The 13th prince(プリンス・オブ・サーティーン)

第30話 天使の仰ぎし秩序(ロゴス)、悪魔が愛した自由(パトス)

★配役:♂3♀3両1=計7人

▼登場人物

アムルディア=ブリタンゲイン♀
十六歳の機操騎士。第一皇子ガウェインの長女。
ブリタンゲイン五十四世には、孫に当たる。
ブリタンゲイン陸軍第八師団『魔導装機隊』の隊長を務める。

ハーフドワーフ。
母親であるアンナは、洞窟人ドワーフの王族である。
ドワーフの血筋ゆえに身長は低めであり、その反対に胸は大きい。
またドワーフらしく、古今東西の武具を好み、機械弄りが趣味。
愛用する大剣カリバーンは、表面にコーティングされた粒子の超振動で、対象の分子結合を切断する魔導具である。

魔導具:【-聖銀の伯叔(カリバーン)-】

ランスロット=ブリタンゲイン♂
三十四歳の聖騎士。『黄金の龍』の異名を持つ。
ブリタンゲイン五十四世の二番目の子。
『円卓の騎士』の一人で、ブリタンゲイン海軍元帥。
またオルドネア聖教の聖騎士団団長も兼任している。

現皇帝の正妻アルテミシア皇后の子。
皇位継承権は二番目だが、正妻の子ということでランスロットを推す声も高い。

※魔剣で変身するリヴァイアサンは、別キャストでもOKです。

魔導具:【-湖心儀礼剣(アロンダイト)-】【-白十字(ニムエ)-】
魔導系統:【-元素魔法(エレメンタル)-】【-神聖魔法(キリエ・レイソン)-】

ケイ=ブリタンゲイン♂
二十八歳の財務長官。通称は『帝国国庫番』。
ブリタンゲイン五十四世の五番目の子。
『円卓の騎士』の一人で、『情報戦略局』の局長。
また、政府内閣の財務長官も兼任している。

皇位継承権は、第三位。
ケイの支持層は、近年台頭してきた銀行連合や商業組合。
守旧派の教会・貴族からは反発を招いている。

ブリタンゲイン五十四世♂
六十五歳になるブリタンゲイン帝国の老皇帝。
政治には無頓着であり、放蕩皇帝とあだ名されていたが、国が傾くほどにはのめり込まないという、無害な暗君だった。
しかし十年ほど前から精神を煩い、自室に引き籠もり、他人との接触を拒むようになった。
寵愛しているベディエアの他には、ランスロットやガウェインと年に数回、必要最低限のやり取りを交わすのみである。

実はブリタンゲイン五十四世は既に死亡しており、その精神は聖剣とその鞘に宿る、初代皇帝アーサー。
不老不死の奇蹟を与える聖剣の鞘は、皇帝の亡骸を生者のように保ち、アーサーの憑代として動かし続けている。
さらに不老不死の魔法を最大限に引き出せば、老いた細胞を活性化させ、最盛期の肉体に若返らせることも可能とする。

※30話では、老人の肉体から既に若返った状態で登場しています。年齢層はお任せします。
 使徒フィリポスとは、同じ演技でも、演じ分けても構いません。

魔導具:【-太陽覇王剣(エクスカリバー)-】
魔導具:【-聖杯鞘(グレイル・フィリポス)-】

メイプル=ラクサーシャ
二十九歳。ケイの屋敷で働くメイド兼ボディーガード。
大英帝国の植民地である倭島国(わじまこく)出身で、阿修羅姫お付きの下女。
倭島人の女性ながら相当な大柄で、平均的なブリタンゲイン人の男性も上回る。
がさつで不器用、家事はてんで駄目。しかし本人は『大和撫子』を志向している。

裏の顔は、ケイ配下の『情報戦略局・百鬼衆』を束ねる首領「羅刹女(らせつにょ)」である。
阿修羅姫より禍魂(まがたま)を授かることで、魔心臓と魔晶核を備えた真の黄泉人(よもつびと)酒呑童子(しゅてんどうじ)』へ転生する。

メイプル=ラクサーシャは、倭島国の名をブリタンゲイン風の名に改めたもの。
本名は羅刹楓(らせつかえで)という。

阿修羅姫(あすらひめ)
倭島国の姫を名乗る、黒髪黒瞳の倭島人。
幼くも大人びても老成しても見える、摩訶不思議な美女。
ケイの婚約者であり、屋敷で共に暮らしている。
ブリタンゲイン風に改めた複名は『アーシェラ』である。

真の名は創世神アスラ・マズダー。
千年前に、皇帝と七賢者によって呼び出され、千年王国ミレニアムを消滅させ、七日で世界を滅亡寸前まで追い込んだ。
オルドネア聖教では大悪魔(ダイモーン)に分類され、最終戦争(ハルマゲドン)を引き起こした黙示録の悪魔である。

蠱蟲(こちゅう)(さなぎ)レ・デュウヌ両
『ハ・デスの生き霊』の幹部、逆十字(リバースクロス)の一人。
蟲を使役する蟲虫使い(ネルビアン)
千年前の魔法王国時代に滅亡した、古代人の生き残りであり、
その正体は、オルドネアの使徒の一人として活動した、第八使徒ヤコブ。

