The 13th prince(プリンス・オブ・サーティーン)

第24話 ダークエルフ

★配役:♂4♀3=計7人

▼登場人物

モルドレッド=ブラックモア♂:

十六歳の聖騎士。
ブリタンゲイン五十四世の十三番目の子。
オルドネア聖教の枢機卿に「十三番目の騎士は王国に厄災をもたらす」と告げられた。
皇帝の子ながら、ただ一人『円卓の騎士』に叙されていない。

魔導具:【-救世十字架(ロンギヌス)-】
魔導系統:【-神聖魔法(キリエ・レイソン)-】

パーシヴァル=ブリタンゲイン♂
十七歳の宮廷魔導師。
ブリタンゲイン五十四世の十一番目の子。
『円卓の騎士』の一人で、陸軍魔導師団の一員。
お調子者の少年だが、宮廷魔導師だけあって知識量はかなりのもの。

魔導具:【-自在なる叡知(アヴァロン)-】
魔導系統:【-元素魔法(エレメンタル)-】

ラーライラ=ムーンストーン♀
二十七歳の樹霊使い(ドルイド)(外見年齢は十三歳程度)。
トゥルードの森に住むエルフの部族『ムーンストーン族』の一員。
人間の父と、エルフの母のあいだに生まれたハーフエルフ。
『ムーンストーン族』のエルフには見られない青髪と碧眼は、父親譲りのもの。

父親が魔因子を持たない人間だったので、〈魔心臓〉しか受け継がなかった。
エルフながら魔法を使うためには、魔導具の補助が必要である。

魔導具:【-緑の花冠(フェアリー・ディアナ)-】
魔導系統:【-樹霊喚起歌(ネモレンシス)-】

ランスロット=ブリタンゲイン♂
三十四歳の聖騎士。『黄金の龍』の異名を持つ。
ブリタンゲイン五十四世の二番目の子。
『円卓の騎士』の一人で、ブリタンゲイン海軍元帥。
またオルドネア聖教の聖騎士団団長も兼任している。

現皇帝の正妻アルテミシア皇后の子。
皇位継承権は二番目だが、正妻の子ということでランスロットを推す声も高い。

黒翅蝶(こくしちょう)♀:
性別不明・年齢不詳の死霊傀儡師。
『ハ・デスの生き霊』の主教で、逆十字(リバースクロス)を取り纏める教団のトップである。
闇色の魔導衣に身を包む、色素の抜けた白髪と、赤い虹彩のアルビノ。

その正体は、千年前の魔法王国時代に滅亡した古代人の亡霊であり、救世主オルドネアを十字架に架けたとされる、裏切りの十三使徒ジュダ。
死霊傀儡師『黒翅蝶』は、十三使徒ジュダの操る死体傀儡であり、本体はその手に持つ水晶玉。
錬金術の秘法でジュダの〈魔心臓〉と〈魔晶核〉を融合させた生体魔導具であり、魔導具自体が魔力を産出し、魔法を行使する。

生体魔導具は、魔因子を全く持たない人間でも魔法を使えるなど、多大な利点がある反面、
魔導具自身が思念を残しているため、使い手が肉体を乗っ取られる事例が後を絶たない。
現存する多くの生体魔導具は、厳重に管理・封印されている。いわゆる『呪われた魔導具』である。

魔導具:【-呪縛されし魂(ソウルクリスタル)-】
魔導系統:【-死霊傀儡法(ネクロマンシー)-】

首狩り孤児ゾルゾリド♂
二十五歳の禁呪精霊使い(イヴルシャーマン)(外見年齢は十七歳前後)。
『ハ・デスの生き霊』の幹部、逆十字(リバースクロス)の一人。
トゥルードの森に住む浅黒い肌のエルフ『オブシディアン族』の母親と、人間の男の混血児であるハーフエルフ。

顔を含めた全身に魔因刺青(タトゥー・シナプス)を施しており、魔法を発動する度に薄青く発光する。
魔因刺青(タトゥー・シナプス)は、魔心臓の生成する魔力の輸送量を増加・増幅させる作用を持つが、魔心臓への負担も大きくなる。

ハーフエルフであるため、魔法を使うための魔晶核を持たない。
使用する魔導具は、同じオブシディアン族のエルフの干し首で、実の母親のものも含まれている。
生体魔導具化されており、簡単な命令を与えておけば、ある程度自律的に魔法を行使することが可能である。

魔導具:【-虐使の干し首(ウィジャ・ツァンツァ)-】
魔導系統:【-精霊擬態化法(パラケルスス)-】

ズァクゥ=オブシディアン♀
トゥルードの森に住むエルフの部族『オブシディアン族』の女で、ゾルゾリドの母親。
浅黒い肌のエルフ『オブシディアン族』は、魔因子を持たない人間に侮蔑感と敵意を持っており、森に入る人間には極めて攻撃的。
人間たちからは『ダークエルフ』と呼ばれ、恐れられている。

三十年前、オルドネア聖教の異端狩りによって捕らえられ、近隣の村に引き渡された。
『ダークエルフ』に村の人間を殺されてきた村人たちの怨みは深く、男のエルフは魔晶核を抜き取られ、女のエルフは慰み者にされた。

その後、和平会議が開かれ、ズァクゥはオブシディアン族に還されたが、既にゾルゾリドを身籠もっていた。
悪夢の落とし子であるゾルゾリドを憎み、殺そうともしたが、最後は逆にゾルゾリドによって殺される。


以下はセリフ数が少ないため、被り推奨です。

黒エルフA両
黒エルフB両

ゾルゾリドと会話有り。
□1の次パートで、ズァクゥ、黒翅蝶登場となります。
同役の担当で、被りも担当される方は、ご留意ください。

※注意
・ルビの振ってある漢字は、ルビを読んでください。
・特定のルビのない漢字は、そのまま読んでください。



□1a/半年前〜オブシディアン族の集落〜


黒エルフA:ア、アンデッドの群れ……!
       何故これほど接近されるまで、気づかなかった……!?

ゾルゾリド:よぉ、久々だな。
       俺のことを覚えてるかい。

黒エルフB:ゾルゾリド……!
       ハーフエルフのゾルゾリドか――!

黒エルフA:何故、我らオブシディアン族の里を襲う!?
       お前はもう、我らとは無縁の者であろう!?

ゾルゾリド:おいおい、心当たりは幾らでもあるだろうが。

       てめえらに受けた嫌がらせの数々……忘れたとは言わせねえぞ。

黒エルフB:『ハ・デスの生き霊』の力を借りて、我らに復讐を果たしにきたと……!?

ゾルゾリド:お前らには感謝してるんだぜぇ?

       これからお前らを、一人残らずぶち殺して『シャダイの泉』を血の池に変える。
       お前らが親切で優しいエルフだったら、目覚めが悪くてしょうがねえ。
       陰湿なダークエルフだからこそ、スカッと気持ちよく皆殺しに出来るってもんよ。
      
       村八分にしてくれて、ありがとう。

黒エルフA:『シャダイの泉』……!
       やはりシャダイゲートを解放するつもりか!

       しかし、我ら純血のエルフを皆殺しにするだと?

黒エルフB:下等な人間の混ざり子が。
       『ハ・デスの生き霊』の力を借りたとて、我らエルフの精霊使い(シャーマン)には役不足だ。
        貴様もゾンビの群れに加えてやる。 

黒エルフA:吹き渡る風の元素よ――
       そよ風の羽根を羽ばたかす、妖精の姿を形作りて――

       顕現(けんげん)せよ――!
       精霊召喚、シルフィード――!

