The 13th prince(プリンス・オブ・サーティーン)

第13話 死霊傀儡師(ネクロマンサー)、再び

★配役:♂3♀2=計5人

▼登場人物

モルドレッド=ブラックモア♂:

十六歳の聖騎士。
ブリタンゲイン五十四世の十三番目の子。
オルドネア聖教の枢機卿に「十三番目の騎士は王国に厄災をもたらす」と告げられた。
皇帝の子ながら、ただ一人『円卓の騎士』に叙されていない。

魔導具:【-救世十字架(ロンギヌス)-】

パーシヴァル=ブリタンゲイン♂
十七歳の宮廷魔導師。
ブリタンゲイン五十四世の十一番目の子。
『円卓の騎士』の一人で、陸軍魔導師団の一員。
お調子者の少年だが、宮廷魔導師だけあって知識量はかなりのもの。

魔導具:【-自在なる叡知(アヴァロン)-】
魔導系統:【-元素魔法(エレメンタル)-】

ラーライラ=ムーンストーン♀
二十七歳の樹霊使い(ドルイド)(外見年齢は十三歳程度)。
トゥルードの森に住むエルフの部族『ムーンストーン族』の一員。
人間の父と、エルフの母のあいだに生まれたハーフエルフ。
『ムーンストーン族』のエルフには見られない青髪と碧眼は、父親譲りのもの。

父親が魔因子を持たない人間だったので、〈魔心臓〉しか受け継がなかった。
エルフながら魔法を使うためには、魔導具の補助が必要である。

魔導具:【-緑の花冠(フェアリー・ディアナ)-】
魔導系統:【-樹霊喚起歌(ネモレンシス)-】

ベイリン=ウル=ハサン♂
二十六歳の酋長。『砂漠の人食い熊』と恐れられる熊獣人。
ブリタンゲイン五十四世の六番目の子。

母親は、獣人の血の混ざった異民族ウル・ハサン人。
皇位継承権は放棄し、砂漠の国ウル・ハサンの酋長として、ザーンの街を治めている。

獣人は準魔因子持ちの種族で、魔法を使うための〈魔晶核〉のみ形成される。
先天的に魔力を生成する〈魔心臓〉を持たないので、魔法は短時間しか使えない。

魔導系統:【-熊獣化(ガルゥ・ベア)-】

黒翅蝶(こくしちょう)♀:
性別不明・年齢不詳の死霊傀儡師。
『ハ・デスの生き霊』の主教で、逆十字(リバースクロス)を取り纏める教団のトップである。
色素の抜けた白髪と、赤い虹彩のアルビノ。

魔導具:【-呪縛されし魂(ソウルクリスタル)-】
魔導系統:【-死霊傀儡法(ネクロマンシー)-】

シーリーン♀
砂漠国ウル・ハサンの酋長の娘。ベイリンの母親。
ウル・ハサン人は、人間と獣人、二つの種族の遺伝子を持つ。
シーリーンは人間の遺伝子が強く出たので、種族は人間になる。
六年前、三十六歳で病死した。
(セリフは三言のみです。被り役を推奨します)

獣人の踊り子A両
獣人の踊り子B両

(アンデッド化した際の悲鳴のみです)
(被り・飛ばしを推奨します)


※注意
・ルビの振ってある漢字は、ルビを読んでください。
・特定のルビのない漢字は、そのまま読んでください。



□1/ドーア砦、地下牢

モルドレッド:灰色の壁に、冷たい石畳。
        光の射さない地下牢に閉じ込められていると、
        時間の感覚がわからなくなってくる……

パーシヴァル:あれからもう一週間だよ。
         イヤんなっちゃうね。

ラーライラ:狭い石の密室で、四六時中他人と一緒……
       息が詰まりそう。トゥルードの森が恋しい。

パーシヴァル:ラーライラも本を差し入れてもらったら?
        暇潰しになるよ。

ラーライラ:私たち、どうなってしまうのかしら……

パーシヴァル:食事もちゃんとしたものを与えてくれるし、要求を言えば割合聞いてくれる。
         身の安全なら、心配しなくてもいいと思うよ。

モルドレッド:肩が痛む……くそっ、あの牢屋番め。

パーシヴァル:モルみたいに、トイレに連れて行ってもらうフリして脱走しようとしなければ、だけど。

ラーライラ:咬み傷、消毒しないと。
       包帯を外す。

モルドレッド:くうっ……
        ロンギヌスさえあれば、回復魔法で瞬時に完治するものを!
        つつつっ……俺が狼男などに屈するとは!

パーシヴァル:獣人の身体能力は、人間を遙かに上回る。
         実戦を積んだ聖騎士でも、丸腰じゃボッコボコだよ。

ラーライラ:軟膏、塗り終えた。
      包帯を巻く。

      ――終わり。

モルドレッド:くそっ!
        いつまで俺たちは、薄汚い地下牢に閉じ込められていればいい!
        こうしている間にも、ブリタンゲインとウル・ハサンの戦争が始まるかもしれないというのに!

パーシヴァル:アヴァロンがあれば、脱獄も出来るんだけどなあ。
         おいらが古代人だったら、魔導具無しでもドカーン!なんだけど。

ラーライラ:純血のエルフも、魔導具無しで魔法を使える。
       でも、私はハーフエルフ……

モルドレッド:三人揃って能無しか……

パーシヴァル:東洋のことわざには三人よればモンジュのチエ≠チてものがあるらしいけど、
         おいらたちは三人集まっても愚痴ばっかだね。

ラーライラ:季節が冬ならば、種となりて眠れ。
        やがて穏やかな春風がそよぐだろう

        族長様が言っていた。
        ムーンストーン族の生きる知恵。

モルドレッド:三人で無駄話をしていれば、いい打開策が浮かぶ。
        手詰まりになったら、ふて寝しろ。

       昔の偉人たちも、無責任なことを言う。

ラーライラ:苛立つのはあなたの勝手。
       でも、八つ当たりしないで。

モルドレッド:何だと?
        お前こそ、くだらんことで俺に突っかかるな。

パーシヴァル:まーまーまー。
         珍しいね、ことわざ好きのモルがケチをつけるなんて。

モルドレッド:すまない……
        少し冷静になったほうがいいようだ。

パーシヴァル:狭いし暗いし、イライラする気持ちもわかるよ。

         ん?
         なんだろう。
         階段を下る足音……

         誰か来たみたいだよ。

ベイリン:よお、一週間ぶりだな。
      元気そうで安心したぜ。

モルドレッド:兄上……

パーシヴァル:ねえ、兄さん。
        いい加減、ここから出してよ。

ベイリン:そいつはできねえ相談だ。

      昨日(さくじつ)夜七時。
      砂漠国ウル・ハサンは独立を宣言し、ブリタンゲイン帝国に宣戦布告をした。

パーシヴァル:やっちゃったんだ……

ベイリン:パーシヴァル、モルドレッド。
      お前らは、帝国の十一皇子と十三皇子。
      大事な人質ってことだ。悪く思うな。

モルドレッド:兄上……
        獣人の部隊は普通の人間を上回る力を持つとはいえ、
        帝国軍は魔導装機団(まどうそうきだん)や魔導師団を擁する大陸有数の軍勢。
        勝つことは不可能だ。

