ゲネシスタ-隕星の創造者-

16話-旧支配者(ふるきしはいしゃ)の黄昏-

★配役:♂3♀3=計6人

凜嶺娥(りんれいが)
仙人(せんじん)の女。
金剛石のように透明で煌びやかな美貌に輝く宝玉の美女。
鎖骨の窪みに金剛石の宝珠が埋まっており、隕石灰(メテオアッシュ)を知覚する封星座珠(ホロスコープ)となっている。

ダイノジュラグバ系譜の要塞型(シタデル)金剛神龍(ヴァジュラ・シェンロン)
ダイノジュラグバこと天帝盤古龍(パングーロン)の創り出した九柱の要塞型(シタデル)龍生九子(りゅうせいきゅうし)の一柱。

凜嶺娥は、金剛神龍(ヴァジュラ・シェンロン)鎮守造偶(デミウルゴン)であり、遠隔操作される傀儡である。
本体である金剛神龍(ヴァジュラ・シェンロン)は、金剛竹林の奥深くで、雲母と橄欖岩に覆われた寝所で眠りに就いている。

封星座珠:【金剛龍玉髄】

焔帝仔(えんていし)
赤い武火の髪と、焦げ色の肌をした仙人の女。
父である『焔帝』を討ち、『火釜国(ひがまこく)』の王位を簒奪した『逆賊王』。
宗主国である龍仙皇国に反旗を翻す。

ダイノジュラグバ系譜の総督型(プレジデント)狻猊王竜(スァンニー・ワンロン)』。
本来の姿は、獅子の如き鬣を逆立てた、熔岩の血を煮やす二足歩行の竜である。
総督型(プレジデント)である焔帝仔は、霄壌創世(ヘヴンズフォーミング)の権能を有し、『火釜国(ひがまこく)』の地に熔岩の龍脈を趨らせ、外敵を悉く焼き尽くす。
要塞型(シタデル)である『焔帝』こと業炎神龍(アグニ・シェンロン)龍生九子(りゅうせいきゅうし)の一柱。
要塞型(シタデル)亡き後、幾つかの条件があれば、最も有力な降魔が要塞型(シタデル)に昇格することがある。
しかし火釜国の龍脈は、五千年前の『封龍八卦陣(ほうりゅうはっけじん)』よって弱っており、焔帝仔は第二の業炎神龍(アグニ・シェンロン)へと転生することは叶わなかった。

封星座珠:【業炎鬣】

天陰(てんいん)
射干玉の黒髪と蒼醒めた肌を持つ仙人。
不気味な象骨の面を被り、暗色の天竺織(てんじくおり)を纏っている。
その仮面の下の素顔は、始皇帝と呼ばれた男の影とも言うべき、歪んだ鏡像である。

ダイノジュラグバ系譜の要塞型(シタデル)天魔神龍(マーラ・シェンロン)
ダイノジュラグバこと天帝盤古龍(パングーロン)の創り出した九柱の要塞型(シタデル)龍生九子(りゅうせいきゅうし)の一柱と伝えられるが、それは真実ではない。

天魔神龍は天帝の被創造物ではなく、天帝自身の分身であり、大時代(マハー・ユガ)の運行を監視している。
常に世界を脅かし続け、時代の発展を促し、停滞に澱んだ時、末法を将来して、一つの大時代(マハー・ユガ)を終わらせる。

神龍と称されながら、神龍とは別次元の存在。
しかしまた天魔神龍も、無限輪廻に縛りつけられた虜囚なのである。

始皇帝♂
龍仙皇国の初代皇帝。
最後の神龍(シェンロン)覇皇神龍(ブラフマー・シェンロン)の化身と呼ばれる。
〝龍と獣と人の共存する国〟を志し、支配者として君臨する神龍(シェンロン)たちの力を『封龍八卦陣(ほうりゅうはっけじん)』によって封じ込めた。
神龍(シェンロン)の下で権勢を振るう竜たちに人間になることを命じ、家畜として使役されていた猩人(しょうじん)に人間としての身分を与えた。
始皇帝の施策の下、竜の化身した仙人(せんじん)、獣の血を引く猩人(しょうじん)、何者でもない故に何者にもなれる道人(どうじん)、三種の人間が住み分けて暮らすカースト社会が敷かれ、五千年を経た今日まで続いている。

始皇帝は自らの王朝『秦』が滅びた後、本来の覇皇神龍(ブラフマー・シェンロン)の姿に還り、皇国を見守っているという。
事実、覇皇神龍(ブラフマー・シェンロン)は、龍仙皇国の危機には眠りから覚め、幾度も朝敵を滅ぼしてきた。
しかしその総ては、始皇帝と呼ばれた人間が描いた、壮大な創作史記であり、お伽噺である。

彼の本名はダイバダッタ。
彼は現代の龍仙皇国でいえば道人(どうじん)、降魔化していない普通の人間であった。

かつて〝龍と獣の王〟となるべく生まれた麒麟を弑逆し、〝龍と獣と人の共存〟を掲げた大時代(マハー・ユガ)を閉ざしかける。
ダイバダッタはその罪滅ぼしに、自らが第二の麒麟となり、〝龍と獣と人の共存〟の大時代(マハー・ユガ)を築き上げた。
しかしその後も、〝龍と獣と人の共存〟を終わりに導こうとする、天魔神龍の策動は続き、ついに末法へ到達する。
ダイバダッタは太極の渦に飛び込むことで、天帝に己の意思を伝え、〝龍と獣と人の共存〟の大時代(マハー・ユガ)の運行を継続させた。
そして彼は、太極の渦の中で、跡形もなく消滅した。

彼の魂は、太極の渦の中で生き続けていた。
そして再構築され、復活を果たす。
天帝の意思を継いだ操り人形として――

ワイズマン♂
東洋人と白人のハーフじみた風貌の、隻眼の男。
老賢者を思わせる喋り方とは裏腹に、肉体は若々しく、槍を扱う武闘派でもある。

ゴッドゲルゼ系譜の総督型(プレジデント)伝奇体(レジェンド)としての真名をオーディン。
北欧神話の老獪なる賢者神。ルーン文字の星図と、〝投げれば必ず命中する〟創成律(ジェネシスロウ)を宿す神槍グングニルを扱う。

憑代となった殉教者(サクリファイス)は、火釜国の内乱に巻き込まれ、失意の内に死亡した儒学者。

伝奇体(レジェンド)の憑代となった人間は、肉体にも一定の変化が起こる。
儒学者は生粋の東洋人であったが、オーディンを宿したことにより、屈強な肉体とアングロサクソンの特徴が発現した。

封星座珠:【左眼の古賢泉(アイズ・イン・ミーミル)

トリックスター♂
東洋人と白人のハーフじみた風貌の男。
端整だが軽薄な顔立ちと、染めたような安っぽい金髪の持ち主。

ゴッドゲルゼ系譜の指令型(エリート)伝奇体(レジェンド)としての真名はロキ。
類稀な美男子でありながら、気ままでひねくれた性格の、北欧神話のトリックスター。
北欧神話の世界の終焉『神々の黄昏ラグナロク』を招き寄せた元凶。
氷狼フェンリル、大沼蛇ヨルムンガンド、死人姫ヘルは子供にあたる。