身体のあちこちに昆虫の部位を持った美少年。
感情豊かでよく笑うが、虫が人に擬態しているような不自然さを匂わせる。

何億もの蟲を独立した個体として操り、ほぼ不死身に等しい能力を持つ、最強最悪のネルビアン。
その原理は、数億を超す蟲の一匹一匹が、レ・デュウヌの神経細胞の一つであり、蟲の群れに脳活動の代替させることで実現している。
蟲の半数以上を瞬時に全滅させなければ、魔法で直ちに増殖してしまい、永遠に滅ぼすことは出来ない。
しかし瞬間的に蟲の大多数が死滅、もしくは混乱すれば、意識障害を起こし、不死身の肉体に綻びが生じる。

魔導具:【-群体脳髄(レギオン・ブレイン)-】
魔導系統:【-蟲虫使役法(アヌバ・セクト)-】

第二使徒ヨーゼフ♂
救世主オルドネアと十三使徒の一人。
第一使徒ペテロと並ぶ、十三使徒の中心にあった。
厳烈なまでの秩序の守護者であり、多くの使徒と袂を分かつ原因となった。

ペテロ、ヨーゼフ、フィリポスの三使徒は、オルドネア聖教とブリタンゲイン建国の祖であり、聖三使徒と讃えられる。

第三使徒フィリポス♂
救世主オルドネアと十三使徒の一人。
千年王国エルサレムの皇帝であり、ブリタンゲイン帝国の初代皇帝でもある。
騎士皇帝と呼ばれ、フィリポスの聖剣エクスカリバーは、ブリタンゲイン帝国皇帝の戴冠の証である。

古代人としての名はアーサー=ブリタンゲイン。

※ランスロット&使徒ヨーゼフ、皇帝五十四世&使徒フィリポスはそれぞれ二役となります。

※以下は一言のモブ役です。被り役をされる際は、前後のキャラに注意してください。

異端審問官A異端審問官B:□3に登場。奇声一言ずつ。

※注意
・ルビの振ってある漢字は、ルビを読んでください。
・特定のルビのない漢字は、そのまま読んでください。



□1/『皇帝の宮殿』、太陽風の吹き荒れた謁見の間



ケイ:凄まじい熱風の席巻だった。
    謁見の間が、溶鉱炉の炎に炙られたかのように熔解している……

アムルディア:壁に大穴が穿たれている。
         ここからランスロット卿共々、脱出したのか。

羅刹女:申し訳ござらん……不覚を取った。

ケイ:予想以上に持っていかれたな。
   裁定取引(アービトラージ)も無リスクではないということだね。

羅刹女:……御身は私の真の姿を見たのは、初めてだったな。

ケイ:裸を見るより刺激的だったね。

羅刹女:見たことも無かろうに。

ケイ:見せてもらえれば、比較検討した感想を言えるが?

羅刹女:…………
     お屋形様、追討の命を。

ケイ:君は静養しておきたまえ。その重態では足手まといだ。

羅刹女:鬼の頑健さを見くびらないでもらおう。

ケイ:ランスロットと偽皇帝の追撃は、アーシェラに頼んである。

羅刹女:姫様が……!?

ケイ:外が騒がしい。親衛隊の増援か。

   下がりたまえ。また後で落ち合おう。

羅刹女:……御意。

     お屋形様、ご武運を。

(羅刹女と影渡りたちが消えた直後、近衛兵たちの増援が入ってくる)

ケイ:さて、アムルディア。

    我々の立場は極めて危うい。
    私の言うことに話を合わせておけ。
    矛盾を晒して、牢屋に放り込まれたくなければね。

アムルディア:叔父上……

ケイ:真相は後で話そう。
   さあ、釈明会見といこうか。


□2/深夜、帝都ログレス西区の路地裏


アムルディア:長い取り調べだった……
         叔父上の説明は、まるで用意していたかのように、理路整然としている……

         けれど、あの異形の暗殺者たち……
         そして阿修羅姫と名乗る召喚師……

         叔父上のことは、信用出来ない……

アムルディア:ランスロット卿……
        『騎士の中の騎士』『黄金の龍』
        父上とは違うが、彼もまた憧れの騎士だった。

        だが私は、一体どれほどランスロット卿のことを知っているのだろう。
        ランスロット卿は、誰にも本心を明かさない。
        あの墓地での問い掛けにも……本当のことは言ってくれなかった。

        ランスロット卿も信じることは出来ない……

アムルディア:皇帝陛下……
         本当にあの御方は、お祖父様を殺して成り代わった偽物なのか……?
         あの聖剣の輝きは……紛れもなく本物だった。
         もう一度話がしてみたい……

         ……羽虫か?

         蚊柱……! くっ……!

(アムルディアを取り巻く羽虫の大群が人の姿を形作り、耳元に囁きが滑り込む)

レ・デュウヌ:やあ、騎士姫様。こんばんは。

アムルディア:その声は……蠱蟲の蛹レ・デュウヌ――!?
       『ハ・デスの生き霊』の幹部が、ログレスの街中に――!

       カリバーン! はあっ――!

レ・デュウヌ:おおっと。いきなり斬りつけるなんて通り魔かい?

アムルディア:斬りつけられた程度で死ぬ貴様ではあるまい。

レ・デュウヌ:へえ。僕のことわかってるじゃん。
        僕たち、もう友達みたいなものだよね?

