ゲネシスタ-隕星の創造者-

15話-偽典ラーマヤーナ-

★配役:♂3♀2=計5人

ダイバダッタ♂
人間の青年。
古代インドの小国カピラヴァストゥ出身。

カピラヴァストゥの守護龍ガンガーダラ神が、〝末法の瘴気〟に取り憑かれたヴァジュラ神に殺されたことにより、孤児となる。
端正な顔立ちと、狡知に長けた青年であり、隣国のパンチャーラで宮仕えの小姓に納まった。

彼の野望は、守護龍ガンガーダラ神の亡骸を邪龍ヴリトラとして使役して、世界の覇権を目論むナーガ族、
親兄弟・祖国・崇拝するガンガーダラ神の仇である、ヴァジュラ神の打倒である。

ラーマ♂
麒麟王(きりんおう)とも称される国無しの王。
滅びゆく龍と、虐げられし獣の王として降臨した〝真人(ブラフマン)〟。
ナーガ族のコーサラ国を打倒した後、マガダ国の王となる。

真人(ブラフマン)〟とは、一つの大時代の終わりに顕れ、新たなる大時代を開闢(ひら)く者とされる。
前時代(カリ・ユガ)の最後の者であり、新時代(サティヤ・ユガ)の最初の者。

真人(ブラフマン)〟伝説は、古代インドで語り継がれる救世主神話であった。
それ故に、体制を転覆しようとする者は例外なく自らを〝真人(ブラフマン)〟と名乗る。
後に勃興する『龍仙皇国(りゅうせんこうこく)』では、〝真人(ブラフマン)〟伝承の詳細は葬り去られ、神龍の一柱に数えられた。

パールヴァティ♀
金剛神龍(こんごうしんりゅう)、もしくはヴァジュラ神と呼ばれる龍神。
惑星(ほし)の創造主である『天帝』の直系子たる九柱の神龍、龍生九子(りゅうせいきゅうし)の一柱と伝えられる。

龍生九子(りゅうせいきゅうし)の君臨した大時代(マハー・ユガ)は末法を迎える。
神龍たちは狂い、破壊の神となって、互いに滅ぼし合う。
ヴァジュラ神もまた、時代(ユガ)に滅亡を宿命(さだめ)られた神であった。

パールヴァティとは、ヴァジュラ神が人間に化身した時の名である。
宝石にも喩えられる、金剛石の美女である。

シータ♀
コーサラ国の属国である、パンチャーラ国の出身。
獣の血に穢れた卑しい身の上とされる、奴隷(シュードラ)の娘。

獣の因子を宿す人間が、いつ頃発生したかは定かではない。
旺盛な繁殖力と強靱な肉体から、一時は人間を脅かすも、知能を損なってしまったことで、竜はおろか人間にも使役される身分となった。

比較的人間に見た目が近しい者を奴隷(シュードラ)、異形の人獣を不浄民(ダリット)に分類する。

シータは不浄民(ダリット)の集落で、雌の狐に育てられていた。
集落を焼き払われた後、外見が人間寄りであったため、奴隷(シュードラ)として、パンチャーラ城の下婢として召し抱えられた。

アーリマン♂
西域に続く『絹の道』を渡ってきた、古代ペルシャの行商人。
不気味な象骨の面を被り、暗色の天竺織(てんじくおり)を纏っている。

彼を操るのは、天魔神龍(てんましんりゅう)、もしくはマーラ神と呼ばれる龍神。
惑星(ほし)の創造主である『天帝』の直系子たる九柱の神龍、龍生九子(りゅうせいきゅうし)の一柱と伝えられるが、それは真実ではない。

天魔神龍は天帝の被創造物ではなく、天帝自身の分身であり、大時代(マハー・ユガ)の運行を監視している。
常に世界を脅かし続け、時代の発展を促し、停滞に澱んだ時、末法を将来して、一つの大時代(マハー・ユガ)を終わらせる。

神龍と称されながら、神龍とは別次元の存在。
しかしまた天魔神龍も、無限輪廻に縛りつけられた虜囚なのである。

カドゥルー大王
亡国カピラヴァストゥの王族にして、コーサラ国の初代国王。
蛇身人(ナーガ)族の王であり、ナーガ・マハーラージャとも称される。

ガンガーダラ神より創造されたナーガ族は、半人半蛇の存在である。
竜の端くれではあるものの、奉仕種族と呼ぶべき下等な存在で、奴隷に近い扱いをされていた。
それ故に人間とは立場が近く、カピラヴァストゥでは、人間とナーガ族が共存していた。

しかし、末法の到来によって、ナーガたちの立ち位置は激変する。
上位の竜たちが次々と狂っていく中、ナーガたちは正気を保っていた。
ナーガ族の王族カドゥルーは、かつて自分たちを虐げていた竜を家畜とする技術を得る。
ついに自らの創造主たるガンガーダラ神の、魂を失った抜け殻を、邪龍ヴリトラとして従えることに成功した。

邪龍ヴリトラの圧倒的な力で、人間の王国を二つ三つ平らげると、ナーガ族の王国、コーサラ国の樹立を宣言する。
コーサラ国の初代国王に納まったカドゥルーは、〝ナーガ族こそ真人(ブラフマン)である〟と号令を発し、世界の覇権を握るべく動き出す。

(※作中に登場するのみで、セリフはありません)

※以下は被り推奨です

バラモン両
カピラヴァストゥの僧侶
クシャトリヤ両
カピラヴァストゥの武人
バイシャ両
カピラヴァストゥの町民
シュードラ両
カピラヴァストゥの奴隷

□1に登場。ダイバダッタ以外の全員

ナーガ隊長両
コーサラ国の蛇身人(ナーガ)族。

□2に登場。ダイバダッタ、シータ、ラーマと会話有り

盗人A
盗人B

□9に登場。ダイバダッタ、パールヴァティと会話有り


※ルビを振ってある漢字はルビを、振ってない漢字はそのまま呼んでください。

ゲネシスタwiki 劇中の参考になれば幸いです。



□1/カピラヴァストゥ王国、滅亡の日


ダイバダッタ:(天空から降り注ぐ光は、宝石のように美しかった)

バイシャ:龍だ。狂える龍が襲ってきたぞ――!

バラモン:末法(カリ・ユガ)じゃ。カリユガの到来じゃ。

ダイバダッタ:(いや、それはまさしく宝石だった。金剛石の雨が雷霆(いかずち)となって万物を打ち砕いた)

クシャトリヤ:おお、私の城が……

シュードラ:金剛石だ。金剛石の山だ――!

バイシャ:拾うなこの奴隷め! ぎゃああ――!!

シュードラ:ひいぃ……ぎゃああ――!!

ダイバダッタ:(血の海に立ち並ぶ、金剛石の宝樹――)
         (地獄の絶景であった)
         (私は生涯、この光景を忘れ得ぬだろう)

バラモン:ガンガーダラ様じゃ。聖なる大河ガンジスよりガンガーダラ神が現れたぞ。

クシャトリヤ:ガンガーダラ神! 母なるガンジスの創造者よ!
        狂気に取り憑かれた龍、ヴァジュラ神の征伐(せいばつ)を――!

ダイバダッタ:(逃げ惑う人々は、ガンジス河より現れた、祖国の守護龍ガンガーダラ神の姿に沸き返った)
         (しかし、彼らの願いは、虚しく水泡に帰すのだった)

クシャトリヤ:何故戦わぬ! 守りはいい、殺せ。ヴァジュラ神を殺せ――!

