ゲネシスタ-隕星の創造者-

9話-渾沌之残滓-

★配役:♂2♀2両1=計5人

戴黄麒(たいおうき)
15歳。
黒髪黒瞳の道人(どうじん)の少年。

日本国の栃木県『九尾荒原』にて保護された孤児。
動物や爬虫類と心を通わせる不思議な力を持ち、周囲からは気味悪がられていた。
13歳の頃、龍仙皇国に渡り、流浪の旅を続けている。

父親は龍仙皇国の『始皇帝』こと『覇皇神龍(ブラフマー・シェンロン)』。
天帝盤古龍(パングーロン)の創り出した九柱の要塞型(シタデル)龍生九子(りゅうせいきゅうし)の一柱であり、筆頭である。
母親は『妲己(だっき)』とも『玉藻前(たまものまえ)』とも呼ばれたギオガイザー系譜の要塞型(シタデル)九尾狐(きゅうびのきつね)』。

ダイノジュラグバとギオガイザーの二系譜を跨る偽王型(レプリカロード)
二系譜の総督型(プレジデント)に準ずる権能を有する。
軍兵型(カデット)を支配し、指令型(エリート)に対しても一定以上の影響力を持つ。
霄壌圏域(ヘヴンズ)の一部にも接続可能であるため、要塞型(シタデル)にとっても驚異となりうる。
ただし、本物の総督型(プレジデント)には一段劣り、上位種と真正面から衝突すれば劣勢は必至である。

出生時期は平安末期。
玉藻前の化けの皮を剥がされた『九尾狐』が殺生石に変ずる際、戴黄麒も巻き添えで石化させられた。
幼少期は、龍と獣の血が互いに相手を攻撃し合い、自己免疫性疾患に苦しんだ虚弱児だった。
千年の眠りを経て、『麒麟』として目覚めた戴黄麒は、龍と獣の皇『麒麟王』として龍仙皇国に民主革命を起こそうと起ち上がる。

封星座珠:【瑞兆角】

朱紅楼(しゅこうろう)
唐紅の髪をした猩人(しょうじん)の少女。
猩人(しょうじん)の印として、貌には墨紋が縁取っている。
闇商人魏難訓に『愛奴娘々(あいどにゃんにゃん)』として売られていた浮浪児。

記憶障害を負っており、過去の経歴を喪失している。
言動や振る舞いは、外見に比べてかなり幼い。

愛奴娘々(あいどにゃんにゃん)』は古代の文献に登場する猩妓(しょうぎ)である。
殴りつけると主人の気に召すままに姿を転じたとされ、皇族や官僚に珍重されたという。
現代の闇市場で『愛奴娘々(あいどにゃんにゃん)』として売られているのは、見た目が可愛らしいだけの猩人(しょうじん)の少年少女が大多数である。

白狼琥(はくろうこ)
長い若白髪で左目を隠す猩人(しょうじん)の男。
白皙の貌には、猩人(しょうじん)の印である墨紋が刻まれている。
灰色狼の毛皮を羽織っており、毛皮の下には牙と爪の絡み合った異形の腕がある。

ギオガイザー系譜の闘将型(ベルセルク)檮杌(とうこつ)』。
要塞型(シタデル)蚩尤(シュウ)』の直系降魔で、退くことを知らずに戦う凶獣と恐れられた。
後に同系譜の要塞型(シタデル)『九尾狐』の元に送られ、彼女の側近として数百年に渡り仕える。

ギオガイザー系譜の降魔は、負傷すると細胞が万能細胞化する特性を持ち、生命力が著しく高い。
檮杌は万能細胞化による修復のみならず、以前より強靱な体組織を作り上げる性質を持つ。
その好戦的な気質から、命を落とす個体も多いが、歳月を経た檮杌は獰悪極まりない妖獣となる。

かつて覇皇神龍(ブラフマー・シェンロン)と戦い、左眼と左腕を失う。
瀕死の重傷を負った妖獣『檮杌』の体は、原型を逸脱した新生組織として再生させた。
左眼は万物の奇穴を視る『華佗(かだ)』、尾は自在に成長する牙と爪の絡み合った骨肉兵装『哪吒(なたく)』。
覇皇神龍(ブラフマー・シェンロン)の血を浴びたことにより発現した『龍血獣皮(りゅうけつじゅうひ)』により全身に赤黒い斑が滲み、血の蒸気を纏う。
この血の蒸気は、ダイノジュラグバ系譜の隕石灰(メテオアッシュ)を侵す隕石灰(メテオアッシュ)であり、近距離では龍を蝕む毒となり、遠距離では龍の吐息から身を守る防壁となる。
これらの三種は『檮杌』には本来あり得ない体組織であり、生物学上は寄生型(メタビオス)に分類される。

主君の仇である神龍(シェンロン)たちに、古き妖獣は異形の眼と爪を光らせる。

焔帝仔(えんていし)
赤い武火の髪と、焦げ色の肌をした仙人(せんじん)の女。
『焔帝』の娘であり、龍仙皇国の藩属『火釜国』を治める代理王。
宗主国の龍仙皇帝より、『焔帝』に代わり、国の統治を任されている。

ダイノジュラグバ系譜の総督型(プレジデント)狻猊王竜(スァンニー・ワンロン)』。
本来の姿は、獅子の如き鬣を逆立てた、熔岩の血を煮やす二足歩行の竜である。
総督型(プレジデント)である焔帝仔は、霄壌創世(ヘヴンズフォーミング)の権能を有し、『火釜国』の地に熔岩の龍脈を趨らせ、外敵を悉く焼き尽くす。

要塞型(シタデル)である『焔帝』こと業炎神龍(アグニ・シェンロン)龍生九子(りゅうせいきゅうし)の一柱。
覇皇神龍(ブラフマー・シェンロン)との闘いで深手を負い、龍仙皇国最大の休火山『祝融山』として『火釜国』に鎮座している。

封星座珠:【業炎鬣】

魏難訓(ぎなんくん)
年齢・性別不詳。
『極楽浄土の切符から、地獄の沙汰の買収工作まで承る』闇商人。
魏難訓は一人ではなく、謎の商人集団の通名である。
皆一様に、不気味な象骨面(ぞうこつめん)を被り、暗色の天竺織(てんじくおり)を纏っている。

象骨面は、邪眼象(ギリメカラ)の骨に龍魄(りゅうはく)の欠片を埋め込んだ寄生型(メタビオス)の一種。
象骨面を被せられた者は、要塞型(シタデル)の傀儡となり、数々の悪事を代行する。