ベイリン:だろうな。
      獣に変身すりゃあ、一時は帝国軍を圧倒出来るが、
      魔心臓の無い俺たちは、短時間しか変身が続かねえ。

      まともにぶつかっても、ウル・ハサンに勝ち目はない。

モルドレッド:そこまでわかっているなら何故!?

黒翅蝶:(われ)、放熱の終わりと共に消え去りしもの。
     されど、散りゆく自己(おのれ)を、朽ち果てた骸に留めん。
     (とき)を凍らせ、(こころ)を凍らせ、永遠の旅路を流離(さすら)わん……

ラーライラ:ローブの魔導師……?
       赤く光る眼……死人のような肌……
       気味が悪い……何者?

黒翅蝶:時の砂時計は流れ落ち、運命の針は終焉へ回る……
     カーディフの墓地より別れ路に着いた蝶と皇子は、砂塵の舞う地にて再会す。

     十三皇子、我らの歯車は再び噛み合った。

モルドレッド:『ハ・デスの生き霊』……!
        貴様が裏で糸を引いていたのか、ネクロマンサー!

黒翅蝶:逆十字(リバースクロス)一柱(ひとはしら)、ディラザウロは如何(いかが)だったか。
     彼の恐竜王は、黒翅蝶の造りし最高のアンデッドの一つ……

ラーライラ:恐竜王ディラザウロ……!?
      私たちトゥルードの森のエルフは、お前のせいで……!?

      返してっ!
      族長様をっ! 里のみんなをっ!
      返してっ!!

パーシヴァル:正気なの、兄さん?
       『ハ・デスの生き霊』の噂は聞いたことがあるだろ。
       こいつらは、帝国のあちこちでカルト教団を興し、墓荒らしや遺跡盗掘を行っている一団。
       その目的は、アンデッドの軍勢を作り上げて、封印のゲートを破壊することだ!

黒翅蝶:『ハ・デスの生き霊』は不幸を撒くにあらず。
     我らは耳を傾ける。汝らが正義の下に封じられた無念を聞く。
     『ハ・デスの生き霊』は何人(なんびと)も如何なる理想も分け隔てぬ。

モルドレッド:ふざけるな!
       死者をもてあそび、エルフたちを虐殺し、あまつさえ封印のゲートを破り、
       冥府から大悪魔(ダイモーン)を呼び出そうとした狂信者どもが!

ベイリン:ほおう……
      エルフといえば、どいつもこいつもが魔法の使い手。
      帝国も無視出来ねえ勢力だが。

黒翅蝶:闇夜の貴公子、太古(いにしえ)の暴君、墓の上を舞う黒き蝶。
     (はる)けき古代の血を残す森の民も、我らの足下に跪く……

ラーライラ:ベイリン、あなたは本気なの?
      『ハ・デスの生き霊』は、私たちエルフを沢山殺した。
      こんな奴らの力を借りても、必ず利用されるに決まっている!

パーシヴァル:そうだよ、兄さん。
        獣人の独立や待遇改善の反乱なら交渉の余地もあるけど、
       『ハ・デスの生き霊』と共謀しての反乱だったら大義名分も何もない。
        帝国軍には、テロリストとして問答無用で討伐されちゃうよ。

ベイリン:んなこたぁ、百も承知よ。

      吸血鬼に恐竜のアンデッド、そしてネクロマンサー。
      頼もしい助っ人だぜ。
      俺たちの独立戦争は、『ハ・デスの生き霊』抜きじゃ起こせなかった。
      お前らと組んだのは正解だったようだな、ネクロマンサー。

モルドレッド:兄上……!

ベイリン:あばよ、坊主ども。
      大人しくしてろよ。

パーシヴァル:やばいね、これ……
         ベイリン兄さんは、最初から戦争を仕掛けるつもりで、奴隷商人ゾビアスを誘拐したんだ。

ラーライラ:ベイリンは『ハ・デスの生き霊』と手を組んだ。
       ネクロマンサーは、族長様やみんなを殺した相手。
       どんな理由があっても許せない。

パーシヴァル:国民感情からいえば、そうなっちゃうよね。
         大英円卓(ザ・ラウンド)も歩み寄れないよ。

モルドレッド:兄上……一体何故だ!?
        何故『ハ・デスの生き霊』などと……!


□2/ドーア砦、大広間


ベイリン:ああ……わかった。
     よし、下がれ。

     モグラの獣人ども、地下潜伏隊が帰還した。
     敵の補給部隊の背後から回り込み、奇襲に成功。
     お前の言う通り、水を地面にぶちまけてきたぜ。

黒翅蝶:良し。
     後は、炎天の空と吹き荒れる熱砂が侵略者を干上がらす。
     カルダンの砂漠。それは蜃気楼の要塞……

ベイリン:よく補給部隊の進路を見抜いたな。
     ガウェインは、筋金入りの戦争屋だ。
     水や食い物の重要性をよく知っていて、補給隊の進路は最重要機密としてやがる。

     お前ら『ハ・デスの生き霊』は、一体どれぐらいの規模がある?

黒翅蝶:我らが教団は、受け入れる。
     虐げられし者、義憤を抱く者を。
     圧政に掻き消された想いが、(ひそ)やかな反旗(はんき)(ひるがえ)す。

ベイリン:密告か?
      いや、だが進軍経路が漏れることは……

      まさか大英円卓(ザ・ラウンド)に裏切り者がいるのか?

黒翅蝶:処世と建前の砂塵の向こうより、黒き蝶は舞い来たり。
      汝、惑うことなく、真実を見極めるべし。

ベイリン:もしかすると――

      いや、考えてもしょうがねえ。
      腐りきった大英円卓(ザ・ラウンド)にも、ちったあ心のある奴がいた。
      それだけでいい。期待し過ぎたら足下をすくわれる。
      いい加減、頭の悪い俺でも学んできた……そうだろう?


