第20話 赤き月の悪魔、白き殺戮の天使
★配役:♂4♀1=計5人
▼登場人物
モルドレッド=ブラックモア♂:
十六歳の聖騎士。
ブリタンゲイン五十四世の十三番目の子。
オルドネア聖教の枢機卿に「十三番目の騎士は王国に厄災をもたらす」と告げられた。
皇帝の子ながら、ただ一人『円卓の騎士』に叙されていない。
魔導具:【-
魔導系統:【-
パーシヴァル=ブリタンゲイン♂
十七歳の宮廷魔導師。
ブリタンゲイン五十四世の十一番目の子。
『円卓の騎士』の一人で、陸軍魔導師団の一員。
お調子者の少年だが、宮廷魔導師だけあって知識量はかなりのもの。
魔導具:【-
魔導系統:【-
十八歳。トリスタンの実の妹。
ブリタンゲイン五十四世の十番目の子。
千年前に君臨した吸血鬼たちを支配する王、
先代の
世界に災いをもたらし、古代魔法王国の滅亡の元凶となった悪魔の中の悪魔、
真祖の絶大な魔力の源は、真祖に導かれて夜空に昇るもう一つの月、『赤き月』である。
『赤き月』の正体は、吸血の月明かりで地上に生きる者の血を啜り、その身を肥え太らせる醜悪なる異次元の蛭。
自身が生ける魔導具と化しており、真祖はその使い手であり代理人。下級の吸血鬼は手足となって働く手駒である。
魔導具:【-
魔導系統:【-
『ハ・デスの生き霊』の幹部、
ブリタンゲイン五十四世の四番目の子、トリスタン=ルティエンスの裏の顔。
完全な魔因子を持っており、魔導具無しでも魔法を使える。
額には
闇夜に流れる銀髪の美しさとは真逆に、醜貌を象った仮面兜で顔の上半分を隠す。
仮面兜の額には、冷酷さを象徴するような、氷河色の
血を吸った人間を、
魔導具:なし
魔導系統:【-
白き終焉の
オルドネア聖教の異端審問機関『黙示録の堕天使』を率いる天使長。
十二の古式魔導具で構成された、白銀の騎士甲冑『
階級は九段階の内の最上位『熾天使』であり、オルドネア聖教の神威を知らしめる神の剣。
傲岸不遜で、自身が悪と断定した者には一切の容赦なく殺戮する、理性ある狂信者。
古式魔導具とは、一つの魔導具につき一つの魔法に特化した魔導具で、
魔法の自由度が失われる反面、魔力消費量、発動までの待機時間が大幅に少ない。
使用者によっては、戦略魔法や儀式魔法クラスの大魔法まで、単独行使出来るケースもある。
魔導具:【-
魔導系統:【-
※注意
・ルビの振ってある漢字は、ルビを読んでください。
・特定のルビのない漢字は、そのまま読んでください。
ひらひらのひらがなめがね
上記のサイトに、この台本のURLを入力すると、漢字に読みがなが振られます。
ただし、当て字でルビを振ってある漢字(例:
□1/夜、ワラキア公国首都ヴラドー
(通行人の気配の途絶えた夜の街路を、疾走する二人)
モルドレッド:急げ! パーシヴァル!
パーシヴァル:はあ、はあ……
帝国大使館は遠いなあー……
モルドレッド:考えたくはないが、ヴラドーの都知事も『ハ・デスの生き霊』に荷担しているかもしれん。
もしそうだったとしたら、俺たちは「飛んで火にいる夏の虫」だ。
パーシヴァル:よくて人質。
最悪、秘密を握りつぶすため、口封じに殺される……
モルドレッド:まずは大使館を通じて、本国に連絡することが先決だ。
『ハ・デスの生き霊』と通じていたのは、ルティエンス公爵家の独断で、公国政府は何も知らなかったとしても、
パーシヴァル:わかってるんだけどさっ……
おいら、もう限界で……
モルドレッド:だらしのない奴だな。
パーシヴァル:さ、サンキュー……
なんかこう、走って息が切れるのとは別に、めまいがするというか、手足がだるいっていうか。
モルドレッド:酸欠じゃないのか。
パーシヴァル:違うんだって。
あーあ、いいよなモルは。
握ってるだけで、体力も魔力も自然回復なんてインチキだよ、その槍。
モルドレッド:担ぎたければ、幾らでも担がせてやるぞ。
お前にロンギヌスを持って走れるだけの体力があれば、だが。
それにしても、急に人通りが途絶えたな。
ヴラドーに辿り着いた頃には、まだ何人かとすれ違っていたが。
パーシヴァル:そうだよね。
ヴラドーは、ブリタンゲイン連邦国内でも、上位に入る大都市だ。
吸血鬼事件で、深夜の外出を控える人が増えたとか。
モル、あそこの赤煉瓦の建物。
人が倒れてるよ!
