第28話
★配役:♀3両1=計4人
▼登場人物
十九歳。倭島国の
十年に一度の穢れ迎えの祭りで産まれた赤子であり、里の者でも随一の穢れ≠持つ。
顔形はごく平凡だが、六尺三寸(190cm)の大女であり、倭島国では成人男子を含めても頭抜けた長身。
旅籠屋で飯盛り女として身売りをしているが、その長身のため、客付きは悪い。
影渡りとしての忍び名は、
最大七尺六寸(2m30cm)という、自身の身長よりも長くなる、伸縮自在の金棒を武器とする。
十四歳。倭島国の
髪上げを終え、元服の日を迎えたばかり。楓を「あねさま」と呼んで慕っている。
前頭目の娘であり、黄泉の国の穢れ≠ヘ色濃く受け継がれている。
異形異相の者が多くを占める那岐の里では、比較的整った顔立ちをしており、里の稼ぎ頭と期待を寄せられている。
影渡りとしての忍び名は、
体から霧を出す特異体質であり、特製の丸薬を服用ことで、霧に薬効を含ませることも可能。
那岐の里の影渡りが長年仕えてきた、
可憐と高貴の色を纏い、春爛漫の桜の花も、紗玖耶の色香に、恥じらい落ちる≠ニ謳われるほどの美姫。
しかしその性格は、
藩主である父が病床に伏しているのをいいことに、専横を振るう。
那岐
里の山の奥深くにある洞窟の大岩に封じられており、十年に一度の穢れ迎えの祭りの際に開かれる。
かつて
※鬼神様と紗玖耶は、二役になります。
※鬼神様の声は別キャストにしてありますが、被りでも構いません。
※注意
・ルビの振ってある漢字は、ルビを読んでください。
・特定のルビのない漢字は、そのまま読んでください。
□1/〜十年前〜那岐の里山で紅葉を探す楓
(行方の知れなくなった四歳の紅葉を探し、那岐の里山で名を呼び回る九歳の楓)
楓:紅葉――! 紅葉――!
どこにもいない……
里中総出で探しているのに……
まさか、神隠しに……
紅葉:あ! あねさま……!
楓:紅葉――!
どうしてこんな山の中に来たんだ!
紅葉:おにがみさま……
楓:え――?
紅葉:おっかあがいってた。
おとうは、おにがみさまの国へいったんだって……
楓:鬼神様……
(紅葉の歩いてきた先、注連縄の捲かれた大岩に目をやる楓)
紅葉:あねさま。
おとうは、この岩のむこうにおるんじゃろ?
だからおら、ずっとおにがみさまにおねがいしとった。
あねさまも、おにがみさまにおねがいしてけろ。
楓:紅葉……
紅葉:おとうは、おらがややのころ、わるいことして、いずものとのさまに首はねられちまった。
でもおら、おとうにあいたい。
楓:わかった……わたしも一緒にお願いしよう。
紅葉:ありがとう! あねさま!
おにがみさま、おにがみさま。
どうか、死んだおとうにあわせてください。
おら、これからアワやヒエのおまんまでも、のこしません。
おねがいします!
楓:鬼神様……
どうか里の皆が、腹一杯白い米を――いえ、麦でもいいです。
たらふく食べられるような暮らしをさせてください。
それと、わたし……
背がどんどん伸びて、まだ九つなのに、とうとうおっかあを抜かしてしまいました。
いつ角や牙が生えてくるのか……鏡を見るのが恐ろしいです。
わたしの穢れ≠ェ
(注連縄の捲かれた大岩に、手を合わせて祈る楓と紅葉)
紅葉:おにがみさま、なんもこたえてくれねえだ……
楓:帰ろう、紅葉。おっかあや、里のみんなが待っている。
紅葉:おにがみさまのあほう! おとうをかえせ!
楓:こら! 紅葉――!
紅葉:…………!?
楓:――――!!
紅葉:へんな風……なまぬるい手に……ほっぺなでられた……
楓:気のせいだ……帰るぞ、紅葉。
紅葉:う、うんっ! おら、先かえる!
