第15話 蟲の策動、策士の遊戯盤
★配役:♂3♀2両1=計6人
▼登場人物
トリスタン=ルティエンス♂:
二十九歳の弓騎士。『黄昏の貴公子』の異名を持つ。
ブリタンゲイン五十四世の四番目の子。
『円卓の騎士』の一人で、『陸軍弓兵師団』の団長。
母は、ルティエンス公爵の一人娘オリヴィア。
皇帝は類い希な美貌を持つオリヴィアを気に入り側室に迎えたが、
娘イゾルデを生んだ三年後、オリヴィアは若くして亡くなった。
祖父の公爵亡き後、皇位継承権は自ら放棄し、ルティエンス公爵家を継いだ。
裏の顔は『ハ・デスの生き霊』の幹部
古代人の一派、夜魔一族の血を引いている。
完全な魔因子を持っており、魔導具無しでも魔法を使える。
額には魔晶核があるが、人前では目立つため、人間時には隠している。
魔導具:【-
魔導系統:【-
イゾルデ=ルティエンス♀
十八歳。トリスタンの実の妹。
ブリタンゲイン五十四世の十番目の子。
『円卓の騎士』の一人で、『帝国博物館』と『帝国美術館』の館長。
ただしほとんど名誉職で、実際の施設運営は館長代理に委ねられている。
ルティエンス家の遺伝病とも言われる、慢性壊血病を患っている。
イゾルデは特に症状が重く、重度の貧血で、幼少時から寝たきりの生活が続いていた。
美男美女で知られるルティエンス家でも、イゾルデの美しさは絶世であると名高い。
病弱な身でありながら求婚が絶えないが、イゾルデ本人は当惑している。
ケイ=ブリタンゲイン♂
二十八歳の財務長官。通称は『帝国国庫番』。
ブリタンゲイン五十四世の五番目の子。
『円卓の騎士』の一人で、『情報戦略局』の局長。
また、政府内閣の財務長官も兼任している。
皇位継承権は、第三位。
ケイの支持層は、近年台頭してきた商業組合。
守旧派の教会・貴族からは反発を招いている。
ガウェイン=ブリタンゲイン♂
三十七歳の機操騎士。『大英帝国の要塞』の異称を持つ。
ブリタンゲイン五十四世の一番目の子。
『円卓の騎士』の一人で、ブリタンゲイン陸軍元帥。
自身も優れた搭乗型魔導具『魔導装機』の乗り手であり、数多くの武勇伝を打ち立てている。
第一皇子であり、皇位継承権第一位。
しかし寵姫ラグネルの子であるため、側室の子であることを問題とする勢力もある。
年齢不詳。倭島国の間諜『影渡り』。
ケイ配下の『情報戦略局・百鬼衆』を束ねる首領。
羅刹の面で顔を隠す、黒髪の女。
『ハ・デスの生き霊』の幹部、
蟲を使役する
千年前の魔法王国時代に滅亡した、古代人の生き残り。
身体のあちこちに昆虫の部位を持った美少年。
感情豊かでよく笑うが、虫が人に擬態しているような不自然さを匂わせる。
古代人は完全な魔因子を持っていたとされる。
〈魔晶核〉も〈魔心臓〉も共に正常に形成され、優れた魔法を行使した。
長い時間が流れるあいだに、魔因子は毀損してしまい、
〈魔晶核〉か〈魔心臓〉の片方しか形成されない準魔因子となって残るのみとなった。
魔導具:???
魔導系統:【-
以下は被り役推奨です。
影渡りA♂
(二言のみ)
※注意
・ルビの振ってある漢字は、ルビを読んでください。
・特定のルビのない漢字は、そのまま読んでください。
□1/明け方、ワラキア公国ルティエンス公爵家正門
トリスタン:遠征に出てから二週間と少し。
実感ほど、長く離れていたわけではないのですね。
ルティエンス公爵邸……
私の
トリスタン:只今戻りました。
イゾルデ:お帰りなさいませ、お兄様。
トリスタン:イゾルデ。
早起きですね。
イゾルデ:えへへ……
昨晩から、ずっと起きておりました。
トリスタン:ルティエンス家は夜型ですからね。
私も夜はつい長く起きてしまいます。
イゾルデ:朝食の準備が出来ております。
一緒にいただきましょう、お兄様。
□2/ルティエンス公爵邸、広間
トリスタン:……驚きました。
毎朝これだけの料理を?