モルドレッド:酔っぱらいか何かじゃないか?
おい、大丈夫――……
(煉瓦壁にもたれかかった人物に駆け寄った二人は、その姿を見て硬直する)
パーシヴァル:う、わ……
ミイラだ……
モルドレッド:からからに干涸らびている……
死後、何年も経ったかのような……
(突然強い目眩と脱力感に襲われる二人は、周囲に漂う赤い霧に気づく)
モルドレッド:何だ、この赤い霧は……
錆びた鉄のような臭い……
パーシヴァル:血だ、血の霧だよモル!
モルドレッド:敵の魔法に囚われたか――!
パーシヴァル:でも、なんだこれ……
魔法とは違うような……
モルドレッド:とにかく離れるぞ、パーシヴァル!
直接ダメージはなくても、遅効性の毒や、
パーシヴァル:何だよ、この霧っ!
おいらたちに付きまとってくる――
モルドレッド:敵は一体どこから魔法を掛けてきているんだ!?
パーシヴァル:も、モルっ。
おいら動いたら、凄い目眩が……
この霧……
魔法じゃなくて、おいらたちの血じゃないの……?
モルドレッド:馬鹿な……!
曲がりなりにも、俺たちは魔心臓の持ち主。
人体に直接作用する魔法には抵抗があるはず――!
パーシヴァル:もっと詳しく言うと、人体には恒常性を維持する仕組みがある。
これを狂わせるには、物凄く
単に殺傷目的なら、割に合わない。だから状態異常魔法は、数が少ないんだ。
でも、何か別の目的があるとしたら――
モルドレッド:パーシヴァル――!
上だ! 上を見ろ!
パーシヴァル:つ、月が二つ……!?
満月の隣に、真っ赤なもう一つの月が並んでる……
モルドレッド:この赤い霧……
上の方――夜空へ昇っていっていないか?
パーシヴァル:まさか……
あの赤い月が、おいらたちの血を吸っている……!?
モルドレッド:血を啜る月……
そんなものがこの世に存在するというのか……!?
(赤い霧の向こう、街路の物陰から仮面の男が姿を現す)
クドラク:『赤き月が昇る夜、世界は渇きと餓えに枯れ果てる』
使徒シリウスの手紙五章三十四節――
赤き月は、
教典の通り、赤い月は夜空に昇り――生きとし生けるもの全ての血を吸い尽くす。
モルドレッド:誰だ――!?
クドラク:『ハ・デスの生き霊』が幹部、
パーシヴァル:ねえ……
トリス兄さんなの――?
(パーシヴァルの呼び掛けに応え、クドラクはゆっくりと醜貌の仮面を外す)
トリスタン:そう。
そして私は、ブリタンゲイン帝国の第四皇子、トリスタン=ルティエンス。
パーシヴァル:兄さん……
どうしてなんだよ兄さん!?
どうして『ハ・デスの生き霊』なんかに――!
トリスタン:おや、イゾルデから理由は聞いていませんか?
モルドレッド:姉上は、次代の真祖として選ばれた子供だった。
体は徐々に吸血鬼化していき、真祖に転生しなければ死ぬ。
だから兄上は、姉上と共に、吸血鬼として生きることを誓ったと……
トリスタン:そうですか、イゾルデはそう言ったのですか。
パーシヴァル:兄さん、どうしておいらたちに相談してくれなかったんだよ。
みんなで考えれば、国中の知恵を結集すれば、もっといい解決策があったかもしれないだろ。
モルドレッド:兄上の心中は、察するに余りある。
しかしどんな理由があっても『ハ・デスの生き霊』の手先に成り下がるなど、許されない。
トリスタン:クククク――
愚かで愛しい弟たちよ。
全ては私の計画通り。
モルドレッド:何だと……?
