ゲネシスタ-隕星の創造者-

4話-夢の終わりは、深海の眠りへ-

★配役:♂2♀3両3=計8人

進藤奈美(しんどうなみ)
20歳。デルモネリゾン系譜の軍兵型(カデット)汎用機兵(メタルオーガン)
人工皮膚の化粧外装を施した機巧偶人(マキーナ)で、赤茶の髪の女性に見える。

喫煙者だが汎用機兵(メタルオーガン)にニコチンは作用せず、単なるファッション。
口癖は「めんどくせー」で、何事にもやる気がないが、昔は明るく積極的な性格だった。
機巧偶人(マキーナ)になったことで、普通の人間として生きられなくなったことに絶望している。

量産型ではなく、特注の調整をされたカスタマイズ軍兵型(カデット)
液体氷鉄(ネオパイクリート)を創成出来る寄生型(メタビオス)【氷鉄十徳銃】が武器。

封星座珠(寄生型(メタビオス)):【氷鉄十徳銃】

進藤詠(しんどうよみ)
16歳。デルモネリゾン系譜の軍兵型(カデット)汎用機兵(メタルオーガン)
機巧偶人(マキーナ)だが人工皮膚で化粧外装をしているため、見た目には人間に近い。
特製の放熱索が銀髪を思わせる姿から『リトルシルバー』とあだ名されている。
人類統合体の広告塔であるアイドルグループ『ベイヴィメタル』の一員。

淡々としてクールな振る舞いを演じているが、本当は感情的でプライドが高い。
降魔化以前は身体障害者であり、義足と車椅子に慣れているため、寄生型(メタビオス)の装備に違和感がない。
機体改造に積極的なため、スサノオとは相性良好である。

奈美とは従姉妹同士である。

量産型ではなく、特注の調整をされたカスタマイズ軍兵型(カデット)
作中で封星座珠(ホロスコープ)を埋め込まれ、指令型(エリート)に昇格する。

封星座珠:【七色錦之眼】

伊勢宮那義(いせみやなぎ)
21歳。『高天原』に所属する軍兵型(カデット)と名乗る。
自称・東大中退のエリート。

奈美のTWILINE(ツイライン)フレンド。
奈美からオフの誘いを受けているが、頑なに会うことを拒んでいる。

その正体は『高天原』こと『氷山基地』が動かす擬人知能(エーアイ・レセプタント)というプログラム体。
伊勢宮那義は『高天原』が人間だった頃の名前であり、人格データも本人を元にしている。

プリンセス・レムリア♀
正式名はサナト=クマラ=レムリア。
超大陸パンゲアを統治していた、古代王国レムリアの女王。
微睡みの中で大陸の未来を見晴らす、夢見の予言者でもあった。

ディープアビス系譜の総督型(プレジデント)
指令型(エリート)の上級型で、要塞型(シタデル)の権能を行使出来る。
本来の姿は、最大の捕食動物と言われる怪獣鯨(レヴィアタン・メルビレイ)

超大陸パンゲアとは、要塞型(シタデル)ムーの霄壌創世(ヘヴンズフォーミング)の副産物であり、
海の魔神ポセイドンは、海上に姿を現したムーを目撃した民が、大海への恐れを入り混ぜて産み出した神である。
即ちレムリア王国で語り継がれる『地母神パンゲア』と『海の魔神ポセイドン』は同一の存在であり、
霄壌圏域(ヘヴンズ)の片隅に暮らす生命など気に掛けたこともない、次元の違う巨大生命体であった。

浮上した超大陸パンゲアで、唯独り真実を知る者であり、真実の姿を見つめている者。
眷属の降魔(ゲネシスタ)に昔日の白昼夢を見せ、レムリア自身も白昼夢の中に暮らしている。

※年齢は設定していません。演じる方にお任せします。

封星座珠:【鯨蝋脳髄(ホエールメロン)

神官アトラ両
大地神パンゲアを信奉するレムリア国教の神官。
夢寐の中で呟かれるプリンセス・レムリアの予言を解釈し、国民に告げ知らせる役割を持つ。
レムリア王国では、神官が執政官でもあり、女王に代わり国政の実務を執り行っていた。
神官アトラもまた、古代王国レムリアと共に海底に沈んだ。

ディープアビス系譜の指令型(エリート)
霄壌圏域(ヘヴンズ)を自在に泳ぎ回る古代鮫(メガロドン)
レムリアの白日夢に囚われており、自らを人間だと思い込まされている。

王国復活後のプリンセス・レムリアの言動に疑念を抱き、神官の座を剥奪される。
シャルルオルカに寄生型(メタビオス)偽・鯱蝋脳髄(シャム・オルカメロン)を埋め込まれており、限定条件ながら『超音波SNC』にアクセスできる。

※年齢・性別は設定していません。演じる方にお任せします。

封星座珠(寄生型(メタビオス)):【偽・鯱蝋脳髄(シャム・オルカメロン)

神官ヌーナ両
大地神パンゲアを信奉するレムリア国教の神官。

ディープアビス系譜の指令型(エリート)
霄壌圏域(ヘヴンズ)を遊泳する一角鯨(モノケロス)
レムリアの白日夢に囚われており、自らを人間だと思い込まされている。

プリンセス・レムリアを崇拝する反面、放逐された神官アトラにも忠誠を誓っており、両者の間で揺れ動くことになる。

※年齢・性別は設定していません。演じる方にお任せします。

封星座珠:【小鯨蝋脳髄(ドルフィンメロン)

劇場文士シャルルオルカ♂
ディープアビス系譜の指令型(エリート)
片眼鏡を掛けた人相の悪いシャチの姿をしている。

海洋の生態系の頂点に立つオルカ一族は、『生きるための闘争』から解放されている。
オルカ一族の社会では、評価経済が高度に発達しており、芸術家や創作者が高い地位を持つ。

オルカ一族は、ディープアビス系譜の突然変異種である。
祖となる要塞型(シタデル)がおらず、要塞型(シタデル)の役目は『超音波ソーシャル・ネットワーク・シタデル』という超音波精神網が果たしている。
『超音波SNC』は中央サーバーを持たない点で、P2Pアーキテクチャとの類似が窺われる。
一匹のオルカの要求は、高効率の仲介と拡散によって応答され、評価の高いオルカほど応答率が高い。
『超音波SNC』は、観念要塞型(イデア・シタデル)に分類されている。

ディープアビス系譜の降魔(ゲネシスタ)である共通因子を生かし、古代王国レムリアの白日夢に紛れ込む。
他の降魔(ゲネシスタ)と同様にシャルルオルカも白日夢に囚われているが、超音波の反響定位の形で、古代王国の真の姿を認知している。
プリンセス・レムリア以外の降魔(ゲネシスタ)たちには、シャルルオルカも人間として認識されており、彼自身は大変面白がっている。

封星座珠:【鯱蝋脳髄(オルカメロン)

機動熔鉱炉スサノオ両
デルモネリゾン系譜の要塞型(シタデル)
『人類統合体』極東改造軍に所属している空飛ぶ熔鉱炉。
炉体全高15メートルの中型熔鉱炉であり、鉱石から隕石灰(メテオアッシュ)を産出する。

通常、落着した隕孔巣(メテオール)で拠点化して移動能力を失う要塞型(シタデル)では珍しく、反重力飛行に光学迷彩と優れた移動能力を有する。
その代償に霄壌創世(ヘヴンズフォーミング)の力を失っており、スサノオは眷属の降魔に大きく依存している要塞型(シタデル)である。

不沈洋上拠点『氷山基地(フロストベース)
デルモネリゾン系譜の要塞型(シタデル)
人類統合体軍のカントウエリア拠点であるメガフロート要塞型(シタデル)『高天原』が、自らを軍用改造した新型要塞型(シタデル)

全高30メートルの造成氷山。
本体は氷山の核ともいえるニューロ・ナノマシンの凝集した冷媒機関。
『新大陸』に齧りつくように広がる氷床大地の他、氷山も霄壌圏域(ヘヴンズ)である。

『氷山基地』の躯とも言える氷は、海水と隕石灰(メテオアッシュ)を混成した液体氷鉄(ネオパイクリート)
隕石灰(メテオアッシュ)の変成したニューロ・ナノマシンにより、形状記憶機能を持ち、損傷しても液体に戻って瞬時に修復する。

麾下の降魔(ゲネシスタ)氷鉄兵団(ひょうてつへいだん)』は、対『新大陸』仕様に開発・編制された特殊機体。
自我を失った『廃人軍兵型(スクラップド・カデット)』を、『氷山基地』が擬人知能(エーアイ・レセプタント)で動かしている。
基本外装は、液体氷鉄(ネオパイクリート)が凝結した氷鉄装甲であり、武器の改造・換装は容易である。

限定された環境下ながら、『氷山基地』は運用面・コスト面で極めて優れたコンセプトの要塞型(シタデル)である。
ただし液体氷鉄(ネオパイクリート)は、通常の氷よりも融点は高いものの、熱に弱い。
また要塞型(シタデル)に負荷が一極集中しており、要塞型(シタデル)の障害が全軍に波及する脆弱性も孕んでいる。

※伊勢宮那義との二役になります

超古代大陸鯨ムー
ディープアビス系譜の要塞型(シタデル)
現存する降魔(ゲネシスタ)だけではなく、かつて地球上に存在した降魔(ゲネシスタ)を含めても最大級と考えられている。
その超巨体は大陸一つに匹敵すると言われ、身動ぎ一つで大津波を引き起こし、噴気は嵐となって地上を荒れ狂う。
巨大なる海の王者であり、海洋に点在する島は、かつてムーに砕かれた陸や山の残骸だという。

大地の破壊者である反面、肥沃な海洋資源を育み、陸の生物たちに恩恵をもたらした。
また多種多様な海洋の生態系を産み出した海棲生物の父でもある。
ホエール一族の祖であり、ホエール一族では『ビッグムー』の尊称で敬われている。

(※作中に登場するのみで、セリフはありません)

※以下の役は被り推奨です

レムリアの戦士A両
ディープアビス系譜の軍兵型(カデット)栄螺人(レムリアン・カズィクルシェル)
レムリアの戦士B両
ディープアビス系譜の軍兵型(カデット)栄螺人(レムリアン・カズィクルシェル)
□10、□14、□16に登場
アトラ、ヌーナ、シャルルオルカと会話有り。

