The 13th prince(プリンス・オブ・サーティーン)

第36話 救世主(メシア)の陰謀、滅びゆく世界

★配役:♂4♀3両1=計8人

▼登場人物

モルドレッド=ブラックモア♂:

十六歳の聖騎士。
ブリタンゲイン五十四世の十三番目の子。
オルドネア聖教の枢機卿に「十三番目の騎士は王国に厄災をもたらす」と告げられた。
皇帝の子ながら、ただ一人『円卓の騎士』に叙されていない。

魔導具:【-救世十字架(ロンギヌス)-】
魔導系統:【-神聖魔法(キリエ・レイソン)-】

パーシヴァル=ブリタンゲイン♂
十七歳の宮廷魔導師。
ブリタンゲイン五十四世の十一番目の子。
『円卓の騎士』の一人で、陸軍魔導師団の一員。
お調子者の少年だが、宮廷魔導師だけあって知識量はかなりのもの。

魔導具:【-自在なる叡知(アヴァロン)-】
魔導系統:【-元素魔法(エレメンタル)-】

アムルディア=ブリタンゲイン♀
十六歳の機操騎士。第一皇子ガウェインの長女。
ブリタンゲイン五十四世には、孫に当たる。
先代皇帝より、戴冠の証である聖剣を受け継ぎ、王位継承の儀を待つ次期皇帝。

ハーフドワーフ。
母親であるアンナは、洞窟人ドワーフの王族である。
ドワーフの血筋ゆえに身長は低めであり、その反対に胸は大きい。
またドワーフらしく、古今東西の武具を好み、機械弄りが趣味。

魔導具:【-太陽覇王剣(エクスカリバー)-】
魔導装機:試作専用型〈ガランテイン〉

ラーライラ=ムーンストーン♀
二十七歳の樹霊使い(ドルイド)(外見年齢は十三歳程度)。
トゥルードの森に住むエルフの部族『ムーンストーン族』の一員。
人間の父と、エルフの母のあいだに生まれたハーフエルフ。
『ムーンストーン族』のエルフには見られない青髪と碧眼は、父親譲りのもの。

父親が魔因子を持たない人間だったので、〈魔心臓〉しか受け継がなかった。
エルフながら魔法を使うためには、魔導具の補助が必要である。

魔導具:【-緑の花冠(フェアリー・ディアナ)-】
魔導系統:【-樹霊喚起歌(ネモレンシス)-】

カテリーナ=ウルフスタイン♀
十六歳の戦乙女(ヴァルキュリア)
特に重装乙女(ブリュンヒルデ)に分類される近接戦闘のエキスパート。

ウルフスタイン伯爵の娘。
大学院(アカデミア)の高等部を退学し、父親の口利きで聖騎士団に加入した。
金髪縦ロールのお嬢様スタイルだが、性格は豪快を絵に描いたよう。

魔導具:【-轟雷の雄叫び(ミョルニル)-】
魔導具:【-金剛怪力帯(メギンギョルズ)-】

救世主オルドネア両
千年前の古代魔法王国時代を生きた古代人。
神の声を聞き、十三人の使徒と共に、大悪魔(ダイモーン)に立ち向かい、世界を救った救世主。
十三番目の使徒ジュダの裏切りによって、最後に残る大悪魔(ダイモーン)と畏れられ、十字架に架けられて死んだとされる。

救世主伝説は後の世に編纂された創作であり、真の裏切りの使徒とは、編纂者である第一使徒ペテロ自身である。
処刑を執行したのは第二使徒ヨーゼフ、後にアーサー王と名乗る第三使徒フィリポスも民衆に偽りを流布した。
彼ら聖三使徒は、本来存在しないジュダという架空の使徒に、裏切りの罪を押し付けたのだった。

生命は必滅の宿命を孕む故に哀しみ、資源が限りあるからこそ奪い合う。
晩年のオルドネアは、世界が苦しみに満ちている原因は、物質世界にあるとするグノーシス思想に至り、聖三使徒と対立した。
魂だけの存在となって甦ったオルドネアは、死霊傀儡師『黒翅蝶』を名乗り、生前とは真逆の『悪』による救済を行いながら、『死』による救世を企てる。
『悪』では全ての人を救えないと悟ったオルドネアは、『死』によって魂を精神世界へ昇華しようと、黙示録を引き起こす。

霊峰恐龍ディラザウロ♂
『ハ・デスの生き霊』の幹部、逆十字(リバースクロス)の一人。
黒い玄武岩の体躯に、マグマの血脈を張り巡らせた暴君竜。
全長二十メートルを超える背中には、厳威誇る火山が聳え立っている。

死霊傀儡師『黒翅蝶』の力で蘇ったアンデッドであり、本来の姿は、太古に滅んだ恐竜の化石である。
ネクロマンシーの秘術と、人造の魔心臓を与えられたことで、化石に嵌った魔晶核が賦活し、生前の姿を取り戻した。

『偽りの太陽』ミトラスの霊髄と、『大火山』テュポーンの神骸を喰らい、新たな大悪魔(ダイモーン)として再誕した。
自身を死に追い詰めた攻撃に対して免疫を獲得し、体を造り替える『進化免疫(エヴォートグロブリン)』により、竜人体→岩石体→結晶体と進化していく。
標高三千メートルを超すエトナ火山と一体化した完全火山体では、『暴食進化(エヴォリューション・グラトニー)』により、地球を熔岩大海嘯(マグマオーシャン)に飲み干し、
あらゆる生命の遺伝子を取り込んだ原始地球の熔岩の海で、究極の生命体へ進化を目指す。

魔導具:【-暴虐惑星火山(プラネット・デストロイア)-】
魔導系統:【-始原元素魔法(ジェネシック・エレメンタル)-】

白き終焉の熾天使(してんし)サタンセラフィム♂:
オルドネア聖教の異端審問機関『黙示録の堕天使』を率いる天使長。
十二の古式魔導具で構成された、白銀の騎士甲冑『聖骸十二翼(ルシフェラード)』に身を包む。
階級は九段階の内の最上位『熾天使』であり、オルドネア聖教の神威を知らしめる神の剣。
傲岸不遜で、自身が悪と断定した者には一切の容赦なく殺戮する、理性ある狂信者。

その正体は、第二使徒ヨーゼフと十二人の殉教者たち。
彼らは自らの命を捧げ、白銀の甲冑となって神魔ハ・デスを制御する疑似霊髄を形作った。
使徒ヨーゼフの人格を主体としつつも、各々の殉教者たちの意志も混ざり合い、甲冑の着用者の影響も受けている。
そのため歴代の着用者ごとに行動傾向は異なり、主人格自身も経験を重ねるにつれて変化している。
もはや『使徒ヨーゼフ』ではなく、『サタンセラフィム』という別個の人格と見なすのが正確である。

魔導具:【-聖骸十二翼(ルシフェラード)-】
魔導系統:【-神聖魔法(キリエ・レイソン)-】


今回モブキャラが非常に多いです。
被りでも苦労されると思いますので、可能であればモブ専門の人も集められると良いかと思います。
性別は不問としてありますが、男性寄りのセリフが多いので、女性が演じられる場合は、多少セリフを改変するなどしてご対応ください。

□2で帝国将校帝国兵
モルドレッド、パーシヴァル、カテリーナのパート後
帝国将校と帝国兵同士の会話で、他キャラとの会話はありません。

□4で近衛兵
アムルディアと会話あり。主要キャラ全員登場するパートです。

□5で帝国騎士宮廷魔導師狙撃兵帝国指揮官
帝国騎士&宮廷魔導師&狙撃兵は同パート登場。モルドレッド&オルドネアと会話あり。
帝国指揮官は上記三人とは別パートで登場。モルドレッド&オルドネアと会話あり。

□6で機操騎士A機操騎士B
ディラザウロ、モブ二人での会話あり。他キャラと登場場面は被りません。

□11で帝国民A帝国民B帝国民C
全員モブキャラ同士のパート。メインキャラとの会話はありません。
帝国民Cは女性向けのセリフにしてあります。男性が演じる場合は男性向けに直してください。


※注意
・ルビの振ってある漢字は、ルビを読んでください。
・特定のルビのない漢字は、そのまま読んでください。



□1/薄明るい夜明け前、帝城キャメロット敷地内、第一中庭


モルドレッド:帝城キャメロット、第一の中庭……
        俺は、あの大正門を抜けたのか……

パーシヴァル:モル、こっちだ。急ごう。

モルドレッド:ああ……
        門番が、あんなにあっさりと通してくれるとは、思わなかったな……

パーシヴァル:五十五代皇帝の即位から、政教分離が徹底される。
         たとえばオルドネア聖教に配慮した無意味な慣習――
         十三番目に生まれた皇子の登城禁止令は廃止になるだろう。

         モルはこれから出入り自由なんだ。

モルドレッド:…………

パーシヴァル:モルはおいらと同じ、皇族の一人。
         城の出入りが自由で、当たり前だ。みんな本当はわかってたんだよ。
         五十五代皇帝の世の中になって、おかしな風習が元に戻るんだ。

モルドレッド:…………

パーシヴァル:急ごう、モル。
         城の中庭を見物したかったら、また後にしてくれよ。
         五十五代皇帝の、戴冠式の後にでもさ。

モルドレッド:アムルディアか……


□2/帝城キャメロット敷地内、城門前


パーシヴァル:城門前……沢山の人集りが出来てるよ。

モルドレッド:遅かったか……
        既に騒動になってしまったようだな。

カテリーナ:モルドレッド様ー! パーシヴァル様ー!