殉教者(サクリファイス)となった人間は、無名の画家。
儒学者と同じく火釜国の内乱で命を落とす。

封星座珠:【なし】

リトル・ヘル♀
東洋人と白人のハーフじみた風貌の少女。
狼の頭蓋骨を大事そうに抱え、干涸らびた蛇の干物をベルトのように体に巻きつけている。
薄汚れた金髪で隠れた左半身は、屍蝋化の進んだ青ざめた肌をしている。

ゴッドゲルゼ系譜の宣教型(カーディナル)伝奇体(レジェンド)としての真名をヘル。
死人の国(ニブルヘイム)』の女王であり、死を司る北欧神話の死神。

ロキの呪われし子供であり、氷狼フェンリルと大沼蛇ヨルムンガンドはそれぞれ兄にあたる。

殉教者(サクリファイス)となった人間は、火釜国の内乱で焼け死んだ妊婦の腹に宿っていた水子。
水子の父親は、ロキの殉教者(サクリファイス)となった画家である。
画家も儒学者も死亡しており、ヘルの創成によって蘇った。ただし彼らはその事実を知らない。

封星座珠:【蒼醒めた屍蝋半身(ワックスワーク・ザ・レフト)

氷狼フェンリル
氷の結晶化した狼。
リトル・ヘルの抱える狼の頭蓋骨から幻想固体化(ソリッドイリュージョン)される。

ゴッドゲルゼ系譜の闘将型(ベルセルク)
隕石灰(ソウルパワー)がある限り、無尽蔵に巨大化し、立ちどころに復元する氷結狼躯を持つ

北欧神話のラグナロクでは、オーディンを飲み込む宿命にある。

(※作中に登場するのみで、セリフはありません)

大沼蛇ヨルムンガンド
あらゆる地形を沼地に変え、その泥沼の中を泳ぐ巨大蛇。
リトル・ヘルの蛇の干物から幻想固体化(ソリッドイリュージョン)される。

ゴッドゲルゼ系譜の闘将型(ベルセルク)
局所的な霄壌創世(ヘヴンズフォーミング)の権能を持ち、自らの活動圏を沼地に作り変える。

北欧神話のラグナロクでは、雷神トールと相打ちになる。

(※作中に登場するのみで、セリフはありません)

狼戦士ウルフサルク
ゴッドゲルゼ系譜の軍兵型(カデット)
狼の毛皮を纏った、オーディンの戦士。

作中に登場するウルフサルクたちは、英雄シグルドの伝奇(ミーム)に感染している。
竜相手には〝躰が鋼鉄になる〟〝剣は竜殺しの魔剣グラムとなる〟創成律(ジェネシスロウ)を宿す。

火釜国の人民が、北欧神話の信者となり、狼戦士となった。

(※作中に登場するのみで、セリフはありません)

ゴッドゲルゼ系譜の降魔概要
情報生命体、もしくは精神寄生体(マインドウイルス)と定義される。
神話・伝奇・物語といった形で、人々に語り継がれてきた創作キャラクターが自我を持った生命体。

創作キャラクターたちは、人間の精神活動を間借りする形で、物語の世界を生き、時に二次創作として原典から外れた冒険に出て、人格情報が形成されていった。
集積された人格情報に、皇祖ゴッドゲルゼの隕石灰が感染し、情報が自我を持った。それがゴッドゲルゼ系譜の降魔である。
彼らは、自らを伝奇体(レジェンド)と称している。

伝奇体(レジェンド)たちにとって、人々が自らを知っていること=ソウルパワーが存在の源。
より多くの人々が、より多く自らを知ることによって力を増すため、自己顕示欲は総じて高い。

伝奇体(レジェンド)たちは、人間の脳を乗っ取り、自らの人格情報を流し込むことで三次元空間での活動を可能とする。
憑代は殉教者(サクリファイス)と呼ばれる。殉教者(サクリファイス)に選ばれるのは、伝奇体(レジェンド)に共鳴する人生・人格を持っている人間。

例外的に幻想固体化(ソリッドイリュージョン)という形で、ごく短期間、三次元空間に現界することもできる。
肉体や物理法則に制限されず、神話上の武器の他、魔獣や龍なども幻想固体化(ソリッドイリュージョン)される。
ただし膨大な隕石灰(ソウルパワー)を消費するため、現界は短時間に留まる。

要塞型(シタデル)から下位の降魔が作り出される他系譜と違い、ゴッドゲルゼ系譜の降魔は下位種の降魔が要塞型(シタデル)を作り上げる。
多くは一つの神話・物語の中核となる建造物である。
要塞型(シタデル)霄壌圏域(ヘヴンズ)では、伝奇体(レジェンド)は憑代抜きで、純粋な情報生命体として活動できる。
要塞型(シタデル)の建造がゴッドゲルゼ系譜の降魔の悲願である。


※ルビを振ってある漢字はルビを、振ってない漢字はそのまま呼んでください。

ゲネシスタwiki 劇中の参考になれば幸いです。



□1/火釜国、業火の猛る夏州の街


儒学者:焼け落ちていく……

     私の家、書物、故郷……
     生涯を費やしてきた、私の理想が……

画匠:おーい、この柱を退けてくれ――!
    足が挟まって動けねえんだ――!!

儒学者:くっ――

画匠:助かったぜ、老師(ラオシー)

賤業婦:ああ老師(ラオシー)、あたくしめもお助け下さい……!

儒学者:よ、よし! この柱を退ける。手伝ってくれい。

画匠:ああ、ありゃもうダメだ。
    足はグチャグチャ、肋骨は飛び出してる。
    助からねえよ。

賤業婦:あ、あんた――!
     あたしを見殺しにするのかい……!

     あ、あ、炎が、足に――
     熱い、熱い――!!!

画匠:恨んでくれるなよ。毎日念仏あげるから。

賤業婦:あ、あたしのお腹にはあんたの……

画匠:あっそ。

賤業婦:あ、ああ、家が崩れる――
     ぎゃあああああ――!!!

画匠:なんまんだぶ、なんまんだぶ。

儒学者:お前さん、なんと惨い……
     まるで――

画匠:ケダモノ?

    見ての通り、俺は顔に墨紋(ぼくもん)入れられてるからなぁ。
    人面獣心(じんめんじゅうしん)ならぬ、獣面獣心(じゅうめんじゅうしん)人畜生(ひとちくしょう)よ。

    さ、行こうぜ、老師(ラオシー)

儒学者:――――

     はあ、はあ……

画匠:おいおい、もう息が上がってるのかよ。

儒学者:や、やつがれは晴耕雨読(せいこううどく)――
     晴れた日は畑を耕し、雨の日は書に親しむ、隠遁(いんとん)生活を送っておった。

画匠:俺様ちゃんだって、絵画工房(アトリエ)籠もりっきりのアーティストだぜ。

儒学者:お前さん、画家じゃったのか。

画匠:犯罪者かと思った?

儒学者:返事は差し控えさせてもらう。

画匠:そうさ、俺は罪人さ。

儒学者:画家と犯罪が結びつかん。

画匠:不敬罪。

儒学者:仙人(せんじん)様の、竜の風刺画でも描いたのかいな。

画匠:逆だよ、逆。
    竜に惚れちまったのさ。

儒学者:ほう?