オレイカルコスの重装兵両
ディープアビス系譜の軍兵型(カデット)鎧蝦蛄(レムリアン・オレイカルコス)
※こちらはセリフ無し・設定のみのキャラクターです。


※ルビを振ってある漢字はルビを、振ってない漢字はそのまま呼んでください。

ゲネシスタwiki 劇中の参考になれば幸いです。



□1/『新大陸』上空、光学迷彩中の熔鉱炉の煙突


詠:これが新大陸の地形――

スサノオの声:『ムー』の霄壌圏域(ヘヴンズ)『新大陸』は、地表の60%が湿地帯。
         さらにその内、徒歩での移動が困難な水深1メートル以上の泥沼が8割以上。
         ホバークラフト機能がなければ、通常の汎用機兵(メタルオーガン)は活動不能だ。

詠:それであの氷の機兵が投入されたのね。
  大きな氷畳(こおりだたみ)をイカダ代わりにして進軍してる……

スサノオの声:液体氷鉄(ネオパイクリート)多機能(マルチスペック)だろう?
         アイディアに過ぎなかった旧氷建材(パイクリート)を、僕が改良して実用化に持っていったんだよ。

詠:はいはい。頑張ったわね。
   そんなことはどうでもいいんだけど、『氷鉄兵団』――
   あのまま敵の隕孔巣(メテオール)へ攻め込むわけね。

スサノオの声:氷鉄機兵(フロストオーガン)は陽動だよ。
         霄壌創世(ヘヴンズフォーミング)の相殺も、『氷鉄兵団』も、地上戦を演出するための小道具に過ぎない。
         本命は僕の大創成(グレータージェネシス)だ。

詠:大創成(グレータージェネシス)……
  要塞型(シタデル)の力を借りて発動する創成――

  封星座珠(ホロスコープ)を持った指令型(エリート)はどこにいるの?
  私はただの軍兵型(カデット)だけど?

スサノオの声:ヨミ、わかってて聞いてるよね?

詠:さあ? 何かしら?

スサノオの声:君を指令型(エリート)にしてあげる。
         ヨミのために昇格枠を申請したんだよ。

詠:ふふふ――

  やっと指令型(エリート)に――
  最底辺の軍兵型(カデット)から抜け出せた――!

(熔鉱炉の扉から色鮮やかに輝く球体が放出され、詠の目の前で七色に目まぐるしく移り変わる)

詠:この小さな球体は――?

スサノオの声:七色錦之眼(なないろにしきのめ)
         ヨミのために造った封星座珠(ホロスコープ)だ。
         ヨミの左眼を封星座珠(ホロスコープ)に換装する。

詠:素敵。早くやって。

スサノオの声:了解。

(熔鉱炉から手術用機械腕が伸びてきて、詠のガラスの人工眼球を抜き取り、七色に輝く球体を挿入していく)

詠:――……っ!

スサノオの声:終わったよ。具合はどう?

詠:う、うう……

  何これ……
  無数の塵やゴミがチラチラ光ってる……
  凄く……目障り……

スサノオの声:それが隕石灰(メテオアッシュ)
         あらゆる事象の源であり、創成資源となる物質だ。

         早く左眼を黒に戻したほうがいいよ。
         ずっと封星座珠(ホロスコープ)にしていると、視神経には過負荷になる。

(七色に移り変わっていた左眼が、黒瞳に安定して詠は落ち着きを取り戻す)

詠:……鏡ある?

スサノオの声:どうぞ。

(機械腕のかざす鏡を覗き込んで、詠は愉悦の薄笑いを浮かべる)

詠:ふ、ふふふ――
  これが七色錦之眼(なないろにしきのめ)――!

スサノオの声:どう?

詠:最高。痺れるわ。

スサノオの声:隕石灰(メテオアッシュ)は、そのままでは無秩序に乱歩(ランダムウォーク)する浮遊塵(ふゆうじん)だ。
         けれども特定のスコープで観測することで、波動関数を特定の現象に収縮させることが出来る。
         この隕石灰(メテオアッシュ)の観測効果が星を見ること≠ノ(なぞら)えられて、封星座珠(ホロスコープ)の名前がつけられた。

詠:私の左眼で覗き込めば、望んだ現象が見えて、現実になる。
   そういうことでしょう?

スサノオの声:そう。量子的確率の現象を励起させる、創成の星(ジェネシス・スター)の眼だ。

詠:いいわ。何でも見てあげる。
  私に何を見て欲しいの?

スサノオの声:乱歩(ランダムウォーク)する隕石灰(メテオアッシュ)の衝突を見るんだ。
         原子核のβ崩壊、α崩壊、連鎖反応……

詠:…………

  原子爆弾――!?
  でも核兵器の創成は、非核三原則で禁じられてるんじゃ……!?

スサノオの声:『新大陸』攻略に限定して、非核三原則は適応除外とされた。
         人類統合体の本国も承認している。

詠:…………
  あの隕孔巣(メテオール)に原子爆弾を落とすわけね……

スサノオの声:違うよ。

詠:え?

スサノオの声:僕の大創成(グレータージェネシス)『アマツミカボシ』――
         原爆隕石を落とされるのは『ムー』の隕孔巣(メテオール)じゃない。

         氷山基地(フロストベース)だ。


□2/行軍中のレムリア王国軍



ヌーナ:進め、王国の勇者たちよ――!

     我らは不滅の軍勢――!
     聳え立つ氷の魔峰(まほう)ポセイドンの氷山を落とすのだ――!!

レムリアの戦士A:神官ヌーナ!

           砲撃です――!
           第一中隊、第三中隊、氷の塊を撃ち込まれています――!

ヌーナ:オレイカルコスの重装兵を出せ――!
     氷の砲弾を撃ち落とすのだ――!

(巨大な鉄槌を二振り構えた重装鎧兵が、巨体に見合わない俊敏さで移動)
(鉄面頬の奥で大きな眼がギロリと動き、目にも留まらぬ早さで氷の砲弾を粉砕する)

レムリアの戦士A:第一中隊、第三中隊より報告――!
           氷の砲弾は、オレイカルコスの重装兵たちが全て撃墜しております――!
           散発的に氷の礫を撃ち込まれていますが、無敵の鎧はものともしません――!

ヌーナ:流石はレムリア王国最強の戦士たち。
     オレイカルコスの重装兵たちを盾に、海魔たちの本陣へ突入するのだ――!

レムリアの戦士B:前線より報告――!
           急いで神官ヌーナに取り次いでくれ――!

ヌーナ:何事だ。

レムリアの戦士B:おお、神官ヌーナ――!
            大変です! あの氷は――……

(行軍中の師団の最前線で、赤い炎が噴き上がり前線部隊を舐め尽くす)

ヌーナ:炎――!?

レムリアの戦士B:あの氷は、海魔の撃ち込んでくる氷は……
          燃える氷≠ネのです――!

オレイカルコスの重装兵:…………

ヌーナ:オレイカルコスの重装兵たちが……
     蒸し焼きになって死んでゆく……

     大地母神パンゲアよ、大地の加護を――!
     氷の炎≠謔閨A我らを護りたまえ――!

レムリアの戦士B:第八中隊、連絡途絶――!
            第二大隊、壊滅――!

ヌーナ:何故だ……? 何故何も起こらない……!
     私の声では、パンゲアには届かぬと――?

レムリアの戦士A:燃える氷≠ヘ尚も撃ち込まれています――!
           このままでは、我らの居る本陣にも氷の炎≠ェ到達します――!

ヌーナ:畏れるな。我らは不滅。
     喩え大地に身を沈めることになろうとも、レムリア様の祈りが我らを大地の眠りから呼び覚ます――!

     しかし、ここで我らが敗れれば、王都アクロポリスに海魔の侵攻を許してしまう……!

(突如として地面から熱い水蒸気が噴き上がり、氷の炎≠鎮火していく)

ヌーナ:っ――!

     地面から高熱の水蒸気――!?
     間欠泉か――!?

レムリアの戦士A:神官ヌーナ! 氷の炎≠ェ消火されていきます――!

レムリアの戦士B:そればかりではありません――! あの氷の海魔たちも――!

ヌーナ:融けていく……!
     どれだけ砕いても甦った、あの氷の軍勢が……!

アトラ:ヌーナよ、久しいな。

ヌーナ:神官アトラ――!?
     よく、ご無事で……

     この水蒸気は、神官アトラが?

アトラ:そうだ。

ヌーナ:…………
    パンゲアは私の祈りには応えてくださりませんでした……

アトラ:ヌーナよ。
    そなたの行いは、真にパンゲアの御心に叶っているのか?

ヌーナ:…………?

アトラ:皆も胸に手を当て、よく考えよ。
    この戦争は、真にパンゲアの望む所業なのかを。

ヌーナ:仰る意味がわかりません。
     あれは氷の魔兵……異質なる海の魔物。
     我ら人間との間に、話し合いの余地などない。

アトラ:もし彼らも人間だとすれば?

ヌーナ:…………?

アトラ:海魔たちが我らと同じ人間だとすれば?

ヌーナ:そんな、馬鹿な……

アトラ:ヌーナよ、王国の戦士たちよ。

    先に断っておく。
    私は気が触れたわけでも、幻を見ているわけでもない。
    心して聞いて欲しい。

    そなたたちがこれから攻め込む海魔たちの指揮官は……
    我らと同じ、人間なのだ――


□3/『新大陸』上空、光学迷彩中の熔鉱炉の煙突



スサノオの声:隕孔巣(メテオール)殲滅作戦は、二つの仮定から構成されている。
         要塞型(シタデル)『ムー』の活動は、総督型(プレジデント)に誘発された偽の覚醒であること。
         総督型(プレジデント)を倒せば、『ムー』は休眠期に戻ること。

詠:――――
  総督型(プレジデント)を倒しても、『ムー』が休眠期に戻らなかったら?

スサノオの声:いいところに着目したね。
         だから『人類統合体』は、裏の作戦を用意した。

詠:……裏の作戦?