アムルディア:誰か! 帝国騎士団か聖騎士を!
        『ハ・デスの生き霊』の幹部がいる――!

レ・デュウヌ:酷いなあ。さっきは普通に接してくれたのに。
        ベディエアより、僕の方がハンサムだと思うんだけど?

アムルディア:ベディエア卿……!?

レ・デュウヌ:人が集まってきちゃった。

        ねえ、騎士姫様。僕と二人っきりでお話しない?
        さっきの偽皇帝のことも教えてあげるよ。

        あれは第三使徒フィリポス。
        ブリタンゲイン初代皇帝アーサーの亡霊だ。


□3/帝都ログレス街外れ、廃墟の教会跡地

(封鎖された教会跡地に足を踏み入れ、朽ち果てた礼拝堂に入る人影が二つ)

皇帝五十四世:街外れの打ち棄てられた、廃教会……          
          こんなところが異端審問官のアジトとなっていたのか。

ランスロット:通称『天使の巣』。
        異端審問を執り行う裁判所であり、異端者たちを収容する監獄でもあります。

皇帝五十四世:処刑場の間違いではないか。

ランスロット:彼らは刑に服しているのですよ。十字架の下、棺の独房で。

皇帝五十四世:…………
          ランスロットよ……何故だ。
          聡明なお前ならば、気づいているであろう。

          オルドネア聖教には、救世主オルドネアの意思など欠片も無い。
          あれはペテロとヨーゼフの宗教。
          神の代理人を気取る教皇と、神の代行者と自惚れた天使……
          人間を魂無き奴隷とせんとする、最も邪悪にして成功した大悪魔(ダイモーン)の精神支配なのだ――!!

(皇帝の眼に、ランスロットとヨーゼフの姿が重なり、千年前の光景が投影される)

使徒ヨーゼフ:千年の繁栄を約束されし、栄光に満ちた神の王国ミレニアム。
         地上に蘇った楽園(エデン)の園は、灰燼に帰した。
         邪悪(クリフォト)の樹に熟れた、悪魔の果実を食した人間たち――
         皇帝と七賢者(しちけんじゃ)たちによって。

使徒フィリポス:ふ、ふふふ……
          総てが焦土と化したというのに、不思議と爽快だ。
          黙示録とやらも、訪れてみればどうと言うことはない。

          神の王国は……呪われし箱庭は滅んだ。
          我々は自由だ。自由(パトス)を手にしたのだ――!

使徒ヨーゼフ:気が触れたか、フィリポス。

         見よ、エルサレムの惨状を――
         見よ、現世に顕現した地獄の光景を――

         唯一なる神に叛き、偽の神を創ろうとした背信の応報(むくい)だ。

使徒フィリポス:ヨーゼフよ、お前には天秤が見えるか。
          私には見える……揺れ動く、秩序(ロゴス)自由(パトス)の天秤が。

使徒ヨーゼフ:天秤だと? 狂人の幻覚か。

         秩序(ロゴス)こそ神の制定(さだめ)し不動の摂理。
         揺れ動いて見えるのは、貴様の弱さ、愚かさの所以だ。

使徒フィリポス:ヨーゼフよ、やはりお前には見えぬか。
          神の摂理に囚われた盲目のお前には。

          お前たちが神の名の下、力尽くに押し下げた天秤が、解放を求めて跳ね上がった!
          秩序(ロゴス)から自由(パトス)への反転! それがこの大破壊だ――!!

使徒ヨーゼフ:悪魔の詭弁は耳に触る。
         貴様と七賢者どもの涜神の儀式が、ハルマゲドンを作り出した。
         罪深き者よ。荒野の悪魔アザゼルよ。

使徒フィリポス:私はこの荒野に再び王国を打ち建てる。
          神の摂理と等しく人の意思も上皿(うわざら)に乗せた、人間のための国を築こう。

          立ち去れ、天使よ。
          人間は、牢獄の平和より、解放の受難を選び取ったのだ。

使徒ヨーゼフ:全人類に原罪の焼き印を重ねて押した大罪。
         貴様は、失楽園の過ちを繰り返したのだ。
         万死をもっても、なお償えぬ。

        ならば見届けよ。
       『自由(パトス)』の果実が何故禁じられたのか――
        永劫に続く生の中で、絶望の真実を知れ。
        第三使徒フィリポス……アーサーよ――!

(追憶の第二使徒の姿が霞み、破壊された聖母像を背に立つランスロットに戻る)

ランスロット:使徒フィリポス、一つお尋ねしたい。
        貴方が在世した千年の世で、エルサレムを越える国家がありましたか?

皇帝五十四世:…………

ランスロット:初めて使徒ヨーゼフの教典を読んだ時、激しく反発しました。
        あれほど不愉快な書は、後にも先にも無いでしょう。

        しかし聖騎士して、円卓の騎士として経験を重ねるにつれ、考えは変わっていった。
        幾度も、複雑に利害が絡み合う故の不合理に、直面しました。
        私は『自由』に失望したのです。

        ヨーゼフの教典が不愉快なのは、それがあまりに生々しい真実だからです。
        ヨーゼフもまた『自由』に失望し、そこから世界の再設計を試みようとした。
        長い年月を経て、ヨーゼフの御心に近付いたのです。

皇帝五十四世:…………
          まるで若き日のペテロと話しているかのようだ。
          ヨーゼフも素朴に正義を愛する若者だった。

          我ら『聖三使徒(せいさんしと)』……何処で道を違えてしまったのだろう。

ランスロット:異端審問官たちの反応がない……
        彼らはどこへ……?

