第13話
★配役:♂3♀2=計5人
▼登場人物
モルドレッド=ブラックモア♂:
十六歳の聖騎士。
ブリタンゲイン五十四世の十三番目の子。
オルドネア聖教の枢機卿に「十三番目の騎士は王国に厄災をもたらす」と告げられた。
皇帝の子ながら、ただ一人『円卓の騎士』に叙されていない。
魔導具:【-
パーシヴァル=ブリタンゲイン♂
十七歳の宮廷魔導師。
ブリタンゲイン五十四世の十一番目の子。
『円卓の騎士』の一人で、陸軍魔導師団の一員。
お調子者の少年だが、宮廷魔導師だけあって知識量はかなりのもの。
魔導具:【-
魔導系統:【-
ラーライラ=ムーンストーン♀
二十七歳の
トゥルードの森に住むエルフの部族『ムーンストーン族』の一員。
人間の父と、エルフの母のあいだに生まれたハーフエルフ。
『ムーンストーン族』のエルフには見られない青髪と碧眼は、父親譲りのもの。
父親が魔因子を持たない人間だったので、〈魔心臓〉しか受け継がなかった。
エルフながら魔法を使うためには、魔導具の補助が必要である。
魔導具:【-
魔導系統:【-
ベイリン=ウル=ハサン♂
二十六歳の酋長。『砂漠の人食い熊』と恐れられる熊獣人。
ブリタンゲイン五十四世の六番目の子。
母親は、獣人の血の混ざった異民族ウル・ハサン人。
皇位継承権は放棄し、砂漠の国ウル・ハサンの酋長として、ザーンの街を治めている。
獣人は準魔因子持ちの種族で、魔法を使うための〈魔晶核〉のみ形成される。
先天的に魔力を生成する〈魔心臓〉を持たないので、魔法は短時間しか使えない。
魔導系統:【-
性別不明・年齢不詳の死霊傀儡師。
『ハ・デスの生き霊』の主教で、
色素の抜けた白髪と、赤い虹彩のアルビノ。
魔導具:【-
魔導系統:【-
シーリーン♀:
砂漠国ウル・ハサンの酋長の娘。ベイリンの母親。
ウル・ハサン人は、人間と獣人、二つの種族の遺伝子を持つ。
シーリーンは人間の遺伝子が強く出たので、種族は人間になる。
六年前、三十六歳で病死した。
(セリフは三言のみです。被り役を推奨します)
獣人の踊り子A両
獣人の踊り子B両
(アンデッド化した際の悲鳴のみです)
(被り・飛ばしを推奨します)
※注意
・ルビの振ってある漢字は、ルビを読んでください。
・特定のルビのない漢字は、そのまま読んでください。
□1/ドーア砦、地下牢
モルドレッド:灰色の壁に、冷たい石畳。
光の射さない地下牢に閉じ込められていると、
時間の感覚がわからなくなってくる……
パーシヴァル:あれからもう一週間だよ。
イヤんなっちゃうね。
ラーライラ:狭い石の密室で、四六時中他人と一緒……
息が詰まりそう。トゥルードの森が恋しい。
パーシヴァル:ラーライラも本を差し入れてもらったら?
暇潰しになるよ。
ラーライラ:私たち、どうなってしまうのかしら……
パーシヴァル:食事もちゃんとしたものを与えてくれるし、要求を言えば割合聞いてくれる。
身の安全なら、心配しなくてもいいと思うよ。
モルドレッド:肩が痛む……くそっ、あの牢屋番め。
パーシヴァル:モルみたいに、トイレに連れて行ってもらうフリして脱走しようとしなければ、だけど。
ラーライラ:咬み傷、消毒しないと。
包帯を外す。
モルドレッド:くうっ……
ロンギヌスさえあれば、回復魔法で瞬時に完治するものを!
つつつっ……俺が狼男などに屈するとは!
パーシヴァル:獣人の身体能力は、人間を遙かに上回る。
実戦を積んだ聖騎士でも、丸腰じゃボッコボコだよ。
ラーライラ:軟膏、塗り終えた。
包帯を巻く。
――終わり。
モルドレッド:くそっ!
いつまで俺たちは、薄汚い地下牢に閉じ込められていればいい!
こうしている間にも、ブリタンゲインとウル・ハサンの戦争が始まるかもしれないというのに!
パーシヴァル:アヴァロンがあれば、脱獄も出来るんだけどなあ。
おいらが古代人だったら、魔導具無しでもドカーン!なんだけど。
ラーライラ:純血のエルフも、魔導具無しで魔法を使える。
でも、私はハーフエルフ……
モルドレッド:三人揃って能無しか……
パーシヴァル:東洋のことわざには三人よればモンジュのチエ≠チてものがあるらしいけど、
おいらたちは三人集まっても愚痴ばっかだね。
ラーライラ:季節が冬ならば、種となりて眠れ。
やがて穏やかな春風がそよぐだろう
族長様が言っていた。
ムーンストーン族の生きる知恵。
モルドレッド:三人で無駄話をしていれば、いい打開策が浮かぶ。
手詰まりになったら、ふて寝しろ。
昔の偉人たちも、無責任なことを言う。
ラーライラ:苛立つのはあなたの勝手。
でも、八つ当たりしないで。
モルドレッド:何だと?
お前こそ、くだらんことで俺に突っかかるな。
パーシヴァル:まーまーまー。
珍しいね、ことわざ好きのモルがケチをつけるなんて。
モルドレッド:すまない……
少し冷静になったほうがいいようだ。
パーシヴァル:狭いし暗いし、イライラする気持ちもわかるよ。
ん?
