The 13th prince(プリンス・オブ・サーティーン)

第29話 秩序(ロゴス)自由(パトス)の天秤

★配役:♂3♀3両1=計7人

▼登場人物

アムルディア=ブリタンゲイン♀
十六歳の機操騎士。第一皇子ガウェインの長女。
ブリタンゲイン五十四世には、孫に当たる。
ブリタンゲイン陸軍第八師団『魔導装機隊』の隊長を務める。

ハーフドワーフ。
母親であるアンナは、洞窟人ドワーフの王族である。
ドワーフの血筋ゆえに身長は低めであり、その反対に胸は大きい。
またドワーフらしく、古今東西の武具を好み、機械弄りが趣味。
愛用する大剣カリバーンは、表面にコーティングされた粒子の超振動で、対象の分子結合を切断する魔導具である。

魔導具:【-聖銀の伯叔(カリバーン)-】

ランスロット=ブリタンゲイン♂
三十四歳の聖騎士。『黄金の龍』の異名を持つ。
ブリタンゲイン五十四世の二番目の子。
『円卓の騎士』の一人で、ブリタンゲイン海軍元帥。
またオルドネア聖教の聖騎士団団長も兼任している。

現皇帝の正妻アルテミシア皇后の子。
皇位継承権は二番目だが、正妻の子ということでランスロットを推す声も高い。

魔導具:【-湖心儀礼剣(アロンダイト)-】【-白十字(ニムエ)-】
魔導系統:【-元素魔法(エレメンタル)-】【-神聖魔法(キリエ・レイソン)-】

ケイ=ブリタンゲイン♂
二十八歳の財務長官。通称は『帝国国庫番』。
ブリタンゲイン五十四世の五番目の子。
『円卓の騎士』の一人で、『情報戦略局』の局長。
また、政府内閣の財務長官も兼任している。

皇位継承権は、第三位。
ケイの支持層は、近年台頭してきた銀行連合や商業組合。
守旧派の教会・貴族からは反発を招いている。

ブリタンゲイン五十四世♂
六十五歳になるブリタンゲイン帝国の老皇帝。
政治には無頓着であり、放蕩皇帝とあだ名されていたが、国が傾くほどにはのめり込まないという、無害な暗君だった。
しかし十年ほど前から精神を煩い、自室に引き籠もり、他人との接触を拒むようになった。
寵愛しているベディエアの他には、ランスロットやガウェインと年に数回、必要最低限のやり取りを交わすのみである。

実はブリタンゲイン五十四世は既に死亡しており、その精神は聖剣とその鞘に宿る、初代皇帝アーサー。
不老不死の奇蹟を与える聖剣の鞘は、皇帝の亡骸を生者のように保ち、アーサーの憑代として動かし続けている。
さらに不老不死の魔法を最大限に引き出せば、老いた細胞を活性化させ、最盛期の肉体に若返らせることも可能とする。

※登場時は老人ですが、□6のラストで若返ります。
  年齢層は演じる方にお任せします。
  若皇帝は、使徒フィリポスと同じでも、分けて演じていただいても構いません。

魔導具:【-太陽覇王剣(エクスカリバー)-】
魔導具:【-聖杯鞘(グレイル・フィリポス)-】

メイプル=ラクサーシャ
二十九歳。ケイの屋敷で働くメイド兼ボディーガード。
大英帝国の植民地である倭島国(わじまこく)出身で、阿修羅姫お付きの下女。
倭島人の女性ながら相当な大柄で、平均的なブリタンゲイン人の男性も上回る。
がさつで不器用、家事はてんで駄目。しかし本人は『大和撫子』を志向している。

裏の顔は、ケイ配下の『情報戦略局・百鬼衆』を束ねる首領「羅刹女(らせつにょ)」である。
阿修羅姫より禍魂(まがたま)を授かることで、魔心臓と魔晶核を備えた真の黄泉人(よもつびと)酒呑童子(しゅてんどうじ)』へ転生する。

メイプル=ラクサーシャは、倭島国の名をブリタンゲイン風の名に改めたもの。
本名は羅刹楓(らせつかえで)という。

阿修羅姫(あすらひめ)
倭島国の姫を名乗る、黒髪黒瞳の倭島人。
幼くも大人びても老成しても見える、摩訶不思議な美女。
ケイの婚約者であり、屋敷で共に暮らしている。
ブリタンゲイン風に改めた複名は『アーシェラ』である。

真の名は創世神アスラ・マズダー。
千年前に、皇帝と七賢者によって呼び出され、千年王国ミレニアムを消滅させ、七日で世界を滅亡寸前まで追い込んだ。
オルドネア聖教では大悪魔(ダイモーン)に分類され、最終戦争(ハルマゲドン)を引き起こした黙示録の悪魔である。

ベディエア=ブリタンゲイン両
十六歳の第十二皇子。
『円卓の騎士』の一人で、勅諚官(ちょくじょうかん)を任されている。
人懐こい性格で、ブリタンゲイン五十四世の寵愛を受けている。
蠱蟲(こちゅう)(さなぎ)レ・デュウヌに蟲を、阿修羅姫に蛇を寄生させられ、操られている。

魔導具:【-遠見の千里眼(コルヌータ)-】

第二使徒ヨーゼフ♂
救世主オルドネアと十三使徒の一人。
第一使徒ペテロと並ぶ、十三使徒の中心にあった。
厳烈なまでの秩序の守護者であり、多くの使徒と袂を分かつ原因となった。

ペテロ、ヨーゼフ、フィリポスの三使徒は、オルドネア聖教とブリタンゲイン建国の祖であり、聖三使徒と讃えられる。

第三使徒フィリポス♂
救世主オルドネアと十三使徒の一人。
千年王国エルサレムの皇帝であり、ブリタンゲイン帝国の初代皇帝でもある。
騎士皇帝と呼ばれ、フィリポスの聖剣エクスカリバーは、ブリタンゲイン帝国皇帝の戴冠の証である。