        ――!?

異端審問官A:()々々々々々々……

異端審問官B:魏也(ギャ)ッ! 魏也(ギャ)ッ! 魏也(ギャ)ッ! 

ランスロット:空間の歪みから、異形が産み落とされていく……!
        謁見の間の化け物か。

        不浄なる者への、裁きの光を――!

皇帝五十四世:待ち伏せか。
          異端審問官たちは既に殺害されたようだな。

ランスロット:いや……化け物が身につけている片翼の飾り……
        あれは……異端審問官の象徴(エンブレム)です――!

(朽ち果てた礼拝堂の闇を追い散らすように、絢爛豪華な十二単を引き摺る倭島人の美姫が歩み出てくる)

阿修羅姫:此奴らは、時既に遅く、黄泉竈食(よもつへぐ)いをせり。
       わらわの(つかさど)黄泉国(よもつくに)青草人(あおくさびと)じゃ。

ランスロット:魔霊(シャイターン)の召喚に、虫食い穴(ワームホール)の形成……
        倭島国にこれほどの召喚師がいたとは。
        そろそろ正体を明かしてはいただけないかな?

阿修羅姫:何者でもよいではありませぬか。女の身の上を根掘り葉掘り聞き出すは野暮というものですぞ。

ランスロット:これは失礼、ご婦人。
        では無駄口を叩かず、スマートに神の御許へエスコートしよう。

阿修羅姫:ぐぅ、ふ――……

(高波の爪に切り裂かれ、阿修羅姫は十二単を血に染めて倒れる)

ランスロット:…………

        ご忠告させていただきましょう、倭島の姫君。
        死んだ振りは、貴婦人の作法に相応しくありません。

(阿修羅姫の死体は何も答えず。しかし答えを寄越すように異様な気配が空間に満ちていく)

ランスロット:空中に虫食い穴(ワームホール)が穿たれていく……!?
        それにあの魔法陣は……!

皇帝五十四世:曼陀羅(まんだら)という、東洋の紋様だ。
          虫食い穴(ワームホール)を固定化しているのだろう。

阿修羅姫の声:これはこれは無作法を晒してしまい、汗顔の至り。

          なれどランスロット親王殿下。
          そなた様とて、わらわを傷物になされましたぞ。
          その躯は、大層気に入っておりますのに。

ランスロット:巌龍(がんりゅう)……!!
        (いわ)の龍が八匹、虚空の曼陀羅から生え出してきた……!

阿修羅姫の声:これはオロチという龍の一種じゃ。
         かつてはダハーカと呼ばれておりました。
         わらわが現世(うつしよ)に出て行く仮衣(かりぎぬ)の一つです。

皇帝五十四世:(むさぼ)り喰っている……巌龍(がんりゅう)が、女の死体を……

(阿修羅姫の死体は、巌龍に骨ごと噛み砕かれ、痕跡一つ残さず消え去った)
(しばらく後、空間に波紋が生まれ、浮き出た曼陀羅から、阿修羅姫の上半身が生え出す)

阿修羅姫の上半身:嗚呼……

            大垂髪(おすべらかし)が崩れて垂髪(たれがみ)になってしもうた。
            あな恥ずかしや。紅や白粉(おしろい)は落ちておらぬかのう。

ランスロット:阿修羅姫……
        そうか……倭島の名に囚われて気付けなかった。
        貴様の真の名は――

阿修羅姫の上半身:アスラ・マズダー。古き名にござります。

皇帝五十四世:創世神(そうせいしん)アスラ・マズダー……!
         古代魔法王国より遡る、至高大陸アヴェスタの光輝(ひかり)の神。
         アスラ・マズダーを産み出したデーヴァ人は、光り輝く黄金文明と豊穣の大陸ごと、
         物質世界を越えた高次の宇宙へ昇天し、無窮の繁栄を謳歌しているという――

ランスロット:アスラ・マズダー……!
        古代魔法王国時代、欲望に塗れた人間が呼び覚まし、
        千年王国エルサレムを一瞬で灰にし、世界を七日で破滅に追い詰めた、人類史上最強最悪の大悪魔(ダイモーン)……

ケイ:創世神、大悪魔(ダイモーン)、そして私の妻です。


□4/廃教会の礼拝堂

(礼拝堂の扉が開かれ、薄笑いを浮かべるケイが足を踏み入れる。その影に融け込んだかのように長身の女が続く)

ランスロット:ケイ……!

阿修羅姫の上半身:旦那様。
            決して覗き見ぬよう、言ったではありませぬか。
            そなた様のために一肌脱いだというのに。

ケイ:つい押しかけてしまったことは謝ろう。

   しかし真夜中の廃墟の教会で、妻と男二人が一緒なのだよ。
   高いびきを掻いて眠れる心境ではないだろう?