なんだろう。
階段を下る足音……
誰か来たみたいだよ。
ベイリン:よお、一週間ぶりだな。
元気そうで安心したぜ。
モルドレッド:兄上……
パーシヴァル:ねえ、兄さん。
いい加減、ここから出してよ。
ベイリン:そいつはできねえ相談だ。
砂漠国ウル・ハサンは独立を宣言し、ブリタンゲイン帝国に宣戦布告をした。
パーシヴァル:やっちゃったんだ……
ベイリン:パーシヴァル、モルドレッド。
お前らは、帝国の十一皇子と十三皇子。
大事な人質ってことだ。悪く思うな。
モルドレッド:兄上……
獣人の部隊は普通の人間を上回る力を持つとはいえ、
帝国軍は
勝つことは不可能だ。
ベイリン:だろうな。
獣に変身すりゃあ、一時は帝国軍を圧倒出来るが、
魔心臓の無い俺たちは、短時間しか変身が続かねえ。
まともにぶつかっても、ウル・ハサンに勝ち目はない。
モルドレッド:そこまでわかっているなら何故!?
黒翅蝶:
されど、散りゆく
ラーライラ:ローブの魔導師……?
赤く光る眼……死人のような肌……
気味が悪い……何者?
黒翅蝶:時の砂時計は流れ落ち、運命の針は終焉へ回る……
カーディフの墓地より別れ路に着いた蝶と皇子は、砂塵の舞う地にて再会す。
十三皇子、我らの歯車は再び噛み合った。
モルドレッド:『ハ・デスの生き霊』……!
貴様が裏で糸を引いていたのか、ネクロマンサー!
黒翅蝶:
彼の恐竜王は、黒翅蝶の造りし最高のアンデッドの一つ……
ラーライラ:恐竜王ディラザウロ……!?
私たちトゥルードの森のエルフは、お前のせいで……!?
返してっ!
族長様をっ! 里のみんなをっ!
返してっ!!
パーシヴァル:正気なの、兄さん?
『ハ・デスの生き霊』の噂は聞いたことがあるだろ。
こいつらは、帝国のあちこちでカルト教団を興し、墓荒らしや遺跡盗掘を行っている一団。
その目的は、アンデッドの軍勢を作り上げて、封印のゲートを破壊することだ!
黒翅蝶:『ハ・デスの生き霊』は不幸を撒くにあらず。
我らは耳を傾ける。汝らが正義の下に封じられた無念を聞く。
『ハ・デスの生き霊』は
モルドレッド:ふざけるな!
死者をもてあそび、エルフたちを虐殺し、あまつさえ封印のゲートを破り、
冥府から
ベイリン:ほおう……
エルフといえば、どいつもこいつもが魔法の使い手。
帝国も無視出来ねえ勢力だが。
黒翅蝶:闇夜の貴公子、
ラーライラ:ベイリン、あなたは本気なの?
『ハ・デスの生き霊』は、私たちエルフを沢山殺した。
こんな奴らの力を借りても、必ず利用されるに決まっている!
パーシヴァル:そうだよ、兄さん。
獣人の独立や待遇改善の反乱なら交渉の余地もあるけど、
『ハ・デスの生き霊』と共謀しての反乱だったら大義名分も何もない。
帝国軍には、テロリストとして問答無用で討伐されちゃうよ。
ベイリン:んなこたぁ、百も承知よ。
吸血鬼に恐竜のアンデッド、そしてネクロマンサー。
頼もしい助っ人だぜ。
俺たちの独立戦争は、『ハ・デスの生き霊』抜きじゃ起こせなかった。
お前らと組んだのは正解だったようだな、ネクロマンサー。
モルドレッド:兄上……!
ベイリン:あばよ、坊主ども。
大人しくしてろよ。
パーシヴァル:やばいね、これ……
ベイリン兄さんは、最初から戦争を仕掛けるつもりで、奴隷商人ゾビアスを誘拐したんだ。
ラーライラ:ベイリンは『ハ・デスの生き霊』と手を組んだ。
ネクロマンサーは、族長様やみんなを殺した相手。
どんな理由があっても許せない。
パーシヴァル:国民感情からいえば、そうなっちゃうよね。
モルドレッド:兄上……一体何故だ!?
何故『ハ・デスの生き霊』などと……!
□2/ドーア砦、大広間
ベイリン:ああ……わかった。
よし、下がれ。
モグラの獣人ども、地下潜伏隊が帰還した。
敵の補給部隊の背後から回り込み、奇襲に成功。
お前の言う通り、水を地面にぶちまけてきたぜ。
黒翅蝶:良し。
後は、炎天の空と吹き荒れる熱砂が侵略者を干上がらす。
カルダンの砂漠。それは蜃気楼の要塞……
ベイリン:よく補給部隊の進路を見抜いたな。
ガウェインは、筋金入りの戦争屋だ。
水や食い物の重要性をよく知っていて、補給隊の進路は最重要機密としてやがる。
お前ら『ハ・デスの生き霊』は、一体どれぐらいの規模がある?
黒翅蝶:我らが教団は、受け入れる。
虐げられし者、義憤を抱く者を。
圧政に掻き消された想いが、
ベイリン:密告か?
いや、だが進軍経路が漏れることは……
まさか
黒翅蝶:処世と建前の砂塵の向こうより、黒き蝶は舞い来たり。
汝、惑うことなく、真実を見極めるべし。
ベイリン:もしかすると――
いや、考えてもしょうがねえ。
腐りきった
それだけでいい。期待し過ぎたら足下をすくわれる。
いい加減、頭の悪い俺でも学んできた……そうだろう?
