ゲネシスタ-隕星の創造者-
14話-輪廻断絶-
★配役:♂3♀3=計6人
18歳。
黒髪黒瞳の
華僑である両親を早くに亡くし、少なからぬ遺産で悠々自適の生活を送りながら中央官僚を目指す書生。
――という肩書きで、龍仙皇国を流離う『始皇帝』の落胤。
父親は龍仙皇国の『始皇帝』こと『
母親は『
本来なら異系譜の降魔同士で受精は起こらず、稀に受精に至っても奇形や虚弱など遺伝子疾患を抱えているケースが多数を占める。
しかし戴黄麒は両親の
ダイノジュラグバとギオガイザーの二系譜を跨る
二系譜の
ただし、本物の
ダイノジュラグバとギオガイザーの混血から産まれた『麒麟』は、龍と獣の天敵であり、新種の
封星座珠:【瑞兆角】
長い若白髪で左目を隠す
白皙の貌には、
灰色狼の毛皮を羽織っており、毛皮の下には牙と爪の絡み合った異形の腕がある。
ギオガイザー系譜の
後に同系譜の
ギオガイザー系譜の降魔は、負傷すると細胞が万能細胞化する特性を持ち、生命力が著しく高い。
檮杌は万能細胞化による修復のみならず、以前より強靱な体組織を作り上げる性質を持つ。
その好戦的な気質から、命を落とす個体も多いが、歳月を経た檮杌は獰悪極まりない妖獣となる。
かつて
瀕死の重傷を負った妖獣『檮杌』の体は、原型を逸脱した新生組織として再生させた。
左眼は万物の奇穴を視る『
この血の蒸気は、ダイノジュラグバ系譜の
これらの三種は『檮杌』には本来あり得ない体組織であり、生物学上は
主君の仇である
緑閃石の髪と大理石の素肌を持つ猩人の女。
猩人の証である顔の墨紋も、石の紋様ように独特なものになっている。
火竜の息吹も払う石綿の衣を纏い、岩を砕く『
ギオガイザー系譜の
石や鉄を喰らう窮奇の中でも別格の存在であり、鉱物の組成を一瞬で変形させて融合する『岩盤結合』によって己の皮革を築く。
『
猩人たちの任侠集団を取り纏める『
分厚い瓶底眼鏡を掛けた、猩人の男。
柔和な笑みを浮かべる顔を覆う墨紋は、微笑みとは不釣り合いに力強く荒々しい。
ギオガイザー系譜の
化身を解いた姿は、手も足も無い盲目の河馬に似た妖獣で、周囲の物質を手当たり次第に吸い込み、エネルギーに変換する。
分厚い皮膚の下の内臓はマイクロブラックホールとなっており、饕餮の本質は、万物を飲み干す『餓える黒点』である。
死亡するとマイクロブラックホールが炸裂するため、倒さずに封じるか、殺害場所を考慮しなければならず、仙人たちを大いに悩ませた。
貪欲な性癖は、食べ物だけでなく知識にも及んでおり、仲間からは知恵袋としても重宝されていた。
唐紅の髪をした
闇商人魏難訓に『
ギオガイザー系譜の
全身を覆う墨紋の正体は、数多の獣の遺伝子が色素沈着の形で表出したジャンクDNA。
その本質が万能細胞塊と遺伝子プールである『渾沌』に、『生物としての死』はほとんど存在しない。
少数のジャンクDNAから構成された『人格』の一つが死んでも、再生可能な程度の肉体が残っていれば、新たな『人格』が誕生する。
『朱紅楼』もまた『渾沌』の中に産まれては消えていった『人格』の一つである。
三年前、『麒麟王』の起こした反皇国革命『麒麟の世直し』の際に死亡している。
彼女の残した亡骸は、様々な種を残し、『末法獣』の誕生に繋がる。
朱い錆色のざんばら髪が振り乱れる
貌を含む全身を隈無く覆う墨紋は、地煞星の刻印を通り越して、墨刑を科された古代の罪人を思わせる。
ギオガイザー系譜の
任侠集団『末法獣』の頭目である『菩薩様』の影であり、各地に出没しては狂獣病をばら撒いていく。
朱い眼をした
剃髪した頭から顔の左半分までを獣面瘡に侵されており、顔の原形は判然としない。
普段は尼頭巾を目深く被っている。
龍仙皇国で猛威を振るう任侠集団『
ギオガイザー系譜の
朱紅楼の遺伝子から発生した存在であり、遺伝的には同一の個体といえる。
※今回の話には登場しません
銀髪黒瞳の
妲己とは、ギオガイザー系譜の
ギオガイザー系譜の
ただし完全な降魔ではなく、半降魔という、降魔が途中で止まった存在。
元々は黒髪黒瞳の平凡な東洋系の顔立ちの
三年前に出現した『渾沌』によって、九尾の狐の魄に感染。
黒髪は銀色に染まり、地味だった顔立ちも、並外れた美少女のものとなる。
存分に遊び尽くした蘇妲己は、人生そのものに飽き、世界の破滅を望み、『末法獣』へと身を投じる。
ギオガイザー系譜の
『傾国の美女現るるところに九尾の影あり』と言わしめるほど、悪名高き妖女妲己を始めとして、数多の美女に化けて時の為政者を誘惑し、国体に亀裂を入れ、数多くの国を滅亡に導いた。
傾国の美女たちは
仙人を模することもあり、異邦人であることもあり、変幻自在にして神出鬼没。
龍仙皇国の宦官たちも、長らく黒幕たる九尾に辿り着かなかった。
九尾の創り出す美女たちは、ただ美しいだけではなく、出会いから親密になる過程まで計算しつくされた物語を持っていた。
皆我知らず、九尾の書いた恋愛物語の舞台の主役に抜擢され、愛欲の泥沼に沈んだ。
創成にも長けており、伝承通りの変化や幻惑は元より、遺伝子操作から因果律の解明まで熟知していた。
元は
(※作中に登場するのみで、セリフはありません)
※ルビを振ってある漢字はルビを、振ってない漢字はそのまま呼んでください。
ゲネシスタwiki 劇中の参考になれば幸いです。
□1/古寺の瓦礫の山に鎮座する九尾狐と、傍らで哄笑する蘇妲己
戴黄麒:金の瞳、銀の髪……
妖艶で儚げな
母上――……!
蘇妲己:おうきちゃんマザコン?
戴黄麒:違う……母上ではない。
母上はこんな下卑た笑いはしない……
着物の下から押し上げる豊満なバストは何処だ。
面影すらない、
蘇妲己:超キモいんですけど。幻滅。
戴黄麒:しかし……あまりにも母上の面影と重なる……
似ているわけでもないのに、何故これほどまで……
白狼琥:若の錯覚も無理はございません。
色と匂いです――
玉藻様の匂い立つ憂いに満ちた儚げな香りと、この雌狐の便所のような体臭――
信じがたいことですが、同じ匂いなのです――
戴黄麒:濃度によって匂いの性質が変わる、インドールやスカトールのようなものか。
白狼琥:不肖白狼琥には、それがわかりかねますが、この雌狐には似合いの語感です。
蘇妲己:あんたら、おいなりさん蹴っ飛ばすわよ。
戴黄麒:蘇妲己、いや九尾の狐――
あなたは何者だ。
俺の母……玉藻前なのか……?