阿修羅姫の上半身:心憎いお人じゃ。
            わらわは、そなた様の達者な口と、豪傑の心胆を好いております。

(曼陀羅に埋もれていた阿修羅姫が虫食い穴から滑り出し、滞空しながら悠然とケイの前に降り立つ)

阿修羅姫:なれど斯くの如き、はしたない姿を見られ、えもいわぬ辱めを受けた心地です。
       たびたび続けば、わらわも怒りますぞ。

ケイ:…………

   ああ、すまなかった。
   心しておくよ。

ランスロット:ケイ、如何なる理由で大悪魔(ダイモーン)に魂を捧げた。
        世界を手にする野望に取り憑かれたか。
        それともお前は既に大悪魔(ダイモーン)に操られた傀儡(くぐつ)なのか。

ケイ:世界を支配? 猿山のボスになって何が楽しいのです?

    私が望んでいるのは、自由と解放ですよ。
    即ち――自由を阻む神とその奴隷どもを消し去ることです。

ランスロット:ケイ。
        白亜の詭弁を重ねようと、大悪魔(ダイモーン)に魂を売り渡した大罪は塗り潰せん。
        私が神の剣となり、貴様を断罪する。

ケイ:聖騎士とは大変ですな。出来もしない目標を掲げねばならんとは。
   私を倒せると思っているのですかな。
   光輝(ひかり)の神、アスラ・マズダーの寵愛を得た、この私を。

ランスロット:言ったはずだ。倒すのはお前だと。
        湖の貴婦人(エレイン)繊手(せんしゅ)よ――!

(五つの波頭の高波が襲いかかるが、ケイと羅刹女の姿が引き戸に隠されるように消え去る)

ランスロット:消えた――!?

阿修羅姫:(あま)の岩戸隠しじゃ。旦那様はわらわの領国に逃しました。

ケイ:……酷い眩暈(めまい)と耳鳴りだ。

羅刹女:目を開けるなと忠告したであろう。私でも十秒と耐えられぬ。

阿修羅姫:さあて、追い詰めた鼠はどう噛みつくのかや?
       可愛い仔猫のわらわと戯れましょうぞ。

ランスロット:…………

        イザヤの深海を泳ぐ、罪深き海龍よ。
        魔剣の戒めを今、解き放たん……

羅刹女:海鳴りの音……!
     波が……巨大な波が押し寄せてくる……!

ケイ:何が湖の貴婦人だね。
    魔剣に封じられているものは、妖精とは程遠い……
    オルドネアと十三使徒が捕らえた、海の怪物ではないか――!

ランスロット:大海原を赤く染めよ。
        悪魔の血潮で描く免罪符によりて、神に赦しを乞え。
        汝に、神の庭を泳ぐ、憑代を貸し与えよう。

        来たれ、リヴァイアサン――!

(アロンダイトの魔晶核が輝きを放ち、ランスロットの肉体が光に包まれる)
(遠く響く高潮の音を前奏に、渦巻く大量の海水を伴い、黄金の大海龍が姿を現す)

リヴァイアサン:GYAAAAAA――!!!

阿修羅姫:なんとまあ、鼠が龍に変化(へんげ)しおった。

ケイ:『黄金の龍』……なるほど、こういうことだったのか。
    しかし聖書のリヴァイアサンが、黄金の鱗に覆われているとは意外でしたな。

皇帝五十四世:あの黄金に輝いて見えるのは、懲罰の塗油(とゆ)……
         リヴァイアサンは聖なるオリーブの油を塗られ、水に囲まれながら、決して水に触れることの叶わぬ責め苦を味わっているのだ……

阿修羅姫:旦那様は岩戸にお隠れ遊ばしまし。
       此奴はわらわが引き受けましょう。

       来やれ、オロチや。

(巌龍の一匹に跨り、宙へ昇る阿修羅姫。皇帝は太陽風の結界で身を包み、波濤を塞き止める)

皇帝五十四世:神を名乗る悪魔と、悪魔に堕とされた神……!
          ハ・デスの下僕と、人間(ひと)なるアスラ・マズダー……
          どちらが勝るか……

リヴァイアサン:GYAAAAAA――!!!

(礼拝堂の天井のステンドグラスを逆巻く海水が吹き飛ばし、リヴァイアサンが波濤に乗って夜空へ昇る)
(月夜へ昇り、大瀑布となって落ちようとするリヴァイアサンの巨躯は、上下左右から縦横無尽に出現した巌龍七匹に塞き止められる)

リヴァイアサンGYA……! GYA……!

阿修羅姫:(くちなわ)注連縄(しめなわ)
       掛詞(かけことば)になったのう。

       オロチよ、締め上げや。
       西洋の龍に負けるでないぞ。

リヴァイアサン:GYAAAA……!!

阿修羅姫:なんと頑丈な鱗じゃ。
       オロチの玄武岩の躯でも傷一つつかぬ。

リヴァイアサン:GYAAAA――!!!

皇帝五十四世:巌龍(がんりゅう)の一匹を噛み砕きおった……!

(首無し巌龍の穢れた汚泥のような血潮から、夥しい数の水棲蛇が生まれ、海龍の鱗の隙間に潜り込む)

リヴァイアサンGYAAAA……!

阿修羅姫:痛かろう?
       オロチの血は、不浄な生き物どもを産み出す。
       かつてわらわが創った悪龍の名残じゃ。

       その小さき蛇は、ミズチと名付けようかのう。
       無敵の鱗でも、隙間より肉を喰い千切られては、一溜まりもあるまい?

