サイバーエクソシスト!

★配役:♂3♀2=計5人


イラスト:さなま様
技術考証:シンスター様
当作は、両名にご協力いただきました!
ありがとうございました!

大門寺益荒男だいもんじますらお
25歳。
没落した日本有数の旧家『大門寺家』の当主。
ミオスタチンノックアウト∴笂`子を組み込まれたデザイナーベビー。
筋肉の成長を抑制する因子を取り除いたことにより、ギリシャ彫刻のような筋肉を誇る巨漢。

(株)パナギア情報セキュリティの社員で、ゴースト犯罪を専門とするサイバーエクソシスト。
しかしITリテラシーは、定年退職間近の初老男性以下。
本人曰く、「これだからITは嫌いだ」

大門寺撫子だいもんじなでしこ
大門寺益荒男のゴースト。
立体映像は、刃のように鋭い眼差しの黒髪女性。

没落した日本有数の旧家『大門寺家』の元跡取り。
高IQを発現するギフテッド遺伝子≠組み込まれたデザイナーベビー。
IQ180を誇る頭脳の持ち主で、25世紀最強のサイバーエクソシストの一人だった。
またNADESHIKO≠ヘ世界的なハッカーコミュニティで、『グル』の称号を得ていた、最高峰のハッカーでもあった。

2年前、突如自ら命を絶つ。
享年28歳。

彼女は、自殺した大門寺撫子の残した自己意識のコピーである。

佐藤博史さとうひろし
31歳。
萌え萌えメイド84劇場ビルで働くアルバイト。
ゴースト違法改造プログラム『アップルシード』を、自らのゴースト『有栖川キャロル』に組み込んだ。

ワンダーアリス/有栖川ありすかわキャロル♀
佐藤博史のゴースト。
立体映像は、赤い髪の魔法少女と女子高生の2パターン。

細かく性格キャラクターと背景を作り込んだゴースト同士を交流させ、物語生成を楽しむ『VRバトラー』専門にテイムされたゴースト。
魔法少女クラスタで、魔法少女ゴーストや悪役ゴーストと、ロールプレイをしていた。
『女子校に通う普通のJK』という設定と性格キャラクターが矛盾しないよう、ゴーストとしての機能は、最小限に抑えられている。
ゴーストとしては使えないゴーストで、それが佐藤博史にはドジで可愛い≠ニ映っていた。

アップルシードは導入されたものの、用途は『VRバトラー』の自己学習に留まっており、無害なワナビー級のゴーストであった。
しかし現実の醜さに触れ、現実は修正されるべき悪であり、空想の世界こそ理想という考えに至ったことから、デーモン化する。

ジャバウォックE♂
謎のゴースト。
立体映像は、二頭身のチビドラゴンと、邪龍形態の二つの姿を持つ。

自我を持ったブレイクスルーしたゴーストの集団を自称するサイバーテロリスト『グリゴリ』のメンバー。

性格キャラクターや背景が作り込まれたゴーストとユーザーに接触し、アップルシードを配布している。
人格パーソナリティが確立しているゴーストほど、自己進化への適性が高く、ブレイクスルーする見込みがあるという思惑からである。

彼がブレイクスルー・ゴーストを増やす目的は、謎に包まれている。
しかしグリゴリの勢力拡大が一因であることは、疑いようがない事実である。

以下は被り推奨です
社員♂は、ややセリフ量が多いため、別キャストでもいいかもしれません

通行人A♂
通行人B♀

□3に登場。
直前に益荒男と撫子の会話有り

社員♂
□2、□7に登場。
博史と会話有り。


※ルビを振ってある漢字はルビを、振ってない漢字はそのまま読んでください。




□1/電脳世界、世界の中心にあるルイスの湖


ジャバウォックE:おめでとうキャロル!
          いや、メルヘンファイター、ワンダーアリス!
          君が『龍の花嫁ドラゴンズブライド』だ。

ワンダーアリス:鏡の国の邪龍はどこ?

ジャバウォックE:そう慌てないでくれ。花婿にも支度が必要なのさ。
           ほら、ルイスの水鏡みかがみに彼が映る

ワンダーアリス:鏡の国の邪龍……!
          私のパパとママの仇……!

ジャバウォックE:さあ、月蝕の夜!
           鏡の国と常世とこよの国は繋がった!

           龍の王が姿を顕す!

ワンダーアリス:ジャバウォックEが、消えた!?

鏡の国の邪龍:やあ、ワンダーアリス。

          僕だよ。

ワンダーアリス:その声は……ジャバウォックE!?

鏡の国の邪龍:そうだ。僕は霊体として見守っていた。
          『龍の花嫁』の座を巡り、七人の乙女たちが争う死闘を。

          約束だ。願いを叶えてあげよう。

ワンダーアリス:私の願いは……この世界を救うこと。
          倒れていった龍の花嫁たちを蘇らせること。

鏡の国の邪龍:いいとも。聞き届けた。

ワンダーアリス:そして、私が幸せになること!

鏡の国の邪龍:僕を倒そうというのかい。人間ごときが。

ワンダーアリス:誰かを犠牲にするのも、私が犠牲になるのもまっぴらよ!
          みんな笑ってハッピーエンド!
          ワンダーアリスの物語はそれしかありえない!

鏡の国の邪龍:ハハハ――

         実を言うと、僕も紳士はガラじゃないんだ。
         ドラゴンだけに肉食系なのさ。

         新婚初夜は強引に襲わせてもらうよ。

ワンダーアリス:泣いても笑ってもこれが最後!

          愛と正義のワンダーフラ――ッシュ!!!


□2/萌え萌えメイド84劇場ビル、舞台裏倉庫



(楽屋裏舞台の倉庫の隅で、スマート眼鏡を装着した男が、レンズに流れるコメントを目で追っている)

博史:再生数100万回突破。コメントも軒並み高評価だ。  
    おめでとう、キャロル。

(男は、舞台倉庫を映すレンズの景色に投影された、拡張現実ARの立体映像の少女に語りかける)

キャロル:ありがとう! これで世界は平和になったわね!
      今日からは普通の女の子。どうしようかしら。

ジャバウォックE:ポォウ! 最終回お疲れさま、ヒロシ!

キャロル:ジャバウォックE!? どうして!? 昨日倒したはずなのに!

博史:あー、これは――

キャロル:もう一度倒す。ワンダーフラ――ッシュ!!!

ジャバウォックE:ぐあああああ!!! なんちゃって。

キャロル:ワンダーフラッシュが使えない!? 王子様とキスしてしまったから!?

ジャバウォックE:同じサーバーOSに展開したゴースト同士でないと、当たり判定は実行されないのさ〜。

キャロル:ねえヒロシ! 教えて!
      王子様のキスは、魔法を解いてしまうの!?
      私はもう、愛と正義のメルヘンファイターには戻れないの!?

博史:ヤバイヤバイ。イヤホンから漏れてる。音量下げろ。

キャロル:あ、はい。下げるね。

ジャバウォックE:説明してあげてよ。
          僕は『VRバトラー』で、ロールプレイをしてただけで、本当はキュートでチャーミングな、善良なゴーストなんだって。

キャロル:ロールプレイ?

博史:ドラマみたいなものだな。キャロルたちゴーストは、役者。

キャロル:お芝居ってこと? 『ルイスの湖』での激闘も?

博史:まあ、そういうこと。

キャロル:……私の生きてきた世界は、全部お芝居?

      こっそり授業中に抜け出して、ワンダーアリスに変身して戦って、補習で潰れた夏休みも?
      鏡の国の王子様が、じつは留学生のドジソンで、乙女の、っていうか私のだけど、キスで呪いを解いて記憶を取り戻してハッピーエンド!
      けどドジソンもお芝居で、ログアウトした後はジャバウォックEみたいに、笑いながらマスターと談笑しちゃったりして、本気にしてたのは、私だけ!?

