第14話 聖獣の涙
★配役:♂4♀1両3=計8人
▼登場人物
モルドレッド=ブラックモア♂:
十六歳の聖騎士。
ブリタンゲイン五十四世の十三番目の子。
オルドネア聖教の枢機卿に「十三番目の騎士は王国に厄災をもたらす」と告げられた。
皇帝の子ながら、ただ一人『円卓の騎士』に叙されていない。
魔導具:【-
パーシヴァル=ブリタンゲイン♂
十七歳の宮廷魔導師。
ブリタンゲイン五十四世の十一番目の子。
『円卓の騎士』の一人で、陸軍魔導師団の一員。
お調子者の少年だが、宮廷魔導師だけあって知識量はかなりのもの。
魔導具:【-
魔導系統:【-
ラーライラ=ムーンストーン♀
二十七歳の
トゥルードの森に住むエルフの部族『ムーンストーン族』の一員。
人間の父と、エルフの母のあいだに生まれたハーフエルフ。
『ムーンストーン族』のエルフには見られない青髪と碧眼は、父親譲りのもの。
父親が魔因子を持たない人間だったので、〈魔心臓〉しか受け継がなかった。
エルフながら魔法を使うためには、魔導具の補助が必要である。
魔導具:【-
魔導系統:【-
ベイリン=ウル=ハサン♂
二十六歳の酋長。『砂漠の人食い熊』と恐れられる熊獣人。
ブリタンゲイン五十四世の六番目の子。
母親は、獣人の血の混ざった異民族ウル・ハサン人。
皇位継承権は放棄し、砂漠の国ウル・ハサンの酋長として、ザーンの街を治めている。
獣人は準魔因子持ちの種族で、魔法を使うための〈魔晶核〉のみ形成される。
先天的に魔力を生成する〈魔心臓〉を持たないので、魔法は短時間しか使えない。
魔導系統:【-
トリスタン=ルティエンス♂:
二十九歳の弓騎士。『黄昏の貴公子』の異名を持つ。
ブリタンゲイン五十四世の四番目の子。
『円卓の騎士』の一人で、『陸軍弓兵師団』の団長。
母は、ルティエンス公爵の一人娘オリヴィア。
皇帝は類い希な美貌を持つオリヴィアを気に入り側室に迎えたが、
娘イゾルデを生んだ三年後、オリヴィアは若くして亡くなった。
祖父の公爵亡き後、皇位継承権は自ら放棄し、ルティエンス公爵家を継いだ。
魔導具:【-
魔導系統:???
聖獣アンドレアル♂:
オルドネアの十三使徒の一人。
古代魔法王国の民で、獣人族の祖先とされる。
現代の獣人よりも、遙かに強力な獣に変身した。
古代人は完全な魔因子を持っていたとされる。
〈魔晶核〉も〈魔心臓〉も共に正常に形成され、優れた魔法を行使した。
長い時間が流れるあいだに、魔因子は毀損してしまい、
〈魔晶核〉か〈魔心臓〉の片方しか形成されない準魔因子となって残るのみとなった。
魔導系統:【-
※アンドレアルは、ベイリンとの二役です
帝国指揮官両
ウル・ハサン攻略を任された帝国陸軍大佐。
獣人に対して差別意識を持っており、非道な作戦を行う。
※モブキャラですが、セリフが多いので配役キャラとしました。
獣人A/帝国兵A両
獣人B/帝国兵B両
(獣人はモブキャラですが、ややセリフ多めなので配役キャラ扱いとしました)
(配役キャラとしていますが、被り役でも構いません)
※注意
・ルビの振ってある漢字は、ルビを読んでください。
・特定のルビのない漢字は、そのまま読んでください。
□1/ドーア砦、地下洞窟
ベイリン:ハアアアアアアァァ……!
これが悪魔の魔心臓かぁぁァ……!
この魔力……! この強さ……!
やれるぞ……今の俺なら……!
パーシヴァル:アンドレアルは、現代の獣人たちには失われてしまった、悪魔と渡り合えるほどの獣化魔法を使う。
早く兄さんを止めないと、とんでもない聖獣と戦わないといけなくなるよ!
モルドレッド:兄上!
いくら獣人族を救うという大義があろうと、
悪魔に魂と肉体を売り渡し、帝国に内乱の火種を撒くなど、
それはアンドレアルの魂に対する
ラーライラ:暴力に訴えたら、誰も聞く耳を持たなくなる。
エルフ族は話し合った。
行き違いもあった。約束を
それでもだんだん人間と分かり合えてきている。
ベイリン、あなたも考え直して!
ベイリン:ご高説だな、嬢ちゃん。
エルフは古代人並の魔法が使え、高い知性を持つ。
文明が発達した近代でも、昔と変わらずに敬われている。
エルフたちは対等の相手として、同じテーブルに着くことを認められているんだ。
だが獣人は違う。
人間は当たり前に文字や数字を扱えるが、獣人にはその当たり前が出来ねえ。
文明が発達し、勉学や経済が普及するにつれ、人間と獣人の差は決定的になってきた。
俺たちは軽んじられ、見下され、社会の底辺に追いやられていった。
一度見下される存在に落ちると、後は何を言っても取り合っちゃもらえねえ。
いったい帝国の何処に行けば、俺たちの話を聞いてもらえる?
いったい帝国の誰が、獣人の境遇を
モルドレッド:
帝国の王族が共に一つの大円卓を囲み、対等な一人の騎士として、帝国の行く末を語り合う。
兄上、あなたも円卓の騎士の一人であろう!
ベイリン:ハッ――そんなものは建前だ。
俺は嫌というほど味わった。
お前は円卓の騎士から外されたからわからねえんだよ、モルドレッド。
そうだろう、パーシヴァル?
パーシヴァル:それは……
ベイリン:軍人はガウェインを、聖職者はランスロットを、商人はケイを、貴族はトリスタンを。
巨大な力を持つ勢力が、それぞれの円卓の騎士を
力も金も無い者の声は、誰も取り合わない。
『二等国民』なんてレッテルを貼って、差別を増長するぐらいだ。
くだらねえ。
モルドレッド:それこそ兄上の偏見だ!
兄上は、もっと周りの人間に訴えていくべきだった!
ランスロット兄さんや、トリスタン兄さんなら関心を寄せてくれるはずだ!
ラーライラの言うように、話し合えば分かり合える!
