The 13th prince(プリンス・オブ・サーティーン)

第37話 黙示録の果てへ

★配役:♂4♀3両1=計8人

▼登場人物

モルドレッド=ブラックモア♂:

十六歳の聖騎士。
ブリタンゲイン五十四世の十三番目の子。
オルドネア聖教の枢機卿に「十三番目の騎士は王国に厄災をもたらす」と告げられた。
皇帝の子ながら、ただ一人『円卓の騎士』に叙されていない。

魔導具:【-救世十字架(ロンギヌス)-】
魔導系統:【-神聖魔法(キリエ・レイソン)-】

パーシヴァル=ブリタンゲイン♂
十七歳の宮廷魔導師。
ブリタンゲイン五十四世の十一番目の子。
『円卓の騎士』の一人で、陸軍魔導師団の一員。
お調子者の少年だが、宮廷魔導師だけあって知識量はかなりのもの。

魔導具:【-自在なる叡知(アヴァロン)-】
魔導系統:【-元素魔法(エレメンタル)-】

アムルディア=ブリタンゲイン♀
十六歳の機操騎士。第一皇子ガウェインの長女。
ブリタンゲイン五十四世には、孫に当たる。
先代皇帝より、戴冠の証である聖剣を受け継ぎ、王位継承の儀を待つ次期皇帝。

ハーフドワーフ。
母親であるアンナは、洞窟人ドワーフの王族である。
ドワーフの血筋ゆえに身長は低めであり、その反対に胸は大きい。
またドワーフらしく、古今東西の武具を好み、機械弄りが趣味。

魔導具:【-太陽覇王剣(エクスカリバー)-】
魔導装機:試作専用型〈ガランテイン〉

ラーライラ=ムーンストーン♀
二十七歳の樹霊使い(ドルイド)(外見年齢は十三歳程度)。
トゥルードの森に住むエルフの部族『ムーンストーン族』の一員。
人間の父と、エルフの母のあいだに生まれたハーフエルフ。
『ムーンストーン族』のエルフには見られない青髪と碧眼は、父親譲りのもの。

父親が魔因子を持たない人間だったので、〈魔心臓〉しか受け継がなかった。
エルフながら魔法を使うためには、魔導具の補助が必要である。

魔導具:【-緑の花冠(フェアリー・ディアナ)-】
魔導系統:【-樹霊喚起歌(ネモレンシス)-】

カテリーナ=ウルフスタイン♀
十六歳の戦乙女(ヴァルキュリア)
特に重装乙女(ブリュンヒルデ)に分類される近接戦闘のエキスパート。

ウルフスタイン伯爵の娘。
大学院(アカデミア)の高等部を退学し、父親の口利きで聖騎士団に加入した。
金髪縦ロールのお嬢様スタイルだが、性格は豪快を絵に描いたよう。

魔導具:【-轟雷の雄叫び(ミョルニル)-】
魔導具:【-金剛怪力帯(メギンギョルズ)-】

救世主オルドネア両
千年前の古代魔法王国時代を生きた古代人。
神の声を聞き、十三人の使徒と共に、大悪魔(ダイモーン)に立ち向かい、世界を救った救世主。
十三番目の使徒ジュダの裏切りによって、最後に残る大悪魔(ダイモーン)と畏れられ、十字架に架けられて死んだとされる。

救世主伝説は後の世に編纂された創作であり、真の裏切りの使徒とは、編纂者である第一使徒ペテロ自身である。
処刑を執行したのは第二使徒ヨーゼフ、後にアーサー王と名乗る第三使徒フィリポスも民衆に偽りを流布した。
彼ら聖三使徒は、本来存在しないジュダという架空の使徒に、裏切りの罪を押し付けたのだった。

生命は必滅の宿命を孕む故に哀しみ、資源が限りあるからこそ奪い合う。
晩年のオルドネアは、世界が苦しみに満ちている原因は、物質世界にあるとするグノーシス思想に至り、聖三使徒と対立した。
魂だけの存在となって甦ったオルドネアは、死霊傀儡師『黒翅蝶』を名乗り、生前とは真逆の『悪』による救済を行いながら、『死』による救世を企てる。
『悪』では全ての人を救えないと悟ったオルドネアは、『死』によって魂を精神世界へ昇華しようと、黙示録を引き起こす。

霊峰恐龍ディラザウロ♂
『ハ・デスの生き霊』の幹部、逆十字(リバースクロス)の一人。
黒い玄武岩の体躯に、マグマの血脈を張り巡らせた暴君竜。
全長二十メートルを超える背中には、厳威誇る火山が聳え立っている。

死霊傀儡師『黒翅蝶』の力で蘇ったアンデッドであり、本来の姿は、太古に滅んだ恐竜の化石である。
ネクロマンシーの秘術と、人造の魔心臓を与えられたことで、化石に嵌った魔晶核が賦活し、生前の姿を取り戻した。

『偽りの太陽』ミトラスの霊髄と、『大火山』テュポーンの神骸を喰らい、新たな大悪魔(ダイモーン)として再誕した。
自身を死に追い詰めた攻撃に対して免疫を獲得し、体を造り替える『進化免疫(エヴォートグロブリン)』により、竜人体→岩石体→結晶体と進化していく。
標高三千メートルを超すエトナ火山と一体化した完全火山体では、『暴食進化(エヴォリューション・グラトニー)』により、地球を熔岩大海嘯(マグマオーシャン)に飲み干し、
あらゆる生命の遺伝子を取り込んだ原始地球の熔岩の海で、究極の生命体へ進化を目指す。

魔導具:【-暴虐惑星火山(プラネット・デストロイア)-】
魔導系統:【-始原元素魔法(ジェネシック・エレメンタル)-】

白き終焉の熾天使(してんし)サタンセラフィム♂:
オルドネア聖教の異端審問機関『黙示録の堕天使』を率いる天使長。
十二の古式魔導具で構成された、白銀の騎士甲冑『聖骸十二翼(ルシフェラード)』に身を包む。
階級は九段階の内の最上位『熾天使』であり、オルドネア聖教の神威を知らしめる神の剣。
傲岸不遜で、自身が悪と断定した者には一切の容赦なく殺戮する、理性ある狂信者。

その正体は、第二使徒ヨーゼフと十二人の殉教者たち。
彼らは自らの命を捧げ、白銀の甲冑となって神魔ハ・デスを制御する疑似霊髄を形作った。
使徒ヨーゼフの人格を主体としつつも、各々の殉教者たちの意志も混ざり合い、甲冑の着用者の影響も受けている。
そのため歴代の着用者ごとに行動傾向は異なり、主人格自身も経験を重ねるにつれて変化している。
もはや『使徒ヨーゼフ』ではなく、『サタンセラフィム』という別個の人格と見なすのが正確である。

