The 13th prince(プリンス・オブ・サーティーン)

第12話 砂漠の人食い熊

★配役:♂3♀1=計4人

▼登場人物

モルドレッド=ブラックモア♂:

十六歳の聖騎士。
ブリタンゲイン五十四世の十三番目の子。
オルドネア聖教の枢機卿に「十三番目の騎士は王国に厄災をもたらす」と告げられた。
皇帝の子ながら、ただ一人『円卓の騎士』に叙されていない。

魔導具:【-救世十字架(ロンギヌス)-】

パーシヴァル=ブリタンゲイン♂
十七歳の宮廷魔導師。
ブリタンゲイン五十四世の十一番目の子。
『円卓の騎士』の一人で、陸軍魔導師団の一員。
お調子者の少年だが、宮廷魔導師だけあって知識量はかなりのもの。

魔導具:【-自在なる叡知(アヴァロン)-】
魔導系統:【-元素魔法(エレメンタル)-】

ラーライラ=ムーンストーン♀
二十七歳の樹霊使い(ドルイド)(外見年齢は十三歳程度)。
トゥルードの森に住むエルフの部族『ムーンストーン族』の一員。
人間の父と、エルフの母のあいだに生まれたハーフエルフ。
『ムーンストーン族』のエルフには見られない青髪と碧眼は、父親譲りのもの。

父親が魔因子を持たない人間だったので、〈魔心臓〉しか受け継がなかった。
エルフながら魔法を使うためには、魔導具の補助が必要である。

魔導具:【-緑の花冠(フェアリー・ディアナ)-】
魔導系統:【-樹霊喚起歌(ネモレンシス)-】

ベイリン=ウル=ハサン♂
二十六歳の酋長。『砂漠の人食い熊』と恐れられる熊獣人。
ブリタンゲイン五十四世の六番目の子。

母親は、獣人の血の混ざった異民族ウル・ハサン人。
皇位継承権は放棄し、砂漠の国ウル・ハサンの酋長としてザーンの街を治めている。

獣人は準魔因子持ちの種族で、魔法を使うための〈魔晶核〉のみ形成される。
先天的に魔力を生成する〈魔心臓〉を持たないので、魔法は短時間しか使えない。

魔導系統:【-熊獣化(ガルゥ・ベア)-】

虎頭の露天商♂
奴隷商人ゾビアス♂

(どちらもセリフは、一言、二言です)
(被り・飛ばしを推奨します)


※注意
・ルビの振ってある漢字は、ルビを読んでください。
・特定のルビのない漢字は、そのまま読んでください。



□1/砂漠の地、大破したジープの車体を囲む三人

ラーライラ:大陸西部のカルダン砂漠……
      果てしなく広がる熱気と砂の世界……

モルドレッド:パーシヴァル。
        ジープは直りそうなのか?

パーシヴァル:ダメだよこれ。
        機関部の魔導エンジンが完全に壊れてる。

モルドレッド:だから俺は言ったんだ。
        アヴァロンは警戒のために、ジープの周囲に飛ばしておけと。
        それをお前は……冷房代わりに使って……!

パーシヴァル:だって暑いじゃん。
         おいらたちはデリケートなんだよ。
         ね、ラーライラ?

ラーライラ:うん。
      今の周りの温度は22℃。
      砂漠の中でも快適。

      元素魔法(エレメンタル)って凄い。

パーシヴァル:いやあ、それほどでもあるかな?
         なーんて、凄いのはおいらよりも自在なる叡知(アヴァロン)のほうなんだけどね。

モルドレッド:いい加減にしろ!
       お前たちがちゃんと魔法で周囲を警戒していれば、ジープは大破せずにすんだんだぞ!

ラーライラ:怒鳴らないで。暑苦しい。

パーシヴァル:そうそう。
       クールダウン、クールダウン。
       ほら、氷結魔法で冷やしてあげるよ。

モルドレッド:いらんっ!
        これだけ言ってる側から、まだ魔法の無駄遣いを止めないのか!
        もう一度サンドワームに襲撃されないとも限らないんだぞ!

ラーライラ:そこのサボテンが言ってる。
      サンドワームは近くにいないそう。
      もし根っこに不自然な震動がきたら教えてくれる約束。

モルドレッド:何がサボテンだ。
        こんな不細工な植物の言うことなんか当てになるか。

ラーライラ:……そう、うん、ありがとう。

      サボテンたちが水を分けてくれるって。

パーシヴァル:ホント?
        おいらもう水筒の水、全部飲んじゃってさー。
        助かるよ。
        樹霊使い(ドルイド)って便利だね。

ラーライラ:でも、あの黒い髪の人間にはあげないって。

モルドレッド:…………

パーシヴァル:ぷはーっ、ほのかに甘くておいしいなあ。
         ありがとう、サボテン君たち。

モルドレッド:くっ……

ラーライラ:謝れば?

