ゲネシスタ-隕星の創造者-
7話-
★配役:♂2♀2両1=計5人
18歳。
黒髪黒瞳の
華僑である両親を早くに亡くし、少なからぬ遺産で悠々自適の生活を送りながら中央官僚を目指す書生。
――という肩書きで、龍仙皇国を流離う『始皇帝』の落胤。
父親は龍仙皇国の『始皇帝』こと『
母親は『
本来なら異系譜の降魔同士で受精は起こらず、稀に受精に至っても奇形や虚弱など遺伝子疾患を抱えているケースが多数を占める。
しかし戴黄麒は両親の
ダイノジュラグバとギオガイザーの二系譜を跨る
二系譜の
ただし、本物の
ダイノジュラグバとギオガイザーの混血から産まれた『麒麟』は、龍と獣の天敵であり、新種の
封星座珠:【瑞兆角】
金剛石のように透明で煌びやかな美貌に輝く宝玉の美女。
鎖骨の窪みに金剛石の宝珠が埋まっており、
ダイノジュラグバ系譜の
ダイノジュラグバこと
龍の遺伝子を受け継ぐ仙人ではなく、龍の化身した
五千年前の『封龍の儀』より、
ある者は龍魄のまま彷徨い、ある者は眷属の降魔を乗っ取り、ある者は
何れの
凜嶺娥は、
封星座珠:【金剛龍玉髄】
15歳。
済州瑛郡の秘書官で、道人の少年。
利発で端整な顔立ちの少年で、藩金蓮の寵愛を受けている。
父は道人で、母は猩人の家に生まれる。
降魔絡みで不幸な幼少期を過ごし、家族を亡くした。
金剛竹林の開発に執念を燃やし、凜嶺娥を憎んでいる。
38歳。道人の女。
現・瑛郡伯。
病死した夫の
汚職や収賄の噂が絶えず、『
元々は花柳の売春婦だった。
魏難訓と出会ったことで、悪女としての才を開花させる。
年齢・性別不詳。
『極楽浄土の切符から、地獄の沙汰の買収工作まで承る』闇商人。
魏難訓は一人ではなく、謎の商人集団の通名である。
皆一様に、不気味な
象骨面は、
象骨面を被せられた者は、
射干玉の黒髪と蒼醒めた肌を持つ仙人の男。
闇商人魏難訓の元締めであり、同じく不気味な象骨面を被る。
ダイノジュラグバ系譜の
ダイノジュラグバこと
龍の遺伝子を受け継ぐ仙人ではなく、龍の化身した
天陰は、
龍仙皇国の大地は、
※ルビを振ってある漢字はルビを、振ってない漢字はそのまま呼んでください。
ゲネシスタwiki 劇中の参考になれば幸いです。
□1/瑛郡庁、郡伯室
(郡伯室の椅子で頭を抱える藩金蓮に、役人たちが入れ替り立ち替りに市内の状況を伝える)
藩金蓮:市内各所に
龍を崇める宗教団体の一揆打ち壊し……
藩金蓮:ええい、何から何まで報告に上げるな――!!
それでも
頭の働かんボンクラどもが――!
(藩金蓮は側近に当たり散らし、奥の私室に踏み込んで行く)
藩金蓮:魏難訓――!! 魏難訓――!!
魏難訓:ここに。
藩金蓮:どうするんだい!
凜嶺娥の制御を失ったことで、
枯れた
瑛郡は大混乱――!
全部あたいの金剛竹林開発が悪いってことになってるじゃないか――!
魏難訓:冷静になられよ。
藩金蓮:だけどこのままじゃ、あたいは郡伯追放だよ――!
魏難訓:別に宜しかろう。こんなちっぽけな辺境の爵位など。
藩金蓮:ざけんなよ! 他人事だと思って!
安娼婦のあたいがどんだけ出世したと思ってるんだい!
魏難訓:札束に火をつけて燃やせない者に覇皇の資格無し。
辺境伯の椅子など蹴って捨てよ。
御許は覇皇になられるのだ――
(郡庁に悲鳴が響き渡り、郡伯室の扉を激しい怒声と衝突音が乱打する)
藩金蓮:暴徒どもがきやがった……!
魏難訓:更なる
収穫に参りましょう。
□2/墨色にくすんだ金剛竹林
戴黄麒:
覇皇が最強の
天陰:九尾の姫……
清楚にして魔性……煩悩の煽りをよく心得ていた。
戴黄麒:げほっげほっ――!
楊李明:黄麒殿、大丈夫ですか!?
戴黄麒:この
陰の気を……煩悩を糧に増殖し、宿主を
凜嶺娥に化けて俺を誑かしたのは、この為だったのか……!
