The 13th prince(プリンス・オブ・サーティーン)

第19話 超越者たちの哲理

★配役:♂2♀2両1=計5人

▼登場人物

モルドレッド=ブラックモア♂:

十六歳の聖騎士。
ブリタンゲイン五十四世の十三番目の子。
オルドネア聖教の枢機卿に「十三番目の騎士は王国に厄災をもたらす」と告げられた。
皇帝の子ながら、ただ一人『円卓の騎士』に叙されていない。

魔導具:【-救世十字架(ロンギヌス)-】
魔導系統:【-神聖魔法(キリエ・レイソン)-】

パーシヴァル=ブリタンゲイン♂
十七歳の宮廷魔導師。
ブリタンゲイン五十四世の十一番目の子。
『円卓の騎士』の一人で、陸軍魔導師団の一員。
お調子者の少年だが、宮廷魔導師だけあって知識量はかなりのもの。

魔導具:【-自在なる叡知(アヴァロン)-】
魔導系統:【-元素魔法(エレメンタル)-】

クレハ=ナイトミスト♀
二十四歳の侍女。大英円卓(ザ・ラウンド)の事務官も勤める。
大英帝国の植民地である倭島国(わじまこく)出身。
身分は二等国民で、純血のブリタンゲイン人である一等国民より、法律上の権利に制限を設けられている。

クレハ=ナイトミストは、倭島国の名をブリタンゲイン風の名に改めたもの。
本名は夜霧紅葉(よぎりもみじ)という。

イゾルデ=ルティエンス♀
十八歳。トリスタンの実の妹。
ブリタンゲイン五十四世の十番目の子。
『円卓の騎士』の一人で、『帝国博物館』と『帝国美術館』の館長。
ただしほとんど名誉職で、実際の施設運営は館長代理に委ねられている。

ルティエンス家の遺伝病とも言われる、慢性壊血病を患っているが、
その原因は、高い魔力を産み出す代わりに赤血球を壊してしまう、吸血鬼特有の体質である。

真祖吸血鬼(ヴァンパイアロード)シモーネとの関わりが示唆されるが……?


蠱蟲(こちゅう)(さなぎ)レ・デュウヌ両
『ハ・デスの生き霊』の幹部、逆十字(リバースクロス)の一人。
蟲を使役する蟲虫使い(ネルビアン)
千年前の魔法王国時代に滅亡した、古代人の生き残りであり、
その正体は、オルドネアの使徒の一人として活動した、第八使徒ヤコブ。

身体のあちこちに昆虫の部位を持った美少年。
感情豊かでよく笑うが、虫が人に擬態しているような不自然さを匂わせる。

古代人は完全な魔因子を持っていたとされる。
〈魔晶核〉も〈魔心臓〉も共に正常に形成され、優れた魔法を行使した。
長い時間が流れるあいだに、魔因子は毀損してしまい、
〈魔晶核〉か〈魔心臓〉の片方しか形成されない準魔因子となって残るのみとなった。

魔導具:???
魔導系統:【-蟲虫使役法(アヌバ・セクト)-】


以下はセリフ数が少ないため、被り役推奨です。

家政婦♀
ルティエンス公爵家に仕える家政婦。
中年〜初老の女性。名前はジェーン。

※セリフは二言のみです。


※注意
・ルビの振ってある漢字は、ルビを読んでください。
・特定のルビのない漢字は、そのまま読んでください。

ひらひらのひらがなめがね
上記のサイトに、この台本のURLを入力すると、漢字に読みがなが振られます。
ただし、当て字でルビを振ってある漢字(例:救世十字架(ロンギヌス))にも、読みがなが振られてしまうので、カタカナで振られている文字を優先して読んでください。

□1/滝壺底の洞窟、大空洞

(モルドレッド、パーシヴァル、クレハの三人は、薄笑いを浮かべるレデュウヌ、血塗れの裸体を晒すイゾルデと対峙している)

モルドレッド:お前が……第八使徒ヤコブだと?

レ・デュウヌ:僕はかつて大悪魔(ダイモーン)を倒した使徒≠フ一人。
        そして今は『ハ・デスの生き霊』の幹部。

        でも、そんなに驚くことはないだろう。
        君たちは、もっと有名な使徒と会っているじゃないか。
        彼の有名な、裏切りの使徒と――

モルドレッド:まさか……
        あの黒翅蝶(こくしちょう)と名乗るネクロマンサーは……

レ・デュウヌ:十三使徒ジュダ。
        彼こそ、救世主伝説の立役者。
        そして自らの手で伝説を殺した、悪の救世主(メシア)

モルドレッド:使徒ヤコブ! 何故だ!?
        貴方たちは、かつて世界を魔の手から救った、正義の徒!
        何故自らの守った世界に、悪魔を招き出そうとしているのだ!?

