The 13th prince(プリンス・オブ・サーティーン)

第35話 十字架との決別

★配役:♂3♀3両2=計8人

▼登場人物

モルドレッド=ブラックモア♂:

十六歳の聖騎士。
ブリタンゲイン五十四世の十三番目の子。
オルドネア聖教の枢機卿に「十三番目の騎士は王国に厄災をもたらす」と告げられた。
皇帝の子ながら、ただ一人『円卓の騎士』に叙されていない。

魔導具:【-救世十字架(ロンギヌス)-】
魔導系統:【-神聖魔法(キリエ・レイソン)-】

パーシヴァル=ブリタンゲイン♂
十七歳の宮廷魔導師。
ブリタンゲイン五十四世の十一番目の子。
『円卓の騎士』の一人で、陸軍魔導師団の一員。
お調子者の少年だが、宮廷魔導師だけあって知識量はかなりのもの。

魔導具:【-自在なる叡知(アヴァロン)-】
魔導系統:【-元素魔法(エレメンタル)-】

アムルディア=ブリタンゲイン♀
十六歳の機操騎士。第一皇子ガウェインの長女。
ブリタンゲイン五十四世には、孫に当たる。
先代皇帝より、戴冠の証である聖剣を受け継ぎ、王位継承の儀を待つ次期皇帝。

ハーフドワーフ。
母親であるアンナは、洞窟人ドワーフの王族である。
ドワーフの血筋ゆえに身長は低めであり、その反対に胸は大きい。
またドワーフらしく、古今東西の武具を好み、機械弄りが趣味。

魔導具:【-太陽覇王剣(エクスカリバー)-】
魔導装機:試作専用型〈ガランテイン〉

ラーライラ=ムーンストーン♀
二十七歳の樹霊使い(ドルイド)(外見年齢は十三歳程度)。
トゥルードの森に住むエルフの部族『ムーンストーン族』の一員。
人間の父と、エルフの母のあいだに生まれたハーフエルフ。
『ムーンストーン族』のエルフには見られない青髪と碧眼は、父親譲りのもの。

父親が魔因子を持たない人間だったので、〈魔心臓〉しか受け継がなかった。
エルフながら魔法を使うためには、魔導具の補助が必要である。

魔導具:【-緑の花冠(フェアリー・ディアナ)-】
魔導系統:【-樹霊喚起歌(ネモレンシス)-】

カテリーナ=ウルフスタイン♀
十六歳の戦乙女(ヴァルキュリア)
特に重装乙女(ブリュンヒルデ)に分類される近接戦闘のエキスパート。

ウルフスタイン伯爵の娘。
大学院(アカデミア)の高等部を退学し、父親の口利きで聖騎士団に加入した。
金髪縦ロールのお嬢様スタイルだが、性格は豪快を絵に描いたよう。

魔導具:【-轟雷の雄叫び(ミョルニル)-】
魔導具:【-金剛怪力帯(メギンギョルズ)-】

ステファン=ヘレニスト両
十四歳の、聖パウェル救貧院の出身の孤児。
元は子爵家の長男だったが、両親の魔因子を受け継がなかったために、子爵家から落籍された。

ツァドキエルの人造天使計画の一端で洗礼を受け、後天的に魔因子を獲得した。
階級は第七位の『権天使(けんてんし)プリンシパリティ』であり、亜人間(デミヒューマン)である小天使(しょうてんし)アンゲロスを率いる役目を持つ。
エルフの一種族であるタイガーズアイ族の魔因子を埋め込まれており、魔心臓の他に、額に魔晶核を有する。
耳も尖っているなど、外見上はほぼ純血のエルフと見分けがつかない。
しかしその代償に、免疫が埋め込まれた魔因子を異物と認識して攻撃する、自己免疫性疾患を患っており、免疫抑制剤の服用が不可欠となっている。

魔導系統:【-狩猟伎倆(ワイルドハント)-】

救世主オルドネア両
千年前の古代魔法王国時代を生きた古代人。
神の声を聞き、十三人の使徒と共に、大悪魔(ダイモーン)に立ち向かい、世界を救った救世主。
十三番目の使徒ジュダの裏切りによって、最後に残る大悪魔(ダイモーン)と畏れられ、十字架に架けられて死んだとされる。

救世主伝説は後の世に編纂されたもので、一部の神学者からは、オルドネアの実像を表していないという批判もある。
また裏切りの使徒ジュダと類似点が多く、聖典ではそれゆえジュダがオルドネアを妬んで罠に掛けたと伝えている。

救世主オルドネアの魔晶核は、オルドネア聖教の聖遺物として扱われ、ロンギヌスの槍となっている。

慈悲深きツァドキエル♂
オルドネア聖教の異端審問機関『黙示録の堕天使』の一人。
階級は第四位の『主天使』であり、マスタードミニオン≠ニも呼ばれている。
人為的に新種の亜人間(デミヒューマン)を造り出し、神の兵士とする、人造天使計画の立案者。
孤児院から選りすぐった少年少女に 天使の聖餅(エンゼル・プロスフォラ)≠与え、亜人間(デミヒューマン)に転生させる実験を行っている。

表の顔は、オルドネア聖教の聖パウェル大聖堂を治める、大司教ピレロ。
帝都ログレス全域を教区として、パウェル派の教会および施設を監督している。
パウェル派は、第七使徒パウェルの教典を重んじる宗派であり、戒律は緩やかで、愛と奉仕を信条とする。
戒律の厳しいヨーゼフ派とは、解釈の違いでたびたび論争が起こっているが、一つの宗教という認識は一致しており、互いに尊重し合っている。

魔導具:【-教導の錫杖(ゲドゥラー・サイケデリック)-】
魔導系統:【-精神異能(サイコカルト)-】

※ツァドキエル、ピレロ大司教の年齢の詳細は、設定していません。
演じる方の声質、解釈にお任せします。作者は三十代〜六十代ぐらいを想像しています。
両キャラを演じ分けするかしないかもお任せします。ツァドキエルは仮面をつけており、素顔はわからない状態です。


※注意
・ルビの振ってある漢字は、ルビを読んでください。
・特定のルビのない漢字は、そのまま読んでください。



□1/戴冠式前日の朝、聖パウェル救護院


モルドレッド:おはよう、パーシヴァル。
        三日ぶりだな。元気にしていたか。

パーシヴァル:…………

モルドレッド:……日に日に酷くなっているようだ。
        倒れた直後はまだ受け答えが出来たのに。

パーシヴァル:モル……?

モルドレッド:よかった! 俺がわかるんだな!

パーシヴァル:モルドレッド=ブラックモア。
         ブリタンゲイン帝国の十三皇子で、オルドネア聖教より、災厄(わざわい)の皇子と預言された。

         おいら――
         十一皇子パーシヴァル=ブリタンゲインの異母兄弟で、共に様々な苦難を乗り越えた。

モルドレッド:パーシ、ヴァル……?

パーシヴァル:君のことは覚えてる。

         でも……覚えてるだけだ。
         本当は喜んだり、懐かしがったりするんだろうけど……
         何も感情が出てこないんだ。

モルドレッド:オルドネア、これは……

オルドネアの声:人間(ひと)の心。
          魂の座に散らばる、無数の知恵の欠片の繋がりの上に形作られる、形無きもの。

          十一皇子は、形無き心の宿る、形有る祭壇を打ち砕かれた。
          祭壇が作り直されても、壊れた心は戻らない。

モルドレッド:そんな……!

オルドネアの声:記憶は感情と結びつくことで人格となる。
          十一皇子は、乱雑に散らかった記憶の中に取り残された、魂の迷い子。

パーシヴァル:哀しいんだね、モルドレッド皇子。
         君を哀しませてしまった。
         何故だろう……とても申し訳なく思う。

モルドレッド:オルドネア……!
        パーシヴァルを救ってくれ……!

オルドネアの声:…………

モルドレッド:あなたは救世主だろう……!?
        頼む、オルドネアよ……!

オルドネアの声:汝が無二の友と呼んだ人格は既に亡い。

モルドレッド:…………!!