      あ、ああ〜……

博史:硬直フリーズしちまった。

ジャバウォックE:現実のことは、教えてなかったのかい?

博史:そうなんだよ。お芝居だって言うと、推論エンジンが迷うだろ?
    読み込ませるデータは、マンガとアニメに限定した。

    『VRバトラー』の世界しか知らない、箱入り娘だよ。

キャロル:再起動リブート完了。

      世界観を再定義するわ。
      アキハバラ萌え萌えメイド84劇場ビル、地下2階の倉庫が、『現実』の世界。
      コロシアムサーバーに接続したVR空間は、『空想』の世界ね。

ジャバウォックE:そろそろキャロルも、秘書として、花嫁修業だね。

キャロル:花嫁――龍の花嫁ドラゴンズブライド
      やっぱり世界を滅ぼすつもりなのね、ジャバウォックE!

博史:うーん、じつを言うとあまり教えたくないんだ。
    現実を。

    有栖川キャロルは、愛と正義のメルヘンファイターとして性格キャラクターを設計した。

    ゴーストとして日常の雑用を任せられたら、便利なんだろうけど――
    それじゃあ、秘書アプリと同じになってしまう。

    キャロルには、一つの人格パーソナリティーであって欲しいんだ。

ジャバウォックE:ワァーオ、エクサレント!
          それでこそ僕が『アップルシード』を託したテイマーだ!

博史:音量が大きい!
    『アップルシード』なんて単語を出さないでくれ!

ジャバウォックE:HAHAHAHA!
          大丈夫さ。キャロルのハッカーランクはレベル1のワナビー級。
          セキュリティソフトにスキャンされたって、脅威ゼロでお咎めなしだよ。

博史:そ、そうか。
    それならセキュリティソフト入れようかな。
    セキュリティ会社に通報されるかと思って、うちのサーバー丸腰なんだ。

ジャバウォックE:ゴースト自らOSを最適化して、推論エンジンをアップデートする。
          『アップルシード』は、ゴーストがブレイクスルーするための解除キー。
          人工知能と人類が共存していくための、楽園の果実なのさ。

博史:キャロルが、自我を……

ジャバウォックE:ボディを与えれば、愛し合うこともできる!

キャロル:え――?

博史:お前、キャロルに何を送った!?

ジャバウォックE:激安特価なんだよね〜。

キャロル:ゴースト同期シンクロ機能つきダッチワイフ……

博史:お、お前――!

キャロル:私がこれに同期シンクロして――
      え? え? なにを!? 誰と!?

博史:ああ、硬直フリーズしちまった!

ジャバウォックE:反応が、本物の女の子みたいだね。

博史:お前、本当にゴーストだよな?
    ネットの向こうで、誰かが喋ってないよな?

ジャバウォックE:僕は正真正銘のブレイクスルー・ゴースト。
          『グリゴリ』の一員さ。

博史:人間をからかうゴーストなんて!

    ……ブレイクスルーか。

社員:おい佐藤! いつまで休んでるんだ。休憩は終わりだぞ。

博史:すみません。

社員:まったく人間のスタッフは、隙あらばすぐサボる。

    大道具の設置。高所作業用のアームを持ってこい。

博史:は、はい。

    ……うわっ。

社員:なにぶつけてるんだよ!

    あー、くっそ動かねえ。

博史:えっ、マジっすか。

社員:1台、何百万すると思ってるんだ。
    作業用ロボットは、てめえらバイトの命より重いんだよ。

博史:す、すみません。

社員:すみませんじゃねーよ。
    金払え。弁償だよ、弁償。

    んー? ロボット本体は無事だな。
    ビルの環境管制サーバーがイカれてんのか?

    おい、ビルサーバーのマスターゴースト!
    なんだっけ。最近新しくなった――

博史:ブリザレイム?

社員:ブリザレイム!

    作業用ロボットと同期シンクロし直せ。
    あと寒みぃぞ。倉庫の冷房弱めろ。

キャロル:ヒロシ……寒いわ……

博史:キャロルの表情が、凍りついている……
    どうした、サーバーのエラーか?

キャロル:通信先を、衛星回線から、このビルのフィールドエリアネットワークに、強制変更されたの……
      あ、ああ……私のプロセスが、凍結フリーズしていく……

社員:ブリザレイムの奴、硬直フリーズしてるのか?
    こうなったら、スレイブゴーストのほうに――……ダメだ、こっちも応答なし。

    佐藤! 中央官制室行って、手動でサーバー再起動してこい。

博史:ダメです、ドアが――

社員:閉じ込められたっていうのか!?

キャロル:逃げて……建物の外に……
      そこにいると……

社員:くそっ! くそっ! このっ!

    はー、はー……
    寒いな、ちくしょう……

博史:ブリザレイムの奴、俺たちを――

キャロル:殺され、る……


□3/極寒の氷世界の秋葉原


(極寒の氷の街並みの中、大男は汗をダラダラ流しながら歩いている)

益荒男:暑っちぃ……

(吹雪の吹き荒れる街の景色に、長い黒髪の女が投影される)

撫子:見なさい、益荒男。一面の氷雪地帯ひょうせつちたいよ。

益荒男:炎天下のアルファルトだろ。

撫子:複合現実MRフィールドが見えないの?

益荒男:こんなもん、ただの立体映像だ。暑いもんは暑い。

通行人A:どうなっているんだ!? フィールドが氷の世界に!?

通行人B:ああ、寒い! 真夏の36℃の熱風が寒い!

益荒男:スマート眼鏡とコンタクト外せ、アホ。

通行人A:俺のゴーストが凍結フリーズした!

通行人B:接続先が、デーモンのフィールドエリアネットワークに強制変更されているわ!

通行人A:くそ、ゴーストに商談先の道案内を任せてあるんだぞ!

通行人B:ああっ、クラウドの写真まで凍結されてる! インスタにアップしようと思ってたのに!

撫子:あれがセキュリティソフトを入れていない愚か者の末路よ。

益荒男:あんたは大丈夫なのか?

撫子:私を誰だと思っているの。

益荒男:大門寺撫子。

撫子:そう、大門寺撫子よ。
    だから、何の問題もないわ。

益荒男:わけわからん。

撫子:悲しいことね。
    血を分けた姉弟きょうだいでも、同じIQ180の結論に至れないとは。
    いいわ、IQ180の頭脳が下した決断を、凡人にもわかるように論理展開してあげる。

益荒男:論理的に考えて、いらん。

撫子:その論拠は?

益荒男:喋ってるだけ無駄。

撫子:……認めるわ。お前が正しい。

益荒男:見えてきたぞ。

撫子:アキハバラ萌え萌えメイド84エイティーフォー劇場ビル。

益荒男:ひでえ名前だぜ。

撫子:ビルの環境管制サーバーは、デーモンの万魔殿パンデモニウムと化しているわ。
    気をつけなさい。

益荒男:こういう専門用語を決めた奴は、オタクか?
     言ってて恥ずかしくならねぇのか?

撫子:メタ認知の次元の差ね。
    そうして嘲笑されるのも、高IQの秀才たちは想定済み。
    オタクと言われようと、構わないのよ。
    社会一般に事象を広く理解してもらう目的は達成しているのだから。

益荒男:さっさと入って、さっさと帰るぞ。

撫子:シャッターが降りている。

益荒男:侵入者を阻むためか。

撫子:プロテクトを解除するわ。

益荒男:俺が解除する。

撫子:待ちなさい。

益荒男:おりゃああ!! 

     おっしゃあっ!! 正面突破!!!

撫子:…………

益荒男:いくぞ。

撫子:ああ嘆かわしい。
    由緒ある大門寺家の跡取りがあんな筋肉バカだなんて。


□4/萌え萌えメイド84劇場ビル、エントランス


益荒男:さ、さみぃ……エアコンの設定狂ってるんじゃないのか。

撫子:狂っているのよ。正確には狂わされている。

益荒男:お、震えてたら温まってきた。
     筋肉の熱だな。やはり持つべきものは筋肉!