天陰:期待の眼鏡は、無理も道理に見せ掛ける。
戴黄麒:…………
天陰:
美しき宝石の女王は、硬くも脆い。
煩悩の火で軽く炙れば、薄汚れた泥炭と化す。
この金剛竹のように。
戴黄麒:よくわかった。
天陰:何故そう思った?
戴黄麒:――ハッタリに決まっているだろう?
お前の反応で真実が読めたよ。
ありがとう。
天陰:これはしてやられた。
そう、凜嶺娥は吾が手の内にある。
奈落の泥の天魔蓮華に、美しき
(天陰の足下より生え出した蓮華に、黒い泥膏に塗れた凜嶺娥が囚われている)
戴黄麒:
天陰:
この場で凜嶺娥を殺し、過去と未来をすり替えれば――
凜嶺娥:――――!!
(凜嶺娥の美貌を黒い泥膏が蝕み、汚泥となって崩れ落ちていく)
天陰:嘘は誠と帳尻合った。
戴黄麒:金剛石の龍の化身が……!
楊李明:……その凜嶺娥は、お前の詐術だろう。
戴黄麒:――!?
楊李明:お前は一度、凜嶺娥に化けて我々を欺いた。
味を占めて繰り返しても、二度目は疑われ、三度目は誰も信じない。
天陰:これは道理だ、人の子よ。
しかし、森羅万象をそろばんの玉で表すことはできん。
楊李明:そう、だからお前との会話は無駄だ――!
(楊李明は小脇に潜ませた壷の中身をぶち撒け、天陰は燃える炎の血に包まれる)
天陰:鳳凰の血――
楊李明:黄麒殿――!
戴黄麒:――――!!
龍獣の王が
鳳凰の血よ、燃え上がれ――!
天陰:――
麒麟の子を内から沸き立てよ――
戴黄麒:どうした
何も起こらないのが不思議でしょうがない顔だな――!
天陰:……してやられたな。
戴黄麒:反吐はとっくに吐ききった――!
龍の毒は、麒麟には通じん――!
騙される側に回った気分はどうだ――!
天陰:……吾の負けだ。
戴黄麒:引きましょう、楊秘書官――!
楊李明:はい――!
□3/瑛郡庁、最上部の望楼
(黒い蝋泥で煮え立つ街並みを見下ろした藩金蓮は絶句する)
藩金蓮:何だいこれは……
瑛郡の街が……
地獄の釜の油をひっくり返したように……
煮え立つ黒い泥の
魏難訓:強過ぎる陽は、万物を干上がらす
なれど、諸行は無常。
藩金蓮:虚空に龍の爪痕が……!
爪痕から黒い
魏難訓:
陰に
此処に
藩金蓮:話が違うじゃないか!
あたいを覇皇にするって約束だったろう!?
なんだいこれは……
あたいの国を地獄に変えやがって……!
魏難訓:信用は商人の肝心要。
約定を違えるなど、とんでもございません。
この煮え立つ
総ては此れを創るため。
郡伯の真似事など、前座遊びに過ぎませんでした。
藩金蓮:この煮え立つ黒い泥に飛び込めってか!?
冗談じゃないよ――!
覇皇の椅子なんて要らねえよ!
あたいの国を返しな――!
魏難訓:ほう。約定を違えると。
此処に
御許は覇皇になるべく最善を尽くし、吾儕は最善の支援を約束する。
藩金蓮:まぬけな証文だね。
あたいは覇皇になります。あんたを覇皇にします。
眠たいだけの
魏難訓:これが御許の押した
違約すれば、
藩金蓮:
そんなに大層なもんなら、女便所で血塗れの脱脂綿でも漁ってな。
魏難訓:証文破りをされると。
では差し押さえましょう。
御許の自由と命を――
藩金蓮:――!!
あ、あ、ああ……
なんだい、この悪寒は……
痒い、痒い……
(両腕を掻き毟る藩金蓮は、皮膚の下から覗いたものに目を剥く)
藩金蓮:鱗――!?
あたいの腕に蛇みたいな鱗が……!
てめえ、あたいを
魏難訓:あの証文は、
小刀で切った指先で触れれば、その内に
藩金蓮:足が勝手に……!
ちくしょう、ちくしょう……!
魏難訓:さあ、陰の大禍に身を投げよ。
煩悩の泉を浴びて転生するのだ。
(望楼から身を投げた藩金蓮は、泥飛沫を飛ばし、墨蝋泥の滝壺に沈んでいく)
魏難訓:覇皇となるか、乞食となるか。
所詮人間、
藩金蓮の声:アアアアア……!!
(墨蝋泥の湖面に波紋が立ち、黒い蝋泥の蛇身が立ち上がる)
蛇身女王:ハアアア……!
魏難訓、魏難訓……!
何処だ――!!
