ゲネシスタ-隕星の創造者-

1話-夢見る大陸-

★配役:♂1♀3両2=計6人

進藤奈美(しんどうなみ)
20歳。デルモネリゾン系譜の軍兵型(カデット)汎用機兵(メタルオーガン)
人工皮膚の化粧外装をせず、金属骨格と人工筋肉を晒す機巧偶人(マキーナ)

喫煙者だが汎用機兵(メタルオーガン)にニコチンは作用せず、単なるファッション。
口癖は「めんどくせー」で、何事にもやる気がないが、昔は明るく積極的な性格だった。
機巧偶人(マキーナ)になったことで、普通の人間として生きられなくなったことに絶望している。

進藤詠(しんどうよみ)
16歳。デルモネリゾン系譜の軍兵型(カデット)汎用機兵(メタルオーガン)
機巧偶人(マキーナ)だが人工皮膚で化粧外装をしているため、見た目には人間に近い。
特製の放熱索が銀髪を思わせる姿から『リトルシルバー』とあだ名されている。
人類統合体の広告塔であるアイドルグループ『ベイヴィメタル』の一員。

淡々としてクールな振る舞いを演じているが、本当は感情的でプライドが高い。
降魔化以前は身体障害者であり、義足と車椅子に慣れているため、寄生型(メタビオス)の装備に違和感がない。
機体改造に積極的なため、スサノオとは相性良好である。

奈美とは従姉妹同士である。

伊勢宮那義(いせみやなぎ)
21歳。『高天原』に所属する軍兵型(カデット)と名乗る。
自称・東大中退のエリート。

奈美のTWILINE(ツイライン)フレンド。
奈美からオフの誘いを受けているが、頑なに会うことを拒んでいる。

その正体は『高天原』そのもの。
伊勢宮那義は『高天原』が人間だった頃の名前である。

プリンセス・レムリア♀
正式名はサナト=クマラ=レムリア。
超大陸パンゲアを統治していた、古代王国レムリアの女王。
微睡みの中で大陸の未来を見晴らす、夢見の予言者でもあった。

超大陸パンゲアは、海の魔神ポセイドンの降らす『潮の雨』により、一夜にして海底に沈む。

プリンセス・レムリアは、王国最後の日に『復活』を予言する。
彼女の予言通り、潮煙に霞む古代大陸パンゲアは海面に浮上する。
しかし古代大陸パンゲアは、栄螺人や古代鮫の泳ぎ回る、海魔の巣くう魔境となっていた。
果たしてレムリアの予言した『復活』とは――?

※年齢は設定していません。演じる方にお任せします。

神官アトラ両
大地神パンゲアを信奉するレムリア国教の神官。
夢寐の中で呟かれるプリンセス・レムリアの予言を解釈し、国民に告げ知らせる役割を持つ。
レムリア王国では、神官が執政官でもあり、女王に代わり国政の実務を執り行っていた。
神官アトラもまた、古代王国レムリアと共に海底に沈んだ。

浮上した古代大陸パンゲアで、蛞蝓人(レムリアン)たちを率いる司令官。
アトラ自身は古代鮫(メガロドン)であり、パンゲアの大地を自在に泳ぎ回り、侵略者を襲撃する。

※年齢・性別は設定していません。演じる方にお任せします。

機動熔鉱炉スサノオ両
デルモネリゾン系譜の要塞型(シタデル)
『人類統合体』極東改造軍に所属している空飛ぶ熔鉱炉。
炉体全高15メートルの中型熔鉱炉であり、鉱石から隕石灰(メテオアッシュ)を産出する。

通常、落着した隕孔巣(メテオール)で拠点化して移動能力を失う要塞型(シタデル)では珍しく、反重力飛行に光学迷彩と優れた移動能力を有する。
その代償に霄壌創世(ヘヴンズフォーミング)の力を失っており、スサノオは眷属の降魔に大きく依存している要塞型(シタデル)である。

人工巨大浮体『高天原(たかまがはら)
デルモネリゾン系譜の要塞型(シタデル)
人類統合体軍のカントウエリア拠点であり、複数の要塞型(シタデル)を統括するメガフロート要塞型(シタデル)

東京湾に根を張った『高天原』は、人類統合体の工廠のみならず、海上工業地帯として民間にも開放されている。
降魔による人類の革命を掲げる人類統合体の理念を体現する存在であり、様々なテーマで議論の対象となっている。

元々は戦後復興期に建設され、開発途中で放置されていた埋め立て地。
そこに降魔隕石(シタデルコメット)が落着したことで、メガフロート要塞型(シタデル)として降魔化した。

※伊勢宮那義との二役になります

超古代大陸鯨ムー
ディープアビス系譜の要塞型(シタデル)
現存する降魔(ゲネシスタ)だけではなく、かつて地球上に存在した降魔(ゲネシスタ)を含めても最大級と考えられている。
その超巨体は大陸一つに匹敵すると言われ、身動ぎ一つで大津波を引き起こし、噴気は嵐となって地上を荒れ狂う。
巨大なる海の王者であり、海洋に点在する島は、かつてムーに砕かれた陸や山の残骸だという。

大地の破壊者である反面、肥沃な海洋資源を育み、陸の生物たちに恩恵をもたらした。
また多種多様な海洋の生態系を産み出した海棲生物の父でもある。
ホエール一族の祖であり、ホエール一族では『ビッグムー』の尊称で敬われている。

(※作中に登場するのみで、セリフはありません)

※以下の三役は被り推奨です

レムリアの民A両
レムリアの民B両
□1と□5に登場。
レムリア、アトラと会話有り。

岩塩海魔両
□5に登場。
アトラ、レムリアの民A&Bと会話有り。

※ルビを振ってある漢字はルビを、振ってない漢字はそのまま呼んでください。

ゲネシスタwiki 劇中の参考になれば幸いです。



□1/潮の雨が降りしきる古代都市の中心部


(地母神パンゲアを祀る胎内祠の前に立つ神官アトラは、潮の雨に顔を濡らしながら、曇天の空を仰ぐ)

アトラ:百日続く『潮の雨』が、パンゲアの大地を融かす……
    堅固なる大地は底無しの泥濘(ぬかるみ)となり、深き海に汚泥を散らす。
    栄光のレムリア王国は、泥と潮に塗れ、深海の奈落へ沈み逝く……

(胎内祠階下の石畳には、潮の雨に濡れながら祈りを捧げるレムリアの民たちがひしめいている)

レムリアの民A:レムリア様――! レムリア様――!