蘇妲己:古代王朝『
九尾の化身と言われた傾国の美女たち。
彼女たちは同じ存在だったのかしら?
戴黄麒:
蘇妲己:
戴黄麒:……ハク、お前は全て知っていたのだな。
白狼琥:はい。
戴黄麒:翠艶も貪虚も、名も無き渾沌も――
お前の創造主である
蘇妲己:白狼琥ちゃんは誰も裏切ってないわ。
前世で失った
おうきちゃん、あなただって結び直せるのよ。
前世でほつれた
(九尾狐が一声鳴くと、散らばった殺生石の細石が脈打つ肉片となり、這い寄り群がって三つの人影を形作る)
朱紅楼:ア、アア……
翠艶:ハ――……
貪虚:ウ、ウウ……
戴黄麒:紅楼……
翠艶、貪虚……
朱紅楼:ア……ウゥ……
戴黄麒:空蝉だ――!
姿形は同じでも紅楼ではない――!
蘇妲己:そうねえ。
でも、これならどう?
(蘇妲己の手より飛び立った一匹の狐霊は、朱紅楼の顔面へ疾りながら、半透明の狐面へと変じ、虚ろな顔貌に覆い被さる)
朱紅楼:ア、ウウ――!!
(狐面に貼り付かれ、顔面を押さえながら悶える朱紅楼)
(ふいに呻き声は止み、そっと下ろした手の平から覗いた顔には、困惑が浮かんでいた)
朱紅楼:
戴黄麒:紅楼……
朱紅楼:ここはどこ――?
世直しは、
戴黄麒:記憶が、魂が三年前のまま戻っている……
蘇妲己:どお、魂の創成は?
戴黄麒:魂の創成だと――?
蘇妲己:さっきの狐のお面、
記憶を寄せ集めて造った人格に、そっくりそのまま成り切ることが出来るの。
九尾ちゃんのお化粧道具? みたいな?
これを自分じゃなくて他人に使ってみたら――って思い立ったのがきっかけ。
渾沌から生まれた空蝉に、仮初めの人格を被せたら――
戴黄麒:翠艶も、貪虚も――
蘇妲己:せいかーい。
生前とそっくり同じ姿と記憶を持った――空蝉じゃなくて、転生よぉ。
(九尾の尾から飛び立った二匹の
翠艶:永きに渡る流浪の日々でした……ようやく半万年の悲願が叶った。
貪虚:窮奇、檮杌、饕餮、渾沌、此処に妖獣四天王が集結しました。
翠艶:九尾様、どうぞ我らに首輪を。
貪虚:九尾様、我らの主、
蘇妲己:前世と現世を擦り合わせてみましたぁ。
これなら虐められないですむわよねぇ、白狼琥ちゃん?
妲己ちゃん優しいぃ。
白狼琥:…………
貪虚:ハッくん、どうしてそんな浮かない顔をしているんだい?
翠艶:半万年の時を経て、我々は集結しました。
貪虚:もう一度、あの
翠艶:
貪虚:九尾様と――
翠艶:我らの主、
蘇妲己:余計な記憶は抜け落ちて、自分で考えてるつもりでも、最後は妲己ちゃんの望み通りに働く――
九尾の前肢で
戴黄麒:これが魂の創成なのか……
こんなものが……
朱紅楼:
ずっと一緒――
戴黄麒:……お前を殺した、俺の苦しみも哀しみも――
前世の
お前の死をきっかけに生まれた
蘇妲己:面倒くさいわぁ。じゃあ死ぬ前の赤猫ちゃんにすればいいわけね。
仲直りのおままごとがしたいんでしょ?
戴黄麒:――やめろ。
それ以上、紅楼の魂を
蘇妲己:はぁ? なに青臭いこと言ってるの?
魂なんて、過去の記憶の集積からなる、思考様式でしょ。
御破談に繋がる記憶は全部消して、やり直させてあげたのに。
バチが当たるわよ。
肆兇:
白狼琥:
蘇妲己:あは。せっかくの縁結びを無下にした天罰ね。
穢れきった腐れ縁が引導を渡してくれるみたいよぉ。
肆兇:
戴黄麒:紅楼……
蘇妲己:私、馬鹿は嫌ぁい。さっさと死ねば。
大丈夫、次はお利口に転生させてあげる。
肆兇:
戴黄麒:――すまなかった。許してくれ。
肆兇:…………
白狼琥:肆兇が動きを止めた。
肆兇:
白狼琥:肆兇の眼に、意思の光が……
戴黄麒:
お前は俺の望んだ通りの……俺を憎む醜い化け物として、紅楼の亡骸から生まれたのだな。
朱紅楼:あれは誰?
あれは紅楼……
紅楼が二人……
じゃあワタシはダレ……
肆兇:
朱紅楼:同じ魂は二つはいらない……
肆兇:
朱紅楼:
肆兇:
(肆兇の纏う襤褸布から飛び出した妖獣の顔が朱紅楼を貪り食っていく)
蘇妲己:なにこれ……何なの……
戴黄麒:ドッペルゲンガー現象……
自分と同じ人間を見たものは死ぬとされるが……
蘇妲己:翠艶、貪虚。
麒麟と渾沌を殺しちゃって。
翠艶:うう、うう……
貪虚:ううう……
白狼琥:姐さん、ドン――
翠艶:わからない……
初めて拝顔した遠い記憶、幾多の闘争、
欠落している……
私の魂の
貪虚:僕は愛したものを憎み、憎んだものを愛している……?
記憶も、心も、バラバラだ……
怖いよ……
誰かが頭の中をいじり回していったかのようだ……
戴黄麒:
植えつけられた記憶が、過去の自分との矛盾に耐えきれず、自我が崩壊していく……
翠艶:そう、思い出した……
私は三千年の昔に死んでいる……
ならば、此処に生きている私は……
貪虚:誰なんだ……?
僕も、翠艶も……
あああ、あああ……
わからない、わからない……
殺してくれ……僕が僕であるために……
翠艶:今、楽にしてあげます。
(地面から突き出した無数の土角に、錯乱する貪虚の体が貫かれる)
貪虚:ありがとう、翠艶……
翠艶……?
翠艶って……誰、だろう……
翠艶:……私もすぐに後を。
私が私でなくなってしまう前に……
私の意思で、私の魂の尊厳を守る……!