□3/地下牢、眠りに就いた三人
ラーライラ:ん……
錆びた鉄の軋む音……?
鉄格子が揺れてる……?
モルドレッド! パーシヴァル!
パーシヴァル:はえ……?
おはよう、ラーライラ。
ラーライラ:起きた!
パーシヴァル!
パーシヴァル:おかしいなあ、どうしてラーライラがおいらのベッドに?
おいら、親友の彼女を奪うなんて絶対にしないよ。
だからこれは夢なんだ……おやすみ、ラーライラ……
ラーライラ:意味がわからない!
モルドレッド、起きて!
モルドレッド:何だ……?
トイレなら俺じゃなくて門番に言ってくれ……
ラーライラ:違う!
地下牢の鉄格子!
モルドレッド:……これは!?
ラーライラ:鉄格子の鍵が開けられているの。
門番も倒れてる。
パーシヴァル:騒がしいなあ……
二人の仲が良いのは嬉しいんだけど、おいらもいるってこと忘れないでくれよ……
ふああ〜……
モルドレッド:何を勘違いしているんだ、お前は。
起きろ、脱走のチャンスだ!
パーシヴァル:……へ?
雑草がどうしたって?
ラーライラ:寝ぼけてる……
モルドレッド:こいつの寝起きの悪さは、筋金入りだ。
放っておくぞ。
ラーライラ:早く逃げよう。
他の獣人が気づく前に。
モルドレッド:待て、あまりに都合が良すぎる。
罠かもしれん。
パーシヴァル:ふああ……
少し考えてみた方がいいかもね。
おいらたち、魔導具も何も持ってないし。
モルドレッド:確かにそうだ。
現状では獣人と出くわせば、それだけで敗北してしまう。
ラーライラ:この臭い……血?
見て!
壁に赤い線が引かれていく……!
モルドレッド:
なんだこれは……
パーシヴァル:……ドーア砦の見取り図だね。
この経路を辿っていけってこと?
ラーライラ:ねえ、血文字のメッセージ……!
ココノ武器庫ニ、オ前タチノ魔導具有リ
モルドレッド:俺たちを牢屋から助けたのも、こいつか。
一体何者なんだ……?
パーシヴァル:可能性として一番高そうなのは、ケイ兄さんの情報戦略局?
でも、
モルドレッド:出てこい! 近くにいるんだろう!
何の意図があって俺たちを助けた?
パーシヴァル:無駄だよ。
血文字なんて手の込んだことをして、姿を隠してるんだ。
おいらたちと顔を合わせたくないんだよ。
ラーライラ:信用できるの?
パーシヴァル:少なくとも、ベイリン兄さんと『ハ・デスの生き霊』を止めて欲しいってことは違いないみたいだ。
そうだよね、誰かさん?
ラーライラ:否定は……なし?
モルドレッド:いいだろう、お前の思惑に乗ってやる。
行くぞ、パーシヴァル、ラーライラ!
帝国とウル・ハサンの戦争は何としても食い止める!
□4/ドーア砦、大広間の玉座で思案に耽るベイリン
黒翅蝶:その額の魔晶核に眠りし、凶暴なる獣。
満月の夜、月の魔力に内なる獣は目を覚ます。
理性の檻を破り、日常を食いちぎり、隣人の血に酔い痴れる。
やがて満月の魔力は消え去り、朝日は夜の惨劇を照らし出す。
朝空に響く嘆きの遠吠え――
それは愛する者を食い殺した獣人たちの
ベイリン:……そうだ。
そうして人間社会と折り合いが悪くなった獣人たちが、
人目を避けるように砂漠に集まり、自然と出来上がった。
ウル・ハサンの成立は、そんなところだ。
黒翅蝶:聖剣王ブリタンゲインと円卓の騎士たち。
その眩き
ベイリン:てめえらで追い出しておいて、獣人が国を作れば服従を迫る。
勝手なもんだ。だけど大陸最強の帝国軍に勝てるわけがねえ。
時の酋長は、血の気の多い連中をなだめて、首輪をつけられることを選んだ。
黒翅蝶:従属の証に捧げられた生贄は、
誇り高き聖獣の因子を宿す使途アンドレアルの末裔。
ウル・ハサンが酋長の娘シーリーン――
ベイリン:ウル・ハサンは、十六の小娘一人に国の命運を背負わせた。
まだたった十六だったシーリーン……俺のお袋に――
お袋の俺への思い入れはハンパじゃなかった。
やっと産まれたウル・ハサン人の血を引く第六皇子だ。
なんとかして皇帝の気に入る子に育てたかったんだろう。
だけどよ、ダメだったんだ……
黒翅蝶:喉につかえた想いを、ハ・デスに打ち明けよ。
黒翅蝶は、汝の抱えし心の重荷を引き受けよう。
汝の想いは冥府に還し、汝の苦悩は
ベイリン:…………
自分が獣人だと自覚したのは、いつからだったか。
とにかく俺は物覚えが悪くてな。
王族お付きの教師もさじを投げるほどのバカだった。
お袋はその度に
俺は必死で机にかじりついて勉強したぜ。
でもよ、俺が三倍も四倍も努力しても、やっと他の子供の及第点なんだ。
人間と獣人は、頭の出来が違う。
ガキの俺は、人間と獣人の、乗り越えられない差を知っちまったんだ。
黒翅蝶:獣人は、体感と激情の野生の世界に生きるもの……
人間は、知識と駆け引きの知恵の世界に生きるもの……
両者は折り合わず、時の支配者となった人間は、獣人を野蛮と蔑み、
社会の底辺に追いやって過酷な仕事を押しつけた……
ベイリン:中等部に入る頃には、俺はすっかりやさぐれていてな。
ろくに貴族学校もいかず、手下どもを引き連れて
くだらねえ喧嘩に、くだらねえ遊び。