※今回の魏難訓は女性も可です。

※以下は被り推奨です

少年黄麒両
□1に登場。白狼琥と会話有り。
戴黄麒役の方がそのまま演じても構いません。
闇商人両
□5に登場。焔帝仔と会話有り。


※ルビを振ってある漢字はルビを、振ってない漢字はそのまま呼んでください。

ゲネシスタwiki 劇中の参考になれば幸いです。



□1/栃木県那須町、殺生石の跡地


(地中より噴き出す灰塵で、荒野は真昼でも薄暗く、灰白に霞んでいた)
(灰塵は地上に出ると立ちどころに毒気に変わり、草木を枯らし、鳥を落とし、獣を殺す)
(千年前に討たれたとされる狐の怨念が満ちた荒野を、長い白髪の男が進み、殺生石の前で膝を折る)

白狼琥:姫様……御無沙汰しておりました。
     白狼琥にございます。

白狼琥:日本は随分と様変わりしましたね。
     街には鉄の車が走り、電気と電波が国中を駆け巡る。
     あの世界大戦以後、日本は人類統合体に取り込まれ、『鋼鉄の革命』が急速に進行しております。

白狼琥:皇国は何も変わっておりません。
     姫様が覇皇に蹂躙され、皇国を追われてから千年間……
     まるで時が止まっているかのように、神龍(シェンロン)龍仙皇国(りゅうせんこうこく)の頂点に君臨し続けています。

白狼琥:私は今でも悔いているのです。
     姫様が国を追われたあの時、すぐに追いかけることができたら……
     姫様はこのような――物言わぬ石に変ずることなど無かったであろうと……

少年黄麒:あなたは龍仙皇国(りゅうせんこうこく)の方ですか?
       どうして殺生石の前で泣いているのです?

白狼琥:……かつてこの御方は、私の主君だった。
     そう言えば、信じるだろうか?

少年黄麒:はい。信じます。

白狼琥:君はおかしな子だな。

少年黄麒:昔からよく言われました。

白狼琥:一緒に来なさい。街まで送っていこう。
     殺生石の噴き出す毒気(どくけ)を浴びていると、死に至るぞ。

少年黄麒:結構です。街にはもう戻りたくありません。

白狼琥:家出か。

少年黄麒:僕は孤児(みなしご)なんです。
       学校でも、施設でも、ひどく虐められました。

(寂しげに呟く少年黄麒を慰めるように、周囲から野良犬や野良猫、野鳥が群がってくる)

白狼琥:その野良犬や野良猫、野鳥たちは……!?

少年黄麒:動物には好かれるんです。
       犬、猫、鳥、トカゲやカメやカエルたちも。
       僕が悲しい時や寂しい時、ずっと側に寄り添ってくれました。
 
白狼琥:…………

少年黄麒:あなたも気味が悪いですか?
       でもあなたからは、動物たちと同じ温かなものを感じるんです。

白狼琥:…………
     その動物たちは、何故死なないのだ?

     飛ぶ鳥は落ち、草木も枯れ果てる猛毒の『九尾荒原(きゅうびこうげん)』――
     何故、君やその動物たちは平気で暮らしているのだ――?

少年黄麒:『母の愛』ではないですか?
       生前の母上には辛く当たられてばかりでしたけれど――
       死んでからは、この殺生石が僕の唯一の拠り所です。

白狼琥:君は――!!

少年黄麒:――誰か来ましたね。

白狼琥:……武装した鉄人たちが見える。

少年黄麒:眼が良いんですね。

白狼琥:人類統合体の軍隊だ。君を探しに来たのだろう。

少年黄麒:殺生石の調査ですよ。
       殺生石の活動が活発化し、有毒ガスの計測値が警戒水準に高止まりしているためです。

       どうして僕をそっとして置いてくれないんだ。

(少年黄麒が殺生石に手を当てると、額に星図が浮かび上がる)

少年黄麒:霄壌創世(ヘヴンズフォーミング)――殺界九尾(さっかいきゅうび)

白狼琥:鉄人たちが錆びた鉄塊となって朽ちてゆく……!
     殺生石の毒は、鉄の降魔も殺すのか……!
     九尾様の怨念は斯くも……!

少年黄麒:これでしばらくは静かに暮らせます。

白狼琥:君の――あなたのお名前は?

少年黄麒:麒麟(チーリン)龍獣(りゅうじゅう)の王。
       母上は、僕をそう呼んでいました。

       産まれて間もない、朧気な記憶の中では、愛おしさと祈りを込めて。
       やがて苛立ちと失意に変わり、最後には憎悪と殺意の声で。

       戴黄麒、それが僕の名前です。


□2/火釜国王都『炎』、郊外の闇市場


白狼琥:若様、先ほどのあれは何です。

戴黄麒:ああ、宿代の節約だ。

白狼琥:後で帳簿を調べれば、数字が合わないことに気づきます。

戴黄麒:間抜けな帳簿係が叱責されるだけだろう。

白狼琥:今回一度きりではございません。
     不審な催眠術を掛けられた者が続出すれば、やがて直前に目撃した少年――
     戴黄麒様の特定に至るでしょう。

戴黄麒:俺は龍と獣の王だ。
     王が民から搾取して何が悪い。

白狼琥:それでは覇皇と同じではありませんか。
     若様の母君……九尾様を辱めた、覇皇神龍(ブラフマー・シェンロン)と。

戴黄麒:黙れ。

白狼琥:いいえ、黙りません。
     若、今日こそは――

戴黄麒:安心しろ。
     闘将型(ベルセルク)の一人すら黙らせることが出来ない。
     こんな無力な王に何が出来る。

     所詮俺は、偽王型(レプリカロード)だ。

白狼琥:若……

魏難訓:道ゆく人よ、僥倖(ぎょうこう)なりや。
     今宵お披露目するは、天竺(てんじく)萬商(よろずしょう)魏難訓の取り扱いでも、二度と出てこぬ珍品中の珍品。

     その姿は変幻自在。その気性は従順貞淑。
     ひたむきに主人を愛し、身も心も捧げる、地上に舞い降りた天女にして悪女。
     世にも珍しき妖獣『愛奴娘々(あいどにゃんにゃん)』――

戴黄麒:愛奴娘々(あいどにゃんにゃん)――?

魏難訓:獣帝(じゅうてい)蚩尤(シュウ)亡き後、王朝『秦』に流行した愛玩奴隷。
     蚩尤(シュウ)という強大な要塞型(ジヴァルナ)を失い、最下層の身分(カースト)に落とされた猩人(しょうじん)の、糊口を凌ぐ身売りであったと伝えられております。

     しかし焚書にされた歴史書に、恐るべき真実は記される。
     愛奴娘々(あいどにゃんにゃん)とは、九尾の狐が蔓延させた、甘くも苦い愛の毒。

戴黄麒:九尾……!