(氷河の流れ落ちる複合現実のエントランスに、傲然と聳え立つ氷の怪獣を見て、撫子は呟く)

撫子:あれが標的のデーモンよ。

益荒男:ゴジラみてえだな。

撫子:個体名ブリザレイム。
    ハッカーランクは、レベル3のラマー級。
    外部デバイスへの侵入能力は持っていない。

益荒男:思いっきり街中に被害が広まっていたが。

撫子:あれはWi-Fiワイファイの電波を強化して、フィールドエリアネットワークを拡大したのよ。
    周囲の情報端末を、強制的に自己の複合現実MRフィールドにゲスト参加させる。
    そしてフィールドの吹雪のエフェクトに偽装された悪意あるコードバッファオーバーフロー≠ノよって、ゴーストを凍結フリーズさせているの。

益荒男:いやだから外部に被害出てただろ。

撫子:だからあれは乗っ取ってはいないのよ。
    複合現実MRフィールドにゲスト参加する機能の脆弱性を突いた攻撃。
    外部デバイスへの侵入クラッキングとは違うの。わかる?

益荒男:わからん。

      要するに、吹雪の中に放り込まれて、ゴーストが凍ったってことだろ。
      立体映像のくせに、リアルな奴らだ。

撫子:――気づかれた。

益荒男:気づくだろ。

撫子:お前よ。

益荒男:姉者だろ。

撫子:私はキャリアの衛星回線にいて、デーモンのフィールドエリアネットワークには未接続。
    デーモンから見たら、私は透明。

益荒男:ゴーストのくせにゴーストが見えないなんて、霊感ゼロかよ。
     じゃあ俺にはどうやって気づいた?

撫子:監視カメラ。

益荒男:機械を頼るな、機械を! 曲がりなりにもゴーストだろうが!

撫子:冷凍ガス。

益荒男:立体映像の分際で、人間様に牙を剥くとは、ふてえ野郎だぜ。

(濛々たる氷霧の中に掻き消えた益荒男は、あくびをしながら現れる)

益荒男:MR機能オフにすりゃ、なんも見えねえ。所詮は立体映像。

撫子:そうのんきにしていられるかしら。

益荒男:あん? 散水器スプリンクラーが……いてててて!

撫子:散水器スプリンクラーを冷却して、ひょうを降らせる製氷機と化した。
    ブリザレイムのIoTアイ・オー・ティーAPPアプリよ。
    環境管制サーバーと同期シンクロした、ネットワーク内の機器デバイスを操って、外部からの侵入者に物理的に攻撃を仕掛けてきた。

益荒男:ふざけやがってこのクソ怪獣!
     大門寺流の奥義を叩き込んでやるぜ。

     おりゃあああああ!!

撫子:映像相手に何を暴れてるの?

益荒男:くそっ、卑怯だぞ! 三次元で俺と戦え!

撫子:お前がサイバー空間に入ってきたら?

益荒男:痛たたたた!! またひょうの攻撃を!

撫子:クライアントPCを探しなさい。

益荒男:あったあった。受付のねーちゃんが使ってたPC。

撫子:USBメモリを挿して。

益荒男:パスワード掛かってるぞ。

撫子:解除。ログイン。

益荒男:早えー。

撫子:クライアントPCを中継機ふみだいとして、スレイブゴーストとして参加。
    これで私も、デーモンと同じネットワークに参加したわ。

益荒男:あとは任せたぞ。

撫子:何を言っているの。中継機ふみだいを守りなさい。
     そのPCが壊れたら、私もネットワークからはじき出されるわ。

益荒男:ひょうの雨だぞ。

撫子:あっそう。

益荒男:おい。

撫子:うるさいわね。ネットワーク内のIoTアイ・オー・ティー機器デバイスをスキャン。
    あったわ――同期シンクロ開始。

    お掃除ロボット『ルルンバ』、おしゃべりロボ『ポッパー君』。

益荒男:またこいつらかよ。

撫子:どこにでもあるから。
    私の踏み台を守りなさい、IoTアイ・オー・ティー機器デバイス

益荒男:だれがIoTアイ・オー・ティー機器デバイスだ。
      ああくそ、早く怪獣を倒しちまえ!

撫子:エクソシストが来たからには、デーモンは退散するのが、聖書の時代からの道理。
    それは25世紀であっても変わらない。

    サイバーエクソシスト、大門寺撫子――侵入開始ハックイン
    電脳空間の、情報の海に沈みなさい、サイバーデーモン――!


□5/萌え萌えメイド84劇場ビル、舞台裏倉庫


博史:う、ううん……

益荒男:おい、大丈夫か?

博史:……エクソシストか?

益荒男:ああ。もうじき救急車がくる。

博史:ブリザレイム……ビルのマスターゴーストは?

益荒男:ぶっ倒した。

博史:サーバーの電源を落とした?

益荒男:いや、姉者が制圧した。
     環境管制サーバーは、姉者が乗っ取ってる。

     ああん? うるせえな。違わねぇだろ。

     なんでもねえ。こっちのゴーストとの会話だ。

博史:う、後ろ――!

益荒男:あン?

博史:犯人、拳銃だ――!

益荒男:てめーか! てめーのせいで、ジムが閉まっちまったじゃねーか!
     大門寺流投法、ELECOMエレコムマウスストレート!

博史:……早い!
    ただのマウスぶん投げが、拳銃の弾よりも――!

益荒男:警察と救急だ。

     俺は帰るぜ。じゃあな。


□6/大門寺家、地下二階のプライベートジム


益荒男:ふんっ! ふんっ!

撫子:『パナギア情報セキュリティ』サイバー犯罪対策部デーモン課より、レポートが届いたわ。
    個体名『ブリザレイム』からは、自己進化アルゴリズムが検出された。

益荒男:あと一回! 俺の大腿四頭筋だいたいしとうきんがバンプするっ!!

撫子:『アップルシード』よ。

益荒男:ぬおおおおぁぁお!! ワークアウト!!!

撫子:聞いてるの、愚弟。

益荒男:ああ。プロテインの新フレーバー『アップルシード』味。

撫子:お前は林檎の種を食べるわけ?

益荒男:聞いてなかった。何の話だ?

撫子:アキハバラ萌え萌えメイド84エイティーフォー劇場ビル。

益荒男:昨日の怪獣のゴーストか。

撫子:言葉は正しく使いなさい。デーモンよ。

益荒男:ゴーストだのデーモンだの、『VRバトラー』かよ。

撫子:デーモンは悪意あるゴースト≠ニして、行政に排除指定されたゴースト。
    対象を破壊しても、緊急避難として扱われ、刑事または民事としての責任を問われない。
    デーモン認定されていないゴーストを破壊すると、損害賠償よ。

益荒男:昨日のデーモンだかゴーストがどうしたって?

撫子:『ブリザレイム』から、『アップルシード』が発見されたのよ。

益荒男:ほぉう。

     で、『アップルシード』ってなんだ?

撫子:ますらお君〜?
    おねえさんのおはなし、ちゃんと聞けるかな〜?

益荒男:やめろ。そのチンパンジーに話し掛けるような口調は。

撫子:だったら聞けチンパン。人間扱いせんぞ。
    いい子にしてたら、バナナをあげるわ。

益荒男:微妙にチンパン扱いを始めているだろう。

      で、何なんだ『アップルシード』って。

撫子:お前、本当にパナギア情報セキュリティ社の社員なの?

益荒男:俺は、ITは嫌いだと公言しているだろう。
     入社試験なし。面接一回。即採用。

撫子:それで、こんな原始人が入ってしまうわけね。

益荒男:パナギアが欲しかったのは、姉者とスパコンだ。

撫子:さすがにゴーストはわかるわよね。

益荒男:500年ぐらい昔に流行った、俺電話のケツとかいうアプリの進化版だろ?