毎日がくだらねえことばかりだったが、楽しかった。
故郷ウル・ハサンのことも、帝国の皇子だということも、忌々しいお袋のことも忘れられた。
俺は王族の鼻つまみ者。お袋は鼻つまみ者の獣人を産んだ異民族の女。
俺とお袋の関係は、どうしょうもないほどに冷え切っていた。
黒翅蝶:汝ら親子を分かつように、凍れる断絶の
やがて零下の季節は移り変わり、春の雪解けは近づく。
されど、雪解けは時に雪崩れとなり、破滅の崩落を引き起こす。
ベイリン:俺は仲間と一緒に、商人や貴族の家に忍び込んで金目の品をかっぱらい、
ちょっとした火遊び。義賊にでもなったつもりでいた。
ある晩、俺たちは西区のホーキング
ホーキングの屋敷の地下は、悪趣味な貴族たちの集まる、秘密の賭博場になっていた。
貴族どもが賭けに夢中になっているあいだに、俺たちは金庫ごと担いでトンズラするつもりでいた。
でもな、そこで見ちまったんだよ……
バカでかい檻と、その中で取っ組み合う二人の子供。
そいつらは、どっちも獣の耳や尻尾を生やした、獣人のガキだった。
黒翅蝶:犬や
人としての技と、獣化という奥の手の逆転劇は、観衆の目を楽しませる格好の小道具。
古来より続く、貴族たちの
ベイリン:俺は、世間の酸いも甘いも知り尽くしたつもりでいた。
獣人として産まれ、差別と嘲笑を浴びて育ち、ガキの時分で挫折を味わった。
だったらと世間に冷笑を返して、それで一人前に歯向かっているつもりだった。
だがな、俺は何も知りはしなかった。
世間の、ブリタンゲイン人の獣人に対する意識は……
奴ら、獣人を同じ人間と思っちゃいねえんだ。
犬ころや家畜と同じ。
俺の味わった屈辱なんて差別にも入らねえ。
これが本当の……獣人の生きる現実だったんだ。
気がついたときには勝負はついていた。
貴族たちの大歓声の中、勝った獣人の子供は、自分の噛み殺した相手を見下ろしていた。
涙一つ零さねえ、澱んだ目。
未来の自分の屍を眺めるような、そんな目だった――
黒翅蝶:地下広間に響いた雄叫びは、帝都ログレスを揺るがす。
外道の遊戯と、穢れた金貨を切り裂くは、大熊の腕。
哀しみと怒りに突き動かされ、力強き猛獣が吼え猛る。
ベイリン:俺が何を感じていたのかは、自分でも言葉に出来ない。
ただ頭が真っ白になって、凄まじい怒りが荒れ狂っていた。
ホーキング子爵と、奴隷商人どもを食い殺しただけでは飽きたらず、
駆けつけた自警団を相手に暴れ回り、宮廷魔導師の魔法でようやく取り抑えられた。
黒翅蝶:ホーキング子爵邸の、惨劇の地下遊戯。
人々は恐れと侮蔑と敬意を込めて、汝を呼んだ。
砂漠の人食い熊ベイリン=\―
ベイリン:……気がつくと、俺は牢獄のベッドに寝ていた。
全身がひどく痛んだ。
神官どもは、俺がまた獣化して暴れないように、わざと治療せずに怪我を残してやがった。
自分だけが不幸だと嘆いて、ふて腐れているあいだに、
数多くの獣人たちが家畜以下の扱いをされ、苦しめられていた。
俺は、十八の歳になって、やっと自分の人生と向き合おうとしていた。
だがもう、何もかも遅すぎた。
死刑か、一生牢屋暮らしか。
俺の人生は終わりだ。
そう思うと、我知らずに涙が溢れてきてな。
信じてもいねえオルドネアに祈り、縋っていた。
助けてくれ、今日から俺は真剣に生きる、と――
俺の願いをオルドネアが聞いたのか。
意外な人間が、俺に面会にやってきた――
□4b/八年前、キャメロット城の地下牢
シーリーン:ベイリン……
ベイリン:お袋か。
人殺しの、それもブリタンゲインの貴族様を殺した息子を罵りにきたか?
それともウル・ハサン人の王妃直々に、人食い熊≠フ首を取って、ブリタンゲイン人に詫びるか?
シーリーン:ベイリン……
お前には、可哀相なことをしてきたね。
お前が頑張っているのも無視して、辛く当たってきた。
どうか許しておくれ……
ベイリン:…………
シーリーン:今更こんなことを言える身ではないけど、母さんが何とかするから。
お前はお前の道を、自由に生きなさい。
帝国もウル・ハサンも気にせず、お前の人生を――
□4c/ドーア砦、過去の回想から戻るベイリン
ベイリン:結局、俺の処分はうやむやのまま釈放された。
俺のやらかしたことは大事件だが、ホーキング子爵の悪業は弁護しようがない。
俺を厳罰に処せば、間違いなく二等国民たちの反感を買うだろう。
かといって無罪放免じゃあ、貴族や商人たちに示しがつかねえ。
どの道、俺の皇位継承権は四番目で、ハナから回ってくる見込みもねえ。
俺はブリタンゲイン王族の姓を返上し、ウル・ハサンに引き取った。
お袋が死んだのは、それから一年後だった。
三十六歳――短い生涯だった。
黒翅蝶:汝は黙殺されし獣人たちの、唯一世に届く声。
獣人らは、汝に希望を見出し、砂漠に集った。
ウル・ハサンの新たなる酋長、砂漠の人食い熊の元に。
ベイリン:他に行き場所がない流れ者が増えただけさ。
俺は威張れるような成果は、何も出しちゃいねえ。
今はまだ……
黒翅蝶:ハ・デスは光を嫌い、光射さぬ無明の闇を愛す。
光当てられぬ汝の
ベイリン:そいつは、励ましているのか?