イゾルデ:『求めよ、さらば与えられん』

      ジュダ様は、こう(おっしゃ)ったわ。
      死を待つしかないと、絶望に閉ざされていた私に光をくださった。
      それは正義の光ではなく、暗い闇の光――

パーシヴァル:イゾルデ!
         『ハ・デスの生き霊』なんて知らないって……
          あれは嘘だったの――!?

イゾルデ:ごめんね、パーシヴァル。

パーシヴァル:ごめんねって……そんなアッサリ――

イゾルデ:許して。お願い――

パーシヴァル:う、うーん……

モルドレッド:パーシヴァル!
        眼を見るな! あれは魅了の魔眼だ!

パーシヴァル:っとと……
         危うく引っかかるところだったよ。

モルドレッド:ロンギヌスの加護があれば、呪いは完遂しない……

        だが何故だ……
        先程から胸がドキドキする……

パーシヴァル:おいらもだよ。
         それに、さっきからイゾルデから視線を逸らせない……!

モルドレッド:俺もだ。見たくなくてもつい凝視してしまう……!

パーシヴァル:それと……ねえ、モル?

モルドレッド:皆まで言うな。わかっている。

パーシヴァル:ヤッバイよね、あれ……!

モルドレッド:ああ、鼻血が出そうだ……!

パーシヴァル:魅了の魔眼……

モルドレッド:恐るべし……!

クレハ:裸を見て興奮しているだけです。

     服を着なさい、露出狂。

レ・デュウヌ:お召し物をどうぞ、お姫様。

イゾルデ:ありがとうございます、ヤコブ様。

モルドレッド:姉上……
        全ての黒幕は、姉上だったのか……!?

イゾルデ:母親の乳の代わりに、生き血を(すす)る、呪われし赤子。
      私は、()み子なの。

      同族たちの血を啜り、その身に魔の力を濃縮していく……
      吸血鬼を喰らう、吸血鬼――

パーシヴァル:ちょっと待って――!

         八年前のワラキア公殺害事件って……
         犯人は……イゾルデなの?

イゾルデ:…………

      ルティエンス家には、流産や死産の話が多いでしょう?
      あれはね、忌み子が産まれたら、密かに殺してしまうからなの。

      もちろん、お腹を痛めて産んだ母親には、とても辛くて苦しいこと。
      だから、忌み子だと隠して、育ててしまう母親もいる。
      ジルドレイやエリザも、子殺しを免れた忌み子だった。

      そして私も――

モルドレッド:それでは、兄上は……!?

イゾルデ:お兄様は、普通の人間よ。
      いいえ、正確には普通の人間だった……

      私の秘密を知ったお兄様は、全てを受け入れ――
      家宝として伝わる、吸血鬼の魔晶核(ましょうかく)を、額に埋め込んだ。

パーシヴァル:そんな……魔晶核を直接肉体に埋め込むなんて――!

         拒絶反応が起こったら即死だよ。
         もし無事に適合しても、古代人の残留思念の影響で、精神に異常をきたす恐れがある。
         だからおいらたち魔導師は、魔晶核を魔導具に加工して、壁を作ってるんだ。

クレハ:しかし――彼は耐えきったのですね。
     そしてほぼ完全に、古代人と同じ体になった……

レ・デュウヌ:もう一つ面白いことを教えてあげよう。
         トリスタンの魔晶核は、なんと、あの使徒シリウスのものさ。
         シリウスが真祖と化す時に抜け落ちた魔晶核……

         かつては真祖を倒すために、今は真祖を復活させるために。
         けれども、最愛の女性の意志に尽くすためなのは同じ――
         ドラマチックでしょう? あはははは。

モルドレッド:……姉上、貴女はどうするつもりだ?

(レ・デュウヌは、石棺の一つをずらす)

パーシヴァル:あれ……あの石棺(ひつぎ)のミイラ……!
         使徒シリウスのものだよ。

レ・デュウヌ:今宵、ようやく彼は眠りに就ける。
         新しい真祖の誕生によってね。

イゾルデ:私はこの使徒シリウスの魔晶核……

      歴代の真祖たちの魔晶核を受け継ぐわ。
      そして次代の真祖吸血鬼(ヴァンパイアロード)として覚醒する。

モルドレッド:正気なのか、姉上!?
        使徒シリウスは、命を賭して真祖吸血鬼(ヴァンパイアロード)を封じたのだぞ!