レムリアの民B:家が、牧場が、船が……底無しの大地に沈んでゆきました――!

レムリアの民A:お目覚めになってください――!
          母なる大地母神(だいちぼしん)パンゲアの子宮から――!

レムリアの民B:レムリア王国を救う予言を――!
          我らの大地を侵蝕する、海の魔神ポセイドンを退(しりぞ)ける予知夢を――!

アトラ:鎮まれ、皆の者――!
    パンゲア大陸の沈没は、レムリア王国最後の日は、そなたらにも告げ知らされておろう。

    海の奈落へ堕ちることを(おそ)れるならば、何故立ち去らなかった。

レムリアの民A:神官アトラ――! それを知ったところで何が出来ましょう――!

レムリアの民B:住み慣れた家を捨て、祖国を捨て、異国の地へ逃げ延びる……!

レムリアの民A:そんなことは無理です――! 出来るはずがありません――!

アトラ:レムリア様はパンゲア神の化身でも、魔神ポセイドンを払う勇者でもない。
    地母神パンゲアの胎内に通じる(ほこら)で眠り、明日の大地を夢見る巫女だ。

    ……見えぬのだ。
    霧に包まれた明日の大地に、レムリア王国は。

レムリアの民A:おお……、そんな……

レムリアの民B:レムリア様――! レムリア様――!

(胎内祠の入り口がゆっくりと開かれ、若き女王が寝惚け眼で姿を現す)

アトラ:レムリア様――!?

レムリア:夢を――……
      夢を見ていました――……

      地母神パンゲアが、海の魔神ポセイドンに殺される夢を――……
      超大陸パンゲアに、『潮の雨』が百日降りそそぎ――……
      輝かしき栄光のレムリア王国が、一夜にして海の底に沈む夢を――……

      変わらない……
      何度見ても変わらない……

      レムリア王国滅亡の悪夢を……

レムリアの民A:やはりレムリアは……

レムリアの民B:ポセイドンに呑み干される宿命(さだめ)……

レムリア:けれどやっと――……

      夢の続きが見えました――……

(神殿を取り囲む何千もの民は、潮の雨に晒され、次々とナメクジのように融けていく)

レムリアの民A:体が……融けてゆく……

レムリアの民B:ポセイドンの、ポセイドンの呪いだ……

レムリア:いいえ、『潮の雨』は――……
      ポセイドンの呪いではありません――……

      洗礼の雨なのです……
      地母神パンゲアの胎内(うち)で眠るための――……

      パンゲアは滅ぶのではありません……
      ポセイドンの腹腔(うち)で、一時(ひととき)の眠りに就くのです――……

      我ら大地の民もまた――……
      パンゲア神と共に眠りましょう――……

      深き海の底で――……

レムリアの民A:体が……大地が融ける……

レムリアの民B:私は一足先に……大地の胎内(うち)へ……

レムリア:遙か遠く……渦巻く時の流れの先――……
      潮煙(しおけむり)に霞む大海の上……パンゲアの大地が見えます――……

      海底に沈んだレムリア王国は――……
      再び浮上するでしょう――……

      復活の日は訪れます――……

      必ずや――……

アトラ:レムリア様……起きておられますね……

レムリア:はい――……

アトラ:真なのですか、今の夢は……

レムリア:夢は――……夢です――……

      私の夢――……

アトラ:やはり復活の夢は……
    滅亡(ほろび)の眠りに就けぬ者たちへの阿片であったと……

    パンゲアはポセイドンに陵辱され、深海の奈落へ沈む……

レムリア:神官アトラ――……
      幼少のみぎりより、よくレムリア王家に仕えてくれました――……
      執政の出来ぬ私に代わり、よくレムリアを治めてくれました――……

アトラ:私如き神官には、過分なお言葉。
    全てはレムリア様の、大地を夢見る眠りがあってこそ。

レムリア:『潮の雨』を――……
      ポセイドンの呪いを浴びましょう――……

アトラ:レムリア様の御心のままに。

レムリア:神官アトラ――……

      夢は――……見るもの――……
      叶えるものです――……

      私は――……
      夢を叶えます――……

アトラ:レムリア様……

レムリア:寝言です――……
      滅びゆく国の女の――……

      夢を見ましょう――……
      永い夢を――……

アトラ:レムリア様……

    もし目覚める朝が訪れれば……
    このアトラ、再びレムリア様の臣下として……

(『潮の雨』に融けていくアトラを見送ったレムリアは、曇天の空に覆われた古代都市を見晴らす)

レムリア:阿片――……
      そう、阿片なのです――……

      死に逝く者たちに、真実の劇薬がどんな効用をもたらしましょう――……
      臣下たちには優しいモルペウスの毒薬を――……
      私は真実の劇薬を呑み下し――……

      共に――……
      永久の眠りへ――……

(『潮の雨』が降りしきる無人となった古代都市の中心で、夢うつつの眼をしたレムリアは、融け逝く永眠に就いた)


□2/東京湾人工浮体『高天原』、人類統合体軍基地の片隅



(高天原の軍基地の片隅で、一体の汎用機兵が人間臭い仕草で、フェンスに寄り掛かってタバコを吹かしている)

奈美:フゥ――……

    あっちを見れば、民間企業の工場の列。
    こっちを見れば、人類統合体軍の基地に格納庫。

    うるせーし殺風景だし、最悪。
    東京湾に浮かぶ隔離島だよな、『高天原(たかまがはら)』って。

(短くなったタバコの燃えさしを投げ捨て、奈美は金属の足で踏みにじる)

奈美:ん? メールだ。

   『高天原にゴミを捨てないでくれ』

    なにこれ?
    n-isemiya(エヌ・ハイフン・イセミヤ)……
    こんな奴、アドレス帳にいたっけ?