黒エルフB:燃え滾る火の元素よ――
       熱く爆ぜる火の粉の鱗を持つ、火炎蜥蜴の姿を形作りて――

       顕現せよ――!
       精霊召喚、サラマンドラ――!

ゾルゾリド:クククク……

       (ぬる)い、温すぎるぜ。
       トゥルードの森に引きこもって、人間の雑魚どもを相手に『森の貴族』を気取っていたてめえらには、お似合いの風と炎だ。

黒エルフA:ゾルゾリドの背後……
       奴の後ろに渦巻く風……
       あの瘴気(しょうき)の風はまさか――!

黒エルフB:忌まわしき禁呪法……
       何故ハーフエルフ如きが知っている――!?

ゾルゾリド:咆哮せよ風の元素――
       家を、人を、あらゆるものを空へ巻き上げる凶賊となりて。
       嗤え、嗤え――凶風が唸るが如く。
       熱病と災いを運ぶ、悪霊の風……

       顕現せよ――!
       精霊召喚、風の魔王パズズ――!

黒エルフA:シルフィードが怯えている……!

黒エルフB:なんという邪悪な風だ……!

ゾルゾリド:来いよ、ダークエルフども――!
       てめえらが死んでくれりゃ万々歳なんだよ――!

黒エルフA:言わせておけば、混ざり子が……!
       純血のエルフの魔力、その身で思い知るがいい――!

黒エルフB:サラマンドラ、汚らわしい混ざり子を焼き殺せ――!


□1b/半年前〜オブシディアン族の集落跡地〜


ゾルゾリド:ハハハハハ……!
       ハアッハッハッハッハ……!!

       やったぞ――!
       俺とママを虐めてきた里の連中は、一人残らずくたばった!
       この陰湿なダークエルフの里を、俺の風が吹き払ってやった――!

ズァクゥ:おお、ゾルゾリド……!

     お前は、なんという子だ……
     禁呪法に手を染めて、オブシディアン族の里を滅ぼすなんて……!

ゾルゾリド:風の魔王パズズ。
       風の元素を狂わせ、毒の瘴気(しょうき)で創り出す禁呪精霊。

       ククク――
       シルフィードやサラマンドラが紙くずのように吹っ飛びやがった。
       最高だぜ、この魔法は――!

ズァクゥ:汚染された風の元素は、精霊を還しても戻らない……
     後には、毒の瘴気が漂い、生物の棲める環境ではなくなる……!
     だからこそ、パズズは禁呪法として封印されたのだぞ――!

ゾルゾリド:ハッ、俺の知ったこっちゃねえ。

       毒の瘴気――
       ダークエルフの里には、似合いの風じゃねえか。
       そんなことより、俺はママを迎えにきたんだ。

ズァクゥ:迎えに、だと……?

ゾルゾリド:そうさ。

       もうすぐ『シャダイの泉』が、シャダイゲートが開かれる。
       奴らの血で、ついに使徒シャダイの封印が破られるんだ。

       そうすりゃ、俺は『ハ・デスの生き霊』の幹部だ。
       もう混ざり子と馬鹿にされる立場じゃない。崇められ、尊敬される立場になる。
       ママも逆十字(リバースクロス)の親として、手厚い待遇で迎え入れてくれる。

       ママ、俺と一緒に『ハ・デスの生き霊』に行こう――!

ズァクゥ:黙れ……!
      私を母と呼ぶな!
      汚らわしい人間の混ざり子め――!

ゾルゾリド:マ、ママ……!?

ズァクゥ:三十年前――
     私は人間どもに捕らえられ、口に出すもおぞましい行為の末に、お前を孕んでしまった……!

     人間どもの慰み者になっても、お前を孕みさえしなければ……!
     流産や死産で終われば……産まれてもすぐ死んでくれたら……!

     お前さえいなければ……!
     私は里の皆から、哀れまれこそすれ、腫れ物のように扱われなかった――!

ゾルゾリド:ママ……俺はいい子になっただろう……!?

       俺はもう、魔法の使えないグズじゃない。
       精霊擬態化法(パラケルスス)最高位の禁呪法を扱える、当代最強の精霊使い(シャーマン)だ。

       魔力だって、この刺青……魔因刺青(タトゥー・シナプス)を彫り込んだ今、純血のエルフにだって負けやしねえ。
       ママだって見ただろう、俺の魔法の凄さを――!

ズァクゥ:ゾルゾリド……お前は悪魔よ……
     悪夢の日々が私の(はら)に宿り、産まれ落ちた、忌まわしき子……
     今、あの時の悪夢が、形を変えて再び現実となった……

     お前が最高の精霊使い(シャーマン)だと――!?
     お前は最も軽蔑され、『森の貴族』の名誉に賭けて討伐される、禁呪精霊使い(イヴルシャーマン)だ!

ゾルゾリド:オブシディアン族なんざ、糞喰らえだ!
       俺やママを虐めた、陰険な奴らだろう!
       どうしてママは、こんなに頑張った俺じゃなくて、ダークエルフどもが大事なんだよ――!

ズァクゥ:黙れ――!
     黙れ、黙れ、黙れ――!

     私は私の一族を愛していた!
     オブシディアン族の一員であることを、誇りに思っていた!
     唯一の恥、憎んでいたのはお前だよ、ハーフエルフ!

ゾルゾリド:ママ……

       ママは……俺のことが嫌いなんだな……
       俺がいい子になっても、強くなっても、金銀財宝を積んだって……

ズァクゥ:もっと早く、お前を殺しておけば……
     赤子のお前の首を絞めておけば、幼子のお前を崖に突き落としておけば……

     ああ、私は皆の視線を気にして出来なかった――
     お前を殺してさえいれば、私の一族は死なずに済んだのに――!

ゾルゾリド:主教様……やっとわかったよ……
       俺には、母親なんて最初からいなかったんだ……
       いるのは、俺を憎む、俺を産んだだけの女……

ズァクゥ:黒き肌のエルフの名に賭けて――私がお前を殺す。

     癲狂(てんきょう)せよ、土の元素――
     地上にあまねく森羅万象を地割れの胸元に飲み込む、狂える大地となりて。
     揺らせ、揺らせ――地鳴りの子守歌に赤子を黙らせよ。
     豊穣の地母神(じぼしん)、地に倒れし骸をむさぼり食う、土の巨龍……

ゾルゾリド:禁呪法――!?

       ク、ククク――!
       面白え、やってやろうじゃねえか――!

       俺のパズズで、精霊ごとてめえをぶっ殺してやる――!
       死ねええええダークエルフ――!!!


□1c/黒エルフたちの鮮血で満たされた『シャダイの泉』


ゾルゾリド:『シャダイの泉』……
       ダークエルフどもの首を切り落として作った、真っ赤な血の池……

       どうした……!
       何故、何も起こらねえ……!
       大悪魔(ダイモーン)が呼び出されるんじゃねえのか……!

黒翅蝶:黒曜石の伝承は、真実の石を捜す砂金拾いを欺く、偽りの輝き。
     汝の探し当てた金脈は、鈍く光る、まがいの黄銅であった。

ゾルゾリド:主教様……! 待ってください!
       まだだ! もう少し経てば、シャダイゲートは開かれる!

