第32話 鳥籠の天使
★配役:♂4♀3=計7人
▼登場人物
モルドレッド=ブラックモア♂:
十六歳の聖騎士。
ブリタンゲイン五十四世の十三番目の子。
オルドネア聖教の枢機卿に「十三番目の騎士は王国に厄災をもたらす」と告げられた。
皇帝の子ながら、ただ一人『円卓の騎士』に叙されていない。
魔導具:【-
魔導系統:【-
パーシヴァル=ブリタンゲイン♂
十七歳の宮廷魔導師。
ブリタンゲイン五十四世の十一番目の子。
『円卓の騎士』の一人で、陸軍魔導師団の一員。
お調子者の少年だが、宮廷魔導師だけあって知識量はかなりのもの。
魔導具:【-
魔導系統:【-
ラーライラ=ムーンストーン♀
二十七歳の
トゥルードの森に住むエルフの部族『ムーンストーン族』の一員。
人間の父と、エルフの母のあいだに生まれたハーフエルフ。
『ムーンストーン族』のエルフには見られない青髪と碧眼は、父親譲りのもの。
父親が魔因子を持たない人間だったので、〈魔心臓〉しか受け継がなかった。
エルフながら魔法を使うためには、魔導具の補助が必要である。
魔導具:【-
魔導系統:【-
カテリーナ=ウルフスタイン♀
十六歳の
特に
ウルフスタイン伯爵の娘。
金髪縦ロールのお嬢様スタイルだが、性格は豪快を絵に描いたよう。
魔導具:【-
魔導具:【-
ルカ=キトハ♀
十八歳のメイド。聖パウェル救貧院の出身の孤児。
母親は、かつて夜の街で人気を博した『流浪の歌姫ルサルカ』。
父親は貴族で、『ルサルカ』のパトロンだった。
ツァドキエルの人造天使計画の一端で洗礼を受けた
慈悲深きツァドキエル♂
オルドネア聖教の異端審問機関『黙示録の堕天使』の一人。
階級は第四位の『主天使』であり、マスタードミニオン≠ニも呼ばれている。
人為的に新種の
孤児院から選りすぐった少年少女に
表の顔は、オルドネア聖教の聖パウェル大聖堂を治める、大司教ピレロ。
帝都ログレス全域を教区として、パウェル派の教会および施設を監督している。
パウェル派は、第七使徒パウェルの教典を重んじる宗派であり、戒律は緩やかで、愛と奉仕を信条とする。
戒律の厳しいヨーゼフ派とは、解釈の違いでたびたび論争が起こっているが、一つの宗教という認識は一致しており、互いに尊重し合っている。
※ツァドキエル、ピレロ大司教の年齢の詳細は、設定していません。
演じる方の声質、解釈にお任せします。作者は三十代〜六十代ぐらいを想像しています。
両キャラを演じ分けするかしないかもお任せします。ツァドキエルは仮面をつけており、素顔はわからない状態です。
魔導具:【-
魔導系統:【-
バルナッハ侯爵♂
□1のみ登場。被り役でもOKです。
※注意
・ルビの振ってある漢字は、ルビを読んでください。
・特定のルビのない漢字は、そのまま読んでください。
□1/貴族邸宅、荒廃した豪奢な寝室
ルカ:踊れ 優しい娘よ 私の歌に合わせて
回れ 飛べ 軽やかに しなやかに
バルナッハ侯爵:おお……美しい歌声だ……
妻を亡くし、娘を亡くし……
天涯孤独の身になった私の元に、お前はやってきた。
お前は本当に、天使なのかもしれん。
ルカ:そう、私は天使です。
あなたを癒やすために遣わされた天使です。
私と共に、微睡みの中で見える、楽園を遊び歩きましょう。
バルナッハ侯爵:お前の子守歌のお陰で、あの悪夢も忘却の彼方だ。
娘は自殺し……妻も心労が祟って、後を追うように死んだ。
悪夢は、もう見ない。
(陶然とした顔で呟きを漏らした侯爵は、自らの漏らした言葉に疑念を抱く)
バルナッハ侯爵:自殺……?
ローラは何故自殺したのだ……?
ローラが自殺する一年前……
貴族の倣いに従って、ローラをオルドネア聖教の修道院に入れた……
ルカ:あなたの妻のように抱いて、あなたの娘のように愛でて。
私は失われた愛を埋める歌を
あなたの行き場のない愛の受け皿となります。
バルナッハ侯爵:私の腕の中で
そうだ、この娘は……
最愛の一人娘を死に追いやり……妻も殺した……
オルドネア聖教の……修道女――!!
