The 13th prince(プリンス・オブ・サーティーン)

第18話 血の追憶

★配役:♂3♀2両1=計6人

▼登場人物

モルドレッド=ブラックモア♂:

十六歳の聖騎士。
ブリタンゲイン五十四世の十三番目の子。
オルドネア聖教の枢機卿に「十三番目の騎士は王国に厄災をもたらす」と告げられた。
皇帝の子ながら、ただ一人『円卓の騎士』に叙されていない。

魔導具:【-救世十字架(ロンギヌス)-】
魔導系統:【-神聖魔法(キリエ・レイソン)-】

パーシヴァル=ブリタンゲイン♂
十七歳の宮廷魔導師。
ブリタンゲイン五十四世の十一番目の子。
『円卓の騎士』の一人で、陸軍魔導師団の一員。
お調子者の少年だが、宮廷魔導師だけあって知識量はかなりのもの。

魔導具:【-自在なる叡知(アヴァロン)-】
魔導系統:【-元素魔法(エレメンタル)-】

クレハ=ナイトミスト♀
二十四歳の侍女。大英円卓(ザ・ラウンド)の事務官も勤める。
大英帝国の植民地である倭島国(わじまこく)出身。
身分は二等国民で、純血のブリタンゲイン人である一等国民より、法律上の権利に制限を設けられている。

クレハ=ナイトミストは、倭島国の名をブリタンゲイン風の名に改めたもの。
本名は夜霧紅葉(よぎりもみじ)という。


真祖吸血鬼(ヴァンパイアロード)シモーネ♀

千年前に君臨した、大悪魔(ダイモーン)の一柱に数えられる、真祖吸血鬼(ヴァンパイアロード)
外見年齢は18歳前後。吸血鬼(ヴァンパイア)たちからは満月の君≠ニ崇められる。
元は吸血鬼(ヴァンパイア)の一人だったが、当時の真祖に見定められ、次代の真祖となった。

吸血鬼(ヴァンパイア)だった頃は、淑やかで慈愛に満ちた性格だったが、
真祖の魔因子を受け入れてからは冷酷で無慈悲な性格に変貌していき、後に歴史に名を刻む暴君と化した。


吸血鬼狩人(ヴァンパイアハンター)シリウス♂
吸血鬼を狩るハンターであり、自身も吸血鬼(ヴァンパイア)である。
オルドネアの使徒の一人、第五使徒シリウス。
外見年齢は20代後半。千年前の魔法王国時代を生きた古代人。

魔人(ゼノン)人間(アイン)のハーフだったが、シモーネによって命を救われ、半吸血鬼(ダンピール)となる。
後にシモーネが真祖になった際、彼女に忠誠を誓うシリウスも、純粋な魔人である吸血鬼(ヴァンパイア)に転生した。
しかし、次第に暴君と化していくシモーネから離れ、オルドネアの使徒としてかつての主人を討ち果たす。

※少年時代のシリウスも、一パートであります。
年齢は14〜16歳ぐらいなので、キャストを変えなくても大丈夫です(もちろん変えてもオッケーです)
それぐらいの少年をイメージして演じていただければ幸いです。


蠱蟲(こちゅう)(さなぎ)レ・デュウヌ両
『ハ・デスの生き霊』の幹部、逆十字(リバースクロス)の一人。
蟲を使役する蟲虫使い(ネルビアン)
千年前の魔法王国時代に滅亡した、古代人の生き残りであり、
その正体は、オルドネアの使徒の一人として活動した、第八使徒ヤコブ。

身体のあちこちに昆虫の部位を持った美少年。
感情豊かでよく笑うが、虫が人に擬態しているような不自然さを匂わせる。

古代人は完全な魔因子を持っていたとされる。
〈魔晶核〉も〈魔心臓〉も共に正常に形成され、優れた魔法を行使した。
長い時間が流れるあいだに、魔因子は毀損してしまい、
〈魔晶核〉か〈魔心臓〉の片方しか形成されない準魔因子となって残るのみとなった。

魔導具:???
魔導系統:【-蟲虫使役法(アヌバ・セクト)-】


以下はセリフ数が少ないため、被り役推奨です。


イゾルデ=ルティエンス♀
十八歳。トリスタンの実の妹。
ブリタンゲイン五十四世の十番目の子。
『円卓の騎士』の一人で、『帝国博物館』と『帝国美術館』の館長。
ただしほとんど名誉職で、実際の施設運営は館長代理に委ねられている。

ルティエンス家の遺伝病とも言われる、慢性壊血病を患っているが、
その原因は、高い魔力を産み出す代わりに赤血球を壊してしまう、吸血鬼特有の体質である。

真祖吸血鬼(ヴァンパイアロード)シモーネとの関わりが示唆されるが……?