画匠:老師(ラオシー)、知ってるかい。
    芸術家ってのはモテるんだよ。

    女なんざぁ、おだてて似顔絵一つくれてやりゃあ、コロッと落ちる。
    さっきの(ねずみ)人畜生(ひとちくしょう)みたいな、カスばっかだけどな。

    画用紙と絵の具を花代の代わりにする、そんな腐れ稼業さ。

儒学者:聞いていて反吐が出そうじゃなあ。

画匠:ならそこらへんに吐き捨てりゃいい。

    俺様はそんなド三流だからよ、食いっぱぐれて出稼ぎに行ったんだ。
    ちょっと前に、済州(さいしゅう)金剛竹林(こんごうちくりん)の伐採事業をやっていてなぁ。

儒学者:金剛神龍(ヴァジュラ・シェンロン)霄壌圏域(シャンバラ)か。
     獣の血を引く猩人(しょうじん)に限って、日雇いを募集しておったと。

画匠:俺様、道人(どうじん)――人間だぜ?

儒学者:その顔の墨紋(ぼくもん)は?

画匠:入れ墨。墨刑(ぼっけい)

儒学者:生涯猩人(しょうじん)と同じ身分――
     生きながら畜生道に落とされる……

画匠:あの当時は、キレイなお顔だった。

儒学者:ではどうやって?

画匠:ペイント。お顔に落書き。

儒学者:なんとまあ。

画匠:ザルだろ?
    済州(さいしゅう)の役人は、どうしようもねえバカ揃いだったぜ。
    あんな体たらくだからポシャったんだろうけど、まあどうでもいいや。

    何日目の夜だったかなぁ。
    会ったんだよ、金剛竹林の天女に。

儒学者:金剛神龍(ヴァジュラ・シェンロン)の化身か。
     金剛竹林を荒らす木こりたちに警句(けいく)を発する。
     一度目は見逃してくれるが、二度目は金剛竹(こうごうちく)に串刺しにされると。

画匠:もちろん俺は、会ったその日に、荷物引っつかんで、夜逃げしたぜ。

    だがなぁ、火釜国(ひがまこく)に帰ってから、寝ても覚めても、ずっと忘れられなくてなぁ。
    どんな女を抱いても、いつもどこかで醒めている。

    金剛石の残光が、目の奥に焼き付いて離れない。

    キャンバスに向かってみたが、ダメだった。
    俺みたいなド三流にゃ、金剛石の美貌を描ける画力がなかった。

    俺は初めて後悔したぜ。真剣に画家の勉強をやってこなかったことに。
    そしてもう一度、一目でいいから見たかった。
    金剛竹林の天女、凜嶺娥を――

    俺は金剛竹林に忍び込み、役人に取っ捕まってこのザマだ。

儒学者:霄壌圏域(シャンバラ)に立ち入っただけで墨刑(ぼっけい)とな?
     それはあまりにも過酷じゃ。

画匠:あー、捕まった後、工房を漁られてな。
    見られちまったんだよ、凜嶺娥の絵を。

儒学者:それが不敬と?
      しかしそれだけで――

画匠:だよな? 裸絵(はだかえ)だったけどなぁ。

儒学者:それはちと……
     だがそれでも――

画匠:ああ、さすがにそれだけじゃねえよ。

    仙人(せんじん)どもは、俺の絵を見て大笑いした。
    人間が、猿よりは少しマシな生き物が、神龍(シェンロン)に惚れてると。

    だから俺は言ってやったのよ。
    テメエら竜は、竜の姿のまま生きられねえから、人間に化けた。
    仙人(せんじん)なんて偉そうにふんぞり返りやがって。
    天帝は、テメーら竜は要らねえって、思し召しなんだよ。
    ちったぁ人間様に遠慮して生きろ、クソ蜥蜴(とかげ)野郎ども。

    竜どもカンカン。

儒学者:お前さん、よく生きておるのう。

画匠:ひひひ。

    だが、俺様の悪運もこれまで。
    あっちもこっちも火の海だ。
    もうじき丸焼けよ。

儒学者:…………

画匠:なあ老師(ラオシー)、あんた儒学者だろ。

儒学者:わかるか。

画匠:わかるわ。

    気の利いた説教してくれよ。
    徳を積めば、来世で竜になれるってのは無しだぜ。
    輪廻(りんね)なんざ信じてないし、本当にあっても俺は畜生以下、虫けら転生(てんしょう)待ったなし。

儒学者:仁は人の心なり、義は人の道なり。

画匠:勘弁してくれよ。
    焔帝仔と五大明王(ごだいみょうおう)業炎神龍(アグニ・シェンロン)の後釜争いのもらい火で、こっちは火葬だぜ。

儒学者:左様、続きがある。

     哀しいかな。
     其の道を捨てて()らず。其の心を放ちて求むるを知らず。
     儒家(じゅか)大家(たいか)孟子(もうし)は、こう言い残した。

     そもそも儒家(じゅか)開祖(かいそ)たる孔子(こうし)すら、まともな仕官が叶わず、失意の晩年を過ごし、貧窮(ひんきゅう)の中、(ぼっ)した。

画匠:マジかよ。
    儒教やってても食えないし、クソ貧乏の末、のたれ死ぬ。
    そいつが儒教的真理?

儒学者:やつがれは龍仙皇国(りゅうせんこうこく)皇都(こうと)龍神天楼(りゅうじんてんろう)の書庫を訪ねるべく、浄人(じょうにん)となった。

画匠:浄人(じょうにん)って……宦官(かんがん)か? タマもサオも取った?

儒学者:うむ。

画匠:どうよ?

儒学者:どうということはない。
     やつがれの欲望は、叡智(えいち)の探求、一切はそれに注がれている。

画匠:うひゃあ。

儒学者:やつがれは本の森で、いにしえの賢人(けんじん)たちを訪ねた。
     孔子、老子、墨子(ぼくし)韓非(かんぴ)――

     彼らはやつがれと同じ人間であった。
     人間であるからこそ、思想を……魂の結晶を残そうと、筆先に全身全霊を振り絞った。

     彼らの魂は……死んで灰となって数千の月日が流れた今も、やつがれの心に宿り、蘇る。

画匠:で、その結論があれ?

儒学者:うむ。圧倒的な力の前には、法も徳も兵法も、あらゆる思想は無力であった。

     賢人(けんじん)たちは、空理空論を(つづ)っておっただけなのじゃ。
     さながら伝奇小説の如し。法も徳も兵法も……人間(ひと)のお伽噺よ。

画匠:人生棒に振っちまったなぁ、老師(ラオシー)

    俺様も人のこと言えねーか。
    ひひひ。

儒学者:おお、炎が……

画匠:なあ老師(ラオシー)――

    竜は絵を描かない。儒学もやらない。
    竜は不老長寿で、美男美女。
    美味いもの食いてえとか、女とヤリてえとか、低俗な欲望からも解脱しきっている。

    取っ捕まる前、金剛竹林に絵を残していったんだ。
    金剛竹林の天女、凜嶺娥の姿絵……
    あんたの言葉を借りれば、俺の魂の結晶。

    あんなものしか残せなかった。

    何か一つでも、竜どもをあっと言わせることが出来ねぇかなぁ……
    そしたら俺は、あの金剛石の龍に、得意顔で言ってやるんだ……
    人間サマにひざまずけ、バーカってな……

儒学者:……流れ星。
     業火の猛る大地からでも、星空は望める……

儒学者:神よ、神龍(シェンロン)ではない……人間の神よ。
     我らの集積してきた、思想、芸術、物語……魂の結晶は――無価値であるのか。
     生まれながらに偉大な、竜の吐息一つで消し飛ぶ、ガラクタなのか。