オルドネアの声:汝の友の魂は、以前とは違うものになるやもしれぬ。
          なれど共に歩む時間は動き出し、記憶は積まれてゆく。
          思い出は新しく作っていけるのだ。

モルドレッド:俺が聞きたいのは……
        そんな綺麗事や気休めじゃない……

        パーシヴァルは……!

パーシヴァル:君が泣いている……

         そうか。
         おいらと君は親友だったんだ。
         親友だったんだ……

(病室のドアが開き、見舞いの花を抱えた少女が入り口で立ち尽くす)

アムルディア:失礼します。

        ――モルドレッド卿。

モルドレッド:アムルディア……

アムルディア:…………

        パーシヴァル卿の容態はどうだ。

パーシヴァル:アムルディア=ブリタンゲイン。
         第一皇子ガウェイン=ブリタンゲインの一人娘。
         聖剣エクスカリバーより選定された、次代皇帝。

アムルディア:これは……!?

モルドレッド:パーシヴァルは、記憶と感情が分離した状態にある。
        俺たちのことは……自分自身のことも、ただ覚えているだけなんだ。

アムルディア:彼は……回復するのか?

モルドレッド:さあな。

        俺はそろそろ帰らせてもらう。

アムルディア:モルドレッド卿。
         貴公の屋敷に招待状を送ったのだが、返事を頂けないだろうか。

モルドレッド:招待状?

アムルディア:明日の五十五代皇帝の戴冠式――
        貴公にも皇族の一人として、出席を願いたく思う。

モルドレッド:……悪かったな。
        聖地の巡礼に行っていたので、気づかなかった。

アムルディア:返事は?

モルドレッド:欠席だ。

アムルディア:そうか……残念だ。

モルドレッド:…………

        では、俺は行く。

アムルディア:…………


□2/聖パウェル大聖堂、最奥部の至聖所



ピレロ大司教:よくぞいらっしゃいました、モルドレッド皇子。

         約束の戴冠式の前日。
         あなたの返答を聞かせてください。

モルドレッド:私は――

        計画に賛同することは出来ません。
        お許しください、ピレロ大司教。

ピレロ大司教:そうですか。わかりました。

モルドレッド:懲戒は受ける所存です。

ピレロ大司教:いいえ、あなたもよく考えての結論でしょう。

         第七使徒パウェルは、罰よりも愛を説きました。
         皇位を望まぬ者を、望まぬ王座に祭り上げても、それは不幸な結果しかもたらさないでしょう。

モルドレッド:計画はどうなるのです――?

ピレロ大司教:今宵、戴冠式の前夜。
         簒奪者アムルディアの悪政に虐げられる者たちが、聖戦の反旗を翻します。

モルドレッド:教会は……
        オルドネア聖教はどうするつもりですか――?

ピレロ大司教:深入りすることはありません。
         あなたは、あなたの暮らしに戻りなさい。

         あなたの心に、秩序(ロゴス)があらんことを――


□3/帝都ログレス、帝城前のキャメロット大通り



モルドレッド:拍子抜けだったな……
        もっと強引に引き留められると思っていたんだが。

オルドネアの声:何故(なにゆえ)オルドネア聖教の勅命を退けた?

モルドレッド:あなたの話が全て真実であるかは、まだわからないが――
        俺は……オルドネア聖教を純粋に信じることが出来ない。
        何の疑いもなく盲信していた頃には、もう戻れない。

オルドネアの声:騎士姫に暗殺計画を伝えるか。

モルドレッド:そこまでする義理はない。
        奴がどうなろうが知ったことか。

オルドネアの声:汝の騎士姫への嫌悪は、相当なものだな。

モルドレッド:しょせん奴は、第五皇子ケイの傀儡(くぐつ)で、お飾りの皇帝だ。
        しかしそれでも、ランス兄さんを陥れた謀略の片棒を担いでいることに変わりはない。
        その上、故意か偶然かは知らんが、実の父親……
        第一皇子ガウェインの死で、皇位継承をものにした唾棄すべき存在だ。

        おまけにエクスカリバーの性能をいいことに、鼻持ちならない態度――!
        奴が俺に勝てたのは、実力の差ではない! 魔導具の差だ!

オルドネアの声:我が力が及ばず、すまなかった。

モルドレッド:い、いや……ロンギヌスが劣っていると言いたいわけじゃなく……

        そうだ、オルドネア。
        エクスカリバーは選定の剣であり、戴冠の証と言われる。
        あのエクスカリバーにも、初代皇帝アーサー、第三使徒フィリポスの魂が宿っているのか?

オルドネアの声:かつては――

          しかし騎士姫の聖剣から、魂の鼓動は感じなかった。
          あの鞘は、本来のエクスカリバーのものではなく、後から作られたもの。
          彼の者の魂の器は、剣ではなく鞘にあった故――フィリポスは死んだのだ。

モルドレッド:やはり俺の思った通りだな。
        奴は卑劣な手段で、前皇帝陛下から聖剣を奪い取ったんだ。

オルドネアの声:汝が暗殺計画を辞退したことが不思議でならない。

モルドレッド:……今から引き返して、参加すると伝えるべきか。

オルドネアの声:フフフフ――
          汝は望まずとも、騎士姫を救う運命(さだめ)にある。
          十一皇子の心を壊した敵と戦う過程で。

モルドレッド:パーシヴァルを――!?
        オルドネア、そいつは何処にいるんだ!?

オルドネアの声:血気に逸るなかれ。
          汝を導こう……狂える理性(ロゴス)の祭壇へ。


□4/異端審問機関、秘密拠点『天使の巣』の礼拝堂



ラーライラ:神は愛なり。
       穢れ果てし我さえ愛したもう。
       嗚呼、神は愛なり――

ツァドキエル:聖女ラーライラ。
        神の存在を感じることは出来ましたか。

ラーライラ:わかりません……
       神の声も、神の光も……
       私は何も感じることが出来ない。

ツァドキエル:それが真実です。
        神は形有るもの、光や声……
        五感で感じ取れる現象として顕れるものではないのです。

ラーライラ:では、神は何処に――?

ツァドキエル:神は、理性に宿ります。
         自らを律する節制や、律法に記された法の精神の中に。
         己の愚かなる感情を超克し、自らの内に感じ取った秩序(ロゴス)――
         それこそが神です。

ラーライラ:…………

ツァドキエル:あなたには、まだ迷いがあるようです。

        打ち明けなさい。
        蒼き木星の下へ、あなたの罪を告白するのです。

ラーライラ:…………

ツァドキエル:躊躇(ためら)うことはありません。
        この教導(ゲドゥラー)錫鳴(すずな)りに心を委ねなさい。

ラーライラ:私はハーフエルフ……
       族長様や他のみんな……
       純血のエルフたちの中で、唯一人違う存在……

       ヒノキのように伸びる背も、クスノキのように太る体も。
       いつまでも花開かない、魔法の才能も……

ツァドキエル:続けましょう。
        あなたの迷いは、もうすぐそこに見えてきました。

ラーライラ:私は……なれなかった……
       なりたかったけど、なれなかった……

       立ち回りが上手で、誰とも上手く付き合えるパーシヴァルのようにも……
       破天荒だけど、台風の目のように場の中心になるカテリーナのようにも……

       四人で居ても……私はただその場に居るだけ……
       だから、モルドレッドもカテリーナを……
       でも、それは当然のこと……

ツァドキエル:あなたを苛む苦しみ、それは孤独です。
         そうですね。

ラーライラ:はい……
       心の幹に、ぽっかりと開いた疎外感の(うろ)……
       いつまでも埋まらない……私の寂しさと空しさ……

ツァドキエル:あなたは、あなたのまま他人に受け入れて欲しいと願い、それが叶わずに苦しむ。
        孤独の正体、それは自我です。

        アダムとイヴが禁じられた果実を口にした時から生まれた原罪。
        それが自我(エゴ)――孤独はその罰なのです。

ラーライラ:…………

ツァドキエル:楽園(エデン)の果実……アダムの林檎を差し出しなさい。
        自我という悪魔の果実を捨て去れば、あなたの孤独は赦されます。

ラーライラ:私は……私は……

ツァドキエル:恐れることはありません。
        楽園で暮らした無垢なる土塊(つちくれ)の人形へ還るのです。
        それは神との一体感……大いなる安らぎを感じるでしょう。

ラーライラ:……わかりました。

ツァドキエル:よく決断しました。

        さあ、蒼き木星の洗礼を受け入れなさい。
        教導(ゲドゥラー)慈悲(ケセド)の光に、心を洗うのです。

ラーライラ:――――――!!!