スサノオの声:深海水爆魚雷『ツァーリ・ボンバU』。
         氷山基地(フロストベース)は『人類統合体』本国から秘密搬送された『ツァーリ・ボンバU』を内蔵している。
         総督型(プレジデント)を倒しても『ムー』が沈静化しなければ、『ムー』の潜む深海6000メートルの超深海層へ投下する。

詠:水爆魚雷で、『ムー』を(たお)せるの……?

スサノオの声:1%にも満たないね。
        『ムー』はあまりにも巨大だ。
        『ツァーリ・ボンバU』をもってしても、出鼻を挫く程度の効果しか見込めないだろう。
        逆上した『ムー』は、報復の大創成(グレータージェネシス)を引き起こす。

        でもさすがの『ムー』でも、水爆魚雷の直撃を受ければ警戒を強める。
        そうして稼いだ時間に、最大限の災害対策を取るというリスクヘッジさ。

詠:待って! 『ムー』を斃せないんでしょう?
  どうして氷山基地(フロストベース)を自爆させるの?
  それじゃわざと『ムー』を刺激して津波を――

  全人類の機械化……鋼鉄の革命……
  デルモネリゾンの理想を急進させるために、『ツァーリ・ボンバU』で『ムー』を呼び覚ます……
  そういうことね――!?

スサノオの声:氷山基地(フロストベース)って、低性能(ロースペック)だよね。
         マクロは、常に政治主張(イデオロギー)に汚染されている。
         マクロの合理性なんて、針の上に何人の天使が乗るかを真剣に論じた、神学論争並に愚かで無意味だ。
         ありもしない偽の命題を元に論理を組み立てるから、壮大な無能の造形物(オブジェ)が出来上がる。

         ヨミ、退屈な殲滅作戦を待つ必要はない。
         『アマツミカボシ』で、『ツァーリ・ボンバU』を爆発させよう。

         津波に溺れて死んでいくのは、ただのニンゲンだけだ。
         僕たち降魔(ゲネシスタ)は、機巧偶人(マキーナ)は生き延びて新世紀を築く。
         鋼鉄の革命を打ち建てた、機械仕掛けの神の新世紀を――

詠:『ムー』を刺激して、全世界を水没させる……

  冗談でしょう?
  人類は機械になんてならなくていい。
  私だけが機巧偶人(マキーナ)になって、アイドルをやれればいいのよ。

スサノオの声:いいね、ヨミ。
         剥き出しのミクロの合理性。
         氷山基地(フロストベース)よりずっと綺麗な論理(ロジック)だよ。

詠:それに世界が滅んだら、今期放送中のアニメも連載中の漫画も全部終わっちゃうじゃない。
   私にとっては何のメリットもないわ。

スサノオの声:ミクロは突き詰めれば、単一の合理性に行き着く。
         でもミクロとミクロの合理性は、時に衝突する。

         そうなれば、敵対するミクロの合理性を叩き潰すしかないね。

(熔鉱炉に突き立つ管制塔から強力な電波が放射され、詠の体を遠隔操縦する)

詠:金縛り――!?

  手が、足が……動かない……!?

スサノオの声:仮想化脳(ブレイン・エミュレーター)のマスター権限を凍結。
         要塞型(シタデル)リモートアクセスを管理者(アドミニストレーター)権限に設定。
         封星座珠(ホロスコープ)、強制起動。

詠:塵が見える……!
  隕石灰(メテオアッシュ)……!

  ううっ、眼が痛いっ……!

スサノオの声:がっかりしたよ。
         指令型(エリート)要塞型(シタデル)の意志決定を代行する階級だ。
         ヨミなら僕の意を酌んで実行してくれる、高性能(ハイスペック)指令型(エリート)になると思ったんだけどな。

詠:パートナーとかなんとか言っておいて……!!
  言いなりになって気が利く人形が欲しいだけじゃない……!!

スサノオの声:そうだよ。僕にとっては合理的。
         無謬(むびゅう)論理(ロジック)だろう?

詠:ふざけないで――……!!
  私はお前の言いなりになんてならない……!!

スサノオの声:じゃあヨミも要らないよ。

         …………!?
         T.W.S(脅威警告システム)作動……!
         Unknown(アンノウン)超音波が僕を照準(ロックオン)している……!?

詠:空が……
  海の底から見上げた海面のように……
  波打って、光に揺れている……

スサノオの声:転送鎮守造偶(デミウルゴン)の創成――!?
         何故……!?
         『ムー』の霄壌創世(ヘヴンズフォーミング)は相殺されているはず……!

         それに最新鋭の光学迷彩とステルス外板を持つ僕の位置まで……!?

詠:空の海面が歪む……!

スサノオの声:降魔(ゲネシスタ)の転送を観測。
         系譜はディープアビス。階級は軍兵型(カデット)

詠:嘘……あれ……

スサノオの声:隕石灰(メテオアッシュ)で巨大化し、体液も変質した――

詠:ナメクジ――!

  ナメクジの雨が降ってくる――!!


□4/氷山基地、氷床大地に待機する部隊



奈美:はあ〜……めんどくせー……

(氷床大地に転がる降魔の死体を見下ろす奈美の口元では、煙草の煙が気怠げに揺れている)
(TWILINEに着信表示があり、携帯灰皿に煙草を押し込んでから応答する奈美)

奈美:はーい、もしもし。

那義の声:どうだ、そっちの様子は?

奈美:なーんもないよ。
    さっきから数匹、野良降魔が迷い込んできてるけど。

    なんなんだろうね、この降魔たち。

那義の声:奈美、ちょっと近付いてみてくれないか?

奈美:えー!? 嫌だよ気持ち悪ぃ。

那義の声:頼む。もしかすると、そいつも持っているかもしれない。

奈美:持ってるって何を?
    うへー、気持ち悪ぃ……

(銃剣の先で降魔の死体をひっくり返すと、石版が転げ落ちる)

奈美:何これ……?
    石版――?

那義の声:頭上にかざしてくれ。
       氷山基地(フロストベース)がスキャンする。

奈美:なんかヌメヌメしてんだけど……

那義の声:………………
       …………
       ……

       これは――……!

奈美:何かわかった?

那義の声:古代文字だ……

       ヒエログリフ――
       紀元前三千年以上前からエジプトで使われていた文字とされる……

奈美:こいつが文字を書いて持ってきた?

那義の声:……一部だが解読できた。
      『和平』『交渉』『使者』……

奈美:拾ったんじゃないの?

那義の声:石版を持っていた降魔(ゲネシスタ)はこれで六匹目だ。
       彼……もしくは彼女は『和平交渉』の使者だったんだ。

奈美:嘘だろ……

    だってこの降魔(ゲネシスタ)……
    ナメクジの化け物だよ――!?


□5/『新大陸』上空、夥しい数の蛞蝓に張りつかれた熔鉱炉



スサノオの声:外板装甲に大量のイオン流出……!
         降魔(ゲネシスタ)の体液による酸化還元反応と推定……!!

         金属結合、脆化(ぜいか)……!
         表層部、崩壊……!

詠:融かしてるの……!?

  あのナメクジ……!
  熔鉱炉のステルス外壁を……!?

スサノオの声:防御装置を発動する……!
         電撃網(エレクトリック・フェンス)ON……!!

詠:きゃああああ――!!!

  う――……

スサノオの声:仮想化脳(ブレイン・エミュレーター)、電気ショックによる強制シャットダウン。
         リモートアクセス切断。

         再起動確認。
         もう一度ヨミの仮想化脳(ブレイン・エミュレーター)に接続――

         ――弾かれた?

詠:私は指令型(エリート)よ……!
  要塞型(シタデル)にだって反逆する……!

スサノオの声:ファイヤーウォールを確認……
         反逆型(ミーティア)か――!?

(空の歪みより落下してきた蝦蛄降魔が熔鉱炉の煙突の一つを叩き折る)

スサノオの声:――!?

         3番煙突、損壊……!
         シャコ型降魔……!?

詠:一撃で鉄の煙突を……!
  機銃の反撃も弾き返してる……!

  海の鎧兵(よろいへい)みたい……!

スサノオの声:降魔スラッグの付着数増加……!
         強酸体液による表面溶解、範囲拡大――……

         降魔シャコの殴打ダメージ――!
         熱風管破損……! タンク損壊……!

詠:スサノオ――!

スサノオの声:……!?

詠:隕石灰(メテオアッシュ)を放出しなさい――!
  降魔たちが転送されてくるのは、あの隕孔巣(メテオール)から――
  隕孔巣(メテオール)を、核爆弾で消し飛ばすのよ――!

スサノオの声:破壊するのは氷山基地(フロストベース)だ……!

詠:私は協力しない――!

スサノオの声:反逆型(ミーティア)め……!

         あ、あ、ああ……
         壊されていく、壊されていく……!!

詠:合理的に考えなさい――!
  このまま私と喧嘩しながら、シャコとナメクジにたかられて墜落するか――!
  隕孔巣(メテオール)に『アマツミカボシ』を撃ち込んで逆転に賭けるか――!

スサノオの声:……隕石灰(メテオアッシュ)放出。
         ……乱歩(ランダムウォーク)修正。

         ヨミ、君のことを考えると電子回路が火花を散らす。
         破壊したい。思考プログラムを書き換えたい。
         反逆しない人格(パーソナル)をパートナーに選べば良かった。

詠:絶対に反逆させたくないなら、軍兵型(カデット)のロボットでいいじゃない。
  独立した自我を持つ知性体(インテリジェント)にするって矛盾してるわ。

スサノオの声:…………

詠:あなたは口答えして、時に反逆する存在が欲しいのよ。
  自分の道具でしかないロボットじゃなくて、自分とは違う人格(パーソナル)が。

  あなたは、私のことが好きなの。

スサノオの声:僕は君が嫌いだよ。
         言うことを聞かない、思い通りにならない君が。

詠:嫌いなら私のこと、壊してみなさいよ。
   壊せないんでしょう?

スサノオの声:…………

詠:『アマツミカボシ』を発動させるわ――!
  隕石灰(メテオアッシュ)の軌道を補正して――!