モルドレッド:カテリーナ! 何故お前がここへ!

カテリーナ:わたくし、アムルディア様の身辺警護を任されておりましたの。
       でも亜人間(デミヒューマン)の群れと、天使を名乗る賊に襲撃されて……

パーシヴァル:亜人間(デミヒューマン)に天使……決まりだね。

カテリーナ:ご存知ですのね?

モルドレッド:ああ。俺たちはその首謀者を倒してきた。

カテリーナ:まあ! さすがはモルドレッド様ですわ!

パーシヴァル:ちょっと待った。
         カテリーナもラーライラと一緒に洗脳されてるんじゃ……

カテリーナ:ああっ、そうでしたわ。
       わたくし、今にもモルドレッド様とパーシヴァル様を叩きのめしてしまいそうです。
       でもそんなわたくしを、モルドレッド様が抱き締めて、熱いキス――
       愛のパワーでわたくしの心を取り戻してハッピーエンドですわ!

パーシヴァル:よかった。正常だ。

モルドレッド:正常なのか!? この言動はおかしいだろう!?

パーシヴァル:いつも通りのカテリーナじゃん。

カテリーナ:モルドレッド様、わたくしがおかしいなら、恋する乙女はみんな異常者ですわ。

モルドレッド:恋する異常者は放っておくとして――

(城の上層階の窓ガラスが砕け散り、中庭の全員が一斉に振り仰ぐ)
(地上に降り注ぐガラスの破片と、朝焼け空に踊る緑の蔦)
(二人の同僚に両脇を抱えられながら、負傷した兵士が将校の下へやってくる)

帝国兵:報告します……!
     救援隊は、城の上層部に突入したものの、緑の迷宮と化した太陽宮殿を越えられず、
     二名の行方不明者、八名の負傷者を出し、退却を余儀なく……

帝国将校:アムルディア殿下の居場所はわからんのか?

帝国兵:有毒な花粉が充満しており、長期の探索は出来ず……

帝国将校:見当すらついていないと?

帝国兵:はっ……

帝国将校:ううむ……
       これでは戦略魔法も使えず、魔導装機も持ち出せん……
       アムルディア殿下を巻き添えにする恐れがある……

帝国兵:いかがしましょう……!?

帝国将校:突入隊による救出しかあるまい。

       親衛隊と宮廷魔導師から精鋭を選りすぐれ!
       オルドネア聖教にも連絡を!
       聖騎士や治療師がいなければ、毒の花粉から身を守れん!

パーシヴァル:モル――!

モルドレッド:ああ。

カテリーナ:お供いたしますわ!

モルドレッド:急ぐぞ。
        ラーライラとアムルディア……
        どちらかが取り返しのつかないことになる前に。


□3/帝城上層階『太陽宮殿』、緑の蔦草に覆われた迷宮


アムルディア:はあっ!

(周囲が霞むほど充満した有毒花粉の直中で、アムルディアは襲い来る緑の蔦草を切り払う)

アムルディア:ごほっ、ごほっ……
         毒の花粉を吸い過ぎた……
         エクスカリバーの自然治癒では、もう限界だ……

ラーライラの声:樹霊使い(ドルイド)は急がない。

          あなたは捕虫袋に掴まった虫。
          暴れさせてあげる。
          もっともがいて、溺れて、溶けていくのよ。

アムルディア:ラーライラ=ムーンストーン……!
         何故あなたは私を狙う……?
         私への私怨か……? ブリタンゲインへの怨恨か……?

ラーライラの声:どちらでもない。蒼き木星の導き。
          マスタードミニオンがあなたを殺せと言ったから。

アムルディア:馬鹿な……!
         あなたの意思は何処にある――!?

ラーライラの声:私の意思……そんなものはいらない。
          総てを委ねること。虚心であること。
          大いなる存在の前に身を投げ出す。
          それは無垢なる喜び。

アムルディア:導いてくれる何者かを求め、縋りつく。
         幼い子供が、父や母を大人は何でも出来ると慕うように。

         だが皆、いずれ気づく。
         父や母も、自分と同じ一人の人間に過ぎないということを。

         あなたが崇めるマスタードミニオンとやらも、あなたと同じただの人間だ。
         人間が人間の神になることなど出来はしない――!
         目を覚ませ、ラーライラ=ムーンストーン――!

ラーライラの声:黙って――!
          何も聞きたくない……! 何も聞かない……!

          哀しいことも辛いことも、全部私のせいなのでしょう……?

          嫌よ……
          誰かに引き受けて欲しい。誰かに決めて欲しい。
          総てを差し出すから。私の意志なんて無くていい。
          私は目隠しで導かれた楽園で、幸せになれればいいの。

アムルディア:説得は無駄か……
         だが私は、こんなところで倒れるわけにはいかない。

         紅き炎よ……!
         紅蓮を織り成し、輝ける恒星(ほし)となれ――!

(幾重にも発生した紅炎の帯がアムルディアを取り巻き、赤い太陽のような立体環形を形作る)

ラーライラの声:紅い炎の帯……!

アムルディア:今、万象を焼き尽くして噴き上がる。
         エクスカリバー・フレア――!!

(小太陽を形作っていた紅炎の帯が解かれ、渦巻く火炎の嵐となって席捲し、有毒花粉も蔦草も焼き尽くしていく)

ラーライラの声:きゃあああああ――!!!

(階層全域を緑の迷宮ごと飲み込んだ太陽の竜巻は、天井を突き抜けて帝城の頂上へ昇り、朝焼け空に紅く噴き上がる)
(黒焦げになった天井の建材が降り注ぐ中、朝日の下に吹きさらしとなった太陽宮殿の上部で、焼け焦げた蔦草に絡まる妖花のつぼみが弱々しく揺れる)

ラーライラの声:う、ううっ……
          私の体……緑の迷宮……

アムルディア:まだ戦うつもりか。

ラーライラの声:あなたさえ殺せば……
          あなたを殺す以外には……

          私は他に信じる未来がない――!!

(妖花に残る枝葉が爆発的に茂り、吹きさらしの階層を緑の天蓋で覆い、緑の迷宮をもう一度形作る)

アムルディア:わからず屋め――!

モルドレッド:待て、アムルディア――!

アムルディア:モルドレッド卿――!?

パーシヴァル:よ、よかったぁ〜! ギリギリセーフだね……!

モルドレッド:ラーライラ! ツァドキエルは死んだ! 俺たちが倒した! 

ラーライラの声:――!?

パーシヴァル:気づいてるだろ?
         疑問や迷いが生まれてることに。

         ツァドキエルの魔法は徐々に効力を失いつつある。
         今のラーライラは、洗脳から覚めまいと、自分で自分を洗脳し続けてるんだよ。

ラーライラの声:だって私……取り返しのつかないことを……!
          ツァドキエル様を信じるしか……!

アムルディア:ラーライラ殿、あなたも被害者だ。
         知りうる限りのことを話してもらえば、罪に問われぬよう最大限努力しよう。

モルドレッド:……ありがとう。感謝する。

アムルディア:あなたから礼を言われるとは。
         今日の戴冠式最大の祝辞かもしれないな。

ラーライラの声:でも……

カテリーナ:ああんもう!
       ラーライラ、この前のことなら続きがありますのよ!

       さあ、モルドレッド様!

モルドレッド:俺が言うのか――!?

カテリーナ:乙女に恥を掻かせるつもりですの?

モルドレッド:普段散々恥を晒してるんだからいいじゃないか……

        その、カテリーナとは何も無かったんだ……

ラーライラの声:嘘よ――!

モルドレッド:嘘じゃない。
        俺には他に好きな女がいて……

ラーライラの声:……誰?

カテリーナ:モルドレッド様! ここでガツンと言ってくださいませ!

モルドレッド:ここで言うのか!? お前たちもいるんだぞ!?

パーシヴァル:モル、頑張れ。

モルドレッド:……お前が代わりに言ってくれないか?