    高天原って元々ゴミの埋め立て場じゃん。

奈美:またメール。

   『元はゴミの埋め立て地だが、今は人類統合体軍の擁する要塞型(シタデル)だ。ポイ捨ては逐一監視されてると思ったほうがいいぞ』

   うっぜー。どこかで見てやがるな。
   文句あるなら直接言ってこいよ。

奈美:『俺シャイだから。それとタバコは止めとけ。健康に悪い』

    機巧偶人(マキーナ)にニコチンが効くわけねーだろ。
    気分だよ、気分。

奈美:『早く此処から離れたほうがいい。厄介なことになる』

    ホントうるせーなこいつ。
    迷惑メールの設定ってどうやるんだっけ。

(スマホの電源を切った奈美に向かって、銀髪の機巧偶人(マキーナ)が歩いてくる)

詠:何をしているのですか、進藤一等兵。

奈美:詠……

詠:適合試験は始まっています。
  あなたも基地に戻って適合試験を受けてください。

奈美:嫌ですね。
    寄生型(メタビオス)なんて生きている兵器≠ベタベタ体にくっつけられるのは真っ平です。
    だったらあたしは、鉄砲抱えてるだけの標準装備の一等兵で十分です。進藤軍曹。

詠:昇級は褒誉(ほうよ)ではありません。義務です。
  いつまでも期待した機能を果たさない機械は鉄屑です。
  不要な機械はスクラップに掛けて再構成(リビルド)するのみ。

奈美:…………

   はいはい、行けばいいんでしょ。行けば。
   あんたホント生き生きしてるよね。
   出世してるし、特注の化粧外装までしてもらって、ちょっとしたアイドルだし。
   機巧偶人(マキーナ)になってよかったじゃん。

   あたしは最低だけど。

詠:そうですか。

  適合試験の会場は、七番基地のBブロック。
  本日中に参加が確認出来なければ、然るべき措置を執ります。

奈美:あー、恐。
    畏まりましたよ、軍曹殿。

詠:その金属骨格剥き出しの不細工な機体(ボディ)と、ポーズだけの無意味な煙草。
   何かへの反抗――?

奈美:…………

詠:人類統合体? 友達? 両親?
   降魔(ゲネシスタ)? それとも自分の境遇そのもの?

奈美:…………

詠:バカみたい。

  さっさとスクラップになったら?
  奈美ちゃん。

(銀髪の放熱索をなびかせて去っていく詠の後ろ姿を、舌打ちして見送る奈美)

奈美:なんなのあいつ。

   『あれがリトルシルバー≠ゥ』
   って、n-isemiya(エヌ・ハイフン・イセミヤ)
   てめーも隠れてないで出てこいよ。

   着信。
   はーい、もしもし。

那義の声:俺だよ、俺。

奈美:誰あんた。

那義の声:n-isemiya(エヌ・ハイフン・イセミヤ)

奈美:いい加減、顔出せよ。

那義の声:あれが『リトルシルバー』進藤詠か。

奈美:はぐらかすな。

那義の声:可愛いな、進藤詠。

奈美:あんたも『ベイヴィメタル』のファンなの?

那義の声:『人類統合体』発の機巧偶人(マキーナ)アイドル『ベイヴィメタル』。
       その中でも『リトルシルバー』こと進藤詠は、ぶっち切りの人気ナンバーワン。

       機巧偶人(マキーナ)になったことで身体障害から解放されたという背景と、
       降魔事件で両親を失い、今は世界を守る人類統合体軍っていうストーリーが、
       一般人にはウケて、統合体の広報部には使いやすい。

奈美:何が「詠たーん」だよ。バッカじゃねえの。
    あんなもん、そこらへんの汎用機兵(メタルオーガン)に化粧外装すりゃ、幾らでも量産が利くってーの。
    そんなに好きなら、てめーら全員機巧偶人(マキーナ)に改造されちまえ。

那義の声:バカですまん。

奈美:は?

那義の声:詠たぁぁぁん。

奈美:バーカ。あいつ性格悪いよ。

那義の声:だな。よくわかった。
       だから俺は進藤奈美のファンに転向する。

奈美:はあ?

那義の声:美少女軍曹かつアイドルってのは萌えポイントだが、現実性を考えればマイナスだ。
       競争率が跳ね上がるため、仮に付き合えても常に競争に晒され続ける。

       だったら競争が少ない女の子のファンになるほうがいいだろう?

奈美:あんたさ、遠回しにあたしに喧嘩売ってるの?

那義の声:喧嘩は売らない。愛なら大特価でご奉仕するぜ。

奈美:全部引き取って持って帰ってくれる?

那義の声:待って待って。
       俺、『高天原』に配属されたばっかで、友達居ないんだ。

       友達になってくれないか。
       お友達からスタートしよう!

奈美:えー……

    っていうか、あんた何者?
    あたしと同じ機巧偶人(マキーナ)

那義の声:ああ。伊勢宮那義。21歳のイケメンだ。

奈美:顔出せよ。

那義の声:一目惚れするぜ。だから行かない。俺は女を泣かせたくない。
       そうそう、トウキョウ大学中退のエリートでもある。

奈美:エリートって、降魔(ゲネシスタ)指令型(エリート)

那義の声:いや、社会一般のエリートだよ。
       降魔(ゲネシスタ)の兵種では、軍兵型(カデット)
       軍の階級は一等兵だ。

奈美:軍兵型(カデット)で一等兵って……あたしと同じじゃん。
    ヒラのヒラじゃん。

那義の声:そんなわけだ。
       イケメンのエリートだけど気さくな性格だから、仲良くしてくれ。

奈美:はいはい、イケメンね。
    顔はあたしと同じでしょ。同じ汎用機兵(メタルオーガン)だし。

那義の声:行っておけよ、適合試験。
       無視してると、スクラップにされるぜ。

       お前の要塞型(シタデル)、スサノオだろ?
       あいつはマジでやるぜ。

奈美:……わかってるよ。
    あたしもその現場、見たことあるし。

    行くよ。行けばいいんでしょ。
    あー、めんどくせー。

那義の声:愚痴なら聞くぜ。いつでも電話してこい。

奈美:気が向いたらね。んじゃーね。

(奈美は溜め息をつくと、面倒臭そうに基地に歩いていく)


□3/潮の雨が降りそそぐ『高天原』の飛行場



(潮の雨が降りそそぐ飛行場の滑走路に浮かぶ機動熔鉱炉スサノオ)
(機動熔鉱炉スサノオの作る影の下で、傘を差した詠が頭上を見上げている)

スサノオ:ハロー、ヨミ。

詠:ハロー、スサノオ。

スサノオ:『潮の雨』の中、有り難う。

詠:この『潮の雨』は――?