※主要キャラですが、今回は二言のみ。シモーネ役との被りを推奨します。


※注意
・ルビの振ってある漢字は、ルビを読んでください。
・特定のルビのない漢字は、そのまま読んでください。

ひらひらのひらがなめがね
上記のサイトに、この台本のURLを入力すると、漢字に読みがなが振られます。
ただし、当て字でルビを振ってある漢字(例:救世十字架(ロンギヌス))にも、読みがなが振られてしまうので、カタカナで振られている文字を優先して読んでください。

□1/千年前〜闇夜の満月の下、古城の中庭で〜

シモーネ:久しぶりね、シリウス。
     私の可愛い(しもべ)……
     それとも、今はオルドネアの僕――第五使徒シリウスかしら?

シリウス:私はオルドネアの僕でも、貴女の僕でもない。
     真祖(しんそ)シモーネを討つためにやって来た……
     吸血鬼狩人(ヴァンパイアハンター)だ。

シモーネ:笑わせてくれるわ。
     私の授けてやった魔因子(まいんし)で私を討つと?

     お前を下等な人間から、半吸血鬼(ダンピール)に、そして吸血鬼(ヴァンパイア)にしてやったのは、
     このシモーネだというのに。

シリウス:貴女は変わってしまった……
     もはや私の敬愛したシモーネ様は、この世にいない……

     貴女の肉体を滅ぼすことが、私の最後の忠義だ。

シモーネ:ははははははは――!
     私はシモーネ、偉大なる真祖吸血鬼(ヴァンパイアロード)シモーネ。
     夜の一族の頂点に君臨する、永遠の夜の支配者満月の君=\―!

     吸血鬼(ヴァンパイア)ごときが、たった一人で、私を倒せると思い上がるな!

シリウス:他の誰にも討たせはせぬ――!

     シモーネ様の抜け殻と化した大悪魔(ダイモーン)よ!
     オルドネアの使徒シリウスが、貴様を討つ――!


□2/夜のバナト山中腹、滝の落ちる滝壺


パーシヴァル:うわー、凄い滝だね――!

クレハ:この滝が『ハ・デスの生き霊』に潜入していた間諜(かんちょう)が、最後に暗号を残して消えた場所です。

パーシヴァル:滝を前にして、消えた手掛かり――

モルドレッド:そうか――!

        謎は全て解けた。
        真実は、滝の裏にある――!

パーシヴァル:えー、なんか凄いベタじゃない?

モルドレッド:いいから自在なる叡知(アヴァロン)を飛ばせ、パーシヴァル。

パーシヴァル:はいよ。

        自在なる叡知(アヴァロン)起動(ブート)
        飛べ、〈紅蓮ノ山(ティルナ)〉、〈氷霜ノ山(ノーグ)〉。

モルドレッド:…………

        どうだ、パーシヴァル?

パーシヴァル:滝の裏側は……普通に岩だよ、モル。

クレハ:言いそびれてしまいましたが――
     滝の裏側は、情報戦略局によって既に調査済みです。

モルドレッド:どうして先にそれを言わなかったんだ……

クレハ:失礼いたしました。
     十三殿下があまりに自信満々でした故、水を差すのは不敬かと。

モルドレッド:敬意は有り難いが、俺は大恥を掻いたぞ……!

クレハ:誠に申し訳ございません。
     腹を詰めろと仰るならば、切腹いたしますが。

モルドレッド:いや、いい……

パーシヴァル:まあまあ。
        報告を聞くだけじゃなくて、まず自分で調査してみるのは大事だし。

        それに、この場所が怪しいのは確実なんだよね?