黒翅蝶:三つの石の三叉路の、袋小路に導きたるは黒き蝶。
     汝に(せき)(とが)もあらず。
     されど行き止まりの生まれ故郷は、汝が乗り越えるべき試練であった。

     汝の無意識にわだかまりし、純血への引け目は、不毛の風に掻き消えた。
     幼子は、冷たき黒聖母(ブラックマリア)(かいな)を抜け出し、土塊(つちくれ)聖母像(マリアぞう)を打ち壊す。

     汝は、母の呪縛より解き放たれし。
     此より首狩り孤児≠フ二つ名を名乗るがよい。

ゾルゾリド:それは……!
       俺を逆十字(リバースクロス)にしてくれるってことか……!

       クククク……
       ハァーッハッハッハッハ――!!!

       今日は人生最高の日だ――!

(首無し死体の転がる血の泉の前で大笑するゾルゾリド)
(しかし、その両目から涙が溢れ出し、笑い声の最後は嗚咽に変わっていく)

ゾルゾリド:ハハハハハ――……!

       ちくしょう……!
       なんで涙が溢れてきやがる……!
       くそったれが……!

黒翅蝶:喩え病巣であろうと、汝の心を占める一部であれば、切除した傷口から血は溢れ出す。
     汝の涙は赤い。其れは心の(くれない)

    汝の欲したものは、汝の喜びを共に喜び、汝の悲しみを共に嘆く者。
    しからば黒翅蝶が汝に寄り添い、汝の想いを分かつ聖母(マリア)となろう。
    汝が巣立つ、その時まで――

ゾルゾリド:黒翅蝶……十三使徒ジュダ様。

      ママ……
      俺の新しいママ……


□2/帝都ログレス、西区大通り


モルドレッド:…………

パーシヴァル:おーい、モルー。

ラーライラ:…………

パーシヴァル:ラーライラも。

ラーライラ:何か喋ったら?

モルドレッド:お前と話すことなど何もない。

ラーライラ:そう。私も。

パーシヴァル:あー、もう。
        何でこんな朝っぱらから喧嘩してるんだよ。

モルドレッド:悪いのはこいつだ!

ラーライラ:私じゃない、モルドレッド!

パーシヴァル:で、喧嘩の原因は何?

モルドレッド:パーシヴァル。
        朝は果物とパン、昼はサラダとジャガイモ、夜は炒めた米と煮野菜。
        この食事をどう思う?

ラーライラ:健康的でいいと思う。

モルドレッド:お前には聞いていない!
        朝から晩まで野菜ばかり……俺は青虫か!

パーシヴァル:まだ肉料理は苦手なの、ラーライラ?

ラーライラ:うん。焼いた後の臭いが気持ち悪いの……

モルドレッド:神経質な奴だ。

ラーライラ:鈍感。無神経。

モルドレッド:無神経はお前だ、この味音痴!
        肉どころか、塩気や油すら縁遠い食生活……

        俺は肉が食いたいんだ!
        塩胡椒たっぷりの、ニンニクソース掛けでな!

ラーライラ:肉、肉って。肉欲の塊――!

モルドレッド:お前、誤解を招く表現は止めろ!

パーシヴァル:あー、ストップストップ。

        そんなに食生活が合わないなら、食事は別々にすればいいじゃん。

モルドレッド:俺も何度もそう言ったんだが。

ラーライラ:私、こんなに頑張って人間の生活に合わせてるのに――!
       あなたのために、料理も覚えたのに――!

モルドレッド:食って掛かられて、始末に負えん。

パーシヴァル:そういえばムーンストーン族のエルフって、食事を取らなくても生きていけるんだっけ?

ラーライラ:そう。太陽の光と水があれば平気。
       食べ物は、人間で言う嗜好品みたいなもの。

パーシヴァル:光合成してるんだ……

モルドレッド:な? 無茶苦茶な種族だろう。

ラーライラ:私はハーフエルフだから、純血のエルフより消化能力は高い。
       母さんの魔晶核を貰うまでは、ずっと食べ物で栄養を取っていたけど……
       脂っこいものや、生臭いものは苦手。

モルドレッド:俺は脂っこい肉も、生魚も大好物だ。

パーシヴァル:ねえ、二人とも。
        モルは週に何度か外食することにして、家ではラーライラの野菜料理っていうのでどうかな。

モルドレッド:そうだな。それが良いところの妥協点だろう。

ラーライラ:人間はそんなに肉が好きなのね……

      わかった。食事は別々にする……

(モルドレッドに近寄り、小声で耳打ちするパーシヴァル)

パーシヴァル:ねえ、ラーライラとはどこまで行ったのさ?

モルドレッド:どこまでも……

パーシヴァル:ええっ、一緒に住んでてキスもまだ!?

モルドレッド:さっきのやり取りを見ただろう。異種族過ぎるんだ。
        たとえば……き、キスをするとしても、その意味がわかるのかどうか。

パーシヴァル:ああ〜……そりゃあね。
        よし、おいらに任せてよ。

        ねえ、ラーライラ!

ラーライラ:えっ、何?

パーシヴァル:エルフの恋愛ってどうなってるの?

         実はヒト属の比較文化論の論文を執筆しないといけなくて、困ってるんだよね。
         ラーライラなら、エルフの恋愛観もわかるかなって。

モルドレッド:お前……
        よくそんな咄嗟に、作り話がペラペラと出てくるな……

パーシヴァル:しっ。モルのためだろ。

ラーライラ:う、うん……
       私はムーンストーン族だから、他のエルフのことはわからないけど。

パーシヴァル:うんうん。
        エルフの恋人は、普段何をして過ごしてるの?

ラーライラ:朝は明るい日の光を浴びて、二人で風を感じる。
       夜は月光浴。虫の声に耳を澄ますの。

       季節の移り変わりを共に過ごし、年輪を重ね、絆の幹は太くなる。

パーシヴァル:比喩でロマンチックな雰囲気になってるけど……

モルドレッド:要は二人してぼーっとしてるってことだよな?

ラーライラ:……そうとも言える。

モルドレッド:よく暇にならないな……

ラーライラ:あなたたちこそ、どうしてそんなに慌ただしいの?
      私、夏になると族長様と一緒に、雲の形を眺めていた。
      目まぐるしく姿を変える夏の雲は、時間が経つのを忘れさせる。

モルドレッド:暇すぎて、時間が凍りそうだ……

パーシヴァル:『哺乳類の生命活動の総量は一定である』
        エルフは人間より遙かに寿命が長いけど、活発に何かをしようって種族じゃない。
        実は両者の生涯の体感時間は、そんなに変わらないのかもしれない。

        少子化も深刻なんだっけ?

ラーライラ:うん。
      『花咲く季節』にエルフの恋人たちは、未来の種子(たね)を作る。
      でも、種の多くは芽吹かず、母なる大地に永眠する……

パーシヴァル:また意味がよくわからないんだけど、その種子(たね)ってのも比喩?

ラーライラ:ううん。言葉の通り。

      エルフの男は、恋人への愛と未来への希望を願って、種を作るの。
      エルフの女は、その種を飲み込み、命の芽吹く大地となる。

パーシヴァル:うわあ……
        普通のヒト属の生殖行動じゃない……植物人間だよ。

        エルフって、人間辞めてるよね。

モルドレッド:ちょっと待て。

        ラーライラ、お前の父上は人間だったんだろう?
        どうやってエルフである母上との間に、子供を作った?

ラーライラ:えっ……

       それは……エルフにもあなたたち人間と同じ機能が残ってるから。
       進化の名残、なのかもしれないけど。

モルドレッド:同じ機能?

