ゲネシスタ-隕星の創造者-
序章-潮風の
★配役:♂3♀3両1=計7人
17歳。高校二年生。
詠とは従姉妹同士。
お調子者で、面倒くさがり屋。
13歳。中学一年生。
車椅子と義足の障害者。
先天性の足部奇形で、両足を切除している。
スマホ依存症で、片時も離さない。
41歳。詠の父親。
30年前の『シンジュク蒸発』で、視覚障害を患った。
極度の弱視のため、高倍率電子眼鏡を着用している。
40歳。詠の母親。
表には出さないが、詠の願望には気づいており、国生と詠のあいだで板挟みとなっている。
劇場文士シャルルオルカ♂
ディープアビス系譜の
片眼鏡を掛けた人相の悪いシャチの姿をしている。
海洋の生態系の頂点に立つオルカ一族は、『生きるための闘争』から解放されている。
オルカ一族の社会では、評価経済が高度に発達しており、芸術家や創作者が高い地位を持つ。
シャルルオルカは、一昔前にオルカ一族の超音波ネットワークで名の知れた文士である。
現在は『良い作品』を創れなくなり、創作者としては落ち目となっている。
デルモネリゾン系譜の
『人類統合体』極東改造軍の中将。
鐵鋼と硅素を素とするボディに、情報化した魂を転送した
人間年齢では76歳だが、音声は降魔化した40代半ばのままになっている。
その多種多様な腕の数から、
進藤剛造の本体は頭部のみであり、胴部の
記憶の貯蔵された頭脳以外は換装自在という、まさに機械そのものと化した人間である。
標準装備している
『機械腕』は、
機動熔鉱炉スサノオ両
デルモネリゾン系譜の
『人類統合体』極東改造軍に所属している空飛ぶ熔鉱炉。
炉体全高15メートルの中型熔鉱炉であり、鉱石から
通常、落着した
その代償に
※以下の三役は被り推奨です
統合体軍A両
デルモネリゾン系譜の
統合体軍B両
デルモネリゾン系譜の
※□1&□3に登場 壱千手将軍と会話有り
アナウンサー両
テレビ局のアナウンサー。
※□1のみ登場
※ルビを振ってある漢字はルビを、振ってない漢字はそのまま呼んでください。
ゲネシスタwiki 劇中の参考になれば幸いです。
□1/進藤詠家、重苦しい空気の居間
(テレビを覗き込む三人と、一人離れて携帯をいじる詠)
奈美:ねえ、詠。本当に来るのかな?
詠:さあ。
(車椅子の詠はスマホをいじりながら気のない返事を返す)
アナウンサー:太平洋より打ち上げられた
予想される
カントウエリア北東部、トウホクエリア全域。
赤い色が濃い地域ほど、
視聴者の皆さんは、不要な外出は避け、家の中で待機してください。
奈美:うわあ……あたしたちのとこ、モロに衝突範囲じゃん。
……お父さんとお母さん、大丈夫かな。
……携帯、全然繋がらない。
国生:
照子:あなた……奈美ちゃんと詠だけでも、県外に出せないかしら?
国生:
車で逃げたって同じだよ。
照子:飛行機だったら。
国生:民間人を乗せるわけがないだろう。
照子:お義父さんの名前を出せば。
国生:馬鹿を言うな――!
照子:でも――!
奈美:いいって叔父さん、叔母さん!
あたしだけ逃げても、お父さんもお母さんも残ってるし……
ねえ、詠?
詠:私も別に。
奈美:あんた、こんな時もスマホ?
照子:そうなのよ。
この子ったら学校にも行かず、朝から晩までスマホばっかり覗き込んで……
国生:まあ、今はそんなことはいいじゃないか。
照子:よくありませんよ。そうやってあなたが甘やかすからこの子は……
奈美:それ、
詠:見ないで。
奈美:彼氏?
詠:……別に。
奈美:いいじゃん、見せてよ。
詠:あっ。
奈美:ネットで犯罪に巻き込まれる事件増えてるじゃん?
詠:返して。
奈美:どれどれ。エロ写メとか送ってないかなー?
霜枯れ文豪の投稿:事情は全て了承致しました。
僭越ながらこの三文文士が断言します。
ご両親が悪い。月子殿は悪くない。
月子の投稿:本当にそう思ってますか?
