The 13th prince(プリンス・オブ・サーティーン)

第33話 導かれし哀別

★配役:♂3♀3=計6人

▼登場人物

モルドレッド=ブラックモア♂:

十六歳の聖騎士。
ブリタンゲイン五十四世の十三番目の子。
オルドネア聖教の枢機卿に「十三番目の騎士は王国に厄災をもたらす」と告げられた。
皇帝の子ながら、ただ一人『円卓の騎士』に叙されていない。

魔導具:【-救世十字架(ロンギヌス)-】
魔導系統:【-神聖魔法(キリエ・レイソン)-】

パーシヴァル=ブリタンゲイン♂
十七歳の宮廷魔導師。
ブリタンゲイン五十四世の十一番目の子。
『円卓の騎士』の一人で、陸軍魔導師団の一員。
お調子者の少年だが、宮廷魔導師だけあって知識量はかなりのもの。

魔導具:【-自在なる叡知(アヴァロン)-】
魔導系統:【-元素魔法(エレメンタル)-】

ラーライラ=ムーンストーン♀
二十七歳の樹霊使い(ドルイド)(外見年齢は十三歳程度)。
トゥルードの森に住むエルフの部族『ムーンストーン族』の一員。
人間の父と、エルフの母のあいだに生まれたハーフエルフ。
『ムーンストーン族』のエルフには見られない青髪と碧眼は、父親譲りのもの。

父親が魔因子を持たない人間だったので、〈魔心臓〉しか受け継がなかった。
エルフながら魔法を使うためには、魔導具の補助が必要である。

魔導具:【-緑の花冠(フェアリー・ディアナ)-】
魔導系統:【-樹霊喚起歌(ネモレンシス)-】

カテリーナ=ウルフスタイン♀
十六歳の戦乙女(ヴァルキュリア)
特に重装乙女(ブリュンヒルデ)に分類される近接戦闘のエキスパート。

ウルフスタイン伯爵の娘。
大学院(アカデミア)の高等部を退学し、父親の口利きで聖騎士団に加入した。
金髪縦ロールのお嬢様スタイルだが、性格は豪快を絵に描いたよう。

魔導具:【-轟雷の雄叫び(ミョルニル)-】
魔導具:【-金剛怪力帯(メギンギョルズ)-】

ルカ=キトハ♀
十八歳のメイド。聖パウェル救貧院の出身の孤児。
母親は、かつて夜の街で人気を博した『流浪の歌姫ルサルカ』。
父親は貴族で、『ルサルカ』のパトロンだった。

ツァドキエルの人造天使計画の一端で洗礼を受けた亜人間(デミヒューマン)
妖鳥歌声(セイレーンボイス)という畸形器官より発せられる歌声は、精神魔法に類似した力を持つ。

慈悲深きツァドキエル♂
オルドネア聖教の異端審問機関『黙示録の堕天使』の一人。
階級は第四位の『主天使』であり、マスタードミニオン≠ニも呼ばれている。
人為的に新種の亜人間(デミヒューマン)を造り出し、神の兵士とする、人造天使計画の立案者。
孤児院から選りすぐった少年少女に 天使の聖餅(エンゼル・プロスフォラ)≠与え、亜人間(デミヒューマン)に転生させる実験を行っている。

表の顔は、オルドネア聖教の聖パウェル大聖堂を治める、大司教ピレロ。
帝都ログレス全域を教区として、パウェル派の教会および施設を監督している。
パウェル派は、第七使徒パウェルの教典を重んじる宗派であり、戒律は緩やかで、愛と奉仕を信条とする。
戒律の厳しいヨーゼフ派とは、解釈の違いでたびたび論争が起こっているが、一つの宗教という認識は一致しており、互いに尊重し合っている。

※ツァドキエル、ピレロ大司教の年齢の詳細は、設定していません。
演じる方の声質、解釈にお任せします。作者は三十代〜六十代ぐらいを想像しています。
両キャラを演じ分けするかしないかもお任せします。ツァドキエルは仮面をつけており、素顔はわからない状態です。

魔導具:【-教導の錫杖(ゲドゥラー・サイケデリック)-】
魔導系統:【-精神異能(サイコカルト)-】

以下は被り推奨です。

野次馬A、B両
□12のみ。男女どちらでも構いません。
セリフは、なるべく中性的になるように心がけましたが、演じる人の性別に合わせて適宜調整してください。

※注意
・ルビの振ってある漢字は、ルビを読んでください。
・特定のルビのない漢字は、そのまま読んでください。



□1/聖断の日の前日、大学院パーシヴァル研究室


モルドレッド:…………

パーシヴァル:モル、最近そわそわしてるね。

モルドレッド:ああ……ちょっとな。

パーシヴァル:ラーライラと喧嘩でもしたの?