ベイリン:モルドレッド、お前はいつまで安っぽい理想を振りかざすんだ。
俺が六年間、何もせずに嘆いていただけだと思ってやがるのか。
てめえら聖職者は、自分では泥を被らず汗も流さす、涼しい顔で説教をする。
虫酸が走るぜ。
モルドレッド:兄上えぇ――っ!!!
ベイリン:しゃらくせえっ!!
(ロンギヌスを携え、突撃していったモルドレッドを、ベイリンは衝撃波を伴った気魄だけで吹き飛ばす)
パーシヴァル:モルっ!
モルドレッド:くっ……
ベイリン:モルドレッド、パーシヴァル。
お前らはいい子だ。
俺が十六、七の頃より、遙かに出来てやがる。
だがな、それでもまだお前らはガキだ。
お前たちは、挫折の味を知らない。
誰もが幸せになれる未来があると――
そして自分たちは、その未来を掴み取れると――
無限の可能性を信じて、好き放題に言ってるうちは、まだガキだ。
モルドレッド:…………
ベイリン:自惚れてるんじゃねえぞ、ガキども!
このベイリン様が、てめえらの手に負えると思ってやがるのか!
とっとと逃げ帰って、兄貴どもに泣きつけ!
パーシヴァル:離れろモルっ!
魔法が完成する!
ベイリン:……早く失せろ。
俺の、理性が残っているうちに……
モルドレッド:あ……兄上……!
□2/地下洞窟の天井に届く巨獣を前に、立ち尽くす三人
ラーライラ:これがアンドレアル……?
変身した獣人たちとは全然違う……!
ただの獣じゃない。
伝説上の獣……地上にはいない獣……
モルドレッド:なんて大きさだ……
ロック鳥や
パーシヴァル:失われた変身魔法の一つなんだろうね。
昔の獣人――古代人は、ただの獣以上の獣に変身出来た。
魔心臓の因子が無くなっていくにつれ、魔晶核の魔法も弱くなっていって、
短い時間、普通の獣に変身する程度になった――
アンドレアル:ガアアアア……
俺ハ誰ダ……
獣人族ノ酋長ベイリン……
オルドネアノ使徒アンドレアル……
一体ドチラノ存在ダッタノカ……
ワカラン……俺ハ何者ナノダ……
モルドレッド:記憶が混乱している――?
パーシヴァル、これはどういうことだ?
パーシヴァル:
魔晶核を直接額に埋め込んでいた時代、多くの魔導師が精神に異常をきたした。その原因の一つじゃないかって言われてる。
魔導具を仲介して魔法を使う理由の一つだよ。
ラーライラ:私、ときどき夢に見ることがある。
行ったことのない場所、知らない人間やエルフたち。
モルドレッド:魔晶核に残る残留思念か……
あのネクロマンサーも、自分自身の魔晶核に魂を封じ込めて現世に留まり続けていた。
同じ古代人のアンドレアルなら――
アンドレアル:何モワカラン……
ダガ地上カラ、声ガ聞コエル。
哀シミ嘆ク声ガ……
俺ヲ千年ノ眠リカラ呼ビ覚マシタ声ガ……
パーシヴァル:アンドレアルが動き出したよ!
モルドレッド:使徒アンドレアル! 待って欲しい!
あなたが地上に出ては、事態は混乱を招くだけだ!
アンドレアル:アンドレアル……
ソウダ! 俺ノ名ハ、アンドレアル!
オルドネアノ使徒!
此ノ世ニ蔓延ル悪ヲ食イ殺ス。
ソレガ俺ノ使命ダ――!
モルドレッド:あなたは怒りと哀しみの念に囚われている!
そんなあなたが地上へ出ては、さらなる怒りと哀しみを生んでしまう!
アンドレアル:邪魔ダ
俺ノ邪魔ヲスル奴ハ容赦セン!
モルドレッド:くっ、話し合いは無理かっ!
アンドレアル:グオッ! 光の障壁――ッ!
モルドレッド:今度はこちらからだ!
アンドレアル:遅イッ!
モルドレッド:空振り!?
この巨体で、なんて身軽さだ……!
動きを封じてくれ!
攻撃が当てられん!
パーシヴァル:時の風化に晒されし
今一度いにしえの姿を取り戻し、
我が敵を岩石に封じ込めよ。
ロック・プリズン!
あれ……?
ラーライラ:岩石の
あれって……パピルサグと同じ魔法耐性?
モルドレッド:兄上は夥しい数の悪魔を、その肉体に宿した。
ならば、悪魔の魔法免疫を獲得していてもおかしくはない……
パーシヴァル:げっ……!
ひょっとしておいら、また役立たず?
アンドレアル:ガアアアア……
俺ハ百獣ノ
大地ヨ荒ブレ! 罪深キ命ヲ圧殺シロ!
モルドレッド:地震だ! 気をつけろ!
ラーライラ:激しい揺れ!
立っていられないっ!
パーシヴァル:地面の揺れだけならまだいいよ!
それより危ないのは――
ラーライラ:きゃあっ!
天井から大きな岩の塊!
落盤が起こる……!
モルドレッド:二人とも近寄れ!
ロンギヌスの結界で守る!
パーシヴァル:このまま地震が続けば、天井が崩落する。
そしたら、おいらたちは生き埋めだ。
モルドレッド:結界に籠もって、チャンスを見つけるしかない……!
何かいい作戦を考えてくれ、パーシヴァル!
パーシヴァル:よーく考えた結果、おいらには手の打ちようがないって結論が出た。
ラーライラ、何とかならない!?
ラーライラ:……待って。考える。
アンドレアル:鼠ドモ、巣穴カラ
ガアハアアア――!
パーシヴァル:口腔から岩の塊を撃ち出してきた!
モルドレッド:ぐうっ――!!
まるで砲弾並の威力だ……!
あまり何度もは、耐えられないぞ――!
アンドレアル:俺ノ邪魔ヲスル奴は、叩キ殺ス!
パーシヴァル:きた! 大岩の塊!
モルドレッド:オルドネアよ、暴威を阻む結界を――!
ラーライラ:この音色は……竪琴?
モルドレッド:っ――!
衝撃が軽い……?
小石の
アンドレアル:大地ノ鉄槌ヲ、木端微塵ニ……
何者ダ――!?
トリスタン:危ないところでしたね。
間に合って良かった。
パーシヴァル:トリスタン兄さん!
どうしてここへ!?