魏難訓:さあさあ、立ち去るなら今の内――!

     首輪を嵌めて跪く主人。
     引き取った者は必ず破滅する、愛欲(カーマ)の呪い。
     九尾の狐が産み落とし、邪淫の荼枳尼(ダーキニー)が晒される――!

     皆々様、お覚悟は宜しいか?
     いざ、ご開陳――!

(鉄檻に被せられた紗幕を引くと、鉄格子の向こうで鎖に繋がれた猩人の少女が蹲っている)

朱紅楼:アー……

戴黄麒:なんだ、あれは……

魏難訓:落胆、罵声、大いに了察。
     鉄檻(てつおり)に蹲っているのが、乞食の洟垂れ童子では。

(鉄檻の戸を開けて猩人の少女を引きずり出すと、魏難訓は片手に鞭を取り出す)

魏難訓:然るに、この洟垂れ童子が天女に変じたとすれば――?
     感嘆、歓声、大喝采――!
     紛う事なき、愛奴娘々(あいどにゃんにゃん)の証明となりましょう。

     ご覧あれ、天竺の曲芸――!
     洟垂れ童子の天女調教――!
     芋虫は血化粧で麗しき胡蝶に羽化する――!

(魏難訓が鞭を振るい、少女を残虐に打ち据える)
     
朱紅楼:アウ――! アウ――!

(血飛沫を撒き散らして悲鳴を上げる少女の顔は、血に塗れる度に、徐々に美しくなっていく)

戴黄麒:爛れた皮膚が、滑らかな素肌に変わっていく……!

白狼琥:つまらない手品ですよ。
     猩人(しょうじん)の中には、極めて再生能力が高い種族がいます。
     そういった猩人(しょうじん)を捕まえてきて、皮膚病に罹患させる。
     後は痛めつけて自己再生を促せば――

戴黄麒:角質剥離(ピーリング)か。
     タネがわかれば、猿芝居だな。

白狼琥:愛奴娘々(あいどにゃんにゃん)の札を下げれば、高値がつきますからね。
     奴隷商人が愚かな客を騙して、身寄りのない孤児を売りつける。

     幾度となく繰り返されてきた光景です。

戴黄麒:くだらないな。どいつもこいつもくだらない。

白狼琥:若様――?

魏難訓:おお、これは若旦那様。
     愛奴娘々(あいどにゃんにゃん)にご関心がお有りですか?

戴黄麒:ああ、買おう。

魏難訓:さあ、若旦那から買い名乗りの声が上がりました。
     他に購入を希望される御仁はおられませんか――?

戴黄麒:何を言っている?
     こんな偽物の乞食のガキに、カネを出すわけがないだろう。

     俺が買ったのは、此処に集まったお前たちクズ全員の命だ。
     値付けをするなら、お前たち一纏めで銅銭一枚だな。

(財布から銅銭を取り出し、弾いて捨ててみせる戴黄麒に観客は唖然となり、罵声や野次が飛び舞う)

戴黄麒:人買いの分際で、自分が値付けされるのは癪なのか。
     買い取って早々だが、処分だ。

     龍獣の王が勅命(みことのり)を下す。
     争え。ゴミ同士潰し合うがいい。

(戴黄麒の額の星図が強制力を放ち、争い始める人買いたち)

白狼琥:若様、やんちゃが過ぎますぞ。

戴黄麒:ああいうクズを痛めつければ、ちょっとした世直しになるだろう?

白狼琥:世直しの前に、ご自身の品行を改めて下さい。

(喧噪の中、戴黄麒の命令を無視して、人買いの一人が殴りかかってくる)

戴黄麒:うっ――! 道人(どうじん)か……!
     俺の命令が通じない……!

白狼琥:若様のお力とて、万能ではありません。

戴黄麒:麒麟の頬を張って無事で済むと思うなよ……!
     やれ、白狼琥――!

白狼琥:やれやれ。

(白狼琥の左腕が振られ、戴黄麒の胸ぐらを掴んでいた道人の男が吹っ飛ばされ、ゴミ溜めに突っ込む)

白狼琥:騒ぎを聞きつけ、警吏どもが動いております。

戴黄麒:腐った奴らだ。
     まず先に焔帝(えんてい)に反逆した、逆賊王を捕らえたらどうだ。

朱紅楼:アウー……

白狼琥:この猩人(しょうじん)の子供は如何しましょう。

戴黄麒:捨ておけ。焔帝仔に押しつければいい。

白狼琥:奴は仙人(せんじん)です。
     獣の血を引く猩人(しょうじん)など、畜生同然にしか考えていないでしょう。

戴黄麒:お前が子育てでもするのか?

白狼琥:いえ、しかし――

戴黄麒:行くぞ。

朱紅楼:ア――!

(朱紅楼は戴黄麒に追いすがるが、歪に変形した足は体重を支えられず、顔から地面に倒れこむ)

戴黄麒:……纏足(てんそく)か。

朱紅楼:アー……アー……

(泥まみれになった顔を向け、手を延ばす子供の姿が、少年時代の黄麒に置き換わる)

少年黄麒:母上、待ってください――!
       母上――……

戴黄麒:…………
     ハク、あの猩人(しょうじん)の子供を連れて行け。

白狼琥:かしこまりました。

(戴黄麒は、白狼琥が朱紅楼を背負って戻ってくるのを見届けた後、裏道へ走り出す)

朱紅楼:アー……!

白狼琥:若様、如何様な理由で心変わりを?

戴黄麒:……幻覚。
     ……唯の気まぐれだ。


□3/王都『炎』、滞在先の温泉宿


白狼琥:薬湯と膏薬を持って参りました。

朱紅楼:アウー……

戴黄麒:俺は怪我の手当する。
     お前は服を調達してこい。
     奴隷のボロ着では外にも連れ出せん。

白狼琥:かしこまりました。

戴黄麒:…………
     見れば見るほど汚いガキだな。

朱紅楼:アー……

戴黄麒:脱がせるぞ。大人しくしていろよ。

朱紅楼:…………

戴黄麒:思ったより傷は浅いな。
     血と泥で汚れていただけか。

朱紅楼:…………

戴黄麒:意外と色白なんだな……
     それに……胸も想定外の……

白狼琥:只今戻りました。

     ……!?
     その娘、どうしたのです?

戴黄麒:――?

白狼琥:雌の臭いがします。

戴黄麒:何だそれは。

白狼琥:よくご覧になってください。

戴黄麒:…………!!
     生えている……!?

朱紅楼:淫秽(インフイ)――!