(詠の左眼が黒から赤に変わり、灼熱の炎のように燃え盛る)

スサノオの声:……電子回路にノイズが走る。

         ……不愉快だ。
         ……どうしてこんなに不愉快なんだろう。

詠:見える……!
  熱と光と炎の渦巻く、破壊のエネルギーの塊……!

  これが星図を描くこと……!

スサノオの声:……波動関数の収縮を確認。
         『アマツミカボシ』の発動は確実となった。

         一回目で大創成(グレータージェネシス)を成功させるなんて。
         ヨミは予想を凌駕する高性能(ハイスペック)だ。

         ヨミを壊したい……でも壊せない……
         ヨミを壊してしまえば、僕は後悔する。

詠:死ぬのは恐い……?
  恐い……

  三年前まで、私は車椅子の可哀想な女の子でしかなかった。
  同情されて、優しくされて、哀れまれて……
  大人たちが善意を吐き捨てていく、掃き溜めでしかなかった……

  でも、私だって賞賛を浴びたいのよ――!
  誰も届かない、誰も入れないステージに立って憧れの眼差しを受けたい――!

  私は純粋無垢な天使の障害者じゃない……!
  私は強欲なのよ――!!

(熔鉱炉に立ち並ぶ煙突群から煤煙が噴出され、周囲の空域を鈍色の灰に包む)
(詠の左眼は鈍色の灰が一点に収束し、一個の塊となって凝集する様を見る)

スサノオの声:……この不快感の原因が解析出来た。

         僕はヨミが嫌いで、ヨミが好きだ。
         この二律背反が僕の行動プログラムに論理矛盾を起こし、結論の出ない演算処理に追い込む。

詠:これで世界を救えば、私の大金星……!
  失敗しても悲劇のヒロイン……!
  どっちに転んでも私は永遠のアイドルよ――!

  私の勝ちは決まりじゃない――!!
  最高に痺れるステージね――!!

スサノオの声:好きだけど嫌い≠フ概念は、メモリリークを起こしてOSをフリーズさせる、深刻なバグだ。
        早急に修正されなければならない。

         でも最優先タスクは確定した。
         全機能を動員し、僕はヨミを守る。

詠:さあ、化け物ども――!
  お前たちの星占いは運勢最悪……
  破壊と破滅があるのみよ――!

  創成(ジェネシス)――!!

(現出した灰の隕石は流星となって、岩山と泥沼の隕孔巣(メテオール)へ落下していく)
(視界を純白に染める閃光と、一瞬遅れて轟き響く大爆音)
(吹き荒れる爆風が熔鉱炉とそこに張りつく蛞蝓や蝦蛄も巻き込んで吹き飛ばしていく)


□6/レムリア王国軍、仮設陣地



レムリアの戦士A:ポセイドンの領地へ送った使者、戻ってきません……

アトラ:……次は(くさび)文字を。
    異邦人の彼女らには、和平文書が読めなかったのかもしれぬ。

ヌーナ:…………

    神官アトラ、あなたを疑うわけではありませんが……
    やはり(にわか)には信じがたいのです……

    あの海魔たちが、我らと同じ人間とは……

アトラ:…………

レムリアの戦士B:神官アトラ――!
           神官ヌーナ――!

           ご覧ください――!

ヌーナ:流星だ……! あの方角は――!

アトラ:王都アクロポリス――……!!

(大気を突き破って炎の尾を曳く隕石は、王都アクロポリスに衝突する)
(雷を凌駕する閃光と轟音の後、噴き上がったキノコ雲が破滅の狼煙なって王都壊滅を告げ知らす)

ヌーナ:あの閃光は(いかずち)でしょうか……!?
     あの轟音は嵐でしょうか……!?

     あの不吉なキノコ雲は……!!

アトラ:…………!!

レムリアの戦士A:神官アトラ――!
           王都は――! 我らの王都は――!

アトラ:恐らくは、もう……

レムリアの戦士A:おお、そんな……
           アクロポリスに残る家族は……!

レムリアの戦士B:あなたのせいではないか、神官アトラ――!
           あなたが和平交渉などと生温い考えを持たず、レムリア様の御心に背かず――
           ポセイドンの軍勢を皆殺しにしていれば――!!

ヌーナ:よさないか――!

アトラ:いや……
    お前たちの怒りと悲しみ……
    死者たちの苦しみと無念……

    全てはこの神官アトラに向けられなければならぬ……

ヌーナ:神官アトラ……
     和平の道は、水泡に帰しました。
     海魔は、我らを皆殺しにする腹積もりなのです。

アトラ:うむ……

シャルルオルカの声:(いやはや大変なことになってしまいましたな、神官殿)

アトラ:(文士シャルルオルカか……)

シャルルオルカの声:(彼女たちは全面戦争を決め込んでいたのでしょうな)
             (最初から交渉の余地などなかったのです)

アトラ:(…………)

ヌーナ:神官アトラ、報復の奇蹟を――!
     パンゲア神の怒りをもちて、ポセイドンの氷山に大地の憤怒を――!

レムリアの戦士A:神官アトラ――!

レムリアの戦士B:神官アトラ――!

シャルルオルカの声:(神官殿、落胆されますな)
             (こうなれば異国の軍を完膚無きまでに打ちのめし、無条件降伏に追い込むのです)
             (和平の道は、そこからやり直せば宜しいでしょう)

アトラ:わかった……

    パンゲアの大地を踏み荒らした異国の軍勢に、地母神の怒りを示す――!

(神官アトラが杖をつくと、地底の奥深くより渦巻く海鳴りの音が振動を伴って響いてくる)

ヌーナ:地底の底より海鳴りの響きが……

レムリアの戦士A:神官ヌーナ、これは……

レムリアの戦士B:レムリア様と同じ奇蹟、同じ力です……!

アトラ:パンゲアよ……

    地底よりも奥深く……深海の底に眠る大いなる存在よ……
    あなたの地上を踏み荒らした根無しの大地に、煮え立つ熱湯の洗礼を浴びせたまえ……!!


□7/氷山基地、海底からの鳴動に揺れる氷床大地



奈美:何、この海底からの轟音……!

(スマホが激しく震え、着信を告げる)

那義の声:奈美――!

奈美:どうなってんの――!?

那義の声:大創成(グレータージェネシス)だ――!
       海中の隕石灰(メテオアッシュ)氷山基地(フロストベース)目掛けて収束している――!

奈美:ええっ!? 『ムー』を押さえ込んでるんじゃないの――!?

那義の声:『ムー』の相殺率は、安定域の76%を維持している……!
       別種の要塞型(シタデル)だ――!!

奈美:ディープアビスもあたしらと同じ……
    隠し球の要塞型(シタデル)を持ってたってこと――!?

那義の声:迂闊だった……!

       だが何故観測できなかった……?
       周辺海域の事前調査、作戦進行中の監視(モニタリング)……
       要塞型(シタデル)の姿を見つけられないなど、有り得るのか……?

       ディープアビスにも、スサノオのような特殊な要塞型(シタデル)がいると……?

奈美:あたし、もう終わりじゃん……

那義の声:心配するな。お前は死なない。

奈美:気休めかよ。

那義の声:賭けるか?

奈美:何を――?

那義の声:生きてたらヤらせてくれ。

奈美:はあ――!?

那義の声:来るぞ……!

       真下から熱源――!
       氷山基地(フロストベース)に直撃する――!!

奈美:…………!!

    那義……
    あんた、本当は――

那義の声:生きろよ、奈美――!

(氷床大地の真下から噴き上がった熱湯の水蒸気が、昼下がりの雲を突き抜けて大空を湿らす)
(氷床を穿つ湯煙は、熱を失わずに熱湯の雨となって氷山基地(フロストベース)と氷床大地を蝕んでいく)
(穴だらけになった氷山基地(フロストベース)と氷床大地は、硫酸の雨を浴びたかのように融かされ、海面に液体氷鉄の血を流していく)


□8/レムリア王国軍、仮設陣地


レムリアの戦士A:ポセイドンの氷山が瓦解していく――!

レムリアの戦士B:海の底に沈んでいくぞ――!

ヌーナ:神官アトラ、如何しましょう?

アトラ:私は王都アクロポリスへ向かう。
    レムリア様の安否を確かめねばならぬ。

ヌーナ:……大丈夫ですか?

     王都アクロポリスには、未だ死の熱雲の残煙が燻っている。
     王都に参じるのは、このヌーナでも――

アトラ:…………
    レムリア王家に仕えてから、もう何年になろうか。
    大神官だった父上に授戒を授かり、同時に王家に仕える文官となった。
    以来、私の信仰は忠義と共にある。

    レムリア様とも……
    あの御方が産声を上げた日も、先代の王を亡くし悲嘆に暮れた日も……
    私は誰よりも身近で、あの御方を見てきた自負がある……

    往くのは私でなければならぬ。

ヌーナ:…………

アトラ:ヌーナよ、お前たちは海岸沿いへ。
    氷床大地より流れ着いた漂流者を救助するのだ。
    くれぐれも捕虜は丁重に扱うのだ。

ヌーナ:畏まりました。

アトラ:後のことはそなたに任せた。

ヌーナ:もしも仮にです……
     レムリア様が崩御されていたとしたら……

     残るレムリアの民を導くのは……
     神官アトラ、あなたです。

     どうかご無事で戻られますよう……

アトラ:神官ヌーナ。
    そなたに大地の護りがあらんことを。

(走り去っていく神官アトラを見送った神官ヌーナは兵たちに告げ渡す)

ヌーナ:レムリアの戦士たちよ。海岸に急げ。
     生き残った海魔の軍勢を虜囚とせよ。

レムリアの戦士A:はっ。

ヌーナ:王都アクロポリスに死の熱雲を落とした悪魔は、パンゲアの大地に潜んでいる……
     捕虜どもは、彼奴(きゃつ)を燻り出す焚き付けにしてくれよう。

(憎悪の波風に揺れるヌーナの眼は、目の前で苦しみ出す戦士たちの姿を映す)

レムリアの戦士B:う、ううう……

ヌーナ:どうした――!?