ラーライラ:……言わなくてもわかるでしょう。

モルドレッド:いや、全くわからないな。

パーシヴァル:だよねー。詳しく具体的に説明してもらいたいな。

ラーライラ:馬鹿。人間って最低。

(怒って先に行くラーライラ)
(残った二人は、ひそひそ密談を始める)

パーシヴァル:やったじゃん、モル。
        肝心なところは、おいらたち人間と変わりないみたいだよ。

モルドレッド:あ、ああ……
        一時は頭に花でも咲かせないといけないのかと思ったが……

        しかし、状況が好転したわけでは……

パーシヴァル:何言ってんだよ。
        後はがーっといって、がばーっと押し倒すんだよ!

モルドレッド:し、しかしオルドネア聖教の聖騎士として、婚前交渉は……!

パーシヴァル:オルドネア聖教の信者だからって、婚前交渉しちゃいけない理由はないよ。

        ヨーゼフ派は、一度結婚したら、離婚出来ないんだろ。
        だから、結婚前に相性を確かめておくのは大事だと思うけどな。
        パウェル派は、元々自由恋愛に寛容だし。

モルドレッド:お前……妙に詳しいな。

パーシヴァル:へへ、ヨーゼフ派の女の子を口説いた時に使ったんだ。

モルドレッド:教義の解釈については、言いたいことがあるんだが。

パーシヴァル:今はそんなこと言ってる場合じゃないだろ。
        モル、本音で話せよ。

        本当は恐いんだろう?

モルドレッド:あ、ああ……

        俺に上手く、事に持って行けるんだろうか……
        あいつは身持ちが堅そうだし……

        考えても考えても、無下に突っぱねられる未来しか見えてこないんだ……

パーシヴァル:うんうん、わかるよ。
        振られるのって、何度経験しても心が痛いよね。

モルドレッド:言っておくが、俺は一度も振られたことはないぞ。
        一度も付き合った経験もないが。

パーシヴァル:モル、それは戦わずして負けてるんだよ。

モルドレッド:う……
        わ、わかっているとも……
        こんなに自信が持てないのは、実戦経験のない新兵と同じ心境だと……

パーシヴァル:しょうがないな。
        復興支援ついでに、ザーンの街へ遊びに行こうか。
        チョー積極的な獣人の女の子に、ばっちりリードしてもらって、モルも歴戦の勇士になるんだ。

モルドレッド:女を買うということか……!?

パーシヴァル:違うよ。お金の絡む自由恋愛だ。

モルドレッド:馬鹿な! そんな建前は認められん!

パーシヴァル:そうは言っても、獣人の収入源なんだし。
        取り締まったところで、逆に窮地に追い込むだけだ。
        綺麗事並べるより、少しでも多くチップを弾んであげる方が喜ばれるよ。

モルドレッド:しかし、俺たちは仮にも帝国の皇子だぞ?
        もし発覚したら……

パーシヴァル:そんときはそんときだ。おいらたちは一蓮托生さ。

モルドレッド:パーシヴァル……!

パーシヴァル:実を言うと、おいらも前から行ってみたかったんだ。

モルドレッド:わかった。俺も男だ。覚悟を決める。

ラーライラ:――もしそんなところに行ったら、二人とは二度と口利かないから。

パーシヴァル:げえっ!? 何でラーライラにまで聞こえてるの……

モルドレッド:忘れていた……あいつ、地獄耳だったんだ。

ラーライラ:人間って、本当に最低。
       モルドレッドなんて大嫌い――!

モルドレッド:な、何で俺だけ……

パーシヴァル:ご愁傷様、モル。

         おいら、一人で行って誰にも言わないでおこっと。


□3/サン・ペテロ大聖堂、第三礼拝堂


ランスロット:モルドレッド=ブラックモア。
       異端審問機関『黙示録の堕天使』による、貴公の懲戒請求について、聖騎士団は此れを却下。
       『黙示録の堕天使』から再度の異議申し立てが無かったことから、懲戒審問は否決で終了した。

       まずは安心していいぞ、モルドレッド。

パーシヴァル:よかったねモル!

モルドレッド:……兄上。

        俺のしたことは、間違っていたのでしょうか……
        裁きの俎上(そじょう)に載せられるような、罪深い行いだったのでしょうか!?

ランスロット:モルドレッド、真祖の復活でどれだけの命が失われたと思う?

        十万人だ。
        都市一つが、一夜にして廃墟と化したのだ。
        その場にいたお前なら、その凄まじさ、壮絶さがわかるだろう。

ラーライラ:十万人……!?

パーシヴァル:後で数字を聞いて、背筋が凍りついたよ。
        よく生きて帰ってこれたよなあ……おいらもモルも。

ランスロット:もしも聖典ならば、救世主オルドネアならば――
        大悪魔(ダイモーン)を倒し、イゾルデを赦し、犠牲となった人々を蘇らせる――
        そんな誰もが幸せになれる完璧な正義=c…奇跡を起こせるのかもしれない。

        しかし、私たちはオルドネアではない。
        聖典のような完璧な正義≠ヘ貫けん。
        せめて犠牲を最小限に……最小の不幸≠目指すしかないのだ。

モルドレッド:しかし兄上――!

        悪を滅するだけが、正義なのですか!?
        裁きの邪魔になれば、無辜の人々の命まで奪い、罪を悔いる者すら葬り去る――!

        それは最小の不幸=c…正義と呼べるのですか――!?

ランスロット:正義と愛、そして贖罪(ゆるし)
        オルドネア聖教は、正しく生きること、隣人を愛し、罪を許すことを説いてきた。

        しかし時に神は、正義とも贖罪(ゆるし)とも呼べぬ、殺戮と破壊をもたらす。
        ソドムとゴモラの街を洪水で押し流し、悪魔の軍勢を白き終焉に葬り去ったように。

        一つの正義が、より多くの不幸と苦しみを産むなら――
        神は、その正義に刃を振り下ろす。

モルドレッド:正義は、神に断罪される……?

ランスロット:モルドレッド=ブラックモア。
        聖騎士団団長ランスロット=ブリタンゲインが、貴公に処分を下す。

        貴公は、一ヶ月のサン・ペテロ大聖堂への出入りを禁止。
        その間、聖遺物であるロンギヌスの槍は、聖騎士団の預かりとする。
       
モルドレッド:ロンギヌスを……!?

ランスロット:正義は時に、人を不幸にする。
        純粋であることは、美徳であっても、幸福はもたらさん。
        お前もそのことを考えてみる時期が来たと思う。

モルドレッド:……了解致しました。
        モルドレッド=ブラックモアは、聖騎士団の決定を厳粛に受け止め、
        二度とこのような過ちを犯さぬことを誓います。

        ――失礼します。

パーシヴァル:兄さん……
        モルがあんな頑なに正義を貫こうとするようになったのは……
        全部オルドネア聖教の……あの預言のせいじゃないか!