ルカ:――!?
(正気に返ったバルナッハ侯爵は、胸元に寄り添うルカを突き飛ばし、荒れ果てた室内を見渡す)
バルナッハ侯爵:ここは……私の寝室なのか……!?
見る影もなく、荒れ果て、埃塗れになっている……
私は一体……今まで何を……!
(寝室のドアが軋みを立て、白い翼を模した飾りを背負う、仮面の男が入ってくる)
ツァドキエル:神は愛なり。
穢れ果てし我さえ愛したもう。
嗚呼、神は愛なり――
バルナッハ侯爵:何者だ、お前は……!?
ツァドキエル:私はツァドキエル。
異端審問機関『黙示禄の堕天使』が一翼。
第四位の座に連なる
バルナッハ侯爵:思い出してきたぞ……!
私は、娘の死を追求する過程で、お前たちオルドネア聖教の
そして――
ツァドキエル:あなたは不幸です。
触れてはならぬ神の秘儀に触れ、その罰を受け、孤独に突き落とされた。
私はその境遇を哀れみ、失われた愛を注ぎ足しました。
けれど
哀れな子羊よ、
バルナッハ侯爵:口封じに殺すには、侯爵である私は目立ちすぎる。
ならば、妻と娘を失ったショックで、心身を
社会的な抹殺……
貴様らの筋書きは、こんなところだろう……!
ツァドキエル:神よ、この者をお許しください。
この者は自分の言っていることを理解していないのです。
バルナッハ侯爵:覚悟しておけ――!
お前たちオルドネア聖教の悪事、私の知りうる限りを一つ残らず暴露してやる――!
ツァドキエル:私は、
しかし幻に気付いた今、アンゲロスの歌声は、もはや届きません。
あなたにはドミニオンの教導を施しましょう。
バルナッハ侯爵:
この音は……
うう、頭が……
意識が霞んでいく……
ツァドキエル:悔い改めなさい。
神に楯突く愚かなる振る舞いを。
バルナッハ公爵:棺桶に眠る若い娘……
それに縋りついて泣く女……
あれは誰だ……?
ツァドキエル:あなたがくすねた、
アダムの林檎……自我という悪魔の産物を。
バルナッハ侯爵:今度は女が、
傍にいるのは……私か……?
あの女と娘は、誰だ……?
とても大切な……かけがえのない……
何も思い出せん……
壊れていく……私の…心が……
ツァドキエル:打ち砕かれよ。
楽園で暮らした、無垢なる
蒼き木星の
バルナッハ侯爵:うあああああああ――!!!
(錫杖が激しい錫鳴りを打ち響かせた瞬間、バルナッハ侯爵の絶叫が響き渡り、糸の切れた人形のように項垂れる)
バルナッハ侯爵:ここは……どこだ……?
あなたは……誰だ……?
私は……誰だ……?
ルカ:ツァドキエル様……
ツァドキエル:よく働きました、
この者が俗世間より孤立して、六ヶ月と少し。
廃人と化していても、不思議とは思われない頃合いでしょう。
ルカ:私は、侯爵様を救えませんでした。
私の愛では、この方を変えられなかった。
結末は、二度と戻せない、魂の座の破壊……
ツァドキエル:落胆してはいけません。
あなたはあなたの、愛の歌を奏でなさい。
あなたの歌に耳を澄ます者たちのために。
あなたは天使なのです。
ルカ:はい、仰せの通りです。
でも私の愛は誰のために……?
誰かを救い、誰かに愛されたことは一度でも……?
いいえ、私は天使ではない……
歌い、奏で、もてあそばれて、捨てられる……
ああ……私は、ただの小鳥の
ツァドキエル:迷いは罪の穢れです。
疑うなかれ。迷うなかれ。
さもなくば、やがてあなたの翼は、空を舞う力を失い、地の底へ堕ちるでしょう。
ルカ:空を追われる……?
いや……! 大空は私の家……!
私が帰る、唯一つの場所なのです……!
