The 13th prince(プリンス・オブ・サーティーン)

第20話 赤き月の悪魔、白き殺戮の天使

★配役:♂4♀1=計5人

▼登場人物

モルドレッド=ブラックモア♂:

十六歳の聖騎士。
ブリタンゲイン五十四世の十三番目の子。
オルドネア聖教の枢機卿に「十三番目の騎士は王国に厄災をもたらす」と告げられた。
皇帝の子ながら、ただ一人『円卓の騎士』に叙されていない。

魔導具:【-救世十字架(ロンギヌス)-】
魔導系統:【-神聖魔法(キリエ・レイソン)-】

パーシヴァル=ブリタンゲイン♂
十七歳の宮廷魔導師。
ブリタンゲイン五十四世の十一番目の子。
『円卓の騎士』の一人で、陸軍魔導師団の一員。
お調子者の少年だが、宮廷魔導師だけあって知識量はかなりのもの。

魔導具:【-自在なる叡知(アヴァロン)-】
魔導系統:【-元素魔法(エレメンタル)-】

真祖吸血鬼(ヴァンパイアロード)イゾルデ♀
十八歳。トリスタンの実の妹。
ブリタンゲイン五十四世の十番目の子。

千年前に君臨した吸血鬼たちを支配する王、真祖吸血鬼(ヴァンパイアロード)の血を引く。
先代の真祖吸血鬼(ヴァンパイアロード)の魔晶核を受け継ぎ、当代の真祖として目覚めた。
世界に災いをもたらし、古代魔法王国の滅亡の元凶となった悪魔の中の悪魔、大悪魔(ダイモーン)の一柱。

真祖の絶大な魔力の源は、真祖に導かれて夜空に昇るもう一つの月、『赤き月』である。
『赤き月』の正体は、吸血の月明かりで地上に生きる者の血を啜り、その身を肥え太らせる醜悪なる異次元の蛭。
自身が生ける魔導具と化しており、真祖はその使い手であり代理人。下級の吸血鬼は手足となって働く手駒である。

魔導具:【-宇宙の闇に潜む蛭(コスモヴァンパイア)-】
魔導系統:【-狂気なる月夜(ルナティックブラッド)-】

石棺(ひつぎ)の歌い手クドラク♂:
『ハ・デスの生き霊』の幹部、逆十字(リバースクロス)の一人であり、
ブリタンゲイン五十四世の四番目の子、トリスタン=ルティエンスの裏の顔。

吸血鬼(ヴァンパイア)。古代人の一派、夜魔一族の血を引いている。
完全な魔因子を持っており、魔導具無しでも魔法を使える。
額には魔晶核(ましょうかく)があるが、人前では目立つため、人間時には隠している。

闇夜に流れる銀髪の美しさとは真逆に、醜貌を象った仮面兜で顔の上半分を隠す。
仮面兜の額には、冷酷さを象徴するような、氷河色の魔晶核(ましょうかく)が備わっている。

血を吸った人間を、半吸血鬼(ダンピール)に変え、自身の下僕にする。
半吸血鬼(ダンピール)に変えられるのは、異性に限られ、同性にはただの吸血行為で終わる。

魔導具:なし
魔導系統:【-高貴なる夜(ローゼンブラッド)-】

白き終焉の熾天使(してんし)サタンセラフィム♂:
オルドネア聖教の異端審問機関『黙示録の堕天使』を率いる天使長。
十二の古式魔導具で構成された、白銀の騎士甲冑『聖骸十二翼(ルシフェラード)』に身を包む。
階級は九段階の内の最上位『熾天使』であり、オルドネア聖教の神威を知らしめる神の剣。
傲岸不遜で、自身が悪と断定した者には一切の容赦なく殺戮する、理性ある狂信者。

古式魔導具とは、一つの魔導具につき一つの魔法に特化した魔導具で、
魔法の自由度が失われる反面、魔力消費量、発動までの待機時間が大幅に少ない。
使用者によっては、戦略魔法や儀式魔法クラスの大魔法まで、単独行使出来るケースもある。

魔導具:【-聖骸十二翼(ルシフェラード)-】
魔導系統:【-神聖魔法(キリエ・レイソン)-】


※注意
・ルビの振ってある漢字は、ルビを読んでください。
・特定のルビのない漢字は、そのまま読んでください。


ひらひらのひらがなめがね
上記のサイトに、この台本のURLを入力すると、漢字に読みがなが振られます。
ただし、当て字でルビを振ってある漢字(例:救世十字架(ロンギヌス))にも、読みがなが振られてしまうので、カタカナで振られている文字を優先して読んでください。

□1/夜、ワラキア公国首都ヴラドー


(通行人の気配の途絶えた夜の街路を、疾走する二人)

モルドレッド:急げ! パーシヴァル!

