ゲネシスタ-隕星の創造者-
5話-金剛石の龍と黄金の皇子-
★配役:♂3♀3両1=計7人
18歳。
黒髪黒瞳の
華僑である両親を早くに亡くし、少なからぬ遺産で悠々自適の生活を送りながら中央官僚を目指す書生。
――という肩書きで、龍仙皇国を流離う『始皇帝』の落胤。
父親は龍仙皇国の『始皇帝』こと『
母親は『
本来なら異系譜の降魔同士で受精は起こらず、稀に受精に至っても奇形や虚弱など遺伝子疾患を抱えているケースが多数を占める。
しかし戴黄麒は両親の
ダイノジュラグバとギオガイザーの二系譜を跨る
二系譜の
ただし、本物の
ダイノジュラグバとギオガイザーの混血から産まれた『麒麟』は、龍と獣の天敵であり、新種の
封星座珠:【瑞兆角】
金剛石のように透明で煌びやかな美貌に輝く宝玉の美女。
鎖骨の窪みに金剛石の宝珠が埋まっており、
ダイノジュラグバ系譜の
ダイノジュラグバこと
龍の遺伝子を受け継ぐ仙人ではなく、龍の化身した
五千年前の『封龍の儀』より、
ある者は龍魄のまま彷徨い、ある者は眷属の降魔を乗っ取り、ある者は
何れの
凜嶺娥は自身の
封星座珠:【金剛龍玉髄】
15歳。
済州瑛郡の秘書官で、道人の少年。
利発で端整な顔立ちの少年で、藩金蓮の寵愛を受けている。
父は道人で、母は猩人の家に生まれる。
降魔絡みで不幸な幼少期を過ごし、家族を亡くした。
金剛竹林の開発に執念を燃やし、凜嶺娥を憎んでいる。
24歳(失踪当時)。
猩人の女。
金剛竹林開発に従事している杣夫。
父親が『
そのことで村八分となり、正業に就けず、女ながらやむなく杣夫として働いている。
父は道人で、母は猩人の家に生まれる。
母の血が強く出た璃茉は猩人となり、弟の李明は道人となった。
道人であり、勉学の出来る弟の李明を可愛がり、親代わりとなって育てていた。
20代後半から30代前半。
猩人の男。
金剛竹林の開発に従事している杣夫。
金剛竹林に漂う
仙人へ転生しようと、魏難訓の『降魔丹』に手を出す。
38歳。道人の女。
現・瑛郡伯。
病死した夫の
汚職や収賄の噂が絶えず、『
元々は花柳の売春婦だった。
魏難訓と出会ったことで、悪女としての才を開花させる。
年齢・性別不詳。
『菩薩像から国盗りの用命まで承る』闇商人。
魏難訓は一人ではなく、謎の商人集団の通名である。
皆一様に、不気味な
象骨面は、
象骨面を被せられた者は、
※ルビを振ってある漢字はルビを、振ってない漢字はそのまま呼んでください。
ゲネシスタwiki 劇中の参考になれば幸いです。
□1/済州、月夜に輝く
楊璃茉:見渡す限り一面の金剛石……
この竹も笹も、全て金剛石で出来ているのだな……
姜武風:連れてこられた当初は、俺も度肝を抜かれたさ。
今じゃキラキラして目に痛いだけの、目障りな石ころだけどな。
お前は何をやって連行されてきた、新入り?
楊璃茉:――人売り業者にいい働き口があると。
住み込み、食事付き、朝8時昼5時の規則正しい労働環境。
姜武風:騙されたな。刑務所だって衣食住付きの規則正しい労働環境だぜ。
ここは
何人足りとも手をつけられぬ、
楊璃茉:…………
姜武風:凜嶺娥――
金剛竹林の
楊璃茉:ああ――
金剛石の輝きを放つ、宝玉の美女。
済州全土の邪魅爬を従える、
姜武風:俺の仲間の一人が、奴と遭遇したことがある。
楊璃茉:……どうなった?
姜武風:『失せろ。次にお前の顔を見たら殺す』
――だとよ。
楊璃茉:……で?
姜武風:恐れ入って失せちまった。
楊璃茉:…………
姜武風:
楊璃茉:――――
私の母は羅睺病で死んだよ。
姜武風:いや……さっきのは言葉のアヤって奴で……
楊璃茉:だけど、転生は天罰かもな。
父は『
姜武風:『降魔丹』――……!
楊璃茉:上手くいけば――、だ。
人間には災いの星でしかない。
姜武風:邪魅爬か――
楊璃茉:…………
馬鹿な親父さ。
沢山人を殺したよ。
姜武風:――あんた、それでここに?
楊璃茉:直接の関係はない。
でも、想像はつくだろう?
邪魅爬を出した家の人間がどんな扱いを受けるか。
私も弟も、村八分さ。
姜武風:――弟さんはどうしてるんだ?
楊璃茉:元気だよ。
よく出来た弟でね。
優れた儒者になれると、学校の先生から太鼓判を押されている。
あの子を大学まで出してやる。
それが私の――ただ一つの生き甲斐だ。
ゴホッゴホッ――!
