The 13th prince(プリンス・オブ・サーティーン)

第10話 孤高と絆と

★配役:♂4♀1=計5人

▼登場人物

モルドレッド=ブラックモア♂:

十六歳の聖騎士。
ブリタンゲイン五十四世の十三番目の子。
オルドネア聖教の枢機卿に「十三番目の騎士は王国に厄災をもたらす」と告げられた。
皇帝の子ながら、ただ一人『円卓の騎士』に叙されていない。

魔導具:【-救世十字架(ロンギヌス)-】

パーシヴァル=ブリタンゲイン♂
十七歳の宮廷魔導師。
ブリタンゲイン五十四世の十一番目の子。
『円卓の騎士』の一人で、陸軍魔導師団の一員。
お調子者の少年だが、宮廷魔導師だけあって知識量はかなりのもの。

魔導具:【-自在なる叡知(アヴァロン)-】
魔導系統:【-元素魔法(エレメンタル)-】

ラーライラ=ムーンストーン♀
二十七歳の樹霊使い(ドルイド)(外見年齢は十三歳程度)。
トゥルードの森に住むエルフの部族『ムーンストーン族』の一員。
人間の父と、エルフの母のあいだに生まれたハーフエルフ。
『ムーンストーン族』のエルフには見られない青髪と碧眼は、父親譲りのもの。

父親が魔因子を持たない人間だったので、〈魔心臓〉しか受け継がなかった。
エルフながら魔法を使うためには、魔導具の補助が必要である。

魔導具:【-緑の花冠(フェアリー・ディアナ)-】
魔導系統:【-樹霊喚起歌(ネモレンシス)-】

クーサリオン=ムーンストーン♂
百五十一歳のエルフの樹霊使い(ドルイド)(外見年齢は二十代後半〜三十代前半)。
トゥルードの森に住むエルフの部族『ムーンストーン族』の族長。
ラーライラの母の兄で、ラーライラの伯父に当たる。

エルフは、現代では珍しい完全な魔因子を持つ種族。
魔力を生成する〈魔心臓〉のみならず、額に魔法を使うための〈魔晶核〉を有する。

恐竜王ディラザウロ♂
『ハ・デスの生き霊』の幹部、逆十字(リバースクロス)の一人。
黒い玄武岩の体躯に、マグマの血脈を張り巡らせた暴君竜。
全長二十メートルを超える背中には、厳威誇る火山が聳え立っている。

生命活動レベルで魔法を取り入れており、己の躯自身が一つの魔導具と言える。
魔心臓はかつて地上に存在した生物の中で最も強く、古代人も凌駕するという。

魔導具:【-暴虐噴火山(ボルガニック・カイザー)-】
魔導系統:【-元素魔法(エレメンタル)-】


※注意
・ルビの振ってある漢字は、ルビを読んでください。
・特定のルビのない漢字は、そのまま読んでください。



□1/静寂の満たす物寂しいエルフの里


パーシヴァル:皆、いなくなっちゃったね……
         残ってるのは、おいらたちと子供のエルフだけか。

モルドレッド:ああ……

パーシヴァル:みんな、大人しく眠ってる……
         この子たちのほとんどは、もう親とは会えない……

モルドレッド:俺は……

        兄上になんと顔向けすればいい……
        俺を信頼してロンギヌスを任せてくれたというのに……

        俺はブリタンゲインの宝を……
        オルドネアの遺した奇跡を失ってしまった……

パーシヴァル:ロンギヌスは、オルドネアの魔晶核(ましょうかく)で造られた聖槍……
         でも、ディラザウロはロンギヌスをへし折った。
         あれがロンギヌスの限界だったんだ……

         誰もモルを責めないよ……

モルドレッド:パーシヴァル、お前は何もわかっていない!

        俺は十三番目の皇子。
        ブリタンゲインに災いをもたらす、十三皇子だ。

        だから俺は、正義を示し続けてきた。
        誰の難癖も許さない、でまかせの予言など叩き潰してやると。

        ブリタンゲインは、ようやく俺を正義と認めてくれた。
        それがロンギヌス。救世主オルドネアが残した帝国の宝……

(己の前髪を乱暴に掴み、憤怒を吐き出すモルドレッド)

モルドレッド: 俺は……
        災いの皇子の予言を()してしまった……

        オルドネアの正義の象徴(あかし)は、俺が殺した。

ラーライラ:んんっ……

       私……

パーシヴァル:ラーライラ。
        目を覚ましたんだ。

ラーライラ:……!