霜枯れ文豪の投稿:この愛くるしい瞳をご覧くださいませ。
嘘を吐いているような眼に見えますか。
月子の投稿:はい、見えます。可愛くないシャチのアイコンですね。
霜枯れ文豪の投稿:失敬な、自画像ですぞ。
月子の投稿:そうですか。
霜枯れ文豪の投稿:それにしても聞けば聞くほど奇妙な話ですな。
人類統合体軍も
月子の投稿:バカみたいです。
霜枯れ文豪の投稿:月子殿の仰るとおりです。
奈美:……何、この人相の悪いイルカ?
詠:……オルカ
奈美:だからイルカでしょ。
詠:オルカ。シャチのこと。
奈美:へー。
霜枯れ文豪の投稿:先日うかがった件、本気ですかな?
月子の投稿:本気です。
霜枯れ文豪の投稿:当てはあるのですかな?
月子の投稿:私の祖父は、人類統合体軍の将校です。
霜枯れ文豪の投稿:ほう、それはそれは。
『月子殿深窓の令嬢説』が高まり、小生の股間の膨らみも激しく高まってますぞ。
月子の投稿:父は務め人。母は専業主婦。普通の中流家庭です。
霜枯れ文豪の投稿:そうと決まれば善は急げ。小生との猥談は中止して即刻電話です。
月子の投稿:猥談に応じた覚えはありません。あなたの独り言です。
それに……祖父の連絡先を知りません。
霜枯れ文豪の投稿:お父上のお父上なのでしょう?
月子の投稿:うちの父とは絶縁状態ですから。
霜枯れ文豪の投稿:複雑な事情がお有りのようですな。
月子の投稿:はい。私のことも写真でしか知りません。
霜枯れ文豪の投稿:ヌード写真ですかな?
月子の投稿:そうです。
霜枯れ文豪の投稿:小生にもご送付を!
月子の投稿:0歳児の裸でよろしければ。
霜枯れ文豪の投稿:小生、動物園のお猿の誕生写真を眺めて代用することに致しました。
月子の投稿:そうしてください。
霜枯れ文豪の投稿:しかし父の父なら、月子殿と心は通うはずです。
お猿と大差ない乳飲み子が、乳の膨らんだ女子になって会いに行けば、
月子の投稿:ダシャレですか。
霜枯れ文豪の投稿:乳は膨らんでおりますか。
月子の投稿:ご想像にお任せします。
霜枯れ文豪の投稿:小生の夢と浪漫は、荒波の如く高ぶってしまいますぞ!
月子殿、ロリロリフェイスのEカップ――!
という希望はさておいて、現実的に考えるとAに思えます。
月子の投稿:どうしてそう思われたのですか?
霜枯れ文豪の投稿:痩せ形と聞いておりましたので。
月子の投稿:Bです。
霜枯れ文豪の投稿:なんと! この三文文士め、月子殿をお見逸れ致しました!
つきましてはじっくり見直したい故、月子殿のバストアップ写真を撮って送っていただけませんかな?
奈美:…………
うざいね、このイルカ。
詠:うん。もうブロックした。
奈美:なんでこんなのと
詠:それは……
霜枯れ文豪の投稿:失礼を承知で申し上げましょう。
月子殿には本気を感じませんな。
月子の投稿:どういう意味でしょう?
霜枯れ文豪の投稿:本気と書いてマジと読む、自分を変えるという心意気ですよ。
毎日毎日学校にも行かず、ネット上の知り合い相手に愚痴を零しているだけ。
これではご両親だって、まともに話を聞いてくれないのもむべなるかなですぞ。
月子の投稿:そうですか。でしたらあなたとの
霜枯れ文豪の投稿:ほう、図星でございましたな?
恥ずかしいところを見られて狼狽する乙女の恥じらいが伝わってきますぞ。
月子の投稿:あなたこそ中学生相手にセクハラして楽しんでいる、ろくでもないクズニートでしょうね。
一日中返事が返ってきますし。
霜枯れ文豪の投稿:
月子の投稿:そうですか。
霜枯れ文豪の投稿:月子殿、本気なら願いなさい。
なったらいいな≠ニ思うだけでなく、なりたい≠ニ強くひたむきに願うのです。
傷ついた遺伝子に設計された不良品の肉体。
出来の悪い飾り物の足を捨てて――
奈美:…………
詠:…………
奈美:あんた……なりたいの? テツジンに?
詠:…………
奈美:……義足じゃダメなの?
