The 13th prince(プリンス・オブ・サーティーン)

円卓外伝-サタンの黄金 中編-

★配役:♂3♀3両1=計7人

▼登場人物

ガウェイン=ブリタンゲイン♂
二十一歳の機操騎士。ブリタンゲイン五十四世の一番目の子。
『円卓の騎士』の一人で、ブリタンゲイン陸軍少将。

北米十三植民地の英国離脱ブレグジットでは、保守強硬派として徹底統制を主張した。
自身も魔導装機乗りとして最前線で戦い、大英帝国の英雄として国民の圧倒的支持を得た。

しかし北米十三植民地がフリードニア合衆国として独立した後は、国内の評価は二分される。
帝国主義と長引く戦後不況の元凶とされる一方、極右政党『鉄血党』からは熱狂的な支持を得ており、
オルトヨーゼフ教では第二使徒ヨーゼフの再臨≠ニまで崇められている。
ガウェイン本人の意思とは無関係に、大英帝国分断の象徴となっている。

魔導装機:専用重量型〈グレートブリテン〉


ランスロット=ブリタンゲイン♂
十八歳の聖騎士。ブリタンゲイン五十四世の二番目の子。
『円卓の騎士』の一人で、オルドネア聖教の魔導装機隊『クルセイダーズ』の隊長も務める。

正妻アルテミシア皇后の子。
信仰篤く、文武両道にして、金髪碧眼の美男子。
まさに大英帝国の完璧なる皇子であり、皇位継承権は二位ながら、次代皇帝に望む声は高い。

魔導装機:特殊中量型〈シルバーテンペラー〉

魔導具:【-湖心儀礼剣アロンダイト-】【-白十字ニムエ-】
魔導系統:【-元素魔法エレメンタル-】【-神聖魔法キリエ・レイソン-】

ケイ=ダリオ両
十三歳の大学院アカデミア中等部の一年生。
しかし学校には行かず、少年相場師ボーイ・プランジャーとして、場外取引店バケットショップを荒らし回っている。

ブリタンゲイン五十四世の庶子であり、皇位継承権は持たない。
母親は城で働いていた元侍女で、ケイの幼少期から精神を病んでいる。

ディアンナ=マーテル♀
十九歳の魔導技師。防塵眼鏡と作業着のドワーフ女性。
ドワーフ王家の末裔で、クロノ=マーテルの実妹。

魔導装機『スコロペンドラ』を一人で造り上げた、腕利きの技術者。
『スコロペンドラ・ギガンテア』のサブパイロットも務める。
言葉遣いは荒っぽいが、兄クロノと違い、優しい性格。

ドワーフは、エルフと同じく、完全な魔因子を持つ種族。
魔力を生成する〈魔心臓〉のみならず、額に魔法を使うための〈魔晶核〉を有する。
ただし、ディアンナは魔法の修養を積んでいないため、魔法の行使はできない。

ドワーフ族は、オルトヨーゼフ教では被差別人種に分類され、『蛮人バルバロイ』と蔑まれている。

クロノ=マーテル♂
二十四歳の錬金戦士ソルジャー・クラフトマン
ドワーフ王家の末裔で、髭面と短躯のドワーフ男性。

魔導装機『スコロペンドラ・ギガンテア』のメインパイロット。
蛮人王ばんじんおうを名乗り、大英帝国からタルタロス自治区を離脱させ、新生タルタロスとして独立宣言を行う。
旧地底王国タルタロスより受け継いだ、莫大な黄金の遺産を使い、ブリタンゲイン帝国に経済戦争を仕掛ける。

魔導装機:専用戦車型〈スコロペンドラ・ギガンテア〉
魔導系統:【-珪素錬成法シリコンクラフト-】

チェアマン♀
黄金の仮面マスクと、黒手袋を嵌めた背広の麗人。
暗黒金融街ゴモラ街の違法取引所『シティ』を取り仕切る、金融マフィアの会長。
長身痩躯で、年齢も人種も不詳。声で唯一、女性とだけわかる。

オルドネアの十三使徒の一人、第四使徒テラを名乗る。
ドワーフの錬金術師で、地底王国タルタロスの女王。
千年王国エルサレムの建国に助力し、大悪魔ダイモーンファーヴニル打倒に尽力したとされるが……?

シスター・カミラ♀
二十三歳。
新興宗教オルトヨーゼフ教の修道女で、『錆びついた地帯ラストベルトの聖女』と嘱望されている。
極右政治団体『鉄血党』の党首でもあり、庶民院の最大野党として、国政への影響力を強めている。

オルトヨーゼフ教とは、本流のオルドネア聖教ヨーゼフ派から派生した、新宗教。
第二使徒ヨーゼフを『真の救世主ネオメサイア』と崇め、その発言の一部を異人種への排撃肯定と解釈し、白人至上主義を掲げている。
『鉄血党』はオルトヨーゼフ教を支持母体とする極右政党で、帝国主義への回帰や、奴隷制復活を政党公約に掲げている。

裏の顔は、元オルドネア聖教の異端審問機関『黙示録の堕天使』の一人『赤錆のカマエル』。
前階級は第六位の『能天使』であり、戦闘員の中核となる、聖罰猟兵ターミネーターだった。
能天使は別名アイアン・パワーズ≠ニ呼ばれ、生体にバイオマテリアルを埋め込まれ、過酷な任務に就く。

魔導具:【-斬殺鎖鋸イビル・スプラッター-】【-火星機雷原ルビー・ギボール-】


※今回モブ役が多いです。申し訳ありません。
各パートの主要キャラとは被らない比率になっていますが、演じ分けが難しければ、専任キャストをお願いしてください。

□3
BLM1 両
BLM2 両
パン屋 両


※被りには、ガウェイン役、クロノ役、ディアンナ役を推奨

ランスロット、カマエルと会話あり。
ケイ、チェアマンも前後にセリフあり。

□6
バーバラ=ダリオ ♀

※被りには、チェアマン役、シスター・カミラ役を推奨

□7
ドワーフA ♂
ドワーフB ♂


※被りには、クロノ役、ランスロット役を推奨
ケイが男性キャストであればケイ役、直接会話はないのでガウェイン役も可。


※注意
・ルビの振ってある漢字は、ルビを読んでください。
・特定のルビのない漢字は、そのまま読んでください。

ひらひらのひらがなめがね
上記のサイトに、この台本のURLを入力すると、漢字に読みがなが振られます。
ただし、当て字でルビを振ってある漢字(例:救世十字架(ロンギヌス))にも、読みがなが振られてしまうので、カタカナで振られている文字を優先して読んでください。



□1/新生タルタロス、湾岸地区の石油コンビナート


ディアンナ:すげー!! すっげええ!!!
       見渡す限りの工場、鉄塔、貯蔵庫――!!

クロノ:わはは、どうじゃ。
    タルタロス石油コンビナート。

ディアンナ:最高だよ兄貴――!!

クロノ:次は魔導装機まどうそうき造兵廠ぞうへいしょうも建てるぞ。

ディアンナ:観光名所になるな――!

クロノ:おうとも。新生タルタロスの国力を示す軍需工場ぐんじゅこうじょうじゃ。

ディアンナ:デートスポットにも――!

クロノ:若い工員と設計士のロマンスにのう。

ディアンナ:夢と希望に溢れた国――!

クロノ:新生タルタロス、わしらドワーフの千年王国じゃ――!

チェアマン:国王陛下に王女殿下。
       そこいらで自重じちょう願いたいね。
       恥ずかしくて見ていられないよ。

クロノ:なんじゃい、財務大臣。

チェアマン:タンカーがお目見えだ。
       ウル・ハサンから石油タンカー、大英帝国の中南米自治領からケミカルタンカー。

ディアンナ:砂漠の国ウル・ハサン――ブリタンゲインの属国の一つ。
       この前、兄貴がお忍びで密談してきた国だよな。

クロノ:おうよ。
    あの獣人の大酋長だいしゅうちょうめ、ゴリラのような図体で、豆粒のようなキンタマじゃ。
    ようやくチンポコ見せよったわい。

ディアンナ:原油を新生タルタロスに密輸って――
       ウル・ハサンも、英国離脱ブレグジットに賛同したのか――!

チェアマン:十四年前の中東紛争で、ウル・ハサンはブリタンゲインの軍門にくだった。
       服従の証に差し出されたのが、大酋長の娘、シーリーン。

クロノ:シーリーンなんて寵姫めかけがおったとは、この前知ったぞ。
    ちゅうことは、そういう扱いなんじゃろうな。

チェアマン:その通り。
       皇帝はとっくにシーリーンに興味を無くした。
       息子の第六皇子ベイリンも出来が良くない。

       シーリーン母子おやこは、離宮りきゅうで軟禁同然の暮らしだ。
       大酋長も見て見ぬ振りをしていたが、ようやく腹が決まったようだ。

ディアンナ:政略結婚か……王女も大変なんだな。

チェアマン:他人事のようだけど、君も王女だからね。

クロノ:わはは、こいつじゃ何の取引材料にもならん。
    わしが頭下げて引き取ってもらうタマじゃ。
    スーブーで良かったのう、ディアンナ。

ディアンナ:うるせえな! どうせおれはチビでデブでブスだよ!
       頼まれたって、兄貴のために嫁いでなんてやらねえからな!

クロノ:寵姫ちょうきで有名どころは、オリヴィアじゃな。

ディアンナ:『白金しろがね美姫びき』オリヴィア――
       ワラキア公爵の娘で、第四皇子トリスタンと第十皇女イゾルデの母親だっけ?

