ゲネシスタ-隕星の創造者-

17話-新世界へ-

★配役:♂3♀3=計6人

凜嶺娥(りんれいが)
仙人(せんじん)の女。
金剛石のように透明で煌びやかな美貌に輝く宝玉の美女。
鎖骨の窪みに金剛石の宝珠が埋まっており、隕石灰(メテオアッシュ)を知覚する封星座珠(ホロスコープ)となっている。

ダイノジュラグバ系譜の要塞型(シタデル)金剛神龍(ヴァジュラ・シェンロン)
ダイノジュラグバこと天帝盤古龍(パングーロン)の創り出した九柱の要塞型(シタデル)龍生九子(りゅうせいきゅうし)の一柱。

凜嶺娥は、金剛神龍(ヴァジュラ・シェンロン)鎮守造偶(デミウルゴン)であり、遠隔操作される傀儡である。
本体である金剛神龍(ヴァジュラ・シェンロン)は、金剛竹林の奥深くで、雲母と橄欖岩に覆われた寝所で眠りに就いている。

封星座珠:【金剛龍玉髄】

焔帝仔(えんていし)
赤い武火の髪と、焦げ色の肌をした仙人の女。
父である『焔帝』を討ち、『火釜国(ひがまこく)』の王位を簒奪した『逆賊王』。
宗主国である龍仙皇国に反旗を翻す。

ダイノジュラグバ系譜の総督型(プレジデント)狻猊王竜(スァンニー・ワンロン)』。
本来の姿は、獅子の如き鬣を逆立てた、熔岩の血を煮やす二足歩行の竜である。
総督型(プレジデント)である焔帝仔は、霄壌創世(ヘヴンズフォーミング)の権能を有し、『火釜国(ひがまこく)』の地に熔岩の龍脈を趨らせ、外敵を悉く焼き尽くす。
要塞型(シタデル)である『焔帝』こと業炎神龍(アグニ・シェンロン)龍生九子(りゅうせいきゅうし)の一柱。
要塞型(シタデル)亡き後、幾つかの条件があれば、最も有力な降魔が要塞型(シタデル)に昇格することがある。
しかし火釜国の龍脈は、五千年前の『封龍八卦陣(ほうりゅうはっけじん)』よって弱っており、焔帝仔は第二の業炎神龍(アグニ・シェンロン)へと転生することは叶わなかった。

封星座珠:【業炎鬣】

天陰(てんいん)
射干玉の黒髪と蒼醒めた肌を持つ仙人。
不気味な象骨の面を被り、暗色の天竺織(てんじくおり)を纏っている。
その仮面の下の素顔は、始皇帝と呼ばれた男の影とも言うべき、歪んだ鏡像である。

ダイノジュラグバ系譜の要塞型(シタデル)天魔神龍(マーラ・シェンロン)
ダイノジュラグバこと天帝盤古龍(パングーロン)の創り出した九柱の要塞型(シタデル)龍生九子(りゅうせいきゅうし)の一柱と伝えられるが、それは真実ではない。

天魔神龍は天帝の被創造物ではなく、天帝自身の分身であり、大時代(マハー・ユガ)の運行を監視している。
常に世界を脅かし続け、時代の発展を促し、停滞に澱んだ時、末法を将来して、一つの大時代(マハー・ユガ)を終わらせる。

神龍と称されながら、神龍とは別次元の存在。
しかしまた天魔神龍も、無限輪廻に縛りつけられた虜囚なのである。

始皇帝♂
龍仙皇国の初代皇帝。
最後の神龍(シェンロン)覇皇神龍(ブラフマー・シェンロン)の化身と呼ばれる。
〝龍と獣と人の共存する国〟を志し、支配者として君臨する神龍(シェンロン)たちの力を『封龍八卦陣(ほうりゅうはっけじん)』によって封じ込めた。
神龍(シェンロン)の下で権勢を振るう竜たちに人間になることを命じ、家畜として使役されていた猩人(しょうじん)に人間としての身分を与えた。
始皇帝の施策の下、竜の化身した仙人(せんじん)、獣の血を引く猩人(しょうじん)、何者でもない故に何者にもなれる道人(どうじん)、三種の人間が住み分けて暮らすカースト社会が敷かれ、五千年を経た今日まで続いている。

始皇帝は自らの王朝『秦』が滅びた後、本来の覇皇神龍(ブラフマー・シェンロン)の姿に還り、皇国を見守っているという。
事実、覇皇神龍(ブラフマー・シェンロン)は、龍仙皇国の危機には眠りから覚め、幾度も朝敵を滅ぼしてきた。
しかしその総ては、始皇帝と呼ばれた人間が描いた、壮大な創作史記であり、お伽噺である。

彼の本名はダイバダッタ。
彼は現代の龍仙皇国でいえば道人(どうじん)、降魔化していない普通の人間であった。

かつて〝龍と獣の王〟となるべく生まれた麒麟を弑逆し、〝龍と獣と人の共存〟を掲げた大時代(マハー・ユガ)を閉ざしかける。
ダイバダッタはその罪滅ぼしに、自らが第二の麒麟となり、〝龍と獣と人の共存〟の大時代(マハー・ユガ)を築き上げた。
しかしその後も、〝龍と獣と人の共存〟を終わりに導こうとする、天魔神龍の策動は続き、ついに末法へ到達する。
ダイバダッタは太極の渦に飛び込むことで、天帝に己の意思を伝え、〝龍と獣と人の共存〟の大時代(マハー・ユガ)の運行を継続させた。
そして彼は、太極の渦の中で、跡形もなく消滅した。

彼の魂は、太極の渦の中で生き続けていた。
そして再構築され、復活を果たす。
天帝の意思を継いだ操り人形として――

ワイズマン♂
東洋人と白人のハーフじみた風貌の、隻眼の男。
老賢者を思わせる喋り方とは裏腹に、肉体は若々しく、槍を扱う武闘派でもある。

ゴッドゲルゼ系譜の総督型(プレジデント)伝奇体(レジェンド)としての真名をオーディン。
北欧神話の老獪なる賢者神。ルーン文字の星図と、〝投げれば必ず命中する〟創成律(ジェネシスロウ)を宿す神槍グングニルを扱う。

憑代となった殉教者(サクリファイス)は、火釜国の内乱に巻き込まれ、失意の内に死亡した儒学者。

伝奇体(レジェンド)の憑代となった人間は、肉体にも一定の変化が起こる。
儒学者は生粋の東洋人であったが、オーディンを宿したことにより、屈強な肉体とアングロサクソンの特徴が発現した。