トリスタン:イゾルデが『赤き月』に
私もまた魅入られたのです。
闇に……大いなる力に。
第四皇子のこの私にも、王座への道が見えた。
パーシヴァル:何言ってるんだよ、兄さん……
兄さん、自分から後継者争いから下りたんじゃないか……
トリスタン:そうだとも。
ブリタンゲインなど、たかが帝国の王ではないですか。
私の目指す王座とは、世界の王――この世を統べる支配者の座。
内外に野心が無いことを示し、私は帝国の主流派から外れた。
お陰で仕事がやりやすくなりました。
イゾルデに生贄を捧げる、吸血鬼クドラクとしての仕事が。
モルドレッド:ラーライラは、兄上が
トリスタン:嗚呼、あのエルフですか。残念なことをしました。
催眠の魔法が効かず、運んでいる途中で目覚めてしまった。
エルフの魔法抵抗は手強く、私の魔因子に染まらなかった。
優れているというのは、時に不幸を招くものです。
モルドレッド:だから、どうしたと聞いている!
トリスタン:最後まで説明しないと、わかりませんか?
モルドレッド。
あなたはまだ、あのエルフを味わっていなかったのですね。
実に格別の味だった――処女の血も肉も。
私の使い古しでよければ、払い下げてやってもよかったが、
それとも、冷えたエルフの
モルドレッド:ラ、ラーライラ……
そんな、もうお前は……
トリスタン、貴様あああっっ!!
(激高してロンギヌスを手に突進するモルドレッド、吸血鬼クドラクの象徴である醜貌の仮面を被るトリスタン)
クドラク:血の香り――
心が血を流している。
だが血迷った槍で、俺を貫けるかモルドレッド。
モルドレッド:ほざけ、吸血鬼!
その身を霧に化そうとも、正義の穂先は貴様を切り裂く!
(光の十字架となったロンギヌスが、クドラクの変じた薄靄の澱みを貫く)
(生身を刺し貫いたかのような手応え。霧の澱みに鮮血が迸り、街路を赤く染める)
クドラク:ぐはっ――……
さすがは魔を貫く槍ロンギヌス……
あらゆる武器を無効化する、霧の体を傷つけるとは……
ククク、俺の狙い通りに……
パーシヴァル:モル、後ろだ!
(クドラクの流した血溜まりを子宮に、誕生した
クドラク:立ち上がれ、
その悪しき角で、熱く脈打つ心臓を貫け!
パーシヴァル:そうはさせるかっ。
天を翔ける猛き稲妻よ。
我が手に集い、我が手に弾け、
我らが敵へ、天壌の怒りを落とせ。
ゼウス・ガベル――!
(黒い二角獣が血霧となって霧消し、本体であるクドラクが悶える)
クドラク:ぐうっっ――!
も、戻れ我が血潮よ――!
パーシヴァル:吸血鬼の攻略は、対策済みさ。
流動する武器であり生命の源、その血を凍らせてしまえばいい。
フローズン・グラコスっ!
クドラク:――!?
モルドレッド:よくも今まで俺たちを欺いてくれたな。
貴様だけは断じて許さん!
ラーライラの仇……死ね、吸血鬼――っ!
モルドレッド:(何だこの凄まじいプレッシャー……!)
(ロンギヌスが勝手に反応した――!?)
(ロンギヌスが結界を展開した直後、背後から凄まじい衝撃が駆け抜ける)
モルドレッド:うおおあっ――!?
(結界を維持したまま吹っ飛ばされ、街路に転がるモルドレッド)
モルドレッド:星が輝いて落ちる――……
流星の雨――!?
パーシヴァルは――!?
パーシヴァル――!
パーシヴァル:ぐっ、は――……
(無数の流星に体を貫かれ、パーシヴァルが血を吐いて倒れていく)
モルドレッド:パーシ、ヴァル……?
イゾルデ:お兄様、ご無事ですか。
クドラク:……イゾルデ。
ついにお前は……
イゾルデ:はい。
私は
太陽の敵対者にして、古代魔法王国を滅ぼした、
(生気のない眼をした何百もの街の人々を従え、イゾルデが艶然と微笑む)
クドラク:その街の人々は――?
イゾルデ:『赤き月』の光で血を啜り、魔因子を流し込んだ人間たち。
成り損ない≠ノしないよう、肉体の変化を抑えました。
魔法は使えないけれど、
そうですね、
私の築く『夜の王国』の住人です。
モルドレッド:パーシヴァル、しっかりしろ!
俺が助ける!
クドラク:……無駄だ、モルドレッド。
ロンギヌスの治癒魔法は、持ち主の自然治癒能力を増幅させるもの。
失った手足をもう一度生やすことが出来ないように――
パーシヴァルはもう助からん。
イゾルデ:可哀想に、パーシヴァル。
でも仕方がなかったの。
だってあなたはお兄様を殺そうとしたんだもの。
モルドレッド:イゾルデ、貴様――!