モルドレッド:俺に植物に頭を下げろだと……!?

ラーライラ:パーシヴァル。
       サボテンが、もう一杯なら果汁を絞ってもいいって。

パーシヴァル:いやあ、悪いね。
         君たちも砂漠暮らしで大変なのに。
         じゃあ遠慮無く――

モルドレッド:……すまない。俺が悪かった。
        お前たちは……その、ユニークだと思う。
        さっきはイライラして、つい当たってしまったんだ。

ラーライラ:うん、ええ……わかった。
      一杯の半分だけなら分けてあげるって。

モルドレッド:なっ!
        パーシヴァルは二杯で、俺は一杯の半分だと!?
        不公平じゃないか。さっき謝っただろう!

ラーライラ:知らない。
       そういう態度だからじゃない?

パーシヴァル:人徳だよ、人徳。

モルドレッド:くそっ……!
        サンドワームに襲われてジープを壊され、
        サボテンに頭を下げる屈辱を味わい……

        オルドネアよ、これはあなたの与えられた試練なのか……!?


□2/灼熱の日射しが照り付ける砂漠


パーシヴァル:SOS、SOS。
        我々はカルダン砂漠で遭難せし者たちなり。
        至急、救助を請う。

ラーライラ:思念波……届くの?

モルドレッド:パーシヴァルの思念波は、最大で数十キロ半径に及ぶ。
        ここが砂漠の片隅だったとしても、ザーンの街までなら確実に届くだろう。

ラーライラ:そうじゃない。
       ザーンの街は獣人たちの街。
       獣人なんかに思念波を解読できるの?

パーシヴァル:ふーっ……発信終わりっと。
         で、獣人族に思念波の受信ができるかって話?

ラーライラ:そう。
       彼らは獣と交わり、獣に退行した人間の成れの果て。
       魔法を理解できるとは思えない。

モルドレッド:……凄まじい偏見だな。

パーシヴァル:うん、今時珍しいよね。
         オルドネア教の原理主義者ぐらいじゃない?

ラーライラ:私、おかしいこといった?

モルドレッド:おかしいも何も……
        獣人の前では言わないほうが身のためだぞ。

パーシヴァル:えーとね、説明すると――

         あれ?
         急に空が真っ暗に……

ラーライラ:空! 鳥!
       とても大きい……!

モルドレッド:あれはロック鳥!
        サンドワームの死骸を見つけて飛んできたのか!

ラーライラ:血の臭い……
       違う。ロック鳥は――

パーシヴァル:あわわわわ、急降下してくるよ!

モルドレッド:離れろ! 巻き添えを食らうぞ!

(砂漠に土砂の柱が噴き上がり、濛々たる砂煙が立ち込める)

パーシヴァル:ごほっ、ごほっ……
         すごい砂煙……

モルドレッド:大丈夫か、二人とも。

ラーライラ:見て、ロック鳥。
       まるで針鼠(はりねずみ)……

パーシヴァル:もう死んでるよ、これ。

モルドレッド:このおびただしい針……
       ロック鳥を仕留めるとは……

ラーライラ:砂の上を這い寄る気配……
      何かが近づいてくる……

(蜃気楼に映る人影の群れは、異形に歪んでいた)
(背中に六本の節足を蠢かせ、赤い甲殻で全身を覆った人間たち)
(頭上にそり返った尾の先端から毒汁を滴らせ、三人を取り囲んでいた)

ラーライラ:(さそり)人間……!?
       あれも獣人なの……!?

パーシヴァル:パピルサグだ。
        彼らは古代魔法文明の時代、合成獣を作る実験で生まれた魔導生物だといわれている。
        獣人とは全然違う種族だよ。

モルドレッド:パピルサグ。
        ロック鳥を仕留めたのは、こいつらか。
        集団で狩りをしていた、ということか?

ラーライラ:肌を刺すような空気……
       尾の針……私たちを殺すつもり……!?

パーシヴァル:ねえ、君たち。
         おいらたちは君たちの獲物を横取りしようとしてるわけじゃないんだよ。
         ロック鳥なら持っていっていいからさあ……

         うわあっ!?

モルドレッド:オルドネアよ、暴威を阻む防壁を!

        くっ……尻尾の針を飛ばしてきたぞ。
        これだけの数が揃うと、針の嵐だな。

パーシヴァル:あれは毒針だよ。
         刺さると神経が麻痺して身動きが取れなくなる。
         たぶん、ロック鳥はあれで飛ぶ力を失ったんだ。

モルドレッド:こうも攻撃を集中されては、結界に掛かる負荷が大きい。
        ラーライラ、使役植物を!