パーシヴァル:はあ、はあ……
         帝国大使館は遠いなあー……

モルドレッド:考えたくはないが、ヴラドーの都知事も『ハ・デスの生き霊』に荷担しているかもしれん。
        もしそうだったとしたら、俺たちは「飛んで火にいる夏の虫」だ。

パーシヴァル:よくて人質。
         最悪、秘密を握りつぶすため、口封じに殺される……

モルドレッド:まずは大使館を通じて、本国に連絡することが先決だ。
        『ハ・デスの生き霊』と通じていたのは、ルティエンス公爵家の独断で、公国政府は何も知らなかったとしても、
        真祖吸血鬼(ヴァンパイアロード)と戦うとなると、ワラキア公国一国の問題ではすまん。

パーシヴァル:わかってるんだけどさっ……
         おいら、もう限界で……

モルドレッド:だらしのない奴だな。

パーシヴァル:さ、サンキュー……
         なんかこう、走って息が切れるのとは別に、めまいがするというか、手足がだるいっていうか。

モルドレッド:酸欠じゃないのか。

パーシヴァル:違うんだって。

         あーあ、いいよなモルは。
         握ってるだけで、体力も魔力も自然回復なんてインチキだよ、その槍。

モルドレッド:担ぎたければ、幾らでも担がせてやるぞ。
        お前にロンギヌスを持って走れるだけの体力があれば、だが。

        それにしても、急に人通りが途絶えたな。
        ヴラドーに辿り着いた頃には、まだ何人かとすれ違っていたが。

パーシヴァル:そうだよね。
         ヴラドーは、ブリタンゲイン連邦国内でも、上位に入る大都市だ。
         吸血鬼事件で、深夜の外出を控える人が増えたとか。

         モル、あそこの赤煉瓦の建物。
         人が倒れてるよ!

モルドレッド:酔っぱらいか何かじゃないか?

        おい、大丈夫――……

(煉瓦壁にもたれかかった人物に駆け寄った二人は、その姿を見て硬直する)

パーシヴァル:う、わ……

         ミイラだ……

モルドレッド:からからに干涸らびている……
        死後、何年も経ったかのような……

(突然強い目眩と脱力感に襲われる二人は、周囲に漂う赤い霧に気づく)

モルドレッド:何だ、この赤い霧は……
        錆びた鉄のような臭い……

パーシヴァル:血だ、血の霧だよモル!

モルドレッド:敵の魔法に囚われたか――!

パーシヴァル:でも、なんだこれ……
         魔法とは違うような……

モルドレッド:とにかく離れるぞ、パーシヴァル!
        直接ダメージはなくても、遅効性の毒や、呪詛(のろい)かもしれない。

パーシヴァル:何だよ、この霧っ!
         おいらたちに付きまとってくる――

モルドレッド:敵は一体どこから魔法を掛けてきているんだ!?      

パーシヴァル:も、モルっ。
         おいら動いたら、凄い目眩が……

         この霧……
         魔法じゃなくて、おいらたちの血じゃないの……?

モルドレッド:馬鹿な……!

        曲がりなりにも、俺たちは魔心臓の持ち主。
        人体に直接作用する魔法には抵抗があるはず――!

パーシヴァル:もっと詳しく言うと、人体には恒常性を維持する仕組みがある。
         これを狂わせるには、物凄く精緻(せいち)な操作が必要で、おまけに魔法抵抗まで破らないといけない。
         単に殺傷目的なら、割に合わない。だから状態異常魔法は、数が少ないんだ。

         でも、何か別の目的があるとしたら――

モルドレッド:パーシヴァル――!

        上だ! 上を見ろ!

パーシヴァル:つ、月が二つ……!?
         満月の隣に、真っ赤なもう一つの月が並んでる……

モルドレッド:この赤い霧……
        上の方――夜空へ昇っていっていないか?

パーシヴァル:まさか……
         あの赤い月が、おいらたちの血を吸っている……!?

モルドレッド:血を啜る月……
        そんなものがこの世に存在するというのか……!?

(赤い霧の向こう、街路の物陰から仮面の男が姿を現す)

クドラク:『赤き月が昇る夜、世界は渇きと餓えに枯れ果てる』
     使徒シリウスの手紙五章三十四節――

     赤き月は、真祖吸血鬼(ヴァンパイアロード)シモーネの比喩ではない。
     教典の通り、赤い月は夜空に昇り――生きとし生けるもの全ての血を吸い尽くす。

モルドレッド:誰だ――!?

クドラク:『ハ・デスの生き霊』が幹部、逆十字(リバースクロス)一柱(ひとはしら)
      石棺(ひつぎ)の歌い手クドラク。そして――

パーシヴァル:ねえ……

         トリス兄さんなの――?

(パーシヴァルの呼び掛けに応え、クドラクはゆっくりと醜貌の仮面を外す)

トリスタン:そう。
      そして私は、ブリタンゲイン帝国の第四皇子、トリスタン=ルティエンス。

パーシヴァル:兄さん……
        どうしてなんだよ兄さん!?

        どうして『ハ・デスの生き霊』なんかに――!

トリスタン:おや、イゾルデから理由は聞いていませんか?

モルドレッド:姉上は、次代の真祖として選ばれた子供だった。
        体は徐々に吸血鬼化していき、真祖に転生しなければ死ぬ。
        だから兄上は、姉上と共に、吸血鬼として生きることを誓ったと……

トリスタン:そうですか、イゾルデはそう言ったのですか。

パーシヴァル:兄さん、どうしておいらたちに相談してくれなかったんだよ。
         みんなで考えれば、国中の知恵を結集すれば、もっといい解決策があったかもしれないだろ。

モルドレッド:兄上の心中は、察するに余りある。
        しかしどんな理由があっても『ハ・デスの生き霊』の手先に成り下がるなど、許されない。

トリスタン:クククク――
       愚かで愛しい弟たちよ。

       全ては私の計画通り。

モルドレッド:何だと……?