      族長様は!? みんなは!?

パーシヴァル:トゥルードの神樹。
         ……シャダイゲートだよ。

ラーライラ:シャダイゲート……!
      行かないと……! 私も……!

      んっ、ううんっ……
      目まいが……頭が重い……

パーシヴァル:ダメだよ。
         シャダイゲートには、あのディラザウロがいるんだ。

ラーライラ:だから行くっ!
      族長様が、みんなが死んでしまう!

パーシヴァル:ラーライラも死ぬよ。
        ラーライラ一人が加わっても、何も変わらない。
        おいらたちじゃ、どうあっても勝ち目はないんだ。

        無意味だよ。わかってるだろ……

ラーライラ:あなたは他人事だからっ!
      他人事だからそんな風に言える!
      無意味なんて言える! 片付けられる!

パーシヴァル:……帝都に思念波を飛ばしてから、だいぶ経つ。
         もうすぐ帝国軍の救援部隊が到着するはずだ。

ラーライラ:……間に合わない。

パーシヴァル:……そうかもしれない。

ラーライラ:……あなたたちは、ここで待つの?

パーシヴァル:…………

ラーライラ:あなたたちは、何もしてくれないの!?

モルドレッド:うるさい!
        お前一人ではモンスターと戦えないから、俺たちを巻き込みたいんだろう!?
        正義感につけ込むなッ!

ラーライラ:……!!

パーシヴァル:……ラーライラ?

ラーライラ:モルドレッド、パーシヴァル……
       族長様を、みんなを助けて……
       お願い……

       お願い……っ!

パーシヴァル:……ごめん。
        おいらが死んだら、ばーちゃんが独りになっちゃう。
        パットも、ガウェイン兄さんもトリスタン兄さんも悲しむよ。

ラーライラ:パーシ、ヴァル……

パーシヴァル:おいらだって――まだまだやりたいことが沢山あるんだ。
         ラーライラ、君のためには死ねない。
         ごめん……

ラーライラ:モルドレッド……!

モルドレッド:俺に何を期待するというんだ……
        ロンギヌスを失った俺に……

ラーライラ:…………

モルドレッド:俺に(すが)るなっ!
        俺には何も出来ないっ!

ラーライラ:…………

      わかった。
      私一人で行く。

(泣き顔で訴えていたラーライラは、感情の抜け落ちた無表情で呟く)

ラーライラ:嘘吐き。冷淡。臆病。
       あなたたちの血が半分も入っている……
      
       人間の血なんて――!

パーシヴァル:木の枝で手首を!?

モルドレッド:お前……!?
        何をするんだ!?

ラーライラ:こないでっ!

(憤りをぶつけるように左腕を振るうラーライラ)
(モルドレッドの顔に血飛沫が跳ね、頬や目を赤く濡らす)

モルドレッド:――っ!?

ラーライラ:っぅ……
      はあ……はあ……

      人間なんて大嫌い!
      あなたたちに助けを求めるんじゃなかった!

(半焼した朽ち木の並ぶ森の奥へ駆けていくラーライラ)

モルドレッド:ハーフエルフの血……
        俺と同じ人間の血……

(頬を彩る赤い飛沫を指先でぬぐうモルドレッド)

モルドレッド:俺は……最低だな……

        最低だ……


□2/トゥルードの森、神樹に続く道


ディラザウロ:トゥルードの神樹。
        あれがシャダイゲートか。

ディラザウロ:なんと巨大な樹だ。
        この大樹が封じている次元の歪みならば、相当な大きさになろう。
        こればならば、大悪魔(ダイモーン)渡世(わたり)も可能やもしれん。

        ネクロマンサーが執着するのも(うなず)ける。

ディラザウロ:倒木の雪崩れ……!