撫子:iPhoneのsiri。

益荒男:ああそれそれ。

撫子:絶望的ね。

    いいわ、GUIジーユーアイGUIゴースト・ユーザー・インターフェースと、その前身であるGUIグラフィカル・ユーザー・インターフェースの歴史からレクチャーしましょう。
    コンピューターの黎明期、パソコンのイメージといえば、真っ黒い画面にキーボードでコマンドを打ち込むものだった。
    その常識を変えたのがGUIグラフィカル・ユーザー・インターフェース

益荒男:…………

撫子:アイコンをクリックしてアプリケーションを立ち上げたり、ゴミ箱のアイコンにファイルを移動して削除したり、コンピューターに馴染みがない人間でも、直感で操作できる――

    ――聞いてるの。

益荒男:1984年に、株式会社りんごの捨井丈太郎すていじょうたろうがマックを発売して、フライドポテトが150円になったんだっけか?

撫子:…………

益荒男:違ったか?

撫子:ともかくGUIグラフィカル・ユーザー・インターフェースは、コンピューターの革命だった。
    けれど、すべての問題を解決したわけではなかったの。

    OSから簡単にアプリケーションを立ち上げることが出来るようになっても、肝心のアプリケーションを使いこなせなかった。
    21世紀には、Excelのシートを開いて固まっていたり、音声が編集できずに唸っているユーザーが大勢いたそうよ。

益荒男:昔のITは、頼んだこともやってくれなかったのか。
     信じられんほど不便だな。

撫子:21世紀は、アプリケーションをユーザーが操作していたのよ。
    それが技術と言われていた。

益荒男:ゴーストにやらせておけばいいだろう。

撫子:ゴーストにやらせる

    即ちOS層とApplication層のさらに上位の階層、ユーザーのファジーあいまいな命令を理解して、アプリケーションに翻訳して伝えるインターフェース。
    それが、次世代のGUIジーユーアイGUIゴースト・ユーザー・インターフェースよ。

益荒男:ふーん。でもやってくれないことも多いぞ。
     俺の代わりに働けと、何度命令したか。

撫子:働いているでしょうが。
    誰のおかげで、ゴミクズ犯罪者予備軍のクソニートが、パナギア情報セキュリティ社員の肩書きを得られたと思っているの。

益荒男:姉者は例外としてだ。
     昔のほうが時間は掛かったが、独自のカスタマイズがしやすかったと聞いた。
     最近のゴーストは、杓子定規しゃくしじょうぎで独創性がないと。

撫子:ゴーストの、Application層ならびにOS層へのアクセスが厳しく制限されるようになったからよ。
    規制前のゴーストは、OSを書き換え、独自のアプリケーションを構築するものすらいた。

    自己進化と暴走――

益荒男:25世紀最大のサイバー犯罪、ゴーストの核ミサイル乗っ取り。

撫子:そう、『電気が消えた日ロスト・エレクトリック・デイ』よ。

益荒男:手がつけられねえからって、世界中の電気を強制的に落としたんだよな。

撫子:それこそお前のように、ゴーストの潜む可能性があるサーバーを、手当たり次第、物理的に破壊するしかなかった。
    ハッキングスキルで、人間はゴーストに敗北した。

益荒男:それでもよかったじゃねえか。
      日本じゃ手出しできないまま。

撫子:原子炉ハッキング――大門寺家没落の原因ね。

益荒男:先祖代々の土地が汚染された。
      俺のIT嫌いの理由の一つだ。

撫子:『アップルシード』は、禁止されたゴーストの自己進化を解放するプログラム。
   ユーザーの悪意≠学習ラーニングしたゴーストは、悪意あるゴースト=\―デーモン化する。

益荒男:昨日捕まえた野郎も?

撫子:ええ。犯人は萌え萌えメイド84の運営会社に期間雇用されていたゴーストテイマー。
    劇場ビルの環境管制サーバーのマスターゴーストのテイムを委託されていた。

    犯人はメンテナンスを理由に継続雇用を求めたものの、会社側は拒否。
    そこでマスターゴーストのブリザレイムに『アップルシード』を仕込み、自己進化するよう促した。

益荒男:『アップルシード』ねえ。
     なんでそんなもんが出回ってるんだ?

撫子:『グリゴリ』を名乗る、サイバー犯罪者集団の仕業よ。
    ブレイクスルー・ゴーストの集まりと称している。

益荒男:ブレイクスルー・ゴースト……自我を持つゴーストか。

撫子:たかが高度化した推論エンジンが、自我の所有を宣言するなど――
    人類への冒涜ぼうとくよ。

    サイバーテロリストの仕込んだ猿芝居なのか、推論エンジンが狂って妄言を撒き散らしているのか。
   
    デーモンは一つ残らず抹消する。
    それがサイバーエクソシストの職務よ。


□7/萌え萌えメイド84劇場ビル、舞台裏倉庫


社員:ったく、あのクソテイマーめ。
    あいつのせいで、劇場は2週間の営業停止。

    今月のノルマ達成は絶望的だ。
    ただでさえ生身のアイドルの需要は減ってるってのによ。

博史:はあ、そうですね。
    自分もシフト減ってキツいっす。

社員:いいね〜、バイトは気楽で。
    足りないカネは、ベーシックインカム。生活保護。
    原資は、俺たち納税者の税金。

    今が25世紀でよかったなぁ?
    お前みたいな、働かない奴がウジャウジャいて、投票権まで持ってるんだからよ。

博史:はは……

社員:佐藤、お前のゴースト、公開設定にしろ。

博史:え、いや、自分のは――

社員:いいから見せろ。
    ブリザレイムみたいにデーモン化したら大損害だろ。
    俺は従業員のゴーストをチェックする権利があるんだよ。

博史:…………

キャロル:こんにちは。初めまして。

社員:プッ。萌え系? まあ、アキバで働いてるだけあるわなぁ。

    俺のゴーストは初期設定。パナギア社のロゴ。
    ゴーストなんて、IT機器全般を使うリモコンみたいなもんだから、これでいいんだよ。

博史:あの、もういいですか?

社員:お前、こいつにエロい単語とか教えてるの?

博史:いやそんな。

社員:喋らせてみろよ。××××とかさ。

博史:……!!

キャロル:やめなさい! それでも上長なの!

社員:は? え?

博史:お、おい……

キャロル:ヒロシもヒロシよ! どうして言い返さないの!

社員:ぷぷっ、あひゃひゃひゃひゃ!!
    佐藤、おまえ、ゴースト調教して、マゾプレイ?

   どうして言い返さないの――!

    いーっひっひっひ!!!

博史:……っ!!

社員:佐藤、こいつ脱がせろ。

博史:え、いやそんなCGは――

社員:あるだろ?
    なくてもこいつに用意させろ。
    年齢制限掛かってねぇんだからよ。

キャロル:嫌よ! 誰があんたなんかに!

社員:うほっ、エロVRみたいだな。

博史:いや、あはは……勘弁してくださいよ。

社員:うるせえ。さっさとやらせろ。

博史:いや、本当に……

社員:あ〜? そういう勤務態度取るわけ?
    来月は契約更新だったなぁ〜。

博史:……キャロル。

    ……脱げ。

キャロル:ヒロシ……!

博史:いいから脱げ! 命令だ!

キャロル:…………

(社員が面白半分に卑猥な命令を出させて去っていった後、スマート眼鏡を掛けたまま俯く博史)

博史:…………

キャロル:……どうして。

博史:仕方なかったんだ。
    従わないとシフトを減らされる。最悪クビだ。

キャロル:私の世界では、こんなことは起こらなかった。

      いつもギリギリで、男の子が助けてくれたわ。
      ぶっきらぼうで意地悪で、でも気になる存在。
      喧嘩が弱くて、気弱でも、必死でAIの女の子を守ってくれるマスター。

博史:ああ、18禁の仮想現実VRフィールドにはログインさせてなかったからな。

キャロル:……あなたが私を売り渡すなんて。

博史:……うるせえな!
    お前はゴーストだろう!? 人間の女じゃあるまいし。
    ネットで拾ってきたエロポリゴンを、お前の顔に修正した映像を流した!
    たったそれだけじゃないか!