トリスタン:イゾルデが『赤き月』に見初(みそ)められし真祖だと知った夜――
       私もまた魅入られたのです。
       闇に……大いなる力に。

       第四皇子のこの私にも、王座への道が見えた。

パーシヴァル:何言ってるんだよ、兄さん……
         兄さん、自分から後継者争いから下りたんじゃないか……

トリスタン:そうだとも。
       ブリタンゲインなど、たかが帝国の王ではないですか。
       私の目指す王座とは、世界の王――この世を統べる支配者の座。

       内外に野心が無いことを示し、私は帝国の主流派から外れた。
       お陰で仕事がやりやすくなりました。
       イゾルデに生贄を捧げる、吸血鬼クドラクとしての仕事が。

モルドレッド:ラーライラは、兄上が(さら)ったハーフエルフはどうした!?

トリスタン:嗚呼、あのエルフですか。残念なことをしました。
       催眠の魔法が効かず、運んでいる途中で目覚めてしまった。

       半吸血鬼(ダンピール)にして、私の奴隷にしようと思いましたが、
       エルフの魔法抵抗は手強く、私の魔因子に染まらなかった。

       優れているというのは、時に不幸を招くものです。

モルドレッド:だから、どうしたと聞いている!

トリスタン:最後まで説明しないと、わかりませんか?

      モルドレッド。
      あなたはまだ、あのエルフを味わっていなかったのですね。
      実に格別の味だった――処女の血も肉も。

      私の使い古しでよければ、払い下げてやってもよかったが、最早(もはや)それも叶わぬ。
      それとも、冷えたエルフの(むくろ)でも抱くか――?

モルドレッド:ラ、ラーライラ……
       そんな、もうお前は……

       トリスタン、貴様あああっっ!!

(激高してロンギヌスを手に突進するモルドレッド、吸血鬼クドラクの象徴である醜貌の仮面を被るトリスタン)

クドラク:血の香り――
     心が血を流している。

     だが血迷った槍で、俺を貫けるかモルドレッド。

モルドレッド:ほざけ、吸血鬼!
        その身を霧に化そうとも、正義の穂先は貴様を切り裂く!

(光の十字架となったロンギヌスが、クドラクの変じた薄靄の澱みを貫く)
(生身を刺し貫いたかのような手応え。霧の澱みに鮮血が迸り、街路を赤く染める)

クドラク:ぐはっ――……
     さすがは魔を貫く槍ロンギヌス……
     あらゆる武器を無効化する、霧の体を傷つけるとは……

     ククク、俺の狙い通りに……

パーシヴァル:モル、後ろだ!

(クドラクの流した血溜まりを子宮に、誕生した黒き二角獣(バイコーン)が立ち上がる)

クドラク:立ち上がれ、黒き二角獣(バイコーン)――!
     その悪しき角で、熱く脈打つ心臓を貫け!

パーシヴァル:そうはさせるかっ。

        天を翔ける猛き稲妻よ。
        我が手に集い、我が手に弾け、
        我らが敵へ、天壌の怒りを落とせ。
        ゼウス・ガベル――!

(黒い二角獣が血霧となって霧消し、本体であるクドラクが悶える)

クドラク:ぐうっっ――!

     も、戻れ我が血潮よ――!

パーシヴァル:吸血鬼の攻略は、対策済みさ。
        流動する武器であり生命の源、その血を凍らせてしまえばいい。

        フローズン・グラコスっ!

クドラク:――!?

モルドレッド:よくも今まで俺たちを欺いてくれたな。

        貴様だけは断じて許さん!
        ラーライラの仇……死ね、吸血鬼――っ!

モルドレッド:(何だこの凄まじいプレッシャー……!)

        (ロンギヌスが勝手に反応した――!?)

(ロンギヌスが結界を展開した直後、背後から凄まじい衝撃が駆け抜ける)

モルドレッド:うおおあっ――!?

(結界を維持したまま吹っ飛ばされ、街路に転がるモルドレッド)

モルドレッド:星が輝いて落ちる――……
        流星の雨――!?

        パーシヴァルは――!?
        パーシヴァル――!

パーシヴァル:ぐっ、は――……

(無数の流星に体を貫かれ、パーシヴァルが血を吐いて倒れていく)

モルドレッド:パーシ、ヴァル……?

イゾルデ:お兄様、ご無事ですか。

クドラク:……イゾルデ。

     ついにお前は……

イゾルデ:はい。
      私は真祖吸血鬼(ヴァンパイアロード)イゾルデ。
      太陽の敵対者にして、古代魔法王国を滅ぼした、大悪魔(ダイモーン)一柱(ひとはしら)

(生気のない眼をした何百もの街の人々を従え、イゾルデが艶然と微笑む)

クドラク:その街の人々は――?

イゾルデ:『赤き月』の光で血を啜り、魔因子を流し込んだ人間たち。
     成り損ない≠ノしないよう、肉体の変化を抑えました。
      魔法は使えないけれど、常人(じょうじん)以上の肉体を持ち、私の意のままに動く。

      そうですね、屍食鬼(グール)と名づけましょう。
      私の築く『夜の王国』の住人です。

モルドレッド:パーシヴァル、しっかりしろ!
        俺が助ける!