(幹が裂け割れ、枝葉が砕け散り、地面の下生えを噴き上げる、森の土砂崩れが轟く)
(舞い散る木の葉を孕んだ土煙が晴れていくと、大樹の下敷きになった恐竜王の姿があった)

クーサリオン:……よし、第一波は成功した。
        散開せよ! 森の植物に精神を通わせるのだ!

ディラザウロ:性懲りも無くやってきたか。

        力の差は存分に見せ付けてやった。
        お前たちでは、余に勝てん。

クーサリオン:ディラザウロよ、私の声は震えているだろう。
        私はお前が恐ろしい。
        本能は、今すぐに逃げ出せと訴えている。 

ディラザウロ:ならば何故だ。
        何がお前たちを、勝ち目のない戦いへ走らせる。

クーサリオン:使徒シャダイの使命……
         そして私たちが、親だからだ。
         我が子の未来のためならば、喜んで捨て石となろう。

ディラザウロ:子のためだと?

        子など、死んだらまた成せばよい。
        余は何百の子を成したのか。
        死んだ子の数も、殺した子の数も覚えておらん。

クーサリオン:私たちエルフは、滅多に子を授かれない種族。
        それ故に我が子はもちろん、里に赤子が産まれれば祭りとなる。
        子供は……私たちエルフの宝だ。
       
ディラザウロ:余が初めて倒した敵は、兄だった。
        産まれて間もない余を襲ってきた兄を、返り討ちにしたのだ。
        余は、眼の開かぬ弟を噛み殺し、孵化する間際の卵を叩き潰した。

        こうして兄弟姉妹を押し退け、跡継ぎの座を勝ち取った。
        余の初めての闘争だった。

クーサリオン:…………
        私にとって妹は、かけがえのない存在。
        三十の月日が流れようとも、兄と妹の絆は変わらない。

ディラザウロ:余は、父を知らん。
        だが、あの密林を治めていた王が、父であったのだろう。
        未だ忘れえぬ、激しい闘争だった。
        父の喉笛を食い破った時、余は王の一柱に列された。

クーサリオン:……お前の生き方は、私には理解しがたい。
         ディラザウロ、お前には肉親の情というものはないのか。

ディラザウロ:無い。

        お前たちこそ、何故血の繋がりに縛られる。
        親・兄弟・子。
        生まれに関っただけの他者ではないか。

クーサリオン:私たちは、生涯に多くの他人と出会う。
        だがそのほとんどは、一時(ひととき)時間を共にしただけで、別れていってしまう。
        他人と繋がる糸は、とても細く、たやすく途切れてしまうのだ。
 
        親や兄弟、子供とは、生まれ落ちたその時から繋がる糸。
        その糸は太く、数え切れないほどの影響を与え合おう。
        それは絆と呼ぶ。
        互いの心の奥深くに入り込んだ、内なる他者……己の一部だ。

ディラザウロ:我ら恐竜族は、群れ集う虫けらから、誇り高き個を勝ち取った。
        偉大なる進化。我ら恐竜族は、己を勝ち取ったのだ。

        お前たちは、己の重みに耐えきれなかった。
        故に孤高の道を歩めず、他者の交ぜものをすることで己を保った。
        絆など、虫けらへの退化を肯定する詭弁だ。

クーサリオン:ディラザウロよ。
         今の世界は、お前の生きた世界より遙かな未来になろう。
         その過程に何があったのか、思いを巡らせてみよ。

ディラザウロ:もう、お前との対話は十分だ。
        言葉の闘いでは、組み合うことすら儘ならぬ。
        我らは互いの()とするものが違い過ぎるのだ。

(玄武岩の血脈から紅炎が噴き上がり、折り重なる倒木を吹き飛ばす)
(焚き火の爆ぜる緋の絨緞を踏み締める恐竜王が怒号を張り上げた)

ディラザウロ:さあ、猿族の末裔ども!
        絆を進化と言うのならば、余を倒してみせよ!

        余はただ一個でお前たちを迎え撃つ!
        我ら恐竜族こそ、正しき進化の本流に立つものなり!

