第19話 超越者たちの哲理
★配役:♂2♀2両1=計5人
▼登場人物
モルドレッド=ブラックモア♂:
十六歳の聖騎士。
ブリタンゲイン五十四世の十三番目の子。
オルドネア聖教の枢機卿に「十三番目の騎士は王国に厄災をもたらす」と告げられた。
皇帝の子ながら、ただ一人『円卓の騎士』に叙されていない。
魔導具:【-
魔導系統:【-
パーシヴァル=ブリタンゲイン♂
十七歳の宮廷魔導師。
ブリタンゲイン五十四世の十一番目の子。
『円卓の騎士』の一人で、陸軍魔導師団の一員。
お調子者の少年だが、宮廷魔導師だけあって知識量はかなりのもの。
魔導具:【-
魔導系統:【-
クレハ=ナイトミスト♀
二十四歳の侍女。
大英帝国の植民地である
身分は二等国民で、純血のブリタンゲイン人である一等国民より、法律上の権利に制限を設けられている。
クレハ=ナイトミストは、倭島国の名をブリタンゲイン風の名に改めたもの。
本名は
イゾルデ=ルティエンス♀
十八歳。トリスタンの実の妹。
ブリタンゲイン五十四世の十番目の子。
『円卓の騎士』の一人で、『帝国博物館』と『帝国美術館』の館長。
ただしほとんど名誉職で、実際の施設運営は館長代理に委ねられている。
ルティエンス家の遺伝病とも言われる、慢性壊血病を患っているが、
その原因は、高い魔力を産み出す代わりに赤血球を壊してしまう、吸血鬼特有の体質である。
『ハ・デスの生き霊』の幹部、
蟲を使役する
千年前の魔法王国時代に滅亡した、古代人の生き残りであり、
その正体は、オルドネアの使徒の一人として活動した、第八使徒ヤコブ。
身体のあちこちに昆虫の部位を持った美少年。
感情豊かでよく笑うが、虫が人に擬態しているような不自然さを匂わせる。
古代人は完全な魔因子を持っていたとされる。
〈魔晶核〉も〈魔心臓〉も共に正常に形成され、優れた魔法を行使した。
長い時間が流れるあいだに、魔因子は毀損してしまい、
〈魔晶核〉か〈魔心臓〉の片方しか形成されない準魔因子となって残るのみとなった。
魔導具:???
魔導系統:【-
以下はセリフ数が少ないため、被り役推奨です。
家政婦♀
ルティエンス公爵家に仕える家政婦。
中年〜初老の女性。名前はジェーン。
※セリフは二言のみです。
※注意
・ルビの振ってある漢字は、ルビを読んでください。
・特定のルビのない漢字は、そのまま読んでください。
ひらひらのひらがなめがね
上記のサイトに、この台本のURLを入力すると、漢字に読みがなが振られます。
ただし、当て字でルビを振ってある漢字(例:
□1/滝壺底の洞窟、大空洞
(モルドレッド、パーシヴァル、クレハの三人は、薄笑いを浮かべるレデュウヌ、血塗れの裸体を晒すイゾルデと対峙している)
モルドレッド:お前が……第八使徒ヤコブだと?
レ・デュウヌ:僕はかつて
そして今は『ハ・デスの生き霊』の幹部。
でも、そんなに驚くことはないだろう。
君たちは、もっと有名な使徒と会っているじゃないか。
彼の有名な、裏切りの使徒と――
モルドレッド:まさか……
あの
レ・デュウヌ:十三使徒ジュダ。
彼こそ、救世主伝説の立役者。
そして自らの手で伝説を殺した、悪の
モルドレッド:使徒ヤコブ! 何故だ!?
貴方たちは、かつて世界を魔の手から救った、正義の徒!
何故自らの守った世界に、悪魔を招き出そうとしているのだ!?
イゾルデ:『求めよ、さらば与えられん』
ジュダ様は、こう
死を待つしかないと、絶望に閉ざされていた私に光をくださった。
それは正義の光ではなく、暗い闇の光――
パーシヴァル:イゾルデ!
『ハ・デスの生き霊』なんて知らないって……
あれは嘘だったの――!?