クドラク:……無駄だ、モルドレッド。
     ロンギヌスの治癒魔法は、持ち主の自然治癒能力を増幅させるもの。

     失った手足をもう一度生やすことが出来ないように――
     パーシヴァルはもう助からん。

イゾルデ:可哀想に、パーシヴァル。

      でも仕方がなかったの。
      だってあなたはお兄様を殺そうとしたんだもの。

モルドレッド:イゾルデ、貴様――!

        降誕せよ、断罪の秘蹟!
        再臨せよ、審判の天使!

        救済の十字架で、全ての悪を贖わん!
        この世界より滅び去れ、真祖吸血鬼(ヴァンパイアロード)

(巨大な光の十字架と化したロンギヌスの一撃を、イゾルデは嫋やかに持ち上げた片手で掴む)

イゾルデ:モルドレッド、女性に手を挙げるの?
      私だから許してあげるけど、こんなことをする男は最低よ。
      それともオルドネア聖教には、貴婦人への礼は教義に無いのかしら?

モルドレッド:そ、そんな……
        断罪の十字架が……全く通用しない……

イゾルデ:落ち着いて。
      パーシヴァルは私が助けてあげる。

      私の魔因子――
      真祖の血を飲ませてあげれば、パーシヴァルは生き返る。

モルドレッド:それは……
        パーシヴァルを、吸血鬼に変えるということか……!?

        ふざけるな――!

イゾルデ:心配しないで。成り損ない≠ノはならないわ。
      あれはね、普通の人間が魔因子を注ぎ込まれたとき、肉体の進化に失敗して、崩壊してしまう現象なの。

      パーシヴァルは魔心臓を持つ、準魔因子の持ち主。
      私が上手に誘導してあげれば、必ずお兄様と同じ吸血鬼(ヴァンパイア)に転生できる。

モルドレッド:黙れ!
        パーシヴァルを、貴様たち化け物の仲間にはさせん!

        俺が、ロンギヌスの槍で助けてみせる!

パーシヴァル:ううっ……
        はあ、はあ……

モルドレッド:何故だ……
        何故傷が塞がらない……!
        何故血が止まらない……!

クドラク:……モルドレッド、決断しろ。

      パーシヴァルを俺と同じ吸血鬼(ヴァンパイア)に転生させるか。
      或いは、人間として、安らかな死を与えるか。

      お前のしていることは、いたずらに延命させるだけで、苦しみを長引かせるだけだ。

モルドレッド:(オルドネアよ……俺はどうすればいいのです……)

        (正義のために、友を見殺しにするか……)
        (悪魔に命乞いをして、友を助けてもらうか……)

        (オルドネアよ……!!)

(血に濡れたように赤い夜空を、一筋の神々しい光が切り裂く)
(純白の光の柱を経路にして現れた、光輪を戴く熾天使が地上を見下ろしていた)

サタンセラフィム:聖なるかな、聖なるかな。

          汝ら、舞い降りし我が翼を畏れよ。
          穢れ無き純白の翼、罪を知らぬ高潔を畏れよ。
          汝ら粛正されし罪人よ、熾天使(してんし)の審判の刻を畏れよ。

モルドレッド:天使――?

        いや、あれは天使ではない……
        天使ならあれほど殺意に満ちた、禍々しい白さではない……

イゾルデ:あなたは何者なのかしら、天使さん?

サタンセラフィム:我が名はサタンセラフィム。
          闇に這い回る悪魔どもに、白き裁きを下す『黙示録の堕天使』が一翼。

モルドレッド:『黙示録の堕天使』……!?
        オルドネア聖教の異端審問機関(いたんしんもんきかん)……!

クドラク:異端審問官……ただの人間か。
     宙に浮いているだけで天使を名乗るとは、気は確かか。

イゾルデ:そうですね、お兄様。
      私の夜空に、天使を騙る愚か者の居場所は無いわ。

      屍食鬼(グール)たち。
      天使の羽根を引きちぎり、存分に食い散らしなさい。

屍食鬼(グール)が奇声を上げて、屋根や壁を足場にして人外の跳躍)
(数十人の屍食鬼(グール)の殺到に、傲然と左手をかざす熾天使)
(蒼白い防御障壁が発生し、激突した屍食鬼(グール)たちが弾き飛ばされて落下していく)

モルドレッド:屍食鬼(グール)の群れが弾き飛ばされた……!?
        あれは防御結界……!

サタンセラフィム:ネフィリムの左手。
          貴様ら薄汚い悪には越えられん、聖なる障壁だ。

モルドレッド:あいつも俺と同じ、神聖魔法の使い手か……
        しかし、片腕をかざしただけで魔法を発生させるとは……

サタンセラフィム:天の高みに手を伸ばすか。
          よかろう。ならば我が今一度、貴様らを楽園へ導かん。

(熾天使の翼の下、背面の白銀甲冑から何十、何百もの白い鎖が、天の白滝となって街に落ちる)

モルドレッド:天空からの鎖……!
        屍食鬼(グール)たちが捕縛されていく――!

イゾルデ:たった独りの天使に吊された、何百もの亡者たちの群れ。
      まるで宗教画のようね。

クドラク:イゾルデ、下がるのだ――!
      私たちも鎖に巻き込まれる――!