クーサリオン:地上で最も強く雄々しかった生き物よ――
         ならば、何故お前たちは滅んでしまったのだ……

         ディラザウロ……
         この問いは何処までもお前を追い掛けよう……


□3/夜空を見上げているパーシヴァル、俯いたモルドレッド


パーシヴァル:……来た。

         西の空――
         天空騎士団だよ。

モルドレッド:おかしい……
        全騎数えても、五十騎に満たない。
        それに戦闘用の飛竜ではなく、小型のワイバーン……

パーシヴァル:…………

モルドレッド:……パーシヴァル、本隊はどうした?
        魔導装機団(まどうそうきだん)地竜兵団(ちりゅうへいだん)の到着はまだなのか。
        偵察が出ているのに、森へ進軍している気配すらしないとは……

パーシヴァル:……魔導装機団(まどうそうきだん)地竜兵団(ちりゅうへいだん)もこないよ。

モルドレッド:……どういうことだ?

パーシヴァル:代わりにおいらの所属する魔導師団が派遣された。
       今頃森の四方に散らばって、戦略級魔法の準備をしているはずだ。

モルドレッド:一体何故……

        いや……
        まさかパーシヴァル!?

パーシヴァル:トゥルードの森ごと、ディラザウロを殲滅する。

モルドレッド:馬鹿な……!
        森に住むエルフたちはどうなる!?

パーシヴァル:今、ワイバーン隊が散っていっただろ。
         エルフたちに、避難勧告を出してるところだよ。

モルドレッド:森を滅ぼすから逃げろ、だと?
        受け入れられるはずがない!

        誰がこんな非道な命令を許した!?

パーシヴァル:大英円卓(ザ・ラウンド)だよ。

モルドレッド:兄上たちが……

        何故……何故……
        こんな……

パーシヴァル:さっきの火山弾の雨……
        ここが何もない森で、樹霊使い(ドルイド)が百人もいたから大火事にならずに済んだ。
        ここが帝都だったら……ログレスは火の海に沈んでいた。

モルドレッド:パーシヴァル。
        お前……知っていたな?

        族長殿と何と約束した!?
        彼らの血を守ると、シャダイゲートを守ると!
        これはムーンストーン族への裏切りだ!

パーシヴァル:じゃあ、帝国陸軍が化け物を退治しろって?

        死ぬんだよ……
        魔導装機乗りも、地竜の騎手や、軍用地竜だって。

        戦闘になれば、人は死ぬんだ!

モルドレッド:だから、だからエルフは犠牲にすると……

(飛膜の羽ばたきが浮力を抱え、二匹のワイバーンが降下してきた)

パーシヴァル:帰ろう。
        もうすぐ戦略魔法ヘルガイアが発動する。
        ここに残っていたら、おいらたちも巻き添えを食らう。

モルドレッド:…………

パーシヴァル:モル。
        可哀相だけど、しょうがないよ……

モルドレッド:…………

       エルフたちを見殺しにすることが正義に適うのか。
       正義は少数の犠牲も、大多数の死も肯定しない。
       誰かの犠牲の上に、正義は無い!

パーシヴァル:じゃあ、どうするんだよ!
        理想論を言っても、現実は何も変わりはしないんだ!
        誰の犠牲も出さない方法なんて無いんだよ……

モルドレッド:恐竜王ディラザウロを打ち倒す。
        誰の犠牲も出さない。俺がディラザウロを倒す。

パーシヴァル:は? ええっ!?
        ロンギヌスは折れてるんだぞ!
        モルは、もう戦うことも出来ないじゃないか!

モルドレッド:……だからこそだ。
       
        俺こそ……魔導具(まどうぐ)に依存していた。
        おめおめと逃げ帰っては、あいつに面目が立たん!

パーシヴァル:モル!
       モルってば――!

       行っちゃった……

       おいらもう付き合いきれないよ……


□4/臙脂色の煉獄の底に沈んだ森


ラーライラ:嘘……! 嘘よ……!
      みんな……つい今朝まで……

クーサリオン:ラーライラ! 何故此処にきた!

ラーライラ:族長様っ!

クーサリオン:逃げろ! 逃げるのだ……!
        奴はあまりにも強すぎる!
        私たちでは、奴を止められない……!

ラーライラ:化け物っ!!
       よくもみんなぉ――っっ!!!