……車椅子だって。
詠:…………
無いのよ、私の足……
産まれた時、使い物にならないって切って捨てられた。
気づいた時にはずっと、この飾り物の足。
奈美:でもさ、
詠:何をするのも、お母さんに言わないと出来ない……
0歳児じゃないのよ。
もうこんな体は嫌。
人間だから何? こんなのが一人の人間?
どうしてお父さんもお母さんも、人間を押し付けるの?
私は
不完全な人間よりも、完全な
奈美:…………
アナウンサー:速報が入りました――!
人類統合体軍、
成功です――!
照子:よかったわ……!
国生:ああ……
アナウンサー:作戦本部より人類統合体軍、進藤剛造中将の声明が発表されました。
中継でお繋ぎしま――
(映像がスタジオから現地へ切り替わる直前、電源を落とされた液晶パネルは真っ暗に沈黙する)
照子:あなた……
国生:…………
詠:……どうしてお父さんは、お祖父ちゃんを嫌うの?
国生:…………
詠:三十年前のこと?
しょうがないじゃない。
カントウエリアを守るためだったんだから。
照子:詠、あなた――!
国生:しょうがないか。
そう、しょうがないんだろうな。
だが、当事者にはいつまでも忘れられるものじゃないんだよ。
あの日、光を失った俺には……
(視覚障害者用の高倍率電子眼鏡を外してみせる国生に、一瞬怯む詠)
詠:…………っ。
そんなの、お父さんのせいじゃない。
お父さんが人間の体にこだわるから。
国生:俺が
詠:…………
国生:お前は
詠:…………
国生:足以外は、お前は人間だ。
これから大人の女性に成長することも、子供を産むことも、年老いて死んでいくことも出来る。
詠:大人になんてなりたくないし、子供も要らない。
年老いるなんて、ただマイナスなだけじゃない。
国生:……お祖父ちゃんの話をしようか。
詠:…………?
国生:お前のお祖父ちゃん、俺の父親の話だ。
当たり前だが、お祖父ちゃんも昔から
戦場で負傷して、新技術の実験体として、徐々に人間から機械の部分が増えていった。
それが時に格好良く、時に不気味に思えたが……
どれだけ機械の部分が増えても、あの時までは、確実に人間だった。
『シンジュク蒸発』の日までは……
奈美:……三十年前、シンジュク
照子:閃光の中に呑み込まれたものは、人も建物も、文字通り残らず蒸発したわ。
それを間近で見てしまった人も、激しい電光と紫外線で、眼や皮膚に障害を負った。
うちの主人ほどじゃないけど、私の兄も弱視を患っているわ。
詠:…………
国生:母は俺と兄を脱出ヘリに押し込み……自分は殲滅区域に残った。
俺は振り返って、真下を見てしまったんだ。
あの死の閃光を……
あの閃光を最後に、俺は光を失った。
詠:でも……だからそれは……
国生:ああ、わかっている。
それだけじゃないんだ。
『シンジュク蒸発』から二週間経って、父は俺の入院している病院に見舞いに来た。
スピーカー越しに喋っているような声で、父は言った。
『お前の眼は使い物にならん。ゴミだ』、と。
電光性眼炎で著しい弱視になった俺は、高倍率電子眼鏡を頼りに、父の姿を見た。
……そこにはロボットが居た。
父の声で喋る、父の面影は一つも残っていない、鉄のヒトガタが。
今、『壱千手将軍』と呼ばれている、あの
詠:…………
……
デルモネリゾンは、降魔化しても精神汚染を起こさないと判明している
国生:……俺はそうは思えない。
体を機械に置き換えてしまった人間が、果たしてそれまでと同じ精神構造を保てるのかと……
詠:私は変わらない。
国生:……そうか。
奈美ちゃん、
奈美:え、あ、はい。
照子:あなた、詠を
国生:一度、お祖父ちゃんと会ってみなさい。
詠:お父さん……
国生:あの人が会うというかはわからないがな。
奈美:あ、なんかきた。
詠:奈美ちゃん、まだ持ってる。私のスマホ。
奈美:えーと……
詠:返して。
霜枯れ文豪の投稿:やあ、ご機嫌麗しゅう。二週間ぶりですな。
ぶりといえば、こちらの海洋ではブリの美味しい季節になりましたぞ。
奈美:すっげーつまんね。
詠:別アカ? ブロックしたのに。
奈美:ストーカーじゃん。
霜枯れ文豪の投稿:決意と衝突、そして和解。
これぞ人間ドラマの真骨頂!