クレハ:左様にございます。
     しかし、いくら調査しても、一向に進展が見られぬとのこと。

パーシヴァル:ひょっとすると……
        物質世界からじゃ見えない仕掛けなのかも。

        モル。
        おいらが精神世界からアクセスしてその位置を光らせるから、
        光ったらその場所をロンギヌスで突き刺して。
       
モルドレッド:わかった。

パーシヴァル:んじゃ、始めるよ。

       自在なる叡知(アヴァロン)回収(リターン)
      〈紅蓮ノ山(ティルナ)〉〈氷霜ノ山(ノーグ)〉により魔力増幅……
       物質と精神の界面を歪ませ、精神世界(アストラル)の姿を、物質世界(マテリアル)に映し出せ――

クレハ:光った。
     滝壺の前の地面です。

モルドレッド:ここか……

        はっ――!

        ……何も起こらないぞ?

クレハ:いえ……滝です。
     滝の流れが細っていきます。

モルドレッド:滝が……枯れた……

パーシヴァル:トランスレベル下降……
         精神世界(アストラル)から物質世界(マテリアル)へ。
         着地……覚醒……

         ううん……
         どう、何か変化はあった?

モルドレッド:滝の流れが止まった。
        だがやはり、滝の裏には岩壁(がんぺき)があるだけだぞ。

クレハ:十一殿下、十三殿下。

     滝壺の底を――!

モルドレッド:洞窟の入り口……!

パーシヴァル:なるほど……
        滝が落ちてるあいだは、水飛沫で見えなかったけど、
        滝が枯れることで明らかになるんだね。

クレハ:滝壺の水も、徐々に引いていきます。
     しばらく経てば、歩いて下っていけそうです。

モルドレッド:いよいよだな……
        ワラキア公国の闇が見えてきた……!


□3/滝壺底の洞窟


パーシヴァル:沼地に漂う、彷徨(さまよ)える魂よ。篝火(かがりび)に集い、燃ゆる光源となれ。
         自律飛行水晶(じりつひこうすいしょう)散開せよ(スプレッドアウト)

         イグニス・ファトゥス――

クレハ:まるで鬼火の群れですね。

パーシヴァル:わかる?
        元々、精霊使い(シャーマン)たちの使う精霊魔法と、元素魔法って性質が近いんだ。
        だから、自在なる叡知(アヴァロン)に火の元素を灯して、ウィルオー・ウィスプを模した人工精霊が――

モルドレッド:どうでもいい。

パーシヴァル:話の腰を折るなよ、モル。
       モルには説明してないだろ。

モルドレッド:クレハさん、後の調査は俺たちがやる。
        貴女はもうログレスに帰って欲しい。

クレハ:ご心配なく。
     武芸には多少の心得がございます。

モルドレッド:相手は吸血鬼……古代人だ。
        多少では心許(こころもと)ない。

クレハ:武芸には多少の心得が――
    逃げ延びることには、確固たる自信がございます。

    殿下たちが倒されても、私は必ずログレスに帰還し、報を伝えます。
    どうぞご心配なさらず。

モルドレッド:大した自信じゃないか……

パーシヴァル:ねえ、ひょっとしてクレハさんって……サムライ?

クレハ:サムライではございません。
     代々武家に仕える里に生まれはしましたが――
     武士ではなく、穢多(えた)非人(ひにん)と呼ばれる被差別階級(ひさべつかいきゅう)の出身です。

モルドレッド:被差別階級……

クレハ:と言っても、本音と建て前が違うのは、倭島国(わじまこく)ではよくあること。
    穢多(えた)非人(ひにん)(さげす)まれながら、農民や町人よりも、豊かな暮らしをしておりました。
    祖父の代までは――

パーシヴァル:何かあったの?

クレハ:長きに渡る天下太平(てんかたいへい)の時代故……
    御武家様の台所事情が切迫したのでございます。
    となれば、真っ先に切られるのは、名のある家臣ではなく、名も無き我ら里の者。

    身分無き我らは、畑を耕すこともできず、町で働くこともできず。
    男は日雇い人夫(にんぷ)として、女は身売りで、糊口(ここう)を凌ぐ生活に落ちぶれました。

    そんな生活に堪えきれなくなった父は、夜盗を結成し、近隣の農村を襲うようになりました。
    そして藩主様に捕らえられ、打ち首となりました。二十二年前のことです。

モルドレッド:…………

クレハ:その後は、歴史の通りです。
    ブリタンゲインの黒船が来航し、倭島国の幕府と戦争になり……幕府は全面降伏いたしました。
    私たち身分のない者は、倭島国を捨て、移民としてブリタンゲインに渡りました。
    私が十四歳の頃……十年前の時でした。