姜武風:おい大丈夫か?
楊璃茉:大丈夫……
姜武風:無理するな、羅睺病の発作だ。
楊璃茉:すまない……
姜武風:こいつを飲んでおきな。
楊璃茉:これは――?
姜武風:羅睺病に効く漢方薬。
楊璃茉:……ありがとう。
姜武風:今日は一段と灰が濃いな。
楊璃茉:金剛竹林の開発……
成功すれば瑛郡の風土病……羅睺病が根絶できる。
それに邪魅爬への転生も――
姜武風:藩金蓮――瑛郡の悪女。
旦那の
毒殺されたって評判だぜ。
楊璃茉:だが、羅睺病と転生――
姜武風:人気と金目当てさ。
金剛竹林の開発が成れば、悪評塗れの藩金蓮も、一躍名君子。
その裏で、金剛竹を高値で売ってボロ儲け、って寸法だった。
ところが肝心の伐採事業は進まず、取らぬ狸の皮算用。
四六時中ピリピリして、下っ端役人に当たり散らしてるそうだ。
楊璃茉:…………
色々と噂する向きもあるが、私はあの方を支持する。
姜武風:どいつもこいつもお人好しだぜ。
もし藩金蓮が、周公の再来といえるような聖人だったとしてもよ……
生け贄じゃねえか……!
楊璃茉:…………
ゴホッゴホッ――……!
ハア――ハア…………!!
姜武風:――すまねえな。
さっきのは漢方薬なんかじゃないんだ。
楊璃茉:どういうことだ……!?
(金剛竹林の物陰から、不気味な象骨面を被った人影が姿を現す)
魏難訓:菩薩像から国盗りの用命まで。
楊璃茉:闇商人魏難訓――!
まさか……
魏難訓:智の徳にて、転生の仙薬を知る。
仁の徳を捨て、悪逆無道を甘んずる。
勇の徳をもちて、賽の河原より牌を掴んだ。
取引成立――対価は受け取った。
姜武風:俺には、あんたの親父さんの気持ちがわかる……
俺たち
年老いず、病気にもならず、創成の力まで使う……
龍と獣――!
生まれの差だけで、どうしてこんなにも違う――!?
楊璃茉:だから『降魔丹』に手を出したのか――!?
姜武風:そうだ――!
俺は龍に転生する――!
楊璃茉:馬鹿め……!
父さんと同じことを……!
姜武風:ゴホッゴホッ――……!
あんたには、すまないことをしたと思っている。
……一人じゃ怖かったんだ。
闇商人から買った、こいつを飲むのが。
一緒に
獣の体を脱ぎ捨て……
龍の末裔たる仙人に――
楊璃茉:言い訳まで一緒じゃないか……!
母さんに『降魔丹』を飲ませた時と……!
どいつもこいつも、どうして……!
何故龍は、存在するだけで人を狂わす――!?
魏難訓:龍門は開かれた。
黄河の流れに逆らい、昇龍の道を目指されよ。
獣の骸を尸解させ、天を翔る龍と成れ。
楊璃茉:ハア、ハア――……
李明……
□2/金剛竹林の深奥部、神仙郷の洞窟
(天然の美の結晶で造られた神仙郷の洞窟に、独りの女が腰を下ろしている)
(見渡す限りの金剛石の中でも異彩を放つ、至純の透明な輝きを零す女であった)
凜嶺娥:時は五千年の昔。
『始皇帝』と
龍が天と地を支配する、
何者にも染まらず、故に何者にもなれる
繁栄の
三種の人間が共存共栄する、世界最古にして当世まで続く大帝国。
『龍仙皇国』建国譚をここに記す。
――封龍演義、序文。
(膝の上に乗せた古びた書を閉じた女は物憂げに呟く)
凜嶺娥:つまらん。
(神仙郷の透き通る空気に這い寄る、生臭い血と息遣いに、凜嶺娥は顔を上げる)
楊璃茉:あナたが、金剛竹林ノ仙人か……
凜嶺娥:
楊璃茉:助けてクださイ……
足が……蛇のよウにうねって……
まっスぐ、歩けナイ……
凜嶺娥:また『降魔丹』の中毒者か。
楊璃茉:顔が、体ガ、痒い……
皮膚がボロボロと剥がレていく……
おおオ、鱗ガ……
皮膚の下に鱗ガ……
凜嶺娥:お前は
楊璃茉:記憶ガ……散ッテいク……
ワタシニハ、忘レテハイケナイコトガ……
(楊璃茉は両手で顔を多い、激しく掻き毟る。ボロボロと皮膚を零す両手の隙間からは蛇相が現れていく)
凜嶺娥:気を強く持て。
脱皮と共に、魂も脱ぎ捨ててしまえば――
知能無き下等の竜にして、成り損ないの仙人。
邪魅爬と化す。
楊璃茉:アア……思イ出セナイ……
ワタシガ、ワタシデナクナッテ、シマウ……
助、ケテ……
(苦しげにのたうつ楊璃茉の両足がずるりと脱げて、皮膚の下から蛇の尾が滑り出す)
凜嶺娥:胸に残る言葉を吐き出せ。
わしがお前の記憶を預かろう。
楊璃茉:リ、メイ……
オトウ、ト……
(楊璃茉の悶えが収まり、蛇身の女は静かに顔を上げる)
楊璃茉:シュー……
凜嶺娥:李明、弟。
覚えているか?