       さて、鼠の化け芝居も幕切りじゃ。

(一際巨大な虫食い穴が拡がり、曼荼羅を突き破るように、図抜けて大きな巌龍の頭が出現する)

阿修羅姫:八匹で打ち止めと(おぼ)しかや?
       オロチとは申しましたが、八岐(やまた)とは申しておりませぬ。
       そうじゃ、九頭龍(くずりゅう)と名を改めましょう。

       心優しいわらわは、(なぶ)り殺しは好きませぬ。
       一噛みで、骨の髄まで砕いてやろうぞ。
       やれい、九頭龍。

リヴァイアサン:GYAAAAAAA――――!!!

(月明かりが差し込み、海の浸水も引いた礼拝堂にランスロットが倒れている)

皇帝五十四世:あ、呆気ない……
          聖油の秘蹟で弱体化しているとはいえ、我ら使徒が、イザヤの大海原で死闘を繰り広げたリヴァイアサンがこんなにも容易く……

ランスロット:う、うう……

ケイ:もう決着はついたのかね。妻の勇姿を目に焼き付けたかったのだが。

阿修羅姫:なりませぬ。
       げに凄まじき醜態なれば、秘するが美徳。
       互いの全てを知っては、恋は興醒めじゃ。

ランスロット:おぞましき冥府の呻きを掻き消す、福音の聖歌を高らかに……
        光射す世界に忍び寄る、悪魔の魔の手に劫罰(ごうばつ)の焼き印を……

阿修羅姫:おんや、まだ何か隠し芸があるのかや?

ランスロット:アスラ・マズダー……! 貴様を倒すことは適わん……!
        しかし開かれたパンドラの箱は、私の命に代えて必ず封じる……!

羅刹女:くっ……なんという圧力だ。
     近寄れん……!

阿修羅姫:魔因子が強ければ強いほど、斥力(せきりょく)を増す結界のようじゃのう。

ケイ:アーシェラ、君も疲れただろう。私が行くよ。

ランスロット:……!

羅刹女:何の痛痒も感じておらぬのか、お屋形様は……?

ケイ:私は魔因子を持っていないのだよ。
   そんな人間は、皇族では私一人だがね。

ランスロット:偉大なる第二使徒ヨーゼフの名に於いて……
        ぐうっ――!

(銃声の響きと同時に、ランスロットの肩口から赤い血が弾け飛ぶ)

ランスロット:全ての災いを封じるパンドラの箱の封印を……
        ぐあああっ――!!

ケイ:まだ続ける気ですか、兄上。

ランスロット:ケイよ……自由(パトス)の味に狂った罪深き者よ。
        喩え自由を失い……法に縛られた箱庭となろうとも……
        
ケイ:待ち受けるものが混沌と闘争だろうが望むところ。
    自由とは、それを望むことも出来るのです。

ランスロット:秩序と……平和こそ……

ケイ:神が誰よりも上手く、世界を設計出来ると思っているのかね。
    思い上がるな、神の奴隷よ。

ランスロット:開かれよ伝説の聖櫃(せいひつ)……!

ケイ:自由(パトス)の見えざる手は、神をも殺す。
    その前に……私が貴様を撃ち殺そう。

ランスロット:デュミナス・ア――……

(詠唱を完了する直前、ランスロットの額から鮮血が噴き上がる)
(焼け焦げたランスロットの額から銃口を離したケイの口元には、薄笑いが浮かんでいた)


□5/天井の消失した廃墟の礼拝堂


皇帝五十四世:神――
          それは現世とは隔絶した時空に、自らの支配する世界を持つ、高次の生命体。
          しばしば現世に介入し、生命の進化に影響を及ぼしてきた。
          我ら人間の使う魔法も、神より授かりし力の一端だ。

皇帝五十四世:しかし、神々は冷酷無比だった。
          何の前触れもなく、気まぐれに生態系を絶滅させる。
          それは悪意を越えた、不条理と呼べるものであった。

          元より神は、物質世界に生きる生物を、遙かに超越した存在。
          神の御心を、人智で推し量ることなど出来はしないのだ。

          だがもしも、神と意思を通わせることが出来たら――
          神が人の心を持った存在であったら――
          神に人の心を植え付けることが出来たら――

ケイ:神の権能、人の心、肉の躰。

皇帝五十四世:そうだ。
         余と七賢者が計画した儀式魔法……
         三位一体(さんみいったい)の降臨……

         その大儀式に選ばれた神こそ――

ケイ:アスラ・マズダー。アーシェラですね。

皇帝五十四世:千年前――
          神の召喚、受肉まではつつがなく進んだのだ。
          しかし肝心の人の心を容れる段階で、暴走を招いた……

          斯くてエルサレムは灰燼に帰した。

皇帝五十四世:ケイよ、よくやった。
         アスラ・マズダーは、いにしえの異質な神々とは違う、紛う事無き人の心を持つ神だ。
         
         余の千年前の失敗は、過ちではなかった。
         唯一なる神に抑圧されていた、様々な叡知が、人間の手に戻る。

         人類の可能性は、今、無限に広がったのだ。
         アスラ・マズダーよ! 全世界を照らす希望の光とならんことを――!

阿修羅姫:嗚呼、(うぬ)は度し難い痴れ者じゃ。
       千年前と何一つ変わっておらぬ。

皇帝五十四世:千年、前だと……?

ケイ:儀式は成功していたのですよ。人の心を持った神は降臨しました。

皇帝五十四世:ならば何故……!
          何故アスラ・マズダーは、エルサレムを滅ぼしたのだ――!