魏難訓:
街一つを潰して此れとは、此度の投資は焦げ付きだ。
蛇身女王:あたいをハメやがったな……! 何が覇皇だ……!
あたいをこんな醜い蛇の化け物にしやがって……!!
(蛇身女王の腕が伸び、楼閣の上の魏難訓の身体を鷲掴みにする)
魏難訓:証文を今一度ご確認されよ。
御許も吾儕も最善を尽くす。
最善の結果がこれなのです。
所詮糞袋は、どう知恵を捻っても糞でしかなかったということです。
蛇身女王:あたいが糞なら、あんたは糞にたかる蠅だよ……!
蠅は肥溜めに飛び込んで、
魏難訓:
一度の投資に一喜一憂せず……銘柄全てを眺め見る……
これぞ平均化の錬金法……
それにこの覇気は……
ひょっとすれば金の生る木に化けるやも……
(魏難訓を握り潰した藩金蓮は、蛇の目で輝く竹林を見据える)
蛇身女王:金剛竹林……
あたいの状況を何とか出来るのは、
何としてもあたいを元に戻してもらうよ……!!
□4/金剛竹林の林道
戴黄麒:こちらです、楊秘書官。
楊李明:はあはあ……
本当に凜嶺娥は生きているのでしょうか?
戴黄麒:不活化していますが、
即ち
楊李明:周囲の景色が変わってきました……
戴黄麒:ここは……
楊李明:金剛竹林の深奥にあるという……
済州に伝わる伝説の……
戴黄麒:あの金剛石の結晶は――!
(歩み寄った二人に気づいたように、金剛石の中で眠る凜嶺娥が目を覚ます)
凜嶺娥:お前たちか。
戴黄麒:やはり生きていたか。
凜嶺娥:
そして
(宝石の散りばめられた一帯に聳え立つ雲母橄欖岩の小山)
(雲母石と橄欖岩の褥に包まれ、金剛石の龍が静かに眠っていた)
楊李明:金剛石の龍……!
戴黄麒:驚いたな……
この龍仙皇国で、
凜嶺娥:
かつてのわしの
楊李明:この世にこんな美しい生き物がいたのか……!
戴黄麒:これは……一国家の財政を傾けても買えんな……
凜嶺娥:お前たちの前で、無様な姿を晒すとはな。
マーラめ、この貸しは高く付くぞ。
戴黄麒:……あの天陰という男か。
凜嶺娥:そうだ。
わしと同じ、
楊李明:闇商人魏難訓……奴もマーラの手下だと!?
凜嶺娥:魏難訓は藩金蓮を
強過ぎる陽――邪陽の世を作り出した。
戴黄麒:陽極まれば、輝きの内に陰を孕み、太極は陰転する……
凜嶺娥:気の長いことだ。
奴の目論見は成功した。
太極は煮詰まり、大欲界の太陰が地上に吐き出された。
(遠くの地平より地滑りのような轟音が鳴り響き、戴黄麒が異変の元凶を探る)
戴黄麒:この地滑りのような音は……
藩金蓮の声:
戴黄麒:
あの上半身の女は……!
楊李明:藩金蓮郡伯……!
(うねる蛇身の下半身で金剛竹を薙ぎ倒し、蛇身女王が宝仙郷まで押し寄せてくる)
蛇身女王:凜嶺娥、あたいを元に戻しとくれ……!
あたいはハメられたんだ、魏難訓とかいう
凜嶺娥:覆水は盆に返らん。
血は冷たく、肉は硬き鱗に覆われる。
お前は
これからずっと、死がお前を解き放つまで。
蛇身女王:オオオオオオ……
楊李明:藩金蓮郡伯……
蛇身女王:おお李明、助けておくれ……
楊李明:……あなたは魏難訓と通じておられたのですか?
蛇身女王:どこでそれを……
楊李明:仙人に転生するためですか?
不老不死と創成の力を手に入れるために、魏難訓の暗躍を黙認していたのですか!?
蛇身女王:違うんだよ李明――!
あたいもあいつに騙されて……
楊李明:黙れ――!
あなたは、あなたこそ……
姉の……父と母の仇だったのだな――!?
蛇身女王:凜嶺娥め、李明までたぶらかしやがって……!
戴黄麒:自業自得だろう?
ここまで手の込んだ降魔化をされて、共犯者以外何が考えられる?
蛇身女王:麒麟のガキ……!
戴黄麒:よく似合ってるぞ、瑛郡の悪女。
お前の醜い性根に似合いの姿だ。
蛇身女王:クソガキがぁ――!!
(蛇身女王が巨体をくねらせ襲い掛かる)
蛇身女王:ぐああ――……
(天高く伸びた金剛竹に貫かれ、冷たい爬虫類の血が大地に降り注ぐ)
凜嶺娥:暴れるなら他所でやれ。
お前の図体で、わしの
蛇身女王:凜嶺娥……
……そうだよ。
お前だって本性は、龍の化け物じゃないか……
お前の力があれば、人間の姿になれるんだ……
お前の力を寄越せェェ――――!