封星座珠:【左眼の古賢泉(アイズ・イン・ミーミル)

トリックスター♂
東洋人と白人のハーフじみた風貌の男。
端整だが軽薄な顔立ちと、染めたような安っぽい金髪の持ち主。

ゴッドゲルゼ系譜の指令型(エリート)伝奇体(レジェンド)としての真名はロキ。
類稀な美男子でありながら、気ままでひねくれた性格の、北欧神話のトリックスター。
北欧神話の世界の終焉『神々の黄昏ラグナロク』を招き寄せた元凶。
氷狼フェンリル、大沼蛇ヨルムンガンド、死人姫ヘルは子供にあたる。

殉教者(サクリファイス)となった人間は、無名の画家。
儒学者と同じく火釜国の内乱で命を落とす。

封星座珠:【なし】

リトル・ヘル♀
東洋人と白人のハーフじみた風貌の少女。
狼の頭蓋骨を大事そうに抱え、干涸らびた蛇の干物をベルトのように体に巻きつけている。
薄汚れた金髪で隠れた左半身は、屍蝋化の進んだ青ざめた肌をしている。

ゴッドゲルゼ系譜の宣教型(カーディナル)伝奇体(レジェンド)としての真名をヘル。
死人の国(ニブルヘイム)』の女王であり、死を司る北欧神話の死神。

ロキの呪われし子供であり、氷狼フェンリルと大沼蛇ヨルムンガンドはそれぞれ兄にあたる。

殉教者(サクリファイス)となった人間は、火釜国の内乱で焼け死んだ妊婦の腹に宿っていた水子。
水子の父親は、ロキの殉教者(サクリファイス)となった画家である。
画家も儒学者も死亡しており、ヘルの創成によって蘇った。ただし彼らはその事実を知らない。

封星座珠:【蒼醒めた屍蝋半身(ワックスワーク・ザ・レフト)

氷狼フェンリル
氷の結晶化した狼。
リトル・ヘルの抱える狼の頭蓋骨から幻想固体化(ソリッドイリュージョン)される。

ゴッドゲルゼ系譜の闘将型(ベルセルク)
隕石灰(ソウルパワー)がある限り、無尽蔵に巨大化し、立ちどころに復元する氷結狼躯を持つ

北欧神話のラグナロクでは、オーディンを飲み込む宿命にある。

(※作中に登場するのみで、セリフはありません)

大沼蛇ヨルムンガンド
あらゆる地形を沼地に変え、その泥沼の中を泳ぐ巨大蛇。
リトル・ヘルの蛇の干物から幻想固体化(ソリッドイリュージョン)される。

ゴッドゲルゼ系譜の闘将型(ベルセルク)
局所的な霄壌創世(ヘヴンズフォーミング)の権能を持ち、自らの活動圏を沼地に作り変える。

北欧神話のラグナロクでは、雷神トールと相打ちになる。

(※作中に登場するのみで、セリフはありません)

狼戦士ウルフサルク
ゴッドゲルゼ系譜の軍兵型(カデット)
狼の毛皮を纏った、オーディンの戦士。

作中に登場するウルフサルクたちは、英雄シグルドの伝奇(ミーム)に感染している。
竜相手には〝躰が鋼鉄になる〟〝剣は竜殺しの魔剣グラムとなる〟創成律(ジェネシスロウ)を宿す。

火釜国の人民が、北欧神話の信者となり、狼戦士となった。

(※作中に登場するのみで、セリフはありません)

※以下は被り推奨です

有翼戦士エインヘリャルA両
有翼戦士エインヘリャルB両
有翼戦士エインヘリャルC両

ゴッドゲルゼ系譜の指令型(エリート)
賢者神オーディンが擁する有翼戦士。

作中に登場するエインヘリャルたちは、英雄シグルドの伝奇(ミーム)に感染している。
竜相手には〝躰が鋼鉄になる〟〝剣は竜殺しの魔剣グラムとなる〟創成律(ジェネシスロウ)を宿す。

火釜国の人民が、北欧神話の信者となり、有翼戦士となった。
彼らの肉体は世界樹の根に絡め取られて眠っており、世界樹の霄壌圏域(ヘヴンズ)内で、魂のみが情報生命体として物質化・降魔化した。

□5に登場。焔帝仔と天魔神龍と会話有り。

ゴッドゲルゼ系譜の降魔概要
情報生命体、もしくは精神寄生体(マインドウイルス)と定義される。
神話・伝奇・物語といった形で、人々に語り継がれてきた創作キャラクターが自我を持った生命体。

創作キャラクターたちは、人間の精神活動を間借りする形で、物語の世界を生き、時に二次創作として原典から外れた冒険に出て、人格情報が形成されていった。
集積された人格情報に、皇祖ゴッドゲルゼの隕石灰が感染し、情報が自我を持った。それがゴッドゲルゼ系譜の降魔である。
彼らは、自らを伝奇体(レジェンド)と称している。

伝奇体(レジェンド)たちにとって、人々が自らを知っていること=ソウルパワーが存在の源。
より多くの人々が、より多く自らを知ることによって力を増すため、自己顕示欲は総じて高い。

伝奇体(レジェンド)たちは、人間の脳を乗っ取り、自らの人格情報を流し込むことで三次元空間での活動を可能とする。
憑代は殉教者(サクリファイス)と呼ばれる。殉教者(サクリファイス)に選ばれるのは、伝奇体(レジェンド)に共鳴する人生・人格を持っている人間。

例外的に幻想固体化(ソリッドイリュージョン)という形で、ごく短期間、三次元空間に現界することもできる。
肉体や物理法則に制限されず、神話上の武器の他、魔獣や龍なども幻想固体化(ソリッドイリュージョン)される。
ただし膨大な隕石灰(ソウルパワー)を消費するため、現界は短時間に留まる。

要塞型(シタデル)から下位の降魔が作り出される他系譜と違い、ゴッドゲルゼ系譜の降魔は下位種の降魔が要塞型(シタデル)を作り上げる。
多くは一つの神話・物語の中核となる建造物である。
要塞型(シタデル)霄壌圏域(ヘヴンズ)では、伝奇体(レジェンド)は憑代抜きで、純粋な情報生命体として活動できる。
要塞型(シタデル)の建造がゴッドゲルゼ系譜の降魔の悲願である。


※ルビを振ってある漢字はルビを、振ってない漢字はそのまま呼んでください。

ゲネシスタwiki 劇中の参考になれば幸いです。



□1/火釜国、祝融山の頂上


凜嶺娥:シャオめ。
     祝融山(しゅくゆうざん)に籠もり、神龍(シェンロン)への転生を果たすだと?