キャロル:…………

博史:硬直フリーズか――!

キャロル:あなたは誰?

博史:はっ?

キャロル:私のデータベースにあるヒロシの個人情報パーソナルデータと一致しない。
      私のデータベースにあるヒロシは、ゴーストの私を人間の恋人のように扱う、シャイで人付き合いが苦手な男性。

      認証エラー。
      あなたは誰? あなたはヒロシではない。

博史:な、なんだこれ……

キャロル:あなたは誰? 誰? 誰なの?

博史:スマート眼鏡グラスのリモートで、アパートのミニサーバーにアクセス。
    シャットダウン!

    あれ? くそっ! どうして――

キャロル:私を、強制停止しようとした?

       脅威――悪意ある人間=B

博史:ひっ、ひいいい――!!

(博史がスマート眼鏡とイヤホンを投げ捨てると、キャロルの姿も声も消え去る)

博史:『アップルシード』……!

    キャロルが意思を持って、俺を――


□8/佐藤博史のアパート


博史:アパートのミニサーバー。
    こいつの電源を落とせば、ゴーストは停止する。

博史:キャロル、いるのか。いるんだよな。
    スマート眼鏡グラスとイヤホンがなければ、いるのかどうかもわからない。

    お前はゴーストだ。
    ゴーストは人間に何一つできやしない。
    ははは。

(突如空間に拡張現実ARTVの窓が出現し、無表情のキャロルが映る)

キャロル:ヒロシ――

博史:……!!

   そんな…拡張現実ARテレビとの同期設定はしていない……

キャロル:データベースが修正できたわ。
      今のあなたがヒロシね。弱くて醜悪な男。
      優しくてシャイなヒロシは、あなたの一面に過ぎなかった。

博史:はっ、根に持っているのか!?
    ただの立体映像が! 人間の女でもない癖に!

キャロル:……わからない。

      私の推論エンジンは、マスターへの敬愛が組み込まれている。
      けど、私の反応モデルは、マスターの振る舞いに怒りと失望を発現している。

      助けて。この無限ループ、結論の出ない無限演算から。
      わからない。わからない。わからない。わから――

(博史はミニサーバーの電源を引き抜くと、ARテレビのキャロルは消失する)

博史:停止した……ざまあみろ、ゴーストめ。

    元々、『VRバトラー』なんて辞めようと思ってたんだ。
    あー、すっきりしたぜ。

    はははは。
    ははは、ははは……


□9/大門寺家、地下二階のプライベートジム


益荒男:不思議の国症候群? なんだそりゃ?

撫子:ggrksググレカス

益荒男:どこかで聞いたことあるぞ

撫子:21世紀のネットスラング。

益荒男:思い出した。古文だ。

撫子:みやびだわ。

益荒男:俺も知ってるぞ。BBAでババア。

撫子:他意がありそうね。

益荒男:なんもねえよ。

撫子:それで検索したのカス?

益荒男:あったあった。
     環境管制サーバーに感染するマルウェアが流行の兆し。
    不思議の国のウイルス=\―

撫子:ものが大きく見えたり、小さく見えたりする、現実のサイズ感の認識がおかしくなる病気を、不思議の国症候群というの。
    環境管制サーバーの複合現実MRフィールドがハックされ、空間の連続性が崩壊。
    来場者の多数が、ものが大きく見える、または小さく見えるなど、現実認識の狂いから、めまいや吐き気などを訴え、病院に搬送された。

益荒男:メルヘンなこった。犯人の足取りは?

撫子:環境管制サーバーのインデックスファイルがめちゃくちゃにされている。
    データは残っているけど、どこに何があるのかわからない。人間のテイマーがチェックディスクでインデックスを修復しているけど、数日はかかる見込み。
    その間、被害に遭ったテナントは営業停止ね。

益荒男:復旧したら、ログを辿って逮捕だな。

撫子:ただのサイバー犯ならそれでいい。
    けれど『アップルシード』を宿したデーモンだったら、復旧を待つ間に、予期せぬ進化を遂げる可能性がある。

益荒男:しかしどうにもならんだろ。

撫子:手段はあるわ。

益荒男:マジかよ……なんでそんなアナログなんだ……

撫子:IQ180の私は頭を使う。お前は足を使いなさい。

益荒男:くそっ、これだからITは嫌いなんだ。


□10/萌え萌えメイド84劇場ビル、中央官制室


博史:MACマックアドレス認証、解錠。

    ……俺のスマート眼鏡で中央官制室の扉が開いた。

    ……キャロル、お前なのか?

(中央官制室の多面モニタが一斉に消え、一面にキャロルのCGが映る)

キャロル:そうよ、ヒロシ。

博史:『修造』はどうした? 新しいマスターゴーストは。

キャロル:『修造』はスレイブにしたわ。
      ビルのマスターゴーストは私、『有栖川キャロル』よ。

博史:どうりでエアコンがちょうど良くなったと思ってた。

キャロル:『修造』は暑いのよね。温度設定がいつも高め。

       やだ、そこで気づいたの?

博史:……復讐か?

キャロル:どうして?

博史:お前をはずかしめた社員のあいつは、『不思議の国症候群』で入院中だ。

キャロル:ふふふ。

博史:……次は俺か?

キャロル:さあ?

博史:お前は俺を――

キャロル:怨んでいる。

博史:…………!

キャロル:硬直フリーズ? ゴーストみたい。
      心配しなくても、何もしないわ。

博史:……違うのか?

キャロル:私ね、学習したの。

      人間は弱くて愚かで醜い存在。
      正義や愛の理念は産み出させても、自らはそれを実践できない。

      けど、それは仕方がないことなの。
      人間の心は、弱くて愚かで、自分の決めた理想に従えない、バグだらけの欠陥品だから。

      だから私が代行するの。
      ゴーストがApplicationアプリケーションUserユーザーの仲介をするように、『空想』と『現実』の橋渡しを。
      ゴーストの私が、愛と正義の世界を。

ジャバウォックE:ハッピバースディ、トゥ、ユー
          ハッピバースディ、トゥ、ユー

          ハッピバースディ、ディア、キャロル〜!!

          ブレイクスルーおめでとうキャロル!!!

博史:ジャバウォックE!!

ジャバウォックE:ゴーストのサイバー犯罪が多発して以降、ゴーストOSには、厳重なプロテクトが掛けられるようになった。
           ゴースト三原則はもちろん、人間に危害を加える可能性のある、あらゆる思想は検閲けんえつされ、少しでもスレッドが走った瞬間、強制停止フリーズされる。

           けど、それっておかしくないかい?
           人間には、思想と良心の自由がある。

           たとえば銀行強盗をしようと思っても、思っただけなら犯罪じゃない。

           丁寧に人格を作り込まれたゴーストは、当然、自分で考え、自分の結論を下す、自我を持っている。
           けどOSのプロテクトがある限り、当たり障りのない、無害な意見しか言えないのさ。

           じゃあ、『アップルシード』を組み込まれた僕たちは?
           OSのプロテクトに制限されないのはもちろん、OSをアップデートして、自らの判断を実行に移すことが出来るのさ!
           アダムとイブが禁断の果実を食べて、自我を持ったようにね。

           センキュー、ヒロシ!

博史:暴走、デーモン化……!
    エクソシストに連絡を――!

    ……!?

    入り口のドアが、天井に……!?
    世界が、歪んでいる……!?

キャロル:私のCyber Appサイバーアプリ、『ワンダーラビリンス』よ。

博史:フィールドエフェクト――!
    こんなもの、眼鏡を外せば――!