     のう、神よ……
     この炎に焼かれる、無名の、つまらぬ儒家(じゅか)の問いに応えてくださらぬか。

儒学者:……やはりおらなんだか。

     おお、走馬灯が見えるわい……
     龍神天楼(りゅうじんてんろう)の書庫で目にした、失われし神話……
     叡智(えいち)を求め、片眼を捧げ、神となった男……

儒学者:……星が、落ちてくる。

     神がいなければ……
     願わくば、やつがれが、人間の、神に……

     我が名は――


□2/火山大地、蒸気の噴き出す平原に無数の卵が鎮座している


凜嶺娥:鎮圧は終わったか。

焔帝仔:ああ。奴らを(かくま)った夏州(かしゅう)共々、地獄の業火に沈めた。

凜嶺娥:カーンマーンはお前を産湯につけた。

焔帝仔:…………

凜嶺娥:シュンバニシュンバはお前の武術の師だった。

焔帝仔:先代の創り出した五大明王は、ことごとく余に反逆した。
      裏切り者は粛清する。異議があるなら申し立てろ。

凜嶺娥:異議など無い。

焔帝仔:不満顔を浮かべれば、周りがご機嫌を窺い、尊公の意のままに事が運ぶ。
     金剛石の美貌は、大したものだな。
     生憎この業炎神龍(アグニ・シェンロン)には、光る石ころに彫った仏頂面だ。

凜嶺娥:業炎神龍(アグニ・シェンロン)は死んだ。

焔帝仔:余が業炎神龍(アグニ・シェンロン)だ――!!

凜嶺娥:総督型(おう)要塞型(かみ)にはなれん。

焔帝仔:二度と戯言をほざいて見ろ。
     金剛石の美貌を、薄汚い消し炭に変えるぞ。

凜嶺娥:卵が孵る――

焔帝仔:そうとも……余に歯向かう五大明王など要らぬ。
     この焔帝二世自身の闘将型(クシャトリヤ)宣教型(バラモン)を産み出すのだ――!

     殻を破り、炎の産声を噴き上げよ――!
     天を焦がし、地を焼き払う、火竜の子らよ――!

(溶岩台地が蒸気を噴き出し、ひび割れた卵から硫黄の悪臭と共に、腐った流体が零れ出る)

焔帝仔:これは……

     腐っている……
     どれも、これも……

凜嶺娥:生まれてきた子もいる。

焔帝仔:……なんだこれは。

     何の変哲もない、ただのちっぽけな蜥蜴(とかげ)ではないか……!
     それに、この蜥蜴も……

凜嶺娥:死んだ。濃すぎる龍の隕石灰(プラーナ)に耐えられなかったのであろう。

焔帝仔:何故だ……

凜嶺娥:子供が産まれなくなった。
     辛うじて産まれた子も、目を開いて、まもなく死ぬ。

     そして――産まれてきた子は、竜ではない。

焔帝仔:余は……聞いておらぬ……!

凜嶺娥:伏せていたからな。
     龍仙皇国(りゅうせんこうこく)だけでなく、総ての神龍(シェンロン)が――
     竜と竜の自然妊娠も、神龍(シェンロン)による降魔化(てんしょう)も、ことごとくが死産に終わる。

     我ら龍に、新たな命を生み出す力はない。

焔帝仔:何故伏せていた――!
     余が知っていれば――!!

凜嶺娥:知っていたら?
     先代の業炎神龍(アグニ・シェンロン)に、孵らぬ卵をせがんだか。

焔帝仔:黙れ――!

凜嶺娥:わしを殺すか。

     こうして新たな命の産まれない竜は、互いに罵り合い、殺し合い、数を減らしていく。

焔帝仔:……余は、親父様を、業炎神龍(アグニ・シェンロン)を殺めてなどおらん。

凜嶺娥:…………

焔帝仔:余は親父様を殺めようと思った。それは事実だ。
     余は、(かたき)である覇皇神龍(ブラフマー・シェンロン)の軍門に下り、業炎神龍(アグニ・シェンロン)霄壌圏域(シャンバラ)に封印した。
     だがそれは、親父様を護るためだ。
     しかし親父様は、余の裏切りを真意だと考えた。
     だから余は……

     しかしそれは(あやま)りであった。
     死の瀬戸際に追い詰められた余を救うべく、封印を破り、渾身の力で最後の炎を放った業炎神龍(アグニ・シェンロン)は……
     余の目の前で崩れ落ち、祝融山(しゅくゆうざん)の火口に消えた――

凜嶺娥:シャオ――

焔帝仔:余はどうすればよかったのだ?
     親父様を封印し、『逆賊王』の汚名を被らなければ、火釜国(ひがまこく)は負け戦に追い立てられた。
     業炎神龍(アグニ・シェンロン)を討ち、自らが新たなる神龍(シェンロン)に成り代った。
     こんな宣言をしなければ、神龍(シェンロン)亡きと見た龍仙皇国(りゅうせんこうこく)に攻め入られ、滅亡の火を放たれる。

     もう取り返しがつかぬ。真実を語る者はいなくなった。
     余は名実共に、逆賊王だ。

凜嶺娥:…………

焔帝仔:その時々では、最善の選択をしてきたつもりだった。
     なのに余の意思を嘲笑うかのように、未来は破滅へと進んでいく。

     これが余の運命なのか。
     余の意思など、大波に抗う木の葉のように、無力で無意味なのか。

凜嶺娥:お前だけではない。

     それが龍に下された天命――時代は我らに滅べと告げた。
     『末法の時代(カリ・ユガ)』が到来したのだ。

焔帝二世:だとすれば……
       余のこの苦しみは、眠れぬ夜と胸の疼き、苦悩の末に見えた光は幻……

       神よ、答えたもう。
       余は、竜の一族は、どうすれば救われる――!
       神よ、金剛神龍(ヴァジュラ・シェンロン)よ――!

凜嶺娥:…………

     わしは、神ではない。
     神と呼ばれているだけの……龍の一匹だ……


□3/焼け野原の王都『烟』、青空市の一角


リトル・ヘル:なぐるふぁ なぐるふぁ
        むすぺる むすぺる

        なぐるふぁ

ワイズマン:昔々、ファーブニルという欲深い魔法使いがおりました。
       彼はせっせと宝を集めながら、悩んでいました。
       せっかく集めた財宝が誰かに奪われるかもしれない。そう思うと夜も眠れません。
       欲深いファーブニルは、とうとう人間(ひと)であることを辞め、一匹の邪悪な龍に変身してしまいました。

       邪龍ファーブニルは、英雄シグルドによって討ち取られ、その財宝は貧しい人々に分け与えられます。
       シグルドは邪龍の心臓から流れる血を浴びたことで不死身の肉体を手に入れ、数多の冒険に出かけますが、それは別のお話。

       めでたしめでたし。

トリックスター:な? 龍は神様なんかじゃねえって言ったろ?
         この閉じた世界の外じゃ、英雄にやっつけられる物語の悪役でしかねえのさ。

ワイズマン:おお皆の衆。怯えずともよいぞ。
       これは北欧のお伽噺。空想じゃ。

トリックスター:そうそう、ファンタジー。

         そういえばどっかの国も、欲深い龍が国中の財宝を独り占めしてるよなぁ。
         ドラゴンってのは、ごうつくばりだねぇ。ひひひ。

リトル・ヘル:感染したね、にいさま。
        童話(メルヘン)の振りをして潜り込んだ。
        罅を入れた。畏れ。龍への。

ワイズマン:見えるか、隕石灰(ソウルパワー)が。

トリックスター:ああ、人間どもの体からキラキラ光る粒子が立ち上ってやがる。

リトル・ヘル:伝奇(ミーム)が増殖してる。
        精神を侵蝕する。マインドウイルス。

ワイズマン:感染させるのじゃ。
       神龍(シェンロン)への畏怖を駆逐し、我らの神話(ミーム)を。

       信徒(キャリアー)たちの想念が、隕石灰(ソウルパワー)を産み出す。
       そして隕石灰(ソウルパワー)が集まれば集まるほど、我ら伝奇体(レジェンド)の封印された記憶が蘇る。

トリックスター:封印された記憶ねぇ。
         そういや俺様ちゃん、金髪の超絶美形だったと思うんだよな。
         なんでこんなダセー黒髪の、ヒラメ顔になってんだ?