楊璃茉:シュー……シュー……
凜嶺娥:――駄目だったか。
楊璃茉:シュー……シュー……
凜嶺娥:情も記憶も、総ては過去だ。
忘れろ――お前は最早一匹の蛇だ。
お前の最後は、わしが刻んでおこう。
魏難訓:くっくっく――
その
凜嶺娥:わしの
魏難訓:お気に召さなければ処分はご随意に。
凜嶺娥:何の企みだ。
魏難訓:企みとは心外な。
元締めと金剛大君は、天地開闢九つの兄弟姉妹。
吾儕は元締めより言い付かり、大君の見舞いに参った次第です。
凜嶺娥:見舞い――?
魏難訓:左様で。
金剛大君は静かな死に向かっていらっしゃるように見受けられる。
かつて天帝をも殺した不治の病……退屈という死病。
元締めはそれを案じておられるのですよ。
凜嶺娥:では消えろ。
お前の陰の気には、反吐を催す。
魏難訓:畏まりまして。
また参上致します。
ヴァジュラ様――
凜嶺娥:ヴァジュラか。
封龍の刻よりその名は捨てた。
今のわしは、凜嶺娥。
か弱い人間の名を名乗る、かつての神の成れの果てだ。
□3/済州瑛郡庁、郡伯室
藩金蓮:現場監督を筆頭に、猩人の
……凜嶺娥か。
楊李明:はい。荷物はないことから、恐らくは夜逃げかと……
藩金蓮:たわけの
金剛竹林開発は、どれほど遅れている――?
楊李明:工事工程表では、今月末に外縁部の伐採が完了している見込みでしたが……
藩金蓮:ほんの入り口を切り倒しただけか。
楊李明:……弁解の余地もございません。
藩金蓮:金剛竹林の開発に着手して早三年……
事業は一向に進まず、赤字と労災続きで、打ち切りの声もかまびすしい。
事態は悪いぞ。
わかっておるのか、李明?
楊李明:……はい。
人事局より、新たな現場監督が推挙されております。
小職は新任者を連れ、当面は彼と泊まり込みで職務に当たる次第です。
藩金蓮:金剛竹林開発は、羅睺病に邪魅爬――
この地を蝕んできた風土病を根絶させる一大事業。
失敗すれば、その責は罷免だけでは済まんぞ。
楊李明:……重々に承知しております。
邪魅爬を出した家の子である私を取り立ててくださった、藩群伯へのご恩……
そして凜嶺娥は、父と母……姉の仇でございますから――
□4/済州瑛郡-羽人山に向かう道中
戴黄麒:龍仙皇国では、今だに人力車が主流なのですね。
楊李明:ええ。
戴黄麒:馬頭とは、猩人の一種ですよね?
楊李明:はい、そうですが――
戴黄麒:成る程、疑問も違和感もなしと。
これが龍仙皇国の文化か。
楊李明:黄麒殿は帰国子弟だそうで。
戴黄麒:両親が華僑でしたのでね。
楊李明:皇国は如何ですか――?
戴黄麒:多産多死の猩人の上に、少数の仙人があぐらをかく。
典型的なカースト社会ですね。
珍しいのは、二系譜の
この三者が共存しているところでしょうか。
楊李明:と言いますと――?
戴黄麒:通常は一種類の降魔が、適合する生態系全てを乗っ取るのですよ。
ところが龍仙皇国は、ダイノジュラグバとギオガイザーという二系譜の降魔が上手く棲み分けをしている。
さらに資源である人間を使い尽くさず、在来種として保存されていることも興味深い。
このカースト社会も、
楊李明:……小職にはいささか皮肉に聞こえますが。
戴黄麒:素直な感想を述べたまでですよ。
楊李明:人類統合体や欧州の教皇国では、『すべての人間は平等』という思想があるそうですが――
戴黄麒:幻想です。
もし仮に平等という概念があるとすれば、龍とは何なのでしょう?
生まれながらに天地を統べる権能を持ち、五百万年の進化と技術革新を積み重ねてきた人類を、今尚脅かす。
ただ龍であるというだけで――
楊李明:黄麒殿は、
戴黄麒:ありません。
楊李明:猩人と共に働いたことは――?
戴黄麒:ありません。
楊李明:……大丈夫なのですか?
戴黄麒:木こりの人種構成は、猩人が八割でしたね?
