ゲネシスタ-隕星の創造者-

13話-九尾暗躍-

★配役:♂3♀3=計6人

戴黄麒(たいおうき)
18歳。
黒髪黒瞳の道人(どうじん)の少年。
華僑である両親を早くに亡くし、少なからぬ遺産で悠々自適の生活を送りながら中央官僚を目指す書生。
――という肩書きで、龍仙皇国を流離う『始皇帝』の落胤。

父親は龍仙皇国の『始皇帝』こと『覇皇神龍(ブラフマー・シェンロン)』。
天帝盤古龍(パングーロン)の創り出した九柱の要塞型(シタデル)龍生九子(りゅうせいきゅうし)の一柱であり、筆頭である。
母親は『妲己(だっき)』とも『玉藻前(たまものまえ)』とも呼ばれたギオガイザー系譜の要塞型(シタデル)九尾狐(きゅうびのきつね)』。

本来なら異系譜の降魔同士で受精は起こらず、稀に受精に至っても奇形や虚弱など遺伝子疾患を抱えているケースが多数を占める。
しかし戴黄麒は両親の隕石灰(メテオアッシュ)を正常に受け継ぎ、龍であり獣である、龍獣(りゅうじゅう)麒麟(チーリン)』となった。

ダイノジュラグバとギオガイザーの二系譜を跨る偽王型(レプリカロード)
二系譜の総督型(プレジデント)に準ずる権能を有する。
軍兵型(カデット)を支配し、指令型(エリート)に対しても一定以上の影響力を持つ。
霄壌圏域(ヘヴンズ)の一部にも接続可能であるため、要塞型(シタデル)にとっても驚異となりうる。
ただし、本物の総督型(プレジデント)には一段劣り、上位種と真正面から衝突すれば劣勢は必至である。

ダイノジュラグバとギオガイザーの混血から産まれた『麒麟』は、龍と獣の天敵であり、新種の反逆型(ミーティア)と言える。

封星座珠:【瑞兆角】

白狼琥(はくろうこ)
長い若白髪で左目を隠す猩人(しょうじん)の男。
白皙の貌には、猩人(しょうじん)の印である墨紋が刻まれている。
灰色狼の毛皮を羽織っており、毛皮の下には牙と爪の絡み合った異形の腕がある。

ギオガイザー系譜の闘将型(ベルセルク)檮杌(とうこつ)』。
要塞型(シタデル)蚩尤(シュウ)』の直系降魔で、退くことを知らずに戦う凶獣と恐れられた。
後に同系譜の要塞型(シタデル)『九尾狐』の元に送られ、彼女の側近として数百年に渡り仕える。

ギオガイザー系譜の降魔は、負傷すると細胞が万能細胞化する特性を持ち、生命力が著しく高い。
檮杌は万能細胞化による修復のみならず、以前より強靱な体組織を作り上げる性質を持つ。
その好戦的な気質から、命を落とす個体も多いが、歳月を経た檮杌は獰悪極まりない妖獣となる。

かつて覇皇神龍(ブラフマー・シェンロン)と戦い、左眼と左腕を失う。
瀕死の重傷を負った妖獣『檮杌』の体は、原型を逸脱した新生組織として再生させた。
左眼は万物の奇穴を視る『華佗(かだ)』、尾は自在に成長する牙と爪の絡み合った骨肉兵装『哪吒(なたく)』。
覇皇神龍(ブラフマー・シェンロン)の血を浴びたことにより発現した『龍血獣皮(りゅうけつじゅうひ)』により全身に赤黒い斑が滲み、血の蒸気を纏う。
この血の蒸気は、ダイノジュラグバ系譜の隕石灰(メテオアッシュ)を侵す隕石灰(メテオアッシュ)であり、近距離では龍を蝕む毒となり、遠距離では龍の吐息から身を守る防壁となる。
これらの三種は『檮杌』には本来あり得ない体組織であり、生物学上は寄生型(メタビオス)に分類される。

主君の仇である神龍(シェンロン)たちに、古き妖獣は異形の眼と爪を光らせる。

翠艶(すいえん)
緑閃石の髪と大理石の素肌を持つ猩人の女。
猩人の証である顔の墨紋も、石の紋様ように独特なものになっている。
火竜の息吹も払う石綿の衣を纏い、岩を砕く『破岩鞭(はがんべん)』を振るう。

ギオガイザー系譜の闘将型(ベルセルク)窮奇(きゅうき)』。
要塞型(シタデル)蚩尤(シュウ)』の直系降魔で、齢数千とも数万とも言われる最古の窮奇である。
石や鉄を喰らう窮奇の中でも別格の存在であり、鉱物の組成を一瞬で変形させて融合する『岩盤結合』によって己の皮革を築く。
巌災公主(がんさいこうしゅ)』という別名を持ち、並み居る竜を打ち負かし、王竜(ワンロン)とも激しく戦った。

猩人たちの任侠集団を取り纏める『百獣幇(ひゃくじゅうほう)』の盟主。
要塞型(シタデル)蚩尤(シュウ)』復活の鍵を握り、龍仙皇国を転覆させるべく謀略を巡らせている。

貪虚(どんくう)
分厚い瓶底眼鏡を掛けた、猩人の男。
柔和な笑みを浮かべる顔を覆う墨紋は、微笑みとは不釣り合いに力強く荒々しい。

ギオガイザー系譜の闘将型(ベルセルク)饕餮(とうてつ)』。
要塞型(シタデル)蚩尤(シュウ)』の直系降魔で、あらゆるものを貪り食う貪獣。
化身を解いた姿は、手も足も無い盲目の河馬に似た妖獣で、周囲の物質を手当たり次第に吸い込み、エネルギーに変換する。
分厚い皮膚の下の内臓はマイクロブラックホールとなっており、饕餮の本質は、万物を飲み干す『餓える黒点』である。
死亡するとマイクロブラックホールが炸裂するため、倒さずに封じるか、殺害場所を考慮しなければならず、仙人たちを大いに悩ませた。

貪欲な性癖は、食べ物だけでなく知識にも及んでおり、仲間からは知恵袋としても重宝されていた。

朱紅楼(しゅこうろう)
唐紅の髪をした猩人(しょうじん)の少女。
猩人(しょうじん)の印として、貌には墨紋が縁取っている。
闇商人魏難訓に『愛奴娘々(あいどにゃんにゃん)』として売られていた浮浪児。

ギオガイザー系譜の闘将型(ベルセルク)渾沌(こんとん)』。
要塞型(シタデル)『蚩尤』の直系降魔で、万の獣を身に宿す、千貌の獣。
全身を覆う墨紋の正体は、数多の獣の遺伝子が色素沈着の形で表出したジャンクDNA。