イゾルデ:ごめんね、パーシヴァル。
パーシヴァル:ごめんねって……そんなアッサリ――
イゾルデ:許して。お願い――
パーシヴァル:う、うーん……
モルドレッド:パーシヴァル!
眼を見るな! あれは魅了の魔眼だ!
パーシヴァル:っとと……
危うく引っかかるところだったよ。
モルドレッド:ロンギヌスの加護があれば、呪いは完遂しない……
だが何故だ……
先程から胸がドキドキする……
パーシヴァル:おいらもだよ。
それに、さっきからイゾルデから視線を逸らせない……!
モルドレッド:俺もだ。見たくなくてもつい凝視してしまう……!
パーシヴァル:それと……ねえ、モル?
モルドレッド:皆まで言うな。わかっている。
パーシヴァル:ヤッバイよね、あれ……!
モルドレッド:ああ、鼻血が出そうだ……!
パーシヴァル:魅了の魔眼……
モルドレッド:恐るべし……!
クレハ:裸を見て興奮しているだけです。
服を着なさい、露出狂。
レ・デュウヌ:お召し物をどうぞ、お姫様。
イゾルデ:ありがとうございます、ヤコブ様。
モルドレッド:姉上……
全ての黒幕は、姉上だったのか……!?
イゾルデ:母親の乳の代わりに、生き血を
私は、
同族たちの血を啜り、その身に魔の力を濃縮していく……
吸血鬼を喰らう、吸血鬼――
パーシヴァル:ちょっと待って――!
八年前のワラキア公殺害事件って……
犯人は……イゾルデなの?
イゾルデ:…………
ルティエンス家には、流産や死産の話が多いでしょう?
あれはね、忌み子が産まれたら、密かに殺してしまうからなの。
もちろん、お腹を痛めて産んだ母親には、とても辛くて苦しいこと。
だから、忌み子だと隠して、育ててしまう母親もいる。
ジルドレイやエリザも、子殺しを免れた忌み子だった。
そして私も――
モルドレッド:それでは、兄上は……!?
イゾルデ:お兄様は、普通の人間よ。
いいえ、正確には普通の人間だった……
私の秘密を知ったお兄様は、全てを受け入れ――
家宝として伝わる、吸血鬼の
パーシヴァル:そんな……魔晶核を直接肉体に埋め込むなんて――!
拒絶反応が起こったら即死だよ。
もし無事に適合しても、古代人の残留思念の影響で、精神に異常をきたす恐れがある。
だからおいらたち魔導師は、魔晶核を魔導具に加工して、壁を作ってるんだ。
クレハ:しかし――彼は耐えきったのですね。
そしてほぼ完全に、古代人と同じ体になった……
レ・デュウヌ:もう一つ面白いことを教えてあげよう。
トリスタンの魔晶核は、なんと、あの使徒シリウスのものさ。
シリウスが真祖と化す時に抜け落ちた魔晶核……
かつては真祖を倒すために、今は真祖を復活させるために。
けれども、最愛の女性の意志に尽くすためなのは同じ――
ドラマチックでしょう? あはははは。
モルドレッド:……姉上、貴女はどうするつもりだ?
(レ・デュウヌは、石棺の一つをずらす)
パーシヴァル:あれ……あの
使徒シリウスのものだよ。
レ・デュウヌ:今宵、ようやく彼は眠りに就ける。
新しい真祖の誕生によってね。
イゾルデ:私はこの使徒シリウスの魔晶核……
歴代の真祖たちの魔晶核を受け継ぐわ。
そして次代の
モルドレッド:正気なのか、姉上!?