ツァドキエル:罪に穢れた記憶の断片は、心の海に捨て置きなさい。
ルカ:ああ、この音色は――
心地よい……
まるで天上の国で響き渡る、鐘の音のよう……
ツァドキエル:あなたは天使です。穢れを知らぬ天使です。
ルカ:そう……私は天使……
ツァドキエル:愛の歌を奏で、心病める者を幻想の楽園で癒やす者。
ルカ:神に愛され、神の愛を伝える者……
ツァドキエル:迷いは晴れましたか、
ルカ:はい、ツァドキエル様。
ツァドキエル:これからも神のため、教会のために働いてくれますね。
ルカ:
マスタードミニオン――
□2/大学院研究棟、パーシヴァル研究室
パーシヴァル:あれ? 珍しいねモル。
真っ昼間からおいらの研究室に訪ねてくるなんて。
モルドレッド:お前も知っているだろう。
帝国は、オルドネア聖教との長きに渡る軍事協力を、一方的に破棄してきた。
帝国軍に派遣という形で所属していた聖騎士は、任務を解かれた状態にある。
パーシヴァル:要は、失業中なんだよね。
モルドレッド:待機任務だ。
今後の処遇は、グレゴリオ枢密院の決定待ちだ。
ん? その机の上の包装……
フラワーリーフか。
パーシヴァル:ああそれ。モルにあげるよ。
モルドレッド:男から花のプレゼント……二重の意味で要らないな。
パーシヴァル:ラーライラにあげたら?
モルドレッド:な、なんで俺があいつに花なんかやらないといけないんだ。
パーシヴァル:じゃあカテリーナ?
モルドレッド:お前が渡せばいいじゃないか。
ほらあれだ、パトリシアだったか?
パーシヴァル:振られたよ。
モルドレッド:そ、そうだったのか……理由はなんだ?
パーシヴァル:三日前、西区の輸入雑貨屋で、レイモンド子爵の息子と一緒に歩いてるところに出くわしたんだ。
最初はただの友達って言い訳してたけど、途中からおいらが悪いってことになって、最後は三下り半だよ。
モルドレッド:……パーシヴァル!
パーシヴァル:いいよ、もう。
おいらも魔法の研究とか、宮廷魔導師の任務とかで、ほったらかしにしてたしさ。
モルドレッド:いいはずがないだろう!
オルドネア聖教律法『他人の妻を欲するなかれ』
パーシヴァル:おいら、オルドネア教徒じゃないし、結婚してないし。
モルドレッド:そんなことは関係ない!
そいつらに正義の裁きを下してやらねば、俺の気が済まん!
パーシヴァル:モルの気を晴らしてどうするんだよ。
モルドレッド:腹は立たないのかパーシヴァル!?
パーシヴァル:腹は立つよ。
でも冷静に考えれば、今は研究に集中したい時期なんだよね。
モルドレッド:そうか、そのフラワーリーフは……!
パーシヴァル、安心しろ!
奴らは、二人揃って地獄に堕ちる!
オルドネアよ、不義を働いた悪党どもを、煉獄の炎へ投げ込みたまえ!
パーシヴァル:……それ、救世主のやることじゃないような。
ま、そんなわけだからさ、そのフラワーリーフ持って行っちゃってよ。
モルドレッド:うーん……
(モルドレッドが困ったようにフラワーリーフを持ち上げた直後、研究室の扉を破るように飛び込んでくるカテリーナ)
カテリーナ:モルドレッド様ー!
モルドレッド:カ、カテリーナ……!
パーシヴァル:どうしたの、その修道服……
カテリーナ:わたくしも立派な聖騎士団の聖騎士でしたでしょう?
モルドレッド:神聖魔法が一つも使えない。
パーシヴァル:伯爵家のコネで入った。
カテリーナ:聖騎士団解散の後、どのように生きればいいか――
わたくし、午後のティータイムに考えて決めましたの。
わたくしカテリーナ=ウルフスタインは、今日から病める者、傷ついた者を癒やす
パーシヴァル:昔勉強してたけど、全然合わなくて投げたんじゃなかったっけ?
モルドレッド:絶対に向かない。止めておけ。
カテリーナ:モルドレッド様、パーシヴァル様。
病で苦しむ人々に癒しの手を差し伸べる白衣の天使――
わたくしの、どこが向きませんの?
モルドレッド:病で苦しむ人々に癒しの手を差し伸べる白衣の天使だ!
金槌を振り回してきたお前の経歴と、まるで正反対だろうが!
カテリーナ:病と闘うと書いて、闘病と読みますわ。
わたくしのミョルニルで、病魔をボコボコにぶちのめして差し上げます!