古代人としての名はアーサー=ブリタンゲイン。

※ランスロット&使徒ヨーゼフ、皇帝五十四世&使徒フィリポス、レ・デュウヌ&ベディエアはそれぞれ二役となります。

※以下は一言のモブ役です。被り役をされる際は、前後のキャラに注意してください。

近衛兵A近衛兵B:□6の前半に登場 一言+鬨の声
影渡りA影渡りB:□6の後半に登場 断末魔+奇声

※注意
・ルビの振ってある漢字は、ルビを読んでください。
・特定のルビのない漢字は、そのまま読んでください。


□1/千年前〜大神殿の回廊より、庭園を見下ろす二人〜


使徒ヨーゼフ:千年王国エルサレム……
         死者は蘇り、不老の命を得る……

使徒フィリポス:見よ、ヨーゼフ。
         墓土を掘り返し、死人(しびと)は蘇った。
         老いと病から、人々は救われたのだ。
         オルドネアの奇跡だ……!

使徒ヨーゼフ:フィリポス、蘇った死人の口を満たすパンは何処にある。
         身に纏う衣は。住む家は。
         増え続ける人口の受け皿となる都市はどうするのだ。

使徒フィリポス:カルダンの地を見よ。
         小麦は黄金の稲穂を揺らしている。
         米もトウモロコシも豊作だ。
         『森の貴族』たちに任せておけば、食物は無限に湧き出してくる。

使徒ヨーゼフ:……まず人は、不老不死の果実を手にした。
         しかし、不滅ではない。
         闘争や餓え……肉体の消滅によって人は死ぬ。

使徒フィリポス:その死すら、人は乗り越えるであろう。
         唯一なる神と、オルドネアの奇跡によって。
         失われし楽園は、地上に蘇ったのだ。

使徒ヨーゼフ:肉体を棄て、霊的存在に至る、か。
         それは何者だ。幽霊や死霊か。
         人だけが死しても滅ばず、幽霊となって地上に溢れ返っていくのか。

         千年王国の夜に、欲に溺れた者たちの、悪しき光が見える。
         やがてその光芒は、千年王国を、この地上を滅ぼすメギドの光となろう。

使徒フィリポス:ヨーゼフよ……どうしたと言うのだ。

使徒ヨーゼフ:悪魔は人間の欲望を叶え、自己を肥大化させる。
         膨れ上がった自己は、他者を飲み込み、やがては自らをも破滅へ導く。
         故に聖典は、七つの大罪の内、最も重き罪を傲慢≠ニ定めた。

         ではオルドネアとは何だ。
         奇跡を起こし、命を救い、不滅の自己を与えた。
         奴こそ、悪魔そのものではないか。

使徒フィリポス:人々が幸福を求め、その願いを叶えることの何が悪い……!?
          お前とて、そのために武器を取ったのではないか。

使徒ヨーゼフ:フィリポスよ、お前こそ真実を見よ。

         自己が不滅であれば、種を継がせる子供など要らん。
         国や社会は元より、家族の絆すら無価値に堕した。

         後に残るのは己自身……
         今や人間にとって、己の生命こそ、唯一にして絶対のもの。

         自らの醜さも知らず、増長した人間たちよ。
         鏡に映る自己を見よ。醜悪なる貌を見よ。
         真実に目を背け、己を映す鏡を叩き割るのなら――

         この第二使徒ヨーゼフが、汝らの目を刮眼(かつがん)す。
         オルドネアから死≠取り戻すのだ。

使徒フィリポス:オルドネアを……討つというのか。
         裏切るというのか、救世主を――!?

使徒ヨーゼフ:断罪の剣は、万象に振り下ろされる。

         オルドネア、秩序(ロゴス)の破壊者よ。
         使徒ヨーゼフは、貴方の罪を告発する。
         裁かれよ、邪悪なる者――救世主よ。


□2/夜、大英帝国キャメロット城、皇帝の寝室

(王城の最上部の窓から、眼下に広がるログレスの街の光を見下ろす皇帝)

皇帝五十四世:千年王国ミレニアム――失われし神の国。
          だが地上には、ブリタンゲインがある。
          帝都ログレスは、夜を切り裂いて燦然と輝く。
          必ずや、滅び去りし栄華の光に勝る日が訪れる――

ベディエア:帝都ログレスの夜は明るい――果たしてそうかな?
       富裕層が住む地域は明かりが灯っているけど、貧困層の住む地域は真っ暗だ。

       栄光の光と影――やがて影は光を飲み込み、帝国は闇に沈むだろう。
       オルドネアを十字架に架けた裏切りの報いは、何度でも降り掛かる。
       彼の千年王国エルサレムのように……なーんてね。

皇帝五十四世:ベディエア……!?

ベディエア:驚かないでよ、父上。
       幽霊でも見たような顔をしてさ。

皇帝五十四世:……また儂を苦しめに来たのか。

ベディエア:酷いなあ。遊びに来てあげたのに。

皇帝五十四世:いい加減に、腹の内を話せ。
          あの黒翅蝶(こくしちょう)とは、『ハ・デスの生き霊』とは何だ。

ベディエア:幽霊じゃないの?
       君が、君たちが殺した救世主の亡霊。

皇帝五十四世:…………

(昆虫がベディエアの表情が一転し、泣きべその少年の顔に変じる)

ベディエア:父上……!

皇帝五十四世:ベディエア……!