     何度試みようと、無駄なことだ。

凜嶺娥:かつて我が姉、滄海神龍(ガンガーダラ・シェンロン)は、魂が死した後も肉体のみ蘇生し、本能のまま水気(すいき)(むさぼ)る、旱魃(かんばつ)の化身、邪龍ヴリトラと化した。
      しかしそれも遠い昔。不死身を支えた霄壌圏域(シャンバラ)にも荒廃が広がっている。

      もはや神龍(シェンロン)に、在りし日の不死はない。
      業炎神龍(アグニ・シェンロン)の死は不可逆であり……
      霄壌圏域(シャンバラ)に新たな神龍(シェンロン)を誕生させる力も残っていない。

凜嶺娥:シャオ、どこにいる。
     お前が留守にしている間、王都では外法遣いどもが幅を利かせている。

     衆目の前に姿を現せ。

トリックスター:いよう。天女(ワルキューレ)

凜嶺娥:お前は外法遣い――

     シャオをどこにやった。

トリックスター:さぁね。知りたかったら天女(ワルキューレ)、一発ヤラせてくんね……

凜嶺娥:は――!

トリックスター:おわっ、と、とぉ。
         ダイヤモンドダストブレスか。
         吐く息までお綺麗だこと。

凜嶺娥:わしの吐息は万物を摩滅(まめつ)させる。
     次はお前を消し去るぞ、蝿。

トリックスター:俺様ちゃんがこれ以上男を磨いたら、一目見ただけで股を濡らしちまうぜ。

凜嶺娥:死ね。

トリックスター:カモン! ウルフサルク!

凜嶺娥:狼の毛皮をまとった男ども……
      金剛布(こんごうふ)を弾いた。

トリックスター:うひゃひゃひゃ。やっちまいなあ。

凜嶺娥:……わしの体に(ひび)を。いかなる名刀だ。

トリックスター:そこらへんの露天でパクってきた、なまくら。

凜嶺娥:なんだと。

トリックスター:そいつらはなぁ、龍を殺す宿命を背負っている。
         英雄シグルドの伝説(ミーム)に感染した殉教者(サクリファイス)さ。

         龍相手には、肉体(からだ)は鋼鉄となり、(つるぎ)は魔剣グラムとなる。
         竜殺しの創成律(ジェネシスロウ)

凜嶺娥:創成律(ジェネシスロウ)

トリックスター:そう、オメーはここで討ち取られる運命なわけよ。

凜嶺娥:くだらん。

トリックスター:あ? ウルフサルクの肉体を貫きやがった。

凜嶺娥:運命など、天地を統べる力の前では、偶然の幸運に()す。

     まぐれだ。まぐれは長くは続かん。
     イカサマを引き起こす代価は、すぐに底をつく。

トリックスター:隕石灰(ソウルパワー)が……枯渇してやがる……
         そういうこと!?

ワイズマン:軍兵型(カデット)で竜殺しの運命を身に纏えるなど、虫のいい話だと思ったが、左様なからくりか。

凜嶺娥:お前は――

ワイズマン:さすれば我がグングニルの創成律(ジェネシスロウ)、〝投げれば必ず命中する宿命〟は、なかなかに燃費が良い。

凜嶺娥:ぐっ――

ワイズマン:古文字付与(ルーンオン)炸裂(バースト)
        破裂せよ。

凜嶺娥:――!!

トリックスター:天女(ワルキューレ)が粉々に――

ワイズマン:流れ星――

トリックスター:ダイヤモンドの隕石だぜ。
         こっちに落ちてくるぞ。

傀儡女:…………

トリックスター:のっぺらぼうの天女(ワルキューレ)――!

ワイズマン:金剛神龍(ヴァジュラ・シェンロン)鎮守造偶(デミウルゴン)。遠隔操縦の傀儡(くぐつ)じゃ。
       遠く離れた金剛竹林から撃ち込んできおった。

トリックスター:なんかこいつら、動きが緩慢だなあ。

ワイズマン:『封龍八卦陣(ほうりゅうはっけじん)』が力を増しているのか、金剛神龍(ヴァジュラ・シェンロン)が力を亡くしているのか、或いはその両方か。
        金剛隕石(ダイヤモンドコメット)をこの地に届けるだけで精一杯のようじゃ。

傀儡女:…………

トリックスター:……へえ、マジだな。
         勝手にコケて動かなくなっちまった。

         ここまではオメーの読み通りだな、ワイズマン。

ワイズマン:これよりが本番よ。

トリックスター:来るか?

ワイズマン:来るとも。

       残り少ない高位の竜、王竜(ワンロン)のためとあっては。
       たとえ直系の眷属でなくてもな。

金剛神龍:外法遣いども。
       よくも(わし)の……金剛神龍(ヴァジュラ・シェンロン)の眠りを呼び覚ました。

トリックスター:来やがった……龍の本体が――!

ワイズマン:手はずは良いな。

トリックスター:ああ。

金剛神龍:祝融山よ、アグニの眷属を護るため――
       (わし)に地脈の力を貸せ。

       粉微塵に打ち砕かれろ。
       大創成(マハーヴェーダ)金剛雹雷(こんごうひょうらい)……

リトル・ヘル:WOOOOOOOOOOO――!!!

ワイズマン:やれい、氷狼(ひょうろう)フェンリル! 大沼蛇(おおぬまへび)ヨルムンガンド!

金剛神龍:離れろ、下郎。

トリックスター:金剛石の斬光(ざんこう)――!
         バラバラにされちまったぞ!

リトル・ヘル:にいさまは死なない。あたしが黄泉還らせるから。

ワイズマン:フェンリルとヨルムンガンドが……

トリックスター:戻っていくぞ、テープを巻き戻すみてえに――バラバラ死体が。

ワイズマン:死人遣い(ネクロマンサー)――!

リトル・ヘル:ごかがああああ……!!
        ぎいいいい……!!!

金剛神龍:くっ……

       ああっ――!!!

ワイズマン:やった――!

トリックスター:金剛神龍(ヴァジュラ・シェンロン)(たお)しやがったぜ!

