The 13th prince(プリンス・オブ・サーティーン)

第25話 雄たちに捧ぐ挽歌(エレジー)

★配役:♂4♀2=計6人

▼登場人物

モルドレッド=ブラックモア♂:

十六歳の聖騎士。
ブリタンゲイン五十四世の十三番目の子。
オルドネア聖教の枢機卿に「十三番目の騎士は王国に厄災をもたらす」と告げられた。
皇帝の子ながら、ただ一人『円卓の騎士』に叙されていない。

魔導具:【-救世十字架(ロンギヌス)-】
魔導系統:【-神聖魔法(キリエ・レイソン)-】

パーシヴァル=ブリタンゲイン♂
十七歳の宮廷魔導師。
ブリタンゲイン五十四世の十一番目の子。
『円卓の騎士』の一人で、陸軍魔導師団の一員。
お調子者の少年だが、宮廷魔導師だけあって知識量はかなりのもの。

魔導具:【-自在なる叡知(アヴァロン)-】
魔導系統:【-元素魔法(エレメンタル)-】

ラーライラ=ムーンストーン♀
二十七歳の樹霊使い(ドルイド)(外見年齢は十三歳程度)。
トゥルードの森に住むエルフの部族『ムーンストーン族』の一員。
人間の父と、エルフの母のあいだに生まれたハーフエルフ。
『ムーンストーン族』のエルフには見られない青髪と碧眼は、父親譲りのもの。

父親が魔因子を持たない人間だったので、〈魔心臓〉しか受け継がなかった。
エルフながら魔法を使うためには、魔導具の補助が必要である。

魔導具:【-緑の花冠(フェアリー・ディアナ)-】
魔導系統:【-樹霊喚起歌(ネモレンシス)-】


カテリーナ=ウルフスタイン♀
十六歳の戦乙女(ヴァルキュリア)
特に重装乙女(ブリュンヒルデ)に分類される近接戦闘のエキスパート。

ウルフスタイン伯爵の娘。
大学院(アカデミア)の高等部を退学し、父親の口利きで聖騎士団に加入した。
金髪縦ロールのお嬢様スタイルだが、性格は豪快を絵に描いたよう。

魔導具:【-轟雷の雄叫び(ミョルニル)-】
魔導具:【-金剛怪力帯(メギンギョルズ)-】

恐竜王ディラザウロ♂
『ハ・デスの生き霊』の幹部、逆十字(リバースクロス)の一人。
黒い玄武岩の体躯に、マグマの血脈を張り巡らせた暴君竜。
全長二十メートルを超える背中には、厳威誇る火山が聳え立っている。

死霊傀儡師『黒翅蝶』の力で蘇ったアンデッドであり、本来の姿は、太古に滅んだ恐竜の化石である。
ネクロマンシーの秘術と、人造の魔心臓を与えられたことで、化石に嵌った魔晶核が賦活し、生前の姿を取り戻した。

生命活動レベルで魔法を取り入れており、己の躯自身が魔導具と言える。
特定の魔法に特化した古式魔導具に近く、魔法・体躯ともに火山体であることに最適化されている。

現在は恐竜の姿ではなく、稀少亜人種の竜人(りゅうじん)の姿を取っている。
その姿は、二メートル半を超す長身の、二足歩行する爬虫類である。

魔導具:【-暴虐噴火山(ボルガニック・カイザー)-】
魔導系統:【-元素魔法(エレメンタル)-】

首狩り孤児ゾルゾリド♂
二十五歳の禁呪精霊使い(イヴルシャーマン)(外見年齢は十七歳前後)。
『ハ・デスの生き霊』の幹部、逆十字(リバースクロス)の一人。
トゥルードの森に住む浅黒い肌のエルフ『オブシディアン族』の母親と、人間の男の混血児であるハーフエルフ。

顔を含めた全身に魔因刺青(タトゥー・シナプス)を施しており、魔法を発動する度に薄青く発光する。
魔因刺青(タトゥー・シナプス)は、魔心臓の生成する魔力の輸送量を増加・増幅させる作用を持つが、魔心臓への負担も大きくなる。

ハーフエルフであるため、魔法を使うための魔晶核を持たない。
使用する魔導具は、同じオブシディアン族のエルフの干し首で、実の母親のものも含まれている。
生体魔導具化されており、簡単な命令を与えておけば、ある程度自律的に魔法を行使することが可能である。

魔導具:【-虐使の干し首(ウィジャ・ツァンツァ)-】
魔導系統:【-精霊擬態化法(パラケルスス)-】

以下のズァクゥは唸り声のみ。被り役推奨です。
ゾルゾリドに関係するので、キャラ設定の詳細を書いておきます。

ズァクゥ=オブシディアン♀
トゥルードの森に住むエルフの部族『オブシディアン族』の女で、ゾルゾリドの母親。
浅黒い肌のエルフ『オブシディアン族』は、魔因子を持たない人間に侮蔑感と敵意を持っており、森に入る人間には極めて攻撃的。
人間たちからは『ダークエルフ』と呼ばれ、恐れられている。

三十年前、オルドネア聖教の異端狩りによって捕らえられ、近隣の村に引き渡された。
『ダークエルフ』に村の人間を殺されてきた村人たちの怨みは深く、男のエルフは魔晶核を抜き取られ、女のエルフは慰み者にされた。

その後、和平会議が開かれ、ズァクゥはオブシディアン族に還されたが、既にゾルゾリドを身籠もっていた。
悪夢の落とし子であるゾルゾリドを憎み、殺そうともしたが、最後は逆にゾルゾリドによって殺される。


※注意
・ルビの振ってある漢字は、ルビを読んでください。
・特定のルビのない漢字は、そのまま読んでください。



□1/コーンウォール密林の洞窟


ラーライラ:んっ……ここは……
       そうだ、私……『ハ・デスの生き霊』に攫われて……

ゾルゾリド:よぉ、お目覚めかい。
       ラーライラ=ムーンストーン。

ラーライラ:ゾルゾリド=オブシディアン……!

       ――っ!?
       手足が、縛られてる……!

       私をどうするつもりなの……!?

ゾルゾリド:ママに言われたんだ。

      『ハ・デスの生き霊』の幹部、逆十字(リバースクロス)を打ち破ってきた十三皇子。
       モルドレッド=ブラックモアを倒せってな。
       てめえはその撒き餌だ。

ラーライラ:モルドレッドを……!?
       そんなこと――!

       ――……?

ゾルゾリド:へっへっへ、探しものはこいつか?

ラーライラ:緑の花冠(フェアリー・ディアナ)――!

ゾルゾリド:馬鹿が。
       てめえの魔導具なんざ、とっくに剥いであらぁ。

ラーライラ:返して!
       それは母さんの形見――!

       ぐうっ――!

(ゾルゾリドの蹴りが入り、苦鳴を漏らしてうずくまるラーライラ)

ゾルゾリド:ビービー喚くんじゃねえよ。
       うざってえな。

       ラーライラ=ムーンストーン。
       お前のことは、ずっと前から見ていたんだぜ。

ラーライラ:げほっ、げほっ……

       私を……!?

ゾルゾリド:族長と親子のように並んで歩くお前を……
       他のエルフのガキどもと仲良く遊んでるお前を……
      
       俺は、ずっと見ていた……!

ラーライラ:ゾルゾリド……あなたのことは聞いていた。
       オブシディアン族には卑しまれる、人間の血を引いている……
       私と同じ、ハーフエルフ……

ゾルゾリド:お前と俺。
       同じハーフエルフなのに、何でこんなに違うんだろうなぁ?

       教えてくれよ……
       なあ――!!

ラーライラ:服を……
       きゃああっっ――!!

ゾルゾリド:ラーライラ=ムーンストーン。
       てめえを不幸のどん底に叩き落としてやる。

       惚れた男が助けに来ても手遅れ。
       犯し汚し尽くされた裸体を、男の前に晒す。

       ククク……
       その時のてめえの絶望を想像しただけで、いきり立ってくるぜ。

ラーライラ:どうして……!?
       どうして私を憎むの……!

ゾルゾリド:言っただろう……!
       俺はずっとお前を見ていたんだ……!