(翠艶も土角の一つをへし折り、自らの腹部に突き立て絶命する)
蘇妲己:白狼琥、饕餮を始末して。
ほっとくと爆発するから。
(貪虚の亡骸から始まる重力崩壊に、牙と爪の腕が突き込まれ、渦巻く黒点を消失させる)
白狼琥:…………
おい雌狐、本当に魂の創成は出来るんだろうな。
こんなもの……俺の姐さんや相棒じゃねえ……
蘇妲己:はいはい、ちょっと失敗しただけじゃない。
あいつらが出来損ないなだけ。
魂に偽物も本物も無いわ。
戴黄麒:出来損ないはお前の創成だ、九尾。
心を欺くことは出来ても、魂を作り変えることは出来ないんだ。
蘇妲己:何カッコつけてるの。超寒いわぁ。
私が直接殺しちゃえばいいんだし。
戴黄麒:九尾の尾から夥しい数の狐の降魔が――
肆兇:おうき――!
戴黄麒:――!
肆兇:あ、あ、あ、あ……
(肆兇の体は管狐に覆い尽くされ、肉と骨を砕く咀嚼音が響き渡る)
肆兇:運命は変えられたね……
戴黄麒:紅楼――!
肆兇:
生まれ変わっても……
ずっとずっと……おうきを……
(管狐が飛び去った後には、一片の骨も残らず、朱い血と涙の痕だけが、朱紅楼の存在を示していた)
蘇妲己:カッコ悪ぅい。女だけ先に逝かせちゃって。
えっちじゃないのよぉ。
戴黄麒:…………
蘇妲己:おうきちゃんもすぐ三途の川を渡らせてあげるわぁ。
はぁい、目を閉じて念仏唱えてねぇ。
戴黄麒:失せろ、
白狼琥:
蘇妲己:
(九尾の尾に灯る燐火が膨れ上がり、火球となって飛来してくる)
戴黄麒:
白狼琥:相殺……麒麟の権能。
戴黄麒:
地を這う
(黄麒の額に伸びる麒麟の角が輝きを放った瞬間、九尾の尾が振られ、軽々吹き飛ばされる)
蘇妲己:バーカ。
ちょっと珍しい創成が使えたって、
戴黄麒:くう……
蘇妲己:ぬらりひょんみたいな降魔ね、麒麟って。
いつの間にか
でも、偽物でも本物でも、所詮は
戴黄麒:…………
蘇妲己:でも面白いわ。
戴黄麒:……龍獣の王の呼び声に応えよ。
蘇妲己:じゃあねえ、おうきちゃん。
生まれ変わって、また会いましょ。
戴黄麒:九つの尾に
偽りの記憶を破り、叛逆の輝きを示せ――!
白狼琥:
蘇妲己:――!
殺す――!
(九尾狐の躯が疾駆して黄麒に迫った直前、地面より聳え立った巨躯が真正面から受け止める)
巌災公主:ぬううう――……
蘇妲己:翠艶……!
巌災公主:ふん――!
蘇妲己:――!
(軽々と放り投げられた九尾を待ち受けるかのように、暗く渦巻く黒点が重力波を放つ)
饕餮:オオオオ――!!!
蘇妲己:――――!
(九尾の躯は渦巻く黒点を逃れる稲光となり、電光石火の速さで地上に墜ちる)
巌災公主:軽い。骨と肉だけでは
饕餮:あーあ、食べ損ねたなぁ狐汁。
白狼琥:姐さん、ドン……!
蘇妲己:何でよ!? 何でこいつらが……
戴黄麒:
俺とお前の権能に、そう大きな差は無いと。
蘇妲己:翠艶、貪虚――自害しなさい。
巌災公主:魂の創成、
饕餮:神様のつもりなのかい……
蘇妲己:なんで、なんで言うことを聞かないの……
巌災公主:いいでしょう――
ならば私は、神に叛逆する――!
饕餮:これが僕たちの魂の力だ――!
戴黄麒:やはり……九尾の権能と、俺の権能は拮抗している。
巌災公主:魂の勝利です。
戴黄麒:そうだ。拮抗しているところに、おまけ程度にお前たちの魂が上乗せされた。
饕餮:感じ悪いなぁ王様。
戴黄麒:翠艶、貪虚。
奴は
お前たちでも十分勝機はある――!
巌災公主:
饕餮:まあまあ。でも今が絶好の機会なのはその通りだ。
(意識が纏まりつつある三者に、白い爪と牙の散弾が降り注ぐ)
檮杌:逃げろ、雌狐――!
饕餮:ハッくん。
檮杌:こいつらは俺が引き受けた。とっとと
蘇妲己:素敵ぃ。白狼琥ちゃんの願いは、後で必ず叶えてあげるわ。
戴黄麒:あくまで九尾に忠誠を尽くすか。
いいだろう、まずはお前を片付けてやる。
巌災公主:黄麒様、貪虚。九尾を追いなさい。
白狼琥には、私がお灸を据えておきます。
饕餮:ハッくんを殺すのは――
巌災公主:殺しはしません。半殺しです。
饕餮:ええっ――?
巌災公主:力の加減は難しいのですよ。精神と肉体に余裕がないと。
あなたたちでは、
どちらかでしょうからね。
檮杌:黙って聞いてりゃ、言いたい放題言ってくれるじゃねえか。
巌災公主:征きなさい。
戴黄麒:わかった。後は任せたぞ。
檮杌:追わせねえ――!
巌災公主:
(巌災公主が無造作に振るった前肢が巨大化し、土塊となって檮杌を襲う)
檮杌:――!
(空中で身を捻り、檮杌は地面に着地。遠く離れた場所で土塊の落ちた轟音が轟く)
巌災公主:久々ですね。喧嘩ごっこは。百戦百敗でしたか?
檮杌:だが百一戦めで、テメエを殺した。
巌災公主:負けは負けです。勝ち星はあげますよ。
ただしもう不意打ちは許しません。
檮杌:いつまでもテメエが四天王最強だと思うなよ。
巌災公主:三千年など流るるが如し。
地層よりも古く深い、巌災公主の深奥には到底届かぬと知りなさい。
□2/涿鹿山林、丑三つ時の闇の中
戴黄麒:付いてきたのはお前のほうか。
大丈夫か?
負けてるところしか見たことがないんだが。
貪虚:酷いなぁ、王様。
戴黄麒:まあいい。
饕餮は妖獣四天王は元より、ギオガイザー系譜でも最高位の降魔だと言う。
ポテンシャルはあるはずだ。
俺が上手く指揮してやれば役立つだろう。
貪虚:なんかもう慣れてきちゃったよ。
真面目に受け取るから腹が立つんだよね。
こういう生き物だと思えば、害もないし、まあいいや。
それより王様。蘇妲己のこと、気づいたかい?
戴黄麒:不覚だが、奴の身の上話を鵜呑みにしていた。
不幸にも降魔化した、ただの
今となっては全て嘘なのだろう。
奴は九尾の
貪虚:いや、蘇妲己は九尾の
たぶんだけど、あの子も――
(暗闇の林にやおら燐火が灯り、地面に落ちて瞬く間に燎原と化す)
戴黄麒:
貪虚:林に落ちて燃え広がるよ――!