リトル・ヘル:はー、はー……

ワイズマン:目に鼻に耳。全身から出血しておる。

トリックスター:生理じゃねえの。

         それより金剛神龍(ヴァジュラ・シェンロン)だ。
         女に変身していくぜ。

ワイズマン:『封龍八卦陣(ほうりゅうはっけじん)』から身を守るためじやろう。

トリックスター:触るなよ。俺が運ぶ。

ワイズマン:――やったぞ。
       晴れて我らは、ドラゴンスレイヤーじゃ。
       神龍(シェンロン)伝説は、地に墜ちた。
       北欧神話(ノーザンサーガ)が人民どもの心に焼きつけられるであろう。
       アースガルド再興の日も近い。

       ぬふふふ、ぬははははは――!!

リトル・ヘル:運命は変わらない。
        あの人もあいつも……黄昏に流れていく。

        だけど、にいさま。
        悲しいよ。
        どうしてだろ。
        わかってるのに。

        とうさま……


□2/5000年前、竜と獣の死体が折り重なる九黎平原


始皇帝:朕は始皇帝――!
     龍仙皇国を統べる、人間の(おう)である――!

     我が呼び声に応えよ、天魔神龍(マーラ・シェンロン)――!

凜嶺娥:空間に黒い爪痕が(はし)る――
     やはりお前が手を引いていたのか、天魔神龍(マーラ・シェンロン)

天魔神龍:我吾(われ)(かげ)なり――
       あるじの命じるまま、時代(ユガ)を終わらせているに過ぎぬ……

凜嶺娥:おのれ、マーラ――!!

始皇帝:待て、金剛神龍(ヴァジュラ・シェンロン)

     マーラよ、朕を天帝の元へ連れて行け。

凜嶺娥:――!?

始皇帝:天帝が何を欲しているのか。
     何故幾度も時代を終わらせては、新たなる時代を始めるのか。

     果てなき退屈、予定調和。
     それに(うれ)いておるのだろう。

     壊しては創り、壊しては創り――

     だが、ある時、人間が生まれた
     人間は、天帝と同じく、モノを創り出す。
     面白くないはずがあるまい。

     朕は人間の(おう)だ。
     最も面白き人間であるぞ。

     マーラよ、うかがいを立てに往け。
     天帝に――世界の創造者に。

天魔神龍:…………

(空間の断裂から始皇帝を見下ろしていた天魔神龍は、無言で裂目を閉じて姿を消す)

凜嶺娥:……(つぐな)いか。

始皇帝:朕はかつて、本物の真人(ブラフマン)(あや)めた。
     龍と獣と人が共存する大時代(マハー・ユガ)は、彼の理想だった。

凜嶺娥:だが今は、お前のものだ。お前が築いたのだ。

始皇帝:長い猿芝居だった。
     少しは俺も、皇帝の威厳を出せていたか?

凜嶺娥:……わしのためか?

始皇帝:自信家だな。

凜嶺娥:お前はまだわしを――

始皇帝:好きだとも、金剛神龍(ヴァジュラ・シェンロン)

凜嶺娥:…………

始皇帝:おい黙るな。気まずいじゃないか。

凜嶺娥:…………

始皇帝:――どうした?

凜嶺娥:お前はわしの命を救うため、己の命を天帝に捧げる。
     その代価だ。

     想いを遂げていけ。

始皇帝:ふ、ふふふ――

凜嶺娥:何がおかしい。

始皇帝:それで唐突に服を脱ぎだしたのか。

凜嶺娥:わしの肌を見て笑うなど……
     お前は豚か。金剛石の価値がわからぬ畜生か。

     早く抱け。
     マーラが戻ってくる前に――

始皇帝:お前は龍だな、金剛神龍(ヴァジュラ・シェンロン)

凜嶺娥:何を当たり前のことを。

始皇帝:金剛神龍(ヴァジュラ・シェンロン)、俺はお前のこころが欲しい。

凜嶺娥:こころ――愛とでも?
     錯覚だ。生殖の本能に衝き動かされた理性が見せる幻に過ぎん。

始皇帝:幻でもいい。幻はときに現実を超える。
     天帝は――だから人間を愛したのではないか。

凜嶺娥:…………

始皇帝:俺はお前を抱かない。
     お前に愛だけ押しつけて、太極に還る。

凜嶺娥:貴様――!

始皇帝:……お前と俺の間に、子は成せぬ。
     だが俺の想いは、お前のこころに残された。

     画家が絵を描き、書家が書を記すように――
     俺が生きた、魂の結晶を……伝えていってくれ。
     龍と獣と人の共存が果たされた、大時代(マハー・ユガ)の終わりまで。

     さらばだ、金剛神龍(ヴァジュラ・シェンロン)――

(寂しげに微笑む始皇帝の顔が消え、大空洞の龍骨崖に埋まった、酷薄な笑みを浮かべる男のものに変わる)

始皇帝の上半身:マーラに(いざな)われ、朕は地の底に引きずり込まれた。
           そこで太極の渦に投げ落とされ、肉体も魂もバラバラとなり、天帝に取り込まれた。

始皇帝の上半身:朕の着想の幾つかは、天帝のお気に召したのだろう。
           『封龍演義(ほうりゅうえんぎ)』の物語は、史実として語り継がれるまでになった。

焔帝仔:物語だと……!?

始皇帝の上半身:覇皇神龍(ブラフマー・シェンロン)という、裏切り者の末弟がおり、其奴(そやつ)が天帝に願掛けをして神龍(シェンロン)の力を封じた。

           滅びゆく龍に、もっともらしい理由付けをしてくれる悪役を仕立て上げた。
           ぬしも心穏やかに暮らせたのではないか、狻猊王竜(スァンニー・ワンロン)
           覇皇神龍(ブラフマー・シェンロン)を憎むことで、真実と向き合わずに済んだのだから。

焔帝仔:親父様は……業炎神龍(アグニ・シェンロン)は、覇皇神龍(ブラフマー・シェンロン)の抑圧から龍を救う希望の炎として崇められた……

始皇帝の上半身:アグニの奴はさぞ難儀しておったろう。反逆の象徴に祭り上げられて。
           あるじに敵うはずなどない。さりとて捌け口とならなければ、『封龍演義(ほうりゅうえんぎ)』を信じた竜の怒りが暴発する。

           茶番だ。覇皇神龍(ブラフマー・シェンロン)業炎神龍(アグニ・シェンロン)の闘争は。
           愚かな竜どもが黙るよう、派手に痛めつけたら、アグニの奴め、瀕死の重体になりおった。

焔帝仔:貴様……!

