第24話 ダークエルフ
★配役:♂4♀3=計7人
▼登場人物
モルドレッド=ブラックモア♂:
十六歳の聖騎士。
ブリタンゲイン五十四世の十三番目の子。
オルドネア聖教の枢機卿に「十三番目の騎士は王国に厄災をもたらす」と告げられた。
皇帝の子ながら、ただ一人『円卓の騎士』に叙されていない。
魔導具:【-
魔導系統:【-
パーシヴァル=ブリタンゲイン♂
十七歳の宮廷魔導師。
ブリタンゲイン五十四世の十一番目の子。
『円卓の騎士』の一人で、陸軍魔導師団の一員。
お調子者の少年だが、宮廷魔導師だけあって知識量はかなりのもの。
魔導具:【-
魔導系統:【-
ラーライラ=ムーンストーン♀
二十七歳の
トゥルードの森に住むエルフの部族『ムーンストーン族』の一員。
人間の父と、エルフの母のあいだに生まれたハーフエルフ。
『ムーンストーン族』のエルフには見られない青髪と碧眼は、父親譲りのもの。
父親が魔因子を持たない人間だったので、〈魔心臓〉しか受け継がなかった。
エルフながら魔法を使うためには、魔導具の補助が必要である。
魔導具:【-
魔導系統:【-
ランスロット=ブリタンゲイン♂
三十四歳の聖騎士。『黄金の龍』の異名を持つ。
ブリタンゲイン五十四世の二番目の子。
『円卓の騎士』の一人で、ブリタンゲイン海軍元帥。
またオルドネア聖教の聖騎士団団長も兼任している。
現皇帝の正妻アルテミシア皇后の子。
皇位継承権は二番目だが、正妻の子ということでランスロットを推す声も高い。
性別不明・年齢不詳の死霊傀儡師。
『ハ・デスの生き霊』の主教で、
闇色の魔導衣に身を包む、色素の抜けた白髪と、赤い虹彩のアルビノ。
その正体は、千年前の魔法王国時代に滅亡した古代人の亡霊であり、救世主オルドネアを十字架に架けたとされる、裏切りの十三使徒ジュダ。
死霊傀儡師『黒翅蝶』は、十三使徒ジュダの操る死体傀儡であり、本体はその手に持つ水晶玉。
錬金術の秘法でジュダの〈魔心臓〉と〈魔晶核〉を融合させた生体魔導具であり、魔導具自体が魔力を産出し、魔法を行使する。
生体魔導具は、魔因子を全く持たない人間でも魔法を使えるなど、多大な利点がある反面、
魔導具自身が思念を残しているため、使い手が肉体を乗っ取られる事例が後を絶たない。
現存する多くの生体魔導具は、厳重に管理・封印されている。いわゆる『呪われた魔導具』である。
魔導具:【-
魔導系統:【-
首狩り孤児ゾルゾリド♂
二十五歳の
『ハ・デスの生き霊』の幹部、
トゥルードの森に住む浅黒い肌のエルフ『オブシディアン族』の母親と、人間の男の混血児であるハーフエルフ。
顔を含めた全身に
ハーフエルフであるため、魔法を使うための魔晶核を持たない。
使用する魔導具は、同じオブシディアン族のエルフの干し首で、実の母親のものも含まれている。
生体魔導具化されており、簡単な命令を与えておけば、ある程度自律的に魔法を行使することが可能である。
魔導具:【-
魔導系統:【-
ズァクゥ=オブシディアン♀
トゥルードの森に住むエルフの部族『オブシディアン族』の女で、ゾルゾリドの母親。
浅黒い肌のエルフ『オブシディアン族』は、魔因子を持たない人間に侮蔑感と敵意を持っており、森に入る人間には極めて攻撃的。
人間たちからは『ダークエルフ』と呼ばれ、恐れられている。
三十年前、オルドネア聖教の異端狩りによって捕らえられ、近隣の村に引き渡された。
『ダークエルフ』に村の人間を殺されてきた村人たちの怨みは深く、男のエルフは魔晶核を抜き取られ、女のエルフは慰み者にされた。
その後、和平会議が開かれ、ズァクゥはオブシディアン族に還されたが、既にゾルゾリドを身籠もっていた。
悪夢の落とし子であるゾルゾリドを憎み、殺そうともしたが、最後は逆にゾルゾリドによって殺される。
以下はセリフ数が少ないため、被り推奨です。
黒エルフA両
黒エルフB両
ゾルゾリドと会話有り。
□1の次パートで、ズァクゥ、黒翅蝶登場となります。
同役の担当で、被りも担当される方は、ご留意ください。
※注意
・ルビの振ってある漢字は、ルビを読んでください。
・特定のルビのない漢字は、そのまま読んでください。
□1a/半年前〜オブシディアン族の集落〜
黒エルフA:ア、アンデッドの群れ……!
何故これほど接近されるまで、気づかなかった……!?
ゾルゾリド:よぉ、久々だな。
俺のことを覚えてるかい。
黒エルフB:ゾルゾリド……!
ハーフエルフのゾルゾリドか――!
黒エルフA:何故、我らオブシディアン族の里を襲う!?
お前はもう、我らとは無縁の者であろう!?
ゾルゾリド:おいおい、心当たりは幾らでもあるだろうが。
てめえらに受けた嫌がらせの数々……忘れたとは言わせねえぞ。
黒エルフB:『ハ・デスの生き霊』の力を借りて、我らに復讐を果たしにきたと……!?
ゾルゾリド:お前らには感謝してるんだぜぇ?
これからお前らを、一人残らずぶち殺して『シャダイの泉』を血の池に変える。
お前らが親切で優しいエルフだったら、目覚めが悪くてしょうがねえ。
陰湿なダークエルフだからこそ、スカッと気持ちよく皆殺しに出来るってもんよ。
村八分にしてくれて、ありがとう。
黒エルフA:『シャダイの泉』……!
やはりシャダイゲートを解放するつもりか!
しかし、我ら純血のエルフを皆殺しにするだと?
黒エルフB:下等な人間の混ざり子が。
『ハ・デスの生き霊』の力を借りたとて、我らエルフの
貴様もゾンビの群れに加えてやる。
黒エルフA:吹き渡る風の元素よ――
そよ風の羽根を羽ばたかす、妖精の姿を形作りて――
精霊召喚、シルフィード――!
黒エルフB:燃え滾る火の元素よ――
熱く爆ぜる火の粉の鱗を持つ、火炎蜥蜴の姿を形作りて――
顕現せよ――!