蘇妲己の声:役立たずの
貪虚:因果応報。他人の魂を玩ぶ者は、自分の魂も玩ばれる。
覚えておいてね。
蘇妲己の声:あは、負け惜しみ。
祟りがあると嫌だから、屍ごと食い散らしてあげる。
戴黄麒:
火炙りにしながら喰い殺そうという算段か。
貪虚:王様は創成の無効化ができたよね。
戴黄麒:俺の角が届く範囲ならな。
貪虚:上手く避けてね。
戴黄麒:な――
貪虚:オオオ――!!!
(貪虚の顔に走る墨紋が発光すると、周囲に星図が浮かび上がり、不可視の力が渦巻き出す)
蘇妲己:重力の螺旋……!
戴黄麒:管狐も狐火も俺まで……
(重力渦から逃れ出た戴黄麒は、貪虚の真隣に移動して一息つく)
戴黄麒:はあ、はあ……
土砂ごと捲き上げられ、重力渦動の衝突と摩擦で碎かれていく……
貪虚:僕は怒ってるんだ、
お前のことは許さない。
ガアアアアアアオオオオオオオ――!!!
(苦悶の表情を浮かべる貪虚の口腔から、黒く渦巻く球体が吐き出されてくる)
戴黄麒:人面が渦巻く黒い球体……
貪虚:ぐはあああ――……!!!
戴黄麒:外したぞ――!
貪虚:まだまだ……これからさ。
蘇妲己:くう、ううう……
戴黄麒:九尾が引き寄せられていく――
蘇妲己:きゃああああ――!!!
貪虚:
(周囲の木々や土砂を手当り次第に吸い寄せ、九尾狐までも呑み込んで、膨張を続けた人面黒点が動きを止める)
(一拍後、凄まじい高熱と衝撃波が撒き散らされ、人面黒点は消滅する)
戴黄麒:あの創成は――
貪虚:王様好みに説明すると、マイクロブラックホールの生成。
成長限界まであらゆる物質を飲み込んだ後は、ホーキング輻射によって、内部の質量を熱量に変換して炸裂させる。
吸引と炸裂、二段構えの創成さ。
皇国の伝承では
戴黄麒:要らん。
……お前ひょっとして、
貪虚:え? 王様の評価がうなぎ登り? ちっとも嬉しくない。
戴黄麒:黙れ。
お前……俺の前では一度も本気を出していなかったな。
貪虚:そういうわけじゃないよ。
僕は自分の力が怖いんだ。
制御出来なくなると、僕自身を喰い尽くし、周りにいる人や物まで虚無に還す。
戴黄麒:自分の力が、自分を臆病にさせているのか。
貪虚:勇猛で自信に溢れた饕餮もいたよ。
でも今はいない。みんな自分の虚無に呑まれてしまった。
戴黄麒:……それにしても呆気なかったな。
貪虚:嫌な予感がするんだ。僕が臆病なだけかな。
戴黄麒:いや、その予感は当たっている。
貪虚:
(樹林の陰から、土中から飛び出した管狐の群れが黄麒と貪虚に殺到する)
戴黄麒:やはり……死んだのは替え玉か!
貪虚:い、痛い痛いよ。全身を齧り取られる。
戴黄麒:失せろ、
蘇妲己の声:まだまだ本番はこれからよぉ。
(樹木の一本が香煙を噴き出し、麝香の匂いを漂わす煙幕から九尾の影が躍り掛かる)
貪虚:うわあ――!
蘇妲己:あんたを殺せば、巻き添えで麒麟も消滅ね――!
戴黄麒:心中相手にお前たちは死んでもごめんだ。
(麒麟の角が深々と九尾を貫き、短く鳴いて九尾の体がどうと横たわる)
貪虚:九尾が肉弾戦を仕掛けてくるなんて想像もしなかったよ。
戴黄麒:見ろ。
貪虚:え?
戴黄麒:わからないのか。こいつの尻尾が。
七つだ。
貪虚:あ――
蘇妲己の声:あは。バレた?
戴黄麒:分身か。
蘇妲己の声:さあ、何かしら?
戴黄麒:尾の一つを代償に蘇生する――
恐らくは肉体と魂のクローンの創成。
貪虚:でも僕のマイクロブラックホールは脱出不能。
尻尾も本体も丸ごと質量爆発に変わる。
戴黄麒:……どういうことだ。
蘇妲己の声:教えてあげなぁい。
恋って秘密が多いほうがドキドキするじゃない?
戴黄麒:この九尾は紛れもなく屍――
蘇妲己の声:調べたって無駄よぉ。肝心なところは持って行ってるんだから。
貪虚:うわあ、おっぱい。
戴黄麒:狐じゃあな……
蘇妲己の声:ちょっと、止めてくれない? あんたら変態?
戴黄麒:毛皮には使えそうだ。
貪虚:ハッくんが好きなんだよなぁ。
蘇妲己の声:……死と同時に空蝉を創るまでは正解よ。
でも引き金は、死んだという結果ではなく、死するという因果。
尾の一つ一つが
戴黄麒:運命の先読み……!
故に塵一つ残さない消滅からでも蘇生した……
蘇妲己の声:次元が違うのよ。カミサマだもん。
戴黄麒:どうということはない。あと七回殺せばいいということだろう。
貪虚:凄いポジティブシンキング。
戴黄麒:合理的楽観だ。
行くぞ、貪虚――!
貪虚:ちょっとだけ、君を尊敬したよ。
□3/夜更けの涿鹿山、山頂に掛かる雲海を破る岩石巨獣
巌災公主:オンキリキリバサラウンハッタ ――
オンキリキリバサラウンハッタ――
オンキリキリバサラウンハッタ――
(真言を唱える度に巌災公主の躯骨が膨張し、岩石の皮革が盛り上がる)
(造山運動の励起により巨大化していく巌災公主は、山の頂に掛かる黒雲を破る岩柱となって聳え立っていた)
巌災公主:また目線が遠くなりましたね。
檮杌:戦場のど真ん中に馬鹿みたいに突っ立ちやがって。
巌災公主:私の
私が
堪能しなさい。
高き者より下界に施す、
(巌災公主が掌を翳すと、五つの指先が崩れ、岩石霰となって地上へ零れ落ちる)
檮杌:岩石爆撃――!
(爆音と土煙が噴き上がる落石爆撃の最中を、檮杌は白き疾風となって回避移動する)
巌災公主:釈迦の
檮杌:くそっ……グオオッ――!!
巌災公主:命中。圧殺。
檮杌:ハァ、ハァ……オオオオオ――!!