モルドレッド:十四歳で祖国を離れたと……

クレハ:かつて大英円卓(ザ・ラウンド)で、二等国民の差別について議論がありましたが……
    私にとって、差別は、物心ついたときからついて回る影でございました。
    それは祖国倭島でも、ブリタンゲインでも変わりはしませぬ。

    ブリタンゲインでは二等国民と言われながらも、キャメロット城の事務官にお抱えいただいた。
    (ひるがえ)って、倭島国は、祖父母を(かえり)みず、父を奪った。
    故に私の心は、生まれ育った祖国よりも、ブリタンゲインにあるのです。

パーシヴァル:そうだったんだ……
       おいらてっきり、あのときクレハさんが言ったことは、
       ガウェイン兄さんやケイ兄さんへのおべっかだと思ってた……

クレハ:……私は、渡英した倭島人としては、幸福な部類に入るでしょう。
    けれども大多数の倭島人は、差別と貧困に喘いでいます。

    第四殿下の政策により、多くの二等国民が救われたのは、揺るぎがたい恩義……
    多くの同胞たちのためにも、真実を見極めたいのです。

モルドレッド:わかった……
       しかし、無理はしないでもらいたい。

クレハ:ありがとうございます。
    


□4/滝壺底の洞窟、大空洞


モルドレッド:大空洞(だいくうどう)に出たな。
       広い……あの滝の下にこんな空間があったとは……

クレハ:誰もいませんね。
    拉致された者たちが囚われていると思ったのですが。

パーシヴァル:それより、あちこちに置かれてる石棺(かんおけ)……
       おいら、イヤーな予感がするんだけど……

レ・デュウヌ:ようこそ、小蠅クンたち。
       君たちを招くつもりはなかったけれど、入ってきてしまったのなら歓迎しよう。

モルドレッド:誰だお前は――!

レ・デュウヌ:僕はレ・デュウヌ。蠱蟲の蛹レ・デュウヌ。
      『ハ・デスの生き霊』の幹部、逆十字(リバースクロス)の一人さ。

       さあ起きろ、半吸血鬼(ダンピール)たち。
       お客様のお出迎えだ――!

パーシヴァル:石棺(かんおけ)から続々と吸血鬼が出てきたよ!
       やっぱり、こうなると思ったんだ――!

モルドレッド:クレハさん、俺たちの後ろに――!

クレハ:その必要はございません。
    殿下、口元を押さえてくださいませ。

モルドレッド:煙幕……!?

パーシヴァル:すんごい臭い……
       何だよ、この臭い煙は……!
       目に染みるんだけど……!

モルドレッド:そうか、ニンニクだ……!

       見ろ、吸血鬼たちが悶え苦しんでいるぞ――!

クレハ:誅殺(ちゅうさつ)――!

(煙幕を切り裂いて銀光が疾り、半吸血鬼の心臓を貫く)

パーシヴァル:ごほっ、ごほっ……
       ひっどい臭いだった……

       吸血鬼たちは……?

クレハ:ご安心を。私が成敗いたしました。

モルドレッド:その武器は――?

クレハ:苦無(クナイ)にございます。
    刺突(しとつ)投擲(とうてき)、共に使える倭島の小刀(こがたな)と申しましょうか。

    そしてこれは特注の銀の苦無(クナイ)

レ・デュウヌ:吸血鬼の再生能力も、銀の武器の前では形無し。
       よく調べてあるね。

クレハ:『敵を知り、己を知れば、百戦危うからず』

    お覚悟を、レ・デュウヌ殿。

レ・デュウヌ:ははははっ。
       残念だけど、僕は吸血鬼じゃないから、ニンニクも銀の武器も何ともないよ。

モルドレッド:ならば、俺のロンギヌスで倒すのみだ。
        往くぞ――!

レ・デュウヌ:おっと、待って欲しいな。
        僕は手伝いを任されただけで、主役は別にいるんだよ。

モルドレッド:黙れ!
       『ハ・デスの生き霊』の一味なら、貴様も同罪だ!

レ・デュウヌ:ふふふ――

       君たちは不思議に思ったことはないかな。
       何故、ただの人間が半吸血鬼(ダンピール)になると魔法を使えるのか。
       そもそも吸血鬼の、あの特異な感染性とは何なのか――

モルドレッド:感染――?