トリスタン:帝国陸軍は、獣人の反乱軍を破り、ウル・ハサンに突入しました。
現在、ザーンの街で市街戦が繰り広げられています。
私はあなたたちの救出と、ベイリンの説得を試みるべく、
単身でドーア砦に乗り込んだのですが……遅かったようですね。
モルドレッド:俺たちを地下牢から助け出してくれたのは兄上が?
トリスタン:地下牢、ですか?
いいえ、私は真っ直ぐ広間に向かったので――
アンドレアル:ガアアアアア――!!!
パーシヴァル:また岩の砲弾を飛ばしてきた! 今度は何連発もっ!
トリスタン:掻き鳴らせ、女神の指先よ。
獣たちの雄叫びを、
虐げられし者たちの、反逆の歌を唄おう……
ラーライラ:不思議な音色……
見て!
飛んできた岩石が、空中で砕け散ってる!
トリスタン:魔力を指先に乗せ、月光銀の
私の竪琴、
ラーライラ:竪琴が弓で、音色が矢……
パーシヴァル:トリスタン=ルティエンス。
戦場で奏でる竪琴で敵を射る、
『
トリスタン:……オルドネアの十三使徒の一人、アンドレアル。
あれは、ベイリンなのですね?
モルドレッド:ええ。
ベイリン兄さんは無数の悪魔を肉体に受け入れることで、
悪魔の魔心臓を宿し、使徒アンドレアルの魔晶核を使った。
そして、精神までもアンドレアルそのものになってしまった……
そしてアンドレアルは、あの通り――
ラーライラ:怒りと憎しみに囚われて、理性を失っている。
……正気じゃない。
パーシヴァル:聖獣っていうより、もうあれは魔獣だよ。
アンドレアル:コノ血ノ臭イ……間違イナイ、夜ノ一族――!
トリスタン:唄え、
怒れる聖獣の
モルドレッド:
トリスタン:迂闊でしたね。あれは岩ではなく泥の塊……
パーシヴァル:兄さん、その腕――!
トリスタン:ええ、動きません。
泥の飛沫が瞬く間に硬化してしまった……
この泥は、超速乾性のセメントです。
ラーライラ:不用意に泥の塊を撃ち落とすと、セメントの飛沫を浴びて、石化させられるってこと!?
モルドレッド:兄上! ひとまずロンギヌスの障壁の中へ!
凝固する泥を浴び続ければ、石化させられてしまう!
トリスタン:ありがとう、モルドレッド。
しかし、気遣いは要りません。
ここは私が食い止めます。
三人とも、先に脱出を。
モルドレッド:そんな――!
兄上を置いて逃げるなど――!
パーシヴァル:トリスタン兄さんなら大丈夫だよ。
戦場の単身突入から何度も生還した、天才なんだ。
トリスタン:フフ、日差しに弱い虚弱体質でもありますが。
アンドレアル:貴様ラ
コノ地底ガ、オ前タチノ墓場ダ――!
パーシヴァル:また地震だ! どうあってもおいらたちを逃がさないつもりだよ!
モルドレッド:落盤の危険がある限り、結界を解いて逃げ出すのは不可能……
どうすれば……
ラーライラ:崩落なら、私が防ぐ。
種に眠りし、緑の命。
地中を這い進み、根を張り巡らすもの……
天井を支えて、クリーパー!
モルドレッド:植物の根が、崩れる洞窟の天井を支えている……!
ラーライラ:パーシヴァルに言われてから、ずっと準備してた。
しばらくは大丈夫なはず。
パーシヴァル:凄いよ、ラーライラ!
落盤の酷かった天井が、嘘みたいにしっかりしてる。
トリスタン:私も機会を見つけて脱出します。
行きなさい、三人とも。
モルドレッド:兄上、ご武運を――!
パーシヴァル:またね、兄さん!
ラーライラ:……ありがとう。
トリスタン:――行きましたか。
アンドレアル:貴様ガ人間ノ味方ヲスルトハ……
ドウイウ風ノ吹キ回シダ……
トリスタン:誰かと誤解しているようですね、アンドレアル。
私はトリスタン=ルティエンス。ブリタンゲイン帝国の第四皇子です。
さあ、暗闇の地底で、私と夜会を踊ろう。
奏でてくれ、
砂漠の人食い熊≠フ血塗れの正義と、偽善すら偽りの黄昏の貴公子≠フ円舞を……
□3/戦火の広がるザーンの街
モルドレッド:帝国陸軍……!
既に
パーシヴァル:【
〈
モルドレッド:様子はどうだ、パーシヴァル?
パーシヴァル:市街戦だね。
街のあちこちで戦闘になっているよ。
下手に動くと、流れ弾に当たりそう。
ラーライラ:これが鉄砲?
耳から頭を撃ち抜かれるみたい。
街中がすごく凶暴な音で満たされてる……
帝国指揮官:鉄砲隊第一列、構え!
目標、前方の
獣人の俊敏さを考慮し、扇状に立体射撃!
撃て――!
モルドレッド:……制圧は時間の問題だろうな。
アンドレアルのような伝説上の聖獣ならともかく、
現代の獣人たちは、知能を持った獣に過ぎない。
パーシヴァル:さすがに獣人の生態の多様さは、一筋縄ではいかないだろうけど……
もう昔ほど、手も足も出ない恐ろしい怪物ってほどじゃなくなってるね。
ラーライラ:……私、人間が恐ろしい。
魔法を使えない人間でさえ、鉄砲なんて、こんなにも凶暴な力を振るう。
だからタイガーズアイ族のルィンヘンは、人間と和を結ぼうとしていたのね。
いずれ私たちエルフも、あの可哀想な獣人みたいに……
パーシヴァル:それはないさ。
いくら科学の力が凄いとはいえ、まだまだ魔法の足元にも及ばない。
鉄砲部隊がどれだけ集まっても、エルフの
モルドレッド:ああ。
それに魔法は戦争の道具だけではない。
エルフの地位が
ラーライラ:…………
帝国指揮官:全部隊、進路を空けろ。
ラーライラ:あれは……
心無き巨人兵=c…!?
パーシヴァル:あれ?
ラーライラ、魔導装機のこと知ってるの?
ラーライラ:かつて栄華を極めた、いにしえの魔法王国。
錬金術の秘法により、鉄の骨と人工の筋肉で造られた、心無き巨人の兵士。
族長様が教えてくれた。
パーシヴァル:そうそう。
魔導装機は、その巨人兵と同じ製法で造られたんだ。
といっても、その錬金術は一部しか発見されてないから、半分オリジナルだけどね。
帝国指揮官:魔導装機メメント――
フフン、これで戦況は一気に片がつくぞ。
魔導装機隊、進撃開始!