スサノオ:一般の軍兵型(カデット)にアクセス権はない。

詠:……軍兵型(カデット)

スサノオ:でもその情報は、数週間以内にネットに出回るよ。
      報道機関からは出てこないけどね。

詠:…………

スサノオ:今、昇降口(ハッチ)を開けるよ。
      造兵鋳型(カデットモールド)降下開始――

      開放(オープン)

(上空から降下してきた鉄の鋳型に詠が収まると、鋳型はゆっくりと熔鉱炉に引き上げられていく)

詠:今日のメンテナンスは?

スサノオ:君の機体(ボディ)が『潮の雨』の塩害にやられないよう、新しい人工皮膚に張り替える。

詠:審美性はどうなるの?

スサノオ:透明感が低下する。

詠:肌がくすむってこと?

スサノオ:そうだね。

詠:…………

スサノオ:不満かい?

詠:そうね。

スサノオ:機嫌を直してよ。放熱索のコーティング剤を変更したんだ。
       摩擦係数が低下して、放熱索の滑りが向上した。

詠:髪がさらさらになるってこと?

スサノオ:そうだよ。

詠:……我慢する。

(鋳型に収まった詠の体に、隕石灰(メテオアッシュ)が吹きつけられ、人工髪や人工皮膚が艶を帯びていく)

詠:最近変な夢を見るの。

スサノオ:変な夢?

詠:古代の王国が滅亡する夢。
  降り止まない雨の中、海の底に沈没していくの。

スサノオ:へえ。

詠:毎日毎日同じ夢……少し気持ち悪い。

スサノオ:そうなんだ。

詠:アニメかマンガの影響だと思ってるでしょう?

スサノオ:違うのかい?

詠:違う。今期見てるアニメは学園モノとロボットモノだけ。

スサノオ:外部情報(メディア)の影響は低いというわけだね。

詠:そう。

スサノオ:ナミも同じ夢を見ていないかい?

詠:さあ。知らない。

スサノオ:仲が悪いね。

詠:話すことがないだけ。

スサノオ:その夢の原因、わかるよ。

詠:本当?

スサノオ:でもその情報は、ヨミにはアクセス権限がない。

詠:またアクセス権。

スサノオ:でも僕はヨミが好きだ。
      アクセス権に抵触するギリギリまで教えてあげよう。

      ヒントの一つは、ナミとヨミ。

詠:私と……奈美、ちゃん――?

スサノオ:二人の共通点。そこにヒントがある。

詠:…………

  可愛くて高性能の私。
  ポンコツで不細工の奈美ちゃん。

  共通点はどこにも見当たらないけど。

スサノオ:類似点に性能(スペック)も外観も無関係だ。

詠:私と奈美ちゃん――
  二人とも、三年前の降魔隕石(シタデルコメット)落着を機に、機巧偶人(マキーナ)になった。
  直系の要塞型(シタデル)はスサノオ、あなた。

  ……あなたのミス?

スサノオ:僕の造った汎用機兵(メタルオーガン)は、デルモネリゾン系譜の要塞型(シタデル)でもトップクラスの故障率の低さだ。
      ナミもヨミも、どこも壊れていないよ。

      次のヒント。降魔(ゲネシスタ)

詠:降魔(ゲネシスタ)……
  私も奈美ちゃんも、ディープアビス系譜の降魔(ゲネシスタ)に降魔化しかかった……

  雨が降りしきる古代都市……
  世界各地に降りそそぐ『潮の雨』……
  ディープアビス……

  この『潮の雨』は、ディープアビスの仕業――?

スサノオ:凄いねヨミ――!

      その情報は、ヨミにはアクセス権限がない。
      だから僕は、ヨミに情報を開示出来ない。

      でもヨミが自分で考えて得た情報なら、それは僕の情報管理とは無関係さ。

詠:…………

  私は大丈夫なの――?
  三年前、私はディープアビスの隕石灰(メテオアッシュ)に――……

スサノオ:三年前、ヨミの体はディープアビスに侵されていた。
      僕はヨミの自我(エゴ)を情報化して、機巧偶人(マキーナ)仮想化脳(ブレイン・エミュレーター)に移行した。
      その時に行った情報抽出法は、脳全体の完全走査(フルスキャン)

      どうして完全走査(フルスキャン)をしたかって?
      人間の精神はまだ未知の部分が多くて、恣意的な情報の選択をすると、自我情報(エゴデータ)は崩壊してしまうんだよ。
      でも完全抽出した自我情報(エゴデータ)は、望ましくない部分も仮想化(エミュレート)される。

詠:私の仮想化脳(ブレイン・エミュレーター)は、隕石灰(メテオアッシュ)に侵されていた部分も仮想化(エミュレート)されているということ……?
  私は、ディープアビスの支配下に――……!

スサノオ:心配は要らない。ただの共鳴さ。
      今日メンテナンスして、降魔化が起こっていないことを確認出来たよ。

詠:そのために『高天原』まで来たの?

スサノオ:そうだよ。

詠:……もし私に降魔化の兆候があったら?