ラーライラ:わからない……
      どうして人間は、そんなに13th(サーティーン)≠フ数字を忌み嫌うの?
      たまたま十三番目に産まれただけのモルドレッドを、災いの皇子なんて……

パーシヴァル:不吉の数字『十三』
        それが広く言われるようになったのは、第三使徒フィリポス――ブリタンゲイン初代皇帝が、狂死したことが原因だ。

        使徒フィリポスは、ブリタンゲイン皇帝の座に即位した後、異常なほど13th(サーティーン)≠恐れ、忌み嫌った。
        帝国全土で十三≠フ使用が禁じられ、十二の次は十四なんて馬鹿馬鹿しい制度が敷かれたほどだった。

        ブリタンゲイン一世は、生涯、十三使徒ジュダの復讐に怯えていた。
        一説によると、13th(サーティーン)≠忌み嫌ったのは、ジュダを連想させるものを、徹底して意識の外に追いやろうとしたから――らしい。

        千年も昔の、頭のおかしい皇帝の言ってることを真に受けて。
        どうかしてるよ、みんな。

ランスロット:パーシヴァル、ラーライラ殿。

        二人は、このブリタンゲインをどう思う?

パーシヴァル:どうって……
        そりゃ世界一位の座は、フリードニア合衆国に譲り渡したけど、
        古代魔法王国発祥の地であり、魔因子の血統、魔法の技術利用については、他国の追随を許さない。

        生まれた国がブリタンゲインってのは、ま、ラッキーと言えるんじゃないの?

ラーライラ:でも……帝都ログレスの人間たちは、みんな暗い顔に見える。
       帝都で聞こえてくるのは、愚痴や不満、政治への批判ばかり。
       砂漠の国ウル・ハサンのほうがずっと貧しいのに、街の住人は活気に満ちていた。

ランスロット:軍人は、俸給(ほうきゅう)を減らされ、税金を食い潰す厄介者扱い。
        貴族は、領地の収入が細り、帝国政府に貸し付けた債務の不履行に怯えている。
        国民は、海外の安い輸入品と労働力に職を失い、貧困層が拡大した。

パーシヴァル:軍人が持て余されてるのは、戦争がない平和な証拠。
        経済の停滞もブリタンゲイン人にあらずば人にあらず≠ニ言われた、
        帝国とその他の国の格差が、縮小してきたってことだ。

        それに、経済規模だって、未だに世界で二番目だよ。

ランスロット:そう、誰が悪い訳でもない。
        世界は以前よりも、より豊かになり、より公平になった。
        だからこそ……問題は根深いのだ。

        今から十八年前の出来事……
        北米十三植民地――フリードニア合衆国の独立は、その象徴だった。

ラーライラ:ここでも十三≠ェ出てくるのね……

       でも、どうしてブリタンゲインは、フリードニアに敗北したの?
       戦力では、ブリタンゲインのほうが圧倒的に強いはず。

パーシヴァル:そりゃ、戦力ではね。
        戦略魔法や魔導装機を投入すれば、ブリタンゲインの圧勝だったよ。
        でも戦争に勝っても焼け野原、移民の大量虐殺が結果じゃ、元も子もない。

        国内では、負担を強いられる貴族や国民の不満が爆発して、帝都では毎日反戦デモ。
        そもそもフリードニアの国民は、元々ブリタンゲインからの移民たちだ。親戚や友達も数多くいる。
        とても戦争継続なんて、出来る雰囲気じゃなかった。

ランスロット:ブリタンゲインは、植民地の独立要求を呑むことで終戦条約を締結した。
        ブリタンゲインは事実上、敗北したのだ。
        千年の歴史上、初めて――

パーシヴァル:敗北って、そんな大袈裟な……
        ただ駐屯軍が追い出されただけじゃないか。

        植民地を押さえつけるよりも、独立を認めて仲良くやっていくほうが、
        ブリタンゲインにもフリードニアにも、どちらにもいいって、外交上の損得で判断されただけだよ。

ランスロット:国益の観点で見れば、フリードニアの独立は小さなものだ。
        あれは、一つの時代の象徴なのだ。

        今日よりも明日は良くなる――
        皆がそう信じていた時代の終わり。

        誰もが薄々気づいていながら目を背けていた――
        フリードニア独立の日は、帝国国民には、ブリタンゲインの落日を直視することになった日だった。

パーシヴァル:おいらはフリードニア独立後の生まれだから、兄さんのそういう感傷はわからないけどさ。
        でも、なんでそんな話を急に――……

ランスロット:悪の居ない衰退、希望の失われた国、人々の心を覆い尽くす閉塞感。

        災いの十三皇子は、落日の帝国に産まれた。
        苦しみの原因(わけ)を求める人々に、偽りの摂理を示し、人々の絶望を引き受けるために。
        罪深き人々の贖いをその身に引き受けた、オルドネアの如く――

ラーライラ:そんな……!
       モルドレッドは、生贄だっていうの!?
       鬱屈や閉塞感の標的にされる、災いの象徴――……

パーシヴァル:ああそっか。そういうことだったのか。
        ずっとモヤモヤしてたけど、今ようやく霧が晴れたよ。

        兄さん、全部わかってたんだな。
        わかってて、モルを災いの皇子に祭り上げるのに荷担した――

ランスロット:私は――あの預言は、神の託宣であると確信している。
        災いの十三皇子という原罪を背負って産まれたモルドレッド。       
        不吉の数字13th(サーティーン)≠フ未来が変わった時――
        人々はそこに、絶望からの再生を見るだろう。

パーシヴァル:大人って(きった)ねえ……!
        何が聖職者、何が聖騎士団だよ。
        体制を守りたいだけの大人の集まりじゃないか。

        ヘドが出そうだ。
        ランス兄さんにも、オルドネア聖教にも――!

ラーライラ:あっ、パーシヴァル――!?

ランスロット:…………


□4/パーシヴァル邸、個人喫茶室(プライベート・ダイニング)


ラーライラ:おめでとう、パーシヴァル。

パーシヴァル:ありがとう、ラーライラ!

ラーライラ:魔導大学院(アカデミア)講師――
      私にはよくわからないけど、立派そうね。

パーシヴァル:正しくは最年少講師だよ、最年少。
        講師と言えば、魔導研究職の第一歩!
        ゆくゆくは助教授、教授と昇格していくってわけ。

モルドレッド:これからどうするんだ、パーシヴァル。
        宮廷魔導師は辞めて、魔導研究者を目指すのか?

パーシヴァル:うーん。
        魔法の研究は好きだけど、やっぱり実践あっての研究だと思うんだよね。
        宮廷魔導師だと貴重な魔導具を直接扱えるし、研究成果を自分自身で確かめられる。

        でも将来のことを考えると、研究職の方が明るいしなあ。
        ま、しばらく講師をやってみて考えるよ。

ラーライラ:パーシヴァルって、偉かったのね……

パーシヴァル:何だよ、今更気づいたの?
        十一皇子で宮廷魔導師で大学院(アカデミア)講師って、エリート中のエリートだぞ。

ラーライラ:ご、ごめんなさい。今度から敬語を使います。

パーシヴァル:ラーライラだって、ムーンストーン族の若き族長様じゃないか。

ラーライラ:うん……
       明日は帝国政府の使者と一緒に、トゥルードの森の関係者たち、エルフの集落、近隣の人間の村々を回る予定。

パーシヴァル:おー、対外交渉って奴だね。責任重大じゃん。

ラーライラ:あまりプレッシャーを掛けないで。
       気が重いのに……

パーシヴァル:ごめんごめん。
        でも凄いや。
        ラーライラを怒らせたら、エルフと人間の外交問題になっちゃうかも。

ラーライラ:そう。今朝みたいなことを言ったら、国交断絶だから。

パーシヴァル:じゃあ、セクハラには国家の命運を賭けないと。

ラーライラ:ど、どうしよう……
      そこまで覚悟してるなら、私、平和のために答えないといけないの……?