魔導具:【-聖骸十二翼(ルシフェラード)-】
魔導系統:【-神聖魔法(キリエ・レイソン)-】


※注意
・ルビの振ってある漢字は、ルビを読んでください。
・特定のルビのない漢字は、そのまま読んでください。



□1/ログレスの街の一角、遠く南欧のエトナ火山が火柱を噴き上げている


カテリーナ:わたくし、始めて見ますわ……
       エトナ火山の大噴火を……

パーシヴァル:大陸最大の活火山、エトナ山……
         伝承では、エトナ山には嵐の魔神が封じられているそうだ。
         エトナ火山の噴火は、火山の下敷きになった魔神が暴れるせいなんだってさ。

カテリーナ:火山で下敷きにするなんて、神様って力持ちですのね。

パーシヴァル:いやまあ、神話だから。

         でも元になった出来事があってもおかしくない。
         たとえば大昔に大悪魔(ダイモーン)同士の闘いがあって、負けた方が封じ込められたとか。

カテリーナ:勝った方が神様ってことですの?

パーシヴァル:うん、そうなんだ。
         大悪魔(ダイモーン)と呼ばれている存在の多くは、ある特定の時代には、人々の信仰を集めていた……神様だった。

         火山に封じられた魔神は、誰の信仰も集めない、破壊しかもたらさない大悪魔(ダイモーン)だったのかもしれない。
         じゃあ、その魔神を倒した、神と崇められた存在は何処へ消えたんだろう。

カテリーナ:神様は、オルドネア聖教の神、唯一つであると習いましたわ。
       他に神を名乗る存在は、異端の邪神や魔神であると。

パーシヴァル:神の名をみだりに唱えてはならない……
         そう言い伝えられている内に、誰もがその名前を忘れてしまった……
         唯一なる神、唯一神――

         だけど、何も特別なことはない……
         オルドネア聖教の神も、大悪魔(ダイモーン)の一柱なんだよ。

カテリーナ:はあ……まあ、そうですわね。
       でもオルドネア聖教の方の前では、言わない方がよろしいんじゃないかしら。

パーシヴァル:唯一なる神の力を振るう、異端審問官サタンセラフィム。
         救世主(メシア)の亡霊は、あいつをヨーゼフと呼んだ。
         第二使徒、厳格なる裁判人ヨーゼフ……

         やっぱりあの聖人の霊は、オルドネアなんだよ……
         少なくともかつて救世主(メシア)と呼ばれた存在……
         何らかの原因で、救世主(メシア)は神との繋がりを失い、その力はヨーゼフに移った……

カテリーナ:じゃあ、裏切りの十三使徒ジュダって……

パーシヴァル:誰かを指しているのか、そもそもそんな使徒はいないのか。

         確実に言えるのは、救世主(メシア)を裏切ったのは聖三使徒……
         ヨーゼフやペテロ……アーサー王だ……

カテリーナ:『ハ・デスの生き霊』は……この帝都の惨状は……
       かつて救世主(メシア)と呼ばれた亡霊の復讐劇ですの……!?

       モルドレッド様は……そのために利用されて……

パーシヴァル:…………

カテリーナ:千年も昔の、古代人の確執なんて知りませんわ――!
       どうしてわたくしたちが、使徒たちの(いさか)いのために、翻弄されないといけないのです――!?

パーシヴァル:カテリーナの言うとおりだよ……
         モルも、ラーライラも、アムルディアも、おいらたちも……
         ログレスを追われた全ての人たちも、何の関係もないことだ……!

カテリーナ:空が曇ってきましたわ……
       さっきまであんなに快晴だったのに……

パーシヴァル:火山灰と火山ガスの影響だよ。
         大気中に漂う膨大な煤煙(ばいえん)が、太陽の光を遮り、曇天を作り出してるんだ……

カテリーナ:気のせいかしら。何だか肌寒くなってきましたわ……

パーシヴァル:火山の冬……


□2/商業地区の路地裏、高層建築の谷間を骸骨翼竜が飛行していく


モルドレッド:預言通り、空は厚い曇に覆われたな……
        勿論あのエトナ火山の噴火は、偶然ではないのだろう?

オルドネアの霊体:あれは神の骸。
            かつて天雷(てんらい)の神と戦い敗れた、大悪魔(ダイモーン)の亡骸が、恐竜王の咆哮に呼応して目覚めたのだ。

モルドレッド:神とは、大悪魔(ダイモーン)とは何だ――?

オルドネアの霊体:どのように生まれるのか、どこからやってきたのか。
            私も全てを知るわけではない。知りうる限りの主な特徴は四つ。

            神の本質である核、霊髄。
            神の肉体、力の根源である神骸。
            神の微睡む寝台、気儘に支配する異次元、理想郷。
            洗礼の秘蹟、遺伝子に刻まれる眷属の刻印、魔因子。

            かつての友、賢者ペテロは一つの生態系を乗っ取ることを目的とした、異次元からの侵略者≠ニ定義した。

モルドレッド:……壮大過ぎて、まるで飲み込めないな。
        俺の友だったら、素早く理解して思考を回すんだろうが。

オルドネアの霊体:偽りの太陽ミトラスは、霊髄(れいずい)と神骸に分かたれ封じられた。
            ミトラスの霊髄は、セベキア魔源炉に灯され、人工の光としてブリタンゲインを照らしていた。
            なれどミトラスの神骸は、埋められた地中深くで燃え尽き、消滅した。
            ミトラスは、神は死んだのだ。

            天雷の神に敗れ、火山の下に封じられた大魔神テュポーン。
            核たる霊髄は打ち砕かれたが、肉体を滅ぼすことは出来ず、骸だけが魂を求めて暴れ回る。

            彼の恐竜王は、ミトラスの霊髄とテュポーンの神骸を、己の内に取り込んだ。
            あれは二つの神の亡骸を喰らった、新たなる神――新生した大悪魔(ダイモーン)だ。

モルドレッド:…………
        俺は帝国の破壊を……人類の滅亡を望んでいるわけではない……
        オルドネア聖教への復讐と……ラーライラを救いたいだけだ……

オルドネアの霊体:わかっているとも。
            黙示録のページを捲るには、世界の三分の一を滅ぼす悪竜の復活は読み飛ばせぬ。
            最後の審判を越えた先で、新天地は開かれる。
            其処では、生と死の境界は取り払われ、引き裂かれた生者と死者は手を取り合い、共に永遠を喜ぶ。

モルドレッド:…………

        ――――!?