レ・デュウヌ:独りよがりの正義感だね。
        ほら、口の動きを見てごらん。

パーシヴァル:ミイラの口が動いてる……

クレハ:コ・ロ・シ・テ・ク・レ――

     『殺してくれ』……

レ・デュウヌ:真祖の宿る魔晶核を、我が身を犠牲に封じ込めた――
        使徒シリウスこそ、生ける封印の門だ。

        しかし魔晶核に宿る真祖は眠らず、千年に渡り、戦いを挑んだ。
        それは闘争でも拷問でもない。シリウスから意識を奪わないこと。
        即ち永遠の孤独。誰かに殺されるまで、彼は永遠に生き続ける。

        千年の孤独は、岩にしたたる水滴のように静かに染み渡り――
        彼の正義は砕け散ってしまった。

モルドレッド:…………

イゾルデ:可哀想なシリウス。
      オルドネア教徒が祈りを捧げて、聖人と崇めたとしても、彼はどれだけ救われるのかしら。
      いいえ、救われないわ。
      使徒シリウスは、正義の名の下、永遠に封印の使命を課され続けるでしょう。

      だから――私があなたの替わりになります。
      次代の真祖……真祖吸血鬼(ヴァンパイアロード)に。

モルドレッド:……姉上。
        貴女は真祖の囁きに、正気を失っている。

        貴女を野放しにするわけにはいかない。
        貴女を帝都に連行する。

イゾルデ:私は一生幽閉されるでしょう。
      いいえ、その前に衰弱して死ぬわ。

      私の体は、吸血鬼に近くなりすぎた。
      体を霧に変えたり、蝙蝠に変身したりする吸血鬼は、生命活動のほとんどを魔法に依存している。
      それは魔法がなければ、魔晶核がなければ命を保てない体なの。

パーシヴァル:イゾルデ、君を死なせはしない――!
         おいらたちと一緒に来てよ――!

モルドレッド:大英円卓(ザ・ラウンド)が、俺たち兄弟姉妹が貴女を助ける――!

イゾルデ:モルドレッド、パーシヴァル。
      私は吸血鬼になっても、あなたたちを襲ったりしないわ。

      人間だって、豚や牛を食べるでしょう。
      でもそれは、豚や牛が憎いからではない。
      何もしない動物を襲ったりはしない。

      私は何も変わっていないわ。

パーシヴァル:確かにそうだ。確かにそうだけど……

モルドレッド:それは人間を豚や牛と同じと見なす……
        吸血鬼の論理だ……

レ・デュウヌ:ほらね、僕の言ったとおりだろう?
        可哀想に。あんなに優しく説明してあげたのに。

イゾルデ:ヤコブ様……
      私にはどうしても出来ません……
      二人は、私にとって大事な異母弟(おとうと)だから……

レ・デュウヌ:わかっているさ。
        後は僕に任せておくれ。
        君は安心して継承の()に専念するといい。

イゾルデ:モルドレッド、あなたの正義では私は救われない。
      正義の下では、私には死か幽閉しか与えられない。

      私を救ってくれたのは、悪≠セけだった。

モルドレッド:姉上……

イゾルデ:さようなら、モルドレッド、パーシヴァル。

レ・デュウヌ:ははは――!
        それじゃあ僕がジュダに代わり、悪の光で道を照らそう!

(レ・デュウヌの体が膨れ、腹部を突き破って、肉汁に塗れた夥しい数の節足が蠢く)
(自らの肉体から孵化した、赤い複眼を持った巨大な団子虫に変じるレ・デュウヌ)

モルドレッド:な、何だあれは……

パーシヴァル:黒き樹海に棲む蟲、装甲蟲(ドゥーム)だ……
         蟲のモンスターでも最大種で、外皮は鉄の剣や銃弾も受け止めると言われる。

レ・デュウヌ:僕は蟲虫使い(ネルビアン)
        蟲を使役し、蟲の力を身に宿す古代人の一族だ。
        蟲虫使役法(アヌバ・セクト)を見るのは初めてだったかな?

        ま、無理もないよね。
        蟲虫使い(ネルビアン)は絶滅してしまったし、魔晶核もほとんど残っていないから。

クレハ:装甲蟲(ドゥーム)の複眼の一つが、人の顔に……

     あの古代人のものです。

パーシヴァル:うわあ、気持ち悪……

レ・デュウヌ:ちぇっ、傷つくなあ。
        話すならお互い顔を見て話したいじゃん?
        君たちに気を遣って、顔を出したんだよ?

モルドレッド:使徒ヤコブ、いや古代人レ・デュウヌ!
        俺たちの正義を邪魔するなら容赦はしない!

        パーシヴァル!

パーシヴァル:正義はいいとして、気持ち悪いから燃やしちゃうぜ!

         煉獄の檻へ閉ざされ、我が敵よ、劫火(ごうか)に滅べ!
         ジェイル・プロメテウスっ!

モルドレッド:…………!

        パーシヴァル!
        炎の中に装甲蟲(ドゥーム)の影が――!