降誕せよ、断罪の秘蹟!
再臨せよ、審判の天使!
救済の十字架で、全ての悪を贖わん!
この世界より滅び去れ、
(巨大な光の十字架と化したロンギヌスの一撃を、イゾルデは嫋やかに持ち上げた片手で掴む)
イゾルデ:モルドレッド、女性に手を挙げるの?
私だから許してあげるけど、こんなことをする男は最低よ。
それともオルドネア聖教には、貴婦人への礼は教義に無いのかしら?
モルドレッド:そ、そんな……
断罪の十字架が……全く通用しない……
イゾルデ:落ち着いて。
パーシヴァルは私が助けてあげる。
私の魔因子――
真祖の血を飲ませてあげれば、パーシヴァルは生き返る。
モルドレッド:それは……
パーシヴァルを、吸血鬼に変えるということか……!?
ふざけるな――!
イゾルデ:心配しないで。成り損ない≠ノはならないわ。
あれはね、普通の人間が魔因子を注ぎ込まれたとき、肉体の進化に失敗して、崩壊してしまう現象なの。
パーシヴァルは魔心臓を持つ、準魔因子の持ち主。
私が上手に誘導してあげれば、必ずお兄様と同じ
モルドレッド:黙れ!
パーシヴァルを、貴様たち化け物の仲間にはさせん!
俺が、ロンギヌスの槍で助けてみせる!
パーシヴァル:ううっ……
はあ、はあ……
モルドレッド:何故だ……
何故傷が塞がらない……!
何故血が止まらない……!
クドラク:……モルドレッド、決断しろ。
パーシヴァルを俺と同じ
或いは、人間として、安らかな死を与えるか。
お前のしていることは、いたずらに延命させるだけで、苦しみを長引かせるだけだ。
モルドレッド:(オルドネアよ……俺はどうすればいいのです……)
(正義のために、友を見殺しにするか……)
(悪魔に命乞いをして、友を助けてもらうか……)
(オルドネアよ……!!)
(血に濡れたように赤い夜空を、一筋の神々しい光が切り裂く)
(純白の光の柱を経路にして現れた、光輪を戴く熾天使が地上を見下ろしていた)
サタンセラフィム:聖なるかな、聖なるかな。
汝ら、舞い降りし我が翼を畏れよ。
穢れ無き純白の翼、罪を知らぬ高潔を畏れよ。
汝ら粛正されし罪人よ、
モルドレッド:天使――?
いや、あれは天使ではない……
天使ならあれほど殺意に満ちた、禍々しい白さではない……
イゾルデ:あなたは何者なのかしら、天使さん?
サタンセラフィム:我が名はサタンセラフィム。
闇に這い回る悪魔どもに、白き裁きを下す『黙示録の堕天使』が一翼。
モルドレッド:『黙示録の堕天使』……!?
オルドネア聖教の
クドラク:異端審問官……ただの人間か。
宙に浮いているだけで天使を名乗るとは、気は確かか。
イゾルデ:そうですね、お兄様。
私の夜空に、天使を騙る愚か者の居場所は無いわ。
天使の羽根を引きちぎり、存分に食い散らしなさい。
(
(数十人の
(蒼白い防御障壁が発生し、激突した
モルドレッド:
あれは防御結界……!
サタンセラフィム:ネフィリムの左手。
貴様ら薄汚い悪には越えられん、聖なる障壁だ。
モルドレッド:あいつも俺と同じ、神聖魔法の使い手か……
しかし、片腕をかざしただけで魔法を発生させるとは……
サタンセラフィム:天の高みに手を伸ばすか。
よかろう。ならば我が今一度、貴様らを楽園へ導かん。
(熾天使の翼の下、背面の白銀甲冑から何十、何百もの白い鎖が、天の白滝となって街に落ちる)
モルドレッド:天空からの鎖……!
イゾルデ:たった独りの天使に吊された、何百もの亡者たちの群れ。
まるで宗教画のようね。
クドラク:イゾルデ、下がるのだ――!
私たちも鎖に巻き込まれる――!
サタンセラフィム:フラグムの鎖。
天へ昇れ、亡者ども。
失われし楽園に足を踏み入れ――
地に追放されよ。
モルドレッド:くっ――!?