(岩石の下敷きとなって大打撲と複雑骨折を負った檮杌は、雄叫びと共に起ち上がる)
(折れた背骨が岩石の直撃を凌ぐ柔靱さを備え、破断して血に塗れた筋肉は硬質化して岩石を跳ね返す玄武の甲羅となった)
巌災公主:折れた骨は落石にも耐える靱性を備えて繋がり、
流石は檮杌です。戦えば戦うほど強くなる。
ではこれならどうです?
(地面が流動化し、逆巻く泥濘となって檮杌に襲い掛かる。獣の本能で飛び退った白狼琥の眼に映るのは、凝固した泥の波)
檮杌:
巌災公主:現代ではコンクリートと呼ぶそうですね。
檮杌:岩盤結合――
巌災公主:つまらぬ
それでも下等な
そこですか。
(巌災公主が振り向きもせず呟くと、地面が間欠泉のように爆発)
(辛うじて回避した檮杌の四肢と毛皮には、重しとなる凝土が凝固していた)
檮杌:グズグズしていると凝土地獄に埋められちまう。
巌災公主:地獄は大地だけではありません。
地獄の空にも
檮杌:岩石落とし――視えるぞ。
もうこんなものは屁でもねえ。
今の俺には、
(巌災公主の掌から零れ落ちる落石爆撃を、檮杌は超反射の身体能力で駆け昇る)
巌災公主:早い――
(岩石落としの掌を引っ込めるも、檮杌は既に巌災公主の巨体に跳び移り、背腹を縦横無尽に疾風の勢いで掛けていく)
檮杌:見つけたぜ、テメエの奇穴を――!
一撃必殺――……これで山を丸ごと解体だ――!
(檮杌の尾が巌災公主の眉間に吸い込まれ、巨大な犀の顔に亀裂が走る)
檮杌:手応え無し――……!?
翠艶の声:勝負に出てくると思っていました。
(瓦礫となって崩落していく犀の顔の中心で、翠の猩人が冷厳と呟く)
檮杌:
翠艶:空振りです。私の奇穴はここにあります。
檮杌:くそったれ――!
翠艶:当たりませんよ。
足場は消えました。
王手です。
檮杌:…………!!
翠艶:奥義『
歓喜なさい。
(巌災公主の巨躯が鳴動し、激震と共に山体崩壊を起こす)
(夜闇を揺るがす轟音。山頂から麓へ土石流が荒れ狂い、山林を根こそぎ破壊して、涿鹿山に巨大な爪痕を刻んだ)
白狼琥:う、うう……
(粉塵の立ち込める土砂崩れの下から、全身血塗れになった白い猩人が這い出してくる)
翠艶:息はありますね
白狼琥:やっぱりあんたは強えな……
俺も、強くなったつもりだった……
だが、まるっきり敵わなかった……
翠艶:何をヘラヘラ笑っているのです。
白狼琥:あんたが変わっていなくて……
あんたにはいつまでも、強くておっかねえままでいて欲しかった……
それでこそ、俺の姐さんだ……
翠艶:勝負に負けて笑うでない――!
白狼琥:…………!
翠艶:泣いて悔しがる。それが道理です。
いつからお前は、誇り高き敗者から、無様な負け犬に成り下がったのですか。
白狼琥:…………
翠艶:私など早急に乗り越えなさい。
お前は生きているのですから。
白狼琥:姐さん……
翠艶:片をつけてきます。
□4/涿鹿山林、地鳴りの響く林道
戴黄麒:巌災公主が崩れ落ちていく……
貪虚:心配はいらないよ。
あれは翠艶の奥義『
山体崩壊の大質量で、街を潰し、森を砕き、川も埋め立て、土砂の下に埋める。
やっぱ凄いや、翠艶は。
戴黄麒:奴の心配などしていない。
どうする。俺たちも土砂崩れに巻き込まれるぞ――!
貪虚:あ。
戴黄麒:貴様が何とかしろ。
貪虚:ええっ、僕?
戴黄麒:そうだ。さっさと吸い込め。
貪虚:人を掃除機みたいに言わないで欲しいなあ。
(山頂から崩落してくる岩石と土砂の氾濫は、林の木々を薙ぎ倒し、大地の波濤となって荒れ狂う)
(視界を埋め尽くす土砂の壁が、局所発生した黒点に塞き止められ、二股の土石流となって中腹から麓に流れていく)
戴黄麒:……収まったか。
辺り一面、山林が禿山と化している……
貪虚:おえっぷ……胃袋が爆発しそう。
翠艶:ご機嫌よう。
戴黄麒:貴様、俺たちまで生き埋めになるところだったぞ――!
翠艶:この程度の災難で死ぬのなら、あなたの天命はそれまでということです。
戴黄麒:白狼琥はどうした。
翠艶:半殺しにしてきました。
戴黄麒:そうか。残るは本尊のみとなったな。
(隕石灰を孕んだ旋風が吹き荒ぶ最中、宙空に星図が描かれ、残す尾を一つとした妖狐と女が実体化していく)
蘇妲己:はあ、はあ……
戴黄麒:残る尾は一つ。
もう後がないぞ、九尾――いや一尾か。
蘇妲己:死なない……私は死なないっ……!!
絶対に死ぬもんか――!!
翠艶:死にたがりの家出娘が、嘘のような生への執着です。
蘇妲己:生きてる意味がなかったからよ……!
私、頭悪いし、性格も悪いし、生きてたって惨めな人生しかないって思ってた……!
でも今は違う……
私は、龍仙皇国を手玉に取った、九尾の狐の生まれ変わり――!
やりたいことが沢山あるわ――!
出来るって夢にも思わなかったから、諦めてただけ――!
貪虚:君の夢って?
蘇妲己:そうねぇ、世界中のカッコいい男の子を集めて酒池肉林。
世界一の宮殿も欲しいし、金銀財宝、歴史に残る妲己ちゃんの記念碑も欲しいわぁ。
それと
全員跪かせて、焼けた銅の丸太渡りをさせて、大笑いしてやるの。
翠艶:
跪くことになるのはお前です。
命乞いをしなさい。
恥も外聞も捨て去り、無様に泣いて詫びれば、楽に死なせてあげます。
さもなくば、鼻削ぎ、足切り、去勢、達磨にした後に、生き埋めです。
戴黄麒:まあ待て。
ここは俺に任せてもらおう。
蘇妲己、お前の望みも皇国の転覆だろう。
俺の仲間なれ。
蘇妲己:はぁ? 奴隷の仲間? 全然笑えなぁい。
戴黄麒:な――
蘇妲己:面食らってるの? 優しくしてやったから?
あれは私がただの
私は九尾の狐。
あんたみたいな
冗談は存在だけにしてよ、ぬらりひょん。
戴黄麒:……翠艶、煮るなり焼くなり好きにしろ。
翠艶:あなたに言われるまでもありません。
貪虚:……二人とも、なにか匂わないかい?
