第21話 黄昏に沈む
★配役:♂4♀1=計5人
▼登場人物
モルドレッド=ブラックモア♂:
十六歳の聖騎士。
ブリタンゲイン五十四世の十三番目の子。
オルドネア聖教の枢機卿に「十三番目の騎士は王国に厄災をもたらす」と告げられた。
皇帝の子ながら、ただ一人『円卓の騎士』に叙されていない。
魔導具:【-
魔導系統:【-
パーシヴァル=ブリタンゲイン♂
十七歳の宮廷魔導師。
ブリタンゲイン五十四世の十一番目の子。
『円卓の騎士』の一人で、陸軍魔導師団の一員。
お調子者の少年だが、宮廷魔導師だけあって知識量はかなりのもの。
魔導具:【-
魔導系統:【-
十八歳。トリスタンの実の妹。
ブリタンゲイン五十四世の十番目の子。
千年前に君臨した吸血鬼たちを支配する王、
先代の
世界に災いをもたらし、古代魔法王国の滅亡の元凶となった悪魔の中の悪魔、
真祖の絶大な魔力の源は、真祖に導かれて夜空に昇るもう一つの月、『赤き月』である。
『赤き月』の正体は、吸血の月明かりで地上に生きる者の血を啜り、その身を肥え太らせる醜悪なる異次元の蛭。
自身が生ける魔導具と化しており、真祖はその使い手であり代理人。下級の吸血鬼は手足となって働く手駒である。
魔導具:【-
魔導系統:【-
『ハ・デスの生き霊』の幹部、
ブリタンゲイン五十四世の四番目の子、トリスタン=ルティエンスの裏の顔。
完全な魔因子を持っており、魔導具無しでも魔法を使える。
額には
闇夜に流れる銀髪の美しさとは真逆に、醜貌を象った仮面兜で顔の上半分を隠す。
仮面兜の額には、冷酷さを象徴するような、氷河色の
血を吸った人間を、
魔導具:なし
魔導系統:【-
白き終焉の
オルドネア聖教の異端審問機関『黙示録の堕天使』を率いる天使長。
十二の古式魔導具で構成された、白銀の騎士甲冑『
階級は九段階の内の最上位『熾天使』であり、オルドネア聖教の神威を知らしめる神の剣。
傲岸不遜で、自身が悪と断定した者には一切の容赦なく殺戮する、理性ある狂信者。
古式魔導具とは、一つの魔導具につき一つの魔法に特化した魔導具で、
魔法の自由度が失われる反面、魔力消費量、発動までの待機時間が大幅に少ない。
使用者によっては、戦略魔法や儀式魔法クラスの大魔法まで、単独行使出来るケースもある。
魔導具:【-
魔導系統:【-
※注意
・ルビの振ってある漢字は、ルビを読んでください。
・特定のルビのない漢字は、そのまま読んでください。
ひらひらのひらがなめがね
上記のサイトに、この台本のURLを入力すると、漢字に読みがなが振られます。
ただし、当て字でルビを振ってある漢字(例:
□1/ヴラドーの街の大通り
パーシヴァル:うっひゃ〜……!
そこら中、
モルドレッド:馬鹿、余計な声を出すな。
奴らの視覚は遮っているが、聴覚は生きているんだぞ。
サタンセラフィム:我と十三皇子の結界で、
しかし透明化しているわけではない。
ふとした拍子で、連中が我らを認識してしまえば、
パーシヴァル:わかってるって。
それよりモル、慎重に運んでよ。
その手押し車から、落とさないようにね。
モルドレッド:街中の家に忍び込んで、食器から装飾品まで、片っ端から銀製品を集める……
本当に、理論通りに出来るのか?
パーシヴァル:理論上はいけると思うけど、現実はまた違うからね。
ま、任せてよ。自信はあるんだ。
サタンセラフィム:貴様なら出来る。必ず成功させろ。
失敗したら、ただで済むと思うな。
パーシヴァル:こ、恐え〜……
それが天使の励ましかよ……
めっちゃめっちゃ自信無くなってきた……
モルドレッド:セラフィム。
あの生気のない眼、自我を持たず、操り人形のように動く様子……
俺には、アンデッドと同じように見えるのだが。
サタンセラフィム:
赤き月の魔因子に感染し、自我を封じ込まれているに過ぎん。
モルドレッド:では、
しかし、魔因子に感染したままというのは……大丈夫なのか。
サタンセラフィム:魔因子に、精神を操る力など無い。
ならば、魔因子を持っている我も貴様も狂人ではないか。
無論、吸血鬼の眷属である
しかし血を求めると言っても、せいぜい肉料理を好むようになる程度だ。
パーシヴァル:でも、イゾルデは……?
サタンセラフィム:ある種の魔因子は、欲望や快楽といった脳の報酬系に作用し、間接的に個体の行動を誘導する。
だがそれも、行動を決めるのは本人の意志だ。
パーシヴァル:何言ってんだよ……!
お腹が空いた感覚や、眠くて堪らない時、それにほらムラムラっとくるの――
体の欲求を操られるっていうのは、精神を操られてるのに等しいじゃないか!
サタンセラフィム:貴様は、快楽殺人者に人権を認めるのか。
狂った欲望に駆られた狂人は、ゴミらしく惨めに死ね。
魔因子に責任を転嫁して無罪放免など、断じて許さん。
モルドレッド:パーシヴァル。
さっき、お前が流星に撃ち抜かれ、生死の境を彷徨った時……
あの時、お前に意識があったら……
吸血鬼になって生き延びるか、人間として死ぬか。
お前はどっちを選んだ……?
パーシヴァル:昨日までのおいらだったら、迷わず「吸血鬼になって生きる」を選んだけど……
おいら、わかんなくなってきたよ。
セラフィムさんは「単なる行動の誘導」って言ったけど、
あの優しかったイゾルデが、あんなにおかしくなっちゃった。
魔因子の精神誘導は、常識も、人の心も消し飛ばしてしまうぐらい、強烈な力なのかもしれない……
モルドレッド:…………
パーシヴァル:それに、あの古代人レ・デュウヌ……
何億匹もの蟲の塊になって、その蟲の集団に、精神を寄生させて生きている化け物。
あいつ、何も悪びれるところも、恥じ入ることもなく、平然としていたよね。
ただ生きてさえいればいい≠チて。
これ以上ないぐらい醜悪な、生きることへの執着……
あれを見ると、ね……
モルドレッド:もしこれから、同じようなことがあったら――
お前を人間として死なせる。
それでいいのか?