精霊召喚、サラマンドラ――!
ゾルゾリド:クククク……
トゥルードの森に引きこもって、人間の雑魚どもを相手に『森の貴族』を気取っていたてめえらには、お似合いの風と炎だ。
黒エルフA:ゾルゾリドの背後……
奴の後ろに渦巻く風……
あの
黒エルフB:忌まわしき禁呪法……
何故ハーフエルフ如きが知っている――!?
ゾルゾリド:咆哮せよ風の元素――
家を、人を、あらゆるものを空へ巻き上げる凶賊となりて。
嗤え、嗤え――凶風が唸るが如く。
熱病と災いを運ぶ、悪霊の風……
顕現せよ――!
精霊召喚、風の魔王パズズ――!
黒エルフA:シルフィードが怯えている……!
黒エルフB:なんという邪悪な風だ……!
ゾルゾリド:来いよ、ダークエルフども――!
てめえらが死んでくれりゃ万々歳なんだよ――!
黒エルフA:言わせておけば、混ざり子が……!
純血のエルフの魔力、その身で思い知るがいい――!
黒エルフB:サラマンドラ、汚らわしい混ざり子を焼き殺せ――!
□1b/半年前〜オブシディアン族の集落跡地〜
ゾルゾリド:ハハハハハ……!
ハアッハッハッハッハ……!!
やったぞ――!
俺とママを虐めてきた里の連中は、一人残らずくたばった!
この陰湿なダークエルフの里を、俺の風が吹き払ってやった――!
ズァクゥ:おお、ゾルゾリド……!
お前は、なんという子だ……
禁呪法に手を染めて、オブシディアン族の里を滅ぼすなんて……!
ゾルゾリド:風の魔王パズズ。
風の元素を狂わせ、毒の
ククク――
シルフィードやサラマンドラが紙くずのように吹っ飛びやがった。
最高だぜ、この魔法は――!
ズァクゥ:汚染された風の元素は、精霊を還しても戻らない……
後には、毒の瘴気が漂い、生物の棲める環境ではなくなる……!
だからこそ、パズズは禁呪法として封印されたのだぞ――!
ゾルゾリド:ハッ、俺の知ったこっちゃねえ。
毒の瘴気――
ダークエルフの里には、似合いの風じゃねえか。
そんなことより、俺はママを迎えにきたんだ。
ズァクゥ:迎えに、だと……?
ゾルゾリド:そうさ。
もうすぐ『シャダイの泉』が、シャダイゲートが開かれる。
奴らの血で、ついに使徒シャダイの封印が破られるんだ。
そうすりゃ、俺は『ハ・デスの生き霊』の幹部だ。
もう混ざり子と馬鹿にされる立場じゃない。崇められ、尊敬される立場になる。
ママも
ママ、俺と一緒に『ハ・デスの生き霊』に行こう――!
ズァクゥ:黙れ……!
私を母と呼ぶな!
汚らわしい人間の混ざり子め――!
ゾルゾリド:マ、ママ……!?
ズァクゥ:三十年前――
私は人間どもに捕らえられ、口に出すもおぞましい行為の末に、お前を孕んでしまった……!
人間どもの慰み者になっても、お前を孕みさえしなければ……!
流産や死産で終われば……産まれてもすぐ死んでくれたら……!
お前さえいなければ……!
私は里の皆から、哀れまれこそすれ、腫れ物のように扱われなかった――!
ゾルゾリド:ママ……俺はいい子になっただろう……!?
俺はもう、魔法の使えないグズじゃない。
魔力だって、この刺青……
ママだって見ただろう、俺の魔法の凄さを――!
ズァクゥ:ゾルゾリド……お前は悪魔よ……
悪夢の日々が私の
今、あの時の悪夢が、形を変えて再び現実となった……
お前が最高の
お前は最も軽蔑され、『森の貴族』の名誉に賭けて討伐される、
ゾルゾリド:オブシディアン族なんざ、糞喰らえだ!
俺やママを虐めた、陰険な奴らだろう!
どうしてママは、こんなに頑張った俺じゃなくて、ダークエルフどもが大事なんだよ――!
ズァクゥ:黙れ――!
黙れ、黙れ、黙れ――!
私は私の一族を愛していた!
オブシディアン族の一員であることを、誇りに思っていた!
唯一の恥、憎んでいたのはお前だよ、ハーフエルフ!
ゾルゾリド:ママ……
ママは……俺のことが嫌いなんだな……
俺がいい子になっても、強くなっても、金銀財宝を積んだって……
ズァクゥ:もっと早く、お前を殺しておけば……
赤子のお前の首を絞めておけば、幼子のお前を崖に突き落としておけば……
ああ、私は皆の視線を気にして出来なかった――
お前を殺してさえいれば、私の一族は死なずに済んだのに――!
ゾルゾリド:主教様……やっとわかったよ……
俺には、母親なんて最初からいなかったんだ……
いるのは、俺を憎む、俺を産んだだけの女……
ズァクゥ:黒き肌のエルフの名に賭けて――私がお前を殺す。
地上にあまねく森羅万象を地割れの胸元に飲み込む、狂える大地となりて。
揺らせ、揺らせ――地鳴りの子守歌に赤子を黙らせよ。
豊穣の
ゾルゾリド:禁呪法――!?
ク、ククク――!
面白え、やってやろうじゃねえか――!
俺のパズズで、精霊ごとてめえをぶっ殺してやる――!
死ねええええダークエルフ――!!!
□1c/黒エルフたちの鮮血で満たされた『シャダイの泉』
ゾルゾリド:『シャダイの泉』……
ダークエルフどもの首を切り落として作った、真っ赤な血の池……
どうした……!
何故、何も起こらねえ……!
黒翅蝶:黒曜石の伝承は、真実の石を捜す砂金拾いを欺く、偽りの輝き。
汝の探し当てた金脈は、鈍く光る、まがいの黄銅であった。
ゾルゾリド:主教様……! 待ってください!
まだだ! もう少し経てば、シャダイゲートは開かれる!
黒翅蝶:三つの石の三叉路の、袋小路に導きたるは黒き蝶。
汝に
されど行き止まりの生まれ故郷は、汝が乗り越えるべき試練であった。
汝の無意識にわだかまりし、純血への引け目は、不毛の風に掻き消えた。
幼子は、冷たき
汝は、母の呪縛より解き放たれし。
此より首狩り孤児≠フ二つ名を名乗るがよい。
ゾルゾリド:それは……!
俺を
クククク……
ハァーッハッハッハッハ――!!!