モルドレッド:ラーライラ?
        そういえばぎくしゃくしてるような……

        そんなことはどうでもいいんだ。
        ……オルドネア聖教のことだ。

パーシヴァル:言えないことかい?

モルドレッド:ああ、すまない。

パーシヴァル:そっか。

         で、ラーライラのことだけど。

モルドレッド:悪いが、のん気に女の話をする気分じゃない。

パーシヴァル:まあ聞いとけよ。
         ラーライラもそうだけど、カテリーナ。

         モルはどっちを選ぶんだい?

モルドレッド:どっちと言われてもな……

パーシヴァル:いいかい?
         ラーライラとカテリーナ。
         二人に好意を寄せられて、何となくいい雰囲気の両手に花。
         こんな状態はいつまでも続かないよ。

         モルは楽しいかもしれないけど、片思いしてるほうは辛いんだ。
         おまけにライバルとの競争に晒されてるんじゃ、精神を消耗する。
         おいらなら諦めちゃうね。

モルドレッド:わ、わかっているとも。

パーシヴァル:人を好きな気持ちなんて、一時の熱病みたいなもんだ。
         余裕ぶってるあいだに、他に好きな相手が出来て、けんもほろろってよくあるよ。
         二人とも可愛いしね。

モルドレッド:う……
        じゃあ、どうすればいいというんだ?

パーシヴァル:ラーライラとカテリーナ。
         どちらか選ぶ選択を迫られた時のために、自分の中で、答えは出しておいたほうがいいってことだよ。
         肝心な時にウダウダしてると、二人とも逃がしちゃうぞ。

モルドレッド:……お前のことは時々尊敬する。

パーシヴァル:おう、崇め(たてまつ)れ。

モルドレッド:調子に乗るな。
        で、お前の方はどうなんだ?
        俺の方ばかり、俎上(そじょう)に載せられるのは不愉快だ。

パーシヴァル:へへ、内緒。

モルドレッド:……その様子だと、見つけたな?

パーシヴァル:まーね。

モルドレッド:どんな女だ?

パーシヴァル:歌の上手い子だよ。
         でも恋歌(こいうた)は、哀歌(あいか)で終わりかな。

モルドレッド:何だそれは。はぐらかさないで白状しろ。

パーシヴァル:嫌だよ。色恋沙汰は、他人事で茶化すから面白いんじゃないか。

モルドレッド:……つまり俺のことは、他人事で茶化していたということか。

パーシヴァル:あ。

モルドレッド:……お前との友情もこれまでのようだな、パーシヴァル。

パーシヴァル:モル、ごめんって。きっといいことあるよ。
         おいらのアヴァロン占いで、モルの恋愛運は最高と出た!

モルドレッド:当たるも八卦、当たらぬも八卦だな。

パーシヴァル:当たるぞ、きっと。
         だから――覚悟決めておけよ?

モルドレッド:あ、ああ……


□2/帝都西区、喫茶店



カテリーナ:ダージリンの夏摘み(セカンドフラッシュ)をストレートで。
       紅茶の香りを邪魔しない軽食を、適当に見繕って持ってきてくださるかしら?

ラーライラ:…………

カテリーナ:あら遠慮しなくていいんですよ。お代はわたくしが支払いますわ。
       一番高いメニューから安いメニューまで、全品制覇してもよろしくてよ。

ラーライラ:自分の分は自分で払う。
       野菜ジュースとサラダ、パンプキンスープ。

カテリーナ:エルフの親戚は、イモムシさんやシャクトリムシさんかしら?

ラーライラ:メスゴリラは筋肉の維持が大変そう。

カテリーナ:張りのあるバストを維持するのは筋肉ですわ。
       胸のたるみを気にする必要のないあなたが羨ましいですわー。

ラーライラ:……用ってなに?
       私、族長会議でトゥルードの森へ帰らないといけないんだけど。

カテリーナ:ラーライラ。
       あなたはモルドレッド様のことが好きなのかしら?

ラーライラ:な、なっ――!

カテリーナ:正直にお答えなさい。
       わたくしはモルドレッド様を愛しておりますわ!

ラーライラ:モ、モルドレッドはあなたのことなんて……!

カテリーナ:モルドレッド様のお気持ちは関係ありませんわ。
       わたくしが好きにさせてみせますもの。

       ラーライラ。
       わたくしは、あなたの気持ちを聞いているのです。

ラーライラ:わ、私は……別に……
       ただの人間の友達……

カテリーナ:わたくし、今夜勝負を掛けますわ。

ラーライラ:……!?