楊李明:はい。残りの二割が道人です。
戴黄麒:問題ありません。大船に乗ったつもりでお任せください。
楊李明:はあ――……
□5/羽人山-金剛竹林、仮設事務所
戴黄麒:今日から金剛竹林開発事業の現場責任者となる戴黄麒だ。
よろしく頼む。
以上、朝礼終わり。作業に入れ。
楊李明:黄麒殿、就任の挨拶がそれでは――
余りに尊大では――?
戴黄麒:私の誠意は通じていますよ、楊秘書官?
楊李明:あの荒くれの猩人たちが、大人しく持ち場に――!?
戴黄麒:挨拶は長ければいいというものでもありませんよ。
あちらが現場事務所ですか。
行きましょう。
楊李明:…………
(仮設小屋に移動した戴黄麒は、小型のノートPCを取り出す)
戴黄麒:予想はしていたが、有線LANはないか。
人類統合体のアクセスポイントまで届くか?
楊李明:それは……
人類統合体の……情報端末ですね。
戴黄麒:羅睺病ですか?
楊李明:はい。
機械に触ると発疹が出たり、電波で咳が止まらなくなると――
戴黄麒:羅睺病は、他系譜の
楊李明:皇国の七割が猩人、上流階級が仙人ですから――
機械への忌避感が社会通念となっているのです。
小職の母と姉も猩人でした。
戴黄麒:使ってみては? ノートPCは便利ですよ。
楊李明:いえ、小職には紙と筆があれば。
戴黄麒:非合理なことですね。龍仙皇国が衰退の一途を辿るのも納得です。
…………
駄目だ、
ネットは諦めるしかなさそうだな。
楊李明:…………
人事局は何故このような者を……
人によっては、あの尊大な態度が頼もしく映るのだろうか……?
戴黄麒:騒がしいな。
あれは――?
(猩人たちの人垣を薙ぎ倒し、小型の蛇竜が鎌首をもたげて、転生の雄叫びを上げる)
楊李明:邪魅爬です――!
戴黄麒:邪魅爬――?
楊李明:『降魔丹』という仙薬が、闇で流行しているのです――!
飲めば仙人になれるという――……
戴黄麒:ああ、精製した
そう都合良く、
出来損ないになって暴れているということか。
楊李明:黄麒殿、今日の作業は中断です。
ここは一旦お下がりください。
戴黄麒:邪魅爬とは、ダイノジュラグバ系譜の
楊李明:はい。
下級ですが、竜の一種です。
ですから――
戴黄麒:――であるなら、恐るるに足りません。
(竹林外へ雪崩のように逃げ去る人波に向かい、戴黄麒は悠然と進んでいく)
戴黄麒:
獣よ、逃げるな――
竜を殺せ。
(戴黄麒の額に薄い星図が浮かび上がり、空気の流れが一変する)
(恐慌に駆られた猩人たちは雷に撃たれたように大きく震え、足を止める)
(各々が棒きれや斧を手に取ると、背を向けた蛇竜に向かっていく猩人たち)
戴黄麒:重ねて竜にも命ずる。
動くな。そのまま無抵抗に死ね。
(猩人たちの激しい集団暴行の終わった後には、無抵抗に殺された血塗れの邪魅爬の死体があった)
楊李明:邪魅爬が死んでいる……
黄麒殿……
あなたは一体どのような妖術を……!?
戴黄麒:『降魔丹』――
小耳に挟んだことがあります。
闇商人が売りさばいているとか。
楊李明:はい。
魏難訓を名乗る闇商人がばら撒いていると――
戴黄麒:ちょうどいい。その闇商人を潰しましょう。
□6/深夜-繁華街、『本日閉店』の札が下げられた中華食堂
(薄汚れた身形の猩人労働者たちの中心で、闇商人が巧みな口上で『降魔丹』の薬効を説く)
魏難訓:今宵お集まりいただいた君子諸氏にお譲りするは、龍の仙薬。
一粒飲めば、病が治り。
二粒飲めば、若返る。
三粒飲めば、神通力がその身に宿る。
全てを飲みきる頃には、不老不死の仙人へと転生しよう。
魏難訓:巷を騒がす邪魅爬有り。
龍に成ろうと成れずに成った、恐ろしくも哀しき成れの果て。
邪魅爬を出した家の子の、余人の
妻子を持たれる
魏難訓:然るに、虎穴に入らずんば虎児を得ず。
獣の身に生まれ落ちて、龍と成るを望むならば――
一つ、仁の徳を捨てるべし。
一つ、智の徳にて吟味され。
一つ、勇の徳にて、龍の仙薬を飲み下すべし。
さあ鯉よ、黄河を滝上れ――
登竜門の霊薬『降魔丹』、巡り会うは今夜限りの天運ぞ。
(騒然となる猩人たちの輪を割って、一人の少年が進み出てくる)
戴黄麒:興味深い霊薬だな。
この丸薬を飲み干せば、俺も仙人になると?
魏難訓:…………
失礼ながらお客人、
戴黄麒:そんなものは、どうだっていいだろう。
それよりこの霊薬は、本物なのか?
皆もそれが気になるのではないか?