□3/地下牢、眠りに就いた三人


ラーライラ:ん……

      錆びた鉄の軋む音……?
      鉄格子が揺れてる……?

      モルドレッド! パーシヴァル!

パーシヴァル:はえ……?
         おはよう、ラーライラ。

ラーライラ:起きた!
       パーシヴァル!

パーシヴァル:おかしいなあ、どうしてラーライラがおいらのベッドに?
        おいら、親友の彼女を奪うなんて絶対にしないよ。
        だからこれは夢なんだ……おやすみ、ラーライラ……

ラーライラ:意味がわからない!
       モルドレッド、起きて!

モルドレッド:何だ……?
        トイレなら俺じゃなくて門番に言ってくれ……

ラーライラ:違う!
       地下牢の鉄格子!

モルドレッド:……これは!?

ラーライラ:鉄格子の鍵が開けられているの。
       門番も倒れてる。

パーシヴァル:騒がしいなあ……
         二人の仲が良いのは嬉しいんだけど、おいらもいるってこと忘れないでくれよ……

         ふああ〜……

モルドレッド:何を勘違いしているんだ、お前は。
        起きろ、脱走のチャンスだ!

パーシヴァル:……へ?
        雑草がどうしたって?

ラーライラ:寝ぼけてる……

モルドレッド:こいつの寝起きの悪さは、筋金入りだ。
        放っておくぞ。

ラーライラ:早く逃げよう。
       他の獣人が気づく前に。

モルドレッド:待て、あまりに都合が良すぎる。
        罠かもしれん。

パーシヴァル:ふああ……
        少し考えてみた方がいいかもね。
        おいらたち、魔導具も何も持ってないし。

モルドレッド:確かにそうだ。
        現状では獣人と出くわせば、それだけで敗北してしまう。

ラーライラ:この臭い……血?

      見て!
      壁に赤い線が引かれていく……!

モルドレッド:(したた)る血で描かれた図形……
        なんだこれは……

パーシヴァル:……ドーア砦の見取り図だね。
         この経路を辿っていけってこと?

ラーライラ:ねえ、血文字のメッセージ……!
     ココノ武器庫ニ、オ前タチノ魔導具有リ

モルドレッド:俺たちを牢屋から助けたのも、こいつか。
        一体何者なんだ……?

パーシヴァル:可能性として一番高そうなのは、ケイ兄さんの情報戦略局?
        でも、間諜(かんちょう)たちが、こんな回りくどいコンタクトをするかな?

モルドレッド:出てこい! 近くにいるんだろう!
       何の意図があって俺たちを助けた?

パーシヴァル:無駄だよ。
       血文字なんて手の込んだことをして、姿を隠してるんだ。
       おいらたちと顔を合わせたくないんだよ。

ラーライラ:信用できるの?

パーシヴァル:少なくとも、ベイリン兄さんと『ハ・デスの生き霊』を止めて欲しいってことは違いないみたいだ。
       そうだよね、誰かさん?

ラーライラ:否定は……なし?

モルドレッド:いいだろう、お前の思惑に乗ってやる。

        行くぞ、パーシヴァル、ラーライラ!
        帝国とウル・ハサンの戦争は何としても食い止める!


□4/ドーア砦、大広間の玉座で思案に耽るベイリン


黒翅蝶:その額の魔晶核に眠りし、凶暴なる獣。

     満月の夜、月の魔力に内なる獣は目を覚ます。
     理性の檻を破り、日常を食いちぎり、隣人の血に酔い痴れる。

     やがて満月の魔力は消え去り、朝日は夜の惨劇を照らし出す。

     朝空に響く嘆きの遠吠え――
     それは愛する者を食い殺した獣人たちの哀哭(あいこく)……

ベイリン:……そうだ。
     そうして人間社会と折り合いが悪くなった獣人たちが、
     人目を避けるように砂漠に集まり、自然と出来上がった。
     ウル・ハサンの成立は、そんなところだ。

黒翅蝶:聖剣王ブリタンゲインと円卓の騎士たち。
    その眩き光輝(ひかり)は気高く欲深く、正義に染まれと辺境の蛮族に迫る。

ベイリン:てめえらで追い出しておいて、獣人が国を作れば服従を迫る。
     勝手なもんだ。だけど大陸最強の帝国軍に勝てるわけがねえ。
     時の酋長は、血の気の多い連中をなだめて、首輪をつけられることを選んだ。

黒翅蝶:従属の証に捧げられた生贄は、(よわい)十六の無垢なる乙女。
    誇り高き聖獣の因子を宿す使途アンドレアルの末裔。
    ウル・ハサンが酋長の娘シーリーン――

ベイリン:ウル・ハサンは、十六の小娘一人に国の命運を背負わせた。
      まだたった十六だったシーリーン……俺のお袋に――

      お袋の俺への思い入れはハンパじゃなかった。
      やっと産まれたウル・ハサン人の血を引く第六皇子だ。
      なんとかして皇帝の気に入る子に育てたかったんだろう。

      だけどよ、ダメだったんだ……

黒翅蝶:喉につかえた想いを、ハ・デスに打ち明けよ。
     黒翅蝶は、汝の抱えし心の重荷を引き受けよう。
     汝の想いは冥府に還し、汝の苦悩は深淵(しんえん)に消える。

ベイリン:…………
     自分が獣人だと自覚したのは、いつからだったか。

     とにかく俺は物覚えが悪くてな。
     王族お付きの教師もさじを投げるほどのバカだった。

     お袋はその度に癇癪(かんしゃく)を起こして、俺を怒鳴り、引っ叩いた。
     俺は必死で机にかじりついて勉強したぜ。
     でもよ、俺が三倍も四倍も努力しても、やっと他の子供の及第点なんだ。

     人間と獣人は、頭の出来が違う。
     ガキの俺は、人間と獣人の、乗り越えられない差を知っちまったんだ。

黒翅蝶:獣人は、体感と激情の野生の世界に生きるもの……
     人間は、知識と駆け引きの知恵の世界に生きるもの……

     両者は折り合わず、時の支配者となった人間は、獣人を野蛮と蔑み、
     社会の底辺に追いやって過酷な仕事を押しつけた……

ベイリン:中等部に入る頃には、俺はすっかりやさぐれていてな。
      ろくに貴族学校もいかず、手下どもを引き連れて貧民窟(スラム)をうろつき回っていた。

      くだらねえ喧嘩に、くだらねえ遊び。
      毎日がくだらねえことばかりだったが、楽しかった。
      故郷ウル・ハサンのことも、帝国の皇子だということも、忌々しいお袋のことも忘れられた。

