ゲネシスタ-隕星の創造者-
10話-渾沌之爪痕-
★配役:♂2♀2両1=計5人
15歳。
黒髪黒瞳の
日本国の栃木県『九尾荒原』にて保護された孤児。
動物や爬虫類と心を通わせる不思議な力を持ち、周囲からは気味悪がられていた。
13歳の頃、龍仙皇国に渡り、流浪の旅を続けている。
父親は龍仙皇国の『始皇帝』こと『
母親は『
ダイノジュラグバとギオガイザーの二系譜を跨る
二系譜の
ただし、本物の
出生時期は平安末期。
玉藻前の化けの皮を剥がされた『九尾狐』が殺生石に変ずる際、戴黄麒も巻き添えで石化させられた。
幼少期は、龍と獣の血が互いに相手を攻撃し合い、自己免疫性疾患に苦しんだ虚弱児だった。
千年の眠りを経て、『麒麟』として目覚めた戴黄麒は、龍と獣の皇『麒麟王』として龍仙皇国に民主革命を起こそうと起ち上がる。
封星座珠:【瑞兆角】
唐紅の髪をした
闇商人魏難訓に『
記憶障害を負っており、過去の経歴を喪失している。
言動や振る舞いは、外見に比べてかなり幼い。
『
殴りつけると主人の気に召すままに姿を転じたとされ、皇族や官僚に珍重されたという。
現代の闇市場で『
長い若白髪で左目を隠す
白皙の貌には、
灰色狼の毛皮を羽織っており、毛皮の下には牙と爪の絡み合った異形の腕がある。
ギオガイザー系譜の
後に同系譜の
ギオガイザー系譜の降魔は、負傷すると細胞が万能細胞化する特性を持ち、生命力が著しく高い。
檮杌は万能細胞化による修復のみならず、以前より強靱な体組織を作り上げる性質を持つ。
その好戦的な気質から、命を落とす個体も多いが、歳月を経た檮杌は獰悪極まりない妖獣となる。
かつて
瀕死の重傷を負った妖獣『檮杌』の体は、原型を逸脱した新生組織として再生させた。
左眼は万物の奇穴を視る『
この血の蒸気は、ダイノジュラグバ系譜の
これらの三種は『檮杌』には本来あり得ない体組織であり、生物学上は
主君の仇である
赤い武火の髪と、焦げ色の肌をした
『焔帝』の娘であり、龍仙皇国の藩属『火釜国』を治める代理王。
宗主国の龍仙皇帝より、『焔帝』に代わり、国の統治を任されている。
ダイノジュラグバ系譜の
本来の姿は、獅子の如き鬣を逆立てた、熔岩の血を煮やす二足歩行の竜である。
封星座珠:【業炎鬣】
年齢・性別不詳。
『極楽浄土の切符から、地獄の沙汰の買収工作まで承る』闇商人。
魏難訓は一人ではなく、謎の商人集団の通名である。
皆一様に、不気味な
象骨面は、
象骨面を被せられた者は、
射干玉の黒髪と蒼醒めた肌を持つ仙人。
闇商人魏難訓の元締めであり、同じく不気味な象骨面を被る。
ダイノジュラグバ系譜の
ダイノジュラグバこと
龍の遺伝子を受け継ぐ仙人ではなく、龍の化身した
天陰は、
龍仙皇国の大地は、
※今回の魏難訓&天陰は♀も可です。
女性が演じる場合は、天陰の性別もそのまま女性になっています。
※以下は被り推奨です
闇商人A両
□6に登場。前後に戴黄麒、魏難訓が登場。
闇商人B両
□6に登場。前後に戴黄麒、魏難訓が登場。
※ルビを振ってある漢字はルビを、振ってない漢字はそのまま呼んでください。
ゲネシスタwiki 劇中の参考になれば幸いです。
□1/祝融山、山道の花崗岩付近
白狼琥:水蒸気爆発……!
硫黄に混じり、火薬と血の臭いも……!
戴黄麒:紅楼の姿は――!?
白狼琥:……見えました!
あの紅い……火達磨です――!
戴黄麒:焔帝仔の炎に焼かれたか――!
(雪の山肌を転げ降りてくる炎の塊に、戴黄麒と白狼琥は駆け寄っていく)
戴黄麒:今助けてやるぞ、紅楼――!
(戴黄麒の角が火達磨に触れると、地獄の業火が瞬時に鎮火される)
朱紅楼:おう、き……
戴黄麒:大丈夫か? 焔帝仔は――?
朱紅楼:…………!
(真冬の祝融山の雪化粧を吹き散らす烈気炎が、天高く噴き上がる)
狻猊王竜:
戴黄麒:
狻猊王竜:出てこい、麒麟王――!
余の吐く息は地獄の業火――!
決して消えず、水の上も雪の上も走り、地の果てまで追い詰める――!!
朱紅楼:……突然、あいつ、襲ってきたの。
白狼琥:やはり麒麟王を闇討ちにしようという魂胆だったか。
戴黄麒:どうやらそのようだな……
白狼琥:若、
戴黄麒:一瞬奪い合いになったが、すぐに手を引いた。
祝融山は俺の支配下にある。
白狼琥:何故でしょう?