今日は人生最高の日だ――!
(首無し死体の転がる血の泉の前で大笑するゾルゾリド)
(しかし、その両目から涙が溢れ出し、笑い声の最後は嗚咽に変わっていく)
ゾルゾリド:ハハハハハ――……!
ちくしょう……!
なんで涙が溢れてきやがる……!
くそったれが……!
黒翅蝶:喩え病巣であろうと、汝の心を占める一部であれば、切除した傷口から血は溢れ出す。
汝の涙は赤い。其れは心の
汝の欲したものは、汝の喜びを共に喜び、汝の悲しみを共に嘆く者。
しからば黒翅蝶が汝に寄り添い、汝の想いを分かつ
汝が巣立つ、その時まで――
ゾルゾリド:黒翅蝶……十三使徒ジュダ様。
ママ……
俺の新しいママ……
□2/帝都ログレス、西区大通り
モルドレッド:…………
パーシヴァル:おーい、モルー。
ラーライラ:…………
パーシヴァル:ラーライラも。
ラーライラ:何か喋ったら?
モルドレッド:お前と話すことなど何もない。
ラーライラ:そう。私も。
パーシヴァル:あー、もう。
何でこんな朝っぱらから喧嘩してるんだよ。
モルドレッド:悪いのはこいつだ!
ラーライラ:私じゃない、モルドレッド!
パーシヴァル:で、喧嘩の原因は何?
モルドレッド:パーシヴァル。
朝は果物とパン、昼はサラダとジャガイモ、夜は炒めた米と煮野菜。
この食事をどう思う?
ラーライラ:健康的でいいと思う。
モルドレッド:お前には聞いていない!
朝から晩まで野菜ばかり……俺は青虫か!
パーシヴァル:まだ肉料理は苦手なの、ラーライラ?
ラーライラ:うん。焼いた後の臭いが気持ち悪いの……
モルドレッド:神経質な奴だ。
ラーライラ:鈍感。無神経。
モルドレッド:無神経はお前だ、この味音痴!
肉どころか、塩気や油すら縁遠い食生活……
俺は肉が食いたいんだ!
塩胡椒たっぷりの、ニンニクソース掛けでな!
ラーライラ:肉、肉って。肉欲の塊――!
モルドレッド:お前、誤解を招く表現は止めろ!
パーシヴァル:あー、ストップストップ。
そんなに食生活が合わないなら、食事は別々にすればいいじゃん。
モルドレッド:俺も何度もそう言ったんだが。
ラーライラ:私、こんなに頑張って人間の生活に合わせてるのに――!
あなたのために、料理も覚えたのに――!
モルドレッド:食って掛かられて、始末に負えん。
パーシヴァル:そういえばムーンストーン族のエルフって、食事を取らなくても生きていけるんだっけ?
ラーライラ:そう。太陽の光と水があれば平気。
食べ物は、人間で言う嗜好品みたいなもの。
パーシヴァル:光合成してるんだ……
モルドレッド:な? 無茶苦茶な種族だろう。
ラーライラ:私はハーフエルフだから、純血のエルフより消化能力は高い。
母さんの魔晶核を貰うまでは、ずっと食べ物で栄養を取っていたけど……
脂っこいものや、生臭いものは苦手。
モルドレッド:俺は脂っこい肉も、生魚も大好物だ。
パーシヴァル:ねえ、二人とも。
モルは週に何度か外食することにして、家ではラーライラの野菜料理っていうのでどうかな。
モルドレッド:そうだな。それが良いところの妥協点だろう。
ラーライラ:人間はそんなに肉が好きなのね……
わかった。食事は別々にする……
(モルドレッドに近寄り、小声で耳打ちするパーシヴァル)
パーシヴァル:ねえ、ラーライラとはどこまで行ったのさ?
モルドレッド:どこまでも……
パーシヴァル:ええっ、一緒に住んでてキスもまだ!?
モルドレッド:さっきのやり取りを見ただろう。異種族過ぎるんだ。
たとえば……き、キスをするとしても、その意味がわかるのかどうか。
パーシヴァル:ああ〜……そりゃあね。
よし、おいらに任せてよ。
ねえ、ラーライラ!
ラーライラ:えっ、何?
パーシヴァル:エルフの恋愛ってどうなってるの?
実はヒト属の比較文化論の論文を執筆しないといけなくて、困ってるんだよね。
ラーライラなら、エルフの恋愛観もわかるかなって。
モルドレッド:お前……
よくそんな咄嗟に、作り話がペラペラと出てくるな……
パーシヴァル:しっ。モルのためだろ。
ラーライラ:う、うん……
私はムーンストーン族だから、他のエルフのことはわからないけど。
パーシヴァル:うんうん。
エルフの恋人は、普段何をして過ごしてるの?
ラーライラ:朝は明るい日の光を浴びて、二人で風を感じる。
夜は月光浴。虫の声に耳を澄ますの。
季節の移り変わりを共に過ごし、年輪を重ね、絆の幹は太くなる。
パーシヴァル:比喩でロマンチックな雰囲気になってるけど……
モルドレッド:要は二人してぼーっとしてるってことだよな?
ラーライラ:……そうとも言える。
モルドレッド:よく暇にならないな……
ラーライラ:あなたたちこそ、どうしてそんなに慌ただしいの?
私、夏になると族長様と一緒に、雲の形を眺めていた。
目まぐるしく姿を変える夏の雲は、時間が経つのを忘れさせる。
モルドレッド:暇すぎて、時間が凍りそうだ……
パーシヴァル:『哺乳類の生命活動の総量は一定である』
エルフは人間より遙かに寿命が長いけど、活発に何かをしようって種族じゃない。
実は両者の生涯の体感時間は、そんなに変わらないのかもしれない。
少子化も深刻なんだっけ?
ラーライラ:うん。
『花咲く季節』にエルフの恋人たちは、未来の
でも、種の多くは芽吹かず、母なる大地に永眠する……
パーシヴァル:また意味がよくわからないんだけど、その
ラーライラ:ううん。言葉の通り。
エルフの男は、恋人への愛と未来への希望を願って、種を作るの。
エルフの女は、その種を飲み込み、命の芽吹く大地となる。
パーシヴァル:うわあ……
普通のヒト属の生殖行動じゃない……植物人間だよ。
エルフって、人間辞めてるよね。
モルドレッド:ちょっと待て。
ラーライラ、お前の父上は人間だったんだろう?
どうやってエルフである母上との間に、子供を作った?