ベディエア:助けてください……!
       僕……僕……

皇帝五十四世:止めろ、眠らせてやれ。
          自由を奪った体に、意識だけ覚醒させるなど……
          儂への嫌がらせなら、十分に効いている。

(泣きじゃくる少年の顔から、邪悪な薄笑いに戻るベディエア)

ベディエア:あーあ、僕たちって可哀想だよね。
       千年も昔の、使徒たちの仲違いのせいで体を乗っ取られたり、愛情を与えられずに育てられるんだからさ。

皇帝五十四世:……モルドレッドをどうするつもりだ。

ベディエア:聞いてみるかい? 黒翅蝶に?

皇帝五十四世:…………

ベディエア:そんな勇気無いよね。

       さあさあ、父上は病気なんだ。大人しく休んでなよ。
       心に抱えた秘密の闇を、平和な帝都にばらまかないようにね?

       はははは――

(悄然とする皇帝を後目に、皇帝の寝室を出るベディエア)

ランスロット:ベディエア。

ベディエア:あ、ランス兄様!

ランスロット:父上の容態はどうだ?

ベディエア:はい……
       今日は特にお加減が優れないようです……

ランスロット:そうか。俺も心苦しいが、どうしてもお目通りを願いたい。

ベディエア:はい。病魔に苦しめられる中、父上も面会の意思を強くお持ちです。

ランスロット:ベディ、お前は父上の寵愛したファータ殿に生き写しだ。
        父上を、励ましてやってくれ。

ベディエア:はい! 亡き母上に替わり、父上の御心を支えられれば……!
       兄様も頑張ってください! それでは――!

(穏やかな笑みで去っていくベディエアを見送ったランスロットは、無表情になり皇帝の寝室へ入る)

ランスロット:父上、失礼します。

皇帝五十四世:ランスロットか……

ランスロット:近頃前にも増して、ベディエアを招いていますね。

皇帝五十四世:気慰みだ。お前との話は気が滅入るからな。

ランスロット:心労の重なる父上に、凶報を届けること、大変申し訳なく思います。

皇帝五十四世:ガウェインが……死んだのであろう。

ランスロット:はい。父上にはまだ暫く在世(ざいせい)していただくことになりました。

皇帝五十四世:……ランスロットよ。

         儂は何時になれば許される……
         儂に解放される時は訪れるのか……

ランスロット:貴方の望まれたことです。
        永世(えいせい)に渡る統治を。不老不死を。

        貴方は未来永劫、帝国の支配者として君臨するのです。
        それが貴方の望みであり……神に叛逆した罰だ。


□3/帝都西区、ケイ邸宅の玄関


メイプル:アムルディア殿下、ご来駕(らいが)(たまわ)御礼(おんれい)申し上げるにゃん。
      お屋形様がお待ちにゃん。こちらへ。

アムルディア:……ラクサーシャ殿。

メイプル:何かにゃん?

アムルディア:いえ……何でもありません。

(応接間に通されるアムルディアを、ソファに腰を下ろしたケイが出迎える)

ケイ:よく来てくれた、アムルディア。まあ掛けたまえ。

アムルディア:叔父上……

ケイ:何だね。

アムルディア:あのにゃん≠ヘ何ですか?

メイプル:NYA-N≠ニはブリタンゲイン語における丁寧語で、語尾につけることで言葉をしなやかで気品ある響きにする効果があると……

ケイ:メイプル。

メイプル:はいにゃん。

ケイ:嘘だ。

メイプル:…………

阿修羅姫:ほほほ。この数日、笑いを堪えるのに難儀しましたぞ。

メイプル:姫様! 知っていたのなら何故一言……!

阿修羅姫:そう角を生やすでない。微笑ましゅうあったぞ。

アムルディア:二人とも、意地が悪いですね……

阿修羅姫:猫被りも女の身繕いの一つじゃ。
       茶目っ気は、蜜月を保つ秘訣にゃん。

ケイ:アーシェラ、君がやると素直に可愛らしく思えるから不思議だ。

阿修羅姫:にゃん。

ケイ:メイプルだと、乾いた笑い、失笑冷笑しか浮かばなかったが。

メイプル:お屋形様……時と次第によっては、猫も虎に変ずると心得よ。

ケイ:虎? せいぜい虎猫がいいところだよ。 それとも君のパンツの柄の話かね。

メイプル:……何故御身がそれを。

ケイ:ジョークがビンゴになるとはね。

阿修羅姫:まだ虎柄に飽きておらんかったのかや?

メイプル:はっ。虎皮のふんどしを締めると、猛虎を調伏(ちょうぶく)したが如き。
      吼え猛る野性の魂が、体の芯に宿ります。

ケイ:知りたくもない個人情報だ。実にむさ苦しい。

アムルディア:……あの、本題に入ってもよろしいですか?

ケイ:ああ、すまんね。

アムルディア:庶民院と貴族院で可決され、大英円卓(ザ・ラウンド)の議題に取り上げられた法案についてです。

ケイ:『外国為替取引』と『資本移動』の自由化。

    先進諸国の需要は飽和し、経済は低迷している。
    しかし世界レベルで見れば、途上国を筆頭に、まだまだ経済拡大の余地はある。
    途上国への投資により、企業は成長し、金融機関は貸出を伸ばす。
    国民もまた、株式や債券などの間接投資で、金利や配当収入による利益を得るであろう。

アムルディア:しかし企業は、安い労働力を求めて海外へ移転する。
        特に雇用吸収力の大きい製造業の移転は致命的だ。
        国内の産業は空洞化し、失業者は増大するでしょう。

ケイ:何の問題があるのだね。
    ブリタンゲイン人というだけで、高給が保証されるという考えが間違っているのだよ。

アムルディア:叔父上、それがブリタンゲイン帝国の第五皇子の発言ですか。
         あなたは一体何処の国の人間の意思を代弁しているのです!?