そういやあ、胡散臭え教団だが、お前も神官だったな。
黒翅蝶:帝国の民が救世主オルドネアを崇めるように、
黒翅蝶もハ・デスに信仰を捧げし敬神の徒。
我らは我らの神に、汝らは汝らの救世主に祈らん。
ベイリン:お前も妙な奴だな。
真っ当な人間でないのは、その染みついた死人の臭いでわかるが……
なあ、ネクロマンサー。
お前さんは、どんな人生を歩んできたんだ?
黒翅蝶:蝶の翅は、色鮮やかに。
可憐に毒々しく流転す万華鏡の如く。
汝が眼に、黒翅蝶はどう映る?
ベイリン:へっ、自分の話になるとはぐらかしやがる。
まあ、あんたが話したくなければいいさ。
そろそろ始めようぜ。
ウル・ハサンの戦争は、これからが本番だ。
□5/ドーア砦、広間に突入する三人
モルドレッド:兄上っ! ネクロマンサーっ!
パーシヴァル:モル、いきなり扉を開けたら――
ラーライラ:来るっ!
無数の影! 早いっ!
モルドレッド:オルドネアよ、暴威を阻む加護を!
黒翅蝶:今宵、ザーンの街で開かれる、三人の客人のための舞踏会。
汝らの手を取り躍るのは、
切り裂かれた素肌を
ラーライラ:宴会の時の、獣人の踊り子たち。
モルドレッド:こいつらもウル・ハサンの反乱に荷担したか。
パーシヴァル:猫科の獣人は、生まれついてのハンターだ。
隙を見せたら、あっという間に喉笛を食い千切られるよ。
モルドレッド:わかってはいるが。
黒翅蝶:くっくっく……
美しき踊り子の誘惑に怯えてしまうとは、初心なこと……
オルドネアの
黒翅蝶がめくるめく快楽の花園へ誘おう。
モルドレッド:ふざけた挑発を!
パーシヴァル:モル、カッとなるなって。
モルドレッド:しかし、いつまでも結界にこもっているわけにはいかん。
パーシヴァル、合図と同時に結界を解く。
パーシヴァル:はいよ。
モルドレッド:今だ!
パーシヴァル:天を翔ける猛き稲妻よ。
我が手に集い、我が手に弾け、
我らが敵へ、天壌の怒りを落とせ。
ゼウス・ガベル!
ラーライラ:……っ。
踊り子たちが感電して倒れてる。
死んじゃったの?
パーシヴァル:大丈夫、ちょっと気絶するぐらいの電気ショックさ。
モルドレッド:……なんだ、あの召喚陣は!
黒翅蝶:
上れよ……上れ……汝らの故郷はもうすぐ其所に……
我の冷たき
死の沼底より這い出せ……
モルドレッド:あれは……フレッシュゴーレム!
この前と同じ、死体をこね合わせた屍肉の巨人!
パーシヴァル:あれよりもっと醜悪だよ。
人間の上半身が残ったまま、下半身だけ何十人分も融合してる。
うえ……気持ち悪っ。
ラーライラ:あの浅黒い肌の色……
崩れかけてるけど、あの長い耳……
まさかオブシディアン族のエルフたち……?
黒翅蝶:くっくっく……その通り。
この
ラーライラ:私、知ってる……
あの顔も、あっちのエルフも見たことがある……
酷い……
こんな醜いアンデッドにされて……
黒翅蝶:精霊使いの屍で造りし、フレッシュゴーレムは、汝らを退屈させぬであろう。
常闇に巣くう闇の精霊シェイドよ。
元素の世界を生きる、精霊使いの呼び掛けに応えよ……
モルドレッド:あのフレッシュゴーレム、精霊魔法を使えるのか!?
パーシヴァル:みたいだね……
でもさすがに異様な気配だから、闇の精霊以外はどの精霊もみんな怯えて近寄らないけど。
黒翅蝶:生命を腐らせ、虚無へ還す、闇の吐息を浴びせよ。
ラーライラ:あの闇の霧は腐敗の霧!
触れると、あらゆるものが腐っていく!
モルドレッド:……妙に拡散が遅い。
これでは霧が届く前に、簡単に逃げ出せる。
何かの罠か……?
パーシヴァル:あいつ……踊り子たちを狙ったんだ!
気絶して動けない獣人たちを、腐敗の魔法で殺して、アンデッドにしやがった!
モルドレッド:この外道がっ!
踊り子たちは、まがりなりにも『ハ・デスの生き霊』に賛同した仲間だろう!
貴様は、どこまで腐った奴だ!
黒翅蝶:汝ら、耳を塞ぐなかれ。
魔導師のいかずちに撃たれ、手足一つ動かせぬ歯痒さ。
そして今、黒翅蝶の導きによりアンデッドとして再誕した喜び。
あの
パーシヴァル:そんなの戦闘と献身の興奮で、一時的にそう思ってるだけだ。
冷静になって考えたら、アンデッドにされて操られるなんて納得できるわけないだろっ!