       乞食のようにタイガーズアイ族の食い残した残飯を漁っている時も……
       ムーンストーン族の森に忍び込んで、木の実を盗み食いしてる時も……
       いつもお前の顔が浮かんできた……!

       俺の舐めてきた屈辱と不幸を、てめえにも味わわせてやらねえと、気が済まねえんだよ――!

ラーライラ:いやっ……! やめてっ――!

       族長様――! モルドレッド――!

ディラザウロの声:GAAAAAA……

ラーライラ:竜人――!?

ディラザウロ:離れろ、ダークエルフ。
        そのエルフは、お前のものではない。

ゾルゾリド:こいつは俺のもんだ。
       犯そうが殺そうが、俺の勝手だ。
       てめえに指図される、いわれはねえ。

ディラザウロ:領土と雌は、原始より続く宝。
        降参か死によって、宝の所有権は移る。
        その雌が欲しくば、正しき所有者と闘争し勝利せよ。
       
ゾルゾリド:恐竜の王だか何だか知らねえが、アンデッドがでかいツラしてんじゃねえぞ。
       前々から気に食わなかったんだよ……無駄に偉そうなてめえがな。

ディラザウロ:奇遇だな。余もお前が不愉快だ。

ゾルゾリド:いいものをプレゼントしてやるぜ。
       太古の死に損ないに見事な最後≠チて奴をよぉ……!

ディラザウロ:溝鼠(どぶねずみ)め。やってみろ。

ゾルゾリド:吼えたな、化け物。
       化石に戻って、博物館の王様でもやってなあああ――!

       精霊召喚……

       ぐう――!?

ディラザウロ:GAAAAAA!!

ゾルゾリド:はあ、はあ……
       くそっ……また発作がっ……!
       ――!?

(後ろ脚で地を蹴り肉薄したディラザウの腕に、頭を捕まれてつるし上げられるゾルゾリド)

ゾルゾリド:は、離せ――!
       アンデッドの分際で俺を殺したら、ママが黙っちゃいねえぞ!

ディラザウロ:その魔導具を寄越せ。

ゾルゾリド:くそっ……!
       心臓の動悸さえなけりゃ、てめえ如き……!

       外の空気を吸ってくる……
       その女を見張っとけ……!

(左胸を押さえつつ、洞窟の外に去っていくゾルゾリド)

ラーライラ:あ、ありがとう……

       あなた、ひょっとして……
       ディラザウロ?

ディラザウロ:そうだ。
        余は恐竜王ディラザウロ。

        久しいな、エルフのドルイド。


□2/コーンウォールの密林


カテリーナ:大自然の迷宮コーンウォール……
       でも、女の友情を阻むには役不足ですわ。

       草を薙ぎ払い、木を蹴り倒し、冒険のついでにモルドレッド様と愛まで育みます!
       ラーライラ、待っていなさい!

パーシヴァル:女の友情って言った二言目に裏切ってるよ、カテリーナ。

モルドレッド:パーシヴァル、何であいつにまで声を掛けたんだ……

パーシヴァル:まあまあ。
        カテリーナもラーライラの友達だし、接近戦ならモルより強いしね。

モルドレッド:俺はまだ、あいつに負けたことはない!

カテリーナ:まあモルドレッド様!
       スポーツデートのお誘いですの?
       喜んでお受けいたしますわ!

モルドレッド:お前の言うスポーツは、金槌を振り回して人を殴ることだろうが!
        俺は、お前とは絶対に闘わないぞ!

パーシヴァル:スポーツデートって言葉に騙された人、多いんだよ……

カテリーナ:密かに恋い焦がれていた憧れのエルフを攫うダークエルフ。
       それを助けに向かう聖騎士。
       二人の間で揺れ動く乙女心。

       ああんもう、淑女のロマンですわ!
       ラーライラ、羨ましすぎますことよ――!

モルドレッド:そんな馬鹿な話があるか。純愛小説の読み過ぎだ。

パーシヴァル:いや、案外いい線ついてるかもよ。
        オブシディアン族とムーンストーン族。
        トゥルードの森のエルフたちは、数が少ないし、顔見知りでもおかしくない。

        ラーライラに個人的な感情がある可能性は高いよ。

モルドレッド:もしもラーライラに(よこしま)な想いを抱いている奴だったら……!

カテリーナ:純愛ならいいんですの?

モルドレッド:それも嫌だな……

カテリーナ:モルドレッド様、そんなケツの穴の小さいことを言ってはいけませんわ。

       ウルフスタイン伯爵家、家訓二条。
      恋とは、戦争と心得るべし

       ライバルとの駆け引きは、一分の気も弛められぬ野外戦。
       貴婦人の心を落とすは、難攻不落の砦を攻める攻城戦。
       恋路の一歩は、誰もが一兵卒となる総力戦である。

モルドレッド:それは……励ましなのか?

        しかし何というか……
        俺が言うのも変だが、敵に塩を送ることになるんじゃないのか?

カテリーナ:ふふん。
       わたくしの方が、一歩リードしてますもの。
       モルドレッド様のくちびるの感触は、生涯忘れられません。

       わたくしのファーストキスだったんですのよ――!

モルドレッド:俺もだっ!
        なんてことをしてくれたんだっ!
        不意を突いて騙し討ちに……!

カテリーナ:不意打ちだろうと騙し討ちだろうと、キスはキスですわ。
       わたくしのヴィクトリーは、絶対確実ですわ!

パーシヴァル:モル、用心しなよー。
        牧師の前に引きずり出されてキスされたら、
        ヨーゼフ派は二度と取り消せない、悪徳商法も真っ青の契約が結ばれる。

モルドレッド:やめてくれ、花嫁がカテリーナなんて……!
       新婚初夜が、プロレスリングのデスマッチになるぞ……!

カテリーナ:わたくしのバージンロードを阻むライバルは叩き伏せます。
       教会の赤絨毯を血に染めて、駆け抜けますわ。
       勝利のハネムーンまで、わたくしは止まりませんわ――!


□3/密林の洞窟



ラーライラ:…………
       あの……服が欲しいんだけど……

ディラザウロ:無い。

ラーライラ:な、何でもいいんだけど……
       着るもの……

       私……裸……!

ディラザウロ:余も裸だ。

ラーライラ:あなたは恐竜だからっ!
       私はエルフなの! エルフは服を着るの!
       隠したいのっ――!

ディラザウロ:これを使え。

ラーライラ:緑の花冠(フェアリー・ディアナ)――!?

ディラザウロ:お前の樹霊喚起歌(ネモレンシス)ならば、植物で身を包むことが出来よう。

ラーライラ:で、でもあなたを捕縛することだって出来る……!

ディラザウロ:お前は情けを仇で返す真似はせん。
        余を騙し討ちにしたならば、叩き殺すまで。

ラーライラ:……私を信用してくれたの?

       私はあなたの敵だった。族長様の仇。
       モルドレッドも、あなたの野望を打ち砕いた敵……

ディラザウロ:余を倒したパラディンには、敬意を払う。
        強き者は、余を更なる高みに導いてくれる。
        パラディンのものであるお前も、余が守り抜く。
       
ラーライラ:私……モルドレッドのものになってるの?

ディラザウロ:違うのか。
        お前は誰の所有物だ、エルフ?

ラーライラ:所有物って……私は誰のものにもなっていない。

ディラザウロ:雄に所有されん雌が居るとは。

        お前は余程醜いのだな。
        それとも奇病にでも罹っているのか。

ラーライラ:エルフと恐竜は違うの!

       私の体も心も、私のもの。
       私が許した人にしか、開かない。

ディラザウロ:余が強奪した雌で、体を開かなかった雌は居なかった。
        心は知らん。余にとっては関心の埒外だ。
        雄を殺し、邪魔な遺児を皆殺しにすれば、雌どもの発情は始まる。

ラーライラ:あなたも……ゾルゾリドと変わらないのね。

       …………
       私……あんな剥き出しの悪意……
       それに……欲望の対象にされたのは初めて……

ディラザウロ:何故お前は、青ざめた顔で震えている。

        記憶は過ぎ去った事象だ。
        未来に及ぼす力など無い。

ラーライラ:忘れたいのに、忘れられない……
       より鮮烈に思い出されてくる……
       記憶は、出来事の再生じゃないの……!