使徒シリウスは、命を賭して
レ・デュウヌ:独りよがりの正義感だね。
ほら、口の動きを見てごらん。
パーシヴァル:ミイラの口が動いてる……
クレハ:コ・ロ・シ・テ・ク・レ――
『殺してくれ』……
レ・デュウヌ:真祖の宿る魔晶核を、我が身を犠牲に封じ込めた――
使徒シリウスこそ、生ける封印の門だ。
しかし魔晶核に宿る真祖は眠らず、千年に渡り、戦いを挑んだ。
それは闘争でも拷問でもない。シリウスから意識を奪わないこと。
即ち永遠の孤独。誰かに殺されるまで、彼は永遠に生き続ける。
千年の孤独は、岩にしたたる水滴のように静かに染み渡り――
彼の正義は砕け散ってしまった。
モルドレッド:…………
イゾルデ:可哀想なシリウス。
オルドネア教徒が祈りを捧げて、聖人と崇めたとしても、彼はどれだけ救われるのかしら。
いいえ、救われないわ。
使徒シリウスは、正義の名の下、永遠に封印の使命を課され続けるでしょう。
だから――私があなたの替わりになります。
次代の真祖……
モルドレッド:……姉上。
貴女は真祖の囁きに、正気を失っている。
貴女を野放しにするわけにはいかない。
貴女を帝都に連行する。
イゾルデ:私は一生幽閉されるでしょう。
いいえ、その前に衰弱して死ぬわ。
私の体は、吸血鬼に近くなりすぎた。
体を霧に変えたり、蝙蝠に変身したりする吸血鬼は、生命活動のほとんどを魔法に依存している。
それは魔法がなければ、魔晶核がなければ命を保てない体なの。
パーシヴァル:イゾルデ、君を死なせはしない――!
おいらたちと一緒に来てよ――!
モルドレッド:
イゾルデ:モルドレッド、パーシヴァル。
私は吸血鬼になっても、あなたたちを襲ったりしないわ。
人間だって、豚や牛を食べるでしょう。
でもそれは、豚や牛が憎いからではない。
何もしない動物を襲ったりはしない。
私は何も変わっていないわ。
パーシヴァル:確かにそうだ。確かにそうだけど……
モルドレッド:それは人間を豚や牛と同じと見なす……
吸血鬼の論理だ……
レ・デュウヌ:ほらね、僕の言ったとおりだろう?
可哀想に。あんなに優しく説明してあげたのに。
イゾルデ:ヤコブ様……
私にはどうしても出来ません……
二人は、私にとって大事な
レ・デュウヌ:わかっているさ。
後は僕に任せておくれ。
君は安心して継承の
イゾルデ:モルドレッド、あなたの正義では私は救われない。
正義の下では、私には死か幽閉しか与えられない。
私を救ってくれたのは、悪≠セけだった。
モルドレッド:姉上……
イゾルデ:さようなら、モルドレッド、パーシヴァル。
レ・デュウヌ:ははは――!
それじゃあ僕がジュダに代わり、悪の光で道を照らそう!
(レ・デュウヌの体が膨れ、腹部を突き破って、肉汁に塗れた夥しい数の節足が蠢く)
(自らの肉体から孵化した、赤い複眼を持った巨大な団子虫に変じるレ・デュウヌ)
モルドレッド:な、何だあれは……
パーシヴァル:黒き樹海に棲む蟲、
蟲のモンスターでも最大種で、外皮は鉄の剣や銃弾も受け止めると言われる。
レ・デュウヌ:僕は
蟲を使役し、蟲の力を身に宿す古代人の一族だ。
ま、無理もないよね。
クレハ:
あの古代人のものです。
パーシヴァル:うわあ、気持ち悪……
レ・デュウヌ:ちぇっ、傷つくなあ。
話すならお互い顔を見て話したいじゃん?
君たちに気を遣って、顔を出したんだよ?
モルドレッド:使徒ヤコブ、いや古代人レ・デュウヌ!
俺たちの正義を邪魔するなら容赦はしない!
パーシヴァル!
パーシヴァル:正義はいいとして、気持ち悪いから燃やしちゃうぜ!
煉獄の檻へ閉ざされ、我が敵よ、
ジェイル・プロメテウスっ!
モルドレッド:…………!
パーシヴァル!
炎の中に
パーシヴァル:違うよ。あれは
中身はとっくに燃え尽きて、灰になってる。
モルドレッド:そうか。
それにしても煉獄の炎でも、まだ殻を残してるとは……
恐ろしく頑丈な蟲だな、
クレハ:殿下――!
モルドレッド:オルドネアよ、暴威を阻む結界を――!