パーシヴァル:おいらが言っちゃ意味ないだろ。

モルドレッド:はあ……

        その……
        ラーライラ、お前なんだ。
        好きな女というのは……

ラーライラの声:えっ……!?

モルドレッド:だから!
        俺はお前が好きだと言ってるんだ、ラーライラ!

        これでいいか!

パーシヴァル:モル……
         今日のモルは、おいらが見てきた中で一番男前だよ……

カテリーナ:ううっ、胸が苦しいですわぁ……

モルドレッド:だったら言わせるなよ……

ラーライラの声:…………!!!

(緑の天蓋にぶら下がる、堅く閉じた妖花のつぼみの前に歩いていくモルドレッド)

モルドレッド:…………
        お前が自分をどう思っているのかはわからないが、俺はお前が好きだ。
        少なくとも俺にとっては、お前は無価値な存在じゃない。

        だから……出てきてくれないか。

(モルドレッドの呼び掛けに応えるように、硬く閉じた妖花が徐々に綻び、花蕊に収まったラーライラが姿を見せる)

ラーライラ:も、モルドレッド……
       あの、わ、私も……あなたのことが……

アムルディア:彼のどこがそれほど魅力的なのだ……?

パーシヴァル:アムルディアはどんなのがタイプなのさ?

アムルディア:そうですね……
         やはり男子なら、身長は最低180センチは欲しい。筋骨逞しいと尚良いです。
         私も魔導装機乗りなので、理解があり、互いに尊重し合える、同じ機操騎士(きそうきし)が――

パーシヴァル:それガウェイン兄さんじゃん。

アムルディア:はい。どこかに父上のような男性は居ないものでしょうか。

パーシヴァル:アムルディアの春は遠いね。

(緑の天蓋にぶら下がる妖花の芯に収まるラーライラに、手を伸ばすモルドレッド)

モルドレッド:行こう、ラーライラ。

ラーライラ:……うん。

(蔦草で覆われた緑の天蓋を貫くように、帝城の床に白い光が降り注ぐ)

アムルディア:っ……!
        緑の天蓋の隙間から、木漏れ日が注ぐ……

        朝日か……?

モルドレッド:違う……朝日ではない……
        ぞっとするほど寒々しい光……

パーシヴァル:魔法の光だ――!

カテリーナ:モルドレッド様! 防御結界を――!

ラーライラ:モルドレッド、私の葉の陰に――!

モルドレッド:――――!!

(防御障壁を展開し、白く冷たい光を浴することを避けたモルドレッドの頬を白い塊が叩く)

モルドレッド:……なんだ、この欠片は?
        氷砂糖……?

カテリーナ:いいえ、塩ですわ。

モルドレッド:塩だと?

パーシヴァル:本当だ……しょっぱいよ。

アムルディア:何故空から塩の欠片が――

モルドレッド:――――!!

(頭上に視線を向けたモルドレッドは、ひび割れた氷砂糖のように崩れ落ちる緑の天蓋と、白く凍てついていくラーライラを目撃する)

ラーライラ:あ、あ、あ……

モルドレッド:ラーライラ――!

アムルディア:…………!
        上空から、何か降りてくる――!

パーシヴァル:あ、あいつは……

モルドレッド:サタン、セラフィム……!!


□4/帝城上層階『太陽宮殿』、白い塩の樹氷に穿たれた穴に舞い降りる熾天使


サタンセラフィム:聖なるかな、聖なるかな。

          汝ら、舞い降りし我が翼を畏れよ。
          穢れ無き純白の翼、罪を知らぬ高潔を畏れよ。

アムルディア:天使だと……!?
         神話の天使が本当に実在するというのか……!?

カテリーナ:あれは神話の天使ではありません。
       異端審問官――天使の装いをした、ただの人間ですわ。

(凍りついた蔦草にぶら下がっていた妖花が重みに耐えきれず落下し、塩の欠片を散らしてラーライラが床に転がる)

モルドレッド:ラーライラ――!

ラーライラ:寒い……
       どんな真冬の夜よりも(こご)える……
       体の芯まで……心まで凍りつく……
       
       寒い……寒い……

モルドレッド:しっかりしろ!
        今、ロンギヌスで治癒魔法を――!

ラーライラ:私……あなたの腕の中……?

       でも……わからない……
       あなたの温もりも……腕の感触も……

サタンセラフィム:地の塩、世の光。
           生きとし生けるものを、清浄なる白砂(すな)()す、創世記の光。

ラーライラ:モルドレッド……私……あなたが好き……
       でもそれを伝えたら……あなたは私を避けてしまうと思って……ずっと言えなかったの……

モルドレッド:ラーライラ、俺もだ。死ぬな。
        俺たちは……これからだろう……!?

ラーライラ:これから……

       そうね……
       私……あなたと一緒に……森の小道を歩きたい……
       雪が溶けて……緑の芽が芽吹く……
       春の日差しが注ぐ……とても穏やかな……

       もっと早く……あなたに言えたらよかった……
       そうしたら、もっともっと……あなたとの思い出を……

モルドレッド:ラーライラ――!?

        ラーライラ!! ラーライラ!!

サタンセラフィム:何時まで塩の塊を抱いているつもりだ。

(白銀の足甲が跳ね上がり、塩の像となったラーライラの亡骸を打ち砕く)

モルドレッド:――……!?

サタンセラフィム:よく見ろ。こんなものはただの塩だ。
           これだけ踏み躙ってやれば未練もあるまい。

モルドレッド:何故……何故こんなことを……!?
        何故ラーライラを殺した――!?

サタンセラフィム:被告人に大罪の自覚無し。
           再犯であり、情状酌量の余地も無し。
           量刑は最大級の加重とする。

           モルドレッド=ブラックモア。
           使徒ヨーゼフの法典に則り、汝に死罪を申し渡す。

モルドレッド:ふざけるな――!
        救済の十字架で、全ての悪を贖わん!
        貴様を殺す、サタンセラフィム――!!

(光の十字架となったロンギヌスを、熾天使の右手が掴み取る)

サタンセラフィム:光の十字架か。
           熾天使を架けるには、到底足りぬガラクタだ。

モルドレッド:握り潰された――! ロンギヌスが――!?

サタンセラフィム:喜べ。貴様も救世主(メシア)と同じ死に様だ。
           十字架の前で、我が右腕に貫かれよ。

(白い光輝を湛えた右手が、モルドレッドの心臓を真っ直ぐに貫く)

モルドレッド:ぐはあ――……

        があはっ…………

カテリーナ:落雷せよ、必殺のミョルニル――!

サタンセラフィム:ネフィリムの左手。

(上空から轟雷となって落ちたミョルニルを、左腕の防御結界が弾き返す)

サタンセラフィム:カテリーナ=ウルフスタイン。
           熾天使の刑の執行を邪魔立てする者は、同罪と見なす。
           貴様も殺すぞ。

(跳ねる雷となって手元に戻ったミョルニルを掴んだカテリーナは、金槌の先端を熾天使へ向けて言い放つ)

カテリーナ:上等ですわ。
       カテリーナ=ウルフスタイン。
       愛に生き、愛に死にます――!

サタンセラフィム:では死ね。

カテリーナ:モルドレッド様と、ラーライラの仇――!

       やああああああ――!!!

(金槌を携えて突撃するカテリーナの体がふわりと宙に浮き上がり、急上昇していく)

カテリーナ:――っ!?

       体が……浮いていく――!?

サタンセラフィム:ロンバルディアの光輪、反重力波動。
           大地の頸木(くびき)より解き放たれ、空に投げ落とされる堕天(だてん)墜落(ついらく)を知れ。

カテリーナ:きゃあああああ――!!!

       ――――――ぐっ。
       は―――…………

(広間の床に激突し、大きく跳ねたカテリーナの体は、蜘蛛の巣状にひび割れた床に埋没する)

パーシヴァル:自在なる叡知(アヴァロン)起動(ブート)
         魔力装填(エナジーチャージ)無制限供給設定(オープンエンドセットアップ)目標全包囲(ターゲットロックオン)――

サタンセラフィム:貴様も叛逆するか、十一皇子。

パーシヴァル:当たり前だ――!
         モルを、ラーライラを、カテリーナを――!
         おいらの大事な友達をゴミのように踏み躙ったお前を絶対に許さない――!

サタンセラフィム:ならば、ゴミをもう一つ踏み躙るとするか。

(自律飛行水晶体が散開するのに呼応し、白銀の双翼も分離して周囲に滞空する)

パーシヴァル:おいらの全魔力を叩き込む――!
         エレメンタル――フルバースト――!