カテリーナ:わたくし、抜け駆けはしたくありませんの。
       そんなこと、自分に自信がない臆病者のやることですもの。

       本当にただの友達でよろしいんですのね?

ラーライラ:……うん。

カテリーナ:そうですか。
       ウルフスタイン伯爵家、家訓九条。
      戦え、勝ち取れ、お前の欲するものを

       わたくし、この恋を必ずものにしてみせますわ――!

ラーライラ:…………


□3/帝都北区、聖ヨーゼフ教会の医務室



モルドレッド:はあ……
        なんでまた、体質に合わない魔晶核を使って倒れてるんだ……!
        あれほど、きつく言っただろう。

カテリーナ:ごめんなさい。もう二度と致しませんわ。

モルドレッド:いい加減、置き去りにして帰りたいところだが……
        今日に限って、教会の治療師が全員出払ってしまっている。

カテリーナ:またモルドレッド様が夜通し看病してくださるのですわね!
       夜の教会に二人っきりですわー!

モルドレッド:俺は帰る。落ち着いたら聖ヨーゼフ大聖堂に運ぶぞ。

カテリーナ:えー!

モルドレッド:それに二人きりでもない。
        もうじきピーター神父も、出先から戻ってくる。

カテリーナ:それまでは二人きりですわね。

モルドレッド:あ、ああ……そうだな……


□4/帝都西区、高級住宅街


ラーライラ:(族長会議……休んじゃった……)
       (カテリーナがあんなこと言うから……)

(ブラックモア邸の屋敷へ入るラーライラ)

ラーライラ:モルドレッド――?

       屋敷には、誰もいない……
       どこへ行ったの?

       そうだ。
       モルドレッドがいつも通ってる教会なら――


□5/帝都北区、聖ヨーゼフ教会の医務室



カテリーナ:以前からずっと気になっておりましたの。
       何故モルドレッド様は、聖騎士になられたのです?
       オルドネア聖教は、モルドレッド様を災厄(わざわい)の皇子と預言したのに。

モルドレッド:災厄(わざわい)の皇子と預言されたからこそだ。
        俺の手で、俺の力で、あの預言を覆してやろうと誓った。
        だから俺は――聖騎士になった。

カテリーナ:運命に(あらが)う、ということですわね。

モルドレッド:…………
        男爵の娘だった母上は、俺を産んだ時に死に、祖父や祖母も、俺が物心つく前に死んだ。
        父上……皇帝陛下は預言を畏れ、俺を遠ざけた。

        そんな俺を唯一気に掛けてくれたのが、第二皇子ランスロット……
        ランス兄さんだった。

カテリーナ:そうでしたの……

モルドレッド:預言を覆すなんて……
        本当はそんな大層なことを考えていたわけじゃないのかもしれない。

        ランス兄さんが聖騎士だったから――
        同じ聖騎士になれば、ランス兄さんに並べるから――
        俺のことを認めて、喜んでもらえるから――

       預言を覆す≠ニいう誓いだって、ランス兄さんの受け売りなんだ。

カテリーナ:モルドレッド様は、聖騎士を目指し、聖騎士になってからも、ずっと守り抜いてきたのでしょう?
       でしたらその誓いは、あなたのものですわ。

モルドレッド:…………

カテリーナ:わたくしは、ずっと特別な人間になりたかった。
       普通や平凡に収まらない、唯一無二の存在になりたかった。

モルドレッド:お前のような女……いや、人間は見たことがないぞ。

カテリーナ:光栄ですわ。もっともっと、オンリーワンを目指します。

モルドレッド:……それ以上、個性的になってどうするんだ?

カテリーナ:だってわたくし、ただの貴族の娘だったら、ただの落ちこぼれですもの。
       お勉強は退屈で、礼儀作法はさっぱり、お世辞ばかりの社交界に飽き飽き。
       貴族の娘として求められる素養は一つ残らずダメで、お父様やお母様を落胆させました。

       わたくし、ずっと特別な存在になりたかったのです。
       カテリーナ=ウルフスタインという一つの個性として認められれば、誰も貴族の娘なんて枠組みで、わたくしを見ないでしょう?

モルドレッド:…………

カテリーナ:災厄(わざわい)の十三皇子様。
       あなたは、わたくしの憧れでした。
       特別や個性に逃げ道を求めたわたくしとは違う、本物の宿命を背負った御方。

モルドレッド:カテリーナ……

カテリーナ:わたくし、モルドレッド様を愛しております。
       災厄(わざわい)の皇子ではなく、モルドレッド様を。
       運命に(あらが)い、未来を切り開くあなたに、心を惹かれたのです。

モルドレッド:カテリーナ、俺は……

カテリーナ:わかってますわ。
       ラーライラのほうが好きなのでしょう。

       でも、だから何だっていうのです!
       これからわたくしのほうを、ずっと好きにさせればいいだけですわ――!