レ・デュウヌ:そう、吸血鬼(ヴァンパイア)は、吸血鬼の魔因子を感染させるのさ。
       吸血鬼(ヴァンパイア)に血を吸われた者は、本来の魔因子が変質して半吸血鬼(ダンピール)となる。

       君たち人間の、魔心臓しか持たない不完全な魔因子でも、
       吸血鬼の牙を受けることで、魔晶核(ましょうかく)が形成され、独力で魔法を使えるようになる。

       ただし純血の吸血鬼と違って、体を霧に変えたり、血液さえあれば不死身に近い能力までは無くて、
       蝙蝠や狼に変身するのが精一杯。それと、吸血鬼の下僕になってしまう。

モルドレッド:それが半吸血鬼(ダンピール)ということか……

パーシヴァル:そういえば吸血鬼(ヴァンパイア)に血を吸われて、半吸血鬼(ダンピール)になるのは、魔因子を持った人間だけ。
        それも異性限定なんだ。同性や魔因子を持たない異性には、ただの吸血行為で終わる。

        そう考えると、伝染病の一種って言われると納得がいく。

レ・デュウヌ:吸血鬼(ヴァンパイア)に魔因子を感染させられた人間は、半吸血鬼(ダンピール)になる。
        だけど、半吸血鬼(ダンピール)には感染能力はない。
        だから全人類が、吸血鬼になってしまうことはなかった。

        と、ここで一つ気になってこないかい?
        吸血鬼(ヴァンパイア)は、どこから発生したのだろう――?

モルドレッド:貴様のお喋りに付き合うつもりはない。

パーシヴァル:おいら、ちょっと聞いてみたいかも……

モルドレッド:おいパーシヴァル!

レ・デュウヌ:今夜の主役のドレスアップが済むまで、時間潰しに昔話をしてあげよう。
        真祖吸血鬼(ヴァンパイアロード)シモーネと、第五使徒シリウスの、真実の伝承を――


□5/千年前〜ワラキア城の客室〜


少年シリウス:ここは……?

シモーネ:目を覚ましたかしら?

      私はシモーネ。ワラキア領の領主。
      魔霊(シャイターン)を身に宿し魔人(ゼノン)で、夜の一族の者。
      広く言われている、吸血鬼(ヴァンパイア)ね。

少年シリウス:吸血鬼(ヴァンパイア)……

        そうだ、突然、吸血鬼(ヴァンパイア)が襲ってきて……
        父さんは……? 母さん……? ミリア……?

        ううっ……
        はあ、はあ……

シモーネ:これをお飲みなさい。

少年シリウス:甘くて、美味しい……

         なんだろう、この赤い水……?

シモーネ:気持ちが鎮まったかしら。

      落ち着いて聞いて頂戴ね。
      貴方のお父様とお母様、妹さんは全員殺されたわ。

      生き残ったのは、貴方独り……

少年シリウス:そんな……!

シモーネ:もう一つ謝らなければならないことがあるの。

      発見された時、貴方は半死半生だった。
      お母様は人間(アイン)だったけれど、お父様は魔人(ゼノン)……
      貴方は半魔人(ハーフゼノン)……半分だけど、魔因子を持っていた……

少年シリウス:まさか……あなたは……!?
         それにさっき飲んだ赤い水は……!?

シモーネ:そう……貴方を半吸血鬼(ダンピール)にしたわ。

少年シリウス:何故そんなことを……!
         いくら魔人(ゼノン)と同じ魔法の力を手にしても、
         半吸血鬼(ダンピール)じゃ、あなたの(しもべ)じゃないか……!

シモーネ:ごめんなさい……

     私たち吸血鬼(ヴァンパイア)は、満月の君≠ノ魔因子を授かって転生した者。
     もちろん私たちは誇りを持って、夜の種族と名乗っているけれど……
     他の魔人(ゼノン)たちからは、伝染病の持ち主のように忌み嫌われている……

少年シリウス:吸血鬼(ヴァンパイア)が、無関係な魔人(ゼノン)人間(アイン)を殺したとなると、
        あなたたち種族全体の評判が、ますます悪くなる……
        だから僕だけは、何としても助けたかった。

        身勝手すぎる――!
        噂どおり、あなたたちは最低の化け物だ――!