(高層建築の隙間を飛行する骸骨翼竜の背後に接近する気配を感知。振り向いたモルドレッドの顔の真横を、集束魔導エネルギーが掠めていく)

モルドレッド:自律兵器――! アムルディアか――!

オルドネアの霊体:左右からも太陽の衛星が迫ってくる。

モルドレッド:直進だ――! 振り切れ――!

オルドネアの霊体:追撃と挟撃……その先に待ち受けているは――

(路地裏を抜けた先に、日輪を背負う機体が姿を現す)

モルドレッド:ガランテイン……!

アムルディア:追い詰めたぞ、十三皇子。
         真昼の帝都の闇、路地裏の暗がりへ逃げ込もうと、太陽の光は貴様を照らし出す。

モルドレッド:前後左右……四方を完全に包囲されている……!

        くそっ――!
        墓土に埋もれし屍どもよ! 赤き呪詛となりて撃ち落とせ――!
        ボーン・ブラッド・エクスプロージョン――!!

(石畳を押し上げ、剥き出しになった腐土の地膚から湧き出した死者の群れが、上空の魔導装機に飛びついて血肉を散らしていく)

アムルディア:斥力フィールド。死体爆弾など魔導装機には通じん。

        ナイツオブラウンド、全機、十三皇子に総攻撃――!

オルドネアの霊体:逸早(いちはや)く決着を求める――
            勝利を急ぐ拙速は、敗北となって降り掛かる……

アムルディア:エネルギー切れ――……!?
         こんなに早く……! 太陽光が弱まった影響か……!

         円卓の騎士たちが、墜落していく……!

モルドレッド:曇天の空……俺にとっては逆転のチャンスだ――!
        ブラキオゾンビ、魔導装機に特攻しろ――!

アムルディア:首を落とされた恐竜のアンデッド……!
         まだ動けるのか――!?

         うわああっ――――!!!

(住宅を叩き潰して巨躯を横たえていた首無し恐竜が腐肉を落としながら身を起こし、ガランテインに真横から突撃する)

モルドレッド:機体が高層建築にめり込んだ――!

オルドネアの霊体:崩れ掛けのアンデッドだ。長くは抑えられぬ。

モルドレッド:この刹那が稼げれば十分だ。
        スカルプテラ、直進しろ――!

(眼下の瓦礫に埋もれた魔導装機へ向かって、骸骨翼竜が急降下していく)

モルドレッド:操縦槽(そうじゅうそう)ごと串刺しにしてやる。
        魔導装機が貴様の棺桶だ――!

(機体心臓部のハッチが跳ね上げられ、光り輝く聖剣を構えたアムルディアが飛び出してくる)

アムルディア:聖剣よ、曙光の一閃となりて、我が敵を絶つ――!
         はあっ――!!

(極大の光の一閃が振り下ろされ、骸骨翼竜の片翼が消滅。浮力を失った骸骨翼竜が魔導装機に突っ込んでいく)

オルドネアの霊体:片翼をやられた。

モルドレッド:構わん、このまま突っ込め――!!
        死ねえっ、アムルディア――――!!!

(浮力を失ったまま直進する骸骨翼竜の背を離れ、モルドレッドは瓦礫の折り重なる地上へ飛び降りる)

モルドレッド:仕留めたか――!

(盛り上がった墓土と腐肉を緩衝材にして着地したモルドレッドは、半壊した機体の心臓部を見上げて邪悪に笑う)

オルドネアの霊体:いや――聖剣の輝きは消えていない。

アムルディア:太陽の風よ。我を守る神風(しんぷう)となれ――!

(太陽風の浮力で地面への墜落を回避したアムルディアは、地表でふわりと跳ね返ってから着地を果たす)

モルドレッド:逃げ延びたか……だが魔導装機はもう使えまい。

アムルディア:それは貴様も同じだ。
         この間合いでは巨大アンデッドの召喚は出来ん。私がさせん。

モルドレッド:ほざけ。貴様も死者の列に加えてやる。

アムルディア:貴様は生きたまま死んでいる、生ける屍だ。
         死人の群れと一緒に墓場へ失せろ。

モルドレッド:黙示録の向こうで、俺はラーライラと再会を果たす。
        お前は此処で、死の螺旋に沈め、アムルディア。

        生と死を統べる槍、聖魔槍ロンギヌス――!!

アムルディア:死の先に未来があるものか。
        過去に囚われた亡霊たちよ、生命(いのち)無きお前たちに明日はない。

        輝け、ブリタンゲインの最後の太陽……
        エクスカリバ――――!!


□3/王立公園、煮え立つ熔岩流の上に浮かぶ熾天使


サタンセラフィム:いいだろう……貴様に神を見せてやる。
          最後の光景だ。その目に焼き付けて死ね。

サタンセラフィム:崇めよ。
          土塊(つちくれ)の器に、生命の躍動を吹き込む、創生の受胎告知(ジェネシス)

          畏れよ。
          肉体を土に還し、魂を虚空に散らす、弔いの鎮魂歌(レクイエム)

          讃えよ。
          右手に生命(セフィロト)を、左手に滅亡(クリフォト)を、神々すらも(こうべ)を垂れる、生と死の円環の支配者。

サタンセラフィム:審判の刻は来たり。伏して祈れ――


□4/決着の後、瓦礫の散らばる決闘跡地


(周囲の高層建築には魔導装機と恐竜アンデッドが縺れ合って埋まり、瓦礫の散らばる路面でモルドレッドが身を起こす)

モルドレッド:っ……
        はあ、はあ……

アムルディア:う、うう……

モルドレッド:勝った! 勝ったぞ――!
        俺の勝ちだ、アムルディア――!

アムルディア:まだだ……!
        まだ私の生命は燃え尽きていない……!
        私は……まだ負けていない……!

モルドレッド:安心しろ。今、お前の息の根を止めてやる。
        敗北を土産に、あの世へ旅立っていけ――!

        …………!
        なんだ、この寒々しい波動は……?

アムルディア:水晶の山……!
         あの恐竜のモンスターも上回るほどの……!

モルドレッド:何をするつもりだ、熾天使――!


□5/ログレスの街の一角、突如出現した水晶氷山を見上げる二人


カテリーナ:見てくださいませ、パーシヴァル様!
       あの水晶の山の中を――!

パーシヴァル:巨人だ……!
         巨人が水晶の中に閉じ込められている……!