(上空より叩き落とされた
モルドレッド:上空に引き上げて、鎖をほどき、墜落死させる……
なんて、残酷な……
(上空より光の柱を降下してきた熾天使は、血柘榴となって爆ぜた
クドラク:異端審問官……
どこで嗅ぎつけてきた――?
サタンセラフィム:貴様に問いを許した覚えはない、吸血鬼。
死ぬ前に懺悔があるなら、聞いてやる。
クドラク:天使よ。
神の右の座を追われた、明けの明星を知らぬのか。
その傲慢さ――命取りになると知れ。
ぐはああっ……!
(クドラクは自らの喉を爪で破り、噴き出した血溜まりから
クドラク:いざ駆けよ、
天使の白き翼を、鮮血で染め上げるのだ――!
(紅い眼を血走らせて駆ける
(迎え撃つ熾天使は、地を蹴り、光を湛えた右手で二角獣の額を掴む)
サタンセラフィム:光に滅せよ。
クドラク:ぐああああっっ――!!
イゾルデ:お兄様――!?
サタンセラフィム:ファティマの右手。
悪魔や死霊を滅する、神聖なる神の手。
クドラク:血が、集まらぬっ……!
わ、我がブラッドアバターを……!
モルドレッド:(まただ……俺と同じ神聖魔法を一瞬で……)
(しかも、俺の断罪の十字架≠ノ匹敵する威力……)
サタンセラフィム:トリスタン=ルティエンス。
悪魔に身を落とし、あまつさえ
如何なる事情も
次にイゾルデ=ルティエンス。
己一人の命を長らえるために、
貴様が悪魔に堕ちた時、神の与えたもうた、あらゆる権利は喪失した。
異論を申し述べること、人の権利を主張すること、この世に存在することを禁ず。
貴様には人の名すら遺さん。死ね、
イゾルデ:天使、と言ったわね――
神の名の下に、
もう目こぼしはしない。
真祖の怒りに触れたこと、その重みを噛みしめるがいい。
お前は生きていたのではなく、私に生かされていたと知りなさい。
赤き月の子らよ。夜の女王の名において命ず。
闇の
メテオ・ビヤーキー。
モルドレッド:な――……
あんな数の流星……!
ヴラドーの街ごと滅ぼすつもりか――!?
サタンセラフィム:左腕よ、我を護る障壁となれ。
ぬうっ――……!!
モルドレッド:オルドネアよ、暴威を阻む結界を――!
ぐああっ――!
こ、こんなものを受け続けていたら……!
サタンセラフィム:十三皇子――!
モルドレッド:――!?
サタンセラフィム:その死に損ないを連れて、失せろ。
モルドレッド:しかし、お前は――!?
サタンセラフィム:貴様に案じられるほど、落ちぶれてはおらん。
役立たずは、せめて足を引っ張らぬよう落ち延びろ。
それとも貴様は、我に尻拭いまでさせるつもりか。
モルドレッド:あ、ああ――!
わかった!
感謝する、異端審問官――!
□2/ヴラドーの街、無人の民家の寝室
モルドレッド:ひとまず
だがこの民家も、いつまで持つか……
(寝台に横たわるパーシヴァルに、淡い光を湛えたロンギヌスの穂先をかざす)
パーシヴァル:う、ううっ……
モルドレッド:パーシヴァル、気がついたか!
待っていろ。今、治療を再開する。
パーシヴァル:ご、ごめんモル……
もう、治療はいいよ……
おいら……助からないみたいだ……
痛くて、苦しくて……
楽に、させてくれ……
モルドレッド:何を言ってるんだパーシヴァル!
諦めるな! 奇跡は必ず起こる!
俺が起こしてみせる!
パーシヴァル:目の前が……暗くなってきた……
おいら、死にたくないよ……
まだ読んでない本や……試したい魔法が一杯あるのに……
でも、痛いのも苦しいのも嫌だ……
カッコ悪いな……はは……
なあ、モル……
だから、モルは生きろよ……
生きて……帝都に……
モルドレッド:パーシヴァル――?
パーシヴァル――!!!
(ロンギヌスをかざしていた右手が力無く落ち、モルドレッドは絶望にうなだれる)
モルドレッド:パーシヴァル、ラーライラ……
俺は……やはり災いの皇子なのか……
俺の愛した、かけがえのない友が二人も……
オルドネアよ……
何故俺ではなく、二人を死なせた……?
何故あの吸血鬼どもが、大手を振って街に君臨している……!