パーシヴァル:わかんないや。その時になってみないと。
ま、モルに任せるよ。
モルドレッド:おいっ、何だそれは。無責任な奴だな。
パーシヴァル:モルはもちろん、人間として死ぬ方だよね。
モルドレッド:当然だ。
パーシヴァル:そうだよな。
吸血鬼にしてまで生かしても、恨まれて、おいらが殺されそう。
だったら、死んでてもらったほうがいいよなー。
モルドレッド:お前は、いちいち一言余計なんだっ!
(パーシヴァルを小突いた瞬間、手押し車に乗せていたフォークが落ちて、澄んだ音を立てる)
モルドレッド:……しまった、銀のフォークを!
(顔を合わせることもなくすれ違っていた
パーシヴァル:えっ、今のフォーク落とした音で、気づかれた……?
サタンセラフィム:…………
この馬鹿どもが。
□2/赤い月の真下、広場の石畳にうずくまるトリスタン
トリスタン:ぐああああっっ……
ああっ、あああああっっ……!!!
(魔晶核をえぐり取られたトリスタンの額から、滂沱の如く鮮血が落ちる)
イゾルデ:あははっ――!
お兄様の額の魔晶核……
真っ赤な血に濡れて、とっても綺麗……
トリスタン:か、体が、消えるっ……
わ、私の手がっ……霧になって散っていく……
イゾルデ:お兄様の体も、既に人間ではなく、吸血鬼のもの。
不死身の代償に、魔法がなければ生きられない体……
この魔晶核は、こうしてしまいましょう。
(イゾルデの手の中で、血に塗れた魔晶核が粉々に砕け散る)
トリスタン:わ、私の魔晶核を……
に、握り、潰した……
イゾルデ:違います。
これは使徒シリウスの魔晶核でしょう?
お兄様は、古代人の魔晶核を移植しただけ――
(自身の左手首を口に当て、静脈を食いちぎるイゾルデ)
イゾルデ:お兄様、あなたはもう一度生まれ変わるのです。
先代の真祖シモーネの下僕ではなく、この新たな真祖イゾルデの下僕として。
さあ――
私の手首から流れ出る血潮……真祖の血を飲み干しなさい。
トリスタン:…………!
イゾルデ:お兄様、そのままでは死にますよ。
私を残して、死ぬつもりですか。
トリスタン:うう……
血を……!
私に……お前の血を……!
(半霧状に崩れ掛かった体を引きずり、イゾルデの手首に吸いつくトリスタン)
イゾルデ:嗚呼、お兄様……
お兄様の渇望を、私が満たす……
もっとお飲みなさい……
甘い血の美酒は……夜空の海に、枯れることなくあるのですから……
トリスタン:があああああ……
はあああああ……
体が焼ける……!
これは……魔力……!?
これが……赤き月の魔力……!
イゾルデ:赤き月よ、此処に貴方の下僕たる、
夜の祝福を、霧の肉の洗礼を、鮮血の美酒の光を注ぎたまえ――
(真祖の血の祈りに応えるよう、赤い月光が二人を包み、広場は真紅の礼拝堂となる)
トリスタン:手が……元に戻っている……
額にも、魔晶核が……
イゾルデ:それは今までの借り物の魔晶核ではない――
お兄様自身の肉体から形成された、お兄様自身の魔晶核です。
トリスタン:魔力が
これは一体……?
イゾルデ:当代の真祖である、私の魔因子を受け入れたことに依ります。
赤き月との結びつきがより強くなり、お兄様も月の加護を受けられるようになったのです。
トリスタン:
私は……正真正銘、
イゾルデ:今にして思えば、無茶苦茶な話でした。
肉親でもない、赤の他人の魔晶核を、額に直に埋め込むなんて。
拒絶反応も起きず、よく
よっぽど似ていたのかしら。
お兄様と、使徒シリウスは。
トリスタン:私は……
使徒シリウスとは、似ても似つかぬ……
イゾルデ:そうですね。
トリスタン:…………
イゾルデ:うふふふ。
お兄様と二人だけの『夜の王国』も飽きてきたわ。
次はモルドレッドとパーシヴァルも
あの天使を名乗る、白い小蠅も。
人間の身ではすぐに死んでしまうから。
ははははは、はははははは――!
トリスタン:このむせ返るほどの、濃密な血の臭い……
その中心にいながら……心に一滴の血も感じられぬ……
そうか……
それが、
オルドネアや使徒たちが、命を賭して封じた
イゾルデ:あら――
ようやく
行きましょう、お兄様。
トリスタン:イゾルデ……お前はもう……
私は……
いや……私も……
イゾルデ:その次は他のお兄様やお姉様たちも、加えてあげましょう。
私の気に入った画家や音楽家も住人に、それ以外は
心が躍るわ。
何をしているの、お兄様。
存分にその力を振るいなさい――私の
(吸血鬼クドラクを象徴する醜貌の仮面を被るトリスタン)
クドラク:俺は吸血鬼クドラク……
御意、主よ――
我が妹にして……赤き月の真祖イゾルデよ――
□3/大通り、
サタンセラフィム:囲まれたか。
突破口を開けなかったのが致命傷となった。
パーシヴァル:ご、ごめんっ!
普通の人間なら、痺れて動けなくなる電流だったんだけど。
あいつら、雷を喰らってもピンピンして襲いかかってきたっ!
モルドレッド:
くるぞっ! セラフィム――!
サタンセラフィム:ネフィリムの左手。
我の結界に、貴様も結界を重ねろ。
(二重結界に殺到した
パーシヴァル:引っ掻いたり、噛みついたり……もう滅茶苦茶だ。
これが人間?
外見が普通な分、ゾンビより恐怖感があるよ。
サタンセラフィム:この程度の攻撃で、左腕の輝きは消えん。
モルドレッド:しかし引っ掻きや噛みつきでも、じわじわ魔力を奪われていくぞ。
もし結界が維持出来なくなれば……
――な、何だあれは!?
パーシヴァル:ま、丸太を抱えた
まっすぐ突撃してくるよっ!
サタンセラフィム:
皇子、衝撃に備えろ――!
モルドレッド:オルドネアよ、暴威を阻む加護を――!
うああああっっ――!?!?
パーシヴァル:モル、大丈夫っ!?
モルドレッド:い、一撃で相当魔力を持って行かれた……!
今度喰らったら、結界を破られるかもしれないっ!
サタンセラフィム:…………
皇子、貴様は結界を解いて待機していろ。
我が血路を開く。
我の結界が消えたと同時に、あの路地裏に飛び込め。
モルドレッド:しかしセラフィム、貴方は!?
サタンセラフィム:
来るぞ……走れ――!
(結界が消えた直後、モルドレッドとパーシヴァルは、脇目もふらず路地裏へ走る)
モルドレッド:うおおおおおおおっ――!