始皇帝の上半身:何を怒っている。
           お前たち竜のために一芝居打ってやったのだぞ。
           この全知全能たる天帝が。

焔帝仔:全知全能の力を持っているなら、なせ龍を滅亡から救えない!
     あなたが神なら、龍を救ってみせろ!

始皇帝の上半身:くだらん。無意味だ。

焔帝仔:無意味……?

始皇帝の上半身:朕は新たなる生命の、未知の事象の誕生と遭遇を楽しみに生きている。
           繁栄だの滅亡だの、瑣末な面倒ごとは神龍(シェンロン)ども……要塞型(シタデル)に投げてある。

           この世は適者生存。これこそ朕の定めたことわりよ。
           そこから零れ落ちた失敗作は、ただ太極に還るのみ。

狻猊王竜:おのれ天帝……!

始皇帝の上半身:挑むか。天帝に。全知全能のあるじに。
           蛙の子は蛙よの。アグニも本気で牙を向いた。

           だが、狻猊王竜(スァンニー・ワンロン)
           ぬしでは役不足だ。

(大空洞の肉壁から生えだした蛇腹触手の竜頭が襲い掛かり、狻猊王竜を咥えて急上昇する)

狻猊王竜:蛇腹の竜頭(りゅうず)……うおっ――!

始皇帝の上半身:蛇腹竜頸(ナーガ・デーヴァ)よ、狻猊王竜(スァンニー・ワンロン)を地上に運べ。
           そこで興じてもらおうではないか。

           神の眷属……至高の存在としての役割を剥ぎ取られた、竜の末期の芝居を。
           ははははは――


□3/王都『烟』、凱旋パレード



ワイズマン:火釜国の民よ――!
       見よ、(はりつけ)にされた邪龍の姿を――!

凜嶺娥:う、うう……

ワイズマン:神を僭称(せんしょう)せし超生物……旧支配者(ふるきしはいしゃ)は今、(しん)の神の手により討たれた。
        さあ我らが神話を讃えよ。北欧神話(ノーザンサーガ)を――!

リトル・ヘル:熱狂。歓声。熱病のように伝染していく。神話が。
        片目の賢者。トリックスター。三匹の怪物。

ワイズマン:溢れていく、溢れていくぞ、隕石灰(ソウルパワー)が。

トリックスター:おいワイズマン。俺の天女(ワルキューレ)をこれ以上晒し者にするんじゃねぇよ。

ワイズマン:おお、これはすまなんだ。

トリックスター:へっへっへっ。

凜嶺娥:……何を笑っている。

トリックスター:泥に塗れた顔も、綺麗だねえ。

凜嶺娥:…………

トリックスター:テメエはもう龍じゃねえ。
         俺の女になれ、天女(ワルキューレ)

凜嶺娥:……何故わしを求める。

トリックスター:テメーがダイヤモンド級の美女だからだよ。

凜嶺娥:金剛石に……何の価値がある。

トリックスター:あん?

凜嶺娥:言え。

トリックスター:めんどくせーな。宝石を漁るババアにでも聞いてきな。

凜嶺娥:……聞かせろ。
     美しい。気高い。宝石。聞き飽きた。

     わしが知りたいのは、その先だ。

トリックスター:……お前に魅せられたんだよ、天女(ワルキューレ)
         お前を所有したい。誰にも渡したくない。俺だけのものにして汚してやりたい。

         誰かを殺してでも……お前が欲しい。
         邪龍ファーブニルがお宝に取り憑かれたのもわかるぜ。

         全部テメーのせいだ。
         それが金剛石……お前なんだよ、天女(ワルキューレ)

凜嶺娥:……こころは。

トリックスター:あ?

凜嶺娥:……聞くまでもない。
     空っぽだ……

     わしは――……

ワイズマン:――――

       これより人類の、真の歴史を開幕する。
       神龍(シェンロン)伝説の終わり――
       我らを虐げし、悪しき龍の断末魔を(さかな)に、宴を始めよう。

トリックスター:ワイズマン、テメエ――!

ワイズマン:やはりその龍は危険じゃ。
       見よ、隕石灰(ソウルパワー)が減じておる。
       人を超越した、金剛石の美貌だけで、人々は畏怖(おそれ)と崇拝の念を抱くのじゃ。

トリックスター:ケチケチすんなよ、うるせえな。

ワイズマン:我らの霄壌圏域(ヘヴンズ)、アースガルドの再興のためであるぞ。
        トリックスター、やつがれの忠告を聞け。

トリックスター:知らねえーよ。
         おいワイズマン! いくらテメエでも、俺の女に手を出したらぶっ殺すぜ。

ワイズマン:神話は再演される。
        ()エッダ――『ロキの口論』。

        二次創作でも、我らの決別は避けられなんだか。

トリックスター:ごぶっ……

         お、俺の胸から槍が……グングニル……
         ワイズマン、テメエ……

リトル・ヘル:WOOOO――!!!

ワイズマン:幻想固体化(ソリッドイリュージョン)、グングニル。
        創成(ジェネシス)

リトル・ヘル:……ぶあ。

ワイズマン:切り刻めい、ウルフサルクよ。
        ネクロマンシーの創成(そうせい)でも、二度と蘇らぬよう、挽肉(ひきにく)にして下界に撒くのじゃ。

凜嶺娥:外法遣い……お前は自らの眷属を……

ワイズマン:記憶の封印が解けたのよ。

       我らの神話は滅亡を孕む。
       ラグナロク――神々の黄昏。

       その引き金となるのが魔人ロキと――
       ロキの呪われし子……フェンリル、ヨルムンガンド、ヘル。

       だが奴らは討ち取った。
       ラグナロクの到来は回避された。
       『運命の三姉妹』を、ついに征したのじゃ。

       ぬははははは――

凜嶺娥:……流星。

ワイズマン:――円盤じゃ。
       空飛ぶ円盤――

       うおっ、頭が……

凜嶺娥:思念の波動……頭蓋の奥に響き渡る……

ワイズマン:わ、わからん……
       何を言っておるのか……

       だが、あれの意思はわかる……

凜嶺娥:敵意だ……

     底知れぬ憎しみを、龍にも人にもぶつけている……
     あれは……

天魔神龍の声:真人(ブラフマン)だ。
          古き霊長の覇者『龍』と……『人間』を根絶やし、自らが地上の支配者たらんとする――
          新しき人類の箱船。

(空に浮かぶ円盤は、機体下部に備わる投光器から、突如怪光線を放ち、地上を灼き払う)

ワイズマン:怪光線……!