黒翅蝶:汝らの信奉する正義は、真実を曇らせる。
国家への反逆、望んで受け入れた死、虚ろに彷徨う肉体……
オルドネアの定めた教義では、汝らの魂に染み込んだ倫理では、悪と断罪される。
オルドネアでは、獣の舞子たちの
美しく哀しき自己犠牲を慈しむは、ハ・デスなり。
パーシヴァル:悪いけど、今度は手加減無しだ!
我らが敵へ、天壌の怒りを落とせ。
ゼウス・ガベル!
ラーライラ:当たった!
でも――!
パーシヴァル:ダメだ、半数以上にかわされた!
さっきよりスピードが上がってて、電撃の軌道計算が狂ったよ。
モルごめん、後は任せる!
モルドレッド:オルドネアよ、暴威を阻む防壁――
黒翅蝶:屍の汚血よ、赤き呪詛となりて爆ぜよ。
獣人の踊り子A:ゲベエッ!
獣人の踊り子B:ギャアッ!
ラーライラ:自爆させた!?
パーシヴァル:アンデッドの血を沸騰させ、内側から破裂させる。
血の蒸気と骨の欠片を撒き散らす、死体爆弾の魔法だよ!
モルドレッド:ぐうっ……
はあっ……
ラーライラ:モルドレッド!?
モルドレッド:直、撃した……
だが大丈夫だ……
ロンギヌスの自然治癒が働いている……
黒翅蝶:獣の舞子たちよ。
血生臭く匂い立つ、血と骨の妖花となりて、怨敵の死を実らせよ。
ラーライラ:種に眠りし、寄生の命。
肉に根を張り、鮮血をすすり、赤く咲き誇れ。
ドレインリーパー。
パーシヴァル!
今のうちに早く!
パーシヴァル:おっし、高速でいくよ。
黒翅蝶:アンデッドを捕縛……
ならば、死者の肉を、毒の煙に変えるまで。
屍の汚血よ、死毒となりて――
パーシヴァル:紅く燃ゆる荒ぶる炎よ。
煉獄の渦に巻き込み、我が敵を焼き尽くせ。
プロメテウス・ストリームっ!
ラーライラ:っ……凄い熱気。
火事は大丈夫なの?
パーシヴァル:石造りの建物だから平気だよ。
ゾンビたちは全滅させたけど……
黒翅蝶:万物は夜の闇に没す。
炎もまたその紅き血気を覆い隠され、暗闇に閉ざされる。
パーシヴァル:さすが精霊使いのアンデッド。
魔法防御もお手の物ってわけだね。
黒翅蝶:四大元素より高次にありし、闇と光。
闇の精霊シェイドに、汝の
パーシヴァル:四大元素を使う
光とか闇とか、下手くそほど、難しい系統の魔法を使いたがるんだ。
モルドレッド:――誰が下手くそだと?
パーシヴァル:モルのことじゃないってば。
それより怪我、直ったんだ?
モルドレッド:ああ、回復魔法を自分に掛けた。
光の神聖魔法は、全魔法系統の最高位に位置する。
常識だろう?
パーシヴァル:オッケー、異議ありだ。
あとでトコトン議論しよう。
モルドレッド:望むところだ。
黒翅蝶:くっくっく……
汝らの論戦に、闇魔法からの一存を投じよう。
常闇に巣くう闇の精霊シェイドよ。
霊園の空に浮かぶ、黒き三日月となりて、輝ける太陽を追い落とせ……
暗き影の農夫たちに、我、収穫の時を告げる。
光射す世界に実った、命の稲穂を刈り取れ……
往け……首狩りの月……
モルドレッド:闇の鎌の群れだと――?
だが数は多くても、しょせんは単体攻撃の闇魔法。
ロンギヌスの結界で受け止めてやる。
ラーライラ:ダメっ、モルドレッド!
その闇の鎌を受け止めては!
モルドレッド:何――!?
くうっ!?
パーシヴァル:モル、大丈夫かい!?
モルドレッド:そんな馬鹿な……!
こうも呆気なく、ロンギヌスの障壁を切り裂いただと?
パーシヴァル:ねえ、床見てよ。
モルドレッド:俺の髪の毛……?
真っ白になって抜け落ちている……
闇の鎌がかすめたところか……?
ラーライラ:あの闇の鎌は、闇の精霊シェイドそのもの。
命あるものに死をもたらし、形あるものを滅ぼす、黒き殺意。
当たったら、どんな魔法防御も無効化されて、取り殺される……!
黒翅蝶:死によって閉ざされたものたちの物語を、
黒翅蝶が語り部となって伝えよう。
ラーライラ=ムーンストーン。
見るがいい、ダークエルフたちの涙を。
無念と絶望、報われぬ使命。
偽りの伝承を背負わされていたと知った、血の涙。
ラーライラ:それは……
黒翅蝶:黒曜石のエルフたちは、死して真実を悟り、
我らはシャダイの捨て駒であったと
この蠢く屍たちの、声にならぬ遺言を口寄せよう。
ムーンストーン族よ、死ね
ラーライラ:……っ!
黒翅蝶:月長石のエルフの娘。
蝶の誘いに従い、こちらへ来たれ。
死者の前に
黒翅蝶と共に、
ラーライラ:わ、私……
モルドレッド:ラーライラ、奴の戯れ言に耳を貸すな。
ああやって人の心の弱みにつけ込み、利用しようとするんだ。
パーシヴァル:死者の怨みを増幅して魔力に変えるのが、
もしアンデッドが何か喋っても、生前の理性はほとんど残っていない。
気にすることないよ。
モルドレッド:恐怖と怒りを
偽りの救済――『ハ・デスの生き霊』の
兄上もウル・ハサンの民も、奴に利用されているのだ。
黒翅蝶:砂のオアシスに戯れ遊んだ、ウル・ハサンの地。
たまゆらに身を休めし、砂漠に咲く獣の雄花。
黒翅蝶は、勇ましき
『ハ・デスの生き霊』は、協力者には必ず報いるもの。
砂漠の国へ、我は友誼の名残を零そう。
モルドレッド:黙れ! 貴様の言葉遊びは聞き飽きた!