パーシヴァル:あははは。
        ラーライラ、そんなんじゃ交渉で押し切られるよ。

        モル?

モルドレッド:…………

        あ、ああ……すまない。

パーシヴァル:モル、さっきの気にしてるの?

モルドレッド:いや……

        ……そうだな。
        そうかもしれない。

パーシヴァル:気にするなよ。
        自宅謹慎ってわけじゃないだろ。
        一ヶ月、骨休めだと思って遊んでりゃいいさ。

モルドレッド:…………

ラーライラ:モルドレッド……

パーシヴァル:あのさ、モル――

モルドレッド:すまん。
        少し夜風に当たってくる。

        おめでとう、パーシヴァル。
        お前は……凄い奴だよ。

        ラーライラも……
        明日の交渉、上手くまとめてくれよ。


□5/帝都西区、夜の高級住宅街


モルドレッド:(パーシヴァル……)
        (お前は俺の相棒で、親友だが……お前と俺は違う……)
        (お前の未来は希望に輝いているが……俺の未来は真っ暗だ……)

        (ラーライラも……)
        (初めて会った時のような、劣等感に苛まれていたハーフエルフではない……)
        (ムーンストーン族の族長として誇りを持ち、重責を担っている……)

        (普段、散々偉そうなことを言って……)
        (俺だけが……俺だけが取り残されている……)

モルドレッド:(災いの皇子の預言……)
        (それを覆すために、俺はオルドネア聖教の聖騎士となり、正義の道を邁進(まいしん)してきた……)

        (だが正義とは、何だ……?)
        (俺は本当は……正義の意味など、何もわかっていないのではないか……)

黒翅蝶:正義に曇りし盲目の聖槍(せいそう)は、己を見失い、夜の街へ彷徨い出た。
     汝、盲信した正義を十字架に架けよ。
     まがいの理想の血潮を浴びて、真実の(まなこ)は開かれん。

モルドレッド:赤い眼、白い肌……
       色素の抜け落ちたアルビノ……

       顔は変わっていても、見間違えようがない……!
       黒翅蝶……

       十三使徒、ジュダ……!

黒翅蝶:ジュダ――
     時の彼方に置き去りにしてきた名前。
     黒き蝶をそう呼ぶのは、古き友のみとなった。

モルドレッド:『ハ・デスの生き霊』の首謀者が、帝都ログレスに現れるとは……

        千年前、救世主オルドネアを卑劣な罠に掛けて命を奪い、
        肉体が滅んでも尚、帝国に災いを為す、呪われし古代人の亡霊……

        今、俺が引導を渡してやる――!

黒翅蝶:何故(なにゆえ)ジュダが、亡霊と成り果てる?
     憎きオルドネアを罠に落とし、目論見通り、迷える子羊たちに殺害せしめたのならば、
     ジュダに遺る未練は無く、地縛(じばく)の霊魂も昇天しよう。

モルドレッド:お前はオルドネアを妬み、オルドネアの奇跡を、悪魔の(わざ)だと触れ回った。
       そして狂気に取り憑かれた人々を煽動し、この世界から神の御子(みこ)を奪い去った。

       救世主に成り代わらんとした、偽の救世主(メシア)――!

黒翅蝶:背信者の記した聖典は、真実(まこと)虚偽(いつわり)を逆転す。
     裏切りの沼の水鏡(みずかがみ)に、偽りの聖典を鏡写せ……

     第一使徒ペテロ、第二使徒ヨーゼフ、第三使徒フィリポス。
    『聖三使徒』を僭称(せんしょう)す奴らこそ、救世主を亡き者とした真の裏切りの使徒=B

モルドレッド:戯れ言を――!

黒翅蝶:災いの十三皇子モルドレッド。
     ジュダと同じ13th(サーティーン)≠フ数字を背負いし汝に問う。

     汝、何故(なにゆえ)オルドネア聖教の槍となる?
     無垢なる赤子に原罪の衣を着せ、安寧の生贄とした聖なる邪教。
     汝の向けるべき矛先は、黒き蝶よりも、救世主(メシア)の偶像。

モルドレッド:それは……正義の、ためだ。

        俺が正義の聖騎士となれば、預言は打ち砕かれる。
        そのために俺は、貴様を、『ハ・デスの生き霊』を倒すと誓った――!

黒翅蝶:其れは正義にあらず。
     汝も気づいていよう。

     正義の行く先に、汝の求むるものは何も無く。
     故に汝は何も掴まず、幻の聖杯を追う旅路に往き倒れる。

モルドレッド:ならば貴様の正義とは何だ!?
        邪教に人々を惑わせ、帝国に破壊と災いをもたらす。
        貴様の復讐に、無辜の人々を犠牲にしているだけだろうが――!

黒翅蝶:ジュダは破壊など望まず、願望(ねがい)の華を咲かす水遣り人。

     獣人の長ベイリンも、真祖吸血鬼(ヴァンパイアロード)イゾルデも、
    『ハ・デスの生き霊』は何一つ強要せず、彼らの願望(ねがい)を叶えたに過ぎぬ。

     復讐の果実は、その結果に実り、ジュダは細やかな報酬を収穫したのみ。

モルドレッド:ふざけるな――!
      『ハ・デスの生き霊』の影が落ちたウル・ハサンやワラキアは災厄(わざわい)が降り注ぎ、
       後に残ったのは、荒廃した街と、人々の死だけだった。

       どれほど戯れ言を繰ろうと、その結果を取り繕うことは出来ん!

黒翅蝶:万人を救う、唯一無二の正義があると?
     遙かなる昔……ジュダもその聖杯を探し求めた。

     なれど黄金郷(エルドラド)は遠く。
     金色(こんじき)幻影(まぼろし)より立ち返ったジュダは救済を始めた。
     世界ではなく、一人ひとりを救う。
     救世主(メシア)ではなく、救済者(ツァラトゥストラ)となるべく……

モルドレッド:歪んだ正義や、ねじ曲がった欲望――
        その果てにあるものは、自分自身すら飲み込む、滅亡(ほろび)だけだ。

        貴様の戯れ言に、一片の真実が含まれていようと――
        やはり貴様は救世の誓いを捨て、利己心の追求のみに走った、唾棄すべき存在に変わりはない。

黒翅蝶:モルドレッド。
     十三使徒ジュダが、汝に試練を授けん。

     汝に襲い来るは、黒曜石の凶風。
     憎悪の種子(たね)を撒かれ、愛憎の子宮に育まれた、エルフと人間の混血児(あいのこ)
     呪われし子の名を受けながら、聖母像(マリアぞう)を壊し、原罪の鎖を引きちぎった、汝と似て非なる双生児。

     汝の聖槍――
     ロンギヌスの奇跡で、乗り越えて見せよ。

モルドレッド:(ロンギヌス……)
       (しかし、今、俺の手には……)

黒翅蝶:くっくっく……
     ロンギヌスは、汝の手を離れはせぬ。
     必ずや汝の手に戻るであろう。

     我が死霊傀儡法(ネクロマンシー)の片割れ……神聖魔法(キリエ・レイソン)≠フ見初(みそ)めた使い手故に――

モルドレッド:お前の、片割れ……!?

        何を言っているんだ。
        ロンギヌスは、オルドネアの魔晶核だぞ……?