その本質が万能細胞塊と遺伝子プールである『渾沌』に、『生物としての死』はほとんど存在しない。
少数のジャンクDNAから構成された『人格』の一つが死んでも、再生可能な程度の肉体が残っていれば、新たな『人格』が誕生する。
『朱紅楼』もまた『渾沌』の中に産まれては消えていった『人格』の一つである。

三年前、『麒麟王』の起こした反皇国革命『麒麟の世直し』の際に死亡している。
彼女の残した亡骸は、様々な種を残し、『末法獣』の誕生に繋がる。

※今回の話には登場しません

肆兇(しきょう)
朱い錆色のざんばら髪が振り乱れる猩人(しょうじん)の女。
貌を含む全身を隈無く覆う墨紋は、地煞星の刻印を通り越して、墨刑を科された古代の罪人を思わせる。

ギオガイザー系譜の闘将型(ベルセルク)渾沌(こんとん)』。
要塞型(シタデル)でないにも関わらず、酸液による細胞初期化と、遺伝子注入により、単独で降魔化を行う力を有する。

任侠集団『末法獣』の頭目である『菩薩様』の影であり、各地に出没しては狂獣病をばら撒いていく。

菩薩様(ぼさつさま)
朱い眼をした猩人(しょうじん)の女。
剃髪した頭から顔の左半分までを獣面瘡に侵されており、顔の原形は判然としない。
普段は尼頭巾を目深く被っている。

龍仙皇国で猛威を振るう任侠集団『末法獣(まっぽうじゅう)』の頭目。
獣帝(じゅうてい)蚩尤(シュウ)復活の贄となることを宿命られた御供比丘尼(ごくうびくに)
涿鹿山林(たくろくさんりん)の里の古寺で、菩薩様として崇められながら、余生を過ごしている。

ギオガイザー系譜の闘将型(ベルセルク)渾沌(こんとん)』。
朱紅楼の遺伝子から発生した存在であり、遺伝的には同一の個体といえる。

※菩薩様、肆兇は二役です

蘇妲己(そだっき)
銀髪黒瞳の猩人(しょうじん)の少女。

妲己とは、ギオガイザー系譜の要塞型(シタデル)『白面金銀妖瞳九尾狐』の化身の名前。
仙人(せんじん)の間では忌まわしき傾国の悪女と認知されているが、猩人(しょうじん)の間ではヒロインであり、その美貌に肖ろうと名づけられることも多い。

ギオガイザー系譜の闘将型(ベルセルク)渾沌(こんとん)』。
ただし完全な降魔ではなく、半降魔という、降魔が途中で止まった存在。

元々は黒髪黒瞳の平凡な東洋系の顔立ちの道人(どうじん)だった。
三年前に出現した『渾沌』によって、九尾の狐の魄に感染。
黒髪は銀色に染まり、地味だった顔立ちも、並外れた美少女のものとなる。

存分に遊び尽くした蘇妲己は、人生そのものに飽き、世界の破滅を望み、『末法獣』へと身を投じる。

白面金銀妖瞳九尾狐(はくめんきんぎんようどうきゅうびのきつね)
ギオガイザー系譜の要塞型(シタデル)
獣帝(じゅうてい)蚩尤(シュウ)と並んで語り継がれる災厄の獣。
白銀(しろがね)の体毛と黄金(おうごん)妖瞳(ひとみ)を持つ巨大な狐。

獣帝(じゅうてい)蚩尤(シュウ)亡き後、およそ三千年から千年前にかけて、皇国から天竺、日本、亜細亜中東と世界各地に渡って暗躍した。

『傾国の美女現るるところに九尾の影あり』と言わしめるほど、悪名高き妖女妲己を始めとして、数多の美女に化けて時の為政者を誘惑し、国体に亀裂を入れ、数多くの国を滅亡に導いた。

傾国の美女たちは鎮守造偶(デミウルゴン)であり、それぞれ独立した人格を有する。
仙人を模することもあり、異邦人であることもあり、変幻自在にして神出鬼没。
龍仙皇国の宦官たちも、長らく黒幕たる九尾に辿り着かなかった。

九尾の創り出す美女たちは、ただ美しいだけではなく、出会いから親密になる過程まで計算しつくされた物語を持っていた。
皆我知らず、九尾の書いた恋愛物語の舞台の主役に抜擢され、愛欲の泥沼に沈んだ。

創成にも長けており、伝承通りの変化や幻惑は元より、遺伝子操作から因果律の解明まで熟知していた。

元は要塞型(シタデル)ではなく、降魔化した狐であったという。落着に失敗して半壊した降魔隕石(シタデルコメット)を乗っ取り、要塞型(シタデル)に転生したとされる。

(※作中に登場するのみで、セリフはありません)


※ルビを振ってある漢字はルビを、振ってない漢字はそのまま呼んでください。

ゲネシスタwiki 劇中の参考になれば幸いです。


□1/涿鹿の里、深夜の川縁


戴黄麒:次の満月まで、あと一週間――
     月満つる夜、獣帝(じゅうてい)蚩尤(シュウ)が復活する。

戴黄麒:静かだ……
     あまりに何事もないまま、龍仙皇国を滅亡の瀬戸際に追い込んだ最強の獣が蘇ろうとしている。

(戴黄麒の見つめる水面に映る半月が揺れ、月下で裸身を晒す唐紅の女が誰何の声を投げる)

菩薩様:あなたは――

戴黄麒:……何をしている。

菩薩様:沐浴を。そして髪を落とします。

戴黄麒:……聞かないのか、その髪のことは。

菩薩様:驚きました。
     全身を蝕む獣面瘡(じゅうめんそう)が嘘のように消え去り、剃髪した髪も一夜で伸びていたものですから。

戴黄麒:…………

菩薩様:翠艶様から事情はうかがいました。
     私は愛奴娘々(あいどにゃんにゃん)、朱紅楼の空蝉(うつせみ)だと。

戴黄麒:……ああ。

菩薩様:あなたはずっと身を焼かれているのですね。
     彼女を――朱紅楼を殺した、その因業(カルマ)の炎に。

戴黄麒:俺はかつて愛奴娘々(あいどにゃんにゃん)の一人を殺した。

     だがそれは当然のことだ。
     あいつは俺の情報を、有ろう事か俺の宿敵に流していた。
     俺の築き上げた英雄の偶像、『麒麟王』の名声は地に堕ちた。

     あいつは伝承通りの、主を破滅させる、呪われた愛玩獣……
     あいつを殺していなければ、今度は俺の命まで取られていただろう。

菩薩様:許します。

戴黄麒:――!?