ラーライラ:えっ……
それは……エルフにもあなたたち人間と同じ機能が残ってるから。
進化の名残、なのかもしれないけど。
モルドレッド:同じ機能?
ラーライラ:……言わなくてもわかるでしょう。
モルドレッド:いや、全くわからないな。
パーシヴァル:だよねー。詳しく具体的に説明してもらいたいな。
ラーライラ:馬鹿。人間って最低。
(怒って先に行くラーライラ)
(残った二人は、ひそひそ密談を始める)
パーシヴァル:やったじゃん、モル。
肝心なところは、おいらたち人間と変わりないみたいだよ。
モルドレッド:あ、ああ……
一時は頭に花でも咲かせないといけないのかと思ったが……
しかし、状況が好転したわけでは……
パーシヴァル:何言ってんだよ。
後はがーっといって、がばーっと押し倒すんだよ!
モルドレッド:し、しかしオルドネア聖教の聖騎士として、婚前交渉は……!
パーシヴァル:オルドネア聖教の信者だからって、婚前交渉しちゃいけない理由はないよ。
ヨーゼフ派は、一度結婚したら、離婚出来ないんだろ。
だから、結婚前に相性を確かめておくのは大事だと思うけどな。
パウェル派は、元々自由恋愛に寛容だし。
モルドレッド:お前……妙に詳しいな。
パーシヴァル:へへ、ヨーゼフ派の女の子を口説いた時に使ったんだ。
モルドレッド:教義の解釈については、言いたいことがあるんだが。
パーシヴァル:今はそんなこと言ってる場合じゃないだろ。
モル、本音で話せよ。
本当は恐いんだろう?
モルドレッド:あ、ああ……
俺に上手く、事に持って行けるんだろうか……
あいつは身持ちが堅そうだし……
考えても考えても、無下に突っぱねられる未来しか見えてこないんだ……
パーシヴァル:うんうん、わかるよ。
振られるのって、何度経験しても心が痛いよね。
モルドレッド:言っておくが、俺は一度も振られたことはないぞ。
一度も付き合った経験もないが。
パーシヴァル:モル、それは戦わずして負けてるんだよ。
モルドレッド:う……
わ、わかっているとも……
こんなに自信が持てないのは、実戦経験のない新兵と同じ心境だと……
パーシヴァル:しょうがないな。
復興支援ついでに、ザーンの街へ遊びに行こうか。
チョー積極的な獣人の女の子に、ばっちりリードしてもらって、モルも歴戦の勇士になるんだ。
モルドレッド:女を買うということか……!?
パーシヴァル:違うよ。お金の絡む自由恋愛だ。
モルドレッド:馬鹿な! そんな建前は認められん!
パーシヴァル:そうは言っても、獣人の収入源なんだし。
取り締まったところで、逆に窮地に追い込むだけだ。
綺麗事並べるより、少しでも多くチップを弾んであげる方が喜ばれるよ。
モルドレッド:しかし、俺たちは仮にも帝国の皇子だぞ?
もし発覚したら……
パーシヴァル:そんときはそんときだ。おいらたちは一蓮托生さ。
モルドレッド:パーシヴァル……!
パーシヴァル:実を言うと、おいらも前から行ってみたかったんだ。
モルドレッド:わかった。俺も男だ。覚悟を決める。
ラーライラ:――もしそんなところに行ったら、二人とは二度と口利かないから。
パーシヴァル:げえっ!? 何でラーライラにまで聞こえてるの……
モルドレッド:忘れていた……あいつ、地獄耳だったんだ。
ラーライラ:人間って、本当に最低。
モルドレッドなんて大嫌い――!
モルドレッド:な、何で俺だけ……
パーシヴァル:ご愁傷様、モル。
おいら、一人で行って誰にも言わないでおこっと。
□3/サン・ペテロ大聖堂、第三礼拝堂
ランスロット:モルドレッド=ブラックモア。
異端審問機関『黙示録の堕天使』による、貴公の懲戒請求について、聖騎士団は此れを却下。
『黙示録の堕天使』から再度の異議申し立てが無かったことから、懲戒審問は否決で終了した。
まずは安心していいぞ、モルドレッド。
パーシヴァル:よかったねモル!
モルドレッド:……兄上。
俺のしたことは、間違っていたのでしょうか……
裁きの
ランスロット:モルドレッド、真祖の復活でどれだけの命が失われたと思う?
十万人だ。
都市一つが、一夜にして廃墟と化したのだ。
その場にいたお前なら、その凄まじさ、壮絶さがわかるだろう。
ラーライラ:十万人……!?
パーシヴァル:後で数字を聞いて、背筋が凍りついたよ。
よく生きて帰ってこれたよなあ……おいらもモルも。
ランスロット:もしも聖典ならば、救世主オルドネアならば――
そんな誰もが幸せになれる完璧な正義=c…奇跡を起こせるのかもしれない。
しかし、私たちはオルドネアではない。
聖典のような完璧な正義≠ヘ貫けん。
せめて犠牲を最小限に……最小の不幸≠目指すしかないのだ。
モルドレッド:しかし兄上――!
悪を滅するだけが、正義なのですか!?
裁きの邪魔になれば、無辜の人々の命まで奪い、罪を悔いる者すら葬り去る――!
それは最小の不幸=c…正義と呼べるのですか――!?
ランスロット:正義と愛、そして
オルドネア聖教は、正しく生きること、隣人を愛し、罪を許すことを説いてきた。
しかし時に神は、正義とも
ソドムとゴモラの街を洪水で押し流し、悪魔の軍勢を白き終焉に葬り去ったように。
一つの正義が、より多くの不幸と苦しみを産むなら――
神は、その正義に刃を振り下ろす。
モルドレッド:正義は、神に断罪される……?
ランスロット:モルドレッド=ブラックモア。
聖騎士団団長ランスロット=ブリタンゲインが、貴公に処分を下す。
貴公は、一ヶ月のサン・ペテロ大聖堂への出入りを禁止。
その間、聖遺物であるロンギヌスの槍は、聖騎士団の預かりとする。
モルドレッド:ロンギヌスを……!?
ランスロット:正義は時に、人を不幸にする。
純粋であることは、美徳であっても、幸福はもたらさん。
お前もそのことを考えてみる時期が来たと思う。
モルドレッド:……了解致しました。
モルドレッド=ブラックモアは、聖騎士団の決定を厳粛に受け止め、
二度とこのような過ちを犯さぬことを誓います。
――失礼します。
パーシヴァル:兄さん……
モルがあんな頑なに正義を貫こうとするようになったのは……
全部オルドネア聖教の……あの預言のせいじゃないか!