翠艶:
戴黄麒:
蘇妲己:うふ、あはは――無駄話に付き合ってくれてありがとう。
馬鹿を化かすのって癖になりそう。
貪虚:馬鹿馬鹿言わないでよ。僕は馬鹿じゃなくてカバだ。
翠艶:落ち着きなさい、馬鹿河馬。
戴黄麒:
蘇妲己:
戴黄麒:させるか――!
(麝香の薫りを孕む隕石灰で霞んでいく視界に、蘇妲己の声が遠く聞こえる)
蘇妲己:桃源郷の
煩悩に溺れ、愛に染まり、骨の髄まで
其処でお前たちは、甘く狂おしい煩悩に首輪を繋がれ、愛の奴隷となる――
□5/平安日本、寝殿造りの屋敷の中心
戴黄麒:九尾――!!
(白く霞む灰煙を突き抜けて飛び込んだ先で、突如変わった景色に、戴黄麒は戸惑う)
戴黄麒:此処は……日本の古い屋敷か……?
寝殿造りの建物、白砂の敷き詰められた中庭には池がある……
俺は……この屋敷を知っている……
(中央に座す御帳台から、愁いを含んだ女の呼び声)
玉藻前:
戴黄麒:……くだらん幻覚を見せてくれるな。
玉藻前:……〝
冷たく乾いた、あらゆる
戴黄麒:……あなたの刻んだ爪痕のお陰だ。
玉藻前:あなたは賢く優しい子でした。
行く先で小鳥が歌い、獣が集い、亀は池から顔を出し、毒蛇も大人しく
時が経てば、麒麟の角と
けれど、私が望んだのは強く、何者よりも強く、
だから私はあなたに、憎しみを教えた――
戴黄麒:今更詫びなど沢山だ。
あなたはもはや
玉藻前:一度だけ、一度だけ母と呼んではくれませぬか……?
戴黄麒:消え失せろ、幼き日の
(戴黄麒の額に生えた角が伸び、御帳台を貫いて、紫紺の帳に鮮血が散る)
(妖花が散るように、色鮮やかな十二単を広げ、御帳台から銀の髪の美女が転び出す)
戴黄麒:……これは幻覚だ。
九尾の見せた偽りの光景に過ぎない。
さあどうした。次の幻を見せろ。
戴黄麒:何故、何も起こらない……
玉藻前は九尾の
戴黄麒:……母上、母上。
(戴黄麒は恐る恐る呼び掛ける。銀髪と十二単を血に染めた女は何も応えない)
戴黄麒:……今更もう、あなたを憎んでなどいない。
あなたを許すことは出来る。
だがやり直すことは出来ない。
あなたを愛し、憎む時間が長すぎた……
俺たちの絆は穢れ果てている……
(戴黄麒の視界が涙で歪み、天を仰いで目を閉じた刹那だった)
玉藻前:黄麒、黄麒――
少年黄麒:は――?
玉藻前:怖い夢でも見たの?
泣きながら母上、母上と呼んでいるものだから……
少年黄麒:幻覚の続きか……
玉藻前:幻覚ではなくて、朝です。
さあ、起きましょうね。
少年黄麒:触るな――!
玉藻前:まあ、どうしたの?
あら?
少年黄麒:貴様は俺を――
玉藻前:おねしょね。
少年黄麒:――!?
これは――!
玉藻前:しょうがない子ね。
ほら、脱ぎなさい。冷たいでしょう?
少年黄麒:…………!
玉藻前:どんな夢を見ていたのかしらね。
少年黄麒:お、俺は白狼琥と龍仙皇国を――
白狼琥:姫様、若様。
玉藻前:ハク、黄麒は夢の中でお前と龍仙皇国を旅してきたそうですよ。
白狼琥:これはこれは。どのような冒険活劇でしょうか。
少年黄麒:ハク、お前は俺と
玉藻前:お父様を、ほほほ――黄麒が?
白狼琥:お喜びになるのではありませんか?
玉藻前:そうですね。泣き虫で甘えん坊の黄麒が、覇皇の兆しを見せたと。
少年黄麒:これは……幻覚だ……!
玉藻前:
あなたは夢を見ていたのですよ。一生に匹敵する長い夢を――
少年黄麒:俺は……僕は……
玉藻前:さあ、起きていらっしゃい。
今朝は稲穂の国で取れた新米です。
夢は終わりました。
朝です。私と共に朝を。
□6/千年前の龍仙皇国、古城の中庭
玉藻前:獣帝
神出鬼没、幾多の死を欺いた転生の秘儀は割れ、狐は八度殺された。
白狼琥:玉藻様、大和へ征かれるのですか。
玉藻前:九尾は日の出ずる国に転生する。
そこで
大姉様は
白狼琥:
玉藻前:九尾の
龍を誘惑するなど、本当に為出かすとは、想像だにしませんでした。
白狼琥:しかし龍の
玉藻前:『
白狼琥:龍獣の王麒麟……如何様な降魔でしょうか?
玉藻前:さあ、知りません。
龍と獣の
白狼琥:玉藻様……
玉藻前:大姉様たちは深き眠りに就いた。
今は
白狼琥:…………
玉藻前:白狼琥、命令です。
わたくしを連れて逃げなさい。
白狼琥:…………
玉藻前:ハク。
白狼琥:……お許しください、姫様。
玉藻前:戦うのですか、
白狼琥:はい。
玉藻前:馬鹿ね、勝てるわけがないわ。
白狼琥:勝ち負けではありません。征かねばならぬのです。
玉藻前:
白狼琥:誰のためでもない。俺自身のための償いだ。
喩え
それが
玉藻前:やはりお前は檮杌ですね。
折れた牙も、丸くなった爪も、研ぎ澄まされて、戻ってしまった。
けど、わたくしを捨てる
白狼琥:それは……申し訳ございません。
玉藻前:いいえ、これも気を持たせて指一本触れさせずにいた、わたくしの
厄落としです。想いを遂げて征きなさい。
白狼琥:…………
玉藻前:女に恥をかかせるものではありません。
白狼琥:……あんたも性悪だな。
ここで
俺の決心を鈍らせようと。
玉藻前:最後の晩餐よ。
食い散らすだけ食い散らしてゆきなさい。
白狼琥:生きていたら、その時は食ってやるさ。
玉藻前:ハク……
白狼琥:お達者で、姫様――
(白狼琥の意識が途切れ、次に目を開けると、涿鹿の山林にいた)
玉藻前:輪廻の輪を回して、お前と巡り会うために、わたくしは転生した。
白狼琥、わたくしとお前の
白狼琥:姫様……
玉藻前:約束を……果たしなさい。
白狼琥:……馬鹿だったなぁ、俺は。
玉藻前:どうしたのです?