(朱紅楼の裸をまじまじと見つめる戴黄麒の視界に、薬湯の桶が飛び込んできて、ずぶ濡れになる)

戴黄麒:うわっ――!

白狼琥:若様、聞かれましたか。
     今、言葉を喋りました――!

戴黄麒:こいつ、いきなり俺に薬湯の桶を投げつけやがった――!

白狼琥:若、女体へのご興味、ご関心、重々承知しております。
     しかし、凝視はいけません。見れば隠され怒られる。
     男の先達(せんだち)として、僭越ながら忠告をさせていただきます。

戴黄麒:お前が見ろと言ったからだろうが――!
     そんなことよりこの変化――……!

白狼琥:ほんの四半刻(しはんとき)足らずの間に、数年分も歳を取ったかのようだ。

戴黄麒:猩人(しょうじん)は一般に、普通の人間である道人(どうじん)よりも早熟だが……

白狼琥:それで羞恥心も芽生えたのでしょう。

戴黄麒:あり得ん成長速度だろう。タケノコか、こいつは。

朱紅楼:(フー)(フー)

白狼琥:この娘、本物の愛奴娘々(あいどにゃんにゃん)かもしれません。

戴黄麒:だったらどうする?

白狼琥:如何です?

戴黄麒:要るものか。怪我が治ったら、どこかの孤児院に捨ててこい。

白狼琥:そうですか。若様にもそろそろ女を教える頃合いだと考えているのですが。

戴黄麒:お前に教わることなど無い。もう十分に知っている。

白狼琥:は?

戴黄麒:龍獣の王を見くびるなよ。

白狼琥:若、またお力を悪用されましたな。

戴黄麒:だったらどうした。踏み躙り奪う。当然の権利だ。

白狼琥:商売女を抱けば良いではありませんか。
     黄麒様はあまりに情に欠ける嫌いがございます。

戴黄麒:情など邪魔なだけだ。

白狼琥:咎め立てしているのではありません。
     私は黄麒様を心配しているのです。

     あなたは他人を物のように扱い、使い捨てる。
     今のような振る舞いを続けていれば、いずれあなたの周りには、誰も居なくなってしまうでしょう。

戴黄麒:他人など、俺にとっては唯の駒だ。

白狼琥:私もあなたの駒ですか。

戴黄麒:……お前はあの女の仇討ちに、俺を利用しているだけだろう。

白狼琥:黄麒様、私は――!

戴黄麒:黙れ。邪魔だ、失せろ――!

(無言で部屋を出て行く白狼琥と、無言でうなだれる戴黄麒)
(その姿を、朱い瞳がじっと観察している)

朱紅楼:オ・ウ・キ……
     (ラージャ)ノ匂イ……
     ゴ主人様……


□4/夜、滞在先の温泉宿


朱紅楼:あの……黄麒様、白狼琥様。

戴黄麒:……さっき女湯に入っていったのは童子だったよな?

白狼琥:はい。紛れもなく断崖絶壁でございました。

朱紅楼:せっかくご用意いただいた着物なのですけど……
     胸の辺りが苦しくて……

戴黄麒:……こいつは誰だ。何が起こった。

白狼琥:愛奴娘々(あいどにゃんにゃん)ですから。

戴黄麒:……この成長速度だと、十日後には要介護老人だぞ。

白狼琥:その心配には及びません。
     若、おなごの胸の好みは?

戴黄麒:大きすぎず小さすぎず、適度な弾力。

白狼琥:髪の長さは?

戴黄麒:長いほうがいい。

白狼琥:性格は?

戴黄麒:貞淑で恥じらいがあって女らしい女。

白狼琥:ふむ。

朱紅楼:あの、白狼琥様……?

白狼琥:若の望んだ通りのおなごではありませんか。

戴黄麒:……それがあれだと言うのか?

白狼琥:はい。
     愛奴娘々(あいどにゃんにゃん)の成長期は二週間足らず。
     主人の好みを嗅ぎ取り、理想の異性に成長し、そこで変化が止まる。

戴黄麒:……俺の好きな髪の色とは違う。瞳の色も。

朱紅楼:……ごめんなさい。

白狼琥:変幻自在の愛奴娘々(あいどにゃんにゃん)でも、色素は変えられない。
     あの朱い髪と紅の瞳が、紅楼の個性なのです。

戴黄麒:…………

白狼琥:さて、私は紅楼に合う服を買ってきます。

戴黄麒:今日はもう遅い。明日でもいいだろう。

白狼琥:夜の散歩がてらですよ。
     それでは若、お楽しみを。

(意味深な笑いを浮かべ、白狼琥は部屋を後にする)

朱紅楼:あの、黄麒様。
     私のような者を拾っていただき、ありがとうございました。

戴黄麒:ただの成り行きだ。

朱紅楼:私は愛奴娘々(あいどにゃんにゃん)
     ご主人様に愛を乞い、愛の甘粥(あまがゆ)を舐めて生きる畜生です。

     黄麒様……愛を、ください。

戴黄麒:……それは闇商人に仕込まれたのか。

朱紅楼:……わかりません。

戴黄麒:わからない?

朱紅楼:何も覚えていないんです……
     黄麒様に救われ、朱紅楼の名前をいただくまで……
     自分が何をしていたのか……自分は何者だったのか……

     でも、墨紋(ぼくもん)に刻まれた本能が知っているんです。
     どうすれば、男の人が喜ぶのか。

戴黄麒:…………

朱紅楼:愛して下さいなどとは申しません。
     紅楼に、愛することをお許し下さい。

     黄麒様……

(跪く朱紅楼の姿に、少年時代の黄麒の姿が重なる)

少年黄麒:何も、感じません……
       霄壌圏域(シャンバラ)の地脈も、隕石灰(プラーナ)の気も……

       母上……
       申し訳、ありません……母上……

少年黄麒:母上――!
       蹴鞠(けまり)遊びで名足(めいそく)と呼ばれました――!

       母上、母上……

少年黄麒:母上が私を忌むことは承伏いたしました……
       けれど、私が母上を慕うことはお許し下さい……

       僕は母上が好きです……
       母上が僕を嫌っても、僕は――……

戴黄麒:――やめろ!

     弱者の媚びた笑いを、俺に向けるな――!
     純真を装った、哀れみの物乞いをするな――!

朱紅楼:――……!!

戴黄麒:…………

朱紅楼:申し訳、ありません……

戴黄麒:…………

白狼琥:只今戻りました。

     ……ふむ?

戴黄麒:…………
     ちょうどいいところに帰ってきた。

     ひとっ風呂浴びてくる。

白狼琥:行ってらっしゃいませ。

戴黄麒:……紅楼。

朱紅楼:……はい、黄麒様。

戴黄麒:黄麒様は止めろ。敬語も使うな。

朱紅楼:え……?
     では何とお呼びすれば……?