(ラーライラの荒れ狂う感情に合わせ、緑の花冠(フェアリー・ディアナ)が激しく明滅する)
(魔法の種が振り撒かれ、地面に吸い込まれ、瞬く間に樫樹霊《トレント》へ成長)

ディラザウロ:朽ち木どもが目障りだ。
        燃えろ。

ラーライラ:樫樹霊(トレント)が一瞬で……!
       こっちに炎が襲ってくるっ!?

       いや……族長様あぁっ!

クーサリオン:ラーライラ……

ラーライラ:……!?

クーサリオン:無事でよかった……

ラーライラ:肉の焦げる……臭い……

      族長様……背中……

クーサリオン:大丈夫だ……
        この衣は、火鼠(ひねずみ)の毛も混ざった織物……
        少しの炎ならば……

        くっ――……

ラーライラ:族長様っ! ごめんなさいっ!
       私のせい……! 私のせいで……!
      
       今、火傷を治す精油をっ!

クーサリオン:逃げてくれ、ラーライラ……
       私の治療はいい……
       お前が生きていてくれれば……

ディラザウロ:小娘、何故逃げん。
       そこのエルフは、お前を助けるために我が身を犠牲にした。
       ならば、お前はその意思を酌み取るのが絆ではないのか。

ラーライラ:だから……だから来たのっ!
      私を助けようとしてくれた族長様を、見捨てて逃げるなんて出来るわけがないっ!

ディラザウロ:わからん。
       お前たちは支離滅裂だ。

ラーライラ:わかるわけがないっ!
      お前みたいな化け物にはわからないっ!

ディラザウロ:わからずとも良い。

       直視()よ、エルフどもの骸を。
       余の炎に焼かれ、骨すら潰えた。
       此奴らは、己の生きた墓標(あかし)すら残せなかった。

       くだらん生き物だ、エルフとは。

ラーライラ:ディラザウロっ!
      お前は絶対に許さないっ!

      私の命に代えても!

      我が内に眠りし、古き命……
      目覚めよ、月長石の種を破りて……

ディラザウロ:面白い。
       世界樹と組み合うのも一興。
       やってみせろ。

ラーライラ:我は大地に根を下ろす……
      時の風雨に耐え忍ぶ……

      ううっ……はあっ……

クーサリオン:無理をするな……
        ユグドラシルフォームは、樹霊喚起歌(ネモレンシス)の最上位の魔法。
        こんな短時間に連続して使えば、エレンウェの魔晶核(ましょうかく)もお前の魔心臓も壊れてしまう。

ラーライラ:うううっ……
      私……何も出来ないっ……
      族長様も、みんなも……誰も助けられないっ!

ディラザウロ:やはりお前では駄目か。
        元よりさしたる期待はしておらん。

        終わりだ。シャダイゲートは破壊する。

ラーライラ:(私、なんて無力……)
       (これじゃ、あの人間の言った通り……)
       (ただ殺されるために、出向いたようなもの……)

ディラザウロ:シャダイゲートを破壊する前に、親子共々葬ってくれよう。
        潰れろ。

ラーライラ:――っ!


□5/前肢の影が降ってきた下で、おそるおそる眼を開けるラーライラ


ラーライラ:私……?
       まだ生きてる……?

ディラザウロ:……パラディン!
        余の前肢の振り落としを!

モルドレッド:くううっっ……!

ディラザウロ:小癪な。
        折れた槍の結界など。

モルドレッド:っっ――……!

        はあああっ――!

ディラザウロ:何――……

         GUWOOOO!?

モルドレッド:はあ……はあ……!

ラーライラ:押し返したの……!?
       あの巨大な化け物を……!

ディラザウロ:オルドネアの形見は、余が噛み砕いた。
        今のお前に戦う力は残っておるまい。

モルドレッド:そうだ……
       俺には、もうロンギヌスは無い。
       俺の正義の象徴(あかし)は……お前に折られた。

ディラザウロ:わかっているなら失せろ。
        先の戦い振りに免じて見逃してやる。

モルドレッド:俺はロンギヌスを失った。
       だが同時に正義の頸木(くびき)からも解放されたのだ。
       誰かの眼を恐れた正義も、己に科し続けた正義も、もはや無い。

       救いを求める手を振り払い、失われた正義を嘆く……
       俺は……もっとも大切な、誰かを守るという正義を見失うところだった。

       ディラザウロ、俺は逃げん!