外道なりに
戴黄麒:かもしれん。
だとしたら……使えるぞ。
狻猊王竜:祝融山は余の
何処へ隠れようと、お前の居場所は筒抜けだ。
じっくりと炙り出してやる。
(狻猊王竜の口腔に星図が宿り、地獄の業火が油を流したように燃え広がる)
戴黄麒:滑稽な空威張りだ。
祝融山の今の
(祝融山の地盤が割れ、雪を溶かしながら炎の竜蛇が燃え上がり、狻猊王竜に襲い掛かる)
狻猊王竜:
親父様、私を……
戴黄麒:そのまま炎竜蛇と遊んでいろ。
脱出するぞ。
白狼琥:かしこまりました。
(白狼琥の全身が膨れ上がり、一匹の白き凶獣が四肢を下ろす)
(妖獣檮杌の背に乗り、黄麒と紅楼は白き疾風となって雪道を駆けて行く)
戴黄麒:よく逃げ出せたな、紅楼。
朱紅楼:うん……
戴黄麒:焔帝仔はどんな奴だった?
朱紅楼:傲慢な癖に、卑怯で姑息で、凄く嫌な奴……
戴黄麒:竜の唯一の美点、誇り高さすらないのか。
倒すのに何の躊躇いも要らないな。
お前が無事で良かった。
朱紅楼:…………
□2/滞在先の温泉宿
(包帯を巻いて寝台に横になっている朱紅楼を、戴黄麒が覗き込む)
戴黄麒:酷い火傷だったな。
地獄の炎というのも伊達ではない。
朱紅楼:体にへばりついて、ずっと消えない……
骨まで焼かれる、地獄の熱だった……
戴黄麒:あれは
大昔は文字通り地獄の炎だったのだろうが、現代では解明されている。
人類統合体では
恐れることはない。
朱紅楼:……でも熱かった。
戴黄麒:……悪い。
朱紅楼:
戴黄麒:――?
朱紅楼:でもそれが、
戴黄麒:麒麟の世直しか。自分でも驚くほどの社会運動となっている。
朱紅楼:みんなずっと待ち望んでいた。
竜だけの王じゃなく、人や獣の王を。
戴黄麒:大衆は社会への不満を、麒麟王という英雄に託している。
だが麒麟王には、世直しをする力など無い。
真にこの国を変えるのは、大衆の力だ。
朱紅楼:うん。
戴黄麒:それでも今は、麒麟王という偶像が必要だ。
龍と獣を従え、
そのためには、お前の力が必要だ。
朱紅楼:ふふふ。
戴黄麒:笑うな。俺もガラじゃないのはわかっている。
朱紅楼:違うの。似合ってる。
初めて会った時から、知ってた。
おうきからは、
戴黄麒:
朱紅楼:そう……
紅楼のずっと前の、前の……原初の渾沌だった頃から……
戴黄麒:……
調べれば調べるほど謎が深まる。
顔や声は疎か、身長や性別まで変わり、高層建築から転落しようと、
朱紅楼:大好きな人の、身代わりになれるように。
昔の
紅楼、成長しちゃったからもう他の女の子にはなれないけど……
おうきの姿になら、なれる――
戴黄麒:……この身体能力。
まるでアメーバだ。
創成も使わず、多細胞生物で、これほどの可塑性を備えた生物とは……
あの女、どうやってこんな
朱紅楼:はー、はー……
戴黄麒:今日は回復が遅いな。
朱紅楼:うん…….どうしてだろ……
痛いの、止まらない……
戴黄麒:傷を見せてみろ。
(布団をめくり、火傷の膏薬に塗れた包帯をほどいた黄麒は言葉を失う)
戴黄麒:壊死している……!
こんなこと今まで起こらなかったのに……!
(予期せぬ事態に衝撃を受けた黄麒は、原因である可能性に行き当たり、激しい自責の念に苛まれる)
戴黄麒:細胞老化か……!
変幻自在とも思える成長や再生は、著しい細胞分裂、テロメアの短縮化をもたらす……
文献に残る
朱紅楼:おうき……?
戴黄麒:……もう、俺の影武者はやめろ。
朱紅楼:どうして……!?
戴黄麒:お前は俺の身代わりになる度に、命を縮めているんだ……
朱紅楼:いいよ……おうきの役に立てるなら。
戴黄麒:馬鹿な……
朱紅楼:好きなの。
戴黄麒:お前は
朱紅楼:でも好きなの。
戴黄麒:くだらない。
朱紅楼:好きだけじゃ不安? 利害で説明されたいの?
戴黄麒:ああ。
利害関係がわかれば、対策も立てられる。
見切りの目処もつけられる。
朱紅楼:おうきは竜だね。でも獣だよ。
おうきは知ってるはず。
嫌われても憎まれても、好きなままでしかいられない。
だから憎んだ、その痛み。
戴黄麒:……何の話している。
朱紅楼:匂いがするの。
愛するものを憎んで泣いた、朱い涙の匂い。
戴黄麒:お前は、何の話をしているんだ――!?
朱紅楼:見せて。おうきの、傷痕。
戴黄麒:…………
朱紅楼:大丈夫。痛いこと、しないから。
戴黄麒:憎いんだ、あの女が……
だがあの女を憎めば憎むほど、胸の奥が裂かれたように痛い……!