月子殿の一大宣言に、小生もドッキドキでございました。
ようやく物語の筆を進めることが出来ます。
統合体軍Aの声:市民の皆さん――!
しかし砕け散った
間もなく一帯には、高濃度の
絶対に建物の外に出ないでください!
なおこの
落ち着いて統合体軍の指示に従ってください――!
奈美:影響あるの? ないの? どっちなのよ。
照子:大丈夫よ、奈美ちゃん。
家の中でじっとしていれば、高濃度の
国生:
例えばクインバミラス系譜の
霜枯れ文豪の投稿:小生はこれでも文士の端くれでございまして、脚本には些かこだわりがあるのです。
ちょうどストーリーも中だるみしておりました。
ここいらでアクションとバイオレンスを入れましょう。
奈美:何言ってんのこいつ? 電波?
詠:……
奈美:
詠:自分は
霜枯れ文豪の投稿:無論、読者諸氏の期待を裏切る展開には致しませぬぞ。
祖父と対面して
一話で
落ちぶれたとはいえ、このシャルルオルカ。
三十年前に、
奈美:シャルルオルカって……教科書で見たことある……!
詠:ディープアビス系譜の……
奈美:嘘でしょ……
詠:どうしよう……! 奈美ちゃん、私……!
奈美:待ってよ、こいつがデタラメ言ってるだけだって。
霜枯れ文豪の投稿:月子殿、お喜びくださいませ。
待望の機械の体は、24時間以内に手に入りますぞ。
いやはやお礼は要りません。
文士にとって、美少女は欠かせぬ創作のテーマでございますから。
どうしてもと言うのでしたら、M字開脚した月子殿の写真を送っていただければ。
そう、M字開脚です!
月子殿は生まれ変わり、ご自身のおみ足を得られる!
おお、素晴らしき
照子:空が明るい……
国生:
三十年前……『シンジュク蒸発』の時と同じ光景……!
霜枯れ文豪の投稿:月子殿、逆境に負けてはなりませぬぞ!
主人公の死亡で打ち切りとなっては、小生は自称作家に逆戻りですからな。
あ、そうそう。一つリクエストを。
M字開脚の際、パンティーは、白と黒の縞パンで。
ではご健闘を。
月子殿改め――進藤詠殿。
奈美:落ちてくる……
国生:伏せろ! 机の下へ!
奈美・詠・国生・照子:わあああああああ――――!!!!!
□2/倒壊した一軒家、周囲に充満する腐った潮風の臭気の灰
奈美:う、ううう……
(咳き込みながら、瓦や梁の瓦礫の下から這い出す奈美)
奈美:ごほっごほっ……
あたし、助かったんだ……
魚猿人:オオオオオ……
奈美:
詠は――!? 叔父さんは――? 叔母さんは――!?
照子:詠、詠――
詠:お母さん……
(奇妙に穏やかな笑みを浮かべる照子と、車椅子で後ずさる詠)
照子:詠、無事でよかったわ。
お母さんのところに来なさい。
詠:お母さん、その足……
照子:どうしたの詠。
お母さんのところに来なさい。
詠:お母さんの足……人間の足じゃなくなってる……
(照子の上半身は人間のまま、下半身は夥しい数の触手が蠢くイソギンチャクものになっていた)
照子:どうして逃げるの。
お母さんのところに来なさい。
詠:やめて……こないで……
照子:お母さんの言うことが聞けないの。
そうなの。そうなのね。
詠:いや、助けて――!
魚猿人:オオオオオオオ――!!!
詠:
奈美:よくわかんないけど……
チャンス――!
詠、逃げるよ――!
詠:ひっ――!?
きゃああああ――!!
(詠に駆け寄った奈美は、車椅子を押して走り出す)
魚猿人:ヨ、ミ……
照子:痛ぁい、痛ぁい。
魚猿人:テ、ル、コ……
照子:あなた。
私に暴力を振るうの。
そんな人だとは思わなかったわ。
(悲しげにうねる刺胞触手が、魚猿人に巻きついて肋骨を粉砕していく)
魚猿人:オオオオオオ……!!!
