The 13th prince(プリンス・オブ・サーティーン)

第21話 黄昏に沈む永久(とわ)の夜

★配役:♂4♀1=計5人

▼登場人物

モルドレッド=ブラックモア♂:

十六歳の聖騎士。
ブリタンゲイン五十四世の十三番目の子。
オルドネア聖教の枢機卿に「十三番目の騎士は王国に厄災をもたらす」と告げられた。
皇帝の子ながら、ただ一人『円卓の騎士』に叙されていない。

魔導具:【-救世十字架(ロンギヌス)-】
魔導系統:【-神聖魔法(キリエ・レイソン)-】

パーシヴァル=ブリタンゲイン♂
十七歳の宮廷魔導師。
ブリタンゲイン五十四世の十一番目の子。
『円卓の騎士』の一人で、陸軍魔導師団の一員。
お調子者の少年だが、宮廷魔導師だけあって知識量はかなりのもの。

魔導具:【-自在なる叡知(アヴァロン)-】
魔導系統:【-元素魔法(エレメンタル)-】

真祖吸血鬼(ヴァンパイアロード)イゾルデ♀
十八歳。トリスタンの実の妹。
ブリタンゲイン五十四世の十番目の子。

千年前に君臨した吸血鬼たちを支配する王、真祖吸血鬼(ヴァンパイアロード)の血を引く。
先代の真祖吸血鬼(ヴァンパイアロード)の魔晶核を受け継ぎ、当代の真祖として目覚めた。
世界に災いをもたらし、古代魔法王国の滅亡の元凶となった悪魔の中の悪魔、大悪魔(ダイモーン)の一柱。

真祖の絶大な魔力の源は、真祖に導かれて夜空に昇るもう一つの月、『赤き月』である。
『赤き月』の正体は、吸血の月明かりで地上に生きる者の血を啜り、その身を肥え太らせる醜悪なる異次元の蛭。
自身が生ける魔導具と化しており、真祖はその使い手であり代理人。下級の吸血鬼は手足となって働く手駒である。

魔導具:【-宇宙の闇に潜む蛭(コスモヴァンパイア)-】
魔導系統:【-狂気なる月夜(ルナティックブラッド)-】

石棺(ひつぎ)の歌い手クドラク♂:
『ハ・デスの生き霊』の幹部、逆十字(リバースクロス)の一人であり、
ブリタンゲイン五十四世の四番目の子、トリスタン=ルティエンスの裏の顔。

吸血鬼(ヴァンパイア)。古代人の一派、夜魔一族の血を引いている。
完全な魔因子を持っており、魔導具無しでも魔法を使える。
額には魔晶核(ましょうかく)があるが、人前では目立つため、人間時には隠している。

闇夜に流れる銀髪の美しさとは真逆に、醜貌を象った仮面兜で顔の上半分を隠す。
仮面兜の額には、冷酷さを象徴するような、氷河色の魔晶核(ましょうかく)が備わっている。

血を吸った人間を、半吸血鬼(ダンピール)に変え、自身の下僕にする。
半吸血鬼(ダンピール)に変えられるのは、異性に限られ、同性にはただの吸血行為で終わる。

魔導具:なし
魔導系統:【-高貴なる夜(ローゼンブラッド)-】

白き終焉の熾天使(してんし)サタンセラフィム♂:
オルドネア聖教の異端審問機関『黙示録の堕天使』を率いる天使長。
十二の古式魔導具で構成された、白銀の騎士甲冑『聖骸十二翼(ルシフェラード)』に身を包む。
階級は九段階の内の最上位『熾天使』であり、オルドネア聖教の神威を知らしめる神の剣。
傲岸不遜で、自身が悪と断定した者には一切の容赦なく殺戮する、理性ある狂信者。

古式魔導具とは、一つの魔導具につき一つの魔法に特化した魔導具で、
魔法の自由度が失われる反面、魔力消費量、発動までの待機時間が大幅に少ない。
使用者によっては、戦略魔法や儀式魔法クラスの大魔法まで、単独行使出来るケースもある。

魔導具:【-聖骸十二翼(ルシフェラード)-】
魔導系統:【-神聖魔法(キリエ・レイソン)-】


※注意
・ルビの振ってある漢字は、ルビを読んでください。
・特定のルビのない漢字は、そのまま読んでください。


ひらひらのひらがなめがね
上記のサイトに、この台本のURLを入力すると、漢字に読みがなが振られます。
ただし、当て字でルビを振ってある漢字(例:救世十字架(ロンギヌス))にも、読みがなが振られてしまうので、カタカナで振られている文字を優先して読んでください。

□1/ヴラドーの街の大通り


パーシヴァル:うっひゃ〜……!
        そこら中、屍食鬼(グール)だらけ……!

モルドレッド:馬鹿、余計な声を出すな。
        奴らの視覚は遮っているが、聴覚は生きているんだぞ。

サタンセラフィム:我と十三皇子の結界で、屍食鬼(グール)どもの意識下から、我らの姿は消えている。
          しかし透明化しているわけではない。
          ふとした拍子で、連中が我らを認識してしまえば、最早(もはや)誤魔化しは利かん。

パーシヴァル:わかってるって。
        それよりモル、慎重に運んでよ。
        その手押し車から、落とさないようにね。

モルドレッド:街中の家に忍び込んで、食器から装飾品まで、片っ端から銀製品を集める……
        本当に、理論通りに出来るのか?

パーシヴァル:理論上はいけると思うけど、現実はまた違うからね。
       ま、任せてよ。自信はあるんだ。

サタンセラフィム:貴様なら出来る。必ず成功させろ。
          失敗したら、ただで済むと思うな。

パーシヴァル:こ、恐え〜……
        それが天使の励ましかよ……
        めっちゃめっちゃ自信無くなってきた……

モルドレッド:セラフィム。
        屍食鬼(グール)は、街の人たちはどうなっているんだ?
        あの生気のない眼、自我を持たず、操り人形のように動く様子……
        俺には、アンデッドと同じように見えるのだが。

サタンセラフィム:屍食鬼(グール)はアンデッドではない。
          赤き月の魔因子に感染し、自我を封じ込まれているに過ぎん。

モルドレッド:では、真祖吸血鬼(ヴァンパイアロード)を倒せば、元に戻るのだな?
        しかし、魔因子に感染したままというのは……大丈夫なのか。

サタンセラフィム:魔因子に、精神を操る力など無い。
          ならば、魔因子を持っている我も貴様も狂人ではないか。

          無論、吸血鬼の眷属である屍食鬼(グール)の魔因子も血を求める。
          しかし血を求めると言っても、せいぜい肉料理を好むようになる程度だ。

パーシヴァル:でも、イゾルデは……?

サタンセラフィム:ある種の魔因子は、欲望や快楽といった脳の報酬系に作用し、間接的に個体の行動を誘導する。
          だがそれも、行動を決めるのは本人の意志だ。

パーシヴァル:何言ってんだよ……!
        お腹が空いた感覚や、眠くて堪らない時、それにほらムラムラっとくるの――
        体の欲求を操られるっていうのは、精神を操られてるのに等しいじゃないか!

サタンセラフィム:貴様は、快楽殺人者に人権を認めるのか。
          狂った欲望に駆られた狂人は、ゴミらしく惨めに死ね。
          魔因子に責任を転嫁して無罪放免など、断じて許さん。

モルドレッド:パーシヴァル。
        さっき、お前が流星に撃ち抜かれ、生死の境を彷徨った時……
        あの時、お前に意識があったら……

        吸血鬼になって生き延びるか、人間として死ぬか。
        お前はどっちを選んだ……?