クロノ:おお、それじゃそれじゃ。
    世の中にあんな美女がおったとは、魂消たまげたわい。
    ありゃあ、屁も白百合の香りじゃぞ。

チェアマン:いいことを教えてあげよう。
       オリヴィアの好きな装飾品アクセサリーは、純銀の十字架だ。
       それとああ見えてニンニク料理が大好物だから、おろしニンニクのたっぷり効いたステーキをご馳走してやるといい。

クロノ:そうかそうか。
    次はオリヴィアを未亡人にして、英国籍離脱ブレグジットじゃな。
    はりきってブリタンゲイン皇帝ぶち殺しちゃる。

ディアンナ:……太母たいぼテラ。
       あんた、ドワーフだよな?

チェアマン:そりゃあ、君らの先祖だからね。

ディアンナ:どうしてそんなに背が高いんだよ。

チェアマン:厚底の革靴でね、歩くのも一苦労だ。

ディアンナ:竹馬かよ……
       それにその体型――

チェアマン:スリムだろう? ダイエットしたのさ。

ディアンナ:骨格からして違うだろ……
       あんた、本当にドワーフなのか?

クロノ:そろそろ見せてくれんかのう。
    その黄金の仮面と、背広の中身を。

チェアマン:世の中には、丁度いい距離感ってものがあるんだよ。
       顔を知らないぐらいが、私と君たちの最適なソーシャルディスタンスさ。

クロノ:そう言わんと、仲良くしようや。
    対面で、裸の付き合いをしてこそ、本当の仲間ってもんじゃろ。

    うりゃあ――!!

    あ――?

ディアンナ:あ、兄貴――

クロノ:もぬけの殻じゃ……
    おいディアンナ、そこらにすっぽんぽんの女はおらんか?

チェアマン:やれやれ。暴行罪で訴えていいのかね。

ディアンナ:真新しい背広と黄金仮面――
       地下総合取引所『シティ』の時と一緒だ――

クロノ:錬金術の他に、抜け身の術も使えたとは思わんかったぞ。

チェアマン:私の素性を探るのは止めることだ。
       次にやれば、取引停止にする。

       これは君たちのためでもあるんだ。

クロノ:抜かせ。絶対に正体掴んだるわい。

チェアマン:ケミカルタンカーのほうも到着したよ。

クロノ:ふん。

    ディアンナ、一口飲んでみろ。

ディアンナ:ぶえっ――!

       なんだこれ、蒸留酒か?
       ほのかに甘い……糖蜜酒か?

クロノ:精製が不十分じゃないのか。
    砂糖入りじゃ、エンジンが焦げ付くぞ。

チェアマン:不純物を調べないといけないね。

クロノ:任せたぞ、科学技術担当大臣。

チェアマン:やれやれ。一人内閣をやらせるつもりかい。

ディアンナ:…………
       これ、燃料用エタノールか?

チェアマン:バイオエタノール。
       大映帝国南米自治領のサトウキビから生産した。
       ご推察の通り、ガソリンに混ぜて使う燃料用さ。

クロノ:ディアンナ、見とれ。
    世界中でブリタンゲインに吸い上げられとったカネの流れが逆転するぞ。
    奴らが血を流し、悶え苦しむのはこれからじゃ。

    グレートローテーション――
    新生タルタロスのギルター金貨が巻き起こす、大転換の始まりじゃ。


□2/キャメロット城最下層、大英円卓


ガウェイン:帝国中からパンが消えた?

ランスロット:パンだけではありません。砂糖やとうもろこし、ありとあらゆる穀物が姿を消しました。

シスター・カミラ:全てはあの忌々しき蛮人王の仕業しわざ
          あの下劣なドワーフが、植民地を煽動し、黄金同盟おうごんどうめいなるカルテルを結ばせました。
          蛮人バルバロイどもは穀物の価格を吊り上げ、不敬にも我々白色人種アングロサクソンから富を強奪せんとしている――!

ランスロット:おかげでパンを売るより、小麦のまま売った方が儲かる有様だ。

ガウェイン:何たることだ。
       己が職分に励み、勤労で汗を流すのではなく、投機で金儲けとは。

シスター・カミラ:パンと葡萄酒ぶどうしゅは救世主オルドネアの血肉、聖餐せいさん――
          それを投機の道具にするなど、許しがたい悪行です。

ガウェイン:だが売り渋りで高値に吊り上げても、穀物の山が積み上がる。
       抜け駆けで売りに走る国が出てもおかしくないが――

ランスロット:それが――穀物は消費されているのです。

ガウェイン:馬鹿な。世界中が急にパンを十斤じゅっきん二十斤にじゅっきんも食べるようになったのか?

ランスロット:比喩ひゆならばそうなります。
        世界中の国が爆食を始めた。

シスター・カミラ:そんなはずはありません。
          悪徳商人が買い占めているに決まっています。

          倉庫街を抜き打ちで査察しましょう。
          そうすれば買い占めの動かぬ証拠が――

ランスロット:それならばシスター・カミラ、我々聖騎士が調査済みだ。
        倉庫街は空っぽだ。穀物は国の何処にもない。

ガウェイン:……蛮人王め。どんな魔法を使った。

ランスロット:穀物の国際価格高騰こくさいかかくこうとうに加え、ブリタンゲインは深刻な通貨安に見舞われている。
        帝国財務省から上がってきた、大手金融機関、本日の取引仲値なかねは、1ギルター220ポンド。

ガウェイン:1ギルター220ポンド――!?
       三ヶ月前は、1ギルター100ポンドだったぞ。

シスター・カミラ:ポンド安ではなく、金高騰きんこうとうですわ。
          フリードニア合衆国、北米十三ほくべいじゅうさん植民地の蛮人バルバロイどもが、金兌換きんだかんを放棄してドル安誘導を始めたせいです。

ランスロット:その通貨安誘導をしているドルに対しても、ポンドは値下がりしている。
        主要先進国の通貨では、最弱だ。

ガウェイン:植民地の連中は、まだ税を滞納しているのか。

ランスロット:税や利払いの所得収入が途絶えたまま、輸入食糧は暴騰――
        貿易赤字は過去最大を三ヶ月連続で更新。
        所得収支の悪化により、経常収支まで赤字に転落です。

ガウェイン:英国離脱ブレグジットの債務交渉も難航している……
       蛮人ばんじんどもめ、このまま永遠に繰り延べするつもりではないのか――!

ランスロット:ポンド流入のフローは消滅したまま戻らない……
        一方、ポンド流出はかつてない規模に膨らんでいる。

シスター・カミラ:ポンド安の何を恐れるのです?
          この大英帝国の通貨――グレートブリテン・ポンドは、準基軸通貨です。
          対外債務が膨らもうと、外国人には、切り下げたポンド紙幣を渡してやれば済むこと。

ランスロット:それは対外債務がポンド建てだった頃の昔話だ。

ガウェイン:どういう意味だ。

ランスロット:今の世界の決済通貨は、ドルかきん、そしてきんそのものであるギルター金貨です。
        もはやポンドは基軸通貨どころか、準基軸通貨ですらない。
        対外債務は、外貨建てで急膨張している。

ガウェイン:ギルターが基軸通貨に名を連ねているのか……

ランスロット:通貨防衛に乗り出しましょう。
        このままではポンドは紙くずと化す。

ガウェイン:……政策金利はどうする?

ランスロット:最低でも20%――

ガウェイン:ありえん。国中の企業が倒産する。

シスター・カミラ:ガウェイン卿の仰るとおりです。

          『兄弟から利息を取ってはならない』――
          旧約聖書の金貸しをいましめる教誨きょうかいを失念されたのですか。

ランスロット:しかしポンド安を放置すれば、本格的な食糧危機が到来します。
        帝都ログレスの小麦の小売価格は、去年の三倍以上だ。
        実勢価格はさらに深刻でしょう。

        このままでは、国民たみが餓えて死にます。

ガウェイン:……食糧備蓄を放出する。

ランスロット:一時凌ぎにしかなりません。

ガウェイン:わかっている。
       貧困層への配給として、少しでも長く保たせる。

シスター・カミラ:お待ち下さい。
          野放図のぼうずなばら撒きは、神の恩寵の蕩尽とうじん
          パンは救世主オルドネアの肉、小麦一粒たりとも取りこぼしてはなりません。

          重点的に配給しなければ――貧困に苦しむ、我々の隣人に。

ランスロット:こんな時にまで、貴公は人種差別を持ち出すのか――!?

シスター・カミラ:大英帝国の恩寵は、英国国民だけが受けるべきですわ。
          社会福祉にタダ乗りした挙げ句、暴動まで起こす蛮人バルバロイども。
          あの劣等人種には、毅然とした対応を取らねばなりません。

ガウェイン:異人種を中心とした、二等国民の大規模デモか――

シスター・カミラ:デモ? あれは暴動です。
          法と秩序と正義の下、制圧されるべきテロ集団です。

ランスロット:BLMバルバロイ・ライブズ・マター
        大英帝国分断の象徴だ――


□3/帝都ログレス、ゴモラ街の路地裏


ケイ:『資本移動の自由』『為替相場の安定』『金融政策の独立性』
    この三つの命題は、同時に二つまでしか実現できない。
    国際金融のトリレンマ――不可能の三角形。

チェアマン:勉強熱心だね。

ケイ:錬金術の修行さ。

BLM1:蛮人バルバロイにも生きる権利を――!