オ、オ、オ…………
(肋骨を砕かれて吐血した魚猿人の体を、照子は興味を無くしたかのようにコンクリートに放り投げる)
照子:詠、詠。何処へ行ったの。
心配だわ。早く探さないと。
(死んだ魚の眼で虚空を見上げる魚猿人。その眼球が微かに動き、上空から降下してくる巨大な圧迫感へ向かって呟く)
魚猿人:オ、ト、ウ、サ、ン……
□3/腐った潮風の臭いの灰が漂う市街地を駆けていく奈美と詠
奈美:はあ、はあ、はあ――
詠:助けて――! 誰か助けて――!
奈美:ちょっと、暴れないでよ!
車椅子から落ちちゃうって!
詠:止まっ、た……?
奈美:そんな大声出してたら、
統合体軍も発見してくれるかもしれないけど。
詠:…………
奈美:銃声、ガラスの割れる音……
硝煙と火薬……腐った潮風の臭い……
統合体軍と
詠:ひょっとして……
あなた、奈美ちゃん……?
奈美:はあ――?
統合体軍A:いたぞ――!
生き残りの民間人を発見した――!
奈美:統合体軍だ――!
こっちでーす!
美少女が二人いまーす!
詠:奈美ちゃん、ダメ――!
待って――!
この
奈美:あれ?
これ、あたしの手……?
イボだらけで、水掻きのついた手……
まるで……蛙みたい……
ごふっ――……
(手を振って叫ぶ奈美の体を灼熱の塊が貫通し、奈美は濁った血反吐を吐いて倒れる)
統合体軍A:
統合体軍B:ラジャー。
奈美:(そっか……)
(あたしも……
統合体軍A:市内の状況は?
統合体軍B:はっ。想定以上に降魔化の比率が高く……
統合体軍A:
統合体軍B:いえ、まだ……
統合体軍A:急げ。
統合体軍B:……大尉殿。
本当に
統合体軍A:馬鹿なことを言う。お前もあの映像を見ただろう。
統合体軍B:はい。弾道ミサイルの直撃で木っ端微塵に砕け散る
統合体軍A:ならば答えは自明だろう。
統合体軍B:ならば何故これほど降魔化が多発しているのです?
それにこの街中に充満する
大尉殿――!
我が軍の降魔撃墜作戦は失敗しているのでは――!?
統合体軍A:…………
撃墜は成功しているのだ。
しかし……
落着地点で成長を始め、降魔を産み出す異形の要塞となる……
統合体軍B:そんな……!
では、我が統合体軍の『
統合体軍A:…………
時間稼ぎ……
或いは、パフォーマンス。
一般国民向けのな。
統合体軍B:…………!!
(真上から押し潰されそうな圧迫感に、全員が空を見上げる)
奈美:(何……? この、空に押し潰れそうな圧迫感……)
(地上の四人の前で光学迷彩が解除され、滞空する熔鉱炉が黒煙を噴き上げる威容を顕す)
詠:空に浮かぶ……熔鉱炉……!?
奈美:(嘘……! さっきまであんなものなかったのに……)
統合体軍B:スサノオだ……! 機動熔鉱炉スサノオ……!
我らの
統合体軍A:光学迷彩と反重力ドライブで接近していたのだな……
統合体軍B:スサノオが降下してきたということは……
(熔鉱炉に並ぶ煙突の一つから、四つの腕を持つ人型がプラズマの閃光を散らして降下してくる)
統合体軍A:
奈美:(
詠:お祖父、ちゃん……!
統合体軍A:進藤閣下――!
壱千手将軍:1,751秒経過。
統合体軍A:は――?
壱千手将軍:
損壊率60%の
統合体軍A:30分……
1,800秒……
つまり……
(コンクリートに無数の亀裂が走り、砂利の破片を撒き散らしながら刺胞触手が飛び出す)
(あたかも海水に揺られているかのように空中にうねる触手の主は、巨大イソギンチャクであった)
統合体軍B:きょ、巨大イソギンチャク――!
統合体軍A:
壱千手将軍:作戦の第一段階は失敗した。
(壱千手将軍の鉱物破砕掌が開かれ、統合体軍AとBを掴み取る)
統合体軍A:うおっ――!
統合体軍B:ちゅ、中将閣下、何を……!
壱千手将軍:役に立たん機械は鉄屑だ。
資源を抜き取り、
統合体軍A:が、があああ……
統合体軍B:お許しを……中将閣下……!
詠:…………!
奈美:(ひいいいい……!)