ディラザウロ:感情か。

        哺乳類どもは、猿族は、何故(なにゆえ)このような性質を発達させた。
        猿どもの膨らませた脳味噌が、感情に費やされ、その感情に振り回されているようでは。
        愚にもつかん無駄。明らかな生存の妨げだ。

ラーライラ:ディラザウロ、あなたは何を思って生きてきたの。

ディラザウロ:何も無い。恐竜族は感情に価値を置かん。

ラーライラ:恐竜族にも、家族や伴侶はいるのでしょう?

ディラザウロ:余が成竜になったばかりの頃、初めて雌とつがった。

        だが若き余は、雌を奪いに来た雄と闘い、敗北した。
        卵は踏み潰され、幼子は食い殺された。
        若き余は血塗れの重体を引きずって、巣に背を向けた。

        雌は何もせず、己が子の殺される様を眺めていた。
        雌は雄のものとなり、余の子ではない、新しい雄の子を成した。

ラーライラ:私には、あなたたちの世界が理解出来ない……!
       ディラザウロ、あなたは哀しくなかったの……?

ディラザウロ:恐竜族は、泣きもしなければ、笑いもしない。
        怒りと恐怖。生存に直結する単純な感情しか持たない。
        感情の欠落した世界に生きる種族、爬虫類の王だ。

ラーライラ:本当に恐竜は、哀しまないの……!?
       あなたの子供が殺された時も、あなたが敗北して巣を追いやられた時も……
       あなたは何も感じなかったの……?

ディラザウロ:覚えている。
        地に倒れ伏した泥の味も、背中越しに聞こえた我が子の断末魔も。
        死してアンデッドと化した今でも朽ちぬ、余の魂に刻まれた記憶の一つだ。

ラーライラ:ディラザウロ、それはきっと哀しみ。
       感情に乏しい種族だから、気づかなかったのかもしれないけど……
       あなたの心は、傷ついて、哀しんでいた。

ディラザウロ:余に心など無い。あるのは思考と本能だけだ。

ラーライラ:私があなたとつがいの雌だったら、あなたと共に戦っていた。
       子供たちを見殺しにしなかった。
       闘いに負けて巣を()われるあなたにも、寄り添っていた。

       私が今ここにいるのは、エルフが感情を持つ生き物だったから。
       感情は、私たちの生存を助けてきた。

ディラザウロ:…………
        かつて草を()む一族の王と言葉を交わしたことがある。
        互いの主張は噛み合わず、平行線を辿る徒労に終わった。

        お前と話して、再度問うてみたくなったが最早叶わん。
        あの角竜(つのりゅう)の王も、余の勝ち取った雌たちも、既に亡い。
        恐竜族は、絶滅した。
        余だけがネクロマンシーの秘術で仮初(かりそ)めの生を得た。

ラーライラ:不思議ね……
       あんなに恐ろしかったあなたと並んで、こんな話をしているなんて……

       ……ディラザウロ。
       私とあなたは違う。心の仕組みも、感情の激しさも。
       でも私の心は、あなたの心と通じてると思う。

ディラザウロ:わからん。
        しかしお前と交わす言葉は、余の意識に変革をもたらす。
        続けよう、ラーライラ=ムーンストーン。


□4/コーンウォールの密林の中


カテリーナ:パーシヴァル様、この道で合ってますの?

パーシヴァル:うん。
        密林の上空に飛ばした水晶飛行体による俯瞰測位(ふかんそくい)により、
        地図上の進路を正確に辿っているか、常時、位置情報の交信を――

カテリーナ:まあ、それは凄いですわねパーシヴァル様!

モルドレッド:今の説明を理解出来たのか……!?

カテリーナ:さっぱりわかりませんわ。
       要はパーシヴァル様について行けばいいってことですわよね。

パーシヴァル:ま、それでいいけどさー……
        でも二人とも、原理とか仕組みとか気にならないのかな。

モルドレッド:お前を信頼してるんだ、パーシヴァル。

パーシヴァル:あーあ、モルもこういう時だけ調子いいんだから。

        『ハ・デスの生き霊』が指定してきた洞窟まで、後、徒歩十分ぐらいだよ。

モルドレッド:二人とも、道中助かった。
        ここから先は、俺一人で行く。

パーシヴァル:何言ってんだよ。人質を取って、一人で来るよう脅す。
        あからさま過ぎるぐらい、罠に嵌める気満々だね。

モルドレッド:しかし、ラーライラに万一のことがあれば……!

パーシヴァル:モル、冷静になれよ。
        三人でバレないように接近して、バレたら各々の長所を生かして対処。
        モルが一人で行くより、こっちのほうがよっぽど勝算が高い。

カテリーナ:そうですわ。
       か弱い淑女を攫う悪党に、遠慮なんていりません!
       三人でボコボコにぶちのめして差し上げましょう!

モルドレッド:……すまない。
       やはり、二人に来てもらってよかった。
       俺一人だと、焦燥に駆られる余り、捨て鉢になるところだった。

パーシヴァル:とにかく、ここから先は『ハ・デスの生き霊』の領域だ。
        敵に気づかれないよう、今まで以上に慎重に進んでいこう。

カテリーナ:パーシヴァル様、残念ながら手遅れのようですわ。

モルドレッド:地面から生えた、上半身だけの泥の巨人――!?
        来るぞ――!

(密林の下生えを押し退けるように滑って移動してきた泥の巨人が、カテリーナに拳を振り落とす)

カテリーナ:そんな軟弱な泥のボディじゃ、わたくしのハンマーは受けられませんことよ。

       てえいっ――!!

モルドレッド:カテリーナっ――!

カテリーナ:楽勝ですわ。

モルドレッド:まだそいつは死んでいない!

カテリーナ:えっ……?

       泥が逆巻く壁に……
       きゃあっ――!

パーシヴァル:モル、そいつは土の精霊キングゥだ。
        魔法の術式を破壊しないと何度でも再生する。

モルドレッド:魔獣や対人戦には無敵の重装乙女(ブリュンヒルデ)も、
        実体を持たない魔導生命体や精霊魔法の類には、著しく不利か……!

        形無きもの、命無き命を、あるべき姿に。
        ロンギヌス――! はあっ――!

(ロンギヌスの槍が泥の巨体にめり込むと、術式の戒めを失ったキングゥは、土くれとなって崩れ落ちる)

モルドレッド:大丈夫か、カテリーナ。

カテリーナ:げほっ、げほっ……
       口の中まで、泥が一杯ですわ〜……
     
モルドレッド:こういう非生命体には、俺の神聖魔法が威力を発揮する。
        カテリーナ、お前は俺の後ろに回れ。戦闘の補助を頼む。

カテリーナ:訓練場の外、帝都を出た世界には、
       普通の攻撃が通用しないモンスターが、ぞろぞろ居ますのね……
       またまた惚れ直しましたわ、モルドレッド様。

       ――!?
       伏せてくださいませっ!

モルドレッド:――っっ!!

        か、間一髪……
        何を考えてるんだ、お前は――!

パーシヴァル:違うよモル。カテリーナのお手柄だ。

モルドレッド:イタチ……!?
        半透明の、鎌の手を持つ……!

パーシヴァル:風の精霊ズー。
        イタチの姿を象った精霊で、よくある疾風の刃と同じ性質の魔法なんだけど、
        標的を狙って軌道修正する疑似知能を備えている。

        シルフィードより下級の精霊だけど、使いやすいからシャーマンは多用するって聞く。

モルドレッド:パーシヴァル……
        精霊には普通の武器は通じないんじゃなかったのか……!?
        こいつ、ズーを金槌で撲殺してるぞ……

パーシヴァル:猛烈な力で振り回された金槌は、激しい風圧と気流を産み出す。
        風圧も気流も風に属するものだから、風の元素の塊である精霊を相殺することは可能だ。
        理論上は……理論上はね。

カテリーナ:モルドレッド様、おわかりになりました?
       聖騎士は正義! 正義は勝つ! わたくしは勝った!
       故にわたくしカテリーナ=ウルフスタインは、正義の聖騎士なのですわ!