イゾルデ:フランスパンに、牛レバーのペースト。
サーロインステーキ。ドライフルーツ。
どれも血を補う食事だと、お医者様にうかがいました。
お兄様、お身体が弱いのに、いつもお仕事頑張っていらっしゃいますから。
トリスタン:私が留守の間にも、毎日食事を用意していたのですか?
イゾルデ:はい。
いつお兄様が戻ってこられてもいいように、
ジェーンさんにお願いして――
トリスタン:イゾルデ、気持ちは嬉しいのですが……
食べ物が無駄になってしまうことは残念に思います。
昨年にも、ブリタンゲインに食糧危機があったばかりではないですか。
イゾルデ:ごめんなさい……
トリスタン:しかし、帰宅して温かな食事に出迎えられたことは嬉しい。
ありがとう。お前の優しい気遣い、感謝します。
イゾルデ:お兄様……はいっ!
トリスタン:…………
イゾルデ、お前はいただかないのですか?
イゾルデ:ふふっ。
なんだかお兄様のお顔を見ただけで、胸が一杯になってしまいました。
トリスタン:いけませんよ、しっかり食べなくては。
私などよりも、お前はずっと身体が弱いのですから。
大事にしなくては。
イゾルデ:私、最近はずっと調子がいいのです。
お屋敷の中だけですけれど、ベッドから起きて歩けるのです。
お兄様が見つけてきて下さった、あの赤いお粉の薬のお陰です。
トリスタン:…………
イゾルデ:
私は、お兄様の
私さえいなければ、皇位継承権を放棄されることもなかったでしょうに……
トリスタン:イゾルデ、お前は思い違いをしています。
私は、ブリタンゲインの皇位などに興味はありません。
祖父と母の遺したワラキア公国を守って、静かに暮らしていくのが私の本願です。
そしてお前は、この世に唯一残った肉親、かけがえのない妹です。
足枷などではありません。自分を
イゾルデ:お兄様……
あっ――……
トリスタン:イゾルデっ、どうしました!?
イゾルデ:ごめんなさい。貧血ではありません。
最近、少し寝不足で……
トリスタン:眠れないのですか?
イゾルデ:……怖い夢を見るのです。
私が恐ろしい怪物に変わって、お兄様やお母様、
パーシヴァルやベディエアを襲って血を
ああ……私……
トリスタン:安心しなさい。ただの夢です。
私はここにいます。お前はどこも変わっていません。
イゾルデ:はい、お兄様……
トリスタン:疲れが出てしまったのでしょう。
少し休みなさい。歩けますか?
イゾルデ:私……
トリスタン:構いませんよ。
お前は軽いですから、抱きかかえるのに苦労は要りません。
イゾルデ:きゃっ。
えへへっ……お兄様。
トリスタン:どうかしましたか?
イゾルデ:お兄様が私のお兄様で、とても幸せです。
私は、お兄様の妹に生まれたことを、光栄に思います。
□3/昼下がり、帝都西区ケイ財務長官邸宅
ケイ:兄上。
軍事演習でお疲れのところを、すみませんな。
ガウェイン:何の。
訓練後の酒盛りがフイになっただけだ。
ケイ:一服いかがいかがですか。
ガウェイン:葉巻か。お前の
ケイ:失礼。禁煙中でしたか。
ガウェイン:いや、もらおう。
フゥゥ――……
久々の葉巻は美味い。
魔力を行使した直後には、格別だな。
ケイ:結婚とは、不自由なものですな。
ガウェイン:結婚はいいぞ。
十四、五の頃、隠れて吸った煙草の味を、四十前になっても楽しめる。
ケイ:
ガウェイン:静かだな。
ケイ:使用人を解雇した屋敷の内情です。
ガウェイン:不便であろう。
ケイ:慣れますよ。
それに財産や機密を
ガウェイン:一年前、お前の屋敷で密談を盗み聞きしたメイドか。
ケイ:そう、昨年は災難でした。
天候に恵まれ、豊作が予想されていたところに、イナゴの大発生。
小麦を始めとして、あらゆる作物が高騰した。
ブリタンゲイン食糧危機。
ガウェイン:地方の農場は壊滅。
小麦は