      俺は王族の鼻つまみ者。お袋は鼻つまみ者の獣人を産んだ異民族の女。
      俺とお袋の関係は、どうしょうもないほどに冷え切っていた。

黒翅蝶:汝ら親子を分かつように、凍れる断絶の氷雨(ひさめ)は注ぐ
     やがて零下の季節は移り変わり、春の雪解けは近づく。
     されど、雪解けは時に雪崩れとなり、破滅の崩落を引き起こす。

ベイリン:俺は仲間と一緒に、商人や貴族の家に忍び込んで金目の品をかっぱらい、
      貧民窟(スラム)にばら撒く活動をしていた。
      ちょっとした火遊び。義賊にでもなったつもりでいた。

      ある晩、俺たちは西区のホーキング子爵邸(ししゃくてい)に潜り込んだ。
      ホーキングの屋敷の地下は、悪趣味な貴族たちの集まる、秘密の賭博場になっていた。
      貴族どもが賭けに夢中になっているあいだに、俺たちは金庫ごと担いでトンズラするつもりでいた。
      でもな、そこで見ちまったんだよ……

      バカでかい檻と、その中で取っ組み合う二人の子供。
      そいつらは、どっちも獣の耳や尻尾を生やした、獣人のガキだった。

黒翅蝶:犬や(にわとり)を闘わせるよりも生々しく、人と人を闘わせるよりも激しく野蛮に。

    白昼(はくちゅう)の下では行えぬ、闇の闘技場には、しばしば獣人の子が選ばれる。
    人としての技と、獣化という奥の手の逆転劇は、観衆の目を楽しませる格好の小道具。
    古来より続く、貴族たちの隠悪(いんあく)の遊戯の一つ。

ベイリン:俺は、世間の酸いも甘いも知り尽くしたつもりでいた。
      獣人として産まれ、差別と嘲笑を浴びて育ち、ガキの時分で挫折を味わった。
      だったらと世間に冷笑を返して、それで一人前に歯向かっているつもりだった。

      だがな、俺は何も知りはしなかった。
      世間の、ブリタンゲイン人の獣人に対する意識は……
      奴ら、獣人を同じ人間と思っちゃいねえんだ。
      犬ころや家畜と同じ。
      俺の味わった屈辱なんて差別にも入らねえ。
      これが本当の……獣人の生きる現実だったんだ。
     
      気がついたときには勝負はついていた。
      貴族たちの大歓声の中、勝った獣人の子供は、自分の噛み殺した相手を見下ろしていた。
     
      涙一つ零さねえ、澱んだ目。
      未来の自分の屍を眺めるような、そんな目だった――

黒翅蝶:地下広間に響いた雄叫びは、帝都ログレスを揺るがす。
     外道の遊戯と、穢れた金貨を切り裂くは、大熊の腕。
     哀しみと怒りに突き動かされ、力強き猛獣が吼え猛る。

ベイリン:俺が何を感じていたのかは、自分でも言葉に出来ない。
      ただ頭が真っ白になって、凄まじい怒りが荒れ狂っていた。

      ホーキング子爵と、奴隷商人どもを食い殺しただけでは飽きたらず、
      駆けつけた自警団を相手に暴れ回り、宮廷魔導師の魔法でようやく取り抑えられた。

黒翅蝶:ホーキング子爵邸の、惨劇の地下遊戯。
     人々は恐れと侮蔑と敬意を込めて、汝を呼んだ。
    砂漠の人食い熊ベイリン=\―

ベイリン:……気がつくと、俺は牢獄のベッドに寝ていた。
     全身がひどく痛んだ。
     神官どもは、俺がまた獣化して暴れないように、わざと治療せずに怪我を残してやがった。

     自分だけが不幸だと嘆いて、ふて腐れているあいだに、
     数多くの獣人たちが家畜以下の扱いをされ、苦しめられていた。
     俺は、十八の歳になって、やっと自分の人生と向き合おうとしていた。

     だがもう、何もかも遅すぎた。
     死刑か、一生牢屋暮らしか。
     俺の人生は終わりだ。

     そう思うと、我知らずに涙が溢れてきてな。
     信じてもいねえオルドネアに祈り、縋っていた。
     助けてくれ、今日から俺は真剣に生きる、と――

     俺の願いをオルドネアが聞いたのか。
     意外な人間が、俺に面会にやってきた――


□4b/八年前、キャメロット城の地下牢

シーリーン:ベイリン……

ベイリン:お袋か。

     人殺しの、それもブリタンゲインの貴族様を殺した息子を罵りにきたか?
     それともウル・ハサン人の王妃直々に、人食い熊≠フ首を取って、ブリタンゲイン人に詫びるか?

シーリーン:ベイリン……
       お前には、可哀相なことをしてきたね。
       お前が頑張っているのも無視して、辛く当たってきた。
       どうか許しておくれ……

ベイリン:…………

シーリーン:今更こんなことを言える身ではないけど、母さんが何とかするから。

       お前はお前の道を、自由に生きなさい。
       帝国もウル・ハサンも気にせず、お前の人生を――


□4c/ドーア砦、過去の回想から戻るベイリン


ベイリン:結局、俺の処分はうやむやのまま釈放された。
     俺のやらかしたことは大事件だが、ホーキング子爵の悪業は弁護しようがない。
     俺を厳罰に処せば、間違いなく二等国民たちの反感を買うだろう。
     かといって無罪放免じゃあ、貴族や商人たちに示しがつかねえ。
     大英円卓(ザ・ラウンド)は、俺から皇位継承権を取り上げるということで、落とし所をつけた。

     どの道、俺の皇位継承権は四番目で、ハナから回ってくる見込みもねえ。
     俺はブリタンゲイン王族の姓を返上し、ウル・ハサンに引き取った。

     お袋が死んだのは、それから一年後だった。
     三十六歳――短い生涯だった。

黒翅蝶:汝は黙殺されし獣人たちの、唯一世に届く声。
     獣人らは、汝に希望を見出し、砂漠に集った。
     ウル・ハサンの新たなる酋長、砂漠の人食い熊の元に。

ベイリン:他に行き場所がない流れ者が増えただけさ。
      俺は威張れるような成果は、何も出しちゃいねえ。
      今はまだ……

黒翅蝶:ハ・デスは光を嫌い、光射さぬ無明の闇を愛す。
     光当てられぬ汝の懊悩(おうのう)と決断に、黒翅蝶はハ・デスの祝福を届けん。

ベイリン:そいつは、励ましているのか?
     そういやあ、胡散臭え教団だが、お前も神官だったな。

黒翅蝶:帝国の民が救世主オルドネアを崇めるように、
     黒翅蝶もハ・デスに信仰を捧げし敬神の徒。

     我らは我らの神に、汝らは汝らの救世主に祈らん。

ベイリン:お前も妙な奴だな。
     真っ当な人間でないのは、その染みついた死人の臭いでわかるが……

     なあ、ネクロマンサー。
     お前さんは、どんな人生を歩んできたんだ?