ラーライラ:わかってる。

       不毛の大地に根を張る、たくましき命。
       乾いた風に耐え忍び、針と棘でよろう砂漠の緑。
       汝らの友、ムーンストーン族のラーライラが求む。

       力を貸して、サボテンたち。

モルドレッド:歩くサボテン……
        正直なところ不気味だが、これで毒針の被弾量は分散された。
        後はどう反撃に移るかだな。

パーシヴァル:パピルサグが体内に仕込んでる毒針は、二十本から三十本ぐらいって言われてる。
         もうそろそろ弾切れになると思うけど。

ラーライラ:どうしてパピルサグは、私たちを襲ってくるの?
       聖騎士、魔導師、樹霊使い。
       私たちを獲物にしても返り討ちに遭うかもしれないのに。

パーシヴァル:パピルサグは古代魔法文明の作り出した生物兵器なんだ。
         彼らは戦争の道具にするために、本能レベルで人間への敵意を植えつけられていると聞く。

         話は知ってたけど、本当に襲われるとは思わなかったよ……

モルドレッド:……どうやら毒針が尽きたようだ。
        パピルサグが突撃してくるぞ!
        結界を解く!
        パーシヴァル、魔法で一気に殲滅(せんめつ)しろ!

パーシヴァル:うーん、確かパピルサグって……

モルドレッド:早くしろ!
        遠距離の間合いのうちに仕留めるんだ!

パーシヴァル:はいよっ。
       肝心なこと忘れてる気がするけど。

       (めぐ)り回る旋風よ。真空の螺旋(らせん)よ。
       太刀風(たちかぜ)となりて、我が敵を切り刻め。
       ビア・ツイスター!

モルドレッド:よし、やったか。

       風の刃が、風の元素に戻って拡散した……
       ……効いていない!?

ラーライラ:パピルサグの殻……
       人為的に引き起こされた、高密度の元素を分解する免疫……
       魔法耐性を帯びてる!?

パーシヴァル:そうだった。
        パピルサグは魔導師殺しのための生物兵器で、
        おいらみたいな元素系の魔導師や、精霊使いの天敵なんだ。
        一説によると、下級の悪魔の遺伝子を混ぜてあるとか。

モルドレッド:能書きはいい!
        要するにお前は役立たずということだな!?

パーシヴァル:うわ、ひどいなあ。
        要するにそういうことなんだけどさー。

ラーライラ:パーシヴァル、私の樹霊喚起歌(ネモレンシス)は?

パーシヴァル:樹霊喚起歌(ネモレンシス)は大丈夫。
        元素の塊を直接ぶつけるおいらと違って、物質である植物を操るわけだからね。
        どういうことかと言うと、樹霊喚起歌(ネモレンシス)は植物を生み出したり操ったりするまでは魔法だけど、
        そこから先の攻撃は物理世界の法則に従っているんだ。

ラーライラ:……わからないけど、わかった!
      私は戦える。それで十分。
      モルドレッド!

モルドレッド:ああ。
        俺は使役植物のサボテンと前線を固める。
        ラーライラは後方に下がって援護してくれ。

ラーライラ:わかった。

モルドレッド:よし、いくぞ!

ラーライラ:うんっ!

パーシヴァル:なーんか疎外感だなぁ……


□3/砂漠の乱戦、VSパピルサグ集団


モルドレッド:はあっ!

        くっ、なんて硬い殻だ。
        殻の隙間を狙わなければ……

ラーライラ:また使役植物が力尽きた……
       ごめんなさい、サボテンたち……

モルドレッド:ラーライラ、傷ついた使役植物を後ろへ下げろ!
        回復魔法を掛ける! 何とか持たせるんだ!

ラーライラ:う、うん……わかった。

モルドレッド:くっ……
        パーシヴァルの魔法が通じない以上、地道に一体ずつ倒していく。

        厳しいがやるしかない!

パーシヴァル:ねえ、ラーライラ。
        使役植物の数を、もっと増やせないの?

ラーライラ:樫樹霊(トレント)の種を蒔いた。
       でもここは砂漠の地。まだ芽も出てこない。
       樹霊使いの力は、大地の豊沃(ほうよく)さに大きく左右される。

パーシヴァル:ロンギヌスはアンデッドや悪魔には特攻を示すけど、普通のモンスターにはちょっと強い槍でしかない。
        でもモルはバリアと回復魔法でごり押しがスタイルになってて、
        しかも割合ごり押しが通っちゃってたから、攻撃力不足を真剣に考えてなかったんだ。

ラーライラ:この前の金鎚女……
       戦乙女(ヴァルキュリア)がいれば、もっと有利に戦えた?