わたくしの看病なら、百人力ですわ!
パーシヴァル:カテリーナ、人間の体は調子の悪い魔導具じゃないんだよ。
叩いたって直らないよ。
カテリーナ:三ヶ月後、ログレスの帝国美術館に、『祈りを捧げる聖女カテリーナ』の油絵が飾られますわ。
お父様とお母様が、パリス共和国から一流の画家を
わたくし、名実共に、伝説の聖女ですわー!
モルドレッド:酷すぎる……
パーシヴァル:いやー、お金の力って偉大だね。
カテリーナ:あら、モルドレッド様。そのフラワーリーフ――
モルドレッド:ああ、これか。
……さっき知り合いにもらってな。
カテリーナ:ラーライラに、ですの――?
モルドレッド:違う。
カテリーナ:じゃあわたくしですわね!
モルドレッド:おい、なんでそうなるんだ!?
カテリーナ:モルドレッド様がお花を渡す相手は、わたくしかラーライラの二択以外ありえませんわ!
ラーライラじゃないなら、消去法でわたくしですわー!
モルドレッド:お前……俺のことを内心馬鹿にしてないか!?
聖ヨーゼフ大聖堂のシスターにでも渡そうかと思ってたんだ。
カテリーナ:欲しいですわー。
モルドレッド:…………
カテリーナ:欲ーしーいーでーすーわー。
モルドレッド:……持って行け、泥棒。
カテリーナ:
モルドレッド:はあ……教会の奉仕活動に行ってくる。
カテリーナ:はい、モルドレッド様。
モルドレッド:来るな。
カテリーナ:嫌です。
モルドレッド:……勝手にしろ。
カテリーナ:何処まででもお供いたしますわ!
(連れ立って出て行くモルドレッドとカテリーナを見送ったパーシヴァルは、大きく伸びをする)
パーシヴァル:ふわ〜……おいらも外で散歩してこよっと。
(研究室から出たパーシヴァルは、廊下の隅から覗く青い髪が目に入る)
パーシヴァル:ん? あの青い髪……
ラーライラ?
ラーライラ:……!?
パーシヴァル:どうしたの?
そんな廊下の角で、こっちを覗き込むようにして。
ラーライラ:べ、別に私……
パーシヴァルの研究室に、みんな居るかなって思って寄っただけ……
パーシヴァル:さっきまで居たんだけどね。
おいら、軽く食べてこようと思うんだけど、ラーライラも行く?
ラーライラ:いい……
ねえ、パーシヴァル。
さっきカテリーナが持ってたフラワーリーフ……
あれ……
ううん、なんでもない――!
パーシヴァル:行っちゃった……
おいら、余計なことしちゃったかなあ……
□3/帝都西区、ブラックモア邸の食堂
ラーライラ:モルドレッド……遅いな……
(菜食料理を並べたテーブルで、ぽつねんと座っているラーライラ)
ラーライラ:あ、戻ってきた。
モルドレッド:まったく……お前ときたら……!
カテリーナ:うう……気持ち悪いですわ……
ラーライラ:カテリーナ――? どうしたの?
モルドレッド:適性が欠片もない魔晶核を使って、不適合発作を起こしたんだ。
カテリーナ:今度は負けませんことよ……!
魔晶核がわたくしに合わせないなら、力ずくでねじ伏せますわ……!
モルドレッド:その性格だ。
お前は神聖魔法を使っていた古代人とは、根本的に波長が合わないんだ。
カテリーナ:わたくし、教会の悪しき伝統を打ち破る風雲児ですわね……!
モルドレッド:そんな聖職者は、今も昔もこれからも居ない。
体質に合わない魔晶核を無理に使うと、重大な後遺症が残るぞ。
カテリーナ:うう……
でもわたくし、古代の聖人に挑んだ甲斐がありましたわ……!
モルドレッド様が一晩付きっきりで看病してくださるんですもの――!
ラーライラ:え――? それってどういうこと?
モルドレッド:魔晶核の不適合発作は、急性ショックの他に、遅延型反応もある。
最も多いものは心臓麻痺。発作から四十八時間は、要警戒時間とされる。
ロンギヌスは、現存する魔導具でも、最上級の治癒魔法を扱える。
俺自身は、治癒魔法は不得意だが……一晩なら集中力も続くだろう。
ラーライラ:それはわかったけど……どうしてモルドレッドの屋敷に?