パーシヴァル:結界の壁に、虫の大群がバチバチ当たってる――
何だよ、こいつら……
レ・デュウヌの声:イナゴだよ。肉食性のね。
ねえ、結界の中に入れてくれないかなあ。
僕だけ仲間外れで寂しいじゃん。
パーシヴァル:げえっ!
イナゴの頭がレ・デュウヌの顔になってる……!
クレハ:ご用心を!
イナゴの群れに巻き込まれると、骨まで残さず食い散らされます!
モルドレッド:あのイナゴ……
パーシヴァル:ねえ、モル……
足下の白い粒……これ……
レ・デュウヌの声:やあ、やっと僕も仲間に入れた……
モルドレッド:地虫だ――!
洞窟の地面から、結界の内側に潜り込んできたんだ!
パーシヴァル:ど、どどどうしよう……!?
モルドレッド:吹き飛ばせ!
一か八か、結界を解く!
パーシヴァル:ええっ!? 嫌だなあ……
いや待てよ――
生命の果てより吹き寄せる終わりの吹雪よ。
絶対零度の
フローズン・グラコス!
(魔法の吹き荒れた洞窟内は、壁面が青白い霜に覆われ、寒波のそよ風がわだかまる極北地となっていた)
モルドレッド:……何故氷の魔法に変えたんだ?
寒い……
直撃は避けたとはいえ、俺たちまで凍え死ぬところだったぞ……!
パーシヴァル:風の魔法じゃ、吹き飛ばしても生き残りが襲ってくるだろ。
でも氷漬けだったら、万一生き残っても、身動きが取れない。
モルドレッド:成る程。
ネルビアンが不死身だったとしても、動きを封じ込めればいいと。
クレハ:お見事です、十一殿下。
パーシヴァル:まあね。
あれ? でも気のせいかな。
虫の死骸が動いてるような……
クレハ:いえ、気のせいではありません。
氷漬けになった虫の死骸から、また新たな虫が産まれようとしています。
モルドレッド:痛っ――首筋を咬まれたのか?
クレハ:天井です――!
モルドレッド:今度は天井から地虫が降ってくる――!?
レ・デュウヌの声:あはははははははっ!
パーシヴァル:煉獄の渦に巻き込み、我が敵を焼き尽くせ。
プロメテウス・ストリーム――!
(地虫を焼き払った後、がらんどうになっていた
レ・デュウヌの声:生きとし生けるものは皆兄弟。
一寸の虫にも五分の魂って、習わなかった?
モルドレッド:奴は、あの古代人は不死身だというのか……!?
パーシヴァル:うおっと――!
モルドレッド:どうした――!?
パーシヴァル:上からまたパラパラと……
モルドレッド:ただの小石だ。臆病な奴だ。
パーシヴァル:なーんだ。
おいらてっきりまた地虫かと。
あー、よかった。
クレハ:失礼ながら、良いとは言い難い状況です。
天井が崩落しかかっています故。
パーシヴァル:げ……!
地虫に地盤を食い荒らされた影響か……!
レ・デュウヌの声:あれ? 気づいちゃった?
ははは、どうする?
結界や魔法でダラダラ遊んでると生き埋めになっちゃうよ?
モルドレッド:洞窟の崩落……!
ネルビアンは平気だろうが、俺たちは……
クレハ:こちらです。一時退却しましょう。
モルドレッド:しかし、そっちは洞窟の奥だぞ。
パーシヴァル:行こう!
どっち道、ここで戦ったら生き埋めだ!
モルドレッド:よし――!
走るぞ、二人とも!
クレハ:御意。
パーシヴァル:ちょ、ちょっと早いって二人とも――!
(装甲虫の複眼の一つが裏返り、笑うレ・デュウヌの人面が現れる)
レ・デュウヌ:へえ、鬼ごっこか。
僕が鬼だね。
じゃあ、追いかけるよおおぉぉ――!!!
□2/ルティエンス公爵邸、渡り廊下
モルドレッド:パーシヴァル、クレハさん、大丈夫か?