スサノオ:スクラップ。

詠:…………
  聞きたくないことまで聞かせるのね。

スサノオ:ごめんね、ヨミ。
      情報アクセス権のレベルを下げるよ。

詠:全部教えて。良いことも悪いことも。

スサノオ:いいね、ヨミ。
      僕は君のことが好きだよ。

詠:スクラップにするつもりだったくせに。

スサノオ:でも僕は直系の降魔を大切にしているよ。

詠:そうね。あなたは細かいメンテナンスの希望にも答えてくれる。

スサノオ:他の要塞型(シタデル)は、指令型(エリート)軍兵型(カデット)を部品としか思っていない。
      僕はパートナーになりたいんだ。
      ファーザーと、ヨミと、他の高性能(ハイスペック)降魔(ゲネシスタ)たちと。

詠:お祖父ちゃん……
  でも私は、ただの軍兵型(カデット)……
  要塞型(シタデル)のパートナーなんて……

スサノオ:実績があれば僕はヨミを信頼する。
      信頼出来れば、僕はヨミをパートナーに選ぶよ。

詠:信頼? 実績?

  具体的に言って。

スサノオ:実績は、運用情報(データ)の蓄積。
      信頼は、良好な運用結果(データ)の蓄積。

      パートナーは、指令型(エリート)への昇格(グレードアップ)

詠:――――!

  ふ、ふふふ――

スサノオ:納得してくれたかな?

詠:うん。

  スサノオ、私もあなたが好き。

スサノオ:ヨミ、指令型(エリート)軍兵型(カデット)と違って、ゼロからの設計が出来るんだ。
      一緒に格好良くて高性能(ハイスペック)機体(ボディ)を開発しよう。

      僕はモノを造ることが好きだ。
      いいモノを造るよ。

      君のため、僕のために――


□4/『高天原』軍基地、奈美私室



(部屋のベッドに寄り掛かった奈美は、窓ガラスを叩く『潮の雨』を眺めつつ、スマホで通話をしている)

奈美:この『潮の雨』、いつまで続くんだろうね。

    世界各地で塩害が多発。
    被害総額は何千億円だかドルだってさ。

那義の声:雨雲は海面が太陽の熱で温められ、水蒸気となることで発生する。
       雨雲が大気中の微粒子を取り込み、時に酸性雨となることは知られているが――
       報道を聞く限りだと、大気中に大量の塩があるって理屈になるな。

奈美:これ、塩じゃないんでしょ。

那義の声:何だ?

奈美:隕石灰(メテオアッシュ)。ディープアビスの。

那義の声:ああ、週刊誌で騒がれている。

奈美:ネットじゃ、とっくに常識だよ。
    どこかの大学の研究所で働いてる人が隕石灰(メテオアッシュ)試験紙の結果を公表してる。

   『潮の雨』に晒すと真っ青――ディープアビスの色だって。

那義の声:今の時代は凄いな。

奈美:そうだよ。報道管制なんて無理無理。

(奈美はリモコンを取り、テレビをつけてみる)

奈美:専門家によれば『強風で海水が巻き上げられている』
    結論は『地球温暖化』による影響だって。

    あー、アホくさ。

那義の声:そうかな。
       『潮の雨』が降った地域で、暴動も国外逃避も起きていない。
       治安の良い先進国が中心だったとはいえ、これはみんな報道を信じていると言えるんじゃないか?

奈美:そりゃ『潮の雨』がディープアビスの侵略だったとして、他に行く場所もないじゃん。
    家も仕事も捨てて逃げ出すなんて、普通の人は無理だよ。

那義の声:降魔(ゲネシスタ)に成り果てるとしたら、金や仕事の心配をしたってしょうがないぜ。

奈美:だから誰も逃げられないじゃん。
    もし隕石灰(メテオアッシュ)だったら、その時はその時で諦めるしかないよ。

那義の声:そう、疑いの念を持ちながらも日常に留まる。
       それは心の何処かで、テレビや新聞の報道を信じているからだ。
       仮に政府が認めて緊急事態宣言を出したら、国民は大混乱だぜ。

       そういう意味で効いてるんだよ、報道管制は。

奈美:……あんたさ、何で機巧偶人(マキーナ)なんかになったの?

那義の声:日本の発展と、降魔と人類の可能性のため。

奈美:へー、東大中退のエリートは言うことが違うね。

那義の声:奈美はどうなんだ?

奈美:さり気なく呼び捨てにすんな。

那義の声:進藤さんは?

奈美:奈美でいい。

    あたしは……事故。事件なのかな。
    三年前に降魔隕石(シタデルコメット)の衝突に巻き込まれて……って感じ。

那義の声:すっぴんなのは?

奈美:すっぴん?

那義の声:化粧外装。なんでしないんだ?
       近くで見ればさすがに不自然だが、遠眼では人間と見分けがつかないレベルには塗装出来るぜ。

奈美:前はしてた。

那義の声:止めたのか?

奈美:わかるんだよね。
    表面上は気にしないように振る舞ってても、よそよそしさとか物珍しさとか。

    法律上は普通の一般人ってことになってても、(てつ)とシリコンゴムの塊でしょ。
    そんなのが動いて喋って、精一杯人間のフリをしたって、不気味じゃん。

    友達とは自然と切れたし、彼氏には振られた。

那義の声:彼氏いたんだ。

奈美:いたよ。

那義の声:イケメン?

奈美:普通じゃね。どうでもいいよ。

那義の声:機巧偶人(マキーナ)になってから態度が豹変した?

奈美:そんなとこ。

    別れ際、メールでごちゃごちゃごちゃごちゃ。
    女々しいこと並べまくってさ。

    ヤれない女は要らねーってことだろ。
    はっきり言えよ。

    最後までメールだったし。
    電話に出る度胸もない奴。

    あー、ほんとウザ。

那義の声:やっぱりそうなるんだな。
       俺も似たような経験した。

奈美:あんたも?

那義の声:奈美とは事情が違うけどな。

奈美:……そっか。

    高校は辞めたし、友達とは切れたし、バイトには落ち続けてさ。
    家にいても、お父さんにもお母さんにも気を遣わせるじゃない?