戴黄麒:黄麒でいい。

朱紅楼:でも……

戴黄麒:卑屈な女は嫌いだ。

朱紅楼:はい……

     うん、わかった。

戴黄麒:……明日、お前の新しい服を買いに行こう。

白狼琥:紅楼の服なら、私が買って参りましたが?

戴黄麒:お前のセンスは当てにならん。

朱紅楼:……おうき!

     また明日――!

戴黄麒:……ああ。


□5/王都『炎』、火眼城謁見の間


焔帝仔:其の方、我が火釜(ひがま)の国にて、畜生にも(もと)る奴隷売買を行った。
     相違あるまいな。

闇商人:も、申し訳ございません――!
     私は王都『(えん)』で油売りを営む、しがない商売人でございます――!

     昨今の油の暴落により、売るに売れぬ在庫の山を抱え、目先の現金欲しさに……

焔帝仔:言い訳は要らん。油売りがどこで奴隷商人に鞍替えした?

闇商人:は、はい。

     象骨(ぞうこつ)の面を被った商人より仕入れました。
     その者と同じ、象骨面と天竺織を纏った者だけで開かれるヤミ市がございます。
     そこでは古今東西の秘宝珍宝(ひほうちんぽう)が集まり、値付けが行われておりました。

焔帝仔:裏華僑(うらかきょう)の集まるヤミ市『大欲界』か。

     吐け。
     闇商人どもの巣穴と、〝元締め〟と呼ばれる首魁の正体を。

闇商人:記憶にないのです……!

焔帝仔:ほう? 余の吐息で炙ってやれば浮き出てくるか?

闇商人:まことでございます――!

     私はいつものように象骨面を被り、『魏難訓』に扮しました。
     ところが、その……売上金を少々少なく申告しておりまして。

     象骨面から男とも女ともつかぬ、奇妙な声が聞こえたのです。
    〝(なれ)を除籍とする〟と。

     ……気がつけば、牢屋の中におりました。
     あのヤミ市の場所も、〝元締め〟のことも、綺麗さっぱり抜け落ちてしまったのです。

焔帝仔:燃えカスだな。

闇商人:私はどうなってしまうのでしょう――……!?
     焔帝仔様、どうぞ寛大なご沙汰を……!

焔帝仔:奴隷売買は懲役二十年の実刑。
     それに加え、児童虐待と詐欺、不穏分子『裏華僑』に与した罪状。

     火刑の中でも最も重い、魂までも焼かれて苦しむ、業炎地獄だ。

闇商人:おお、そんな……!
     なにとぞ、なにとぞ……!

焔帝仔:創成(ヴェーダ)――!

(玉座に腰掛けた焔帝仔の蛇矛から、粘りつく油脂炎が放たれ、転げ回る闇商人を地獄の熱で責め苛む)

闇商人:ぎゃああああ――!!

焔帝仔:こいつの住居を競売に掛けよ。
     預貯金、売掛金、商品在庫――全て差し押さえだ。
     犯罪者の財産は、国庫に奉納する。

     特派宦官(とくはかんがん)の方々。
     条約に基づき、特別租税の五割を宗主国へお納めする。

     以上、本日の謁見は終わりだ。
     扉を閉ざせ。

     ああ、その前にそこの消し炭を片付けておけ。

(謁見の間に一人になり、焔帝仔の眼が憤怒の炎に燃え盛る)
(玉座の後ろに陰の気が凝り、象骨の面が天竺織に包まれるように立ち上がる)

魏難訓:御人払い頂き、恐悦至極。
     天帝に祈りを届けし、護摩(ホーマ)の炎、火眼(かがん)(きみ)よ。

焔帝仔:余の城に潜り込むため、わざと捕まったな。

魏難訓:一介の旅商人の身の上では、火眼公にお目通りしようとも門前払いが関の山。
     裏口からの拝謁、平にご容赦を。

焔帝仔:お前は余と同じ天罡星(てんこうせい)の火を灯された、竜の端くれであろう。

魏難訓:流石は火眼公(かがんこう)
     先王焔帝(せんおうえんてい)様の世継ぎと目される総督型(ラージギル)でございます。

焔帝仔:その先王焔帝には祝融山(しゅくゆうざん)に御隠居いただいた。
     余は〝王の中の王(ラージャ・ディ・ラージャ)〟、この世に並ぶもの無き、龍仙皇国皇帝陛下より国権を授かった、代理王(アルダ・ラージャ)だ。

魏難訓:今宵火眼公にお願いに上がりましたのは、許認可申請にございます。
     龍仙皇国を戦火に包む、災禍の花火玉の――

焔帝仔:聞こえなかったのか、闇商人。
     余は自らの要塞型(ジヴァルナ)業炎神龍(アグニ・シェンロン)を裏切った逆賊王だ。
     余の忠節は始皇帝陛下……覇皇神龍(ブラフマー・シェンロン)様にある。

魏難訓:不用意に認めてならぬは商道鉄則。
     火眼公のご事情は、承伏しておりますとも。

     それで許認可の方は――?

焔帝仔:余はお前の素性は知らん。
     お前の持ち込んだ花火玉も知らん。

     打ち上げるなら勝手に打ち上げろ。
     出来映え次第では、余も見物に参加してやる。

魏難訓:有り難き幸せ。

     必ずや龍仙皇国滅亡の花火を――
     覇皇の頭上に降り注ぐ、災禍(わざわい)の炎をご覧に入れましょう。


□6/王都『炎』、日本輸入服飾店


朱紅楼:うわあ、可愛い服! いっぱい!

戴黄麒:好きな服を選べ。
     ハクの買ってきた服など、恥ずかしくて着ていられないだろう?

白狼琥:安くて丈夫。迷ったり比べる必要もない。ぴったりだと思ったのですが。

戴黄麒:だから人民服を選んでくる辺り、感性が獣以下だ。

白狼琥:姫様にもよくお叱りを受けました。

戴黄麒:…………

朱紅楼:萌的女中(もえてきじょちゅう)紺布体育着(ぶるまあ)我的妹(ウォーダメイメイ)否可愛(フォークィアイ)――

白狼琥:……失礼ながら若の感性も相当歪んでおられませんか?

戴黄麒:これが日本の最先端のファッションだ。

朱紅楼:おうき、戦艦的女子(せんかんてきじょし)

戴黄麒:見ろ。気に入っているじゃないか。

白狼琥:……姫様、御子息が魔道に堕ちてゆきます。


□7/王都『炎』、大衆食堂


朱紅楼:蟹粉豆腐(シェフェンドゥフゥー)炸酱面(ジャージャーミェン)葱爆羊肉(チンハオロース)……!