カテリーナ:わたくしの希望ですわ。
ラーライラ:い、意味がわからない……!
病院か、もっと大きい教会に行けばいいじゃない……!
モルドレッド:近頃、貴族と教会のあいだで
こんなのでも一応、ウルフスタイン伯爵家の令嬢だからな。
カテリーナ:万一後遺症が残ったら、教会の監督
モルドレッド:本人はごねるし、街の教会には責任が重いし、それで俺が預かってきたんだ。
ラーライラ:一晩中、同じ部屋に居るの……!?
モルドレッド:よせ、言うな。
あまり意識しないようにしてるのに……
カテリーナ:まあ、一夜の過ちが起こったらどうしましょう!
わたくし、胸がドキドキして参りました!
けれどこんなこともあろうかと、ブラもショーツも、『ソレーヌ=ブロウ』デザインのシルクランジェリーですわ!
いついかなる時でも恋の臨戦態勢、不意打ちのロマンスでも迎え撃つのが、淑女の嗜みですわ――!
モルドレッド:シルクのランジェリー……!
それは一体どんなものなんだ……!
ラーライラ:…………
安心して。私も一緒に看病するから。
カテリーナ:心配ご無用ですわ。
あなたは自分のお部屋で、草木のように寝静まっていていいんですのよ?
ラーライラ:あなたの心配じゃない。モルドレッドが心配なの。
カテリーナ:どうしてあなたが、モルドレッド様を心配なさるのかしら?
ラーライラ:そ、それは……
カテリーナ:モルドレッド様ー。
わたくし、何だか胸が苦しいですわ……
ラーライラ:わざとらしい……!
カテリーナ:ふふん。
あら……?
あの、わたくし、本当に、動悸が――
ラーライラ:おやすみなさい。
ねえ、モルドレッド……!
モルドレッド:――ちょっと待て。
本当に様子がおかしくないか?
ラーライラ:どうせカテリーナの演技……
カテリーナ:ぶぐぶぐぶぐ……
ラーライラ:白目剥いて、泡吹いてる……
モルドレッド:脈がないぞ……
ラーライラ:嘘――! モルドレッド!
モルドレッド:ああ――!
オルドネアよ、弱まる命の鼓動に復活の奇蹟を――!
俺の厄払いと……厄介払いを――!
□4/帝都西区、ローエングリン侯爵邸パーシヴァル自室
パーシヴァル:『魔導進化論』――
何故完全な魔因子を持つ古代人が激減し、魔心臓しか持たない準魔因子が主流派になったか。
久々に読み応えがありそうだ。
よーし、読むぞー!
ルカ:失礼します。ベッドメイクに参りました。
パーシヴァル:ああ、うん。ありがとう。
あれ? 初めて見る顔だね?
ルカ:本日よりローエングリン侯爵様のお屋敷で働かせていただくことになりました。
ルカ=キトハと申します。
ご用命があれば、なんなりとお申し付け下さいませ、十一皇子様。
パーシヴァル:ねえ、歳は幾つ?
おいらとあまり変わらないように見えるけど。
ルカ:十八でございます。
パーシヴァル:そっかあ。
うちのメイド長、おいらの教育に悪いとか言って、年増ばっか雇ってたんだよね。
久々に可愛い子がきて、おいら嬉しいよ。
ルカ:十一皇子様のことは、よく存じ上げております。
帝国でも指折りの魔導師で、魔法研究の世界でも名高い、皇族きっての秀才だと。
パーシヴァル:いやあ、客観的に見てもそう思うけど、面と向かって言われると照れちゃうな。
ルカ:敬愛する十一皇子様のお屋敷で働けて光栄に思います。
この幸せを、神に感謝します。
パーシヴァル:神って、オルドネア聖教?
ルカ:はい。私は聖パウェル
パーシヴァル:パウェル派か。緩い方のオルドネア聖教だよね。
おいらの親友が厳しい方のヨーゼフ派で、ガッチガチに固くてさ。
ルカ:厳しい方、緩い方と言われると、いささか
ヨーゼフ派は正義と戒律を、パウェル派は愛と慈悲を信条としております。
パーシヴァル様はどちらの教派なのですか?
パーシヴァル:おいらは無神論。
ルカ:神を信じないとおっしゃるのですか――!?
パーシヴァル:だって見えないし、声を聞いたこともないし。
ルカ:見えます! 聞こえます!