退けええええっっ――!!!
パーシヴァル:や、やっぱり、いざって時には、腕力だねっ。
槍で力任せに、薙ぎ払って、切り払う――!
モルドレッド:パーシヴァル、あそこだ! 飛び込むぞ!
パーシヴァル:オーケイ――!
(大通りの
パーシヴァル:はあ、はあ――
せ、セラフィムさんは――?
モルドレッド:い、居ない……
丸太の一撃を食らって……!?
いや、違う! 上だ――!
(目標を失った丸太を抱えたたちの頭上に、光輪を輝かせて浮遊するサタンセラフィム)
サタンセラフィム:地を這う亡者どもよ。
貴様らの汚れた爪など、天空には届かん。
熾天使の降らす
サンダルフォンの羽根。
(白銀の双翼を形作る羽根が分離し、銀の刃となって
パーシヴァル:刺し、えぐり、切り刻む……銀の羽根吹雪だね。
神聖魔法って、対人戦や集団戦は苦手だって聞いたけど――
セラフィムさんなら、並の魔導師より強そうだ。
モルドレッド:あの羽根は、破邪の白銀で造られているようだ。
無論、魔の存在にも効果があるのだろうが……
むしろあれは、対人戦を想定した魔導具――!
(舞い散る羽根が巻き戻るように、銀の双翼に再形成され、熾天使が飛翔してくる)
サタンセラフィム:何をぼんやり突っ立っている。
走れ――!
パーシヴァル:ねえセラフィムさん!
さっき羽根を全部振りまいて、翼が骨格だけになってたけどさ。
それで、どうやって宙に浮いてたの?
サタンセラフィム:貴様の目は節穴か。
我が一度でも翼を羽ばたかせたことがあったか。
パーシヴァル:ええっ、その翼って飾りだったのっ!?
なんかこう……一気に威厳がダウンしちゃったよ。
あれ? じゃあ空を飛ぶ原理は――?
サタンセラフィム:もうすぐ路地裏を抜けるぞ。
モルドレッド:前方に人の群れ――!
駄目だ!
向こう側の通りも、
サタンセラフィム:我が片付ける。
ついでに教えてやろう。
我の飛行原理と、神聖魔法の人の殺し方を――!
(先頭を走るモルドレッドの頭上を追い抜いた、サタンセラフィムの光輪が輝きを増す)
サタンセラフィム:ロンバルディアの光輪。
大地の
天に唾吐く罪人どもを圧殺する、超重力の制裁――!
(防御結界を左腕に展開させたサタンセラフィムが、
パーシヴァル:うっひゃあ〜……
硬い石畳が粉々に砕けて、
一面、血の海だよ……
サタンセラフィム:身を守るだけが、結界の使い道ではない。
他の魔法と組み合わせることで、自らを鉄槌と化すことが出来るのだ。
皇子よ、貴様も聖騎士の端くれなら覚えておけ。
モルドレッド:……セラフィム。
此処までしなくても、貴方なら他に術があったのではないか。
貴方は残忍過ぎる。
サタンセラフィム:貴様は何か勘違いしていないか。
我は聖騎士ではない。
くだらん正義ごっこなら、紙の上にでも綴っていろ。
モルドレッド:何だと――!
流れ星――?
こっちに墜ちてくるっ……!?
サタンセラフィム:
(高層建築の上に立つイゾルデが、流星の降り注ぐ地表を見下ろしながら笑う)
イゾルデ:
生きた体を割って絞り出す、真っ赤な鮮血のジュース……
その
でも、食べ方が汚いわ。
(地面に水溜まりを作った血の海は、瞬く間に赤い烟霞となり、空の月へ吸い上げられていく)
モルドレッド:一面の血の海が……霧になって、夜空に吸い込まれていく……
パーシヴァル:ねえ、あの月……動いてるよ……
なんかこう、軟体動物……そう、
イゾルデ:相変わらず頭が良いのね、パーシヴァル。
そう、あの月は蛭……
古代魔法王国の頃よりも、太古の恐竜時代よりも、遙か昔から生きている蛭……
パーシヴァル:え、それって……?
サタンセラフィム:馬鹿者、後ろだ――!
(闇に溶けて接近していたクドラクを、熾天使の『ファティマの右手』が薙ぎ払う)
パーシヴァル:あ、ありがとうセラフィム……!
クドラク:ククク……
好奇心は猫をも殺す……
覚えておけ、賢き
モルドレッド:兄上……いや、吸血鬼クドラク!
イゾルデ:さあ、楽しい流星の宴を始めましょう。
面白おかしく、踊って見せて。
赤き月の子らよ。夜の女王の名において命ず。
闇の天蓋を滑り落ち、流星の兵となりて空襲せよ。
メテオ・ビヤーキー。
あはははははっ――!
サタンセラフィム:……皇子たちよ。
真祖は我が倒す。
貴様らは、クドラクを倒せ。
モルドレッド:しかし……!
サタンセラフィム:黙れ。
役立たずに、仕事を与えてやったのだ。
さっさとあの目障りな蝙蝠を殺してこい。
モルドレッド:っ――!
パーシヴァル:モル、堪えて!
悔しいけど、おいらたちじゃ、イゾルデには歯が立たないよ。
でも兄さん……
モルドレッド:……わかった。
行くぞ、パーシヴァル!
サタンセラフィム:――――
貴様らに、神の加護があらんことを。
モルドレッド:――――!?
貴方にも、オルドネアの加護があるように。
□4/ヴラドーの街、サーランボル歴史保存地区
モルドレッド:クドラクめ――!
どこまで逃げていくつもりだ――!
パーシヴァル:ここは――サーランボル歴史保存地区、だね。
ワラキアが独立国だった頃の街並みが、そのまま保存されている。
旧公爵家では、なんとあの先代の真祖シモーネの肖像画や、自筆の手紙も展示されてるんだ。
モルドレッド:そうか。ヴラドーは観光都市でもあったな。
それを……こんな血の惨劇に変えるとは――!
(疾走するモルドレッドは、パーシヴァルの傍らを滑る、二匹の金属質の光沢を放つ流動体に目をやる)
モルドレッド:それにしてもパーシヴァル。
その金属の流動体……銀のスライム。
役に立つのか――?
パーシヴァル:昨日ぐらいに、人工精霊作ってみただろ?
あれの応用だよ。
後は
モルドレッド:お前の自慢解説を聞きたいわけじゃない。
確かに銀は、吸血鬼の弱点だ。
しかし、そののろまなスライムが、クドラクの速度に追いつけるのか?