パーシヴァル:ああ、カテリーナのことか。

ラーライラ:私、あいつ嫌い。
       でも戦乙女(ヴァルキュリア)なら、パピルサグの硬い殻も打ち砕けたと思う。

パーシヴァル:ロンギヌスの本当の戦闘スタイルは、防御型の前衛なんだ。
        防御障壁と治癒のオーラで前線を維持しつつ、回復魔法で負傷した味方を癒す。
        ここに攻撃型の前衛が加われば、おいらたち後衛の魔法使いが二人で、バランスが取れる。

        ちょっと真面目にパーティー編成を考えないといけないかもね。

ラーライラ:…………!!
      サボテンたちが全滅した……!

モルドレッド:くっ……周り中パピルサグ。
        撤退しようにも、結界を緩めれば集中攻撃を浴びる。
        かといってこのまま結界に籠もり続けても……

        はああっ……魔心臓が痛む……
        魔力切れで結界が張れなくなって殺される……!

ラーライラ:パーシヴァル!

パーシヴァル:ラーライラ、不完全でもいいから樫樹霊(トレント)を動かして。
        おいらは、大地に作用する元素魔法(エレメンタル)を使って障害物を作り出す。
        パピルサグの追撃を阻んで、逃げるしかないよ。

ラーライラ:わかった。

       あ……モルドレッドっ!?

モルドレッド:くうっ……
        ダメだ……もう魔力が……

パーシヴァル:ロンギヌスの防御結界が……!

モルドレッド:しくじった……!
        モンスターごときに……!

人食い熊:グアアアアアアアア!!!

モルドレッド:な、人食い熊!?

ラーライラ:どうして砂漠に人食い熊が!?

人食い熊:グウウウ……
       オオオオオッ!!

ラーライラ:凄い!
       片手でパピルサグを掴んで振り回して薙ぎ払う!
       後ろから抱きすくめて、外骨格ごと脊椎をへし折るっ!

モルドレッド:野生の熊ではないな……

        額の魔晶核!
        そうか、あなたは……!

人食い熊:グ、フフフフ。

ラーライラ:……砂の流れ落ちる音。
      ずっと真下……ううん、すぐ足下!

      きゃああっ!?

モルドレッド:渦巻く砂の落とし穴……
        砂漠の蟻地獄、こいつは……!

        くううっ……!?

パーシヴァル:デザートヘルだよ!
        普段は砂漠の地中に潜んでいて、
        獲物を見つけると、砂の渦巻きを起こして、地中に引きずり込もうとするモンスターだ!

ラーライラ:足が地中に飲み込まれるっ!

モルドレッド:パピルサグごと俺たちを喰らうつもりかっ!?
        パーシヴァルっ! ラーライラっ!

パーシヴァル:わ、わかってるけどっ!
         デザートへルの居所が掴めなくて、魔法の狙いがっ!

ラーライラ:っ……砂の流動化を抑える。

       種に眠りし、緑の命。
       地中を這い進み、根を張り巡らすもの……

       あ――……!

モルドレッド:ラーライラ!?

パーシヴァル:ラーライラが、砂の中に飲み込まれちゃった!?

モルドレッド:まずい! 助けなければ……
        くそっ! 砂の流れが激し過ぎるっ……!

人食い熊:グフフフフ――
       軟弱ナ人ノ身デハ、キツカロウ。
       マア、俺様ニ任セテオケ。

モルドレッド:――!?

パーシヴァル:潜って行っちゃった……

モルドレッド:砂の流れに逆らって泳ぐ……
        人食い熊の頑丈な肉体なら、それも可能だと……

パーシヴァル:あ、砂の流動化が止まったよ。

         うわっ! 砂の柱っ!?

         ぺっ!
         モロに砂を被った……

モルドレッド:砂漠の中から、巨大なものが放り出されんだ。

        あのひっくり返った馬鹿でかい昆虫は……
        デザートヘルか!

人食い熊:プハアッ!

       でざーとへるヲ、引キズリ出シタゾ!
       えるふノ娘ッ子モ、無事ダ!

モルドレッド:デザートヘル!
        あいつめ、土中に逃げようとしてるな。

パーシヴァル:おし、今度はいいとこ見せてやる。

        時の風化に晒されし黄砂よ。
        今一度いにしえの姿を取り戻し、
        我が敵を岩石に封じ込めよ。

        ロック・プリズン!

人食い熊:ホオオォ……
       蟻地獄ノ化石ノ出来上ガリ、ダナ。

ラーライラ:う、ううん……

       毛皮……? 熊……?
       人食い熊!? 腕の中!
       私、食べられるの!?

人食い熊:痩セッポッチダガ、
       えるふニシテハ肉付キガヨクテ美味ソウダ。

ラーライラ:モルドレッド! パーシヴァル!

パーシヴァル:人が悪いなぁ。
         その子、怒らせると、血を吸う植物とか植えつけられちゃうよ。

人食い熊:グハハハハ。
       ソイツは、おっカなイ。

       ここイらで、種明かしトいクか。
       そろそろ、魔力も空っぽだぜ。

ラーライラ:人食い熊が……人間に!?