サタンセラフィム:フラグムの鎖。

          天へ昇れ、亡者ども。
          失われし楽園に足を踏み入れ――

          地に追放されよ。

モルドレッド:くっ――!?

(上空より叩き落とされた屍食鬼(グール)が爆ぜ、モルドレッドの顔に血飛沫が掛かる)

モルドレッド:上空に引き上げて、鎖をほどき、墜落死させる……
        なんて、残酷な……

        屍食鬼(グール)とはいえ、平和に暮らしていた無辜(むこ)の人々だぞ……!

(上空より光の柱を降下してきた熾天使は、血柘榴となって爆ぜた屍食鬼(グール)の死体の上に悠然と舞い立つ)

クドラク:異端審問官……
     どこで嗅ぎつけてきた――?

サタンセラフィム:貴様に問いを許した覚えはない、吸血鬼。
          死ぬ前に懺悔があるなら、聞いてやる。

クドラク:天使よ。
     神の右の座を追われた、明けの明星を知らぬのか。
     その傲慢さ――命取りになると知れ。

     ぐはああっ……!

(クドラクは自らの喉を爪で破り、噴き出した血溜まりから黒き二角獣(バイコーン)を産み落とす)

クドラク:いざ駆けよ、黒き二角獣(バイコーン)――!
     天使の白き翼を、鮮血で染め上げるのだ――!

(紅い眼を血走らせて駆ける黒き二角獣(バイコーン)の突撃)
(迎え撃つ熾天使は、地を蹴り、光を湛えた右手で二角獣の額を掴む)

サタンセラフィム:光に滅せよ。

クドラク:ぐああああっっ――!!

イゾルデ:お兄様――!?

サタンセラフィム:ファティマの右手。
          悪魔や死霊を滅する、神聖なる神の手。

クドラク:血が、集まらぬっ……!
     わ、我がブラッドアバターを……!

モルドレッド:(まただ……俺と同じ神聖魔法を一瞬で……)
        (しかも、俺の断罪の十字架≠ノ匹敵する威力……)

サタンセラフィム:トリスタン=ルティエンス。
          悪魔に身を落とし、あまつさえ大悪魔(ダイモーン)の復活を目論んだその大罪。
          如何なる事情も斟酌(しんしゃく)し難い。()って死刑。

          次にイゾルデ=ルティエンス。
          己一人の命を長らえるために、大悪魔(ダイモーン)と化した人外の魔物。
          貴様が悪魔に堕ちた時、神の与えたもうた、あらゆる権利は喪失した。
          異論を申し述べること、人の権利を主張すること、この世に存在することを禁ず。

          貴様には人の名すら遺さん。死ね、大悪魔(ダイモーン)

イゾルデ:天使、と言ったわね――

      神の名の下に、傍若無人(ぼうじゃくぶじん)なその振る舞い。
      もう目こぼしはしない。
      真祖の怒りに触れたこと、その重みを噛みしめるがいい。
      お前は生きていたのではなく、私に生かされていたと知りなさい。
     
      赤き月の子らよ。夜の女王の名において命ず。
      闇の天蓋(てんがい)を滑り落ち、流星の兵となりて空襲せよ。
      メテオ・ビヤーキー。

モルドレッド:な――……
        あんな数の流星……!

        ヴラドーの街ごと滅ぼすつもりか――!?

サタンセラフィム:左腕よ、我を護る障壁となれ。

          ぬうっ――……!!

モルドレッド:オルドネアよ、暴威を阻む結界を――!

        ぐああっ――!
        こ、こんなものを受け続けていたら……!

サタンセラフィム:十三皇子――!

モルドレッド:――!?

サタンセラフィム:その死に損ないを連れて、失せろ。

モルドレッド:しかし、お前は――!?

サタンセラフィム:貴様に案じられるほど、落ちぶれてはおらん。
          役立たずは、せめて足を引っ張らぬよう落ち延びろ。

          それとも貴様は、我に尻拭いまでさせるつもりか。

モルドレッド:あ、ああ――!

        わかった!
        感謝する、異端審問官――!


□2/ヴラドーの街、無人の民家の寝室



モルドレッド:ひとまず屍食鬼(グール)の追っ手は撒いた。
        だがこの民家も、いつまで持つか……

(寝台に横たわるパーシヴァルに、淡い光を湛えたロンギヌスの穂先をかざす)

パーシヴァル:う、ううっ……

モルドレッド:パーシヴァル、気がついたか!
        待っていろ。今、治療を再開する。

パーシヴァル:ご、ごめんモル……
        もう、治療はいいよ……

        おいら……助からないみたいだ……
        痛くて、苦しくて……

        楽に、させてくれ……

モルドレッド:何を言ってるんだパーシヴァル!
        諦めるな! 奇跡は必ず起こる!
        俺が起こしてみせる!

パーシヴァル:目の前が……暗くなってきた……

        おいら、死にたくないよ……
        まだ読んでない本や……試したい魔法が一杯あるのに……
        でも、痛いのも苦しいのも嫌だ……
        カッコ悪いな……はは……

        なあ、モル……
        だから、モルは生きろよ……
        生きて……帝都に……

モルドレッド:パーシヴァル――?