その上、魔力増幅水晶まで、
パーシヴァル:のろまじゃないさ。
電磁誘導で動かせたら、目にも留まらない早さで動くはずだし、
理論上は、電磁射出で銀の砲弾にすることも出来るんだぞ。
モルドレッド:要するに、全部お前の頭の中にしかない技術なんだな。
……期待しないでおく。
パーシヴァル:期待しとけよ。これは画期的な魔法だぞ。
モルドレッド:不安だ……
(旧アンカラ建築の塔に立つクドラクが、赤い月を背景に、二人を見下ろしている)
クドラク:ようやく距離が取れた。
これで流星の巻き添えを食らうことはあるまい。
モルドレッド:
パーシヴァル!
パーシヴァル:おうっ!
モルドレッド:いつも通り、手堅い魔法で行くぞ!
パーシヴァル:ええーっ!?
天を翔ける猛き稲妻よ。
我らが敵へ、天壌の怒りを落とせ。
ゼウス・ガベル!
あ、あれ……!?
クドラク:クックックック……
赤き月と結びついた俺に、その程度の魔法は効かぬ。
パーシヴァル:ま、魔法耐性っ……!
おいらの天敵だ……
クドラク:出(い)でよ、
モルドレッド:旧市街の建物、路地裏、屋根、マンホールの下……!
至る所から、
パーシヴァル:悪いけど、もう手加減してられないよっ。
プロメテウス・ストリーム――!
モルドレッド:おいっ、炎を突き抜けて襲いかかってくるぞっ!?
威力が足りないんじゃないか?
早くあの増幅水晶を回収しろ――!
パーシヴァル:そんな――!
〈
まさか……
クドラク:ほう、よく気づいたな――
もう一つ、面白いことを教えてやろう。
いずれ
既に何体かは、簡単な魔法を使うようになってきたぞ。
モルドレッド:そこに居るだけで、吸血鬼と化していく空間……!
何もかも常識外れだ……!
くっ、また防戦一方に――!
クドラク:飽きもせず結界に立て籠もりか、モルドレッド。
しかし、そう何度も同じ手が通じると思うな。
ガアッッ――!
(自らの腹部に手刀を突き込むクドラク)
(腹部から溢れ出した血が夜空に撒き散らされ、落下の途中で、何十匹もの毒蛇となって襲撃)
クドラク:呪われし夜の一族の血が産み落とす、ブラッドアバター……!
モルドレッド:きたぞ――!
な、何だこの蛇は――!
結界を突き破って……!
うああっっ――!?
(塔の上から高笑いを響かせながら、地上に着地するクドラク)
クドラク:フハハハハハハ――!
我がブラッドアバターは、如何なる魔法の護りも貫く。
モルドレッド:パ、パーシヴァルっ!
銀のスライムを動かせっ!
銀なら、この赤銅の蛇を、クドラクを殺せるはずだ――!
パーシヴァル:や、やってるよっ!
でも全然、命令聞いてくれなくて――
クドラク:あの銀のスライムか。
パーシヴァル:こうなったら……
発生した磁場を
行くぞ、銀の超電磁砲……発射あーっっっ!!!
クドラク:な――っ!?
……………………
……………………
モルドレッド:おい……
パーシヴァル:お、おっかしーな……?
どこの式で間違えたんだろ……
モルドレッド:だから戦闘時には、未知の魔法に期待するなと言っただろうっ!
お前はバカか! この利口バカ!
パーシヴァル:何だよ、ただのバカのモルに言われたくないね!
自律流動体の実験をやっててもやってなくても、結界が通じない時点で、どっちにせよ同じだったよ!
クドラク:…………
モルドレッド、パーシヴァル。
俺もイゾルデも、お前たちの命は取らん。
イゾルデは、お前たちと今まで通り、仲良く暮らしていきたい。
そう願っているだけだ……
抵抗を止めて、俺と一緒に来い。
モルドレッド:断る――!
俺は吸血鬼と化してまで、命を惜しみはしない!
パーシヴァル:おいらは、命が惜しいけど――
でも、兄さんもイゾルデもおかしいよ!
こんなことを、こんな世界を……当たり前に受け入れて生きろって!?
兄さんは……狂ってる。
モルドレッド:俺は……
ラーライラを殺した貴様を、絶対に許さない。
殺すなら、殺せ――!
(クドラクの眼が、仮面の奥で逡巡を見せた直後――)
(遠方で爆発したように魔力の奔流が渦巻き、ヴラドーの街を席巻していく)
クドラク:この魔力の波動――……!?
何事だ――!?
パーシヴァル:も、モル、見て!
地面が……石畳が、白く凍りついていくよ……!
モルドレッド:氷……?
違う……
これは……水晶だ。
街中が……一面、水晶の世界になっていく……
クドラク:赤銅の蛇が……水晶の置物に……!?
蛇だけではない……
水晶の、彫像に……!!
モルドレッド:な、何が起こったんだ……
これも真祖の、時空魔法の影響なのか……!?
クドラク:くああっ――っ!
お、俺の体まで
ひ、ひとまずこの場を離れねば――……!
パーシヴァル:クドラクまで……
あっ! モル、おいらの体はっ!?
モルドレッド:……大丈夫だ。
どこも変わっていない。
どうやら、俺たちは平気みたいだぞ。
パーシヴァル:どうしたんだろう……
イゾルデは、
モルドレッド:わからん……
だが、あの動揺を見る限りでは、クドラクも知らないようだ。
チャンスだ! 奴を追うぞ!
□5/大通りで対峙する、真祖と熾天使
イゾルデ:そ、そんな……
『夜の王国』が……! 真祖の理想郷が……!
水晶の世界に浸食されていく……!
現世に重なる、もう一つの理想郷……!
まさかお前も……!?
サタンセラフィム:
冥府王ハ・デスが氷漬けにされて眠る、絶対零度の氷の地獄。
パンドラの箱を開けば、地獄の釜の蓋が開く。
時空魔法が、貴様の専売特許だとでも思っていたのか。
イゾルデ:あ、有り得ない――!
何故人間風情が、
サタンセラフィム:生憎、これから墓場に埋まる奴に持たせる土産はない。
即刻死ね、
イゾルデ:お前と私の時空魔法が、同等のはずがないでしょう……!
人間の身では、短時間しか持たせられまいがっ……!
サタンセラフィム:短時間でも、五分に持ち込めるなら十分だ。
理想郷の支援を失った貴様など、恐るるに足らん。
イゾルデ:小蠅が……思い上がるのも大概にしなさい。
私の月と、お前の水晶……
地の水晶は、天の月には触れることすら叶わぬ――!