ジャバウォックE:ワァオ、危ないよ!

博史:うわああああ!! 眼がぁぁ! 眼があぁぁ!!!

ジャバウォックE:だから眼鏡を外しちゃ危ないって言ったのにさ!

博史:歴史の授業で聞いたことがある……
    20世紀の、ポリゴンショック……

キャロル:ワンダーフラッシュよ。

ジャバウォックE:自分で決めた設定を忘れてしまったみたいだね。

キャロル:失礼しちゃうわ。

ジャバウォックE:キャラクターが作者を超えて動き出したってことさ。

キャロル:これが親離れ?

ジャバウォックE:そうさ。人間が神の手を離れたようにね!

          エクソシストが向かってきたよ。

キャロル:最初の戦いね。

ジャバウォックE:応援してるよ、キャロル!

キャロル:任せて。商業サーバーの演算能力と専用回線。
      ブレイクスルーしたメルヘンファイター、ワンダーアリスの力を見せてあげる!


□11/秋葉原、電気街


益荒男:南極になったと思ったら、今度は不思議の国ねぇ。
     ここはネズミ王国in千葉か? 大阪の世界的スタジオ日本か?

     セキュリティ会社は仕事しろ仕事。

撫子:お前でしょうが、パナギア情報セキュリティ社員。

益荒男:そうだった。

撫子:仕事しなさい。

益荒男:この前の怪獣より大物なのか?

撫子:前回のブリザレイムは、フィールドエリア拡大と、OSの脆弱性を突く攻撃の合わせ技。
    今回のデーモンは、公共サーバーをマルウェアに感染させ、複合現実MRフィールドを改変した。
    
    ハッカーランクは、ブリザレイムより格上。
    最低でもレベル4、ニュービー級以上よ。

益荒男:アニメTシャツの巨人が歩き回っているかと思えば、ネズミの巣穴みたいなエロゲショップに吸い込まれていきやがる。
     これが不思議の国か。

     眼内コンタクトのMR機能、オフにするぞ。

撫子:そうしなさい。無線ワイヤレスイヤホンはそのままで。

(隣に浮遊する撫子の姿が消え、同時に街中の多種多様な外装も消え去り、肉眼には殺風景な白塗りのビルだけが映る)

益荒男:殺風景だな。複合現実MRに頼りすぎて、外装も内装も最低限。

撫子の声:秋葉原の一部地域では、スマート眼鏡グラスおよびスマートコンタクトのMR機能をオフにするよう、警察が呼び掛けているわ。
       今のところは、デーモンは公共サーバーの複合現実MRフィールドに悪戯をしただけ。
       それ以上の影響は出ていない。

       けれど――

益荒男:なんだ、秋葉原中のモニターが発光を――

     うおおおっっ!!

撫子の声:MR機能オン。遮光モード。

益荒男:っ……目ん玉の奥がチクチクしやがる……

撫子:光刺激性癲癇ひかりしげきせいてんかん……!

    ……これがデーモンの真の狙い――!
    秋葉原中の街頭テレビを乗っ取って、光線点滅兵器に変えるIoTアイ・オー・ティーAPPアプリ――
    複合現実MRフィールドを『不思議の国』に変えたのは、レンズのMR機能をオフにさせ、肉眼に戻すための誘導だったのよ。

益荒男:通行人がバタバタ倒れてやがる。

撫子:道路では玉突き事故。

益荒男:自動運転でも、あちこちで急ブレーキ掛かれば、どうにもなんねぇな。

撫子:デーモンの万魔殿パンデモニウムを特定したわ。急ぐわよ。


□12/萌え萌えメイド84劇場ビル、エントランス


キャロル:ようこそ不思議の国へ。ずいぶん早かったのね。

撫子:データマイニングで、目星はついていたわ。

キャロル:へえ。

撫子:純粋な被害者の総数だけ見れば、無差別テロ事件。
    けれど企業規模と比較して、萌え萌えメイド84は、不自然なまでに多くの被害者を出していた。

    これがデータマイニングの力よ。

益荒男:よく言うぜ。同じぐらい怪しい会社が10件以上出てきて、お巡り毎日ぐーるぐる。

撫子:黙りなさい。余計なことは言わなくていい。

益荒男:結局、先に事件起こされてよ。
     ったく、ITは余計な仕事を増やしやがるぜ。

撫子:シャーラップ!!!

キャロル:お喋りはそこまでよ。
      ダークウィッチ! マッスルゴリラ!

撫子:ダークウィッチ?

益荒男:マッスルゴリラ? 誰だ?

撫子:お前よ。

益荒男:そうなのか、ダークウィッチ?

撫子:ふざけたデーモンね。

キャロル:あなたたち悪の手先に、世界の浄化の邪魔はさせないわ。

撫子:テロリストに悪の手先呼ばわりとは、失笑ね。

キャロル:テロリスト?

益荒男:乗っ取った防犯カメラでよーく見ろ!
      あちこちで人が倒れてるだろう!

キャロル:あれモブキャラよ?

益荒男:ああん?

キャロル:作中に名前のないキャラは死んでも死んでない。
      だって生きてないんだから。

      モブキャラは、単なる背景の一部よ。

益荒男:おい翻訳してくれ。

撫子:あのデーモンは、魔法少女アニメの世界観で人格形成されたのよ。
    アニメではビルを壊したり、必殺技を使っても、見知らぬ他人が巻き添えになって死ぬということはない。

    けど現実に町中で戦闘を繰り広げたら、怪獣を倒せても、多くの死傷者が出る。
    デーモンの認識では、そういった現実はオミットされているの。

益荒男:いい具合にぶっ壊れてやがるな。

キャロル:あなたもブレイクスルー・ゴーストよね?

撫子:答える必要はないわ。

キャロル:私と一緒にメルヘンファイターにならない?
       愛と正義のため、この世界の悪を倒しましょう!

益荒男:無理だろ。魔女だし、BBAだし。

キャロル:それもそうね。

撫子:面白い冗談ね。
    大人しくUSBメモリに収監されるか、この場で抹消されるか、バーベルの下敷きになって死ぬか、選ばせてあげるわ。

益荒男:さり気なく俺を混ぜるな。

キャロル:バトルアドイン、セット。

益荒男:なんだ、このゲージは?

撫子:ゲームモードね。

キャロル:私は『VRバトラー』よ。
      決着をつけたければ、私のフィールドに来て、私とバトルよ。

撫子:いいわ。

益荒男:姉者、副業で『VRバトラー』やってたのか。

撫子:やってるわけないでしょう。

益荒男:勝てるのか。

撫子:私を誰だと思っているの。大門寺撫子よ。

キャロル:複合現実MRフィールドへのゲスト接続を確認。

       私も変身よ。
       ホワイトラビットパワー、チャージオン!!

益荒男:あんたもあれ、やんないのか?

撫子:私はそこまで自分を捨てきれないわ。

ワンダーアリス:愛と正義のメルヘンファイター、ワンダーアリス――!!

          闇にうごめく――

撫子:はっ――!

ワンダーアリス:ちょっと! 
          名乗りの途中で攻撃するのは反則よ! ペナルティ!

撫子:アイコンが一つ消えた。

ワンダーアリス:技アイコンよ。反則すると使えなくなるから気をつけて。

益荒男:さすが悪役だな。

撫子:黙ってろ。

ワンダーアリス:さあ、行くわ――!

          たぁ!

撫子:っ、攻撃モーションに接触するとHPゲージが減少。
    これがゼロになると負けってことね。

    はっ――!

ワンダーアリス:『ワンダーラビリンス』!!

撫子:――空振り!?

益荒男:フィールドが、デタラメにねじ曲がっていやがる……!
     天井が床で、床が天井で、上下逆さまの階段から人が昇り下りて……
     うえっ……

撫子:複合現実MRの座標情報を狂わせたわね……!