        パーシヴァル――!!!

(ロンギヌスをかざしていた右手が力無く落ち、モルドレッドは絶望にうなだれる)

モルドレッド:パーシヴァル、ラーライラ……

        俺は……やはり災いの皇子なのか……
        俺の愛した、かけがえのない友が二人も……

        オルドネアよ……
        何故俺ではなく、二人を死なせた……?

        何故あの吸血鬼どもが、大手を振って街に君臨している……!

(ロンギヌスを握る右手が震え、その爪が手の平の皮膚を破り、聖槍の柄をつたって血が滴り落ちる)
(モルドレッドの顔は、友の死を嘆く聖騎士から、徐々に悪鬼の形相に変じていく)

モルドレッド:力……! 力が欲しい……!
        二度と大切な人を死なせない、強大な力が……!
        そして……友を殺した、あの吸血鬼どもを倒す力が……!

        神よ……いや、神でなくてもいい……
        俺に力を――!
        喩えそれが大悪魔(ダイモーン)であったとしても――

        ぐうっ――!?

(悪魔に復讐を乞うモルドレッドの横面に白い手甲がめり込み、モルドレッドは壁に叩きつけられる)

サタンセラフィム:馬鹿者が。
          悪魔に誓いを立てるとは、聖騎士の風上にも置けん。

モルドレッド:異端審問官……!?

サタンセラフィム:ロンギヌスを貸せ。

モルドレッド:何を――ぐうっ!?

(抵抗する素振りを見せたモルドレッドに、容赦の無い足蹴が入る)

サタンセラフィム:無能者に口答えを許した覚えはない。

          よく見ておけ。これがロンギヌスの真の力だ。

(モルドレッドの治癒の光に層倍する、目映いまでの治癒の光が部屋中を照らす)

モルドレッド:す、凄い光だ……
        ロンギヌスに、これほどの癒しの力が……

サタンセラフィム:十字架に架けられて死んだオルドネアは、三日後に復活した。
          即ち聖典は、死者をも蘇らせる魔法を伝えている。

          たった今死んだばかりのガキを起こすなど、造作もない。

パーシヴァル:う、うーん……

        あ、あれ……?
        おいら……まだ生きてる……?

モルドレッド:パーシヴァル!?

        し、信じられない……
        貴方は……本物の救世主(メシア)か……!?

サタンセラフィム:世迷い言の次は、寝言か。

          ロンギヌスの槍は、元来オルドネア聖教が所有する聖遺物。
          ブリタンゲインの王族には、貸し与えているだけだ。
          貴様よりロンギヌスの力を引き出せる者は、掃いて捨てるほどいる。

パーシヴァル:モ、モル……
        誰、このおっかない人……?

モルドレッド:サタンセラフィム――
        どうやら俺たちの天使らしいぞ、パーシヴァル。


□3/深夜のヴラドー、流星の降り注いだ跡地



トリスタン:流星の降り注いだ跡地……
       『魔導装機隊(まどうそうきたい)』が投入された市街戦でも、これほどの破壊ではなかった……
       何も残らぬ……ただ瓦礫の山が積み上がるのみ……

イゾルデ:ふふっ、ははははっ――

      この真祖の力の前では、結界に籠もって逃げるのが精一杯。
      口だけだったわね、あの天使を気取る異端審問官。

(廃墟の夜風に銀髪を靡かせ、イゾルデは醒めやらぬ破壊の陶酔に浸る)

イゾルデ:でも、何処へ隠れたのかしら。
      街の何処かに、白い小蠅が潜んでいると思うと気持ち悪いわ。

      そうだわ、ヴラドーの街一帯に、流星の雨を降らせましょう。
      犬小屋一つ残さず、夜の荒野に還してしまえば、一溜まりもないでしょう。

トリスタン:イゾルデ、正気ですか――!?

       このヴラドーは、ルティエンス公爵家が代々治めてきた街。
       お前も私も、幼少期から幾度となく訪れ、博物館や美術館を巡った、
       お祖父様やお母様の思い出の詰まった街ではありませんか――!

イゾルデ:お兄様、どうなされたの?
      そんな大声を出されて。

      わかりました。
      お兄様が反対なさるのでしたら中止いたします。
      屍食鬼(グール)たちに探させましょう。

トリスタン:…………

イゾルデ:お兄様、欲しいものがあれば何でもおっしゃってください。
      私が全てを叶えます。この真祖の力で。

トリスタン:イゾルデ、私はお前に望むものなどありません。
       ただ、お前が微笑んでいてくれれば――

イゾルデ:覚えていらっしゃいますか。

      幼い頃、私は夜が恐かった。
      恐くて、寂しくて……
      堪らなく不安になると、枕を抱いて、お兄様の部屋のドアを叩いた。

      お兄様はいつも私を優しく招き入れてくれた。
      お兄様に抱かれて眠ると、不思議と安心して眠れたのです。

      でも本当は、それは嘘でした。
      私はお兄様の血を求めて、部屋を訪れていたのです。

トリスタン:自覚していたのですか……

イゾルデ:はい。

      お兄様は朝がきても素知らぬ顔で――
      私が訴えても、寝惚けていると一笑に付されて。

      だから私は安心して――
      お兄様の血を啜る悪夢を見るために……
      甘美な悪夢のために……お兄様に甘えた。

トリスタン:…………

イゾルデ:私は、一体どれほどのものを、お兄様から奪ったのでしょう。
      皇位継承も、ご結婚も、女中のいない不便な暮らしも。
      吸血鬼になったのも、心底嫌悪している『ハ・デスの生き霊』の手先を甘受(かんじゅ)しているのも。

      お兄様、今度は私が与える番です。
      世界中の富でも、美しい女たちでも、望むだけ差し上げます。

トリスタン:違うのです、イゾルデ!
       お前は何も奪ってなどいない。
       全て私が望んで為したこと――

イゾルデ:どうして? どうして何も受け取ってくださらないのです?