サタンセラフィム:違うな。
夜の闇と、地獄の闇。
ただの暗がりが、地獄の最下層コキュートスの闇を喰おうとは、笑止千万。
イゾルデ:赤き月は、地獄の闇などで曇りはしない。
水晶の透明を、真紅の血潮で染め上げてあげましょう。
サタンセラフィム:貴様の行く先だ。
死ぬ前に目を慣らしておけ――地獄の底を!
イゾルデ:ならば月の子らよ……
地獄すらも、夜に還すのです――!
□6/サーランボル歴史保存地区、廃墟の城の中庭
クドラク:来たか――
モルドレッド、パーシヴァル。
モルドレッド:クドラク。
この古城の中庭を、決戦の地に選んだのか。
クドラク:遙か千年前――
赤い月の昇る夜、この古城の、この中庭で……
使徒シリウスは、主である真祖シモーネを討ったという――
モルドレッド:そうだ!
使徒シリウスは、愛ゆえに、怪物と化した主を撃ち倒した!
しかし貴様は、愛ゆえに、怪物と化した妹に餌を運び続け、ついには
クドラク:…………
往くぞ。
もう小細工は要らぬ。
俺とお前たちの
ぐはああああああっっ――――!!!
(自らの両肩に爪を立てたクドラクは、上半身を切り裂いて、血のクロスを描く)
パーシヴァル:血が燃えている……!
クドラクが炎に包まれて……
不死鳥だ――!
血のように赤い……炎の不死鳥――!
クドラク:血の化身と一体化し、自らの魔心臓を炎の炉とする……
ブラッドアバターの最終形態……!
ブラッディ・フェニックス――!
モルドレッド:クドラク……
お前が燃やすものが己の血ならば……
俺が燃やすものは正義の魂と……
ラーライラを殺した復讐の心だ――!
クドラク:往くぞ、モルドレッド――!
赤き血の炎……
不死鳥の炎の飛翔を、受けられるか――!
モルドレッド:降誕せよ、断罪の秘蹟!
再臨せよ、審判の天使!
喰らえクドラク――!
ラーライラへの、弔いの十字架だ――!
(光の十字架になったロンギヌスの一閃が、不死鳥を縦一文字に両断する)
モルドレッド:勝った、のか……?
パーシヴァル:モル、まだだっ!
真っ二つにした残り火が、激しく燃え盛ってる――!
クドラク:そうだ、不死鳥は滅ばぬ――!
火の粉を纏う羽毛に
熱の無い炎に朽ち果てよ、
モルドレッド:うおおあっ――!
熱く、ない……?
しかし、この強烈な
立って、いられないっ……
パーシヴァル:はあ、はあ、はあ……
モ、モルっ……
息が、ちょっと喋っただけで……
息切れと、動悸が止まらないっ……
モルドレッド:俺の手……真っ白に……!
血の気が、全く感じられない……!
そうか、血だ……!
この炎は……
命の源……血を燃やす炎なんだ……!
クドラク:血気盛んなお前の熱き血も……
心が流す血の香りも……
全て、全ての血を焼き尽くすまで――
燃え上がれ、我が血潮――!
モルドレッド:ろ、ロンギヌスの自然治癒でも追いつかん……
それに……槍を握っている力も抜けていく……
パーシヴァル、おいしっかりしろ……!
あの銀のスライムだ……!
もう一度あれを……不死鳥にぶつけてやれ……!
パーシヴァル:う、うん……
仮想レールを設置……
自律流動体…………
モルドレッド:しっかりしてくれっ……
今となっては……あののろまなスライム……
お前の実験魔法だけが、頼りなんだっ……!
パーシヴァル:発生した磁場を……
クドラク:銀のスライムが震えている……?
電流、火花……跳ねた――!?
モルドレッド:往け、銀の超電磁砲――っ!
燃える不死鳥の土手っ腹を……貫けえええっ――!!!
(電磁気を帯びて超音速の跳躍をした銀の自律流動体が、不死鳥の土手っ腹を突き抜けていく)
(銀の穿った炎の風穴は一向に塞がらず、不死鳥を包む炎は徐々に弱々しく消えていく)
クドラク:うおおおおっ――――!!!
頭がっ、魔晶核がっ、魔心臓がっ……!!!
ぎ、銀の毒が……血液中に回るっ……!
モルドレッド:パーシヴァル! やったぞ!
あれは……世紀の大発明だ――!
パーシヴァル:お、おいら……やっぱ天才だよね……
クドラク:はあああ……
しゃ、
銀の毒に冒された血を抜かなくては……!
が、はぁ――!!!
モルドレッド:後は俺に任せろ。
クドラク、決着の時だ――!
クドラク:はあ、はあ、はあ……!
まだ消えぬ……!
体の血が涸渇しようと……
心の血が流れる限りは……
不死鳥は蘇る――!!!
モルドレッド:心の血は、心有る者にしか流れはしない!
救済の十字架で、全ての悪を
不死鳥よ、正義の炎に滅べ――――!!!
(一回りも二回りも小さい姿で不死鳥と化すクドラクと、光の十字架を携え駆けていくモルドレッド)
(光の十字架と、熱の無い炎の翼が交錯し走り抜けた後、炎の鳥は燃え尽き、人に戻って地に落ちた)
□7/ヴラドーの街、輝く流星と銀の羽根が飛び交う上空
イゾルデ:が、はああ……
あ、あああ……
(熾天使の右手に心臓を貫かれ、イゾルデは大量の血を吐き出す)
サタンセラフィム:ファティマの右手。
これが
弱々しい脈動だ。
こんなノミの心臓で、夜の一族の盟主とは、笑わせてくれる。
イゾルデ:な、何故……
この私が、真祖が……
天使を気取る、人間ごときにっ……!
サタンセラフィム:第一の罪、傲慢。
真祖の力に慢心した貴様は、
流星とはいえ、貴様の甘い狙いなら、何度も見ている内に、その
第二の罪、強欲。
兄一人で満足し、ヴラドーの街ごと殲滅していれば、我を倒せたものを。
第三の罪、恐怖。
貴様――己と同等か、それ以上の相手と戦ったことがなかろう。
ひとたび逆境に追い込まれると、二度と
イゾルデ:おのれ……おのれええ……!!!
殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる……!!!
殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる……!!!
サタンセラフィム:
悪魔が
そろそろ死ね。
イゾルデ:ぐああああああ……!!!
サタン、セラフィム……!
貴様を殺す……!
必ず、必ず……!!!
サタンセラフィム:遺言はそれで終わりか。
灰は灰に、塵は塵に――
光に滅せよ――!