BLM2:不当解雇、配給除外を許すな――!

チェアマン:BLMバルバロイ・ライブズ・マターのデモ隊か。巻き込まれなかったかい?

ケイ:因縁をつけられたよ。私が白色人種アングロサクソンという理由でね。

チェアマン:災難だったね。

ケイ:あなたもログレス裏通りの店――古本屋を偽装した取引所を潰されただろう。

チェアマン:近くに異種族専門の娼館しょうかんがあってね。
       人身売買の噂が絶えなかった。そこの打ち壊しで巻き添えさ。

ケイ:迷惑な連中だ。全員刑務所に放り込むか、射殺して欲しいね。

パン屋:私の店から出ていけ、蛮人バルバロイども――!
     貴様らに食わせてやるパンなど一切れもない――!

BLM1:白人至上主義者め――!

BML2:異人種には死ねというのか――!

パン屋:だ、誰か助けてくれ――!!
     蛮人バルバロイどもの略奪と暴行だ――!!

カマエル:Great Britain Revival Againグレート・ブリテン・リバイバル・アゲイン――
      Great Britain Revival Againグレート・ブリテン・リバイバル・アゲイン――

パン屋:『鉄血党』の聖罰猟兵ターミネーター――!

     お助けください、能天使のうてんしカマエル様――!
     あの二等国民の蛮人バルバロイどもが、略奪と暴行を――!!

カマエル:You are a Violent criminalユーアー・バイオレット・クリミナル.
      You are guiltyユーアー・ギルティ.You are guiltyユーアー・ギルティ.

BLM1:『鉄血党』……白人至上主義の極右政党……

BLM2:仮面の能天使のうてんしパワーズたちが、ぞろぞろと集まってきた……

カマエル:Law and Orderロウ アンド オーダー――And Justiceアンド、ジャスティス!!

ケイ:異端審問官カマエル――
   あの宙に浮かんだ魔導具まどうぐは――

チェアマン:空中機雷だ。
       路地裏に戻りな。惨劇を見るよ。

カマエル:Ruby Giborルビー・ギボール――

BLM1:ぎゃああああああ――!!!

BLM2:ひ、ひいいい……! て、手が……

カマエル:HAHAHAHA.
      You are rustyユーアー・ラスティ.You are rustyユーアー・ラスティ.

ランスロット:待て――!

BLM2:第二皇子、聖騎士ランスロット……
     人間ヒューマンの、白色人種アングロサクソン支配者階級エスタブリッシュメント……!

ランスロット:元異端審問官、堕天使カマエル。

        何度法を無視した私刑リンチを繰り返す――!
        貴公から聖罰執行の権限は剥奪された――!

        この聖騎士ランスロットが、聖罰執行権をもって、貴公をちゅうす――!

        ――!?

パン屋:引っ込め、偽善者――!
     お前たち聖騎士が役立たずだから、『鉄血党』がブリタンゲイン人を守ってくれているんじゃないか――!

ランスロット:くっ――!

ケイ:白人が集まってきて、聖騎士にゴミと罵声を投げつけている。
   信じがたい光景だ。

チェアマン:何だかんだ言っても、オルドネア聖教は国教だからね。
       みんなそれなりに信心深い。
       オルドネア聖教擁する聖騎士団は、警察や軍より信任されているが――

カマエル:Great Britain Revival Againグレート・ブリテン・リバイバル・アゲイン――!
      Great Britain Revival Againグレート・ブリテン・リバイバル・アゲイン――!

パン屋:グレート・ブリテン・リバイバル・アゲイン――!
     グレート・ブリテン・リバイバル・アゲイン――!

チェアマン:政治的に正しい態度ポリティカル・コレクトネス≠ェ建前、偽善だと、人気は失墜。
       今じゃ『鉄血党』が、ブリタンゲイン人の支持する人気ナンバーワン政党だ。

ケイ:ブラックコメディだ。笑いしか出てこない。

チェアマン:君でも思うところはあるのかい?

ケイ:まさか『鉄血党』を穏やかな気持ちで応援できる日が来るとは思わなかったよ。
   目障りなBLMバルバロイ・ライブズ・マターの連中を排除してくれるし、私のポジションは英国売りブリタン・ショートだ。

チェアマン:はは、まさしく君は、少年相場師ボーイ・プランジャーだ。

ケイ:呼び立ててすまなかったね。

チェアマン:君は上客じょうきゃくだ。いつでも時間を作る。

ケイ:これを見てくれ。

チェアマン:アルコールの臭い。密造酒かい?

ケイ:バイオエタノール。穀物を発酵させて作る燃料だ。

チェアマン:そりゃ凄い。

ケイ:しらを切るつもりか。

チェアマン:金融屋は信用が命なのでね。

ケイ:きんと原油、小麦、砂糖、とうもろこしのチャートを見せてくれ。

チェアマン:どうぞ。

ケイ:やはり――
   新生タルタロスの独立以前では、バラバラの値動きをしていた商品コモディティが、独立以後は急速に相関を強めている――

チェアマン:商品コモディティ市場全体が熱くなっているよ。
       世界中の通貨安競争で、実物資産へカネが流れ込んでいる。

ケイ:経済の基礎条件ファンダメンタルズはこうだ――

   金兌換きんだかん廃止や、通貨安誘導でインフレ率以下に金利を抑え込まれた預貯金が、ゴールドに逃避。
   そのゴールドを持って現れた蛮人王が、原油を買い漁り、原油が高騰。
   同時に蛮人王は、バイオエタノールの製法を帝国の植民地にばら撒き、代替原油として穀物まで連れ高。

   ゴールド、原油、穀物の一体化――
   それは即ち、新生タルタロス、産油国、農業国が黄金おうごんかすがいに結ばれる――

   黄金同盟――
   それが蛮人王の、グローバルマクロ戦略だ。

チェアマン:ヘウレーカ! 君は素晴らしい。

ケイ:おだてるのはやめてくれ。

   つくづくあなたは恐ろしい。
   このマクロ戦略の全貌に気づいた瞬間、体が震えた。

チェアマン:フフ――

       どうする、君も乗っかるかい?
       帝国が植民地から吸い上げていたカネの流れが逆転する――
       この大転換、グレートローテーションに。

ケイ:無論だとも。

   帝国は、トリレンマのもう一辺を放棄せざるを得ない。
   『資本移動の自由』に続き、『為替相場の安定』か『金融政策の独立性』を――
   この材料は、まだグレートローテーション相場に織り込まれていない。

   英国国債ブリタンボンド売りショート
   私は大英帝国の滅亡に賭けベットする。


□4/キャメロット城最下層、大英円卓


ランスロット:バイオエタノール――穀物を発酵させて作るバイオ燃料です。

ガウェイン:……これが爆食の正体か。

シスター・カミラ:おお、神の摂理さだめし食物をまきにするとは――!
          これは悪魔のわざ――! 神をも恐れぬ蛮行――!

ランスロット:先日ああは言ったものの、買い占めや売り渋りに一縷いちるの望みを託していました。
        これで決定的となった。
        小麦もとうもろこしも、胃袋の代わりに内燃機関エンジンに放り込まれ、燃えて無くなってしまった。

シスター・カミラ:オルドネア聖教は何をしているのです――!?
          蛮人王はサタンです。即刻異端の烙印スティグマを――!
          絶対零度の氷の地獄、嘆きの氷河コキュートスで永劫えいごうの責め苦を与えなさい――!

ランスロット:グレゴリオ枢密院での枢機卿すうききょうの見解は割れている。
        クロノ=マーテルの世界秩序を掻き乱す蛮行は看過し難くあれど、神の摂理さだめし正貨――ゴールドを復権させた功績は、蛮行をつぐなって余りある。

        蛮人王は、敵対者サタンではないかと。

シスター・カミラ:ですからサタンでしょう!?

ランスロット:――サタンには秘された意味がある。

        一つは貴公の言う、悪魔の王や、悪そのものを指す讒謗ざんぼうとしてのサタン。
        もう一つは、神の裏側を担う、神意の代弁者としてのサタン――

ガウェイン:なんだその珍説は。

シスター・カミラ:私も旧教きゅうきょうの修道女でしたが、寡聞にして存じ上げませんわ。

ランスロット:これは新約外典『堕ちた明星』から考察された解釈です。
        司教以上の位階いかいの者にのみ開示を許される。

        貴公が知り得なかったのも、無理もあるまい。

シスター・カミラ:ガウェイン卿、これが支配階級エスタブリッシュメントです――!
          知識を独占し、民衆を貧しくすることで特権をむさぼる――!

ガウェイン:……蛮人王がサタンだとしたら、どうだという。
       お前たちオルドネア聖教の旗幟きしは――

ランスロット:率直に申し上げましょう。

        基軸通貨の特権にあぐらをかき、通貨切り下げで対外債務を踏み倒してきたブリタンゲインへの神罰――
        今こそ不換ふかん紙幣を廃止し、正貨であるゴールドに裏付けられた、金本位制に立ち返るべき――
        これがオルドネア聖教の見解です。

        そしてブリタンゲイン帝国と新生タルタロスの紛争には、一切不介入とする――

シスター・カミラ:これがオルドネア聖教の実態です。
          オルドネア聖教は、地に落ちた。
          支配階級エスタブリッシュメントのグローバリストが巣食う伏魔殿ふくまでん
          枢機卿すうききょうは、新生タルタロスに買収された。
          蛮人王の撒いた黄金に魂を売り渡した亡者です。

ランスロット:虚偽報道フェイクニュースは謹んでもらおう。

ガウェイン:……それがオルドネア聖教の見解なのか。
       国教として庇護してきたブリタンゲインの窮状きゅうじょうに、傍観ぼうかんを決め込むのか。

ランスロット:……オルドネア聖教は、ブリタンゲイン帝国のみの宗教ではありません。
        ベルリッヒ連邦、フリードニア合衆国にも、数多くの信徒がおります。

シスター・カミラ:この発言、オルドネア聖教は、もはや国教とは呼べません。
          グローバル資本主義者の根城です――!