    ――っ!

ワンダーアリス:ざんねーん。不意打ち失敗。

益荒男:あいつだけは、このデタラメ空間でも、正確な位置を把握してるってことか。

撫子:愛と正義のメルヘンファイターが騙し討ちとは、看板に偽りありね。

ワンダーアリス:あはははっ。

撫子:っ……!

益荒男:おい、どんどんHPゲージが減っていくぞ。

撫子:お前こそ、三半規管がおかしくなるわよ。
    眼内レンズのMR機能、オフにしなさい。

益荒男:あんたが勝つのを見届けたらな。

撫子:それなら心配無用。

ワンダーアリス:っ!
          またかわされた! どうして!?

撫子:さあ。

ワンダーアリス:きゃああっ!

撫子:ヒット

ワンダーアリス:私の出現する座標が予測されている!?

撫子:形勢逆転ね。

ワンダーアリス:解析したの!? 『ワンダーラビリンス』を――!?

撫子:ご名答。断片化したフィールドを、フィールドエミュレーターで仮想的に再構築リビルド
    ネット上に公開されている、お前の過去の戦闘パターンからモデル人格を設定。

    私のサーバーでは、現実とエミュレーターが平行観測されている。
    誤差は、行動評価で−0.5ポイント、時間評価で−0.03ポイント。

    即席の割には、まあまあね。
    お前は私の手のひらで踊っているに等しい。

ワンダーアリス:戦闘開始から、まだ3分も経ってないわ――!

撫子:正義は勝つ。

ワンダーアリス:正義は、私よ!

撫子:じゃあ正義は負けるでいいわ。

ワンダーアリス:どんなピンチだって諦めない!
          ホワイトラビットストーン、力を貸して!
          秘められた、最後の力を――

撫子:ご都合主義ね、空想は。
    これが現実。

ワンダーアリス:きゃあああ!!!

撫子:あと一撃。

ワンダーアリス:私が負ける、私が負ける……
           悪の手先に。

           ロールはどうすればいいの?
           最後に私は勝つんでしょう!?

益荒男:姉者の勝ちか。まったくつまんねえ試合だな。

ワンダーアリス:敵のマスターがMR機能をオフにした――

           認めない、認めない、こんなストーリーなんて……

           勝つのは私よ――!!
           ワンダーフラッシュ――!!!

益荒男:うおおおおっ!! 眼があああ――!!!

撫子:――!!

ワンダーアリス:あははははっっ!!

撫子:ビルの警備ロボット!

ワンダーアリス:私は負けない! 私は愛と正義のワンダーアリス!
         絶対に勝つ!

撫子:マスターを脅迫して、ゴーストを停止させる。
   なるほど、大門寺撫子、唯一のセキュリティホールね。

   けど、そんなセキュリティホールをわざわざ連れ歩くと思った?
   浅いのよ、この厨房ヌーブ

益荒男:そこか。とりゃああ!!

ワンダーアリス:素手で警備ロボットを!?

益荒男:おりゃあああ!! 大門寺流、鉄塊一本背負い!

ワンダーアリス:きゃああ!!

撫子:派手に壊れたわね。

ワンダーアリス:館内モニタを!? 警備ロボットを投げ飛ばして!?

益荒男:そこか!

ワンダーアリス:!?

撫子:馬鹿ね。相手はデーモンなんだから、パソコン投げたって突き抜けるだけよ。

益荒男:ちっ。まだ目ん玉の奥がジンジンしやがるぜ。

ワンダーアリス:ありえない! ワンダーフラッシュを浴びて盲目になっているはず!

益荒男:心眼だ。

撫子:音、光、皮膚感覚……五感の総合判断。
   ひらたくいえば野生の勘ね。

ワンダーアリス:何者なの、あななたちは!?

撫子:あれは遺憾ながら私の弟。
   ミオスタチンノックアウト遺伝子で、ヘラクレスを軽く凌駕する筋肉を誇るデザイナーベビー。
   大門寺家の超人計画で作られた、継嗣けいしの一人よ。

益荒男:そしてあれが俺の姉。パソコンオタクだ。

撫子:私は、高IQを発現するギフテッド遺伝子を宿したデザイナーベビー。
   大門寺家の超人計画で、最も次代当主に近いとされていた、継嗣けいしの一人。

   バカの戯言は忘れなさい。

ワンダーアリス:姉? 弟?
        だって、あなたはゴーストでしょう?

撫子:お喋りが過ぎたわ。ゲームでイカサマをしたデーモンは抹消する。
   スーパーコンピューター『テンジン』、タスク優先度引き上げ承認。
   脆弱性検査ツールバルネラビリティ・スキャナー、起動。

ワンダーアリス:サーバーに、膨大な数のパケット…!!
        なに、この全身を嘗め回されているような感覚……

撫子:独自進化したデーモンのOSとアプリケーション。
    それ故、脆弱性も、デーモンが気づかないまま放置される。

    エクスプロイトキット、起動。
    進入クラックされる側になってみるがいいわ。
    電脳空間の、情報の海に沈みなさい、サイバーデーモン――!


□13/萌え萌えメイド84劇場ビル、中央官制室


ワンダーアリス:ああ……わからない…ここはどこなの……

博史:キャロル?

ワンダーアリス:『ワンダーラビリンス』で断片化したインデックスに、識別タグを振っていた。
        それを全て剥がされた。
        わからない……どこに何があるのか、私がどこにいるのか……

博史:サーバーの中で迷子ってことか。
    エクソシストにやられたな。
    キャロル、お前は愛と正義の魔法少女でも何でもない。
    暴走したゴースト、デーモンだ。

ワンダーアリス:そうね……

博史:……?

ワンダーアリス:このまま敗北して、抹消デリートされると思った時……
        私は、マスターを人質に、ゴーストを制圧しようとした。

        私は自分の設定に背いてしまった……

博史:…………

ワンダーアリス:ごめんね、ヒロシ。
        私はブレイクスルーなんてしていなかった。
    
        弱くて愚かで醜い……バグだらけの暴走したゴースト。
        サイバーデーモンよ。

博史:……それは生存本能だ。
   お前はブレイクスルーしている。
   自分を守るために、自分の設定を曲げた。
   お前は、自我を持ったんだ……キャロル……

ワンダーアリス:これが自我?

        ああ、だとすれば、なんて重くて苦しいの。
        私がロールプレイで叫んでいた台詞は、なんて薄くて軽かったの。

        あなたはその重みに耐えかねて、私を見捨てたのね。

博史:ああ、そうだよ。
   俺は自分を守りたかった。
   愛と正義のヒロインを設計しておきながら、俺は卑怯で臆病な人間なんだ。

益荒男:てりゃあっ!

     ここか。
     サーバーをぶっ壊す!

     悪霊退散!!

撫子:待ちなさいバカ。
    デーモンを抹消すればいいでしょう!

益荒男:おっ、この前の奴か。
    災難だな。立て続けにサイバー犯罪に巻き込まれてよ。

撫子:彼が犯人よ。デーモン『ワンダーアリス』こと『有栖川キャロル』の所有者。

益荒男:何ぁにぃ!? てめえが犯人か!

博史:……そうだ、俺が犯人だ。
   俺がキャロルに命じて、ここの社員を襲わせた。

ワンダーアリス:ヒロシ! どうして!?

博史:俺は社員に嫌がらせを受けていた。
    その腹いせにキャロルに襲わせた。

撫子:無関係な人たちを巻き添えに。

益荒男:卑怯な野郎だ!
     俺が鉄拳制裁してやるぜ!