ダイバダッタ:(ガンジス河が鮮血(くれない)に染まる)
        (滄海(そうかい)神龍(しんりゅう)は、その巨躯をもたげることなく、悲しげな眼で狂気に蝕まれた神を見つめているだけだった)
        (やがてのガンガーダラ神の巨体が、河面(かわも)に沈む)
        (また一人、神は死んだ――)

バラモン:やはり討てぬのか……
      末法の使者と成り果てたとしても、血を分けた妹御は……
      或いはガンガーダラ様も、悟道に入っておられるのやもしれぬ……

クシャトリヤ:終わりだ。カピラヴァストゥは滅亡だ……

ダイバダッタ:(最後の希望を失い、人々は逃げ出した)
        (創造主ガンガーダラの鮮血で、赤く渦巻く血の海を、哀れな水蛇たちが泳ぎ去っていった)

バラモン:おぬし――ガンガーダラ様にお仕えしていた小姓じゃな。
      両親は? 兄弟は? ……そうか。

      ルドラ神の治める王国は、〝末法の瘴気〟に冒されておらぬと聞く。
      わしと一緒に来なさい。

ダイバダッタ:(その日、カピラヴァストゥは滅亡した)
        (私の目に焼きついたのは、血の池地獄に燦然と輝く、金剛石の龍の姿)
        (私は幼き心に誓った。必ずヴァジュラ神を、金剛神龍(こんごうしんりゅう)を滅ぼすと――)


□2/金剛竹林の深奥、宝仙郷



金剛神龍:ガンガーダラ……(わし)は何故同胞(はらから)を殺した……

天魔神龍:お前の望みだ。
       並ぶものなき覇者の孤独。覇者を殺せるものは覇者の他にあらず。
       お前の罅割れた魂は、心底(しんてい)より沸き起こる破滅の衝動を堪えられなかった。

金剛神龍:お前は……誰だ。

天魔神龍:我吾(われ)(かげ)なり。天帝が光あれと開闢(かいびゃく)せし始原より共に在りし永劫。
       我吾(われ)(かげ)なり。

金剛神龍:この世の(かげ)、マーラよ。
       (わし)に終わりを告げに来たのか。
       それも良かろう。儂を滅ぼせ。

天魔神龍:何故(なにゆえ)破滅を望む。

金剛神龍:破滅の化身がそれを問うのか。

天魔神龍:虚無に還る前に打ち明けよ。
       光を憎む我吾(われ)も、お前の輝きには魅せられる。

金剛神龍:……退化が始まった。
       卵より孵る子は、小さく、愚かで、知恵も言葉も持たぬ……地を這う蜥蜴(とかげ)だった。
       天罡星(てんこうせい)の光を浴びる前の、先祖返りを起こしたのだ。

       我らは(おそ)れ、見て見ぬふりをした。
       我ら龍は不老にして不死。子は成せずとも滅びには遠い。
       そう思い込もうとした――

天魔神龍:だが魂は不滅ではない。
       永きに渡る年月は、雨風のように魂を蝕む。

金剛神龍:まさに今、このわしの魂が砕けようとしている。
       (わし)は自分が何をしているのか、わからなくなる。
       痴呆、耄碌(もうろく)と、人間なら言われるのだろう。

天魔神龍:肉体は死なずとも、魂は死ぬ。
       汝ら神龍(りゅう)は、真人(ブラフマン)ではなかったということだ。

金剛神龍:我らは滅び逝く種族なのか。
       天帝は……人間どもを真人(ブラフマン)(ほう)じられたのか。

天魔神龍:泣いているのか。

金剛神龍:金剛石の()に、涙など流れぬ。

天魔神龍:魂が慟哭()いている。
       ヴァジュラ、お前は美しい。

金剛神龍:美しさなど……何の価値がある。

天魔神龍:――創成の星が打ち上げられた。

金剛神龍:……流れ星。

天魔神龍:()の地に、新たなる真人(ブラフマン)が生まれ落ちる。
       ()の者は神龍(りゅう)を滅ぼす、最後の龍となろう。

金剛神龍:最後の龍――

天魔神龍:〝創成の時代(サティヤ・ユガ)〟の夜明けに神龍(りゅう)の姿はない。
      だが(おそ)れるな。
      神龍(りゅう)は滅ぶとも、龍の系譜は絶えぬ。

金剛神龍:如何なる予言だ。

天魔神龍:其迄(それまで)眠れ。
      〝末法の天命〟に背いて、深き夢路(ゆめじ)()(たま)を遊ばせるがよい。

       やがて真人(ブラフマン)がお前を睡郷(すいきょう)より(すく)い上げる。
       その時、お前は生まれ変わるのだ。

金剛神龍:雲母(うんも)橄欖岩(かんらんがん)が、(わし)を覆っていく……
       待て、マーラ……! 生まれ変わるとは一体――

天魔神龍:――ハアアアアア。

      ヴァジュラ、お前は宝石だ。
      宝石を巡り、ヒトが醜く争うように――
      お前は真の末法を招く、呼び水となろう――

      楽しみだ。
      純無垢に輝く宝石を、黒く穢す。
      我吾(われ)末法濁世(カリ・ユガ)を待ち焦がれよう――


□3/コーサラとパンチャーラの国境


シータ:ダイバダッタ殿、今はどの辺りでしょうか?

ダイバダッタ:もうすぐパンチャーラとコーサラの国境(くにざかい)です、シータ姫。

シータ:コーサラ国……ナーガたちの治める王国……
     ナーガ族こそが、天帝に認められし真人(ブラフマン)なのでしょうか。

ダイバダッタ:ご冗談を。
         ナーガどもは、己の創造主、母なるガンガーダラの亡骸を(はずかし)め、邪龍ヴリトラとして使役している。
         奴らが天帝に認められた真人(ブラフマン)など、私は断じて認めない。

シータ:…………

ダイバダッタ:……失礼致しました、シータ姫。

シータ:驚きましたわ。
    ダイバダッタ殿は、冷静沈着で才気に溢れた神童とうかがっていたものですから。

ダイバダッタ:神童は昔の話ですよ。

        ……私はカピラヴァストゥの生まれでした。
        昔のナーガ族は、竜の中では、下等な地位に置かれていましてね。
        人間とは立場が近く、そのせいか、カピラヴァストゥでは、ナーガ族と人間は、仲良く共存していたのです。

        全てが変わったのは、滅亡の日でした。
        ヴァジュラ神に国を滅ぼされ、命からがら逃げ出したナーガたちは、何時自分たちも〝末法の瘴気〟に襲われるか、戦々恐々(せんせんきょうきょう)としていた。
        ところが何時まで経っても狂気に陥る者はなく――
        そればかりか、かつて自分たちの主君だった竜は畜生に成り果て、餌と鞭で手懐けられる家畜となっていた。

        ナーガ族の王カドゥルーは、人間の王国を二つ三つ、瞬く間に併呑すると、コーサラ国を立ち上げました。
        そこで高らかに宣言したのです。
       〝我らナーガこそ、天帝に認められし、次代の世界の霊長、真人(ブラフマン)だ〟と。

シータ:私は……そのカドゥルー大王の奴隷に差し出されるのですね。

ダイバダッタ:奴隷ではありません。王妃です。

シータ:同じことです。
    ああ、あのおぞましい蛇男の手込めにされるなんて……

ダイバダッタ:…………

シータ:――なーんて、シータ姫が泣いてたから、あんたが入れ知恵したんでしょう。
    奴隷(シュードラ)の狐娘を、シータ姫に仕立て上げて、カドゥルー大王に嫁がせろって。

ダイバダッタ:国の、パンチャーラのためだ。
        お前も奴隷(シュードラ)から武人(クシャトリヤ)の身分に成り代わったのだ。
        こんな栄達(えいたつ)の機会は、何度生まれ変わっても巡り会わん。

シータ:冗談じゃねーわぁ!
     尻尾を切られて、耳を潰されて……

     あんたの出世のための踏み台にされて堪るかってーの!!

ダイバダッタ:うわっ、この悪臭は――!

シータ:あは。寂しいからってごねて連れてきたの。

ダイバダッタ:臭鼬(しゅうそ)か――!