無益で非合理だとわかっているのに……!
朱紅楼:舐めてあげるね。痛くなくなるまで。
舐めるの好きなの。
戴黄麒:俺はお前が怖い……!
わからないものが怖い……!
情という制御出来ない衝動が怖いんだ……!
朱紅楼:怖くないよ。好きで嫌い。それだけ。
愛することと憎むこと。それは反対のものじゃなくて、互いに違うもの。
戴黄麒:……随分と回りくどい教育ですね、母上。
こんな形で、あなたの作った
朱紅楼:おうきの匂い、好き。
膝の上に、ずっと居させて。
どこにもいかないで、紅楼だけを撫でていて。
□3/王都『炎』、街外れの林
(夜更けの林道の奥、朱紅楼が沈鬱な面持ちで佇んでいる)
朱紅楼:…………
天陰の声:太陰の澱みに光は生まれ、太陽の輝きは闇を孕む。
万物は流転す。
朱紅楼:誰――?
(林の奥の暗がりに、射干玉の艶めく闇が生まれ、人の形に凝っていく)
天陰:
どうした我が半身よ。
朱紅楼:……嘘を吐いた。
天陰:ほう? 何故?
朱紅楼:怖かった……
天陰:何故?
朱紅楼:おうきを、取られること……
天陰:何故それが怖かった?
朱紅楼:愛って不思議なの。次から次に欲しくなる。
笑顔も、意地悪も、乱暴にされるのも優しくされるのも、全部好き。
どれだけあってもお腹一杯にならないのに、少しでも減ると喉が渇く。
愛して欲しいの。ずっと、紅楼だけを。
天陰:ははは――
朱紅楼:…………?
天陰:
恐れるな、裸になれ。共に深淵を覗き込もう。
徳目を棄却した剥き出しの大欲こそ、
朱紅楼:……嫌なの。
おうきが愛することも。
おうきを愛するヒトも。
愛してよ……
他のものは全部邪魔……
紅楼だけを、愛して……!
天陰:
もう恐れることはない。
朱紅楼:……思い出した。
どうすればいいか。
もう、知ってたんだ……
九尾の狐と……
黒い龍が教えてくれた……
天陰:愛らしき
此より陽の時代が訪れる。
駆け昇れ、力尽きるまで、天高く。
(射干玉の闇が人の形を失い、林の暗闇に融けていく)
(夜更けの林道で、魔性に目覚めた紅い瞳が爛々と輝いていた)
□4/王都『炎』、火眼城謁見の間
焔帝仔:くそっ……!
魏難訓:おお、これは凄まじい怒火の熱気。
焔帝仔:たった今、
火釜国の国政は、
余は失脚だ。
(謁見の間に下がった唐織りに、王都広場での演説が投影される)
麒麟王:皆の者よ、よく集まった。
今日はまず先に、とある人物に返答をお返ししよう。
逆賊王焔帝仔――!
祝融山での密談、人と獣を裏切り、龍に寝返ろという勧告。
答えは否だ。
この麒麟王は人、獣、竜――総ての人民たちの王。
覇皇の力に畏れを無し、自らの
魏難訓:秘密の交渉を暴露するとは、麒麟王も義に反する悪漢ですな。
焔帝仔:おまけに余の話した内容とも違う。
魏難訓:なんと卑劣な。火眼公も即刻反論の声明を出すべきです。
焔帝仔:……あのデタラメな演説で余の首は繋がった。
真相を暴露されていては、失脚では済まなかったであろう。
魏難訓:済んだことを悔いても無益なことですが、迂闊でしたな。
焔帝仔:……わかっている。
魏難訓:火眼公らしからぬ失態です。何か事情がおありでは?
焔帝仔:……麒麟王を逃すつもりはなかった。
だが当てが外れた。
魏難訓:それはそれは。
焔帝仔:……親父様は、余を怨んでおられるのだろうな。
魏難訓:
焔帝仔:……言うな。
魏難訓:いやはや、あまりと言えばあまりな仕打ち。
父の命乞いをするために、最も憎む父の宿敵の軍門に下り、逆賊王の汚名を堪え忍んでいるというのに。
子の心、親知らずとはこの事。
焔帝仔:言うなと言っている――!!
魏難訓:涙の湿り気が香ります。
焔帝仔:余は誇り高き
情に囚われた畜生どものように泣くものか。
(象骨の仮面の下で、卑屈な闇商人と入れ替わるように、深淵を抱く射干玉の闇が凝っていく)
天陰:いいや。
〝愛するものに憎まれる〟
焔帝仔:……不用意に認めてならぬは商道鉄則。
ではなかったのか、天魔の
天陰:
魂の
焔帝仔:尊公の示す道など誰が征くものか。
奈落の底無し沼が待ち受けるのみであろう。
天陰:堕ちるのも、また良し。
天に凝る太陰、
焔帝仔:…………
天陰:太陰の底まで堕ちてこい。
其処に陽転の兆しは在り。
光に手を伸ばせ。
其れは
□5/王都『炎』、滞在先の宿
白狼琥:たった今、連絡が入りました。
『
抗争の末、首領の
戴黄麒:そうか……
白狼琥:焔帝仔が失脚に追い込まれ、実権が
解散を申し出る者、連絡を絶つ者、そして――
戴黄麒:内通者か。
白狼琥:はい。やはり情報が漏れているとしか思えません。
戴黄麒:……弱いものだな、民衆とは。
白狼琥:この疑心暗鬼を払うための決起集会を開こうと考えます。
ここは若に団結の演説をお願いしたく。
戴黄麒:…………
朱紅楼:おうき、疲れてるでしょう?