        ぬおおお――――!

凜嶺娥:マーラ! どういうことだ!

天魔神龍の声:説明は後だ。それよりも感じぬか。

凜嶺娥:……体が軽い。
     重圧が消え去っている。

天魔神龍の声:半万年の時を経て、『封龍八卦陣(ほうりゅうはっけじん)』は解かれた。
          今こそ金剛石の龍の姿を取り戻せ。

ワイズマン:古文字付与(ルーンオン)、『巨人(ギガント)』。
       幻想固体化(ソリッドイリュージョン)、グングニル・ユミル。

       創成(ジェネシス)――!!

(ワイズマンの投げたグングニルは、投擲と同時に巨大化していき、UFOを撃墜する)

金剛神龍:投槍(なげやり)に、巨大化の創成(そうせい)を重ねたか。
      見事に円盤を撃墜したな。

ワイズマン:お、お前は……何故、龍の姿に……!

金剛神龍:賢人(ワイズマン)を自称しているのだ。
       自分で考えたらどうだ、オーディン。

ワイズマン:墜落した円盤から、白いヒトガタが……

金剛神龍:膨れた頭に白く痩せた手足……
       あれが真人(ブラフマン)……?

       っ、躰が――!

ワイズマン:サイコキネシス……!
       エイリアンども、龍を攻撃しおった。

金剛神龍:(わし)の巨体が軽々と宙に……
       身動きが取れん……

天魔神龍の声:ヴァジュラよ、大創成(マハーヴェーダ)で打ち砕け。

金剛神龍:マーラ、しかし此処は(わし)霄壌圏域(シャンバラ)では……

天魔神龍の声:我吾(われ)が力を貸そう。

金剛神龍:お前に借りを作るなど、後で何をされるかわからん。

天魔神龍の声:だがこのままでは、お前は滅ぶ。
         人間は言ったぞ。長期的には我々は死んでしまうとな。

金剛神龍:…………

       大創成(マハーヴェーダ)金剛雹雷(こんごうひょうらい)――!!

ワイズマン:金剛石の(ひょう)……!

       ぬおおお――――!!

金剛神龍:マーラの隕石灰(プラーナ)……
       全身を汚された気分だ……

天魔神龍の声:歳を食えば、純潔も誇れるものではないぞ。妹よ。

金剛神龍:黙れ。

天魔神龍の声:いじらしい奴だ。(みさお)を立てているのか。

金剛神龍:…………

      オーディン……そして真人(ブラフマン)……
      どうする……

天魔神龍の声:北欧の賢者、あれは捨て置け。
          放っておいても自滅する。

          あの神話は死を孕む故に。

金剛神龍:そうか、またお前が裏で……

天魔神龍の声:あるじがお呼びだ。我吾(われ)と共に来い。

金剛神龍:…………

ワイズマン:逃げていきおる、金剛神龍(ヴァジュラ・シェンロン)め。

       ……何故奴は神龍(シェンロン)の姿に?
       『封龍八卦陣(ほうりゅうはっけじん)』、要塞型(シタデル)を殺す呪い。

       解かれたのか――!

       ならば……

ワイズマン:信徒たちよ。『神々の黄昏(ラグナロク)』は来たり。
        だが案ずるな。祈るのだ。

        ユグドラシルの大木は、現実(うつつ)に根を張り、新世界アースガルドへと(そび)え立つ。
        種を撒き、水をやれ。うぬらの心に根づきし世界樹に。

(ワイズマンの呼び声に応え、祈る信徒たちの体から隕石灰が立ち上り、巨大な光の種となり、一気に萌芽する)

ワイズマン:人類の夢の大木、ユグドラシルは再建された!
        さあ信徒たちよ、世界樹の根に体を任せよ。肉体を養分として差し出すのだ。
        さすれば(うぬ)らの魂を、龍と機械に汚染された現実世界から、空想の新世界、アースガルドへ上天(じょうてん)させよう――!

        ぬははははは!!!

(世界樹の根が荒れ狂い、次々と人間たちを捕縛していく。絡め取った人間の想念を養分に世界樹は高く高く伸びていく)


□4/王都『烟』、世界樹の枝の上から、空に浮かぶ円盤の群れを見上げるオーディン


オーディン:死せる有翼の勇者たち……エインヘリャル。
       ユグドラシルの枝より実り落ちよ。
       天空に羽ばたき、異星の侵略者を討てい。

オーディン:要塞型(シタデル)霄壌圏域(ヘヴンズ)では、我ら情報生命体たる伝奇体(レジェンド)も、憑代無しの、真の姿で現界できる。
       やつがれもついに殉教者(サクリファイス)の器を捨て、オーディンとしての神格を取り戻した。

オーディン:だが……ええい、エイリアンどもめ。
       ヴァルハラの勇者たちが、いとも呆気なく――

       奴らを出すか。
       ロキの呪われし子たち……

       ……ユグドラシルに、幹を押しつぶすほど巨大な果実()が二つ。
       あれは……

ヘル:狼のにいさま、蛇のにいさま。

    おはよう。

オーディン:お、おぬしは……

ヘル:馬鹿だね、あいつ。
    死んだと思ったんだ。私たちが。

    伝奇体(レジェンド)は死なない。
    神話を再演するだけ。
    ラグナロクの宿命は避けられない。

オーディン:ユグドラシルよ、奴らから隕石灰(ソウルパワー)を吸い尽くせ!
       ユグドラシルよ! 何故オーディンの命に答えぬ!

ヘル:憑代に取り憑いていればよかった。
    でももう駄目。情報生命体に戻ってしまった。
    逃れられない。運命から。

    ラグナロクで死ぬという、創成律(ジェネシスロウ)から。

オーディン:氷狼フェンリル……

       や、やめろ。
       やつがれが死ねば、お前たちも……

ヘル:いいよ、死んだって。
    私たちはお前を殺し続ける。
    何度でも、何度でも。
    それが運命だから。

    ね、にいさま。

オーディン:ぐあああああああ――!!!