ランスロット:近年ブリタンゲインの、国際社会での評判はすこぶる悪い。
        何故ワラキア公爵が、いつまで経っても第四皇子トリスタンを大映円卓ザ・ラウンドに寄越さないか――

ガウェイン:……首都ヴラドーで、新型壊血病が蔓延し、都市封鎖ロックダウンしているためと聞いている。

ランスロット:距離を置かれているのですよ。凋落ちょうらくするブリタンゲインから――

ガウェイン:…………

ランスロット:国際社会では、ブリタンゲインの人種差別や植民地支配はたびたび問題視されてきた。
        ここに来て国内で沸き起こった、BLMバルバロイ・ライブズ・マター運動――
        ドワーフ族のクロノ=マーテルには追い風となっている。

        世界で批判の矛先を向けられているのは、ブリタンゲインのほうです。

シスター・カミラ:フェイクです、フェイクです――!!
          ランスロット皇子は、オルドネア聖教の操り人形――!

          民意は、我々『鉄血党』とオルトヨーゼフ教にあります。
          ガウェイン卿、庶民院の解散と、総選挙の公示をください。
          グローバル資本主義者の出先でさき政党を駆逐し、民意を示してご覧に入れます――!

ランスロット:貴公らの民意とは一体何だ。

シスター・カミラ:聖戦せいせんです。聖戦せいせんの鐘を打ち鳴らしましょう。

          我が大英帝国の軍事力は世界一。

          ドワーフを殺します。エルフを殺します。獣人を殺します。
          黒奴ニガーも、黄色い猿イエローモンキーも、白色人種アングロサクソン以外の劣等人種は奴隷に落とします。

          魔導装機で、野蛮人の群れを蹂躙しましょう。
          水陸両面から戦艦の砲撃で、未開部族の珍奇な建築物を破壊します。
          魔導兵団の地獄の炎で、暗黒大陸を焼き払い、浄化の炎で照らしましょう。

          新生タルタロスなる蛮人ばんじんの巣食う洞穴に、爆炎のルビーを。
          キノコ雲と死の灰。
          赤錆びた荒涼が、蛮人バルバロイの住処に相応しい。

          蛮人国家ばんじんこっかに、法と秩序と正義を――!
          聖戦ジハード――! 聖戦ジハード――!! 聖戦ジハード――!!!

ランスロット:……狂気だ。
        これが民意なら、集団自殺へ走るレミングの群れだ。

ガウェイン:……お前はどう考える。

ランスロット:――新生タルタロスの独立を承認し、和平を申し出ます。
        そして、経済協力を取り付ける。

ガウェイン:降伏するというのか!?
       あのドワーフ風情に――!?

シスター・カミラ:ついに本性を表しましたね。
          ランスロットは、敗北主義者を装った、グローバリストの走狗そうく――!
          国賊です――!

ランスロット:フリードニア独立戦争から、三年と経っていない。
        この戦後不況の最中、疲弊しきった国民を、また戦場に駆り立てるのですか。
        人心も産業も荒廃し、今度こそブリタンゲインは、不可逆の分断に追い込まれる。

シスター・カミラ:悪魔サタンの脅しに屈してはなりません。

          ブリタンゲインは、神に護られし国。
          真の救世主、ガウェイン=ブリタンゲインがおわします。
          おお、真の救世主ネオメサイヤ、我らの祈りを聞き届け給え――!

ランスロット:……兄上、ブリタンゲインは建国以来の危機に瀕しています。
        舵取りを一つあやまれば、滅亡する。

        兄上、どうか――
        この国を、この現実を――直視されてください。

ガウェイン:……これにて、今回の円卓会議を閉会とする。


□5/新生タルタロス、旧総督府文化ホール


クロノ:砂漠の国ウル・ハサン、南フリードニア熱帯国、暗黒大陸の諸君。
    遠路遥々えんろはるばる、よく集まってくれた。

    大英帝国を筆頭に、人間ヒューマン白色人種アングロサクソンに虐げられてきた……
    蛮人バルバロイと呼ばれた我らに、輝ける黄金の未来が開けた。

    肌の色、背丈に体格、目玉の数や、尻尾や体毛の有る無し――
    違いは数多くあれど、我ら蛮人ばんじん、皆兄弟じゃ。
    いざ黄金のさかずきを酌み交わそうぞ。

    黄金同盟の前途に乾杯――!!

ディアンナ:兄貴、兄貴――

クロノ:紹介しよう。
    わしの妹、ディアンナ=マーテルじゃ。
    わしと義兄弟になりたい物好きは、見事ディアンナを口説き落としてみよ。

ディアンナ:なっ――!?

クロノ:この通り、わしに似ずウブな女じゃ。
    まー、見ての通り、アザラシかトドのような体型じゃが、そこはほれ、鬼も十八じゅうはち、番茶も出花でばな、ピチピチギャルじゃ。
    競って婿に名乗りを上げてくれい。
    こんなんじゃが、パイオツだけはクレオパトラじゃ。

ディアンナ:全然褒めたことになってねえよ――!

       ……ごほん。
       お兄様、ちょっとお話が――

クロノ:すまんのう、席を外すぞ。
    乙女の内緒話じゃ。

(控えの間に引っ張られた先で、ディアンナに詰め寄られるクロノ)

ディアンナ:どういうことだよ兄貴――!

クロノ:悪かった悪かった。
    集会ついでに、お前の婿も世話してやろうと下心出してのう。

    で、どうじゃ?
    くわえ込みたいチンポコの一本や二本はあったか?

ディアンナ:もう何から文句言っていいのかわかんねえよ……

       そんなことより兄貴――
       おれ、会場の隅で立ち話してるの聞いちまったんだ……

クロノ:ほおう?

ディアンナ:……ブリタンゲインと戦争するのか?

クロノ:ポコチンおっ勃てるのが早い奴らじゃ。
    まだブリタンゲインのパンツも脱がしとらんぞ。

ディアンナ:どういうことだよ……

チェアマン:猥談わいだんで国際政治を語るのは、君ぐらいだね。
       戦争は戦争でも、経済戦争だよ。

ディアンナ:太母テラ――

クロノ:標的は通貨ポンドじゃ。
    ブリタンゲインの通貨政策は、世界中で恨み骨髄こつずいじゃからのう。

ディアンナ:通貨の恨みって――?

チェアマン:ブリタンゲインは、基軸通貨国として傲慢過ぎたのさ。

       対外資産は外貨建て、対外債務はポンド建て。
       基軸通貨国は常に通貨切り下げの誘惑に駆られる。
       ポンドの価値を半分に落とせば、外貨建ての資産はそのまま、ポンド建ての債務は実質半分。

       一方の債権国側は溜まったもんじゃない。
       ポンドは額面そのまま返してもらっても、自国の通貨に両替したら半値だからね。

       ブリタンゲインは、対外資産と対外債務を両建てで拡大してきた。

クロノ:何故こんなウマい話がまかり通ると思う?

チェアマン:基軸通貨は決済通貨だから、国際貿易では、一定量保有しないといけない。
       持っているだけで腐っていく通貨だとしてもね。

クロノ:同じポンド通貨圏でも、対外資産持ちの本国と、すかんぴんの植民地では事情は違う。

チェアマン:対外資産もなく、本国への輸出で細々食っている植民地は、ポンド安を好まない。
       外国からちょっと工業製品を輸入すれば、すぐ貿易赤字に転落。

       本国に作らされてるのは、農作物や原油や鉱石、差別化が困難な一次産品いちじさんぴんばかりだ。
       安く買い叩かれる。慢性的に経常赤字で借金漬け。

       もちろん外国も植民地もはらわたが煮えくり返っていたが、巨大な軍事力を持つ大英帝国に何も言えなかった。
       フリードニア独立までは――

クロノ:覚えとるか。
    ブリタンゲイン帝国軍、あいつらへっぽこだったじゃろ。

ディアンナ:へっぽこじゃあ、なかったぞ!?
       何度か死にかけたじゃねえか――!?

クロノ:そうじゃったかのう。
    まあ世界からはそう見られたんじゃ。

チェアマン:北米十三植民地を失った。
       国力はメタメタ、GDPも爆縮。

       ブリタンゲインの凋落ちょうらくを、世界中が嗅ぎ取った。

クロノ:油田ゆでん掘りなんぞ、蛮人バルバロイにやらせておけばいい。
    小麦やとうもろこしなんぞ、蛮人バルバロイに作らせておけばいい。

    原住民が汗水流して、泥や鉱毒に塗れて産出した小麦も鉱石も、印刷した紙くずポンドでふんだくっていった。
    わしの大転換で、このふざけた流れは変わった。

チェアマン:そう、まさしく大転換だった。
       商品相場は活況を呈し、原油、小麦、とうもろこしは連日高値更新だ。

       国が恣意的しいてきに購買力を切り下げる不換紙幣ふかんしへいから、増発不能のゴールドへの大転換――
       実物資産が正当な価値を持つ世界――金本位制の時代に逆戻りさせたのさ。

クロノ:見たか、カリ首揃えたポコチンどもを。
    脂ぎった成金ヅラしとったじゃろ。

ディアンナ:雁首がんくびだろ!?