パーシヴァル:違うよ。あれは装甲蟲(ドゥーム)の抜け殻だ。
         中身はとっくに燃え尽きて、灰になってる。

モルドレッド:そうか。

        それにしても煉獄の炎でも、まだ殻を残してるとは……
        恐ろしく頑丈な蟲だな、装甲蟲(ドゥーム)というのは。

クレハ:殿下――!
     装甲蟲(ドゥーム)の抜け殻の中から、何か飛んできます――!

モルドレッド:オルドネアよ、暴威を阻む結界を――!

パーシヴァル:結界の壁に、虫の大群がバチバチ当たってる――
         何だよ、こいつら……

レ・デュウヌの声:イナゴだよ。肉食性のね。

           ねえ、結界の中に入れてくれないかなあ。
           僕だけ仲間外れで寂しいじゃん。

パーシヴァル:げえっ!
         イナゴの頭がレ・デュウヌの顔になってる……!

クレハ:ご用心を!
     イナゴの群れに巻き込まれると、骨まで残さず食い散らされます!

モルドレッド:あのイナゴ……装甲蟲(ドゥーム)の屍から羽化したようだが。

パーシヴァル:ねえ、モル……

         足下の白い粒……これ……

レ・デュウヌの声:やあ、やっと僕も仲間に入れた……

モルドレッド:地虫だ――!
        洞窟の地面から、結界の内側に潜り込んできたんだ!

パーシヴァル:ど、どどどうしよう……!?

モルドレッド:吹き飛ばせ!
        一か八か、結界を解く!

パーシヴァル:ええっ!? 嫌だなあ……

         (めぐ)り回る旋風よ。真空の螺旋(らせん)よ。
         いや待てよ――

         生命の果てより吹き寄せる終わりの吹雪よ。
         絶対零度の(てのひら)は、最果ての死より汝を掴む。
         フローズン・グラコス!

(魔法の吹き荒れた洞窟内は、壁面が青白い霜に覆われ、寒波のそよ風がわだかまる極北地となっていた)

モルドレッド:……何故氷の魔法に変えたんだ?

        寒い……
        直撃は避けたとはいえ、俺たちまで凍え死ぬところだったぞ……!

パーシヴァル:風の魔法じゃ、吹き飛ばしても生き残りが襲ってくるだろ。
         でも氷漬けだったら、万一生き残っても、身動きが取れない。

モルドレッド:成る程。
        ネルビアンが不死身だったとしても、動きを封じ込めればいいと。

クレハ:お見事です、十一殿下。

パーシヴァル:まあね。

         あれ? でも気のせいかな。
         虫の死骸が動いてるような……

クレハ:いえ、気のせいではありません。
    氷漬けになった虫の死骸から、また新たな虫が産まれようとしています。

モルドレッド:痛っ――首筋を咬まれたのか?

クレハ:天井です――!

モルドレッド:今度は天井から地虫が降ってくる――!?

レ・デュウヌの声:あはははははははっ!

パーシヴァル:煉獄の渦に巻き込み、我が敵を焼き尽くせ。
         プロメテウス・ストリーム――!

(地虫を焼き払った後、がらんどうになっていた装甲蟲(ドゥーム)の抜け殻に、赤い複眼が宿る)

レ・デュウヌの声:生きとし生けるものは皆兄弟。
           一寸の虫にも五分の魂って、習わなかった?

モルドレッド:奴は、あの古代人は不死身だというのか……!?

パーシヴァル:うおっと――!

モルドレッド:どうした――!?

パーシヴァル:上からまたパラパラと……

モルドレッド:ただの小石だ。臆病な奴だ。

パーシヴァル:なーんだ。
         おいらてっきりまた地虫かと。

         あー、よかった。

クレハ:失礼ながら、良いとは言い難い状況です。
     天井が崩落しかかっています故。

パーシヴァル:げ……!
         地虫に地盤を食い荒らされた影響か……!

レ・デュウヌの声:あれ? 気づいちゃった?

           ははは、どうする?
           結界や魔法でダラダラ遊んでると生き埋めになっちゃうよ?

モルドレッド:洞窟の崩落……!
        ネルビアンは平気だろうが、俺たちは……

クレハ:こちらです。一時退却しましょう。

モルドレッド:しかし、そっちは洞窟の奥だぞ。

パーシヴァル:行こう!
         どっち道、ここで戦ったら生き埋めだ!

モルドレッド:よし――!

        走るぞ、二人とも!

クレハ:御意。

パーシヴァル:ちょ、ちょっと早いって二人とも――!

(装甲虫の複眼の一つが裏返り、笑うレ・デュウヌの人面が現れる)

レ・デュウヌ:へえ、鬼ごっこか。
        僕が鬼だね。

        じゃあ、追いかけるよおおぉぉ――!!!


□2/ルティエンス公爵邸、渡り廊下


モルドレッド:パーシヴァル、クレハさん、大丈夫か?