モルドレッド:どこから突っ込めばいいんだ、この三段論法……!

パーシヴァル:二人とも、話は後だ。
        森の樹木の間から、キングゥが何体も滑り寄ってくる。

カテリーナ:モルドレッド様、ズーはわたくしにお任せくださいまし!

モルドレッド:……わかった。俺はキングゥを倒す!

カテリーナ:補い合える関係は、わたくしの理想の恋愛……!
       最高のライバルは、最愛のダーリンですわ!

モルドレッド:誰がお前のライバルでダーリンだ。
        行くぞ、カテリーナ!

カテリーナ:承知ですわ、モルドレッド様!

(最前線に並び立つモルドレッドとカテリーナより、やや距離を取った後衛のパーシヴァルは自律飛行水晶体を巡らす)

パーシヴァル:意外といいコンビじゃん、あの二人。

        よーし、二人が敵を引きつけてる間に、おいらは敵のシャーマンを探さないと。
        精霊魔法の使い手を倒さなければ、ズーやキングゥは幾らでも召喚される。

        自律飛行水晶(じりつひこうすいしょう)散開せよ(スプレッドアウト)――
        魔法発動源、探知開始――!

パーシヴァル:密林の樹木の上……!
        エルフの生首が、魔法を唱えてる……!

        天を翔ける猛き稲妻よ。
        ゼウス・ガベル――!

(水晶飛行体の視覚共有で操作に没頭するパーシヴァルの背後、樹木の枝に逆さにぶら下がった人影が映る)

ゾルゾリドの声:クククク――……

パーシヴァル:ズーやキングゥを操っていたのは、エルフの生首……

        待てよ……
        シャーマンはどこへ行ったんだ――!?

        うあああああっっ――!?

(背後より疾る太刀風に気づいて身を引くも、切り裂かれた肩口が血飛沫を噴き出す)
       
ゾルゾリド:おいおい、一人で来いつったよなあ?

パーシヴァル:おいらたちの背後……
        完璧にハメられた……!

        っうう……!

モルドレッド:パーシヴァル――!!

ゾルゾリド:聖騎士の癖に、約束破りやがってよぉ。
       俺が間引いて、頭数合わせとくぜ。

       精霊召喚、風の魔王パズズ――!!

パーシヴァル:天を翔ける猛き稲妻よ……
        ダメだ、間に合わない――!

ゾルゾリド:まずは一人殺したぁぁぁぁ――!!

カテリーナ:落雷せよ、必殺のミョルニル――!!!

ゾルゾリド:空に稲光――!

       俺に向かって落ちる――!?
       パズズ――!!

(背後に実体化したパズズが、ゾルゾリドを庇うように避雷針となり、雷神の大電流に悶絶する)

ゾルゾリド:くそったれ……何て(いかずち)だ……!
       身代わりにしたパズズが、くたばりやがった……

カテリーナ:行きますわっ! 覚悟なさい!

ゾルゾリド:再召喚を……!
       咆哮せよ風の元素……

カテリーナ:遅いですわっ!

ゾルゾリド:くそっ……!

ディラザウロの声:GAAAA!!

カテリーナ:後ろ――!?

       はあっ――!

(振りかぶった大金槌の一撃を潜るように、地を這い疾走してきた竜人がカテリーナを押し倒す)

カテリーナ:空振り――!?
       ハンマーの旋回の下を潜る影――

       きゃあっ――!

ディラザウロ:押し倒した。噛み殺す!

        GUU!?
        硬い……!?

カテリーナ:わたくしのメギンギョルズは、体を鋼鉄の硬さに変えますのよ!
       大人しく組み敷かれる女だと思ったら、大間違いですわ!

       わたくしがっ、組み伏せますっ!

ディラザウロ:余と体勢を入れ替えただと……!?

カテリーナ:竜人――!?

       でも、関係ありませんわ。
       淑女を押し倒す不埒な輩は、ボコボコのタコ殴りです――!

ディラザウロ:GAAAAA……!
        余を組み伏せる怪力と鉄の体……
        なんだこの猿は……

        面白い……
        ならば、恐竜王の息吹を受けよ。
        大火山の火砕流(かさいりゅう)を生き延びられるか!!!

カテリーナ:誰が猿ですのっ!!

       硫黄の臭い……
       きゃああああああああああ――――!!!

モルドレッド:カテリーナ――!!

パーシヴァル:あの白い雲……火山灰だ!

モルドレッド:熱雲(ねつうん)の噴火……!
        白い雲が燃えて、あっという間に赤い巨大な火柱に……!

パーシヴァル:火山ガスは可燃性を備えてるんだよ……
         あ、あんなものに飲み込まれちゃ……
         うっ――!

モルドレッド:まだ喋るな、パーシヴァル。
        治癒魔法の途中だ。

        なあ、あの火砕流……

パーシヴァル:ああ……考えたくないけど……

        よし、サンキューモル。
        ともかく、先にダークエルフを倒そう。
        今ならまだ――

ゾルゾリド:クックックック!

       遅えんだよ、へっぽこ魔導師。
       化け物の時間稼ぎが、役に立った。
       悪霊の風が、吹き荒れるぜぇ……!

       精霊召喚、風の魔王――

ラーライラ:(たね)に眠りし、緑の命。
       地中を這い進み、根を張り巡らすもの――

       押さえつけて、クリーパー!

ゾルゾリド:手足を蔦がっ!

       おい化け物! どういうことだ!
       何であの糞エルフが、魔導具を持ってやがんだ!

ラーライラ:モルドレッド! パーシヴァル!

モルドレッド:ラーライラ! 無事だったか!

カテリーナ:はあ、はあ……
       モルドレッド様ぁ〜……

モルドレッド:カテリーナ……お前も!
        よく生きていられたな……!

カテリーナ:もう身も心もボロボロですわぁ〜……
       モルドレッド様、癒してくださいませ……

ラーライラ:カテリーナ!

カテリーナ:ラーライラ、助けに来ましたわ。

ラーライラ:嬉しいけど、嬉しいけど……
       モルドレッドから離れて!

ディラザウロ:パラディン、シャーマン。
        此より、余が立ち会いを務める。
        エルフのラーライラを巡り、闘争を開始せよ。

モルドレッド:はあ?

ゾルゾリド:はあああ??

パーシヴァル:ちょ、ラーライラ!
        どこへ行くんだよ――!?

ラーライラ:ごめんなさい。私は人質。
       逃げない約束だから。

モルドレッド:全く話が見えてこないんだが……
        さっきカテリーナが言っていた、ラーライラを巡って争うとかいう妄想……
        まさかあれが、現実になっているのか……!?

カテリーナ:まあ、これはわたくしも人質になるしかありませんわ!
       わたくしを巡って、熱い恋の争奪戦を繰り広げてくださいませ!

モルドレッド:俺の負けだ。

ディラザウロ:お前の不戦勝だ。

ゾルゾリド:要らねーよ、こんな金槌女。恐竜の餌にでもしとけ。

ディラザウロ:硬くて食えん。
        ブリュンヒルデ、お前の引き取り手は居ない。
        帰れ。

カテリーナ:こ、こんな屈辱的な扱いを受けたのは初めてですわ……!
       メギンギョルズは体を鋼鉄に変えても、心は傷つきやすい乙女のままですのよ……!

ゾルゾリド:おい、化け物!
       さっきから訳のわからねえことやってないで、俺に加勢しろ!
       この邪魔な蔦草(つたくさ)を、俺の拘束を焼き切れ!

ディラザウロ:GAAAAA……役者は揃った。

        原始地球、生命誕生の開闢(かいびゃく)の海より続く、
        生命(いのち)となるべく卵細胞を目指した時より始まった、
        雄に因縁(さだめ)られし宿命……

        恐竜王ディラザウロが、闘争の幕を開ける!!

ゾルゾリド:聞こえてるのか化け物!
       そんなもんやるわけねえだろうが!

       ママに言いつけてやるぞ!
       おい、こらああ――!!