       …………

クロノ:なんじゃ、そのしけたツラは。

ディアンナ:あの原住民たちは、小麦やとうもろこしの高騰で大儲けしたんだろうけど、他の人間はどうなんだよ。

クロノ:ああん?

ディアンナ:世界中が、食糧高騰に苦しんでいる。

       その足りない食い物は、バイオエタノールにして燃やしちまったって――
       なんかおかしいよ……

クロノ:なら、あいつらは奴隷のまま、人間ヒューマン白色人種アングロサクソンをご主人様と崇めてろっちゅうことかいな?

ディアンナ:そうは言ってねえよ。けど――

クロノ:百姓が小麦を売りたいのはどいつじゃ?

    バイオエタノールにして燃やす客か?
    パンにして食ってウンコにする客か?
    パンにして余らせて生ゴミにする客か?

    一番カネを出す客に決まっとるじゃろが。
    これが商売じゃぞ。

    ウンコ、生ゴミ、熱エネルギー。
    わしが百姓なら、何だってええわい。

ディアンナ:けど……このままじゃ本物の戦争になるぞ……

クロノ:わかっとる、わかっとる。
    わしだって、ブリタンゲインと真正面からぶつかって勝てるとは思っとらん。

    そのためのバイオエタノール――食糧危機とBLMバルバロイ・ライブズ・マターじゃ。

ディアンナ:――え?

クロノ:内乱を仕掛けるんじゃ。ブリタンゲイン人同士で潰し合うようにのう。

チェアマン:狙い通り、『鉄血党』の党員数はうなぎ上り。
       オルトヨーゼフ教の信者が、オルドネア聖教の教会に押しかけて、礼拝を妨害しているよ。

クロノ:あの『鉄血党』の奴ら、はたで聞いてるとぶん殴りたくなるが、よう働いてくれるわい。
    勝手に二等国民を弾圧して、対立と憎悪を煽ってくれる。

チェアマン:物価も失業率も、順調に上昇。
       蛮人バルバロイ以外の貧困白人プア・ホワイトも暴動を起こして、国内は荒れている。

クロノ:そりゃあええ。
    わしは戦争は嫌いでもないが、好きでもない。
    好きなのは、勝つことじゃ。それも無傷でのう。

    がははは――!

チェアマン:フフフ――

ディアンナ:……太母テラ。
      あんた本当に、テラなのか?
      伝説の黄金郷おうごんきょうあるじ、ミダス王から輝ける腕≠受け継いだ、真錬金術師グランド・アルケミスト――
      オルドネアの第四使徒テラ――

チェアマン:私がテラじゃなかったら、誰だって言うんだい?

ディアンナ:――ファーヴニル。

チェアマン:ファーヴニル。
       欲深きドワーフの錬金術師。
       テラを殺害し、錬金術の秘法輝ける腕≠盗み出した。

ディアンナ:ファーヴニルは、夢中になって黄金を生み出す。
       しかし段々と、恐怖と猜疑心さいぎしんとらわれ始めた。

      誰かに黄金を盗まれるのではないか
      自分がテラを殺して輝ける腕≠奪ったように、自分も殺されるのではないか

チェアマン:黄金と命を守りたいファーヴニルは、自らの肉体を黄金に――黄金の龍に錬成れんせいする。
       命より大事な黄金をむさぼり食うと、ドワーフの地底王国タルタロスを破壊し、黄金に輝く千年王国エルサレムを目指した。
       そして聖三使徒――ペテロ、ヨーゼフ、フィリポスに討ち取られ、テラの錬金術は永遠に失われた――

ディアンナ:そうだ、なんで気づかなかった。
       兄貴、そいつは太母テラじゃない。
       欲深きドワーフの錬金術師、黄金貪龍おうごんどんりゅうファーヴニルの化身だ――!

クロノ:知っとるわい。

ディアンナ:――え?

クロノ:当たり前じゃろ。
    第四使徒テラは、十四の小娘と伝え聞く。
    処女膜張ってそうなションベン臭いコーマンじゃぞ。
    ポコチンも入らんコーマンに、国を丸ごと飲み込む器量なんぞない。

チェアマン:ひどすぎる喩えだね。

ディアンナ:ああ、恥ずかしい……

クロノ:そもそもわしは、テラもファーヴニルも実在したとは思っとらん。
    聖典なんぞ、あんなもんはオルドネア教信者のホラ話じゃろ。

チェアマン:じゃあ私は誰なんだい?

クロノ:あんたは、人間ヒューマンどもに侵略され、滅亡し、名前を奪われた……地底王国タルタロス、いにしえの王じゃ。

    人間ヒューマンどもはバツが悪いもんで、善玉でオルドネア教信者テラと、悪玉のファーヴニルに分けた。
    かくしてあんたは、名前も経歴も抹消された。

チェアマン:王様なのは、オルドネア聖教と変わらないんだね。
       そんなに偉そうに見えるかい。

クロノ:あんたは王様じゃろ。
    王様じゃなくとも、相当長いこと政治家やっとる。

    新生タルタロスは、建国一年にも満たない、素人揃いの新興国じゃぞ。
    この国が潰れず、おままごとのような行政でも回ってるのは、あんたの手腕あってのことじゃ。

チェアマン:君の洞察は深い。普段の口利きからは想像もつかないよ。

クロノ:ディアンナ、お前にも大仕事が待っとるぞ。
    お前は王女兼、軍需ぐんじゅ大臣じゃ。

    五年、いや三年以内に、軍事力でブリタンゲインを上回る。
    まずは蛮人王クロノ様の乗機に相応しい、最強の魔導装機を造るぞ。
    あのグレートブリテンとやらもぶちのめす、百腕の大巨人じゃ。
    なあに、カネなら唸るほどある。黄金に輝くギルター金貨がのう。

ディアンナ:……嫌だ。

クロノ:なんじゃと?

ディアンナ:嫌だって言ったんだよ。

クロノ:何抜かしとる。さっきのでヘソ曲げとるのか。謝ったじゃろ。

ディアンナ:……兄貴のやり方にはついていけねえって、何度も思ったよ。

       けど、兄貴はどんな脅しにも権力にも屈しなかった。
       表面上はへいこらしても、最後には泥をかけてやる。
       おれはそんな兄貴が……えげつないけど痛快な兄貴が好きだった。

       けど今の兄貴は違う。
       弱い者を食い物にする。そんなのは痛快でもなんでもない。
       おれたちを虐げてた人間ヒューマンと一緒じゃないか。

クロノ:そりゃあお前が、わしの見たいところしか見とらんかっただけじゃ。

    わしは何も変わっとらん。
    一介の傭兵崩れから、権力とカネを手にした。
    王になった。

ディアンナ:おれは……一介の傭兵崩れで良かったよ……

クロノ:冗談じゃあない。
    わしはドワーフ王家の末裔、クロノ=マーテル様じゃ。
    タルタロスを復興する野望を抱いて泥水啜って生きてきた。

    ディアンナ、お前もドワーフの王女じゃぞ。
    わしの野望に力を貸せ。

ディアンナ:おれがドワーフの王女なら、人間ヒューマンとドワーフの対立を煽る野望には手を貸さない。
       ドワーフの王女として――蛮人王の野望を阻む!

クロノ:は、やれるもんならやってみい。

ディアンナ:やってやるさ! 兄貴に詫びさせてやる――!

(ディアンナが部屋を飛び出していった後、黄金仮面のチェアマンが呟く)

チェアマン:とんだ兄妹喧嘩になっちまったね。

クロノ:よくあることじゃ。うまいもんでも食わしてやりゃ機嫌直すじゃろ。

チェアマン:そんな軽い雰囲気じゃなかったよ。私もまとめて不審者リストだ。

クロノ:改めてあんた何者なんじゃ。わしの予想は当たっとったか?

チェアマン:聖典がホラ話なのは正解だ。
       君の推測通り、私はかつて王と呼ばれていた。

クロノ:じゃろ?

チェアマン:けど肝心な予想は大外れ。
       テラもファーヴニルも実在した。
       オルドネアの第四使徒、太母テラは、間違いなく地底王国タルタロスの女王だったよ。

クロノ:あんた、見てきたような言い方するのう。

チェアマン:そりゃあ、見てきたからね。

クロノ:――待て。
    昔話の登場人物で、一人王様がおったぞ。
    テラは輝ける腕≠受け継いだとされるが、その持ち主が消えたとは、どこにも書いとらん。

    あんたは――

チェアマン:そう――私が輝ける腕≠フミダスだ。


□6/帝都ログレス、郊外の住宅街


ケイ:富を欲するか。
   恥を忍べ、傾絶けいぜつせよ。故旧こきゅうを絶ちて、義と背け。
   荀子じゅんし

ディアンナ:――ダリオ!

ケイ:やあ、君か。無事で何より。

ディアンナ:庭先で何やってんだ?