(猩人たちがうなずきを発し、人心を得た戴黄麒は勢いづく)
戴黄麒:そいつをよこせ。
俺が試しに龍になってやろう。
(魏難訓から仙薬の袋を奪い取った戴黄麒は、丸薬をまとめて口の中で噛み砕く)
戴黄麒:水。
楊李明:どうぞ。
戴黄麒:――――
何も起こらんぞ、闇商人?
味のしない石灰を食わされて、このザマか?
魏難訓:…………!?
戴黄麒:みんな。
この魏難訓という商人は、とんだペテン師だ。
帰ったら広めてやれ。
『降魔丹』など、真っ赤な偽物だと。
(口々に悪罵を吐き捨てながら、猩人たちは食堂を去っていく)
魏難訓:…………
これは惨い言い掛かりですな、お役人様。
楊李明:闇商人魏難訓――……!
お前を拘束する。
お前が今まで冒してきた数々の悪事――
洗い浚い白状してもらうぞ――!
魏難訓:悪事とは何ぞや――?
浪人が人斬りを行えば、刀磨ぎを召し捕えるか?
暗君が暴政を行えば、票を投じた愚民の首を落とすか?
戴黄麒:ご託はいい。
その趣味の悪い象骨の仮面を外せ、闇商人。
貴様の素顔を拝んでやる。
魏難訓:――――
楊李明:…………!?
これが……闇商人魏難訓の素顔……
戴黄麒:随分と平凡な男だな……
象骨面:くっくっく――……
(足下に外された象骨面から低い笑い声が漏れ出してくる)
象骨面:
吾儕のささやかな露店が、取り潰しの憂き目に遭いました。
楊李明:象骨の面が灰になって消えていく……!
戴黄麒:
魏難訓め、傀儡を立てていたのか……!
象骨面:けれども吾儕は恨みませんぞ。
昨日の敵は今日の友。
明日は御許こそ上客やもしれませんからな。
商売繁盛、
□7/羽人山-金剛竹林、仮設事務所
(仮設事務所の執務机に腰掛けた楊李明は、細筆を紙に走らせている)
楊李明:戴黄麒殿が現場責任者に就任されて1ヶ月……
金剛竹林開発事業は、今までの難航が嘘のように進展していった。
戴黄麒:宗さん、風邪はどうだい?
今日は孫さんのお子さんの誕生日だったか。
今日の仕事は、早めに切り上げて帰りなよ。
楊李明:初日の尊大な態度からどうなることかと案じたものの――木こりとの関係も良好である。
戴黄麒:工程表の遅れは、残り一週間まで取り戻したな。
職安に求人を頼んでくるか。
楊李明:彼は生まれついての、王の器なのかもしれない。
しかし――あまりに順調に進むことに一抹の不安を覚えないわけでもない。
何よりもまだ最大の障害である、凜嶺娥と遭遇していないのだ。
戴黄麒:ご公務ですか、楊秘書官?
楊李明:単なる日記です。報告書の備忘録にも使いますが。
戴黄麒:筆まめですね。
楊李明:学問しか取り柄がないものですから。
黄麒殿のように実務を取り仕切る才があればと――小職は自らの不明を恥じるばかりです。
戴黄麒:指図ばかり上手くなっても、ろくな人間になりませんよ。
楊李明:いいえ、そんな……
黄麒殿は、不思議な人徳を備えていらっしゃる。
戴黄麒:私が人徳の持ち主であったら、孔子はさぞ嘆くでしょう。
仁はいつから尽きるの字となり 義はいつから
楊李明:ははは、ご謙遜を。
戴黄麒:楊秘書官。
貴官は金剛竹林開発事業に、並々ならぬ熱意がお有りのようで。
楊李明:…………
私の姉は、金剛竹林の開拓中、行方知れずとなりました。
戴黄麒:では――
楊李明:三年も前のことです。
恐らくはもう……
戴黄麒:――そうですか。
楊李明:優しい姉でした。
父と母を早くに亡くし、女手一つで私を育ててくれました。
……私の父は、邪魅爬に転生しましてね。
戴黄麒:『降魔丹』ですか。
楊李明:はい。仙人に憧れて――
私も姉も、大層虐められました。
もっとも、邪魅爬となった父に家族を殺された方々の気持ちを思えば、仕方のないことでしょう。
戴黄麒:それで姉上は、危険な金剛竹林の伐採に?
楊李明:……成り手がいませんからね。
灰を長く浴びていれば、猩人は羅睺病を発症する。
かといって、道人は邪魅爬となるため、出来るだけ使いたくない。
戴黄麒:だったら、大人しく死んでくれる猩人のほうがマシと。
楊李明:…………
金剛竹林で働く猩人たちは、何らかの事情を抱えた者ばかりです。
正業に就けず、流れてきた――
金剛竹林の開発が成功すれば、瑛郡はもう、羅睺病にも邪魅爬にも怯えなくて良い。
彼らが社会に受け入れられるきっかけになれば――
私はそのためにも……金剛竹林開発事業を成功させたい。
そう願っております。
戴黄麒:…………
ご立派ですね。
あなたこそ王の器ですよ。
私は私利私欲のために人を惹きつける――
偽の王ですから――
楊李明:はあ……
戴黄麒:…………
どうした――?