帝国陸軍の威光を示してやるのだ!
ラーライラ:ねえ、伝承通りあの巨人たちは心を持たないの?
モルドレッド:心なんてあるわけがないだろう。
魔導装機は、生き物ではなく、魔導式の機械だぞ。
そんなこともわからないのか?
ラーライラ:…………
パーシヴァル:えっとね、ラーライラっ!
魔導装機は、魔導式機械と同じ原理で、搭乗者の魔心臓をエンジンに動く。
おいらたちがウル・ハサンにくるために使ったジープと同じものさ。
ラーライラ:パーシヴァルは優しいのね。誰かと違って。
モルドレッド:誰かじゃなくて、俺だと名指しで言ったらどうだ。
ラーライラ:じゃあ、意地悪なモルドレッド。
なんでいつもそんな、人を見下したような言い方するの?
モルドレッド:何だと!?
お前こそ不勉強を棚に上げて俺に因縁をつけるな――!
パーシヴァル:まあまあまあまあ。
でも心がないって言うのは、面白い
機械であることと、魔心臓がないことを
帝国指揮官:前方より
魔導装機隊、横隊を組み、臨戦待機。
ランス構え! 貫け!
モルドレッド:魔導装機メメント。
旧式だが、鉄の骨と人工筋肉の生み出す力は圧倒的だな。
猪の群れが、蟻のように蹴散らされていく……
帝国指揮官:フン。
獣人の取り得など、せいぜい馬鹿力程度。
モンスターと何の変わりもない。
魔導装機隊!
獣人どもの隠れる、邪魔な建物を根こそぎ破壊するのだ。
獣人A:家が、家が崩されていく!
帝国指揮官:フフフ、獣人が飛び出してきたぞ!
歩兵隊、よおく狙え!
獣人B:ベイリン様は――! 『ハ・デスの生き霊』は――!
帝国指揮官:フハハハハ。
撃て! 撃ち殺せ!
獣人A:血が、血が止まらないっ……!
獣人B:誰か助けて……! 誰か……!
獣人A:畜生……!
ベイリンなど、『ハ・デスの生き霊』など信じたのが間違いだった……
獣人B:獣人は……人間の奴隷として生きる
変えられるはずなど、なかった……!
帝国指揮官:よし、残るは反逆者ベイリンだけだ。
ガウェイン元帥閣下からは、必ず奴を生かして捕えるように
何、手足の一、二本ならもぎ取っても構わん。
どの道、奴は戦争裁判に掛けられた後、処刑されるのは確定しているのだからな。
全部隊――!
魔導装機隊を陣頭に、ドーア砦に進撃!
モルドレッド:――何だ、この音は?
ラーライラ:見て! 砦が――!
パーシヴァル:ドーア砦の正門が崩れるよ!
あれは……
モルドレッド:兄上……!
聖獣アンドレアル……!
□4/ドーア砦の正門を崩し、巨大な姿を現す聖獣アンドレアル
アンドレアル:ガアアアアア……
哀シミガ、満チ溢レテイル……
コレガ俺ノ守ッタ世界ナノカ……
帝国指揮官:な、何だあの巨大な獣は……!
獣人A:アンドレアルだ……!
オルドネアの使徒アンドレアルが蘇ったんだ!
獣人B:アンドレアル様……!
どうか私たちを救ってください!
帝国指揮官:怯むな!
獣人など、図体がでかいだけの畜生に過ぎん!
魔導装機隊、突撃せよ!
アンドレアル:オ前タチノ哀シミ、シカト聞キ届ケタ。
思イ上ガッタ人間ドモ、
我ラ獣人ノ、報復ノ大波ヲ思イ知レ!
ラーライラ:地震――!?
さっきの地下洞窟より、さらに激しいっ!
パーシヴァル:地下の奥底から、凄い魔力のうねりを感じる……
あっ、地割れから水が噴き出してきた!
モルドレッド:逆巻く水の壁……!
数メートルはある高さだ……
落下するぞ――!
帝国指揮官:そ、総員退避!
洪水に巻き込まれるな――!
うわああああ――っっ!!!
獣人A:帝国軍が押し流されていくぞ!
獣人B:アンドレアル様、バンザーイ!
モルドレッド:これは……
まるで箱船伝承の一節を見ているかのようだ……!
ラーライラ:悪徳の街ゴモルを押し流した洪水の話?
パーシヴァル:ゴモルの街や大洪水が本当にあったのかはわからないけど、
アンドレアルの魔法が形を変えて伝わったのは、確実だと思うよ。
聖獣アンドレアルは、洪水を引き起こす戦略魔法の使い手だったんだ……
ラーライラ:アンドレアルは、大地の加護を受けているのかと思っていた。
でも真の属性は水……水をつかさどる聖獣だったのね。
パーシヴァル:考えてみれば、ザーンは砂漠の街なのに、水に困ってる様子はなかったよね。
アンドレアルの魔晶核が、砂漠中の水を引き寄せ、オアシスを作っていたと考えれば納得がいく。
アンドレアル:遠イ昔……
奴ハ、人間ヲ守ッタコトヲ後悔スルト、ソウ予言シタ。
思イ出セン……
奴ノ名ハ……
帝国指揮官:魔導装機隊! メメントは無事か!?
帝国兵A:はっ! こちら全隊無事です!
帝国兵B:こちらメメント二機が中破……戦闘継続は不能です。
帝国指揮官:おのれ……
獣人ごときが、貴重な魔導装機を二機も壊しおって。
全軍に告ぐ!
密集隊形は、洪水の戦略魔法の餌食になるぞ!
散開し、一斉に襲撃しろ!
アンドレアル:グオオ……思イ出シタゾ……!
ジュダ、ソウダ、奴ノ名ハジュダ……
ジュダヨ、オ前ハ正シカッタ。
間違ッテイタノハ、俺ダッタ――!
モルドレッド:くっ、また地震だ!
ラーライラ:大地が泣いている……
僅かに残った砂漠の水を、一滴残らず吸い上げられているから……
パーシヴァル:四メートル、五メートル……まだ噴き上がる!
水の壁の高さが、ありえないことになってきてるよ!
砂漠のどこに、こんな水があるんだよっ!
帝国指揮官:ば、馬鹿な……!
あの化け物は、ザーンの街の獣人もろとも、我々を押し流すつもりか!?