ケイ:市場価格の高騰は、悪いことばかりではありません。
現物は、高く売れるところで集まってくる。
需要が供給を呼ぶのですよ。
ガウェイン:
小麦の在庫を持つ奴らは、明らかにブリタンゲインへの輸出を制限していた。
帝国の強欲商人どもとつるみ、小麦を高く売りつけるためだ。
何故、
強欲商人どもに「これ以上の価格高騰は許さん」と強固な姿勢を示してやればよかったのだ。
ケイ:価格統制をしたとしましょう。
農民や商人は、わざわざそんな安い価格で、国に引き渡しますか。
無論、ベルリッヒ連邦やパリス共和国とて同じです。
彼らは備蓄を隠し、代わりにヤミ市場で流すでしょう。
国内に、表の市場とヤミの市場、二つの市場が出来てしまう。
ヤミ市場の
価格統制は非合理なのですよ。
ガウェイン:ヤミ市場など、取り締まればよかろう。
お前の市場放任が、買い占めや投機目的の輩を増やし、小麦の更なる高騰を招いたと騒がれたぞ。
ケイ:ふう……
ともかく小麦価格は、留まるところを知らずに高値を更新していった。
しかし同時に、高騰した市場価格を目当てに、大陸中から小麦が集まってきた。
あとは高止まりした価格を、積み上がった小麦をどう売り崩すかでした。
ガウェイン:国庫の食糧備蓄が尽きると噂され、小麦が市場最高値をつけた翌日。
帝国は、小麦五十万トンを
暴騰した小麦相場に冷水を浴びせる形となり、価格は落ち着きを取り戻す。
そのさらに一週間後、植民地からの穀物輸入船が到着。
ブリタンゲイン食糧危機の不安は払拭され、小麦の価格は平年並みに下落した。
ケイ:フフフ。
あの払い下げは、
倉庫には、五十万トンもの小麦などなかった。
輸入船のコンテナも、少量の米とジャガイモが入っているだけだった。
貴族の資金援助を頼りに買い占めをした投機家は、暴落で小麦を投げ売りしていった。
そこを帝国は秘密裏に市場で買い集め、約束通り
まあ自転車操業ですな。
帝国と
ガウェイン:それを屋敷のメイドに聞かれてしまったのだな。
ケイ:ええ。
我々王族の話は、決して盗み聞きはしてはならんと言い含めてあったのですが、
食糧危機ということもあり、好奇心が勝ってしまったのでしょうな。
ガウェイン:そのメイドはどうした?
ケイ:元気に帝都で暮らしていますよ。
ガウェイン:市中に野放しにしたのか。
国家の機密を知った一般人を。
羅刹女:――ご安心なされよ。
ポーラ=モートンには、我ら
万に一つも機密が漏れることは無い。
ガウェイン:何者だ、貴様。
ケイ:兄上、そう殺気立たずに。
彼女は、先ほどからおりましたぞ。
兄上が応接間に入った、その時から。
ガウェイン:馬鹿な……!
こんな異様な風体の女など、気付かんはずがない。
ケイ:ところが事実、兄上は気付かなかった。
羅刹女:人には六の感覚がある。
我ら『
即ち気配を殺す。
ケイ:兄上が彼女に気付くかどうか、密かに賭けていましたが。
いやいや残念。
『大英帝国の要塞』の名も高い、帝国最強の騎士も、つい見落としてしまいましたか。
ガウェイン:ケイ、
羅刹女:情報戦略局『百鬼衆』が
羅刹女。お見知りおきを。
ガウェイン:……どういう風の吹き回しだ。
あれほど隠し通していた子飼いの
ケイ:実は、兄上に内密の話がありまして。
羅刹女を見せたのは、私の手札を開示したようなもの。
兄上への誠意の証であると、思っていただきたい。
ガウェイン:……また
ケイ:聞かずに帰りますか?
ガウェイン:……聞かせろ。
□4/夕暮れ、ルティエンス公爵邸庭園
トリスタン:夕焼けの太陽……
まるで血のように赤い……
空を、草原を、人を……血の色に染めていく。
イゾルデ:お兄様――! お兄様……!
どこにいらっしゃるのですか……!
トリスタン:イゾルデ?
イゾルデ:お兄様……!
ああ、よかった……
お兄様がどこかへいってしまわれたのかと思って。
っう……!