黒翅蝶:災いの十三皇子よ。

     十字架を背負い、ゴルゴタの丘へ登れ。
     正義の果ての絶望を知り、世界への憎悪を絶叫せよ。

     その時、汝は救済者とならん。
     十三使徒と十三皇子の道が交わりし時、人間(ひと)は超人へと歩み出す――

モルドレッド:待て、まだ俺の話は終わっていない――!

        転移魔法……

        十三使徒ジュダ……
        奴は……俺に何をさせようとしているのだ……


□6/トゥルードの森、若木の立ち並ぶ新緑地


ランスロット:恐竜王ディラザウロが放った戦略魔法の跡地……
       見渡す限り焼け野原だった一帯が、半年足らずで緑の生い茂る森に。
       ムーンストーン族の樹霊喚起歌(ネモレンシス)は驚くべき魔法だ。

ラーライラ:見た目は、元通りでしょう。
      でも、足元を見て。
      急激に成長させた樹木は、大地を枯らす。
      大地をねぎらい、休息を与えなければ……森は死に絶えます。

ランスロット:伐採地区の再割当。禁猟区の設定。
        狩猟制限や材木生産高の減少をどう補償するか。

        金銭面の負担よりも、利害関係の調整が難しい。

ラーライラ:尽力、感謝します。
      エルフが訴えても、人間は聞く耳を持ってくれない。

ランスロット:お気になさらず。元々帝国政府の仕事ですから。

       森の保全が、村の林業に不可欠であるとわかっていても、収入が途絶えてしまうと生活が成り立たない。
       長期の視点に立とうとしても、目先を追わざるを得ない。

       人間の悲しい性です。

ラーライラ:…………

ランスロット:ところで、モルドレッドとはどこまで行きましたか?

ラーライラ:ど、どうして、あなたまでそんなことをっ!?

ランスロット:私としては、モルドレッドには、是非ラーライラ殿と結ばれて欲しいと願っておりますので。

ラーライラ:…………

      政略結婚――?

ランスロット:ありていに言ってしまえば、そうなります。

       ブリタンゲインは世界でも有数の豊かな国ですが、国内には数多くの矛盾が見て取れる。

       たとえば二等国民と呼ばれる人々――
       真に貧しい人々は、日々の食事すら事欠く惨状です。
       エルフの樹霊喚起歌(ネモレンシス)なら、それを救うことが出来る。

ラーライラ:あなたの言いたいことは理解しています。
      でも、それは禁じられている……

ランスロット:わかっています。
       エルフの使徒シャダイの『緑と大地の戒律(いましめ)』ですね。

ラーライラ:私たちエルフが、魔法文明に生きる古代人の一種族であった時代……
      
       聖獣の毛皮や角を獲り、農作地を荒らす害獣を始末する、狩猟人(ハンター)
       森を切り開き、尽きることなく作物を産み出す、樹霊使い(ドルイド)
       水を従え、風を操り、地形すら創り替える精霊使い(シャーマン)

       三部族は、互いに協力し合い、古代魔法王国の食糧や資源を支えていた。
       三部族はエルフを名乗り、『森の貴族』の名で敬われていた。
       長きに渡る凶作の季節……『魔法王国の大飢饉』までは。 

ランスロット:その年、作物を無尽の如く産み出していた大地は、樹霊使い(ドルイド)の魔法に何も応えなかった。
        精霊使い(シャーマン)が元素に働きかけ、土地の質を改善しようと試みても徒労に終わる。
        何時しか聖獣や神獣は姿を消し、得体の知れぬ妖獣や化け物ばかり彷徨くようになり、狩猟人(ハンター)はその始末に追われた。

ラーライラ:やがて、その妖獣すら姿を消し――真の荒廃が姿を現した。
       風は澱み、水は流れず、大地は干涸らびた……
       草一本生えず、虫一匹いない、死の世界。

       カルダン砂漠や『不浄地帯』と呼ばれる土地は、古代のエルフが魔法を濫用した報い。

       エルフたちは、自分たちの行っていたことの、真の意味に気づいたのです。
       無から有を産み出していたのではなく、大地のエネルギーを湯水の如く使っていただけ……

ランスロット:以来エルフたちは、文明社会と距離を置き、森の中で原始生活を営むようになった。
        原始生活と言っても、全員が魔法の使い手なので、貧困や飢えとは無縁でしょうが。

ラーライラ:…………

       ランスロット、あなたはどう思うの?
       使徒シャダイの教えを……『緑と大地の戒律(いましめ)』を。 

ランスロット:難しい問題です。
        使徒シャダイの教えは、もっともだと思う。
        しかし、死に往く餓えた者の耳に、その教えは届くのか。
        食糧を巡って争いを繰り広げる現実に、その教えはどれほど正しさを持つのか。

        ヨーゼフ派の神父に問えば「それはエルフたちの力の独占であり、神に還すべきもの」と答えるでしょう。

ラーライラ:…………

ランスロット:ラーライラ殿、あなたはあなたの信じる教義を貫きなさい。
        感情に流され、行動が行き当たりばったりに、ぶれてしまうことを恐れなさい。

        使徒ヨーゼフの教えの本質は、人生の軸を持つこと――
        思想の色を抜き去れば、これに尽きると思うのですよ。

ラーライラ:……ずいぶん寛容なのですね。
       オルドネア聖教は、異端の思想には容赦しないイメージだったのに。

ランスロット:『聖三使徒』は、ブリタンゲイン帝国の(いしずえ)を築き、オルドネア聖教への信仰で、人心を一つにまとめ上げた。
        人間にとっては最も偉大な使徒である反面、他の種族とは、その強硬な姿勢により、溝を広げてしまった一面もある。

        ヨーゼフ派の末席に連なる私が、こんなことを言うと、異端審問に掛けられかねませんが。

ラーライラ:ランスロット……

ランスロット:相反する二つに挟まれる――
        人生にはこういったことがたびたびあり、頭を悩ませることになる。

        しかし、その相反は現時点のもの。
        私たちには、未来がある。
        未来では、望むべく二つは相反するものではなくなっているかもしれない。

        二つに裂かれる希望を憂うより、未来へ向かって今、精一杯歩む。
        そうすれば……神の計らいが、最善の未来に導いてくださる。
        私は、そう信じています。

ラーライラ:…………

       これより先は、オブシディアン族の領域。
       人間のあなたは、立ち入らないほうがいい。

ランスロット:エルフと人間の絆の修復を――
        どうかよろしくお願い致します、族長殿。


□7/トゥルードの森、黒曜石の森


ラーライラ:(黒曜石の森……)
       (トゥルードの森の、オブシディアン族の領域……)

ゾルゾリド:ラーライラ=ムーンストーンだな。

ラーライラ:誰――?

(黒松の幹に背を預けていた黒エルフの若者が、唾を吐き捨て、ラーライラに近寄ってくる)

ゾルゾリド:――ぺっ。

       ハーフエルフの分際で、ムーンストーン族の族長とは、いいご身分じゃねえか。

ラーライラ:……あなただって、ハーフエルフじゃない。

       オブシディアン族の血を引く、ハーフエルフ――?
       あなたは、ひょっとして――!?

ゾルゾリド:ゾルゾリド=オブシディアン。
       だがダークエルフどもの姓なんざ、とっくに捨てた。

       俺は『ハ・デスの生き霊』が幹部、逆十字(リバースクロス)一柱(ひとはしら)、首狩り孤児ゾルゾリド。
       てめえの身柄を預かりにきたぜ、ハーフエルフ――!

ラーライラ:エ、エルフの干し首――!?

       凄い突風っ……!