(仮設事務所に駆け込んできた猩人の話を聞いて、二人の顔に緊張が走る)
戴黄麒:――――
噂をすれば何とやら。
楊秘書官、
楊李明:黄麒殿、では――
戴黄麒:生け捕りに上がりましょうか。
金剛石の龍を。
□8/羽人山-金剛竹林の竹藪
凜嶺娥:ほう、今度の親玉は小鼠か。
戴黄麒:お初に御目に掛かる。
私は戴黄麒。
この度新しく、金剛竹林伐採事業の現場監督に就任した者です。
凜嶺娥:凜嶺娥。
金剛竹林で暮らす、龍の一匹だ。
戴黄麒:凜嶺娥様。
あなたの
灰の飛散を抑えるか、金剛竹の間引きにご協力いただけませんか。
凜嶺娥:断る。天罡星の星屑は、我ら龍の力の源。
後からやって来たお前たちに、口を挟む謂われはない。
戴黄麒:歩み寄りはできませんね。
凜嶺娥:歩み寄り?
わしはお前たち人間の蛮行を
それが増長の末、わしに
戴黄麒:予想通りの平行線だ。
ではこうしましょう――
龍獣の王が
龍よ、邪魔だ。
死ね。
(戴黄麒の額に星図が浮かび上がると、凜嶺娥は全身が粟立つような悪寒が走る)
凜嶺娥:――――!?
…………
貴様、誰に向かって下知を下した。
戴黄麒:ちっ、腐っても
狼煙を上げろ――!
楊李明:は、はい――!
(楊李明が火を起こすと、金剛竹林を揺るがす、獣たちの雄叫びが轟き渡る)
戴黄麒:瑛郡の山河を根城とする賊どもを雇い入れた。
その数、三千――
楊李明:先発の
戴黄麒:人間の叡智、組織化の力を見せてやる。
引き裂け――!
(戴黄麒の言下、黄と黒の斑の旋風が凜嶺娥に襲い掛かる)
凜嶺娥:つまらん。
(凜嶺娥の虫を払うような動作の度に、紅が跳ね飛び、黄と黒の旋風は瞬く間に弱り、消滅する)
楊李明:ひっ――……! 人虎たちが……!
戴黄麒:まだだ――!
まだこの程度、小手調べに過ぎん――!
幾ら奴が強大でもたった一匹――!
凜嶺娥:浅知恵だな。
砂粒で金剛石は傷つけられん。
(金剛竹林の笹がさざめき、煌びやかな宝石の塵が漂い、天高く舞い上がっていく)
戴黄麒:
楊李明:黄麒殿、猩人たちに羅睺病の症状が――
戴黄麒:それどころではない――!
凜嶺娥を止めろ――!
これは――……!!
(瑛郡一帯の空は、輝ける雲に覆い尽くされ、神仙郷に迷い込んだかの空模様となる)
凜嶺娥:
『
(金剛石の雲より降り注ぐ、金剛石の雹が、万物を撃ち砕く金剛杵となって天より落下する)
戴黄麒:
――――!?
(金剛竹林の突き破って眼前に落下した、身の丈の倍はある金剛雹に慄然となる戴黄麒)
凜嶺娥:
戴黄麒:金剛雹が砕け、散弾に――!?
(散弾となって襲い掛かる金剛石の礫を、戴黄麒は即座に干渉して打ち消す)
凜嶺娥:わしの創成に干渉したか。
獣を従え、龍の気を宿す。
お前は何者だ――?
戴黄麒:妖獣
(金剛雹雷を生き延びた、剣山の体毛を持つ牛が凜嶺娥に突進していく)
凜嶺娥:軽い。
楊李明:片腕で牛の妖獣を――!?
凜嶺娥:脆い。
戴黄麒:馬鹿な……!
窮奇の角は、鉄を凌ぐ硬度だぞ……!
凜嶺娥:弱い。
(凜嶺娥の繊手が閃くや、窮奇の太い首が落下する)
戴黄麒:
楊李明:黄麒殿……
生存を伝える伝令が、一人も来ません……
辺り一面、猩人の死体だらけです……
三千の軍勢は……壊滅です――!
戴黄麒:
絞りカスに過ぎん
だとすれば、覇皇は……
凜嶺娥:…………
面影がある。
髪は黒く、青臭い小僧だが――
楊李明:黄麒殿……!
戴黄麒:まだ策は残されています……!
凜嶺娥:小僧、お前の父親は――
戴黄麒:今だ――!
地割れに落とせ――!
凜嶺娥:――!?
(凜嶺娥の立つ地面がすり鉢状に崩落し、土砂と共に生き埋めになっていく)
楊李明:そうか、まだ土中に潜んだ
戴黄麒:本番はこれからです。
死に損ないども――!
王が命ずる――!
岩石を運べ――! 今すぐにだ――!