(振り鳴らされる錫杖の音と光に、ラーライラは息を詰まらせるように声無き断末魔を上げ、その場にくずおれる)

ツァドキエル:神は見えましたか。

ラーライラ:はい……法と(ことわり)は私の内に。

ツァドキエル:宜しい。あなたの為すべきことはもうわかっていますね。

ラーライラ:はい。

ツァドキエル:往きなさい、聖女ラーライラ。
         黙示録の鳩時計が滅亡(ほろび)を告げる前に、大悪魔(ダイモーン)を討つのです。

ラーライラ:仰せのままに、マスタードミニオン。
       私の中の秩序(ロゴス)に従って……アムルディアを殺す。


□5/夜、帝城キャメロット上層階太陽宮殿♂ョ上



アムルディア:帝都の夜は明るいな。
         このキャメロット城の屋上から見下ろせる、無数の灯火。
         あの光の一つ一つに、帝国の民が泣いて笑い、家族と共に生きている。

         いよいよ明日か……

カテリーナ:アムルディア様。
       夜風に当たっていると、お風邪を召されますわ。

アムルディア:カテリーナ殿。

         申し訳ない。
         部屋に籠もっていると落ち着かなくて。
         気晴らしに屋上へ出てみたのです。

カテリーナ:ご気分は晴れましたかしら?

アムルディア:いいえ、あまり。

カテリーナ:明日の朝になれば、帝都の通りをパレードが埋め尽くしますわ。
       何と言っても、五十五代皇帝の戴冠式ですもの。

アムルディア:私は……
         王冠を戴くに値する人間なのでしょうか。

         正直なところ……未だに実感が湧かないのです。

カテリーナ:歴代のどの陛下たちも、戴冠式の前日は、同じ心境だったと思いますわ。

アムルディア:私は……

         オルドネア聖教からは、宗教弾圧を目論む、背教の王と畏れられています。
         かつての父上の信奉者……軍人や国家主義の者たちには、金融街に国を売り渡した売国奴と罵られる。
         その金融街に言わせると、ケイ卿の改革を骨抜きにした、古い利権の庇護者だそうだ。
         貴族の間では、教会への寄付金のために重税を課す、熱心なオルドネア教徒になっている。

         私は……何故これほど憎まれるのでしょう……
         様々なものを取りこぼさぬよう、気を配ったつもりだったが――難しいものです。

カテリーナ:『秩序と自由の天秤』ですわね。

アムルディア:ご存じなのですか――?

カテリーナ:はい。
       初代皇帝アーサー……第三使徒フィリポスは、生前からよく口にしていました。

アムルディア:どうすれば天秤を偏りなく、水平に保てるのでしょうね。
         私には何も見えない……

カテリーナ:天秤が水平だからこそ、不満が出るのですわ。
       人間(ひと)は誰しも、自分の主張を贔屓(ひいき)して欲しいんですもの。
       あちこちの勢力から悪し様に言われるなら、それはアムルディア様の采配が公平である証ですわ。

アムルディア:悪し様に言われるのが、よい采配の証ですか。
         為政者とは、報われないものですね。

カテリーナ:フィリポスもよき後継者を選びましたわ。

       あなたは聖剣エクスカリバーに認められた皇帝です。
       胸を張ってくださいませ。

アムルディア:ありがとうございます。
         カテリーナ殿にこんな言葉を頂けるとは、思ってもいませんでした。

カテリーナ:ふふふ。
       でも天秤は、幸福をどのように取り分けるかに過ぎません。
       総ての人間(ひと)を救う理想からは、程遠いものですわ。

アムルディア:……カテリーナ殿。
        先程から、あなたの口振りが気に掛かる。

        あなたは何を知っているのだ――?

カテリーナ:沢山知っていますわ。
       あなたの知らないことも、フィリポスの知らないことも。

アムルディア:…………

カテリーナ:――――!?

       アムルディア様――!

アムルディア:殺気――!?
         高速で飛んでくる……!

         はあっ――!

(聖剣を抜き放ったアムルディアは、飛来する殺気に刃を一閃させる)

アムルディア:っ、狙撃か……!
        何処から来た――!?

カテリーナ:こんな夜更けに――上空で鳥が喚いていますわ。

アムルディア:カテリーナ殿! 鳥の群れが降りてきます!

カテリーナ:夜の闇にも燦然と輝く、宝玉の如き美貌――
       わたくしを光り物と間違えたのかしら。

アムルディア:いえ、単に餌だと思いますが。

カテリーナ:まあ、アムルディア様!
       ご自分を生ゴミなんて卑下することはありませんわ!

アムルディア:鳥の餌は生ゴミだけではありません。
         そして私たち二人は等しく――生肉です。

カテリーナ:乙女の柔肌に爪を立てるなんて、文字通りケダモノですわ。
       ミョルニル――!

(カテリーナの振りかぶった大金槌が急降下してくる鳥影を直撃。屋上の路面に叩きつけられ、悶絶する怪鳥はその全貌を晒す)

アムルディア:なんだこの鳥は……並の大きさではない。

        人面鳥――!?

カテリーナ:ハーピーです。
       亜人間(デミヒューマン)の一種ですわね。

アムルディア:何故亜人間(デミヒューマン)の群れが帝都に――

         ――――!
         また狙撃か――!

カテリーナ:アムルディア様、お城の中に戻りましょう。
       屋上にいては、上空からハーピーに襲われ、遠距離から狙撃され、いい標的ですわ。

アムルディア:退却しましょう! 城に入る螺旋階段へ!


□6/キャメロット城見張り塔、展望室



ステファン:ちぇっ、撃ち漏らしたか。

       まあいいや。
       こんな初歩的な投石(スリング)の魔法で殺したんじゃ面白くない。

(残忍な笑いを浮かべるステファンは、不意に顔を苦痛に歪ませ、額の魔晶核を抑えて呻き出す)

ステファン:――っ!

       痛い……痛い……!
       額が割れる……!

       薬、クスリ……!

(慌ててピルケースから出した錠剤を噛み砕くと、しばらく後、余裕の薄笑いが戻ってくる)

ステファン:ふう――……
       遠眼(とおめ)の技能を使いすぎたか。

       狙撃は終わりだ。
       直接獲物を追い掛けて追い詰めて撃つ。

       ハーピー!

(夜空から舞い降りた人面鳥の一匹が、監視塔の縁に留まり、ステファンの指示を待つ)
       
ステファン:僕を城の屋上まで運べ。

       行くぞ、飛べ――!

(人面鳥はステファンの両肩を掴み、帝城敷地内の上空を渡り、飛翔していく)

ステファン:さあ逃げ惑え、哀れな標的ども。
      太陽宮殿≠ヘ、僕の縄張り(テリトリー)だ。
       逃げれば逃げるほど、お前たちは追い詰められていく。

       クックックック――
       狩猟(ハンティング)はこれからが本番さ。


□7/ログレス近郊、地下墳墓(カタコンベ)


(発行素を充填した角灯が煌々と輝く地下通路を歩いているモルドレッド)

モルドレッド:オルドネア聖教の聖人が眠る地下墳墓(カタコンベ)――
        聖なる墓所の地下に、こんな隠し階層があったとは……

        この地底で、何が行われているんだ……?

オルドネアの声:進んでゆけばわかる。

モルドレッド:――――!?

        生き物の気配……
        それもかなりの数……

オルドネアの声:案ずることはない。
          彼らは幽閉の身。
          臆することなく進め。

モルドレッド:……………………
        ……………………

        こ、これは――!