凜嶺娥:蜥蜴が龍を喰らうとな。笑わせてくれる。
(凜嶺娥は大粒の金剛石となり、休眠する金剛神龍の額に嵌る)
楊李明:眩しい……! 目を刺すような宝石の輝き……!
戴黄麒:目覚めるぞ、金剛石の龍が――!
(雲母と橄欖岩の褥をふるい落とし、身を起こした金剛神龍が蛇身女王に衝突する)
蛇身女王:ぐおおおお――!?
金剛神龍:
お前を叩き潰して、
(墨色にくすんでいた金剛竹林が宝玉の輝きを取り戻し、宝仙郷の貴石が目映く光る)
(金剛石の輝きが神龍復活を告げ知らせる閃光となって、済州全土を引き裂いた)
□5/金剛竹林、宝仙郷
金剛神龍:
蛇身女王:――!!
(金剛神龍の口腔より吐き出された、万象を破壊する輝く塵の螺旋を、蛇身女王は辛うじて避ける)
蛇身女王:くそっ――!
出でよ
(蛇身女王の鱗から染み出した体液から夥しい数の飛蜥蜴が産まれ、金剛神龍に殺到していく)
楊李明:
戴黄麒:体液から
金剛神龍:醜い芸だ。つまらん。
(金剛竹林が灰を飛散させ、天空を覆う金剛石の雲となり、万物を撃ち砕く金剛石の雹を降らす)
戴黄麒:金剛石の
蛇身女王:ぐおおおおお――!!!
楊李明:
蛇身女王:ちくしょう……!
絞め殺してやる――!
シャアアア――!!
金剛神龍:触るな、生臭い。
(金剛神龍の輝きが実体を持ち、燦めく宝石の刃となって、躍り掛かる蛇身女王を一閃する)
蛇身女王:ぎゃああああ――!!
(ぶつ切りにされた蛇の胴体が次々と落ち、宝仙郷の地は生臭い血で充満する)
楊李明:まるで勝負になっていない……!
圧倒的だ……!
戴黄麒:そう、圧倒的だ……
(金剛神龍の透き通る躯に、徐々に黒い斑紋が生まれ、脆く剥落していく)
楊李明:黄麒殿、
戴黄麒:……炭ですね。
金剛石の細胞が死に、黒炭となって崩れ落ちているのです。
楊李明:一体何故――!?
戴黄麒:……
かつての栄華の面影もなく、後進国と成り果てた龍仙皇国に侵略の手が伸びないのは、この皇国全土を覆う呪いのためです。
金剛神龍:ハア――……ハア――……
楊李明:このままでは
戴黄麒:心配は要りません。
だからこそ、謎なのです。
凜嶺娥のままでも、
何故凜嶺娥は、
(金剛竹林の上空に交差した十の爪痕が趨り、空間が血を流すように墨蝋泥を滴り落とす)
楊李明:空間に龍の爪痕が――!
戴黄麒:
金剛竹林に何処かの
(金剛竹林の空間を抉じ開けて這い出してくる、泡立つ黒龍の大顎が墨蝋泥を零して嗤う)
天魔神龍:ハアアアア……
やっと
お前はやはりその姿が……
金剛石の龍の姿が最も美しい……
金剛神龍:
臆病者のお前が、大欲界から現世に
天魔神龍:
金剛神龍:全ては勝算合ってのことだろう……!?
天魔神龍:ハハハハハハ……
(泡立つ黒龍の大顎が崩れ、墨蝋泥の瀑布となって金剛神龍に落下する)
金剛神龍:見え透いた手だ。飲まれはせん。
天魔神龍:その為の……
蛇身女王:ああ、あああ……!
融ける……融けちまうよ……!!
楊李明:
金剛神龍:――――!?
動けん……!
戴黄麒:
蛇身女王:助けておくれ……――!!
助けておくれ……――!!