ラーライラ:……モルドレッド。

モルドレッド:勘違いするなよ。
        お前のために来たわけではない。
        俺は俺の信念のために戦うんだ。

ラーライラ:バカね……あなた。

モルドレッド:な、何だと!?

ラーライラ:ありがとう……嬉しい。

ディラザウロ:百の言葉を勇ましく並べ立てようとも、
        そんなものは空虚な音の羅列に過ぎん。

        力無き信念は、力強き俗心に遙かに劣る。
        パラディン、お前は何も為せん。

モルドレッド:信念無き力に、何の価値がある。
        それは貴様のように弱き者を虐げるだけの力――ただの暴力だ!

        もしも正義から逃げ出せば……それこそ忌まわしき予言を成すことになってしまう。
        たとえ無力でも、俺は正義に眼を背けたりはしない!

        それこそが、オルドネアの意思を継ぐに値する心!

ディラザウロ:GUU……

        何だ……その光は……

ラーライラ:モルドレッド!
       それ、ロンギヌスの穂先……!

モルドレッド:これは……!?

クーサリオン:救世主オルドネアの伝承……
        オルドネアは、十三使徒ジュダの裏切りによって十字架に架けられた後、三日後に復活したという……
        では……オルドネアの魔晶核(ましょうかく)から作られた、ロンギヌスの槍も……!

ラーライラ:眩しいっ――!

ディラザウロ:GUU……!

ラーライラ:自己修復……声に応えたの……?
       ロンギヌスが……!?

クーサリオン:不滅の槍だ……!
         まるでオルドネアの再誕を見ているような……!

モルドレッド:ディラザウロ。
        貴様は力無き信念など、無価値だと断じた。
        だが信じる心には、力もまた宿るのだ!

ディラザウロ:たかが槍一本。戦況は変わらん。
        ちっぽけな奇跡で覆る差ではないぞ。

モルドレッド:ロンギヌスは奇跡を起こす槍!
        小さな奇跡も積み上がれば、巨大な暴虐を倒す!

ディラザウロ:GAAAAAAA……!

        救世主(メシア)の悪足掻きが見せた、希望の光。
        無知なる猿どもよ。
        余が真実を明かす。とくと(まなこ)を開け。

ラーライラ:見て、モンスターの背中の火山。
       さっきまで煙を吐き出していたのに……

       火口から空気を吸い込んでいる……!?

ディラザウロ:絶望は命まで取らん。
        死神は希望なのだ。

        絶望に沈んでいれば、命は繋げたものを。

モルドレッド:この臭い……硫黄のような……
        気をつけろ、火山性の有毒ガスだ!
        迂闊に吸い込むと、眼と呼吸器をやられるぞ!

ラーライラ:腕がちくちくする……
       これ、血……?
       小さい切り傷が一杯……

クーサリオン:この火山灰はガラス質の……

        いけないっ!
        ブレスの射線上から、離れろっ!
       
ディラザウロ:そうだ!
        お前たちの飛び込んだ希望の灯火こそ、愚かな羽虫を焼く災いの炎!
 
        刮目(かつもく)せよ!
        これぞ大火山の瞋怒(しんど)
        万物を飲み干す、火砕流(かさいりゅう)怒濤(どとう)なり!

ラーライラ:トゥルードの神樹……
      ううん、森の端……遠く離れた荒野まで……
      熱い硫黄とガラスの雲に呑み込まれていく……!

クーサリオン:千年に渡り次元の歪みを封じていた神樹が……
        たったの、一撃で……!

ラーライラ:ゴホッ! ゴホッ!
       喉が、眼が……胸が痛い……!

モルドレッド:火山性の有毒ガスが残留しているんだ……
        俺たちはロンギヌスの加護でどうにか耐えられているが……
        このままでは、森に住む生き物たちが死に絶えるぞ……!

クーサリオン:いや、硫黄の毒ガスばかりではない……!
        あれを……!