(多種多様な元素魔法が飛び交う虹の奔流を、白銀の輝きが乱反射させ、照準を逸らし散らす)

パーシヴァル:はあ、はあ、はあ……

         そんな……おいらの渾身の必殺魔法が……!

サタンセラフィム:サンダルフォンの羽根。
           人間如きの下等な魔法では、我が銀翼を破ることすら叶わん。

(周囲の空間をガラスのように破砕し、ひび割れた虚空より無数の銀の鎖が振り下ろされる)

モルドレッド:っ……!

パーシヴァル:――!

カテリーナ:っっ――!

アムルディア:虚空から現れた鎖が三人を……!

サタンセラフィム:アムルディア=ブリタンゲイン。

アムルディア:――!

サタンセラフィム:モルドレッド=ブラックモアは『ハ・デスの生き霊』と内通し、国家転覆を目論んだ。
           ラーライラ=ムーンストーンはその悪事に荷担し、次期皇帝の暗殺を(くわだ)てた。
           パーシヴァル=ブリタンゲイン、カテリーナ=ウルフスタインも共謀罪と断ずる。

           此奴(こいつ)らを処刑しろ。

アムルディア:ま、待ってください――!
         私には、まだ事の真偽がわかりません――!

サタンセラフィム:現に貴様は殺されかけただろう。

アムルディア:……彼らの処遇は、帝国が調査した後、判断を下します。
         異端審問官殿、あなたはお引き取りを。

サタンセラフィム:我の下した審判に上告する先はない。
           神の律法は、如何なる人間の法にも優越する。

アムルディア:あなたは自らを神だと言うのか――!?

サタンセラフィム:我が名はサタンセラフィム。
           神に最も近き至高の天使にして、唯一なる神に並び立つ敵対者。
           我こそ神の影であり、化身。

           我が判決に異を唱えるは、神への叛逆と知れ。

アムルディア:…………!!

モルドレッド:う、う……

サタンセラフィム:心臓を潰されてまだ生きているのか。
           しぶとい奴だ。
           ロンギヌスの治癒魔法が働いているな。

           さっさと叛逆者どもを処刑しろ。

アムルディア:……断ります。
         彼らには裁判を受ける権利がある。
         あなたの独断ではなく、帝国の定めた法によって。

サタンセラフィム:ブリタンゲイン皇帝、今一度命ずる。
           我に従え。反逆者を殺せ。

アムルディア:っ……!
         エクスカリバーが……勝手に……!
         止めろ、エクスカリバー――!

サタンセラフィム:それで良い、アーサー。
           貴様の大事な国を守れ。馬鹿な子孫どもの愚行からな。

アムルディア:っ……何故です、アーサー王――!

         我が帝国の主権があからさまに貶められ、それに諾々(だくだく)と従う……!
         これでは帝国は、オルドネア聖教の属国ではないですか……!

         ――っ、エクスカリバー!?

(押さえ込むアムルディアの手を抜け出し、聖剣が宙を走ってモルドレッドの首へ直進する)

モルドレッド:オルドネア……ラーライラ……

ディラザウロの声:GAAAAAAAA――!!!

(城壁を跳び渡ってきた孤影が広間に躍り込み、宙を走る聖剣の刃を噛み締めて防ぎ止める)

アムルディア:竜人――!? エクスカリバーを止めた!?

モルドレッド:ディラザウロ……! 何故お前が俺を……!

ディラザウロ:モルドレッド。
        お前は手負いの余を助けた。
        今度は余がお前を助ける。 

        GAOOO――!!!

アムルディア:っ――! エクスカリバー!

(牙と剣の鍔迫り合いを引き上げて、アムルディアの手元に聖剣が戻る)
(カテリーナの服から水晶玉が滑り落ち、カテリーナはふっと我に返る)

カテリーナ:あら……
       こんな水晶玉、どこで拾ったのかしら……?

       わたくし……
       今まで、何をしていたのでしたっけ……?

(広間に転がった水晶玉から空間に投影されるように、半透明の聖人の姿が朧気に浮かび上がる)

アムルディア:あれは……
         セベキア魔源炉で見た聖人の霊……

モルドレッド:救世主オルドネア……!

アムルディア:十三使徒ジュダ――!

サタンセラフィム:姿を現したな。秩序(ロゴス)に背きし裏切り者――
           ……十三使徒ジュダ。

オルドネアの霊体:久しいな、ヨーゼフ。
            汝と歩んだ記憶は、千の昼と夜を遡る。
            最後に見た汝の顔は、私の血潮に朱く濡れていた。

サタンセラフィム:現世を彷徨う内に気が触れたか。
           薄汚い亡霊の戯れ言に付き合う義理はない。

オルドネアの霊体:汝が望まずとも、凍りついた我らの(とき)は動き出す。
            共に歩もう、ヨーゼフ。
            散りばめた断章が、混沌の樹形図を描く、誰も見果てぬ未来へ。

サタンセラフィム:安心しろ。我が貴様の散りばめた紙くずを片付けに来た。
           未来は予定されし調和の下に進む。

オルドネアの霊体:ロンギヌス――
            無惨にへし折られ、亡骸を晒す私の片割れよ。

            黙示録は来たり。
            引き裂かれし我らが一つになる刻が来た。

アムルディア:ロンギヌスの残骸が、宙に浮かんでいく……

パーシヴァル:あの水晶玉も……

カテリーナ:二つに……重なっていきますわ。

モルドレッド:…………!

サタンセラフィム:忌まわしき数字13th(サーティーン)を背負う者。
           秩序(ロゴス)の破壊者よ。我が貴様を滅ぼす。

           光に滅せよ、ジュダ。
           ファティマの右手――!
           
オルドネアの霊体:聖魔槍(せいまそう)ロンギヌス。

            ヨーゼフよ。
            汝の輝きを、我が前に示せ。

(再誕した聖魔槍ロンギヌスを掴んだ聖人の霊に、右手を神聖なる光で湛えた熾天使が直進していく)

サタンセラフィム:――――っ!!

オルドネアの霊体:――――!!

(目映く神々しいまでの光を散らし、激突した熾天使と聖人の霊は、互いに距離を取る)

サタンセラフィム:おのれ……救世主(メシア)の亡霊が……!

オルドネアの霊体:神々しい光だ。汝はかつての私に並ぶほど神と近い。

サタンセラフィム:亡霊如きが、我を評するか……!

オルドネアの霊体:汝ら、闇の吐息に身を晒せ。
            肉の牢獄を開け放ち、鉄の格子に赤錆(あかさび)を。
            腐り落ちよ。Rotten Fog(ロッテン・フォグ)――

(広間の床から、腐った悪臭を放つ霧が立ち上る。銀の鎖は瞬く間に黒ずんで、脆弱化した銀輪が崩れ、捕縛された三人が解放される)

モルドレッド:銀の鎖が……腐り落ちた――!

パーシヴァル:やった! おいらたちは自由だよ!

カテリーナ:でも酷い悪臭ですわ、この霧……

ディラザウロ:モルドレッドよ。お前に最後の借りを返す。余の言うことを聞け。

モルドレッド:何だ――?

ディラザウロ:運命に仕向けられ、世界と闘争するならば、ネクロマンサーの手を取れ。
         世界は崩壊し、お前たち猿どもは滅亡する。
         替わりに死者は蘇り、人類は永遠の刻へ向かう。

         世界を護り、運命と闘争するならば、神の使いに膝を折れ。
         お前を操る運命の糸は断ち切られ、世界は護られる。
         替わりにラーライラとは未来永劫会えん。人間はこれからも死に続ける。

サタンセラフィム:貴様に再審の機会をくれてやる。
           ロンギヌスを奪い取り、救世主を騙る亡霊を殺せ。
           大悪魔(ダイモーン)を倒した功績をもってすれば、減刑により恩赦とする。

オルドネアの霊体:モルドレッド、私と同じ災厄(わざわい)の数字を背負わされし者。
            13th(サーティーン)の数字に意味など無い。天使の裁断(さだめ)し生贄の烙印。
            なれど運命は我らを結びつけた。汝と私は一つなのだ。

ディラザウロ:どちらを選ぶにせよ、この場はお前を守る。
         後々(のちのち)余と敵対するならば、受けて立つ。
         胸中(むね)に感情の熱を宿したお前と闘争しよう。

サタンセラフィム:十三皇子――

オルドネアの霊体:十三皇子――

モルドレッド:決まっているだろう、ディラザウロ。

(無言で歩き出したモルドレッドは、真っ直ぐに聖魔槍ロンギヌスを掴み取る)

モルドレッド:オルドネアよ、俺を導いてくれ。

オルドネアの霊体:往こう、モルドレッド。
            黙示録の向こうへ――

サタンセラフィム:災厄(わざわい)の皇子よ。
           預言の未来は変えられなかったようだな。

           熾天使が呪われし未来を葬り去らん。

ディラザウロ:往け、モルドレッド。ネクロマンサーの導きに従え。

モルドレッド:お前はどうする――!?