パーシヴァル:昨日までのおいらだったら、迷わず「吸血鬼になって生きる」を選んだけど……
        おいら、わかんなくなってきたよ。

        セラフィムさんは「単なる行動の誘導」って言ったけど、
        あの優しかったイゾルデが、あんなにおかしくなっちゃった。
        魔因子の精神誘導は、常識も、人の心も消し飛ばしてしまうぐらい、強烈な力なのかもしれない……

モルドレッド:…………

パーシヴァル:それに、あの古代人レ・デュウヌ……
        何億匹もの蟲の塊になって、その蟲の集団に、精神を寄生させて生きている化け物。

        あいつ、何も悪びれるところも、恥じ入ることもなく、平然としていたよね。
        ただ生きてさえいればいい≠チて。
        これ以上ないぐらい醜悪な、生きることへの執着……

        あれを見ると、ね……

モルドレッド:もしこれから、同じようなことがあったら――

        お前を人間として死なせる。
        それでいいのか?

パーシヴァル:わかんないや。その時になってみないと。
        ま、モルに任せるよ。

モルドレッド:おいっ、何だそれは。無責任な奴だな。

パーシヴァル:モルはもちろん、人間として死ぬ方だよね。

モルドレッド:当然だ。

パーシヴァル:そうだよな。
        吸血鬼にしてまで生かしても、恨まれて、おいらが殺されそう。
        だったら、死んでてもらったほうがいいよなー。

モルドレッド:お前は、いちいち一言余計なんだっ!

(パーシヴァルを小突いた瞬間、手押し車に乗せていたフォークが落ちて、澄んだ音を立てる)

モルドレッド:……しまった、銀のフォークを!

(顔を合わせることもなくすれ違っていた屍食鬼(グール)たちが、一斉に振り返る)

パーシヴァル:えっ、今のフォーク落とした音で、気づかれた……?
        屍食鬼(グール)たちが、にじり寄ってくるんだけどっ……!?

サタンセラフィム:…………

          この馬鹿どもが。


□2/赤い月の真下、広場の石畳にうずくまるトリスタン



トリスタン:ぐああああっっ……
      ああっ、あああああっっ……!!!

(魔晶核をえぐり取られたトリスタンの額から、滂沱の如く鮮血が落ちる)

イゾルデ:あははっ――!

      お兄様の額の魔晶核……
      真っ赤な血に濡れて、とっても綺麗……

トリスタン:か、体が、消えるっ……
       わ、私の手がっ……霧になって散っていく……

イゾルデ:お兄様の体も、既に人間ではなく、吸血鬼のもの。
      不死身の代償に、魔法がなければ生きられない体……

      この魔晶核は、こうしてしまいましょう。

(イゾルデの手の中で、血に塗れた魔晶核が粉々に砕け散る)

トリスタン:わ、私の魔晶核を……
       に、握り、潰した……

イゾルデ:違います。
      これは使徒シリウスの魔晶核でしょう?
      お兄様は、古代人の魔晶核を移植しただけ――

(自身の左手首を口に当て、静脈を食いちぎるイゾルデ)

イゾルデ:お兄様、あなたはもう一度生まれ変わるのです。
      先代の真祖シモーネの下僕ではなく、この新たな真祖イゾルデの下僕として。

      さあ――
      私の手首から流れ出る血潮……真祖の血を飲み干しなさい。

トリスタン:…………!

イゾルデ:お兄様、そのままでは死にますよ。
      私を残して、死ぬつもりですか。

トリスタン:うう……

      血を……!
      私に……お前の血を……!

(半霧状に崩れ掛かった体を引きずり、イゾルデの手首に吸いつくトリスタン)

イゾルデ:嗚呼、お兄様……
      お兄様の渇望を、私が満たす……

      もっとお飲みなさい……
      甘い血の美酒は……夜空の海に、枯れることなくあるのですから……

トリスタン:があああああ……
       はあああああ……

       体が焼ける……!
       これは……魔力……!?

       これが……赤き月の魔力……!

イゾルデ:赤き月よ、此処に貴方の下僕たる、吸血鬼(ヴァンパイア)再誕(さいたん)します。
      夜の祝福を、霧の肉の洗礼を、鮮血の美酒の光を注ぎたまえ――

(真祖の血の祈りに応えるよう、赤い月光が二人を包み、広場は真紅の礼拝堂となる)

トリスタン:手が……元に戻っている……
       額にも、魔晶核が……

イゾルデ:それは今までの借り物の魔晶核ではない――
      お兄様自身の肉体から形成された、お兄様自身の魔晶核です。

トリスタン:魔力が(みなぎ)る……かつてないほどだ……
       これは一体……?

イゾルデ:当代の真祖である、私の魔因子を受け入れたことに依ります。
      赤き月との結びつきがより強くなり、お兄様も月の加護を受けられるようになったのです。

トリスタン:再誕(さいたん)、か……
       私は……正真正銘、生粋(きっすい)の吸血鬼となったわけか。

イゾルデ:今にして思えば、無茶苦茶な話でした。
      肉親でもない、赤の他人の魔晶核を、額に直に埋め込むなんて。
      拒絶反応も起きず、よく彼処(あそこ)まで魔法を扱えたものです。

      よっぽど似ていたのかしら。
      お兄様と、使徒シリウスは。

トリスタン:私は……
       使徒シリウスとは、似ても似つかぬ……

イゾルデ:そうですね。
      吸血鬼(ヴァンパイア)の分際で、主である真祖を討ったシリウスなど。

トリスタン:…………

イゾルデ:うふふふ。
      お兄様と二人だけの『夜の王国』も飽きてきたわ。

      次はモルドレッドとパーシヴァルも吸血鬼(ヴァンパイア)に転生させてあげましょう。
      あの天使を名乗る、白い小蠅も。
      人間の身ではすぐに死んでしまうから。
      吸血鬼(ヴァンパイア)の体にして、死ねない体で、無間(むげん)の苦しみを与えてあげましょう。

      ははははは、はははははは――!

トリスタン:このむせ返るほどの、濃密な血の臭い……
       その中心にいながら……心に一滴の血も感じられぬ……

       そうか……
       それが、真祖吸血鬼(ヴァンパイアロード)……
       オルドネアや使徒たちが、命を賭して封じた大悪魔(ダイモーン)……

イゾルデ:あら――
      ようやく屍食鬼(グール)たちが発見したようね。

      行きましょう、お兄様。
      異母弟(おとうと)たちを、『永久の夜の王国』の住人にするのです。

トリスタン:イゾルデ……お前はもう……
      
       私は……
       いや……私も……

イゾルデ:その次は他のお兄様やお姉様たちも、加えてあげましょう。
      私の気に入った画家や音楽家も住人に、それ以外は屍食鬼(グール)に変え、虫の好かない者は殺してしまいましょう。
      心が躍るわ。

      何をしているの、お兄様。
      存分にその力を振るいなさい――私の(しもべ)

(吸血鬼クドラクを象徴する醜貌の仮面を被るトリスタン)

クドラク:俺は吸血鬼クドラク……

      御意、主よ――
      我が妹にして……赤き月の真祖イゾルデよ――


□3/大通り、屍食鬼(グール)の群れに囲まれている三人


サタンセラフィム:囲まれたか。
          突破口を開けなかったのが致命傷となった。

パーシヴァル:ご、ごめんっ!
        普通の人間なら、痺れて動けなくなる電流だったんだけど。
        あいつら、雷を喰らってもピンピンして襲いかかってきたっ!

モルドレッド:屍食鬼(グール)の包囲網……!

        くるぞっ! セラフィム――!

サタンセラフィム:ネフィリムの左手。
          我の結界に、貴様も結界を重ねろ。

(二重結界に殺到した屍食鬼(グール)たちが、形振り構わず襲いかかってくる)

パーシヴァル:引っ掻いたり、噛みついたり……もう滅茶苦茶だ。
        これが人間?
        外見が普通な分、ゾンビより恐怖感があるよ。

サタンセラフィム:この程度の攻撃で、左腕の輝きは消えん。

モルドレッド:しかし引っ掻きや噛みつきでも、じわじわ魔力を奪われていくぞ。
        もし結界が維持出来なくなれば……

        ――な、何だあれは!?