菩薩様:私は彼女ではありませんが、彼女の気持ちはわかります。
     彼女はあなたを怨んでなどいません。

戴黄麒:ニセ比丘尼(びくに)でも、説法の真似事は出来るんだな。

     あの肆兇とやらは、どう理屈をつける。
     俺の命を狙う、醜い本性を剥き出した、狂える獣は。

菩薩様:そろそろあなたも悟っているはずです。
     影夜叉(イン・ヤカー)はあなたの影だと――

戴黄麒:あの化け物が、そんな安っぽい説法で成仏するか。

菩薩様:愛奴娘々(あいどにゃんにゃん)は、決して主を嫌いになれない。
     それが愛奴娘々(あいどにゃんにゃん)の本能であり、宿業です。

戴黄麒:…………
     お前が渾沌で、紅楼の空蝉(うつせみ)なら――
     お前も愛奴娘々(あいどにゃんにゃん)なのだな?

菩薩様:はい。

戴黄麒:俺のことをどう思う?

菩薩様:私にそれを問うのですか?

戴黄麒:答えろ。

菩薩様:秘するが花、と申しましょう。
     敢えて瞋恚(しんい)の毒に身を浸すことはありません。

戴黄麒:勿体振るな。さっさと言え。

菩薩様:……あなたは障碍(ラーフラ)です。

戴黄麒:障碍(ラーフラ)――?

菩薩様:そうして無益な追求が始まるでしょう。
     ご安心下さい。あなたの悲願を叶えることは、私の宿願です。
     私があなたをどう思っていようと、あなたと私の利害は一致します。

戴黄麒:その腹の膨らみ――

(朱く濡れた髪が滴る白い腹部は、新たな生命を宿し、大きく脈動している)

菩薩様:半万年の時を経て、獣帝(じゅうてい)如来(にょらい)再集合(さいしゅうごう)は果たされました。

戴黄麒:要塞型(シタデル)を産み落とすというのか。

菩薩様:私を産み出した者を産み落とす。
     これで輪廻の円環(サンサーラ)は閉ざされた。

     ようやく私の――渾沌の役目は終わる。

戴黄麒:…………

菩薩様:引き取っていただけますか。
     川から上がりたいのです。

戴黄麒:…………

     その髪は、落とすな。

菩薩様:……彼女の面影があるからですか?

戴黄麒:理由など聞くな。
     どうせあと一週間の命だろう。
     ここで一つ、善行を積んでいけ。

菩薩様:……なんて尊大なのでしょう。

戴黄麒:髪は落とすな。命令だ。

菩薩様:……ご随意に、黄麒様。

(夜の小川に背を向けた戴黄麒に、林の木陰から現れた白い猩人が声を掛ける)

白狼琥:若様――

戴黄麒:……見ていたのか。

白狼琥:あの者は蚩尤(シュウ)様に身を捧げ、死する宿命(さだめ)にあります。

戴黄麒:知っている。

白狼琥:もしあの者を、生贄の宿命から救う術があるとしたら――

戴黄麒:…………


□2/涿鹿の里、古寺


蘇妲己:お話ってなあに?

翠艶:明後日(みょうごにち)の仏滅が蚩尤(シュウ)様来迎の日です。

蘇妲己:怖くなって逃げ出さないかって?

翠艶:その逆です。お前は再集合から外します。

蘇妲己:はぁ?

翠艶:お前の獣面瘡(じゅうめんそう)は着衣の上からではわかりません。
    適切に切除すれば、手術痕が残っても常人と同じ余生を送れるでしょう。

蘇妲己:優しいのね、翠艶様。
     私以外の里のみんなは?

翠艶:彼らは顔を始めとして、重度の獣面瘡(じゅうめんそう)に侵されている。
    今更人界に居場所はないでしょう。
    蚩尤(シュウ)様の贄として、天命を授かることが幸福です。

蘇妲己:救えそうな者だけ救って、後は見殺し。
     とっても現実的な優しさねぇ。

翠艶:手術代です。

蘇妲己:こんなに? 遊びに使っちゃうかもしれないわぁ。

翠艶:その後は知りません。野垂れ死でも物乞いでも勝手になさい。

蘇妲己:何よ、私だけ仲間外れ?

翠艶:ええ。

蘇妲己:生きてたって……何もないわ。
     世界を滅ぼして、私も死ぬ。

翠艶:蚩尤(シュウ)様は世界を滅ぼすのではありません。
    新たな世界を創るのです――猩人(しょうじん)の世界を。

蘇妲己:いっぱい殺すんでしょう。
     変わらないじゃない、滅ぼすのも創るのも。

翠艶:貪虚、蘇妲己を街へ連れて行きなさい。

貪虚:わかった。
    しばらく街に滞在していいかな。調べたいことがあるんだ。

翠艶:構いません。明後日の夜――獣帝来迎までには戻るのですよ。

貪虚:ありがとう。いくよ、蘇妲己。

蘇妲己:私、どうしていいかわかんない……

翠艶:誰も皆わかりません。仏ですら人生の意味に迷った。

蘇妲己:だから生きていたって苦しいだけじゃない。

翠艶:苦しみなさい。この世は苦界(くがい)なのですから。

蘇妲己:私、死ぬわ。

翠艶:ご自由に。次に転生しても同じように苦しむだけでしょうが。

蘇妲己:あんたってやっぱり冷たいわ。

翠艶:知らなかったのですか。
    冷血なるは龍ですが、窮奇は血も涙もない岩の化身なのですよ。

菩薩様:――――

     これで全ての者を人界(じんかい)に返しましたか。

翠艶:ええ。彼女を含めて五人ですが。

菩薩様:ありがとうございます。

翠艶:あなたとの付き合いも、もうすぐ終わりですね。

菩薩様:翠艶様と巡り会わなければ、私は私の生まれてきた意味を知らずに夭逝(ようせい)していたでしょう。
     御仏(みほとけ)(えにし)に感謝申し上げます。

翠艶:……渾沌は魂無き、殖え続けるだけの『狂える獣』でした。

     けれど九尾狐(きゅうびのきつね)が、渾沌に魂を与えた。
     竜を殺す愛の毒――愛奴娘々(あいどにゃんにゃん)として作り替えた時に。

     何故でしょうか。

菩薩様:誰も魂無き人形は愛せないからです。

翠艶:どれほど非道な扱いを受けても、決して主人を嫌いになれず、従順に恋い慕う。
    
菩薩様:制約された心であっても、彼女たちの悩み、苦しみ、哀しみ――
     どれも紛うこと無き本物で、故に捧げられた愛が健気に輝く。
     冷酷で無慈悲な竜たちも、見返りを求めない無垢なる愛に、やがて心を開いて(とろ)かされていく。

