……了解』

(アレクセイ、回線をオープンに切り替える。途端に入る清華からの通信)

サヤカ:ストリボルグ・プロト、ご武運を。

アレク:『ああ、必ず仕留める。
     敵の情報は?』

サヤカ:フリードマン工廠長(こうしょうちょう)が解析中です。
    敵性降魔の現在位置は高度1万メートル。姿は大鷲の闘将型です。

アレク:『シモンからのデータ待ちね……了解、とりあえず慎重に接敵する』

サヤカ:アレクセイ、約束よ。無事に帰ってきてね。

アレク:『もちろんだ。必ず守るよ』

シモン:『はいはいお熱いところ割り込み失礼するよ。
     お待ちかねの敵性降魔解析結果だ』

サヤカ:工廠長(こうしょうちょう)!? 聞いていてっ!?

シモン:『聞いてたも何もこの回線はプライベートじゃないからねぇ』

アレク:『……シモン、データありがとう。
     なるほど、こいつはいいデータがとれそうだね』

シモン:『開発責任者から言うならば、そこには期待しているよ
     試作機とはいえデータ上闘将型の戦闘能力は出せると思うが、くれぐれも気を付けてくれたまえ』

アレク:『肝に銘じるよ』

シモン:『本音を言うなら、ここで機体を損耗するのは避けたいんだよねぇ
     準備ができてれば量産型を連れて行ってほしかったけど……』

アレク:『ないものねだりさ』

シモン:『その通りだ。
     だからアレクセイ、くれぐれも機体を無事に返してもらいたい』

アレク:『了解した』

サヤカ:アレクセイ、敵からの迎撃、来ます!

アレク:『おっと、向こうもこっちに気付いたみたいだ
     こちらも敵を視認した! 戦闘行動に移る』

シモン:『よいデータを待ってるよ』

(敵へ向かっていくストリボルグ・プロト。鏃のような鋭い飛翔体が敵から放たれる)

アレク:『中々、激しい出迎えだなっ!』

サヤカ:解析データによれば、鋭利な羽状に固めた火炎弾を放っているようです。
    かなりの高温で、胸部以外の装甲では耐えられません

アレク:『火の鳥、か。』

サヤカ:本体が燃えているわけではないようですけど。

アレク:『比喩表現のような、ものかな!
     人間はっ、一つの物事に関して多彩な、表現を持つ! 素晴らしいことだと思わないかい?』

サヤカ:戦闘中に余裕ですね?

アレク:『思ったよりっと……敵の攻撃が直撃軌道に入ってこない。
     しきりに首を振って……何かを探している?』

サヤカ:探す?

アレク:『いや、そう見えるだけかもしれない。』

サヤカ:何か理由があるのかも。注意してください。

アレク:『了解!
     とにかく近づいてみる。反応がなければとっ捕まえて止めてやるさ』

サヤカ:くれぐれも、無茶だけはしないでくださいね。
    貴重な機体ですので。

アレク:『まったく、俺のことも少しは気遣ってくれてもいいんじゃないかな?』

サヤカ:あなたも含めて、ですよ。
    とにかく、迅速・確実・安全に片を付けてください。

アレク:『了解!

     ――んなっ!?』

サヤカ:どうしました!?
    えっ? て、敵性降魔、こちらへ急速に接近中!

エリナ:『なんだと!? 全艦 隕石灰(メテオアッシュ)散布止め! 迎撃用意!!
     ……スヴァローグ、この船は現在地がわからないように偽装してあるはずだな?』

スヴァ:『ええ、戦時作戦マニュアル通りに創成を行い、完璧に偽装しました』

エリナ:『シモン工廠長(こうしょうちょう)?』

シモン:『艦隊偽装に関しては実験及び実際の運用データで効果を確認してたはずですよ』

エリナ:『となると、闘将型の嗅覚とでもいうべきか……』

アレク:『管制室! 敵のほうが速い! 追いつけない!』

サヤカ:敵、艦隊の攻撃射程に入ります!

エリナ:『よし、各艦 一斉射用意。

     ――放てっ!』

サヤカ:弾着確認。直撃ですが、敵なおも本船へ接近中!

エリナ:『以後、各艦 射撃準備整い次第 発射しろ! とにかく弾幕を張れっ!』

シモン:『おー、壮観だねぇ』

アレク:『呑気なこと言ってる場合か、シモン!
     くそ、まだ追いつけない!』

サヤカ:だめです! 敵性降魔、止まりません!!
    本船に直撃しますっ! 3・2・1……!