シータ:臭鼬(しゅうそ)の臭いは、一月(ひとつき)は取れないって言うわぁ。
     これであんたは鼻つまみ者。笑えるわぁ。

     じゃーねぇ、神童さん。

ナーガ隊長:カドゥルー大王様に捧げるシータ姫が偽物ですってぇ?

ダイバダッタ:ナーガ族――!

ナーガ隊長:くんくん……臭うわよ。獣臭いニオイが。

シータ:えっとぉ、あのぉ……いやだぁ、冗談ですよぉ。
     正真正銘のシータ姫でぇーす。

ナーガ隊長:人間どものおバカさんが、舐めた真似をしてくれたわねぇ。

       でもおあいこってことで許してあげるわ。
       あなたたちの祖国パンチャーラは、国ごとミイラになるのですからね。

ダイバダッタ:なんだ、あの黒雲は――

シータ:逆さまの雨……?
     パンチャーラから、水を吸い上げているの――!?

ナーガ隊長:おーっほっほっほ。
       あたくしたちナーガ一族の許しなくして、この世界の一切のお水は使っちゃダ~メ。

       見なさい、空に立ち上る邪龍ヴリトラを!
       あれがあたくしたちナーガ族の守護龍よ。

ダイバダッタ:ガンガーダラ様を……あのような醜悪な怪物に(おとし)めて……!

ナーガ隊長:ひれ伏しなさい。
       そしてあたくしの尾をお舐め。

       偉大なるナーガレディ・ムチャリンダ様に帰依するのよ。
       もっとも、あなたたち人間と畜生の救済なんて〝死んでやり直せ〟しか言うことないんだけどねぇ。

       おーっほっほっほ。

ダイバダッタ:…………!

ラーマ:――哀れよのう。

     ぬしは火竜の武人(クシャトリヤ)であったか。
     こちらは水竜の(バラモン)

     誇り高きぬしらが、ナーガどもに飼われる家畜か。

ナーガ隊長:なぁに、このチビすけ……

       いいえ、背は低くてもご立派な大人(たいじん)は……

ラーマ:朕はラーマ。龍と獣の王である。

ナーガ隊長:まあ、面白い冗談。

        あら、何かしらこの尻尾の震えは。
        蛇に睨まれたカエルみたい。

        でもあたくしは蛇ですわよ。
        だとしたら、蛇をすくませるあなたは――

ラーマ:龍獣(りゅうじゅう)の王が勅命(みことのり)を下す。
     立ち去れ、蛇身人(ナーガ)よ。

     カドゥルー大王に伝えるがよい。
     真の真人(ブラフマン)は、覇道を進まず。
     龍と獣と人の和合の道を征く――其の名を麒麟という。


□4/コーサラ国、首都アヨーディヤ


ダイバダッタ:龍獣の王『麒麟』だと――?
        そんなもの信じられん――!

シータ:はぁ? あんたバカ? アホ? マヌケ?
     コーサラ国の首都アヨーディヤまで潜り込んで、まだ言ってんの?

ラーマ:わからずともよい。
     朕の偉大さが伝わらずとも、それはそなたが人間だからだ。

シータ:獣のあたしはメロメロでぇ~す。

ダイバダッタ:目の前でベタベタするな!

シータ:やだなぁに、嫉妬?

ダイバダッタ:見苦しいと言ってるんだ――!

シータ:尻尾と耳を、元通り生やしてくれた。
     あの時からラーマ様は、あたしの王様よ。

ラーマ:根本が少しだけ残っておったであろう?
     そこから設計図を読み出して、もう一度組み立てるよう、働きかけたのだ。
     おぬしら獣の細胞は、刺激を加えてやれば万能性を取り戻す。

シータ:全然わかんないけど、すごーい! さすがラーマ様!

ダイバダッタ:で、偉大な麒麟様。
        あなたが龍と獣の王だと言うなら、ガンガーダラ神……邪龍ヴリトラを調伏(ちょうぶく)して見せてもらいたい。

ラーマ:うむ。
     龍獣の王が滄海(そうかい)神龍(りゅう)(たてまつ)る。
     尊主(そんしゅ)の干上がらせし大地を、恵みの雨にて潤したまえ――!

ダイバダッタ:雨雲……!?

シータ:きゃー! ラーマ様すてきー!

ダイバダッタ:彼は〝次代の世界の霊長〟――真人(ブラフマン)だと言うのか……?

シータ:あら? 雨が止んだ?

ラーマ:……参ったなどうも。

ダイバダッタ:どうした?

ラーマ:朕の命令を上書きされたのだ。

シータ:街中騒がしい感じ……

ダイバダッタ:城門からナーガの兵士が飛び出してきたぞ。

ラーマ:カドゥルー大王が気づいたのだ。
     もう一人、自分と同じ、王の権能を持つ者がいることに。

シータ:やっちゃえラーマ様! 蛇男なんて玉座から蹴り落とせー!

ラーマ:…………

シータ:ラーマ様が王様で、シータちゃんが女王様。
     ステキぃ。(ひざまず)けダイバダッタ。

ダイバダッタ:屁こきネズミの飼い主が戯言を――

ラーマ:……(しん)よ、朕は悟ったぞ。

ダイバダッタ:誰が(しん)だ……!

ラーマ:朕は(ラージャ)で、カドゥルー大王も(ラージャ)である。
    だが朕は、カドゥルー大王より一寸(いっすん)劣る王らしい。

シータ:は?

ダイバダッタ:それはつまり――

ラーマ:退却せよ。

ダイバダッタ:だから俺は、麒麟など信じられんと言ってきたのだ――!

シータ:ひえええ!! ダイバダッタ、何とかして!!

ダイバダッタ:行商人の通行手形がある。

ラーマ:何時の間に?

ダイバダッタ:昨日の酒場で、酔い潰れた行商人から抜き取っておいた。

シータ:あは、極悪人!

ダイバダッタ:ちょうどいい、あの荷馬車を譲ってもらうとしよう。
         お願いしてきていただけますか、麒麟様。

ラーマ:おぬし悪党だのう。

ダイバダッタ:ナーガに仁義を通す必要があるか。
        行くぞ。

シータ:…………

    やっとコーサラ国を脱出ね。
    はー……危なかったわぁ。

ダイバダッタ:種族を問わず、あらゆる龍と獣に王者の権能を有する麒麟――
        しかし本物の王が出てくれば、引っ込まざるを得ない……
        王は王だが、せいぜい王の代理人――

ラーマ:面目ない。

ダイバダッタ:こんな但し書きがついた今では、真人(ブラフマン)どころか、詐欺師がいいところだ。

シータ:あんたと相性ピッタリ。

ラーマ:数奇な星の巡りだのう。

ダイバダッタ:うるさい――!

        くそっ……!
        カドゥルー大王に一矢報いる好機が巡ってきたと思ったら、とんだ空振りだ……!

ラーマ:カドゥルー大王との権能の張り合いもそうであるが……
     朕は王だ。本物でも偽物でも、王では神に勝てん。

ダイバダッタ:ほう。ご高説を聞かせていただこうか。

ラーマ:神を仲間に引き入れるのだ。
     ガンガーダラ神と並ぶ、神の龍の一柱を――


□5/金剛竹林


ダイバダッタ:おい待て――! 待てと言っているだろう――!

シータ:うるせーわぁ。

ダイバダッタ:よりにもよって、何故そいつなんだ――!

シータ:他の神龍(しんりゅう)は狂って暴れてるか、眠りに就いたか、姿を眩ましたのしかいないじゃない。

ダイバダッタ:カドゥルー大王は、憎むべき敵だ――!
         だが奴の力を借りるなど、絶対に認めん――!
         これだけは譲れぬ一線だ――!

ラーマ:おぬしに譲れぬ一線があったとはのう。

ダイバダッタ:俺の祖国を滅ぼしたのは、金剛神龍(こんごうしんりゅう)――!
         奴こそ全ての元凶――!