□5/コーンウォールの密林、樹木の開けた地点
       

モルドレッド:何とも……妙なことになったな。

ゾルゾリド:はっ、とんだ三文芝居だぜ。

モルドレッド:貴様……ラーライラに手出しはしていないだろうな!?

ゾルゾリド:だったらどうするんだ、十三皇子?

ラーライラ:私は何もされていない!
       服を破られただけ! 信じて!

モルドレッド:信じられん……!
        服を破られて何もないということがあるのか……!?

ディラザウロ:パラディン、お前の雌は無事だ。

ラーライラ:ディラザウロが、助けてくれたの……!

モルドレッド:そ、そうか――!

        いや待て。
        爬虫類の言う無事と、俺の考える無事は同じ意味なのか……!?

ラーライラ:あなたが疑うなら……た、確かめてもいい!

モルドレッド:た、確かめる……!?

パーシヴァル:ラーライラ、時々凄い大胆だよね。

カテリーナ:ラーライラ……!
       さすがはわたくしの友人(とも)にして、強敵(とも)ですわ……!
       わたくしも負けてはいられません!

       わたくしを選んだ殿方には、ああん≠ネことやダメ!いけませんわ!≠ネことまで許しちゃいますわ!
       政略結婚もウルフスタイン伯爵家も知ったこっちゃありません!
       目一杯汚してくださいませ――!

モルドレッド:確かめる……目一杯汚す……

        落ち着け、落ち着け……!
        鎮まるんだ……よし!

        首狩り孤児ゾルゾリド!
        オルドネアに誓って、貴様を倒す――!

ゾルゾリド:見ちゃいられねえ腑抜けヅラだぜ。
       女の一人や二人で、目の色変えやがって。
       ママはこんな童貞野郎の、どこを気に入ってやがるんだ。

モルドレッド:な……誰が童貞だと……!?
        お前こそさっきからママ、ママと……!
        マザコンに貞潔(ていけつ)を侮辱されるいわれはない!

ゾルゾリド:へっ。いいかよく聞け。

       この虐使の干し首(ウィジャ・ツァンツァ)は、ママのお手製だ。
       ママは俺に禁呪法を教えてくれた。
       魔因刺青(タトゥー・シナプス)を彫り込んだのもママ。
       こんなに尊敬出来て優しい人は、どこを探したっていやしねえ。

       俺のママは世界一だ――!!

モルドレッド:おい……

パーシヴァル:何というか……

ラーライラ:…………

カテリーナ:どん引きですわ……

ゾルゾリド:どうだ、ぐうの音も出ねえか。

モルドレッド:皆、絶句してるんだ、マザコンエルフ!

パーシヴァル:いやー。でもあそこまで開き直れるのって、ある意味男らしいよ。

ゾルゾリド:な……
       ママが好きで、何が悪いんだ!
       女の代わりなんざ腐るほどいるが、ママは世界にたった一人だろうが!!

カテリーナ:ママと結婚なさってはいかがかしら?

ラーライラ:それしかないと思う。

ゾルゾリド:てめえら……
       揃いも揃って俺を馬鹿にしやがって……!!
       全員晒し首にしてやるぜぇぇ――!!

       精霊召喚……来い、パズズ――!

モルドレッド:オルドネアよ、暴威を阻む結界を――!

ゾルゾリド:パズズ――!
       略奪の時間だ……掻っ払い、ばら撒けえっ!

モルドレッド:くうっ……!!

ゾルゾリド:暴風結界(タイフーン・アイ)――!
      シャーマンを中心とした範囲に台風を巻き起こす、空の凶賊の羽ばたきだ。

モルドレッド:木の破片や石のつぶてが、襲いかかってくる……!
        防御にして攻撃の結界か――!

ラーライラ:ゾルゾリドの刺青が……薄青く発光している……!

パーシヴァル:あれは魔因刺青(タトゥー・シナプス)……
        古代魔法王国の遺失錬金術(ロスト・アルケミー)だよ。
        あんなものを全身に彫り込むなんて、常軌を逸してる……!

ゾルゾリド:こいつはママの彫ってくれた、古代魔法王国の刺青(いれずみ)でなぁ……
       魔力の流れる経路を増やす、人工の血管みたいなもんだ。
       おかげで純血のエルフ以上の魔力が、俺の全身に漲っている……!

パーシヴァル:確かに瞬間的な魔力は増大するけど、魔心臓への負荷も著しく上昇する。
        古代魔法王国でも、心臓麻痺や心不全で、命を落とす事故が多発した。

        遺失錬金術(ロスト・アルケミー)が失われたのは他でもない。
        古代人自身が捨て去った、失敗した技術≠セからなんだよ――!

ゾルゾリド:ビビってろよ、雑魚が。
       お陰で俺は、ちょっとの度胸を据えるだけで、簡単に力が手に入るんだ……!

ラーライラ:凄い突風……! 私、飛ばされそう……!!

カテリーナ:ラーライラ、しっかり! わたくしの手に掴まりなさい!

パーシヴァル:か、カテリーナ! おいらも……!

カテリーナ:もう。肝心な時に頼りないんですもの!
       だから魔導師の殿方は、恋愛対象にならないのですわ!

モルドレッド:空を……大木が何本も旋回している……

ゾルゾリド:いくぜ、十三皇子――! 死ねえ――!!


□6/台風の吹き荒れる戦闘地点


モルドレッド:(上空から猛スピードで落ちてくる大木……)
        (直撃すれば、一撃で結界を破られて即死だ……)

ゾルゾリド:ちょこまか逃げ回りやがって――!

モルドレッド:(しかし、奴は上空……近付くことも出来ん……!)
        (カテリーナのミョルニルなら、必中必殺の轟雷(ごうらい)で、空中の奴も撃墜出来るのだが……)

カテリーナ:モルドレッド様ー!
       わたくし、勘当されるのも覚悟で応援してますのよ――!
       ここで負けたら、淑女の夢とロマンがぶち壊しですわ――!

モルドレッド:(ダメだ、あいつは……!)
        (パーシヴァルは――!)

パーシヴァル:聖騎士は、回復と防御を担うパーティーの(かなめ)
        弱くはないけど、対人戦闘に特化した強味を持っているわけじゃない。
        あんな超攻撃型の精霊使いと一対一なんて、そもそも無茶なんだよ……!

        こうなったら、おいらが――!

ディラザウロ:メイジ、闘争に水を差すつもりか。
        不審な動きをすれば、余の瞋恚(しんい)の炎がお前を焼く。

パーシヴァル:う……

モルドレッド:(パーシヴァルも動きを封じられている……)

ラーライラ:モルドレッド――!

モルドレッド:(ラーライラ……)
        (そうだ、誰かに頼るわけにはいかない……)
        (俺にだって、男の意地がある……!)

ゾルゾリド:はあ、はあ……

モルドレッド:随分と息が上がっているな、ダークエルフ。

ゾルゾリド:はっ、心配はいらねえよ。
       一撃当てれば、てめえをぶっ殺せるんだからなぁ。

モルドレッド:お前に俺を倒すことは出来ん。

        首狩り孤児ゾルゾリド。
        お前は逆十字(リバースクロス)の中でも最弱だ。

ゾルゾリド:何、だと……!?

モルドレッド:ディラザウロのような誇り高い闘争の信念も。
        クドラクのように世界を敵に回して貫いた愛も。
        レ・デュウヌのような狂気に達した生への執念も。

        お前には何もない。
        葛藤や苦悩……過程を踏み飛ばし、安易な裏道で得た強さ。
        お前の力は強大だが、同時に吹けば飛ぶほど薄っぺらい。
       
        お前如きに、逆十字(リバースクロス)と闘ってきた俺が負けるものか――!

ゾルゾリド:ほざいてんじゃねえぞ……!
       俺は空中だ!
       槍を届かせることもできねえ雑魚が!

       ぐううう……!?
       おおおっっ!!

モルドレッド:魔因刺青(タトゥー・シナプス)の副作用だ!
        己の限界を越えた、禁呪法を駆使してきたツケが回ってきたんだ!

ゾルゾリド:はあはあはあはあ……

       はあ、はあ……
       次の一撃で、お前を殺してやる……!
       やれええパズズ――!!!