しばらく休んだら?
白狼琥:今こそ踏ん張り時です――!
逆境の今、若が闘志を失えば、世直しの気焔が消え失せてしまう――!
朱紅楼:可哀想。こんなに疲れてるのにまだ働かされて。
白狼琥:紅楼――!
戴黄麒:お前はあの女の飼い犬だったからな。
復讐が出来れば、俺のことはどうだっていいんだろう。
白狼琥:若様……
戴黄麒:安心しろ。このまま利用されてやるさ。
白狼琥:…………
戴黄麒:どいつもこいつも……
打算抜きで俺のことを案じてくれるのは、紅楼唯独りだ。
散歩に出てくる。
(戴黄麒が部屋を出て行った後、険悪な雰囲気の白狼琥と紅楼が残される)
白狼琥:紅楼、若様を甘やかすな。
朱紅楼:怖いの? おうきを取られるのが?
喉を鳴らして甘えられないもんね。
白狼琥:何だと――?
朱紅楼:白狼琥、左眼にずっと九尾のお姫様の幻を見てる。
紅い夢の
おうきのことは右眼でしか見てない。
白狼琥:私は……
朱紅楼:そんな狐の忠犬に、紅楼負けない。
おうきの膝の上は、紅楼だけの場所なの。
□6/王都『炎』、裏通り
戴黄麒:上手くいかない……
焔帝仔を失脚に追い込んだまでが世直しの頂点。
後は裏目続きだ……
戴黄麒:理由はわかっている。
大衆に示す未来図がないからだ。
いや、未来図はある。
人と獣と竜の共存という、未来図は。
しかしそれを成し遂げるための、力が無い……
戴黄麒:大衆の熱狂は冷めてきた……
結局は麒麟王というカリスマ頼み。
その麒麟王は、
内通者はその現れだ……
戴黄麒:……いっそ紅楼と、二人で暮らすのも悪くないかもしれない。
世直しも、復讐もやめて――
覇皇も九尾も、俺にとって、もはや過去となりつつある……
(思索に耽る黄麒は、いつの間にか薄靄の掛かった横丁に迷い込み、その先に広がる光景に息を飲む)
戴黄麒:――……!?
(そこは屋台やゴザの建ち並ぶヤミ市だった。商人も客も一様に象骨の面を被り、天竺織を纏っていた)
闇商人A:滋養強壮、
皇国御法度の万病の仙薬、竜の子供の生き胆。
残るはただ一個。早い者勝ちだよ。
闇商人B:奴隷が一匹、奴隷が二匹。
一日五十人の客を取らせるとすると利回りはざっとこのぐらい。
うーむ、そろばんが合いません。
もう少し負けていただけませんか。
戴黄麒:ヤミ市か……!? こいつらは……!
魏難訓:おやおや。
正装で、とご案内差し上げたはずですが。
衣装をお忘れですかな?
戴黄麒:なんだお前たちは!?
魏難訓:お静かに。ここは裏華僑の集まりです。
素顔で彷徨いていると用心棒に拉致され、すぐにそこの露店に並べられますよ。
生き胆、両手両足、臓物の保存液漬けとしてね。
戴黄麒:…………!
魏難訓:
戴黄麒:随分とお優しいことだな、闇商人。
ただより高いものはないと聞くが。
魏難訓:
将来の見込み客は大切に育みますとも。
(戴黄麒は象骨の面と天竺織を纏い、闇商人の一人に紛れ込む)
戴黄麒:噂には聞いていたが、これが裏華僑のヤミ市か。
魏難訓:あらゆる欲望の流れ着く先『大欲界』――
思想信条人種性別一切不問。
「カネ」を共通言語に、欲望を交換するこの世の極楽、はたまた地獄。
戴黄麒:カネのない奴はどうなる。
魏難訓:己を売れば宜しい。
労働、売春、お愛想忠誠。
体は資本とはよく言ったものでしょう。
戴黄麒:よくわかった。此処は地獄だ。
魏難訓:極楽でも地獄でも、どちらでも宜しい。
『大欲界』の三徳は、貪欲、蕩尽、銭勘定。
さあ
戴黄麒:龍仙皇国で発禁になった書物はあるか?
魏難訓:禁書でございますか。しばしお待ちを。
(魏難訓が傍らで露店を開く闇商人に耳打ちすると、その闇商人は別の裏華僑に声を掛け、ヤミ市全体に伝播していく)
魏難訓:在庫がございました。御一読下さい。
戴黄麒:始皇帝の批判本に、官僚の醜聞、後は猥本か。
……これは。
魏難訓:
戴黄麒:龍仙皇国最大の敵、
魏難訓:
後にも先にも、
戴黄麒:
石や鉄の体を持つ
この渾沌というのは――?
魏難訓:
その名の通り、あらゆるものを形無き渾沌に還す、狂える獣。
幾度も蘇り、龍仙皇国に
歴史書からは大部分が抹消されていますが。
戴黄麒:……この本を買おう。幾らだ?