白狼琥:
そこで玉藻様にお仕えし、
全ての
それを全部手に入れようなんざ、過去と未来を並べるぐらい、荒唐無稽な与太話。
今のこのザマは俺の自業自得ってわけか。
玉藻様も性悪だったが、俺を殺そうとしたことはなかったぜ。
玉藻前:――その左眼が見るのは
(白狼琥の左腕に貫かれ、血を吐いた玉藻前の美貌が割れ、白面となって落下する)
玉藻前:魂は一度死ぬと、雲散霧消して元に戻らない……
生きている内に写し取りたかったけど、諦めるしかなさそうね……
(のっぺらぼうの玉藻前の体が崩れ、無数の管狐となって散っていくのを振り払い、白狼琥は駆け出す)
白狼琥:若様――!
□7/涿鹿山林、麝香の煙の腫れていく林道
戴黄麒:はっ……俺は何を……
っぅ、全身を管狐に齧られている……
散れ――!
蘇妲己:あ、あああ……皆殺しよ……!
お前たち全員一匹残らず殺してやる……!
(骨爪の樹枝に貫かれ、九尾の狐は速贄となって絶命していた)
(九尾の断末魔を引き受けたかのように苦悶に呻く蘇妲己が、怨念を吐き散らす)
戴黄麒:牙と爪の
白狼琥:若――!
戴黄麒:ハク――!
蘇妲己:九尾は九つ死を数え、
(涿鹿山林の地面から水蒸気のように白い煙が吹き出し、辺り一帯は乳白色の霞に濁っていく)
戴黄麒:緑の葉は枯れ落ち、木々は腐り、虫は動きを止めて、頭上から鳥の屍が落ちる……
白狼琥:殺生石に万物の破裂点……奇穴が見えません……!
戴黄麒:あれは
生命の範疇に入るものではない。
翠艶:……ここにいましたか。
白狼琥:姐さん、あんたボロボロじゃねえか。
翠艶:雨風に蝕まれたかの如くです。
戴黄麒:殺生石の煙は、厳密には毒ではない。
死という結果から因果を引き寄せる呪詛……
故に窮奇や
翠艶:どうします?
戴黄麒:貪虚、
貪虚:……わかった。
白狼琥:おい、
いくらお前でも飲み乾せるかよ――!
貪虚:いいんだ。ここで何かを出来るのは、僕しかいない。
それに、どうせ僕は空蝉だ。
きっと本物の僕もこうしていたよ。
翠艶:貪虚の『
我々も巻き込まれることは
戴黄麒:――お前が飲み下せる程度まで、
蘇妲己:此処は九尾の涅槃よ。さっさと死になさい。
死んで生まれ変わって、奴隷となって跪きなさい――!
戴黄麒:龍獣の王が東方の鬼門を開く。
(戴黄麒が星図の浮き出た右手を叩きつけると、地脈を蒼き光が走り、毒煙が晴れていく)
白狼琥:殺生石の煙が晴れていく……!
戴黄麒:ウイルス型の
急げ。
(巨大な河馬に似た妖獣に変じた貪虚は、充満する毒煙を纏う殺生石に対峙する)
饕餮:オオオオオオ――!!!
蘇妲己:剥ぎ取られる……!
饕餮:まだまだ――まだ飲み乾せるよ、王様――!
戴黄麒:後は殺生石だ――!
蘇妲己:九尾が……
こんなところで……こんな奴らに……!
戴黄麒:教えてやる、蘇妲己――!
創造主が創造物に反逆される神話は、枚挙に
魂は作られた瞬間から、神の手すら離れた、唯一無二のものとなる――!
全能の力に酔って、魂の力を侮った……
それが貴様の敗因だ、九尾――!
□8/涿鹿山林、朝焼けの空
蘇妲己:あは、あはは……
戴黄麒:これでお前も一巻の終わりだな。
蘇妲己:転生の創成が自分の意志で使えないと思った?
途中で逃げたに決まってるでしょ。
影武者相手にご苦労様ぁ。
九尾は再誕する。
じゃあねぇ。また会いましょう。
貪虚:九尾は再誕する。でも君はこのままだ。
蘇妲己:何言ってんの?
戴黄麒:遅ればせながら、ようやく俺も気づいた。
お前は九尾の
蘇妲己:はぁ――?
戴黄麒:
お前は九尾が再誕する前から存在していた。何故だ?
蘇妲己:それは、それは……
貪虚:冷静に考えれば、すぐ謎に気づく。
でもあえてそれに意識が向かないよう、心を操作されていた。
僕や翠艶がされていたように。
君も空蝉なんだよ、蘇妲己。
蘇妲己:嘘よ嘘。
だって私、元は人間よ。
お父さんもお母さんもいる。
貪虚:君の生まれ故郷の話で、引っ掛かっていたんだ。
麓の街で調べた。
君の住んでいた町は、五百年も前にダムの底に沈んでいる。
白狼琥:昔、玉藻様から聞いたことがある。
妲己は、自分自身の魂の予備を用意していると。
転生に失敗した時、何らかの形で主人格が入れ替わった時――
魂の予備が目覚め、九尾に魂を転送する仕組みになっていると。
お前は九尾が復活に近付くにつれ、徐々に妲己の記憶を取り戻し――
目覚めたばかりの九尾を操りながら、本尊に記憶を移し替えていき――
用済みになって廃棄される。
蘇妲己:私が人間だった頃の、悩みも苦しみも全部嘘?
作り話だって言うの? 人間の振りをするための?
あは、あははは。
因果応報ね。笑えるわぁ。
戴黄麒:蘇妲己。
蘇妲己:私、死ぬわ。
戴黄麒:早まるな。記憶はこれから作っていけばいい。
魂に偽物も本物もない。
そう言ったのはお前だろう。
蘇妲己:おうきちゃん、あんた他人事だから偉そうなこと言ってるんでしょう。
私も他人事だった。
自分の人生が空っぽで、誰かの道具にされてたって、思った以上に衝撃。
もう嫌になったから終わりにするわぁ。
戴黄麒:殺生石の毒煙――!
まだ
蘇妲己:私、私は誰なの。
この寂しさも、虚しさも、誰かにそう思うよう仕向けられてるの?
いや、やっぱり死にたくない。
死にたくない。
助けてよ、おうきちゃん。
助けて、助けて。
白狼琥:お下がりください、若。
毒煙に巻き込まれます。
蘇妲己:誰か、私の名前を呼んで……
妲己でも九尾でもない、今ここで死にゆく、名もない空蝉の……
死んだ後の名前でもいい……
私が生きていた意味を表す、
(水蒸気のように噴き出した毒煙が晴れた後には、未分化細胞の粘体と、真っ二つに割れた
白狼琥:――――
若様、申し訳ございませんでした。
如何様にでもご処分下さい。
戴黄麒:ハク、お前と出会った時から、お前の心はずっと母上が占めている。
所詮俺は九尾の忘れ形見だから付き従っているに過ぎない。
だから俺は突き放し、距離を取ることで平静を保った。
俺は真の主でない。それを俺自身が飲み込めていない。
折り合いが付けられず……お前の忠義を歪んだ眼鏡越しに見ていた。
白狼琥:若……
戴黄麒:今、許そう。
お前の心が母上にあることを。
お前の忠義は、いつも本物だった。
過程や内心はどうあれ、お前は九尾を討ち、俺を救った。
その功績に免じて恩赦を与える。
翠艶:それが龍の和解の礼ですか。
では獣の流儀を教えてあげます。
(翠艶の拳が翻り、戴黄麒の頬にめり込んで、軽々と吹っ飛ばす)
戴黄麒:――っ!?