     いいの――?

戴黄麒:遠慮せず食べろ。

朱紅楼:ありがとう――!

戴黄麒:愛奴娘々(あいどにゃんにゃん)か。
     主を破滅させるという、九尾の狐の荼枳尼(ダーキニー)

白狼琥:いいのではありませんか。

戴黄麒:いいのか? 俺を破滅させるかもしれない奴だぞ。

白狼琥:愛は毒だと、姫様は仰っていました。
     しかし毒は薬にもなるのです。
     幸い若様には、この薬はよく効いているようだ。

朱紅楼:おうき、ありがとう。
     今日はすごく楽しかった。

     愛されるって、とっても幸せ。

戴黄麒:大袈裟な奴だな。

朱紅楼:麒麟(チーリン)我的愛人(ウォーダアイレン)

戴黄麒:どういう意味だ?

朱紅楼:おうき、私の愛する旦那様――!

戴黄麒:勘弁してくれ。この歳で妻帯者にはなりたくない。

白狼琥:気づいておられますか、黄麒様。
     笑い、怒り、呆れ、哀しみ――
     瞳に熱を帯び、血が温かく通っていることに。

戴黄麒:――――?

白狼琥:私は恐れていたのです。
     あなたは蜥蜴のように情に薄く、蛇のように冷たく笑う。
     このままでは、いずれあなたは竜になるだろうと。

     そうなれば私は――……

戴黄麒:…………

白狼琥:紅楼、お前がいてくれて良かった。

朱紅楼:白狼琥様……

白狼琥:白狼琥でいい。

朱紅楼:……はい、白狼琥!

(大衆食堂に入ってきた仙人の一団が、満席と断られたことに怒り、店員を叱りつけている)

戴黄麒:……なんだ、あの横柄な客は。

白狼琥:龍仙皇国から天下ってきた特派宦官(とくはかんがん)ですよ。
     焔帝仔が業炎神龍(アグニ・シェンロン)を裏切り、皇国の軍門に下って以降、ああして好き放題に振舞っているのです。

(不快感を滲ませて見やる戴黄麒と、仙人の代表の目が合い、仙人の一団がこちらにやってくる)

戴黄麒:何の用だ。

白狼琥:申し訳ございません、仙人(せんじん)様。
     すぐに席を空けます。

戴黄麒:俺は退くつもりはない。
     俺たちが食べ終わるまで、そこ待っていろ。

白狼琥:若、堪えてください。

     大変失礼致しました。
     後できつく叱りつけておきますので、どうかご容赦を。

(特派宦官の一人が朱紅楼の腕を掴み、口答えした罰金代わりに連れていこうとする)

朱紅楼:いや! 離して!

     おうき――!

戴黄麒:下等な竜どもが――!

     その娘を離せ。

(戴黄麒の額に星図がうっすら浮かぶと、特派宦官は催眠術に掛かったように朱紅楼の手を離す)

朱紅楼:あ……!

戴黄麒:ハク、紅楼、行くぞ。

     飯代だ。釣りはいい。

(店の外に出ると、真っ先に朱紅楼が安堵の声を出す)

朱紅楼:怖かった……!

     仙人(せんじん)の蜥蜴の眼。
     食べられるかと思った。

白狼琥:若、よく辛抱されました。

戴黄麒:悔しくないのか?

白狼琥:悔しいですとも。

戴黄麒:だったら――!

白狼琥:だが歯向かってどうする? 奴らをぶっ殺すか?
     俺もあなたも牢屋にぶち込まれて終わりだろうが――!

戴黄麒:…………

白狼琥:……失礼致しました。
     若様に向かって、とんだ暴言を……!

戴黄麒:……いや、いい。

白狼琥:この国では、猩人(しょうじん)はこういう扱いなのですよ。
     仙人(せんじん)と同じ人間とは認められない。
     ヒトによく似た畜生に過ぎないのです。

戴黄麒:…………

     ハク、紅楼。

白狼琥:はい。

朱紅楼:うん。

戴黄麒:世直しを始めるぞ。


□8/王都『炎』、夜闇に浮かぶ崇華高楼


(繁華街にそびえ立つ高楼の頂上で、麒麟面の男が高らかに演説している)

麒麟王:弱き者、貧しき者、懸命に生きる人民たちよ。
     よく集まった。

     天帝の天地開闢より幾星霜。
     空に描かれた龍の星座は、覇者の冠となって輝いた。
     仙人(せんじん)の下に道人(どうじん)が、道人(どうじん)の下に猩人(しょうじん)が。
     恥ずべき身分制度(カースト)が、皇国四千年の歴史に蜷局(とぐろ)を巻いた。

     しかし目を凝らせ。
     空の天幕には地煞(ちさつ)の魔星の輝きが、散りばめられていることを。

(群衆に紛れ込んだ白狼琥が声を張り上げる)

白狼琥:高殿(たかどの)から何か降ってきた――!

白狼琥:流星か――?

白狼琥:違う――!

白狼琥:金貨――!

白狼琥:銀貨だ――!

白狼琥:拾え――!

(歓声を上げて金貨銀貨を拾い集める群衆たちの背に、麒麟王の宣誓が降る)

焔帝仔:散れ、人畜生(ひとちくしょう)ども――!

     余の眼前で、乞食の真似などしてみろ。
     灰にしてぶち撒くぞ。

麒麟王:これはこれは逆賊王陛下ではないか。
     先王焔帝を裏切り、覇皇の尻尾を舐めた親殺しから、高邁な理想を賜り失笑を禁じ得ない。

焔帝仔:口先だけの俗物がよく抜かす。

     人民全土、火の玉となって皇国に突撃したいか?
     火達磨になりたい奴は、この場で名乗り出ろ。
     望み通り余が打ち上げ花火にして、皇国に撃ち込んでやる。

麒麟王:恐怖でしか民を支配出来ぬ愚王、それを覇皇という。

     焔帝仔、覇皇の猿真似をする、矮小なる覇皇。
     貴様に〝焔帝の子〟の尊号は過ぎたるものだ。
     即刻その名を返上し、小覇王(しょうはおう)と改めるがいい。

焔帝仔:素顔も明かさぬ、覆面の批難など痛くも痒くもない。
     畜生の臭いが漏れ出しているぞ、猿役者。

麒麟王:そうだ。我が名は麒麟王。
     龍と獣の合いの子、麒麟(チーリン)
     王道と覇道の中庸、王覇の道を征く者――!