モルドレッド:来たな、風の魔王パズズ――!
       
        光翼(こうよく)の十字架で、全ての悪を磔刑(たっけい)に処さん!
        飛翔せよ、ロンギヌスの槍――!

(光の十字架となったロンギヌスを、渾身の力で投擲するモルドレッド)

ラーライラ:この風の唸り……
       風の魔王パズズの断末魔……!

ゾルゾリド:俺の、最強の禁呪精霊が……!?

       うおおおっっ!?

モルドレッド:地上に落ちた!

        往くぞ――!!

ゾルゾリド:ぐ、うう……

モルドレッド:俺の勝ちだ、ダークエルフ――!

ラーライラ:モルドレッド、足下――!

モルドレッド:――!?

ズァクゥの首:ガアアアアアアアア――!!!

モルドレッド:土の巨龍――!?

        うああああああっっ――!?

カテリーナ:土の龍がモルドレッド様を丸呑みに……!

ゾルゾリド:ククク……
       接近さえすれば、何とかなるってかぁ?

       甘え、甘え、甘えんだよ……!!
       のこのこやってきた馬鹿を喰い殺す……
       俺の切り札……母なる邪龍ティアマトー!!
       土中に潜むもう一つの禁呪精霊――!!

パーシヴァル:土の龍の腹部……
        泥の躯が、激しく渦巻いている……

        モルは、土石流の中で掻き回されてるような状態だよ……!
       
カテリーナ:あんな激しい土石流に巻き込まれたら……
       脳震盪、全身打撲、複雑骨折……

パーシヴァル:そもそも真っ先に窒息死してるよ――!
        モル……!

ゾルゾリド:クーックックック……!
       対集団戦用のパズズと、対個人戦用のティアマトー……
       風と土の精霊を総べる俺は、当代最強の精霊使い(シャーマン)だ――!

       ぐああっ――!?
       痛えっ、痛えっ、痛えええっ!!

ラーライラ:ゾルゾリドの皮膚に、赤黒い痣が広がっていく……!

パーシヴァル:敵から受けた外傷を、相手にもそっくりそのまま移し返す……
        神聖魔法、聖痕の祈り(スティグマ・サルヴェ)だ――!

ゾルゾリド:ティアマトー……!
       奴を吐き出せえっ……!

モルドレッド:――っぁっ!

パーシヴァル:モル、大丈夫かい?

モルドレッド:ああ……

ゾルゾリド:い、いつの間に俺に魔法を……!

モルドレッド:パズズを貫いた時だ。
        精霊とシャーマンは、感応糸(かんのうし)で結びついている。
        その経路を辿ったんだ。
        精霊魔法の操作性の高さが、(あだ)となったな。

パーシヴァル:パラディンとシャーマン……
        元々体力ではモルが勝り、さらにロンギヌスの回復魔法まである。
        ゾルゾリドは、攻撃すればするだけ、一方的にダメージが蓄積していく。

モルドレッド:お前の負けだ、ゾルゾリド――!

ゾルゾリド:っぅぁあ……!
       俺は、負けねえ……!

ズァクゥの首:アアアアァァァ……!!!

ゾルゾリド:聖痕の呪いが返ってくる前に、一撃で仕留めればいいんだろう……!

モルドレッド:……来い、ティアマトー!!

ゾルゾリド:この一撃、この一撃で仕留めれば――!

モルドレッド:この一撃、この一撃を耐えきれば――!

モルドレッド&ゾルゾリド:俺の勝ちだああああ――――!!!


□7/戦闘後、密林の広場


モルドレッド:はあ、はあ……

パーシヴァル:やったね、モル――!

カテリーナ:胸が熱くなる激闘でしたわ!

ディラザウロ:パラディン、勝者はお前だ。

モルドレッド:ディラザウロ……

ディラザウロ:若き日を思い出した。
        勝利の陶酔も、敗北の苦味も。
        雌を巡る闘いの、何と熱きことよ。

ゾルゾリド:ううっ、ううう……

(自ら作った血溜まりの中で目を覚まし、呻くゾルゾリド)

ゾルゾリド:また俺は、這いつくばって、泥を舐めている……
       負け犬は……永久に負け犬だっていうのか……

       ちくしょう……! ちくしょう……!!

ラーライラ:ゾルゾリド……

ゾルゾリド:――……!?
       なんだ、この雫は……
       痛みが、引いていく……

ラーライラ:世界樹の雫。
       あなたに私の命の雫を分け与える。

ゾルゾリド:俺を哀れむな……!
       てめえに助けてもらうぐらいなら、死んだほうがマシだっ……!

ラーライラ:あなたはもう一人の私……
       産まれる部族が違ったら、私が歩んだかもしれない、もう一つの人生……

       私はあなたの存在を知りながら、深く知ろうと思わなかった。
       今は違う。
       私はあなたを知っている。だから出来る限りの助けは差し伸べる。

ゾルゾリド:そうやって俺に施しをして、勝ったつもりか……!
       ねじ曲がっていない綺麗な心……

       俺は、お前のそいつをぶち壊して汚してやりたかったんだ……!

ラーライラ:私は私のもの。
       あなたが強引に奪おうとすれば、私は闘う。
       私自身を、守るために。

ゾルゾリド:くそっ……!

(ゾルゾリドに背を向けて離れるラーライラ)

モルドレッド:ラーライラ……

ラーライラ:モルドレッド……
       ごめんなさい。ありがとう。
       私のために、戦ってくれて。

モルドレッド:その……本当に無事なのか?

ラーライラ:うん。私は誰のものにもなっていない。

モルドレッド:本当に、本当なんだな?

ラーライラ:う、うん。ディラザウロもそう言ったでしょう。

モルドレッド:いや、何せ種族が違うからな。
        無事の意味が通じているのかどうかわからん。

        ……確かめたいんだが。

ラーライラ:ディ、ディラザウロ!

ディラザウロ:忘れた。

ラーライラ:嘘っ! あなたが助けてくれたんじゃない!

ディラザウロ:余は雄だ。種族は違えど、パラディンも雄だ。

ラーライラ:どうして男同士って、こういう時すぐ結託するの……!?

モルドレッド:……ということだ、ラーライラ。

ラーライラ:……嫌。

モルドレッド:な、何故だ!?

ラーライラ:あなたの顔……鏡で見せてあげたい。
       そうすれば、わかると思う。

モルドレッド:……カテリーナ。

カテリーナ:あら、モルドレッド様。
       わたくしの優勝杯(トロフィー)は、もう締め切りましたのよ。

モルドレッド:聞いてないぞ……!

カテリーナ:先にラーライラを選んだのだから当然ですわ!
       淑女は、自分を安売りしないものです。

モルドレッド:俺は……一体何のために戦ったんだ!?

パーシヴァル:まあまあ、元気出しなってモル。
        おいらが大学院(アカデミア)の女の子、紹介してあげるから。

ラーライラ:モルドレッド。
       エルフは一夫多妻制じゃないから。人間よりも厳格な一夫一妻制。
       覚えておいて。

カテリーナ:あちこちの女性にコナかけておくなんて、許しませんことよ。
       片想いでも浮気は浮気ですわ。浮気はボコボコです。
       両想いでの浮気なら、ギッタンギッタンですわ!

モルドレッド:これが女同士の同調行動……!

パーシヴァル:一斉値上げしてこれだもんね。えげつないよね。まるでカルテルだ。

ディラザウロ:雌とはそういうものだ。余もハレムの維持には難儀した。

パーシヴァル:それでもさ。いいよなあ、ハーレム。

モルドレッド:ああ、男のロマンだ……

ディラザウロ:ならば闘争せよ。ハレムの構築を阻む一切合切を打ち倒すのだ。

モルドレッド:戦うか、パーシヴァル? 現代社会と。

パーシヴァル:オーケー。モルとならやれそうだよ。

ラーライラ:男って……バカね。

カテリーナ:負けていられませんわ、ラーライラ!
       わたくしたちも、逆ハーレムを作りますわよ!

ラーライラ:カテリーナも!?
       私、ロマンがないの……?