カテリーナ:まるで水晶の棺ですわ……
       巨人が眠る、氷の霊廟(れいびょう)……

パーシヴァル:水晶氷山に亀裂が走っていく……

カテリーナ:目覚めたのですわ……巨人が……


□6/水晶氷山が左右に断ち割られ、透き通る山体の深奥より半透明の巨人が這い出す


サタンセラフィム:降臨、神魔(しんま)ハ・デス――

ディラザウロ:その巨人がお前たち人間の神か。
        
サタンセラフィム:人間(ひと)の神は人間(ひと)の形を取る。
           お前のような化け物でも、無機物でもない。

ディラザウロ:その茫漠(ぼうばく)たる巨人の体躯(からだ)
        人間と同じ肉の器ではあるまい。

サタンセラフィム:神は、醜い化け物の、下衆の勘繰りにお怒りだ。
           身の程を弁えず、神の起源を探る不遜を悔い改めよ。

ディラザウロ:神と人間(ひと)、どちらが先に創られたものか。どちらでも構わん。

        余は大火山と一体化し、破壊の神へと転生する。
        始めるぞ。神と神、大悪魔(ダイモーン)大悪魔(ダイモーン)の闘争を――!!

サタンセラフィム:馬鹿め。大悪魔(ダイモーン)の復活を見逃すと思っているのか。

           神の天慮を、熾天使が代弁しよう。
           直ちに死ね、異端の邪神よ。
           無間の地獄で永劫の苦しみを受けよ――!!

(熔岩流に両足を浸したまま佇む巨神霊が歩み出すと、熱気を滾らせるマグマの海が氷結し、瞬く間に永久凍土が席巻していく)


□7/瓦礫の散らばる決闘跡地


モルドレッド:あれがオルドネア聖教の神なのか……

アムルディア:あの朧気で霞んだ体躯(からだ)……
         なんだかまるで……死霊のようだ……
       
オルドネアの霊体:くっくっくっく……

モルドレッド:どうした? 何を笑っているんだ?

オルドネアの霊体:黙示録は最終節を迎えた。
            神の再臨、そして――

            滅亡する世界――

(常にモルドレッドの傍らに佇んでいた聖人の霊は、ふわりと宙へ舞い上がり飛び去っていく)

モルドレッド:オルドネア――? 何処へ行くんだ――!


□8/王立公園、水晶に閉ざされた永久凍土の世界


サタンセラフィム:幽冥のゲヘナ最下層、嘆きの氷河コキュートス。
           絶対零度の氷の地獄に、原始地球の熔岩の海も白く凍りつく。

ディラザウロ:WOOOO……!
        余の理想郷が、熔岩台地が侵蝕されていく……!

サタンセラフィム:終わりだ。
           己の愚かさを悔い、未練を抱えながら消滅しろ――!

(熾天使の下した処刑宣告に、巨神霊は微動だにせず、凍土の世界に佇んでいる)

サタンセラフィム:神よ、何故動かん――……!?

オルドネアの霊体:ハ・デスの魔因子を寄せ集めて模倣した疑似霊髄。
            汝と十二の殉教者が命を捧げて造った、その白銀の鎧はよく出来ている。

            しかし千年の時を経ても、神魔ハ・デスは私に同調する。
            真の霊髄を持つ、この私に――

サタンセラフィム:オルドネア……!

オルドネアの霊体:懐かしい響きだ。
            汝の声では、そちらの名で呼ばれたい。

サタンセラフィム:……オルドネアは死んだ。
           貴様は救世主(メシア)を騙る亡霊、十三使徒ジュダだ――!

オルドネアの霊体:ヨーゼフよ。
           私は黒き蝶となり、汝の創りし秩序(ロゴス)の世界を旅してきた。
           法と秩序の敷かれた下で、人間の下に人間が作られ、階級と権威に希望を失い、人々は絶望に沈んでいた。
           人類最高の理性(ロゴス)が設計した世界は、失われし楽園には程遠い。

サタンセラフィム:貴様は欲望を解放する、自由(パトス)を支持するのか。
           自由とは、力ある者が暴虐を振るい、欲しいままに振る舞う、獣同然の世界だ。
           文明や社会は荒廃し、人類は衰退へ向かおう。
           人間が人間として生きるには、秩序……理性(ロゴス)が必要なのだ――!

オルドネアの霊体:秩序(ロゴス)自由(パトス)も人々を救うことは出来ぬ。
            そのどちらでも……人々は死という永別に哀しみ、滅びゆく宿命に苦しみ逝く。

            何故この世には、哀しみと苦しみが満ち溢れているのか。
            其れは肉や土という、死滅(ほろび)を内包した器に魂を封じられた、監獄だからだ。
            愚かで気儘な創造主……偽の神デミウルゴスの創り出した物質世界こそ、全ての悪の根源なのだ。

サタンセラフィム:オルドネアよ……貴方は死と交じり合い過ぎた。
           そして狂ったのだ。貴方はハ・デスという死神の代弁者となった。
           グノーシスという破滅の思想に取り憑かれ、死を救済と説くようになった。

オルドネアの霊体:何故死を、不可逆の聖域へ押し込む。
            生と死の境界を取り払った先の、人間の繁栄と歓喜(よろこび)を叶えたくはないのか。

サタンセラフィム:このログレスの街並みを見よ。
           朽ち果てる肉体に囚われた魂が、有形無形に己の生涯を刻み、積み上げてきた。

           産声を上げる赤子の声を聞け。
           死に往く者たちが親となり、我が子に己の面影を残す。

           人間は死へ至るからこそ、生命の円環は巡る。
           貴方の説く精神世界(グノーシス)は、(ただ)無間の生が続く、永劫の停滞。
           刻を凍らせ、(こころ)を凍らせるだけの、死の世界だ。

オルドネアの霊体:其れは人類という種族を管理する、神の視点だ。
            生と死に引き裂かれた者たちの哀別の涙は、かつてもこれからも流れ続ける。
            汝の倫理(ロゴス)は、唯の一人の魂も救わぬ。

サタンセラフィム:そうだ。我が名はサタンセラフィム。
           人類の敵対者にして管理者。歯車の一つに気を払いはせん。
           世界のため、人類のため……死と苦しみを与え続けよう――!

オルドネアの霊体:ヨーゼフよ、気づいているか。
            汝もまた、底知れぬ狂気に囚われていることに。

            其れもよかろう。
            狂わなければ、神の境地に立つことなど出来ぬ。
            汝も私も――

サタンセラフィム:我、サタンセラフィムが、貴様の罪を告発する。
           裁かれよ、邪悪なる者……救世主よ――!!

オルドネアの霊体:サタンセラフィム、物質世界(デミウルゴス)の堕天使よ。
            汝より神を取り戻す。
            審判を経て、精神世界(グノーシス)の門は開かれる――


□9/王立公園、神の支配権を巡って争った後の水晶世界


モルドレッド:こ、これは……

サタンセラフィム:く……うう……

モルドレッド:サタンセラフィムが倒れている……
        オルドネアは――!?