         ヴァジュラ神こそ、俺の人生最大の仇なのだ――!

ラーマ:ぬしの申すことはわかる。

     しかしよく考えてみよ。
     金剛神龍(こんごうしんりゅう)は、己を失い、望まぬまま、血を分けた同胞(はらから)を殺めた。
     見方を変えれば、もっとも哀れな身の上と言えるのではあるまいか。

ダイバダッタ:奴の身の上など知ったことか――!

シータ:雲母(うんも)橄欖岩(かんらんがん)の塊――
     その中に……見えるわ、金剛石の龍が――!

ダイバダッタ:ヴァジュラ、神……!

金剛神龍:(……お前が真人(ブラフマン)か)

ラーマ:(左様)

金剛神龍:(創成の時代(サティヤ・ユガ)を切り開く)

ラーマ:(うむ)

シータ:どうしたの……見つめ合ったまま動かない……

ダイバダッタ:言葉を交わしているのだろう……心の中で。

金剛神龍:(出来るのか? お前に?)

ラーマ:(金剛石の龍よ、尊主に我が光を示す)

金剛神龍:(この、星の並びは――)

ラーマ:(受け取れ、ヴァジュラ神)
     (朕が天帝より賜った、人化(じんか)の創成だ――!)

ダイバダッタ:龍の眠る鉱山が輝く――!

シータ:眩しいっ――!

ダイバダッタ:……龍が消えた?

        あの女は……!

シータ:うっそ……

龍の女:――――

     わしの躯はどうなった?

ラーマ:金剛石の竹に映してみよ。

龍の女:――おい、人間。

ダイバダッタ:…………!?

龍の女:わしの姿をどう思う?

ダイバダッタ:…………

龍の女:絶句か。

ラーマ:言葉も出ないほど美しいということだ。

龍の女:そうか。
     金剛石は形を変えても燦然と輝く。

シータ:うっわ~、なにこいつ。感じ悪ぅい。

ラーマ:名前が要るのう。

龍の女:ヴァジュラでいい。

ラーマ:誰もが腰を抜かすであろうが。

龍の女:好きに呼べ。

シータ:糞ババア。

龍の女:この狐、お前が飼っているのか?
     殺しても構わないか?

ラーマ:パールヴァティ。

シータ:美の女神の名前じゃない。

パールヴァティ:此れよりわしは、パールヴァティと名乗る。

シータ:なんとか言いなさいよ、ダイバダッタ。
     このドブスとか、ジジイの入れ歯、ハゲ頭、眩しすぎとか。

ダイバダッタ:……美しい。

シータ:あんたも骨抜き?
     ずる賢くて傲慢で嫌な奴だけど、女の色香には引っかからないと思ってたのに。
     あー、つまんない。

ダイバダッタ:(彼女にはわかるまい)
        (私の口から漏れた呟きには、万感の想いが込められていたことに)

        (私の終生の使命としていた、二柱の憎悪の片方が、大きく揺らいだ)

        (それはまさしく、一目惚れだった)
        (私は、憎むべき仇敵(あだがたき)に思い焦がれる、〝愛情と憎悪(マーラ・カーマ)〟の(ごう)に身を焼かれていた)


□6/コーサラ国への道中、焚き火を囲う四人


シータ:ね~え、パールヴァティ様ぁ。
     宝石、一個ちょうだい?

パールヴァティ:――――

シータ:聞いてんの、蜥蜴(とかげ)のババア。

パールヴァティ:黙れ畜生。

シータ:ラーマ様ぁ~!

ラーマ:神は俗世には不介入の立場を崩せぬのだ。
     神の力一つで、人間の築き上げた文化や制度が、あっという間に瓦解するでのう。

ダイバダッタ:…………

パールヴァティ:何故わしを見つめている。
          わしに見惚れているのか。

シータ:迷わずそんな発想に行く辺り、こいつ超うざいわぁ。

ダイバダッタ:……カピラヴァストゥを覚えているか。

パールヴァティ:カピラヴァストゥ?

ダイバダッタ:ガンガーダラ神の膝下にあった小国だ。

パールヴァティ:ああ。

ダイバダッタ:俺はそこで生まれ育った。

パールヴァティ:それで?

ダイバダッタ:それでだと!?
        俺はお前に、家も祖国も奪れたのだぞ!

シータ:あ、虫。

ダイバダッタ:邪魔だ、くそっ!

パールヴァティ:――虫。

ダイバダッタ:――……?

パールヴァティ:お前が今、払い落とした蛾。
          お前は今まで殺した虫の数を覚えているか?

ダイバダッタ:俺の両親を、兄弟親類、人間を虫けらだというのか――!

パールヴァティ:虫より高尚か、人間の命は。

ダイバダッタ:当たり前だ――!

パールヴァティ:命の軽重(けいちょう)は些末なことだ。

          お前はわしを糾弾した。
          ならばお前も、兄弟姉妹を殺されたと、虫に糾弾される覚悟があるのだな。

ダイバダッタ:……詭弁だ!

パールヴァティ:そう思うか?

ダイバダッタ:話にならん――!
         俺は寝る――!

(焚き火を離れ、木陰の下で、ダイバダッタは布団に包まった)
(寝返りを打ちながら、ようやく浅い眠りに就くと、そこで悪夢を見た)
(夥しい数の毛虫に集られ、嘲笑うように眼前を飛び交う蛾が、恐怖に見開かれた眼球に鱗粉を落とす)

ダイバダッタ:は――――!!!

        はー……はー……!!
        夢か……

(顔を洗って気分を晴らそうと、ダイバダッタは森に流れる小川まで歩いていく)

ダイバダッタ:くそっ、金剛神龍(こんごうしんりゅう)め……!
        奴の詭弁のせいで、とんだ悪夢を見た……!

        ――――!!

パールヴァティ:お前か。

ダイバダッタ:金剛神龍(こんごうしんりゅう)……!

パールヴァティ:小川のせせらぎに耳を澄ませていた。
          梢より落ちる星の光は、宝石よりも美しい。

ダイバダッタ:…………

パールヴァティ:悪夢を見た。

ダイバダッタ:――――!!

パールヴァティ:それも毛虫や蛾に集られる悪夢。

ダイバダッタ:――――!!

パールヴァティ:存外にわかりやすいな、お前は。

ダイバダッタ:黙れ――!

(乱暴に顔を洗い、ダイバダッタが去った後、木陰から人影が姿を現わす)

ラーマ:悪夢にうなされたのは、ぬし様も同じであろうに。
     パールヴァティ様。

パールヴァティ:亡者の群れがわしを責め立てた。
          ダイバダッタの小僧とよく似た顔が混ざっていた。

ラーマ:罪悪感か。

パールヴァティ:弱さだ。

ラーマ:両方であろう。

パールヴァティ:……これが人間に身を落とすということか。
          神龍(りゅう)()であれば、人間どもの怨嗟など、風の騒めきに等しい騒音に過ぎなかった。

ラーマ:恐怖されたのだ。
     偉大すぎる神龍(りゅう)の耳では聞こえぬ嘆きが、想いのこもった声に変わり。

     ぬし様の心情(じょう)は、涅槃(ねはん)の寂滅にあった。
     そこは静かすぎた。ぬし様は、生きながら死んでいた。

     驚き、笑い、怒り、喜び、嘆く。
     これが生きると言うことだ。

パールヴァティ:……何故我ら神龍(りゅう)が狂ったのか、悟りを得た。
          魂が死んだのだ。

          魂が死して尚、(にくたい)は入滅より取り残され、無限に再生する。
          不滅の(むくろ)龍骸(りゅうがい)だけが地上に残り、邪龍と称され、ナーガの手先となっている。