壱千手将軍:
スサノオ、
スサノオの声:了解、ファーザー。
奈美:(
壱千手将軍:国生の娘か。
詠:あ、あれ……
奈美:ヴ、ヴヴヴヴ……
(蛙の声で呻く奈美を、壱千手将軍の単眼が高速分析していく)
壱千手将軍:簡易
全身の
人間には不可逆の状態と診断。
人権の消滅を確認。
詠:待って! まだ奈美ちゃんは――!
壱千手将軍:奈美ではない。
降魔化が70%まで進行した人間は、死亡と認定され、人権も消滅する。
奈美:(こ、殺される……)
(人間だって、証明しなきゃ……)
(奈美は水掻きのついた手で口元の血を拭い、アスファルトに鮮血の文字を描く)
壱千手将軍:血の文字。
『奈美』か。
奈美:グ、グオオオオ……
スサノオの声:ファーザー、精密
脳細胞は
降魔化したまま自我を保った、
壱千手将軍:
だが、こんな蛙のような醜い姿でどうする。
奈美:グ、グオオオオ……
(蛙の目玉から涙が零れ、疣に覆われた顔を伝っていく)
壱千手将軍:生きたいか。
奈美:グ、グオオオオ……
壱千手将軍:そんな姿になってもまだ生きたいか。
奈美:グ、グオオオオ……
壱千手将軍:スサノオ、情報抽出は可能か。
スサノオの声:出来るよ、ファーザー。
壱千手将軍:死んでいなければ助けてやる。しばらく生きていろ。
(イソギンチャクの刺胞触手が綻ぶように拡がり、中心部の口腔が覗き出る)
照子の顔:詠、詠――
詠:あのイソギンチャク……!
お母、さん……!?
壱千手将軍:
照子の顔:詠、それに奈美ちゃん。
二人してそんなところに隠れていたのね。
詠:お母さん……お母さん……
照子の顔:可哀想な詠。動かない足。
車椅子。義足。不登校。
あなたは
あの人は
普通に進学して、普通に結婚する、普通の女の子。
なれない。
機械の体になる。このままずっと介護していく。
どちらか。どちらも辛い。
壱千手将軍:人語を話しているな。
スサノオの声:0%だよ。
脳の活動電位が滅茶苦茶だ。
降魔化した直後、脳神経の再構築が行われる。
その時に出てくる、記憶の断片。独り言だね。
照子の顔:三十年前の『シンジュク蒸発』の時。
私は
降魔化はしなかった。
でもきっとあれのせい。
遺伝子の損傷。子供に影響が出る。
ごめんね詠。
ちゃんとした体に産んであげられなくて。
ごめんね詠。
詠:お母さん、ごめんなさい……
私、ずっとわがままばかり言って……
義足でも車椅子でもいい……
ちゃんと学校にも行くから……
スサノオの声:ファーザー、
壱千手将軍:
詠:お母さん……
元のお母さんに戻ってよ……
ねえ、お母さん……
(車椅子で巨大イソギンチャクに近寄っていく詠、それを照子の顔は微笑んで迎え入れる)
壱千手将軍:
スサノオの声:了解、ファーザー。
照子の顔:大丈夫よ、詠。
お母さん、先に
これからもずっと、詠を守ってあげる。
(巨大イソギンチャクの刺胞触手が泳ぐように迫ってきた刹那、詠の後ろから噴き上がった火花が刺胞触手を消し飛ばす)
詠:っ――!
照子の顔:痛ぁ、い。痛ぁ、い。
詠:お、お母さん……!
壱千手将軍:あれは
(上空の機動熔鉱炉より射出された新しい腕、機関砲掌を装着した壱千手将軍が冷酷に告げる)
詠:違う、お母さんよ――!!
壱千手将軍:生前の記憶を利用して、獲物をおびき寄せる餌に使う。
人間を素体とした
スサノオの声:ヨミ、君の腕を見てご覧よ。
詠:え――?
スサノオの声:鱗がビッシリ生えてるよ。まるで魚みたいだね。
詠:…………!
地面から水が……!?
スサノオの声:
(地面から海水が染み出し、腐った潮風の臭いがする灰が周囲に充満していく)
照子の顔:詠、潮の香り≠受け入れなさい。
大きな眼、なめらかな鱗、背びれとエラ。
足なんてなくても、悠々と泳ぎ回れるわ。
お前を深海に連れて行ってあげる。
深き海の底……ディープアビスへ。
スサノオの声:あれが君のお母さんなら、君を魚の化け物に変えるのかい?