パーシヴァル:はあ、はあ……
         例によって、おいらギブアップ寸前……

クレハ:十一殿下、ご忍耐を。

パーシヴァル:わ、わかってるって……
         というよりクレハさん、なんで息、切れてないんだよ……
         お城のメイドさんでしょ……

クレハ:健脚(けんきゃく)無くして、メイドは勤まりませぬ故。

パーシヴァル:へえ……
         じゃあメイドさん、みんな足太いんだろうなあ……

クレハ:左様にございます。
     メイドのスカートの下は、決して覗いてはならぬ人外魔境。

パーシヴァル:そう言われると、逆に気になるのが人情ってもんだよ。

クレハ:芸者遊びは、成人の儀を済ませてからになさいますよう。

モルドレッド:クレハさん、どうして洞窟の奥が、ルティエンス公爵邸に通じているとわかった?

クレハ:第四殿下……トリスタン様に『仮面の吸血鬼クドラク』の嫌疑(けんぎ)が掛かった際、
    身辺(しんぺん)を調べても、殿下が夜に出歩くという噂は不出でした。
    あれより真実が明らかとなり……今となっては、むしろ不自然。

    そこで、ふと結びついたのです。
    名のある貴族の屋敷は、襲撃に備えて脱出路を確保しているもの。
    ルティエンス公爵邸も、恐らくその旧式に漏れぬはず。

モルドレッド:そうか……
        あの洞窟がルティエンス邸の裏口≠ナあり、兄上や姉上の食事場≠セったのか……

        しかし、これからどうする。
        退却はしたが『ハ・デスの生き霊』と姉上……真祖吸血鬼(ヴァンパイアロード)を放っておくわけにはいかない。

パーシヴァル:(ふもと)の街、ヴラドーに行こう。
          おいらたちだけで止めるのは無理だよ。

クレハ:公爵家の馬車を使いましょう。
     馬小屋の場所は、私が記憶しております。

モルドレッド:あれが正面玄関か。

パーシヴァル:急ごう!
         古代人が追ってくる前に……!

クレハ:お待ちを――!
     扉の向こうに巨大な気配が――……!

(正面玄関の大扉が、轟音と共に内側に開かれ、装甲蟲の巨躯がのっそりと入ってくる)

レ・デュウヌの声:クククク――
           見ぃつけたぁぁ〜……


□3/ルティエンス公爵邸、正面玄関


(装甲蟲の複眼の一つが裏返り、嗤笑を浮かべるレ・デュウヌの顔が現れる)

レ・デュウヌの顔:待ちくたびれちゃったよ。
           待ち伏せなんてしないで、素直に追い駆けっこを楽しんだほうがよかったかな?
           じゃあ、次は――

パーシヴァル:ジェイル・プロメテウスっ――!

         ど、どうだっ!
         今度は殻さえ残さない、おいらの全力の煉獄炎(ほのお)だっ!

モルドレッド:地鳴り……?

クレハ:床です――!
     床を突き破って、新手の装甲蟲(ドゥーム)が――!

     左右に二匹……!

レ・デュウヌの声:話してる途中に酷いじゃん。

パーシヴァル:装甲蟲(ドゥーム)の燃え(カス)が……!
         イナゴの群れになって飛んでくる――!

モルドレッド:倒しても倒してもきりがない……!
        どれが奴の本体なんだ――!?

レ・デュウヌの顔:君たちは、蟻や蜂の生態を考えたことがあるかい?
           働き蟻や働き蜂は、それぞれ独立した個体でありながら、生殖機能を持たず、女王のために黙々と働く。

           僕にとっては、この装甲蟲(ドゥーム)凶荒蝗(アポリュオン)も働き蜂みたいなものかな?

パーシヴァル:お前は幾つもの体を持つ、一つの生命体だっていうのか!?
         そんな無茶苦茶な……!

レ・デュウヌの顔:おいおい、君たちだって似たようなものだよ?
           こう考えてみたらいいんじゃない?
           女王蟻は脳で、働き蟻は手足……(コロニー)全体で一つの生命体だって。

           ほら、僕も君たちも一緒でしょう?
           僕たちは同じ種族のお友達。
           さあ、ニンゲン%ッ士楽しく遊ぼう――!

クレハ:左右の装甲蟲(ドゥーム)が動きました――!

パーシヴァル:正面のイナゴも飛んできたよ――!

モルドレッド:パーシヴァル! 正面のイナゴを焼き払え!

パーシヴァル:装甲蟲(ドゥーム)は――!?

モルドレッド:俺が仕留める!

パーシヴァル:お、オッケー!

モルドレッド:オルドネアの聖霊よ!
        我こいねがう! 我請い求むる!
        約束されし安住(あんじゅう)の聖域を――!

レ・デュウヌの顔:結界に引きこもるのかなあ――?
           じゃあ、突撃するよおおお――!!!