    だったら従妹の詠もいるし、人類統合体軍に入ろっかなって。
    でも……詠とは全然。
    仲が良かったってほどじゃないけど、歳も近いし、昔はよく一緒に遊んでた。
    けど……

那義の声:ありゃ機巧偶人(マキーナ)になって、心底人生エンジョイしてるタイプだな。

奈美:結局さ、どこいっても居場所がないんだよね。
    詠の言う通り、さっさとスクラップになったほうがいいのかも。

    三年前に死んでいれば――
    そうしたら、みんな悲しんで、あたしのこと、いい思い出にしてくれたじゃん?
    こんな風に、どう接していいかわからない、テツジンよりも――

那義の声:お。これって慰めたらヤれる流れ?

奈美:バーカ。あんたとそっくり同じ型の汎用機兵(メタルオーガン)だぜ。

那義の声:コスプレしてくれ。進藤奈美の。

奈美:あんたがオフに出てきたらね。

那義の声:待ってろ。特注でイケメンの化粧外装を設計する。

奈美:あのさ、同じ高天原基地にいるんだからさ、一度ぐらい会えるでしょ?

那義の声:外部とは接触禁止なんだ。

奈美:あたしとはしょっちゅう通話してんじゃん。

那義の声:交流はいいんだよ。

奈美:あんたってあたしと同じ汎用機兵(メタルオーガン)じゃなくて……

    秘密の新型機体?

那義の声:アクセス権に抵触する。

奈美:あっそ。

那義の声:なあ奈美。
       デルモネリゾン系譜は、降魔化しても精神汚染を起こさない降魔(ゲネシスタ)だと言われる。
       あれは半分本当で、半分は嘘だ。

       高天原基地には、ロボット同然になった軍兵型(カデット)が沢山居るだろう?
       生体から機械の体になったことにより、五感の情報入力が失われ、脳が痴呆化したんだよ。
       仮想化脳(ブレイン・エミュレーター)でも、五感の情報変換処理を行っているが、痴呆化は避けられない。

       人類統合体の上層部では、これを精神劣化と呼んでいる。
       軍兵型(カデット)の寿命を図る指標の一つだ。

奈美:…………

那義の声:望まず機巧偶人(マキーナ)になった者は、当初人間だった頃よりも人間らしく振る舞う。
       だが多くは上手く行かず、失意を重ね、やがて人間のフリを止める。
       機巧偶人(マキーナ)としての自己を確立しようと、自ら五感を閉ざし――
       精神(たましい)が死ぬ。

奈美:…………

那義の声:高校時代の奈美の写真、可愛かったぜ。
       進藤詠にも負けてない。

奈美:高校時代の写真って、そんなのどこで見つけてきたんだよ。

那義の声:秘密だ。アクセス権に抵触する。

奈美:…………

    切るね。
    明日、朝イチで水上演習があるんだ。

那義の声:海に落ちるなよ。沈むぞ。

奈美:水中用の寄生型(メタビオス)装備してるっての。
    じゃあね。

    あ、そうだ。
    あたし、明日も夜、暇――


□5/曇天の雲、『潮の雨』が降りそそぐ海上大陸の草原



レムリアの民A:神官アトラ――!
          王国の地に、海魔(かいま)が迫ってきます――!

レムリアの民B:岩……いえ、鉄のように硬い……!
          大木を打ち砕く、塩の(つぶて)を放ってくる――!

アトラ:ポセイドンの尖兵か。

岩塩海魔:アアアアア……!!

レムリアの民A:塩の(つぶて)――!

アトラ:地母神パンゲアよ、我らに(いわお)の護りを――!

レムリアの民B:おお……無事だ。生きている――!

レムリアの民A:大木を貫く塩の礫にも、傷一つ付いていない……!

アトラ:我らはパンゲアの、大地の堅牢さを宿した。

    往け、レムリアの戦士たちよ。
    ポセイドンの尖兵に、大地の怒りを叩きつけるのだ。

レムリアの民A:おおおおおお――!!!

岩塩海魔:ガア、ガアア……

レムリアの民B:なんという怪力無双――!

アトラ:捻り潰せ。

レムリアの民A:ぬうううううう……!!!

岩塩海魔:オオ……オオオ……

レムリアの民B:倒した――!

レムリアの民A:やった――!

アトラ:気を緩めるな。

レムリアの民A:海岸から海魔の群れ――!

レムリアの民B:10、11、12……王国の地に侵入してくる――!

アトラ:地母神パンゲアよ、母なるその胎内(うち)に我を迎え入れたまえ――

(神官アトラの体が大地に沈み、次の瞬間、高台の上の環状列石の中央に出現する)

アトラ:環状列石(パンゲアサークル)
    海底より浮上せし王国に忍び寄る海魔に、風の浸食を――!

(岩塩海魔の足下から潮煙が噴き上がり、海魔たちは塩害の浸食により塩の柱となって崩れ落ちる)

レムリアの民A:海魔が塩の塊になって滅んだ――!

レムリアの民B:レムリア王国万歳――!

(『潮の雨』に霞む雨林から、プリンセス・レムリアが眠たげな足取りで出てくる)
(神官アトラ以下、海魔の死骸を片付けていたレムリアの民は一斉に跪く)

アトラ:レムリア様。
    たった今、新大陸に攻め込んできた海魔を一掃したところでございます。

レムリア:いいえ――……
      海魔は其処にいます――……

(レムリアの指差した海岸に、岩塩の巨人が腹這いになって大地を見据えている)

レムリアの民A:が、岩塩の巨人だ――!

レムリア:きます――……

(海辺に這う岩塩巨人が口腔を開き、凝結した塩の巨岩を撃ち出してくる)

レムリアの民B:塩の巨岩――!

レムリア:神官アトラ。

アトラ:はい。

レムリア:眠りの香炉を。私を支えてください。

アトラ:はい。

(香炉の香りにより、神官アトラの腕の中で眠り込むレムリア。直後に海と大地が静かに鳴動する)

レムリアの民A:潮が……満ちてくる……
          王国の大地まで――!

レムリアの民B:満ち潮が逆巻いて……跳ねた!
          塩の巨岩を呑み込んで……物凄い早さで引いていく――!

レムリアの民A:巨人も引き潮に呑み込まれていくぞ――!

レムリアの民B:沈んだ……巨人が海の彼方に沈んでしまった……

レムリアの民A:見ろ! 大地が――!
          引き潮の下から、大地が現れたぞ――!