ディラザウロ:闘争だ。余の行く先には、闘争か死、それ以外はない。

モルドレッド:しかし、いくらお前でも……!

ディラザウロ:エルフのラーライラ。良い雌だった。
         闘え。奪い返せ。世界を噛み殺すのだ。

モルドレッド:ディラザウロ……また会おう――!

サタンセラフィム:逃さん。

ディラザウロ:GAAAAAAAAA――!!!

サタンセラフィム:火砕流か。煙幕にもならん。

(防御結界で火砕流を突き破って飛翔するサタンセラフィムは、光を湛えた右手を竜人の頭部を鷲掴みにする)

サタンセラフィム:邪魔だ、消えろ。

パーシヴァル:ディラザウロまで……あんなに呆気なく……

アムルディア:誰も……あの天使を止められないのか……?

カテリーナ:――!

       地震、ですわ――!

アムルディア:大きいぞ……伏せろ!

パーシヴァル:なんか足場が傾いていくんだけどっ……!
         おっとっととと――!!

アムルディア:城が傾いた――!

パーシヴァル:冷静に分析してないで助けてよ――!
         壁無いじゃん! 落ちるって――!

アムルディア:大袈裟です。この程度の傾きで落ちはしません。
         もっと足に力を込めて。

         それよりキャメロット城が……
         ああ……

サタンセラフィム:この魔力の波動……まさか……

           本震が来るぞ――!

パーシヴァル:ええっ!? またぁっ!?

(地鳴りを轟かせて揺れ動く広間。吹きさらしの景色に、赤い炎の壁が立ち上り、視界を真っ赤に塗り潰す)

アムルディア:赤く煮え滾る壁……! 凄まじい熱風……!

パーシヴァル:マグマだ……!
         キャメロット城の真下から、マグマが噴き上がった――!?

サタンセラフィム:竜人の躰は使い捨てだったか。
           奴め、既に大悪魔(ダイモーン)の力を――!

(帝都の地脈を縦横無尽に灼熱の帯が走り、煮え滾る熔岩の壁となって噴き上がる)
(轟き渡る地鳴りと火山雷を産声に、燃え立つマグマの羊水を滴らせ、黒い暴君竜が威容を顕す)

ディラザウロ:GAAAAAAA…………!!

        聞け、猿の末裔ども。
        余はディラザウロ。太古の地上を征した恐竜族の王。
        六千五百万年の昔に滅び去った、過去からの逆襲者なり。

カテリーナ:眼下の庭園で煮え立つマグマの海……
       今度は凄い勢いで固まって、暗黒の岩石地帯になっていきますわ……

パーシヴァル:滅茶苦茶だ……
         自然法則なんて完全無視で、好きなように世界を作りかえてやがる……

サタンセラフィム:時空魔法……
           現世を己の理想郷で侵蝕する、大悪魔(ダイモーン)の権能だ。

ディラザウロ:熱帯の時代。闘争に明け暮れた勇者たちは、氷河の底に沈んだ。
        吹雪吹き荒れる、氷の大地に生きた巨象も剣虎(けんこ)も、今は亡い。

        生温い温暖の風に微睡む猿どもよ。
        悪魔の太陽を飲み干した大火山が、天変の狼煙を噴き上げる。
        闘争と熱の時代は来たり。

        猿ども、お前たちも牙を剥け。
        余は進化の果てに到達した、恐竜族の大悪魔(ダイモーン)
        いざ、全人類と対峙せん――!

アムルディア:モルドレッド卿が……『ハ・デスの生き霊』に通じていたというのは本当だったのか……
         今の地震と噴火で、一体どれだけの民が……!

サタンセラフィム:ようやく目が覚めたか。

近衛兵:アムルディア様――!

(遅れて広間に到着した近衛兵に、アムルディアは指示を下す)

アムルディア:……異端審問官殿。
        あなたの所業(おこない)に疑問はありますが、私たちは協力出来る。
        帝国の民を守るため、力添えを頼みたい。

サタンセラフィム:我が化け物を防ぎ止める。これ以上の異世界の侵蝕は許さん。

アムルディア:近衛兵、全軍に伝達せよ。
         ログレスに残る全ての民間人を、帝都の外へ避難させろ。
         人命の確保を最優先に。

近衛兵:はっ――!

アムルディア:魔導装機隊に緊急発進(スクランブル)を。
         化け物の進攻を食い止めるのだ。
         民間人の誘導が落ち着き次第、私も援軍に向かう。

近衛兵:承知いたしました――!

サタンセラフィム:そこの二人。

パーシヴァル:――えっ?

カテリーナ:は、はい。

サタンセラフィム:貴様らにも仕事を与えてやる。
           裏切り者の十三皇子と、オルドネアを騙る亡霊を殺してこい。

パーシヴァル:モルを――

カテリーナ:殺す……!?

アムルディア:彼とジュダが何を企んでいるのか、想像もつかない。
         出来る限り殺さずに捕らえて欲しいが――やむを得ない場合は仕方ない。
         民の命を第一に考えてください。あなたたちの友情ではなく。

パーシヴァル:…………

カテリーナ:…………


□5/帝都ログレス、噴気孔が硫黄ガスを噴き上げる暗色の岩石地帯


モルドレッド:見渡す限り一面、暗黒の岩石地帯……
        ここが……帝都ログレスなのか……?

オルドネアの霊体:マグマより成る玄武岩の熔岩台地。
            ディラザウロが創り出した理想郷だ。

モルドレッド:玄武岩に埋まった建物……
        大地に開いた噴気孔から、硫黄の毒ガスが噴き出す……
        まるで地獄が現世を飲み込んだかのようだ……

オルドネアの霊体:そう、それこそ大悪魔(ダイモーン)の権能の一つ。
            神の骸を降ろすための、揺籃(ようらん)の子宮。

モルドレッド:オルドネア、俺はどうすればいい。

オルドネアの霊体:仮初めの生命(いのち)を長らえ、満つる時を待て。
            時の砂が流れ落ちれば、生命(せいめい)の転変は来たり。

モルドレッド:時間を稼げということか。

帝国騎士:いたぞ! モルドレッド皇子だ!

(騎士や魔導師で編成された数名の追討部隊がモルドレッドに追いすがる)

宮廷魔導師:十三皇子! 裏切りの使徒に魂を売り渡した逆賊め!

帝国騎士:貴様の呼び出した化け物が何を仕出かしたか、わかっているのか!

モルドレッド:……ラーライラを甦らせる。
        本当にそれが出来るんだな――?

オルドネアの霊体:生と死の円環を断ち切った先に永遠はある。
            黙示録の向こう側で、汝と彼の少女は再び巡り会おう。

モルドレッド:…………

オルドネアの霊体:復活の日に総ての人間は永遠へ向かう。
            汝に剣を向ける此の者たちも等しく。

モルドレッド:お前たちには死んでもらう。

帝国騎士:降伏の意志は無いようだな、十三皇子。

宮廷魔導師:プロメテウスの火よ、呪われし皇子を焼き尽くせ――!

オルドネアの霊体:汝ら、足下に渦巻く……死の螺旋に溺れよ。
            Death Shabbat(デス・シャバト)

帝国騎士:ぐああああ――!

宮廷魔導師:ぎゃあああ――!

狙撃兵:おのれ、十三皇子――!

モルドレッド:ぐうっ――!?

狙撃兵:そんな……銃弾を喰らっても一滴の血も流さない……
      奴は……人間じゃない……アンデッド……

モルドレッド:……オルドネア、どうなっているんだ。

オルドネアの霊体:フフフ――
            汝は鉛玉(なまりだま)程度で死にはせぬ。ただそれだけのこと。

帝国指揮官:モルドレッド皇子を発見したぞ――!
        第二大隊、第三大隊に伝令を出せ――!

        災厄(わざわい)の十三皇子を討ち取るのだ――!

モルドレッド:連隊が向かってきたな。まとめて相手をするには面倒だ。

オルドネアの霊体:彼の者らに、北欧のお伽噺を聞かせよう。
            神々の黄昏……もう一つの黙示録を。

オルドネアの霊体:Graveyard(グレイブヤード)――
            ギャラルのホルンは吹き鳴らされた。
            ヘルヘイムの死海が地上に染み出す。

            死者たちよ、爪を折れ。
            冥府の海を漕ぎ出す船を造れ。

モルドレッド:墓場の臭い……
        汚染された土地が広がっていく……

オルドネアの霊体:ほの暗き海水の底より出でよ。
            Dead Symphony(デッド・シンフォニー)――

(朽ちた玄武岩を掘り崩すように、熔岩台地の真下から数百、数千もの死者が続々と姿を現す)

帝国指揮官:じ、地面からアンデッドの群れが――!
        数百、数千……なんという数……!!