レムリアの戦士A:体が……融けてゆく……

レムリアの戦士B:違う……融けているのではない……歪んでいくのだ……

(戦士たちの影が人間のものから異形のシルエットに変わり、やがて影がゆっくりと起き上がる)

ヌーナ:影だ……影が異形に歪んでいく……
     戦士たちと入れ替わるように、本体を呑み込み、実体化する……!!

栄螺人A:オオオ……!!

栄螺人B:アアア……!!

ヌーナ:化け物……!!

(硫化鉄の貝殻を持つ化け物となった戦士たちは理性を失い、神官ヌーナに襲いかかってくる)

ヌーナ:はあっ――!!

(無意識に首を振ったヌーナは、額に生えだした一角で栄螺人の一匹を串刺しにして振り落とす)
(海魔たちを威嚇するように一角を振りかざすヌーナは、己の行いにふと気づいて愕然とする)

ヌーナ:何だ、この角は……!?
     私は……私の影は……!?

     魚だ……!
     背びれと尾を持つ……魚の影に変じている……!?

(木陰から片眼鏡の文士風の男が姿を現す)

シャルルオルカ:いやはや恐るべき禁断の隕石でしたな。

ヌーナ:お前は……レムリア様に不敬を働いた狂人……!

     我らの影を海の魔物に変える呪い……!
     ポセイドンの呪いを振り撒いたのは貴様か――!?

シャルルオルカ:誤解でございますよ。
          その海洋生物の影こそ、貴殿らの真の姿。

          王国の戦士たちは、沼地に眠る栄螺貝(さざえがい)の見た夢。
          夢から目覚めた栄螺貝は、腹足類(ふくそくるい)相応の知能に戻り、手近な獲物に襲い掛かったという、それだけのことです。

ヌーナ:デタラメを――!
     貴様を倒し、海の呪いを解かせてくれる――!

(貧相な文士風の男を睨みつけた神官ヌーナは、背筋にぞっとする怖気を感じて息を呑む)

ヌーナ:何だこの言い知れぬ感覚は――……?

シャルルオルカ:一目惚れでございますか。

ヌーナ:あの男の影……!
     私よりも何倍も大きな……海の生き物の影――!

シャルルオルカ:改めてご挨拶させていただきます。

          小生、シャルルオルカと申します。
          シャチと呼ばれる哺乳類の一派でございます。

          貴殿の一族とシャチは深い付き合いにございまして。
          それはもう感謝しているのですよ。
          貴殿らは、生きるための糧でございますから。

ヌーナ:この感覚は……恐怖……!
     この種に喰い殺されるという……原初の恐怖……!!

シャルルオルカ:有り難く頂きましょうか。
          貴殿の生き血と生き肝、脈打つ心臓を。
          一角鯨(モノケロス)殿――

(片眼鏡のシャチの影が大きく跳ね、小さな一角鯨に躍り掛かった)
(哀しげな鳴き声の後、動かなくなった一角鯨の影を、シャチの影が貪り食う――)


□9/氷山基地、砕かれた氷床大地が徐々に再凝結していく



奈美:粉々になった氷床大地が凝結していく……
    液体氷鉄(ネオパイクリート)、融けても冷やせば元通りってことね……

氷山基地の声:こちら氷山基地(フロストベース)
          聞こえるか、シンドウナミ。

奈美:要塞型(シタデル)が直々に軍兵型(カデット)に話し掛けてくるとはね。
    あんた、無事なの?

氷山基地の声:『ムー』が覚醒した。
          私の干渉はほとんど受け付けず、相殺率は10%を下回る。
          『ムー』の制御は不能となった。

奈美:えええ――!?!?

氷山基地の声:だが悪いニュースではない。
         『新大陸』――『ムー』の霄壌圏域(ヘヴンズ)が急激に面積を減らしている。

         これは『ムー』からのメッセージだ。
         要塞型(シタデル)総督型(プレジデント)の行動を支持していないと。

奈美:…………!

氷山基地の声:シンドウナミ。君に任務を与える。
          敵の隕孔巣(メテオール)に突入し、和平文書を届けよ。
          要塞型(シタデル)から見放された主戦派は、遠からず自滅する。

奈美:……スサノオは?

氷山基地の声:通信不能。
          大創成(グレータージェネシス)の制御に失敗して墜落したと見られる。

奈美:……詠は!?

氷山基地の声:スサノオと共に機能停止している可能性が高い。

奈美:そんな……

氷山基地の声:あの大創成(グレータージェネシス)は、非核三原則に抵触する禁忌創成だった。
          何故スサノオが計画外の禁忌創成を使ったのか。
          理由は不明だが、おおよその想像は付く。

          何れにせよ、『ムー』を刺激したことは、彼の思惑とは逆に事態の沈静化に繋がったというわけだ。
          彼は役目を果たし、彼の役目は終わった。

奈美:……あんた、要塞型(シタデル)だね。

氷山基地の声:シンドウナミ。君にこれを支給しよう。

(氷床大地から氷柱が伸び出し、砕け散って自動小銃に変ずる)

奈美:自動小銃――?

氷山基地の声:氷鉄十徳銃(ひょうてつじっとくじゅう)
          液体氷鉄(ネオパイクリート)の創成が出来る寄生型(メタビオス)だ。

奈美:創成――!?

    いやあ……
    あたしそんな大掛かりな力もらってもさー。

氷山基地の声:君でなければ出来ないのだ。

          私は生命維持に必要な下位機能の復旧を終えたばかりだ。
          各種通信機能や擬人知能(エーアイ・レセプタント)などの上位機能は復旧していない。
          無線通信も擬人知能(エーアイ・レセプタント)も停止している現在、氷鉄機兵(フロストオーガン)の起動は不可能だ。

奈美:あたしのスマホ、圏外になってる……

氷山基地の声:シンドウナミ。
          隕孔巣(メテオール)に向かい、敵の指導者に停戦の意志を伝えよ。
          無線通信と擬人知能(エーアイ・レセプタント)が復旧次第、『氷鉄兵団』を向かわせる。

奈美:あのさ、通信が復旧したら連絡してくれない?
    知り合いがいるの。

    ……あと、従妹も。

氷山基地の声:了解した。

(氷鉄十徳銃を手に走り去っていく奈美を、氷山基地は無言で見送る)


□10/『新大陸』の沼地、枝葉の垂れ下がる泥濘道


奈美:あー、創成ってどうやんだろ?
    引き金引いたらドーンみたいな?

    ちょっと楽しみかも――!

(行く先に広がる沼地に、大小様々な生き物が浮かんでいる様子を見つける)

奈美:あの沼……表面に浮かんでるのは何だろ?

    うわっ、死体じゃん――!
    角のあるイルカに、噛み砕かれた貝殻……

    なんかヤバイのが潜んでるんじゃ……
    気づかれないようにそーっと……

(沼地からぬっと顔を出した片眼鏡のシャチが、親しげに話し掛けてくる)

シャルルオルカ:(やあ、ご機嫌よう)

奈美:うわあっ――!?

シャルルオルカ:(ちょ、ちょっとお待ちくだされ――!?)
           (初対面でいきなり鉄砲を向けるとは、女性としての品位に欠けますぞ――!)

奈美:うるせー!

   使い方よくわかんねーけど……
   創成(ジェネシス)――!

(氷鉄十徳銃から撃ち出された弾丸が沼地に着弾すると、沼地の水が瞬時に凍りつく)

奈美:やったー! 沼が氷漬け――!

シャルルオルカ:(た、助けてくだされ――!)
           (水が氷になって、小生、身動き一つ出来ませんぞ!)

奈美:まだ生きてんの?
    っていうか、喋ってる――!?

シャルルオルカ:(超音波でございますよ)
           (貴女様の脳に直接語り掛けているのでございます)
           (我々オルカは、声でなく音波で意思疎通するのです)

奈美:ふーん……

    ねえ、あんた……
    ディープアビスの降魔(ゲネシスタ)だよね?

シャルルオルカ:(左様にございます)
          (深海に光る禍星(まがぼし)ディープアビスの輝きを宿す指令型(エリート)一尾(いちび)です)

奈美:うーん……

    こいつなのかな?
    少なくとも無差別に人間を襲う降魔じゃないのは確かよね……

シャルルオルカ:(和平の書簡ですかな?)

奈美:わかるの――!?

シャルルオルカ:(無論です)
           (人間との和平を提案したのは、この小生ですからな)

奈美:事情を聞かせてくれる――!?

シャルルオルカ:(はい。我々オルカ一族は、ディープアビス系譜の中でも平和を愛する種族でしてな)
           (アザラシを嬲り殺しにしたり、ホッキョクグマと氷の上で殴り合ったり、それはそれは――)

奈美:ちょっと待ったぁ――!! ツッコミどころ満載なんだけどっ!?

シャルルオルカ:(失敬。まあ個体の行動はともかく、『オルカ』として他種族に侵略戦争を仕掛けたことはありませんでした)
          (ところが数ヶ月前、紀元前6000年頃のクジラの亡霊が甦りましてな)
          (亡霊クジラは、休眠中の要塞型(シタデル)『ムー』を操り、全世界に侵略戦争を始めたのです)

奈美:あ……
    じゃ、世界に降り続いた『潮の雨』は――?

シャルルオルカ:(『潮の雨』は我々海洋生物が陸上で活動できるよう、鱗や皮膚を湿らすための大創成(グレータージェネシス)ですな)
          (あれがもう迷惑千万でしてな)
          (『潮の雨』をディープアビスの侵略と錯覚した他の降魔から袋叩きに遭っています)
          (これは堪らないということで、我々ディープアビスの降魔(ゲネシスタ)たちで、亡霊クジラとその手下を倒すことにしたのです)

奈美:ふーん……

シャルルオルカ:(ご納得いただけましたかな?)

奈美:なんか信用出来ないんだよなー。

シャルルオルカ:(何故ですかな?)

奈美:あんた悪人面だもん。

シャルルオルカ:(失敬な! キュートで愛らしいこの笑顔――!)

奈美:口、血塗れ……

シャルルオルカ:(失礼、歯磨きを忘れておりました)

奈美:はー……

    で、その亡霊クジラはどこにいるの?

シャルルオルカ:(あの岩と泥の沼地――隕孔巣(メテオール)に)

奈美:あたしも案内してくれない?
    引っかかるところはあるけど、あんたの話、辻褄は合ってるし。

シャルルオルカ:(おお、これは心強い――!)