トリスタン:イゾルデ、駄目ではないですか。
日傘も差さずに外に出るなど。
お前の白い肌が、日に焼けてしまっている。
イゾルデ:昔、まだ幼かった頃。
お祖父様とお母様と、一緒に帝都に出掛けましたよね。
あの頃は、私も太陽の下を歩けていました。
今は、夕日の光も浴びられない……
トリスタン:今は症状が一時的に悪くなっているだけです。
すぐに良くなります。
現に兄である私が太陽の下を歩けるのですから。
イゾルデ:夜になれば一時的に元気になっても、
朝になったときの症状や貧血は、前よりも酷くなっている。
まるで、亡くなる前のお母様と同じ……
お兄様――
私はもう長くないのでしょう……?
トリスタン:イゾルデ……
イゾルデ:もしも私が死んだら、私の髪を遺していただけませんか。
一八年間伸ばしたこの銀の髪だけが、私の唯一誇れるものなのです。
トリスタン:何を馬鹿なことを……
お前は夕日に焼かれて、気弱になっているのです。
夜空の月と星々を見れば、気持ちも明るくなります。
屋敷に戻っていなさい。
イゾルデ:はい……
トリスタン:…………
イゾルデ……
レ・デュウヌ:へえ、冷酷非情な
とてもザーンの街で
トリスタン:貴様は――
レ・デュウヌ:やあ、クドラク。
しばらくぶりだね。元気にしてた?
トリスタン:……蟲。
レ・デュウヌ:酷いなあ。
僕はレ・デュウヌ。
僕のことは、通称か名前で呼んで欲しいんだけど?
トリスタン:何の用だ、蟲。
レ・デュウヌ:ふうん。
ま、別にいいけどね。
トリスタン:用があるならさっさと話せ。
貴様の顔、振る舞い、物言い。
全てが気色悪い。
レ・デュウヌ:へえ、言ってくれるね。
憎まれ口を叩くのが君の挨拶?
おいで、イヴィルマイト。
たっぷり血を吸いな。
(レ・デュウヌの手の平が泡立ち、無数の大型ダニが発生)
トリスタン:…………
レ・デュウヌ:身体を霧に――?
あーあ、全部死んじゃった。
トリスタン:ダニを移すな、蟲が。
貴様のペットは、その醜悪な身体に飼っておけ。
レ・デュウヌ:
血を吸う同士、お似合いだと思ったけどな。
残念、残念。
トリスタン:ふざけた真似をしていると――殺すぞ。
レ・デュウヌ:あははは、冗談言うなよ。
殺してやりたいのは、僕の方なんだからさぁ。
トリスタン:――っ!?
レ・デュウヌ:マンティスサイズ。
霧に化す前、実体を保っているときに喉を切り裂いたら、吸血鬼も死ぬのかな?
トリスタン:……くっ。
レ・デュウヌ:なーんてね。冗談だよ、冗談。
君の悪口への、ちょっとしたお返しさ。
トリスタン:…………
用を話せ。俺と戯れに来たわけではないだろう。
レ・デュウヌ:ははっ、そんなに僕が嫌い?
別に嫌いなのはいいけど、露骨に表すなよ。
むかつくから。
ザーンの街、アンドレアルゲート。
復活した使徒アンドレアルを帝国軍にぶつけて、帝国を消耗させる。
帝国軍が勝つにせよ、アンドレアルが勝つにせよ、
アンドレアルを生かしておけば、再びゲートを封印されてしまう。
それが君の仕事だったよね、クドラク?
トリスタン:…………
レ・デュウヌ:あーあ、残念だよ。
『ハ・デスの生き霊』の悲願であるゲートの解放はもちろん、
帝国と獣人族に戦争の火種を撒いて、国内に内乱を起こせたかもしれなかったのに。
トリスタン:貴様は俺に嫌味を言うためにわざわざやってきたのか?
レ・デュウヌ:まさかまさか。
妹思いの君のために骨を折ってあげようと思ってね。
僕と同じように、君も完全な
僕たちは、いわば遠い同族。助け合うのは当然だろう?