       獣人!?

ベイリン:ふうぅぅぅ……

      よお、久しぶりだなあ二人とも。

ラーライラ:誰? 知り合いなの?

パーシヴァル:知り合いも何も……

モルドレッド:今回の派遣の面会相手。
        俺たちの異母兄……

ベイリン:ベイリン=ウル=ハサンだ。
      よろしくな、エルフの嬢ちゃん。


□3/ザーンの街、市場の通り


ベイリン:ここがザーン。
      俺たち獣人の街だ。

モルドレッド:直立した獣のような者もいれば、
        身体の一部以外は人間と変わらない者もいる。

        獣人の多様性には驚かされるな。

パーシヴァル:あれは獣人の女の子だね。
         猫耳、うさ耳、犬の尻尾。
         うーん、好きな人にはたまらないね!

ベイリン:おお、獣人の女はワイルドだぞ。
     今夜はとびっきりの娼婦を呼んでやろう。
     二人とも、楽しみにしておけよ。

パーシヴァル:ほんと?
         さっすが兄さん! 男っ前!

モルドレッド:お、俺は要らん!

ベイリン:何カッコつけてんだ、モル坊。
      正直はオルドネア教の美徳じゃねえのか、んん〜?

モルドレッド:兄上!
        あなたは曲がりなりにもザーンの街の為政者でしょう!
        そのあなたが売春を斡旋(あっせん)するなど……

ベイリン:しょうがねえだろ。
     それしか稼ぎ方を知らねえ女ばっかなんだからよぉ。

モルドレッド:兄上は、邪淫の(いまし)めをご存じないのか。
       『ジュダの外典』二章三十五節。
       栄華を極めた古代人の街ゴモルは――……

ベイリン:なあ、パー坊。
     こいつ、いつもこんな調子なのか?

パーシヴァル:うん、いつもこんな調子だよ。

ベイリン:めんどくせえ奴だなぁ。

     なあ、エルフの嬢ちゃん。
     嬢ちゃんにも、とびっきりいい男を紹介してやるぜ。
     一度獣人に抱かれると、もう人間じゃ満足出来ねえって評判だ。
     へへへ……

ラーライラ:近寄らないで。気持ち悪い。
       発情期の獣以下。最低。

ベイリン:うおっ、キツいなあ。

モルドレッド:初対面の時を思い出す……

パーシヴァル:うん、刺々しいのがラーライラだったよね。
         最近は仲がいいから忘れてたけど……

ラーライラ:ギラギラしてる雰囲気が嫌いなの。
       私、樹霊使い(ドルイド)だから。

虎頭の露天商:おう、そこの兄さん!
         ザーン名物、ロック鳥の乾肉!
         買ってかねえかい?

モルドレッド:ああ、一つ貰おうか。

虎頭の露天商:はいよ。ほらつり銭だ。

モルドレッド:……おい。
        つり銭が銅貨五枚とはどういうことだ。
        貴様、ごまかしただろう。

虎頭の露天商:ごちゃごちゃうるせえな。
         そんなにつり銭が欲しけりゃ持ってけ!

モルドレッド:なっ!
        いきなり硬貨をぶつけてくるとは!

ベイリン:おい、オヤジ。
      カッとなるんじゃねえよ。
      後になって顔色真っ青になるんだからよお。

      ほら、てめえがバラ撒いた金だ。
      商売人なら、金の勘定ぐらいやりやがれ。

モルドレッド:何なんだ、あの虎頭は。

ベイリン:悪いな、モル坊。
     俺たちは細かい計算が苦手でなあ。
     おまけに頭に血が上りやすいときてる。

     喧嘩売られたと思うと、すぐやらかしちまうんだよ。

ラーライラ:あちこちで殴り合い、怒鳴り合い……
      恐い。気分が悪い。
      私、獣人は好きになれない。

パーシヴァル:ラーライラの気持ちもわかるよ。
        人間と獣人の軋轢(あつれき)は、ただの人種差別の問題じゃないんだ。
        ちょっとしたことで怒鳴ったり、殴りかかってくる人を好きにはなれないだろ。

        実際、獣人の犯罪率って飛び抜けて高いんだ。
        貧しさを抜きにしても、差別されるのにも一定の正当性があるんだよ。

モルドレッド:パーシヴァル、獣人が皆、犯罪者であるかのような言い方はやめるべきだ。
       それは人種差別を肯定することに繋がる。

ベイリン:いや、パー坊の言うことももっともだ。
     すまねえなぁ、エルフの嬢ちゃん。
     俺たちゃ、ろくでなしだからよ。

モルドレッド:兄上、自らの種族を卑下されるな。

ベイリン:おいおい、誰がいつ卑下したんだぁ?
     獣人はろくでなしだが、ろくでなしにも、ろくでなしなりの人生があるんだぜ。

モルドレッド:と、いうと?