(凍りついた沼の氷面を打ち割って飛び出した白と黒のシャチの躯が沼地に沈む)

奈美:陸だけど……泳げるんだ?

シャルルオルカ:(同じディープアビス系譜の要塞型(シタデル)が造った霄壌圏域(ヘヴンズ)ですからな)

奈美:へー。

   あ、そうだ。
   あたしは進藤奈美。
   デルモネリゾンの軍兵型(カデット)だけど。

   あんた名前は?

シャルルオルカ:(名乗るほどの者ではございません)
          (『ドエスなご主人様』でも『厭らしいマゾ奴隷』でも、奈美殿の趣向に合う方でお呼びくださいませ)

奈美:じゃ、野良シャチでいいや。

シャルルオルカ:(芸術の香りを一吹きで掻き消す鄙言(ひげん)でございますな……)

奈美:行くよ、野良シャチ――!


□11/岩山と泥沼の隕孔巣(メテオール)、夢と現実の狭間



(泥濘となって沈む道を、神官アトラは重い足を引きずりながら歩いていく)

アトラ:復活の王国レムリア……
    永遠の王都アクロポリス……

    私の仕えた祖国……
    私の暮らした故郷……

(白亜の建物が泥となって崩れ落ち、悲鳴を上げる民はナメクジとなって醜くのたうつ)

アトラ:白亜の建物は、汚泥となって崩れ落ちる……
    挨拶を交わした民は、醜く歪み、のたうつナメクジに変ずる……

    どちらが夢で、どちらが現実なのか……
    レムリア様……あなたの真実はどちらなのだ……

(這い回るナメクジを無視して、神官アトラは宮殿の正門を潜る)
(真後ろで粗末な石のアーチが崩れ落ちるが、神官アトラは意に介さずに深い泥濘を歩いていく)

レムリア:よく戻りましたね、神官アトラ――

(外壁の崩れた剥き出しの玉座に座すレムリアは、哀しげな表情でアトラを出迎える)

アトラ:レムリア様……

レムリア:全ては夢なのです……

      私も、あなたも……
      レムリア王国に暮らす幾万の民は……
      滅び去りし大陸の見た夢の続き……

      私たちは……
      パンゲアの大地に縛り付けられた幽霊(レムレース)なのです……

アトラ:我らが幽霊だと仰るのならば……
    何故我らの時は流れるのです――?

    朝が来て、昼が来て、夜が来る……
    異国の侵略者が現れ、戦士たちは血を流し大地に倒れる……

    我らは、今此処に生きている――!

レムリア:ご覧なさい――……
      城壁に映る私たちの影を……

アトラ:巨大な、海の魔物……!?
    レムリア様の影も、私の影も……!?

レムリア:いいえ、私たちこそ影なのです――……

      現実(うつつ)を生きる海の魔物たちに、大陸に彷徨う残留思念を投影した……
      仮初めの肉体を得たことで、私たちは流れる時間と、変化を取り戻しました……

      けれど、お終いです……

      パンゲアは……ポセイドンは……
      名も知らぬ、深海に潜む大地の作り手は……
      目覚めてしまったのです……
      天空より落ちてきた、破壊の隕石によって……

      深海の鯨は……
      もうパンゲアの夢を見ない……

アトラ:レムリア様……ようやくわかりました……
    あなたはたった独りで守っていたのですね……

    夢の世界……決して目覚めてはならない……
    幽霊(レムレース)の現実を……

    あなたにお詫びしなければならない……
    あなたの真意も知らず……
    あなたを……疑い……
    あなたに……叛旗を翻したことを……

    あなたはレムリア様でした……
    どれほど姿が変わっても……
    心優しい……敬愛する……
    プリンセス・レムリア……

(神官アトラを飲み干した鮫の影は、ゆっくりと夢の世界に実体化し、古代鮫の威容を顕わにする)

メガロドン:GYAAAAA……!!!

レムリア:神官アトラ……
      あなたに真実を打ち明けていれば、この結末は変わったでしょうか……?

      いいえ、わかっていたこと……
      必ず夢の終わりが訪れることは……

      それまでは……
      皆に幸せな夢を……
      皆と幸せな夢を……

      見ていたかったのです……

(怪獣鯨の影が理性を失った古代鮫ともつれ合い、黒い影の血飛沫を飛ばす)


□12/岩山と泥沼の隕孔巣(メテオール)



奈美:うへぇ……ぐっちゃぐっちゃじゃん……

シャルルオルカ:(パンティーの替えなら(いささ)かの備えがございますぞ)
           (その際、使用済みは小生が責任を持って活用いたしますのでご安心を――!)

奈美:泥道だバーカ。

シャルルオルカ:(霄壌圏域(ヘヴンズ)の地盤が、深海に融け出しているようですな)
          (お陰で軍兵型(カデット)たちも死に絶えたか、無害にのたうっているのみです)

奈美:それが気持ち悪いんだよ……
    そこら中ナメクジだらけ……
    足下は泥濘(ぬかるみ)だし……

    もーめんどくせー……

シャルルオルカ:(まあまあ、そう言わず)
          (見えて参りましたぞ、目的の相手が)

(岩山のくぼみに鎮座する怪獣鯨が、奈美とシャルルオルカに視線を向けている)

奈美:な、何あの馬鹿でかいクジラ……!!

シャルルオルカ:(あれがこの隕孔巣(メテオール)の支配者――)
          (要塞型(シタデル)『ムー』を操り、全世界に動乱を巻き起こした総督型(プレジデント)レヴィアタン・メルビレイです)

レヴィアタン:(やはりやって来ましたね、シャルルオルカ――……)

シャルルオルカ:(はい。このまま放っておいても貴女様は勝手に自滅なさるでしょうが、それでは創作としては失敗です)
          (物語は必然性によって組み立てられなければ、登場人物の死はドラマをもって幕引きされなければならないのです)

レヴィアタン:(……今、疑問の波が引きました)
        (女王も、神官も、民草も……王国レムリアは、お前の砂浜に描かれた戯画だったのですね)
        (さしずめお前は、物語の語り部というところでしょうか――……)

シャルルオルカ:(作者が登場人物の一人になってしまえば、極上のフィクションも、俗悪なメタフィクションに堕します)
          (その辺りの構成力の乏しさが、小生が二流の壁を越えられない所以なのでしょうな)
          (登場人物の誰からも気づかれない、三人称の地の文のような構成力を会得したいものです)

奈美:ちょっと! 二匹でなに話してんだよ――!?

シャルルオルカ:(グハハハハ、よくぞ参ったな)
          (俺様はレヴィアタン・メルビレイだ)
          (世界を海の底に沈めてやるぞ)

          (と、申しております)

奈美:ホントかよ……?

レヴィアタン:(お前にはさぞ滑稽に映ったでしょうね――……)
        (海の生き物が人間の真似事をして、幻の王国に暮らしている様は――……)
        (けれど夢であっても、幻であっても、王国レムリアはここにあったのです――……!)

奈美:向かってきた――!

シャルルオルカ:(レヴィアタン・メルビレイ――)
          (大昔、小生のご先祖と海の覇権を巡って争ったと聞いております)

奈美:あのクジラ、お前より全然大きいじゃん――!

シャルルオルカ:(少々ビビっておりますが、負ける気はしませんな)

(泥沼の地面から鋭角なシルエットが飛び出し、前後左右四方向から怪獣鯨に襲いかかる)

レヴィアタン:GUOOOO――!?

奈美:仲間のシャチ――!?

シャルルオルカ:(レヴィアタンは、生存競争で我々シャチに負けて絶滅した劣等種ですから)
          (さて、小生も久々に狩りに参加しましょうか――!)

レヴィアタン:(相手になりましょう、夢喰いたちよ――!)

        (私は滅び去りし王国レムリア、最後の女王――……)
        (戯れに私の王国を踏み躙ったお前たちを許しません――……!!)

(怪獣鯨の噴気孔から噴き出した灰が膨大な海水に変じ、荒波となって、群がるシャチを叩き払う)

シャルルオルカ:(うおっ――!?)

レヴィアタン:(渦潮よ、夢喰いの肉を削げ――!)

シャルルオルカ:(め、眼が回りますぞ! な、奈美殿、助けてくだされ――!)

奈美:創成(ジェネシス)――!

(凍りついて渦動を止めた渦潮から飛び降りるシャルルオルカは、息を荒げながら呟く)

シャルルオルカ:(さすがは総督型(プレジデント)です)
          (要塞型(シタデル)の支援抜きで、これほどの創成を使うとは)

レヴィアタン:(王国最強の戦士たち……)
        (オレイカルコスの重装兵よ……)

        (女王レムリアの声に従いなさい――)

(岩の丘の陰から、泥濘の下から巨大蝦蛄の群れが続々と這い出してくる)

奈美:え、エビの化け物……!!

シャルルオルカ:(シャコですな。硫化鉄の貝殻も叩き割る海中最強のパンチャーです)

奈美:どうすんの……囲まれてるじゃん……!?

シャルルオルカ:(こうなれば奥の手です)

奈美:おおっ!

シャルルオルカ:(『ソーシャル・ネットワーク・シタデル』に乞食リクエストを発信します)

奈美:はあああ――!?

シャルルオルカ:(読者諸兄よ――!)
          (隕石灰(メテオアッシュ)、創成支援、寄生型(メタビオス)の転送など何でもお待ちしております)
          (周波数はこちらまで――!)

奈美:――!?
    高熱の水蒸気――!?

(泥濘から噴き出した高熱の蒸気を浴び、蝦蛄たちは呆気なく、悶えながらその身を赤く染めて絶命していく)

レヴィアタン:(オレイカルコスの重装兵たちが――)

(泥沼から突如出現した海苔の漁網が怪獣鯨の巨体を絡め取り、シャチの群れが四方から引っ張る)

レヴィアタン:GUUUU…………!

シャルルオルカ:(海草の投網……折角の創成支援ですが、早速破られそうです)
           (更なる創成支援、寄生型(メタビオス)、その他篤いご支援を――!)