パーシヴァル:ま、丸太を抱えた屍食鬼(グール)たち……!
        まっすぐ突撃してくるよっ!

サタンセラフィム:破城槌(はじょうつい)のつもりか。
          皇子、衝撃に備えろ――!

モルドレッド:オルドネアよ、暴威を阻む加護を――!

        うああああっっ――!?!?

パーシヴァル:モル、大丈夫っ!?

モルドレッド:い、一撃で相当魔力を持って行かれた……!
        今度喰らったら、結界を破られるかもしれないっ!

サタンセラフィム:…………
          皇子、貴様は結界を解いて待機していろ。

          我が血路を開く。
          我の結界が消えたと同時に、あの路地裏に飛び込め。

モルドレッド:しかしセラフィム、貴方は!?

サタンセラフィム:他人(ひと)の身を案じられる立場か。

          来るぞ……走れ――!

(結界が消えた直後、モルドレッドとパーシヴァルは、脇目もふらず路地裏へ走る)

モルドレッド:うおおおおおおおっ――!

        退けええええっっ――!!!

パーシヴァル:や、やっぱり、いざって時には、腕力だねっ。
        槍で力任せに、薙ぎ払って、切り払う――!

モルドレッド:パーシヴァル、あそこだ! 飛び込むぞ!

パーシヴァル:オーケイ――!

(大通りの屍食鬼(グール)の包囲網を突破し、路地裏で息をつく二人)

パーシヴァル:はあ、はあ――
        せ、セラフィムさんは――?

モルドレッド:い、居ない……
        丸太の一撃を食らって……!?

        いや、違う! 上だ――!

(目標を失った丸太を抱えたたちの頭上に、光輪を輝かせて浮遊するサタンセラフィム)

サタンセラフィム:地を這う亡者どもよ。
           貴様らの汚れた爪など、天空には届かん。

           熾天使の降らす劫罰(ごうばつ)を受けよ。
           サンダルフォンの羽根。

(白銀の双翼を形作る羽根が分離し、銀の刃となって屍食鬼(グール)の群れを切り刻む)

パーシヴァル:刺し、えぐり、切り刻む……銀の羽根吹雪だね。

        神聖魔法って、対人戦や集団戦は苦手だって聞いたけど――
        セラフィムさんなら、並の魔導師より強そうだ。

モルドレッド:あの羽根は、破邪の白銀で造られているようだ。
        無論、魔の存在にも効果があるのだろうが……
        むしろあれは、対人戦を想定した魔導具――!

(舞い散る羽根が巻き戻るように、銀の双翼に再形成され、熾天使が飛翔してくる)

サタンセラフィム:何をぼんやり突っ立っている。
          走れ――!

パーシヴァル:ねえセラフィムさん!
        さっき羽根を全部振りまいて、翼が骨格だけになってたけどさ。
        それで、どうやって宙に浮いてたの?

サタンセラフィム:貴様の目は節穴か。
          我が一度でも翼を羽ばたかせたことがあったか。

パーシヴァル:ええっ、その翼って飾りだったのっ!?
        なんかこう……一気に威厳がダウンしちゃったよ。

        あれ? じゃあ空を飛ぶ原理は――?

サタンセラフィム:もうすぐ路地裏を抜けるぞ。

モルドレッド:前方に人の群れ――!

        駄目だ!
        向こう側の通りも、屍食鬼(グール)がひしめいている――!

サタンセラフィム:我が片付ける。

          ついでに教えてやろう。
          我の飛行原理と、神聖魔法の人の殺し方を――!

(先頭を走るモルドレッドの頭上を追い抜いた、サタンセラフィムの光輪が輝きを増す)

サタンセラフィム:ロンバルディアの光輪。

          大地の頸木(くびき)からその身を解き放つ、御使(みつか)いの証。
          天に唾吐く罪人どもを圧殺する、超重力の制裁――!

(防御結界を左腕に展開させたサタンセラフィムが、屍食鬼(グール)の群れに、不可視の隕石となって急降下)

パーシヴァル:うっひゃあ〜……
        硬い石畳が粉々に砕けて、地膚(じはだ)が剥き出しになってる……
        屍食鬼(グール)なんて一溜まりもないね……

        一面、血の海だよ……

サタンセラフィム:身を守るだけが、結界の使い道ではない。
          他の魔法と組み合わせることで、自らを鉄槌と化すことが出来るのだ。
          皇子よ、貴様も聖騎士の端くれなら覚えておけ。

モルドレッド:……セラフィム。
        此処までしなくても、貴方なら他に術があったのではないか。
        貴方は残忍過ぎる。

サタンセラフィム:貴様は何か勘違いしていないか。
          我は聖騎士ではない。
          くだらん正義ごっこなら、紙の上にでも綴っていろ。

モルドレッド:何だと――!

        流れ星――?
        こっちに墜ちてくるっ……!?

サタンセラフィム:真祖吸血鬼(ヴァンパイアロード)か――!

(高層建築の上に立つイゾルデが、流星の降り注ぐ地表を見下ろしながら笑う)

イゾルデ:柘榴(ざくろ)の味は、いかがだったかしら。
      生きた体を割って絞り出す、真っ赤な鮮血のジュース……
      その屍食鬼(グール)の惨状を見ると、お気に召したみたいね。

      でも、食べ方が汚いわ。

(地面に水溜まりを作った血の海は、瞬く間に赤い烟霞となり、空の月へ吸い上げられていく)

モルドレッド:一面の血の海が……霧になって、夜空に吸い込まれていく……

パーシヴァル:ねえ、あの月……動いてるよ……
        なんかこう、軟体動物……そう、(ひる)みたいに……

イゾルデ:相変わらず頭が良いのね、パーシヴァル。
      そう、あの月は蛭……
      古代魔法王国の頃よりも、太古の恐竜時代よりも、遙か昔から生きている蛭……

パーシヴァル:え、それって……?

サタンセラフィム:馬鹿者、後ろだ――!

(闇に溶けて接近していたクドラクを、熾天使の『ファティマの右手』が薙ぎ払う)

パーシヴァル:あ、ありがとうセラフィム……!

クドラク:ククク……
     好奇心は猫をも殺す……
     覚えておけ、賢き異母弟(おとうと)よ――

モルドレッド:兄上……いや、吸血鬼クドラク!

イゾルデ:さあ、楽しい流星の宴を始めましょう。
      面白おかしく、踊って見せて。

      赤き月の子らよ。夜の女王の名において命ず。
      闇の天蓋を滑り落ち、流星の兵となりて空襲せよ。
      メテオ・ビヤーキー。

      あはははははっ――!

サタンセラフィム:……皇子たちよ。
          真祖は我が倒す。
          貴様らは、クドラクを倒せ。

モルドレッド:しかし……!

サタンセラフィム:黙れ。

          役立たずに、仕事を与えてやったのだ。
          さっさとあの目障りな蝙蝠を殺してこい。

モルドレッド:っ――!

パーシヴァル:モル、堪えて!
        悔しいけど、おいらたちじゃ、イゾルデには歯が立たないよ。
        でも兄さん……石棺(ひつぎ)の歌い手クドラクとなら戦える。

モルドレッド:……わかった。
        行くぞ、パーシヴァル!

サタンセラフィム:――――

          貴様らに、神の加護があらんことを。

モルドレッド:――――!?

        貴方にも、オルドネアの加護があるように。


□4/ヴラドーの街、サーランボル歴史保存地区


モルドレッド:クドラクめ――!
        どこまで逃げていくつもりだ――!

パーシヴァル:ここは――サーランボル歴史保存地区、だね。
        ワラキアが独立国だった頃の街並みが、そのまま保存されている。
        旧公爵家では、なんとあの先代の真祖シモーネの肖像画や、自筆の手紙も展示されてるんだ。

モルドレッド:そうか。ヴラドーは観光都市でもあったな。
        それを……こんな血の惨劇に変えるとは――!