ケイ:喫茶と喫煙だよ。
   暴徒とワラキアからの新型壊血病で、外出自粛令が出された。

ディアンナ:ああ……だから誰にも会わなかったのか。

ケイ:静かでコーヒーが美味く、マスターが話しかけてこない、喫煙自由のいい喫茶店があったのだが。

ディアンナ:そりゃ話しかけられたくないよな。
       お前未成年だもんな。

ケイ:何の用だね。

ディアンナ:ここでは話しづらい。家に入れてくれないか。

ケイ:異性の家に押しかけて大丈夫なのかね、ディアンナ王女。

ディアンナ:いつでもぶん殴るつもりでスパナは握ってる、ケイ皇子。

(レンガ造りの住宅に入ったディアンナは、室内の内装を見回す)

ディアンナ:――本当に普通の家だな。

ケイ:実家は、二等国民が多く住む貧困地区で、仮住居かりずまいだったそうだ。
   この家は、皇室が建ててくれた。口止め料代わりにね。

ディアンナ:…………

ケイ:さて、本題に入ってくれないか。私はこれでも忙しいのでね。

ディアンナ:――あ、ああ。

ケイ:――――

   なるほど、事情はよくわかった。

ディアンナ:えっ、本当か?

ケイ:興味ないね。

ディアンナ:おまえならそう言うと思ってたよ。
       ランスロット皇子に会わせてくれ。

ケイ:すまないが、それもできない。

ディアンナ:なんでだよ。

ケイ:皇子を辞めてきたからね。

ディアンナ:はあっ!?

ケイ:事実を端的に言ったまでだ。

ディアンナ:皇子って辞められるのか!?

ケイ:さあ。辞任を表明して、その後何も言ってこないから受理されたのではないかね。

ディアンナ:兄貴も兄貴だけど、おまえも大概だな……ケイ皇子。

ケイ:君には言われたくないね。まず一人称を直したらどうだ、ディアンナ王女。

ディアンナ:ともかくランスロット皇子に会わせてくれ。
       おまえが協力するまでここを動かないからな。

ケイ:君も頑固だね。

ディアンナ:……おまえ、片眼鏡モノクルに変えたんだな。

ケイ:ああ。私の弱視は右目だけだからね。左側に度は入っていなかった。

ディアンナ:片眼鏡モノクル似合ってるよ。嫌味っぽさが増してる。

ケイ:それはどうも。

ディアンナ:これからどうするんだ?

ケイ:国を出るよ。

ディアンナ:おまえ皇子だろ!?

ケイ:皇子は辞めてきた。そう言ったはずだが。

ディアンナ:けど、おまえ十三歳だろ。
       どうやって外国で暮らしていくんだ。

ケイ:私には黄金ゴールドがある。

ディアンナ:ギルター金貨……

ケイ:通貨防衛のため、英国中央イングランド銀行は、長期金利を20%に誘導すると噂が流れている。
   そうすれば、英国中央イングランド銀行が抱える大量の既発国債きはつこくさいが売りに出されるだろう。
   利回り1%の既発国債は、最終利回りが20%になるよう、債券価格の暴落でサヤ寄せされる。
   64%以上の暴落だ。

   もちろんインフレを放置し、金利を抑え込む金融抑圧を続ければ、ポンドが暴落する。

ディアンナ:こんなの……破綻寸前じゃないか……
       新生タルタロスは、ここまでブリタンゲインを追い込んでいたのか……

ケイ:国際金融のトリレンマ。
   ブリタンゲインは決めなければならない。

   通貨ポンドを守り、国債ボンドの暴落、金利の暴騰を認めるか。
   国債ボンドを守り、通貨ポンドを紙くずにするか。

   いずれのケースでも、私のポジションでは利益が出る。
   私のポジションは、ポンド建て英国債えいこくさい空売りショートだ。

   ククク――

ディアンナ:……どうしてお前は、自分の国の破滅を嬉しそうに話す。

ケイ:君は祖国が好きかね?

ディアンナ:そりゃあそうだ。
       おれたちドワーフには、国がない。
       ようやく再興した、ドワーフの王国だ。

ケイ:私はブリタンゲインに愛着を抱いたことはないよ。
   皇帝が侍女に手を出し、出来てしまった隠し子だ。
   母は気が狂い、気が狂った母の血を引く私は、魔因子を持たない出来損ない。
   早々と皇室から抹消された。

ディアンナ:…………

       母上は?

ケイ:奥の部屋で寝ているよ。
   足を悪くしてね。寝たきりだ。

ディアンナ:――妙な音が聞こえる。
       木を引っ掻くような音と、うめき声……

ケイ:……君は客間にいたまえ。

   母が起きたようだ。

ディアンナ:這いずるような音……

ケイ:くそっ、鍵を壊したのか。

バーバラ:――た、助けて、助けて。

ディアンナ:――この人は!?

ケイ:――――

   駄目じゃないですか、母上。
   足を悪くされてるのだから、大人しく寝ていないと。

バーバラ:ひっ……悪魔……!

ケイ:鎮静剤はまだ効いているようだ。

   さあ母上、注射しますよ。
   大人しくされてください。

   さもないと針が血管の中で折れる。

バーバラ:――この子は悪魔よ!

      助けて、助けて――
      たすけ……

ケイ:やれやれ。薬に耐性が出来たのか。
   今日から倍量投与だな。

   見苦しいところを見せてしまった。
   母は精神を病んでしまってね。
   気にしないでくれ。

ディアンナ:……その足は?

ケイ:1年前、階段で足を滑らせてね。
   腰を強くうち半身不随。それ以来寝たきりだ。

ディアンナ:…………

       本当に階段で足を滑らせたのか?

ケイ:もちろんだとも。

   ――何故?

ディアンナ:……医者を呼ぼう。

ケイ:その必要はない。

ディアンナ:どうして。

ケイ:いつものことだ。

ディアンナ:……医者を呼んでくる。

ケイ:それは困る。

ディアンナ:なぜ?

ケイ:――それは困るのだよ。

ディアンナ:――!?

ケイ:君を撃たなければならない。

ディアンナ:拳銃……どこでそんなものを。

ケイ:帝国陸軍の質流れ品だ。
   我が軍は、よほどカネに困っているのだな。

ディアンナ:おまえ、やっぱり母上を……

ケイ:――――

   母は左利きでね。
   私の弱視は右目だ。

ディアンナ:……急になんだよ。

ケイ:よく叩かれたよ。
   魔法の使えない出来損ない。
   皇帝陛下の魔因子を受け継いでさえいれば、自分も寵姫ちょうきになれたのに――と。

   激しく叩かれたある日、世界の右側が歪んだ。

ディアンナ:だから――!?
       それで同情を誘おうとしてるのか。

ケイ:そうだ。同情を誘おうとしている。

ディアンナ:そんなの誰が――!

ケイ:君は一体何がしたい?

   私を少年院に入れれば気が済むのか?
   この女を裁判所に引き出すのが目的か?
   精神障害で無罪放免されるまで見届けたら満足か?

   それとも母子おやこ揃って、皇室の恥晒しと、口封じに暗殺されたらハッピーエンドかね。

ディアンナ:それは…………
       けど、このまま見過ごすなんて出来ない!

       おまえと母上の関係は……歪んでるよ……

ケイ:……殺人か。気が進まないのだがね。

ディアンナ:おれを……殺すのか。

ケイ:君だけではない。この女もだ。

ディアンナ:こんな真っ昼間に、住宅街で拳銃なんて撃ったらすぐ通報されるぞ。

ケイ:同感だ。

ディアンナ:警察に捕まる。

ケイ:そうなるね。

ディアンナ:殺人罪だぞ!?

ケイ:大変だ。

ディアンナ:どうしてそんな他人事なんだ――!?

ケイ:私は捕まりもしないし、殺人罪にもならないからだよ。

   私は国を出る。この国は滅ぶ。
   私を捕まえる組織も、私を裁く法も消滅する。

ディアンナ:悪魔……!

ケイ:悪魔……私に相応しい名前かもしれんな。
   母からもそう呼ばれている。

ディアンナ:第五皇子ケイ……
       おまえは悪魔だ……!

ケイ:悪魔も悪くないものだよ。
   人を殺しても、悪魔を捕まえる法律も組織もない。

   悪魔は自由だ。
   ならば私は、喜んで人間を辞めて悪魔となろう。

ディアンナ:…………!!

       …………?

ケイ:――行きたまえ。

ディアンナ:なぜ……銃を下ろした?

ケイ:君の兄上には儲けさせてもらったからね。
   君の知人にも世話になっている。

ディアンナ:……ケイ皇子。

ケイ:――さあお帰りの時間だ。

   二度と会うこともあるまい。
   グッバイ、ディアンナ王女。


□7/帝都ログレスの大通り


ディアンナ:――キャメロット城が見える。
       ログレスの大通りまで歩いてたのか。

       真っ昼間なのに誰もいない。
       外出自粛令は本当だったのか。
       ワラキアから来た新型壊血病と、暴動だっけ。

ディアンナ:これからどうしよう……
       ランスロット皇子が通り掛かったりしないかな――
       ダリオに取り次いでもらう予定だったけど、アテが外れた。

ドワーフA:帝国政府の配給除外を許すな!

ドワーフB:打ち壊しじゃあ!

ディアンナ:ドワーフ!?