ラーライラ:今のアンドレアルは、悪魔のよう……
死の
カルダン砂漠はモンスターすら
アンドレアル:千年前、救世主ノ理想ニ従ッタノハ過チダッタ――!
消エ去レ、下等ナ人間ドモ!
世界ハ、魔因子ヲ持ツ我ラ選バレシ民ノモノダ!
モルドレッド:大波が地面に落ちる――!
耐えられるか、ロンギヌスの結界で!?
パーシヴァル:それより、おいらの浮遊魔法だよ!
二人とも、おいらの隣に固まって!
全速力で上空へ逃げれば――
ラーライラ:――私が抑え込む。
モルドレッド、パーシヴァル。
私にしっかり掴まっていて。
我が内に眠りし、古き命。
目覚めよ、月長石の種を破りて。
其は
ユグドラシルフォーム!
獣人A:ゴボッゴボッ――……
ゲホッゲホッ……
獣人B:こ、洪水が引いた……
獣人A:な、何だあの大木は――!
獣人B:あれは……まるで……
帝国指揮官:世界樹だ……
トゥルードの森の神樹……
一体何故こんなところに突然――!?
モルドレッド:どうやら命拾いしたようだな……
パーシヴァル:これが世界樹……
す、すっげえ高さ……
おいら、ちょっとチビりそう……
モルドレッド:今、地上は大洪水だ。
もしチビったときは、飛び降りればいい。
地上は水浸しだから、上手く誤魔化せるぞ。
パーシヴァル:ありがたい提案だけど、地表の水がどんどん引いていくよ。
モルドレッド:地下に染み込んでいるのか――?
ラーライラ:涙枯れ果て、怒りに揺れ動く大地。
私は世界樹――あなたの上に生きる者。
大地よ、どうか地震を起こすのは止めて。
地層の奥深くに亀裂が走り、あなたが傷ついていってしまう。
あなたに生命の源、命の水を還す。
受け取って、
アンドレアル:アレハ、使徒シャダイ。
大地ガ、水ガ、俺ノ声ニ応エン……!
何故俺ノ邪魔ヲスル、シャダイ!
俺ノ邪魔ヲスルナラ、貴様モ八ツ裂キダ――!
パーシヴァル:うわっ、こっちに襲い掛かってくるっ!
ラーライラ:私は、水と植物と生きるエルフ――
大地に不毛と旱魃の種を撒くなら、お前を許さない!
モルドレッド:地面が盛り上がっていく!
大樹の根!
凄まじい……! 根の
アンドレアル:ガアアア――ッ!!!
ラーライラ:接近されるのはわかっていたっ!
降り注げ緑の刃!
アンドレアル:俺ハ怯マン――ッ!
パーシヴァル:嘘だろ、そのまま突っ込んできた!
全身切り刻まれて、血塗れなのに!
モルドレッド:……衝撃が来るぞっ!
アンドレアル:死ネ、シャダイッ!
ラーライラ:きゃあああああっ!!
パーシヴァル:うわっ、世界樹から落ちる……
モル――っ!!!
モルドレッド:パーシヴァル――ッッ!!
□5/ザーンの街、激しい砂煙が濛々と立ち込める激突地点
モルドレッド:ゴホッゴホッ――!
凄まじい砂煙……
世界樹と聖獣、シャダイとアンドレアルの激突はハンパではないな……
パーシヴァルは!?
パーシヴァル――!
パーシヴァル:おーい、モルーっ!
モルドレッド:パーシヴァル!
それに――兄上!?
トリスタン:辛うじて、空中のパーシヴァルを拾うことが出来ました。
あなたも無事のようですね、モルドレッド。
モルドレッド:ええ、
それよりもラーライラは!?
ラーライラ:くうっ! ああっ!
ユグドラシルフォームがもう……
ごめんなさい……
私じゃ、カルダンの大地を守れない……
モルドレッド、後は……
アンドレアル:グルルルル――
シャダイハ倒シタ。
水ヨ、大地ヨ、荒ブレ!
今コソ千年前ノ過チヲ正サン!
モルドレッド:地震が再開した!
かつてない規模だ……!
これが発動したら、今度こそザーンの街は水没するぞ!
パーシヴァル:アンドレアルが逃げ出したよ!
屋根を足場に、建物から建物へ高速移動――
あいつ、魔法の発動まで時間を稼ぐつもりだ!
トリスタン:……モルドレッド、パーシヴァル。
後を頼みます。
アンドレアル。
かくなる上は、私がお前を倒す。
アンドレアル:夜ノ魔物メ! マダ生キテイタノカ!
トリスタン:予定外だが、仕方あるまい。
往くぞ――!
モルドレッド:パーシヴァル!
奴の速度と渡り合えるように出来ないか!?
兄上もアンドレアルも早すぎて、俺では追いつけん!
パーシヴァル:加速の魔法はあるよ。
けど、あいつはただ素早いだけじゃなくて、獣の平衡感覚と瞬発力を持っている。
あいつと互角の速度を得ようとしたら、それこそ筋肉が破裂し、神経が焼き切れるまで加速しないと駄目だ。
モルドレッド:あるんだな――!?
パーシヴァル:だからあるけど、ヤバイって言ったじゃないか!
人の話聞いてよ!
モルドレッド:俺にはロンギヌスの自然治癒がある。
多少の無理ならどうということはない。
やってくれ!
パーシヴァル:あーあ……そうなると思ってたんだ。
汝を律せし、穏やかなる時の戒めよ。
時の神の名に於いて、我、その戒めを解き放たん。
炎となれ、赤き血潮。
光となれ、勇者の
時の鎖を引き千切り、命燃やす流星となりて、
最果ての未来まで駆け抜けよ。
クロノス・スターダスト!
モルドレッド:く――……
ああああああああ――!!!
パーシヴァル:大丈夫か、モルっ!?
モルドレッド:いける……!
この力、この速度なら兄上たちを追える!
パーシヴァル:燃え尽きるなよ、モル!
モルドレッド:ああ……!
待っていろ、アンドレアル――!
□6/ザーンの街、日干し煉瓦の住屋屋根を足場に空中戦を繰り広げる影二つ
トリスタン:くっ……さすがはオルドネアの十三使徒の一人。
一筋縄ではいかぬか。
アンドレアル:何故ダ。何故オ前ガ人間ニ味方スル。
使徒シリウス――!