(狭い通路を抜けた先には、並んだ鉄格子の奥にうずくまる、亜人間たちの地下監獄があった)

オルドネアの声:地下墳墓(カタコンベ)の地下監獄。
          オルドネア聖教が築き上げた、亜人間(デミヒューマン)の飼育場。

モルドレッド:こいつらは生きているのか……?
        どいつもこいつも、鉄格子の奥でうずくまったまま動かない……

オルドネアの声:目を凝らせ。胸が上下しているであろう。

モルドレッド:薬漬けにでもされているのか……?
        まるで廃人のようだ……

オルドネアの声:心を壊されたのだ。
          汝の友と同じく――

モルドレッド:心を壊す……
        パーシヴァルのように……!

(鉄格子の奥の闇から、仮面をつけた天使が姿を現す)

ツァドキエル:ようこそいらっしゃいました。
        私の教会に何の御用でしょうか。

モルドレッド:天使……!?
        その装い……異端審問官か――!?

ツァドキエル:如何にも。私は慈悲深きツァドキエル。
        異端審問機関『黙示録の堕天使』が一翼です。
        お見知りおきを。

モルドレッド:これがあなたの裏の顔なのか……
        ピレロ大司教――!

ツァドキエル:ほう、ご存じでしたか。

モルドレッド:この亜人間(デミヒューマン)たちは何だ――!?

ツァドキエル:彼らは、聖パウェル救貧院の孤児たちです。

モルドレッド:孤児――……!?

ツァドキエル:『人造天使計画』――
         亜人間(デミヒューマン)や古代人を、人工的に造り出す研究計画です。
         彼らはその失敗作……理性を失い、制御不能となった亜人間(デミヒューマン)たちです。

モルドレッド:子供たちを化け物に変えたというのか――!?
        狂っている……!

ツァドキエル:あなたは孤児たちの末路を知っていますか。
        十八を過ぎれば、孤児院を出なければなりません。
        しかし孤児の多くはよい職に就けず、貧困の中、犯罪に手を染めていきます。
        最後は刑務所かスラムの道端で、哀れな死を遂げるのです。

モルドレッド:それがこの狂気の免罪符になるものか――!

ツァドキエル:あなたにも何れわかります。これも慈悲なのだと。

モルドレッド:オルドネア聖教の枢密院は知っているのか……!?

ツァドキエル:はい。総ては教皇猊下の神慮のままに。

モルドレッド:俺は……今日限りで信仰を棄てる。
        あなたと同じ正義を仰ぐことは出来ない。

ツァドキエル:そうですか。残念なことです。
         しかしあなたは、オルドネア聖教の聖騎士であり続けるでしょう。

モルドレッド:どういう意味だ。

ツァドキエル:あなたの愛する女性二人――
        聖女ラーライラと聖女カテリーナは、アムルディア暗殺の聖務を担っています。

        暗殺が成功するにせよ、失敗するにせよ、彼女たちは現体制のままでは反逆者です。
        彼女たちを救えるのは新たなる王……
        簒奪者アムルディアの罪を告発する、千年王国の王でなければ――

モルドレッド:そうか……

        俺は、教会の権威付けのために災厄(わざわい)の預言を背負わされ、
        必要になれば、帝国を裏から操るための英雄に仕立て上げられる……

        傀儡(くぐつ)は、俺の方だった……
        天使たちの操り人形……
        俺は、神に捧げられた、生贄の羊なんだ……

ツァドキエル:嘆くことはありません。
        あなたは神に祝福された、永遠の王国の統治を任されたのです。
        愛する女性に囲まれ、天使の庇護を受け、輝かしき未来を手にする。

        さあ――
        わだかまりを捨て、蒼き木星の光に従いなさい。
        栄光のエルサレムを、再び地上に打ち建てるのです。

オルドネアの霊体:くっくっくっく……

(モルドレッドの背後で、オルドネアの霊体が朧気に浮かび上がる)

オルドネアの霊体:汝の謀略の画布(キャンバス)は、意図せぬ色の絵の具が撒かれた。
            汝の思い描く絵図には、もう戻らぬ。

ツァドキエル:聖人の霊――……!?

        そうですか。謎が解けました。
        『ハ・デスの生き霊』が暗躍していたのですね。

モルドレッド:……!

ツァドキエル:モルドレッド皇子、ロンギヌスの槍を捨てなさい。
        それは呪われし悪霊……十三使徒ジュダの怨念が取り憑いた魔の槍です。

モルドレッド:――断る。
        オルドネア、俺に力を貸してくれ。

オルドネアの霊体:モルドレッド皇子、キャメロット城には我が分霊がいる。
            汝の聖女は私が守り抜こう。存分に戦え。

ツァドキエル:魔に魅入られましたか、モルドレッド皇子。

        理性を失いし亜人(あじん)たちよ。
        教導(ゲドゥラー)の錫鳴りを聞き、頭蓋に響き渡る理性(ロゴス)の音色に従いなさい。

モルドレッド:亜人間(デミヒューマン)たちの目に光が宿った……!

ツァドキエル:さあ、鉄格子をこじ開け――あの者の槍を奪い取るのです。

モルドレッド:まずは一匹――!
        二……三――四匹――!

オルドネアの霊体:深追いはするな。防御結界を。

ツァドキエル:籠城戦ですか。
        あなたは四方を包囲されています。
        魔力が途切れるまで、我慢比べに付き合いましょうか。

モルドレッド:くっ……オルドネア……!

オルドネアの霊体:案ずるな。
            汝の作った死体が四つ――
            あれがあれば十分用は足りる。

            屍の汚血(おけつ)よ、死毒となりて爆ぜよ。
            Corpse Bomb(コープスボム)――

モルドレッド:死体を毒の霧に変える魔法――!

オルドネアの霊体:死の連鎖はまだまだ続く……

           赤き呪詛となりて爆ぜよ。
           Bone Blood Explosion(ボーン・ブラッド・エクスプロージョン)――

モルドレッド:死体爆弾……!

オルドネアの霊体:くっくっくっく……
            屍に群がる者は、死霊に招かれ、骸となり果て横たわる。
            汝ら、生者の袖を引け……死霊の宴は終わりを知らぬ。

(死体より噴き出す濃緑の毒霧を、沸騰した血と骨の爆風が吹き払った跡地には、生臭い惨劇の臭気が漂う)

ツァドキエル:密集が仇となりましたか……
        四つの死から、伝染病のように百を超す死を撒き散らすとは……
        恐るべきネクロマンサーです……

モルドレッド:ツァドキエル、残るは貴様一人だ――!

ツァドキエル:最早、悠長に構えている余裕はなくなりました。
        あなたの魂を破壊しても、ロンギヌスを取り上げます。

        目覚めなさい……
        プロメテウスの内臓を(ついば)みし処刑場(しょけいじょう)の禿鷲よ……!

(ツァドキエルの背中を飾る、白い偽翼が落ち、黄褐色の大鷲の翼が生え出す)

モルドレッド:飾りの羽根が落ちて、大鷲の翼が――!?

オルドネアの霊体:飛翔してくるぞ。

モルドレッド:降誕せよ、断罪の秘蹟!
        再臨せよ、審判の天使!

        行くぞ――!

(地下監獄の一角で、光の十字架と、蒼い光を湛えた錫杖が打ち合い、神秘の煌きを散らす)

モルドレッド:変身魔法……
        貴様、獣人か――!?

ツァドキエル:いいえ、獣人でも亜人間(デミヒューマン)でもありません。
        私は――合成人獣(キメラ)です。

モルドレッド:合成人獣(キメラ)だと――!?

        もらった――!

(飛空する主天使の左胸に、十字架の先端を突き込んだモルドレッドは、不可視の障壁に阻まれたように吹き飛ばされる)

モルドレッド:っっ……!

        何だ……!?
        確かに、奴の心臓に槍を突き込んだはず……
        まるで見えない力に弾かれたように……

(疑問符を浮かべるモルドレッドの前に降り立つ、大鷲の翼の主天使は、その法衣の上に獅子の毛皮を纏っていた)

ツァドキエル:『ネメアの獅子』。
        あらゆる武器を弾いた古代の魔獣の毛皮です。

        この毛皮には、如何なる武器も通用しません。
        喩えそれが聖槍ロンギヌスであってもです。

モルドレッド:――!?