パーシヴァル:はあ、はあ……
例によって、おいらギブアップ寸前……
クレハ:十一殿下、ご忍耐を。
パーシヴァル:わ、わかってるって……
というよりクレハさん、なんで息、切れてないんだよ……
お城のメイドさんでしょ……
クレハ:
パーシヴァル:へえ……
じゃあメイドさん、みんな足太いんだろうなあ……
クレハ:左様にございます。
メイドのスカートの下は、決して覗いてはならぬ人外魔境。
パーシヴァル:そう言われると、逆に気になるのが人情ってもんだよ。
クレハ:芸者遊びは、成人の儀を済ませてからになさいますよう。
モルドレッド:クレハさん、どうして洞窟の奥が、ルティエンス公爵邸に通じているとわかった?
クレハ:第四殿下……トリスタン様に『仮面の吸血鬼クドラク』の
あれより真実が明らかとなり……今となっては、むしろ不自然。
そこで、ふと結びついたのです。
名のある貴族の屋敷は、襲撃に備えて脱出路を確保しているもの。
ルティエンス公爵邸も、恐らくその旧式に漏れぬはず。
モルドレッド:そうか……
あの洞窟がルティエンス邸の裏口≠ナあり、兄上や姉上の食事場≠セったのか……
しかし、これからどうする。
退却はしたが『ハ・デスの生き霊』と姉上……
パーシヴァル:
おいらたちだけで止めるのは無理だよ。
クレハ:公爵家の馬車を使いましょう。
馬小屋の場所は、私が記憶しております。
モルドレッド:あれが正面玄関か。
パーシヴァル:急ごう!
古代人が追ってくる前に……!
クレハ:お待ちを――!
扉の向こうに巨大な気配が――……!
(正面玄関の大扉が、轟音と共に内側に開かれ、装甲蟲の巨躯がのっそりと入ってくる)
レ・デュウヌの声:クククク――
見ぃつけたぁぁ〜……
□3/ルティエンス公爵邸、正面玄関
(装甲蟲の複眼の一つが裏返り、嗤笑を浮かべるレ・デュウヌの顔が現れる)
レ・デュウヌの顔:待ちくたびれちゃったよ。
待ち伏せなんてしないで、素直に追い駆けっこを楽しんだほうがよかったかな?
じゃあ、次は――
パーシヴァル:ジェイル・プロメテウスっ――!
ど、どうだっ!
今度は殻さえ残さない、おいらの全力の
モルドレッド:地鳴り……?
クレハ:床です――!
床を突き破って、新手の
左右に二匹……!
レ・デュウヌの声:話してる途中に酷いじゃん。
パーシヴァル:
イナゴの群れになって飛んでくる――!
モルドレッド:倒しても倒してもきりがない……!
どれが奴の本体なんだ――!?
レ・デュウヌの顔:君たちは、蟻や蜂の生態を考えたことがあるかい?
働き蟻や働き蜂は、それぞれ独立した個体でありながら、生殖機能を持たず、女王のために黙々と働く。
僕にとっては、この
パーシヴァル:お前は幾つもの体を持つ、一つの生命体だっていうのか!?
そんな無茶苦茶な……!
レ・デュウヌの顔:おいおい、君たちだって似たようなものだよ?
こう考えてみたらいいんじゃない?
女王蟻は脳で、働き蟻は手足……
ほら、僕も君たちも一緒でしょう?
僕たちは同じ種族のお友達。
さあ、ニンゲン%ッ士楽しく遊ぼう――!
クレハ:左右の
パーシヴァル:正面のイナゴも飛んできたよ――!
モルドレッド:パーシヴァル! 正面のイナゴを焼き払え!
パーシヴァル:
モルドレッド:俺が仕留める!
パーシヴァル:お、オッケー!
モルドレッド:オルドネアの聖霊よ!
我こいねがう! 我請い求むる!
約束されし
レ・デュウヌの顔:結界に引きこもるのかなあ――?
じゃあ、突撃するよおおお――!!!
モルドレッド:くうっ……
オルドネアよ!
聖地を侵す悪しき侵略に、正義の焼き印を刻みたまえ!
報復と
虐げられし我らのために、オルドネアよ怒りたまえ!