ゾルゾリド:咆哮せよ風の元素……
       癲狂(てんきょう)せよ、土の元素……

モルドレッド:――!?
        まだ戦うつもりか、ゾルゾリド!

ゾルゾリド:へっ……当たり前だ……!
       俺がいつ負けを認めた……!

       これから使う禁呪法は、半端じゃなくヤベエからな……
       下手すりゃ、俺の命まで無に還る……
       ギリギリまで使いたくなったが、負け犬だけは死んでもご免だ……!!

       がああああああ……!!!
       はああああああ……!!!

ラーライラ:血が、全身から血が噴き出している……!

パーシヴァル:魔因刺青(タトゥー・シナプス)だよ……
        刺青(いれずみ)の下の皮膚が裂けて、血管が破裂してるんだ……!

ゾルゾリド:はあ、はあ、はあ……

ディラザウロ:ダークエルフ、お前は負けた。
        これ以上の悪あがきは、目に余る。

        降伏しろ。
        さもなくば余がお前を倒す。

ゾルゾリド:ちょうどいい……
       まずはてめえにさっきの礼をしてやるぜ、化け物……!

       来い……
       パズズ! ティアマトー!

モルドレッド:パズズとティアマトー……!
        二体の禁呪精霊が、互いを喰らい合っている……!

ディラザウロ:身の程を知れ、溝鼠(どぶねずみ)
        余の火口に煮え滾るマグマは、お前の悪性(あくしょう)に火を噴き上げる!!

カテリーナ:燃える火山弾――っ!?
       三人はこんな炎の雨の中を、勝ち残ったのですわね……!

ゾルゾリド:効かねえ効かねえ効かねえ……!!
       この禁呪法は、てめえのちんけな石ころとは、次元が違うんだよ……!!
       発動前の余波だけで、触れたものを消し飛ばす、無敵の結界となる――!!!

ディラザウロ:溝鼠(どぶねずみ)め……
        あのちっぽけな体に、あれほどの魔力は何処から……

パーシヴァル:風と土……
        真逆(まぎゃく)の元素同士を衝突させ、対消滅(ついしょうめつ)を引き起こす……
        古代魔法王国の大悪魔(ダイモーン)すら滅ぼした、元素系魔法の頂点に君臨する、史上最強の破壊魔法……

ゾルゾリド:てめえも元素魔法(エレメンタル)を使うなら聞いたことはあるだろう……!
       対消滅(ついしょうめつ)の超エネルギーをぶち撒ける、超禁呪法アンチマター……!

パーシヴァル:正気かよ……!
        古代魔法王国にだって、アンチマターを使いこなせる魔導師は数えるほどしか居なかった。
        しかもその全員が、魔法の制御に失敗して自滅している……!

ラーライラ:あなたは馬鹿よ、ゾルゾリド――!
       そんな全身血塗れで……発動もやっとなのに……間違いなく死ぬ――!

ゾルゾリド:俺はハーフエルフだ……
       父親は復讐代わりにダークエルフの女を犯した、どこの誰ともわからねえ人間……
       母親は部族から孤立し、産まれた赤ん坊を憎み続け、最後はその赤ん坊に殺された、馬鹿な女……

       出自からしてくだらねえ、俺は、生まれついての負け犬だ……!

       だが、負け犬だって勝ちてえんだよ……!
       ヘラヘラ追従(ついしょう)笑い浮かべる犬っころも、間抜けな羊も真っ平だ……!
       俺は、奪い、虐げ、支配する凶獣(きょうじゅう)になってやる……!

ディラザウロ:これが哺乳類の、霊長類を名乗る猿どもの熱……!
        マグマの体熱を誇る、この恐竜王にも無い、感情の生み出す熱……!

        ダークエルフ……!
        猿族の胸中(むね)に燃える激情と、恐竜族の燃やす闘争の本能……!

        どちらの熱が勝るか、勝負せよ!!!

ゾルゾリド:ハーフエルフの俺が勝つには……
       負け犬が勝つには……

       命削って、命張るしかねえだろうが――……!!!

モルドレッド:超禁呪法が発動した――!?

ディラザウロ:GAAAAAA!!!

ラーライラ:ディラザウロの火砕流も――!
       トゥルードの森を焼き払った、炎の悪夢……!

カテリーナ:物凄い勢いの熱雲ですわ……!
       さっきは、かなり手加減してましたのね……!

ラーライラ:でも……

ディラザウロ:GA、HAAAA……!

パーシヴァル:ディラザウロでも、押さえ込めない……
        あれ以上の魔法は、おいらたちの誰も使えないよ……

        一巻の、終わりだ……

ラーライラ:……モルドレッド。
      アンドレアルゲートを護った、封印の儀式魔法。
      封印の門を代替する、デュミナス・アーク。

モルドレッド:そうか……!
        時空ごと遮断するデュミナス・アークなら、アンチマターを押さえ込めるかもしれない!

        パーシヴァル、ラーライラ、カテリーナ!
        力を貸してくれ!
        一人では足りなくても、四人の魔力を合わせればアンチマターを押さえ込める――!

パーシヴァル:よーし、死なばもろともだ!
        分割した詠唱の整合は、おいらに任せてくれ!

        いくぞ――!
        おぞましき冥府の(うめ)きを掻き消す、福音の聖歌を高らかに!

カテリーナ:光射す世界に忍び寄る、悪魔の魔の手に劫罰(ごうばつ)の焼き印を!
       わたくし、とっても冒険してますわ!
       変わり者と言われても、これがわたくしの生きる道なのですわ!

ディラザウロ:余が、押し負ける……!?
        火砕流が吹き散らされていく……

         WOOOOO……!!

ゾルゾリド:火山は死んだ……!!
       俺を押さえ込むものは何もねえ……!!

       皆殺しだぁぁ……!
       行くぜえええ……!!

       吹き荒れろ、破壊の凶風(かぜ)――!
       超禁呪法……対消滅(ついしょうめつ)アンチマター!

       死ねええっ! ラーライラあああっ――!!

ラーライラ:全ての災いを封じるパンドラの箱の封印を再度(ふたたび)成さん!
       モルドレッド――!!

モルドレッド:ゾルゾリド、お前はもう一人の俺なんだ……!
        忌まわしき子の原罪を背負って産まれてきた……
        栄光と力だけを追い求める……隣り合わせにあった俺の人生……!

        だが、俺には仲間が出来た!
        俺は、お前と違う道を往く!

        開かれよ伝説の聖櫃(せいひつ)……!
        デュミナス・アーク――!!


□8/聖櫃の封印が解けて露わになる破壊魔法の跡地


パーシヴァル:はあ〜……
        どうにか封じ込めたみたいだね……!

ラーライラ:地面がすり鉢状にえぐれて消し飛んでいる……

モルドレッド:凄まじい破壊の跡だな……

カテリーナ:……っ!

       何ですの、この酷い悪臭は……
       吐き気を催すような、湿った風と腐った土の臭い……

ディラザウロ:GUUU……

        瘴気の風と、不浄の土だ。
        禁呪精霊が消滅し、汚染元素が一帯にばら撒かれた。

モルドレッド:無事だったか、ディラザウロ。

ラーライラ:ゾルゾリドは……?

パーシヴァル:跡形もないよ……
        アンチマターの中心にいたわけだからね……

ディラザウロ:見よ。爆心地の中央。

モルドレッド:地面が隆起(りゅうき)する……

        土の龍……ティアマトー……!

(ティアマトーの土の腹部から、満身創痍のゾルゾリドが吐き出される)

ゾルゾリド:うう……

       ティアマトー……
       俺はしくじったのか……

       ママ……

パーシヴァル:やっぱり失敗してたんだ……
        禁呪精霊が残ってるってことは、元素の衝突が不完全だった証。

        だから、おいらたちは生き残れたんだろうけど……

ラーライラ:ゾルゾリド――!

ゾルゾリド:来るんじゃねえ――!

       ここには……不浄地帯には……高濃度の汚染元素が渦巻いている……
       うかつに足を踏み入れりゃ……全身が腐り落ちるぜ……

       俺みたいな……ククク……

ラーライラ:ゾルゾリド……

ゾルゾリド:同情なんざいらねえよ……

       どの道、俺は五年前……
       同じようなザマで、スラムに転がって死を待つだけだった……
       オブシディアン族の里を追い出され、家も戸籍も無い俺が行き着く先は、スラムしかなかった……

ラーライラ:ねえ、モルドレッド……!