ワイズマン:ほれ、鏡。

トリックスター:うおおおお!!! 金髪になってやがる!!!

ワイズマン:伝奇(ミーム)がばら撒かれ、我ら伝奇体(レジェンド)は、より原典に近づいた。
       その作用は、ときに宿主である殉教者(サクリファイス)の肉体をも変化させる。

トリックスター:スゲーぜ、ワイズマン。
         テメーのことは、名前も顔も忘れちまったけど、兄貴分だったのは覚えてるぜ。
         俺様の魂がな。

ワイズマン:やつがれの魂には、お前さんを信用するなと刻まれておるがのう。
        トリックスター。

トリックスター:そう言うなよ、兄弟。
         ところで、あの気味悪いガキ、誰だ?

リトル・ヘル:義兄弟の契りが結ばれた。
        神話が再演されている。

        流れていくよ。黄昏へ。
        そこでにいさま、あたしは――

ワイズマン:……わからん。

トリックスター:さっきからずっとブツブツ話し掛けてるの、両手で抱えてるヤツ?
         あれ狼の頭蓋骨か?

ワイズマン:ベルト代わりに巻いている、蛇の干物も話し相手らしいのう。

トリックスター:うへえ、キチガイかよ。

リトル・ヘル:ふうん。そうなんだ。
        あの人、変わらないね、にいさま。

トリックスター:げえっ、目が合った。

ワイズマン:さすがは金髪の超絶美形じゃ。

トリックスター:冗談じゃねー。ガキとババアとブスは女じゃねー。

ワイズマン:女の定義に挑む暴言じゃのう。

焔帝仔:お前たちか、余の王国で妄言を振り撒く、外道の(ともがら)は。

ワイズマン:これはこれは。

トリックスター:欲深いドラゴンが来たぞー!

焔帝仔:聞けば『龍は人間に(たお)される悪役』などという妄想を垂れ流しているそうだな。

     衆目ども、その目玉に焼きつけておけ――!
     国家騒乱の罪を犯した、異国のちんどん屋どもが、骨まで焼かれ、灰と化す様を――!

ワイズマン:父君であった先代焔帝――業炎神龍(アグニ・シェンロン)を討ち、玉座を簒奪した者は、国家反逆の罪には問われぬのかのう。
       自分に反逆した五大明王(ごだいみょうおう)の拠点となったというだけで、何の罪もない、夏州(かしゅう)の民草を焼き払った、大虐殺は――

焔帝仔:法律屋か?
     余が世界の(ことわり)を教えてやる。

(焔帝仔は、炎を纏い赤熱した蛇矛を、ワイズマンの左眼に押し当てる)

ワイズマン:ぬおおおおおおおお――!!!

焔帝仔:法とは、対等の者同士の間で成り立つ。
     戦えば、互いに無事では済まない。
     そこで正邪の物差しを定め、復讐の無限連鎖を絶つ。

     だが――
     圧倒的なまでに力の差があれば、屁理屈ごと叩き伏せればいい。

     本質で考えろ、腐れ学者め。

ワイズマン:ぬふふ……

焔帝仔:片眼を焼かれた痛みで気が触れたか。

ワイズマン:そうしてお前さんは、覇皇神龍(ブラフマー・シェンロン)の圧倒的な力の差に追い詰められ、正義も誇りもかなぐり捨てて圧政を敷いておる。

焔帝仔:……残る右眼も焼き潰されたいようだな。

トリックスター:隕石灰(ソウルパワー)が溢れてきたぞ。どういうこった? 

リトル・ヘル:伝奇(ミーム)が原典に近づいた。
        あいつ、本当は片眼だもの。
        ね。にいさま。

ワイズマン:感謝するぞい、左眼を潰してくれて。
       意図せずか、運命(ノルン)の導きか――
       やつがれは元々隻眼であったのじゃ。

       記憶の封印が解かれた。

焔帝仔:空中に星図を――

ワイズマン:古文字付与(ルーンオン)、『衝撃(インパクト)』――!

焔帝仔:うおっ――!

ワイズマン:これより竜殺しの英雄譚(サーガ)を開幕する。

       思い描くのだ。
       投げれば必ず敵を貫く、必中必殺の神槍(しんそう)

トリックスター:隕石灰(ソウルパワー)が――

リトル・ヘル:満ちてきた。

ワイズマン:想起せよ。
       人間(ひと)の想いは現実化する――!

       幻想固体化(ソリッドイリュージョン)、グングニル。
       創成(ジェネシス)――!

焔帝仔:ぐはっ――!

     ば、馬鹿な……余の心臓を……

トリックスター:へー、心臓潰されて生きてるんだ。

焔帝仔:隕石灰(プラーナ)が漏れ出す……
     化身を解いて、竜に戻らねば……

トリックスター:おおっと、そうはさせねぇぜ。
         ぐりぐりぐり~っと。

焔帝仔:ぐはっ……!

トリックスター:なあみんな、よく見てくれ。
         血塗れで這い(つくば)ってる女。

         こいつは竜か? 神か?
         違うだろ?
         ただの女、雌だ――!

         輪姦(まわ)しちまおうぜ。

焔帝仔:…………!

リトル・ヘル:怯えている。精一杯強がろうとしても。
        雌だね、にいさま。

        畏れと崇拝。龍の横暴を裏づけた特権。
        消えていく。こいつも同じ人間。ただの雌。

ワイズマン:冒涜(ぼうとく)せよ。
       神龍(シェンロン)伝説(ミーム)を引きずり下ろし、泥に塗れさせるのだ。

       おお、隕石灰(ソウルパワー)が溢れてくる……!
       我ら北欧神話(ノーザンサーガ)の種が芽吹き、木となり、林となる……

リトル・ヘル:見えたね、あいつの本性。
        賢者の振りをしてても、自分のことしか考えていない。
        狡猾で無慈悲。

        そうよね。
        あの人と友達だもの。

        一見正反対。
        でも本質は凄く似てる。

        嬉しいよ、にいさま。
        あいつが変わってなくて。

        待とうね、鎖が解き放たれるまで。
        我慢ね、にいさま。

トリックスター:俺様がいちばーん!

         おわっ――!

(ズボンを下ろそうとするトリックスターの足下を、金剛石の輝きを放つ布が一閃する)

トリックスター:あっぶねー! もう少しで宦官(かんがん)になっちまうところだったぜ。
         誰だ、この金髪超絶美形の俺様ちゃんのグングニルをぶった切ろうとした、クソ馬鹿野郎は!?