トリスタン:私は――愛する者を守りたいだけなのだ。
そのためならば、獣人たちの血の涙を
私は……彼女を守り抜く。
アンドレアル:ソレハ俺トテ同ジ。
獣人タチノ抑圧サレシ哀シミト怒リ。
奴ラニ代ワッテ、俺ガ吼エル。俺ガ叫ブ。
俺ガヤラネバ誰ガヤル――!
トリスタン:くっ――!?
モルドレッド:はあああ――っ!
アンドレアル:グオオッ!?
モルドレッド:手応えが浅い!
毛皮を浅く貫いたのみか!
トリスタン:モルドレッド!
あなたがどうやって屋根の上の空中戦を!?
モルドレッド:パーシヴァルの加速魔法です。
一時的だが、兄上やアンドレアルに匹敵するスピードを得られる。
アンドレアル:オノレ……相手ガ二人デハ、分ガ悪イ。
ダガ、復讐ノ洪水ハ止メラレン。
コノ砂漠ニ蔓延ッタ悪ヲ滅ボスマデ、秒読ミニ入ッタ!
トリスタン:……逃がしはしない。
モルドレッド、追い掛けますよ。
モルドレッド:応っ――!
□7/屋根から屋根へ飛び移っていくアンドレアルを追う二人
モルドレッド:待て、アンドレアル!
アンドレアル:煩イ小蠅ドモガア――!
モルドレッド:岩の砲弾!
だが、今の俺にはこんなもの――!
たあっ!
トリスタン:巨岩を薙ぎ払ったと――?
アンドレアル:コレナラドウダ!
モルドレッド:凝固する泥も俺には通じん!
オルドネアよ、暴威を阻む加護を!
アンドレアル:結界デ強引ニ突破シテクルトハ……!
オノレ……!
モルドレッド:くっ、逃がさんぞ!
トリスタン:アンドレアルの敏捷性は並外れたものです。
しかし真に厄介なのは、野性の勘とも言える反応速度。
激戦の最中でも、致命傷を避け続け、戦略魔法を使う余力まで残しています。
このままでは、洪水の発生を許してしまう……!
モルドレッド:兄上、策は!?
トリスタン:私がアンドレアルに隙を作ります。
あなたは全ての力を込めて、一撃で勝負を決めなさい。
今のあなたとロンギヌスなら出来るでしょう。
やれますか、モルドレッド?
モルドレッド:悪魔の力を宿したということは、
ロンギヌスの破邪の力が最大の威力を発揮するということ――
やってやる。
俺が勝負を決める。
トリスタン:
往きますよ――!
アンドレアル:ソノ額ノ魔晶核……!
魔力ガ上昇シテイク……
ヤハリ真ノ魔力ヲ隠シテイタナ……!?
トリスタン:我が手に
その銀の
音色を唄う
私のために死ね。
アンドレアル:貴様、全テノ魔力……
ソンナ魔導具デハ、受ケ止メキレンゾ!
トリスタン:構いはせぬ。
正体を知られる前に……
この刹那――貴様を殺す。
歌声よりも、悲鳴を――
愛よりも、憎悪を――
処女の血に濡れた、
絶叫せよ、
アンドレアル:ソウカ、俺ハ追イ込マレテイタノカ……!?
石ノ柱ガ……倒レテクル……!
ウオオオオオオッ!!??
モルドレッド:戦闘を繰り広げながら、徐々に砦まで誘導し……監視塔を特大の魔力の矢で射抜く!
これが兄上の言った
トリスタン:モルドレッド。
アンドレアルは監視塔の下敷きになり動けません。
さあ、ロンギヌスの力を見せてください――
モルドレッド:地震が激しさを増している……
もうすぐ大洪水がザーンの街を……
この
降誕せよ、断罪の秘蹟!
再臨せよ、審判の天使!
アンドレアル:ガ、ハアアアアア……
マ、マダダ……
大地ヨ、洪水ヨ――!
モルドレッド:破壊の先に正義などない!
救済の十字架で、全ての悪を贖わん!
これで決着だ――アンドレアル!
□8/ドーア砦監視塔、瓦礫の山に埋もれた聖獣アンドレアル
モルドレッド:勝った、か……
トリスタン:見事な戦いでした、モルドレッド。
パーシヴァル:おーい、モルー!
モルドレッド:パーシヴァル。
ラーライラも……
ラーライラ:地震は収まった。
アンドレアルを倒したのね。
アンドレアル:ガ、ハアア……
グハッ――……
トリスタン:まだ息があるようですね――
モルドレッド:兄上、何をなさるつもりです!?
トリスタン:……あなたは休んでいなさい、モルドレッド。
変わり果てたとはいえ、聖騎士であるあなたに十三使徒の一人を、
そして、兄殺しの罪を背負わせたくはありません。
モルドレッド:待ってください、兄上!
これからです!
やっと話し合える状態になった!
これからアンドレアルと、いえベイリン兄さんと話を――
トリスタン:反乱が失敗すれば死ぬことは、ベイリンも覚悟していたはずです。
それにもしベイリンの命を救ったとしても、
彼は戦争を引き起こした反逆者として裁かれ、罪人として名を
獣人の長ベイリンは、勇猛に戦い、戦死した――
こちらのほうがベイリンにとっても、ウル・ハサンにとっても好ましいでしょう。
モルドレッド:いいえ、違います!
そんな結末など、間違っている!
死は、矛盾と不条理を消し去る魔法ではない!
兄上の苦悩も、獣人たちの悲惨な待遇も、うやむやに流してしまうおつもりですか!
帝国指揮官:はあ、はあ……
いたぞ! アンドレアルだ!
ラーライラ:帝国陸軍……
パーシヴァル:魔導装機メメントも……
帝国指揮官:トリスタン様、実に華麗な武勇でございました。
後の始末は、私どもにお任せください。
モルドレッド:……お前が指揮官か。
帝国指揮官:
何用でしょうか、十三皇子様。
ぐうっ――……!
(モルドレッドは怒りの形相で、帝国指揮官の胸ぐらを掴む)
モルドレッド:貴様……!
先の戦いは何だ! 何故
あんなものは、一方的な虐殺ではないか!
トリスタン:やめなさい、モルドレッド!
手を離すのです――!
帝国指揮官:ごほっ、ごほっ――
ちっ……
獣人が獣に化けるのは、知っての通りでしょう。
一見か弱い女子供といえど、いつ凶暴な熊や虎に変じて襲い掛かってくるとも限らん。
降伏勧告に応じない市民はゲリラだ。
私は、ゲリラから兵の命を守った!
帝国の指揮官として、当然のことをしたまでだ!