(戴黄麒の命に従い、直撃を免れていた猩人たちが血塗れの重体を起こす)
(一人また一人と倒れながら、何処からか巨岩を転がしてきた猩人たちに、戴黄麒が檄を飛ばす)
戴黄麒:いいぞ――! そのまま奴の落ちた穴に落とし込め――!
(土砂を噴き上げて、巨岩が落とし穴に嵌る。不敵に笑う戴黄麒)
戴黄麒:息の根を止めてやる、
(巨岩から猛烈な勢いで蒸気が噴き出し、周囲に刺激を伴う大蒜に似た臭気が立ち込める)
楊李明:岩石から噴き出す蒸気……
目に染みる……!
それに、このニンニクのような臭い……
戴黄麒:
楊李明:砒素――!?
戴黄麒:離れましょう。
砒素の煙の中で意識を失うと、死に至ります。
楊李明:…………!
あれが黄麒殿の秘策ですか……?
戴黄麒:殺生石。
ギオガイザー系譜の
殺生石に近づけば、あらゆる生き物が死に絶える。
たとえ龍であろうと、例外ではありません。
楊李明:黄麒殿……
あなたは一体何者なのですか……?
戴黄麒:王ですよ。
龍と獣の――
(言葉を失い、慄然とする楊李明を、羊のような悲鳴が正気に返す)
(土中より生え出した宝石の筍に貫かれた、地中棲羊人たちが数百匹)
(金剛竹林の樹上で串刺しになった姿で、鉤爪のある手足をばたつかせている)
楊李明:金剛竹――! 雨後の筍のように――!
戴黄麒:土中に潜ませた
(砒素の毒煙に煌めく粉塵が舞い、金剛石の美女となって結晶化する)
凜嶺娥:殺生石の毒煙。
触れた者を殺す死毒に変ずる、地煞星の灰。
お前たちには砒素で、わしには未知の毒煙だった。
面白い。このわしを一度は殺したぞ。
楊李明:殺されたものが何故平然と――
キョンシーだとでも――!?
戴黄麒:奴の言葉で煙に巻かれるな――!
ならば真実は一つ――!
どんな手段を使って逃れた――!
凜嶺娥:逃れてなどいない。
〝殺された〟と言っただろう?
戴黄麒:詭弁を――!
凜嶺娥:可愛げのない子だ。
もう一度見せてやる。
(凜嶺娥の体が金剛石の粉塵になり、金剛竹林の空気に融け込んでいく)
戴黄麒:消えた――……!
どこだ――!?
凜嶺娥の声:知識は豊富でも、応用は苦手か?
お前はもう答えを知っている。
戴黄麒:くそ――!
楊李明:黄麒殿――!
黄麒殿の後ろの竹が――!!
戴黄麒:――!?
(戴黄麒の真後ろの金剛竹が縦に割れ、龍の化身が御伽噺の姫のように出現する)
凜嶺娥:時間切れだ。
戴黄麒:ぐは――……
(振り返った戴黄麒は血の塊を噴き出して倒れ臥す。霞ゆく視界に鮮血に塗れた手刀を引き抜く凜嶺娥の姿が映った)
戴黄麒:わ、わかった……
お前は……金剛竹と同じ……
凜嶺娥:そう、この凜嶺娥も
この金剛竹林全域が、わしの――
戴黄麒:くそっ……!
凜嶺娥:読みが甘いな。お前の父親と瓜二つだ。
戴黄麒:――!?
凜嶺娥:もっとも、お前の父親は読みの甘さなど併呑す、覇皇の器だったがな。
戴黄麒:貴様、龍のくせに詐術を使うのか……
落ちたな、
凜嶺娥:獅子は兎を狩るにも全力を尽くす。
戴黄麒:認めたな。
俺如きを騙し討ちにする……それが今のお前の全力だ……!
無様だな、ハハハハ……!
(金剛竹林全域に充溢していた威圧感が消え去り、目の前に立つ凜嶺娥一人に凝集される)
凜嶺娥:やってみろ。
戴黄麒:――……!!
凜嶺娥:
わしを殺せるか、小僧。
戴黄麒:……乗ったな、
それがお前の命取りになるぞ。
凜嶺娥:大言壮語は実現してこそ覇皇の器。
大口を叩くだけなら、
戴黄麒:ああ、そうだ――……
俺は龍を欺き、獣を手玉に取る偽の王――
(上半身を跳ね起こした戴黄麒の額に、眩いばかりの星図の輝きが迅り、立体化していく)
凜嶺娥:わしの……金剛石の体を……?
(輝く粉塵の飛沫を散らす凜嶺娥は、自らの体を突き抜けた黄金の角を呆然と見下ろす)
戴黄麒:
太陽を蝕み、月を喰らえ――!
(凜嶺娥の体が罅割れ、亀裂から光が漏れ出し、金剛竹林は黄金の光に包まれる)
凜嶺娥:――……!!
戴黄麒:ははは! やったぞ!