ラーライラ:わからない……
どうして人間は、そんなに
たまたま十三番目に産まれただけのモルドレッドを、災いの皇子なんて……
パーシヴァル:不吉の数字『十三』
それが広く言われるようになったのは、第三使徒フィリポス――ブリタンゲイン初代皇帝が、狂死したことが原因だ。
使徒フィリポスは、ブリタンゲイン皇帝の座に即位した後、異常なほど
帝国全土で十三≠フ使用が禁じられ、十二の次は十四なんて馬鹿馬鹿しい制度が敷かれたほどだった。
ブリタンゲイン一世は、生涯、十三使徒ジュダの復讐に怯えていた。
一説によると、
千年も昔の、頭のおかしい皇帝の言ってることを真に受けて。
どうかしてるよ、みんな。
ランスロット:パーシヴァル、ラーライラ殿。
二人は、このブリタンゲインをどう思う?
パーシヴァル:どうって……
そりゃ世界一位の座は、フリードニア合衆国に譲り渡したけど、
古代魔法王国発祥の地であり、魔因子の血統、魔法の技術利用については、他国の追随を許さない。
生まれた国がブリタンゲインってのは、ま、ラッキーと言えるんじゃないの?
ラーライラ:でも……帝都ログレスの人間たちは、みんな暗い顔に見える。
帝都で聞こえてくるのは、愚痴や不満、政治への批判ばかり。
砂漠の国ウル・ハサンのほうがずっと貧しいのに、街の住人は活気に満ちていた。
ランスロット:軍人は、
貴族は、領地の収入が細り、帝国政府に貸し付けた債務の不履行に怯えている。
国民は、海外の安い輸入品と労働力に職を失い、貧困層が拡大した。
パーシヴァル:軍人が持て余されてるのは、戦争がない平和な証拠。
経済の停滞もブリタンゲイン人にあらずば人にあらず≠ニ言われた、
帝国とその他の国の格差が、縮小してきたってことだ。
それに、経済規模だって、未だに世界で二番目だよ。
ランスロット:そう、誰が悪い訳でもない。
世界は以前よりも、より豊かになり、より公平になった。
だからこそ……問題は根深いのだ。
今から十八年前の出来事……
北米十三植民地――フリードニア合衆国の独立は、その象徴だった。
ラーライラ:ここでも十三≠ェ出てくるのね……
でも、どうしてブリタンゲインは、フリードニアに敗北したの?
戦力では、ブリタンゲインのほうが圧倒的に強いはず。
パーシヴァル:そりゃ、戦力ではね。
戦略魔法や魔導装機を投入すれば、ブリタンゲインの圧勝だったよ。
でも戦争に勝っても焼け野原、移民の大量虐殺が結果じゃ、元も子もない。
国内では、負担を強いられる貴族や国民の不満が爆発して、帝都では毎日反戦デモ。
そもそもフリードニアの国民は、元々ブリタンゲインからの移民たちだ。親戚や友達も数多くいる。
とても戦争継続なんて、出来る雰囲気じゃなかった。
ランスロット:ブリタンゲインは、植民地の独立要求を呑むことで終戦条約を締結した。
ブリタンゲインは事実上、敗北したのだ。
千年の歴史上、初めて――
パーシヴァル:敗北って、そんな大袈裟な……
ただ駐屯軍が追い出されただけじゃないか。
植民地を押さえつけるよりも、独立を認めて仲良くやっていくほうが、
ブリタンゲインにもフリードニアにも、どちらにもいいって、外交上の損得で判断されただけだよ。
ランスロット:国益の観点で見れば、フリードニアの独立は小さなものだ。
あれは、一つの時代の象徴なのだ。
今日よりも明日は良くなる――
皆がそう信じていた時代の終わり。
誰もが薄々気づいていながら目を背けていた――
フリードニア独立の日は、帝国国民には、ブリタンゲインの落日を直視することになった日だった。
パーシヴァル:おいらはフリードニア独立後の生まれだから、兄さんのそういう感傷はわからないけどさ。
でも、なんでそんな話を急に――……
ランスロット:悪の居ない衰退、希望の失われた国、人々の心を覆い尽くす閉塞感。
災いの十三皇子は、落日の帝国に産まれた。
苦しみの
罪深き人々の贖いをその身に引き受けた、オルドネアの如く――
ラーライラ:そんな……!
モルドレッドは、生贄だっていうの!?
鬱屈や閉塞感の標的にされる、災いの象徴――……
パーシヴァル:ああそっか。そういうことだったのか。
ずっとモヤモヤしてたけど、今ようやく霧が晴れたよ。
兄さん、全部わかってたんだな。
わかってて、モルを災いの皇子に祭り上げるのに荷担した――
ランスロット:私は――あの預言は、神の託宣であると確信している。
災いの十三皇子という原罪を背負って産まれたモルドレッド。
不吉の数字
人々はそこに、絶望からの再生を見るだろう。
パーシヴァル:大人って
何が聖職者、何が聖騎士団だよ。
体制を守りたいだけの大人の集まりじゃないか。
ヘドが出そうだ。
ランス兄さんにも、オルドネア聖教にも――!
ラーライラ:あっ、パーシヴァル――!?
ランスロット:…………
□4/パーシヴァル邸、
ラーライラ:おめでとう、パーシヴァル。
パーシヴァル:ありがとう、ラーライラ!
ラーライラ:
私にはよくわからないけど、立派そうね。
パーシヴァル:正しくは最年少講師だよ、最年少。
講師と言えば、魔導研究職の第一歩!
ゆくゆくは助教授、教授と昇格していくってわけ。
モルドレッド:これからどうするんだ、パーシヴァル。
宮廷魔導師は辞めて、魔導研究者を目指すのか?
パーシヴァル:うーん。
魔法の研究は好きだけど、やっぱり実践あっての研究だと思うんだよね。
宮廷魔導師だと貴重な魔導具を直接扱えるし、研究成果を自分自身で確かめられる。
でも将来のことを考えると、研究職の方が明るいしなあ。
ま、しばらく講師をやってみて考えるよ。
ラーライラ:パーシヴァルって、偉かったのね……
パーシヴァル:何だよ、今更気づいたの?