魏難訓:大負けに負けましてこのぐらい。
戴黄麒:な――! 法外だ――!
魏難訓:儒家なら喉から手が出るほど欲しがる、経書の原本ですからな。
戴黄麒:写本でいい。
魏難訓:著作権料と清書代金、仲介手数料、初回お値引きでこのように。
戴黄麒:くそ……! 足元見やがって……!
著作者はとっくに故人だろうが――!
魏難訓:毎度ありがとうございます。
戴黄麒:……頼みがある。
魏難訓:はい、何なりと。
戴黄麒:渾沌を調達してくれ。
魏難訓:かしこまりました。
戴黄麒:出来るのか?
魏難訓:失われた愛の代替品から、
『大欲界』に揃わぬものはございません。
戴黄麒:代金は? 相当吹っかける気だろう?
魏難訓:とんでもございません。格安でご奉仕致します。
戴黄麒:……!?
魏難訓:さてお開きです。
左伝の写本は、指定の場所とお時間に。
渾沌の情報もその際に。
(戴黄麒の被る象骨面の眼窩が暗転した次の瞬間、視界に飛び込んできたのは薄汚れた路地裏の壁だった)
戴黄麒:……王都『炎』の路地裏!?
あのヤミ市は――
(魏難訓の衣装を脱いだ黄麒は、不気味な象骨面を見つめる)
戴黄麒:『大欲界』――
あれは龍の
俺は罠に嵌められているのか――?
……まあいい、利用されてやる。
その代わり、分け前にはあずからせて貰うぞ。
□7/王都『炎』、街外れの林道
白狼琥:……かつて姫様は、愛は毒だと言った。
真の主である黄麒様に仇為す理由がわからん。
白狼琥:……何故俺は、姫様を愛したのだろう?
忌々しい
何度押し倒して、犯し、俺の子を孕ませてやろうかと思ったか……
白狼琥:だがあの時の俺は――
誇りと闘志すらへし折られた、惨めな負け犬だった……
俺は総てを曝け出し、身を委ねた。
あの時からあの御方は……俺にとって、第二の
白狼琥:……あの時の俺と、同じ状況に突き落とそうってのか?
戦闘狂いの檮杌様でさえ惚れちまった……
愛せずにはいられなくなる……
総てを失った、どん底へ……!
□8/王都『炎』、裏通りの一角
(闇商人の衣装に身を包んだ戴黄麒は、待ち合わせの場所に向かう)
戴黄麒:あいつか。
魏難訓:お前が約束の相手か。
戴黄麒:写本は?
魏難訓:カネが先だ。
戴黄麒:ふん。
魏難訓:確かに。
戴黄麒:で、あれは用意出来そうなのか?
魏難訓:ああ、あれか。
戴黄麒:出来るのか? 出来ないのか?
魏難訓:お前はもう持っているだろう。
戴黄麒:話は通じているか?
魏難訓:知らないのか。無理もあるまい。
真実は当事者諸共、葬られた。
もはや如何なる文献にも残っていない。
覇皇の他に知る者は、数えるほどしかいないだろう。
お前の探し求めている、渾沌だ。
戴黄麒:……!?
魏難訓:人や獣が肉塊に変わり、奇形の獣に成り果てる。
ありとあらゆる人や獣を苗床に増え続ける、狂える獣。
『渾沌』は
戴黄麒:では、
魏難訓:幾度もの渾沌の襲撃を乗り越え、皇国は狂獣病を根絶したかに見えた。
その裏で暗躍していたのが、同じ獣の
奴は渾沌の、無垢なる太極の肉塊と化す性質に目をつけた。
九尾は、渾沌に愛されるための習性を、本能としてすり込み、愛玩奴隷に仕立て上げた。
それが
間抜けな
そこに秘められた、愛の毒も知らずに……
戴黄麒:愛の毒……?
魏難訓:歴史書に書いてあるだろう?
無論、偶然ではない。
戴黄麒:まさか……
魏難訓:お前も心当たりがあるのではないか?
落ちぶれれば落ちぶれるほど、健気に尽くす
貧窮の果て、竜と獣は、麗しく心中していった。
そして肉塊に戻った渾沌を、闇商人が回収し、また別の
戴黄麒:…………!
(戦慄に凍りつく黄麒の前で、魏難訓は象骨面と天竺織を取り去り、紅蓮に燃える髪と火の眼を露わにする)
戴黄麒:焔帝仔――!!
焔帝仔:お前はまんまと
余に力を貸せ、麒麟王。
奴を渾沌に戻し、龍仙皇国に――
□9/王都『炎』、とある民家
(差し押さえになった民家の奥で、朱い少女と複数の人影が密談を交わしている)
朱紅楼:うん、そう。
ここが潜伏先。
片眼の
それが白狼琥――麒麟王の右腕。
いいよ、構わない。
殺しちゃって。
白狼琥:俺様を殺すとは、舐めたこと抜かしてくれるじゃねえか。
え? 朱紅楼?
朱紅楼:……白狼琥!
白狼琥:テメエが
この糞猫め。
若様の気慰みになればと思って飼い始めたら、思いっきり手を噛みやがるとはなぁ。
朱紅楼:お前、邪魔――!