阿修羅姫:アムルディア殿下、そなた様の意思はようわかりますぞ。
       安い賃金で働く倭島人に、職を奪われたブリタンゲイン人。
       彼の御仁(ごじん)らの怒りと憎悪を背負うのが、そなた様の使命じゃ。
       黄色い猿は、白色人種と同じ暮らしなど望まず、狭い島国で貧しい暮らしに甘んじておればよいのにのう。

アムルディア:そ、それは……

ケイ:君はブリタンゲイン人の仕事を守るために、倭島人(わじまじん)や中華人を蹴り落とせと言っているのだよ。
    倭島人が二人もいるこの場で、よくもまあ偏狭なナショナリズムを、誇らしげに語れるものだ。

アムルディア:……私はブリタンゲインの政治を担う者です。
         差別主義者と言われても構いません。ブリタンゲイン人の生活を守ります。

ケイ:私は差別主義を否定せんよ。人種にこだわりたい者は、こだわりたまえ。
   母集団が限定され、ミスマッチの確率は跳ね上がるが、それもコストとして受け入れるならば、本人の自由だ。
   自由経済とは、差別すら嗜好として内包する、懐の広さを併せ持つのだよ。
   
   アーシェラは美しい。メイプルは有能だ。
   私にとっては、これだけで十分だ。

阿修羅姫:旦那様、心憎いことを言ってくださりますな。
       しかし誉めるところが外面だけでは、寂しく想うが女心ですぞ。

ケイ:アーシェラ、君が賢妻なのはよくわかっている。
   ならば、つまらない我が儘で、私を困らせないでくれたまえ。

阿修羅姫:新妻の可愛い戯れにござりませぬか。
       そう邪険に扱いますれば、恋心も浮つきますぞ。

ケイ:アーシェラ、機嫌を直してくれ。
   わかった。週末は君の行きたがっていた三ツ星レストランに予約を入れよう。

阿修羅姫:旦那様、お慕い申し上げまする。

ケイ:やれやれ。なんということだ……
    アーシェラと交際を始めてから、私の貯蓄率はマイナスに転じている。

アムルディア:……後見人の件、少し考えさせてください。
         叔父上とは、色々な面で考え方が違いすぎる。

ケイ:いいとも。よく考えたまえ。
   経済政策について、私は一切譲る気はない。
   軍事やその他の内政は、君の好きにやりたまえ。

   よい返事を待っているよ、アムルディア。


□4/夕暮れ、帝国皇族墓地


(幾多の献花がされた霊廟の前で、うなだれるアムルディア)

アムルディア:父上……

        叔父上――ケイ卿とは、どうしても根本のところで合いません。
        後見人になってもらったとしても、衝突が絶えないのは目に見えています。
        何故ランスロット卿ではなく、ケイ卿に後見人になってもらうよう、遺言を残されたのですか――

ランスロット:今晩は、アムルディア。

アムルディア:ランスロット卿――!

ランスロット:死後一ヶ月は経ったというのに、手向けの花が尽きない。
        兄上がどれほど慕われていたか、よくわかる。

アムルディア:…………

        セベキア魔源炉の暴走事故以来、魔源炉廃止の声は、帝国全土で高まっています。
        オルドネア聖教は、大悪魔(ダイモーン)の魔心臓をエネルギー源にする魔源炉を、昔から強く非難していた。
        特に原理主義者……ヨーゼフ派の司教は、父上の死は『救世主を軽んじた神罰』だと言った……!

ランスロット:同じヨーゼフ派の聖騎士として、ルキウス司教の発言は残念に思う。
        兄上の決死の行動がなければ、帝都ログレスは壊滅していただろう。

アムルディア:ランスロット卿は、どうお考えなのですか。
        やはり魔源炉は、思い上がった人間の、バベルの塔だと?

ランスロット:難しい問題だ。
        魔源炉の建設を容認していたパウェル派でも、大事故が起こった以上、賛成に回るのは困難だと知ってもらいたい。

        さりとて、いきなりゼロには出来ないのも現実だ。
        我々の生活は、魔導文明無しでは成り立たない。

アムルディア:光子石(ヘメラストーン)は?
         魔力と電気を相互変換する、魔導文明と科学技術の橋渡しをするレアアース……

ランスロット:光子石(ヘメラストーン)は、素晴らしい技術だと思う。
        しかし未だにコストは高く、工学研究の域を出ていない。
        今日明日に代替出来るわけではないだろう。

        それに安全保障上の問題もある。
        エネルギーを外国に依存して、国家としての独立は保てるのかと。

アムルディア:はい。私もそれを危惧しています。
         ケイ卿は、自由貿易を過信しすぎているように思えます。

ランスロット:はは、兄上とそっくりだな。

        結局のところ、わかりやすい解決策はないんだ。
        魔源炉への依存を減らし、エネルギーの輸入に頼りながら、魔源炉以外の手段でエネルギー自給率を回復させていく。
        各々の主張をすり合わせた、無難で、時間の掛かる方法しかないのが現状だ。

アムルディア:……ランスロット卿は、何故聖騎士をされているのです?

ランスロット:おや。私はそんなに聖騎士らしく見えないかな?