(ベッドから跳ね起きたカテリーナが、モルドレッドの首を掴んで引き倒す)

モルドレッド:お、おいカテリーナ! 何を考えてるんだ――!

カテリーナ:モルドレッド様が、殿方のくせに意気地がないからです!
       ですからわたくしが、押し倒す代わりに、引き倒すのです――!

モルドレッド:俺も男だ! 冗談では済まないぞ!

カテリーナ:冗談でこんなことしません! わたくし、本気ですわ!

モルドレッド:足音――? 誰か来るぞ――!

カテリーナ:あら、本当ですわ。

モルドレッド:と、とにかく離せ――!
        ほら、医務室の扉が開くぞ――!

カテリーナ:問答無用! 試合続行ですわ!
       人前でキスの一つも出来ないで、どうやって誓いのキスをしろって言うんです!

       えい――!

(開かれていく医務室の扉を注視する隙を突いて、カテリーナが強引にモルドレッドのくちびるを奪う)

ラーライラ:モルド、レッド……?

       カテ、リーナ……?

モルドレッド:――!?

ラーライラ:あの、私……

       ごめん、なさい……――!

モルドレッド:ラーライラ――!

カテリーナ:追わないで――!!

モルドレッド:――!

カテリーナ:わたくしじゃ、駄目ですの――?

モルドレッド:カテリーナ……

カテリーナ:わたくしから……奪ってください。
       あなたに……捧げます。

モルドレッド:……!

カテリーナ:言いましたでしょう。
       あなたを好きにさせて見せるって。

       わたくしを……抱いてください。

モルドレッド:…………

        すまない、カテリーナ。
        それはできない。

カテリーナ:見返りなんて求めませんわ。

モルドレッド:俺の心は弱い。お前は魅力的だ。
        一度でも抱いたら、俺はお前を好きになる。

カテリーナ:じゃあ……!

モルドレッド:だから……だからお前を抱けない。
        熱情に火が点いて、焼き尽くしてしまう……
        そんな勢いで、この気持ちを灰にしたくない……!

カテリーナ:……あんまりですわ。
       わたくしの全身全霊のアタックを、さらりと避けてしまうんですもの。

モルドレッド:…………

カテリーナ:ラーライラを追いかけてください。
       今度はモルドレッド様が、全身全霊でアタックする番ですわ。

モルドレッド:カテリーナ……
        もしラーライラと出会わなければ、俺はお前のことを――

カテリーナ:振った相手に、中途半端な優しさは無用ですわ。
       ……行ってください。

モルドレッド:あ、ああ――!

カテリーナ:…………

       あーあ。
       失恋、しちゃいましたわ……


□6/帝都北区、夜の公園



ラーライラ:(モルドレッドとカテリーナ……)
       (キス……ううん、もっと先のこと……)
       (でも人間の男女なら、ごく普通のこと……)
       (私、落ち着いてる……思っていたより全然平気……)

(夜の公園の道をふらふらと歩いていたラーライラは、力が抜けたようにベンチに腰を落とす)

ラーライラ:(そう、わかっていたこと……)
       (二人が結ばれれば、こうなるのは……)

       (笑わなきゃ……)
       (二人におめでとうって、笑顔で祝福しなきゃ……)

ラーライラ:どう、して……
       どうして……涙が溢れてくるの……?
       どうして……

(滂沱と流れる涙に、呆然となるラーライラ)
(不意に月明かりを遮るように、黒い影が降りてくる)

ツァドキエル:神は愛なり。
        穢れ果てし我さえ愛したもう。
        嗚呼、神は愛なり――

ラーライラ:人、影……?
       真上から……?

       嘘……
       あれは、天使……?

ツァドキエル:世界樹の堅き幹に、亀裂は走りました。
        その罅割れに、教導(ゲドゥラー)の杖を差し入れ、錫鳴(すずな)りを響かせましょう。
        さあ、耳を澄ませなさい。
        傷ついた心の(うろ)に響き渡る、慈悲(ケセド)の音色に――


□7/帝都西区、ローエングリン侯爵邸パーシヴァル自室



パーシヴァル:つまりね、魔晶核には何らかの要因で、出生率を低下させる作用があり、
         自身で魔晶核を形成する完全な魔因子より、魔心臓しか持たない準魔因子のほうが生存競争上有利だった。
         これが古代人が絶滅し、エルフやドワーフが少数人種になっている、現代の状況を説明する、魔導進化論だ。

         そのエルフやドワーフも、混血が進んでいる。
         おいら……ひょっとすると、魔法って能力自体が失われつつあるんじゃないかって思ってるんだ――

         ……あ、ごめん。

ルカ:パーシヴァル様は、研究熱心なのですね。

パーシヴァル:うん。専門分野の話になると、つい熱が入っちゃって。

ルカ:一つのことに打ち込めるって、素敵だと思います。

パーシヴァル:ルカにだって、歌があるじゃないか。

ルカ:そんな、私の歌なんて。

パーシヴァル:歌劇団とか入らないの?