シモーネ:返す言葉もないわ……
     満月の君≠焉A彼に吸血鬼(ヴァンパイア)の魔因子を分け与えたことを後悔していらっしゃる……

少年シリウス:……いいでしょう。
       その吸血鬼(ヴァンパイア)は、家族の仇は、僕が取る。
       そのために半吸血鬼(ダンピール)の生を受けたと思えば――

シモーネ:言いにくいのだけど……
      彼は既にこの世にいない……
      私たち夜の一族の手で、悪魔(アルコス)として始末されたの……

少年シリウス:そんな……
        じゃあ、僕は一体何のために生き延びたんだ……?

        永遠に服従を強いられる、奴隷の半吸血鬼(ダンピール)だなんて……

シモーネ:誓いましょう。決してあなたを束縛したりはしない。
      私に出来る限りのことで、惜しみない援助をすると……

      それが私の罪滅ぼしよ……


□6/千年前〜ワラキア城の中庭〜


シリウス:シモーネ様、紅茶が入りました。

シモーネ:ありがとう、シリウス。

      早いものね、貴方がここにきて三十年……
      あの頃は、まだ少年の面影を残していたのに。

シリウス:シモーネ様は、いつまでもお変わりなく。

シモーネ:吸血鬼(ヴァンパイア)は歳を取らない。
      魔人(ゼノン)吸血鬼(ヴァンパイア)に転生した段階で、肉体の老化は止まる。
      といっても、不死ではないのだけれども。

      シリウス。
      貴方が思っているより、あの時の私は子供だったのよ?

シリウス:シモーネ様……
      ひょっとすると貴女は生まれついての魔人(ゼノン)ではなく、元は人間(アイン)だったのですか?

シモーネ:そう、私は転生者……

      私は元々ワラキア家とは遠縁の生まれで、豊かだったけれど普通の人間(アイン)だった。
      けれど、本家に思いがけない不幸が重なって、ワラキア家の当主を任されることになった。

      ワラキア家は、魔人(ゼノン)の家系。
      だから、私も魔霊(シャイターン)を受け入れ、魔人(ゼノン)に転生する試練を受けたの。

シリウス:そうして受け入れた魔霊(シャイターン)が、夜の一族のもの。
      吸血鬼(ヴァンパイア)の魔因子だったのですね。

シモーネ:貴方は私を何百年も生きている吸血鬼(ヴァンパイア)だと思ったのでしょうけど、
      本当はまだ転生して十年にも満たない、吸血鬼(ヴァンパイア)としては、若輩者(じゃくはいもの)だったのよ。

      あの頃、私はワラキアの領主になったばかりで……とても孤独だった。
      貴方の後見人(こうけんにん)になったのも、そんな時だったの。

シリウス:あの折は、大変申し訳ありませんでした。
     あれほど気に掛けてくださったのに、私は反抗してばかりで……

シモーネ:そうね。沢山困らされたけど、楽しかったわ。
     まるで弟が出来たみたいで。

     私は変わらないけれど、貴方は緩やかに成長していった……
     今ではどう見ても、私が貴方の妹ね。

シリウス:いずれは私の子供、孫のように思われるでしょう。

シモーネ:そうね。それも面白そうね。

      きっと、そうなるわ……

シリウス:シモーネ様……

     選ばれたのですね……
     貴女が……

シモーネ:ええ。

      私は満月の君≠フ新しい器……
      彼の魔因子を受け入れ、次代の真祖吸血鬼(ヴァンパイアロード)となる――

シリウス:夜の一族の頂点に立ち、大陸でも指折りの魔法の使い手となる。
      その喜びはないのですか?

シモーネ:そうね……無いと言えば嘘になるわ。

      でも、私は、何時役目を終えるのかしら?
      今の満月の君≠ェ、どれほど昔から君臨していたのかもわからないのよ。
      五百年? 千年? それ以上?
      悠久の時を生き続けるというのは、どれほどの孤独なの――?

シリウス:シモーネ様……

シモーネ:私を知っている人は、皆死んでいくわ……
      シリウス、貴方も……

      吸血鬼(ヴァンパイア)半吸血鬼(ダンピール)ですら、これほど寿命が違うのだから、
     真祖(しんそ)にとっては、瞬くほどの命でしかないでしょう。

シリウス:シモーネ様……
      貴女が次代の真祖(しんそ)に選ばれたなら、告げようと考えておりました。

      私を――吸血鬼(ヴァンパイア)にしてください。
      真祖の力ならば、半吸血鬼(ダンピール)吸血鬼(ヴァンパイア)に変えられるでしょう。
      貴女が人間(アイン)から魔人(ゼノン)になったように。

シモーネ:正気なの、シリウス――?