黒翅蝶:蝶の翅は、色鮮やかに。
     可憐に毒々しく流転す万華鏡の如く。
     汝が眼に、黒翅蝶はどう映る?

ベイリン:へっ、自分の話になるとはぐらかしやがる。

     まあ、あんたが話したくなければいいさ。
     そろそろ始めようぜ。
     ウル・ハサンの戦争は、これからが本番だ。


□5/ドーア砦、広間に突入する三人


モルドレッド:兄上っ! ネクロマンサーっ!

パーシヴァル:モル、いきなり扉を開けたら――

ラーライラ:来るっ!
       無数の影! 早いっ!

モルドレッド:オルドネアよ、暴威を阻む加護を!

黒翅蝶:今宵、ザーンの街で開かれる、三人の客人のための舞踏会。
     汝らの手を取り躍るのは、雌豹(めひょう)の舞姫。
     切り裂かれた素肌を(あけ)に濡らし、凄艶(せいえん)の舞いを――

ラーライラ:宴会の時の、獣人の踊り子たち。

モルドレッド:こいつらもウル・ハサンの反乱に荷担したか。

パーシヴァル:猫科の獣人は、生まれついてのハンターだ。
         隙を見せたら、あっという間に喉笛を食い千切られるよ。

モルドレッド:わかってはいるが。

黒翅蝶:くっくっく……
     美しき踊り子の誘惑に怯えてしまうとは、初心なこと……
     オルドネアの庇護下(ひごか)から抜け出し、煽情(せんじょう)に身を任せ、色欲を解放せよ。
     黒翅蝶がめくるめく快楽の花園へ誘おう。

モルドレッド:ふざけた挑発を!

パーシヴァル:モル、カッとなるなって。

モルドレッド:しかし、いつまでも結界にこもっているわけにはいかん。
        パーシヴァル、合図と同時に結界を解く。
       
パーシヴァル:はいよ。
          【自在なる叡智】、起動(アヴァロン、ブート)――

モルドレッド:今だ!

パーシヴァル:天を翔ける猛き稲妻よ。
        我が手に集い、我が手に弾け、
        我らが敵へ、天壌の怒りを落とせ。
        ゼウス・ガベル!

ラーライラ:……っ。

      踊り子たちが感電して倒れてる。
      死んじゃったの?

パーシヴァル:大丈夫、ちょっと気絶するぐらいの電気ショックさ。
      〈紅蓮ノ山〉(ティルナ)〈氷霜ノ山〉(ノーグ)で稲妻を拡散させたからね。

モルドレッド:……なんだ、あの召喚陣は!

黒翅蝶:仄暗(ほのぐら)き冥府の沼地に沈めし棺桶(ひつぎ)を、生命息衝(いのちいきづ)く国へ引きずり上げる……
     上れよ……上れ……汝らの故郷はもうすぐ其所に……
     我の冷たき骸手(むくろで)は、湿った汚泥を払い、封じられた棺桶(ひつぎ)(ふた)をずらす……

     死の沼底より這い出せ……Corpse Shaman(コープスシャーマン)……

モルドレッド:あれは……フレッシュゴーレム!
        この前と同じ、死体をこね合わせた屍肉の巨人!

パーシヴァル:あれよりもっと醜悪だよ。
         人間の上半身が残ったまま、下半身だけ何十人分も融合してる。
         うえ……気持ち悪っ。

ラーライラ:あの浅黒い肌の色……
       崩れかけてるけど、あの長い耳……

       まさかオブシディアン族のエルフたち……?

黒翅蝶:くっくっく……その通り。
     この(うごめ)く肉塊こそ、黒曜石のエルフたちの成れの果て。

ラーライラ:私、知ってる……
      あの顔も、あっちのエルフも見たことがある……

      酷い……
      こんな醜いアンデッドにされて……

黒翅蝶:精霊使いの屍で造りし、フレッシュゴーレムは、汝らを退屈させぬであろう。

     常闇に巣くう闇の精霊シェイドよ。
     元素の世界を生きる、精霊使いの呼び掛けに応えよ……

モルドレッド:あのフレッシュゴーレム、精霊魔法を使えるのか!?

パーシヴァル:みたいだね……
         でもさすがに異様な気配だから、闇の精霊以外はどの精霊もみんな怯えて近寄らないけど。

黒翅蝶:生命を腐らせ、虚無へ還す、闇の吐息を浴びせよ。
     Rotten Fog(ロッテン・フォッグ)――

ラーライラ:あの闇の霧は腐敗の霧!
       触れると、あらゆるものが腐っていく!

モルドレッド:……妙に拡散が遅い。
        これでは霧が届く前に、簡単に逃げ出せる。
        何かの罠か……?

パーシヴァル:あいつ……踊り子たちを狙ったんだ!
         気絶して動けない獣人たちを、腐敗の魔法で殺して、アンデッドにしやがった!

モルドレッド:この外道がっ!
        踊り子たちは、まがりなりにも『ハ・デスの生き霊』に賛同した仲間だろう!
        貴様は、どこまで腐った奴だ!

黒翅蝶:汝ら、耳を塞ぐなかれ。
     魔導師のいかずちに撃たれ、手足一つ動かせぬ歯痒さ。
     そして今、黒翅蝶の導きによりアンデッドとして再誕した喜び。
     あの(かす)れた呻き声は、黒翅蝶への感謝の言葉。

パーシヴァル:そんなの戦闘と献身の興奮で、一時的にそう思ってるだけだ。
       冷静になって考えたら、アンデッドにされて操られるなんて納得できるわけないだろっ!