翠艶:けれどその時こそ、竜が愛の毒に冒された瞬間。

菩薩様:彼女たちは常に脅えているのです。
     仙人(せんじん)のように、美しくも賢くもなく、寵愛を受けるだけの家畜に過ぎない。
     いずれ飽きられ、捨てられてしまうだろうと。

     そして彼女たちは気づいてしまう。
     主が何かを失えば、主の心を占める、自分の比重が増すことに。

     独占(ひとりじめ)の味を知った愛奴娘々(あいどにゃんにゃん)は、もう止められない。
     苦しくても、裏切りと背徳の意識に苛まれようとも――甘露を求めて、主に次々と不幸を呼び込む。

翠艶:愛を光らせるために苦しみを……
    苦しませるために魂を与えた……

    何故九尾は――これほど残酷で、哀しい存在を作り出したのですか。

菩薩様:愛するものを破滅に引きずり込みながら、愛される法悦に濡れて堕ちた愛奴娘々(あいどにゃんにゃん)たちの因業(カルマ)
     魂の亡骸が降り積もる、無限輪廻(ウロボロス)の沼の底で、一つの宿願(ねがい)が結実しました。

    〝愛するものを破滅させる(マーラ・カーマ)〟の輪廻からの解脱――

翠艶:仕向けられた愛を覆すことで、愛奴娘々(あいどにゃんにゃん)の宿業に打ち勝つ。

菩薩様:それこそが私の、彼女たちの宿願です。
     私はそのために生まれてきた――


□3/満月の夜、涿鹿の里の古寺


翠艶:夜の静寂(しじま)。龍の眠る()の刻。
    地層よりも深く長い、半万年の雌伏は終わる。

菩薩様:我再集合(ウォー・ザイジージェ)复活(フーフォ)

翠艶:獣の血と肉で造られた子宮の中に、牙持つ四つ足の如来が来迎する。
    血を捧げよ、肉を捧げよ。
    嗚呼……今まさに、我らが主の産声が、主の産声が聞こえる。

猩人A:我再集合(ウォー・ザイジージェ)――

猩人B:我再集合(ウォー・ザイジージェ)――

(里中の猩人たちの唱和に合わせ、山林から獣の咆哮が幾重にも重なる)

戴黄麒:涿鹿山(たくろくさん)中の妖獣が集まってきた……

白狼琥:彼らも渾沌より生まれた獣――
     空蝉(うつせみ)もいれば、無数の獣の(はく)が混ざり合った異形もいる。

(山林の闇から駆け寄ってくる妖獣の群れに混ざり、半人半獣の異形の影が飛び跳ねて接近してくる)

肆兇:嗷々々(アオォ)――……!!

戴黄麒:影夜叉(イン・ヤカー)――!

     菩薩様とやらの影――……
     核となる渾沌の分身ども――

(肆兇の体から妖獣の貌が飛び出し、涿鹿の里の住民に襲い掛かる)

猩人A:うあああ――!!

猩人B:ぎゃああ――!!

戴黄麒:肆兇が涿鹿(たくろく)の里の住民たちを貪り食っていく……

猩人A:(ウォー)再集合(ザイジージェ)……

猩人B:(ウォー)再集合(ザイジージェ)……

白狼琥:人間だけではありません。
     妖獣たちも同様に、影夜叉(イン・ヤカー)どもに喰われていきます。

肆兇:()――……

翠艶:影夜叉(イン・ヤカー)たちの役目が終わりました。
    続きをお願いします。

菩薩様:目覚めよ――渾沌之片割(こんとんのかたわれ)
     地煞(ちさつ)禍星(まがぼし)となり、大地を蹴りて、天空(てん)へ跳ねよ。

(菩薩様の命令に従い、高く飛び跳ねた肆兇たちの体が、血と肉の花火となって破裂する)

戴黄麒:血と肉の花火……! 肆兇どもが破裂していく……!

白狼琥:あれをご覧ください。

戴黄麒:古寺の躯体(くたい)を骨格として、血と肉の断片……未分化細胞が凝集(ぎょうしゅう)していく……

白狼琥:渾沌胎宮(こんとんのはらみや)――
     要塞型(ジヴァルナ)を産み出す、始まりの隕星――

戴黄麒:あの『肉の繭』が降魔隕石(シタデルコメット)だというのか――!

翠艶:岩も苔生(こけむ)し、山も風に朽ちる。
    長い歳月でした。ようやく私もはぐれ者から首輪を授かれる。

戴黄麒:復活した蚩尤(シュウ)は、空蝉(うつせみ)、クローンに過ぎない。
     生前の蚩尤(シュウ)と同じ姿をしていても、魂は全くの別人。
     何故それに思いが至らない。

白狼琥:魂を創り出す。

戴黄麒:そんなことが出来るはずがない。

白狼琥:いいえ、若様。
     魂の創成はあるのですよ。

戴黄麒:それは一体――

菩薩様:これで私の転生も、〝愛するものを破滅させる(マーラ・カーマ)〟の輪廻も終わる――

(菩薩様は、渾沌胎宮(こんとんのはらみや)の前に進み、両手を合わせて合唱した後、念仏を唱えながらゆっくりと脈打つ肉の表面に沈んでいく)

菩薩様:色即是空(しきそくぜくう)空即是色(くうそくぜしき)
     受想行識(じゅそうぎょうしき)亦復如是(やくぶにょぜ)

戴黄麒:渾沌が……降魔隕石(シタデルコメット)に呑まれた……

翠艶:ついに半万年の邂逅(かいこう)が叶う……
    蚩尤(シュウ)様――

戴黄麒:龍獣の王が獣帝に(たてまつ)る――

翠艶:何をするのです。

戴黄麒:尊主(そんしゅ)は借り腹より産まれ落ちた。
     真の揺籃(ゆりかご)着床(ちゃくしょう)し、渾沌之残滓(こんとんのざんさい)を返したもう。

     創成(ジェネシス)――!

(肉の繭が悶絶するように脈打ち、菩薩様が粘液に塗れた姿で吐き出される)

菩薩様:う、うう……

翠艶:あなたは何と言うことを……!