モルドレッド:その降伏勧告は、いつ行ったのだ!
その降伏勧告は、ウル・ハサンの民に訴える、誠意あるものだったと胸を張って言えるのか!
貴様の獣人への差別心が、ゲリラを作り出したのではないのか!?
トリスタン:もうよしなさい。
我々の
獣人たちは見せしめのために、生きたまま帝国兵のはらわたを引きずり出し、喰らってみせたのです。
大佐には大佐なりの判断があった。
あなたに大佐以上の判断が、出来ると言えますか?
モルドレッド:俺は……
帝国指揮官:全く――……
誉れ高き帝国の皇子でありながら、野蛮な獣人どもの利を主張する。
まさしくゲオルギウス枢機卿の予言したとおり。
十三皇子は帝国に災いをもたらす。裏切りの使徒ジュダの再来だ。
モルドレッド:くっ……!
帝国指揮官:歩兵隊、三列隊形!
三段撃ちで遅滞無く銃弾を撃ち込み、化け物の息の根を止めろ!
前列部隊、撃てえ!
アンドレアル:グアッ! グアアアアア――ッッ!!!
モルドレッド:あ、兄上……!
帝国指揮官:ハアッハッハッハ!
全世界に、帝国の新秩序を!
帝国兵A:ぐ、ぐうう……!!
帝国兵B:うああ、あああ……!!
帝国指揮官:ど、どうした!?
トリスタン:あの全身を覆う、禍々しい葉脈のような
モルドレッド、これは……
モルドレッド:紛れもない……悪魔だ!
ラーライラ:黒い塊――!
こっちへ飛んでくる!
モルドレッド:逃げろ! 肉体を乗っ取られるぞ!
悪魔は生物に
パーシヴァル:天を翔る猛き稲妻――ゼウス・ガベルっ!
実体化してない悪魔には、魔法しか効かない!
剣や銃は役に立たない! 早く撤退するんだ!
帝国指揮官:何故だ!
何故悪魔などが……!
モルドレッド:アンドレアルゲート……!
次元の歪みが広がってしまったのか!
パーシヴァル:でもおかしいよ!
さっきまでは、召喚魔法でやっと呼び出せるレベルの歪みだった。
それが悪魔が自由に出てくるまでになるなんて……!
ラーライラ:洪水の戦略魔法……
大地の力を搾り尽くし、枯らしてしまったから……
もう大地には、冥府の圧力に
次元が……引き裂かれる!
帝国兵A:ア、アアア……
帝国兵B:大佐ァァァ……
帝国指揮官:ひっ、ひぃぃぃぃ! 寄るな、化け物め!
(怯えた銃声の後に、湿った肉塊を叩くような音が響き渡る)
モルドレッド:皮膚が溶けて、肉が剥き出しに……!
パーシヴァル:その肉も腐り落ちていくよ!
ラーライラ:あれは……人間、なの……?
歩く腐った粘液の塊みたい……
帝国指揮官:何がどうなっているのだ――!?
仕方あるまい、退却するしか……
うあああああっっ!?
モルドレッド:しまった! 奴も憑依されたぞ!
ラーライラ:悪魔が実体化する!
今の粘液の怪物みたいに!
トリスタン:……悪魔の実体化はありません。
あの粘液の塊は、悪魔ではないのです。
帝国指揮官:グ、グエエエエ……
ワダジノガダダガ、ドゲデユグ……
ナゼ……
ゴレホドマデニ、マリョグガアブレデイルドイウノニ……
ナゼ……
ゴ、ボアアアッ……
パーシヴァル:成り損ない=c…
実体化に失敗した悪魔のなれの果てだよ。
トリスタン:悪魔は実体化の際に、宿主の肉体を作り替え、悪魔本来の姿に近づけます。
しかし、ほとんどの生命は、その
故に悪魔の実体化は、多くが失敗に終わる。
だからこそ、地上が悪魔に乗っ取られないですんでいるのかもしれませんが……
獣人A:ガ、ガダダガアア……
獣人B:ヴ、ヴヴヴ……ドゲルヴヴ……
モルドレッド:一体どうすれば……!
実体化し損ねた成り損ない≠ェ次々と産まれている……!
パーシヴァル:異次元生命体――
要するに悪魔は、霊体のままでは極めて不安定で、現世には短時間しか生存出来ない。
冥府の歪みの周辺以外で、悪魔に乗り移られることはないと思っていいよ。
トリスタン:街の住人を避難させましょう。
帝国陸軍もザーンの占領を放棄し、撤退命令を出します。
悪魔の対策には、何よりも依り代を与えないことです。
モルドレッド:わかりました。
しかし……もし実体化が成功し、悪魔がこの世に肉体を持ったら……
トリスタン:先ほど見たとおり、基本的に悪魔の実体化は失敗します。
道義的な問題は別として、逃げ遅れた住民がいたとしても成り損ない≠ニなって自滅するだけだ。
ただし
パーシヴァル:宮廷魔導師の危機対応策の中には、異次元生命体の召喚失敗に関する事項があるんだ。
言いにくいんだけど……
ラーライラ:広範囲の戦略魔法で、ザーンの街を根こそぎ破壊する。
あなたたち人間の
恐竜王ディラザウロを倒すために、私たちエルフの森を消し去ろうとしたように。
モルドレッド:くそっ――!
パーシヴァル:おいモルっ、どこへ行くんだよ!?
モルドレッド:アンドレアルゲートの歪みを封印する!
ロンギヌスなら、オルドネアの意思を継ぐ槍なら、
アンドレアルの代わりが務まるはずだ!
お前はそのあいだに、街の住人を避難させろ!
パーシヴァル:そんな……
モルとオルドネアじゃ、魔心臓の強さが比較にならないよ!
って、ラーライラっ!?
ラーライラ:私も行く。大地に呼び掛ければ、きっと封印の力になってくれる!
パーシヴァル:ったく……
なんであの二人は突っ走るのかなぁ〜……
トリスタン:…………
私たちは、私たちのやることをやりましょう。
ザーンの街の住民たちに告ぐ!
悪魔の災厄に見舞われた現状は、あなたたちも見ての通りであろう!
したがって帝国は、ウル・ハサンに一時休戦を申し入れたい!
パーシヴァル:悪魔の侵攻は、帝国の十三皇子とムーンストーン族のエルフが食い止めてる!
落ち着いて、リーダーや上官の指示に従って欲しい!
早く戻ってこいよ、モル――!