やっちゃえ――!
白狼琥:しゃらくせえっ――!
(朱紅楼の一声で襲い掛かってきた密偵の一団を、白狼琥の左腕が骨の樹枝となって串刺しにする)
朱紅楼:
白狼琥:テメエ、まさか――!?
(骨樹枝の隙間を縫って襲い掛かってくる、触手で繋がれた妖獣の頭が、白狼琥の肩や脇腹を噛みちぎる)
白狼琥:図に乗るな餓鬼がァ――!!
(妖獣触手の襲撃を恐れずに前進した白狼琥の右腕が、恐怖に後退る朱紅楼の短躯を引き裂く)
朱紅楼:ア、アア――!!
(血塗れになって頽れた紅楼の体を横目に、白狼琥の眼は部屋中を物色する)
白狼琥:油は何処だ――!?
奴が渾沌なら、心臓を潰しても無駄だ。
燃やして灰にしちまわねえと……
渾沌:アアア……
(朱紅楼の体が崩れ、粘体状の細胞塊となり、出口へ移動を始める)
白狼琥:もう蘇生しやがった――!
渾沌:アアア――!!!
(粘体状の細胞塊に緋色の裂け目が走り、妖獣の触貌が襲い掛かってくる)
白狼琥:――!
(妖獣触手の急襲を躱した白狼琥の眼は、密偵たちの死体に噛みつく姿を捉える)
白狼琥:狙いはそっちか――!?
(密偵たちの死体が崩れ、粘体状の肉の塊となり、異形の妖獣の姿となって四肢をつく)
白狼琥:くそったれが――!!
(異形の妖獣に取り囲まれる白狼琥を残し、細胞塊は朱い少女の姿となって走り出す)
朱紅楼:どこ……!?
□10/王都『炎』、裏通りの一角
(炎の眼差しで問う焔帝仔に、闇商人の衣装を纏った戴黄麒は鼻で笑う)
戴黄麒:……呆れたな。
アグニを裏切り、今度はブラフマーにすら反逆しようというのか。
焔帝仔:覇皇になど、一度足りとも忠誠を誓ったことはない。
余に力があれば……今すぐにでも焼き殺してやる。
戴黄麒:何だと……?
焔帝仔:渾沌を目覚めさせろ。
あの忌まわしき狂獣を使えば、憎き覇皇を地獄の炉に叩き落としてやれる。
貴様もそれを望んでいるだろう、覇皇の子――!
戴黄麒:ふざけるな――!
紅楼は俺の大事な……
貴様の野望の焚き付けにさせるものか――!
焔帝仔:俗物め。あまり余を失望させるなよ。
お前は私と同じ……〝愛するものを憎んだ〟痛みを知る者だろうが。
戴黄麒:…………!?
焔帝仔:麒麟王、私は――
(表通りから人間の絶叫が聞こえ、次いで獣の雄叫びが響き渡る)
戴黄麒:妖獣だと――!?
焔帝仔:貴様、まさか既に――!?
戴黄麒:――――!
龍獣の王が
獣どもよ、王竜を襲え――!
(表通りから集まってきた異形の妖獣たちが、焔帝仔に向かって一直線に疾走していく)
焔帝仔:渾沌の獣ども――!
待て、麒麟王――!
(焔帝仔の怒声を無視して、戴黄麒は天竺織を翻し、裏通りを後にする)
焔帝仔:邪魔だ――!
(焔帝仔の咆哮が爆風となり、妖獣の群れを血と肉の煙霧に変える)
焔帝仔:許さん……!
余の王国に、忌まわしき獣を放つとは……!
渾沌諸共、地獄の業火で燃やし尽くしてくれる――!
(焔帝仔の瞋怒が燃え上がり、爆ぜる気焔の中から狻猊王竜が雄叫びを上げる)
□11/王都『炎』、妖獣の巣となった商店街
(象骨面と天竺織を脱ぎ捨てた戴黄麒は、妖獣の徘徊する商店街を独り歩いていく)
戴黄麒:紅楼……
朱紅楼:おうき……
戴黄麒:お前がやったのか……
朱紅楼:二人で、遠いところにいこう?
世直しも、復讐も、全部捨てて。
ね? おうき?
戴黄麒:…………
俺は、お前のことが好きだった。
好きだった……好きだったんだ……!
朱紅楼:おうき?
戴黄麒:お前との想い出一つ一つが、憎しみに穢れていく……
初めての出会いも、最初の口づけも、幾度の夜も……
幸せだった時の記憶が壊れ、砕け散り、心に刺さる……
これが〝愛するものを憎む〟痛みか……!!
朱紅楼:違うの、おうき――!
紅楼、おうきのこと好きな気持ちは――
戴黄麒:黙れ、獣よ――!
龍獣の王が、九尾の呪縛を解き放つ――!
偽りの
(戴黄麒の額に生え出した角が、朱紅楼の体を深々と貫く)
朱紅楼:あ、あ――
(朱紅楼の体は、再生する兆しを見せず、鋳型を失ったように崩れていく)
戴黄麒:俺を嗤え。
お前の爪に玩ばれ、恋に落ちた間抜けな麒麟を嗤え。
それとも呪いを吐くか。
地獄に引きずり込めなかったと、俺を呪って断末魔の怨念をぶちまけるか。
朱紅楼:おうき、ごめんね……
ごめんね……
戴黄麒:謝るな――!