戴黄麒:落ち着け。
     あの菩薩様という個体の役目は、散らばった遺伝子の再設計、受精卵を作り出すまでだ。
     あとはあの降魔隕石(シタデルコメット)に受精卵が着床(ちゃくしょう)すれば蚩尤(シュウ)は再誕する。

     渾沌の一匹を抜き取ったところで、何の影響もない。

翠艶:何処にそんな法立(ほうだて)があるのです。

戴黄麒:麒麟の霊感だ。

翠艶:何千年ぶりでしょうか。私をここまで愚弄する大馬鹿者は。

戴黄麒:少し驚かせただけで、そんな物騒な目をされるとは心外だ。

翠艶:ええ、あと少しで殺してやるところでした。

戴黄麒:それは危なかったな。
     麒麟の血が掛かれば、お前の愛する蚩尤(シュウ)羅睺病(らごうびょう)に冒されるところだった。

翠艶:万に一つでも蚩尤(シュウ)様の玉体に異変があれば、命があると思わないことです。

戴黄麒:何も起こりはしない。安心して見ていろ。

翠艶:――確かに何も起こりませんね。

戴黄麒:反応が止まった――?

菩薩様:私の中に……蚩尤(シュウ)(はく)が残っている……

戴黄麒:そんなはずはない。俺は完璧に――

翠艶:彼女を『渾沌胎宮(こんとんのはらみや)』に戻しなさい。

戴黄麒:落ち着け。一時的な停滞だ。

菩薩様:早く……太極が乱れていきます……

戴黄麒:黙れ。

翠艶:黙るのはお前です。

戴黄麒:――!?

(戴黄麒の視界が急に下がり、足が沈む。翠艶の真下から一直線の地割れが走り、戴黄麒の立つ地点が陥没していた)

戴黄麒:地形を操る力……要塞型(シタデル)の権能、霄壌創世(ヘヴンズフォーミング)か!?

翠艶:そんな大仰なものではありません。
    岩石(いわ)土砂(つち)から皮革(かわ)骨格(ほね)を築く、年老いた窮奇なら誰でも使う力の応用です。

戴黄麒:さすがは王竜(ワンロン)も殺す獣と言ったところだな。

翠艶:彼女を戻しなさい。次は揺さぶりでは済ませません。

戴黄麒:待てと言っているのがわからん馬鹿め。

翠艶:お仕置きが必要ですね、暗君陛下。

戴黄麒:ああ、将の分際で王に歯向かったお前にな、闘将型(クシャトリヤ)

翠艶:龍の血が混ざった半端物が、獣の王を気取るでない――!

(翠艶の怒りに呼応するように地面が蜘蛛の巣状にひび割れ、隆起した土の爪が戴黄麒へ迅る)

戴黄麒:計都羅睺(けいとらごう)が魔星を(くだ)す――
     創成(ジェネシス)――!

(押し寄せる土の爪を麒麟の角が貫き、地脈を通じて翠艶に天罡星の毒を流し込む)

翠艶:が、はああ――……!

    これは天罡星(てんこうせい)の、龍の隕石灰(プラーナ)……!

菩薩様:翠艶様――!

翠艶:白狼琥、麒麟を止めなさい……!

白狼琥:若――!

戴黄麒:我が(たてがみ)は不遜なる鼠賊(そぞく)を貫く――!
     創成(ジェネシス)――!

(戴黄麒の髪が逆立ち、龍の針となって白狼琥に突き刺さる)

白狼琥:くっ……!

     うおおお――!

戴黄麒:行くぞ。

菩薩様:何と言うことを……

戴黄麒:冷や水を浴びせてやっただけだ。
     時間が経てば、『渾沌胎宮(こんとんのはらみや)』は創成を再開する。
     あの犀女(さいおんな)にも、俺の言っていたことが正しいとわかるはずだ。

(菩薩様の手を引っ張り、戴黄麒は涿鹿山林の闇へと走り去っていく)

白狼琥:くっ、姐さん、大丈夫かい?

翠艶:…………

白狼琥:おい、麒麟の(たてがみ)に触っちゃ――

翠艶:――何ともありませんね。

   麒麟の角に貫かれた私は、羅睺病(らごうびょう)の発作に見舞われましたが。

白狼琥:…………

翠艶:麒麟の目論見を知っていましたね。

白狼琥:――ああ。

翠艶:……理解ができません。
    蚩尤(シュウ)様の玉体を危険に晒してまで、九尾の忘れ形見に肩入れするなど。

    お前は私の知っている白狼琥なのですか?
    私にはお前が、白狼琥と同じ姿をした、よく似た別人に見える――

白狼琥:そりゃあ変わるさ、三千年も経ちゃあな。
     姐さんはずっと、あの頃のままだ――

翠艶:……どういう意味です?

貪虚:ただいま。
    翠艶、ハッくん――どうしたの?

翠艶:獣帝来迎の寸前で、麒麟が裏切りました。
    渾沌を連れて逃亡しています。

貪虚:ええっ、どうして――!?

翠艶:詳しい説明は後です。
    私は麒麟を追います。

    貪虚、お前は蚩尤(シュウ)様の玉体と白狼琥を見張っておきなさい。

貪虚:わかった。

翠艶:震えなさい。お前の築いた自信など、砂の城より脆く崩れ去る。
    皇国の基盤(いしずえ)を揺るがせた、巌災公主の怒りは大地震にも比肩する。

    覚悟しておけ、小僧。

(翠艶の足下の地面が震え、翠艶を乗せた土石流となって滑り出す)

貪虚:ハッくん、どうしたんだい。
    君は変だよ。
    僕の知ってるハッくんは、そんな性格じゃなかった。

白狼琥:女に腑抜けちまっただけさ。

貪虚:何があったんだい……
    僕が死んでから、三千年の間に――

白狼琥:ドン、お前――

貪虚:僕も翠艶も、三千年前に死んでいる。
    そうだよね?


□4/涿鹿山林、闇夜の梢の下


戴黄麒:はあ、はあ……

菩薩様:何故私を助けたのです。

戴黄麒:命を救ってもらって、何だその口振りは。

菩薩様:罪滅ぼしのつもりですか、彼女への。

戴黄麒:……だったらどうした。

菩薩様:私は朱紅楼ではありません。

戴黄麒:そんなことはわかっている。

菩薩様:いいえ、わかっていません。
     あなたは私に施しをした。前世の私に振るった罰の帳尻を合わせるかのように。

     でも私は朱紅楼ではない。彼女の魂は太極へと還った。
     彼女はもうどこにも居ないのです。

     あなたの記憶の中にしか――

戴黄麒:…………

     あいつを殺した時、俺はあいつが愛奴娘々(あいどにゃんにゃん)の醜い本性を表すと思った。
     だがいつまで経っても、奴は本性を剥き出すことも、俺を呪うこともしなかった。
     いつもと変わらない朱い眼を涙に濡らして、俺を見つめていた……

     あの朱い眼が、俺の脳裏に焼きついて離れない――!