十一皇子で宮廷魔導師で
ラーライラ:ご、ごめんなさい。今度から敬語を使います。
パーシヴァル:ラーライラだって、ムーンストーン族の若き族長様じゃないか。
ラーライラ:うん……
明日は帝国政府の使者と一緒に、トゥルードの森の関係者たち、エルフの集落、近隣の人間の村々を回る予定。
パーシヴァル:おー、対外交渉って奴だね。責任重大じゃん。
ラーライラ:あまりプレッシャーを掛けないで。
気が重いのに……
パーシヴァル:ごめんごめん。
でも凄いや。
ラーライラを怒らせたら、エルフと人間の外交問題になっちゃうかも。
ラーライラ:そう。今朝みたいなことを言ったら、国交断絶だから。
パーシヴァル:じゃあ、セクハラには国家の命運を賭けないと。
ラーライラ:ど、どうしよう……
そこまで覚悟してるなら、私、平和のために答えないといけないの……?
パーシヴァル:あははは。
ラーライラ、そんなんじゃ交渉で押し切られるよ。
モル?
モルドレッド:…………
あ、ああ……すまない。
パーシヴァル:モル、さっきの気にしてるの?
モルドレッド:いや……
……そうだな。
そうかもしれない。
パーシヴァル:気にするなよ。
自宅謹慎ってわけじゃないだろ。
一ヶ月、骨休めだと思って遊んでりゃいいさ。
モルドレッド:…………
ラーライラ:モルドレッド……
パーシヴァル:あのさ、モル――
モルドレッド:すまん。
少し夜風に当たってくる。
おめでとう、パーシヴァル。
お前は……凄い奴だよ。
ラーライラも……
明日の交渉、上手くまとめてくれよ。
□5/帝都西区、夜の高級住宅街
モルドレッド:(パーシヴァル……)
(お前は俺の相棒で、親友だが……お前と俺は違う……)
(お前の未来は希望に輝いているが……俺の未来は真っ暗だ……)
(ラーライラも……)
(初めて会った時のような、劣等感に苛まれていたハーフエルフではない……)
(ムーンストーン族の族長として誇りを持ち、重責を担っている……)
(普段、散々偉そうなことを言って……)
(俺だけが……俺だけが取り残されている……)
モルドレッド:(災いの皇子の預言……)
(それを覆すために、俺はオルドネア聖教の聖騎士となり、正義の道を
(だが正義とは、何だ……?)
(俺は本当は……正義の意味など、何もわかっていないのではないか……)
黒翅蝶:正義に曇りし盲目の
汝、盲信した正義を十字架に架けよ。
まがいの理想の血潮を浴びて、真実の
モルドレッド:赤い眼、白い肌……
色素の抜け落ちたアルビノ……
顔は変わっていても、見間違えようがない……!
黒翅蝶……
十三使徒、ジュダ……!
黒翅蝶:ジュダ――
時の彼方に置き去りにしてきた名前。
黒き蝶をそう呼ぶのは、古き友のみとなった。
モルドレッド:『ハ・デスの生き霊』の首謀者が、帝都ログレスに現れるとは……
千年前、救世主オルドネアを卑劣な罠に掛けて命を奪い、
肉体が滅んでも尚、帝国に災いを為す、呪われし古代人の亡霊……
今、俺が引導を渡してやる――!
黒翅蝶:
憎きオルドネアを罠に落とし、目論見通り、迷える子羊たちに殺害せしめたのならば、
ジュダに遺る未練は無く、
モルドレッド:お前はオルドネアを妬み、オルドネアの奇跡を、悪魔の
そして狂気に取り憑かれた人々を煽動し、この世界から神の
救世主に成り代わらんとした、偽の
黒翅蝶:背信者の記した聖典は、
裏切りの沼の
第一使徒ペテロ、第二使徒ヨーゼフ、第三使徒フィリポス。
『聖三使徒』を
モルドレッド:戯れ言を――!
黒翅蝶:災いの十三皇子モルドレッド。
ジュダと同じ
汝、
無垢なる赤子に原罪の衣を着せ、安寧の生贄とした聖なる邪教。
汝の向けるべき矛先は、黒き蝶よりも、
モルドレッド:それは……正義の、ためだ。
俺が正義の聖騎士となれば、預言は打ち砕かれる。
そのために俺は、貴様を、『ハ・デスの生き霊』を倒すと誓った――!
黒翅蝶:其れは正義にあらず。
汝も気づいていよう。
正義の行く先に、汝の求むるものは何も無く。
故に汝は何も掴まず、幻の聖杯を追う旅路に往き倒れる。
モルドレッド:ならば貴様の正義とは何だ!?
邪教に人々を惑わせ、帝国に破壊と災いをもたらす。
貴様の復讐に、無辜の人々を犠牲にしているだけだろうが――!
黒翅蝶:ジュダは破壊など望まず、
獣人の長ベイリンも、
『ハ・デスの生き霊』は何一つ強要せず、彼らの
復讐の果実は、その結果に実り、ジュダは細やかな報酬を収穫したのみ。
モルドレッド:ふざけるな――!
『ハ・デスの生き霊』の影が落ちたウル・ハサンやワラキアは
後に残ったのは、荒廃した街と、人々の死だけだった。
どれほど戯れ言を繰ろうと、その結果を取り繕うことは出来ん!
黒翅蝶:万人を救う、唯一無二の正義があると?
遙かなる昔……ジュダもその聖杯を探し求めた。
なれど
世界ではなく、一人ひとりを救う。
モルドレッド:歪んだ正義や、ねじ曲がった欲望――
その果てにあるものは、自分自身すら飲み込む、
貴様の戯れ言に、一片の真実が含まれていようと――
やはり貴様は救世の誓いを捨て、利己心の追求のみに走った、唾棄すべき存在に変わりはない。
黒翅蝶:モルドレッド。
十三使徒ジュダが、汝に試練を授けん。
汝に襲い来るは、黒曜石の凶風。
憎悪の
呪われし子の名を受けながら、
汝の聖槍――
ロンギヌスの奇跡で、乗り越えて見せよ。
モルドレッド:(ロンギヌス……)
(しかし、今、俺の手には……)
黒翅蝶:くっくっく……
ロンギヌスは、汝の手を離れはせぬ。
必ずや汝の手に戻るであろう。
我が
モルドレッド:お前の、片割れ……!?
何を言っているんだ。
ロンギヌスは、オルドネアの魔晶核だぞ……?
黒翅蝶:災いの十三皇子よ。
十字架を背負い、ゴルゴタの丘へ登れ。
正義の果ての絶望を知り、世界への憎悪を絶叫せよ。
その時、汝は救済者とならん。
十三使徒と十三皇子の道が交わりし時、
モルドレッド:待て、まだ俺の話は終わっていない――!