ベイリン:おお、たらふく飲んで食って、女ぁはべらせてよ。
     毎日、面白おかしく暮らすんだ。

モルドレッド:……文明以前の理想郷(ユートピア)じゃないか。

ベイリン:ザーンの飯は、安くて美味いぞ。
     帝都の高級料理屋には逆立ちしたって勝てねえが、腹一杯食える。
     それに獣人の女はスケベ揃いだぜ。
     帝都のすかした女どもと違って、ナンパすりゃホイホイと乗ってくるぜ。

パーシヴァル:おいら、ちょっと心が揺れたかも。

モルドレッド:おい、パーシヴァル。

ラーライラ:……軽蔑。

パーシヴァル:冗談だって、冗談。

ベイリン:ガハハハハハ!
     まあ、細けえことは気にせず、楽しんでいってくれ。
     肉も酒も女も、食い放題だ。
     そいつが俺たち獣人の文化だからよ。

     ちょっとは獣人を好きになってくれりゃあ、俺は本望さ。


□4/ドーア砦、広間の宴


ベイリン:異母弟(おとうと)たちとの再会を祝い、乾杯!

パーシヴァル:かんぱーい!

モルドレッド:……乾杯。

ベイリン:さあ、どんどん食ってくれ。
     育ち盛りなんだからガンガンいけ。
     ほら、神牛アピスのブダハソース掛けだ。

パーシヴァル:うわあ、脂の乗った牛肉とニンニクのいい匂い!

ラーライラ:肉と脂とニンニクの匂い……

モルドレッド:すまない、兄上。
        ラーライラは肉料理が苦手なんだ。

ベイリン:昔知り合ったエルフは、肉も酒もガンガンやってたんだがなあ。

ラーライラ:それは、たぶん狩人のタイガーズアイ族。
      ムーンストーン族は、血の臭いがするものは苦手。

パーシヴァル:なにか果物はない?
        ドライフルーツとかさ。

ベイリン:そうだなあ……
     おっ、そうそう熱帯の島で仕入れた珍しい果物があったんだ。
     おい、あれを持ってこい。

     ほら、どうだ。
     これならエルフの嬢ちゃんもいけるだろ。

ラーライラ:なに……これ。

パーシヴァル:ドリアンだね。
        噂には聞いてたけど独特な……

モルドレッド:……俺は遠慮させてもらう。

        ラーライラ?
        食べるつもりか、お前――!

ラーライラ:私はムーンストーン族。
       植物と心を通わせる樹霊使い(ドルイド)……
       臭いに――負けないっ!

       えいっ!

パーシヴァル:あっ、いった。

モルドレッド:……大丈夫か?

ラーライラ:甘いけど……
       おいしいけど……

       気持ち悪い……

パーシヴァル:戻しちゃった。

モルドレッド:樹霊使い(ドルイド)でもダメだったか。

ベイリン:おーい誰か、嬢ちゃんの口を拭いてやれ。

ラーライラ:悔しい……
       ドリアン……次は必ず!


□4b/ドーア砦、広場の上座


パーシヴァル:ブリタンゲイン南部の、このドーア砦は、
         砂漠の民、ウル・ハサン首長国との紛争時に立てられたんだ。

モルドレッド:もっとも三十年前にウル・ハサンの民は、ブリタンゲインの二等国民となり、
        ドーア砦は、国境防衛の役目を終えた……そうだったろう?

ベイリン:そうだ。
      ウル・ハサンの王宮や墓は、ブリタンゲインと戦争したときに、一つ残らずぶっ壊された。
      皇帝……俺の親父から譲り受けたドーア砦が、ウル・ハサン人の城みたいなもんよ。

ラーライラ:広間で曲芸をやっている軽業師……
       あれは人間?

モルドレッド:ああ、あの軽業師は人間だ。
        ウル・ハサン人は、人間と獣人の入り交じった人種なんだ。

ベイリン:俺のお袋は、ウル・ハサンの酋長の娘で、普通の人間だった。
      だから皇帝の(めかけ)に献上されたんだろうさ。
      家臣どもが、獣の血が混じった異民族から見繕った、まともな人間の女だった。

      そこから獣人の子が生まれてくるたあ、皇帝の野郎も魂消ただろうよ。

ラーライラ:人間と人間から、獣人が生まれてきたの?