楊李明:
蛇身女王:あたいの……あたいの
ハハハ、真っ黒じゃないか……
あたいの天頂は、さっきまでの瑛郡郡伯……
後は真っ逆さまに……
陰の肥溜めに堕ちてゆくだけだったのかい……
(蛇身女王の爬虫類の目が、墨蝋泥の滝壺で立ち上がる黒龍に向けられる)
蛇身女王:あんたに惚れてたんだよ……魏難訓……
でもあんたには、あたいは手掛けてる商品の一つに過ぎなかったんだろうね……
馬鹿だね、あたいも……
小娘じゃあるまいし、惚れた男に乗せられて……
いいように使われて……ボロ雑巾のように捨てられるなんてさ……
嗚呼……でもやっぱりあんたは
くたばり損いの乞食女を、絢爛豪華な着物で着飾って、伯爵の椅子に据えてくれた……
そんなあんたが
(墨蝋泥の滝壺に蛇身女王が沈むのと入れ替わるように、泥土が沸騰しながら黒き神龍が実体化していく)
天魔神龍:ガアアアアア……
皮膚が爆ぜる……骨が砕ける……
これが
父なる天帝の呪いか……
金剛神龍:
天魔神龍:この苦痛も……悪いものではない……
抱いているだけでヴァジュラ、お前が堕ちる……
(黒き神龍が泥土より起ち上がり、溺れる金剛神龍が迎え撃つ)
(絡みついては崩れ、溺れながら浮上し、二匹の神龍は墨蝋泥の滝壺で激しく組み合う)
金剛神龍:この躯も魂も……儂の輝きは誰にも渡さん……!
お前が掴むのは金剛石の亡骸……二度と輝かぬ、くすんだ泥炭よ……!
天魔神龍:全力で抗え……
お前の嘘も建前も受け止めてやろう……
金剛神龍:お前が私の何を知る……!
天魔神龍:最も深き深淵を知る……
金剛神龍:お前は昔から空疎な
天魔神龍:
お前の内奥に生じた、
金剛神龍:……マーラめ。
天魔神龍:飽きたか、ヴァジュラ……
果てなく続く明日も……
天地開闢より続く、兄弟姉妹との腐れ縁も……
金剛神龍:
天帝の子として生まれながら、誰も天帝には成れなかった……
天魔神龍:天の
大地に縛られた宿命を悟った時、我らは憎しみ合い、滅ぼし合う、
金剛神龍:……我らがつまらぬ争いに明け暮れる間に、この
大地は鋼鉄の革命に、海は深海の奈落に、空は聖霊の楽園に……
もはや天地は、龍のものですらない……
それでも尚、我らは唯独りで強く……
故に唯独りであり……
賑やかな世界の中、
天魔神龍:寂滅では永劫の苦悩を断ち切れん……
お前は誰の手にも届かぬ金剛石として、何度でも転生する……
金剛神龍:マーラ、苦悩の化身よ……
教えろ……
どうすればこの孤独は消える……
天魔神龍:
金剛神龍:嗚呼、そこは
天魔神龍:総ては一つ……
金剛神龍:太極から無極への回帰……
天帝がこの
無垢なる混沌……
天魔神龍:其れまで
涅槃で
金剛神龍:
(寂滅の眠りに入るように目を閉ざす金剛神龍に、天魔神龍が嗤い、墨蝋泥の垂水となって融けていく)
戴黄麒:
(金剛神龍に覆い被さる天魔神龍の大顎が消し飛び、金剛石の龍は眼を開く)
金剛神龍:…………!?
天魔神龍:麒麟の子か……
あと一押しでヴァジュラを取り込めたものを……
(飛蜥蜴の一匹を従え、その背に跨る戴黄麒を、蘇生していく天魔神龍の濁眼が睨み据える)
戴黄麒:
誰もが抱く陰の念、お前はそれを煽り、増大させ……
心に生じた
天魔神龍:天帝が太極を陰陽に分かった時より、
戴黄麒:これは有史以来、最大級の詐欺だな――!
世界は美しい。
お前が世界を構築する要素だとしても、ほんの一欠片に過ぎない。
現にこの光景――
金剛石の龍と、不細工で悪臭を放つ、腐り掛けの龍が同じ存在だと?
何処をどう見ればそんな理屈が通るんだ――?
金剛神龍:ハハハハ――!
面白い、痛快だ――!
マーラにそこまで啖呵を切った人間は、釈迦以外ではお前が初めてだ。
天魔神龍:籠絡と無理ずく……
両建て商いはお仕舞いだ……
ヴァジュラ、お前の心は諦めた……
その躯を……金剛石の龍を底値で叩く……
金剛神龍:この
破産覚悟で虎の子全部積み上げろ。
戴黄麒:乗ったぞ
俺はこの命を賭ける。
今度こそお前をものにしてみせる――!
天魔神龍:買い名乗りの声二つ……
此処に
さあ、
涼しい顔で
女を巡る競売は修羅の世界……
高値追いの放蕩合戦、青天井で首吊り自殺……
くっくっくっく……
□15/金剛竹林-宝仙郷、墨蝋泥の滝壺の畔
楊李明:
三匹の龍が三つ巴の戦いを繰り広げている……
金剛神龍:
(金剛神龍の輝きが刃となり、まとわりつく天魔神龍をバラバラに切り飛ばす)
天魔神龍:く――――
くくく……
奈落の汚泥より咲け……
天魔蓮華……
(天魔神龍の泥塊の肉片より咲いた蓮華から、無数の
戴黄麒:我が
(鬣から散った金毛針が襲い来る
楊李明:凄まじい……あれほど巨大な生き物が超常の力を駆使してぶつかり合う……
彼も……そんな中に混じって……
楊李明:無力だ……
こんな時でも、私はただの傍観者でしかない……
魏難訓:強き者は世界を制すか?