菩薩様:それが最も心を傷つけるからです。
     救えたかもしれない。やり直せたかもしれない。
     後悔は自責となって己を苛む。

戴黄麒:……俺を救え。
     曲がりなりにも菩薩と呼ばれているなら。

菩薩様:あなたがあなた自身を許すのです。

戴黄麒:俺は自分を責めてなどいない。

     今となってみれば、他の可能性を探れただろう。
     だがあの時の俺は、ああする他に無かった。

     俺を蝕む毒が、本物の愛で出来ていたとは考えもしなかった――!

菩薩様:あなたを戒める鎖は、三徳です。
     智の徳が己の正しさを唱え、仁の徳が愛するものを殺めた悔恨の涙を流す。
     けれど勇の徳は、心の痛みに屈して、正義を棄却することを許さない。

戴黄麒:ならばどうすればいい――!

菩薩様:御供養なさい。
     三徳を忘れ、ただ無心に。
     あなたの中の御仏に。

戴黄麒:…………

菩薩様:戻りましょう。

戴黄麒:俺は……お前を死なせたくない。

菩薩様:私は朱紅楼ではありません。

戴黄麒:違う。俺はお前を救いたいんだ。

菩薩様:……止めて。

戴黄麒:死に急ぐな。

菩薩様:止めてください。

戴黄麒:お前も迷っているのだろう、渾沌――!

菩薩様:……あなたは傲慢で卑劣です。
     わかっていて言っていますね。

     私は愛奴娘々(あいどにゃんにゃん)……
    〝(ラージャ)〟の匂いをした竜を、あなたを愛する宿業(さだめ)にあると――

戴黄麒:――そうだ。俺のものになれ。

菩薩様:……あなたは竜ですね。
     でも獣です。熱情に衝き動かされて私を求める。

     けれど熱が冷めれば見えてくる。
     熱気に霞んで隠れていた、私の汚さが。

(菩薩様の僧衣が滑り落ちると、暗闇の中に発疹と爛れに覆われた裸身が顕わになる)

戴黄麒:梅毒症……それに無数の獣の咬み傷……

菩薩様:……私は醜いでしょう。
     獣面瘡(じゅうめんそう)が消えて、顕わになった。
     餓鬼道に身を投げ、(むさぼ)り食われた、女菩薩(おんなぼさつ)のなれの果てです。

戴黄麒:…………

菩薩様:私を抱けますか。
     この私に情念を遂げられますか。

戴黄麒:…………!

菩薩様:……っ。

     ……激しい接吻(くちづけ)、ですね。
     けれど熱がなく……冷たい……
     理性に衝き動かされた、竜の接吻(くちづけ)

戴黄麒:俺はお前を取り戻す。
     もうお前を手放しはしない……!
     
菩薩様:……我思う故に我あり。
     西欧の賢人は言いました。

     けれど心は移ろいやすく儚いもの。
     我思う故に我があるのではなく、心の形は、心を取り巻く(えにし)――
     宿命によって、形付けられているのです。

戴黄麒:宿命だの、(えにし)だのくだらない。
     俺はそんなものは信じない。
     仮に宿命があるとしたら、俺がそいつを征するまでだ――!

菩薩様:黄麒様、あなたの接吻(くちづけ)は私を傷つけました。
     眼を(つむ)り、鼻を(つま)んで吸われた舌先には、苦い痺れしか残らない。

     あなたは戸惑い、恐れた。
     憫れみ、恋情けです。

戴黄麒:違う。俺はお前を恐れてなど――!

菩薩様:咎めてなどいません。
     梅毒に冒され、数多の男の慰み者となった女を、喜んで抱く者が何処におりましょう。
     あなたが私を愛すれば愛するほどあなたは傷つき、私は恥じ入る。
     そしてあなたの傍らで輝く、金剛石の龍の美しさに怯え――呪うでしょう。
     あなたを、彼女を、私自身を。

     もう戻れないのです。
     心だけでは、ほどけた(えにし)は結べない。
     私たちの絆は穢れ果てている。

     私は、それを望んだ。
     寂しい竜と愛されるだけの獣が、決して結ばれることがないよう。

戴黄麒:望んだ……?

菩薩様:あなたに想像が出来ますか。
     誰かを愛する気持ち、己の心を手繰(たぐ)られた愛奴娘々(あいどにゃんにゃん)の人生が。
     肉体(からだ)も、精神(こころ)も、魂すらも玩具にされる。
     獣帝蚩尤(シュウ)の、九尾狐(きゅうびのきつね)の、そして麒麟の――

     私の悲願は、〝愛するものを破滅させる(マーラ・カーマ)〟の輪廻からの解脱――
     私の心と、魂を取り戻す――!
     そのために、私は獣帝の贄となって死ぬのです――!

戴黄麒:…………

     木が倒壊する――!

(直線に走る地滑りに根ごと掘り返され、大木が戴黄麒に倒れ掛かってくる)

戴黄麒:翠艶――!
     俺に直接触れないよう、木を掘り返して圧殺するつもりか。

翠艶の声:ご明察です。しかし倒木が陽動とは見抜けなかったようで。

戴黄麒:――!

(木陰から唸りを上げてしなる鞭が絡みつき、戴黄麒を引きずり倒す)

戴黄麒:く――!

翠艶:麒麟を召し捕りました。

戴黄麒:計都羅睺(けいとらごう)が――

     ――!

(翠艶が鞭を振り上げ、戴黄麒の足が地面を離れる)
(必殺の角は虚しく樹木を貫き、自らの角に吊るし上げられる戴黄麒)

翠艶:流石は龍獣の王。
    王自ら、啄木鳥(きつつき)の代わりに巣作りを代行して差し上げるとは。

戴黄麒:わ、我が(たてがみ)は――

翠艶:おや危ない。

(大木の幹から引き抜かれた戴黄麒は、樹上を引きずり回され、幹に枝に梢に幾度も叩きつけられる)
(鞭の拘束が解かれ、空中に投げ出された戴黄麒は、腐葉土と枯れ葉に塗れて地面を這う)

戴黄麒:ぐ、うう……!

菩薩様:翠艶様――

翠艶:あなたも気が変わりましたか。

菩薩様:話は終わりました。私は獣帝来迎の儀に戻ります。

翠艶:と言っていますが?