同情を乞う、弱者の泣き顔を見せるな――!
邪悪に嗤い、俺に憤怒を残して死んでいけ――!
朱紅楼:怖かったの……
おうきには、色々なものが沢山……
でも紅楼には、おうきだけ……
おうきと紅楼の好きは、釣り合わない……
終わりの、匂いがしていた……
でも、おうきも紅楼だけになったら……
戴黄麒:だから、お前は俺の……
朱紅楼:ごめんね……
おうきの大事なもの、壊して……
戴黄麒:違う――!
俺は、お前に、欺かれたことが……
俺は、お前を……
朱紅楼:愛して、とは……
もう、言えないね……
だけど、紅楼が、おうきを好きでいることは……許して……
だい、すき……
(朱い少女は粘体状の肉塊に変わり、永遠に沈黙した)
戴黄麒:……愛してるんだ。
こんな結末になった、今でも、まだ……
白狼琥:若様――!
戴黄麒:…………
知っていたのか。
白狼琥:いえ……
申し訳ございません。
戴黄麒:何故母上は、こんな哀れな
何故人の心の、最も弱い部分に爪を立て、食い破って死に至らしめる
何故――……
白狼琥:…………
若様――!!
(白狼琥が戴黄麒を抱えて飛び退った地点を、一瞬遅れて地獄の業火が薙ぎ払っていく)
狻猊王竜:見つけたぞ、麒麟王。
白狼琥:
狻猊王竜:忌まわしき獣の本体は、灰燼に帰した。
残る雑魚どもは、お前諸共、焼却炉のゴミにしてやる。
白狼琥:若様、お逃げ下さい。
ここは私が時間を稼ぎます。
戴黄麒:…………
白狼琥:黄麒様――!
戴黄麒:……やるならやれ。
もうどうだっていい。
狻猊王竜:……馬鹿者め。
お前となら、解り合えると思っていた。
だがこうなってしまった以上、余とお前は敵同士だ――!
(白狼琥は檮杌の姿に変じ、狻猊王竜に飛び掛かる)
檮杌:ウオオオオ――!!!
狻猊王竜:駄犬が――!
檮杌:逃げろ――!
何をぼさっと座り込んでやがる――!
戴黄麒:…………
檮杌:あんたにゃ、悪いことをした――!
だがこの詫びだけは本物だ――!
狻猊王竜:退け――!
檮杌:グオオッ――!
逃げてくれ……!
若様……!
戴黄麒:ハク……!
(真横に倒れ込んだ檮杌の血飛沫を浴び、渾沌の残滓が微かに脈打つ)
戴黄麒:渾沌の
……鼓動が聞こえる。
……命じればいいのか?
目覚めよ、渾沌――!
狻猊王竜:赤黒く脈打つ、渾沌の心臓――!?
燃えろ――!
(王都の上空で、不気味に脈打つ赤黒い心臓を、業火の吐息が焼き焦がす)
戴黄麒:龍獣の王が、朱き獣の涙を降らす――!
万物よ、狂え――!
死の灰を浴びて、渾沌の獣と成り果てるがいい――!
(業火に鼓動を弱めながらも脈打つ渾沌の心臓は、戴黄麒の言下、血生臭く破裂する)
(飛び散った血と肉の欠片は塵に変わり、狂える朱い死の灰が、王都『炎』を紅に染めていく)
檮杌:朱い灰……!
肉と血の欠片が、朱い灰になって降り注いできやがる……!
戴黄麒:……
狻猊王竜:獣の
檮杌:視えたぜぇ、俺の勝ち星が――!!
(檮杌の左眼が獰悪に輝き、爆発的に延びた骨の尾が狻猊王竜の左胸を刺し貫く)
狻猊王竜:
戴黄麒:
檮杌:若、ずらかりましょう――!
戴黄麒:朱い灰……
(朱い灰の苦痛に耐えかね、仙人たちは竜の姿に変じて、悶絶し暴れ回る)
(そんな竜たちに狂える獣たちが殺到し、振り落とされ、薙ぎ払われながら、鱗を食い破る)
檮杌:
怖気が走るほど凄まじい怨念で……
あれにどやしつけられなきゃ、俺はとっくにおねんねして、そのままくたばっちまったでしょう。
戴黄麒:渾沌の真に忌まわしきは、この朱き降灰……
獣の怨念だ……
竜に虐げられた獣たちの、憎悪の叫びだ……
檮杌:何千年ぶりになるのか。
この朱い灰は、塩辛い味がします。
朱い――涙の味です。
戴黄麒:…………
□12/王都『炎』、朱い死の灰が降る大通り
焔帝仔:はあ、はあ……
天陰:奈落の底の心地はどうだ。
焔帝仔:何処が底だ……!
貴様の指し示す光に手を伸ばしたら、このザマだ……!
天陰:底の底抜けは間々あるもの。
ゆめゆめ資力を総て投じてはならぬ。
焔帝仔:
あなたに助力を乞う……!
余が死すれば……
王都『炎』を、渾沌の巣とした失態を咎められれば……!
火釜国……親父様の
天陰:ははは――
焔帝仔:覇皇が力を増せば、あなたとて困るだろう……!