ルカ:無理ですよ。

パーシヴァル:そうかな。才能あると思うよ。

ルカ:……無理なんです。

パーシヴァル:そっか。

ルカ:……幾度か貴族の方のお屋敷で働かせていただきましたが、パーシヴァル様のような方は初めてです。

パーシヴァル:貴族らしくないっていうのは、よく言われるよ。
         ついでに帝国の皇子だけど、十一番目ともなると、居ても居なくてもいいような順位だよね。

ルカ:皇帝の座に関心はないのですか?

パーシヴァル:全然。おいら、他人のことに口挟みたいって思わないし。

ルカ:本当に変わっておられますね。

パーシヴァル:自分じゃどうにも出来ないことに逆らう気力がないんだよ。

ルカ:……でも望まずとも、戦わなければならない人もいます。

パーシヴァル:そうだね。おいらの親友がそうだよ。

ルカ:パーシヴァル様は、乾いた風のような御方ですね。

パーシヴァル:なんだいそれ?

ルカ:ドライだけど、優しい。
   私は……パーシヴァル様のそんなところが好きでした。

パーシヴァル:っ……
         意識が朦朧としてくる……

         この声……

ルカ:踊れ 優しい娘よ
   悩ましい響きで語りかけ 休むことのない踊りに誘う
   戯れ心のそよ風の 美しい旋律を聞け――

パーシヴァル:この歌声は……!

ルカ:あなたを幻の楽園へ誘いましょう。
   閉ざされた楽園……私の幻想楽園(シャングリラ)へ。

パーシヴァル:精神魔法……!

ルカ:あなたの風のような心が好きでした。
   幻想楽園(シャングリラ)に閉ざしてしまうのは、とても悲しいです。

パーシヴァル:対象の精神を衰弱させ、認知能力を著しく低下させる。
         この歌声を聞き続けると、あらゆるものに無批判になり、相手の言うことを鵜呑みにしてしまうってわけか……

         っ……
         だんだん思考がぼやけてきた……
         こりゃ、ちょっとやばいかも……

ルカ:でも……囚われの人形になっても愛しましょう。
    あなたのために歌いましょう。妖鳥(セイレーン)の子守歌を――!

パーシヴァル:幻の楽園……
         そんなお伽噺の迷いの森みたいなのはご免だね……!

         アヴァロン、自律詠唱仕様(オートキャストモード)……
         行けっ!

ルカ:雷撃――!? きゃあっ!

パーシヴァル:……ふう。
         まだ頭がぼんやりするな。

ルカ:私の歌声を聞いて何故――!?
   あなたは妖鳥歌声(セイレーンボイス)の術中にあったはず……

パーシヴァル:アヴァロンは、おいらの精神活動が一定以下に低下すると、
         自動で防衛仕様に入り、おいらに害を為そうとする主体に反撃する。

         ちょっと前、魔導師のくせに魅了の魔法に掛かっちゃって、常駐スペルを改良したんだよ。

ルカ:……私の正体には、気づいていたのですか?

パーシヴァル:これっていう確信は無かったけどね。

         あの若い女の子が大嫌いなメイド長が、唐突に心変わりしたこと。
         五十五代皇帝の戴冠式を控え、あちこちで様々な思惑が(うごめ)いていること。
         特にオルドネア聖教が、大きく動くらしいってこと。

         そして君は、オルドネア聖教の信者だ。

ルカ:本当に……皇族きっての秀才ですね……

パーシヴァル:ルカ、もう辞めなよ。
         こんなこと続けてると、いつか捕まるよ。

         おいら政治の裏舞台はわからないけど……
         ランスロット兄さんみたいに、全ての罪を被せられて殺されるのがオチだ。

ルカ:…………

パーシヴァル:ねえ、さっき歌劇団の話をしただろ?
         最近、帝都に旅の歌劇団が来てるんだ。
         ルカもそこに潜り込めたら、『ルサルカ』のように大陸を流離う歌姫に――

ルカ:無理です。

パーシヴァル:ルカ。

ルカ:無理なんです……

(哀しげに微笑みながら、ルカはメイド服のボタンを外し、羽毛に包まれた上半身と鱗で覆われた素足を晒す)

パーシヴァル:その背中の羽根……
         胸元全体を覆う羽毛……
         それに肩や(もも)の鱗……!