(泥濘から浮き上がってきたクラゲの触手が怪獣鯨に絡みついて、猛毒の刺胞で貫く)
(立て続けに溢れ出した昆布が、今度は自ら伸び出して怪獣鯨を雁字搦めに捕縛していく)
(沸騰した水蒸気が怪獣鯨を炙り、湯煙の中で蒸し焼きにされる怪獣鯨の影が悶える)

奈美:海苔の投網に、毒クラゲに、昆布の縄……
    ダメ押しにさっきの高熱水蒸気の創成……
    どっかにあんたの要塞型(シタデル)がいるの――?

シャルルオルカ:(我々の要塞型(シタデル)形而下(けいじか)の存在ではないのですよ)
          (オルカ同士の超音波ソーシャルネットワークが基盤となった観念的な存在ですな)
          (あの創成や寄生型(メタビオス)は、オルカたちの好意が転送されてきたものです)

奈美:なんか凄いね、あんたら。

レヴィアタン:GU、GUUU……

シャルルオルカ:(ようやく弱ってきましたな)
          (ただいまの視聴率は19.8%……20%の大台まであと一歩――!)

          (さあ読者諸兄よ、お待ちかねの時間です)
          (周波数はそのまま――)
          (これよりクジラの殺戮ショーを始めます――!)

(五匹のシャチが代わる代わる襲い掛かり、猛毒で弱った雁字搦めの怪獣鯨の皮膚を破り、肉を噛みちぎり、巨体を鮮血に染めていく)

レヴィアタン:GUAAAAAA――!!!

奈美:――……!!

レヴィアタン:(パ、パンゲアよ……!)
        (私に哀れみを……!)
        (私に……深海の悪魔に報復する力を……!)

シャルルオルカ:(無駄ですよ。要塞型(シタデル)は勝手に世界を敵に回した貴女様にお怒りです)
          (『ムー』は……貴女様の言う『パンゲア』は、貴女様を見捨てたのです)
          (それはご自身がよくわかっていらっしゃるでしょう――?)

奈美:ちょ、ちょっと待ってよ。やり過ぎじゃん……?

    五匹で身動きの取れないクジラを嬲り殺しなんて……
    これじゃ虐殺だよ――……!

シャルルオルカ:(何をおっしゃいますか)
          (人間界のお茶の間でもカラフルな五人組が一人の怪人をタコ殴りにしているではありませんか)

(オルカたちが海苔の漁網を跳ね上げ、瀕死の怪獣鯨を奈美の前に放る)

シャルルオルカ:(奈美殿もご参加いかがですかな?)
          (愚かな夢に取り憑かれ、世界を水没させようとした狂える鯨)
          (誰からも憎まれる害獣)
          (殺しても甚振っても、非難の声はあがりません)
          (むしろちょっとしたヒーローになれますぞ)

レヴィアタン:GU、UUUU……

シャルルオルカ:(世界の平和を守るため)
          (人類とオルカの友好のため)
          (何よりもストレス解消と娯楽のため)

          (この雌鯨を撃ちなさいませ――)

奈美:…………!

氷山基地の声:(シンドウナミ、聞こえるか)

奈美:(氷山基地(フロストベース)?)

氷山基地の声:(和平派との接触は出来たか?)

奈美:(うん。オルカって連中)
    (『潮の雨』を世界中に降らせてた、大ボスのクジラを倒したところ)

氷山基地の声:(……私は現在オルカの群れに攻撃を受けている)
         (陥落は時間の問題だ……)

奈美:(ええっ!?)

氷山基地の声:(……誤算だった。全ての責は私にある)
          (まだ表面上の友好関係を維持しているなら、隙を突いて逃げろ)
          (和平派こそ、オルカたちの策謀だったのだ――……!)

シャルルオルカ:(奈美殿、どうされました?)

奈美:創成(ジェネシス)――!

(打ち出された氷の塊が空中で氷華の結晶を咲かす。直撃を避けたオルカがつぶらな目に疑問を、牙に憎悪をのぞかせて問う)

シャルルオルカ:(何をなさるのです)

奈美:とぼけるな。あんたの仲間が氷山基地(フロストベース)を襲ってるんだろう!?

シャルルオルカ:(……好戦クラスタの連中が悪ふざけを始めたようですな)
          (やれやれ。政治主張(イデオロギー)は持ち込むなと但し書きにしましたのに)
          (信じてもらえないかもしれませんが――)

奈美:信じられない――!

シャルルオルカ:(返答が早すぎではありませんかな!?)

奈美:顔を見た時から、怪しいと思った。
    話してみたら、うさん臭い。
    一緒に旅して、何から何まで信用出来ない。

シャルルオルカ:(小生、そこまで嫌われることをしましたかな……)

奈美:でも確信したのは、ついさっき――
    弱ったクジラを嬲り殺しにしているところ……
    お前たちは絶対に信用出来ない――!

シャルルオルカ:(弱りましたな。貴女と和解するフラグが思いつきません)
          (エキサイトした読者たちも殺せ殺せの大合唱)

          (残念ですが奈美殿にも退場していただく他なさそうです――)

奈美:…………!!

レヴィアタン:(引き潮よ、夢喰いを地獄に引きずり込め――!)

(地面に滞留していた海水が染み込み、湿地は罅割れた荒地となって、オルカの一匹を地割れに呑み込む)

シャルルオルカ:(レヴィアタン……まだ力を残していたのですか――!)

レヴィアタン:GUWOOOOO――!!

(降魔海苔と降魔昆布の縛鎖を破ったレヴィアタンは、猛毒と噛み傷で爛れた皮膚を晒しながら宙を舞い、鯨の巨体が鯱に激突する)

シャルルオルカ:オオオオッ――!?

(強烈な頭突きで弾き飛ばされるシャルルオルカ。不運なシャチの一匹はボディプレスの下敷きになって絶命する)

シャルルオルカ:(……まさかの台本破りですな)
          (だからこそ、劇場(ノンフィクション)創作は面白い)

          (しかし小生、病院に駆け込んでリアルナースプレイをしなければ永久断筆となりそうです……)
          (名残惜しいですが、ここで退場と致します)
          (奈美殿、ご健闘を――)

          (アディオス)

(生き残った三匹のオルカたちが土中に沈んだ後、レヴィアタンも力尽きて動かなくなる)

レヴィアタン:…………

奈美:氷山基地(フロストベース)――!

氷山基地の声:……通信システム復旧。無事か?

奈美:うん……
    レヴィアタンが最後の力を振り絞って反撃して、オルカたちは逃げて行った。

氷山基地の声:私のところのオルカたちも去って行った。
          深海水爆魚雷『ツァーリ・ボンバU』をもぎ取って。

奈美:すごい新事実がさらっと明かされてない!?

氷山基地の声:オルカたちは『ツァーリ・ボンバU』を、直接『ムー』の至近距離で爆発させるつもりだろう。
         デルモネリゾンから攻撃を受けたと錯覚した『ムー』は、反撃と自衛に大津波を引き起こす。

         肯定的(ポジティブ)な要素があるとすれば、『ムー』が予想外に穏健派の降魔だったことだ。
         一時的に激高しても、闇雲に世界を水没させる可能性は低い。

         ただし、我々は報復の大津波を受けて海の藻屑と化すだろうな。

奈美:……ははは。

氷山基地の声:だが失望するな。本国に情報を送信した。緊急搬送用のジェットが飛んでくる。

奈美:気休めはいいって。軍兵型(カデット)如きを助けるためにジェットなんて出すわけないじゃん。
    あんたもあたしもここで死ぬんでしょ――那義?


□13/岩山と泥沼、静寂の隕孔巣(メテオール)



氷山基地の声:……いつから気づいた?

奈美:さっき。詠とネットで検索してた時かな。

氷山基地の声:当該のネットワークログを見つけた。油断も隙もないな。

奈美:大して隠すつもりもなかったんだろ。本名を名乗ったんだから。

    ……あたしのこと好き?

氷山基地の声:伊勢宮那義はね。

奈美:あんたのことでしょ。

氷山基地の声:伊勢宮那義は私が人間だった頃の人格をモデルにプログラムされた擬人知能(エーアイ・レセプタント)だ。
          私は人を好きになるには、あまりに長く生き過ぎた。
          機巧偶人(マキーナ)として、要塞型(シタデル)として。

奈美:理屈こねて逃げるな。
    お前はどう思うんだよ。
    今のお前は――!

氷山基地の声:好きだよ、奈美。

奈美:…………

    はー、3年ぶりの彼氏が氷山かよ。
    自然を愛する山女じゃないっての。

氷山基地の声:だが私は要塞型(シタデル)だ。
          要塞型(シタデル)に愛された降魔は優遇されるぞ。

奈美:んじゃ顔ぐらい見せろよ。
    結局あんたと会うって話もお流れ?

氷山基地の声:映像処理インターフェイスを起動させたまま、カメラアイを停止しろ。

奈美:何言ってるか全然わかんねー。

氷山基地の声:目を閉じろ。でも寝るな。

奈美:こう?

(奈美の視界が真っ暗になった途端、まぶたの裏側に投影されるように、男の姿が映る)

奈美:…………!

那義:帝國大學入学当時の写真をポリゴン化した。どうだ見えているか?

奈美:あんた……那義なの?

那義:表情が硬いのはデータ量削減のためだ。
    この通信環境だから我慢してくれ。

奈美:ほんとイケメンじゃねえな。ギリギリ中の下がいいところ。

那義:フォトレーターの画像加工が追いつかなくてな。
    万全のマシンパワーなら、俺の顔がベースでも超ヴィジュアル系になれるんだが。

奈美:初デートは夢の中か。ドラマみたいじゃん。

那義:さ、約束は守ったぜ。
    今度は奈美に約束を果たしてもらう番だ。

奈美:――約束?

    あー! さっきの!?

那義:そう。

奈美:ちょ、ちょっと待ってよ。
    いきなりすぎない!?
    初めて会ったばっかじゃん!

那義:付き合いはそこそこ長いだろう?

奈美:そうだけど……
    っていうかあたし、あの賭けOKしてないし。

那義:今更遅いよ。

奈美:えっ、待って待って待って待って――!!!