モルドレッド:くうっ……

        オルドネアよ!
        聖地を侵す悪しき侵略に、正義の焼き印を刻みたまえ!
        報復と応報(おうほう)を! 目には目を歯には歯を!
        虐げられし我らのために、オルドネアよ怒りたまえ!

装甲蟲(ドゥーム)の突撃を受け止めていた結界に波紋が生じる)
(結界の歪む表面から生まれ出たのは、蒼白い二匹の装甲蟲(ドゥーム)だった)

レ・デュウヌの顔:装甲蟲(ドゥーム)――?
           僕自身だって……!?

           ぎゃあああっっ――!!!

(左右から挟撃していた装甲蟲(ドゥーム)の横っ腹に、蒼白い聖霊の装甲蟲(ドゥーム)が激突)
(二匹の装甲蟲(ドゥーム)は壁に衝突し、生臭い体液をぶちまけて即死した)

パーシヴァル:モル、やったかい?

モルドレッド:……ああ。
        危うく結界を破られそうだったがな。

        お前もイナゴどもを片付けたか。

クレハ:今の魔法は?

モルドレッド:『怒りの祈り(ディエス・イレ)』……
        敵の攻撃を受け止め、同じ力を持つ化身をぶつける神聖魔法だ。

クレハ:凄い魔法ですね。

パーシヴァル:そうでもないよ。
         限界以上のダメージを受けると、反撃の聖霊を出す前に結界が破られちゃうしね。

モルドレッド:他人に弱点を解説されると腹が立つな。

        ……蟲の死骸に動きはない。
        これでレ・デュウヌは死んだのか――?

パーシヴァル:安心しないほうが良いよ。
         一時的に動けないだけで、すぐ復活するかもしれないし。

(二階回廊の階段から、初老の家政婦が駆け下りてくる)

家政婦:お、皇子様……!

モルドレッド:貴女は――ジェーンさんと言ったか。
        無事だったか。

家政婦:お、皇子様……
     は、早くお逃げくださ……
     私は、蟲の……ぐべえっ!

(家政婦の肉体を食い破って、イナゴの大群が雲霞のごとく飛び出してくる)

レ・デュウヌの声:残念、残念。僕は死んでませんでした。

クレハ:くっ――……
    家政婦の体を、生きたまま蟲の巣にしていたのですか――!

    く、あああっっ――!!

パーシヴァル:モ、モルっ! このままじゃ骨になるまで(むさぼ)り食われるよ!

モルドレッド:俺たちごと焼き払え! 同時に俺がロンギヌスで熱傷を癒やす!

パーシヴァル:お、オッケーッ!

         プロメテウス・ストリーム――!


□4/肉の焦げる熱風が漂う正面玄関


モルドレッド:はあ、はあ……
        大丈夫か、二人とも……

パーシヴァル:い、生きてるよ……なんとか……

クレハ:無事ではありませんが、命に別状はありません……

レ・デュウヌの声:ははははは。はははははは――

クレハ:また、蟲の死骸からイナゴが……

パーシヴァル:嘘だろぉ……

モルドレッド:これだけ倒してもまだ蘇るとは……

        お前の本体はどこにいる!?
        隠れていないで出てこい――!

レ・デュウヌの声:ああ、さっきの女王の話で誤解したんだね。

          女王のような蟲なんていないよ。
          僕にはね、ある特定の魂の器は要らないんだ。
          この数億、数兆の蟲が織り成す集合知性が、僕の魂の宿る器。

          この数億、数兆の蟲が僕自身なんだよ。

パーシヴァル:じゃあ……
         一瞬でこの蟲を大群を全滅させないと、お前は死なないと――!?

レ・デュウヌの声:へえ、よくわかったね。頭良いなあ。

モルドレッド:パーシヴァル! 奴を倒す秘策はないのか!

パーシヴァル:無理だ……不可能だよ……

レ・デュウヌの声:頭が良すぎると、どうにもならないことがわかって絶望しちゃうよね。
           ちょっとぐらい馬鹿な方が、人生楽しく生きていけるよね。

           君たちに残りの人生はないけどね?

モルドレッド:パーシヴァル――!

パーシヴァル:いくら蟲全体があいつだとしても、一匹からこれだけの数を復元出来るとは思えない……
         蟲の集合知性が脳≠ニして機能するには、一定数以上の蟲が必要なはず……

         でもダメだ……そんな手段は無い……
         あいつは正真正銘、不死身の化け物だ……

レ・デュウヌの声:そこまで見抜くとはね。
           虫が好かないな、無駄に賢い奴って。

           そう、僕の魔法も完璧じゃない。
           体を構成する蟲が一度に大量に死ぬと、記憶がごっそり抜け落ちる。
           お陰で昔のことは、だいぶ忘れてしまった。
           僕がどんな人間だったのか。僕は何を為そうとしていたのか。僕は何を愛し、何を憎んでいたのか。

モルドレッド:命さえ長らえれば、記憶を失ってもいいというのか――!
        お前は生きながら、大切なことを忘れていき、最後には本能の塊と成り果てる……
        お前はそれで、生きているといえるのか!?