(鬼神様の大岩に背を向けて、一目散に山を駆け下りる紅葉)
(一人残った楓は、注連縄の大岩を振り返り、ぽつねんと呟く)
楓:鬼神様……
□2/那岐の里、入り口
楓:紅葉――おぬしは今日で十四。水揚げの歳となった。
紅葉:はい。
あねさまも、十四の元服では
楓:那岐の里のおなごは、皆そうだ。
紅葉:あねさまは、いかがでしたでしょうか……
……いえ、やはり結構です。
知らぬ方が良いこともございましょう。
楓:……道中、私が送ろう。
藩主様……いや、紗玖耶姫の御用召しもある。
紅葉:あねさま、私の手を引いてくださりませぬか。
私の足が、明後日の向きへ逃げ出してしまいそうなので。
(俯く紅葉の手を取り、引っ張るように歩き出す楓)
楓:……往こう、紅葉。
紅葉:はい。
□3/
楓:紗玖耶姫……今、何と?
紗玖耶:聞こえなかったのかや。
おぬしら
楓:恐れながら、紗玖耶姫――!
我ら百鬼衆は、里の痩せ地を耕し、アワ、ヒエなどの雑穀を育てておりますが、食うや食わず……!
これ以上、
紗玖耶:死ねば良かろう?
楓:……は?
紗玖耶:ほほほ、
おぬしも知っての通り、
近年まれに見る凶作じゃ。
城の米倉に積んだ
おぬしらに下げ渡す
楓:は……
なれば……
連日の日照りで、里の
紗玖耶:無いと申しておろうに。
空きっ腹を抱えておるのは、おぬしらだけではない。
手前勝手ばかり
楓:しかし紗玖耶姫――!
紗玖耶:じい、百鬼の者との面会は終わりじゃ。
次の者を呼んで参れ。
楓:……御意。
失礼、
(大柄な肩を落として藩主の間を後にする楓)
紗玖耶:やっと失せたか。
じい、
嗚呼、穢らわしい。
(老中の指示により、藩主の間に真新しい畳が運び込まれ、取り替え作業が始まる)
紗玖耶:のう、じい。
ご先祖の時代は戦乱の世ゆえ、
奴らを飼っておくなど、とんだ捨て
もう
それもこれも、
嗚呼、忌々しい穢多非人めらよ。
□4/那岐の里の山奥、
楓:……紅葉、ここにおったのか。
紅葉:あねさま……よく私の居場所がわかりましたね。
楓:私も……十四の時、独り、この泉で
紅葉:……
楓:……私も鬼神様に祈ったことがある。
幾度も……今でも、時折。
紅葉:…………
楓:皆、おぬしを探しておる。
今日は白米だ。
往こう。米が固くなってしまう。
紅葉:それが私の……
楓:…………
紅葉:
聞くに堪えぬ……侮辱と嘲りの数々……
楓:私は
それでも目一杯値を下げれば……文無しと物好きの客は付く。
紅葉:見目のまともな女が、身売りで里の暮らしを支える……
私やあねさま……母や祖母たちが恥辱を忍んで……
私の父や里の
楓:…………
紅葉:我らは、鬼の子……
近隣の村々では、悪鬼羅刹の里と恐れられる……
ならば何故、赤貧に喘いでおるのでございましょう……
私はもう、
(
楓:この那岐の里は……罪人の
祟り神である鬼神様を鎮めるために作られた、生贄の里……
我ら里の者は、鬼神様に仕える、うつつの
罪の穢れに黄泉の穢れ……二重の穢れ≠ノ塗れ、異形異相の妖怪変化と成り果てる……
人に
紅葉:遠い先祖が罪の穢れを背負っていたとしても、産みの
我らが罪に穢れていたとしても、何故上様や平民たちは、斯くも無慈悲になれるのでしょう……!
見目は違っても、我らの心は百姓や町民、お侍と、
楓:紅葉……
紅葉:だから私も、あねさまも……こうして泣くのでございます……!
□5/那岐の里、藁葺き屋根の集会場
楓:皆も知っての通り。
一年前に来航し、倭島国に隷属を迫った黒船……
ブリタンゲインなる南蛮の帝国と、幕府の交渉は決裂した。
我ら百鬼衆は、
藩主様より、軍資金として千両箱を三つも賜った――!
今こそ上様に、我ら百鬼の力を示す好機――!