言葉は簡単に偽れるけど、行動を偽装するのは難しいんだよ。
詠:う、ううう……
スサノオの声:
お母さんの顔と声で喋る、
詠:ううう……ううううう……
うあああああっっ――……!!
スサノオの声:説得完了したよ、ファーザー。
壱千手将軍:ご苦労。
スサノオの声:ヨミの降魔化が加速しているね。
僕も
壱千手将軍:要らん。
あの程度の
プラズマ
(背後のプラズマ飛翔推進板で前進しながら、壱千手将軍は機関砲掌を掃射していく)
照子の顔:デルモネリゾンの子。
鉄と石の小細工で地上を席巻した、狡賢い
でもそんなものは大海原の広さの前では小さなこと。
(壱千手将軍の掃射する機関砲を、浅い海面より突き立った礒岩が次々受け止めていく)
壱千手将軍:無数に出現する
外部からの攻撃に不随意反撃する、
別種の
照子の顔:ほ、ほほ、ほほ。
来なさい、デルモネリゾンの子。
総て抱いてあげましょう。
母なる海……
壱千手将軍:だが
照子の顔:当たらない……近付いてくる……
壱千手将軍:
(単眼の底に浮かび上がった星図に従うように、
壱千手将軍:お前の
詠:っ、眩しい……!
スサノオの声:眼を瞑っちゃ勿体ない。
僕たち
照子の顔:デルモネリゾンの灰=c…! こんなちっぽけな量……!
壱千手将軍:
このちっぽけな量で、お前は死ぬ。
(眩しく輝く
照子の顔:オオオオオオオ――!!!
(紫外線と熱線を振りまきながら球形閃光が消え去った跡地には、巨大イソギンチャクの痕跡は一切残らず消滅していた)
詠:っ……
何も無くなってる……
蒸発……
スサノオの声:プラズマフィールド。
シールドガスで限局した空間内にアーク放電を引き起こすんだ。
僕の
ファーザーお得意の創成さ。
詠:あれ……?
真っ暗……
何も、見えない……
スサノオの声:アーク光を直視したことによる電光性眼炎だ。
気にしなくて良い。
もう要らないんだ、君の眼球は。
壱千手将軍:準備は出来ているか。
スサノオの声:勿論だよ、ファーザー。
(空中に浮かぶ機動熔鉱炉から鉄鎖に吊された二つの棺鋳型が降りてくる)
壱千手将軍:奈美、詠。
お前たちの肉体は役に立たん。
ゴミだ。
奈美:ヴ、オオオオオオ……
詠:見えない、見えない……
何も……
スサノオの声:でも大丈夫。
僕が替わりに新しいボディを造ったんだ。
(棺鋳型が蒸気を噴き上げて開かれ、内部に収まった鉄製の人型が晒し出される)
壱千手将軍:デルモネリゾン系譜の一般的な
お前たちの記憶を抽出し、
スサノオの声:鉄の人形にしか見えないかい?
ナミとヨミの好きなようにカスタマイズしてあげるよ。
人工毛を植えて、シリコンゴムの皮膚を張って、バストも増設しよう。
壱千手将軍:これがデルモネリゾンの
他の降魔に頻出する精神汚染が一切無い。
人類に革命を起こす、宇宙からの贈り物といえよう。
スサノオの声:おいでよナミ、ヨミ。
『人類統合体』は君たちを歓迎しよう。
壱千手将軍:全人類に鋼鉄の革命を。
スサノオの声:デウス・エクス・マキーナ。
ようこそ。
機械仕掛けの創造主、デルモネリゾンの
□5/荒廃した市街区、進藤家の跡地
(無人の市街を生臭い潮風が吹き渡る。瓦礫に埋もれ、ひび割れたスマートホンの液晶が点灯する)
霜枯れ文豪の投稿:いやはや実に長かった。読者諸氏が飽き飽きしていないか心配で心配で。
少女たちは泳ぎ出した――!
退屈に澱んだ日常の水溜まりから、荒波のうねる大海の新章へ。
激動の流れは、彼女たちに海難の試練を与える――
次回予告はこんなもので如何でしょう?
ご好評いただけたら、是非超音波ネットワーク内で拡散を。
では暫しのお別れです。
我らの深遠なる
アディオス。
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