ドワーフA:おお、お仲間じゃあないか。

ディアンナ:何やってんだよ。

ドワーフB:おどれ、BLMバルバロイ・ライブズ・マターじゃないんか。

ディアンナ:知らねえよ。
       おれ、半年ぶりにログレスにきたんだ。

ドワーフA:そりゃあ絶妙なタイミングじゃのう。

ドワーフB:ちょうどええ。手榴弾じゃ。
       おまえさんも一発ぶちかましてこい。

ディアンナ:みんな何やってんだよ!
       街に火を放ったり、商店を略奪したり――

ドワーフA:おどれ知らんのか。
       ブリタンゲインは非常事態宣言が出されて、食い物は配給制になったんじゃ。

ディアンナ:ええっ!?

ドワーフB:わしらはその対象から除外じゃ。
       どうやって生きろと言うんじゃ。

ドワーフA:おまけに些細な罪で投獄。噂ではガス室らしいぞ。

ドワーフB:『鉄血党』め。わしらを民族浄化ジェノサイドするつもりなんじゃ。

ディアンナ:グレートローテーション……
       内乱……

       兄貴……

カマエル:Great Britain Revival Againグレート・ブリテン・リバイバル・アゲイン――
      Great Britain Revival Againグレート・ブリテン・リバイバル・アゲイン――

ドワーフA:た、聖罰猟兵ターミネーターじゃ!

カマエル:You are a Terroristユーアー・テロリスト.
      You are guiltyユーアー・ギルティ.You are guiltyユーアー・ギルティ.

ドワーフB:何が罪じゃ。ここまで追い込んどいて――!

カマエル:Law and Orderロウ アンド オーダー――And Justiceアンド、ジャスティス!!

ドワーフA:……どうせガス室じゃ。やったるわい。
       ぬおおお――!!!

カマエル:Blood Splattering Justiceブラッド・スプラッティング・ジャスティス――!
      Blood Splattering Justiceブラッド・スプラッティング・ジャスティス――!

ドワーフA:ぐあああああ――!!!

ディアンナ:電動鋸チェーンソーで、手足を……
       あ、あ……ああ……

ドワーフB:破れかぶれじゃあ!!

カマエル:Jihadジハード――! Jihadジハード――!! Jihadジハード――!!!

ディアンナ:や、やめろ――!!

ドワーフB:ぎゃあああああ――!!!

カマエル:AHAHAHAHA――

      Justice Nowジャスティス・ナウ――!
      Justice Nowジャスティス・ナウ――!!

ディアンナ:なぜこんなむごいことができる……
       同じ人間ニンゲンじゃないか……

カマエル:――同じ人間?
      お前たち蛮人バルバロイが、我々白色人種アングロサクソンと?

ディアンナ:そうだ――!
       人間ヒューマンとドワーフ、一体何が違う!?

カマエル:同じ人間にんげん……
      そう、蛮人バルバロイが、同じ人間にんげんと主張したことから、私たちの受難は始まった。

      洞穴ほらあなで暮らしていた矮人わいじんどもが、黄色い猿イエローモンキーが、黒奴ニガーどもが――白色人種アングロサクソンと同じ権利を主張した。

ディアンナ:それの何が悪い――!

カマエル:おお、なんと浅ましい蛮人バルバロイ――!

      千年王国亡き後、私たちの祖先は荒れ地から国を築いた。
      これが我々の祖国ブリタンゲイン――白色人種アングロサクソンが築いた復活の千年王国だ。

      その間、お前たち蛮人バルバロイはどこにいた?
      薄暗い洞穴ほらあなで、もぐらの肉でも漁っていたのだろう。
      白色人種アングロサクソンが繁栄の光を灯した後、闇夜の虫けらのように群がり、社会福祉やインフラにただ乗りする。

ディアンナ:めちゃくちゃだ。
       大航海時代、おまえたちが帆船はんせんを繰り出して、世界中から異人種を連れてきたんじゃないか……

カマエル:黙れ、蛮人バルバロイめ。

      お前たち蛮人バルバロイは、どんな仕事でも低賃金で喜んで働く、根っからの奴隷種族。
      支配階級エスタブリッシュメントや資本主義者たちは、こぞってお前たちを雇入れ、ブリタンゲイン人の労働環境は悪化した。
      お前たちのせいで、我々普通の白色人種アングロサクソンが、底辺への競争を強いられた。

      この私を見よ。
      チューブと排管の突き出した、聖罰猟兵ターミネーターの姿を。

      乳房をえぐられ、鉄のプレートを嵌められた。
      内臓は空っぽで、普通の食事もできない。
      子宮の代わりに入れられたのは、予備の人工心臓。

      こんな体に改造されなければ、普通の白色人種アングロサクソンは、魔因子を持つエルフやドワーフとは競争にならない。
      結婚して、子供を産み育て、小さな家を所有する――
      もはや届かない、錆びついた夢……

      『錆びついた地帯ラストベルト』に、白人たちの小さな夢が、赤錆びた残骸となって転がっている。

      お前たち蛮人バルバロイが、格差と貧困を、荒涼たる赤錆びを持ち込んだ――!
      お前は有罪――! お前は有罪――!!

ディアンナ:…………!!

ガウェイン:帝都ログレスを荒らす暴徒ども。
       全員、武器を捨ててその場に伏せろ。

ディアンナ:帝国陸軍――!

カマエル:ガウェイン卿! ガウェイン卿!
      ご覧ください。我々聖罰猟兵ターミネーターが暴徒どもを制圧しました。

      今、そこの蛮人バルバロイの雌を粛清するところでした。

ガウェイン:…………

ディアンナ:ガウェイン皇子――!

       これがあんたの理想の国なのか……
       差別と弾圧、暴力と憎しみが吹き荒れる――

       これがアーサー王が築いた、ブリタンゲイン帝国なのか――!?

カマエル:蛮人バルバロイが! なんたる不敬!

ディアンナ:ごふっ!

カマエル:申し訳ございません。すぐに黙らせます。
      この斬殺鎖鋸イビル・スプラッターで血塗れの正義を叩き込みます。

ガウェイン:――やめろ!

ディアンナ:…………

ガウェイン:聖罰猟兵ターミネーターカマエル――いや、『鉄血党』党首カミラ。
       貴公を騒乱罪、殺人罪で拘束する。

カマエル:そ、そんな! 私は白人は誰一人殺していません――!
      私は人間にんげん未満の、蛮人バルバロイを駆除しただけです――!!

ガウェイン:全軍に告ぐ――!
       BLMバルバロイ・ライブズ・マター、および『鉄血党』党員、ログレスの騒乱に加担したもの――
       人種性別国籍問わず、すべて拘束せよ。

       法と秩序を取り戻すのだ――!

カマエル:何故私が鎖で縛られ、手錠をかけられるのです――!?

      ガウェイン卿! ガウェイン卿!
      私の救世主メサイヤ――!!

ディアンナ:…………

ガウェイン:怪我はないか。

ディアンナ:あ、ああ……

ガウェイン:軍の誘導に従って、避難所へ向かえ。

ディアンナ:は、はい……

ガウェイン:……すまなかった。

ディアンナ:……ガウェイン皇子。

ガウェイン:……これが俺の祖国か。
       これが今のブリタンゲインなのか。


□8/ログレスの路地裏


ディアンナ:大転換、グレートローテーション――

       大転換だ。
       あの世界有数の都市ログレスで、怒号と悲鳴、銃声、魔法の爆炎が飛び交い、内戦国の有様だ……

ディアンナ:兄貴はこの惨状を見てもなんとも思わないのか……

       思わないんだろうな。
       狙い通りだと、大笑いする姿が目に浮かぶ。

ディアンナ:……兄貴は下品で残忍な野心家だけど、おれには優しかった。
       お荷物は容赦なく切り捨てるのに、おれだけは見捨てなかった。

       だからおれは、兄貴は心根は優しい男なんだと、そう思い込もうとしていた。
       ああ、けどもう無理だ。

       兄貴の言う通り――
       おれは兄貴の見たいところしか見ていなかったのかもしれない……

ディアンナ:――人間ヒューマン!? 

       ……自警団か。

       待てよ、おれはBLMバルバロイ・ライブズ・マターとは関係ない。
       銃を下ろせ。

       ――っ!?

(銃声が鳴り響き、白煉瓦の壁にディアンナの鮮血が飛び散る)

ディアンナ:……っあああっ!!

       どうして……どうして、ドワーフだからって、そんな憎しみを向けられる。
       見ず知らずの、関わったこともない他人に……

       ただドワーフというだけで、引き金を引ける――!?

チェアマン:――それが人間ニンゲンの本質だからさ。

ディアンナ:太母テラ……いや、ファーヴニル!?

       頭を掴まれた人間ヒューマンが……
       黄金の像に――!?

チェアマン:これが私の錬金術――
       生体魔導具『輝ける腕』――

ディアンナ:輝ける腕……
       あの伝説の黄金郷エルドラドを治めた輝ける腕≠フミダス王!?

チェアマン:王なんて大層なものじゃない。
       私は奴隷さ。

ディアンナ:黄金の像が……食われていく!?

       目に見えない龍の歯形が刻まれ……
       虚空に消えていく……

チェアマン:遠い昔――私も錬金術師を志した一人だった。
       ご多分に漏れず、何の成果もないまま、人生を棒に振った。

       私はそのままで終わりたくなかった。
       ゆえに私は、黄金を喰らう大悪魔ダイモーンと契約を交わした――
       名前も知らない、黄金に輝く邪龍――
       私は龍の下僕となって、黄金の素体……人間を捧げる。

      輝ける腕≠ヘなんてことはない、龍の調理道具さ。
       その龍の食べかすが、私の錬金術の正体だ。

ディアンナ:黄金の欠片に砂金……

チェアマン:タネが割れれば、情けないものだろう。
       恥を晒すついでに、私の素顔も見せようか。

ディアンナ:黄金の仮面の下……

       何もない……空っぽだ。
       背広せびろの中身も……

      輝ける腕≠セけが、宙に浮かんでいる……

チェアマン:体を食われたんだよ。私も例外じゃない。
       これが錬金術の真理に到達した者の末路だ。

ディアンナ:…………

チェアマン:錬金術の真理を教えてあげようか。
       黄金ゴールドの価値は稀少性、好き勝手に乱発できない不可侵性だ。

       もし、紙幣のように刷り放題になったら?