貪虚:わ、痛そう。
翠艶:お前が勝手に壁を作り、いじけていただけでしょう。
それを偉そうに。一言詫びろ、この
白狼琥:姐さん、若になんてことを――!
翠艶:お前もです。何を躊躇っているのですか。
壁など乗り越えなさい。恐れ知らずの檮杌の名が泣きますよ。
戴黄麒:いきなりぶん殴るのが獣の礼なのか。
翠艶:殴り合わずに友情も忠誠も生まれますか。生まれないでしょう。
拳で語れぬ者に、任侠の道を征く資格はありません。
白狼琥:すみません、若。
あれは冷静沈着に見えて、熱血ババアなんです。
戴黄麒:……ハク、あいつを始末しろ。
白狼琥:さっきそれをやろうとして、返り討ちにされたんですよ。
戴黄麒:……貪虚。
貪虚:……僕も無理だよ。
翠艶:揃いも揃って惰弱な男どもです。
戴黄麒:――――
ハク、俺はお前にまだ壁はある。
白狼琥:はい。
戴黄麒:お前も俺に
白狼琥:――はい。
戴黄麒:それでもお前はかけがえのない従者だ。
俺に付いてきてくれるか。
白狼琥:無論です。
我が主、龍獣の王『麒麟』――戴黄麒様。
□9/宿場街、大衆食堂
朱い少女:――何から何まで、本当にありがとうございました。
道ばたで行き倒れていた私を拾い、働き口まで紹介してくださり……
翠艶:いいえ。食堂の女将があなたを気に入ったのです。
朱い少女:……私、何も覚えていないんです。
信じられますか?
どこで生まれ、どうやって育ってきたのか、何一つ記憶にないんです。
貪虚:記憶はこれから作っていけばいい。
君は生まれ変わったんだ。そう思ってさ。
朱い少女:……はい。
あの、戴黄麒様は――?
翠艶:旅立ちました。私たちとは道行きが別ですから。
朱い少女:……そうですか。
翠艶様――
私の、名前は――
翠艶:あなたが自分で付けなさい。
あなたの名前は、あなたのものなのですから。
□10/宿場街、関所付近
戴黄麒:ご苦労だった。
翠艶:会わなくて良かったのですか。
戴黄麒:ああ。
貪虚:びっくりしたよ。あの子の空蝉を蘇らせるんだから。
しかも魂はまっさらの赤の他人。
戴黄麒:紅楼はもう、俺の中で弔いを済ませた。
あれは、神にも、宿命にも縛られない
名も無き渾沌への餞別だ。
貪虚:あの子は空蝉。
空っぽの魂に、想い出の欠片を入れて、これから色を作っていく。
でも僕たちは――
戴黄麒:
お前たちの魂は、お前たちのものだ。
誰の操り人形でもない。
貪虚:それはわかってるよ。
でもその記憶――僕たちの魂の欠片がいじられていたら?
僕はどこかおかしくなっていて、僕自身も気づかないまま、九尾の謀略に誘導される――
白狼琥:俺はあらん限りの知恵で、お前たちの記憶を掻き集めたぜ。
楽しかったこと、腹が立ったこと、哀しかったこと……
いいことも悪いことも、九尾に伝えた。
俺から見た、ドンと姐さんの想い出の結晶。
戴黄麒:細部の記憶は違っていても、本質は再現されているはずだ。
仮に九尾が陰謀を仕込んでいても、お前たちなら抗える。
魂の力で。そうだろう――?
貪虚:王様が良いこと言ってる……!
白狼琥:若様もやれば、
貪虚:それが普段から出来ればいいのにね。
戴黄麒:――――
行くのか、翠艶。
翠艶:ええ。私の所属していた反皇国組織『
どこまで九尾の手が入っているか、確かめなければなりません。
貪虚:大丈夫かなあ……気づかない内に洗脳されて、利用されないか心配だよ。
翠艶:大丈夫です。己の魂を信じなさい。
そうですよね、黄麒様?
戴黄麒:ああ。
もう一度聞くが、俺と一緒に来る気はないか?
翠艶:申し訳ありませんが。
私には、龍と共存など出来そうもありません。
戴黄麒:そうか。
翠艶:龍は等しく抹殺すべき存在ですが、麒麟は認めましょう。
貪虚:僕も龍は大嫌いだけど、麒麟は嫌いじゃないよ。
戴黄麒:まあいい。生きていれば、
翠艶:では――さようなら。
貪虚:
戴黄麒:――――
俺たちも行くか。
白狼琥:若――
(白狼琥の呼び掛けに目をやると、関所に向かって駆けてくる唐紅の髪の少女が見える)
朱い少女:はあ、はあ……
良かった……!
まだこちらにいらしたのですね……!
戴黄麒:――何の用だ。
朱い少女:私を拾ってくださったお礼と……
お願いをしたくて――!
戴黄麒:願い?
朱い少女:私に……名を授けていただけませんか?
私……何も記憶が無くて……
生まれも、育ちも……
天地の何処を探しても、何一つ繋がりがない……天涯孤独の身です。
名前だけでも、命の恩人、黄麒様と
そう思ったら、居ても立ってもいられず……
戴黄麒:…………
朱い少女:ご迷惑でしょうか……?
お願いします――!
どうか私に名前を授けて下さい――!
戴黄麒:――朱紅楼。
朱い少女:朱紅楼……
戴黄麒:『
朱い少女:朱紅楼……なんだか懐かしくて、哀しい響き。
戴黄麒:用は済んだか。
朱い少女:……はい。
戴黄麒:出立するぞ、ハク。
白狼琥:はい。
朱い少女:……
戴黄麒:…………!
朱い少女:
戴黄麒:…………
朱い少女:…………!
私、今何か口走って……
戴黄麒:何も聞こえなかった。
朱い少女:また、お会いできますか?
戴黄麒:いや、二度と会うことはないだろう。
朱い少女:…………
さようなら、黄麒様。
戴黄麒:……ああ。
白狼琥:――――
若様、あれで宜しかったのですか?
戴黄麒:〝
あの名も無き渾沌は、俺にそう言っていた。
解き放ったぞ。九尾の呪縛から。
心も魂も、あいつ自身に還した。
白狼琥:それでも尚、黄麒様を慕うとすれば――
戴黄麒:俺は前世も宿命も信じない。
これは
双方が歩み寄らねば解ける。運命は繰り返さない。
だから証明してみせろ。
宿命など無い。
お前の魂は、人生は、お前自身のものだと。
さようなら、朱紅楼――
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