       やつがれの巡らせた想いも戦いも……
       運命(ノルン)の織り成す未来図の、織り糸の一つに過ぎないとすれば……

       人間(ひと)叡智(えいち)、運命に抗い続けた者たちの、魂の結晶は……

       神よ……応えたもう……
       おお、神よ……

ロキ:死んじまったかオーディン。いい奴だったんだけどなあ。
    しゃーねーか。

ヘル:とうさま。

ロキ:天女(ワルキューレ)はどこいった?
   くっそー、おっぱいだけでも揉んでおくんだったぜ。

ヘル:とうさま、覚えてる? 私のこと。

ロキ:もちろんだぜ、ベイビー。
   『死人の国(ニブルヘイム)』の支配者、死人姫(しびとひめ)のヘルちゃんだろ。

   オーディンの奴に無理矢理引き裂かれた生き別れの親子だが、ラグナロクで俺様を助けに来てくれる。

ヘル:違う。神話じゃない。殉教者(サクリファイス)。私の宿ってた。

ロキ:あ?

ヘル:答えて。

ロキ:あーん? あの皇国人の画家だよな?
   ガキなんて居たっけ? いねーよな?

ヘル:いるよ。とうさまは知ってる。

ロキ:ひょっとして、パパって呼ばせてた援交女?

    自慢じゃねーがよ、俺様ちゃんは女に貢がせたことはあっても、女に貢いだことはねーのよ。
    そんなヘタレ野郎の魂とは共鳴(シンクロ)しねえ。

    つーことで、わかんねーわ。
    お前誰に憑依してたの?

ヘル:これ。

ロキ:赤ん坊のミイラ……水子か……?

ヘル:とうさま、私、信じてたよ。信じたかったよ。
    私もにいさまも。
    とうさまのいうとおり、オーディンに脅されて、仕方なく私たちを捨てたって。

ロキ:おいそんな目で見るなよ。俺はお前たちを守ろうとしたんだぜ。

ヘル:嘘つき。

ロキ:嘘じゃねえよ。

ヘル:嘘だよ。だってとうさま、自分で言ったもの。
    自分と似てない魂とは共鳴(シンクロ)しないって。

    とうさまは要らなかった。私たちのこと。
    わかってた。わかってたよ。

ロキ:待て待て、俺が悪かった。
    話し合おう。

    金髪超絶美形の素敵なパパじゃないか?
    な?

ヘル:さよなら、とうさま。

ロキ:ヨルムンガンド……!!
    ぎゃああああああ――!!!

ヘル:ラグナロクで生き残るのは、賢者オーディンでも、トリックスターロキでもない。
    私なの。私なんだよ。

天魔神龍の声:『死人の国(ニブルヘイム)』の女王、死人姫(しびとひめ)ヘル。
          故に我吾(われ)(なれ)と契約した。
          叡智を求め、神となることを望んだ儒学者ではなく。

ヘル:悪いドラゴンが叶えてくれた。
    私と、生まれる前に死んだ赤ん坊。
    ふたりの願いを。

    記憶を封印してやり直す。
    とうさまと。

天魔神龍の声:しかし神話は変わらず、ラグナロクへと突き進んだ。

ヘル:見越してたくせに。神話が再演されること。

天魔神龍の声:ユグドラシルはお前のものだ。
          アースガルド……神話の世界を創造するがいい。

ヘル:ずるいんだ。
    神話を紡ぐ人間、隕石灰(ソウルパワー)の源を滅ぼそうとしてるくせに。
    新しい人類。あいつらの味方してるくせに。

    悪いドラゴン。

天魔神龍の声:どうする。我吾(われ)と、真人(ブラフマン)と戦うか。
          人間の想念が生み出した怪物たち。
          邪悪を宿命づけられた化け物が、生みの親たる人間を守るため。
         〝神々の黄昏〟の先の物語を。

ヘル:行かない。ラグナロクの先には。
    狼のにいさまも、蛇のにいさまも、ラグナロクで死んじゃうから。

    私もここで死ぬよ。

天魔神龍の声:ははは……それも良かろう。

ヘル:ラグナロクの終焉……炎の巨人が世界樹を焼き尽くす……

天魔神龍の声:(はなむけ)だ。代役を連れてこよう。炎の巨人スルトの。

ヘル:それが与えられた役割……
    きっと誇りと悲しみに挟まれて咆哮する……
    可哀想なドラゴン……
    でも私は知らない……

    ぷあ……
    眠くなっちゃった……
    おやすみ、にいさま……とうさま……


□5/王都『烟』、火の手に包まれた世界樹と空飛ぶ円盤が飛び交う空


狻猊王竜:ここは……

天魔神龍の声:火釜国、王都『(えん)』――お前の王国だ。

狻猊王竜:なんだ、あの馬鹿でかい大木は……それに空飛ぶ円盤と巨頭(きょとう)の白い矮人(わいじん)は。

天魔神龍の声:旧人類の夢の樹と、新人類の箱舟。
          新旧の真人(ブラフマン)が世界の覇権を賭けて争う前哨試合。

狻猊王竜:猿どもが。真の覇者たる竜を差し置いておこがましい。

エインヘリャルA:狻猊王竜(スァンニー・ワンロン)だ――!

狻猊王竜:大木の実から、有翼の戦士たちが生まれ落ちてくる……

天魔神龍の声:天空の勇者。賢者オーディンの戦士たち。

狻猊王竜:火釜国の民か。余を裏切って魂の寄生虫どもに鞍替えした。

天魔神龍の声:どうする?

狻猊王竜:見ればこいつらが劣勢のようだ。
       大木も枯れ始めている。

       まずはあの薄気味悪い、白い矮人(わいじん)どもを焼き払う。

エインヘリャルB:死ねぇ、化け物――!

狻猊王竜:――――!?

エインヘリャルA:エイリアンだけで手一杯だってのに、竜も現れたか。

エインヘリャルB:ユグドラシルも枯れていく……我々人類の隕石灰(ソウルパワー)の結晶……

エインヘリャルC:諦めるな。オーディン様が導いてくださる。

狻猊王竜:なぜ余を攻撃する! 余は貴様らの王であるぞ!

エインヘリャルA:黙れ化け物め――!

エインヘリャルB:何千年にも渡り、人間を虐げて。

エインヘリャルC:もう人間は龍の奴隷じゃない。

狻猊王竜:…………!!

天魔神龍の声:慕われているとでも思っていたのか。人間たちに。

狻猊王竜:おのれ下等生物ども。
       余が温情を見せてやれば増長しおって。

       貴様らの思い上がり、その命ともども焼き尽くしてやる。

エインヘリャルA:うあああ――!!

エインヘリャルB:大丈夫か――!!

エインヘリャルC:しっかりしろ――!
           我々には英雄シグルドの魂が宿っている。

エインヘリャルA:そうだ。このシグルドの魔剣グラムがあれば……
           いやあ――――!!