母上……次は覇皇を――……
(全身が罅割れた凜嶺娥の体に押し倒されるように、戴黄麒も力を失い、二人は重なり合って倒れ伏す)
楊李明:黄麒殿――! 黄麒殿――!
□9/済州瑛郡庁、郡伯室
藩金蓮:容体はどうじゃ?
楊李明:はい。右胸を貫通していますが命に別状はありません。
藩金蓮:獣のしぶとさか、龍の生命力か。
楊李明:彼の両親とされる戴夫妻――
彼の主張通り、三年前に他界しておりましたが――
藩金蓮:戴夫妻の長男は、乳飲み子の頃に
楊李明:はい。
藩金蓮:龍の方は?
楊李明:羅睺病で衰弱しており、暴れる気配はありません。
藩金蓮:麒麟の角は、龍の内に宿る天罡星を狂わし、死に至らしめる。
龍殺しの
死なせるなよ。
楊李明:……恐れながら、藩金蓮郡伯。
凜嶺娥は、瑛郡を苦しめた金剛竹林の主。
ただちにあの者を処刑し、金剛竹林を更地に変えるべきでは?
藩金蓮:姉の仇か?
楊李明:いいえ――!
小職は瑛郡のため――!
藩金蓮:凜嶺娥……
殺す殺さないを決めるのは当面先じゃ。
楊李明:もしも、凜嶺娥が協力を申し出れば――?
それを代償に恩赦を持ちかければ――……?
藩金蓮:楊李明――
お前の主人は誰じゃ?
お前の内に燻る復讐心か? この
申してみい。
楊李明:…………!
失礼致しました。
藩金蓮郡伯閣下です。
藩金蓮:私情を捨てよ。
お前は瑛郡の公吏じゃ。
楊李明:――畏まりました。
凜嶺娥は、現在も地下牢で、朝晩を問わぬ体制で監視しております。
ご安心ください。
では――……
(楊李明が退室した後、部屋の四隅の影から浮き出るように、象骨面の男が姿を現す)
魏難訓:お見事な名君子ぶり。
藩金蓮:可愛いものじゃろう?
怒りを堪えた、縋るような眼が堪らん。
魏難訓:鳥飼いとは高雅な趣味だ。
自慢の
藩金蓮:良い声で囀るわ。
旦那殿は、老骨の身であったからのう。
お前の手配した妖術師の御陰じゃ。
魏難訓:買いの声有らば、売りの声を繋ぐが商人道。
呪殺、賄賂根回し、独り寝の夜の
藩金蓮:
雇われの馬賊野盗、総勢三千を一瞬で壊滅せしめおった。
だが、もっと恐るべきは闇商人じゃな。
魏難訓:ほほう。
藩金蓮:枯れ木の賑わいとはいえ、あの頭数……諸葛亮の手際じゃ。
それに人入れの費用も――
算盤を見せい。
耳を揃えて払ってやる。
魏難訓:出世払いで宜しいと申し上げましたぞ。
金利も負けておきましょう。
藩金蓮:お前の目的が皆目わからん……
何故わらわに此処まで貸しを作る……
魏難訓:借りた金など、気にするものではありません。
百貨を借りれば取り立てに遭い、万貨を踏み倒せば躍起になって更に貸す。
与信の枠は、使い切れるだけ使い切っておくが宜しかろう。
藩金蓮:はっ、金を貸した奴の台詞じゃないね。
……あたいに貸しが返せると思ってるのかい?
ほんの五年前まで、あたいは色町の安娼婦だったんだよ。
魏難訓:
裏町の湿った病人小屋で、吾と汝が交わした約定。
気に病むことはない。
汝は汝の役目を果たせば良い。
藩金蓮:あんたには感謝してるんだよ、魏難訓。
でもあたいは、年老いない仙人になって、少しばかり贅沢できれば、それでよかったのさ……
魏難訓:〝所詮人間、
吾にそう
覇皇となるか乞食となるか。
堕ちるところまで堕ちた汝なら、後は昇るのみであろうと。
藩金蓮:わかってる、わかってるさ……
でもあたいは……怖くなってきたんだよ……
湯水のごとく消えていく金、膨らんでいく借金……
途方もない〝借り〟と……そいつに比べて、あたいの〝欲の小ささ〟が……
魏難訓:稼ぎに追いつく
金も閾値を超えれば、帳簿の上で上下する数字に過ぎん。
藩金蓮:そいつが覇皇の器なら――あたいにはここらが限界かもしれないね。
魏難訓:ほう。
藩金蓮:あんた……あたいが覇皇になれると思っているのかい?
魏難訓:無論。そう信じて金を出した。
藩金蓮:だったら魏難訓、あんたは商才ゼロだよ。
あたいみたいなチンケな悪女が覇皇になったんじゃ、覇皇の玉座も、女郎屋のスケベ椅子まで堕ちるってもんさ。
魏難訓:ハハハハハ……我が意を得たり。
藩金蓮:――……?
魏難訓:悪貨は良貨を駆逐せり。
即ち、
藩金蓮:あんた……何者なんだい……?
魏難訓:吾は覇皇を憎む者。
其の名を
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