皆の者、積もり積もった
(異形異相の者たちが歓呼の声を上げ、江戸へ向かって影を渡るように走り出す)
(無人になった藁葺き屋根の集会場に、一人残った紅葉が、何かを言いたげな表情でやってくる)
紅葉:あねさま……
楓:その名は止めろ。今は
紅葉:……お
楓:何だ、
紅葉:
楓:おぬしはよく知恵が回るな。推察通り、まだ密事だ。
紅葉:紗玖耶姫、ですか。
楓:姫は、まずブリタンゲインの兵力を調べ、幕府に分があるかどうかを当たる
紅葉:春爛漫の桜の花も、紗玖耶の色香に恥じらい落ちる=c…
楓:病床に伏した殿様に代わり、藩政を執られるだけはあられる。
我が儘放題に見え、
紗玖耶姫は、才色兼備よ。
紅葉:失礼ながらお頭様、浮かれすぎではござりませぬか。
彼の紗玖耶が、我ら里の者にしてきた仕打ちを
楓:
赤貧洗うが如く、苦渋の汁を舐めた、天下泰平の
かつて戦国の世に暗躍し、勝ち
目にもの見せてくれようぞ。
紅葉:…………
□6/
楓:ご報告、
黒船より降りたるブリタンゲイン人は、南蛮の妖術師の集団……
紗玖耶:……幕府軍はどうなっておる。
楓:武蔵の国で迎え撃った二万の幕府軍は、
紗玖耶:合戦から僅か三日で、この有様かや……
おぬしは幕府の分をどう見る。
楓:恐れながら申し上げるは……
幕府は、万に一つを掴めれば……
或いは、
紗玖耶:あいわかった。
もうよい、下がれ。
楓:はっ――
紗玖耶:それと……停泊中の黒船に忍び込み、消息を絶った者がおったそうじゃのう。
楓:はい。忍び名を海坊主……名を
紗玖耶:じい、
楓:こ、これは……!?
紗玖耶:
楓:有り難き幸せ……!
亡き
(楓が藩主の間を去った後、紗玖耶は側近の老中を呼び付けて密談を始める)
紗玖耶:……じい、弱ったことになったのう。
ブリタンゲインの前では、幕府軍など赤子の手を捻るようなものであろう。
倭島はもう長くなさそうじゃ。
紗玖耶:のう、じい。
なんと、小判一枚と――?
穢多の命一つに、過ぎたる金じゃ。
まあ良いわ。いずれ戻ってくる金じゃ。
じい、家老一同を集めよ。
□7/那岐の里に続く林道、荷を積んだ大八車を引く楓と紅葉
楓:ふう……ふう……
紅葉:あねさま、重くはございませぬか。
三十の米俵を積んだ荷車を引き、背には味噌、塩の壷まで背負い……
楓:何のこれしき。鬼が牛馬に後れを取ってどうする。
皆の衆に、腹一杯の飯を食わせてやりたくてな。
数年ぶりの白米だ。精も
紅葉:張り切っておられますね。
楓:紅葉、御用命があるというのは有り難いことだ。
ようやっと上様の……天下のお役に立てる。
田畑を与えられず、商人にも職人にもなれず、あらゆる表の職務から締め出され、
天下のため、倭島のため……
十九の人生で、これほど栄えあることはなかった。
紅葉:十九と言えば……
あねさまは、十年に一度の祭りで産まれた子。
来年もまた開かれますね。
楓:穢れ迎えの祭り……もうそんな周期が巡ったか。
紅葉:……先日、私の家に白羽の矢が立ちました。
楓:まことか――!?
紅葉:内密にお願いいたします。
楓:そうか。おぬしが選ばれたのか……
紅葉:十年に一度、比良坂の岩戸が開かれ、鬼神様に選ばれたおなごは、一晩を地の底……
翌朝帰ってきたおなごは、黄泉の穢れを腹に宿し、鬼神様の子を産み落とす……
楓:…………
紅葉:あねさまのお母上は……何をされたのでしょう……
いいえ、わかっております。
生贄に選ばれたおなごは、皆、頑として口を割らずに生涯を終えていった。
何をされたか、想像したくもありませぬ……!
楓:鬼神様の落とし子は、次期頭目となるが里の掟――
紅葉:私は鬼の子など、孕みとうありませぬ――!