(巨神霊の左肩の上に浮かぶ聖人の霊に、結晶体の恐竜王が語り掛ける)

ディラザウロ:神の奪還。
        これがお前の目的だったのか、ネクロマンサー。

オルドネアの霊体:すまなかった、恐竜王よ。
            汝の闘争を、ハ・デスを降ろすための呼び水とした。

ディラザウロ:お前の策謀などどうでも良い。
         闘え、ネクロマンサー。巨人の神骸と一体化せよ。
         大火山に目覚めた余と、神々の闘争を繰り広げん。

オルドネアの霊体:汝を欺く形となったが、汝を陥れるつもりは無い。
            約束は果たそう。
            契約通り、この惑星を喰らい尽くすがよい。

モルドレッド:――――!?

ディラザウロ:気に喰わん。全てがお前の思惑通りか。

オルドネアの霊体:では私を喰い殺すがよい。汝の怒りが晴れるならば。

ディラザウロ:闘争無くば、余の進化は促されん。

オルドネアの霊体:汝の進化にはもう一つの手段(すべ)があろう。

ディラザウロ:そのつもりだ。

パーシヴァル:モル――っ!

カテリーナ:モルドレッド様――!

モルドレッド:パーシヴァル、カテリーナ。

ディラザウロ:モルドレッドよ。珍しく闘争抜きに互いの腹がくちた。
        余はエトナ火山と一体化し、この惑星(ほし)を原始の姿に還す。
        お前は水晶の箱船に乗り、精神世界(グノーシス)の新天地へ旅立て。
        そこでエルフのラーライラと再会を果たすがいい。

モルドレッド:…………!!

オルドネアの霊体:さあ、往こう。
           最後の審判は、死者の復活、永遠の刻と裁断(さだま)った。
           黙示録は終わり、デミウルゴスの物質世界は崩壊する。

(聖人の霊が巨神霊の中心に吸い込まれ、曇天の空へ昇っていく)

ディラザウロ:さらばだ、(おの)が種族を喰い殺した最後のアダムよ。

(恐竜王の巨躯も赤い熔岩に融解し、永久凍土を融かして地面に消えていく)

パーシヴァル:モル……!

カテリーナ:モルドレッド様……!

モルドレッド:パーシヴァルが……! カテリーナが……!
        水晶の像に凍りついていく……!

        帝都が……コキュートスに閉ざされる……!


□10/氷河に閉ざされた王立公園、絶対零度の氷結地獄


モルドレッド:誰も……いない……
        物音一つ、息遣い一つ聞こえてこない……

        世界が凍りついた……絶対零度の静寂……

サタンセラフィム:これが貴様の望んだ世界だ、十三皇子。

モルドレッド:サタンセラフィム……! お前は動けるのか……!

サタンセラフィム:紛い物だが、我も霊髄を持つ、三位一体(トリニティ)の端くれだ。
           辛うじて、ハ・デスの支配からは逃れている。

モルドレッド:…………

サタンセラフィム:もっと喜んだらどうだ。
           貴様の望んだ未来が、目の前にあるのだぞ。

モルドレッド:黙れ――!
        貴様がラーライラを殺した所為だ――!
        それが黙示録の引き金となった――!

サタンセラフィム:あのハーフエルフの女が殺されたから、貴様は縁も所縁もない帝都の民を殺戮したと。
           出来の悪い冗談だ。何処を笑えば良いのだ。

モルドレッド:貴様らオルドネア聖教の詭弁(きべん)にはヘドが出る。
        俺は預言通り災厄(わざわい)をもたらした、裏切りの十三皇子だ。

        だが俺は、貴様ら異端審問官の悪逆を決して見過ごさない!
        ハーフエルフの少女を洗脳し、悪事が露見しようとすれば一転、手の平を返し、反逆者として殺害する……

        何故裁かれる悪と、裁かれない悪がある――!?
        これはオルドネア聖教への裁きだ――!
        世界を引き替えにしても、俺は貴様らに復讐をしたかった――!

サタンセラフィム:女一人の命と、この世界が釣り合うとは。
           安い純愛物語(ラブロマンス)だな。三文小説か。

           では返してやろう。お前の女を。

モルドレッド:水晶が、結晶化していく――……
        まさか、そんな……

(永久凍土の氷が生え伸びて結晶化していく。透き通る水晶の中で、ハーフエルフの少女がゆっくりと目を開ける)

ラーライラ:モルドレッド……

モルドレッド:ラー、ライラ……

ラーライラ:どうしてそんな顔をするの?
       あなたは少しも優しくなかった。

       いつもぶっきらぼう……
       私のこと、嫌いなのかと思ってた……

モルドレッド:いつもお前が居るのが当たり前だった……
        失って初めて気づいたんだ……

ラーライラ:うん……私もきっと、死を前にしなければ言えなかった……

モルドレッド:ラーライラ、どうすればお前を助け出せる?
        この水晶の中から……

ラーライラ:駄目、私はあなたに触れることは出来ない。
       私はもう死んでいる……生者と死者は交われない……

モルドレッド:オルドネアなら、復活の奇跡を起こしてくれる――!

ラーライラ:死者の復活は、奇蹟ではなく、禁忌……
       誰も死なない、無限に増え続けていく種族には、どんな未来が待ち受けるの?

モルドレッド:肉体という牢獄の所為だ。
        デミウルゴスの物質世界を越えて、グノーシスの精神世界へ旅立てば、魂の永遠は約束される。

ラーライラ:あなたは本心から、それを信じているの――?

モルドレッド:そうだ……

ラーライラ:嘘。

モルドレッド:違う――!

ラーライラ:嘘よ。

モルドレッド:俺は……お前が理不尽に殺されたこの世界が許せないんだ……
        お前が殺され、誰も罰を受けず、裁かれず、正義の犠牲になっていく世界が許せないんだ……!

オルドネアの声:モルドレッド、よく退けた。
          天使の指先が指し示す行く手には、隠れた幾つもの罠が仕掛けられている。

(ラーライラの宿る水晶を、目映い無数の光芒が縦横無尽に貫通し消し飛ばしていく)

ラーライラ:きゃあああ――!!!

モルドレッド:ラーライラ――!!

(天空を埋め尽くす夥しい眼球の中心で、救世主と一体化した巨神霊が地上を見下ろす)

神魔ハ・デス:其れは汝の記憶より凝結した、魂無き氷人形に過ぎぬ。
         我らの魂は、未だ精神世界(グノーシス)に至ってはいない。

(巨神霊の支配権に拮抗していた熾天使が珪素に侵され、凍結していく中、力強く叫ぶ)

サタンセラフィム:その通りだ、救世主……!
           だが人の心とは、他者の心理を、己の内に再現し、同情し共感する仮想装置。
           鮮明な記憶より生まれた虚像が、実像を代弁しないと何故言える……!