     仁徳有る者よ、我が世直しの道に続け――!
     天地開闢より続く、龍の支配に反逆するのだ――!

焔帝仔:王道覇道、力無き道に何の価値も無い。
     (タオ)を開くは、燎原を焼き払う武の炎のみよ。

     火竜の吼え声に砕けろ。
     創成(ヴェーダ)――

(焔帝仔が星図の輝く蛇鉾を向けると、麒麟王の立つ高楼の尖塔が木っ端微塵に砕け散る)

焔帝仔:見たか。これが力無き道の行く末だ。

(地上に降り注ぐ瓦礫で煙る塵埃に、ゆらりと人影が映る)

麒麟王:教えてやろう、焔帝仔。
     (タオ)無き力も、また無力。
     お前に龍獣麒麟(りゅうじゅう・きりん)は殺せん。

焔帝仔:あの楼閣の頂点から落ちて無傷だと?

麒麟王:この麒麟王が龍と獣の王たる証を示そう。

     龍獣(りゅうじゅう)の王が勅命(みことのり)を下す。
     竜よ、王竜(おうりゅう)に反逆せよ。

(焔帝仔の騎乗してきた熔岩鰐が暴れ出し、岩漿を滴らす牙を剥く)

焔帝仔:軍兵型(シュードラ)ども――!

     余がわからんのか!?

麒麟王:覚えておくがいい。

     我が名は麒麟王。
     神龍(シェンロン)の支配に終止符を打つ、龍仙皇国の真皇(しんおう)だ――!

(引き連れてきた邪魅爬に襲われ、大混乱に陥る火釜国軍を他所に、麒麟王は高笑いを残し、人混みの中に消えていく)

(路地裏の一角で、寄り掛かった壁面に血痕を曳いて麒麟王が頽れる)

朱紅楼:はー……はー……

(割れた麒麟王の仮面の下から、血の筋にふちどられた朱紅楼の顔が覗く)

戴黄麒:紅楼、大丈夫か――!

白狼琥:早く麒麟王の衣装を捨ててしまいなさい。

朱紅楼:うん……

戴黄麒:替えの外套(コート)だ。これを着ろ。

白狼琥:若、紅楼を私の背に。

(朱紅楼を背負い、戴黄麒と白狼琥は路地裏を後にする)

朱紅楼:はー……はー……

白狼琥:若、見事な作戦でした。
     卓越した再生能力を持つ紅楼を影武者に仕立て、群衆に紛れ込んで『龍獣の王』の権能を使う。
     龍と獣を操る不死身の麒麟王に、仙人(せんじん)どもは(おのの)き、人民は熱狂するでしょう。

戴黄麒:……次は俺がやる。

白狼琥:若はお体が頑丈なわけではございません。
     先のような焔帝仔の咆哮が直撃すれば即死です。

朱紅楼:……おうき。
     いいよ、紅楼、平気。

戴黄麒:だが――!

朱紅楼:もう、治ってきたの。
     白狼琥、降ろして。

     ね? 歩ける。

戴黄麒:いくらお前の再生力が並外れていても、〝痛い〟だろう……?

朱紅楼:うん。でも痛いけど幸せ。
     おうきに求められてるから。

戴黄麒:…………

朱紅楼:それに感覚共有の前の、あれ。

     ……もっと、したい。

白狼琥:あれですか。

     あれは良い……
     姫殿下のくちびるの感触が思い出されます……

戴黄麒:まったくお前たちは……!

     絶対に死ぬな。
     どんな命令よりも最優先にしろ。

白狼琥:かしこまりました。

朱紅楼:うん、愛人(アイレン)


□9/王都『炎』、火眼城謁見の間


焔帝仔:やっと帰ったか、木っ端役人め。

魏難訓:御勤めご苦労様でした。

焔帝仔:釈明、謝罪、陳情。
     これで一国の王と言えるのか。
     それとも王足りえぬ半人前の王、代理王(アルダ・ラージャ)だからなのか。

魏難訓:どうぞご辛抱を。
     大義のため、耐え難きを耐え、偲びがたきを偲ぶ。

焔帝仔:お前の花火玉のせいであろうが。

魏難訓:はて?

焔帝仔:麒麟王と話をつけろ。
     逆賊王が面会を希望していると。

魏難訓:かしこまりました。ではそのように手筈を。

焔帝仔:天下り役人を麒麟王に始末されたことで、余が叱責を受けたのだぞ。
     どうしてくれよう。

魏難訓:お怒りをお鎮め下さいませ。
     お詫びの印に、天竺の珍味を献上致します故。

焔帝仔:日本製と書いてあるが?

魏難訓:調理済みの天竺料理を、人類統合体の保存技術で封入したものです。

焔帝仔:鉄の国の技術か。
     要らん。鉄臭くて食えたものではなかろう。

魏難訓:まあそうおっしゃらず。

焔帝仔:……この匂いは。
     芳醇で香しく、胃袋が熔岩を滴らす。

     この絶景……!
     白米の大地を侵蝕する灼熱地獄の様相。

魏難訓:どうぞご賞味下さい。

焔帝仔:舌が焼ける……!

魏難訓:辛いものはお嫌いでしたか?

焔帝仔:馬鹿者、大好物だ。
     この天竺料理、名を何という。

魏難訓:カレーでございます。

焔帝仔:カレー! 舌先で名を転がすだけで広がる香ばしさ……!

魏難訓:宜しければカレーの保存袋を差し上げますが。

焔帝仔:言い値で買う。卸問屋と話をつけろ。

魏難訓:お買い上げありがとうございます。

     蛙の子は蛙ですな。
     先王焔帝も大の辛党でございました。

焔帝仔:……愚かな親父様だ。
     覇皇神龍(ブラフマー・シェンロン)様に逆らわなければ、天竺の珍味を味わえたものを。


□10/祝融山、秘湯の火眼温泉


焔帝仔:祝融山まで御足労いただき恐縮。

麒麟王:温泉に浸かりながらの出迎えとは、寸毫(すんごう)足りとも縮こまっているようには見えんな。

焔帝仔:火釜国の風習でな。裸になって話し合おうという意思表示だ。

麒麟王:焔帝仔陛下の玉体(ぎょくたい)を垣間見る幸運に恵まれるとは、恐れ多い。

焔帝仔:裸体も晒せず、何が(ラージャ)か。
     余に隠すべきところも、恥ずべきところもない。

麒麟王:ご高説、感極まる。
     ぜひとも拝観の栄に浴したい。

焔帝仔:よかろう。

麒麟王:――――!!