ツァドキエル:打ち砕かれよ、アダムの林檎。
        蒼き木星の教戒(いましめ)を受けるがよい。

(振り下ろされた錫杖の蒼き光から庇うように、霊体のオルドネアは、モルドレッドの体に重なって、精神魔法を受け止める)

オルドネアの霊体:――――
            私の導きは此処までのようだ……

モルドレッド:オルドネア……!

オルドネアの霊体:モルドレッド。

            汝の運命(さだめ)は、此処では終わらぬ。
            汝の未来で……今一度、合間見よう……

ツァドキエル:皇子の身代わりとなりましたか。
        どちらにせよ同じこと。
        未来は、蒼き木星の導く先へ向かうのです。

        さあ、教導(ゲドゥラー)慈悲(ケセド)の洗礼を――

パーシヴァルの声:天を翔ける猛き稲妻よ。
            我らが敵へ、天壌の怒りを落とせ。
            ゼウス・ガベル!

ツァドキエル:ぬう――!?

モルドレッド:パーシヴァル……!?
        パーシヴァルなのか……!?

パーシヴァル:お待たせ、モル。

ツァドキエル:……二対一ですか。
        状況は(かんば)しくありません。
        一旦退却しましょう。

(大鷲の翼を羽ばたかせ、ツァドキエルは地下墳墓の奥へ消えていく)

モルドレッド:パーシヴァル、お前、どうして……!?

パーシヴァル:おいら、真っ暗闇の中に一人でいてさ。
         どこかで誰かが哀しんでるんだ。
         それが誰なのかわからないけど……酷く居心地が悪かった。

パーシヴァル:ふと気づいたら、隣に見知らぬ人がいてね。
         その人が拾い始めたんだ――バラバラになった記憶の欠片を。
         それに感情のピースを当てはめて……壊れた思い出を直し始めた。

パーシヴァル:思い出が蘇ってくるにつれて、ぼーっと見てるだけだったおいらにも出来そうな気がしてきてさ。
         夢中でパズルを組み立てた。急がないと大切なものを無くしてしまいそうで。

         最後のピースを嵌め終えた時……
         ぱーっと意識がクリアになって――救護院のベッドで目が覚めたんだ。

モルドレッド:はは、はははは……!
        そうか、そうだったのか……!

パーシヴァル:おいら、神様は信じないけど――
         ひょっとしてあの人、神様だったのかなーなんて。

モルドレッド:違うよ、パーシヴァル。
        その人は神じゃない……救世主だ。

パーシヴァル:ま、どっちでもいいけどね。
         おいらが臨死状態で見た幻覚だよ。

         それよりモル、ツァドキエルを倒すんだろ。
         おいら、あいつには散々な目に遭ったからね。
         やり返してやらないと気が済まないぜ。

モルドレッド:そうだな……!

        追うぞ、パーシヴァル――!
        奴は地下墳墓(カタコンベ)の最下層だ――!


□8/キャメロット城、屋上へ続く螺旋階段を駆け下りる二人


アムルディア:敵襲……!
         何故警報結界が作動しなかった……!?

カテリーナ:警報結界は作動していますわ。
       ハーピーたちは、外部から攻めてきたのではなく、招き入れられた。
       今日までずっと、城の領域内に潜伏していたんですわ。

アムルディア:城の内部に内通者が――?

カテリーナ:ええ、恐らくは。

アムルディア:あれだけの数の亜人間(デミヒューマン)に狙撃手……
         かなり大規模な組織のようだ。状況は悪いな……

(石造りの螺旋階段を下りた二人は、絨毯の敷かれた太陽宮殿の廊下へ出る)

アムルディア:太陽宮殿の上階に出たが――

カテリーナ:見回りの兵が一人もいませんわね。

アムルディア:敵の手が伸びていると考えるべきか。

カテリーナ:キャメロット城全体を制圧したとは思えませんわ。
       もしそうだったら、大騒動になっているはずですもの。

アムルディア:ええ。皇帝の居住層である『太陽宮殿』の一部、もしくは全域を押さえた。

カテリーナ:なら、『太陽宮殿』を抜ければいいってことですわね。

アムルディア:或いは衛兵が異変に気づくまで待避するか。

カテリーナ:どうされますの?

アムルディア:脱出しましょう。

         敵は集団だ。
         密室に閉じこもることは、袋の鼠となるに等しい。

カテリーナ:――――!?

       廊下の扉が一斉に――!

(不気味な軋み音を立てて一斉に開いた部屋のドアから、膝丈ぐらいまでの黒い小人がわらわらと飛び出してくる)

アムルディア:隠れるという選択肢は、最初から無かったようだな。

         突破します――!

カテリーナ:承知しましたわ――!

アムルディア:退け――! はあっ――!

カテリーナ:気をつけてくださいませ――!
       その小人は、夜の小人(ナハトシュリンカー)
       腰に下げた袋に詰まった砂――
       あの砂が眼に入ると、寝入ってしまいます。

アムルディア:それで見回りの兵は眠らされたのだな……!

カテリーナ:ああんもう――!
       小さくてちょこまか動いて、ミョルニルじゃ当たりませんわ!

アムルディア:止まって! まとめて薙ぎ払います!

         聖剣よ――!
         天頂に輝く、勝利の風を吹かせ――!!

カテリーナ:っ――!

       凄い熱風ですわ……!
       石造りの壁の表面が黒焦げに――

アムルディア:城の修繕費を考えると気が滅入ります……

カテリーナ:壁紙を貼れば、綺麗に見えますわ!

アムルディア:そ、そうですね。
         しばらく予算の都合がつきそうになくて……

カテリーナ:立ち止まっている暇はありませんわ。
        早く脱出を――!

ステファンの声:トラップ起動――

(アムルディアの足下の床に魔法陣が走り、門型歯の石罠が挟み込むように跳ね上がって、アムルディアの胴体を噛む)

アムルディア:ぐうっ――

        罠……!?
        くっ、動けない……!

(屋上へ続く螺旋階段の扉から姿を現したステファンは、狩猟者の笑みを浮かべて得意気に解説する)

ステファン:トラバサミ。大型の獲物を捕まえるための罠さ。
       狩猟伎倆(ワイルドハント)は、呪文印(スペル)を描いて起動する設置型の魔法だ。
       事前の準備が必要だけど、縄張り(テリトリー)を作れば、後は狩り放題ってわけ。

アムルディア:その額の魔晶核に、尖った耳……
         エルフ――!?

ステファン:エルフ? 古代人って呼んでくれるかな。
       エルフなんて、下等な人間どもが勝手に名づけただけだろう?

       ま、僕はエルフじゃないけどね。

アムルディア:何だと――?

ステファン:どうせ死ぬんだし教えてあげると、僕は天使。
       権天使(けんてんし)プリンシパリティさ。

       じゃあね、短足チビのお姫様――
       トラップ起動、斬首刃(ジビットブレード)

(ステファンが指を弾くと、天井に描かれる魔法陣より虎目石の斬首刃が生まれ、アムルディアへ落下する)

アムルディア:っ――!!

カテリーナ:アムルディア様、今お助けしますわ。
       えーいっ!!

アムルディア:……石の欠片?
        まだ生きている……!?

ステファン:虎目石のギロチンを金槌で叩き壊した上、トラバサミまでこじ開ける……

       どういうつもりだ。
       仲間の真似事はもう不要だぞ。

カテリーナ:アムルディア様、お逃げくださいませ。
       彼のトラップは、あちこちに仕掛けられていますけれど、
       設置者が近くにいないと、起動することが出来ませんの。

アムルディア:カテリーナ殿は――!

カテリーナ:わたくしなら、心配ご無用ですわ。
       アムルディア様は、早く援軍を。
       長期戦になれば不利になるのは、敵のほうですわ。

アムルディア:……わかりました。ご武運を。

(廊下の奥へ走り去っていくアムルディア。その背を見送ったカテリーナとステファンが対峙する)

ステファン:ツァドキエル様の洗脳が解けたのか。
       意外と使えないね、マスタードミニオンも。

カテリーナ:ご主人様の悪口かしら?
       言いつけちゃいますわよ。

ステファン:あいつはしょせん、第四位の主天使。
       僕はもっと上を目指したいわけ。わかる?