ラーライラ:モルドレッド……あなたは生きている……
       あなたは生きて、未来へ向かっていく……

モルドレッド:ラーライラ、でも俺は……!

ラーライラ:過去に囚われてはいけない……
       思い出の中に生きていてはいけないの――!

モルドレッド:…………!!

ラーライラ:往ってモルドレッド――!
       私の居ない未来へ――!!

モルドレッド:ううう……おおおおおお――!!!

(渾身の力で投擲された聖魔槍が地上から空中を駆け上り、天空に浮遊する巨神霊を貫く)

神魔ハ・デス:何故……私の救済を貫いた……?
         何故……汝は泣いているのだ……?

モルドレッド:哀しいからだ、オルドネア……
        ラーライラが死んで、あなたを殺して……

神魔ハ・デス:私はその哀しみを消したかった……
         この世界の……総ての人々を救いたかった……

モルドレッド:こんなにも魂が震えるのは、哀しいからだ。
        生きているから魂が震える。人間は死ぬから魂が震える。

        誰も死なない世界は……代わりに(こころ)が死ぬ……

神魔ハ・デス:(こころ)が死ぬ……
        そうか……私は死んでいたのか……

モルドレッド:違うよ、オルドネア……
        あなたは生きている……

        そしてこれから死ぬんだ……

神魔ハ・デス:QuoVadis(クォ・ヴァディス)=c…
         汝は何処へ往くのか……汝は何を望むのか……

モルドレッド:生と死が円環を成す世界へ……

        俺たちの未来へ――!

神魔ハ・デス:私は此処で見送ろう……
        黄金郷(エルドラド)へ旅立つ汝を……

        導いて往け……自らを……
        黄金に輝く明日へと――


□11/王立公園、噴気孔が硫黄ガスを噴き出す熔岩台地


モルドレッド:凍りついた世界が元の……熔岩台地に移り変わった……

        オルドネア……ラーライラ……
        俺は……何もかも失ってしまった……

パーシヴァル:モル……

カテリーナ:モルドレッド様……

モルドレッド:パーシヴァル……カテリーナ……
        すまなかった……俺はどうかしていたな……

アムルディア:モルドレッド卿――

モルドレッド:……殺せ。

        覚悟は出来ている……

アムルディア:…………

パーシヴァル:ねえ、見てよ……

         南の地平線の果て……
         天空まで焦がすほどの、赤いマグマの津波(かべ)……

アムルディア:熔岩の大海嘯(だいかいしょう)……!
         全世界を滅ぼす、神話の大洪水だ……!

カテリーナ:エトナ火山って、大陸の南欧でしたわよね……?
       途中にある国や街……大地は残らずマグマに飲み込まれて……

パーシヴァル:海を越えて、ブリタンゲインまでやって来たんだ……

(地平線より迫る赤き大海嘯を睨んでいた熾天使は、無言で白銀の翼を左右へ拡げる)

モルドレッド:往くのか、サタンセラフィム……

サタンセラフィム:大悪魔(ダイモーン)を討つ。それが我の聖務だ。

モルドレッド:俺も往かせてくれ。頼む。

アムルディア:私も同行を、お許し願いたい。
         この戦いで、人類の帰趨(きすう)が決する。
         人間の一人として、私もその現場に居合わせたい。

パーシヴァル:おいらも往くよ。
         あの熔岩の大洪水じゃ、世界中どこにいたって同じだ。

カテリーナ:モルドレッド=ブラックモアの行く先には、カテリーナ=ウルフスタインありですわ!

サタンセラフィム:…………

           いいだろう、最後の審判の傍聴人ども。
           貴様らに、最終戦争(ハルマゲドン)を見せてやる。


□12/灰白の空と熔岩大海原、轟く火山雷と熔岩礫の飛び交う主峰エトナ山


(白銀の輝きを曳いて先頭を飛翔する熾天使に、二人の皇子が乗った骸骨翼竜が続き、魔導装機が最後尾を飛行していく)

モルドレッド:南欧大陸……
        熔岩を噴き出すエトナ山が近付いてきた……

パーシヴァル:火山灰と硫黄ガスの立ち込める視界を、火山雷の閃光が引き裂いて轟く……
         目の前を飛び交う、マグマを滴らせた真っ赤な岩石の嵐……
         眼下の景色は、広野一帯、煮え滾る熔岩の海……

         いくらモルの防御結界の中でも、こんな地獄の光景を何時間も生で見たくないよ……

(骸骨翼竜に並列飛行する魔導装機から、カテリーナの外部音声が発せられる)

カテリーナ:パーシヴァル様。でしたら、わたくしと交代しませんこと?
       モルドレッド様の腰に腕を巻き付けて、空の遊覧デートですわー。

アムルディア:この灼熱地獄の中、乗り物はあの骸骨翼竜で、どこからそんな発想が……

         申し訳ないがパーシヴァル卿。
         ガランテインへの同乗はご遠慮願いたい。

カテリーナ:この搭乗用のニューロスーツ。殿方には見せたくありませんわね。
       ピッチピチで、体のラインがくっきり浮き出てしまいますもの。

アムルディア:……まあ、そういう事情です。
        ですからあなたは、引き続き火山の絶景を楽しんでいただければ。

パーシヴァル:はあ……
         そういう話聞くとさ、余計あっちに乗りたくなっちゃうよね。

モルドレッド:お前……メインパイロットはあれだぞ?
        巨乳でもあれじゃ、見てもしょうがないだろう。

アムルディア:モルドレッド卿。貴公は私の何から何までが気に食わないようだな。

モルドレッド:別に。お前に興味がないだけだ。

パーシヴァル:まーまーまー。
         そっか、モルは特に巨乳が好きってわけじゃないんだね。
         そういえばラーライラも、ぺったんこだったよね。

カテリーナ:モルドレッド様は、まな板が好みでしたのね……!
       わたくし、バストにはいささかの自信がありましたけれど、逆効果だったのですわね……!

       ……わたくし、痩せます。
       ターゲットは大胸筋、小胸筋、鎖骨下筋――
       この二つの脂肪の塊を燃焼し尽くして、力こぶに鍛え上げますわ――!

パーシヴァル:駄目だよカテリーナ! それは人類の財産だ――!

アムルディア:ああこれは失敬。ロリコン趣味だったか。

モルドレッド:別に巨乳が嫌いなわけじゃない。
        どちらかといえば好きなほうだと言える。
        俺が嫌いなのは、チビとデブとブスだ。

アムルディア:……それは私への当てこすりか。

モルドレッド:お前の名前など、一言も出していないだろう。
        自覚があったならすまなかったな。

アムルディア:……貴公とは一度じっくり、剣で語り合いたい。

モルドレッド:負け試合が好きな奴だ。敗北の味は美味いのか?