         ルカ、君は……!

ルカ:私は……天使なんです。
   異端審問機関『黙示録の堕天使』が造り出した、人造の天使――

パーシヴァル:亜人間(デミヒューマン)……!
         魔因子を持たない人間を化け物に造り替えて、もてあそんだ、
         古代魔法王国の末期を象徴する、狂気と退廃の産物……!

ルカ:おわかりになりましたか。
   私が帰れる場所は、神の家だけなんです。

パーシヴァル:オルドネア聖教は……こんな狂った研究を……

ルカ:私から望んだことです。
    私から望んで、神に身を捧げたのです。

パーシヴァル:そう思うように仕向けられているだけだ――!

ルカ:母にとっては重荷で、父にとっては出来損ない。
   そんな捨てられた私を救い、愛してくれたのは、オルドネア聖教だけでした。

パーシヴァル:君は利用されているだけだよ……

ルカ:…………

   どこにあるのです?
   他に、私を迎え入れてくれる場所は。
   異形の身になり果てた、亜人間(デミヒューマン)を愛してくれる人は。

パーシヴァル:…………

ルカ:パーシヴァル様は、私を愛せますか?
   こんな私を、受け入れてくれますか?

パーシヴァル:……ごめん。
         おいらには……出来ない……
         君を救うことも、君の重荷を背負うことも……

ルカ:……気休めも、嘘も言わないのですね。
   非難もしない。上から物を言うこともしない。

   暖かくて冷たく、そのどちらでもない。
   あなたは……乾いた風です。

(窓辺へ下がっていったルカは、妖鳥の翼を打ち振るい、窓ガラスを破砕する)

ルカ:私は鳥籠の天使。
   愛を(さえず)るだけの小鳥の玩具。
   閉ざされた空を越えられず、幻想楽園(シャングリラ)の地に堕ちる……

   パーシヴァル様。
   あなたの乾いた優しさが好きでした。
   さようなら――

パーシヴァル:ルカ――……

(夜風にはためくカーテンの向こうに消えた人造の天使の面影を、パーシヴァルは無力感を噛みしめるように見送っていた)


□8/聖断の日、聖パウェル大聖堂、最奥部の至聖所



ピレロ大司教:これはこれは、パーシヴァル皇子。
         私めに、何の御用でしょうかな?

パーシヴァル:ルカという女の子をご存じですか、ピレロ大司教。

ピレロ大司教:ルカ? はて……?

パーシヴァル:そうでしょうね。でもあなたは知っているはずだ。
         聖パウェル救貧院の孤児たちを、『黙示録の堕天使』が引き取っていることを。

ピレロ大司教:ふむ……
         パーシヴァル皇子、あなたは私めに何を伝えたいのでしょう?

パーシヴァル:おいらは、あんたたちオルドネア聖教が裏で何をしているか、詮索する気はない。
         今回の件も、告発はしないつもりだ。

         でも一つだけ言いたいことがある。
         二度とおいらに関わるな。
         異端審問官の連中に、きつく言っておいてくれ。

ピレロ大司教:成る程成る程、しかと聞き届けました。
         あなたに呈上(ていじょう)した天使は、お気に召さなかったようで残念です。

パーシヴァル:この錫鳴りの音は――!

ピレロ大司教:私は、オルドネア聖教異端審問官慈悲深きツァドキエル=B
        『人造天使計画』の立案者であり、小天使(しょうてんし)たちの統括者。
         別名では、マスタードミニオンとも呼ばれています。

パーシヴァル:ま、まさか大司教が……裏の汚れ仕事を担う異端審問官……!
         こんな早朝……一般の信徒も出入りしている、教会の中で仕掛けてくるなんて……!

ピレロ大司教:あなたは実に聡明です。しかしそれは俗人の論理と計算。
         神の摂理(ことわり)を推し量るには、及びもつきません。

パーシヴァル:っ……!
         あの錫杖(しゃくじょう)の音……昨日のルカの歌声と同じだ……

ピレロ大司教:あなたをお待ちしていたのですよ、パーシヴァル皇子。
         あなたも私の手足となって働いてもらいましょう。

パーシヴァル:意識が霞んでくる……

ピレロ大司教:あなたに教導(ゲドゥラー)の導きを――

         ――!?