モルドレッド:地形を墓地に変え、そこに蓄えたアンデッドを大量に召喚しているのか……
        このために『ハ・デスの生き霊』は死体を集めていたんだな……

オルドネアの霊体:総ては最終戦争(ハルマゲドン)のために。
            黙示録のラッパに甦った死者の軍勢は、生者の軍と戦争を繰り広げる。

帝国指揮官:慌てるな、ただのゾンビだ! 大した戦闘力はない!

モルドレッド:皮肉なものだな。
        俺が追い掛けた事件の真意が、こんなところで明らかになるとは。

オルドネアの霊体:モルドレッド。
            恐竜王と熾天使の闘争の火蓋が切って落とされる。

            神の翼と暴虐の火山。
            近付けば汝も巻き添えとなり、仮初めの肉体(うつわ)は、魂ごと灰となろう。

モルドレッド:ああ……帝国軍はアンデッドに足止めされている。
        離れるとするか。

パーシヴァル:モル――!

カテリーナ:モルドレッド様――!

モルドレッド:パーシヴァル……カテリーナ……

パーシヴァル:――……!!

         モル、その顔……

モルドレッド:――?

カテリーナ:赤い眼……白い肌……

パーシヴァル:アルビノだよ……
         ネクロマンサー黒翅蝶と同じ……
         髪も肌も眼も色素が抜け落ちた、アルビノになってるんだ……!

(自らの手を眺めて漂白された肌を確認したモルドレッドは、槍の穂先に顔を映す)
(そこには見慣れた黒髪と黒瞳ではなく、真紅の眼と死人のような白髪があった)

モルドレッド:フフフ……ハハハハ……!

        本当だ……!
        災厄(わざわい)の皇子に相応しい姿じゃないか……!

カテリーナ:モルドレッド様……
       あなたのそんな姿……見るに偲びませんわ……!

パーシヴァル:その槍を……ロンギヌスを捨てろよ……!

         モルの背後にいる亡霊……
         オルドネアなのかジュダなのかわからないけど、そいつはヤバいよ……!
         紛れもなく……人を破滅へ導く悪霊だ……!

モルドレッド:パーシヴァル、カテリーナ。
        奴らに使い走りを命じられたのか。

        だったら帰って伝えろ。
        俺はオルドネアと共に歩むと。

パーシヴァル:モル……!

カテリーナ:モルドレッド様、あなたは操られているのですわ――!
       今ならまだ引き返せます! その呪われた槍を捨ててくださいませ!

モルドレッド:言っても聞かないようだな……

オルドネアの霊体:友を見据える瞳の奥底に、凍れる霜が降りる。
            左胸を開き、熱く脈打つ鼓動を凍らせよ。
            心に傷を負っても、一滴の血も流れ出ぬ。

モルドレッド:もう一度言うぞ。奴らの元へ帰れ。
        邪魔をするなら、お前たちでも容赦はしない。

オルドネアの霊体:其は死者の心臓。
            ハ・デスの祝福を受けし、永遠の刻を流離うパスポート――


□6/帝都ログレス王立公園、朝日を遮る火山灰と轟き渡る火山雷


(噴煙渦巻く火山地帯と化した王立公園に、数十機の魔導装機が隊伍を組んで急速飛行していく)

機操騎士A:僚機、聞こえるか。こちらヤクタ・エストT。

機操騎士B:こちらテンペラーV。凄まじい火山灰だ。前方が何も見えない。

機操騎士A:空調を内気循環に切り替えろ。硫黄の火山ガスでやられるぞ。

機操騎士B:了解(ラジャー)――
        なあ、本当に勝てると思うか……?

機操騎士A:言うなよ。俺たちは栄えある帝国騎士。
        その中でも頂点に立つ魔導装機の駆り手だろう。

機操騎士B:だが相手は大悪魔(ダイモーン)だぞ……!
        あの化け物に魔導装機が通用するのか……!?

機操騎士A:……戦闘空域に入った。

機操騎士B:……! なんて馬鹿でかい竜だ……!

ディラザウロ:GAAAAA……

機操騎士A:エストT、格闘を仕掛ける――!
        トラペゾロン合金ブレード、粒子励起モード!

機操騎士B:テ、テンペラーV!
        魔導キャノン――! 砲撃に入る――!

        おおおおおおお――!!!

ディラザウロ:小五月蠅い羽虫どもめ。
         性懲りもなく又やってきたか。

機操騎士A:フロートドライブ全開――!
        うおおおおおお――――!!!

ディラザウロ:目障りだ。墜ちろ。

機操騎士A:(いかずち)――! 火山雷(かざんらい)――!

        うわああああああ――――!!!

機操騎士B:エストT――! エストT――!

        赤い壁――!? マグマの波濤――!
        うおおおおお――!!!

(火山雷と逆巻く熔岩流で魔導装機隊を壊滅させたディラザウロは苛立ちを込めて低く唸る)

ディラザウロ:弱い。弱すぎる。
        こんな木偶人形(でくにんぎょう)で支配出来るほど、地上は小者だらけになったのか。
        六千五百万年もの間、お前たちは退化を続けていたのか。

        余を脅かせ、猿ども。
        お前たちは退屈だ。血の滾る闘争はまだか。

(暴君竜の憤怒を示すように熔岩流が大地より噴き上がり逆巻く)
(荒れ狂う赤熱した波頭は、突如凍りつくように水晶に覆われ、王立公園は万物の結晶化した水晶の世界と化していく)

サタンセラフィム:好き放題に吼えているな、化け物。

ディラザウロ:……火山雷が止んだ。
        ……熔岩流も水晶に凍りついていく。

サタンセラフィム:幽冥のゲヘナ。
           理想郷の操作でゴミどもを蹂躙するのは楽しかったか。
           だが我には通用せん。貴様とは五分と五分だ。短い天下だったな。

ディラザウロ:お前も時空魔法を使えるのか。

        覇気だけで燃え尽きる雑魚どもとは桁違いだ。
        余は、お前のような強者を待っていた。

サタンセラフィム:厚かましい化け物め。
           貴様の時代はとうに終わった。

           地の底に叩き返してやる。
           墓穴(はかあな)を掘れ、貴様自身の巨体でな。

           ロンバルディアの光輪、超重力結界――!

ディラザウロ:GUUUOOO……!!

         お前ならば太陽の熱でも焼け落ちん。
         余の真なる力とも張り合えるやもしれん。

         いざ闘争せよ、白き大悪魔(ダイモーン)――!!!


□7/帝都ログレス、死者の群れと人間の兵が戦闘を繰り広げる交戦区


(噴き出す硫黄と生臭い血潮、墓場の湿った死の気配が混ざり合う熔岩台地にパーシヴァルとカテリーナが倒れ伏している)

カテリーナ:う、うう……

パーシヴァル:モ、モル……

モルドレッド:命は取らない。早く帝都の外へ逃げろ。

パーシヴァル:どうしてなんだよ、モル……!
         どうして『ハ・デスの生き霊』の手先に……

モルドレッド:どうしてだと?
        ラーライラがゴミのように踏みにじられて殺されたんだぞ――!
        お前たちこそ、何故アムルディアやサタンセラフィムの犬に成り下がっている――!

パーシヴァル:だからって……こんなことが正しいのかよ!
         アンデッドとの戦いで命を落とした兵士や、熔岩に飲まれて死んだ人たちは、何の関係もないんだぞ――!

モルドレッド:知ったことか。
        俺を災厄(わざわい)の皇子と忌み嫌った連中だろう。預言通り災厄(わざわい)(こうむ)っただけだ。

カテリーナ:わたくしのお父様やお母様も、巻き込まれたかもしれませんのよ……!

パーシヴァル:おいらのばーちゃんや、大学院(アカデミア)の友達だって……!

モルドレッド:…………
        母上は俺を産んだときに死んだ。
        父上はあの通り……預言を信じて俺を遠ざけた。

        俺に身内はいない。

パーシヴァル:…………

カテリーナ:…………

モルドレッド:俺はオルドネア聖教に復讐する。
        俺の命に引き換えても、奴らを根絶やしにしてやる。

カテリーナ:ラーライラは……もう戻ってきませんわ……

オルドネアの霊体:死者は復活する。
            黙示録の向こうでは、生者と死者は分かたれる存在ではなくなる。

カテリーナ:救世主(メシア)の亡霊……!

パーシヴァル:お前が、お前がモルをたぶらかしているんだな――!

モルドレッド:オルドネアの侮辱はお前でも許さん。

パーシヴァル:……モル。

モルドレッド:お前には失望した。
        さっさと失せろ、パーシヴァル。

パーシヴァル:…………!