(疾走するモルドレッドは、パーシヴァルの傍らを滑る、二匹の金属質の光沢を放つ流動体に目をやる)

モルドレッド:それにしてもパーシヴァル。
        その金属の流動体……銀のスライム。
        役に立つのか――?

パーシヴァル:昨日ぐらいに、人工精霊作ってみただろ?
         あれの応用だよ。

         自在なる叡知(アヴァロン)の水晶体に、闇の精霊(シェイド)を宿らせて――何せそこら中にいるからね、(コア)にする。
         後は憑代(よりしろ)を与えてやれば、銀の自律流動体の出来上がりってわけさ。

モルドレッド:お前の自慢解説を聞きたいわけじゃない。
        確かに銀は、吸血鬼の弱点だ。
        しかし、そののろまなスライムが、クドラクの速度に追いつけるのか?
        その上、魔力増幅水晶まで、(コア)に使ってしまって。

パーシヴァル:のろまじゃないさ。
        電磁誘導で動かせたら、目にも留まらない早さで動くはずだし、
        理論上は、電磁射出で銀の砲弾にすることも出来るんだぞ。

モルドレッド:要するに、全部お前の頭の中にしかない技術なんだな。
        ……期待しないでおく。

パーシヴァル:期待しとけよ。これは画期的な魔法だぞ。
        大学院(アカデミア)の論文考査では、スコア4以上は絶対確実だ!

モルドレッド:不安だ……

(旧アンカラ建築の塔に立つクドラクが、赤い月を背景に、二人を見下ろしている)

クドラク:ようやく距離が取れた。
     これで流星の巻き添えを食らうことはあるまい。

モルドレッド:石棺(ひつぎ)の歌い手クドラク……!

        パーシヴァル!

パーシヴァル:おうっ!

モルドレッド:いつも通り、手堅い魔法で行くぞ!

パーシヴァル:ええーっ!?

        天を翔ける猛き稲妻よ。
        我らが敵へ、天壌の怒りを落とせ。
        ゼウス・ガベル!

        あ、あれ……!?

クドラク:クックックック……
     赤き月と結びついた俺に、その程度の魔法は効かぬ。

パーシヴァル:ま、魔法耐性っ……!
        おいらの天敵だ……

クドラク:出(い)でよ、屍食鬼(グール)ども。
     異母弟(おとうと)たちを捕らえ、我らが姫の御許(みもと)に捧げるのだ。

モルドレッド:旧市街の建物、路地裏、屋根、マンホールの下……!
        至る所から、屍食鬼(グール)が押し寄せてくるぞ!

パーシヴァル:悪いけど、もう手加減してられないよっ。

        プロメテウス・ストリーム――!

モルドレッド:おいっ、炎を突き抜けて襲いかかってくるぞっ!?

        威力が足りないんじゃないか?
        早くあの増幅水晶を回収しろ――!

パーシヴァル:そんな――!
       〈紅蓮ノ山(ティルナ)〉と〈氷霜ノ山(ノーグ)〉が無くたって、数百度の炎の嵐――!

        まさか……
        屍食鬼(グール)たちも、魔法耐性を身につけ始めてるんじゃ……

クドラク:ほう、よく気づいたな――
     屍食鬼(グール)たちも、赤き月の魔因子を浴び、その力を増している。

     もう一つ、面白いことを教えてやろう。
     いずれ屍食鬼(グール)どもの中から、吸血鬼(ヴァンパイア)に進化する者も現れる。
     既に何体かは、簡単な魔法を使うようになってきたぞ。

モルドレッド:そこに居るだけで、吸血鬼と化していく空間……!
        何もかも常識外れだ……!

        くっ、また防戦一方に――!

クドラク:飽きもせず結界に立て籠もりか、モルドレッド。
     しかし、そう何度も同じ手が通じると思うな。

     ガアッッ――!

(自らの腹部に手刀を突き込むクドラク)
(腹部から溢れ出した血が夜空に撒き散らされ、落下の途中で、何十匹もの毒蛇となって襲撃)

クドラク:呪われし夜の一族の血が産み落とす、ブラッドアバター……!
     赤銅(しゃくどう)の蛇――地を這え!

モルドレッド:きたぞ――!

        な、何だこの蛇は――!
        結界を突き破って……!

        うああっっ――!?

(塔の上から高笑いを響かせながら、地上に着地するクドラク)

クドラク:フハハハハハハ――!
     我がブラッドアバターは、如何なる魔法の護りも貫く。

モルドレッド:パ、パーシヴァルっ!
        銀のスライムを動かせっ!
        銀なら、この赤銅の蛇を、クドラクを殺せるはずだ――!

パーシヴァル:や、やってるよっ!
        でも全然、命令聞いてくれなくて――

クドラク:あの銀のスライムか。
     屍食鬼(グール)どもが押さえつけているぞ。

パーシヴァル:こうなったら……
        精神(アストラル)空間に仮想レールを設置し、自律流動体を弾体と仮定。
        発生した磁場を物質(マテリアル)空間に転移して――

        行くぞ、銀の超電磁砲……発射あーっっっ!!!

クドラク:な――っ!?

     ……………………
     ……………………

モルドレッド:おい……

パーシヴァル:お、おっかしーな……?
        どこの式で間違えたんだろ……

モルドレッド:だから戦闘時には、未知の魔法に期待するなと言っただろうっ!
        お前はバカか! この利口バカ!

パーシヴァル:何だよ、ただのバカのモルに言われたくないね!
        自律流動体の実験をやっててもやってなくても、結界が通じない時点で、どっちにせよ同じだったよ!

クドラク:…………

     モルドレッド、パーシヴァル。
     俺もイゾルデも、お前たちの命は取らん。
     イゾルデは、お前たちと今まで通り、仲良く暮らしていきたい。
     そう願っているだけだ……

     抵抗を止めて、俺と一緒に来い。

モルドレッド:断る――!
        俺は吸血鬼と化してまで、命を惜しみはしない!

パーシヴァル:おいらは、命が惜しいけど――

        でも、兄さんもイゾルデもおかしいよ!
        こんなことを、こんな世界を……当たり前に受け入れて生きろって!?

        兄さんは……狂ってる。

モルドレッド:俺は……
        ラーライラを殺した貴様を、絶対に許さない。

        殺すなら、殺せ――!

(クドラクの眼が、仮面の奥で逡巡を見せた直後――)
(遠方で爆発したように魔力の奔流が渦巻き、ヴラドーの街を席巻していく)

クドラク:この魔力の波動――……!?
     何事だ――!?

パーシヴァル:も、モル、見て!
        地面が……石畳が、白く凍りついていくよ……!

モルドレッド:氷……?
        違う……

        これは……水晶だ。
        街中が……一面、水晶の世界になっていく……

クドラク:赤銅の蛇が……水晶の置物に……!?

     蛇だけではない……
     屍食鬼(グール)の皮膚を珪素(けいそ)が覆っていき……
     水晶の、彫像に……!!

モルドレッド:な、何が起こったんだ……

        これも真祖の、時空魔法の影響なのか……!?

クドラク:くああっ――っ!

     お、俺の体まで珪素(けいそ)が浸食を――!
     ひ、ひとまずこの場を離れねば――……!

パーシヴァル:クドラクまで……

        あっ! モル、おいらの体はっ!?

モルドレッド:……大丈夫だ。
        どこも変わっていない。

        どうやら、俺たちは平気みたいだぞ。

パーシヴァル:どうしたんだろう……
        イゾルデは、(しもべ)を全員水晶に変えて、何か仕掛けるつもりなのかな。

モルドレッド:わからん……

        だが、あの動揺を見る限りでは、クドラクも知らないようだ。
        チャンスだ! 奴を追うぞ!


□5/大通りで対峙する、真祖と熾天使


イゾルデ:そ、そんな……

      『夜の王国』が……! 真祖の理想郷が……!
      水晶の世界に浸食されていく……!

      現世に重なる、もう一つの理想郷……!
      まさかお前も……!?