アムルディア:あなたは十五の頃、信仰を捨て去っている。

ランスロット:懐かしい話だ。
        思春期の男の子なら、一度は体制に噛みついてみたくなるんだよ。

アムルディア:はぐらかさないでいただきたい。
         ランスロットは、いつも建前でごまかす。決して本音を明かさない。
         父上は生前、そう零しておられました。

ランスロット:…………

        アムルディア、オルドネア聖教と帝国の関係は知っているかな。

アムルディア:はい。初代皇帝フィリポス……アーサー王は、オルドネアの第三使徒でもあった。
         故にオルドネア聖教は国教であり、帝国とは深い結びつきがあると。

ランスロット:深い結びつきというのは、だいぶ飾られた表現だな。
       皇帝の上に、教皇を戴く
        長らくブリタンゲインの皇帝は、教皇より下位に置かれた。

        表向きは平和的な話し合いで、裏では血で血を洗う権力闘争の末……
        オルドネア聖教は、国政から身を引き、強大な特権は放棄することになった。

アムルディア:現在でも皇族の中には、オルドネア聖教を快く思わない者も多い。
         私は好きでも嫌いでもありませんが、父上は苦々しく思っているようでした。
         もちろん表向きは、国教として尊重はしていましたが……

ランスロット:それはオルドネア聖教の側も同じだ。
        ヨーゼフ派の司祭は、神の教え無き統治は不毛だと、公然と批難しているよ。

アムルディア:わかりません……
         何故そんなところへ、第二皇子のあなたが?
         敵陣の真っ直中に飛び込むようなものではありませんか。

ランスロット:だからこそだよ、アムルディア。
        帝国とオルドネア聖教の不仲は、内乱の火種となる。
        皇族の私が教徒となれば、深刻な対立は避けられよう。

アムルディア:しかしそれでは、ランスロット卿の意思は何処へ!?

ランスロット:私の意志か。
        そんな難しいことは考えたことがなかったな。

        私は天秤を見ているんだ、アムルディア。
        秩序(ロゴス)自由(パトス)の天秤。
        天秤は己の居場所を探るように、常に揺れ動いている――

アムルディア:秩序(ロゴス)自由(パトス)の天秤……
         ランスロット卿は、秩序(ロゴス)の側に?

ランスロット:そうだな。私は秩序(ロゴス)の傾きを理想だと思っている。

アムルディア:しかし自由の無い世の中は、息苦しくありませんか?

ランスロット:私もそう思うよ。
        人間が自由を愛するのは、エデンの林檎をかじって以来の、本能のようなものだ。

アムルディア:では何故?

ランスロット:エデンの林檎には……悪の種が眠っているのだ。
        私はそれに気づいて以来、自由の味を楽しめなくなってしまった。

アムルディア:…………

ランスロット:私に理想があるとすれば、二つ。
        可能な限りの話し合いと譲歩。
        世界に、互いを尊重する精神が広まってくれること。

        侵略も内乱も、戦争は嫌なものだよ。
        秩序と平和……これだけは失いたくない。

アムルディア:もしも話し合いで解決しない相手だったら――?

ランスロット:その時は……戦わねばならんな。

アムルディア:…………

ランスロット:さて、私は教会に戻らねば。
        夜も早くなってきた。
        早く帰らないと、兄上が心配するぞ。

アムルディア:ランスロット卿……


□5/帝城キャメロット上層部歩廊



アムルディア:帝城キャメロット上層階皇帝の宮殿=c…
         物心ついてから立ち入ったのは、初めてです。

ベディエア:まあまあ、硬くならないで。無理もないでしょうけど。

アムルディア:叔父上……というのも妙ですね。
         ベディエア卿と私は同い年ですし。

ベディエア:はい。僕もこんな大きい姪っ子……大きくはないですね。

アムルディア:背はこれから伸びます。
        父ガウェインは、皇族一の長身だったでしょう。
        私はまだ成長期です!

ベディエア:えーと……夢は諦めないでくださいね。

アムルディア:皇帝陛下は、私に何と?

ベディエア:僕も詳しい話まではうかがっていません。
       アムルディアに重大な話があるとだけ……

アムルディア:…………
        皇帝陛下と最後にお会いしたのは、三つの時でした。
        可愛がっていただいたのを、よく覚えています。

ベディエア:陛下は、世間で言われているような暗君ではないんです。
       確かに不品行(ふひんこう)で、政治にも関心が薄く、『放蕩(ほうとう)皇帝』などと言われていますが……
       国を傾けるほど遊び呆けたことはありません。

       陛下は……父上は、皇帝には向かなかったのかもしれません。

アムルディア:しかしその陛下は、十年前に大病を患われて以後、急激に人嫌いになられ、自室に籠もるようになった……
        私の父、ガウェイン卿は、「まるで別人のようだった」と驚かれていました。

ベディエア:陛下は、僕には以前と変わらず接していただいていますが……
       僕も、陛下の御心には、あまり立ち入らないようにしているので……

ランスロット:二人とも、今日は。

アムルディア:ランスロット卿。あなたも陛下に謁見を?

ランスロット:ああ。

アムルディア:でしたら、ランスロット卿がお先に。

ランスロット:いや、私の順番は後だ。
        陛下はアムルディアと先にお話されたいのだよ。

アムルディア:……わかりました。

        この大扉を開けると、謁見の間――

ランスロット:そう気負うな。
        陛下はアムルディアに伝えたいことがあるから、病を押して面会されるのだ。
        気を張るよりも、耳を傾けることに集中するんだ。

アムルディア:……はい。

        それでは先に失礼を。

(帝国の紋章の施された大扉を開けて、謁見の間へ進むアムルディア)

ベディエア:アムルディア、緊張してたけど大丈夫かなあ。
       陛下は何のご用命でしょうかね、ランス兄様?

ランスロット:ベディエア。

ベディエア:はい。
       ……どうされたんです、ランス兄様?

ランスロット:そこを動くな。

ベディエア:な、何を――……!

ランスロット:弱く迷える子羊を導く、白き翼ヨーゼフよ。
        我らの心に潜む罪を暴き出し、断罪の十字架に架けたまえ――!

        Amen(エイメン)――!