パーシヴァル:それは妄想だよ。幻覚と幻聴。
ルカ:お可哀想に……
十一皇子様は神の愛を知らないのですね。
しかし安心してください。
十一皇子様は、神に愛されています。
パーシヴァル:うへえ、勘弁してよ。
いくら可愛くても、布教活動するようなのはご免だよ。
おいら、神様は信じないから、押し付けるのは止めてね。
ルカ:は、はい……!
申し訳ありませんでした……!
パーシヴァル:わかってくれればいいよ。
ルカ:神よ、彼をお許しください。
彼は自分の言っていることを理解していないのです。
パーシヴァル:……わかってるのかなー。
□5/一週間後、聖パウェル大聖堂、最奥部の至聖所
ピレロ大司教:よくぞいらっしゃいました、モルドレッド皇子。
モルドレッド:聖パウェル大聖堂、
此処に入ることを許されるのは、教会の管理者である
聖騎士とはいえ、部外者の私を、此処に招き入れるとは……
ピレロ大司教、私に話とは――?
ピレロ大司教:……モルドレッド皇子。
これから話すことは、内密にお願いいたします。
□6/早朝、ローエングリン侯爵邸の正門前
(歌を口ずさみながら、ほうきで枯れ葉を片付けているルカ)
ルカ:踊れ 優しい娘よ 私の歌に合わせて――
パーシヴァル:おはよう、ルカ。
ルカ:おはようございます、パーシヴァル様。
パーシヴァル:ねえ、今の歌は?
ルカ:き、聞かれたのですか。お恥ずかしい限りです……
パーシヴァル:綺麗な歌声だったよ。思わず足を止めちゃった。
ルカ:パーシヴァル様、使用人風情にお世辞はお止めくださいませ。
パーシヴァル:時々、仕事しながらその歌、歌ってるよね。
それ、なんて歌?
ルカ:恐縮です……
あれは……ローマ都市国家のアリエッタだそうです。
母が口ずさんでいた歌で……私が覚えている、数少ない母の記憶です。
パーシヴァル:ローマ都市国家。
言われてみれば、南欧系の顔立ちしてるよね。
おいら、そろそろ行かないと。
ルカ:行ってらっしゃいませ、パーシヴァル様。
パーシヴァル:また後で、歌聞かせてよ。
ルカ:わ、私の拙い歌でよろしければ――!
□7/トゥルードの森、林業指定区域
ラーライラ:種より目覚めし、新緑の若木。
天頂の光に枝を伸ばし、森に鎮まる大樹と――
パーシヴァル:ラーライラ! ラーライラ!
ラーライラ:えっ――!?
パーシヴァル:魔力を込めすぎだよ。
早すぎる促成についていけなくて、みんな根腐れしちゃってる。
あーあ……ここいらの苗木は、全滅だなあ。
ラーライラ:…………
パーシヴァル:最近どうしたの?
トゥルードの森の緑化事業、ラーライラの担当区域だけ、大幅に遅れてるよ。
ラーライラ:……別に。ちょっと集中出来ないだけ。
パーシヴァル:あんまり不調が続くなら、他のドルイドに交代してもらったほうがいいんじゃない?
ラーライラ:…………
ねえ、パーシヴァル。
……私のこと、可愛いと思う?
パーシヴァル:え? 突然の告白?
いやあ、困っちゃうなあ〜。
ラーライラ:か、勘違いさせてごめんなさい。
そういう意味じゃないの。全然違うの。
パーシヴァル:そこまで力一杯否定しなくてもいいだろ。
可愛くないなー。
ラーライラ:可愛くない……
パーシヴァル:うそうそ、可愛いと思うよ。
十人中、七人は可愛いって言うんじゃないかな。
ラーライラ:……カテリーナと私だったら?
パーシヴァル:カテリーナか。うーん……
ラーライラ:……やっぱり。
パーシヴァル:ラーライラも十分可愛いよ。
ラーライラ:私……人間の美的感覚がわかってきたの。
目鼻立ちがパッチリしてて、彫りが深くて、胸が大きくて腰は細い。
髪の色は金髪、優雅な言葉遣いと立ち振る舞い、家はお金持ち。
人間の理想って……カテリーナのことじゃない――!
パーシヴァル:特徴だけ並べると完璧なのに、実物は何とも言い難いのは何でだろうねー……
ラーライラ:私……カテリーナに何も勝てるところがない……
パーシヴァル:恋愛はパラメーターで勝負するバトルじゃないよ。
ラーライラ:……人間は、どんな時に相手を好きになるの?