(
(結界の歪む表面から生まれ出たのは、蒼白い二匹の
レ・デュウヌの顔:
僕自身だって……!?
ぎゃあああっっ――!!!
(左右から挟撃していた
(二匹の
パーシヴァル:モル、やったかい?
モルドレッド:……ああ。
危うく結界を破られそうだったがな。
お前もイナゴどもを片付けたか。
クレハ:今の魔法は?
モルドレッド:『
敵の攻撃を受け止め、同じ力を持つ化身をぶつける神聖魔法だ。
クレハ:凄い魔法ですね。
パーシヴァル:そうでもないよ。
限界以上のダメージを受けると、反撃の聖霊を出す前に結界が破られちゃうしね。
モルドレッド:他人に弱点を解説されると腹が立つな。
……蟲の死骸に動きはない。
これでレ・デュウヌは死んだのか――?
パーシヴァル:安心しないほうが良いよ。
一時的に動けないだけで、すぐ復活するかもしれないし。
(二階回廊の階段から、初老の家政婦が駆け下りてくる)
家政婦:お、皇子様……!
モルドレッド:貴女は――ジェーンさんと言ったか。
無事だったか。
家政婦:お、皇子様……
は、早くお逃げくださ……
私は、蟲の……ぐべえっ!
(家政婦の肉体を食い破って、イナゴの大群が雲霞のごとく飛び出してくる)
レ・デュウヌの声:残念、残念。僕は死んでませんでした。
クレハ:くっ――……
家政婦の体を、生きたまま蟲の巣にしていたのですか――!
く、あああっっ――!!
パーシヴァル:モ、モルっ! このままじゃ骨になるまで
モルドレッド:俺たちごと焼き払え! 同時に俺がロンギヌスで熱傷を癒やす!
パーシヴァル:お、オッケーッ!
プロメテウス・ストリーム――!
□4/肉の焦げる熱風が漂う正面玄関
モルドレッド:はあ、はあ……
大丈夫か、二人とも……
パーシヴァル:い、生きてるよ……なんとか……
クレハ:無事ではありませんが、命に別状はありません……
レ・デュウヌの声:ははははは。はははははは――
クレハ:また、蟲の死骸からイナゴが……
パーシヴァル:嘘だろぉ……
モルドレッド:これだけ倒してもまだ蘇るとは……
お前の本体はどこにいる!?
隠れていないで出てこい――!
レ・デュウヌの声:ああ、さっきの女王の話で誤解したんだね。
女王のような蟲なんていないよ。
僕にはね、ある特定の魂の器は要らないんだ。
この数億、数兆の蟲が織り成す集合知性が、僕の魂の宿る器。
この数億、数兆の蟲が僕自身なんだよ。
パーシヴァル:じゃあ……
一瞬でこの蟲を大群を全滅させないと、お前は死なないと――!?
レ・デュウヌの声:へえ、よくわかったね。頭良いなあ。
モルドレッド:パーシヴァル! 奴を倒す秘策はないのか!
パーシヴァル:無理だ……不可能だよ……
レ・デュウヌの声:頭が良すぎると、どうにもならないことがわかって絶望しちゃうよね。
ちょっとぐらい馬鹿な方が、人生楽しく生きていけるよね。
君たちに残りの人生はないけどね?
モルドレッド:パーシヴァル――!
パーシヴァル:いくら蟲全体があいつだとしても、一匹からこれだけの数を復元出来るとは思えない……
蟲の集合知性が脳≠ニして機能するには、一定数以上の蟲が必要なはず……
でもダメだ……そんな手段は無い……
あいつは正真正銘、不死身の化け物だ……
レ・デュウヌの声:そこまで見抜くとはね。
虫が好かないな、無駄に賢い奴って。
そう、僕の魔法も完璧じゃない。
体を構成する蟲が一度に大量に死ぬと、記憶がごっそり抜け落ちる。
お陰で昔のことは、だいぶ忘れてしまった。
僕がどんな人間だったのか。僕は何を為そうとしていたのか。僕は何を愛し、何を憎んでいたのか。
モルドレッド:命さえ長らえれば、記憶を失ってもいいというのか――!