阿修羅姫:皇帝と七賢者。
       (うぬ)らは人の心を持った神を創ると謳いながら、肝心の人の心をわかっておらなんだ。

       わらわには何も捧げず、手前勝手な願掛けをする、いと浅ましき乞食ども。
       (うぬ)らにくれてやったのは、六つの大禍津日(おおまがつひ)と、悪龍アジ・ダハーカよ。

皇帝五十四世:アスラ・マズダー! それは大いなる誤解だ!

          貴方を迎えるために建てられた、拝火(はいか)神殿……
          うずたかく積み上げられた、四海の財宝……
          神の意思を聞き、民衆に伝える預言者……

          エルサレムの民は、考えつく限りの礼を尽くし、貴方を迎え入れようとした――!

ケイ:その前に一点確認しておきたい。
    何故神が、人のために恵みを与えなければならんのですかな?

皇帝五十四世:…………?

ケイ:人の心を持った神は、自由意思を持つ個人です。
   何人たりとも、個人の意志をねじ曲げて、奴隷的拘束をすることは出来ません。

皇帝五十四世:お前は何を言っているのだ……!?
          意思疎通の図れる神を創り出したのは、人類が神の恩寵を授かるため。
          神もまた心通じる奉仕者を得て、神と人は対等な存在として、共に繁栄していける……!

阿修羅姫:人類の繁栄。神と人の共存。
       そなた様には申し訳ありませぬが、そんなもの、何の興味もありませぬ。

       わらわは、アーシェラ=ブリタンゲイン。
       大英帝国第五皇子ケイの可愛い新妻。
       それ以上でも以下でもありませぬ。

皇帝五十四世:創世神アスラ・マズダー!
         貴方の力があれば、国中の……いや世界中の人々を救えるのだ――!
         神に管理された世界ではなく、誰もが幸福を追求出来る世界を創れるのだ――!

         どうか唯一なる神を倒す力を――!

ケイ:使徒フィリポス、貴方は自由の父だ。
    しかし、貴方は自由の世界を知らない。

    私は、自由の子に(はぐく)まれ、自由の世界に育った。
    精神の自由、私有財産制、生命(いのち)の自己所有。

    これらは個人に帰属する、不可侵の権利です。
    集団の利益、国家への献身を理由にこれらを取り上げることを認めるなら、
    それは唯一神という絶対者が、多数派という独裁者に変わったに過ぎません。

    神といえど、正義や大衆に奉仕を強いられる義務はない。

阿修羅姫:ほほほほ。
       そなた様は、ほんに愉快なお人じゃ。
       わらわに神でも悪魔でもなく、ただの女で居ろとおっしゃる。
       神の力を持つ、ただの女。

ケイ:貴方が言っているものは、(かび)の生えた民族主義、共同体主義です。

   真の自由とは、神と国からの解放。
   神を殺し、国を殺した、個人の世界。

   貴様も死ね、アーサー。
   国家という怪物の亡骸を抱いて――!


□6/帝都ログレス西区の路地裏


アムルディア:そんな……
        オルドネアを十字架に架けたのは、聖三使徒……
        真の裏切りの使徒は、ペテロ、ヨーゼフ、フィリポスだというのか……!?

レ・デュウヌ:やっとわかってくれたかい?
        僕たち『ハ・デスの生き霊』は、オルドネア聖教――
        勝手に救世主の名を使ったペテロとヨーゼフの邪教から、人々の目を覚ますために頑張ってる、正統派の教団だって。

アムルディア:嘘だ――!

レ・デュウヌ:嘘じゃないさ。本人に聞いてみたらいい。

(夜空を切り裂いて、石畳に一振りの聖剣が突き立つ)

アムルディア:エクスカリバー!?
         夜空を切り裂いて、聖剣が降ってきた……!

フィリポスの声:あ、アムルディア……

アムルディア:陛下……アーサー王――!

フィリポスの声:余は……天秤の傾きを見誤った……

          長きに渡り……秩序に傾いていた故……
          自由の上皿(うわざら)に、あれほど激しく強い思想が育っているなど……

アムルディア:声が途切れ途切れに……!
         アーサー王! しっかりしてください――!

フィリポスの声:ケイは、まさしく自由(パトス)の果実に宿った悪魔……
          ヨーゼフよ……お前はこれを恐れていたのか……

アムルディア:ケイ卿……ケイ卿なのですね――!?

フィリポスの声:ケイは悪魔に魅入られた男……
         あれは大悪魔(ダイモーン)アスラ・マズダーの寵愛を得ている……

         決して事を構えてはならん……
         刻が満ちるまで……

レ・デュウヌ:へえ――あの女、大悪魔(ダイモーン)だったのか。
        どおりで僕の蟲は浄化されちゃったのに、あいつの蛇だけはしぶとく生き残って、ベディエアを操ったわけだ。
        ちぇっ。なんか腹立つなあ。

フィリポスの声:ヤコブか……

レ・デュウヌ:やあ、フィリポス。
        騎士姫様に教えてあげてよ。
        千年前に救世主(メシア)を殺した、カッコいい騎士道物語をさ。

フィリポスの声:『ハ・デスの生き霊』とは何だ……?
          十三使徒ジュダとは……
          使徒にだけ伝わる諷喩(ふうゆ)であろう……

レ・デュウヌ:難しく考えすぎだってば。十三使徒ジュダだよ。

フィリポスの声:ジュダなど……十三番目の使徒などいない……!
          あれは……ペテロとヨーゼフの創作だ……!
          我らの裏切りの罪を着せる……存在しない十三番目の使徒……!