(突然辺りが暗くなり、三人は空を見上げる。上空には魔導装機の編隊が滞空し、無数のカメラアイが地上を睥睨していた)

カテリーナ:魔導装機隊ですわ。

パーシヴァル:指揮官機は……ガランテイン――!

(周囲の機体より一回り大きく、背面に日輪型のパネルを背負った指揮官機が外部音声を発する)

アムルディアの声:モルドレッド皇子、残念だ。

            私はあなたを信じたかった。誤解だと思いたかった。
            行き違いはあったが、あなたは正義感の強い高潔な人間だと信じていた。

モルドレッド:アムルディアか……

アムルディアの声:だが、認めなければなるまい。
           その姿……貴公は魂まで『ハ・デスの生き霊』に売り渡していたのだな。
           貴公は軽蔑に値する人間だ。

モルドレッド:上空から魔導装機で見下ろして、いい身分だな。
        もう皇帝気取りか。戴冠式は始まっていないぞ。

アムルディアの声:帝都を破壊し、無辜の民に不毛な死を振りまいた大罪……
           ブリタンゲイン皇帝として、貴様の狼藉を許すわけにはいかぬ。

           投降しろ、モルドレッド皇子。
           さもなくば、魔導装機ガランテインで、私自ら貴様を討つ。

モルドレッド:オルドネア、時間はあるのだったな?

オルドネアの霊体:如何にも。

モルドレッド:――初めて会った時から虫が好かなかった。
        奴との因縁を、ここで断ち切ってやる。

        アムルディアを倒す。力を貸してくれ。

オルドネアの霊体:汝の気の済むように。
            汝と騎士姫の因縁の決着に相応しい、最上級のアンデッドを与えよう。

モルドレッド:太古の地層に埋もれし、王者の骸を掘り起こす。
        骸手(むくろで)が、遺骨を拾い、お前の巨体を組み立てる。
        腐肉と汚泥の殻を(まと)い、虚ろな眼窩の長首(ながくび)を持ち上げろ。

カテリーナ:熔岩台地を断ち割って、地面が盛り上がっていきますわ……!

パーシヴァル:何かが身を起こすんだ……
         地中に埋まった、とてつもなく大きな何かが……!

アムルディアの声:――!?
           全機散開しろ――! 敵は巨大だ――! 

カテリーナ:離れましょう、パーシヴァル様!

パーシヴァル:あ、ああ。

         ……モル。

オルドネアの霊体:六千五百万年の刻を越え――
            甦れ、Brachio Zombie(ブラキオゾンビ)――

モルドレッド:ハハハハ――! ハハハハハハハハ――!!!

(大地を断ち割り出現する、腐肉を纏った巨大恐竜のアンデッド。その頭部に立つモルドレッドが高笑いを響かせる)

モルドレッド:これで目線が並んだな、アムルディア。

アムルディア:ブラキオサウルス……
        かつて地上に君臨した爬虫類の王者、恐竜族の中でも最大種の竜だと言う……

        なんて巨大な……
        そんなもののアンデッドを造り出したのか……!

モルドレッド:あなたが秘蔵にしていただけあるな、オルドネア。
        これなら魔導装機とも戦える。

(警戒態勢から装備兵装を構える魔導装機隊を、ガランテインより発されたアムルディアの通信音声が遮る)

アムルディア:――待て、攻撃態勢止め。

         全隊、引き続き民間人の救助活動を。
         私はこの場に残り、アンデッドを操る元凶……
         災厄(わざわい)の十三皇子、モルドレッドを討つ――!

モルドレッド:手下を残さないでいいのか。

アムルディア:貴公とは、決着を付けなければならなかったのだ。
         他の者を巻き込むわけにはいかない。

         これは……私と貴公の決闘だ――!

モルドレッド:来い、アムルディア――!
        ロンギヌスの真の力……
        今度こそお前を地面に這わせてやる――!

アムルディア:何度でも叩き伏せてやる。

         往くぞガランテイン、お前の初陣だ。
         戦闘開始(コンバットオープン)――!


□8/白昼の王立公園、激突する二柱の大悪魔


(沸騰した熔岩流が波立ちうねり結晶化して崩れ落ちる。天へ向かって育つ樹氷水晶を火山雷が撃ち砕き、赤熱したマグマが飲み干す)
(二つの理想郷が互いの時空法則を喰らい合う最中、熾天使と恐竜王も激闘を繰り広げている)

ディラザウロ:GAAAAA……!!

        燃えろ。焼け落ちろ。
        熔岩の雨に撃たれて沈め。

(恐竜王の背に聳え立つ火山が、燃え盛る岩漿を撒き散らして噴火する)

サタンセラフィム:――――

(煮え滾るマグマに濡れた巨岩が土砂降りとなって注ぐ炎熱地獄の空中を翔る熾天使)

サタンセラフィム:くだらんな。貴様の火吹き芸も見飽きた。

(岩石の直撃を防御結界で弾き飛ばした熾天使の背に、薄い瞼の線が無数に浮かび上がる)

ディラザウロ:金剛石の塊――
        奴の背に浮かんだ金剛石(ダイヤモンド)の球体が……見開く。

サタンセラフィム:メタトロンの眼球。
           燃える岩石よ、黄砂(すな)に還れ。

ディラザウロ:砕け散った。火山弾が。

サタンセラフィム:貴様も朽ち果てろ。

ディラザウロ:余の躯が……黒砂(すな)に……

(結晶化した熔岩流の表面から生え出した樹氷水晶が右左真下、多方面から恐竜王の全身を串刺しに貫く)

ディラザウロ:GUAAAAAAAA……!!!

サタンセラフィム:モズの早贄。水晶で貫いた恐竜は何と呼ぼうか。

ディラザウロ:GA、GA、GA……!

サタンセラフィム:風化と串刺し。
           このまま緩慢な死を眺めてもいいが、慈悲を施してやる。

ディラザウロ:水晶の塔……!
         巨大な柱が……突き建っていく……!

サタンセラフィム:バベルの(つるぎ)
           天の高みへ手を伸ばした、愚者たちの墓標。
           傲り高ぶった者ほど高く聳え立ち、その頭上に倒れ落ちる。

           化け物、鎮魂の祈りはいるか。
           ヨーゼフ派の祭式でよければ、我が弔ってやろう。

ディラザウロ:GUUUUUU……

        岩漿(がんしょう)が集まってきた……
        もうすぐだ……抗体が余の躯を作り替える……

サタンセラフィム:奴の全身を貫く水晶が……取り込まれていく……!

(串刺しの水晶樹林が砕け散り、抜け出てきたディラザウロは、倒れ込む水晶塔を大顎で受け止める)

ディラザウロ:GAAAAAAAA…………!!!

         WOOOOO――――!!!

サタンセラフィム:噛み砕いた……!?
           水晶の塔……振り下ろされるバベルの剣を――!

ディラザウロ:面白い。面白いぞ。

        今の一撃は死を覚悟した。
        神の領域で、血湧き肉躍る闘争がある。
        余はまた前へ進める。

(漆黒の玄武岩と赤熱したマグマの血脈で形成されていた恐竜王の躯が、透き通った結晶体の体躯へ変貌していく)

サタンセラフィム:――――
          奴の躯が、漆黒の玄武岩から、透き通った結晶体に変化していく……
          我の水晶を吸収したのか……!?

ディラザウロ:さあ、懸かってこい。
        お前の力を見せてみろ。

サタンセラフィム:我の力を掠め取ったか。

           それほど餌が欲しいならくれてやる。
           あらゆる魔を滅する、神の右手を――!

(白銀の残影を曳いて飛翔した熾天使は、水晶と化した恐竜王の魔晶核に、輝く神の右手を叩きつける)

サタンセラフィム:――……!? 
           効かない、だと……!?

ディラザウロ:何を驚いている。
        お前は余の能力を看破したではないか。

サタンセラフィム:…………!
           そうか、あの広間での一戦……!

ディラザウロ:お前の水晶の串刺しで、余は更なる進化を遂げた。
         受けてみよ。水晶の噴火を――!

サタンセラフィム:ぬううう――……!!!

(防御結界に次々と直撃する水晶飛翔体が、結界の界面を揺らし、波紋を走らせる)


□9/帝都ログレス、商業地区の街並みを進撃する巨大恐竜のゾンビ


モルドレッド:進撃しろブラキオゾンビ!
        ガランテインを追え――!

アムルディア:くっ――!
        アンデッドが前進する度、ログレスの街が破壊されていく……!

モルドレッド:逃げたければ逃げろ、アムルディア。
        こちらは追い掛けるだけだ。

        足元に構うな! 踏み潰せ!
        ハハハハハ――!!