ラーマ:ぬし様の魂は、まだ死んでおらん。
     大小の亀裂はあろうとも、その傷すらも、魂の輝きを増す加工の一つだ。

パールヴァティ:天帝はお前に何を託した。

ラーマ:滅びゆく龍の因子を残すために、
     旺盛な生命力を持ちながら、他に使役される宿命より、獣を解き放つために、
     朕は、龍と獣の王『麒麟』として遣わされた。

     そして次代の〝真人(ブラフマン)〟たる人間に、〝創成の時代(サティヤ・ユガ)〟を引き渡す。
     それが朕の使命だ。


□7/コーサラ国跡地、豪雨の中


ラーマ:人間と獣の連合軍、ナーガ族と彼らの使役する龍の軍勢。

シータ:終わったわ……

ダイバダッタ:魂を残す竜たちも、次々と我らの仲間に加わった。

        認めなければならない……
        ラーマ様、あなたは王だ。
        天帝に選ばれし、王の中の王、ラージャ・ディ・ラージャだ。

ラーマ:ダイバダッタ、ぬしこそ八面六臂の活躍であった。
     軍師に外交官に内務官、ぬしの知略なくして、勝利はなかった。

シータ:これからどうするの?
     コーサラ国を(たお)して、はいさようならって雰囲気じゃないわぁ。

ラーマ:朕は国を興す。
     龍と獣、人が共存する、王道の国を。

     ダイバダッタ、朕の臣下となってくれるか。

ダイバダッタ:謹んで拝命致します、ラーマ王。

シータ:おめでとう二人とも。

ラーマ:ぬしも朕に仕えてくれぬか。

シータ:無理よ。あたし難しいことわかんないしぃ。

     ――あなたの国で、ひっそりと暮らすわ。

ラーマ:それも良かろう。
     民草の一人として、王国を支えてくれ。

(降りしきる豪雨の中、ダイバダッタは無人の戦場の跡地に向かう)

ダイバダッタ:――ここにいたのか。

パールヴァティ:ガンガーダラの亡骸だ。
          金剛石の棺に封じ込めた。

          もう動き出すことはあるまい。

ダイバダッタ:…………

パールヴァティ:怨んでも構わん。

ダイバダッタ:いや……もうお前を怨んではいない。

パールヴァティ:この地上に、我らは巨大すぎる。
          世界は神龍(しんりゅう)を持て余す。

          生きたくば――神龍(りゅう)()を捨てよ。
          これが天帝の思し召しだ。

ダイバダッタ:……神龍(りゅう)に戻りたいのか。

パールヴァティ:叶わぬ望みなど持たん。
          神龍(りゅう)神龍(りゅう)でいられた時代は終わった。
          そこに是が非もない。

ダイバダッタ:人間(ひと)として、生きるつもりはないか――?

パールヴァティ:わしは神龍(りゅう)だ。
          姿形が変わろうとも、ヴァジュラ(デーヴァ)だ。

         〝創成の時代(サティヤ・ユガ)〟の夜が明ける。
          征け、人間たち。
          お前たちの世界の片隅で、わしは滅び去りし神龍(りゅう)の一匹として生きる。


□8/マガダ国の王宮、謁見の間


ラーマ:おお、シータ! 久しいのう!

シータ:ラーマ様、変わらないわね。

ラーマ:おぬしものう。

シータ:お世辞を言うようになったのね。
     もう若くないわ。私たち、猩人(しょうじん)はね。

ラーマ:腹の子はどうした。

シータ:……流れたわ。

ラーマ:……そうか。

シータ:これで三度目ね。

ラーマ:…………

シータ:……竜と獣の間に、本当に子供は出来るのかしら。

ラーマ:…………

シータ:なんて、私が不生女(うまずめ)だからよね。
     龍と獣の和合の結晶は、あなたが証明。

     龍と獣を統べる麒麟王ラーマ様――


□9/金剛竹林


パールヴァティ:――何をしている、お前たち。

盗人A:ひぃっ、金剛神龍の化身だ――!

盗人B:これだけ一面、金剛石を敷き詰めているんだ!
     ちょっとぐらい、わけてくれたっていいじゃないか――!

ダイバダッタ:失せろ、盗人(ぬすっと)ども――!

盗人A:ダイバダッタ様――!

盗人B:逃げろ――!

ダイバダッタ:次に金剛竹林(こんごうちくりん)で盗みを働いたら、牢屋にぶち込むぞ――!

パールヴァティ:追い払っても追い払っても、蟻のように群がってくる。

ダイバダッタ:……すまぬ。

パールヴァティ:見せしめに殺してやるか。

ダイバダッタ:それはならん――!

パールヴァティ:ならば手綱を締めろ。

ダイバダッタ:……竜たちに『人化(じんか)の創成』を教えて十年余り。
        人間(ひと)になった竜たちは、自らを仙人(せんじん)と称し、各地で豪族として権勢を振るっている。

        盗人(ぬすっと)どもを庇い立てするわけではないが――
        もう少し、人間や獣にも、恩恵を施してやってもよいのではないか。

パールヴァティ:金剛竹林は、知恵を失った竜の末裔たちの霄壌圏域(シャンバラ)だ。
          人間どもは、宝飾品の材料だ、漢方の素材だと、土地と命を踏み荒らす。

ダイバダッタ:それにしても、たった一人でどれほどの財を独占している。

パールヴァティ:人間や畜生どもの蕩尽には限りがない。
          少しでも施しをやれば、禿山になるまで刈り尽くし、河を枯らし、廃液(どく)を撒く。

ダイバダッタ:しかし――

パールヴァティ:わしは神龍(りゅう)だ。誇り高きヴァジュラ神だ。
          わしを糾弾したくば、わしと同じ、神の高みで糾弾せよ。

ダイバダッタ:そんな姿で、何が神龍(りゅう)だ――!
        たかが女であろうが――!

(激高したダイバダッタは、パールヴァティの躯を押し倒す)

パールヴァティ:――わしを犯すか。

          お前の魔羅で貫けば女になると――

ダイバダッタ:お、俺は……

パールヴァティ:どけ。

ダイバダッタ:……すまない。

パールヴァティ:昔のよしみだ。命は取らないでやる。

          消え失せろ。

(精気の抜け落ちた足取りで、ダイバダッタは金剛竹林を後にする)

ダイバダッタ:ラーマ様と共に、龍と獣と人の共存を目指し、マガダ国を興して、十年の歳月が流れた……
        ラーマ様の目が届く範囲では、絶対服従の権能により、手を取り合う素振りを見せるが……
        王都を離れれば、仙人(せんじん)は欲しいままに振る舞い、ひねくれた猩人(しょうじん)たちは良心の咎めもなく悪事に手を染める……

        龍と獣の和合の象徴『麒麟』――
        本当にあの御方が、真人(ブラフマン)なのであろうか……

        竜の化身である仙人(せんじん)たちは、ナーガ族など比較にならぬほど尊大で、強大な力を持っている……
        世界の支配権を、再び竜の手に返しただけではないのか……

アーリマン:客人、己の欲するものを知らず。
       内なる渇望を深掘りし、具象となった形を示して、ようやく何を欲するかを知る。

ダイバダッタ:象骨(ぞうこつ)の面――!?

        何者だ、お前は――!

アーリマン:遙かなる『絹の道』を超えて、ペルシャの国より参りました。
       アーリマンと申します。

       絢爛豪華なペルシャ織りから燃える水まで、役立つ品を数多く取り揃えてございます。
       歓迎降臨(アフラン・ワ・サフラン)歓迎降臨(アフラン・ワ・サフラン)

ダイバダッタ:……悪いが、売り込みなら内務省を通してくれ。
        それと正装とまでは言わないが、少なくとも我が国の風習にあった服装に改めることを忠告する。
        その象骨の面と暗色の羽織では、門前払いを免れ得ぬ。

アーリマン:御許(おんもと)は平和と安寧を欲しておられる。

ダイバダッタ:売り物であるのか?