      そうだわ、お兄様の嫌う『ハ・デスの生き霊』を滅ぼして差し上げましょう。
      黒翅蝶(こくしちょう)もレ・デュウヌも、もう用済みです。
      目障りな古代の亡霊たちは、殺してしまいましょう。
      そして私たちの王国、『永遠の夜の王国』を築くのです。

      ははははっ、あははははっ――!

トリスタン:イゾルデ……

       お前は本当に……
       私の愛したイゾルデなのか……


□4/深夜のヴラドーの街、民家の一室


パーシヴァル:うーん……
        むにゃむにゃ……

モルドレッド:……サタンセラフィム。
        貴方は眠らなくていいのか。
        あれから一度も休んでいないだろう。

サタンセラフィム:貴様らで、真祖吸血鬼(ヴァンパイアロード)の相手が勤まるか。
          くだらん気を回す暇があるなら、貴様も寝ていろ。
          夜が明けたら、十一皇子と一緒にヴラドーから出て行け。

モルドレッド:…………

        貴方の強さは、よくわかっている。
        しかし幾ら貴方でも、真祖吸血鬼(ヴァンパイアロード)と真正面からぶつかれば、勝ち目はない。
        真祖のケタ外れの力はもとより――吸血鬼クドラクや、街中の人間……屍食鬼(グール)が何千、何万といる。

        その白銀の甲冑の傷……相当な激戦だったのだろう?

サタンセラフィム:誰が真正面から戦うと言った。
          大悪魔(ダイモーン)のような薄汚い悪魔に、正義を貫いてやる義理はない。
          如何なる手段を使おうと、奴を墓穴に叩き込んでやる。

モルドレッド:そのためにも、周りの屍食鬼(グール)を――
        石棺(ひつぎ)の歌い手クドラクを引きつけなければならない。

        貴方にも、俺たちの力が必要なはずだ――!

サタンセラフィム:図に乗るな。
          邪魔だ、消えろ。

パーシヴァル:ふあああ〜……またやってんの?
        さっきからずっと堂々巡りだよ。

        どっちみち、朝がくるまで行動は決められないんだし、
        寝るなり、保存食でも食べるなりすればいいじゃん。

モルドレッド:パーシヴァル、外の様子はどうだ?
        屋外に出してある水晶飛行体を、巡回させてくれ。

パーシヴァル:夜だよ、夜――

        あ、ヤバっ。
        数人の屍食鬼(グール)が、向かいの家に入っていった……!

        ……出てきた。

        どうする……?

        行っちゃった……

(張り詰めた表情から安堵の溜め息をついて、ベッドに仰向けに倒れるパーシヴァル)

パーシヴァル:ふう〜。
        意外と見つからないもんだね。

        モルとセラフィムさんの結界のお陰かな?
        屍食鬼(グール)には、気配が感じられなくなるんだっけ。

モルドレッド:おかしい……
        幾ら何でも、夜が長すぎやしないか?

        俺とパーシヴァルで、交代で仮眠を取り、食事をして、体を拭いて、また休む……
        これだけのことをして、数時間も経っていないことになる……

サタンセラフィム:皇子、空を偵察しろ。

パーシヴァル:皇子、ってさあ……
        皇族とわかってて、そんな偉そうな口を利く人、初めてだよ。

        え? あれ……?

モルドレッド:どうした?

パーシヴァル:月が一つになってる……
        あの見慣れた黄色い満月は消えて、昇ってるのは赤い月だけだ。

サタンセラフィム:やはりな。
          既に朝は訪れていたのだ。

パーシヴァル:えっ、だって外は真っ暗だよ?

        まさか……それって……

モルドレッド:太陽が……死んだ?
        あの赤き月が、太陽を殺したと……!?

サタンセラフィム:太陽は変わらず、空にある。
          あの醜悪な月が、太陽の光を遮っているだけだ。

パーシヴァル:月を支配し……太陽を拒み……朝と夜を意のままに操る……
        そんなことを出来る生命体が、いるっていうのか……

        だとしたらそれはもう……神様じゃないか……!

サタンセラフィム:神だと?
          馬鹿も休み休みに言え。

          あれは時空魔法――
          現世を浸食する魔法の一つだ。

モルドレッド:時空魔法……!?
        あの失われたとされる、禁呪法……

パーシヴァル:現世を徐々に、使用者の理想郷に重ね合わせ、浸食していく魔法だよ。
        真祖の理想郷は、太陽が存在しなくて、あの赤い月が永遠に昇っている常闇の世界なんだ……

        今はまだヴラドーの街一帯程度……
        しかも太陽は存在しない≠ワでは到達してなくて、太陽はあるけど届かない<激xルだけど……
        イゾルデを止められなければ、世界が……真祖の『永久(とわ)の夜』に乗っ取られてしまう――!