サタンセラフィム:幽冥(ゆうめい)のゲヘナ。
          冥府王ハ・デスが氷漬けにされて眠る、絶対零度の氷の地獄。
          パンドラの箱を開けば、地獄の釜の蓋が開く。

          時空魔法が、貴様の専売特許だとでも思っていたのか。

イゾルデ:あ、有り得ない――!
      何故人間風情が、大悪魔(ダイモーン)である私と同じ権能を持つのですっ!?

サタンセラフィム:生憎、これから墓場に埋まる奴に持たせる土産はない。
          即刻死ね、大悪魔(ダイモーン)

イゾルデ:お前と私の時空魔法が、同等のはずがないでしょう……!
      人間の身では、短時間しか持たせられまいがっ……!

サタンセラフィム:短時間でも、五分に持ち込めるなら十分だ。
          理想郷の支援を失った貴様など、恐るるに足らん。

イゾルデ:小蠅が……思い上がるのも大概にしなさい。
      私の月と、お前の水晶……
      地の水晶は、天の月には触れることすら叶わぬ――!

サタンセラフィム:違うな。
          夜の闇と、地獄の闇。
          ただの暗がりが、地獄の最下層コキュートスの闇を喰おうとは、笑止千万。

イゾルデ:赤き月は、地獄の闇などで曇りはしない。
      水晶の透明を、真紅の血潮で染め上げてあげましょう。

サタンセラフィム:貴様の行く先だ。
          死ぬ前に目を慣らしておけ――地獄の底を!

イゾルデ:ならば月の子らよ……
      地獄すらも、夜に還すのです――!


□6/サーランボル歴史保存地区、廃墟の城の中庭


クドラク:来たか――
     モルドレッド、パーシヴァル。

モルドレッド:クドラク。
        この古城の中庭を、決戦の地に選んだのか。

クドラク:遙か千年前――
     赤い月の昇る夜、この古城の、この中庭で……
     使徒シリウスは、主である真祖シモーネを討ったという――

モルドレッド:そうだ!
        使徒シリウスは、愛ゆえに、怪物と化した主を撃ち倒した!
        しかし貴様は、愛ゆえに、怪物と化した妹に餌を運び続け、ついには大悪魔(ダイモーン)として復活させてしまった――!

クドラク:…………

     往くぞ。
     もう小細工は要らぬ。
     俺とお前たちの全力(ぜんちから)を賭して、雌雄を決する。

     ぐはああああああっっ――――!!!

(自らの両肩に爪を立てたクドラクは、上半身を切り裂いて、血のクロスを描く)

パーシヴァル:血が燃えている……!
        クドラクが炎に包まれて……

        不死鳥だ――!
        血のように赤い……炎の不死鳥――!

クドラク:血の化身と一体化し、自らの魔心臓を炎の炉とする……
     ブラッドアバターの最終形態……!

     ブラッディ・フェニックス――!

モルドレッド:クドラク……

        お前が燃やすものが己の血ならば……
        俺が燃やすものは正義の魂と……
        ラーライラを殺した復讐の心だ――!

クドラク:往くぞ、モルドレッド――!
     赤き血の炎……
     不死鳥の炎の飛翔を、受けられるか――!

モルドレッド:降誕せよ、断罪の秘蹟!
        再臨せよ、審判の天使!

        喰らえクドラク――!
        ラーライラへの、弔いの十字架だ――!

(光の十字架になったロンギヌスの一閃が、不死鳥を縦一文字に両断する)

モルドレッド:勝った、のか……?

パーシヴァル:モル、まだだっ!
        真っ二つにした残り火が、激しく燃え盛ってる――!

クドラク:そうだ、不死鳥は滅ばぬ――!
     火の粉を纏う羽毛に(いだ)かれ……
     熱の無い炎に朽ち果てよ、異母弟(おとうと)たち!

モルドレッド:うおおあっ――!

        熱く、ない……?

        しかし、この強烈な眩暈(めまい)は……
        立って、いられないっ……

パーシヴァル:はあ、はあ、はあ……

        モ、モルっ……
        息が、ちょっと喋っただけで……
        息切れと、動悸が止まらないっ……

モルドレッド:俺の手……真っ白に……!
        血の気が、全く感じられない……!

        そうか、血だ……!
        この炎は……
        命の源……血を燃やす炎なんだ……!

クドラク:血気盛んなお前の熱き血も……
     異母兄弟(きょうだい)の血の繋がりも……
     心が流す血の香りも……

     全て、全ての血を焼き尽くすまで――
     燃え上がれ、我が血潮――!

モルドレッド:ろ、ロンギヌスの自然治癒でも追いつかん……
        それに……槍を握っている力も抜けていく……

        パーシヴァル、おいしっかりしろ……!
        あの銀のスライムだ……!
        もう一度あれを……不死鳥にぶつけてやれ……!

パーシヴァル:う、うん……

        精神(アストラル)空間に……
        仮想レールを設置……
        自律流動体…………

モルドレッド:しっかりしてくれっ……
        今となっては……あののろまなスライム……
        お前の実験魔法だけが、頼りなんだっ……!

パーシヴァル:発生した磁場を……
        物質(マテリアル)空間に転移、完了……

クドラク:銀のスライムが震えている……?
     電流、火花……跳ねた――!?

モルドレッド:往け、銀の超電磁砲――っ!
        燃える不死鳥の土手っ腹を……貫けえええっ――!!!

(電磁気を帯びて超音速の跳躍をした銀の自律流動体が、不死鳥の土手っ腹を突き抜けていく)
(銀の穿った炎の風穴は一向に塞がらず、不死鳥を包む炎は徐々に弱々しく消えていく)

クドラク:うおおおおっ――――!!!
     頭がっ、魔晶核がっ、魔心臓がっ……!!!

     ぎ、銀の毒が……血液中に回るっ……!

モルドレッド:パーシヴァル! やったぞ!
        あれは……世紀の大発明だ――!

パーシヴァル:お、おいら……やっぱ天才だよね……

クドラク:はあああ……
     しゃ、瀉血(しゃけつ)を……!
     銀の毒に冒された血を抜かなくては……!

     が、はぁ――!!!

モルドレッド:後は俺に任せろ。
       
        クドラク、決着の時だ――!

クドラク:はあ、はあ、はあ……!

     まだ消えぬ……!
     体の血が涸渇しようと……
     心の血が流れる限りは……

     不死鳥は蘇る――!!!

モルドレッド:心の血は、心有る者にしか流れはしない!

        救済の十字架で、全ての悪を(あがな)わん!
        不死鳥よ、正義の炎に滅べ――――!!!

(一回りも二回りも小さい姿で不死鳥と化すクドラクと、光の十字架を携え駆けていくモルドレッド)
(光の十字架と、熱の無い炎の翼が交錯し走り抜けた後、炎の鳥は燃え尽き、人に戻って地に落ちた)


□7/ヴラドーの街、輝く流星と銀の羽根が飛び交う上空


イゾルデ:が、はああ……
      あ、あああ……

(熾天使の右手に心臓を貫かれ、イゾルデは大量の血を吐き出す)

サタンセラフィム:ファティマの右手。

          これが大悪魔(ダイモーン)の魔心臓か。
          弱々しい脈動だ。
          こんなノミの心臓で、夜の一族の盟主とは、笑わせてくれる。

イゾルデ:な、何故……
      この私が、真祖が……大悪魔(ダイモーン)がっ……!
      天使を気取る、人間ごときにっ……!

サタンセラフィム:第一の罪、傲慢。
          真祖の力に慢心した貴様は、(うたげ)と称して、幾度も手の内を晒した。
          流星とはいえ、貴様の甘い狙いなら、何度も見ている内に、その軌跡(きせき)も読める。

          第二の罪、強欲。
          異母弟(おとうと)たちを欲した貴様は、流星の戦略魔法を存分に使えなかった。
          兄一人で満足し、ヴラドーの街ごと殲滅していれば、我を倒せたものを。

          第三の罪、恐怖。
          貴様――己と同等か、それ以上の相手と戦ったことがなかろう。
          ひとたび逆境に追い込まれると、二度と挽回(ばんかい)出来ず、敗北へ一直線。

イゾルデ:おのれ……おのれええ……!!!

      殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる……!!!
      殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる……!!!

サタンセラフィム:呪詛(じゅそ)で、天使が殺せると思っているのか。
          悪魔が(まじな)いに縋るようでは、終わりだな。

          そろそろ死ね。

イゾルデ:ぐああああああ……!!!

      サタン、セラフィム……!
      貴様を殺す……!
      必ず、必ず……!!!

サタンセラフィム:遺言はそれで終わりか。

          灰は灰に、塵は塵に――
          光に滅せよ――!

(魔神の形相で呪詛を吐き続けるイゾルデの体が、赤い霧になって散っていく)

サタンセラフィム:真祖は塵と化し、滅んだ。
          奴の時空魔法は消え、ヴラドーは徐々に現世に還るはずだが――

          しかし――
          赤き月は変わらず空に居座り続け……
          永遠の夜は明けん……

サタンセラフィム:地上から立ち上る、赤い煙……
          あれは、屍食鬼(グール)ども……

          我が、水晶の棺に封殺してやったはず……

(地上を見晴らしていた熾天使が夜空を仰ぎ見、初めて驚愕の吐息を漏らす)

サタンセラフィム:赤き月が……(うごめ)いている……!
          街中(まちじゅう)の……何千、何万の屍食鬼(グール)どもの血を吸っているのか……!?

(夜空に君臨する赤き月は、気味悪く蠕動し、蛭のように粘液質にぬめる月面を近づけてくる)
(それと同時に果てしない闇夜の彼方から、イゾルデの笑い声が響いてくる)

イゾルデの声:あはははははは――!
        そうね、熾天使――!
        お前の言う通りだったわ――!

        お兄様も異母弟(おとうと)たちも、もうどうでもいい――
        お前を殺してやる――!
        殺してやるわ、サタンセラフィム――!

サタンセラフィム:奴め、月と一体化を……!

          月が……!
          赤き月が……墜ちる……!?


□8/廃墟の城の中庭、戦闘の後


パーシヴァル:モル、今度こそやったんだね。

モルドレッド:ああ……勝った。

クドラク:うう……ああ……

(クドラクを象徴する醜貌の仮面は罅割れ、血に塗れたトリスタンが独白のように呟く)

トリスタン:わ、わかっていた……
      いつか……こんな時が来ることは……

      未来(あす)よりも、現在(いま)を守ると決めたあの夜から……
      全ての悪事は暴かれ……必ず過去(かこ)に復讐されると……

パーシヴァル:兄さん……

トリスタン:モ、モルドレッド……
      あ、貴方に伝えねばならぬことが……

      ラーライラさんは……生きています……
      ルティエンス公爵家の別荘……
      その庭に植えられた、傷ついた月桂樹(げっけいじゅ)……

      ロンギヌスで癒してあげれば、元の姿に……

モルドレッド:兄上……!
        何故、何故ラーライラを殺したなどと――!?

パーシヴァル:互いに信じるものを譲れず、戦うしかないとしたら……
        憎しみ合ったほうがいい……そう言うことだよね。

モルドレッド:何故なのです、兄上――!?
        そこまで人の心がわかる兄上なのに……
        何故『ハ・デスの生き霊』の手先になって、大悪魔(ダイモーン)を復活させた!?

トリスタン:愛しい、最愛の妹イゾルデ……
      彼女が真祖吸血鬼(ヴァンパイアロード)だと知った夜から……
      幾度となく、私の心の天秤(てんびん)は揺れ動いた……

      しかし、私はいつも傾けてしまった……
      正義よりも……世界よりも……他の誰よりも……私自身よりも……!

      私は……イゾルデが大事だったのだ――!

モルドレッド:それが……この結末なのか!?

        あれは……一体誰なんだ!?
        イゾルデの姿をした……邪悪な月の化身――!

        こんなことのために、兄上は悪を重ね、罪を抱えて生きてきたのか!?

トリスタン:…………

パーシヴァル:ねえ、モル……
        あの赤い月って、こんなに近かったっけ……?

モルドレッド:いや……

        そうか……
        さっきから感じていた、空全体から押し潰されそうな感覚……
        あれは、あの月が近いから、そう錯覚していたのか……?

        ――――!?
        パーシヴァル、あれは!?

パーシヴァル:水晶の山、だよね……
        一体いつの間に、ヴラドーの街中(まちなか)にあんな巨大なものが……

        なんかあれ……
        月と山が、(つの)突き合わせてるみたいだね……

モルドレッド:行ってみよう、パーシヴァル!
        真祖と熾天使の戦いは、まだ終わっていないんだ――!


□9/水晶の山の麓、堕ちてくる月を支えようと両手をかざす熾天使


モルドレッド:セラフィム――!

サタンセラフィム:皇子たちか――!

パーシヴァル:セラフィムさん、どうなってるんだよ!?

モルドレッド:この水晶の山は何だ――!?

パーシヴァル:あの月は、イゾルデは――!?

サタンセラフィム:この水晶は、我の時空魔法……!
          胸部の甲冑に埋まりし、封じられたパンドラの箱を開けた……!

パーシヴァル:じ、時空魔法だって――!?
        ちょ、ちょっと、どういう原理なの――!?

モルドレッド:待て、先に質問させろ!

        あの月だ!
        あの堕ちてくる月のことを――!

パーシヴァル:そ、そうだった!

        ねえ、セラフィムさん!

        あの月……
        いや、あれは月なんかじゃない……!
        生きている……生物だよ……!

サタンセラフィム:あれは……蛭だ……

          古代人や恐竜族と同じように……
          魔霊(シャイターン)を浴びて魔法を身につけ……

          古生代(こせいだい)の……
          まだ陸で暮らす生物もわずかな時代に……
          この地球上に君臨した、地上最古の大悪魔(ダイモーン)……!

モルドレッド:蛭が、古代人と同じ種族――!?

パーシヴァル:違うよ。違うけど――
        あー、おいらも上手く言えないや!

        で、その蛭がどうして月になったんだよ?

サタンセラフィム:進化の頂点に達した悪魔……
          大悪魔(ダイモーン)は、己の肉体が滅びても滅ばず……
          その身を異次元に変え、現世とは隔絶した……異界の支配者として君臨する……

          あの赤き月――
          蛭の目的は、再び現世に現れ、地上の生物の血を啜ること……
          真祖とは、そのための祭司(さいし)であり……吸血鬼(ヴァンパイア)半吸血鬼(ダンピール)は手足となって働く下僕……!

モルドレッド:ま、まるでわからん……!
        俺の知っている常識の……理解の範囲を超えている……!

パーシヴァル:おいらだって……
        そんな学説、聞いたことないよ……!

サタンセラフィム:皇子たちよ。
          地上は、我の支配する時空……

          街の外へ走れ。
          お前たちを、この時空と時空の狭間から、現世に送り出すことが出来る……

モルドレッド:しかしセラフィム、貴方は!?

サタンセラフィム:貴様の関知するところではない。
          無能者は、失せろ……!

モルドレッド:短時間なら、大悪魔(ダイモーン)を圧倒する力を持つ貴方でも、
        魔力と魔力のぶつかり合いになれば、人間に勝ち目はない……!

        貴方はもう、満身創痍(まんしんそうい)のはずだ……!
        その白銀の鎧を濡らす血は、貴方自身の血なのだろう――!?

サタンセラフィム:知った風な口を利くな……!
          最悪の事態になれば、このヴラドーごと、根こそぎ異次元に飛ばす……!
          我が翼が堕ちる時には……奴も地獄に引きずり込んでやる……!

          ぐううっ……!

モルドレッド:オルドネアよ――
        巨悪と戦い、その刃を(こぼ)した神の剣に、今一度白銀の輝きを……!