(パーシヴァルの瞼が落ちた直後、両肩の水晶が分離して、大司教に無数の基礎魔法を浴びせかける)

パーシヴァル:自律飛行水晶、回収――
         まんま昨日と同じじゃん。

         ルカから報告は受けてないのか。

ピレロ大司教:その両肩の水晶……
         それでアンゲロスは撃退されたのですか……

パーシヴァル:言ったはずだ。
         おいらに、二度と関わるなって。
         お前がちょっかいを出してくるなら、徹底的にやり返す。

         ピレロ大司教――いや、異端審問官ツァドキエル。
         お前を帝国政府に引き渡す。
        『人造天使計画』なんていう、くだらない企みと一緒に、牢屋に入ってろ。

ピレロ大司教:……ドミニオンの教導を退けるとは。

パーシヴァル:精神魔法は、身構えている相手には、成功率が劇的に低下する。
         ペラペラ秘密を喋ったのは、おいらの動揺を誘うためだったんだろうけど、もう通用しない。

         それとも、魔法合戦でもやるかい?
         教会の中で派手にやり合えば、オルドネア聖教の秘密が、ご近所中に知れ渡っちゃうよ。

ピレロ大司教:あなたの教導は成りませんでした。
         大変残念なことです。

         であれば、あなたを無垢なる土塊(つちくれ)の人形へ還しましょう。

パーシヴァル:この耳鳴りがするほどの錫鳴りと、目を灼く蒼い煌き……
         さっきまでとは桁違いの……精神の波動……!

ピレロ大司教:教導(ゲドゥラー)慈悲(ケセド)をもちて、邪悪なる者を導かん。

         打ち砕かれよ、アダムの林檎。
         蒼き木星の教戒(いましめ)を受けるがよい――

パーシヴァル:――!!


□9/数十分後、聖パウェル大聖堂の至聖所



モルドレッド:失礼します。

ピレロ大司教:モルドレッド皇子ですか。

モルドレッド:……パーシヴァル! どうしたんだ!?

(椅子に腰掛けて項垂れ、虚ろな目で独り言を繰り返しているパーシヴァルの姿が目に入る)

ピレロ大司教:彼の恋人が行方不明になったそうです。
         彼女は聖パウェル救貧院の出身だったそうで、行方を知らないかと。
         大変激高しており、いささか驚かされました。

モルドレッド:……そうだったんですか。とんだご無礼を。

ピレロ大司教:いえ、皇子も今はこの通り。
         消沈して、見るに忍びないほどです。

パーシヴァル:ルカ……ルカ……

モルドレッド:ピレロ大司教に話があるというので、一緒に聖パウェル大聖堂に来たのですが。
        申し訳ありません。
        普段は冷静で、頭の切れる奴なのですが。

ピレロ大司教:大切な人を失い、取り乱すのは誰にでもあることです。

         さて、モルドレッド皇子。
         本日グレゴリオ枢密院より、聖断が下りました。

モルドレッド:結果は――?

ピレロ大司教:あの預言は真実であると。

モルドレッド:…………

ピレロ大司教:モルドレッド皇子。あなたこそ、救国の英雄です。

モルドレッド:ピレロ大司教……私にはまだ判断がつきません。

ピレロ大司教:五十五代皇帝の戴冠式まで、一週間。
         残された時間は多くありません。

         ブリタンゲインを救えるのは、あなただけなのです。
         災厄(わざわい)の十三皇子よ――


□10/聖パウェル救護院、一等室



パーシヴァル:ルカ……ルカ……

モルドレッド:パーシヴァル。おい、しっかりしろ。俺がわかるか?

パーシヴァル:モル……?

モルドレッド:聖パウェル救護院の一等室だ。しばらく休んでいけ。
        ローエングリン侯爵夫人……お前のお祖母様には、俺が連絡しておく。

パーシヴァル:ばーちゃん……

モルドレッド:どうしてしまったんだ、お前らしくもない……
        それほどショックだったのか……?

        先生は一時的な心神喪失で、数日休めば、回復するとおっしゃっていたが……

パーシヴァル:…………

モルドレッド:お前に相談したいことがあったんだが、こんな状態ではとても無理だな……

        パーシヴァル、安心しろ。
        ルカとかいう女は、俺が必ず探し出す。
        だから……それまでには元気になっておけよ。

パーシヴァル:モル……

モルドレッド:……またな、パーシヴァル。

(救護院の廊下に出たモルドレッドは、白亜の壁に囲まれた中で溜め息を零す)

モルドレッド:ラーライラも昨日から行方知れず。
        カテリーナとは顔を合わせられない。
        パーシヴァルはこんなことになってしまった……

モルドレッド:本当にあの預言は正しいのか……?
        新たに発見された預言……十三使徒ジュダの預言……

        わからない……
        だが、俺には答えてくれる相手も、相談する友もいない……

モルドレッド:ジュダの預言に従い、新皇帝アムルディアを討つ。

        本当にそれは正しいことなのですか……?
        俺は正義の道に進んでいるのですか……?