楓:…………
紅葉:
楓:おぬしは、どうするつもりだ。
紅葉:あねさま……あねさまも共に往きませぬか。
楓:私のような大女を身請けしたいという
紅葉:おります。
楓:ああ……あの四十過ぎの男やもめか。
私は好かぬ。
紅葉:しかし町人です。あねさまも穢多非人の
楓:私は……男は嫌いだ。男も私を嫌う。おぬしと違って、私は
紅葉:南蛮の国では、成人男子であれば、あねさまぐらいの背丈の者は珍しくないと聞きました。
楓:……何を言いたいのだ。
紅葉:ブリタンゲインへ渡りませぬか……!
那岐の里も、
私と共に……!
楓:……それがおぬしの本懐か。
紅葉:左様にございまする……!
楓:私は何も聞こえなかった。
紅葉:あねさま……!
楓:往くなら……一人で往け。
私は何も聞こえなかった……
故に、おぬしの行き先も知らぬ。
紅葉:御意……
お頭様……さらば、御免――!
(大八車の後ろにいた紅葉は、跳躍する影となって林に姿を消す)
楓:紅葉……
(林道に一人残った楓は、心に落ちた錘の分だけ重くなった大八車を引きずり、歩き出す)
楓:……!?
煙の臭い……硝煙も混じっている……
この風向き……那岐の里から吹いてくる風だ――!
□8/火の手に包まれる那岐の里
楓:里が……家々が燃えている……!
それにこの、耳をつんざく火薬の破裂音……!
紗玖耶:ほほほ。
(栗毛の馬にまたがった紗玖耶姫を守るように、陣笠を目深に被った鉄砲隊が方陣を作っている)
楓:紗玖耶姫……!
何故……何故このようなことを……!
紗玖耶:幕府の敗北は、最早誰の目にも明らかじゃ。
倭島がブリタンゲインの属国となるのは避けられまい。
となれば、新しき南蛮の御上に、恭順の意を示すが吉。
楓:我ら百鬼は、
紗玖耶:
鬼ども降り来たりて、山陰道を、百鬼夜行が練り歩く――
動乱の維新に、おぬしら影渡りは用立つであろう。
さあれども、百鬼の噂は、広まり過ぎた。
江戸や大阪で、浮世絵や浄瑠璃の題材となるほどじゃ。
万に一つ、
そうなれば、御家取り潰しは
わらわは良くて島流し、悪くば市中引きずり回しの上、晒し首じゃ。
ブリタンゲインの黒船に、鬼の一匹が捕まったそうじゃのう。
おぬしが馬鹿正直に申したお陰で、わらわの腹も決まったわ。
楓:くっ……!
紗玖耶:鉄砲組、火縄銃に弾を込めい。
鬼どもを一匹残らず撃ち殺せ。
鷹狩りより風情があり、
楓:おのれ……! おのれ紗玖耶あああっっ……!!!
(激しい怒りで楓の満身が膨れ上がり、羅刹の貌となって、紗玖耶の方陣へ突撃していく)
紗玖耶:撃て。
楓:がああああああ――!!
紗玖耶:二列目、撃てい。
楓:ぐううおおお……!!
紗玖耶:狼狽えるでない。
血も噴き出せば、骨も削れ飛んでおろう。
鬼や羅刹といえど、多少造りが頑丈なだけの人間じゃ。
三列目、撃てい。
楓:ぐう……あああっ……!!
(三段撃ちの鉄砲に、羅刹の如く駆けた楓はついに倒れ、方陣の前に血塗れの長駆を沈める)
楓:う、うう……
紗玖耶:鬼も呆気無いものじゃのう。
時が時なら、わらわは鬼殺しの豪傑じゃ。
楓:紗玖耶、姫……
御身は、私を同じ人間だと言った……
ならば……何故我らを、穢多非人と忌み、遠ざける……
紗玖耶:簡単なことではないか。
百姓が居らねば、誰がわらわの米を作る?
機織りが居らねば、誰がわらわの西陣を織る?
皆が皆、藩主と同じ暮らしを望んでは、世は成り立たぬ。
百姓や大工が、己の職分に不満を抱いた時……おぬしら穢多非人を見下ろせば、溜飲も下がるであろう。
楓:…………!