(十字架の盾が白い光を放ち、ベディエアの真下から白い光の十字架が突き立つ)


□6/帝城キャメロット『皇帝の宮殿』謁見の間

(最上段の玉座に座る皇帝の階下に、跪くアムルディア)

アムルディア:ブリタンゲイン帝国第一皇子ガウェイン=ブリタンゲインが第一子。
        アムルディア=ブリタンゲイン。
        皇帝陛下の御下命(ごかめい)を受けて、唯今参上いたしました。

皇帝五十四世:(おもて)を上げよ。

アムルディア:はっ。

皇帝五十四世:そう畏まるな。
          この謁見の間には、儂とお前の他には誰もおらん。

          ガウェインのお陰で、我がブリタンゲインは救われた。
          帝国を代表して、万謝の想いを伝えたい。

アムルディア:ありがとうございます。亡き父も光栄の至りでしょう。

皇帝五十四世:しかし犠牲は大きかった。
          帝国は英雄を失い、お前は父を失った。

          ガウェインはよい男だった。
          彼の男にこそ、次代の皇帝を担ってもらいたかった……

アムルディア:その御言葉を、父に聞かせたかった……!
         父は……ランスロット卿の方が皇帝に相応しいと抱懐(ほうかい)しておりました……

皇帝五十四世:アムルディアよ。
          今日はお前に一つの訓話を授けようと思う。

          秩序(ロゴス)自由(パトス)の天秤だ。

アムルディア:秩序(ロゴス)自由(パトス)の天秤……

皇帝五十四世:秩序(ロゴス)自由(パトス)は、どちらも人々を幸福に導く善性なれど、互いに相反し敵対する。

          秩序(ロゴス)が戴冠した国は、前例と慣習が幅を利かせ、体制にすり寄る者だけが特権を得、社会は活力を失う。
          自由(パトス)が即位した国は、弱肉強食の世の中となり、貧富の差は拡大し、社会は内乱の火種を抱える。

          国を担う者は天秤の傾き――
          秩序(ロゴス)自由(パトス)がどちらか一方に偏っておらぬか、常に意識を払わねばならぬ。

アムルディア:その天秤の話……
         昨晩、ランスロット卿にもお聞きしました。

皇帝五十四世:そうか……
          ランスロットが天秤の話をしたのか。

アムルディア:陛下……?

皇帝五十四世:皇位を継ぐ者には、儂はこの天秤の話をしてきた。
          この意味を(かい)する者、解せない者……

          ランスロットはよく汲み取った。
          汲み取った上であの男は――

ベディエアの声:ぐうっ、ああっ――!

アムルディア:ベディエア卿の声――!?

(大扉が開き、謁見の間に血塗れのベディエアが腹部を押さえながら、転がり込むように入ってくる)

ベディエア:う、うう……

アムルディア:酷い血だ……!
         ベディエア卿、何があったのです!?

ベディエア:ら、ランス兄様が突然……

アムルディア:ランスロット卿が――!?

(数十人の近衛兵を引き連れ、ケイと阿修羅姫が謁見の間に入ってくる)

ケイ:これはこれは、騒ぎを聞きつけてやってくれば。

阿修羅姫:まあ凄まじや。宮廷内で人殺しとは。

ベディエア:ランス兄様に、斬りつけられたんです……!

ケイ:兄上、ご乱心ですかな?

ランスロット:ベディエアに解呪(ディスペル)を掛けた。
        すると突然苦しみだし、内側から食い破られるように大量に出血したのだ。

ベディエア:ち、違います……! 嘘です……!

ランスロット:――ベディエアの中には、私の解呪(ディスペル)に耐えた悪魔がいる。
        悪魔がベディエアの口を借りて語っているのだ。

ケイ:何を言い出すかと思えば。
   近衛兵、兄上を連行しろ。ベディエアには治療師を。

皇帝五十四世:待て。
          治癒魔法ならばランスロットも心得ていよう。
          そのままランスロットに続けさせよ。

ケイ:お久しぶりです、父上。
   大病と聞いておりましたが、噂よりもお元気そうで何より。

皇帝五十四世:ケイか。その倭島人の女は何者だ。

ケイ:私の婚約者ですよ。

阿修羅姫:名にし負う大英帝国の(すめらぎ)今上陛下(きんじょうへいか)に御目通りが叶い、恐悦至極。
       わらわの名は阿修羅(あすら)。ブリタンゲインを盟主と仰ぐ、極東の島国倭島の女にございまする。

皇帝五十四世:…………

          気分が優れぬ……
          皆の者、後の手筈はランスロットに任せる。
          儂は自室で休ませてもらう。

ケイ:二十八年前――
   父上は、城で働く侍女だった私の母に手を出し、母は私を身籠もった。
   それを告げられた時、父上は動揺し、心無い言葉を投げつけた。
   その言葉に母は錯乱し、隠し持っていたナイフで父上に斬りつけた。

(滔々と淀みなく過去の話を続けながら、階段を上り、玉座に近付いていくケイ)

皇帝五十四世:……何の話をしている。

ケイ:父上、貴方は王としては失格です。
   愚かで、無思慮で、精神も脆弱。
   とても国の指導者が務まる人間ではない。

   しかし貴方は、私の母を罰しなかった。
   母に斬りつけられた傷痕をあえて残し、自身の戒めとした。
   まあ、女好きの悪癖は収まらなかったようですがな。

皇帝五十四世:…………

ケイ:さて父上。

   ――何故、首の傷痕が無いのです?

(ケイが皇帝の正面に立ち、真っ直ぐに見据えた直後に、銃声が響く)

アムルディア:銃声――!?

皇帝五十四世:ぐうっ――……

ランスロット:ケイ――! 貴様、陛下を――!

ケイ:ベルリッヒ連邦製の自動拳銃だ。
   ホローポイント弾は、真っ直ぐに心臓を撃ち抜いた。
   大動脈が破裂した割に、ずいぶんと出血が少ないものだ。

   父上――
   心臓を撃ち抜かれた人間が、何故平然と立っていられるのです?

皇帝五十四世:……お前は、聖剣の力を知るまい。
         如何なる重傷もたちどころに癒す、不老不死の鞘――

ケイ:フッ――
   ならば何故貴方は病気なのだ?
   戦争や事故で死んだ、歴代の皇帝たちは?