(魔神の形相で呪詛を吐き続けるイゾルデの体が、赤い霧になって散っていく)
サタンセラフィム:真祖は塵と化し、滅んだ。
奴の時空魔法は消え、ヴラドーは徐々に現世に還るはずだが――
しかし――
赤き月は変わらず空に居座り続け……
永遠の夜は明けん……
サタンセラフィム:地上から立ち上る、赤い煙……
あれは、
我が、水晶の棺に封殺してやったはず……
(地上を見晴らしていた熾天使が夜空を仰ぎ見、初めて驚愕の吐息を漏らす)
サタンセラフィム:赤き月が……
(夜空に君臨する赤き月は、気味悪く蠕動し、蛭のように粘液質にぬめる月面を近づけてくる)
(それと同時に果てしない闇夜の彼方から、イゾルデの笑い声が響いてくる)
イゾルデの声:あはははははは――!
そうね、熾天使――!
お前の言う通りだったわ――!
お兄様も
お前を殺してやる――!
殺してやるわ、サタンセラフィム――!
サタンセラフィム:奴め、月と一体化を……!
月が……!
赤き月が……墜ちる……!?
□8/廃墟の城の中庭、戦闘の後
パーシヴァル:モル、今度こそやったんだね。
モルドレッド:ああ……勝った。
クドラク:うう……ああ……
(クドラクを象徴する醜貌の仮面は罅割れ、血に塗れたトリスタンが独白のように呟く)
トリスタン:わ、わかっていた……
いつか……こんな時が来ることは……
全ての悪事は暴かれ……必ず
パーシヴァル:兄さん……
トリスタン:モ、モルドレッド……
あ、貴方に伝えねばならぬことが……
ラーライラさんは……生きています……
ルティエンス公爵家の別荘……
その庭に植えられた、傷ついた
ロンギヌスで癒してあげれば、元の姿に……
モルドレッド:兄上……!
何故、何故ラーライラを殺したなどと――!?
パーシヴァル:互いに信じるものを譲れず、戦うしかないとしたら……
憎しみ合ったほうがいい……そう言うことだよね。
モルドレッド:何故なのです、兄上――!?
そこまで人の心がわかる兄上なのに……
何故『ハ・デスの生き霊』の手先になって、
トリスタン:愛しい、最愛の妹イゾルデ……
彼女が
幾度となく、私の心の
しかし、私はいつも傾けてしまった……
正義よりも……世界よりも……他の誰よりも……私自身よりも……!
私は……イゾルデが大事だったのだ――!
モルドレッド:それが……この結末なのか!?
あれは……一体誰なんだ!?
イゾルデの姿をした……邪悪な月の化身――!
こんなことのために、兄上は悪を重ね、罪を抱えて生きてきたのか!?
トリスタン:…………
パーシヴァル:ねえ、モル……
あの赤い月って、こんなに近かったっけ……?
モルドレッド:いや……
そうか……
さっきから感じていた、空全体から押し潰されそうな感覚……
あれは、あの月が近いから、そう錯覚していたのか……?
――――!?
パーシヴァル、あれは!?
パーシヴァル:水晶の山、だよね……
一体いつの間に、ヴラドーの
なんかあれ……
月と山が、
モルドレッド:行ってみよう、パーシヴァル!
真祖と熾天使の戦いは、まだ終わっていないんだ――!
□9/水晶の山の麓、堕ちてくる月を支えようと両手をかざす熾天使
モルドレッド:セラフィム――!
サタンセラフィム:皇子たちか――!
パーシヴァル:セラフィムさん、どうなってるんだよ!?
モルドレッド:この水晶の山は何だ――!?
パーシヴァル:あの月は、イゾルデは――!?
サタンセラフィム:この水晶は、我の時空魔法……!
胸部の甲冑に埋まりし、封じられたパンドラの箱を開けた……!
パーシヴァル:じ、時空魔法だって――!?
ちょ、ちょっと、どういう原理なの――!?
モルドレッド:待て、先に質問させろ!
あの月だ!
あの堕ちてくる月のことを――!
パーシヴァル:そ、そうだった!
ねえ、セラフィムさん!
あの月……
いや、あれは月なんかじゃない……!
生きている……生物だよ……!
サタンセラフィム:あれは……蛭だ……
古代人や恐竜族と同じように……
まだ陸で暮らす生物もわずかな時代に……
この地球上に君臨した、地上最古の
モルドレッド:蛭が、古代人と同じ種族――!?
パーシヴァル:違うよ。違うけど――
あー、おいらも上手く言えないや!
で、その蛭がどうして月になったんだよ?
サタンセラフィム:進化の頂点に達した悪魔……
その身を異次元に変え、現世とは隔絶した……異界の支配者として君臨する……
あの赤き月――
蛭の目的は、再び現世に現れ、地上の生物の血を啜ること……
真祖とは、そのための
モルドレッド:ま、まるでわからん……!
俺の知っている常識の……理解の範囲を超えている……!
パーシヴァル:おいらだって……
そんな学説、聞いたことないよ……!
サタンセラフィム:皇子たちよ。
地上は、我の支配する時空……
街の外へ走れ。
お前たちを、この時空と時空の狭間から、現世に送り出すことが出来る……
モルドレッド:しかしセラフィム、貴方は!?
サタンセラフィム:貴様の関知するところではない。
無能者は、失せろ……!
モルドレッド:短時間なら、
魔力と魔力のぶつかり合いになれば、人間に勝ち目はない……!
貴方はもう、
その白銀の鎧を濡らす血は、貴方自身の血なのだろう――!?
サタンセラフィム:知った風な口を利くな……!
最悪の事態になれば、このヴラドーごと、根こそぎ異次元に飛ばす……!
我が翼が堕ちる時には……奴も地獄に引きずり込んでやる……!
ぐううっ……!
モルドレッド:オルドネアよ――
巨悪と戦い、その刃を
(空の重圧に体勢を崩したサタンセラフィムに、治癒魔法を掛けるモルドレッド)
サタンセラフィム:貴様、余計な真似を……!
消えろと言っているのが、わからんのか――!
モルドレッド:セラフィム――!
俺は、貴方の全てを尊敬することは出来ない。
しかし今、貴方の成そうとしていることは……一点の曇り無く正義に適う!
俺の命を貴方に預ける! 背中を支えさせてもらうぞ――!
パーシヴァル:やっぱり、モルは残るよなあ……
おいらは正直、逃がしてくれるなら逃げたかったんだけど……
おいらも手伝うよ。
親友と命の恩人を見捨てて逃げたら、地獄行きになりそうだからね――!
サタンセラフィム:馬鹿どもが……!
神に身を捧げた者たちよ……
貴様らの祈り……熾天使が神に届けん――!
□10/古城の尖塔に立ち、墜ちる月を見上げているトリスタン
トリスタン:あ、あれが赤き月の正体……!