転移魔法……
十三使徒ジュダ……
奴は……俺に何をさせようとしているのだ……
□6/トゥルードの森、若木の立ち並ぶ新緑地
ランスロット:恐竜王ディラザウロが放った戦略魔法の跡地……
見渡す限り焼け野原だった一帯が、半年足らずで緑の生い茂る森に。
ムーンストーン族の
ラーライラ:見た目は、元通りでしょう。
でも、足元を見て。
急激に成長させた樹木は、大地を枯らす。
大地をねぎらい、休息を与えなければ……森は死に絶えます。
ランスロット:伐採地区の再割当。禁猟区の設定。
狩猟制限や材木生産高の減少をどう補償するか。
金銭面の負担よりも、利害関係の調整が難しい。
ラーライラ:尽力、感謝します。
エルフが訴えても、人間は聞く耳を持ってくれない。
ランスロット:お気になさらず。元々帝国政府の仕事ですから。
森の保全が、村の林業に不可欠であるとわかっていても、収入が途絶えてしまうと生活が成り立たない。
長期の視点に立とうとしても、目先を追わざるを得ない。
人間の悲しい性です。
ラーライラ:…………
ランスロット:ところで、モルドレッドとはどこまで行きましたか?
ラーライラ:ど、どうして、あなたまでそんなことをっ!?
ランスロット:私としては、モルドレッドには、是非ラーライラ殿と結ばれて欲しいと願っておりますので。
ラーライラ:…………
政略結婚――?
ランスロット:ありていに言ってしまえば、そうなります。
ブリタンゲインは世界でも有数の豊かな国ですが、国内には数多くの矛盾が見て取れる。
たとえば二等国民と呼ばれる人々――
真に貧しい人々は、日々の食事すら事欠く惨状です。
エルフの
ラーライラ:あなたの言いたいことは理解しています。
でも、それは禁じられている……
ランスロット:わかっています。
エルフの使徒シャダイの『緑と大地の
ラーライラ:私たちエルフが、魔法文明に生きる古代人の一種族であった時代……
聖獣の毛皮や角を獲り、農作地を荒らす害獣を始末する、
森を切り開き、尽きることなく作物を産み出す、
水を従え、風を操り、地形すら創り替える
三部族は、互いに協力し合い、古代魔法王国の食糧や資源を支えていた。
三部族はエルフを名乗り、『森の貴族』の名で敬われていた。
長きに渡る凶作の季節……『魔法王国の大飢饉』までは。
ランスロット:その年、作物を無尽の如く産み出していた大地は、
何時しか聖獣や神獣は姿を消し、得体の知れぬ妖獣や化け物ばかり彷徨くようになり、
ラーライラ:やがて、その妖獣すら姿を消し――真の荒廃が姿を現した。
風は澱み、水は流れず、大地は干涸らびた……
草一本生えず、虫一匹いない、死の世界。
カルダン砂漠や『不浄地帯』と呼ばれる土地は、古代のエルフが魔法を濫用した報い。
エルフたちは、自分たちの行っていたことの、真の意味に気づいたのです。
無から有を産み出していたのではなく、大地のエネルギーを湯水の如く使っていただけ……
ランスロット:以来エルフたちは、文明社会と距離を置き、森の中で原始生活を営むようになった。
原始生活と言っても、全員が魔法の使い手なので、貧困や飢えとは無縁でしょうが。
ラーライラ:…………
ランスロット、あなたはどう思うの?
使徒シャダイの教えを……『緑と大地の
ランスロット:難しい問題です。
使徒シャダイの教えは、もっともだと思う。
しかし、死に往く餓えた者の耳に、その教えは届くのか。
食糧を巡って争いを繰り広げる現実に、その教えはどれほど正しさを持つのか。
ヨーゼフ派の神父に問えば「それはエルフたちの力の独占であり、神に還すべきもの」と答えるでしょう。
ラーライラ:…………
ランスロット:ラーライラ殿、あなたはあなたの信じる教義を貫きなさい。
感情に流され、行動が行き当たりばったりに、ぶれてしまうことを恐れなさい。
使徒ヨーゼフの教えの本質は、人生の軸を持つこと――
思想の色を抜き去れば、これに尽きると思うのですよ。
ラーライラ:……ずいぶん寛容なのですね。
オルドネア聖教は、異端の思想には容赦しないイメージだったのに。
ランスロット:『聖三使徒』は、ブリタンゲイン帝国の
人間にとっては最も偉大な使徒である反面、他の種族とは、その強硬な姿勢により、溝を広げてしまった一面もある。
ヨーゼフ派の末席に連なる私が、こんなことを言うと、異端審問に掛けられかねませんが。
ラーライラ:ランスロット……
ランスロット:相反する二つに挟まれる――
人生にはこういったことがたびたびあり、頭を悩ませることになる。
しかし、その相反は現時点のもの。
私たちには、未来がある。
未来では、望むべく二つは相反するものではなくなっているかもしれない。
二つに裂かれる希望を憂うより、未来へ向かって今、精一杯歩む。
そうすれば……神の計らいが、最善の未来に導いてくださる。
私は、そう信じています。
ラーライラ:…………
これより先は、オブシディアン族の領域。
人間のあなたは、立ち入らないほうがいい。
ランスロット:エルフと人間の絆の修復を――
どうかよろしくお願い致します、族長殿。
□7/トゥルードの森、黒曜石の森
ラーライラ:(黒曜石の森……)
(トゥルードの森の、オブシディアン族の領域……)
ゾルゾリド:ラーライラ=ムーンストーンだな。
ラーライラ:誰――?
(黒松の幹に背を預けていた黒エルフの若者が、唾を吐き捨て、ラーライラに近寄ってくる)
ゾルゾリド:――ぺっ。
ハーフエルフの分際で、ムーンストーン族の族長とは、いいご身分じゃねえか。
ラーライラ:……あなただって、ハーフエルフじゃない。
オブシディアン族の血を引く、ハーフエルフ――?
あなたは、ひょっとして――!?
ゾルゾリド:ゾルゾリド=オブシディアン。
だがダークエルフどもの姓なんざ、とっくに捨てた。
俺は『ハ・デスの生き霊』が幹部、
てめえの身柄を預かりにきたぜ、ハーフエルフ――!
ラーライラ:エ、エルフの干し首――!?
凄い突風っ……!
種に眠りし、堅き命。
ゾルゾリド:そんな枯れ木で、俺の風が防げるかよぉっ!
精霊召喚、風の魔王パズズ――!
ラーライラ:禁呪法――……!
誰か――!
『ハ・デスの生き霊』が――!