   墓穴を掘ったな。お前は何者だ。

   ――っ!

(直前までケイの立っていた位置を、聖剣の輝きが薙ぎ払う)
(長身の黒い影に抱えられたケイが、玉座の階下で安堵の息をつく)

ケイ:……危ういところだったよ。
    少し喉の辺りが鈍く痛むのだが。

羅刹女:薄皮一枚で、首が繋がったことに感謝せよ。

近衛兵A:ランスロット卿――!
      陛下がケイ卿を斬りつける……
      これは如何すれば……

      ぐおっ――!

ランスロット:…………

アムルディア:ランスロット卿――! あなたまで何を――!

ランスロット:父上、仕方ありません。

皇帝五十四世:……うむ。

ランスロット:アロンダイト――!

アムルディア:っ――! 水の飛沫――!?

近衛兵B:陛下! どうなされました――!

ランスロット:アムルディアが叛逆した。
        見よ。奴の全身は、血に濡れている。

アムルディア:なっ、これはあなたが斬った血だろう――!

ケイ:水の魔剣アロンダイトで濡れ衣か。笑えるジョークだ。

皇帝五十四世:近衛兵たちよ――!
          ケイとアムルディアは共謀し、余を亡き者とせんとした。

          聖剣の輝きは、我が手中にあり。
          ケイとアムルディアを、奸悪なる簒奪者どもを捕らえよ――!

近衛兵A&B:おおおおおお――!!!

羅刹女:戦場(いくさば)に、鬼の影あり――

近衛兵A:おおっ……

近衛兵B:ぐうっ……

(近衛兵の集団で苦鳴が湧き起こり、味方である近衛兵に貫かれた者たちの体がくずおれる)

羅刹女:情報戦略局『百鬼衆』、推参――
     影に忍び寄り、背後より息の根を絶つ。

     者ども、殺せ。
     影を渡る鬼の忍び嗤い、赤鼻の天狗どもに聞かせてやろうぞ。

アムルディア:叔父上――! 一体どうなっているのです――!?

ケイ:アムルディア、君も剣を抜きたまえ。討ち取られるぞ。

ランスロット:異形の暗殺者たち。やはりお前の手の者だったか。

ケイ:彼らは、人間と亜人間(デミヒューマン)の中間のような特徴を備えた人種でしてね。
    外見は人間と変わらぬ者もいれば、畸形の者もいる。
    共通しているのは、魔法に拠らない、常人離れした身体機能だ。
    変異細胞と呼ばれる、魔因子に侵された細胞を持っているのですよ。

阿修羅姫:魔心臓や魔晶核を持たないだけで、そなた様らの同胞(はらから)にござりますれば。
       現世(うつつ)鬼子(おにご)たちを、どうぞ宜しくお頼み申し上げまする。

羅刹女:おおおおおお――!!

ランスロット:精霊召喚。湖の乙女(ネレイド)たちよ。鬼女(オーガス)を阻め。

羅刹女:水妖(すいよう)の群れ。邪魔だ――!

ランスロット:湖の貴婦人(エレイン)繊手(せんしゅ)よ。
      水難の爪となり、我が敵を引き裂け。

(波頭が鈎爪上に五つに分かれた高波が、羅刹女に叩きつけられる)

羅刹女:ぐうううあああっ――!!

ケイ:高波の斬撃に、湖の貴婦人の名を冠するとは。
    海の怪物の爪にしか見えんな。

    ランスロットは中距離を得意とする。
    接近して剣の打ち合いに持ち込め。

アムルディア:っ――!

        カリバーン――!
        やあああっっ――!!

ランスロット:――いい腕だ、アムルディア。
       その短躯で、よくこれだけの膂力が出せる。

アムルディア:致命打にならない――!
         カリバーンの斬撃が、いなされている……!

         ならば――踏み込むっ!

ランスロット:熾天使(してんし)よ、白き翼の庇護に。

アムルディア:防御結界――!?

         しまった――!

ランスロット:はあっ――!

アムルディア:うああっ――!!

(羅刹女とアムルディアが立て続けに倒される傍らで、近衛兵の攻撃に影渡りたちも次々討ち取られていく)

影渡りA:我が忍術が……

影渡りB:ぬう……無念……

ランスロット:ヨーゼフよ、法と秩序の信徒に復活と再生を。

羅刹女:近衛兵どもの傷が……癒えていく……

ケイ:神聖魔法による回復と補助で、部隊を強力に支援する。
   自身の魔導具は、乱戦に強い、中距離戦を得意とするアロンダイト。
   決め手に欠ける接近戦は、個人の技量と神聖魔法でカバーする。

   ランスロット卿に率いられた部隊は、生存率が著しく高いと聞いていたが。
   なるほど、よくわかりましたよ。

ランスロット:策士と呼ばれるお前も、軍略は苦手のようだな。
        暗殺者(アサシン)を軍の正規兵にぶつけるとは。
        子飼いの配下が彼らしかいなかったとはいえ、思慮が浅いと言わざるを得ない。

ケイ:全くです。軍事には疎いのでね。リスクの見積もりが甘かった。

ランスロット:投降しろ、ケイ。
        今ならば、皇位継承権の剥奪と、数年間の軟禁で免罪になるだろう。

ケイ:そんな戯れ言を、誰が信じると?
   現実が逆行しても、見通しが変わらなければ、賭け金を倍増しにするのだよ。

阿修羅姫:紅白粉(べにおしろい)の下を見られるは、女の赤恥。
       旦那様、生かして帰せはしませぬぞ?