ディアンナ:紙幣と同じ、光る石ころ……

チェアマン:そう、きんを自在に作り出せるようになったら、金は無価値になる。
       ここに錬金術の矛盾がある。

ディアンナ:けど、誰にも言わないで自分だけ黙って使えば……

       あ――!

チェアマン:錬金術師と吹聴ふいちょうして、ドワーフの王様までやった子がいたね。

ディアンナ:オルドネアの第四使徒、太母テラ――

チェアマン:錬金術は失われた。聖典ではそうなっている。

ディアンナ:殺されたのか……テラは。
       黄金の価値を維持したい連中に。

チェアマン:そのとおり。
       今じゃ聖人気取りのペテロ、ヨーゼフ、フィリポスことアーサー王の三人に。

ディアンナ:ミダス王……
       あなたがブリタンゲインを恨む理由は、テラの……?

チェアマン:おっと、私は別に恨んじゃいないさ。
       と思ったけど、痛快だったから恨んでたんだろうね。

       はは、私にそんな人間らしさが残ってたなんて。

ディアンナ:……テラは、どんな人だったんだ?

チェアマン:詐欺師だったね。

ディアンナ:詐欺師!?

チェアマン:ああ言い方が悪かった。錬金術師だ。
       砂鉄を砂金にすり替える錬金術で、金持ちから研究費をぼったくっていた。

ディアンナ:詐欺師で合ってた……
       どんなに言い繕っても手品師だろ……

チェアマン:まあ、技術の使い方は上手かったよ。
       私と黄金ゴールドを使って、女王に成り上がったんだからね。

       悪賢い子だった。

ディアンナ:ミダス王が兄貴を気に入った理由、わかった気がする……

チェアマン:私は王にして奴隷だ。
       私が仕える王が必要なのさ。

       私は、道を示してくれるものに従う。

ディアンナ:おれは兄貴の道は歩めない。
       けど、これからどうすればいいかわからないんだ……

チェアマン:君の道は、君が決めればいい。

ディアンナ:無理だよ。おれは兄貴がいないと何も決められない。

チェアマン:そんなことはない。
       君だってあの太母テラと、蛮人王クロノの血を引いてるんだ。

ディアンナ:けど、もし兄貴と衝突したら……

チェアマン:それはあの子の道行きだ。
       君はそうじゃない。

       君はまったく違う横道を掘り、異なる道と道を繋ぐ。
       よく整備された都市の、道路交通網のように縦横無尽に。

ディアンナ:そんなこと、どうやって……

チェアマン:さっきまで考えてたじゃないか。

ディアンナ:さっきまで……ランスロット皇子!

チェアマン:そう、ここはログレスだ。
       話し合うべき相手はいくらでもいる。

       君の身分なら、それができるはずだ、ディアンナ王女。

ディアンナ:……いいのか。兄貴を裏切るようなことをして。

チェアマン:様子を見てこいと言ったのは、あの子さ。
       ちょっとお喋りが過ぎてしまっただけだ。

ディアンナ:ミダス王――

チェアマン:昔、テラが言っていたよ。
       ドワーフには国がない、だから自分がドワーフに母国を作ると。

       ずる賢さを、世のために使う、面白い子だった。
       だから私は、あの子のために輝ける腕≠振るった。

       私にはもう、何もないからね。
       使えばたちまち暴落する、光るクズゴールドトラッシュに囲まれた泡沫うたかた
       泡のように現世を揺蕩たゆたう私に、テラは本物の黄金を見せてくれた。
       光り輝く、未来を。

       蛮人王の光か、君の光か。
       どちらが真の黄金か。

       見届けさせておくれ。
       まがいの黄金郷おうごんきょうの王にして、龍の奴隷たる、このミダスに。


□9/真夜中のサン・ペテロ大聖堂


ランスロット:しゅよ、なぜ涙を流す
        サタンよ、きみを思って泣くのだ。わたしのほかに誰がきみのために泣こう

        しゅよ、あなたの善を完全とするために、この世のすべての罪と罰は、わたしが担う
        善と悪、法と裁き、神と悪魔、われらが表裏一体となることで、われらの秩序ロゴスは完成する

        しゅよ、これは呪いである。呪われよ、神人ホモ・デウス
        おお、敵対者よ。おまえの呪いは焼きついた。これより、いかずちをもちて、おまえを右の座から撃ち落とす
        それでよい。おまえは人間ヒトにして神人カミとなるのだ、ペテロ
        きみを地獄へ落とす。わが最愛なる敵対者――ヨーゼフよ

ガウェイン:ランスロット、どこにいる。

ランスロット:聖壇せいだんの前です。

ガウェイン:折れた翼の象徴――ヨーゼフ派の領域か。
       その本は――?

ランスロット:新約外典『堕ちた明星』の原書です。

ガウェイン:大英円卓ザ・ラウンドで話していた外典か。
       俺のような不信心者ふしんじんものに開示してよかったのか。

ランスロット:今こそ世界には、サタンが必要なのです。

ガウェイン:……サタンか。

ランスロット:兄上、お話をうかがいましょう。

ガウェイン:頼む……
       オルドネア聖教の力を貸してくれ。

ランスロット:ログレス大虐殺――
        歴史上稀に見る、異人種への凄惨な虐殺劇として、国際社会では猛烈な批判を浴びています。
        新生タルタロスはいち早く批難声明を出し、ドワーフを含むすべての人種を受け入れると宣言した。
        いまや蛮人王とは、野蛮な王ではなく、すべての被差別者の王の、敬称となっている。

        新生タルタロスの穀物価格釣り上げや、通貨攻撃には、もはや誰も注目しない。

ガウェイン:わかっている。すべて俺の責任だ。

ランスロット:ここは礼拝堂です。告解こっかいをされよ。

ガウェイン:……針のむしろだった。
       フリードニア独立の敗戦は、俺にある。名指しこそされないが誰もがそう思っている。
       焦っていた。どうにかして人心を一つにまとめたい。

       ……いや、民から認められたい。

ランスロット:そこに近づいてきたのがオルトヨーゼフ教と『鉄血党』。

ガウェイン:ああ。
       オルトヨーゼフ教……当初はただの新興宗教だったが、次第に政治団体となっていった。
       それが『鉄血党』だ。彼らは俺の支持者となってくれた。

ランスロット:だから『鉄血党』の先鋭化に、目をつぶった。

ガウェイン:それは違う。
       俺は本心から彼らの……普通のブリタンゲイン人の暮らしを守りたいと思った。
       だが結果として、それが『鉄血党』を増長させ、差別や弾圧を肯定する形となった。

       すべては俺の……弱さと保身だ。

ランスロット:兄上、あなたにはまだ保身がある。

ガウェイン:…………

ランスロット:私を憎くは思いませんでしたか。

ガウェイン:いや……

ランスロット:沈黙が雄弁に語っている。あなたは私が憎かった。

ガウェイン:――――

       ああその通りだ。俺はお前が憎かった。
       武勇、勉学ともに優れ、信仰厚く、大衆からも慕われる美男子――
       完璧なる第二皇子、ランスロット。

       俺の皇位継承権は一位で、お前は二位だ。
       幾度となく、溜息と陰口を聞いた。
      ガウェイン卿が皇位継承権を放棄するか、いっそ戦死でもしてくれないか

       俺は常に怯えていた。
       いつか政府から、国民から、皇帝陛下……父上から――
       お前は皇帝に相応しくないと糾弾され、皇位継承権を剥奪されるのではないか。

       そして、その通りになった。

ランスロット:――――

ガウェイン:ガランテインだ。お前のアロンダイトと並ぶ聖剣。
       円卓の騎士の証にして、皇位継承者の証。

       只今をもってガランテインを返納する。
       俺を円卓の騎士から除籍しろ。

ランスロット:…………

ガウェイン:言い出してみれば、どうということはない。
       積年の憂いが晴れた。

       せいせいした気分だ。

       これで収まりがつかぬなら、俺を裁判にかけろ。
       俺が裁かれれば、ブリタンゲインは一つになれる。
       俺が分断の象徴……俺がサタンなのだ。

ランスロット:――いいえ、兄上はサタンではありません。

        サタンはシスター・カミラ。
        あの女が毒蛇となって兄上をそそのかしたのです。

ガウェイン:カミラにそこまでの重責を負わせられるか。
       俺が認め、俺が看過した。俺の責任だ。

ランスロット:サタンはカミラ一人ではありません。
        もう一人のサタンにして諸悪の根源……蛮人王クロノ=マーテルがいます。

ガウェイン:蛮人王……
       今の奴は、天頂に輝く、被差別者たちの星だ。

ランスロット:彼の『明けの明星』すら、天界を追われ、地に落ちた。
        撃ち落としてみせますよ。

        秩序ロゴスのため――
        世界には、社会悪サタンが必要だ。



※クリックしていただけると励みになります

index