(ロンギヌスを握る右手が震え、その爪が手の平の皮膚を破り、聖槍の柄をつたって血が滴り落ちる)
(モルドレッドの顔は、友の死を嘆く聖騎士から、徐々に悪鬼の形相に変じていく)
モルドレッド:力……! 力が欲しい……!
二度と大切な人を死なせない、強大な力が……!
そして……友を殺した、あの吸血鬼どもを倒す力が……!
神よ……いや、神でなくてもいい……
俺に力を――!
喩えそれが
ぐうっ――!?
(悪魔に復讐を乞うモルドレッドの横面に白い手甲がめり込み、モルドレッドは壁に叩きつけられる)
サタンセラフィム:馬鹿者が。
悪魔に誓いを立てるとは、聖騎士の風上にも置けん。
モルドレッド:異端審問官……!?
サタンセラフィム:ロンギヌスを貸せ。
モルドレッド:何を――ぐうっ!?
(抵抗する素振りを見せたモルドレッドに、容赦の無い足蹴が入る)
サタンセラフィム:無能者に口答えを許した覚えはない。
よく見ておけ。これがロンギヌスの真の力だ。
(モルドレッドの治癒の光に層倍する、目映いまでの治癒の光が部屋中を照らす)
モルドレッド:す、凄い光だ……
ロンギヌスに、これほどの癒しの力が……
サタンセラフィム:十字架に架けられて死んだオルドネアは、三日後に復活した。
即ち聖典は、死者をも蘇らせる魔法を伝えている。
たった今死んだばかりのガキを起こすなど、造作もない。
パーシヴァル:う、うーん……
あ、あれ……?
おいら……まだ生きてる……?
モルドレッド:パーシヴァル!?
し、信じられない……
貴方は……本物の
サタンセラフィム:世迷い言の次は、寝言か。
ロンギヌスの槍は、元来オルドネア聖教が所有する聖遺物。
ブリタンゲインの王族には、貸し与えているだけだ。
貴様よりロンギヌスの力を引き出せる者は、掃いて捨てるほどいる。
パーシヴァル:モ、モル……
誰、このおっかない人……?
モルドレッド:サタンセラフィム――
どうやら俺たちの天使らしいぞ、パーシヴァル。
□3/深夜のヴラドー、流星の降り注いだ跡地
トリスタン:流星の降り注いだ跡地……
『
何も残らぬ……ただ瓦礫の山が積み上がるのみ……
イゾルデ:ふふっ、ははははっ――
この真祖の力の前では、結界に籠もって逃げるのが精一杯。
口だけだったわね、あの天使を気取る異端審問官。
(廃墟の夜風に銀髪を靡かせ、イゾルデは醒めやらぬ破壊の陶酔に浸る)
イゾルデ:でも、何処へ隠れたのかしら。
街の何処かに、白い小蠅が潜んでいると思うと気持ち悪いわ。
そうだわ、ヴラドーの街一帯に、流星の雨を降らせましょう。
犬小屋一つ残さず、夜の荒野に還してしまえば、一溜まりもないでしょう。
トリスタン:イゾルデ、正気ですか――!?
このヴラドーは、ルティエンス公爵家が代々治めてきた街。
お前も私も、幼少期から幾度となく訪れ、博物館や美術館を巡った、
お祖父様やお母様の思い出の詰まった街ではありませんか――!
イゾルデ:お兄様、どうなされたの?
そんな大声を出されて。
わかりました。
お兄様が反対なさるのでしたら中止いたします。
トリスタン:…………
イゾルデ:お兄様、欲しいものがあれば何でもおっしゃってください。
私が全てを叶えます。この真祖の力で。
トリスタン:イゾルデ、私はお前に望むものなどありません。
ただ、お前が微笑んでいてくれれば――
イゾルデ:覚えていらっしゃいますか。
幼い頃、私は夜が恐かった。
恐くて、寂しくて……
堪らなく不安になると、枕を抱いて、お兄様の部屋のドアを叩いた。
お兄様はいつも私を優しく招き入れてくれた。
お兄様に抱かれて眠ると、不思議と安心して眠れたのです。
でも本当は、それは嘘でした。
私はお兄様の血を求めて、部屋を訪れていたのです。
トリスタン:自覚していたのですか……
イゾルデ:はい。
お兄様は朝がきても素知らぬ顔で――
私が訴えても、寝惚けていると一笑に付されて。
だから私は安心して――
お兄様の血を啜る悪夢を見るために……
甘美な悪夢のために……お兄様に甘えた。
トリスタン:…………
イゾルデ:私は、一体どれほどのものを、お兄様から奪ったのでしょう。
皇位継承も、ご結婚も、女中のいない不便な暮らしも。
吸血鬼になったのも、心底嫌悪している『ハ・デスの生き霊』の手先を
お兄様、今度は私が与える番です。
世界中の富でも、美しい女たちでも、望むだけ差し上げます。
トリスタン:違うのです、イゾルデ!