        教えてください……
        救世主オルドネア――……


□11/聖パウェル大聖堂の至聖所



ピレロ大司教:パーシヴァル皇子を教導することは、適いませんでしたか。
         まあよいでしょう。
         モルドレッド皇子を孤立させることには成功しました。

         小天使(しょうてんし)……名はルカと言うのでしたか。
         ルカよ、よくやりました。
         あなたは鳥籠には戻りませんでしたが、天国の門は開かれ、神の御許(みもと)へ召されるでしょう。

ピレロ大司教:ランスロット皇子亡き後、帝都ログレスは悪徳の都市となりました。
         皇女アムルディアと、それを操る第五皇子ケイ。
         彼らが実権を握れば、放埒(ほうらつ)な自由の蔓延る悪政が敷かれるでしょう。
         オルドネア聖教は弾圧され、受難の時代が幕を開けます。

カテリーナ:それだけは、何としても阻止しなければなりませんわ。
       黙示録のラッパを吹き鳴らす悪魔どもを叩き殺して、モルドレッド様に勝利の栄光を捧げましょう。

ラーライラ:モルドレッドが災厄(わざわい)の皇子から英雄になれるなら。
       私、戦う。悪魔たちを殺す。一匹残らず、血染めの薔薇を赤く彩る養分に。

ピレロ大司教:頼みましたよ、十三皇子と、それを支える聖女たちよ。
         我ら地に堕ちた天使たちも、総力を挙げて力添えましょう。

カテリーナ:はい、ツァドキエル様。
       傀儡(くぐつ)の王アムルディアを、黒幕たる大悪魔(ダイモーン)を、血と肉の汚泥(おでい)に変えましょう。
       栄光の王国、ミレニアムのために。

ラーライラ:慈悲(ケセド)の王座と、蒼玉(サファイア)の木星に誓って。
       神の敵を、ジャハンナムの妖樹に(はりつけ)にして、永遠の責め苦を。
       私を導いて、マスタードミニオン。

ピレロ大司教:滅び去りし千年王国は、再び地上に蘇る。

         (きた)るべき復活の日を願い、聖女たちよ、祈りたまえ。
         偉大なる祈り……GreatDevotion(グレート・デヴォーション)――


□12/帝都東区、スラム街の路地裏



野次馬A:なんだい、あの人だかり。

野次馬B:ああ、自殺だよ。焼身自殺。
      油を被って、自分で火をつけたらしい。

野次馬A:へえ、こんなスラムの路地裏で焼身自殺とはね。
      どうせなら、嫌がらせに貴族どもの庭で焼け死ねばよかったのに。
      どんな奴だい?

野次馬B:さあ……遺体の損壊が激しくて、女としか。
      そうそう、死体の周りには羽毛が散ってたそうだよ。

野次馬A:布団縫いのお針子かねえ?
      おや、教会の連中がきたようだ。

野次馬B:共同墓地に葬るんだろうね。
      そうだ、こいつを渡してこなきゃ。

野次馬A:手帳かい?

野次馬B:自殺した女の側で拾ったんだ。

野次馬A:うへっ、遺書かい?

野次馬B:いや、それがね……

野次馬A:なんだこりゃ。

野次馬B:だろう?

野次馬A:ポエムに……アルファベットの羅列?

野次馬B:ああ、それは楽曲のコードだよ。
      ってことは、これはポエムじゃなくて歌詞だろうね。

野次馬A:ふうん……

      早く教会の連中に渡してきなよ。
      焼身自殺した女の書き残しなんて、縁起でもない。

野次馬B:ああ、もちろんだとも。

      それにしても、ろくでもない世の中だ。
      皇帝が死んで、皇子も死んで、この国はどうなるんだろうね。

野次馬A:お上がどうなろうが知ったこっちゃないが、下々の暮らしは苦しいままだ。

野次馬B:そうそう……油を売ってないで働かないと。

野次馬A:油は被らないようにしないとねえ。

野次馬B:はははは……

(野次馬の一人は立ち去り、もう一人は手帳をもって教会の一団に歩いていく)

ルカの声:鳥籠の中で、飛べない天使は歌う 愛の歌
      心盗む愛の歌 幻に閉ざす子守歌

      ああ……風よ
      幻想の楽園に吹き込んだ 乾いた風よ

      飛べない天使は空へ舞う まがいの翼に風を受けて
      風は止んで 地に堕ちる 飛べない天使は最後に歌う
      あなたの優しさが 好きでした



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