富める者はますます富めるか?
否と。
それは誰もが知りながら、腑に落ちないのが世の人情。
されど御許の目の前に、この世の真実が開陳された。
楊李明:闇商人魏難訓……!
魏難訓:先日お約束した品を献上に参りました。
龍殺しの名声と覇皇の
御代は御許の持つ、鳳凰の血でございます。
楊李明:――――!?
黄麒殿を殺せと――!?
魏難訓:ご内密に。秘密の商談にございます故。
楊李明:何が競り合いだ。
魏難訓:商道奥義は
出血覚悟の安売りで、
楊李明:…………
魏難訓:世界を制する者は誰なり
それは機を制するもの
機を逃した者たちは、強者も富者も時代の波に消え去った。
さあ、李明様。
好機は御許の手の内に。
偽の王と龍神を討ち――覇皇の
楊李明:…………
私が官吏になった理由を知っているか。
魏難訓:はい。
楊李明:だったら答えは――
魏難訓:変わるのですよ、
楊李明:いいや変わらん――!
父母姉が……丸暗記した徳目が私を正道に戒める――!
そして無残に死んだ藩金蓮郡伯が、
(楊李明は叫びと共に、鳳凰の血を闇商人に浴びせかける)
魏難訓:――!
楊李明:黄麒殿――! お気を付けください――!
魏難訓が……マーラの手下が暗躍しております――!
戴黄麒:――!?
楊秘書官、炎の中から象骨の面が――!
楊李明:――!
戴黄麒:楊秘書官――!
楊李明:私に構わず、
戴黄麒:しかし――!
楊李明:私も父と……姉と同じく……
三年も死体が見つからないのだ……
わかっていた……わかっていて目を背けていた……
私は怖かった……
いつか姉の姿をした
お前のために牛馬の如く働かされ、その挙げ句に
恨みの毒息を吐かれる……それが怖かった……
だから私は、金剛竹林の伐採事業を……
私はそんな……最低の人間だ……
姉さん……私も
どうか……お許しを……
(象骨の面に取り憑かれ、苦しげに屈み込む楊李明の姿は、鳳凰の炎に消えてゆく)
戴黄麒:汚い真似をしてくれるな、
天魔神龍:道は幾多もあり……
王道、覇道、
総ては過程よ……辿り着ければ其れでよい……
戴黄麒:勝てばいいという考えに異存はない……
だがお前は醜悪だ――!
神の
どれほど強大でも浅ましい……!
お前が
(墨蝋泥の滝壺で泥仕合を続ける二匹の神龍は、徐々に形勢に差が開き始める)
金剛神龍:ハア、ハア……
天魔神龍:ハア、ハア……
ハハハハハハァァ…………!!
戴黄麒:……
それに比べて
このままでは……
(飛蜥蜴に跨って上空を舞う戴黄麒は、墨蝋泥の侵蝕と天帝の呪いに喘鳴を漏らす金剛神龍に呼びかける)
戴黄麒:
金剛神龍:まだ居たのか、麒麟の小僧……!
戴黄麒:俺はお前に命を賭けた――!
お前も俺に命を預けろ――!
金剛神龍:望みもせん命を勝手に送りつけて、図々しい小僧だ。
預けても帰ってくる保証もなかろう。
戴黄麒:このままでは共倒れだぞ――!
二人揃って涅槃逝きよりはいいだろう――!
金剛神龍:……やって見ろ。
窮地を脱したら褒美をやろう。
(墨蝋泥の滝壺が逆巻き、巨大な龍顔が形作られていく)
天魔神龍:陰は極まった……!!
ヴァジュラ、お前を大欲界に堕とす――……!!!
(天魔龍顔が泥膏の飛沫を立てながら猛進し、金剛神龍を一呑みにせんと襲い掛かる)
戴黄麒:これが龍の逆鱗……!
対峙するだけで、飲み干されそうだ……!
金剛神龍:金銀財貨を積み上げても、金剛石は買えん。
そんなものは紙束、
爪の垢ほどの
血と汗に塗れた
戴黄麒:励ましか、
金剛神龍:お前の
戴黄麒:いいだろう……
お前の命を借り受ける――!
(飛蜥蜴から飛び降りた戴黄麒は、額に突出した角を、金剛神龍の背に突き刺す)
戴黄麒:
金剛神龍:ぐう――……!!