ベイリン:隔世遺伝……って奴だな。
      俺のお袋は人間だが、獣人の遺伝子も持っていた。
      隠れ獣人って、意外と多いんだぜ。

モルドレッド:隠れ獣人は、地域差別の大きな理由の一つだ。
        獣人の多く住む地域の人間との結婚は、親族に強く反対される。
        獣人の子が生まれたらどうするのか、と。

ベイリン:産まれてきた赤ん坊に、獣の耳や尻尾があった。
      中には赤ん坊の顔が、獣そのものってこともある。

      そんな赤ん坊は、狼憑きやら何やら言われて、数多く殺されてきた。
      母親の方も、獣と交わった女と陰口を叩かれ、村八分にされた。
      お袋は妾とはいえ后だったから、露骨な差別はされなかったが、
      飯が喉を通らなくなって、ガリガリに痩せ細って死んじまったよ。

パーシヴァル:人間、エルフ、獣人。
        互いに子供を作れることから、同一の種族なのは、ほぼ定説となっている。

        人間と亜人を分ける鍵は、魔晶核と魔心臓の有無……

ベイリン:俺たち獣人は、魔法を使うための魔晶核はある。
      だが、魔力を生み出す魔心臓がない。だから短時間しか変身出来ねえ。
      変身魔法が長続きするのは、満月の夜みたいに、そこら中に魔力が満ちている時だけだ。

      魔晶核も魔心臓もあるエルフと比べると、獣人は出来損ないみたいだが、こいつは何なんだ?

パーシヴァル:恐らく、人間との混血が進んだからだよ。
         大昔の獣人は、魔晶核も魔心臓も持っていたと思う。
         おいらの推測だけど、獣人の先祖は古代人で、変身魔法を使う一派だったんじゃないかな。

         古代人と同じ特性を残したエルフが調査に協力してくれれば、生物学的な解明も進むんだけどなあ。

ラーライラ:……私の母さんは、そうやって捕まって殺されたのね。

パーシヴァル:あ……ごめん。

ベイリン:…………

     おい、次の演目が始まるぜ。
     ザーン名物『銀砂(ぎんさ)のジプシー』たちの踊りだ。


□5/広間で舞い踊るジプシーたち


モルドレッド:『銀砂のジプシー』……
        踊り子は皆、獣人の女たちか。

        宙返りにバク転、ヘッドスピン……!
        こんな迫力のある踊りは見たことがない。

ベイリン:そうだろう。
     『銀砂のジプシー』の踊りを見るために、はるばる帝都から観光に来る連中がいるぐらいだ。
     帝都の踊り子のダンスなんか、眠くて見てられなくなるだろう?

パーシヴァル:あっ。
        今、宙返りした猫耳の子……

モルドレッド:しゅ、瞬間脱衣……!?

パーシヴァル:うわあ、セクシー!

モルドレッド:し、下着も同然じゃないか!

ベイリン:へへへ……
     喜べ、もっと脱ぐぜ。

モルドレッド:こ、これ以上脱いでは、全裸ではないか!

ベイリン:おおよ。
      ほら、曲調も変わっただろう?
      これからが『銀砂のジプシー』の見処だ。

ラーライラ:……帰る。

パーシヴァル:あっ、ラーライラ!

       ……行っちゃった。
       やっぱり女の子は、こういうの嫌だよね。

ベイリン:そうなのかあ?
     獣人の女は、んな小さいことで腹は立てねえぜ。
     堅苦しいなあ、エルフってのはよ。

モルドレッド:つ、つ、ついに上の下着が……!?

        くっ、落ち着け……
        邪淫に心を乱されてはならん。

        そうだ、これは誘惑に耐える試練!
        いざ目を見開き、禁断の果実を凝視するのだ!

ベイリン:……おい、こいつ脳味噌の血管切れそうだぞ。
      大丈夫か?

パーシヴァル:大丈夫、だいじょーぶ。
         ちょっと免疫がないだけ。
         モルには、いい勉強になるよ。

ベイリン:おいおい、モル坊の歳でこりゃあ、ウブ過ぎるだろう。
      しょうがねえな、踊り子の誰かに頼んで男≠ノしてもらうか。

パーシヴァル:そんなこと頼んだら怒られるんじゃない?

ベイリン:なあに、あいつらは全員娼婦だったからな。
     今でもスケベな観光客相手に、春を売ってる。
     十三皇子相手なら、物好きが何人か手を挙げるだろうよ。

ラーライラ:…………!!

      はあ……はあ……はあ……!!

パーシヴァル:あれ、ラーライラ?
         どうしたの? そんなに慌てて戻ってきて。

ラーライラ:私の部屋……!
      私のベッド! 半裸の獣人!

ベイリン:やっべえ、忘れてた。
      嬢ちゃんの部屋に、男妾(だんしょう)を呼んでおいたんだった。

ラーライラ:なんでそんなもの!

ベイリン:いや、嬢ちゃんが喜ぶかと思ってよう。

ラーライラ:喜ばないっ!

       モルドレッド、あなたの部屋に行く。
       一緒に来て。

モルドレッド:はっ!?

        いや、もうちょっと待ってくれ。
        あと少し、あと少しで下も露わに……!