レ・デュウヌの声:当たり前じゃん。
           僕は吸血鬼(ヴァンパイア)よりも、死霊傀儡師(ネクロマンサー)よりも不死に近い。
           これ以上生きている$カ命体って、この世に存在すると思う?

           人間の肉体を捨てることで得た、不滅の体。
           こんな簡単なことなのに、僕の仲間たちは、誰も出来なかった。
           ただ生きたまま体を、数億、数兆の蟲に食わせるだけなのにね?

クレハ:怖気が走るほどの生≠ヨの執着……

パーシヴァル:狂ってるよ、あいつ……

レ・デュウヌの声:僕は独立した幾千、幾億の(いのち)に宿る、一つの個体(たましい)
           ヒトであることを辞めた、唯一にして至高のネルビアンだ。

           肉体という牢獄に魂を縛られし、惨めな虫けらども。
           第八使徒ヤコブが、囚われた魂を解き放ってあげよう。

(正面玄関の空間を埋め尽くすイナゴの黒雲を前に、結界に籠もる以外術がないモルドレッドたち)

モルドレッド:くそっ! どうすれば奴を倒せるんだ!

パーシヴァル:うわっ!? なんだ、地震!?

クレハ:屋敷全体が沈んだ……
     まさかレ・デュウヌは、屋敷の柱を……!?

モルドレッド:パーシヴァル、何か策はないのか!?

パーシヴァル:無理だよ……!
         こいつ相手じゃ、何をやっても時間稼ぎにしかならない……!
         一瞬であれだけの蟲を絶滅させる術なんて……!

モルドレッド:打つ手がないというのか――!

クレハ:――あります。

パーシヴァル:え――!?

クレハ:百鬼忍法『霧隠れの術』。

パーシヴァル:げほっ、げほっ!
         煙幕? いや、霧か……

モルドレッド:ごほっ、ごほっ……!
        何故結界の中でこんなものを……!

クレハ:殿下、結界を解いてください。

モルドレッド:しかし――

クレハ:この霧は、護りの霧。
     レ・デュウヌは近寄れず――近づけば死にます。

モルドレッド:…………

        結界を解くぞ――!

レ・デュウヌの声:目くらましで脱出か。
           そんなもので僕を欺けるかなあ?

クレハ:煙々羅(えんえんら)、虫殺しの霧。

レ・デュウヌの声:いいことを教えてあげよう。
           虫の世界は、人間には見えない光と音で満ちている。
           僕は虫の世界から覗き込んで、真っ直ぐ君たちへ飛んでいってあげよう――!

           ぐえ――? げええあああっ!

パーシヴァル:な、何だ?
         イナゴがバタバタ死んでいく……

レ・デュウヌの声:がっ、がががっ……
           しし思考が、いいっ意識が乱れるるるっ……
           な、何だだだ、こここの霧はわわわっ……!?

クレハ:除虫菊の香――倭島国に生息する虫殺しの花です。
    人には無害ですが、昆虫には致命の神経毒となる。

    密室と、小さな虫に分離させること。
    条件は揃いました。
    これぞ古代人レ・デュウヌを殺す秘策。

パーシヴァル:す、凄いや!
         でも、この霧はどこから――?

クレハ:私の一族は、霧を作り出す特異体質の持ち主。
     故に私の姓はナイトミスト――倭島では夜霧と名乗っていました。

モルドレッド:特異体質か……

パーシヴァル:まるで魔法みたいだね。

クレハ:殿下、早く馬車へ。

     私は此処でレ・デュウヌを食い止めます。
     虫殺しの霧は、密室でなければ効果が薄い。

モルドレッド:クレハさん、貴女は?

クレハ:ご安心を。レ・デュウヌを殺しきったところで脱出します。 

モルドレッド:わかった。ヴラドーで落ち合おう。

パーシヴァル:またね、クレハさん!
        必ず生きて逃げ延びてくるんだよ!

クレハ:御意。

     モルドレッド様、パーシヴァル様。
     ご武運を――


□5/夜の山道を駆け下りる馬車


モルドレッド:急げ! 一刻も早くヴラドーへ行くんだ!

パーシヴァル:間に合うかな!?
         もしイゾルデが真祖に覚醒したら……

モルドレッド:わからん!
        しかし相手は大悪魔(ダイモーン)……!
        ディラザウロやアンドレアルもを上回る敵となる……!