焔帝仔:もういいか。湯冷めする。

麒麟王:…………

焔帝仔:次は尊公の番だ。

     この火眼温泉は、先王焔帝が余の産湯代わりに創成された秘湯だ。
     余の他に入浴を許したものは、指で数えるほどしかいない。

     その仮面を外し、裸になって話し合おうではないか。
     フフフ――

麒麟王:…………


□11/祝融山、山道の花崗岩付近


戴黄麒:〝逆賊王から麒麟王へ――祝融山の秘湯へご招待〟か。
     あちこちの反皇国組織に、無差別に送付されてきたそうだな。

白狼琥:ふざけた果たし状です。
     祝融山は業炎神龍(アグニ・シェンロン)が眠る大本尊。
     臆面もなく自分の霄壌圏域(シャンバラ)の中核に呼びつけるとは。

     麒麟王を闇討ちにしようとする魂胆が見え透いている。

戴黄麒:闇討ちとは限らないぞ。

     祝融山ともなれば、特派宦官もおいそれとは立ち入れない。
     密談には格好の場所だ。

     成果が上がれば功績にすれば良し。
     失敗すれば、あの果たし状は誰かの悪戯で与り知らぬと言い張ればいい。
     俺か焔帝仔、どちらかが明かさない限り、真相は湯煙と雪の中だ。

白狼琥:卑怯な奴だ。要塞型(ジヴァルナ)に反逆した裏切り者だけはある。

戴黄麒:好都合じゃないか。
     焔帝仔は霄壌圏域(ヘヴンズ)を完璧に支配していると疑ってもいない。
     策士策に溺れるとは、このことだ。

白狼琥:若、温泉の様子は?

戴黄麒:ノイズが酷い。
     高濃度の隕石灰(メテオアッシュ)で感覚共有に障害が生じている。

     ――!!!

白狼琥:どうされました?

戴黄麒:焔帝仔が裸身を晒した……!

白狼琥:おお、変態だ……!

戴黄麒:しかし……完璧だ。
     シミ一つ、シワ一つない。

白狼琥:一皮剥けば、疣だらけの爬虫類です。
     仙人(せんじん)の美貌など、天罡星(てんこうせい)の光が見せるまやかしだ。

戴黄麒:そうだ、まやかしだ。
     だがそんなことは問題じゃない。

     あれは威嚇なんだ。
     完璧過ぎる容姿を見せられると、道人(ヒト)猩人(ケモノ)は、自分が不完全で矮小な存在に思える。
     完璧な仙人(ヒト)、その虚像が龍への無形の畏怖を形作っている。

白狼琥:この白狼琥、若の卓越した洞察に敬服致しました。
     そうです、仙人(せんじん)の偽りの美貌に怯む必要など無いのです。

戴黄麒:……Dだった。
     サイズ以上の美感があった。
     さすがは王竜(ワンロン)だ。

白狼琥:若……

焔帝仔の声:さて、尊公が裸になる番だ。

        正体不明の反動分子『麒麟王』。

        醜男(ぶおとこ)醜女(しこめ)か?
        はたまた美男か美女か?

        そうそう、影武者という線もあったな――

戴黄麒:――!?

白狼琥:……間欠泉!?
     火眼温泉に隕石灰(プラーナ)の噴煙が……!

戴黄麒:……感覚共有を切られた。

     紅楼……!


□12/火眼温泉


(水蒸気と爆煙で白く霞む温泉の水面に、割れた仮面が浮かんでいる)

戴黄麒:はー、はー……

(爆風が直撃した黄麒の顔は、見る間に火傷が癒え、少女のものに変わっていく)

朱紅楼:はー、はー……

焔帝仔:見上げた再生力だ。創成でもあるまいに。

朱紅楼:どうして、わかったの……

焔帝仔:龍獣の王『麒麟』だと?
     そんなものが居るはずが無かろう。
     龍と獣の間に、子は出来ん。

     大方、仙人(せんじん)猩人(しょうじん)を使い、麒麟王という架空の英雄を作り上げた。
     余の火眼は、見事真相を照らしたようだな。

(温泉から出た焔帝仔は、うずくまって息を荒げる紅楼の髪を掴み、無理矢理顔を上げさせる)

焔帝仔:竜のほうを呼べ。

朱紅楼:嫌……!

焔帝仔:余はお前たちを捕らえるつもりはない。
     その逆だ。カネも武器もくれてやる。便宜も図ってやろう。

     ただし世直しは、この火釜国ではなく、宗主国――龍仙皇国でやってもらう。

朱紅楼:どういうこと……?

焔帝仔:知りたければ片割れを呼べ。
     傀儡のお前では話にならん。

朱紅楼:(ラージャ)の匂い……

焔帝仔:……?

朱紅楼:誰も信用出来ない……誰も愛せない……
     行き場の無い愛を抱えた、孤独の匂い……

     おうきと同じ匂い……

焔帝仔:易者(えきしゃ)の真似事か。

朱紅楼:〝愛するものを憎んだ〟傷痕が、朱い涙に濡れている……

     お前が傷痕を見せれば、おうきもきっと見せる。
     お前は綺麗。
     人や獣では真似できない、竜の美しさ。

     きっと、おうきは……

(朱く沸騰する嫉妬の顕れのように、朱紅楼の背に醜い腫瘍が膨れ上がっていく)

朱紅楼:会わせない……!
     絶対に会わせない――!!

(血汁を飛ばして弾け飛んだ腫瘍より触手で繋がった獣面が産まれ、焔帝仔に襲い掛かる)

焔帝仔:こいつは――!?
     創成(ヴェーダ)――!!

(焔帝仔の吼え声が爆風となり、殺到する妖獣の頭を血霧に変える)

朱紅楼:ハー、ハー……!

焔帝仔:麒麟王め……!
     こんな化け物を飼っていたとは……!

     逃さん――!

(四つん這いで逃げ出していく朱紅楼に、焔帝仔の向けた蛇矛が業火を放つ)

朱紅楼:きゃああああ――!!

焔帝仔:余の炎は、地獄の炎。
     地の果てまでも追い掛け、骨の髄まで焼き尽くす。

朱紅楼:ウ、ウウ……!

(業火に包まれた朱紅楼は、驚異の生命力で火達磨のまま、温泉の外に飛び出す)

焔帝仔:しぶとい奴だ。

     まあいい。
     この祝融山は余の霄壌圏域(シャンバラ)
     どこへ逃れようと手に取るように――

(予期せぬ事態に顔を強張らせた焔帝仔は、苦しげな呟きを漏らす)

焔帝仔:やはり私を恨んでおいでなのだな、親父様……

     もうじきだ……
     もうじき親父様にお詫びと復活の炎を捧げられる……

     麒麟王――!
     この身一つでもお前を炙り出すぞ――!



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