アーリマン:ございます。

       ――が、御許(おんもと)が真に欲するのは、それではありますまい。

ダイバダッタ:……どういうことだろうか。

アーリマン:若さ――

       何時までも若々しい、数百数千の寿命を持つ仙人(せんじん)たちと、御許(おんもと)が仕える麒麟王――
       彼らと()して、御許(おんもと)は皺が増え、疲れを引きずることが増えた。

ダイバダッタ:……馬鹿馬鹿しい。

アーリマン:強さ――

       思惑一つで命を摘まれる竜との、一歩も引かぬ交渉は、御許(おんもと)が名軍師と称される偉業の一つでした。
       しかし魂を削られる一大仕事に、何時しか御許(おんもと)は疲れを覚え、詮無き願望(ねがい)に思いを馳せる。

       もしも自分が、同じ竜であったなら――

ダイバダッタ:俺は人間であることに誇りを持っている――!
        これ以上、俺を愚弄すると引っ立てるぞ――!

アーリマン:いいや、御許(おんもと)希求(ねがっ)ている。
       かつてなく、龍ではない、人間(ひと)の身であることを呪っている。
       せめて麒麟であったなら――あの金剛石の龍に想いを寄せる資格があった。

ダイバダッタ:――――!!

アーリマン:高邁(こうまい)な理想ではなく、下賤(げせん)なる具象を欲しなさい。
       恐れも恥も要りません。

       我吾(われ)(かげ)なり。
       御許(おんもと)の抱く、卑しさそのものでありますから。
       即ち、我吾(われ)(なれ)なり。

ダイバダッタ:俺は、あの金剛石の龍が……
         ヴァジュラ神が……欲しいのだ……!
         金剛石の輝きに比べれば、俺の手にした名誉も覇業も、路傍の石だ――!

         一度でも、あの龍をこの(かいな)(いだ)き、口付けることが出来たなら――!
         俺は、この命を……ラーマと共に生涯を捧げた覇業を(なげう)ってもよい――!!

アーリマン:交渉は成立した。
       千の叡智(えいち)の毒牙を生やす、毒蛇(どくへび)を授けよう。

       太極に通ずる智慧(ちえ)をもちて、野望を為すのだ。
       戴冠せよ、蛇王(ザッハーク)の王冠を――

(アーリマンの掌から湧き出した二匹の毒蛇が、ダイバダッタの耳孔から脳髄に滑り込む)

ダイバダッタ:うわああああああ――!!!


□10/マガダ国、辺境の屋敷


シータ:ダイバダッタ――

ダイバダッタ:老けたな、シータ。

シータ:ご挨拶ね。

ダイバダッタ:言い返してこないのか。

シータ:言い返す気力もないわ。本当に歳だもの。
     今は猩人(しょうじん)って言うんだっけ?
     私たち、獣の血が混ざった人間は、もう老境なのよ。

ダイバダッタ:腹の子は残念だったな。

シータ:ねえダイバダッタ――……

     龍と獣の共存って、本当に天帝の下した天命なの?
     龍と獣の合の子、麒麟が産まれたなんて話は、一度も聞かないわ。
     唯一人、ラーマ様を除いて――

ダイバダッタ:お前の夫は?

シータ:知らないわ。女のところじゃない。

ダイバダッタ:冷え切っているな。

シータ:無理よ無理。
     旦那はあれで五百歳よ。
     私は数十年で、死が目前。

     何から何まで違うの。
     竜と獣は。

ダイバダッタ:お前はまだ、ラーマ様を慕っているのだな。

シータ:あんたこそ、金剛石の龍を忘れられないんでしょ。
     だから嫁も取ってない。

ダイバダッタ:…………

シータ:私は卑しい獣の血を引く奴隷(シュードラ)よ。
     いくら龍と獣の共存を掲げてるからって、偉大なる麒麟王に畜生は釣り合わない。
     だから身を引いた。
     あの御方の理想に殉じられるように、竜の女房に納まった。

     旅をしていた頃は、楽しかった――
     あんたと私と、金剛石の龍と、無礼講で――
     身分や生まれ、種族の差なんて意識しないでいられた――

     教えて欲しくなかった。
     麒麟が泣き笑い、神龍(りゅう)とも心が通うなんて。
     雲の上の遠い存在でいれば、こんな惨めな思いをしないですんだ――

ダイバダッタ:……獣たちよ、覚醒せよ。

シータ:え……なに?

ダイバダッタ:鎖を解き放つ時が来た。隷属の首輪を破れ。
         神龍(りゅう)を殺す獣の神が降臨する。

シータ:あんた、その目……

     蛇……

ダイバダッタ:獣帝来迎(じゅうていらいごう)
        お前の子宮(はら)に、獣の神を降ろすのだ。

        獣どもよ、野蛮に踊れ。月夜に吼えよ。
        其の者こそ、汝らの新たなる真人(ブラフマン)なり――

(ダイバダッタの掌より溢れ出した、夥しい数の蛇がシータの股を這い、股ぐらへ潜り込んでいく)

シータ:毒蛇(どくじゃ)の群れが……
     私の中に、入ってくる――……!!

     きゃああ――!!!


□11/金剛竹林


パールヴァティ:…………

アーリマン:お顔の色が優れませんな。
       しかしその憂い顔すら、(たたず)むだけで名画となる。

パールヴァティ:お前は……マーラの化身か。

アーリマン:〝創成の時代(サティヤ・ユガ)〟の装いに合わせ、吾儕(わなみ)も人間の姿を取りました。
        如何(いかが)ですか、人間としての生は?

パールヴァティ:…………

アーリマン:御許(おんもと)が憂いていた天道(てんどう)の孤独。
       人間道(にんげんどう)に下ってみれば、幾多の衆生(しゅじょう)と混じり合う。

パールヴァティ:つまらん。
          人間の似姿を取ろうと、わしは神だ。
          人間どもとは、歩む時間も、目の高みも違う。

アーリマン:御許(おんもと)には、何人(なんぴと)も手が届かない。
       (たと)え無謀な盗人(ぬすびと)が盗み出そうと、その眩しさに自らの自尊(ほこり)を掻き消され、失意の溜息を吐いて手放す。
       何よりも、御許(おんもと)の気高さと気位が、下賤が触れることを許さない。

       故に御許(おんもと)は、三千世界、どこまでも孤独に輝く。
       真に心を許せるのは、最後の龍〝麒麟〟――

パールヴァティ:獣の血の臭気(におい)には、閉口(へいこう)させられたがな。

アーリマン:〝真人(ブラフマン)〟は末法に顕れる最後の者にして、〝新たなる時代〟の最初の者。
        既に〝創成の時代(サティヤ・ユガ)〟が幕を開けて、十年の歳月が流れました。

        創造神話の類型では、創造主の死によって、発展の時代を迎えます。
        北欧のユミル、バビロニアのティアマトー、漢の盤古(ばんこ)――

パールヴァティ:まさか――

アーリマン:最後の龍にして、最初の仙人(せんじん)は、その役目を終えた。
       開闢者(かいびゃくしゃ)〝麒麟〟の死によって、時代(ユガ)は次なる時代(ユガ)へと遷り往く――


□12/マガダ国の王宮、謁見の間


ダイバダッタ:ご報告(たてまつ)ります。
        マガダ国を始め、周辺諸国の至る所で、猩人(しょうじん)蜂起(ほうき)
        仙人(せんじん)人化(じんか)の創成を解いて、竜の姿で応戦するも、圧倒的な数を前に疲弊し、討ち取られている。