ゾルゾリド:クククク――!
どんだけ叫んだって、聞こえやしねえよ。
俺の精霊魔法の範囲じゃ、音の波動は打ち消される。
トゥルードの神樹が倒壊しようと、静かなもんだ。
ラーライラ:それなら――!
ううっ……
胸が、苦しい……
はあ、はあ……
息が……どうして……
ゾルゾリド:馬鹿め、突風はフェイクだ。
パズズの力で、密かに酸素を奪った。
そうとも知らず、大声で叫んで、自分から酸欠になりやがって。
ラーライラ:う、うう……
ゾルゾリド:気絶しやがったか。
こんな間抜けな糞女が、族長だぁ?
ムーンストーン族は、脳味噌まで雑草レベルだぜ。
クーサリオンがくたばって、都合よく後釜に座った唐変木なんだろうが。
気に食わねえ――
たっぷり可愛がってやるからなぁ……
クックックック。
ランスロット:待て――!
ゾルゾリド:――っ!?
俺の無音結界に気づきやがったのか――!
ランスロット:貴様のその邪悪な魔力……
音は消せても、撒き散らされる異様な空気は消せん。
ゾルゾリド:てめえは、ランスロットとか言ったな。
ランスロット:私の名も、知られるようになったか。
ゾルゾリド:ブリタンゲインの第二皇子で、オルドネア聖教の聖騎士――
『ハ・デスの生き霊』が標的とする組織に、二つもまたがっていやがる。
てめえの首を土産に持って帰れば、蟲野郎や蜥蜴の化け物に、大きく水をあけられるぜ。
死にな、聖騎士――!
真空に、臓物をぶちまけろ――!
(ゾルゾリドの背後に実体化したパズズの吸気で、ランスロットの周囲が瞬時に真空地帯に変わる)
ランスロット:
ゾルゾリド:水の結界――!
ランスロット:私は、湖の貴婦人に祝福されし騎士。
空気の無い
往くぞ――!
ゾルゾリド:凶風の爪を突き立てろパズズ――!
ランスロット:
はあっ――!
(吹き下ろされた風の刃を斬り捨て、水飛沫の斬撃がゾルゾリドの頬を切り裂く)
ゾルゾリド:血だと……?
水の飛沫が、俺の頬を斬り裂きやがった……!
ランスロット:お前の風は鋭く
質量を持った水には、押し切られよう。
ゾルゾリド:ほざきやがれ、人間が――!!
いいだろう、てめえに大質量の一撃を見舞ってやるぜ……!
(ゾルゾリドは腰に下げていた別の干し首を手に取り、ランスロットに向けて突き出す)
ランスロット:エルフの干し首――
ゾルゾリド:この干し首は、俺の実の母親のもの。
ママが作ってくれたんだ。
俺のもう一つの切り札だ――……!
ランスロット:干し首が……生気を取り戻し始めている……!?
ズァクゥの首:ア、アアアアアア――……!!!
ゾルゾリド:おはよう、ママ。
俺のために……働けよ……!
ランスロット:地面が隆起を――!
土の、龍……!?
ゾルゾリド:クーックックック!!!
目覚めろ、母なる邪龍ティアマトー!
俺の敵を、大地の牙で噛み砕けええ――!!!
ズァクゥの首:ガ、アアアアアアア――!!!
□8/翌日早朝、ブラックモア邸の庭の訓練スペース
(並べた藁人形の群れに、力強い刺突をくり出すモルドレッド)
モルドレッド:はあっ! やあっ! せいっ!
パーシヴァル:ふああ〜……
気合いの入った声が聞こえると思ったら、モルじゃん。
モルドレッド:パーシヴァルか。徹夜明けか。
パーシヴァル:早起きだよ、早起き。
受け持った講義が、一限からでさ。
もう嫌になっちゃうよ〜。
それよりモル、朝の訓練?
寝てりゃいいのに。仕事も無いんだしさあ。
モルドレッド:そうなんだがな……
いつもの習慣で、目が覚めてしまった。
それに訓練をさぼっていると、体が
パーシヴァル:ふーん、朝っぱらから汗臭い話だね。
ふああ〜……
モルドレッド:やはり訓練用の槍は、ロンギヌスとは取り回しが違う。
ロンギヌスの勝手を、思い出せるだろうか……
パーシヴァル:モル、あの庭の隅に刺さってる槍。
あれ、ロンギヌスじゃない?
(モルドレッドは驚いて近寄り、槍を引き抜いてロンギヌスだと確かめる)
モルドレッド:ロンギヌスだ……
一体何故、俺の屋敷に……
まさか……
(モルドレッドの脳裏で、一昨晩の死霊傀儡師の言葉が反芻される)
黒翅蝶の声:ロンギヌスは、汝の手を離れはせぬ。
必ずや汝の手に戻るであろう。
汝こそ……我が力の継承者故に――
パーシヴァル:どうしたの、モル。顔が強張ってるよ。
ランスロット:くうっ……
はあ、はあ……
モルドレッド:兄上――!?
パーシヴァル:血塗れじゃないか……!
どうしたの、その怪我――!?
ランスロット:心配無い……
神聖魔法で、応急処置はすませた。
見掛けほど、傷は酷くない。
それよりも、モルドレッド――
ラーライラ殿が、『ハ・デスの生き霊』に攫われた。
モルドレッド:ラーライラが――!?
ランスロット:私が気づいて追撃したものの……
このザマだ……返り討ちに遭った……
返して欲しくば、お前一人で、コーンウォールの密林まで来いと……
モルドレッド:(ネクロマンサー……!)
(奴の言っていた黒曜石の試練とは、このことか――!)
パーシヴァル:でも兄さん、モルは謹慎中でロンギヌスが――
あ、だから兄さんがロンギヌスを返したの?
ランスロット:ロンギヌス――?
それは……!?
モルドレッド:今朝、気づいたら庭に刺さっていました。
誓って、俺が盗み出したわけではありません――!
ランスロット:そうか……
真の魔導具は、持ち主を選ぶというが……
わかった。
ロンギヌスをお前に一時返そう。
必ずラーライラ殿を、助け出してくれ。
モルドレッド:オルドネアに誓って必ず!
ランスロット:モルドレッド。
モルドレッド:はい。
ランスロット:喩えどれほど邪悪に見える魔法でも、あるいは神の
魔法には、色も形も無い。ただ現象を引き起こすだけの技術に過ぎない。
力に意思を感じたとしても……それは行使者の意思が投影されているに過ぎん。
力に魅入られるなよ、モルドレッド――!
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