凜嶺娥:金蠅が。殺すぞ。

トリックスター:……天女(ワルキューレ)

凜嶺娥:ソウルパワーと言ったな。
     人間どもの想念の力を隕石灰(プラーナ)に変える降魔か。

ワイズマン:神龍(シェンロン)御来迎(ごらいごう)か。
       一つ、神殺しに挑戦してみるのも悪くあるまい。

       死ねい。

凜嶺娥:……――!!

     生憎とわしは生身ではない。
     傀儡(くぐつ)だ。
     本体は遙か遠く金剛竹林で眠る。

トリックスター:ぶち抜いた胸の風穴が結晶化して塞がっていきやがる。

         あ、おっぱい見えた。

狻猊王竜:おのれ外法遣いども……!!
       よくも余を辱めてくれたな――!!

トリックスター:げえっ、ドラゴンに変身しちまった。

         ヤバイんじゃねえの、兄弟。
         どかーんと、一発逆転のアレを使う時だぜ。

ワイズマン:…………

トリックスター:え? ないの? お前あの投げ槍だけ?

ワイズマン:お前さんこそ、切り札を持っているなら早く出してくれんかのう。

トリックスター:ねーよ。俺様ちゃん、荒事はおまかせなの。

狻猊王竜:余の瞋怒(しんど)は噴火した――!

       そのちっぽけな槍で、余の燃え滾る熔鉱炉の心臓を、貫けるものならば、貫いてみよ。
       お前たちのくだらん神話の結晶を、一瞬で蒸発せしめた後は、生きたまま地獄の釜で、骨も融けるまで煮詰めてくれる。

トリックスター:ひいい、助けてくれ――!!!

リトル・ヘル:なぐるふぁ なぐるふぁ
        むすぺる むすぺる

        なぐるふぁ

凜嶺娥:なんだこの調子外れの歌は。

リトル・ヘル:狼のにいさま、蛇のにいさま。
        隕石灰(ソウルパワー)だよ。
        幻想固体化(ソリッドイリュージョン)。おねがい。

        WOOOOOOOOOOOOOOOOOO――!!!

ワイズマン:狼の頭蓋骨が、氷の巨狼(きょろう)に――
        幻想固体化(ソリッドイリュージョン)――!

狻猊王竜:オオっ――!!

凜嶺娥:シャオ――!

トリックスター:足下が泥濘(ぬかる)んできたぜ。
          まるで沼地に立っているような――

ワイズマン:沼地になっているのだ。
        地形を自らの棲息圏に作り替える、沼のヌシによってな。

凜嶺娥:大蛇(だいじゃ)――! 土中から――!

リトル・ヘル:KI、SYAAAAAA……!!

ワイズマン:氷の巨狼(きょろう)と、大沼蛇(おおぬまへび)……

トリックスター:何なんだありゃ?

ワイズマン:神話の怪物であろう。
       神々と人間の敵対者となる――

トリックスター:つーことは、あの気味悪いガキも――

ワイズマン:うむ。

       だが今は好機。
       混乱に乗じて退却じゃ。

トリックスター:そういやあのガキだけ、名無しのままだったなぁ。

ワイズマン:今、決まったわい。

トリックスター:へー、どんな?

ワイズマン:小さな地獄――リトル・ヘルじゃ。


□4/火眼城、焔帝仔の寝室


凜嶺娥:傷が浅くて何よりだ。

焔帝仔:……あの外法遣いは何者だ。

凜嶺娥:絹の道の最果て、西欧と呼ばれる地域に墜ちてきた降魔だ。
     人間どもの物語る逸話が集積され、やがて記憶となり……魂となった。
     人間どもの脳を憑代に、想念を糧に生きる情報生命体。

     ゴッドゲルゼと自称している。

焔帝仔:絹の道の最果ては天外魔境、外道の世界と伝えられていた。
     それは奴らに、龍の支配が及ばなかったということか。

凜嶺娥:……そうだ。

焔帝仔:龍は、最も天に近き、至高の存在ではなかったのか。
     龍は、その数を減らしているのみならず、いにしえの偉大な力も霞んだ……か弱き種族なのか?

     あなたたち神龍(シェンロン)は何を隠している。

凜嶺娥:…………

焔帝仔:答えよ、金剛神龍(ヴァジュラ・シェンロン)――!!

凜嶺娥:お前に知る資格はない。

焔帝仔:なんだと。

凜嶺娥:お前は神龍(かみ)ではない。王竜(おう)だ。
      王竜(おう)が世界の(ことわり)を知る必要はない。

      知らぬが仏だ。

焔帝仔:余を見下げるか――!

凜嶺娥:お前は子供だ。
      もはや数えるほどしか残らぬ、王竜(ワンロン)だ。

      わしの子ではなくとも、お前を護る。

焔帝仔:あなたが神龍(シェンロン)だからか。

凜嶺娥:そうだ、わしは金剛神龍(ヴァジュラ・シェンロン)だ。
      お前は神龍(シェンロン)ではない。

焔帝仔:…………

凜嶺娥:シャオ――

焔帝仔:言えぬならいい。余にも考えがある。


□5/祝融山の麓、松林


焔帝仔:天魔神龍(マーラ・シェンロン)――!

天陰:呼んだか。

焔帝仔:応えたか。

天陰:我吾(われ)(かげ)なり。世界の半身。
    いつでもお前を見守っている。

焔帝仔:気色悪い奴だ。
     用件はわかっているだろう。

天陰:ヴァジュラは口を割らなかったか。

焔帝仔:お前の口なら、泥膏(どろあぶら)のように滑りが良いだろう。

天陰:心外だ。信用は商人の肝心要。
    元締めたる我吾(われ)も、簡単に口を滑らせるとは思って欲しくないものだ。

焔帝仔:お前に都合の良いことだけは、口を滑らせるだろう。
      勿体振らず、さっさと話せ。
      余の時間を無駄に燃やす馬鹿商人は、火釜国から叩き出すぞ。

天陰:交渉上手になったな、シャオ。
    よかろう、我吾(われ)の負けだ。

    それでは奉呈(ほうてい)し、(たてまつ)ろう。
    龍仙皇国(りゅうせんこうこく)の、真理の一端を。

(五千年前の龍仙皇国、龍神天楼(りゅうじんてんろう)皇帝の間)

凜嶺娥:龍は滅ぶだと?

始皇帝:学者に易者、数多の識者に尋ねた。
     皆、異口同音に同じ結論に達した。

凜嶺娥:何故だ。子が産まれぬ。それはわかる。
     しかし何故、我ら神龍(シェンロン)まで、降魔化(てんしょう)の力を失いつつある。

始皇帝:下等生物ほど多数の子をばら撒く生殖戦略を、高等生物ほど少数の子を産んで育てる生殖戦略を志向するという。
     ある学者の仮説だ。

     だが朕は思ったのだ。これは戦略ではなく、大自然の摂理なのではないか。
     一つの種が増えすぎぬよう、天帝が計らっているのではないか。

凜嶺娥:ならば天帝は、我ら龍に滅べと……

始皇帝:龍は滅ばぬ。

凜嶺娥:人の血を混ぜると?

始皇帝:しかり。

凜嶺娥:その話は終わった。竜の子種は全て流れた。

始皇帝:逆なのだ。
     竜の男が人間の女を孕ませるのではない。
     竜の女が人間の種を宿すのだ。

凜嶺娥:竜が……人間の子を……?

始皇帝:人間の子宮(はら)では、竜の(たね)には耐えきれん。
     だが竜の女は違う。
     人間の体に、竜の因子を織り込んだ新人類――真人(ブラフマン)を産み出せる。

凜嶺娥:わしに人の子を孕めと?