すぐに貴様を倒し、兄上の元へ向かう!
黒翅蝶:ならば
さあ、首狩りの月に怯え惑い、闇の精霊と踊れ。
パーシヴァル:【
我らが敵を撃て! ゼウス・ガベル!
黒翅蝶:くっくっく……
汝の自律詠唱水晶は、骸の口数に劣る。
天壌より落ちた稲光は、奈落の闇に儚く閃いて消ゆる。
パーシヴァル:うえっ、無効化されちゃった。
一発ぐらいは命中すると思ったのに。
あのフレッシュゴーレム、何十人のエルフで出来てるんだよ。
黒翅蝶:もう逃げ惑うことはない。
安らかなる墓土の寝台に、疲れた亡骸を横たえるがいい。
パーシヴァル:あわわわわっ!
ラーライラ:お願い、
パーシヴァル:た、助かった……
ラーライラ:そうでもない……っ!
あなたも攻撃を防いで!
パーシヴァル:う、うんっ!
モルドレッド:このままではラーライラとパーシヴァルが……
外れれば命取りだが……あれを試すか?
黒翅蝶:深き森を枯れ山へ。枯れ山を不毛の地へ。
忍び寄る死の冬に震え、朽ちゆく身代わりの樹を嘆く。
汝らは、凍え死ぬ
ラーライラ:
モルドレッド:ロンギヌスの槍……運を天に任せる。
オルドネアよ、どうか勝利へ導きたまえ!
パーシヴァル:……ラーライラ、ごめん!
悪いけど、使役植物だけで耐えてくれ!
ラーライラ:えっ、そんなの――!?
モルドレッド:
飛翔せよ、ロンギヌスの槍――!
黒翅蝶:光の翼の十字架……!
アンデッドが、動かぬ屍に戻っていく……!
モルドレッド:闇の魔力が消え、フレッシュゴーレムが解体されていくぞ!
致命傷を与えた! パーシヴァル!
パーシヴァル:もう待機済みさ!
純粋なる破壊の元素よ、紅く燃ゆる荒ぶる炎よ。
骨の髄まで焼き尽くし、魂までも
煉獄の檻へ閉ざされ、我が敵よ、劫火に滅べ!
ジェイル・プロメテウスっ!
モルドレッド:もう貴様のアンデッドは品切れか?
パーシヴァル:といっても、さっきみたいに召喚しようとしても、させないよ。
黒翅蝶:モルドレッド、パーシヴァル……汝らは強くなった。
精霊使いの屍肉で造りしフレッシュゴーレムも、今の汝らにはつまらぬ贈り物であった。
モルドレッド:兄上はどこだ、ネクロマンサー!?
黒翅蝶:玉座の下……
地下の祭壇へ繋がる階段あり。
暗き地底に、汝らの探す人食い熊と、冥府に繋がる歪みが待つ。
パーシヴァル:あいつ、
転移魔法で逃げるつもりだ!
モルドレッド:逃げられると思うなよ!
取り押さえる!
黒翅蝶:屍の汚血よ、亡者の屍肉よ。
赤き呪詛となりて爆ぜ、白き殺意の牙を剥け。
モルドレッド:何――っ!?
黒翅蝶:汝らの前途に災いあれ……
さらば、愛しき皇子たち……
モルドレッド:くうっ――……!
パーシヴァル:モルっ!
モルドレッド:……大丈夫だ。
二度も同じ手は喰わん。
パーシヴァル:うひゃあ〜……
血も肉もぐっちゃぐちゃだね……
ラーライラ:でも……
自分自身を死体爆弾に変えるなんて……
パーシヴァル:尋問を恐れての自殺だろうね。
モルドレッド:帝国中を騒がせた、カルト教団『ハ・デスの生き霊』。
その首謀者も、最後は呆気ないものだな。
パーシヴァル:色々、闇に葬られた真相もあるだろうけど……
ようやくこの騒動も終息に向かうよ。
モルドレッド:ああ。
だが今は感慨に耽っている場合ではない。
兄上を止めなくては、俺たちの任務は終わらない!
□6/ドーア砦、地下洞窟の祭壇
ベイリン:この石像がウル・ハサンの守護聖獣。
またの名をオルドネアの使徒の一人、アンドレアル。
オルドネア教徒の言う、悪魔やら冥府やらが、本当にあるのかは不明だが、
少なくともオルドネアと十三使徒の元になった、古代人の一団がいたことは間違いねえ。
ベイリン:この聖獣の石像の額に嵌った、魔晶核を抜けば、
アンドレアルと呼ばれた古代人の魔法が、俺のものになる。
だがそのためには……
へっ、足が震えてきやがったぜ。
この俺がウル・ハサンの命運を背負うなんてよ。
お袋――
あんたは十六の小娘だった頃に、こんな重責をしょい込んだんだなあ。
モルドレッド:兄上――っ!!