アムルディア:……!?

レ・デュウヌ:鈍いなあ。
        いや、本当は気づいてるんだろう?
        真実から目を背けて、考えないようにしてるんだよね?

        オルドネアは三日後に復活した。
        復活したんだ、オルドネアは。

フィリポスの声:では……黒翅蝶とは……!

レ・デュウヌ:救世主オルドネア。僕たちみんなが愛した、オルドネアだよ。

フィリポスの声:そうか……やはりそうだったのか……

レ・デュウヌ:気分はどうだい、フィリポス。
        オルドネアを裏切り、ペテロとヨーゼフとも(たもと)を分かち、自由(パトス)の子に殺される。
        あんまり惨めで、笑えてきて、復讐する気もなくなっちゃった。

フィリポスの声:アムルディアよ……

アムルディア:アーサー王――!

フィリポスの声:余は……愚かな皇帝であった……
          だが余の築いたブリタンゲインは、余の手を離れ……
          今を生きる億万の国民と……それに累乗(るいじょう)する大地に眠る国民たち……
          皆の、皆のものだ……

          祖国に……
          ブリタンゲインに、王道(エトス)の鎮まりを……

アムルディア:アーサー王! アーサー王!

レ・デュウヌ:鞘がへし折られたのかな?
        あっちがフィリポスの魂が宿る器だったからね。

アムルディア:…………!

レ・デュウヌ:騎士姫様、その聖剣は君のものだ。
        フィリポスもそのつもりで、最後の力を振り絞って飛ばしたんだろう。

アムルディア:私が……エクスカリバーを……!?

レ・デュウヌ:その聖剣で、払ってみせなよ。
        神の翼と、光輝(ひかり)の悪魔を。

        アムルディア新皇帝陛下――


□7/街外れの廃教会の中庭


ケイ:メイプル、煙草に火を点けたまえ。

羅刹女:…………

ケイ:フゥ――……

   紙巻き煙草は手軽だが、味気ないな。
   喫煙には時間を取って、くつろぎながら楽しみたいものだ。

羅刹女:お屋形様……御身は悪魔だ。鬼も恐れる精神の怪物だ。

ケイ:私は人間だよ。自由を愛する、ただの人間だ。

羅刹女:魔因子を持たぬというのは――?

ケイ:ああ、私の母は平民の女だったのでね。
    父の魔因子も遺伝しなかった。

羅刹女:魔法の使えぬ皇族か……

ケイ:幼少期の思い出は、愉快とはいえないものばかりだね。
    まあそのお陰で、経済と金融に関心が向いたのだから、悪い経験ではなかった。

羅刹女:…………

ケイ:メイプル、断言しよう。
   民主主義の体制では、二等国民への規制や差別は、永久に無くならない。
   何故なら君たちは、民主的に差別され、民主的に虐げられているからだ。
   社会の生贄(スケープゴート)、誰もやりたくない仕事を押しつける存在としてね。

   全体主義が絶対者の箱庭なら、民主主義も多数派という独裁者が幅を利かす猿山だ。
   真の自由とは、個人主義にのみあるのだよ。

羅刹女:御身の理想の下では、我らも普通の人間に――
     純血のブリタンゲイン人と、対等の身分を得られると?

ケイ:無論だとも。しかし勿体無い話だ。

羅刹女:――?

ケイ:私が君たちに少なからぬ給与を払っているのは、その身体能力と専門技能に対してなのだよ。
   ただの人間に、高い金は払えん。

羅刹女:ふふふ……ははははは――!
     面白い。悪鬼羅刹にも値札を貼って露天に並べるか。

     かつてお国より締め出され、貧困に喘いでいた我ら鬼。
     御身の創る、金と欲の修羅の世界で、夜叉の血刀(ちがたな)を振るおう。

ケイ:フフフ――
   君ならいつかきっと気に入ってくれると思っていたよ。
   自由と自立の理念、ブリタンスタンダードを。

阿修羅姫:愛する旦那様と、幼少の頃より仕える忠臣。
       両人の気持ちが通い、嬉しゅうございます。

       わらわにとって多くの未来は、光り届く現在(いま)
       照らせば直ちに眼前に広がり、見飽きた過去に朽ちゆ。
       わらわには、世界は見え過ぎました。

       ケイ=ブリタンゲイン。
       そなた様の示す未来は、わらわにも見果てぬ、射干玉(ぬばたま)の闇。
       光が闇に吸い寄せられるように、わらわもそなた様に惹かれるのでござります。

ケイ:光は闇を愛するか。

   人の心を与えた故に、輝き続けることを求めた神の怒りを買い、エルサレムは滅んだ。
   自由の種を撒きながら、自由の味を知らなかった奴隷たち。
  『皇帝と七賢者』は、『痴愚王(ちぐおう)と七人の馬鹿』に改名すべきだな。

阿修羅姫:どうぞ果てなき闇を。深き奈落を。
       茜射(あかねさ)す光が、未来の果てを照らしてしまわぬよう――



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