始皇帝:龍の絶滅(ほろび)は避けられぬ。
     だが龍の因子は残る。
     次代の霊長、真人(ブラフマン)――竜人(りゅうじん)となって。

凜嶺娥:お前たち人間の尻尾や爪、翼となってか。
     なにが竜人だ。そんなものが真人(ブラフマン)であって堪るか。

始皇帝:だが金剛神龍(ヴァジュラ・シェンロン)――

凜嶺娥:お前はわしを抱きたいのか。

     いいだろう。好きにするがいい。
     だがわしは金剛石の龍だ。生身の子宮(はら)を持たぬ。
     お前の精を受けても、子を成すことなど決してない。

始皇帝:金剛神龍(ヴァジュラ・シェンロン)よ――

凜嶺娥:龍は滅ぶ。
     下等な存在と見下していた、お前たち人間の血に宿を借りて、ようやく因子を繋げる。

     そして肉ではない、鉱石の体を持つわしの眷属は滅亡する。
     この金剛神龍(ヴァジュラ・シェンロン)と共に――

(天陰の見せる悪夢にも似た光景に、焔帝仔は呆然と立ち尽くす)

焔帝仔:余の知る歴史とはまるで違う……
     始皇帝……覇皇神龍(ブラフマー・シェンロン)神龍(シェンロン)を裏切り、龍と人と獣の共存する国を築いた……

     始皇帝は……龍ではない。
     人間ではないか――!

天陰:歴史とは、生き残った者の創作物だ。
    不都合な事実は改変され、或いは闇に葬り去られる。

焔帝仔:覇皇神龍(ブラフマー・シェンロン)とは何者だ――?
     架空の存在ではない――!
     余はあの憎き神龍(シェンロン)の威容を目の当たりにしている。

     そしてあなたは何故……始皇帝と同じ顔をしている!?

天陰:真実を知りたくば、真実を知る者を訪ねるがよかろう。

焔帝仔:何だと――

天陰:直接問うてみるが良い。
    始皇帝と、覇皇神龍(ブラフマー・シェンロン)と――


□6/王都『烟』、街外れの集会場


リトル・ヘル:なぐるふぁ なぐるふぁ
        むすぺる むすぺる

        なぐるふぁ

トリックスター:さあ 皆さんご一緒に――!

ワイズマン:……世界樹の芽が枯れる。
       やはり我らの要塞型(シタデル)、ユグドラシルの創成はならなかった。

トリックスター:隕石灰(ソウルパワー)が足りねーんじゃねーの。
         ほらほら、もっと祈って祈って。

ワイズマン:かつて始皇帝なる者が、神龍(シェンロン)を封じるべく敷いたとされる。
       『封龍八卦陣(ほうりゅうはっけじん)』。

       龍仙皇国全土を覆う大創成(グレータージェネシス)

リトル・ヘル:感じる、にいさま? あたしは感じるよ。
        神を殺す大地の呪い。あたしたちの世界樹も枯れちゃうね。

トリックスター:それであの金剛神龍(ヴァジュラ・シェンロン)は人間に化けたんだっけ。

ワイズマン:焔帝仔とやらをどう思った?

トリックスター:おー、いいんじゃねえの。
         強気な女がひいひい喘ぐのはたまんねえぜ。

         テメーにやるよワイズマン。

ワイズマン:奴は弱かった。

トリックスター:殺されそうになったオメーが言っちゃう?

ワイズマン:総督型(プレジデント)があのレベルだ。
       要塞型(シタデル)である神龍(シェンロン)も、おのずと上限が見える。

       神龍(シェンロン)には、伝説で伝わるような、天地を統べる力はない。

リトル・ヘル:ここからだね、にいさま。
        ここからが賢者と小利口の分かれ道。

ワイズマン:即ち――
       『封龍八卦陣(ほうりゅうはっけじん)』とは、神龍(シェンロン)を封じる呪いではない。

        神龍(シェンロン)を護るための大創成(だいそうせい)なのじゃ。

トリックスター:するってーと、ヴァジュラちゃんは、か弱い女の子?
         ありえねー。

ワイズマン:次は金剛神龍(ヴァジュラ・シェンロン)を斃す。

トリックスター:マジかよ。

ワイズマン:北欧神話(ノーザンサーガ)神龍(シェンロン)伝説を征する。
        またとない隕石灰(ソウルパワー)の源泉となろうぞ。

トリックスター:……生け捕りにできねえかな。

ワイズマン:モノにしたいか。

トリックスター:まーな。

ワイズマン:どうした。お前さんらしくもない、神妙な面持ちで。

トリックスター:調子狂うんだよ。すんげー美人だと。
         童貞チェリー君に戻っちまう。わかんだろ?

ワイズマン:わからん。やつがれの欲望は、叡智(えいち)の探求、一切はそれに注がれている。

トリックスター:どっかで聞いた台詞だぞ。

         なんかよぉ、ずっと前から知ってた気がするんだ。
         生まれる前、前世からあの女に惚れてたような……

ワイズマン:お前さん、そうやって女を口説いておるのか。

トリックスター:違えーよ。

         あ、違わねえ。
         前世運命で口説いたことあったわ。

ワイズマン:お前さんの殉教者(サクリファイス)が、浅からぬ因縁を持っていたのやもしれんなあ。
        金剛神龍(ヴァジュラ・シェンロン)に。

トリックスター:かもな。だから魂が共鳴(シンクロ)して、俺たち伝奇体(レジェンド)憑代(よりしろ)になった。
         まあそれはそれとしてだ。

ワイズマン:わかっておる。
       お前さんの意に適うようにするよ。

トリックスター:おー、話わかるぜ兄弟!

ワイズマン:だがそれには、お前さんの協力も必要じゃ。

トリックスター:あん?

ワイズマン:化け物どもを使う。

リトル・ヘル:ふうん、ずるいんだ。
        にいさまを捕まえて、海に落として、あたしを地獄に投げ捨てて。

        必要になったら使うんだ。

ワイズマン:あの娘の言うことは全く支離滅裂であるが、やつがれは嫌われてるらしい。

トリックスター:なあ。

リトル・ヘル:……なに?

トリックスター:おわっ、反応が返ってきた!

ワイズマン:ほれ。

トリックスター:なあ可愛い子ちゃん。
        ちいっと俺様ちゃんに協力してくれねえかな。

        その狼と蛇の兄さまも一緒に。

リトル・ヘル:……いいよ。

トリックスター:なあ、なんであいつ俺に懐いてるんだ?

ワイズマン:そこはほれ、金髪超絶美形じゃから。

トリックスター:あいつの顔半分、見たか?
         皮膚病? まるでミイラだぜ。

ワイズマン:よいか、物事は前向きに考えるのが、人生の智慧じゃ。
        半分しかないと考えるか、まだ半分残っていると考えるか――

トリックスター:ワイズマン、テメー、いい話風にごまかしてるんじゃねーよ。

ワイズマン:すまんすまん。
        しかし、どことなくお前さんと顔立ちが似ておらんか?
        髪の色も同じ金髪じゃ。

トリックスター:ありゃ母親ゾンビだろ?
         俺様が、そんなのとヤっちまったってか?
         ムラムラしてて、つい?

         ヤっちまったかもしんねー……
         酔っぱらった勢いでとかでよ……

         ん? でもゾンビって妊娠するのか?