       それとお前ここで死ぬから。
       楽に死にたかったら、舐めた口利かないほうがいいよ。

カテリーナ:上昇志向が強いんですわね。
       下層階級の出身だけありますわ。

ステファン:お前……殺す。

       出てこい、ナハトシュリンカー!
       あの高慢ちきな金槌女の、ツラの皮を剥いでやれ――!

カテリーナ:フフフフ……

(蒼醒めた顔に死人のような笑いを浮かべるカテリーナ。その背後に朧気な人影が浮かび上がる)

オルドネアの声:騎士姫は去った。
           ようやく我が魔力を十二分に振るえる。

カテリーナ:さあ、狩猟人(かりうど)さん。
       死霊の宴を始めましょう。


□9/地下墳墓(カタコンベ)、地底空洞の大礼拝堂



ツァドキエル:よくぞ参りました、迷える子羊たちよ。
         この地底の大礼拝堂へ――

モルドレッド:ツァドキエル……!

パーシヴァル:ねえモル……あの一杯並んだ礼拝堂の参列席……
         誰か座ってるよ……何十人も……

(礼拝堂の参列者が振り返り、数十もの顔を見た二人は身の毛もよだつ恐怖を感じる)

モルドレッド:老人だ……
        何十人もの老人がこんな地底の礼拝堂に……

ツァドキエル:彼らは、牙天使(がてんし)ザガートス。
        『黙示録の堕天使』が擁する第八位の天使です。

パーシヴァル:マンティコア……!
         老人の顔とライオンの胴体、蝙蝠(こうもり)の翼、蠍の尾を持つ合成人獣(キメラ)の一種。
         亜人間(デミヒューマン)でも、より人間離れした……人獣(じんじゅう)だよ。

モルドレッド:教会の老人たちも生贄にしたな……!?

ツァドキエル:彼らは老いや病に蝕まれ、余命幾許(いくばく)もありませんでした。
        ならばと、自らその身を神に捧げたのです。

モルドレッド:お前には……人間(ひと)の心があるのか……!?

ツァドキエル:この世界には、戦いを担う者が必要なのです。

        未来ある若者を兵に徴用しますか。
        妻と幼い子供を残した父親を、戦場へ送り込みますか。

        あなたの正義は、真に正義と呼べますか。

パーシヴァル:詭弁だね。こんな戦い自体がそもそも必要無いんだよ。

モルドレッド:貴様は聖戦という名目で、国家転覆を企む、ただのテロリストだ。
        大人しく投降しろ、狂信者め――!

ツァドキエル:あなたたちは、何も答えていません。
        自らは手を汚さず、犠牲も払わず、声高(こわだか)に糾弾する。
        賢しらに批判は出来ても、何の代案も無いのでしょう。
        何もせず、何も出来ず、既存の秩序を破壊するだけの愚か者です。
        
モルドレッド:貴様のご託を聞いている暇はない。
        俺はキャメロット城へ向かい、ラーライラとカテリーナを助け出す。
        
パーシヴァル:アムルディアはガン無視なんだねー……

モルドレッド:奴に俺のロンギヌスは通じない……

        パーシヴァル!
        お前の魔法を叩き込んでやれ!

パーシヴァル:オーケイ! 

         自在なる叡知(アヴァロン)起動(ブート)
         煉獄の檻へ閉ざされ、我が敵よ、劫火に滅べ!
         ジェイル・プロメテウスっ!

ツァドキエル:――――

        成る程、成る程。
        宮廷魔導師の水準は、この辺りですか。
        覚えておきましょう。

パーシヴァル:モル、見た……!?

         あいつの顔……

モルドレッド:ああ……!

        悪魔だ……
        牡山羊(おすやぎ)の悪魔……!

ツァドキエル:『バフォメットの角笛』
        魔女の宴(サバト)の悪魔と呼ばれる牡山羊(おすやぎ)です。

モルドレッド:ツァドキエル……
        お前は『人造天使計画』の立案者であるだけでなく……
        お前自身も、『人造天使』の一人なのだな――!

ツァドキエル:その通りです。
        『処刑場の禿鷲』、『ネメアの獅子』、『牡山羊(おすやぎ)バフォメット』……
        古代の魔獣たちの亡骸から採取した魔因子を、自らの肉体に蘇らせました。

        私の成功を皮切りに、遺失錬金術(ロスト・アルケミー)である合成人獣研究(キメラ・プロジェクト)が発足されました。

パーシヴァル:どれもこれも、古代の伝説級の魔獣じゃないか。
         そんな化け物の魔因子を人体に移植するなんて……
         正気の沙汰じゃない……!

ツァドキエル:苦難は喜びです。
        それは神の与えたもうた、乗り越えるべき試練だからです。
        現に我が教導(ゲドゥラー)は、反逆する自らの肉体を征しました。

パーシヴァル:精神魔法で、自分の免疫系や内分泌系まで操る……
         あいつ……医学の常識を一人で塗り替えてるよ……

ツァドキエル:『バフォメットの角笛』――
        この角を共鳴させた高周波は、あらゆる自然現象を元素に還元します。
        火災や落雷などの自然災害はもちろん、それらを人為的に引き起こす元素魔法や精霊魔法――
        自然現象の延長にある魔法は、(ことごと)く無力化せしめます。

        無論、『ネメアの獅子』の毛皮にあらゆる武器は通用しません。

モルドレッド:つまり奴は無敵ということか――!?

パーシヴァル:マジかよ……

ツァドキエル:あなたたちは、かつての私と同じです。
        愚かであること、純真であることの罪を知りなさい。

(礼拝堂に滞空するツァドキエルの錫杖が蒼く光り、その輝きに導かれるように参列席のマンティコアが蝙蝠の翼で舞い上がる)


□10/キャメロット城、太陽宮殿の階段



アムルディア:この階段を下れば、太陽宮殿を抜ける。
         階下には、一般の兵や侍女、多数の者がいるはずだ。
         城が落とされていなければだが――

(階段を駆け下りるアムルディアは、視界が黄色く霞んできたことに気づく)

アムルディア:階下が黄色く霞んでいる……
         黄砂……? 城の中で……?

(異常を感じたアムルディアは階段を下るのを止め、その場の階層から踊り場の様子を伺う)

アムルディア:踊り場のあれは――
         花だ。巨大な花が咲いている……
         あの花が花粉を放出しているのか……

         見回りの兵が上ってきた――!

(階段を上ってきた見回りの兵は、踊り場に向かう途中で酔っ払ったように階段に座り込む)
(しばらくすると立ち上がり、何事もなかったように階段を下って引き返していった)

アムルディア:成る程……
         あの花粉には、幻覚か錯乱の作用があるのか。
         見回りの兵は、あの花粉に当てられて、踊り場で引き返してしまうと。

         どうする……突破するか――?
         短時間なら、エクスカリバーの力で守られるはず……

(廊下で踊り場を覗き見るアムルディア。その足下に突然蔦が巻き付き、天井へ宙吊りにされる)

アムルディア:――!?

(逆さ吊りになったアムルディアの視界に映る、廊下に立つ青い髪のエルフ)

ラーライラ:クリーパー、そのまま。
       天井へ逆さ吊りに。

アムルディア:動く……食肉植物――!?

ラーライラ:マンイーター。
       ご馳走はあそこにぶら下がっている。
       強酸の捕虫袋で、溶かしてしまいなさい。

アムルディア:蔦で動きを封じたつもりか。
         エクスカリバー!

ラーライラ:剣が……独りでに飛んだ――!?

アムルディア:食肉植物……!
         喰いたければ――これでも喰らえ――!

(散り落ちる緑の切れ端と共に、床に着地したアムルディアは、迫る食肉植物の口腔に焼夷弾を投げ込む)

ラーライラ:マンイーターが……火柱に……!

アムルディア:食肉植物はよく燃える。動物性脂肪を蓄えているからか。

ラーライラ:…………

       アムルディア=ブリタンゲイン……

アムルディア:いかにも。
         私はアムルディア=ブリタンゲイン。
         聖剣の担い手にして、大英帝国の皇帝だ。

         貴公の所業に申し開きがあるなら、この場で聞こう。
         ラーライラ=ムーンストーン。

ラーライラ:蒼き木星に誓って――あなたを殺す。

       黒き森に巣くいし、(くれない)の命。
       目覚めよ、血濡(ちぬ)れた花弁を開いて。

       我が血を水に、我が肉を花園に。
       
       其は、夜の静寂(しじま)に妖しく(かお)る――
       アルラウネフォーム――!