お前は生きながら、大切なことを忘れていき、最後には本能の塊と成り果てる……
お前はそれで、生きているといえるのか!?
レ・デュウヌの声:当たり前じゃん。
僕は
これ以上生きている$カ命体って、この世に存在すると思う?
人間の肉体を捨てることで得た、不滅の体。
こんな簡単なことなのに、僕の仲間たちは、誰も出来なかった。
ただ生きたまま体を、数億、数兆の蟲に食わせるだけなのにね?
クレハ:怖気が走るほどの生≠ヨの執着……
パーシヴァル:狂ってるよ、あいつ……
レ・デュウヌの声:僕は独立した幾千、幾億の
ヒトであることを辞めた、唯一にして至高のネルビアンだ。
肉体という牢獄に魂を縛られし、惨めな虫けらども。
第八使徒ヤコブが、囚われた魂を解き放ってあげよう。
(正面玄関の空間を埋め尽くすイナゴの黒雲を前に、結界に籠もる以外術がないモルドレッドたち)
モルドレッド:くそっ! どうすれば奴を倒せるんだ!
パーシヴァル:うわっ!? なんだ、地震!?
クレハ:屋敷全体が沈んだ……
まさかレ・デュウヌは、屋敷の柱を……!?
モルドレッド:パーシヴァル、何か策はないのか!?
パーシヴァル:無理だよ……!
こいつ相手じゃ、何をやっても時間稼ぎにしかならない……!
一瞬であれだけの蟲を絶滅させる術なんて……!
モルドレッド:打つ手がないというのか――!
クレハ:――あります。
パーシヴァル:え――!?
クレハ:百鬼忍法『霧隠れの術』。
パーシヴァル:げほっ、げほっ!
煙幕? いや、霧か……
モルドレッド:ごほっ、ごほっ……!
何故結界の中でこんなものを……!
クレハ:殿下、結界を解いてください。
モルドレッド:しかし――
クレハ:この霧は、護りの霧。
レ・デュウヌは近寄れず――近づけば死にます。
モルドレッド:…………
結界を解くぞ――!
レ・デュウヌの声:目くらましで脱出か。
そんなもので僕を欺けるかなあ?
クレハ:
レ・デュウヌの声:いいことを教えてあげよう。
虫の世界は、人間には見えない光と音で満ちている。
僕は虫の世界から覗き込んで、真っ直ぐ君たちへ飛んでいってあげよう――!
ぐえ――? げええあああっ!
パーシヴァル:な、何だ?
イナゴがバタバタ死んでいく……
レ・デュウヌの声:がっ、がががっ……
しし思考が、いいっ意識が乱れるるるっ……
な、何だだだ、こここの霧はわわわっ……!?
クレハ:除虫菊の香――倭島国に生息する虫殺しの花です。
人には無害ですが、昆虫には致命の神経毒となる。
密室と、小さな虫に分離させること。
条件は揃いました。
これぞ古代人レ・デュウヌを殺す秘策。
パーシヴァル:す、凄いや!
でも、この霧はどこから――?
クレハ:私の一族は、霧を作り出す特異体質の持ち主。
故に私の姓はナイトミスト――倭島では夜霧と名乗っていました。
モルドレッド:特異体質か……
パーシヴァル:まるで魔法みたいだね。
クレハ:殿下、早く馬車へ。
私は此処でレ・デュウヌを食い止めます。
虫殺しの霧は、密室でなければ効果が薄い。
モルドレッド:クレハさん、貴女は?
クレハ:ご安心を。レ・デュウヌを殺しきったところで脱出します。
モルドレッド:わかった。ヴラドーで落ち合おう。
パーシヴァル:またね、クレハさん!
必ず生きて逃げ延びてくるんだよ!
クレハ:御意。
モルドレッド様、パーシヴァル様。
ご武運を――
□5/夜の山道を駆け下りる馬車
モルドレッド:急げ! 一刻も早くヴラドーへ行くんだ!
パーシヴァル:間に合うかな!?
もしイゾルデが真祖に覚醒したら……
モルドレッド:わからん!
しかし相手は
ディラザウロやアンドレアルもを上回る敵となる……!