戴黄麒:…………

翠艶:よいのですか。

戴黄麒:……連れていけ。

翠艶:土壇場で看過できなくなりましたか。
    愛した娘の空蝉(うつせみ)が、生贄となることが。

戴黄麒:…………

翠艶:あなたには手を焼かされました。
    しかし――あなたに初めて親近の情を覚えました。

戴黄麒:…………

翠艶:あなたも涿鹿(たくろく)の里に戻りますか?

戴黄麒:いや、いい……

翠艶:そうですか。

    行きますよ。

菩薩様:……はい。

戴黄麒:…………

菩薩様:黄麒様、あなたは宿命を征すると言いましたね。
     あなたこそ、前世にも宿命にも縛られています。

     取り戻す、手放さない――
     すべて彼女に重ねた言葉ではありませんか。

     私の魂は――ついぞ見ていなかった……

戴黄麒:……俺は。

菩薩様:それでいいのです。
     私は名も無き渾沌。
     主を持たぬ愛奴娘々(あいどにゃんにゃん)

     これでいい。
     私は私のまま、涅槃に逝く。

     さようなら、戴黄麒様――


□5/涿鹿の里、『肉の繭』の前


白狼琥:……ドン。お頭の最後は思い出したか。

貪虚:うん。
    覇皇神龍(ブラフマー・シェンロン)と皇国中を揺るがす激闘を繰り広げ、首だけになっても噛みつく執念を見せた。
    僕たちの要塞型(ジヴァルナ)、獣帝蚩尤(シュウ)こそ、神龍(りゅう)相搏(あいう)つ最強の獣だ。

白狼琥:――だが、そんなお頭も倒れた。
     姐さんは竜どもの軍勢に、山となって立ち塞がり、俺たちに告げた。

     逃げろと――

貪虚:……僕たちは逃げ出した。
    義理も、情も、獣の誇りも……何もかもかなぐり捨てて。

白狼琥:……なあ、ドン。
     〝檮杌は引くことを知らずに戦う凶獣〟って故事があるが、ありゃ嘘だ。

      俺は心底震え上がっていた。
      猩人(しょうじん)の希望の星だった首魁(おかしら)が討たれ、あんなに強かった姐さんが砂山のように崩され、小さくなっていく音が聞こえる。
      俺は……尻尾を巻いて、振り返りもせずに逃げた。

貪虚:……僕だって同じだったよ。

白狼琥:どれだけ走ったのか。

     追っ手はやってきた。
     遠くに動かない冀州(きしゅう)の山――巌災公主の亡骸が見えた。

     爪は折れ、牙は欠け、毛皮は肉が剥き出しで、空っ風さえ骨に沁みる。
     お前はその時――

貪虚:迫り来る邪魅爬(じゃみは)を吸い込み、吸い込んで吸い込み続け、僕自身の抱える虚無に喰われた……

白狼琥:冀州(きしゅう)に馬鹿でかい大穴があるだろう。
     あれが観光名物『饕餮孔(とうてつこう)』――お前の墓標だ。

     ドン、お前は義理も情も捨てちゃいねえよ。
     仇討(あだう)ちも果たせず、ぬけぬけと生き延びてるのはこの俺、俺だけだ……

貪虚:ハッくん、やっとわかったよ。
   僕の知ってる君は、あの時死んだんだ……

   恐れ知らずの檮杌は、闘志を折られ、畏れと無力を知った。
   だから九尾に――

白狼琥:……ああ、そうだ。

     俺は生まれて初めて、首輪が欲しいと思った。
     抱えた因業(カルマ)を預けられる、要塞型(ジヴァルナ)が欲しかった。

     あの雌狐(めぎつね)は、俺に(ささや)きやがった。
     因業(カルマ)は消えずとも、砂を掛けてもみ消すことは出来るとな。

貪虚:ハッくん――
    僕は……僕と翠艶は誰なんだい――

白狼琥:不毛なもんだな。罪滅ぼしのために罪を重ねるってのは。

貪虚:ハッ、くん……?

(眼鏡の奥で、貪虚の眼が呆然と見開かれ、己の腹部に埋まった白狼琥の左腕を見下ろす)

貪虚:ぼ、僕を殺しちゃ……僕に宿る『餓貪黒星(がどんこくせい)』が君を……

白狼琥:お前には、まだ言ってなかったな。
     千年前に覇皇に抉られた俺の左眼は、万物の破裂点『奇穴(きけつ)』を視る。
     お前の抱える虚無の星も、水で薄めた墨汁のように霧消する。

(貪虚の内側で渦巻く黒点は制御を失い、荒れ狂うように膨張したのは束の間、急速に力を失い、虚空へ散っていく)

貪虚:そ、そうか……君が無事でよかった……

白狼琥:馬鹿野郎が。

     あばよ、相棒。
     次に生まれ変わった時は、輪廻の円環に気づくなよ――

貪虚:う、生まれ変わって……
    僕も彼女と、朱紅楼と同じ、渾沌より生まれた空蝉(うつせみ)……
    でもだとしたら、僕の記憶は、魂は一体どこから……


□6/夜更けの涿鹿山林


蘇妲己:晩上好(ワンシャンハオ)、おうきちゃん。

戴黄麒:――お前は(ふもと)の町へ降りたと聞いたが。

蘇妲己:おうきちゃんが気になって戻って来ちゃった。

戴黄麒:どうせ行き場がなくて出戻りだろう。

蘇妲己:フラれちゃったわねぇ。

戴黄麒:……見ていたのか。

蘇妲己:あは。

戴黄麒:消えてくれ。お前と話す気分じゃない。

蘇妲己:自分のことをずっと好きだと思っていた女から素気(すげ)なくされて、プライドがズタズタ。
     まして、天狗の鼻より高い麒麟の角だもの。屈辱の極み。そうでしょう?

戴黄麒:黙れ。

蘇妲己:いいわぁ、その眼。泣くより怒って憎みましょう。
     ただの愛玩奴隷の癖に、王に反逆した反逆型(ハリジャン)なんて、殺しちゃえばいいのよ。

戴黄麒:俺は――

蘇妲己:――心が欲しい?

戴黄麒:…………

蘇妲己:くだらなぁい。

戴黄麒:くだらないだと……?

蘇妲己:おうきちゃんは何がしたいの?

     好きなときに抱けて、自分以外を見つめない。命令には絶対服従。
     これぐらいでしょ。何処に心が必要なの?

戴黄麒:それはただの木偶人形(でくにんぎょう)だ。人間である必要はない。

蘇妲己:違うわ。相手は人間よ。だからあなたは憎まれる。

     でも憎まれるから何?
     おうきちゃんだって、いっぱい憎まれたでしょう?
     三年前の『麒麟の世直し』の時に。

戴黄麒:『麒麟王』を憎んだのは、焔帝仔(えんていし)特派宦官(とくはかんがん)、竜どもだ。
     奴らに憎まれようと、何とも思わん。

     だが、あいつは――

蘇妲己:好きだから――?
     好きだから愛されたい――?