パーシヴァル:うーん……おいらの考える本音で言うよ?
ラーライラ:お願い。
パーシヴァル:軽蔑したとか幻滅したとか、後で言わないでよ?
ラーライラ:……わかった。
パーシヴァル:まず最初に、可愛さの基準をクリアしてること。
ラーライラ:うん。
パーシヴァル:次に、一緒にいて緊張や気疲れを感じないこと。
ラーライラ:うん。
パーシヴァル:最後に……エッチなこと出来そうな雰囲気かってこと。
ラーライラ:えっ、えっ!?
そ、それで?
パーシヴァル:終わり。
ラーライラ:…………
人間って最低……
パーシヴァル:そう言わないでよ。
恋愛の
で、ラーライラ。
人間に好きな男が出来たの?
ラーライラ:……わかってるくせに。
パーシヴァル:たぶんその人間の男も、ラーライラのこと好きだと思うよ。
ラーライラ:本当……!?
パーシヴァル:うん。
でもさっき言ったように、手に入りそうで入らない距離だから、意識するんだ。
一向に進展がなかったり、照れ隠しに突っぱねたりすれば、恋は冷める。
ラーライラ:どうすればいいの?
パーシヴァル:苦情は勘弁してよ?
ラーライラ:早く教えて!
パーシヴァル:隣に座ってピタッと密着。
ラーライラ:わ、私から――!?
パーシヴァル:その時、胸をぐっと寄せて当てる。
ラーライラ:むむ、胸っ!?
無理っ! 私、そんなことできない――!!
パーシヴァル:……そうだよね、ごめん。
ラーライラ:違う、馬鹿! 出来ないけど……!
パーシヴァル:こう、人間の男はムラムラッとくるとスイッチが入るわけ。
そこで強烈に意識させて、その場はぱっと身を引くんだよ。
ラーライラ:私……そういう駆け引きみたいなことはしたくない。
パーシヴァル:そうは言っても、どっちかからアクション起こさないと、永久に進展しないよ。
ラーライラ:私は、一緒に朝の森の道を歩いたり、草原の風に吹かれたり。
日陰でひっそりと咲くスズランのような、静かで穏やかな関係を育みたいの。
パーシヴァル:人間の男は、基本的に恋にせっかちだ。
ただでさえ焦れったいのに、ハーフエルフの時間感覚だったら、痺れをきらしちゃうよ。
ラーライラ:だって、私まだそんな……!
それに彼は……待ってくれると信じてる。
パーシヴァル:ラーライラだけだったらね。
でも他の女の子に猛プッシュされたら、嫌になって、そっちに流れちゃうかもよ。
たとえば金髪のお嬢様とかに。
ラーライラ:……!
パーシヴァル:両想いを過信しないほうがいいよ。
今この瞬間にだって、世界中でカップルや夫婦が破局を迎えてるんだ。
ラーライラ:パーシヴァル、あなたって何でも計算尽くなのね。
少し苦手になりそう……
パーシヴァル:ごめんごめん。
親しくなった相手にはよく言われるよ。
だからおいら、友達少ないんだ。
こんなに長く付き合ってる友達は、あいつ一人だよ。
ラーライラ:…………
パーシヴァル:おいら、二人のことは応援してるよ。
気分悪くしちゃったらごめんね、ラーライラ。
ラーライラ:…………
□8/ローエングリン侯爵邸、パーシヴァル自室
ルカ:回れ 飛べ 軽やかに しなやかに
パーシヴァル:…………
驚いたなあ。
どこかで歌、習ってたの?
ルカ:暇を見つけて歌っていただけです……
パーシヴァル:普通の素人には聞こえないけど……
お母さんは、ひょっとして歌手?
ルカ:……はい。
二十年以上前、夜の酒場を転々としていた『
パーシヴァル:聞いたことある。
ある時、パッタリ消えちゃった伝説の歌姫だっけ?
ルカ:……私を妊娠したからです。
でも母にとって、歌は私よりずっと大事なものでした。
私を産んだ後、母は幼い私を捨て、夜の世界へ舞い戻っていきました。
けれど、私を産んだ時に、母は何かを失ってしまったのか――
母の復帰を熱狂的に歓迎したファンも、ぽつぽつと離れていき……
『流浪の歌姫ルサルカ』は……夜の伝説に消えました。
パーシヴァル:……そうだったんだ。
お父さんは?