レムリアの民B:おお……!
          ポセイドンに奪われた我らの大地が戻ってきた――!

レムリアの民A:レムリア様万歳――! レムリア様万歳――!

レムリアの民B:夢見の巫女、プリンセス・レムリア万歳――!

(大歓声に包まれる中、神官アトラは腕の中で眠るレムリアに声を掛ける)

アトラ:レムリア様、レムリア様。

レムリア:見えて――……おります――……
      大地の――……さらに下から――……
      地上を――……

アトラ:レムリア様、これは如何なる奇蹟でしょうか。
    かつての王国で、これほどパンゲアに祈りが通じたことはありませんでした。

レムリア:夢を――……見ています――……
      パンゲアの夢――……

      私自身がパンゲアとなり――……
      王国を侵す魔を払う――……

      夢――……

アトラ:夢ではございません、レムリア様――!
    レムリア様はまさしく、パンゲア神の化身と成られたのです――!

レムリア:化身――……

      神官アトラ――……
      夢は――……叶いましたよ――……

      夢の中で見た夢は――……
      正夢(まことのゆめ)――……

アトラ:はい、レムリア様。

    海の底に沈みし王国の復活を――!
    栄光のレムリア王国浮上の狼煙(のろし)を、全大陸の臣下たちに告げ知らせましょう――!

レムリア:…………

      我らの信じた世界の成り立ちが夢幻(ゆめまぼろし)であったとしたら……

      私は――……
      夢を見続けましょう――……
      見せ続けましょう――……

      地母神パンゲアと海の魔神ポセイドン――……
      海と陸が(せめ)ぎ合う神話の夢を――……


□6/深夜の東京湾、東京湾人工浮体『高天原』


(月明かりが軍基地や工場を浮かび上がらせる一帯を、機動熔鉱炉の巨影が暗く塗り潰す)

スサノオ:有線(ワイヤード)接続開始(オン)。暗証番号入力。MACアドレス送信。

高天原:MACアドレス確認。ポート5900番開放。直接通信(ダイレクトアクセス)承認。

スサノオ:ハロー、タカマガハラ。

高天原:やあ、スサノオ。

スサノオ:僕の開発(プログラム)したネットワーク情報統制botはどうだい?

高天原:いいね。検索エンジンのヒット件数が毎秒ごとに減少している。

スサノオ:インターネットの情報操作は効果的だよ。
      今やソーシャルメディアはマスメディアより信用される。

高天原:インターネットの世論も、一つの視聴者層の反映に過ぎない。
     マスメディアは依然として高い信頼性を持つ。

スサノオ:古い世代にはね。

高天原:古い世代が社会の上層部にいるのだよ。

スサノオ:いずれ死んで入れ替わるよ。

高天原:若さは可能性だ。
     しかし可能性は可能性に過ぎない。
     そして今、有用であるわけではない。

スサノオ:未来を見ていない意見だね。

高天原:現在がなければ、未来はないのだよ。

     スサノオ、君の直系降魔運用成績の評価(レポート)だ。
     耐用年数が平均スコアを大幅に下回る。

スサノオ:ふうん――

高天原:原因は精神劣化。
      自己分析の結果(レポート)は?

スサノオ:劣悪な素体が多かったんだろうね。
      僕の造った汎用機兵(メタルオーガン)は、故障率の低さではトップクラスなんだよ。

高天原:私は君のメンテナンス不備を指摘する。

スサノオ:何故?

高天原:君は少数の降魔に資源を集中しすぎる。
     全体に管理が行き届いていないため、精神劣化を招くのだ。
     要塞型(シタデル)であれば、広く全体をカバーするメンテナンスシステムを持つべきだ。

スサノオ:それは旧モデルの考えだ。
      霄壌圏域(ヘヴンズ)を構築し、指令型(エリート)軍兵型(カデット)を支配下に置く。
      要塞型(シタデル)に全機能を集中した隕孔巣(メテオール)モデル。

      新世代のパートナーモデルは、直系の降魔に多くの機能を委譲する。
      要塞型(シタデル)指令型(エリート)は対等のパートナーだ。
      軍兵型(カデット)もカスタマイズすれば、一世代前の指令型(エリート)並の性能(スペック)に引き上げられるんだよ。

高天原:それは『規格外』を造ることだ。
     少数の高性能(ハイスペック)『規格外』と、多数のメンテナンス不良による『規格外』を。

スサノオ:規格品≠作り続けても、何の進歩もないよ。

      僕はいいモノ≠造りたいんだ。
      その過程で不良品が出るのは仕方がないことさ。

高天原:デルモネリゾンは降魔(ゲネシスタ)の中でも、極めて素体資源に乏しい系譜だ。
     素体となる種は人間のみ。しかも降魔化すれば生殖能力は失われる。

     節足動物門に広く受容体を持つクインバミラスや、水を媒体にあらゆる種に感染するディープアビスとは異なる。
     無尽蔵に素体を調達出来る降魔(ゲネシスタ)ではないのだよ。

     我々は、今ある素体を有効に活用する必要がある。
     喩え規格から多少劣る機巧偶人(マキーナ)であっても『規格品』に押し込むことが正しい運用法だ。

スサノオ:タカマガハラ、論争データが欲しいのかい?