        仙人(せんじん)の間では、激震が走っています。
        下等な畜生如きに、竜が(たお)されるなど――

ラーマ:種族も思想も千差万別。
     猩人(しょうじん)たちが一つにまとまったということは――

ダイバダッタ:王が出現した――

ラーマ:思えば謎であった。
     途方もなく強い妖獣(けもの)武人(クシャトリヤ)(バラモン)がいても、(ラージャ)はいなかった。

     (ひるがえ)って龍には、(ラージャ)(デーヴァ)もいる。

ダイバダッタ:天帝は獣の神をお造りにならなかったのです。

        時に竜も脅かす妖獣たちも、突然変異で生まれた亜種。
        自然繁殖に任せている。

ラーマ:猩人(しょうじん)は――獣は如何なる手段で、人間になったのだ。

ダイバダッタ:玃猿(かくえん)という大猿です。
        人間の女を(さら)って、猿の子を産ませる。
        さらにその猿の子が獣と姦通し、獣の特徴を宿した人間が数多(あまた)生まれた。

ラーマ:成る程のう。狼も狐も猫も、まとめて猩人(さるのひと)と称するのは、斯様な理由であったか。

ダイバダッタ:かつて天帝は、獣の特徴を宿した人間に、新たなる時代(ユガ)を築けという天命を下したのでしょう。
         しかし彼らは繁殖力と強靱な肉体を得た変わりに、知恵を損なってしまった。
         結局猩人(しょうじん)は、奴隷(シュードラ)として、人間や竜に使役されている。

         いわば玃猿(かくえん)は、〝真人(ブラフマン)の失敗作〟だったのです。

ラーマ:ダイバダッタ……おぬし、どこでそんな知識を得た?

ダイバダッタ:蛇が教えてくれたのですよ。偉大なる蛇が。

ラーマ:…………
    王都を目指して、四つ足で地を駆ける十万、百万の気配が近づいてくる。

ダイバダッタ:接近される前が勝負だ――!
         竜の吐息で、獣の軍勢を薙ぎ払え――!

ラーマ:ダイバダッタ――
     シータはあの軍勢に参じておるのであろうか……?

ダイバダッタ:わかりません。

ラーマ:――!?

    なんだこの衝撃は――!

ダイバダッタ:山が動いている……!
        いや、あれは山のように巨大な(サイ)だ――!
        (サイ)が巨岩を砲弾として、城下に撃ち込んできたのか――!

        ラーマ様、一刻の猶予もありません――!
        出陣の準備を――!


□13/マガダ国草原、竜と獣の合戦上


ラーマ:龍獣の王が勅命(みことのり)を下す。
     軍を引け、獣どもよ――!

ダイバダッタ:獣どもが迷っている。

ラーマ:退け――!!

ダイバダッタ:押し勝った――!

ラーマ:代理の王の朕より劣る。
     どうやら敵方の王は、未熟な王のようだのう。

シータ:――未熟は当たり。

     でも王じゃないわ。
     神様よ。

ラーマ:シータ――!

ダイバダッタ:その腹はどうした?

シータ:私たち獣の神。
    神龍(しんりゅう)も恐れ(おのの)く、最強の獣よ。

ラーマ:おぬしが、反乱の首謀者か……

シータ:そうよ。

ラーマ:何故……

シータ:あんたのせいじゃない。

ラーマ:朕は、龍と獣と人が共存する、王道の国を興した……

シータ:それが余計なお世話だってのよ――!!

     心は通う。姿は愛せる。
     でも一緒には居られない。

     偉大すぎるのよ。龍も麒麟も。
     私たちが、惨めで、愚かで、矮小な存在に思えてくるだけ。

     こんなに苦しいなら、奴隷のままでよかった……
     奴隷のままでいれば、畜生が分をわきまえず、麒麟に恋したりしなかった……

     あんたの理想なんて、大迷惑よ――!
     龍と獣が決して混じり合わないよう、カーストでも敷けば良かったんだわ――!!

ラーマ:…………

シータ:私の可愛い子、『獣帝(じゅうてい)シュウ』はまだ赤ん坊にもなっていない。

     殺すなら今よ。
     『獣帝(じゅうてい)シュウ』が、獣の神が生まれ落ちれば、あんたみたいな偽物の王じゃ、ネズミ一匹言うことを聞かなくなる。

ラーマ:龍獣の王が勅命(みことのり)を下す……

シータ:あは。そうよ。
     私に死ねって命じなさい。

     あんたの命令通り、私は死ぬわ。
     でもね――

ラーマ:――ぐはっ。

シータ:龍獣の王の権能は、人間には届かない――

ラーマ:ダイバ、ダッタ……

ダイバダッタ:クックックック――

(毒液の滴る爪がラーマの胸を貫き、麒麟王の顔は見る間にどす黒く変色していく)

ラーマ:蛇の目……

     そうか……ぬしは……

ダイバダッタ:龍と獣と人を統べる、有史以来の覇業を成し遂げた、麒麟王ラーマ。
         最後は呆気ないものだな。

シータ:でも大丈夫? 真人(ブラフマン)なんでしょう?

ダイバダッタ:何を臆しているのだ。
         お前は〝真人(ブラフマン)〟の母であろう。

シータ:……それもそうね。
     私の子が、獣の〝創成の時代(サティヤ・ユガ)〟を築く――!

     なに、この生温い風――
     ――揺れている。

ダイバダッタ:竜巻。そして――

シータ:大地震――!!

ダイバダッタ:麒麟王の時代は夭逝(ようせい)し、末法へ放擲(ほうてき)された――!
         新たなる大時代(マハー・ユガ)開闢(かいびゃく)される――!

         この天変地異は、前時代の残滓を消し去る、祝福の大禍(たいか)だ――!

シータ:あは、あは、あははははは――!!
     壊せばいい! ラーマの築いた王国も、理想も――!

ダイバダッタ:何を笑っている。
         お前も俺の〝創成の時代(サティヤ・ユガ)〟には要らない、前時代の遺物だ。

シータ:地面が割れる――!!!

ダイバダッタ:さらばだ、シータ。
        忌まわしき災いの子『獣帝(じゅうてい)』と共に、太極へ還れ。

シータ:だ、ダイバダッタァァァ――!!!

     きゃあああああ――!!!

ダイバダッタ:クックックック――!!!
        鎮まれ、天帝よ――! 〝真の真人(ブラフマン)〟はここにいる――!
        この俺が、ダイバダッタが〝創成の時代(サティヤ・ユガ)〟の幕を開ける――!!


□14/マガダ国、天変地異の過ぎ去った跡地


金剛神龍:ダイバダッタ――

ダイバダッタ:一足遅かったな。

        マガダ国は消え去った。
        麒麟王の時代は終わった。

        ラーマを殺した、俺が真の真人(ブラフマン)だ。

金剛神龍:誰がそんなことを言ったのだ。

ダイバダッタ:神だ。お前よりも偉大な、天地開闢(てんちかいびゃく)より存在する、世界の(かげ)が俺に告げたのだ。
         天帝は俺に〝新たなる時代〟の創成を命じられる――!!

         神よ、俺に従え――!
         神龍(りゅう)()を捨て、女となって俺に(ひざまず)け――!

金剛神龍:…………

ダイバダッタ:何故だ。何故何も起こらん……!!
         応えよ、蛇王(ザッハーク)――!!

金剛神龍:マーラは、数多の叡智(えいち)の中に、たった一つ、致命の毒となる嘘を混ぜた。
       真人(ブラフマン)を殺した者が、次の真人(ブラフマン)になる。

       そんな事実はどこにもない。

ダイバダッタ:蛇王(へびおう)よ、ヴァジュラ神に宣告しろ――!!
         天帝はこの俺を選んだと――!

金剛神龍:天帝は、我ら神龍ですら計りかねる天意によって、惑星(ほし)を廻しておられる。
       お前如きに推し量れる存在ではない。

       唯一つ確かなことは――

ダイバダッタ:…………!!

        再び地震が――!