ルカ:父は……名前は明かせませんが、とある貴族の嫡子でした。
父は、母のパトロンだったんです。
パーシヴァル:ルカ……貴族の血を引いてたんだ。
ルカ:はい。
でも私は、父の魔因子を受け継がなかったので……
孤児として、救貧院に預けられました。
パーシヴァル:……よく聞く話だね。
貴族の間に、魔因子を持たない子供が産まれると、養子に出しちゃうって。
ルカ:申し訳ありません、使用人風情が身の上話など……
パーシヴァル:おいらこそ、興味本位で色々聞いちゃってごめんね。
ルカ:それでは、私は仕事が残っておりますので、この辺で……
パーシヴァル:うん、ありがとう。
(扉の前で一礼して退室したルカを見送った後、パーシヴァルはルカの複雑な境遇を思って呟く)
パーシヴァル:歌姫の母親と、貴族の父親か――
もし運命の歯車が、あと少し噛み合っていたら……
ステージの上に立つ歌手だったり、貴族の女の子だったりしたのかな。
運命って皮肉だね。
□9/ブラックモア邸、応接間
(応接間のソファに腰掛け、気鬱な表情で考え込んでいるモルドレッド)
モルドレッド:…………
ラーライラ:モルドレッド。
モルドレッド:ラーライラか。
ラーライラ:どうしたの? 難しい顔して。
モルドレッド:ちょっと考え事をしていてな。
ラーライラ:ソファー、隣……いい?
モルドレッド:ああ。
モルドレッド:…………
ピレロ大司教の声:人の国の王は倒れ、皇子は次々と死す。
荒れ狂う混沌と破壊を、新しき王の光が鎮めん。
なれどその王は、
ラーライラ:(二人きりで、こんなに距離が近いのって、初めて……)
(肩も胸も……エルフとは全然違う……)
(人間って筋肉質なのね……父さんもこんな感じだったの……?)
ピレロ大司教の声:悪しき太陽の邪悪な統治に、一人の英雄が立ち上がる。
人々、
ラーライラ:(今なら自然な雰囲気で……)
(モルドレッドも人間なら、パーシヴァルが言ってたようなこと、考えてるの……?)
(いきなり豹変したら……?)
(受け入れるの? 私、まだ……)
(でも拒んだら……! ああどうしよう……!)
(私、カテリーナに負けたくない……!)
(母さん……
(私に勇気をちょうだい……!)
ピレロ大司教の声:汝らの作りし、空席の十三番目を見よ。
忌まわしき数字
ラーライラ:(くっついちゃった……! 不自然じゃないかな……?)
(み、耳が熱くなってきた……!)
(落ち着かないと、落ち着かないと……!)
(胸一杯に二酸化炭素を吸い込んで、新鮮な酸素を吐き出す……)
(違う! これは光合成……! 太陽も出てないのに……!)
モルドレッドの声:ピレロ大司教、それは誰の預言なのです?
ピレロ大司教の声:千年以上前に記された古文書の一節……
長らく偽典に分類されていた書物に、この預言はありました。
モルドレッドの声:まさか……その古文書とは……
ピレロ大司教の声:『ジュダの預言書』……
彼の裏切りの使徒、十三使徒ジュダが記した預言です。
モルドレッドの声:ジュダ……!
ラーライラ:(こんなにずっと寄り掛かってるのに……)
(密着すれば意識するんじゃなかったの……!?)
(胸……? 胸がないから……!?)
(人間には、胸がないと駄目なの……!?)
モルドレッド:ラーライラ。
ラーライラ:――は、はい!
モルドレッド:眠いのか?
ラーライラ:え――?
モルドレッド:眠いなら、部屋で寝たほうがいいぞ。
こんなところでうとうとしていると、風邪を引く。
ラーライラ:…………
モルドレッド:ラーライラ?
ラーライラ:……おやすみ。
モルドレッド:なんだあいつ。女はよくわからんな。
(ラーライラの姿が階段の奥に消えた後、再び黙想に耽るモルドレッド)
ピレロ大司教の声:グレゴリオ枢密院では、ジュダの預言書を真実と見なすかどうか、
教皇
教皇猊下のご
モルドレッド:一週間後か……
長い一週間になりそうだ……
※クリックしていただけると励みになります
index