お前は何も奪ってなどいない。
全て私が望んで為したこと――
イゾルデ:どうして? どうして何も受け取ってくださらないのです?
そうだわ、お兄様の嫌う『ハ・デスの生き霊』を滅ぼして差し上げましょう。
目障りな古代の亡霊たちは、殺してしまいましょう。
そして私たちの王国、『永遠の夜の王国』を築くのです。
ははははっ、あははははっ――!
トリスタン:イゾルデ……
お前は本当に……
私の愛したイゾルデなのか……
□4/深夜のヴラドーの街、民家の一室
パーシヴァル:うーん……
むにゃむにゃ……
モルドレッド:……サタンセラフィム。
貴方は眠らなくていいのか。
あれから一度も休んでいないだろう。
サタンセラフィム:貴様らで、
くだらん気を回す暇があるなら、貴様も寝ていろ。
夜が明けたら、十一皇子と一緒にヴラドーから出て行け。
モルドレッド:…………
貴方の強さは、よくわかっている。
しかし幾ら貴方でも、
真祖のケタ外れの力はもとより――吸血鬼クドラクや、街中の人間……
その白銀の甲冑の傷……相当な激戦だったのだろう?
サタンセラフィム:誰が真正面から戦うと言った。
如何なる手段を使おうと、奴を墓穴に叩き込んでやる。
モルドレッド:そのためにも、周りの
貴方にも、俺たちの力が必要なはずだ――!
サタンセラフィム:図に乗るな。
邪魔だ、消えろ。
パーシヴァル:ふあああ〜……またやってんの?
さっきからずっと堂々巡りだよ。
どっちみち、朝がくるまで行動は決められないんだし、
寝るなり、保存食でも食べるなりすればいいじゃん。
モルドレッド:パーシヴァル、外の様子はどうだ?
屋外に出してある水晶飛行体を、巡回させてくれ。
パーシヴァル:夜だよ、夜――
あ、ヤバっ。
数人の
……出てきた。
どうする……?
行っちゃった……
(張り詰めた表情から安堵の溜め息をついて、ベッドに仰向けに倒れるパーシヴァル)
パーシヴァル:ふう〜。
意外と見つからないもんだね。
モルとセラフィムさんの結界のお陰かな?
モルドレッド:おかしい……
幾ら何でも、夜が長すぎやしないか?
俺とパーシヴァルで、交代で仮眠を取り、食事をして、体を拭いて、また休む……
これだけのことをして、数時間も経っていないことになる……
サタンセラフィム:皇子、空を偵察しろ。
パーシヴァル:皇子、ってさあ……
皇族とわかってて、そんな偉そうな口を利く人、初めてだよ。
え? あれ……?
モルドレッド:どうした?
パーシヴァル:月が一つになってる……
あの見慣れた黄色い満月は消えて、昇ってるのは赤い月だけだ。
サタンセラフィム:やはりな。
既に朝は訪れていたのだ。
パーシヴァル:えっ、だって外は真っ暗だよ?
まさか……それって……
モルドレッド:太陽が……死んだ?
あの赤き月が、太陽を殺したと……!?
サタンセラフィム:太陽は変わらず、空にある。
あの醜悪な月が、太陽の光を遮っているだけだ。
パーシヴァル:月を支配し……太陽を拒み……朝と夜を意のままに操る……
そんなことを出来る生命体が、いるっていうのか……
だとしたらそれはもう……神様じゃないか……!
サタンセラフィム:神だと?
馬鹿も休み休みに言え。
あれは時空魔法――
現世を浸食する魔法の一つだ。
モルドレッド:時空魔法……!?
あの失われたとされる、禁呪法……
パーシヴァル:現世を徐々に、使用者の理想郷に重ね合わせ、浸食していく魔法だよ。
真祖の理想郷は、太陽が存在しなくて、あの赤い月が永遠に昇っている常闇の世界なんだ……
今はまだヴラドーの街一帯程度……
しかも太陽は存在しない≠ワでは到達してなくて、太陽はあるけど届かない<激xルだけど……
イゾルデを止められなければ、世界が……真祖の『
サタンセラフィム:世界の行く末を悲観する前に、自分自身の現状を悲観しろ。
まだ完全に奴の時空とはなっていないが、浸食が終われば、ヴラドーの何処に誰がいるのか筒抜けになる。
パーシヴァル:ねえ、街の外へ逃げたらどうなるの?