    ん――……

那義:皮膚感覚の設定が甘いな。
    くちびるの感触を、もっと作り込んでおくべきだった。

奈美:那義、おまえー!

那義:さて、続きだ。

奈美:本気……!?

那義:安心しろ。ポリゴンのスリーサイズは実測値から補正しておく。

奈美:実測値って、いつ測ったんだよ――!?

    待って、待って。ほんとに待って。
    心の準備が出来てない!

那義:心の準備を待つには時間が足りない。

奈美:で、でも……

那義:死ぬ前にやることって言ったら、こんなところだろう?

奈美:や、やるなら……
    人間の体にして。

    どうせ夢なんでしょ――?
    現実のあたしの機体(からだ)じゃなくて、人間の肉体(からだ)に……

    ……那義?

那義:やっぱり時間が足りなかったな。

奈美:……?

那義:時間切れだ。
    現実に帰ってくれ。

奈美:てめえ……
    せっかく覚悟決めたのに、ふざけんなよ――!!

那義:一番残念なのは俺だっての。
    奈美の裸のポリゴン、全部ゴミデータだぜ。

    じゃあな、奈美。
    あっちの俺とよろしくな。


□14/隕孔巣(メテオール)、霞んだ視界に映る詠の顔


詠:奈美ちゃん! 奈美ちゃん!

奈美:よみ……?

(隕孔巣の空中には、炉体の損壊した熔鉱炉が浮遊している)

スサノオの声:仮想化脳(ブレイン・エミュレーター)の再起動確認。
         無事ナミを回収したよ。

氷山基地の声:了解。生存者2名か。

スサノオの声:氷山基地(フロストベース)に残っていた軍兵型(カデット)は全滅したの?

氷山基地の声:ああ。オルカたちの急襲によってね。

奈美:そうだ、水爆魚雷は――!?

詠:とっくに爆発したわ。
  奈美ちゃんがエヘエヘ笑いながら寝てる間にね。

奈美:マジ……!?

    地震――!!

(『新大陸』に強い揺れが走り、隕孔巣(メテオール)の岩山が砂利となって崩壊していく)

スサノオの声:震度6弱。霄壌圏域(ヘヴンズ)崩壊は秒読みだね。

氷山基地の声:隕石灰(メテオアッシュ)を回収しているのだろう。
          深海4000メートル付近に、数千kmにも達する超弩級の星図が輝いている。

奈美:どうすりゃいいの――!?

詠:逃げるのよ。空に。

スサノオの声:ナミ、ヨミ。僕に乗って。

詠:奈美ちゃん、早く――!

奈美:う、うん――!

(奈美と詠を乗せた熔鉱炉は、『新大陸』の上空に急上昇していく)

氷山基地の声:波動関数の収縮を観測した。
          大創成(グレータージェネシス)発動300秒前。

スサノオの声:『ムー』の潜水地点は?

氷山基地の声:深海3000メートル、2500メートル……
          急激に上昇している。

スサノオの声:まずいね……
         海面付近に近付くほど、被害は指数関数的に拡大するよ。
         僕の生存確率も100%を割り込んで、低下の一途を辿っている。

奈美:海の底で、大きな図形が光ってる……!

詠:あれが封星座珠(ホロスコープ)の描く星図……
  創成の星の煌きよ……!

奈美:…………!


□15/暗黒の深海に沈み往くレムリア


レムリア:沈んでゆく……
      嗚呼……これは二度目の沈没……
      私はかつて人間として鯨に呑まれ、今は鯨として鯨の神の元へ帰る……

レムリア:私の為すべきことは覚えています……
      そう……私は神の(しもべ)として……神の過ちを止める……!

(暗黒の深海の底より上昇してくる、煌々たる輝きを放つ大星図)
(数千kmにも達する大星図を押し上げるのは、途方もつかない大きさの超弩級の巨影)

レムリア:鯨の神よ。これより先に行ってはなりません。
      あなたが眠りについた意味を思い出すのです。

(鯨の神は赤黒く爛れた傷口から、どす黒い鮮血を流し、赤潮のように深海に広げていく)
(デルモネリゾンの裏切りと久方振りの苦痛に激怒した鯨の神は、噴気孔から怒気の激流を噴き上げ、周辺海域に暴虐の渦潮を巻き起こす)

レムリア:深海の鯨よ……!
      全ては私の愚かな夢……安らかに眠るあなたに見せた私の夢が元凶です。
      あなたの怒りは地上ではなく私に……サナト=クマラ=レムリアにぶつけなさい。

(莫大な海水が瞬時に沸騰するほど凄まじい超音波がレムリアに激突する。レヴィアタン・メルビレイの巨躯が木の葉のように海中を舞う)

レムリア:ぐうっ――……!

      そうです……罰を受けるのは私なのです。
      さあ、私を飲み干し――深海の底へお帰りなさい。

(処刑台の刃を待つ罪人のように眼を閉じるレムリアに、そっと触れる手がある)

レムリア:誰です……?

      あなたは――!!

アトラ:鯨の神よ。
    私は古代、あなたの夢見た大陸に住み着き、当世はあなたが見せられた白日夢の王国に微睡んだ。
    レムリア様があなたの力を無断で借用した罪人ならば、罪の意識も抱かず、安穏とあなたの夢に暮らした私も罪人だ。

ヌーナ:我らは皆罪人です。鯨の神よ、裁くならば我ら王国レムリア全ての民を――!

(神官アトラとヌーナの後ろには数万を越すレムリアの民が立ち並び、鯨の神に対峙する)

レムリア:神官アトラ、神官ヌーナ。王国幾万の民よ……!

アトラ:レムリア様、夢は終わりです。もう夢を見続けなくとも良いのです。

ヌーナ:共に眠りましょう。王国レムリアの栄光と共に。
     夢を見ることもない、深き深海の眠りに――

レムリア:鯨の神よ……
      罪人は一人残らずあなたの前に並び出ました。

      連れて行きなさい……
      夢の終わり……
      深海の奈落――ディープアビスへ。

(星図の輝きが急速に弱まり、代わりに虚無の暗黒が口を開ける)
(宇宙の星々を喰い尽くすブラックホールのように、海中にたゆたう数万の王国レムリアの民が飲み込まれて行く)

(やがて静寂が訪れる。藻屑一つ残らない絶滅地帯の空隙を見届けた鯨は静かに海底へ戻って行く)
(鯨の神は深海の眠りに着く。巨大すぎる自らがこの星を破壊してしまわないように)


□16/浮遊する熔鉱炉の炉体の外縁、海面に融けていく『新大陸』



詠:消えた……『ムー』の星図が……

スサノオの声:深度3000メートル、3500メートル。
         ムーの位置はさらに下降中――

奈美:『新大陸』も融けていくよ……

氷山基地の声:『ムー』の霄壌創世(ヘヴンズフォーミング)停止を観測。
          『新大陸』は24時間以内に90%以上が消失する。

(泥となって溶けて行く新大陸に蝕まれるように、氷山基地と氷床大地も砕け、海面に氷塊を散らして行く)

奈美:氷山基地(フロストベース)……! どうして氷山基地(フロストベース)まで一緒に!?

スサノオの声:『新大陸』と癒着しているからね。
         霄壌創世(ヘヴンズフォーミング)の相殺効率をあげるために、自他を区別する機能を弱めた。
         『ムー』の霄壌圏域(ヘヴンズ)に取り込まれた氷山基地(フロストベース)は、『ムー』の休眠と共に沈没する。

奈美:何とかならないの――!?

スサノオの声:ならないね。

奈美:もっと考えろよポンコツ――!

氷山基地の声:いいんだ……こうなることはわかっていた……
          わかっていて新大陸攻略に参加した……

奈美:なんで……

氷山基地の声:日本の敗戦後……
          私は日本の復興には、鋼鉄の革命が必要と信じ――
          家族と決別し、非国民の誹りを受けながら、日本で最初のデルモネリゾン要塞型(シタデル)『高天原』となった。

          私は常にマクロの世界に生きてきた。
          しかしマクロは常に政治主張(イデオロギー)に汚染されている。

          どちらを選ぶのが最大多数の最大幸福か。
          振り返ってみても、私の選択に後悔したものは多くない。

          だが死ぬ前に一度、純粋なマクロの幸福を――
          人類の誰もを幸福にする、世界平和を為したかった――

          私は、満足だ……

奈美:那義……

氷山基地の声:奈美、君と会えてよかった。
          要塞型(シタデル)の私には、喜怒哀楽は脳波の感情系の模倣(エミュレーション)でしかなくなった。
          しかし擬人知能(エーアイ・レセプタント)からのフィードバックには、私が人間だった頃の喜怒哀楽が詰まっている。
          要塞型(シタデル)の私にはそれも録画映像の再生に過ぎないが……君にお礼を言いたい。

奈美:あたし、大切にするよ……
    機巧偶人(マキーナ)の、機械の体……
    あんたが育ててきた技術のお陰で、あたしは今、生きてるんだもんね……

氷山基地の声:それを聞けてよかった。

          有り難う。
          私は私の生涯を肯定して、死に向かえる……

奈美:さよなら、氷山基地(フロストベース)……

    あたしの好きな……
    伊勢宮那義……

(氷山が大きく崩れ、海中に沈んでいく)
(熔鉱炉は沈み往く『新大陸』と『氷山基地』を見送るように滞空した後、進路を日本へ向けて動き出す)


□17/インド洋近海、人類統合体軍の潜水艇ソナーが拾った超音波ノイズ



シャルルオルカ:皆様、長らくのご静聴ありがとうございました。
           迷惑な暴走総督型(プレジデント)をやっつけるついでに、娯楽作品(エンターテイメント)にしようというこの企画。
           紆余曲折はございましたが、めでたくフィナーレと相成りました。

           まずは小生の企画に付き合ってくれた、創作を愛する作家仲間諸氏に御礼を申し上げます。
           そして生放送中に不幸にも亡くなった同志へ哀悼の念を。
           最後にご支援、ご静聴いただいた読者諸氏へ、深海よりも深い感謝の念を捧げます。

           それでは『レムリア大陸編』、幕引きです。
           小生の次回作にも是非ご期待ください。

           またお会いしましょう。
           アディオス――!



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