(戴黄麒の角から迸る地煞星の
天魔神龍:獣の
(金剛神龍を侵蝕していた粘着く墨蝋泥が割れ、底無し沼の滝壺に空隙が生じた刹那、金剛神龍は底無し沼の呪縛を破り、天空へ飛び立つ)
天魔神龍:
(底無し沼の天魔龍顔が驚愕の表情で見上げる様を、天空の金剛神龍は冷徹に見下ろす)
金剛神龍:白蟻め。
この金剛竹林全域が儂の世界、お前の巣穴はそのちっぽけな水溜まりよ。
戴黄麒:金剛竹林が鳴動している……!
(金剛竹林全域が震え、輝く天罡星の灰が、上空に君臨する金剛神龍の頭上で渦を巻く)
戴黄麒:金剛石の塵の……ガス状惑星……!
(金剛神龍の頭上で輝く塵状大惑星は、墨蝋泥の滝壷ごと天魔神龍を吸い上げ、渦巻く惑星の中に引き寄せていく)
天魔神龍:
金剛神龍:我を欲せよ。
我に惹かれ、我を愛し、我を着飾り自惚れよ。
我の輝きは目を眩ませ、我を見た者を狂わせる。
我は
煩悩を掻き立て、貪慾の血脂で輝きを増す。
引き寄せられよ、破滅せよ。
金剛石は身の程知らずの
天魔神龍:オオオオオ……!
(渦巻く太歳星の塵に摩滅され、天魔龍顔は黒き膏となって散り散りに摩滅していく)
天魔神龍:ヴァジュラよ、
涅槃に入滅するお前に……煩悩の火を……
時に我儘で、時に怒り顔を見せ、時に愚かで愛おしい……
此処に勝ち星を置いてゆく……
また相見えよう、
(最後に残った天魔神龍の眼も消滅すると、太歳星は金剛塵となって大地に煌びやかな輝きを降らす)
金剛神龍 これで……散り際を飾れた……
後は……静かな入滅へ……
(金剛神龍の輝きが消え、躯中に黒炭が拡がるにつれ、浮力を失って降下していく)
□16/金剛竹林-宝仙郷
戴黄麒:楊秘書官――!
楊李明:黄麒殿……
戴黄麒:あの象骨の面は……?
楊李明:ここに……
戴黄麒:真っ二つに割れている……!
楊李明:魏難訓の象骨面に張り付かれた時……
私を支配したのは諦めでした……
過去の悪行が滝のように降り注ぎ……
自己嫌悪の沼に突き落とされた……
このまま沈んでしまいたいと……
でも声が聞こえてきたんです……
何を言っていたかはわかりませんが……
ひどく懐かしい声でした……
その声に励まされている内に――
真っ暗闇の中、足元から引き摺り込まれるような感覚が消え――
仮面が割れていました……
戴黄麒:臨死体験ですか……
――あの
(戴黄麒は金剛竹の陰から、こちらを窺う蛇体女に気づく)
戴黄麒:敵意は感じない。様子を窺いに来たのか。
楊李明:姉、さん……?
(楊李明が呼び掛けた途端、蛇身女はぴくりと反応し、竹林の奥に消えて行く)
楊李明:待って――!
戴黄麒:追わない方がいい。
本当にあなたの姉上なら、今の姿を見られたくないということですし……
単なる偶然でも、そう思っていた方がいいじゃないですか。
楊李明:…………
戴黄麒:あれです。
(戴黄麒の指差した先では、黒炭の木乃伊となった龍の亡骸が威厳を保ったまま直立していた)
戴黄麒:
楊李明:…………!
戴黄麒:
金剛竹林もやがて枯れゆき、開発の手が入る。
楊李明:……金剛竹林開発は私の悲願でした。
戴黄麒:ええ。
楊李明:なのに……どうしてこんなに悲しいのでしょう……
戴黄麒:ダイノジュラグバは活動を停止した
楊李明:……彼女が言っていました。
我ら龍は、脆くか弱いと……
やっとその意味がわかりました……
戴黄麒:…………
楊李明:
大粒の金剛石のままだ……
戴黄麒:…………
楊李明:あれでは盗掘をまぬがれないでしょう。
戴黄麒:――まさか。
来い、
(野生の飛蜥蜴を捕まえ、戴黄麒は金剛神龍の額まで飛翔していく)
戴黄麒:生きているんだろう、
戴黄麒:このまま
戴黄麒:褒美はどうした!? 踏み倒すつもりか――!
金剛神龍:五月蠅い小僧だ……
其処らに宝石が転がっているだろう……
瑠璃でも玻璃でも水晶でも好きなだけ持っていけ……
戴黄麒:そんなものは要らん。
俺が欲しいのは金剛石だ――!