黒翅蝶:汝らの信奉する正義は、真実を曇らせる。
    国家への反逆、望んで受け入れた死、虚ろに彷徨う肉体……
    オルドネアの定めた教義では、汝らの魂に染み込んだ倫理では、悪と断罪される。

    オルドネアでは、獣の舞子たちの遺志(いし)(よう)せぬ。
    美しく哀しき自己犠牲を慈しむは、ハ・デスなり。

パーシヴァル:悪いけど、今度は手加減無しだ!

       我らが敵へ、天壌の怒りを落とせ。
       ゼウス・ガベル!

ラーライラ:当たった!
       でも――!

パーシヴァル:ダメだ、半数以上にかわされた!
         さっきよりスピードが上がってて、電撃の軌道計算が狂ったよ。

         モルごめん、後は任せる!

モルドレッド:オルドネアよ、暴威を阻む防壁――

黒翅蝶:屍の汚血よ、赤き呪詛となりて爆ぜよ。
     Bone Blood Explosion(ボーン・ブラッド・エクスプロージョン)

獣人の踊り子A:ゲベエッ!

獣人の踊り子B:ギャアッ!

ラーライラ:自爆させた!?

パーシヴァル:アンデッドの血を沸騰させ、内側から破裂させる。
        血の蒸気と骨の欠片を撒き散らす、死体爆弾の魔法だよ!

モルドレッド:ぐうっ……

        はあっ……

ラーライラ:モルドレッド!?

モルドレッド:直、撃した……
        だが大丈夫だ……
        ロンギヌスの自然治癒が働いている……

黒翅蝶:獣の舞子たちよ。
     血生臭く匂い立つ、血と骨の妖花となりて、怨敵の死を実らせよ。

ラーライラ:種に眠りし、寄生の命。
      肉に根を張り、鮮血をすすり、赤く咲き誇れ。

      ドレインリーパー。

      パーシヴァル!
      今のうちに早く!

パーシヴァル:おっし、高速でいくよ。

黒翅蝶:アンデッドを捕縛……
     ならば、死者の肉を、毒の煙に変えるまで。
     屍の汚血よ、死毒となりて――

パーシヴァル:紅く燃ゆる荒ぶる炎よ。
         煉獄の渦に巻き込み、我が敵を焼き尽くせ。

         プロメテウス・ストリームっ!

ラーライラ:っ……凄い熱気。
       火事は大丈夫なの?

パーシヴァル:石造りの建物だから平気だよ。
         ゾンビたちは全滅させたけど……

黒翅蝶:万物は夜の闇に没す。
     炎もまたその紅き血気を覆い隠され、暗闇に閉ざされる。

パーシヴァル:さすが精霊使いのアンデッド。
         魔法防御もお手の物ってわけだね。

黒翅蝶:四大元素より高次にありし、闇と光。
     闇の精霊シェイドに、汝の元素魔法(エレメンタル)が通じるか……?

パーシヴァル:四大元素を使う元素魔法(エレメンタル)は基本の魔法だけど、極めれば奥が深いんだぞ。
         光とか闇とか、下手くそほど、難しい系統の魔法を使いたがるんだ。

モルドレッド:――誰が下手くそだと?

パーシヴァル:モルのことじゃないってば。
        それより怪我、直ったんだ?

モルドレッド:ああ、回復魔法を自分に掛けた。
        光の神聖魔法は、全魔法系統の最高位に位置する。
        常識だろう?

パーシヴァル:オッケー、異議ありだ。
         あとでトコトン議論しよう。

モルドレッド:望むところだ。

黒翅蝶:くっくっく……
     汝らの論戦に、闇魔法からの一存を投じよう。

     常闇に巣くう闇の精霊シェイドよ。
     霊園の空に浮かぶ、黒き三日月となりて、輝ける太陽を追い落とせ……

     暗き影の農夫たちに、我、収穫の時を告げる。
     光射す世界に実った、命の稲穂を刈り取れ……

     往け……首狩りの月……
     Headhunting Moon(ヘッドハンティングムーン)……

モルドレッド:闇の鎌の群れだと――?
        だが数は多くても、しょせんは単体攻撃の闇魔法。
        ロンギヌスの結界で受け止めてやる。

ラーライラ:ダメっ、モルドレッド!
       その闇の鎌を受け止めては!

モルドレッド:何――!?

        くうっ!?

パーシヴァル:モル、大丈夫かい!?

モルドレッド:そんな馬鹿な……!
        こうも呆気なく、ロンギヌスの障壁を切り裂いただと?

パーシヴァル:ねえ、床見てよ。

モルドレッド:俺の髪の毛……?
        真っ白になって抜け落ちている……

        闇の鎌がかすめたところか……?

ラーライラ:あの闇の鎌は、闇の精霊シェイドそのもの。
       命あるものに死をもたらし、形あるものを滅ぼす、黒き殺意。
       当たったら、どんな魔法防御も無効化されて、取り殺される……!

黒翅蝶:死によって閉ざされたものたちの物語を、
     黒翅蝶が語り部となって伝えよう。

     ラーライラ=ムーンストーン。
     見るがいい、ダークエルフたちの涙を。
     無念と絶望、報われぬ使命。
     偽りの伝承を背負わされていたと知った、血の涙。

ラーライラ:それは……

黒翅蝶:黒曜石のエルフたちは、死して真実を悟り、
     我らはシャダイの捨て駒であったと怨嗟(えんさ)を燃やす……

     この蠢く屍たちの、声にならぬ遺言を口寄せよう。
     ムーンストーン族よ、死ね

ラーライラ:……っ!

黒翅蝶:月長石のエルフの娘。
     蝶の誘いに従い、こちらへ来たれ。
     死者の前に(ひざまず)き、懺悔(ざんげ)せよ。
     黒翅蝶と共に、贖罪(しょくざい)の祈りを捧げ、汝の友に赦しを乞わん。

ラーライラ:わ、私……

モルドレッド:ラーライラ、奴の戯れ言に耳を貸すな。
        ああやって人の心の弱みにつけ込み、利用しようとするんだ。

パーシヴァル:死者の怨みを増幅して魔力に変えるのが、死霊傀儡法(ネクロマンシー)
        もしアンデッドが何か喋っても、生前の理性はほとんど残っていない。
        気にすることないよ。

モルドレッド:恐怖と怒りを(あお)り、その上で慰め、救いの手を差し伸べる。
        偽りの救済――『ハ・デスの生き霊』の常套(じょうとう)手段だ。

        兄上もウル・ハサンの民も、奴に利用されているのだ。

黒翅蝶:砂のオアシスに戯れ遊んだ、ウル・ハサンの地。
     たまゆらに身を休めし、砂漠に咲く獣の雄花。
     黒翅蝶は、勇ましき花瓣(かべん)と、情熱の蜜に口付けた。

     『ハ・デスの生き霊』は、協力者には必ず報いるもの。
     砂漠の国へ、我は友誼の名残を零そう。

モルドレッド:黙れ! 貴様の言葉遊びは聞き飽きた!
        すぐに貴様を倒し、兄上の元へ向かう!