トリスタン:…………
レ・デュウヌ:イゾルデの吸血鬼化は、予想以上の早さだ。
あの様子だと、相当ゲートの力に
このままだと近いうちに彼女は死ぬよ。
トリスタン:…………
レ・デュウヌ:覚悟を決めなよ、クドラク。
いい人でいようと中途半端な態度でいると、本当に大切な人を失っちゃうよ?
トリスタン:私は……
レ・デュウヌ:大丈夫さ、心配は要らないよ。
僕が力を貸してあげる。
いにしえの魔法王国時代を生きた、古代人がね――
□5/夜、帝都西区ケイ財務長官邸宅
ケイ:
羅刹女:断る。
ケイ:君は賭けに負けただろう。
火を入れたまえ。
羅刹女:…………
我ら百鬼衆は、
ゆめゆめ履き違え無きよう。
ケイ:フゥ――……
葉巻も悪くないが、この
見たまえ。
羅刹女:…………
ケイ:簡単なことだよ。
兄上には、知らぬものは見えんのだ。
だから、私が幾度となく説明した市場原理を未だに理解出来ん。
羅刹女:私にも理解し
ケイ:考えてみたまえ。
君は仕入れた商品が値上がりしたら、公権力に安い値段で買い叩かれる国で商売をしたいと思うかね。
羅刹女:成る程……
召し上げは、商活動の衰退に繋がると。
『価格とは、国境を越えた売り買いの末、適正だと落ち着いたもの。
いわば大陸全土の市場参加者の合意と言ってもいい。
そこに帝国一個が「不当だ」と異を唱えても、誰が納得する』
――か。
ケイ:ほう、よく覚えていたな。
もう一つ、私が市場取引を重要視している理由がある。
君にはわかるかね?
羅刹女:……
帝国がベルリッヒ連邦やパリス共和国に、食糧輸出を要請する。
其れは、国家間の交渉事。何らかの権益を要求されるのは
仮に善意の協力を得られたとしても、其れは貸しを作ることになり、今後の譲歩を迫られる弱味を残す。
……よろしいか?
ケイ:
厄介なのは、帝国が現在どれほどの
私はこれを最も
万一の事態だが、帝国が弱っていると見て、戦争を仕掛けてこないとも限らん。
その点、市場に任せておけば、帝国の商人と外国の商人、商人同士のやり取りだ。
トラブルがあろうと、商人同士の揉め事。国際問題には発展しない。
帝国は、国内の
市場とは、国家間の
羅刹女:しかし……
それは価格高騰や国家防衛を含めたあらゆる負担を、国民に直接
貧しい者ほど、食費の高騰による負担を強く受けよう。
国家による負担の引き受けと分散の主張があっても然るべきかと。
ケイ:フフフ、議論上手になってきたな。
羅刹女:お褒めに
其れで、御身はどうお考えになられる。
ケイ:詳しい背景を知った上での発言ならば、それも一つの考えだ。
私とは考えが違うが、その意見は尊重しよう。
羅刹女:有り難き幸せ。
言葉の手合わせは、御身の敗走でよろしいか。
ケイ:では君に聞こう。
国家による負担の引き受けと分散。
それで、具体的にどのような政策を採る?
羅刹女:それは……
ケイ:どうしたのかね。
言葉のちゃんばらごっこは出来ても、政策討論は出来んのか。
羅刹女:…………
ケイ:一つは、兄上の言った価格を統制するもの。
一定以上の価格変動を、国家の権限で強制ストップさせる、市場統制型。
国家も市場取引に参加し、小麦を売って価格を下落させる市場介入型。
あるいは、国民が食品購入に要した費用を補助する税制もある。
王制を廃したパリス共和国では、国民一人一人が国に納税をするという。
パリスなら、国が国民を直接補助する政策も採れるだろう。
貴族や聖職者など、特権階級が領民を支配するブリタンゲイン、封建制度の帝国では難しいがね。
羅刹女:…………
ケイ:まだまだ具体的な知識が足りんな。
それぞれの政策のメリット、デメリットは宿題だ。
君自身で調べたまえ。
羅刹女:……御意。
ケイ:私は負けず嫌いなのだよ。
挑発するなら、徹底的に反論させてもらう。
――とはいえ、君は大したものだ。
『円卓の騎士』の大多数はそこまで理解が及んでおらん。
凶作で高騰したものに対し、「強欲商人や外国の陰謀」と大真面目に
可哀相だから貧乏人に金をばら撒け、財源は知らんという偽善者の集まりだ。
多少なりとも話が通じたのは、ランスロットぐらいだったか。
羅刹女:…………
ガウェインは御身の提案に賛同するであろうか。
ケイ:賛同するだろう。
兄上は軍事以外の道理に暗いが、自分が愚かであることを自覚している程度には賢明だ。
羅刹女:血を分けた肉親すら見下げるか。
御身の鼻は、何処まで高い。
ブリタンゲイン人が我らを黄色い猿と
ブリタンゲインは、まさに天狗の国よ。
ケイ:私はブリタンゲイン人の兄上よりも、倭島人の君を高く評価しているよ。
私は賢い者が好きで、馬鹿者や夢想家は嫌いだ。肌の色の違いにこだわりはない。
ところで鼻が高いとは、私がハンサムと言いたいのかね?