紅葉よ……おぬしの言った通りであった……
紗玖耶など信じた私が愚かであった……
紗玖耶:穢れ多き賤民は、殺してやるも慈悲じゃろう。
功徳を積んでおれば、来世は百姓ぐらいにはなれるやもしれぬぞ。
(突然刺激臭のある白い煙が辺りを包み、紗玖耶や鉄砲隊は涙を流しながら悶える)
紗玖耶:な、何じゃこの煙は……! 目に染みる……!
楓:この煙……霧隠れの術……!
紅葉:あねさま――!
楓:紅葉……!
紅葉:この霧は、玉葱をすり下ろした生薬の汁を含む霧。
煙の妖怪変化『
紗玖耶:声じゃ! 声の聞こえる方を撃て!
紅葉:お肩を――!
楓:借りる……!
紗玖耶:逃がさぬぞ……! 鬼ども……!
□9/那岐の里山奥深く、比良坂の岩戸の前
紅葉:比良坂の岩戸……
楓:遙か
その後、岩戸の奥にお
鬼の神が
紅葉:あねさま……正気でございますか。
楓:那岐の里は滅び……我らもここで死ぬ……
なれど紗玖耶に一矢報いねば、死んでも死にきれぬ……!
紅葉:……紅葉は、あねさまにお供いたします。
楓:まずはこの注連縄が邪魔だ。
ふんっ――!
(楓は力任せに、大岩を巡る注連縄を引きちぎると、岩戸を真横から押し始める)
楓:岩戸を押す。鬼神様を叩き起こすのだ。
紅葉:微力ながらお力添えを。
楓:往くぞ――……!
紅葉:はいっ――!
楓:ぬううううう……!!
紅葉:はあああああ……!!
楓:岩戸が動き出した……!
紅葉:あねさま、もう一踏ん張りです……!
楓:よし……あと一息……!
せえええいっっ!!
紅葉:開いた……!
神代の時代より封じられていた、
楓:はあ……はあ……
な、中はどうなっておる……?
紅葉:何も……ありませぬ……
楓:はっ……?
紅葉:何もありませぬ……!
比良坂の岩戸の後ろには……
ただ……浅くて狭い
楓:そん、な……
(山道の下に無数の提灯の火がちらつき、鉄砲隊に囲まれた栗毛の馬に跨り、紗玖耶が姿を現す)
紗玖耶:鬼神様≠ニやらに、わらわに神罰が下るよう縋ったのかや?
ほんに阿呆な連中じゃ。鬼神様など居るはずが無かろうて。
紅葉:し、しかし……穢れ迎えの祭りでは、鬼神様に
現にあねさまも、私の父も、穢れ迎えの祭りで種を授かった末、産まれた子……
紗玖耶:そんなもの、里の男衆が
文明開化の足音が聞こえるこのご時世に、真面目に信じておるとはのう。
楓:私の母は、そんな因習に……?
私はそんな男どもの子だと……?
紅葉も……また因習の生贄に……?
紅葉:いいえ、鬼神様はおります――!
楓:紅葉……おぬしも見たであろう……
鬼神様など……迷信だったのだ……
紅葉:いいえ――!
私は四つの頃、鬼神様の息吹を感じました――!
鬼神様は、しかとこの那岐の里におわします――!
紗玖耶:どれ、あの狭苦しい
見事、鬼神様とやらの
(鉄砲隊の面々は、肝が据わっているところを見せようと我先に名乗りを上げる)
紗玖耶:そうじゃなあ、お前にしようかのう。
どうじゃ、何事も無かろう?
どれ、そこの
ほほほほ、何も起こらぬ。
鬼神様とやら、わらわを祟るというなら、祟ってみい。
楓:生温い風……
これは……十年前と同じ……
(不意に岩室の暗がりから、男の絶叫が響き渡る)
紗玖耶:何じゃ。つわものと名乗りを挙げて、情けない悲鳴を上げるでない。
ひっ……!
紅葉:鬼神様の
死んでいる……
楓:
(岩室の暗がりから、底知れぬ声で喜悦の音が伝わってくる)
鬼神様の声:おお……
なれど夜の風は骨身に染みる……
欲しい……欲しい……
柔らかな肉が……温かな血が……
紗玖耶:な、何じゃこの風は……! 吸い寄せられる……!