     お子ちゃまね。
     大黒様はちゃんと剥けてるぅ?

戴黄麒:いちいち俺を挑発しないと話が進められないのか。

蘇妲己:あの子の宿願(いし)を認める、許す、怒りを曲げて賛同する。
     どっち道、あなたは愛されず、あの子は生贄となって死ぬわ。

     けれどあの子を屈服させ、征服すれば――
     あなたはあの子を手に入れ、あの子は生きる。
     そして愛されず、憎まれる。

     憎まれたほうがよくない?

戴黄麒:それは……

蘇妲己:愛が毒なのは、愛そのものが奇穴(きけつ)となるから。

     愛を乞うな。愛を乞わせよ。

     覇皇なら、不忠も怨みも引き受けなきゃ。
     だって取るに足らない存在なんだから。
     どう思われたって、どんな結末になったって関係ない。

     色即是空。
     これがわかって開き直れたら、覇皇の悟りを開いたってことね。

戴黄麒:……涿鹿(たくろく)の里に戻る。

蘇妲己:それでこそおうきちゃん。

戴黄麒:しかしわからん。何故お前が俺の世話を焼く?

蘇妲己:おうきちゃん、昔の愛人(アイレン)にちょっと似てるの。

戴黄麒:言っていたな。

蘇妲己:でも中身は全然ねぇ。
     はっきり言って龍と蜥蜴(とかげ)、獅子と子猫ぐらい違うわぁ。

戴黄麒:どっちが龍で、どっちが蜥蜴だ。

蘇妲己:もちろん決まってるじゃない。
     おうきちゃんが蜥蜴で子猫よ。

戴黄麒:さっさと行くぞ。

蘇妲己:はぁい。

戴黄麒:見届けてやる。
     この俺を袖にした、名も無き渾沌の宿願とやらをな。

蘇妲己:ふふふ。

戴黄麒:……お前の恋人の名は何という?

蘇妲己:気になるの?

戴黄麒:多少。

蘇妲己:ナイショ。ずっと気にして、私の元カレ想像して悶えててねぇ。

戴黄麒:だったらいい。

蘇妲己:またまたぁ。そういうところは、愛人(アイレン)にはない可愛さねぇ。
     おうきちゃんのことも好きよぉ。


□7/涿鹿の里、『渾沌胎宮(こんとんのはらみや)』の前


白狼琥:姐さん。

翠艶:渾沌を連れて帰りました。

菩薩様:あなたが彼に知恵をつけたのですね。

白狼琥:……すまなかった。

菩薩様:……あなたにとっても、彼女の想い出は爪痕となって残っている。

白狼琥:ああ……紅楼の居たあの季節――
     俺と若様の心は確かに通っていた。
     今はもう、あの人も俺も、違うものを見ている。

     だが、それも終わる。

翠艶:――――
    貪虚はどうしたのです?

白狼琥:逝ったよ。一足先に来世にな。

翠艶:血の臭い――……
    白狼琥、お前は――!?

白狼琥:……あんたにも、そろそろバレる頃合いだったな。

翠艶:がっ――……

(翠艶の背より、牙と爪の組み合わさった槍柱が突き出す)

白狼琥:隙だらけだぜ。あんたらしくもねえ。

翠艶:お前が、私を……貪虚を殺めるとは……考えもしませんでした……

白狼琥:…………

翠艶:何故……

白狼琥:……じゃあな姐さん。
     生まれ変わって、また会おう。

菩薩様:白狼琥様……!

白狼琥:……悪いな。お前の悲願は叶わねえ。
     ひょっとすると、お前の信念すらも、若様を苦しめるための――

菩薩様:嗚呼……ようやく今、全容が見えました……!

     黄麒様、どうか決して、戻ってきてはなりません……!
     この空蝉(うつせみ)輪廻の円環(サンサーラ)の行き着く先は――

白狼琥:生贄になってもらうぜ。
     俺の要塞型(ジヴァルナ)――黄金(おうごん)白銀(しろがね)の姫様の為のな。


□8/涿鹿の里、蠢動する『渾沌胎宮(こんとんのはらみや)


戴黄麒:『渾沌胎宮(こんとんのはらみや)』が蠢動(しゅんどう)している……!

白狼琥:若様、お待ちしておりました。

戴黄麒:あの女は……菩薩様と呼ばれていた渾沌は――

白狼琥:彼女は贄となりました。

戴黄麒:…………

蘇妲己:あーあ、間に合わなかったわねぇ。

白狼琥:申し訳ございません。

戴黄麒:……いや。

蘇妲己:元気出して、おうきちゃん。

     きっとまた会えるわ。
     輪廻の円環が巡れば、生まれ変わって。

戴黄麒:…………
     翠艶はどうした? それに貪虚も。

白狼琥:涅槃に逝きました。

戴黄麒:は――?

白狼琥:気付いてしまったのでね。
     輪廻の円環と、造られた魂であることに。

蘇妲己:ホントご苦労様って感じ。
     よく働いてくれたわぁ、蚩尤(シュウ)の遺言を守って。

戴黄麒:『渾沌胎宮(こんとんのはらみや)』が蠢動を止めた……!
     表面が石のように硬質化していく……!

蘇妲己:でも蘇らせたのはこの私――

戴黄麒:巨大な石の塊……あれはまさか……

     殺生石――!

蘇妲己:九尾の狐なの――

(殺生石が罅割れ、噴き出す白い毒煙に、九つの尾を逆立てた獣影が映る)
(砕け散った殺生石の蹟に、黄金に光る妖瞳と、月を零した銀色の体毛を輝かす小山よりも大きな狐が鎮座していた)

戴黄麒:何が起こっている……!?
     狂える獣『渾沌』に己の遺伝子を散りばめた獣帝蚩尤(シュウ)が、三千年の時を経て、復活する――

蘇妲己:という筋書きは、二千年前に塗り替わったの。
     『渾沌』を、愛されるための獣『愛奴娘々(あいどにゃんにゃん)』に造り替えたのが九尾の狐。

     まさか蚩尤(シュウ)の仕込んだ因子(たね)に気づかなかったとでも思う?

     笑えるわぁ。
     あはははは――

(高らかに哄笑する蘇妲己の髪が、くすんだ銀髪から九尾の体毛と同じ鮮やかな銀色に、黒瞳は妖しく光る金色に変わっていく)




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