黒翅蝶:ならば諷喩(ふうゆ)の回り道は終え、汝らの頭上に、夜の天幕を広げよう。
     さあ、首狩りの月に怯え惑い、闇の精霊と踊れ。

パーシヴァル:【自在なる叡智(アヴァロン)】、
         自律詠唱仕様(オートキャストモード)散開せよ(スプレッドアウト)

         我らが敵を撃て! ゼウス・ガベル!

黒翅蝶:くっくっく……
     汝の自律詠唱水晶は、骸の口数に劣る。
     天壌より落ちた稲光は、奈落の闇に儚く閃いて消ゆる。

パーシヴァル:うえっ、無効化されちゃった。
        一発ぐらいは命中すると思ったのに。
        あのフレッシュゴーレム、何十人のエルフで出来てるんだよ。

黒翅蝶:もう逃げ惑うことはない。
     安らかなる墓土の寝台に、疲れた亡骸を横たえるがいい。

パーシヴァル:あわわわわっ!

ラーライラ:お願い、樫樹霊(トレント)たち!

パーシヴァル:た、助かった……

ラーライラ:そうでもない……っ!
       あなたも攻撃を防いで!

パーシヴァル:う、うんっ!

モルドレッド:このままではラーライラとパーシヴァルが……
        外れれば命取りだが……あれを試すか?

黒翅蝶:深き森を枯れ山へ。枯れ山を不毛の地へ。
     忍び寄る死の冬に震え、朽ちゆく身代わりの樹を嘆く。
     汝らは、凍え死ぬ運命(さだめ)……

ラーライラ:樫樹霊(トレント)の種がもう残りわずか……っ!

モルドレッド:ロンギヌスの槍……運を天に任せる。
        オルドネアよ、どうか勝利へ導きたまえ!

パーシヴァル:……ラーライラ、ごめん!
         悪いけど、使役植物だけで耐えてくれ!

ラーライラ:えっ、そんなの――!?

モルドレッド:光翼(こうよく)の十字架で、全ての悪を磔刑(たっけい)に処さん!

       飛翔せよ、ロンギヌスの槍――!

黒翅蝶:光の翼の十字架……!
     アンデッドが、動かぬ屍に戻っていく……!

モルドレッド:闇の魔力が消え、フレッシュゴーレムが解体されていくぞ!
        致命傷を与えた! パーシヴァル!

パーシヴァル:もう待機済みさ!

        純粋なる破壊の元素よ、紅く燃ゆる荒ぶる炎よ。
        骨の髄まで焼き尽くし、魂までも灰燼(かいじん)に帰さん。

        煉獄の檻へ閉ざされ、我が敵よ、劫火に滅べ!
        ジェイル・プロメテウスっ!

モルドレッド:もう貴様のアンデッドは品切れか?

パーシヴァル:といっても、さっきみたいに召喚しようとしても、させないよ。

黒翅蝶:モルドレッド、パーシヴァル……汝らは強くなった。
     精霊使いの屍肉で造りしフレッシュゴーレムも、今の汝らにはつまらぬ贈り物であった。

モルドレッド:兄上はどこだ、ネクロマンサー!?

黒翅蝶:玉座の下……
     地下の祭壇へ繋がる階段あり。
     暗き地底に、汝らの探す人食い熊と、冥府に繋がる歪みが待つ。

パーシヴァル:あいつ、巻物(スクロール)を広げてる!
        転移魔法で逃げるつもりだ!

モルドレッド:逃げられると思うなよ!
        取り押さえる!

黒翅蝶:屍の汚血よ、亡者の屍肉よ。
     赤き呪詛となりて爆ぜ、白き殺意の牙を剥け。

モルドレッド:何――っ!?

黒翅蝶:汝らの前途に災いあれ……
     さらば、愛しき皇子たち……

    Bone Blood Explosion(ボーン・ブラッド・エクスプロージョン)

モルドレッド:くうっ――……!

パーシヴァル:モルっ!

モルドレッド:……大丈夫だ。
        二度も同じ手は喰わん。

パーシヴァル:うひゃあ〜……
        血も肉もぐっちゃぐちゃだね……

ラーライラ:でも……
       自分自身を死体爆弾に変えるなんて……

パーシヴァル:尋問を恐れての自殺だろうね。

モルドレッド:帝国中を騒がせた、カルト教団『ハ・デスの生き霊』。
        その首謀者も、最後は呆気ないものだな。

パーシヴァル:色々、闇に葬られた真相もあるだろうけど……
         ようやくこの騒動も終息に向かうよ。

モルドレッド:ああ。
        だが今は感慨に耽っている場合ではない。
        兄上を止めなくては、俺たちの任務は終わらない!


□6/ドーア砦、地下洞窟の祭壇


ベイリン:この石像がウル・ハサンの守護聖獣。
      またの名をオルドネアの使徒の一人、アンドレアル。

      オルドネア教徒の言う、悪魔やら冥府やらが、本当にあるのかは不明だが、
      少なくともオルドネアと十三使徒の元になった、古代人の一団がいたことは間違いねえ。

ベイリン:この聖獣の石像の額に嵌った、魔晶核を抜けば、
      アンドレアルと呼ばれた古代人の魔法が、俺のものになる。
      だがそのためには……

      へっ、足が震えてきやがったぜ。
      この俺がウル・ハサンの命運を背負うなんてよ。

      お袋――
      あんたは十六の小娘だった頃に、こんな重責をしょい込んだんだなあ。

モルドレッド:兄上――っ!!

ベイリン:――坊主どもか。

パーシヴァル:はあ、はあ……
        冥府の封印は、まだ解かれていない……
        どうにか間にあったみたいだね。

ベイリン:ここに来たということは、あのネクロマンサーを倒したのか。

モルドレッド:兄上、いくらあなたが強力な熊獣人(ガルゥ・ベア)でも、
        俺たちは、聖騎士(パラディン)魔導師(メイジ)樹霊使い(ドルイド)
        あなたに勝ち目はない。降伏していただきたい。

ベイリン:確かにな。
      俺とお前らが戦っても、子供と大人の喧嘩みたいなもんだ。

      退化した獣人の魔晶核しか持たない俺と、
      古代人の魔晶核を加工して使っているお前らでは……

      だが、古代人の獣化魔法だったらどうだ?