(山の頂上から石造りの建造物が崩れる轟音が鳴り響いてくる)
パーシヴァル:――!?
ルティエンス公爵邸が……崩れた。
モルドレッド:クレハさん……
□6/バナト山頂上、ルティエンス公爵邸跡地
クレハ:……っ。
どうにか屋敷の倒壊に巻き込まれずに……
クレハ:レ・デュウヌは……
古代人は……
レ・デュウヌの声:ふふふ、はははは……
クレハ:――!?
レ・デュウヌの声:やっとわかったよ。
君や少し前の倭島人の間諜たちに感じた、微かな魔因子。
君たちは、あの魔法王国の戦闘奴隷の生き残りか。
クレハ:……私たちがブリタンゲイン人の末裔!?
レ・デュウヌの声:違う違う。
いや、でもそう間違いでもないかな?
魔法王国時代の末期――
宗教や信条の違いにより、戦争の絶えなくなった古代人たちは困っていた。
古代人が魔法で争えば大きな被害が出るし、そもそも兵役なんて真っ平御免だ。
そこで造られたのが魔導生物――
出来上がるのは、異形の怪物――モンスター。
これが大流行してね。
獣や虫のモンスターから始まり、ついには人間を
それがパピルサグや下級の獣人たち――戦闘奴隷、
クレハ:私たち一族には、異相・異形の者が数多くいる……
人の世では土蜘蛛、鬼、妖怪と蔑まれ――影を渡って生きてきた。
レ・デュウヌの声:古代魔法王国の滅亡と同時に、多くの魔導生物が野生化した。
一部は現代まで生き残り、一部は海を渡って島国に移住し、そこで人間との混血児を作っていた。
懐かしいなあ。僕も結構な数のモンスターを造ったんだよ。
もしかすると、君の先祖は僕の創作物かもね?
クレハ:お前は……神を気取るというのか!?
私は、私たちはお前の玩具じゃない――!
レ・デュウヌの声:効かないなあ〜。
殺されて産んで殺されて産んで……
僕の蟲たちは、瞬く間に何世代も重ねた。
そして神経毒に抵抗性のある蟲だけが生き残って繁殖した。
君の蟲殺しの霧は、今じゃちょっと痺れるぐらいだよ。
クレハ:……!
化け物……!
レ・デュウヌの声:酷いなあ。君だって化け物じゃないか。
僕はモンスターを差別するつもりはちっとも無いよ。
僕は人間を殺したし、モンスターも殺したし、同胞のネルビアンすら殺した。
そう、全ては……あれ? なんだっけな?
まあいいや。僕はこうして生きているんだし。
さあ、君の体を戴こうか。
(蟲殺しの煙を突き破り、イナゴの群れがクレハの体に殺到)
クレハ:くあああっっ――!
体に、イナゴがっ……入ってっ……
レ・デュウヌの声:耳、口、眼――
一番先に脳味噌に辿り着くのは、どこから潜り込んだ蟲かな〜?
ひひっ、ひひひ。
クレハ:お、お前が寄生する蟲のようにっ……!
わ、私はお前の
私の命は、私のもの――!
(制御権を奪われて震える腕を叱咤し、クナイの切っ先を頸に向けて喉を貫く)
クレハ:ぐはっ……
む、狢……鬼女郎……
すまぬ……仇は、取れなかった……
お、お頭様……
本当に、あの御方を信じて間違いは……
紅葉は第五殿下も……あの御方も信じられませぬ……
お頭様……
あね、さま……
どうか……ご多幸を……
(イナゴの群れが人型を形作り、レ・デュウヌが姿を現す)
レ・デュウヌ:あーあ、死んじゃったか。
いい肉人形になるかと思ったんだけどなあ〜。
おや?
(月明かりの下、瓦礫の山に立つ人影を見上げるレ・デュウヌ)
レ・デュウヌ:これはこれはお姫様。ご機嫌はいかが?
イゾルデ:ええ、とってもいいわ。
あの満月も、あの星々も、私の
この果てしない夜空を――千年ぶりに取り戻す時がきた。
私の名は
この夜を統べる、太陽の敵対者――
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