       種に眠りし、堅き命。
       常緑(じょうりょく)の葉を茂らせ、強固なる幹で森を守るもの。

       樫樹霊(トレント)たち――!

ゾルゾリド:そんな枯れ木で、俺の風が防げるかよぉっ!

       精霊召喚、風の魔王パズズ――!

ラーライラ:禁呪法――……!

      誰か――!
     『ハ・デスの生き霊』が――!
     禁呪精霊使い(イヴルシャーマン)がいる――!

ゾルゾリド:クククク――!

      どんだけ叫んだって、聞こえやしねえよ。
      俺の精霊魔法の範囲じゃ、音の波動は打ち消される。
      トゥルードの神樹が倒壊しようと、静かなもんだ。

ラーライラ:それなら――!

       ううっ……
       胸が、苦しい……

       はあ、はあ……
       息が……どうして……

ゾルゾリド:馬鹿め、突風はフェイクだ。
       パズズの力で、密かに酸素を奪った。
       そうとも知らず、大声で叫んで、自分から酸欠になりやがって。

ラーライラ:う、うう……

ゾルゾリド:気絶しやがったか。

       こんな間抜けな糞女が、族長だぁ?
       ムーンストーン族は、脳味噌まで雑草レベルだぜ。
       クーサリオンがくたばって、都合よく後釜に座った唐変木なんだろうが。

       気に食わねえ――

       たっぷり可愛がってやるからなぁ……
       クックックック。

ランスロット:待て――!

ゾルゾリド:――っ!?

       俺の無音結界に気づきやがったのか――!

ランスロット:貴様のその邪悪な魔力……
        音は消せても、撒き散らされる異様な空気は消せん。

ゾルゾリド:てめえは、ランスロットとか言ったな。

ランスロット:私の名も、知られるようになったか。

ゾルゾリド:ブリタンゲインの第二皇子で、オルドネア聖教の聖騎士――
      『ハ・デスの生き霊』が標的とする組織に、二つもまたがっていやがる。

       てめえの首を土産に持って帰れば、蟲野郎や蜥蜴の化け物に、大きく水をあけられるぜ。

       死にな、聖騎士――!
       真空に、臓物をぶちまけろ――!

(ゾルゾリドの背後に実体化したパズズの吸気で、ランスロットの周囲が瞬時に真空地帯に変わる)

ランスロット:湖心儀礼剣(アロンダイト)――!

ゾルゾリド:水の結界――!

ランスロット:私は、湖の貴婦人に祝福されし騎士。
        空気の無い湖底(こてい)は、生まれ故郷でね。

        往くぞ――!

ゾルゾリド:凶風の爪を突き立てろパズズ――!

ランスロット:湖の貴婦人(エレイン)繊手(せんしゅ)よ、風の爪を払え――!

       はあっ――!

(吹き下ろされた風の刃を斬り捨て、水飛沫の斬撃がゾルゾリドの頬を切り裂く)

ゾルゾリド:血だと……?
      水の飛沫が、俺の頬を斬り裂きやがった……!

ランスロット:お前の風は鋭く(はや)いが、軽い。
       質量を持った水には、押し切られよう。

ゾルゾリド:ほざきやがれ、人間が――!!

      いいだろう、てめえに大質量の一撃を見舞ってやるぜ……!

(ゾルゾリドは腰に下げていた別の干し首を手に取り、ランスロットに向けて突き出す)

ランスロット:エルフの干し首――

ゾルゾリド:この干し首は、俺の実の母親のもの。
       ママが作ってくれたんだ。

       俺のもう一つの切り札だ――……!

ランスロット:干し首が……生気を取り戻し始めている……!?

ズァクゥの首:ア、アアアアアア――……!!!

ゾルゾリド:おはよう、ママ。
       俺のために……働けよ……!

ランスロット:地面が隆起を――!

        土の、龍……!?

ゾルゾリド:クーックックック!!!

       目覚めろ、母なる邪龍ティアマトー!
       俺の敵を、大地の牙で噛み砕けええ――!!!

ズァクゥの首:ガ、アアアアアアア――!!!


□8/翌日早朝、ブラックモア邸の庭の訓練スペース


(並べた藁人形の群れに、力強い刺突をくり出すモルドレッド)

モルドレッド:はあっ! やあっ! せいっ!

パーシヴァル:ふああ〜……
        気合いの入った声が聞こえると思ったら、モルじゃん。

モルドレッド:パーシヴァルか。徹夜明けか。

パーシヴァル:早起きだよ、早起き。
        受け持った講義が、一限からでさ。
        もう嫌になっちゃうよ〜。

        それよりモル、朝の訓練?
        寝てりゃいいのに。仕事も無いんだしさあ。

モルドレッド:そうなんだがな……
        いつもの習慣で、目が覚めてしまった。

        それに訓練をさぼっていると、体が(なま)る。

パーシヴァル:ふーん、朝っぱらから汗臭い話だね。
        ふああ〜……

モルドレッド:やはり訓練用の槍は、ロンギヌスとは取り回しが違う。
        ロンギヌスの勝手を、思い出せるだろうか……

パーシヴァル:モル、あの庭の隅に刺さってる槍。
        あれ、ロンギヌスじゃない?

(モルドレッドは驚いて近寄り、槍を引き抜いてロンギヌスだと確かめる)

モルドレッド:ロンギヌスだ……
        一体何故、俺の屋敷に……

        まさか……

(モルドレッドの脳裏で、一昨晩の死霊傀儡師の言葉が反芻される)

黒翅蝶の声:ロンギヌスは、汝の手を離れはせぬ。
        必ずや汝の手に戻るであろう。

        汝こそ……我が力の継承者故に――

パーシヴァル:どうしたの、モル。顔が強張ってるよ。

ランスロット:くうっ……
        はあ、はあ……

モルドレッド:兄上――!?

パーシヴァル:血塗れじゃないか……!
         どうしたの、その怪我――!?

ランスロット:心配無い……
        神聖魔法で、応急処置はすませた。
        見掛けほど、傷は酷くない。

        それよりも、モルドレッド――
        ラーライラ殿が、『ハ・デスの生き霊』に攫われた。

モルドレッド:ラーライラが――!?

ランスロット:私が気づいて追撃したものの……
        このザマだ……返り討ちに遭った……

        返して欲しくば、お前一人で、コーンウォールの密林まで来いと……

モルドレッド:(ネクロマンサー……!)
        (奴の言っていた黒曜石の試練とは、このことか――!)

パーシヴァル:でも兄さん、モルは謹慎中でロンギヌスが――

        あ、だから兄さんがロンギヌスを返したの?

ランスロット:ロンギヌス――?

        それは……!?

モルドレッド:今朝、気づいたら庭に刺さっていました。
        誓って、俺が盗み出したわけではありません――!

ランスロット:そうか……
        真の魔導具は、持ち主を選ぶというが……

        わかった。
        ロンギヌスをお前に一時返そう。
        必ずラーライラ殿を、助け出してくれ。

モルドレッド:オルドネアに誓って必ず!

ランスロット:モルドレッド。

モルドレッド:はい。

ランスロット:喩えどれほど邪悪に見える魔法でも、あるいは神の御業(みわざ)のように見える魔法でも――
        魔法には、色も形も無い。ただ現象を引き起こすだけの技術に過ぎない。

        力に意思を感じたとしても……それは行使者の意思が投影されているに過ぎん。
        力に魅入られるなよ、モルドレッド――!



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