あの醜悪な……血を吸って丸々肥え太った、巨大な蛭が……
あんなものが……我ら吸血鬼の、神だと言うのか……!?
イゾルデの声:血、血、血……!
足りぬ、足りぬ、足りぬ……!
人間だけでは、
犬を、猫を、家畜を……!
虫も、草も、木も……!
血でなくともいい……!
生きとし生けるもの全てから……
搾り取るのだ、
トリスタン:ぐああああっっ……!!!
わ、私の血を……残り僅かな
イゾルデ……
イゾルデの声:はははははは――!!!
まだあった、搾り出したぞ……!!!
地獄の闇に、流血の
天使の光を、
殺してやるううう――!!!
サタンセラフィムううう――!!!
トリスタン:月が地上に……墜ちる――!
うあああっ――――!!!
(月の墜ちる超重圧と衝撃波が吹き荒れ、尖塔の足場から飛ばされるトリスタン)
(蝙蝠の飛膜の翼を広げて滞空したトリスタンは、戦慄の光景を目の当たりにする)
トリスタン:空を支えていた水晶の山が……砕かれていく……!
家も、教会も、森も、湖も……!
夜空の雲や、星々すら散り散りに……!
…………
負けたのか、あの熾天使は。
モルドレッドは、パーシヴァルは。
トリスタン:あの一画……水晶の煌めき……!
彼らは、まだ生きている……!
月は……まだ完全に地上に墜ちてはいない……!
トリスタン:使徒シリウス……!
お祖父様……先代ワラキア公……!
私にご加護を……!
(街のすぐ上空、超低空圏まで到達した赤き月に向かい、トリスタンは飛翔していく)
イゾルデの声:誰だ、我に近づく者は……
お兄様……
そうだ、まだ
熾天使を殺す、血の糧が……!
(蛭のような粘液に覆われた月面の一カ所に、半裸のまま埋没したイゾルデの上半身が形作られる)
イゾルデの上半身:お兄様、こちらへいらして……
そう、まっすぐに……
お前の血を、お前の神……月に捧げるのよ……!
トリスタン:
イゾルデの上半身:何……その銀の短剣は……!?
ぐあああ――――――!!!
□11/ヴラドーの街、水晶山のそびえ立つ一画
パーシヴァル:モル、空を見てよ――!
夜空が消えていく……!
夕焼けだ……!
夕日が差し込んできた――!
モルドレッド:地上もだ。
月の落下で荒廃した街を、水晶が包んでいく……!
セラフィムの魔法が押しているぞ――!
サタンセラフィム:神に成り代わらんとした、醜悪な蛭め……!
人間の住まうこの地上に、
貴様は永遠に……この醜い月の世界に引っ込んでいろ――!!!
□12/月の墜ちた破壊の爪痕を残すヴラドーの街
モルドレッド:うう……
夕焼け空……
ここは……元の世界か――!?
パーシヴァル:や、やっと帰ってきたよ〜……!
なんかおいら、夕日を見てたら、涙出そう……
モルドレッド:そうだ……
セラフィムは――!?
真祖はどうなった――!?
□13/ヴラドーの北区全域を吹き飛ばしたクレーターの爆心地
イゾルデ:う、うう……
痛い、痛いっ……
どうして、どうして血が流れるの……!
不老不死を、不死身を約束された真祖の
サタンセラフィム:ヴラドーの北区全域を吹き飛ばしたクレーター。
此処に転がっていたか、
イゾルデ:熾天使……!
月よ、赤き月よ――!
何故、何故応えてくれないのです……!?
何故『夜の国』が現れないの……!?
サタンセラフィム:さすがに最古の
あの忌々しい蛭を殺し切ることは出来なかった。
だが、奴が相当の深手を負ったのは、間違いあるまい。
時空魔法どころか、真祖に魔力を送ることすら出来ないのが、その
永久の夜は、黄昏に沈んだ。
イゾルデ:あ、あああ……
いや、いや……!
トリスタン:……っ。
此処は……
サタンセラフィム:トリスタン=ルティエンス。
魔神打倒に尽力したその功績を
法の裁きに身を委ねるが良い。
トリスタン:熾天使……
(血に塗れた身を起こし、熾天使の行く手を遮るトリスタン)
トリスタン:……お前を通すわけにはゆかぬ。
サタンセラフィム:邪魔だ、退け。
神の裁きを阻むならば、貴様も同罪――死罪とするぞ。
トリスタン:往きなさい、イゾルデ。
お前に残る真祖の力を……全力で振り絞って逃げるのです。
イゾルデ:お兄様、やめてください!
その殺戮の天使の光に向かえば、一瞬で消し去られてしまいます!
もういいのです、私は!
お兄様は、お兄様は……もうこれ以上の罪を重ねないでください――!
トリスタン:ふ、ふふふふ……
はは、はははは……
イゾルデ……
私の愛した、イゾルデ……
僅かに残る夜の血を……お前のために燃やそう――!
赤銅の蛇よ――!
サタンセラフィム:血の蛇か。くだらん奇術だ。
オルドネア聖教律法『使徒ヨーゼフの法典』に
トリスタン=ルティエンス。
貴様から皇族の身分、財産、領地、名誉……
あらゆる権利を剥奪し、異端者と認定する。
異端者には、速やかなる死を。
薄汚い血を送り出す、心臓を握り潰す。
トリスタン:ぐ、はあ――……
イゾルデ:いやぁ…………
お兄様ああああっっ――!!!
トリスタン:血の香り……
心が血を流している……
お前が血を求め、血を糧に生きる怪物だとしても……
心に血が通い……心が血を流すならば……
お前は……人間だ……イゾルデ……
サタンセラフィム:異端者が人間の定義をするか。
笑止、貴様も人間ではない。
ゴミだ。
トリスタン:天使よ……お前は知るまい……
背徳と血に塗れた、悪の
美しい花は咲くのだ。
私の愛した花を、貴様に摘ませはせぬ――!
サタンセラフィム:不死鳥か――! 奇術師が……!
トリスタン:イゾルデ、生きよ――!
イゾルデ:あ、あああ……
お兄様、お兄様……!
トリスタン:早く……
私の最期の血の一滴が……枯れ果てる前に……!
サタンセラフィム:貴様、真祖を逃がすつもりか。
トリスタン:そうだ――!
使徒シリウス……
やはり、私と貴方は違う……
私は……世界を敵に回しても、愛する者を守る――!
□14/ヴラドーの北区全域、クレーターに駆けつけるモルドレッドとパーシヴァル
モルドレッド:天使と不死鳥――!
セラフィムと兄上が、戦っているのか!?