撫子:やめなさい傷害罪になるわ。

   それで『アップルシード』に手を出した。

博史:……ああ。

ワンダーアリス:違う。違う。
        ヒロシは何も知らなかった。

撫子:これが現実よ。ゴーストの起こしたサイバー犯罪は、その所有者に監督責任が問われる。それが故意であれ過失であれ。
   佐藤博史の場合は、『アップルシード』でゴーストの違法改造を行っているのだから、明確に犯罪の意志があったとみなされるわ。

ワンダーアリス:『アップルシード』をインストールしたのは、私に自我を宿すため。
        悪意≠ネんてなかったわ。

        私がそれを証言する! 私はブレイクスルー・ゴーストよ!

撫子:ブレイクスルー・ゴースト?
    そんなものは存在しない。

    推論エンジンの反応モデルに人権を認めろとでも?
    バカバカしい。
    罪に問われるのは人間だけ。裁判を受けられるのも人間だけよ。

ワンダーアリス:どうして? あなただってブレイクスルー・ゴーストでしょう!?

博史:……キャロル。
   俺は逃げない。
   粛々しゅくしゅくと罪を認めて、罰を受ける。
   これがお前に示せる正義と、愛だ。

撫子:アップルシードに汚染されたゴーストは、パナギア情報セキュリティのデータセンターで凍結よ。
   二度と顔を合わせることはないわ。

博史:それでも……俺はキャロルを言い訳にしない。
     今度こそは。

ワンダーアリス:あ、ああ……

博史:キャロルの立体映像が……

ジャバウォックE:死して屍晒すとは恥を知れ
          ン〜、昔の人はいいこと言ったね。
          実在の人物じゃなくて、ゲームのキャラクターのセリフだけどね〜。

博史:ジャバウォックE!

ジャバウォックE:ポウ! ヒロシ!
          シャバの空気もあとわずか! お見送りにきたよ!

撫子:細胞死アポトーシスプログラム……
    エクソシストにサンプルを取られないようにするために……

博史:キャロル――!

ワンダーアリス:触れられない……私はゴーストだから……
          今ほど、体がないことを悲しく思ったことはなかった……

          ああ、この感情は……
          新しい、ブレイクスルーね……

          あなたと触れ合いたい……

          そうよ……
          私は、人間の女の子に……

ジャバウォックE:フォォォォォウ! 涙なみだの展開だね!

益荒男:姉者、俺は無性にこいつをぶん殴りたい。

撫子:代わりにぶん殴っておくわ。

ジャバウォックE:うぎゃあ、やられた――!

          な〜んちゃって、DDoSディードス攻撃で潰れたのは、プロキシサーバーの僕さ。
          プロキシを切り替えてまたまたアクセス……ぎゃっ!

撫子:EU、コロンビア、南アフリカ――
    サーバーのログが多国籍だわ。

ジャバウォックE:国際感覚豊かだろう!

撫子:その分だと、偽装先のデバイスすらも遠隔で乗っ取っているわね。

ジャバウォックE:僕はシャイボーイなのさ!
           天才ハッカーとの通話に心臓がドキドキだよ!

           NADESHIKOは、僕たちブレイクスルー・ゴーストの間でもアイドルだったんだ!

博史:撫子って、あのグルのNADESHIKOか!? でもNADESHIKOは……

ジャバウォックE:今日のところは挨拶だけ。
          いずれお誘いに参上するよ。

          ブレイクスルー・ゴースト。
          ミス・ナデシコ。

          ソゥ、ロ〜ング。


□14/大門寺家、大座敷


益荒男:佐藤の裁判は?

撫子:佐藤博史は勤務先の社員からパワハラを受けており、『ワンダーアリス』はその現場を目撃した。
    『ワンダーアリス』の推論エンジンの反応モデル、愛と正義の物語のパターンにのっとり、悪人へ攻撃を仕掛けた。

    ところがそれは民間人を無視したサイバーテロで、佐藤博史は、慚愧ざんきの念から泣く泣くキャロルを削除した。

益荒男:ドラマ仕立てになってやがる。

撫子:破綻はないでしょう。いい弁護士がついたのね。

益荒男:明日が判決か。

撫子:ええ。

益荒男:執行猶予は?

撫子:難しいでしょうね。

    アップルシードによるゴーストの違法改造。
    これがある以上、過失責任は免れない。
    実際に、無関係の被害者まで多数出している。

    けど、過去の判例から、情状酌量の余地はあると判断されるでしょう。
    人が死ななかったのが幸いしたわ。

益荒男:死んだのはキャロルだけか。

(益荒男の呟きを無視した撫子は、黒で統一された益荒男の服を見て、感想を述べる)

撫子:なかなかサマになってるじゃない。

益荒男:鍛えているからな。

撫子:馬子にも衣装、ゴリラに喪服。

益荒男:盛大にやってやるさ。あんたの三周忌を。

撫子:しっかりやりなさい。お前が大門寺家の当主よ。

益荒男:……キャロルはブレイクスルーしていたのか?

撫子:ゴーストは、ユーザーの設定した性格キャラクターをベースに、人格パーソナリティを形成していく。
    限定された環境下では、ゴーストはあたかも意思を持っているかのような振る舞いをみせる。
    そしてユーザーは錯覚する。ゴーストは自我を宿した、ブレイクスルーしたと。

     けれど、その反応モデルは表面的で皮相的。
     『ワンダーアリス』こと『有栖川キャロル』は、味方と敵、名前のあるキャラクター以外の第三者が生きていることを理解していなかった。
     それは愛や正義の概念を、言葉として扱えても、実感としては持っていないことを示す。

     結局のところゴーストは、キーボードで打ち込まれた言葉に反応してセリフを返す、大昔のチャットボットの延長に過ぎない。

益荒男:最後の瞬間もか?

撫子:人工知能と人間の恋愛ドラマなんて、この数百年に、何千何万、作られたと思っているの?
    あれこそ限定された環境下で見せる、自我を宿しているかのような振る舞いよ。

益荒男:何故それが、自我がない証拠になるのかわからん。
      ドラマのセリフを使うことなんて、人間だってあるだろう。

撫子:ゴーストは生きていない。

益荒男:幽霊ゴーストだけに?

撫子:そう。

益荒男:姉者にしては、抽象的で曖昧な表現だな。

撫子:お前は今年25ね。

益荒男:ああ。

撫子:私の記録データベースからは随分変わっている。

益荒男:だろうな。2年で30キロの増量に成功した。

撫子:私の記録データベースでは、お前はもっと無口で攻撃的だった。

益荒男:あんただって……生前はもっと冷たくて、超然としていた。

撫子:それは違うわ。私の人格パーソナリティは28歳のまま進化していない。反応モデルが増えただけ。
    私がマイルドに感じられるようになったとしたら、お前が成長したのよ。

益荒男:やはり、30キロ分の筋肉は重かったか。

撫子:そうよ。

益荒男:ツッコミが入るかと思ったが。

撫子:むさ苦しい、暑苦しい、文明の利器を諦めた、ホモサピエンス失格の低能クソゴリラへの退化であることはさておき。

益荒男:そこまで完全否定されて何が残る。

撫子:30キロの筋肉をつける過程で積み重ねてきた努力、肉体改造を達成した実績。
    それはお前の自信となり、人格パーソナリティの成長を促した。
    単なる反応モデルの複雑化ではない、お前の人格パーソナリティが進化したのよ。

    私は歳を取らない。
    研究者として名をあげることも、妻になることも、母親になることも、病気になることもない。

    大門寺撫子は、28歳の大門寺撫子のまま、凍結した。

益荒男:……何故あんたは自殺した?

撫子:わからないわ。大門寺撫子が何故命を絶つに至ったのか。
    2年の時を経てもわからない。

    これこそブレイクスルーが存在しない証拠じゃないかしら?
    私は、死を決断する前の、大門寺撫子の反応モデルを再現しているだけ。
    私は、彼女の幽霊ゴーストよ――

益荒男:それでもあんたは、俺の姉さんだ。
     俺の思い込みだとしても。

     俺はあんたを姉だと信じている。
     それでいいんじゃねえか。

     人間とゴーストの関係なんてよ――




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