      魔霊(シャイターン)の受け入れに失敗すれば、成り損ない≠ノなるわ。
      もし転生に成功しても、魔の衝動に駆られてしまえば、悪魔(アルコス)として殺される……

シリウス:この命は、貴女に拾っていただいたもの。
      今更惜しくはありません。

      貴女が転生者ならば、私も同じ試練を受け入れ、転生を果たしましょう。
      貴女と少しでも長く歩める、吸血鬼(ヴァンパイア)に――


□7/千年前〜ワラキア城の執務室〜


シリウス:シモーネ様――!

     これはどういうことです――!?

シモーネ:あら、わからないかしら?
      ホビットたちの国を支配下に置いたのよ。

      あのおチビさんたちは、一人残らず半吸血鬼(ダンピール)になった。
      私の(しもべ)(しもべ)。即ちこの私、シモーネの奴隷。

シリウス:何故こんなことを……

      貴女は吸血鬼(ヴァンパイア)魔人(ゼノン)の一種族として認められるよう、
      他の種族たちとの和睦(わぼく)に、身を尽くしてきたはずだ――!

シモーネ:バカね、シリウス。

      全ては、私の眷属(けんぞく)――吸血鬼(ヴァンパイア)を増やすまでの時間稼ぎ。
      何百年もの月日を費やし、手駒となる吸血鬼(ヴァンパイア)は揃った。
      今こそ、夜の一族が、この世界を支配するのよ。

シリウス:シモーネ様……
     貴女は何を仰っているのですか……?

     私はそんなことに荷担(かたん)するつもりはありません――!

シモーネ:口答えするつもりなの、シリウス。
      役立たずの(しもべ)は、この場で……

      くっ、ううっ……

シリウス:シモーネ様――!?

シモーネ:シリウス……私はおかしいの……

      言い知れぬ怒りと野心、征服の欲望が熱病のように私に取り憑いて離れない……
      それとは逆に、好きだった園芸(ガーデニング)や宝飾品集めに、何の楽しみも感じないの……

      私の好きだったもの、愛したものが、私の心から消えていく……
      私が私じゃなくなっていくみたい……

シリウス:まさかシモーネ様……
      貴女は魔因子に精神を冒されて……

シモーネ:シリウス……お願いよ……
      もしも私が悪魔(アルコス)……いいえ、大悪魔(ダイモーン)になったら――貴方が私を殺して。

      私が、貴方を殺してしまう前に――


□8/滝壺底の洞窟、大空洞


パーシヴァル:どういうこと――?
         悪魔(アルコス)大悪魔(ダイモーン)って、冥府から現れる邪悪な霊のことじゃないの?

モルドレッド:そしてオルドネア聖教では、その邪霊(じゃれい)に肉体を乗っ取られ、怪物と化したものを悪魔(あくま)と総称している……

レ・デュウヌ:君たちが悪魔(アルコス)大悪魔(ダイモーン)と呼んでいる霊体は、古代では魔霊(シャイターン)と呼んでいてね。

        その魔霊(シャイターン)を宿した人間……魔人(ゼノン)こそ、君たちが古代人と呼んでいる種族のことだよ。

パーシヴァル:おいらたちの魔因子は、古代人から伝わったもの……

モルドレッド:つまり俺たちは、悪魔(あくま)の血を引く人間というのか――!?

レ・デュウヌ:おいおい、誤解しないでくれよ?
        魔霊(シャイターン)は、ただの魔因子の塊。
        それ自体は善でも悪でもない。そもそも意思がない。
        生物と同じように自己増殖を目的としているけどね。

        魔霊(シャイターン)のもたらす魔法(ちから)の衝動に駆られ、罪を犯した魔人(ゼノン)悪魔(アルコス)
        魔霊(シャイターン)を感染・召喚する罪を犯し、生態系を乗っ取ろうとした悪魔(アルコス)を、特に大悪魔(ダイモーン)と呼んだ。

        悪魔(アルコス)大悪魔(ダイモーン)というのは、古代の罪人の呼称だったんだよ。

モルドレッド:それじゃあ、俺たちの時代に伝わっている伝承の数々は――

レ・デュウヌ:あははは。笑っちゃったよ。
        悪魔(アルコス)大悪魔(ダイモーン)が、得体の知れない化け物になっててさ。
        退治する側も、退治される側も、同じ魔人(ゼノン)だっていうのにね。