ベイリン:――坊主どもか。
パーシヴァル:はあ、はあ……
冥府の封印は、まだ解かれていない……
どうにか間にあったみたいだね。
ベイリン:ここに来たということは、あのネクロマンサーを倒したのか。
モルドレッド:兄上、いくらあなたが強力な
俺たちは、
あなたに勝ち目はない。降伏していただきたい。
ベイリン:確かにな。
俺とお前らが戦っても、子供と大人の喧嘩みたいなもんだ。
退化した獣人の魔晶核しか持たない俺と、
古代人の魔晶核を加工して使っているお前らでは……
だが、古代人の獣化魔法だったらどうだ?
ラーライラ:ベイリン!
そのアンドレアルの石像は、次元の歪みを封じている!
もしアンドレアルの魔晶核を抜き取ったら、冥府の封印が破壊されてしまう!
ベイリン:なんだ、エルフの嬢ちゃんもオルドネア教徒だったのか?
生憎だが、俺は無神論者でな。
冥府の門だの
モルドレッド:俺たちはトゥルードの森で、冥府の封印が破られた現場を見た!
悪魔の存在は、
パーシヴァル:モル、言っても信じちゃくれないよ。
それより兄さん、アンドレアルの魔晶核を抜き取ったとしても、
魔心臓のない兄さんじゃ、悪いけど使いこなせないよ。
アンドレアルの魔晶核を切り札にしていたんだったら、
ウル・ハサンの反乱は失敗に終わる!
ベイリン:フッ――
俺だってそれに考えが及ばないほど、馬鹿じゃない。
お前も頭のキレる奴だが、俺にもちゃんとブレーンがついているんだぜ。
なあ、相棒?
ラーライラ:う、嘘……
生きていたの……!?
モルドレッド:そんな馬鹿な……!
確かに木端微塵になったはず……
奴は不死身だとでも言うのか!?
黒翅蝶:我は死を操り、死を統べる
汝らが黒翅蝶に与えし死も、我が
モルドレッド:……あのフードの下の顔。
さっきまでと顔立ちが違うような……
まさか……あれは……
ラーライラ:
真っ白に色素が抜け落ちて、眼が赤いアルビノになっているけど……
ネクロマンサーに殺された、獣人の踊り子よ!
パーシヴァル:おいら、古文書で読んだことがあるよ。
古代魔法文明末期に、盛んに研究された、永遠の命を手に入れる方法。
その中の一つに、肉体の保存を放棄して、精神を憑代に封じ込める魔法理論があった。
たとえば水晶玉に、魂と魔力だけ封じ込めれば……
黒翅蝶:悠久の昔に埋もれし、錬金術の秘法。
赤く脈打つ生命の源と、額に輝ける魂の器を一つにせよ。
魔晶核と魔心臓を融合させ、一つの魔導具とする。
<
我が魂が住まう、永遠の宮殿……
モルドレッド:ネクロマンサー……貴様の正体がわかったぞ。
肉体を乗り換え、千年以上もこの世に留まり続けてきた、
遙かいにしえの時代に滅び去った、古代人の亡霊だな!
ベイリン:お前から漂ってきた死臭は、ネクロマンサーだからってだけじゃなく、
お前自身も死人だった……こいつは
黒翅蝶:黒翅蝶を恐れたか、第六皇子よ。
ベイリン:まあな……
だが、それだけの魔法が使えるなら、必ずやってくれるだろう?
頼むぜ、古代人の亡霊さんよ!
ラーライラ:ベイリンが、アンドレアルの魔晶核を!
黒翅蝶:忌まわしき冥府の封印は解かれた……!
砂漠の人食い熊。
盟約に従い、汝に力を分け与えん。
ラーライラ:このぞっとするような冷たい空気……
シャダイゲートの時と同じ……
モルドレッド……!
モルドレッド:……アンドレアルゲートが破壊された。
地底から恐ろしい気配が上昇してくる……!
それも一つではない……いくつもいくつも……!
ネクロマンサー、貴様のやろうとしていることは……!
黒翅蝶:封印されし扉を叩く、六億六千六百の
地の底を這う虫けらの屈辱を、光と音を奪われた
我は、汝ら邪悪なるものたちの
ベイリン:な、何だ……
お、俺の中に
ぐああああああああああっ!!!
モルドレッド:あれは……悪魔だ!
兄上の肉体を憑代に、この世に
パーシヴァル:あいつ……
認めたくないけど、魔法使いとしては超一流だよ!
黒翅蝶:アンドレアルゲートの歪みでは、下級の悪魔を招くのが精一杯……
なれど砂漠の人食い熊。
汝との盟約は、違えずに果たした。
ベイリン:グウウウ……ッッ!!!
ウオオオオオアアアアッッ……!!!
黒翅蝶:モルドレッド、パーシヴァル。
次なる贈り物は、悪魔の力を宿した聖獣アンドレアル。
置き土産としては、贅を尽くしたつもり……
黒翅蝶の心遣い、堪能したならば幸い……
モルドレッド:逃げるつもりか、ネクロマンサー!
黒翅蝶:汝らの前途に、災いという愛を。
また会おう、愛しき皇子たち……
パーシヴァル:転移魔法……
逃げられたね……
モルドレッド:くそっ!
最初から最後まで、もてあそばれていたというわけか!
ベイリン:ガハハ、アア……
魔力が漲っテくルぞ……!
コれなラ、あんどれあるノ魔晶核も使ルる……!
おルどネアと共に戦ッた聖獣の力が、俺のものニ――!
ラーライラ:ベイリンの全身が……
黒い紋様に覆われていく……
パーシヴァル:モルっ!
このままだと悪魔の魔心臓と、アンドレアルの魔晶核を備えた、
最悪のモンスターが誕生しちゃうよ!
モルドレッド:今、兄上を討ち取れば被害は最小限に……
どうする――!?
俺はどうすればいい――!?
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