ラーライラ:あなたもなの!?
       信じてたのに。
       やっぱり人間なんて大嫌い!

モルドレッド:違う、誤解だ!
        俺は聖騎士として、邪淫の行われている現場を見届けなくてはならない義務が……!

パーシヴァル:出張ホストに、売春もやってる踊り子……

         ねえ兄さん、ザーンの街の産業って?

ベイリン:お前の予想通り、売春だよ。
      人間に近い容姿をした獣人の女が、街全体の収入を支えている。
      資源も何もねえ、こんな砂漠の街が成り立っているのは、スケベどもの落とす金さ。

パーシヴァル:そうかあ……

ベイリン:職業として選べてるだけ、まだマシさ。
      ほとんど奴隷同然でこき使われていたんだ。

      さあ、お待ちかね。
     『銀砂のジプシー』、最終楽章だ!

ラーライラ:広間に入ってきたあれは……檻?
      中に入っているのは……人間?

ベイリン:この醜く肥え太った豚野郎は、奴隷商人ゾビアス!
      俺たちの(かつ)えを潤す、生贄だ!

      踊り子ども、剣を取れ!
      豚野郎の血飛沫で、踊りの終幕を飾れ!

ゾビアス:ひぃぃ! お助けをぉ!

モルドレッド:待ってくれ、兄上!
        ゾビアスを殺してはいけない!
        俺たちがやって来たのは、ゾビアスを引き取るためなんだ!

ベイリン:モル坊、お前はゾビアスの所業を知っているのか。
     男は炭坑掘(たんこうほ)りや辺境の開墾(かいこん)、女は売春宿に売り飛ばされる。
     こいつは、獣人を食い潰し、テメエの金蔵(かねぐら)を肥やしていた蛆虫だ。
     あの踊り子の中にも、ゾビアスに好き放題にされた奴がいる。

パーシヴァル:でも、ゾビアスは帝都の商業組合で大きな力を持っている。
         もしゾビアスを誘拐して殺したとしたら、ブリタンゲインとウル・ハサンの戦争になっちゃうよ!

ベイリン:上等じゃねえか。
      ハナからそのつもりよ。
      獣人と人間の戦争は、奴隷商人の断末魔で幕開けといこうぜ!

      女ども、殺せえっ!!

ゾビアス:ぎゃああああああ!!!

パーシヴァル:ああっ! モル!

モルドレッド:わかっている、今ロンギヌスで!

        オルドネアよ、ゾビアスに癒しの奇跡を――

ベイリン:おっと、そうはさせねえぜ。

モルドレッド:くっ、槍を……!
        兄上、手を離せ!
        今ならまだ間に合う!

ベイリン:なあ、モル坊――
      お前は呪われた十三皇子≠ニして、散々忌み嫌われてきた。
      何故だ?
      ブリタンゲインに、帝国に忠誠を尽くす義理は、これっぽっちもないじゃねえか。

モルドレッド:俺は……俺は聖騎士だ。
        帝国ではなく、救世主オルドネアの正義に忠誠を誓った!

ベイリン:オルドネアは、俺たちの、この悲惨なザマを救ってくれるのか。
      男は過酷な肉体労働、女は身体を売るしかねえ、このザマを!
      それとも救世主の慈悲は、獣の血が混じった獣人には向けられないってのか。

モルドレッド:それは……

ベイリン:モル坊、俺の仲間になれ。
      腐りきった帝国の奴らに、一泡吹かせてやろうぜ。

モルドレッド:兄上……
        やはり戦争は避けるべきだ。
        俺は、戦争の引き金を引くことに荷担出来ない!

ベイリン:そうかよ。
      お前は所詮、帝国の犬ってワけダな。

      見損ナッタゼ!

モルドレッド:しまった!
        人食い熊に変身を……!

        くっ……うわっ!

ラーライラ:モルドレッド!

パーシヴァル:【自在なる叡智(アヴァロン)】、起動(ブート)……

ベイリン:待チナ。
      今、魔法ヲ使ッタラ――

モルドレッド:くううう……
        なんて怪力だ……っ

ベイリン:人間ノ体重ナンザ、人食イ熊ニハ羽根ミタイナモンヨ。

      魔導具ヲ外セ!
      俺ノ腕ガ、もるどれっどノ頭ヲ握リ潰ス前ニ!

ラーライラ:ねえ、パーシヴァル。

パーシヴァル:わかったよ……

         ほら、魔導具は外したよ。
         これでいいかい。

ベイリン:ヨオシ、三人ヲ縛リ上ゲロ。
      牢屋ニぶチ込ンデおけ。

モルドレッド:兄上……

ベイリン:……ふうううっ。

     こいつらはブリタンゲインと交渉するための人質だ。
     丁寧に扱えよ。

     俺は、あいつ≠ニ話をしてくる。



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