頼む……!
この借りは……
天陰:愛は
吐き出さなければ体に溜まり、魂を狂わす
故に男は女を抱いて排泄し、女は股を開いて滴らす。
シャオ、
誰も愛さず、誰にも愛されず堪えてきた。
それでも
麒麟王と、この
焔帝仔:見下げるな……!
余がお前など……!
天陰:何故
何故麒麟王の台頭を
何故
何故今も――縋るような眼で祝融山を、物言わぬ父の卒塔婆を見遣る?
焔帝仔:私は、私は……
天陰:愛したいか? 愛されたいか?
王冠を捨て、
嘔吐せずにはいられない。だが空疎にも堪えられない。
焔帝仔:…………!
天陰:〝
奪い取れ。
赦しを、同情を、共感を求めるな。
憎まれよ。
世上から、人心から、愛するものから。
〝
焔帝仔:…………
寄越せ……
余に、この焔帝仔に……貴様の
(拒絶を畏れていた地脈に手を伸ばし、焔帝仔は霄壌圏域の支配権を掌握する)
(大地より凄まじい量の灰が噴出し、降り注ぐ朱い灰を吹き散らす中、業炎の竜の火影が揺らめき出す)
狻猊王竜:麒麟王――!
貴様の放った渾沌の獣どもは、この
(王都『炎』に充満する灰に悲憤の炎が点火し、業火燃え滾る爆風と衝撃波が吹き荒れる)
狻猊王竜:愛する王都よ、人民よ――!
余は汝らを滅ぼす――!
余は
責も咎めも、支配も栄光も総て独占する――!
誰にも縋らぬ――! 誰にも求めぬ――!
余は誰にも触れられぬ……地獄の業火より熱き炎だ――!
(王都『炎』を燃料気化爆発の大火球が飲み込み、王都壊滅の嘆きの雄叫びが大陸中に轟き渡った)
天陰の声:これを弱めんと欲すれば、必ずこれを強くせよ。
これを廃せんと欲すれば、必ずこれを興せ。
これを奪わんと欲すれば、必ずこれに与えよ。
即ち此れを、
覇皇を殺すは、天魔にあらず。
同じ覇道を志す、覇皇の子たち。
愛しく憎い
□13/隣国の田舎町、滞在先の宿
(戴黄麒は窓辺の椅子に腰掛け、市場の光景を眺めている)
白狼琥:若、お食事をお持ちしました。
戴黄麒:ああ。
白狼琥:今朝の官報、世界各国の外紙も置いておきます。
戴黄麒:ああ。
白狼琥:…………
戴黄麒:――あれから
白狼琥:……はい。
戴黄麒:火釜国では、焔帝仔が政治の実権に返り咲いたそうだな。
白狼琥:……不覚です。
戴黄麒:人民の希望『麒麟王』は、渾沌を放ち、無辜の人々を巻き添えにしたテロリスト。
皇国全土とその属国全域で、第一級の指名手配犯。
焔帝仔は皇国の平和を守るため、狂獣渾沌に冒された王都を、自らの手で灰にした大英雄。
白狼琥:……若、雌伏の時です。
世直しの気焔は、必ずや再び、人民の心に立ち上るでしょう。
戴黄麒:…………
白狼琥:あれは――!
戴黄麒:どうした?
白狼琥:半里先の隠れ家に、警吏の人集りが出来ています……!
『
(戴黄麒の眼に入る広場まで、警吏の一団に『獣牙会』の面々が連行されてくる)
(集まった人民たちは、石を投げ、罵声を浴びせ、世直しの闘士たちは罪人となって市中を引きずり回される)
戴黄麒:市中引きずり回し、晒し者か。
声は届かなくとも、何と言われているか、その場にいるようにわかる。
白狼琥:我々に落ち度があったことは弁明出来ん……!
だがあの手の平の返し方は何だ――!
私は視たことがあります……!
戴黄麒:憤るな。人民など所詮そんなものだ。
白狼琥:若、我々の滞在先にも潜伏先にも警吏が接近しています。
戴黄麒:国外に脱出するぞ。
白狼琥:『
戴黄麒:捨て置け。
白狼琥:しかし、彼らは我々を匿ってくれた――
戴黄麒:あんな奴らはただの駒だ。
代わりなど幾らでもいる。
白狼琥:…………
戴黄麒:俺は改めて母上を尊敬した。
愚かで強欲で、何の主体性も無い癖に、正義振る……
愚民どもを相手にして、いかに情を操るのが大変なことか理解した。
決して相手を好きにならず、信頼せず――
愛され、信頼され、しっぺ返しを食らっても微笑んでみせなければならない。
九尾よ、あなたは偉大だった。
白狼琥:若……
戴黄麒:しかし俺は力が欲しい。
愚かな連中を黙らせ、従わせ、不要であれば消し去る力が――
天地を畏れさせ、跪かせる程の――
覇気だ――!
覇皇の覇気が何よりも欲しい――!
白狼琥:……龍だ。
激しい衝動に取り憑かれながら、何処までも凍えた……
戴黄麒:征くぞ、白狼琥。
俺は龍獣の王、
竜を、人を、獣を――
あらゆるものを我が前に跪かせてやる。
はははは、はははは――……
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