モルドレッド:ここから視認出来るだけでも、皮膚全面が壊死……
        内臓や骨までも、汚染元素に冒されているはずだ。
        ああなってしまえば、いかなる治癒魔法も受け付けない。

        奴はもう手遅れだ……

ゾルゾリド:ジュダ様に拾われ、『ハ・デスの生き霊』に入って五年間……
       まるで夢のような早さだった……

       そう、こいつは夢……
       ゴミ溜め場で野垂れ死ぬ孤児(みなしご)が見た、お伽噺のマッチの火に映る幻……

       いい夢だった……
       最高にいい夢だったぜ……

ズァクゥの首:アアア、アアアア……

(ティアマトーの額に埋まっていた干し首が崩れ、同時に土の龍の体も瓦解していく)

パーシヴァル:ティアマトーが……崩れていく……

カテリーナ:まるで彼を埋葬しているようですわ……

ゾルゾリド:ママ……
       やっぱり、俺のママは……
       ママ一人だ……

       おやすみ……ママ……

ディラザウロ:知恵と感情。
        我らが軽んじ、捨て置いた特性に、王冠の輝きは宿った。

        恐竜族は、滅ぶべくして滅んだのかもしれん。
        余の明け暮れた闘争の果てには、敗北と滅亡しか待っていなかったのだ。

        賢く、胸中(むね)に熱を抱く猿たちよ。地上の覇者たちよ。

        哀しいことだ。とても哀しいことだ。
        こう使えばいいのか、エルフのラーライラ。

ラーライラ:ディラザウロ……

ディラザウロ:パラディン。

        お前は、人間の皇子であり、オルドネア聖教の聖騎士。
        余は『ハ・デスの生き霊』の幹部にして、滅び去りし恐竜族の王。

        闘わぬわけにはゆくまい。

モルドレッド:ディラザウロ……
        何故お前は、竜人の姿を取っている?
        ずっと疑問に思っていた……だがさっきの火砕流で確信した。

        今戦えば、お前は負ける……

パーシヴァル:ええっ、何でそんなこと!?

モルドレッド:パーシヴァル、お前は直接見ていないからわからないだろうが、
        トゥルードの森で目撃した火砕流の威力は、あんなものではなかった。

        そうだろう、ラーライラ?

ラーライラ:ディラザウロ……
       あなたは恐竜の姿に戻れないのね……

ディラザウロ:そうだ。
        この体は、余の化石(ほね)では無い。
        ネクロマンサーが、竜人の骸に、余の魔晶核を移植したもの。

        お前たちとの闘いは、熾烈を極めた。
        ネクロマンサーに与えられた魔心臓は、生前の姿を(かたど)るに足る魔心臓だったが激闘の末に破裂した。

モルドレッド:そうか……
        魔法の威力が弱いのも、お前が竜人の姿を取っていたのも、そのためだったのか。

ディラザウロ:さあ、お前たち猿どもの武器、心に激情を燃やせ!
        余は爬虫類の頂点、恐竜族の誇る闘志を燃やす!

        いざ、闘争の第二幕を開けん!!

ラーライラ:何故戦うの!?
       負けるとわかっているのに……!

ディラザウロ:エルフよ、雌のお前にはわかるまい。
        闘争を因縁(さだめ)られた、雄の本能は。

        勝利か死。
        それ以外を考えたことはない。

        余は、敗北せん。
        死ぬだけだ。

ラーライラ:ディラザウロ……
       あなたも馬鹿よ。ゾルゾリドと同じ。
       あなたとは心が通じたと思ったのに……!

モルドレッド:…………

パーシヴァル:モル、これはディラザウロを倒す絶好のチャンスだぞ……!
        おいらが援護する。モルは『断罪の十字架』を早く――!

モルドレッド:ディラザウロは、俺に男としての義を尽くしてくれた……
        そんな相手の弱味につけ込んで倒すことが、正義に適うのか……!?

パーシヴァル:気持ちはわかるけどさ……!
        ディラザウロは『ハ・デスの生き霊』の幹部だよ。
        モルが戦わなくても、帝国の誰かが戦わないといけない。

        あの火山の噴火に立ち向かうには、旅団や師団クラスの軍が投入される。
        何百ではすまない、多くの兵が死ぬだろう。
        軍の兵隊にだって、家族はいるんだ。
        戦死者の家族は、モルに怒りの矛先を向けるぞ。

モルドレッド:戦いなら、何をしてもいいのか――!?
        最低の戦争にも、法と規律はある。
        そうしなければ、無限に続く報復の連鎖を止められない――!

パーシヴァル:モルがやろうとしてることは、帝国への反逆だよ!
        正義に縛られて、反逆者の汚名を被ることになるぞ!

        ディラザウロを倒せば英雄になれるんだ!
        災いの十三皇子から、英雄に――!

モルドレッド:…………!!

ディラザウロ:パラディン、闘え。
        勝利の栄光は、此処にある。

        恐れるな。
        勝利の裏側に潜む、死を乗り越えてやってこい!!

モルドレッド:……ディラザウロ、行ってくれ。

パーシヴァル:モル――!

モルドレッド:英雄とは……
        本来の力が出せない相手に、嬉々として槍を向けるものなのか。
        そんな逆境でも堂々と迫る相手に、何の引け目も感じないのか。
        大事な友を助けてくれた相手に、敬意すら払わないのか。

        そんなものが、英雄と呼べるのか……!

ディラザウロ:……パラディン。
        お前には二度負けた。
        だが此度の敗北は、借りとしたい。

        お前が窮地に陥った時、余はお前の命を助ける。
        必ずだ。

モルドレッド:ディラザウロ……

ディラザウロ:また会おう。
        誇り高き人間の勇者、モルドレッド=ブラックモアよ!


□9/汚染元素の漂う不浄地帯、一人立つラーライラ


ラーライラ:…………

カテリーナ:モルドレッド様もパーシヴァル様も先に行ってしまわれましたわ。

ラーライラ:うん……

カテリーナ:彼、ラーライラのことが好きだったんですわ。

ラーライラ:私を? そんなはずない。
       ゾルゾリドは私を憎んでいた。

カテリーナ:好きの反対は、嫌いじゃなくて無関心ですわ。
       苦汁の日々の中で、彼は何度もあなたのことを思い返していた。
       それはきっと、恋に近いものになっていた。

       馬鹿にしながらモルドレッド様との決闘に応じたのは、あなたに見せたかったからですわ。
       憎み続けていたあなたに、強くなった自分の勇姿を。

ラーライラ:憎しみも、恋心も……
       私、そんな激しい感情を向けられたことがなかったから……
       どうしていいか、わからないの。

カテリーナ:こっぴどく振っても、気遣いを忘れないのが淑女ですわ。
       あなたに出来ることを、考えたらいかがかしら?

ラーライラ:…………

       胞子に眠る、漂いし命。
       地を這い、石に苔生(こけむ)し、か弱く力強きもの。

カテリーナ:胞子……
       不浄地帯におびただしい数の胞子が漂っていく……

ラーライラ:あらゆる生き物が死に絶える、不毛の地。
       藻やコケ、シダ……
       原始の植物なら、その生命力で、緑を芽吹かせることが出来るかもしれない。

カテリーナ:彼へのはなむけ、ということですわね。

モルドレッド:ラーライラ! まだここにいたのか!

パーシヴァル:あんまり遅いから戻ってきちゃったよ。
        汚染元素に当てられて、二人とも倒れてるんじゃないかって心配になってさ。

モルドレッド:早くしろ。置いていくぞ。

パーシヴァル:あ、不機嫌だね。ちょっと妬いてるだろモル。

モルドレッド:な……そんなわけないだろう!

カテリーナ:行きましょう、ラーライラ。

ラーライラ:うん。

       ゾルゾリド。
       刹那の夢に生きたあなたに……
       私が贈る、緑の夢……

       さようなら、もう一人の私……



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