エリナ:『総員 衝撃に備えろ!』

シモン:『ぐぅ……!』

エリナ:『うっ……』

スヴァ:『うあぁ!』

アレク:『くそっ! みんな大丈夫か!?
     誰か返事してくれ! 清華! 清華!?』

エリナ:『アレク、落ち着け。今被害状況を確認する』

スヴァ:『被弾個所は……中央区画戦闘管制室。現在も敵性降魔(ゲネシスタ)が留まっています』

アレク:『なんだと!?
     清華は無事か!?』

スヴァ:『生体反応を確認。微弱ですが、まだ生きています』

アレク:『本当か!?
     待ってろ! 今助ける!』


□8/移動工廠船スヴァローグ 半壊した工廠内


(敵性降魔を撃退し、戦闘の跡が痛々しいスヴァローグ)

エリナ:撃退に成功したはいいものの……。

シモン:工廠半壊、中央区画は被害甚大。食料をはじめとする資源区画がいくつかやられたのは痛いですねぇ。

エリナ:ああ、これは防衛態勢を早急に見直し、整えなければなるまい。

スヴァ:急場をしのぐことはできますが、各種資源に余裕がありません。補給のことも検討しなければ。

エリナ:頭が痛い話だ……。

シモン:そのあたり、僕は門外漢ですからね。よろしく頼みますよ、提督?

スヴァ:私が手伝えれば良いんですが。

エリナ:気持ちだけもらっておくよ。
    これは私の仕事だからな。きっちりみんなを養うとするさ。

スヴァ:資源の残量と不足するまでの期日を後ほどデータにまとめておきます。

エリナ:頼む。
    しかし、あっちもあっちで頭が痛いな。

シモン:二人のことですか?
    まあ、結論は一つしかないと思いますけどねぇ。

スヴァ:シモンなら、選べますか?

シモン:まあね。

エリナ:生きていけはするが、ここにいるなら結局危険が付きまとう、か。

シモン:平和なのは見た目だけでした、ってことですねぇ。

    ――ま、選ぶのは彼らです。

エリナ:そう、だな……私が気をもんでも仕方のないことか。

シモン:提督にはもっと他に、気を煩わされそうな事案もありますし、ね。

エリナ:まったくだ。
    しかし、それはお前もだろう、シモン工廠長(こうしょうちょう)

シモン:僕は機械、大好きですからね。

エリナ:……はぁ、そうだったな。まったくうらやましい限りだ。

スヴァ:提督も機械大好きになりますか?

エリナ:遠慮しておこう。

シモン:おや、我慢は体に良くないですよ?

エリナ:我慢しているわけじゃない。

シモン:そうですか、残念ですねぇ。

スヴァ:提督を技術大好きにすれば研究開発がさらに捗る、んですよね?

シモン:おっとぉ、だめだよスヴァローグ。それは内緒の約束だろう?

エリナ:シモン工廠長(こうしょうちょう)、お前は何を吹き込んでいるのだ……。

シモン:吹き込むだなんてそんなそんな。
    さーてぇ、僕は作業に移りますかねぇ。

スヴァ:逃げましたね。

エリナ:ま、いいさ。彼が働けばそれだけ現場が回る。

スヴァ:馬車馬の如く労働させるのですね。

シモン:聞こえてるよぉ。
    ……まったく、勘弁してもらいたいねぇ。

    さて、と。ストリボルグは……表面装甲に多少の傷があるものの、大きな損傷はなし。ほぼ無傷といっていいね。
    動作データはさすがにまだ出ないだろうから、修正や調整は後日か……あいや、工廠(こうしょう)がこれでは、どのみち難しいかな。
    はぁ、検証は後の楽しみにして、まずはここを何とかしますかな。

機巧技師1:工廠長(こうしょうちょう)! チェックお願いします!

シモン:ん? 工廠(こうしょう)の再設計案?
    いいじゃないか、これで行こう。

機巧技師1:では、提督の許可をもらってきます!

シモン:提督の許可? あぁ、大丈夫。僕のほうで何とかしておくよ。

機巧技師1:わかりました、お願いします。

シモン:(まぁ、黙ってやるけどねぇ……)

機巧技師2:フリードマン主任!

シモン:今度は何だい?
    『ストリボルグ建造計画』? もちろん続けるよ。
    工廠(こうしょう)がこのザマだから、スケジュールに遅れは出るだろうけどねぇ。

機巧技師2:それが、量産機なんですけど……。

シモン:え? 量産機に損害?
    どのくらいかな。データはある?

機巧技師2:はい、まとめてあります。

シモン:……あー……、これはつらいね……。
    使えそうなパーツは損傷度合いで仕分けて集めておいて。もちろん部位ごとにね。
    今は人手が足りないから、管理はしっかりと頼むよ?

機巧技師2:任せてください、私の仕事は完璧です!

シモン:はいはい、よろしく。


□9/移動工廠船スヴァローグ 後部区画 医務室


アレク:清華、ごめん。守り切れなかった……。

サヤカ:いいの、アレクセイ。私まだ生きてるわ。

アレク:でも……!

サヤカ:私がいいって言ってるんだから、気にしないの。
    それより、復旧作業のほうはいいの? ストリボルグがあれば捗りそうだけど。

アレク:提督に見舞いを優先しろって言われたよ。

サヤカ:そうなの?
    大変な時に人手を奪って申し訳ないわ。

アレク:大変なのは……!
    今一番大変なのは君じゃないかっ!

サヤカ:そうかしら?
    あー……そうかもね。ちゃんと自覚してるから、そんな目で見ないでよ。

アレク:俺がちゃんと守り切れていればこんなことにはならなかった!
    あの時、あの降魔を止められていれば!