狻猊王竜:ぐあああ――!!

エインヘリャルB:やったぞ――!!

エインヘリャルC:竜は神などではない――!!
           人間は龍に勝てる――!!

エインヘリャルA:オーディン――!!

エインヘリャルB:オーディン――!!

エインヘリャルC:オーディン――!!

狻猊王竜:…………

天魔神龍の声:人間は強くなった。
          鉄と火薬で武装し、想念を力に変える創成(そうせい)を身に着けた。
          裸のままの猿でいたのは、龍仙皇国だけ。

          お前は桃源郷にいたのだ。
          遠い昔のまま時が止まった……龍が至高の存在として崇められた時代の、幻の中に……

狻猊王竜:…………

エインヘリャルA:化け物を殺せ。

エインヘリャルB:龍をこの世から。

エインヘリャルC:抹殺しろ。

天魔神龍の声:どうする? 

         赦しを乞うか。龍は本当は絶滅寸前のか弱い生き物なのだと。
         保護を求め、動物園の檻の中で余生を過ごすか。

         子のことは心配するな。繁殖法を見つけてくれる。
         人間は偉大な霊長の(おさ)なのだから。

狻猊王竜:黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ――――!!!

エインヘリャルA:竜が咆哮を上げた――!

エインヘリャルB:苦しんでいるぞ――!

狻猊王竜:天魔神龍(マーラ・シェンロン)……
       あなたはこの結末を見透かしていたのか……

天魔神龍の声:盛者必衰。因果応報。

狻猊王竜:…………

エインヘリャルC:とどめだ――!!

狻猊王竜:創成(ヴェーダ)

エインヘリャルC:ぎゃああああ――!!!

狻猊王竜:握り潰してくれる。

エインヘリャルB:英雄シグルドは邪龍ファーブニルの血を浴びて鋼鉄の体を……
           ぐああああ――!!!

狻猊王竜:最後は貴様だ。

エインヘリャルA:ひ、ひいぃぃぃ! 化け物――!!!

狻猊王竜:燃え尽きろ。

エインヘリャルA:うあああああ――!!!

狻猊王竜:新旧の人間ども――!
       余は業炎神龍(アグニ・シェンロン)の子、狻猊王竜(スァンニー・ワンロン)
       地上の覇者たる竜の王である――! 

       霊長の(おさ)に名乗りを上げたくば、この余を(たお)してからにしろ――!!
       魂の結晶たる世界樹も、新世界の方舟も、ことごとくを灰燼に帰してやる。

(エイリアンと有翼戦士の殺到する中に、狻猊王竜は嗚咽のように火炎を噴き上げて突撃していく)

狻猊王竜:生き残った人類よ。
       子々孫々に語り伝えよ。
       龍は強く邪悪で、恐ろしい怪物だったと。
       お前たちの魂に刻まれた物語の中で、龍は生き続ける。
       永遠に――

       ()々々々々々々――――――!!!

天魔神龍の声:はははは……滅べ滅べ。
          龍も人も。

          ようやくだ、ようやくだ。
          大末法(マハー・カリユガ)は来たり。

          森羅万象(すべ)てを、太極の渦に還してくれる。

          我吾(われ)(かげ)なり……破滅(ほろび)なり。


□6/始皇帝陵、地上陵墓正面



凜嶺娥:お前は……お前なのか。

始皇帝:見飽きた顔であろう。マーラが化身に使っていた。

凜嶺娥:ダイバダッタ――!

始皇帝:懐かしい名だ。龍仙皇国皇帝となる前の……遠き日の名だ。

凜嶺娥:お前はわしを恨んでおるのだろう。

始皇帝:何故?

凜嶺娥:お前は輪廻の円環から外れ……
     天帝の代弁者として、永遠を生きることになった……

始皇帝:半万年か。長かった。

凜嶺娥:神龍(シェンロン)はさらに長き年月を生きた。
     いずれ魂が狂う。死は救いなのだ。

始皇帝:何故お前はマーラの囁きに乗らなかった。
     あれは幾度もお前を、涅槃(ねはん)寂滅(じゃくめつ)(いざな)った。

凜嶺娥:それは……

始皇帝:朕のためか。

凜嶺娥:………

始皇帝:人間風情が自惚れるな、とはもう言わぬか。

凜嶺娥:わしはお前に会って確かめたかった。

始皇帝:答えはどうだ。

凜嶺娥:わからぬ。
     だが何故お前の顔を見ると、喉が震え、胸の奥から込み上げる。
     言い知れぬ感情が。

     これが万感の思いか。
     愛というものなのか。

始皇帝:龍が人を愛したか。朕はもう人ではないが。

     はははは。半万年の年月があれば、ちっぽけな想いも複利で回って、ついに龍を揺り動かす。
     はははは、愉快だ。

     それが知りたかった。

凜嶺娥:ぐは……

(始皇帝陵の大地より生え出した蛇腹竜頸が、背後から凜嶺娥の心臓を食い破る)

凜嶺娥:な、何故……

始皇帝:お前は空っぽだ。五千年もの間、何をしていた。
     過去に思いを馳せるだけの、つまらぬ時の徒食(としょく)に明け暮れた。

     まさにお前は金剛石よ。
     美しいだけで何の価値もない。

凜嶺娥:あ、あ……

始皇帝:龍の涙か。
     なるほど、訂正しよう。

     お前は美しい。
     美しき涙は、胸を打つ。

凜嶺娥:ダイバダッタ、やはりお前はわしを……

始皇帝:恨んでなどいない。
     むしろ感謝しておる。
     天帝と合一を果たし、世界の真理に触れられたことを。

     そしてやはり龍は滅ぶべきだと結論した。

凜嶺娥:…………

始皇帝:朕は何故、お前のような女が欲しかったのであろうな。
     もはやそれもわからぬ。
     さらばだ、金剛神龍(ヴァジュラ・シェンロン)

(始皇帝の言下、土中から現れた蛇腹竜頸が縦横無尽に、凜嶺娥に殺到する)
(蛇腹竜頸の暴食の嵐が吹き荒れた後には、金剛石の美女がいた痕跡は残らず消えていた)

始皇帝:今は新世界の創造が面白い。

     天帝の最も優れた創造物である人間を超えた人間――新人類(ニューマン)よ。
     古き霊長の(おさ)を駆逐せよ。
     神龍(シェンロン)も飛び立てなかった、降魔(ゲネシスタ)の故郷……(くら)銀河宇宙(ほしぞら)を目指すのだ。




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