□9/地下洞窟、アンドレアルゲート
モルドレッド:地下洞窟、アンドレアルゲート……
凄まじい数の悪魔だ……
だが怯むわけにはいかん――!
ラーライラ:モルドレッド――!
モルドレッド:ラーライラ!?
ラーライラ:私も抑える。シャダイゲートを守っている、族長様のように。
モルドレッド:よし、いくぞラーライラ!
オルドネアの聖霊よ!
我こいねがう! 我請い求むる!
おぞましき冥府の
光射す世界に忍び寄る、悪魔の魔の手に
偉大なる救世主オルドネアの名に於いて、
全ての災いを封じるパンドラの箱の封印を
開かれよ伝説の
□9b/地上、ドーア砦正門前
トリスタン:魔導装機隊。
瓦礫や倒壊物、大型の獣人たちの死体を撤去。
最短の避難経路を確保――!
パーシヴァル:現存するほとんどの悪魔は狩り尽くした。
新手は出てきていない。
モルとラーライラの封印が効いてるんだ――
トリスタン:第十一歩兵小隊、負傷者を抱え撤収。
第十二歩兵小隊、獣人のゲリラ兵と共に撤収。
陸軍全部隊、退却が完了しました。
後はモルドレッドたちだけですが――……
パーシヴァル:あれは――……
〈
トリスタン:新たに湧いてきた悪魔……
封印を維持出来なくなったのですか……
パーシヴァル:そんな……
二人ともまだ戻ってきてないよ!?
トリスタン:…………
パーシヴァル:た、助けに行かないと!
トリスタン:…………
パーシヴァル:何を突っ立ってるんだよ、兄さん!
早く助けないと――……
モルがっ! ラーライラがっ!
トリスタン:パーシヴァル、二人はもう……
パーシヴァル:まだ、まだ間に合うかもしれないだろっ!?
兄さん! 何とか言ってくれよ!
トリスタン:賢いあなたならわかるでしょう。
封印が消え、二人が戻ってきていないと言うことは――
パーシヴァル:そんな……嘘だろ……
ロンギヌスは奇跡を起こす槍じゃなかったのかよ……
うううっ……ああああっ……
アンドレアル:ガ、ハアアア……
俺ハ……一体何ヲ……
パーシヴァル:アンド、レアル……!?
トリスタン:その傷で、まだ立ち上がれると――!?
アンドレアル:何ガドウナッタノダ……
ワカラン……アレカラ何ガ起ッタ……
ダガ、俺ヲ呼ブ声ガ聞コエル……
俺ハ……俺ハ、コノ声ニ応エネバナラン――!
□9c/地下洞窟、地面についた槍にもたれかかるモルドレッド
モルドレッド:はあ、はあ……
すまない、ラーライラ……
聖櫃の儀式魔法で、魔力を使い果たした……
俺たち二人の、この小さな結界の維持すら出来なくなる……
ラーライラ:私は自分の意思でここにきた。
どんな結末でも受け入れる。
モルドレッド:お前は、使徒シャダイの子孫。
だから、アンドレアルゲートの封印に協力してくれたのか。
ラーライラ:私は若木。あなたは光。
だから私は、あなたの方へ枝を伸ばしたの。
シャダイもアンドレアルも関係ない。
モルドレッド:俺が光、か……
奇跡の槍ロンギヌス――
か弱き子羊を救う、最後の奇跡を。
お前の使い手、モルドレッド=ブラックモアの最後を飾る奇跡を起こしたまえ……
ラーライラ:結界が強さを増した……
モルドレッド、あなた命を削って!?
モルドレッド:お前は俺を光と言った。
ならばお前を導く光を、光射す道となって照らさないわけにはいくまい……
さあ、走れラーライラ!
俺の光が、消えないうちに――!
ラーライラ:私、そんな奇跡望んでいない!
あなたが犠牲になる奇跡なんて、そんなもの奇跡と呼べない!
ロンギヌスの槍! 奇跡を起こして!
トゥルードの森の時のような、本当の奇跡を!
アンドレアル:ガアアアアアアア――!
モルドレッド:アンドレアル――!?
アンドレアル:モルドレッド……
オ前ハ獣人タチノタメニ怒リ、
帝国軍ニ命ヲ狙ワレタ俺ヲ庇ッタ……
ダカラ俺ガ奇跡ヲ起コス――!
モルドレッド:次元の歪みが……封じられていく!
悪魔どもが押し返されていくぞ!
ラーライラ:でも……アンドレアルの身体が石に……
アンドレアル:俺ハ、モウジキ動クコトガ出来ナクナル……
モルドレッド……
ウル・ハサンノ民ヲ……
イヤ、帝国ニ住ム全テノ獣人タチヲ頼ム……
モルドレッド:わかった――約束しよう。
俺の力が及ぶ限り、人間と獣人を阻む壁を打ち砕いてみせる!
アンドレアル:フッ――……
オルドネアハ、オ前ノヨウナ奴ダッタノカモシレン。
アバヨ、モルドレッド……
オ前ハ最高ノ弟ダッタゼ――
モルドレッド:兄、上……!?
兄上ぇ――――っ!
パーシヴァル:モル――っ!
ラーライラ――っ!
モルドレッド:パーシヴァル……
パーシヴァル:よかった……
二人とも死んじゃったのかと思ったよ……
トリスタン:この石像は……アンドレアル……
モルドレッド:アンドレアルの最後の言葉……
あれは間違いなく兄上のものだった。
兄上が身をもって、次元の歪みを封印してくれたのです。
ラーライラ:アンドレアルは……
ベイリンは、石になる瞬間、何を想っていたのかしら……
パーシヴァル:兄さんだって、たとえ『ハ・デスの生き霊』の力を借りたとしても、
帝国と戦争して勝てるなんて考えてなかったはずだ。
騒動が大きくなったところで、和平の道を探るつもりだったと思う。
……これでよかったんだよ。
ベイリン兄さん風に言えば「てめえのケツはてめえで拭く」ってとこじゃないかな。
トリスタン:…………・
ベイリン、誓いましょう。
あなたが命を捨てて守ろうとしたウル・ハサンの民は、必ず私が守り抜きます。
それが……私の罪滅ぼしです。
モルドレッド:兄上――
あなたは地下で、俺は地上で。
より良い世界のために、人間と獣人が手を取り合っていける世界のために、
共に力を尽くしていきましょう。
さあ、往こう。
俺たちの居るべき場所は、暗き地下ではない。
光射す地上――俺たちの住む世界へ。
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