ケイ:後腐れがないよう、皆殺しにしてくれたまえ。
    私の命運を、君に賭ける(ベッド)しよう。

阿修羅姫:ほほほ、女冥利に尽きまする。

       黄泉(よもつ)(みそ)ぎを果たせし、穢れ人たちよ。
       現世(うつつ)を生くる仮初めの皮膚(かわ)逆剥(さかは)ぎて、(うぬ)らの穢れを世に晒す。
       禍魂(まがたま)竈食(へぐ)い、真の鬼へと化生(けしょう)しや。

アムルディア:鏡から……霊魂が彷徨い出てきた……!

ランスロット:魔霊(シャイターン)――!?
        あの倭島人の女……召喚師か!?

(阿修羅姫の鏡から彷徨い出てきた霊魂が、倒れ伏した影渡りたちの身に宿る)

阿修羅姫:此奴らは、鬼の成り損ないでのう。
       人間(ひと)には異様で、鬼には凡庸。
       どっちつかずの半人半妖(はんじんはんよう)

影渡りA:()々々々々々々――!!

影渡りB:()々々々々々々――!!

(幽鬼のようにゆらりと身を起こし、忍び装束を破りながら異形の姿に変じる影渡りたち)

阿修羅姫:そんな仮初めの黄泉人(よもつびと)たちも、禍魂(まがたま)を呑ませてやればこの通り。
       額に第三の目(アジナー・チャクラ)を開き、穢れた血潮を巡らす、真の黄泉人(よもつびと)に転生す。

羅刹女:ぐう……ああああああっっ――!!!

(禍魂を宿した羅刹女の長駆も膨れ上がり、金棒を握った巨魁鬼の姿に変貌していく)

阿修羅姫:そういえば、紅葉は頑なに拒んでおったのう。
      鬼よりも人でいたい≠ニ。
       (つい)ぞ、わらわにも真の姿を見せずに逝きおった。

       おぬしの晴れ姿、京の大江山(おおえやま)を根城にした、倭島一の巨魁鬼(おおおに)
       酒呑童子の転生の、何と雄々しきかな。のう楓?

酒呑童子:()々々々々々々……!!!

ランスロット:化け物……悪魔ども……!

ケイ:さあ、現実と真実の裁定を始めよう。
    ブリタンゲインの現実は、真実から著しく乖離している。 
    利益の源泉は、人為的に作られた、その巨大な(ひず)みにある。
    現実を設計しようとする愚か者どもに、追い証(マージンコール)を叩きつけてやれ。

ランスロット:真実が現実を乱す災いの箱となるなら――
        私は迷わず真実を葬り去ろう。

酒呑童子:()々々々々々々々々々――!!!

ランスロット:精霊召喚――! 
        出でよ! 湖の乙女(ネレイド)たち!

酒呑童子:(オウ)――!

ランスロット:金棒の一振りで水の精霊を――
        ならば、湖の貴婦人(エレイン)繊手(せんしゅ)よ――!

阿修羅姫:高波程度で、巨魁鬼(おおおに)は止められませぬぞ。

ランスロット:くっ、熾天使よ、白き翼の庇護に――

酒呑童子:(ゴウ)――!

ランスロット:防御結界が――!?

        ぐあああああっっ――!!

皇帝五十四世:ランスロットほどの聖騎士を一撃で倒すとは……

ケイ:次は貴方の番です、父上。

   やれ――!

酒呑童子:(ゾウ)(ゾウ)(ゾウ)……

皇帝五十四世:儂にエクスカリバーを使わせるか。
          しかし老人の身では、剣を握るのも覚束ん。

          聖杯の鞘よ。
          在りし日の肉体を、記憶の彼方より現し出せ。
          はあああああああ…………!!!

アムルディア:陛下が……みるみる若返っていく……!

酒呑童子:(ボウ)――!

皇帝五十四世:ぬうん――!

アムルディア:凄い……!
        あの巨魁鬼(おおおに)と打ち合っている……!

        あれがエクスカリバー……!

ケイ:聖剣と打ち合う度に、金棒が欠けてきている……
    戦闘が長引けば不利か。

    早くその偽皇帝を討ち取れ――!

アムルディア:叔父上! 本当にあの御方が偽物なのですか!?

皇帝五十四世:エクスカリバー……
          お前と共に築いたブリタンゲインを守るため――
          今一度、余に……アーサー=ブリタンゲインに力を貸してくれ。

アムルディア:なんて目映い聖剣の輝き……!
         私には……あの御方こそ、真のブリタンゲイン皇帝に見える――!

皇帝五十四世:聖剣よ――
          曙光(しょこう)の一閃となりて、我が敵を絶つ――!!

          はあ――!!

(極大の光の刃となったエクスカリバーが振り下ろされ、突撃する酒呑童子の肉体を曙光が絶つ)

酒呑童子:苦唖(グア)々々々々々々々々々――!!!

ケイ:メイプル……!!

皇帝五十四世:倭島人……お前の名は何と申す。

阿修羅姫:阿修羅。ただの女にござります。

皇帝五十四世:飽く迄、黙するなら追求はせん。

阿修羅姫:旦那様、如何為されますか?
       わらわには、まだまだ打つ手はありますぞ。

ケイ:親衛隊の駆けつける足音が聞こえる……
   これ以上のポジションテイクは迷うところだ……

皇帝五十四世:無辜の兵を巻き込むことは、余も本意ではない。
          此処は、余の敗北で手討ちとしよう。

          しかし追っ手は始末させてもらうぞ。

ケイ:エクスカリバーに熱風が渦巻いている……!

阿修羅姫:旦那様、お下がりくださいませ。

皇帝五十四世:ケイよ。
          お前の叛旗が秩序(ロゴス)に傾いた天秤を戻す、自由(パトス)の反作用ならば……
          余を倒し、唯一なる神を倒してみせよ。

          聖剣よ――
          天頂に輝く勝利の風を吹かせ――!!

          蘇れ、王道(エトス)よ……!



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