サヤカ:悔やんでもしょうがないわ。
    さっきも言ったけど、私まだ生きてる。だから大丈夫よ。

アレク:大丈夫なもんかよ!
    だって、君は……あの襲撃で腰から下を失ってしまった!

サヤカ:そうね。でも、生きてる。

アレク:生きてるって言ったって!

サヤカ:生きてるのなら、私にはまだチャンスがあるわ。
    そうでしょ?

アレク:チャンス?
    それって、まさか……?

サヤカ:なっちゃったわね、進退窮まった状況っていうのに。

アレク:……清華がいる管制室にあの降魔が突っ込んでいった時、君が降魔化していたらという思いは確かにちらついた。
    ここで降魔(ゲネシスタ)になっていれば、仮に一度肉体が死んだとしても、何とかなった可能性はある。

サヤカ:今生きているのだし、その仮定は無意味だと思う。
    だけど……そうね。私たちは危険な場所にいる。その自覚が足りなかったのかもしれないわ。

アレク:……。

サヤカ:今回のこと、俺が不用意なこと言ったせいでって思ってる?
    えーっと、なんだっけ……『フラグを立てる』だっけ?

アレク:……結局、君にその選択をさせることになるんだね。
    人としての生き方を捨ててまで、降魔(ゲネシスタ)に。

サヤカ:あなたと一緒に生きたいのよ。人間としての生なんていらない。
    二人で降魔の体をもって、ずっと、ずっと一緒に……。

アレク:清華、君は……。
    いや、でも……俺は確かに降魔(ゲネシスタ)だ。だけど普通の降魔(ゲネシスタ)じゃない。
    意思を持ってはいても、寄生型。同系譜の残骸を借りることでしか満足な力も出せない、降魔以下の存在なんだ。

    ――装置(デバイス)なんだよ。
    精神を壊して道具になった彼らが、再び動き出すために使われる装置(デバイス)

サヤカ:あなたがどういう降魔(ゲネシスタ)かは知らないけど、一つだけわかってることがある。
    意思がある。それはあなたという人格があるということ。
    私言ったよね? あなたがどんな姿でも、一緒にいたいって。

アレク:……。

サヤカ:それに、あなたはそんなに卑下する必要はないんじゃないの?
    この艦隊の船員はみんな家族って聞いたわ。ここで過ごした時間は短いけど、それは本当のことだと思う。
    あなたも感じているんじゃないの? 知っているんじゃないの?
    普段からみんなは、あなたのことを装置(デバイス)として見ていたかしら? そういう風に接していたかしら?

アレク:……。

    (みんな……みんなか……。
     スヴァローグ、シモン、提督、エンジニアチームのメンバー、オペレーターたち……)

スヴァ:ここにいる人たちはみんな家族、ということを。

アレク:(みんな家族……そこに俺は入っていたのか……)

エリナ:『アレクセイ。お前は我が艦隊に必要な人材(・・)だ。機体諸共、無事で帰還しろ。わかったな?』

アレク:(提督は、俺のことを一個人として見ていてくれたんだな)

シモン:『だからアレクセイ、くれぐれも機体を無事に返してもらいたい』

アレク:(シモンは……ひねくれた言い方だけど、つまりこれは「お前も無事に帰ってこい」ってことだったのか……)

サヤカ:ね、わかったでしょ。

アレク:……みんな、俺のことを。

サヤカ:そうよ。私もみんなと一緒。
    だからあなたにどれだけ言葉を尽くされたって、やっぱりこの気持ちは変わらないわ。
    私は降魔(ゲネシスタ)になる。
    ねぇ、そんな私だけど、一緒にいてくれるかしら?

アレク:……もちろんさ。
    君がどんな姿になっても、ずっと変わらず愛し続けるよ。

サヤカ:熱烈な言葉ね?

アレク:本音だからね。

    ――君こそ、こんな俺だけど、いいのかい?

サヤカ:私も本気よ。今更その質問は、ナンセンスだわ。

アレク:そっか……。
    ごめん、俺なんか卑屈になってたな。

サヤカ:そういうときもあるよ。
    アレクセイがへこんだ時も、そうじゃない時も、私が支えてあげる。
    今までも、これからも、ね?

アレク:ありがとう。

    ――さぁ、スヴァローグに頼もう。どんな体がほしいんだい?

サヤカ:うーん、顔は今のままがいいわ。
    あと、もう少し胸とくびれがほしいかなぁ。お尻は小さくしたいわね。

アレク:あはは、スヴァローグの困り顔が目に浮かぶようだ。

サヤカ:そんなに難しいのかしら?

アレク:どうだろう、スヴァローグ次第じゃないかな。


□10/移動工廠船スヴァローグ中枢


スヴァ:新たな降魔(ゲネシスタ)の誕生。
    それは喜ばしく、素晴らしいことです。
    これからも皆で、手を取り合って一緒に生きていきましょう。
    我々は家族なんですから。

    ようこそ、放浪の海洋艦隊スヴァローグへ。
    私たちはあなたを歓迎しますよ、清華。




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