フフフ。
羅刹女:…………
ケイ:フゥ――……煙草が切れたな。
この
替えの
羅刹女:御身はどれだけ煙草を吸えば気が済む。
目鼻が痛いほどの煙だ。肺を害す。
ケイ:次の賭けで私に勝つことだね。
頑張って私から煙草を取り上げてみたまえ。
羅刹女:…………
ケイ:そうそう。
これから君たちには、大いに働いてもらわねばならん。
ポーラ=モートンの監視につけていた『影渡り』を戻したまえ。
羅刹女:河童。
影渡りA:はっ、此処に。
羅刹女:
只今よりポーラ=モートンの監視の任より解かん。
その際――ポーラの始末を忘れる事なかれ。
影渡りA:御意――
然らば御免。
ケイ:歴史の盤面は動き出す。
向こうが一手を打ってきたなら、こちらも駒を進めよう。
聖騎士を前進させ、間諜を飛ばす。
さて、どう動くかね、古代人ども――
□6/明け方、朝日の差し込む寝室
トリスタン:朝日……もう朝か。
ようやくイゾルデも眠りに就いた。
イゾルデ:スゥ――……
トリスタン:いつからだったか。
私にとって、太陽が忌まわしい存在になったのは……
イゾルデ:いかないで、ください……
私は……また一人になってしまいます……
トリスタン:すまない。
お前には寂しい思いをさせているな。
だが、今度こそは――
イゾルデ:お兄様……
トリスタン:イゾルデ?
起こしてしまいましたか。
イゾルデ:またお仕事ですか?
トリスタン:はい。
イゾルデ:お兄様、私……
トリスタン:今度の仕事を終えたら、まとまった休みを取ります。
そのときは、隣国のパリスに行きましょう。
イゾルデ:パリスに……?
トリスタン:そうです。
お前の欲しがっていた精油や、絵画展を巡りましょうか。
太陽ではなく、月の下を歩いて。
お前と私なら、他の者に気兼ねをしなくていい。
イゾルデ:ぐすっ……
お兄様、お兄様ぁ……
トリスタン:どうしたのです、イゾルデ?
イゾルデ:ごめんなさい、お兄様。
私は悲しいのでしょうか、嬉しいのでしょうか。
どうしてか、涙が溢れてくるのです。
トリスタン:
いつまで経っても、お前は変わりませんね。
トリスタン:(イゾルデ……お前を死なせはせぬ)
(もしも正義がお前を殺すなら……私は悪に堕ちて正義を討つ)
□7/明け方、鬱蒼と茂る樹上にて
レ・デュウヌ:彼……おっと、今は彼女だったか。
君に合わせて大人しくしてるのも、そろそろ限界だ。
君は昔から気が長かったから、平気なんだろうけど、
この計画の遅さには、イライラしてくるよ。
レ・デュウヌ:人間どもや使徒への復讐。
そんなものは、勝手にやっていてくれ。
君が執着するオルドネア――ロンギヌスの槍も、僕にはどうでもいい。
僕は、君と違って『ハ・デス』に忠誠を誓っているわけではないんだ。
レ・デュウヌ:肉親の情に惑う蝙蝠は、蜘蛛の巣に掛かった。
出し惜しみし過ぎなんだよ。
僕たち以外は、クドラクもディラザウロも、ただの捨て駒に過ぎない。
今回は、僕の好きなようにやらせてもらう。
黒翅蝶――いや、十三使徒ジュダ。
※クリックしていただけると励みになります
index