(ラーライラの両手から莫大な緑の奔流が迸り、天井全域を埋め尽くすかのように繁茂していく)

アムルディア:自らを植物に変じたか――!

(無尽に生い茂る蔦草と化した両腕に吊し上げられるラーライラの体)

ラーライラ:私の体は緑の迷宮。決して逃さない。
       あなたは朽ちて、私に還る。

       死ね、アムルディア=ブリタンゲイン――!

(天井付近よりアムルディアを見下ろす青い髪のエルフが呟くと、一斉に荊の蔦草が襲いかかっていく)


□11/『太陽宮殿』、客間の一室


(壁面に描かれた紋様から、疲弊したステファンと、数人の黒い小人が抜け出てくる)

ステファン:ううっ、ちくしょう……!

ステファン:監視印(ゲイザーマーク)視界移動(ヴィジョンシフト)……

(ステファンの額の魔晶核が輝き、視界が目に映る客間から、監視印の描かれた地点に移行する)
(監視印の記された地点の廊下では、カテリーナが十数匹の黒い小人を引き連れて、一室一室、立ち並ぶ客間を探っていた)

カテリーナの映像:居ませんわ。ここも違いますわ。何処へ消えたのかしら。

ステファン:ツァドキエルめ……!
       どうしてあの女がネクロマンサーだって教えてくれなかったんだ……!

ステファン:ナハトシュリンカー……お前たちが使えないからだよ!
       こんな役立たずの亜人間(デミヒューマン)を寄越しやがって!

(生き残りの黒い小人を蹴飛ばした後、ステファンは思案に暮れる)

ステファン:あの女が居る位置からは、まだ相当距離がある……
       しばらくここで休んで……

ステファン:う――……
       しまった……血中魔力が高くなりすぎた……
       アナフィラキシー……!

       は――は――は――は……!
       薬、薬、クスリ……くす……

(ピルケースを探り、錠剤を数個出したところでステファンの意識は暗転する)

ステファン:――――…………

       ううっ……

カテリーナ:お目覚めかしら、狩猟人(かりうど)の天使様?

ステファン:――!!

(右手に大金槌ミョルニルを携え、左手に水晶玉を握ったカテリーナが扉の前に立っていた)
(背後に引き連れた数十の黒い小人たちは、皆、頭部を失っていたり、心臓に風穴を穿たれている、死人だった)

ステファン:アンデッド――……!
       また数を増やしている……!

カテリーナ:あなたが罠を手当たり次第に起動させましたでしょう?
       あの時射抜かれたり、首を刎ねられた小人さんの死体から作りましたわ。

ステファン:くそっ、役立たずの亜人間(デミヒューマン)ども――!
       ゴミのくせに、死んでからも僕の足を引っ張りやがって――!

       こんな奴ら、何百匹集めたって、僕には敵わないぞ――!

カテリーナ:あらそうですの。
       でも彼らも、一度死んでからは、なかなか強くなりましたのよ。

ステファン:皆殺しにしてやるよ。
       この部屋にも罠を仕掛けてあるんだ。

       おい、ナハトシュリンカー!
       僕が転移点(ジャンプスポット)に飛び込むまで、アンデッドどもの足止めを――

(生き残りの黒い小人に命じたステファンは異常に気づき、その背に氷塊が滑り落ちたような悪寒が走る)

カテリーナ:Bone Blood Explosion(ボーン・ブラッド・エクスプロージョン)――

ステファン:ぎゃあああっっ――!!!

カテリーナ:まだ生き残りがいると思ってましたの。
       あなたが居眠りしてる間に、小人さんたちは、皆さん死の扉を潜りましたわ。

(沸騰した血と骨の欠片が直撃したステファンは、血みどろで這いつくばって転移点に辿り着く)
(蝋人形のような笑みを浮かべるカテリーナを背後に、ステファンの視界が歪み、浮遊感と共に、別の転移点へ移動した)

ステファン:はあ、はあ……
       逃げられた……用具倉庫だ……!

(外からは鍵の掛かった用具倉庫に逃げ延びたステファンは、ピルケースから錠剤を出して噛み砕く)

ステファン:ちくしょう……あの女め……!

       監視印(ゲイザーマーク)視界移動(ヴィジョンシフト)……

カテリーナの映像:転移点(ジャンプスポット)
           設置した地点間(スポットかん)を跳躍出来る、ハンターの罠ですわね。
           転移の魔法と違って、短い距離しか跳べませんけれど。

ステファン:変だと思ってたんだ……
       ただの貴族の馬鹿女のくせに、不自然なほど魔法に詳しい……
       ツァドキエルがハーフエルフに掛けた洗脳が、すぐに解ける……

       あいつには……『ハ・デスの生き霊』のネクロマンサーが取り憑いてたんだ……!

カテリーナの映像:『人造天使計画』――
            後天的に魔因子を埋め込んで、古代人に転生させる技術。

(映像の中で独白するカテリーナの背に、背後霊のように聖人の姿が浮かび出す)

オルドネアの霊体:古代魔法王国では、魔人(ゼノン)に焦がれる、多くの人間(アイン)が挑んだ。
            そのほとんどは、人間(ひと)の姿を留めず、生命すら保てぬ成り損ない≠ニなり、
            突然変異(ミューテーション)を耐えきった者も、理想とは懸け離れた亜人(あじん)となった。

            けれど奇蹟の確率を引き当て、転生を果たす人間も少数いた。
            純粋の魔人(ゼノン)たちは、嘲りを込めて彼らを成り上がり≠ニ呼んだ。

ステファン:成り上がり≠セと……!?
       選ばれし存在であるこの僕が……!

オルドネアの霊体:幾度も振られた、神の気まぐれなサイコロ遊びを勝ち抜いた成り上がり≠スち。
            けれど運命は非情であり、成り上がり≠ノ更なる試練を科す。

            後天的に獲得した魔因子は、免疫系の出来上がった人体には異物であり――
           成り上がり≠スちは自己免疫性疾患に苛まれ……その多くは克服出来ず、命を落としていった。

ステファン:…………!

オルドネアの霊体:けれど、時代は進む。
            免疫抑制剤の登場により、成り上がり≠スちの寿命は飛躍的に延びた。
            人造天使とは、免疫抑制剤で命を繋ぐ、昔の成り上がり≠スちだ。

            ならば……人造天使も同じ理由で死ぬ。

(聖人の霊の柔らかな微笑みに合わせ、死人の硬直した笑みを作るカテリーナが水晶玉を掲げ持つ)

オルドネアの霊体:Graveyard(グレイブヤード)――
            不浄の風が吹き渡る、疫病と熱病が命を焼く。
            Graveyard(グレイブヤード)――
            埋葬されし死者が眠り、生者を招いて生き埋める、誘引の土地。
            Graveyard(グレイブヤード)――
            誰もが行き着く終末の霊園。死者は永久(とわ)の眠りに復活の夢を見る。

(カテリーナの足下の赤絨毯が腐った灰色に澱み、部屋全体に伝染するように染み広がっていく)

ステファン:絨毯が腐っていく……!
       汚染した土地を広める開拓魔法……!

オルドネアの霊体:成り上がり≠スちは免疫抑制剤を常用し、魔法を使い続けた。
            魔法を使えば使うほど、免疫反応は強くなり、より強力な抑制剤を必要とする。

            無害な常在菌にも感染症を起こす成り上がり≠スちは……
            ある年に流行した流行病(はやりやまい)で、呆気なく死に絶え、骸の山を積み上げた。
            積み上がった屍の山を焼く、火葬の炎は、赤々と燃えていた――

(監視印を覗き込んでいたステファンは、息を呑む)
(生気の無い眼のカテリーナと、聖人の霊がこちらに目を向けていた)

ステファン:僕を……見てる……!
       監視印(ゲイザーマーク)越しに……!!

ステファン:……!!

       不浄地帯が、この倉庫にも……!

オルドネアの霊体:まず第一に、悪寒が走る。

ステファン:…………!