紅葉:ま、まるで鬼神様の
楓:紅葉、掴まれ! 鬼神様に飲み込まれるぞ――!
(数十の兵を岩室に飲み込んだ後、声は哀しげな念を伴って響き渡る)
鬼神様の声:おお……
肉じゃ……血じゃ……骨じゃ……
柔らかい……温かい……しかと足で立てる……
なれど斯様に醜い姿では、恥ずかしゅうて姿を晒せぬ……
肉の上に被る衣が……
欲しい……欲しい……欲しい……
楓:肉の塊が飛び出してきた……!
紅葉:あれが鬼神様なのですか……!? あの奇怪な肉塊が……!
紗玖耶:ひいいっっ!! くるなっ! くるな化け物っ!!
鬼神様の声:なんと気高く麗しい声じゃ……
その面差しをよう見せておくれ……
おお……可憐で高貴な
お前の顔と声をもらうぞ……
楓:紗玖耶姫が……馬ごと、肉の触手に取り込まれていく……
紗玖耶:助けて、助けて、助け……
楓:引っ込んでいった……
紅葉:逃げましょう、あねさま――!
楓:……いや、私は逃げぬ。
(岩室の奥から全裸の女が出てくると、楓は膝をついて頭を下げる)
楓:お初にお目に掛かります。
私は那岐の里の頭目、羅刹楓と申す者。
御身に仕えるうつつの
鬼神様――
□10/明け方、ブリタンゲイン帝国大型輸送船ガレオンの船長室
紅葉:お頭様。ブリタンゲイン人を一人残らず眠らせ、
楓:顔の見えぬ者はおらぬか。
紅葉:点呼良し。里の者は全員乗り込んでおります。
楓:それでは――
(楓が眼差しを向けた先には、紗玖耶姫の面影を残した、しかし全く異質な雰囲気を纏う美姫がいた)
鬼神様:わらわの出番かや。
どれ。
(鬼神の姫は、船長室の中央に据えられた、台座に乗せられた操舵球体に手を置く)
楓:動き出した……!
紅葉:金属の球に手を置いただけで、この巨大な船が……!
鬼神様:これは
魔因子……おぬしの言葉では穢れ≠ナあったかや?
わらわの与えた妖気で動く、
楓、紅葉。おぬしらでもコツを掴めば、
楓:魔晶核……その鬼神様の額にある三つ目≠フことにございますか。
鬼神様:三つ目とな?
ほほほほ、おぬしは面白いことを申すのう。
古代の人間どもは、水晶に似ているから魔の水晶――魔晶と名付けた。
古代人と倭島の人間の感性の違いは、まことに興味深い。
紅葉:額の三つ目……魔晶核が消えた……!
鬼神様:人目に付くとあらば、消すことも出来る。
これをやるのは、ちいと
楓:まさに神業……!
鬼神様:
嗚呼、そう言えば
どれも好かぬ。
わらわは、神も悪魔も御免じゃ。
楓:では何とお呼びすれば……
鬼神様:アスラ。わらわを造り出した者は、そう名付けた。
楓:では……
倭島に伝わる
鬼神様:阿修羅姫……よい名じゃ。
此よりは阿修羅姫と名乗ることにしようぞ。
有り難う、楓。
楓:勿体無きお言葉――!
鬼神様:のう、楓。
ようわらわをあの岩戸より出してくれた。
肉も骨も無い
美しい海の青も、空に浮かぶ雲の白も、大層気に入った。
楓:…………?
紅葉:…………!
鬼神様:楓、紅葉、何を
わらわは可笑しなことは何一つ言っておらぬぞよ。
ハ・デスを滅ぼすために産み出された
このわらわが、蒼く丸い
ほほほほほ――
紅葉:あねさま……
楓:……ああ。
紅葉:やはり私には……あの御方を無邪気に盲信することは……とても出来ませぬ……
必ずや倭島……いえ、全世界に災いをもたらすような……不吉な予感がしてならぬのです……
楓:紅葉よ、おぬしの思いもようわかる。
なれど私は……鬼よりも
幾度異質な言動や振る舞いを見聞きして尚……
紅葉:…………
鬼神様:さあ――ブリタンゲインの地へ往こう。
わらわの生まれ故郷……約束の地へ。
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