(山の頂上から石造りの建造物が崩れる轟音が鳴り響いてくる)

パーシヴァル:――!?

        ルティエンス公爵邸が……崩れた。

モルドレッド:クレハさん……


□6/バナト山頂上、ルティエンス公爵邸跡地


クレハ:……っ。

    どうにか屋敷の倒壊に巻き込まれずに……

クレハ:レ・デュウヌは……
     古代人は……

レ・デュウヌの声:ふふふ、はははは……

クレハ:――!?

レ・デュウヌの声:やっとわかったよ。
           君や少し前の倭島人の間諜たちに感じた、微かな魔因子。
           君たちは、あの魔法王国の戦闘奴隷の生き残りか。

クレハ:……私たちがブリタンゲイン人の末裔!?

レ・デュウヌの声:違う違う。
           いや、でもそう間違いでもないかな?

           魔法王国時代の末期――
           宗教や信条の違いにより、戦争の絶えなくなった古代人たちは困っていた。
           古代人が魔法で争えば大きな被害が出るし、そもそも兵役なんて真っ平御免だ。

           そこで造られたのが魔導生物――
           魔霊(シャイターン)を身に宿し、魔人(ゼノン)に転生している最中に、心臓を潰す。
           憑依主(よりしろ)ごと殺されちゃあ、魔霊(シャイターン)にとっては堪ったものじゃない。
           魔霊(シャイターン)は魔晶核の形成を放棄して、とにかく生命を繋ぎ止めるために肉体を変化させる。

           出来上がるのは、異形の怪物――モンスター。
           これが大流行してね。
           獣や虫のモンスターから始まり、ついには人間を素体(ベース)にしたモンスターも造られるようになった。
           それがパピルサグや下級の獣人たち――戦闘奴隷、亜人間(デミヒューマン)さ。

クレハ:私たち一族には、異相・異形の者が数多くいる……
     人の世では土蜘蛛、鬼、妖怪と蔑まれ――影を渡って生きてきた。

レ・デュウヌの声:古代魔法王国の滅亡と同時に、多くの魔導生物が野生化した。
           一部は現代まで生き残り、一部は海を渡って島国に移住し、そこで人間との混血児を作っていた。

           懐かしいなあ。僕も結構な数のモンスターを造ったんだよ。
           もしかすると、君の先祖は僕の創作物かもね?

クレハ:お前は……神を気取るというのか!?
     私は、私たちはお前の玩具じゃない――!

レ・デュウヌの声:効かないなあ〜。

           殺されて産んで殺されて産んで……
           僕の蟲たちは、瞬く間に何世代も重ねた。
           そして神経毒に抵抗性のある蟲だけが生き残って繁殖した。

           君の蟲殺しの霧は、今じゃちょっと痺れるぐらいだよ。

クレハ:……!

    化け物……!

レ・デュウヌの声:酷いなあ。君だって化け物じゃないか。
           僕はモンスターを差別するつもりはちっとも無いよ。
           僕は人間を殺したし、モンスターも殺したし、同胞のネルビアンすら殺した。

           そう、全ては……あれ? なんだっけな?
           まあいいや。僕はこうして生きているんだし。

           さあ、君の体を戴こうか。

(蟲殺しの煙を突き破り、イナゴの群れがクレハの体に殺到)

クレハ:くあああっっ――!
     体に、イナゴがっ……入ってっ……

レ・デュウヌの声:耳、口、眼――
           一番先に脳味噌に辿り着くのは、どこから潜り込んだ蟲かな〜?

           ひひっ、ひひひ。

クレハ:お、お前が寄生する蟲のようにっ……!

     わ、私はお前の傀儡(くぐつ)になど、ならぬ――!
     私の命は、私のもの――!

(制御権を奪われて震える腕を叱咤し、クナイの切っ先を頸に向けて喉を貫く)

クレハ:ぐはっ……

    む、狢……鬼女郎……
    すまぬ……仇は、取れなかった……

    お、お頭様……
    本当に、あの御方を信じて間違いは……
    紅葉は第五殿下も……あの御方も信じられませぬ……

    お頭様……
    あね、さま……

    どうか……ご多幸を……

(イナゴの群れが人型を形作り、レ・デュウヌが姿を現す)

レ・デュウヌ:あーあ、死んじゃったか。
        いい肉人形になるかと思ったんだけどなあ〜。

        おや?

(月明かりの下、瓦礫の山に立つ人影を見上げるレ・デュウヌ)

レ・デュウヌ:これはこれはお姫様。ご機嫌はいかが?

イゾルデ:ええ、とってもいいわ。
      あの満月も、あの星々も、私の(てのひら)で輝く宝石。
      この果てしない夜空を――千年ぶりに取り戻す時がきた。

      私の名は真祖吸血鬼(ヴァンパイアロード)
      この夜を統べる、太陽の敵対者――



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