アムルディア:一勝一敗だ。
        自惚れは誰もいない部屋で、一人でやってもらいたい。
        いちいち見苦しい。

モルドレッド:……この場で語り合うか。

アムルディア:――上等だ。

サタンセラフィム:騒がしいぞ馬鹿ども。
           決闘ごっこがしたいなら、死ぬまでこの空域で遊んでいろ。

ディラザウロの声:やってきたか、白き大悪魔(ダイモーン)よ。

アムルディア:――――!

         地表より熱源感知――
         急速に上昇してくる――!

カテリーナ:山が持ち上がっていきますわ……!
       標高がどんどん高くなっていきます……!

(熔岩大海原の水面下より頭部を持ち上げる動作に倣い、聳え立つエトナ山の標高が急上昇していく)

モルドレッド:熔岩の大海原から、恐竜の頭部が……

パーシヴァル:冗談だろ、これ……山が身を起こした……

サタンセラフィム:あれが大悪魔(ダイモーン)の骸……
           あのエトナ山自身が、復活した奴の躯なのだ――!

(鳴動する激震の大地、荒れ狂う熔岩大海原の海上、復活の咆哮に天地が揺れる)

ディラザウロ:GUOOOOOOO…………!!!

(熔岩大海原の海底より現れた、大火山を背負う破壊の龍が、世界に黙示録の轟きを叫んだ)


□13/大火山との対峙、霊峰恐龍が灼熱の眼差しで熾天使と四人を見据える


アムルディア:恐竜族の王よ、お前の目的は何だ……?
         人類を滅ぼし、恐竜族の世界を復興しようとしているのか――!?

ディラザウロ:恐竜族だと?

        恐竜族は滅ぶべくして滅んだ。
        敗れ去る者たちに、明日は無い。
        己の骸が、終わった時を語るのみ。

アムルディア:ではお前は、何のために――!?

ディラザウロ:地球内部より吸い上げた熔岩で、この惑星(ほし)を原始の灼熱に還す。
        森羅万象、あらゆるものの遺伝子を飲み干した、生命の海。
        熔岩大海原(マグマオーシャン)の中で、余は究極の生命体へ転生するのだ。

カテリーナ:誰もいないマグマの地球で、あなた独りだけ残ってどうするつもりですの……?

ディラザウロ:余は知ったのだ。
        この惑星(ほし)大空(そら)の高み、天蓋を破った先には、無限に拡がる宇宙(そら)がある。
        暗き宇宙(そら)へ至るには、まだ足りぬ。まだ届かぬ。
        更なる巨体にならなければ、宇宙へは足を踏み出せんのだ。

        そのために、この惑星(ほし)の総てを喰い尽くす――!

パーシヴァル:何を言ってるんだか、途方もなさ過ぎて、さっぱりわからない……
         大悪魔(ダイモーン)の心境は、人間の理解の範囲を超えている……

モルドレッド:ディラザウロ……お前は唯独り、果て無き闘争を生きるのだな。

ディラザウロ:お前やラーライラとの語らいは、余の内面に波紋を立てた。
        だがそれだけだ。揺れても共鳴はせん。余の本質は変わらなかった。

モルドレッド:()け、ディラザウロ。闘争の道を――

        俺は全力(ぜんちから)を賭して、お前を阻む――!

ディラザウロ:そうだ、モルドレッド。
        孤独の道を駆ける余に、感情(こころ)の槍を突き立てよ。
        余はお前を蹴散らし、絆の屍を踏み締めて進む――!!

(霊峰恐龍の怒号に熔岩大海原が天高く逆巻き、灰白の空を焦がす狂濤となって襲いかかる)

カテリーナ:マグマの逆波……灼熱の壁ですわ――!

パーシヴァル:ここが標高何千メートルだと思ってるんだよ……何もかもでたらめだ……
         重力とかマグマの質量とか、自然科学の常識で考えてたら、気が狂いそうだ……!

サタンセラフィム:降臨、神魔ハ・デス――

           幽冥のゲヘナ――!

アムルディア:マグマの大海嘯が水晶に断ち割られていく……

サタンセラフィム:愚かな……刻を逆巻かせることは出来ん。
           時代の審判に、再審は無い。

ディラザウロ:勝負だ、白き大悪魔(ダイモーン)――!

        人間の力を見せてみろ――!
        群れという巨体を、神すらも創り出す知恵の力を――!

パーシヴァル:山が……動いた……!!

モルドレッド:向かってくるぞ――!

サタンセラフィム:敗残者は、黙って過去に(うず)もれていろ――!!

モルドレッド:ハ・デスの右手の上に……巨大な水晶が結晶化していく……

パーシヴァル:エトナ山に匹敵する、超巨大水晶の手……

カテリーナ:神の手、ですわ……

サタンセラフィム:ファティマの右手――……ゴッドハンド――!!

アムルディア:山を受け止めた――!?

ディラザウロ:GUOOOO……!!!

サタンセラフィム:ぬうううう……!!!

カテリーナ:これが大悪魔(ダイモーン)同士の戦いですの……!?

アムルディア:人間の領域を越えている……神の領域だ……!

パーシヴァル:おいら、一生この光景を忘れないよ……

モルドレッド:…………!!

ディラザウロ:GU……OOOO……!!

        余は……立ち止まるわけにはいかん……進化の道を……!!

アムルディア:恐竜族の王よ、何故あなたは闘い続ける――!?
         もう十分ではないか――! それ以上どんな強さを望むのだ――!

ディラザウロ:走り続けなければ、その場に立ち止まることすら出来ん……!
         支配者の王冠も、闘争を止めれば、たちどころに他者の手に落ちる……!

アムルディア:あなたは哀れだ……たった独りきりになるために未来へ向かう……

ディラザウロ:それが肉食恐竜の宿命だ……人間の王よ……!
         お前たち猿どもや、草を()む草食恐竜とは違う……!
         孤独こそ、暴君竜に生まれついた余の王冠なのだ……!!

サタンセラフィム:孤独に生きた爬虫類(とかげ)の王よ――孤独に死ね。

(全世界をどよめかす神の掌と大火山の激突は、無窮とも思える争覇の末、ついに趨勢が決する)
(神の掌が大火山を包み込み、標高数千メートルの山体が罅割れ、轟音と爆煙の絶叫を上げて崩壊していく)

ディラザウロ:余が踏み躙ってきた者たちの野望(ゆめ)の残骸は……!!
        余が駆け抜けた闘争の道に転がる……!!
        余の他に……誰が死者たちの無念を未来へ連れ征く……!!