パーシヴァル:でも……もう決着はつくよ。
サタンセラフィム:灰は灰に、塵は塵に。
消え失せろ、不死鳥を真似る蝙蝠が。
ファティマの右手。
モルドレッド:不死鳥が……滅んだ……
パーシヴァル:兄、さん……
トリス、兄さん……
サタンセラフィム:おのれ……
だが、まだ遠くには行っていないはずだ。
必ず見つけ出し、封印の門を完成させる。
パーシヴァル:セラフィムが飛んでいった……
ってことは、モル――!?
モルドレッド:追うぞ、パーシヴァル!
熾天使の行く先には、真祖が……イゾルデがいるはずだ!
□15/ヴラドーの南部の森林、夕陽を浮かべる湖の前
イゾルデ:森の湖に映る顔……
そう、私は人間……
赤き月でも、巨大な蛭でもない……
イゾルデ:ああ……私は今まで何をしていたのでしょう……
いいえ、私の為したことは全て覚えている……
何という数の
(夕焼けに彩られた森の梢を破り、光輪を戴く熾天使が降り立つ)
サタンセラフィム:罪の意識は芽生えたようだな、化け物。
イゾルデ:お兄様は、どうされたのです……?
サタンセラフィム:クドラクは死んだ。我が殺した。
イゾルデ:…………
覚悟は出来ています。
私は……この世に存在を許されぬ魔性の身。
あなたの手で……私を地獄に突き落としてください。
サタンセラフィム:地獄だと? 何を言っている。
貴様の兄も生きよ≠ニ言ったではないか。
貴様は、この現世で生き続けるのだ。
永遠にな――
□16/宵闇が落ちて薄暗くなったヴラドーの南部の森林
モルドレッド:はあ、はあ……!
いたぞ、此処だ――!
サタンセラフィム:皇子たちか。丁度良いところに来た。
パーシヴァル:――ぅぁっ!?
そ、それ……!
サタンセラフィム:水晶の
なかなかの芸術品とは思わんか。
少なくとも、古代人のミイラよりは、衆人の目を楽しませるに違いない。
モルドレッド:セラフィム――!
何故こんなことをした――!?
パーシヴァル:イゾルデを……水晶の彫像に変えるなんて――!
サタンセラフィム:新しき封印の門だ。
あの
パーシヴァル:赤き月は、真祖を選び出し、現世での器とする。
真祖は直接の
吸血鬼は一大勢力となって、真祖を頂点とするピラミッドが打ち立てられる。
モルドレッド:そして真祖が力を蓄え、完全な成体に育つと……
時空魔法によって次元の境界を食い破り……蛭の月が這い出てくるというわけか。
パーシヴァル:蟻や蜂……社会性昆虫みたいだね。
同時に、病原菌のように感染する性質も兼ね備えてる……
サタンセラフィム:全人類が結束し、根絶を目指した――
オルドネア聖騎士団結成の理由の一つでもある……
恐るべき種族、吸血鬼。
しかし強大であっても、所詮は蛭だ。
器たる真祖を生きたまま封印してしまえば、物の役に立たんこともわからず、愚かにも
知能も言葉も持たず、一つの時空を支配する、暗愚なる魔神。
モルドレッド:そうか……
だから使徒シリウスは、生きたままミイラとなって……
ということは……――!?
イゾルデの声:コロシテ……
ダレカ……
ワタシヲコロシ、テ……
モルドレッド:…………っ!!
イゾルデの声……!?
サタンセラフィム:まだ表面が
内部まで水晶に置き換われば、いずれ声も聞こえなくなる。
パーシヴァル:酷え……酷すぎる……!
こんなのって……!!
サタンセラフィム:ならば貴様が替わるか、十一皇子。
イゾルデの声:コロシテ……
ダレカ……ダレカ……
ワタシヲ……コロシテ……
パーシヴァル:い、イゾルデぇっ……!
サタンセラフィム:貴様らもよく見ておけ。
これが悪の惨めな末路だ。
イゾルデの声:コロシテ……
コ、ロシ、テ……
コ、ロ、シ……
モルドレッド:…………!
オルドネアよ――
己が犯した罪を悔い、裁きを受け入れた罪人に哀れみを。
罰と救いを与えたまえ――!!
サタンセラフィム:十三皇子――!
(ロンギヌスの槍が『水晶の美姫』を貫くと、表面を覆っていた水晶がひび割れ、イゾルデの素顔が覗く)
イゾルデ:あ、ありがとう……モルドレッド……
ああ……私の行く先……
地獄には……お兄様はいらっしゃるのかしら……
決して居て欲しくはないけれど……
もしも、もう一度会えるなら……
私は……コキュートスの氷の地獄でも……
堕ちてゆきたい……
サタンセラフィム:貴様……己のしたことがわかっているのか。
真祖の座は、空席となった。
暗愚なる蛭は、真祖の不在に気づき、新たな真祖を選び出すぞ。
モルドレッド:その時は……
俺や貴方が、新たな真祖を倒すまでだ――!
サタンセラフィム:無能者が、その口で何をほざく。
貴様のそれは傲慢ですらない、狂言だ。
モルドレッド:セラフィム――!
貴方は神にも等しい悪に立ち向かう、偉大な天使だ!
しかし貴方は、悪を許すことを知らない……!
それは正義ではない――!
悪を憎むだけでは――正義とは呼べないのだ――!
サタンセラフィム:我は正義ではない。
罪人に審判を下し、神の剣を振り下ろす天罰の代行者。
熾天使の裁きに異を唱えるは――其れ即ち神への叛逆。
モルドレッド:…………っ!!!
パーシヴァル:モル……!
モルドレッド:お前は逃げろ……
こいつは俺たちが戦ってきた敵の中でも……紛れもなく最強の敵だ……
俺の横に並べば……お前は確実に死ぬ、パーシヴァル!
サタンセラフィム:異端者よ、災いの皇子よ――
ぬうう……!?
お、おおお……!!!
(宵闇の森に燦然と降臨していた熾天使は、ふいに白銀の兜を抑えながら呻きを漏らす)
サタンセラフィム:……審判は中断だ。
汝らへの刑の執行を猶予とする。
天に輝く白銀の翼は、汝らに舞い降りる裁きの刃。
皇子たちよ――再審の刻を畏れよ。
(頭上に戴く光輪を輝かせ、熾天使は光の柱を昇っていく)
パーシヴァル:はあ〜……
おいら、本当に殺されるかと思ったよ……
あいつの眼、真祖だったイゾルデより恐ろしかった……
モルドレッド:サタン、セラフィム……!
オルドネア聖教の異端審問官……!
神の剣……!
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