(空の重圧に体勢を崩したサタンセラフィムに、治癒魔法を掛けるモルドレッド)

サタンセラフィム:貴様、余計な真似を……!
          消えろと言っているのが、わからんのか――!

モルドレッド:セラフィム――!
        俺は、貴方の全てを尊敬することは出来ない。

        しかし今、貴方の成そうとしていることは……一点の曇り無く正義に適う!
        俺の命を貴方に預ける! 背中を支えさせてもらうぞ――!

パーシヴァル:やっぱり、モルは残るよなあ……
        おいらは正直、逃がしてくれるなら逃げたかったんだけど……

        おいらも手伝うよ。
        親友と命の恩人を見捨てて逃げたら、地獄行きになりそうだからね――!

サタンセラフィム:馬鹿どもが……!

          神に身を捧げた者たちよ……
          貴様らの祈り……熾天使が神に届けん――!


□10/古城の尖塔に立ち、墜ちる月を見上げているトリスタン



トリスタン:あ、あれが赤き月の正体……!

      あの醜悪な……血を吸って丸々肥え太った、巨大な蛭が……
      あんなものが……我ら吸血鬼の、神だと言うのか……!?

イゾルデの声:血、血、血……!
        足りぬ、足りぬ、足りぬ……!

        人間だけでは、屍食鬼(グール)だけでは、我の渇きは癒えぬ……!

        犬を、猫を、家畜を……!
        虫も、草も、木も……!

        血でなくともいい……!
        生きとし生けるもの全てから……
        搾り取るのだ、生命(いのち)の水を……!!!

トリスタン:ぐああああっっ……!!!
      わ、私の血を……残り僅かな生命(いのち)の水を……!

      イゾルデ……

イゾルデの声:はははははは――!!!
        まだあった、搾り出したぞ……!!!

        地獄の闇に、流血の(しゅ)を流せ――!
        天使の光を、(あけ)に染め、血の海に沈めよ――!

        殺してやるううう――!!!
        サタンセラフィムううう――!!!

トリスタン:月が地上に……墜ちる――!

      うあああっ――――!!!

(月の墜ちる超重圧と衝撃波が吹き荒れ、尖塔の足場から飛ばされるトリスタン)
(蝙蝠の飛膜の翼を広げて滞空したトリスタンは、戦慄の光景を目の当たりにする)

トリスタン:空を支えていた水晶の山が……砕かれていく……!
      家も、教会も、森も、湖も……!
      夜空の雲や、星々すら散り散りに……!

      …………
      負けたのか、あの熾天使は。
      モルドレッドは、パーシヴァルは。

トリスタン:あの一画……水晶の煌めき……!
      彼らは、まだ生きている……!

      月は……まだ完全に地上に墜ちてはいない……!

トリスタン:使徒シリウス……!
      お祖父様……先代ワラキア公……!

      私にご加護を……!

(街のすぐ上空、超低空圏まで到達した赤き月に向かい、トリスタンは飛翔していく)

イゾルデの声:誰だ、我に近づく者は……  

        お兄様……
        そうだ、まだ吸血鬼(ヴァンパイア)が一匹いたわ……!
        熾天使を殺す、血の糧が……!

(蛭のような粘液に覆われた月面の一カ所に、半裸のまま埋没したイゾルデの上半身が形作られる)

イゾルデの上半身:お兄様、こちらへいらして……
           そう、まっすぐに……

           お前の血を、お前の神……月に捧げるのよ……!

トリスタン:大悪魔(ダイモーン)――――!!!

イゾルデの上半身:何……その銀の短剣は……!?

           ぐあああ――――――!!!


□11/ヴラドーの街、水晶山のそびえ立つ一画


パーシヴァル:モル、空を見てよ――!
        夜空が消えていく……!

        夕焼けだ……!
        夕日が差し込んできた――!

モルドレッド:地上もだ。
        月の落下で荒廃した街を、水晶が包んでいく……!
        セラフィムの魔法が押しているぞ――!

サタンセラフィム:神に成り代わらんとした、醜悪な蛭め……!
          人間の住まうこの地上に、最早(もはや)貴様の居場所は無い……!

          貴様は永遠に……この醜い月の世界に引っ込んでいろ――!!!


□12/月の墜ちた破壊の爪痕を残すヴラドーの街



モルドレッド:うう……

        夕焼け空……
        ここは……元の世界か――!?

パーシヴァル:や、やっと帰ってきたよ〜……!
        なんかおいら、夕日を見てたら、涙出そう……

モルドレッド:そうだ……
        セラフィムは――!?
        真祖はどうなった――!?


□13/ヴラドーの北区全域を吹き飛ばしたクレーターの爆心地



イゾルデ:う、うう……
      痛い、痛いっ……

      どうして、どうして血が流れるの……!
      不老不死を、不死身を約束された真祖の(からだ)から……!

サタンセラフィム:ヴラドーの北区全域を吹き飛ばしたクレーター。
          此処に転がっていたか、真祖吸血鬼(ヴァンパイアロード)

イゾルデ:熾天使……!

      月よ、赤き月よ――!
      何故、何故応えてくれないのです……!?
      何故『夜の国』が現れないの……!?

サタンセラフィム:さすがに最古の大悪魔(ダイモーン)だ。
          あの忌々しい蛭を殺し切ることは出来なかった。

          だが、奴が相当の深手を負ったのは、間違いあるまい。
          時空魔法どころか、真祖に魔力を送ることすら出来ないのが、その証左(しょうさ)
          永久の夜は、黄昏に沈んだ。

イゾルデ:あ、あああ……
      いや、いや……!

トリスタン:……っ。

      此処は……

サタンセラフィム:トリスタン=ルティエンス。
          魔神打倒に尽力したその功績を(かんが)み、熾天使の裁きは保留とする。
          法の裁きに身を委ねるが良い。

トリスタン:熾天使……

(血に塗れた身を起こし、熾天使の行く手を遮るトリスタン)

トリスタン:……お前を通すわけにはゆかぬ。

サタンセラフィム:邪魔だ、退け。
          神の裁きを阻むならば、貴様も同罪――死罪とするぞ。

トリスタン:往きなさい、イゾルデ。
      お前に残る真祖の力を……全力で振り絞って逃げるのです。

イゾルデ:お兄様、やめてください!
      その殺戮の天使の光に向かえば、一瞬で消し去られてしまいます!

      もういいのです、私は!
      お兄様は、お兄様は……もうこれ以上の罪を重ねないでください――!

トリスタン:ふ、ふふふふ……
      はは、はははは……

      イゾルデ……
      私の愛した、イゾルデ……

      僅かに残る夜の血を……お前のために燃やそう――!
      赤銅の蛇よ――!

サタンセラフィム:血の蛇か。くだらん奇術だ。

          オルドネア聖教律法『使徒ヨーゼフの法典』に(のっと)り――
          トリスタン=ルティエンス。
          貴様から皇族の身分、財産、領地、名誉……
          あらゆる権利を剥奪し、異端者と認定する。

          異端者には、速やかなる死を。
          薄汚い血を送り出す、心臓を握り潰す。

トリスタン:ぐ、はあ――……

イゾルデ:いやぁ…………

      お兄様ああああっっ――!!!

トリスタン:血の香り……
      心が血を流している……

      お前が血を求め、血を糧に生きる怪物だとしても……
      心に血が通い……心が血を流すならば……
      お前は……人間だ……イゾルデ……

サタンセラフィム:異端者が人間の定義をするか。
          笑止、貴様も人間ではない。

          ゴミだ。

トリスタン:天使よ……お前は知るまい……
      背徳と血に塗れた、悪の汚泥(おでい)からでも……
      美しい花は咲くのだ。

      (たと)え、貴様の言うゴミ貯め場の花でも――
      私の愛した花を、貴様に摘ませはせぬ――!

サタンセラフィム:不死鳥か――! 奇術師が……!

トリスタン:イゾルデ、生きよ――!

イゾルデ:あ、あああ……
      お兄様、お兄様……!