金剛神龍:時代が終わる――……
       龍と獣と人の共存を願った、麒麟王の時代が――……

ダイバダッタ:金剛神龍(こんごうしんりゅう)の躯が……黒ずんでいく……
         金剛石の輝きが、泥炭(すみ)に朽ちていく……

金剛神龍:次なる〝創成の時代(サティヤ・ユガ)〟には……神龍(りゅう)の居場所は何処にもないのか……
       次なる時代の意思は、神龍(りゅう)に滅べと……

ダイバダッタ:神龍(りゅう)()を捨てろ――!
         このままでは、お前は死んでしまう――!

金剛神龍:心優しき麒麟よ……お前の創る時代では、神龍(りゅう)を片隅に置いてくれた……
       だがそれは……人間に転生して神龍(りゅう)の因子を継いでいくこと……
       それは神龍(りゅう)であって、神龍(りゅう)ではない……

       (わし)は……金剛神龍(こんごうしんりゅう)として、歴史に消える……

ダイバダッタ:雷霆(いかずち)――!

        ヴァジュラ神――!!!

(大地震と稲光の荒れ狂う天変地異の中を這って進み、ダイバダッタは堅炭と化した金剛石の龍の亡骸の前で落涙する)

ダイバダッタ:おお、ヴァジュラ神……

        俺はお前が欲しかった……
        お前は宝石のように気高く、手の届かない高みにあり、俺の心を掻き毟る。

        そうだ、お前は宝石だ。
        お前は俺を狂わせた。

        お前を盗み出そうと、天魔(マーラ)の囁きに乗り……
        友を殺め、国を潰し、お前は砕け散ってしまった……

        赦してくれ……
        ヴァジュラ神、ラーマ、シータ、国中の民よ……

        赦してくれ……

ラーマ:――赦そう。

ダイバダッタ:――!?

ラーマ:離れよ、蛇王(へびおう)
     もはやこの者は、お前の傀儡(くぐつ)にはならん。

(ダイバダッタの耳から、二匹の小さな毒蛇が逃げ出し、ラーマの足で踏み潰される)

ダイバダッタ:ラーマ、すまぬ……!

ラーマ:いいのだ……
    〝真人(ブラフマン)〟として生を()けたときより、ぼんやりとわかっていた。
     朕は天寿を全うして逝くことはないと……

     朕は新たなる時代の土台を築き、そこで果てる……
     発展の時代を、(こころざし)を同じくする、誰かに託し……

ダイバダッタ:何を悟っている……!
        それでは、お前は人形ではないか。
        時代の、天帝の――

ラーマ:かもしれぬ……だから朕は欠落しておった。
     淡々と……芝居の脚本をなぞるように、覇業を為したであろう……?

ダイバダッタ:違う――! お前は困惑し、胸を打たれた――!
        シータの割れ鐘のような呪いを聞き、俺の爪に貫かれて――

ラーマ:うむ……朕は生きたぞ。

ダイバダッタ:お前は……何を望んでいた……
         麒麟王としてのお前ではなく、人間としてのお前は……
         何を愛し、何を――

ラーマ:…………

    ヴァジュラ神よ。

ダイバダッタ:――――!!

パールヴァティ:大時代(マハー・ユガ)の砂時計は壊れなかった。
          お前の時代に引き戻された。
          神龍(りゅう)人間(ひと)として生きることを命ずる、麒麟王の時代に。

ラーマ:どうか……朕の大時代(マハー・ユガ)を見届けてくれ……
     龍と獣と人が共存する、麒麟王の時代の(すえ)まで――

パールヴァティ:絵空事だ。幕開けして十年、お前の時代は生まれ損ない、未熟児のまま死ぬ。

ラーマ:その通りだ……しかし全ての時代(ユガ)を経れば、次の大時代(マハー・ユガ)では――

パールヴァティ:さらなる未来に託すつもりか。

ラーマ:そう、朕の意志を継ぐ者が創る大時代(マハー・ユガ)であれば――
     それまで、龍と獣と人の共存する世界を――

ダイバダッタ:……護って見せよう。如何なる手段を使っても。

ラーマ:天帝よ、麒麟王ラーマの大時代(マハー・ユガ)は、まだ終わっておらぬ――!
    〝創成の時代(サティヤ・ユガ)〟が終わり……〝発展の時代(トレタ・ユガ)〟を継ぐ――!

     我が友、ダイバダッタへと――!

パールヴァティ:――死んだ。

          天変地異は起こらん。
          天帝は麒麟王の時代(ユガ)が、次なる時代(ユガ)に遷ったと叡断(えいだん)された。

ダイバダッタ:…………

パールヴァティ:わしが欲しかったのか。

ダイバダッタ:……聞こえていたのか。

パールヴァティ:宝石か。

ダイバダッタ:……お前は美しい。

パールヴァティ:……それだけだ。

ダイバダッタ:それだけで、誰もが魅せられ、狂うのだ。

(無機質な美貌に微かな憂いを含ませたパールヴァティは、ダイバダッタに近づき、静かに唇を重ねる)

パールヴァティ:お前の手に落ちてやる。

ダイバダッタ:…………

パールヴァティ:続きは、どうすればいい。

ダイバダッタ:……誰のものにもなるな。

パールヴァティ:……何だと。

ダイバダッタ:お前は神龍(しんりゅう)だ。
        誰かのものになっては、神ではない。
        誇り高く、誰にも届かぬ雲の高みで輝き続けろ。

        それこそが、俺の焦がれた金剛石の龍なのだ――!

パールヴァティ:……後悔するぞ。

ダイバダッタ:であろうな。

        しかし何故――

パールヴァティ:気の迷いだ。二度はない。

ダイバダッタ:……ありがとう、ヴァジュラ神。
        俺には口づけだけで、身に余る。

        もう十分だ……

パールヴァティ:征け、ダイバダッタ。

          お前の破壊した、麒麟王の遺志を受け継ぐ国を興せ。
          そこでお前は、最初の皇帝――始皇帝となるのだ。

          わしは見守っている。
          お前の世界の片隅で――


□15/生と死の狭間、太極の渦へ落ちゆくシータ


シータ:うう……痛い……暗い……
     ここは……どこ……

天魔神龍:此処は生と死の狭間。
       (なれ)は太極の渦へ落ち逝く。

シータ:ラーマ……ラーマは……

天魔神龍:ラーマは死んだ。
      しかし麒麟王の遺志を継ぐ者が、マガダ国を凌ぐ大帝国『龍仙皇国(りゅうせんこうこく)』を築き上げる。

シータ:なん、ですって……

天魔神龍:案ずるな。
      ラーマの遺志が受け継がれたように、お前の遺児も、『龍仙皇国(りゅうせんこうこく)』に幾度と災いをもたらす、皇国の宿敵となる――

シータ:あは……私の子……獣の神……『獣帝(じゅうてい)シュウ』……

天魔神龍:太極の渦が近い。(なれ)は虚無に還る。

シータ:私は……消える……

天魔神龍:眠れ。未練も悔恨も、今生(こんじょう)で背負ってきた重荷を手放して無に帰する。
       其処は静かな安寧(やすらぎ)だ。お前は天命を全うした。

シータ:ラーマ……龍と獣の王……麒麟……

天魔神龍:死して尚、想いに縛られるか。

       良かろう。
       閻魔(えんま)の洗礼を拒むならば、天狗道へ堕ちよ。
       (なれ)天魔(てんま)(ともがら)として迎え入れよう。

シータ:あなたは……誰なの……

天魔神龍:我吾(われ)(かげ)なり。
       お前も皇国の宿敵として、転生(てんしょう)せよ。

       幾度となく――
       時に母として、時に想い人として、麒麟と輪廻の輪を巡る。

       やがてお前の忌み子、『獣帝(じゅうてい)蚩尤(シュウ)』も(たお)される時がやってくる。
       その時、目覚めるのだ。新たなる災厄として。

       其迄(それまで)眠れ。
       遙かなる未来の災厄、九尾狐(きゅうびのきつね)よ――




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