オルドネアの霊体:次に皮膚の下の血管が破れ、皮膚に黒い斑紋(まだら)が広がる。

ステファン:手足に……黒い染みが……

オルドネアの霊体:次に血の混ざった痰を吐き。

ステファン:げほっ、げほっ――!

オルドネアの霊体:最後に意識が混濁する中、心臓は鼓動を弱め、生命の炎は燃え尽きる。

ステファン:嫌だ……!
       死にたくない……死にたくない……!

       死にたくない……

オルドネアの霊体:恐れることなかれ。
            死は一時(ひととき)の眠りに過ぎぬ。
            最後の審判を越えれば、汝は肉の器を解き放たれ、魂は永遠の刻に遊ばん。

            復活の日は近い。
            墓土(はかつち)に身を横たえ、蘇りを待つが良い。

ステファン:悪魔……

       いや……あれはそんなものじゃない……
       死神……天使にも悪魔にも等しく訪れる……
      死≠サのもの……

       死にたく……ない……

(ステファンは密室で人知れず息絶え、客間にたたずむ聖人の霊は、遙か遠くを見晴らすように呟く)

オルドネアの霊体:封印は既に破られた。
            世界の三分の一を滅ぼす悪竜は再誕し、灼熱の海で目覚めを待つ。
            穢れを知らぬ純白の翼が舞い降り、最終戦争(ハルマゲドン)が幕を開ける。

            災厄(わざわい)の十三皇子。
            偽りの預言を背負わされた、生贄の羊。
            汝、背負わされし預言を為し、神に叛逆せよ。
            神に殺された救世主(メシア)と手を取り……共に黙示録の鍵を開けん。

            我らの行く先に――真の救済がある。


□12/地底礼拝堂、壊れた調度品やマンティコアの死体が転がる中心部


モルドレッド:はあ――はあ……

パーシヴァル:はあ……はあ……

ツァドキエル:ザガートスたちも聖戦に倒れ、残るは私のみですか。

パーシヴァル:マンティコアは倒したけどさ……!

モルドレッド:武器は通じない……魔法は効かない……

パーシヴァル:おまけにあの青い光の錫杖……
         あれに触れられると、一撃で精神を破壊される……!

モルドレッド:逆転のチャンスは必ずある……
        考えるんだ、パーシヴァル――!

パーシヴァル:考えるのおいらかよ。

モルドレッド:俺は頭を使うのは苦手なんだ。

パーシヴァル:大逆転のジョーカーを持ってるとしたら――
         それはおいらじゃなくて、モルのほうだ。

        『バフォメットの角笛』を破れるのは、ロンギヌスだけだよ。

モルドレッド:しかし神聖魔法には、対人戦で有効な魔法が――

        いや……ロンギヌスのもう一つの力なら――
        出来るのか……?
        片割れに過ぎないロンギヌスに……?

ツァドキエル:さほど遠くない昔……一人の神父がいました。
        平和な街の教会で慈悲を説く……優しく、愛に満ちた、愚かな神父でした。

        彼は知らなかったのです。
        平和は作られたものであり、愛と慈悲の裏には、罪と裁きがあることを。

モルドレッド:オルドネアよ……
        俺に力を貸してくれ――!
        『生』の力ではなく……その裏側にある『死』の力を――!

ツァドキエル:神父は、天使に堕ちました。
         秩序のために為さねばならぬ悪があるなら、自らがそれを担おうと。
         誰かではなく自らが……それこそが真の慈悲であると。

         あなたたちの幼稚な正義に、堕天使の誓いは覆せません。
         打ち砕かれよ、呪われし悪魔ども――!!

モルドレッド:非業の宿命(さだめ)に滅びし魂よ。
        お前たちの怨念(うらみ)を、俺が救う。

        解き放たれよ。
        肉体が滅んでも尚滅ばず、(くすぶ)り続ける無念を晴らせ――!
        ソウルイースタ――!!

パーシヴァル:マンティコアの亡骸から……
         いや、地下墳墓(カタコンベ)の上階から天井をすり抜けてわらわらと……
         数え切れないほどの亡霊が押し寄せてくる――!!

ツァドキエル:おお……
        子供たちよ、私が憎いですか……
        老人たちよ、もっと生きたいですか……

        宜しい。受け入れましょう。
        慈悲の心で、慈悲(ケセド)の王座へ導きましょう。

        さあ、来なさい――!

パーシヴァル:何百もの亡霊が、ツァドキエル一人に殺到してる……
         身の毛もよだつ光景って、こういうのを言うんだね……

モルドレッド:だが……もっと凄まじいのはツァドキエルだ……!
        亡霊が乗り移っても、逆に思念を砕かれて、次々消滅させられている……!

ツァドキエル:あなたたちの怨念は、その程度ですか……!
         その程度の怨みでは……その程度の執着では……
         ドミニオンの祈りには届きません――!

パーシヴァル:あいつは……本当に人間なのかよ……!?
         あの怖気(おぞけ)が走るほどの怨念の渦でも倒れない……

         悪魔……いや、本物の天使なのかも……

モルドレッド:――――!
        パーシヴァル、見ろ!

ツァドキエル:ぬうう……

パーシヴァル:人間だ――!
         人間の顔に戻ってる――!

         そうか……
         自我を支えるので精一杯で……
         合成人獣(キメラ)の形態を保てなくなったんだ――!

モルドレッド:奴は天使などではない……
        紛れもなく、俺たちと同じ人間だ――!

        パーシヴァル! 今だ!
        今なら奴に魔法が通用する――!

パーシヴァル:自在なる叡知(アヴァロン)起動(ブート)
         自律飛行水晶、完全制御仕様(フルコントロールモード)散開せよ(スプレッドアウト)
         魔力装填(エナジーチャージ)無制限供給設定(オープンエンドセットアップ)目標全包囲(ターゲットロックオン)――

モルドレッド:ツァドキエル――!
        命に優劣をつけて振り分ける行為――!
        そしてそれを当然のように行う精神……!

        命をもてあそぶ者を、聖典は悪魔と呼んだ――!

パーシヴァル:もしもお前が天使だとしたら……
         天使こそ悪魔と呼ばれた存在そのものだ――!

ツァドキエル:正義よ……! 感情よ……!
        アダムの林檎より生まれし、自由意思よ……!

        総ての苦しみの元凶である自我に……何故しがみつくのです……!?

モルドレッド:自我こそ、人が人である証だからだ――!

パーシヴァル:お前が秩序の犠牲と切って捨てた女の子のこと――
         鳥籠に閉ざされて死んだ天使のことを、おいらは忘れない――!

         エレメンタル――フルバースト――!
         全身全霊の全魔力を……心臓が脈打つ限り……撃てええ――!!!

(全包囲より発動した多種多様な元素魔法が、極彩色に咲き乱れ、ツァドキエルを荒れ狂う虹の奔流に飲み込む)
(元素の虹が晴れた爆心地には、合成人獣化が間に合わず、不完全な半獣半人の姿で、ツァドキエルが倒れていた)

ツァドキエル:おお……
        ドミニオンには、運命は導けなかった……
        大悪魔(ダイモーン)は復活し、最後の審判が下される……

モルドレッド:異端審問官ツァドキエル。
        お前を帝都まで連行する。
       『人造天使計画』のあらましを、洗いざらい喋ってもらうぞ。

ツァドキエル:しかし……世界の滅亡は起こりません……
        蒼き木星が沈もうとも、白き終焉が(ことごと)くを純白に染め上げるでしょう……
        死神よ、お前の思い通りにはなりません……

モルドレッド:蒼い光――!

パーシヴァル:モル、離れろ――!

ツァドキエル:死後の世界……
        私に天国の門は開かれぬでしょう……
        それは堕ちたあの日より、覚悟したこと……

        熾天使(してんし)よ……後はお任せしました……
        私は地獄で……平和への祈りを……

パーシヴァル:……自殺だったのか。

モルドレッド:くそっ! 首謀者を死なせてしまった……!

パーシヴァル:モル、急いで戻ろう!
         こいつの計画はまだ終わっていない――!

モルドレッド:ああ……!
        ラーライラ、カテリーナ……!



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