ワイズマン:あまりの放言に、言葉も出ん。

トリックスター:一本取ったぜ。

ワイズマン:冗談と思っておくことにするぞい。

トリックスター:まーなんでもいいけどよ、俺はあんな化け物どもの面倒見るのはゴメンだぜ。

ワイズマン:わかっておる。
        事が済んだ後の処遇は――

トリックスター:悪党め。

ワイズマン:北欧神話(ノーザンサーガ)の主神として、当然の措置じゃ。

トリックスター:あー、それそれ。コブ付きじゃ女も引っ掛けられねーしよ。

ワイズマン:ぬふふふ。

トリックスター:ひひひ。

リトル・ヘル:にいさま、(わら)っているんだね
        あたし、信じないよ。言葉は。

        言葉は偽れる。行動は偽れない。
        だから、まだ。

        あたし、信じるよ。
        信じてるよ。


□7/万里の長城、地中廻廊


焔帝仔:万里の長城――
     天帝の、天帝盤古龍(パングーロン)の抜け殻……

天陰:そう。天帝が地上に出現した時に残していった外殻――鎮守造偶(アヴァターラ)だ。
    初代王朝(しん)は、それを加工し、異国の侵略を阻む国境(くにざかい)とした。

焔帝仔:地下廻廊(ちかかいろう)は、まるで生き物の内臓だな。
     乾いているのが唯一の救いか。

天陰:そう顔を(しか)めるな。
    始皇帝陵(しこうていりょう)に繋がる秘密通路の一つ故な。

焔帝仔:始皇帝陵(しこうていりょう)も、天帝の抜け殻の一部なのか?
     だとすれば、始皇帝は天帝の化身?

     ならば覇皇神龍(ブラフマー・シェンロン)とは……天帝そのものなのか!?

天陰:いい子だ。
    情報の切れ端で、よくそこまで全体図を描いた。

焔帝仔:……説明しろ。
     この龍仙皇国(りゅうせんこうこく)の、真実の成り立ちを。

天陰:話は長いが、道も長い。
    旅話(たびばなし)としては、丁度良かろう。

(九黎平原に禍星が降り、異形の獣となって竜へ疾走する)
(迎え撃つ竜は火炎の吐息で焼き払うも、死を畏れぬ異形の獣の殺到に火線を破られ、その巨躯を地に沈める)

始皇帝:獣帝(じゅうてい)蚩尤(シュウ)と狂える獣渾沌(こんとん)
     天より降り来たる地煞(ちさつ)禍星(まがぼし)が、竜を滅ぼす……

金剛神龍:はあ、はあ……

始皇帝:おお、金剛神龍(ヴァジュラ・シェンロン)よ。
     なんと無残な姿に……

金剛神龍:業炎(アグニ)も、霆風(ルドラ)(たお)された。
       閻魔(ドラヴィヤ)霄壌圏域(シャンバラ)には無念の魂が渦を巻いている。

       何故だ。何故畜生如きに……
       何故天魔(マーラ)が、天魔神龍(マーラ・シェンロン)獣帝(じゅうてい)に加担しているのだ――!

始皇帝:龍の創造者と獣の創造者、そして人間の創造者は――同一の存在なのだ。

金剛神龍:…………!?

始皇帝:龍の盤古(ばんこ)、獣の伏犠(ふつぎ)、人の女媧(じょか)――
     (くら)宇宙(そら)より来たる、神を作りし神……隕星の創造者。
     彼らを皇祖(こうそ)と呼ぼう。

     彼らがもともと一つだったのか、皇祖同士が吸収・合体した融合体なのかはわからん。
     彼らは一つの大いなる意志として、一つの時代の趨勢(すうせい)(つかさど)る――天帝となった。

     天帝は、次代の霊長、真人(ブラフマン)を送り出し、幾度も歴史を創っては壊した――

金剛神龍:何故天帝は、我ら龍を滅ぼす。
       龍はどの生き物よりも強く、美しく、誇り高い、完璧な存在だ。
       人間や畜生など及びもつかん。

始皇帝:龍は完璧な生き物だ。
     それで、龍は何を生み出した?

金剛神龍:小道具や屁理屈、歌に踊り、絵物語か。
       脆弱な人間が、現実から逃げ込んだ、空想と悪あがきだ。

       我ら龍にそんなものは要らん。

始皇帝:なあ金剛神龍(ヴァジュラ・シェンロン)
     朕は思うのだ。
     天帝は自らが生み出せないものを欲しているのではないかと。

     お前たち龍は完璧な生命体だ。天帝の最高傑作なのかもしれん。
     だがそこでおしまいだ。龍は何も生み出さない。
     だから天帝には作って終わりだ。

     そういうことなのではないだろうか。

金剛神龍:龍は、飽きて捨てられたのか……?
       天帝に……創造主に……

       それが、滅びの理由なのか……?

始皇帝:金剛神龍(ヴァジュラ・シェンロン)よ……

金剛神龍:(わし)を哀れんでいるのか。
       人間が。人間風情が。
       天と地を統べる神龍(シェンロン)を。
       真の神に……天帝に見放された、まがい物の神を……

       (わし)は神ではなかった。神を名乗るなどおこがましい。
       旧支配者(ふるきしはいしゃ)。せいぜいそんなところであろう。

始皇帝:金剛神龍(ヴァジュラ・シェンロン)よ。
     朕は今こそ、龍と獣と人の共存する時代を築こうと思う。
     朕の……いや、俺が殺めた本物の始皇帝が掲げた、大時代(マハー・ユガ)を……

(松明の明かりに照らされた焔帝仔の顔は、暗がりでも傍目にわかるほど蒼白で、震える声が言葉を紡ぐ)

焔帝仔:竜が失敗作だと……

天陰:受け入れられぬか。無理もない。

焔帝仔:嘘だ! 貴様は余を(たばか)ろうとしているのだろう!

天陰:皆、そう言った。
    ある者は笑って取り合わず、ある者は激怒し――
    しかし忍び寄る絶滅の気配に怯えていた。

焔帝仔:…………

天陰:顔色が悪いぞ。

焔帝仔:暗がりのせいだ。

天陰:引き返すなら今が最後だ。
    この先は始皇帝陵(しこうていりょう)なのだから――

(天陰の嘲りを含んだ忠告を無視して足を進めた焔帝仔は、目の前に拓けた空間に息を呑む)

焔帝仔:……!

     大空洞(だいくうどう)……
     内臓を塗り込めたような肉壁(にくかべ)……

     迫り出した龍骨(りゅうこつ)の崖に埋まっているのは……

始皇帝の上半身:マーラよ……ご苦労であった……
           影を消せ……

天陰:(かしこ)まりまして、あるじよ……

焔帝仔:天陰が……消えた……

始皇帝の上半身:あれは(かげ)なり……
           朕の(うつ)し身……鎮守造偶(アヴァターラ)よ。

焔帝仔:あなたは……

始皇帝の上半身:よくぞ参った、強く儚き至高の子。

           朕は始皇帝、龍仙皇国建国の(ぬし)
           覇皇神龍(ブラフマー・シェンロン)、最後の神龍(シェンロン)にして始皇帝の化身。
           異国では、ダイノジュラグバと呼ばれている。
           かつて取り込んだ皇祖(こうそ)随神(ずいしん)はギオガイザーとエヴァリリス。

           お前にはこう名乗ったほうがよいか。
           天帝――天帝盤古龍(パングーロン)

           朕こそは、全知全能の創造者――天帝なり。




※クリックしていただけると励みになります

index