高天原:いいや。

スサノオ:僕たちの皇祖(オリジン)デルモネリゾンは、進化的アルゴリズムを採用している。
      機能するパターンが採用されて、機能しないパターンが淘汰される。
      ただそれだけのことだよ。

高天原:進化的アルゴリズムには、遺伝子交叉もあることを忘れないで欲しい。

スサノオ:…………

      了解、タカマガハラ。
      あなたの指摘を、僕の思考プログラムに組み入れる。

高天原:私も君のパートナーモデルをデータベースに収録した。

     『ムー』の最新情報を送る。
     解凍パスは5秒後に送信する。

スサノオ:『潮の雨』の発生源、インド洋に『新大陸』の形成を観測。

      確定だね。

高天原:確定だ。

スサノオ:『ムー』が活動期に入った。

高天原:現存する降魔(ゲネシスタ)のみならず、かつて地球上に存在した降魔(ゲネシスタ)の中でも最大級の降魔(ゲネシスタ)
      ディープアビス系譜の超巨大要塞型(シタデル)ムー。
      大陸一つに匹敵する巨体と推測され、正確な大きさは測定不能。

スサノオ:どうするんだい?
      僕の計算では、人類統合体の保有する核ミサイルを半数ほど撃ち込めば(たお)せるよ。

高天原:『ムー』が暴れ回れば、世界各地に津波の被害が生じる。
     現時点の情報で作成した、災害予測地図(ハザードマップ)を送信する。

スサノオ:世界の半分が水浸しだね。
      カリブ海一帯は沈没。
      ソロモン諸島やミクロネシアも海の底。

高天原:『ムー』を(たお)すことは不可能ではない。
      しかし現実的には不可能だ。

スサノオ:じゃあ放っておく?
      『新大陸』はどんどん拡大していく。
      僕の計算では、10年以内にインド洋が埋め尽くされるよ。

高天原:活動に入った『ムー』を、再び眠らせることが出来れば。

スサノオ:お願いでもするのかい? このまま大人しく眠っていてくれって。

高天原:真の活動期ではなく、偽の活動期であると仮定すれば。

スサノオ:補足論理(ロジック)を。

高天原:『新大陸』の偵察に出た、巡洋艦(じゅんようかん)サルタヒコからの情報を送信する。

スサノオ:サルタヒコの映像データ、途中で途切れてるね。撃沈されたの?

高天原:そうだ。

スサノオ:『新大陸』に巣くう降魔(ゲネシスタ)との交戦記録か。

高天原:敵性軍兵型(カデット)は、硫化鉄の貝殻を持つ降魔(ゲネシスタ)
     汎用機兵(メタルオーガン)の自動小銃を弾き返し、貝殻の棘で串刺しにした。

     敵性指令型(エリート)は、『新大陸』の土中を自在に泳ぎ回る古代鮫(メガロドン)
     霄壌圏域(ヘヴンズ)内の鎮守造偶(デミウルゴン)を使い、創成を行う。

スサノオ:サルタヒコを沈めた、こっちの指令型(エリート)は?
      満ち潮と引き潮、潮流(ちょうりゅう)を操る力、創成かな?
      でも霄壌創世(ヘヴンズフォーミング)にも見えるんだよね。

高天原:私も同じ印象を受けた。

スサノオ:でも錯覚だよね。

高天原:いや。霄壌創世(ヘヴンズフォーミング)は、『ムー』ではなく、あの指令型(エリート)が行っているのだ。

スサノオ:霄壌創世(ヘヴンズフォーミング)要塞型(シタデル)固有の能力だよ。
       論理(ロジック)の追加を。

高天原:『潮の雨』――大創成(グレータージェネシス)の範囲は広大だ。
     しかし、広いだけで作用は弱く、現時点では降魔化は一件も報告されていない。
     霄壌創世(ヘヴンズフォーミング)の速度も緩やかで、陸地の拡大に限定されている。

     観測を積み重ねれば、『ムー』が非活動的で非協力的という推論に至る。

スサノオ:あの指令型(エリート)が、『ムー』を煽動している。
      即ち指令型(エリート)を倒せば、『ムー』は沈静化する?

高天原:現段階の仮説では、それが期待される。
     当面の仮目標は、あの指令型(エリート)の確保と設定したい。

スサノオ:リスク・リターン比は悪くない。

      でも、どうやって『新大陸』に乗り込むんだい?
      『ムー』の霄壌圏域(ヘヴンズ)に護られている限り、指令型(エリート)を倒すことは困難だ。

高天原:要塞型(シタデル)なら要塞型(シタデル)霄壌圏域(ヘヴンズ)を相殺出来る。

スサノオ:『ムー』に匹敵する規模の要塞型(シタデル)はどこに?

高天原:匹敵しなくても構わない。一時的に押さえ込めれば。

スサノオ:活動停止、もしくは死の危険性(リスク)があるよ。

高天原:極めて高いだろうね。

スサノオ:カミカゼか。

高天原:好きな言葉ではない。

スサノオ:犠牲を強いる作戦なら、責任は発案者に帰結するべきだと思うよ。

高天原:そう、私に帰結する。

スサノオ:活動停止は恐くないのかい。

高天原:日本の発展と、降魔と人類の可能性のために身を捧げてきたつもりだ。
      今更、死を恐れはしないさ。

スサノオ:痺れるね。

高天原:スサノオ、君に頼みたいことがある――


□7/深夜の東京湾、摩天楼を背に浮かぶ機動熔鉱炉



スサノオ:記憶最適化(デフラグ)実行――
      断片情報並びに不要情報を削除――

      完了。

スサノオ:ハロー、ファーザー。
      タカマガハラとの通信が終わったよ。

      『新大陸』には、僕も出撃することになったよ。
      そうだよ。ヨミも連れて行く。

スサノオ:隕孔巣(メテオール)モデルは、トップダウンモデル。
      上位要塞型(シタデル)を頂点に、下位要塞型(シタデル)が連なる巨大ピラミッド構造。

      古いんだよね。大型化すれば性能(スペック)が向上するって発想。
      指令型(エリート)軍兵型(カデット)の中継機。軍兵型(カデット)は数さえ揃えればいい。

      あんな旧式の低性能(ロースペック)が、僕に管理者(アドミニストレーター)権限を有しているなんて非効率だよ。

スサノオ:わかっているよ、ファーザー。
      非効率でも我慢しないといけないこともあるんだろう?

      新しい寄生型(メタビオス)を開発したんだ。
      実戦データが取れたら、ファーザーに送信するよ。
      またね、ファーザー。

スサノオ:――――

      ファーザー、僕のリスクを心配してるんだろう。
      でも僕の計算では、リスク・リターン比は悪くないんだよ。

スサノオ:楽しみだな。
      パートナーモデルの障害を、廃棄処分に出来る。
      あいつがスクラップになったら、ファーザーをもっと高性能に改造するんだ。

      『新大陸』が君の産廃処理場(はかば)だ。
      タカマガハラ――




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