サタンセラフィム:時空の端を踏み越えれば、別の端に行き着くだけだ。
このヴラドーは、小規模な地球と化していると思え。
奴を倒さねば、この現世と理想郷の狭間からは抜け出せん。
モルドレッド:『真祖が蘇り、ワラキアは永遠の夜に閉ざされた』
使徒シリウスの手紙九章十二節――
『使徒シリウスの手紙』は、抽象的で比喩の多い聖典だと言われていたが、
比喩ではなく、事実をありのままに書いていたとは……
パーシヴァル:あ〜あ……
あの何万人もいる
もしかすると、吸血鬼も
……なんて考えて朝を待ってたら、異次元に閉じ込められちゃうなんて。
人生最悪の裏目だよ。
モルドレッド:つまりそれは、否が応でも
そうだな、セラフィム?
サタンセラフィム:そう言うことだな。
モルドレッド:俺たちも吸血鬼と戦う。
いいな?
サタンセラフィム:…………
我の翼に縋りつくなよ。
救いを求める手は、迷い無く振り払う。
□5/赤い月光の注ぐ、ヴラドーの街の広場
イゾルデ:夕闇が忍び寄る。
夜明けが遠ざかる。
赤き月が、朝と昼を
世界は、私の夜に沈んでいく。
時と空間の支配――
トリスタン:あの忌まわしき
こんな朝が来ようとは……
いや……もう朝は来ないのか……
イゾルデ:お兄様。
もう日差しに脅えることは、ありません。
何時でも好きな時に、好きなように外を歩けるのです。
月よ、あまねく空の青を吸い尽くしなさい。
ふふふふ――
トリスタン:…………
イゾルデ:お兄様……
先程からずっと浮かない顔ですね。
これも喜んでいただけないのですか?
何を差し上げれば、良いのでしょう?
私は、お兄様に差し上げたいのです。
欲してください、お兄様。
お兄様、お願いです。
トリスタン:わかりません……
イゾルデ、何故お前は、そんなにも私に、何かを渡そうとするのです?
イゾルデ:お兄様はいつも私に与えてくださった。
私はいつも、それを受け取るだけ。
もしお兄様が、病弱な私を煩わしく感じるようになったら……
もしお兄様に、愛する女性が出来て、私を邪魔に思ったら……
もしお兄様が、皇子としての正義に目覚めて、私を教会に突き出したら……
堪らなく不安だったのです。
私の身は、お兄様の胸先一つに委ねられている……
貰ってばかりの私など、いずれ見捨てられるのではないかと――!
トリスタン:イゾルデ……すまなかった……
そこまで思い詰めていたのですか……
お母様が病に倒れ、お祖父様が死んだ後……
天涯孤独となった私には、お前だけが血を分けた唯一の家族だった。
形有るもの、形無きものを与えるだけが愛ではありません。
唯そこにいてくれるだけで、希望を貰える、それも愛なのです。
イゾルデ:お兄様は与える側だから、支配する側だからそう言えるのです!
お兄様に縋るしか、愛を信じるしかなかった私の気持ちなんて解らない!
だから、求めて欲しいのです!
愛なんて不確かな言葉ではなく、もっと強く私を!
初めて血を求めた夜のように、
トリスタン:イゾルデ、何故愛に代償を求めるのです!
代償を求められなければ、愛を感じられないというのですか!?
イゾルデ:お兄様……どうして……?
私はこんなにもお兄様を欲しているのに、お兄様は私を欲してくれない……!
トリスタン:お前の言っていることは、損得や利害です。
愛とはそんなものではない。
愛とは――
口に出せば、ありふれた言葉となって崩れ落ちる……
心の奥に通う、熱き血の滾りなのです。
イゾルデ:お兄様の愛は、お兄様に乞わねば手に入らぬ、形無き心。
私に愛を乞わせるというのですか――
でしたら愛など……そんなものは要りません。
(赤く昏い激情に駆られたイゾルデが、トリスタンの額の魔晶核に爪をめり込ませる)
トリスタン:イゾルデ、何を……!
ぐああああああっっ――!!!
イゾルデ:お兄様……
お兄様に、渇望を差し上げます。
私を
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