アムルディア:身も心も闇に落ちたな、十三皇子!

モルドレッド:うろちょろ飛び回って、鬱陶しい奴だ。
        オルドネア、あのガラクタを撃ち落とす手段はないのか。

オルドネアの霊体:背面に骨の砲台が備え付けてあろう。

モルドレッド:あれか。

オルドネアの霊体:投石座骨(ボーンカタパルト)。使うならば準備をしよう。

モルドレッド:頼む。

オルドネアの霊体:全基(ぜんき)射出準備……完了。

モルドレッド:投石座骨(ボーンカタパルト)、撃て――!

アムルディア:なんだこの粘体は――!?

         カリバーン改、斬――!

オルドネアの霊体:フフフ、アメーバを斬ったか。

アムルディア:剣が……トラペゾロン合金が……浸食されていく……!
        粒子励起モード、超振動でアメーバを分解――!

モルドレッド:溶解粘弾(ようかいねんだん)、一斉砲撃――!

アムルディア:――弾幕!?
        斥力フィールド展開――!

オルドネアの霊体:騎士姫よ、汝の選択は誤りであった。
            不定形の原生生物は、障壁の表面にへばりついて重なる。

アムルディア:――!?

モルドレッド:アメーバに固められて、空中で身動きが取れなくなったか。
        まるで蠅取り紙に掴まった蠅だな。
        
        ブラキオゾンビ、尾を起こせ。

アムルディア:試作段階だが、あれを使う。
         あなたを信じるぞ、ラモラック卿――!

         二次頭脳(サブブレイン)、戦術管制モード。
         遠隔操作型の衛星機を撃ち出す。

モルドレッド:叩き落とせ――! ガラクタに破城槌の一撃を――!

アムルディア:特殊兵装切離し(パージ)、衛星仕様(モード)に移行。
         ナイツオブラウンド、全機出陣――!

モルドレッド:追加兵装が自律兵器に――!
        アメーバの密閉が――!?

(日輪の背面ユニットを輝かせるガランテインの周囲を、十二機の衛星機が待機し、王機を守るように各々の武装を向ける)

アムルディア:ガランテインは、光子石(ヘメラストーン)を搭載した次世代型魔導装機だ。
        背面ユニット日輪型光子盤(ヘメラリング)による、太陽エネルギーの変換と、蓄電装置(バッテリー)機能。
        この大出力化により、実験段階だった兵器の多くが実用化に至った。
        十二の衛星機ナイツオブラウンドもその一つだ。

オルドネアの霊体:太陽を巡る十二の惑星か。
            はたまた王を囲む円卓の再現か。

アムルディア:視界が目まぐるしく入れ替わる……
         二次頭脳(サブブレイン)の同期が不完全だな……

         だが短時間ならいける――!

モルドレッド:武装を外した分、弱まっただろうが――!
        ブラキオゾンビ、構うな! 一斉砲撃で押し潰せ――!

アムルディア:円卓の騎士たちよ――! 私に続け――!

(吹き荒れるアメーバの嵐の中を、王機と十二の衛星機が飛行していく)
(衛星機が自在に動き回り、王機への攻撃を切り払いながら、巨大アンデッドへの距離は見る間に縮む)

モルドレッド:鬼ごっこは終わりか。
        迎え撃つぞ、ブラキオゾンビ。

アムルディア:奴が座すは、アンデッドの頭頂。
         一撃で頸を落とす。

モルドレッド:ブレスを浴びせ掛けろ――!!
        腐敗の奔流に、王と騎士どもを飲み込め――!!

アムルディア:フロートドライブ全開――!

モルドレッド:急降下――!? かわした――!?

アムルディア:間合いに入った。

モルドレッド:しまった――っ!

オルドネアの霊体:日輪が……輝く……

アムルディア:カリバーン改、粒子励起モード――!
         斬――!!!

モルドレッド:っ、落ちる――!!

(切断された長頸がずれ、恐竜の頭部ごと落下していくモルドレッドは聖魔槍の穂先を地面へ向ける)

モルドレッド:蘇れ、翼竜の化石よ――!

(墓地の土より飛び出した骨の翼竜が、墜落するモルドレッドを拾い、再び上空へ昇っていく)

モルドレッド:劣勢だ……!
        地上を見下ろしても、帝国軍が攻勢を強めている……!
        あれだけの数のアンデッドだぞ……!

オルドネアの霊体:太陽の光は、生命を躍動させる恵みにして、その燃焼を促す破壊の光。
            代謝を止めたアンデッドには、等しく滅びの光でしかない。
            時刻は昼。太陽が最も高く上り、輝きを増す時間だ。

モルドレッド:忌々しい太陽め……!
        気のせいか俺も眩暈と吐き気が酷い……

        ――――!

アムルディア:ナイトW、X――! 魔導キャノン――!

モルドレッド:避けろスカルプテラ――!

アムルディア:外したか。だが動きが鈍い。
         日輪は我らの天上にある。闇に蠢くアンデッドには苦痛の光となろう。

         十三皇子。
         今度は私が追う番だ――!

モルドレッド:おのれ……

オルドネアの霊体:案ずるな。もうじき太陽は曇る。
            我ら死者が反撃の呻きを上げる時は近い――


□10/王立公園、赤熱したマグマの熱気が渦巻く熔岩地帯



サタンセラフィム:はあ、はあ……

ディラザウロ:地獄の凍土はマグマに飲まれた。水晶の山は火山雷に砕けた。
        お前の氷河期は終わった。
        退け。この惑星(ほし)は闘争と熱の時代へ向かう。誰にも止められん。

サタンセラフィム:神の摂理に逆らう不細工な火山め……
           貴様を殺してやれば、気候はエデンの温暖に戻る……!

ディラザウロ:所詮お前は人間だ。
        真の大悪魔(ダイモーン)である余とは違う。
        猿知恵で神の猿真似をしているだけの、紛い物に過ぎん。

サタンセラフィム:口を慎め、爬虫類。
          人間は、神が自らに似せて創りし、至高の創造物。
          貴様如き下等生物には届かぬ、霊長の(いただき)に君臨する存在だ。

ディラザウロ:余に虚仮威しは通じん。
        余は小細工も浅知恵も踏み潰して驀進する。

サタンセラフィム:ロンバルディアの光輪――! 重力障壁――!

ディラザウロ:余の突撃は阻めん――!

サタンセラフィム:ネフィリムの左手――

           ぬううおおおお――!!

(猛煙を噴き上げるディラザウロの突撃を真正面から受けたサタンセラフィムは、軽々と宙を舞い、高層建築の壁に激突する)
(倒壊した高層建築が土煙を巻き上げ、降り注ぐ瓦礫に埋もれながら、熾天使は身を起こす)

ディラザウロ:神骸(しんがい)を降ろせ。お前では余に勝てん。

サタンセラフィム:…………!

           生憎と化け物には、神に対面する資格はない。
           我の聖務の一つは、貴様のような招かれざる客の、門前払いだ。

ディラザウロ:お前の許可など要らん。神を引きずり下ろす。

サタンセラフィム:この魔力の波動……!
           引き裂かれる次元の絶叫……!
           三位一体(トリニティ)、第二段階……!

ディラザウロ:人間の神よ、お前に問いを突きつける。
         滅ぼされるか闘うか。闘争か死か。

         言葉は要らん。力で示せ。
         出てこい――! この世界が惜しくば――!

サタンセラフィム:受肉を果たすつもりか……!!
           神の骸が……這い出してくる――……!!

 
□11/ログレス郊外、避難キャンプにて


帝国民A:郊外の避難キャンプ……
      いつまで私たちは、ここにいないといけないんだ……

帝国民B:帝国軍は何をやってるんだ……!
      化け物一匹に手も足も出ないじゃないか……!

帝国民C:また揺れている……もう止めて……
      ログレスの我が家に帰りたい……

帝国民A:災厄(わざわい)の皇子モルドレッド……
      オルドネア聖教の預言通り、あの呪われた皇子を殺していれば……

帝国民B:そうだ……ランスロットが余計な口を挟まなければ……

帝国民C:それにしても長い……
      もう十五分以上、揺れている……

帝国民A:――――!

      あれを見ろ――!
      南の方角だ――!

帝国民B:火の柱が……!
      巨大な火の柱が、天空を貫くように突き立っている……!

帝国民C:エトナ火山よ……!
      大陸最大のエトナ火山が噴火したのよ――!

帝国民A:おお……! この世の終わりだ……!
      黙示録の炎が、地獄の底より噴き上がった……!

帝国民B:帝国は……ブリタンゲインはどうなってしまうのだ……!

帝国民C:神よ、オルドネアよ……!
      どうかか弱き子羊をお救いください……!



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