トリスタン:早く……
      私の最期の血の一滴が……枯れ果てる前に……!

サタンセラフィム:貴様、真祖を逃がすつもりか。

トリスタン:そうだ――!

      使徒シリウス……
      やはり、私と貴方は違う……

      私は……世界を敵に回しても、愛する者を守る――!


□14/ヴラドーの北区全域、クレーターに駆けつけるモルドレッドとパーシヴァル



モルドレッド:天使と不死鳥――!
        セラフィムと兄上が、戦っているのか!?

パーシヴァル:でも……もう決着はつくよ。

サタンセラフィム:灰は灰に、塵は塵に。
          消え失せろ、不死鳥を真似る蝙蝠が。

          ファティマの右手。

モルドレッド:不死鳥が……滅んだ……

パーシヴァル:兄、さん……
        トリス、兄さん……

サタンセラフィム:おのれ……

          だが、まだ遠くには行っていないはずだ。
          必ず見つけ出し、封印の門を完成させる。

パーシヴァル:セラフィムが飛んでいった……

        ってことは、モル――!?

モルドレッド:追うぞ、パーシヴァル!
        熾天使の行く先には、真祖が……イゾルデがいるはずだ!


□15/ヴラドーの南部の森林、夕陽を浮かべる湖の前


イゾルデ:森の湖に映る顔……

      そう、私は人間……
      赤き月でも、巨大な蛭でもない……

イゾルデ:ああ……私は今まで何をしていたのでしょう……
      いいえ、私の為したことは全て覚えている……

      何という数の生命(いのち)を……
      (あがな)いきれぬ罪を犯してしまった……

(夕焼けに彩られた森の梢を破り、光輪を戴く熾天使が降り立つ)

サタンセラフィム:罪の意識は芽生えたようだな、化け物。

イゾルデ:お兄様は、どうされたのです……?

サタンセラフィム:クドラクは死んだ。我が殺した。

イゾルデ:…………

      覚悟は出来ています。
      私は……この世に存在を許されぬ魔性の身。
      あなたの手で……私を地獄に突き落としてください。

サタンセラフィム:地獄だと? 何を言っている。
          貴様の兄も生きよ≠ニ言ったではないか。
          貴様は、この現世で生き続けるのだ。

          永遠にな――


□16/宵闇が落ちて薄暗くなったヴラドーの南部の森林


モルドレッド:はあ、はあ……!

        いたぞ、此処だ――!

サタンセラフィム:皇子たちか。丁度良いところに来た。

パーシヴァル:――ぅぁっ!?

        そ、それ……!

サタンセラフィム:水晶の美姫(びき)
          なかなかの芸術品とは思わんか。

          少なくとも、古代人のミイラよりは、衆人の目を楽しませるに違いない。

モルドレッド:セラフィム――!
        何故こんなことをした――!?

パーシヴァル:イゾルデを……水晶の彫像に変えるなんて――!

サタンセラフィム:新しき封印の門だ。
          あの大悪魔(ダイモーン)の手口は、貴様らも知るところだろう。

パーシヴァル:赤き月は、真祖を選び出し、現世での器とする。
        真祖は直接の(しもべ)となる吸血鬼(ヴァンパイア)を従え、吸血鬼(ヴァンパイア)半吸血鬼(ダンピール)の歯形をばら撒く。
        吸血鬼は一大勢力となって、真祖を頂点とするピラミッドが打ち立てられる。

モルドレッド:そして真祖が力を蓄え、完全な成体に育つと……
        時空魔法によって次元の境界を食い破り……蛭の月が這い出てくるというわけか。

パーシヴァル:蟻や蜂……社会性昆虫みたいだね。
        同時に、病原菌のように感染する性質も兼ね備えてる……

サタンセラフィム:全人類が結束し、根絶を目指した――
          オルドネア聖騎士団結成の理由の一つでもある……
          恐るべき種族、吸血鬼。

          しかし強大であっても、所詮は蛭だ。
          器たる真祖を生きたまま封印してしまえば、物の役に立たんこともわからず、愚かにも現界(げんかい)の時を待ち続ける。
          知能も言葉も持たず、一つの時空を支配する、暗愚なる魔神。
          現界(げんかい)のための計画やその進行は、真祖の脳……人間の意識を借りなければ、何も出来んのだ。

モルドレッド:そうか……
        だから使徒シリウスは、生きたままミイラとなって……

        ということは……――!?

イゾルデの声:コロシテ……

        ダレカ……
        ワタシヲコロシ、テ……

モルドレッド:…………っ!!
        イゾルデの声……!?

サタンセラフィム:まだ表面が珪素(けいそ)で覆われただけだ。
          内部まで水晶に置き換われば、いずれ声も聞こえなくなる。

パーシヴァル:酷え……酷すぎる……!
        こんなのって……!!

サタンセラフィム:ならば貴様が替わるか、十一皇子。

イゾルデの声:コロシテ……

        ダレカ……ダレカ……
        ワタシヲ……コロシテ……

パーシヴァル:い、イゾルデぇっ……!

サタンセラフィム:貴様らもよく見ておけ。
          これが悪の惨めな末路だ。

イゾルデの声:コロシテ……
        コ、ロシ、テ……

        コ、ロ、シ……

モルドレッド:…………!

        オルドネアよ――
        己が犯した罪を悔い、裁きを受け入れた罪人に哀れみを。
        罰と救いを与えたまえ――!!

サタンセラフィム:十三皇子――!

(ロンギヌスの槍が『水晶の美姫』を貫くと、表面を覆っていた水晶がひび割れ、イゾルデの素顔が覗く)

イゾルデ:あ、ありがとう……モルドレッド……

      ああ……私の行く先……
      地獄には……お兄様はいらっしゃるのかしら……

      決して居て欲しくはないけれど……
      もしも、もう一度会えるなら……
      私は……コキュートスの氷の地獄でも……
      堕ちてゆきたい……

サタンセラフィム:貴様……己のしたことがわかっているのか。

          真祖の座は、空席となった。
          暗愚なる蛭は、真祖の不在に気づき、新たな真祖を選び出すぞ。

モルドレッド:その時は……
        俺や貴方が、新たな真祖を倒すまでだ――!

サタンセラフィム:無能者が、その口で何をほざく。
          貴様のそれは傲慢ですらない、狂言だ。

モルドレッド:セラフィム――!
        貴方は神にも等しい悪に立ち向かう、偉大な天使だ!
        しかし貴方は、悪を許すことを知らない……!

        それは正義ではない――!
        悪を憎むだけでは――正義とは呼べないのだ――!

サタンセラフィム:我は正義ではない。
          罪人に審判を下し、神の剣を振り下ろす天罰の代行者。
          熾天使の裁きに異を唱えるは――其れ即ち神への叛逆。

モルドレッド:…………っ!!!

パーシヴァル:モル……!

モルドレッド:お前は逃げろ……
        こいつは俺たちが戦ってきた敵の中でも……紛れもなく最強の敵だ……

        俺の横に並べば……お前は確実に死ぬ、パーシヴァル!

サタンセラフィム:異端者よ、災いの皇子よ――
          預言(よげん)の声に嘆く信徒らに代わり、熾天使が呪われし未来を葬らん。

          ぬうう……!?
          お、おおお……!!!

(宵闇の森に燦然と降臨していた熾天使は、ふいに白銀の兜を抑えながら呻きを漏らす)

サタンセラフィム:……審判は中断だ。
          汝らへの刑の執行を猶予とする。

          天に輝く白銀の翼は、汝らに舞い降りる裁きの刃。
          皇子たちよ――再審の刻を畏れよ。

(頭上に戴く光輪を輝かせ、熾天使は光の柱を昇っていく)

パーシヴァル:はあ〜……

        おいら、本当に殺されるかと思ったよ……
        あいつの眼、真祖だったイゾルデより恐ろしかった……

モルドレッド:サタン、セラフィム……!
        オルドネア聖教の異端審問官……!

        神の剣……!



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