ラーライラ:ベイリン!
      そのアンドレアルの石像は、次元の歪みを封じている!
      もしアンドレアルの魔晶核を抜き取ったら、冥府の封印が破壊されてしまう!

ベイリン:なんだ、エルフの嬢ちゃんもオルドネア教徒だったのか?
      生憎だが、俺は無神論者でな。
      冥府の門だの大悪魔(ダイモーン)がどうだのとかいう話は、信じちゃいねえのさ。

モルドレッド:俺たちはトゥルードの森で、冥府の封印が破られた現場を見た!
        悪魔の存在は、御伽噺(おとぎばなし)ではない!

パーシヴァル:モル、言っても信じちゃくれないよ。

        それより兄さん、アンドレアルの魔晶核を抜き取ったとしても、
        魔心臓のない兄さんじゃ、悪いけど使いこなせないよ。

        アンドレアルの魔晶核を切り札にしていたんだったら、
        ウル・ハサンの反乱は失敗に終わる!

ベイリン:フッ――
     俺だってそれに考えが及ばないほど、馬鹿じゃない。
     お前も頭のキレる奴だが、俺にもちゃんとブレーンがついているんだぜ。

     なあ、相棒?

ラーライラ:う、嘘……
      生きていたの……!?

モルドレッド:そんな馬鹿な……!
        確かに木端微塵になったはず……
        奴は不死身だとでも言うのか!?

黒翅蝶:我は死を操り、死を統べる死霊傀儡師(ネクロマンサー)
     汝らが黒翅蝶に与えし死も、我が掌上(てのひら)の内の出来事……

モルドレッド:……あのフードの下の顔。
        さっきまでと顔立ちが違うような……

        まさか……あれは……

ラーライラ:銀砂(ぎんさ)のジプシー……
      真っ白に色素が抜け落ちて、眼が赤いアルビノになっているけど……

      ネクロマンサーに殺された、獣人の踊り子よ!

パーシヴァル:おいら、古文書で読んだことがあるよ。
         古代魔法文明末期に、盛んに研究された、永遠の命を手に入れる方法。

         その中の一つに、肉体の保存を放棄して、精神を憑代に封じ込める魔法理論があった。
         たとえば水晶玉に、魂と魔力だけ封じ込めれば……

黒翅蝶:悠久の昔に埋もれし、錬金術の秘法。
     赤く脈打つ生命の源と、額に輝ける魂の器を一つにせよ。

     魔晶核と魔心臓を融合させ、一つの魔導具とする。
     <呪縛されし魂(ソウルクリスタル)>。
     我が魂が住まう、永遠の宮殿……

モルドレッド:ネクロマンサー……貴様の正体がわかったぞ。
       肉体を乗り換え、千年以上もこの世に留まり続けてきた、
       遙かいにしえの時代に滅び去った、古代人の亡霊だな!

ベイリン:お前から漂ってきた死臭は、ネクロマンサーだからってだけじゃなく、
      お前自身も死人だった……こいつは魂消(たまげ)たぜ。

黒翅蝶:黒翅蝶を恐れたか、第六皇子よ。

ベイリン:まあな……
      だが、それだけの魔法が使えるなら、必ずやってくれるだろう?

      頼むぜ、古代人の亡霊さんよ!

ラーライラ:ベイリンが、アンドレアルの魔晶核を!

黒翅蝶:忌まわしき冥府の封印は解かれた……!

     砂漠の人食い熊。
     盟約に従い、汝に力を分け与えん。

ラーライラ:このぞっとするような冷たい空気……
      シャダイゲートの時と同じ……

      モルドレッド……!

モルドレッド:……アンドレアルゲートが破壊された。
       地底から恐ろしい気配が上昇してくる……!
       それも一つではない……いくつもいくつも……!

       ネクロマンサー、貴様のやろうとしていることは……!

黒翅蝶:封印されし扉を叩く、六億六千六百の魔魅(まみ)らよ。
     地の底を這う虫けらの屈辱を、光と音を奪われた盲唖(もうあ)の復讐を。

     我は、汝ら邪悪なるものたちの救世主(メシア)
     豊沃(ほうよく)なる大地に突き立てた、復讐と殺戮の御旗(みはた)に集え――

ベイリン:な、何だ……
     お、俺の中に(おびただ)しい闇の塊がっ……っ!

     ぐああああああああああっ!!!

モルドレッド:あれは……悪魔だ!
       兄上の肉体を憑代に、この世に顕現(けんげん)しようとしている!

パーシヴァル:あいつ……死霊傀儡法(ネクロマンシー)だけじゃなくて、
       召喚魔法(サモニング)も悪魔を召喚できるレベルまで修めてるんだ……

       認めたくないけど、魔法使いとしては超一流だよ!

黒翅蝶:アンドレアルゲートの歪みでは、下級の悪魔を招くのが精一杯……

     なれど砂漠の人食い熊。
     汝との盟約は、違えずに果たした。

ベイリン:グウウウ……ッッ!!!

     ウオオオオオアアアアッッ……!!!

黒翅蝶:モルドレッド、パーシヴァル。
     次なる贈り物は、悪魔の力を宿した聖獣アンドレアル。

     置き土産としては、贅を尽くしたつもり……
     黒翅蝶の心遣い、堪能したならば幸い……

モルドレッド:逃げるつもりか、ネクロマンサー!

黒翅蝶:汝らの前途に、災いという愛を。
     また会おう、愛しき皇子たち……

パーシヴァル:転移魔法……
        逃げられたね……

モルドレッド:くそっ!
        最初から最後まで、もてあそばれていたというわけか!

ベイリン:ガハハ、アア……

      魔力が漲っテくルぞ……!
      コれなラ、あんどれあるノ魔晶核も使ルる……!

      おルどネアと共に戦ッた聖獣の力が、俺のものニ――!

ラーライラ:ベイリンの全身が……
       黒い紋様に覆われていく……

パーシヴァル:モルっ!
        このままだと悪魔の魔心臓と、アンドレアルの魔晶核を備えた、
        最悪のモンスターが誕生しちゃうよ!

モルドレッド:今、兄上を討ち取れば被害は最小限に……
        どうする――!?
        俺はどうすればいい――!?



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