        さあて、ご静聴ご静聴。
        物語はクライマックスだ。


□9/千年前〜古城での決闘の後〜



シモーネ:ぐあああ……

     おのれ、シリウス……

シリウス:終わりだ……
     永遠に眠れ、満月の君=c…

シモーネ:くっ、くくく……

     真祖は滅ばぬ……
     私は、私の蒔いた魔因子の一つに目覚めよう……
     真祖吸血鬼(ヴァンパイアロード)は、再びこの世に君臨せん……

     あり、がとう……シリ、ウス……

シリウス:シモーネ様……

ヤコブ:シリウス、無事だったかい?

シリウス:ああ……

ヤコブ:そうか。

    じゃあ――

(銀光が閃き、シリウスの胸に、銀のナイフが突き刺さる)

シリウス:ぐあああっ……

     何をする……貴様……!
     私は、お前と同じオルドネアの使徒……

ヤコブ:へえ――シリウスが生前に予想していた通りだ。
    『満月の君≠ヘ、必ず私の中に復活するだろう』。

    眷属たちの魔因子を掻き集めて復活するのは大変だけど、
    決闘の最中だったら、真祖の膨大な魔因子を移し替えるのだって造作もない。
    何せ二人とも、血塗れだからね。

    おまけにシリウスはオルドネアの使徒だから、疑われることもないだろう。

シリウス:私が罠に嵌められたというのか……!
     この私、満月の君≠ェ……!

     だが、私の肉体を一つ滅ぼしたところで、私は決して――

ヤコブ:そう、だから策を練ったのさ。
    シリウスと、ジュダは――

    君の復活は叶わないよ、満月の君=\―


□10/滝壺底の洞窟


レ・デュウヌ:満月の君≠ニいうのは、何千年もの昔、強大な魔霊(シャイターン)を呼び出した吸血鬼(ヴァンパイア)たちの始祖。
        悠久の時間を生きた彼の魔因子は、いつしか彼自身の精神を宿す媒体となり――感染する性質を備えた。

        彼自身はとっくに死んでるんだけど、彼の魔因子は、眷属たちの中に潜み続け――
        寄り集まって、彼の人格を形成しようとするんだ。亡霊のようにね。

クレハ:つまり真祖吸血鬼(ヴァンパイアロード)を滅ぼすことはできないと――?

レ・デュウヌ:その通り。だからシリウスは一計を案じた。
        不滅の真祖を、自らの肉体に宿し、自分自身を封印すると――

モルドレッド:そうか――!
        あのミイラは、やはり使徒シリウスだったのか……!

パーシヴァル:じゃあ、シリウスゲートじゃなくて、シモーネゲートって呼ばれてる理由は?

レ・デュウヌ:さあ?

        悪名高いシモーネの名を冠しておけば、誰かが石棺(ひつぎ)を暴いて、
       満月の君≠解放してしまうことも防げるだろうし――

        あるいは単に、シモーネの名を残したかったのかもしれないね。
        たとえどのような形であれ――敬愛した主人の名を。

クレハ:先程からずっと気になっていた。
     貴方の口振り――
     まるで見てきたような話し方をする。

レ・デュウヌ:それはそうさ。
        僕はその場にいたんだから――

イゾルデの声:ヤコブ様――
        ヤコブ様――

(大空洞の小道から、人影が現れる)

モルドレッド:イゾルデ――!?

        何故こんなところに……
        しかもその格好は……

パーシヴァル:裸だよ、モル!

        でもこの臭い……
        あの赤い液体は……

クレハ:血、です……
     まるで血の池に浸かっていたかのように……
     全身が血に塗れている……!

イゾルデ:ヤコブ様、モルドレッドたちに説明はしてくださいました?

レ・デュウヌ:ああ、ごめんねイゾルデ。
        本題に入る前に、つい昔話が長くなってしまったよ。

モルドレッド:ちょっと待て……
        ヤコブというのは……!?

レ・デュウヌ:僕は、第八使徒ヤコブ――オルドネアの使徒の一人。
        昔、そんな風に名乗っていたこともあった。
       
        同時に『ハ・デスの生き霊』の幹部でもある。
        レ・デュウヌでもヤコブでも、好きな方で呼んでくれ。



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