金剛神龍:大きく出たな。
戴黄麒:身に余る贅沢品は身の破滅か?
金剛神龍:わかっているではないか。
戴黄麒:だがお前は命を
金剛神龍:……儂はお前の望む形を保てん。
……砕け散った小粒の欠片だ。
戴黄麒:金剛石の龍を納めるには、宝石箱の大きさが足りん。
俺には傷物ダイヤがちょうどいい。
(金剛神龍の額の封星座珠が光り、輝く宝玉の美女の姿となって、戴黄麒の跨る飛蜥蜴の背に降り立つ)
凜嶺娥:わしは欠片だが傷物ではない。生娘だ。
戴黄麒:――は?
凜嶺娥:ん?
戴黄麒:……ダイヤモンドバージンか。
凜嶺娥:金剛石は決して傷付かん。
これまでも、これからも。
戴黄麒:意外と脆いんじゃないのか。
凜嶺娥:……そうかもしれん。
戴黄麒:安心しろ。お前は俺のものだ。これからは俺が守ってやる。
凜嶺娥:聞き捨てならんな。
何時からわしがお前のものになった。
戴黄麒:俺はさっき金剛石を寄越せと……!
お前もそれを承服しただろう――!?
凜嶺娥:ほれ、金剛石。
戴黄麒:――!
(凜嶺娥が無造作に放り投げた金剛石の粒を掴もうと手を伸ばし、戴黄麒は飛蜥蜴から転落し掛かる)
戴黄麒:貴様……危うく転落するところだったぞ――!
凜嶺娥:約束は果たした。お前への義理はない。
(飛蜥蜴が徐々に高度を下げ、金剛竹林に降り立つ)
楊李明:黄麒殿……あなたという人は……!
本当に
凜嶺娥:従える――?
楊李明:あ、いえ、その……
戴黄麒:楊秘書官。
あなたはこれからどうされるのです?
楊李明:…………
おそらく瑛郡は多大な被害を受けているでしょう……
一体どの程度の規模なのか……
凜嶺娥:中央地区がやられただけだ。
お前の想像より被害は軽い。
金剛竹林の入り口を、瑛郡からの捜索隊がそぞろ歩いている。
お前を捜しているぞ。
楊李明:…………
凜嶺娥様。
凜嶺娥:何だ。
楊李明:金剛竹林が飛ばす灰を、今の半分に抑えてください。
あなたの
代わりに私は、金剛竹林開発の中止を約束します。
凜嶺娥:人間め。わしに交渉を持ちかけるか。
楊李明:金剛石の龍は死んだ。
今のあなたなら聞き入れてくださるはずだ。
凜嶺娥:お前を殺せば口封じは成る。
楊李明:けれど何れは発覚する。
私は……私なら、あなたの玉体の秘密を護り抜く。
龍と人が争う不毛を知り……
姉の暮らす、金剛竹林を守るために――
凜嶺娥:狡猾な小僧め。
わしは旅に出る。
留守は任せたぞ。
楊李明:ありがとうございます――!
(肩をすくめる凜嶺娥に、楊李明は深々とお辞儀をする)
楊李明:……私は瑛郡に帰ります。
戴黄麒:お達者で、楊秘書官。
楊李明:黄麒殿、大変お世話になりました。
あなたは王の器です。
今はまだ偽物だとしても、いつかは――
戴黄麒:あなたこそ。
瑛郡に王道が敷かれる日。
その時、私は、楊李明という俊才を思い出すでしょう。
楊李明:麒麟児の誓いと名付けましょうか。
二人の麒麟児が、立派な王となって再会することを誓う……
戴黄麒:故事になれるよう、お互い頑張りましょう。
楊李明:それでは――
(楊李明は一礼して去っていく)
戴黄麒:お前はどうするんだ、
旅に出るとか言っていたが……
凜嶺娥:ああ。
戴黄麒:行き先は――?
凜嶺娥:お前の征くところへ。
戴黄麒:俺のものにはならないんじゃなかったのか?
凜嶺娥:貸し付けにしてやる。
期限までに丸代金を積むことだ。
戴黄麒:期限って……何時までだ?
凜嶺娥:わしの気が変わるまで。
戴黄麒:何様のつもりだ。
凜嶺娥:知らなかったのか?
金剛石は気位が高い。
戴黄麒:無意味に高い、誰も望まない付加価値だな。
凜嶺娥:宝玉は贅沢品だ。
吝嗇家には収めておけん。
無駄と浪費を愛せぬようなら、硝子玉でも飾っておけ。
戴黄麒:高嶺の花の乾物女め……
いいだろう、収めてやろう。
金剛石の龍を、我が手の内に。
凜嶺娥:覇皇と化けるか、偽王のままか。
征くぞ、
お前の覇道は、まだ第一歩なのだからな――
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