サタンセラフィム:絶滅(ほろび)の結末を受け入れられず、甦りし現代(いま)に足掻くアンデッドめ。
           貴様ら死者は、過去に凍りついた。死者は未来に向かうことは出来ん。
           貴様の刻は、此処で凍るのだ。

ディラザウロ:前へ……!! 前へ……!!
         一歩……!! 一歩でも遠く……!! 未来へ……!!

モルドレッド:ディラザウロ! 俺はお前のことを忘れない――!

アムルディア:私もだ! 誇り高き恐竜族の王よ――!

モルドレッド:だから……もう休め……

ディラザウロ:WOOOOO……

         終わるのか……
         六千五百万の空白を一足に駆け抜けた……余の闘争は……

         もう……背負えぬ……
         死者たちよ……お前たちの……無念を……

モルドレッド:ディラザウロ……

ディラザウロ:余は二度死ぬ……

        宿命に打ち克った者よ……
        お前に……余の無念を託す……
        未来へ――……

サタンセラフィム:永久(とわ)に眠れ、大悪魔(ダイモーン)――

           光に滅せよ――!!


□14/エトナ山消滅後、晴れ渡る戦場跡の荒れ果てた荒野


パーシヴァル:終わった……おいら生きてるよ……

カテリーナ:黙示録と、最後の審判を経て――世界は守られた、ですわね。

モルドレッド:まだ終わっていない。

        裁きが残っている。
        ……そうだろう?

サタンセラフィム:災厄(わざわい)の十三皇子モルドレッド。
           偽の救世主(メシア)の甘言に迷い、帝国どころか全世界を破滅へ導いた大罪。
           万死をもっても償えぬ。

           ……だが同時に、破滅の瀬戸際で世界を救った。
           よって熾天使の判決は、執行猶予とし、人間の王へ差し戻しとする。

モルドレッド:これで終わったか。

        さあ、アムルディア。
        その聖剣で、俺を処刑しろ。

        これだけの大破壊を引き起こした……
        俺は……決して許されない。

サタンセラフィム:貴様に何の権限があって勝手に終わらせてる。

           黙示録は終わっていない。
           最終章を経た後の、結びが待っている。

(白銀の翼を拡げて舞い上がった熾天使の背後で、巨神霊が両手を拡げる)

パーシヴァル:まただ、また世界が凍りついていく……!

カテリーナ:と思ったら……水晶が融けて……元に戻っていきますわ……
       熔岩に焼き尽くされた荒野が、緑豊かな平原に……

サタンセラフィム:復活のアナスタシス。

           黙示録に凍りついた世界よ。
           審判は終わった。
           熾天使が凍れる刻を氷解す――

(氷結地獄に凍りついた荒野は、水晶が融け去った下から、緑豊かな青草の平原が現れる)

パーシヴァル:奇蹟だ……奇蹟としか言いようがないよ……

サタンセラフィム:人間よ、これがお前たちの新天地だ。
           死後の世界……一度死んで、復活した世界で生き直せ。
           死を越えた後には――同じ景色に、違うものを見るであろう。

モルドレッド:熾天使が……天空へ昇っていく……

パーシヴァル:異端審問官サタンセラフィム……
         あの人は……本物の天使だ……

ラーライラ:モルド、レッド……

モルドレッド:――……!?

パーシヴァル:ラーライラ――!

カテリーナ:ラーライラ……あなた……本当に……

モルドレッド:生きて、いるんだよな……?

ラーライラ:うん……

モルドレッド:良かった……本当に良かった……

アムルディア:ブリタンゲイン帝国皇族、モルドレッド=ブラックモア。
         五十五代皇帝、アムルディア=ブリタンゲインが貴公に裁きを下す。

         はあっ――!!

モルドレッド:――――!!

アムルディア:聖剣の下、災厄(わざわい)の十三皇子は粛正された。
        貴公はたった今、私が斬った。

モルドレッド:アムルディア……

カテリーナ:アムルディア様――!

       でもそれって、モルドレッド様は……

パーシヴァル:仕方がないよ……
         どう釈明しても、モルはログレスには戻れない……

モルドレッド:有り難う、アムルディア……
        五十五代皇帝陛下……

パーシヴァル:モル……

モルドレッド:パーシヴァル、お前は掛け替えのない友達だ。
        立派な魔導師として大成してくれ。影ながら見守っている。

パーシヴァル:ああ……!
         見守ると言わず、たまには潜り込んでこいよ。
         おいら、密入の手引きするからさ……!

アムルディア:あまり聞き捨てならないことを言わないで欲しいのですが。

パーシヴァル:聞き流してくれよ、王様なんだから寛大な心で。

カテリーナ:モルドレッド様……
       わたくし、あなたを想い続けます。
       あなたがわたくしの愛に応えてくださらなくても……

       わたくし、一生涯純潔を貫きます――!

モルドレッド:重いからやめてくれ……
        恋愛でも結婚でも、好きなようにすればいいだろう。

カテリーナ:えー! 感動のお別れが台無しですわー。

ラーライラ:あの……私、いるんだけど……

カテリーナ:だから?

ラーライラ:だからっ! 私は、モルドレッドの、あの、その……

カテリーナ:言えないようじゃ、わたくしの不戦勝ですわ。

ラーライラ:私は、モルドレッドの恋人なの――!
       だから私の前でベタベタしないで――!

パーシヴァル:言ったね、ラーライラ……

カテリーナ:打ちのめされましたわ……

ラーライラ:なら煽らないで……

(ひとしきり別れの語らいを終えたモルドレッドは、帝都に帰る三人に背を向ける)

モルドレッド:……そろそろ行くか。

パーシヴァル:モル……

モルドレッド:パーシヴァル、お前と会えて良かった……

パーシヴァル:おいらもだよ……

モルドレッド:切り上げよう。名残が惜しくなる。

        じゃあな、パーシヴァル……
        カテリーナ、アムルディア……

アムルディア:貴公の前途に、白き竜の栄光があらんことを。

カテリーナ:さようなら、モルドレッド様――

(海を隔てたログレスに背を向け、モルドレッドは日没の紅へ歩き出す)

モルドレッド:……ラーライラ、お前も俺と一緒に来るのか。

ラーライラ:うん。私も帝都には戻れないから……

モルドレッド:そうだな……これからどこへ行こうか。
       QuoVadis(クォ・ヴァディス)=\―

ラーライラ:QuoVadis(クォ・ヴァディス)=c…?

モルドレッド:汝は何処へ往くのか。汝は何を望むのか。

ラーライラ:私はもう決めている。

       あなたと共に歩むこと。
       私たち二人で、未来へ――




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