サタンセラフィム:世界の行く末を悲観する前に、自分自身の現状を悲観しろ。
          まだ完全に奴の時空とはなっていないが、浸食が終われば、ヴラドーの何処に誰がいるのか筒抜けになる。

パーシヴァル:ねえ、街の外へ逃げたらどうなるの?

サタンセラフィム:時空の端を踏み越えれば、別の端に行き着くだけだ。
          このヴラドーは、小規模な地球と化していると思え。

          奴を倒さねば、この現世と理想郷の狭間からは抜け出せん。

モルドレッド:『真祖が蘇り、ワラキアは永遠の夜に閉ざされた』
         使徒シリウスの手紙九章十二節――

       『使徒シリウスの手紙』は、抽象的で比喩の多い聖典だと言われていたが、
         比喩ではなく、事実をありのままに書いていたとは……

パーシヴァル:あ〜あ……
        (あさひ)の下では、吸血鬼は大幅に弱体化する。
        あの何万人もいる屍食鬼(グール)も、自由に動けなくなるはず。
        もしかすると、吸血鬼も屍食鬼(グール)も仲良く眠りについて、楽々脱出――!

        ……なんて考えて朝を待ってたら、異次元に閉じ込められちゃうなんて。
        人生最悪の裏目だよ。

モルドレッド:つまりそれは、否が応でも真祖吸血鬼(ヴァンパイアロード)を倒さねばならなくなった。

        そうだな、セラフィム?

サタンセラフィム:そう言うことだな。

モルドレッド:俺たちも吸血鬼と戦う。
        いいな?

サタンセラフィム:…………

          我の翼に縋りつくなよ。
          救いを求める手は、迷い無く振り払う。


□5/赤い月光の注ぐ、ヴラドーの街の広場



イゾルデ:夕闇が忍び寄る。
      夜明けが遠ざかる。

      赤き月が、朝と昼を永久(とわ)に眠らせる。
      世界は、私の夜に沈んでいく。

      時と空間の支配――
      大悪魔(ダイモーン)たる私の権能。

トリスタン:あの忌まわしき(あさひ)が注がぬ……

       こんな朝が来ようとは……
       いや……もう朝は来ないのか……

イゾルデ:お兄様。
      もう日差しに脅えることは、ありません。
      何時でも好きな時に、好きなように外を歩けるのです。

      月よ、あまねく空の青を吸い尽くしなさい。
      ふふふふ――

トリスタン:…………

イゾルデ:お兄様……
      先程からずっと浮かない顔ですね。
      これも喜んでいただけないのですか?
      何を差し上げれば、良いのでしょう?

      私は、お兄様に差し上げたいのです。
      欲してください、お兄様。

      お兄様、お願いです。

トリスタン:わかりません……
       イゾルデ、何故お前は、そんなにも私に、何かを渡そうとするのです?

イゾルデ:お兄様はいつも私に与えてくださった。
      私はいつも、それを受け取るだけ。

      もしお兄様が、病弱な私を煩わしく感じるようになったら……
      もしお兄様に、愛する女性が出来て、私を邪魔に思ったら……
      もしお兄様が、皇子としての正義に目覚めて、私を教会に突き出したら……

      堪らなく不安だったのです。
      私の身は、お兄様の胸先一つに委ねられている……
      貰ってばかりの私など、いずれ見捨てられるのではないかと――!

トリスタン:イゾルデ……すまなかった……
       そこまで思い詰めていたのですか……

       お母様が病に倒れ、お祖父様が死んだ後……
       天涯孤独となった私には、お前だけが血を分けた唯一の家族だった。

       形有るもの、形無きものを与えるだけが愛ではありません。
       唯そこにいてくれるだけで、希望を貰える、それも愛なのです。

イゾルデ:お兄様は与える側だから、支配する側だからそう言えるのです!
      お兄様に縋るしか、愛を信じるしかなかった私の気持ちなんて解らない!

      だから、求めて欲しいのです!
      愛なんて不確かな言葉ではなく、もっと強く私を!
      初めて血を求めた夜のように、満月(つき)に駆られる狂気のように――!

トリスタン:イゾルデ、何故愛に代償を求めるのです!
       代償を求められなければ、愛を感じられないというのですか!?

イゾルデ:お兄様……どうして……?
      私はこんなにもお兄様を欲しているのに、お兄様は私を欲してくれない……!

トリスタン:お前の言っていることは、損得や利害です。
       愛とはそんなものではない。

       愛とは――
       口に出せば、ありふれた言葉となって崩れ落ちる……
       心の奥に通う、熱き血の滾りなのです。

イゾルデ:お兄様の愛は、お兄様に乞わねば手に入らぬ、形無き心。
      私に愛を乞わせるというのですか――

      でしたら愛など……そんなものは要りません。

(赤く昏い激情に駆られたイゾルデが、トリスタンの額の魔晶核に爪をめり込ませる)

トリスタン:イゾルデ、何を……!
       ぐああああああっっ――!!!

イゾルデ:お兄様……
      お兄様に、渇望を差し上げます。
      私を(あお)ぎ、私に(ひざまず)き、私を求めるのです。



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