ラーライラ:炎の、壁……!
       なんて巨大な……!
        
クーサリオン:火山性ガスの一部は、高い可燃性も持つ……
         火砕流の通り抜けた跡地(あと)が炎上し、炎の壁となっているのだ……!

モルドレッド:大質量の火山灰の熱雲であらゆるものを破壊し、
        さらには、硫黄の毒ガスと大火災で広範囲を殲滅する……!

        戦略魔法級の大破壊……!
        こんな規模の魔法を……たった一体で……!

ラーライラ:無理よ……
       やっぱりこいつには勝てない……


□6/火砕流の暴虐に破壊し尽くされた神樹の跡地


ディラザウロ:GAAAHAAAAAA……!!!
        トゥルードの神樹は打ち砕いた……!
        ついに余の宿願(しゅくがん)が叶う……!

ラーライラ:何……この感じ……
      炎の壁の熱気を追いやるぐらい……
      寒くて、冷たい……

クーサリオン:死の瘴気……
       シャダイゲートが失われたことで、
       冥府と現世を繋ぐ歪みが拡がり出したのだ!

ディラザウロ:冥府の封印は破られた!
       出でよ大悪魔(ダイモーン)ども!
       常闇(とこやみ)の地底から現れ、余の宿願(ねがい)を聞け!

クーサリオン:……二人とも、逃げるのだ。
       もはやお前たちの手には終えん。

ラーライラ:モルドレッド……!
       族長様……!

クーサリオン:……お前たちは、よく頑張った。
        後は私に任せて逃げろ
        お前たちも、シャダイゲートも、この命と引き替えても……

モルドレッド:いいや、誰も犠牲にさせない!
        恐竜王ディラザウロを倒し、悪魔どもを封印するのだ!

ディラザウロ:此の期に及んで、まだ世迷い言をほざくか。
         お前たちでは余に勝てん。

モルドレッド:連戦に次ぐ連戦。
        そして戦略魔法級の大技を放った直後――
        もはや貴様には、ほとんど魔力が残っていないはずだ。

        今こそ!
        恐竜王ディラザウロ、貴様を倒す絶好のチャンスだ!

ディラザウロ:愚か者が。
        魔力の尽きた身であろうと、お前たちを殺すなど造作もない。
        己の身の程がわからんなら、余が教えてやる。

モルドレッド:ラーライラ。
        世界樹の変身を頼む。

ラーライラ:……え?

モルドレッド:ディラザウロの動きを止めて欲しい。
        可能な限り、長く!

ラーライラ:……わかった。
      今ならできそう。

モルドレッド:任せたぞ。
        お前の樹霊喚起歌(ネモレンシス)を当てにしていた。

ラーライラ:魔力が満ち溢れてる。
       その槍のお陰?

       ううん、きっと……

モルドレッド:来るぞ!

ディラザウロ:小僧! 思い知れ!

ラーライラ:我が内に眠りし、古き命。
       目覚めよ、月長石の種を破りて。

       其は悠遠(とこしえ)に根差す世界樹。
       ユグドラシルフォーム!

ディラザウロ:やっと本気を見せたな。
        世界樹の魔法……如何ほどのものか!

ラーライラ:くうっ……凄いパワー……!       
      世界樹(わたし)よりずっと小さいのに……!

      このおっ!

ディラザウロ:GUU……
        世界樹といえど所詮木の(からだ)
        岩の躯を持つ余には通じん。

        喰らえ!

ラーライラ:っあ……!
      なんて、衝撃っ……!
      身体が、幹が割れてしまうっ!

ディラザウロ:余の頭突きは城壁をも砕く!
        もう一度だ!
        お前を破壊するまで何度でも見舞う!

(恐竜王の頭部が真後ろへ大きく引かれ、再激突のための力を溜め込む)
(月が薄雲に隠れた刹那、世界樹の樹上から飛び降りる影)
(破城槌に匹敵する頭突きが放たれ、世界樹の幹を揺るがす直前だった)

ディラザウロ:GYAWOOOOOOOO!!!

(夜の森の夜気を震わす、苦悶の絶叫が響き渡る)
(玄武岩の胸部をのけ反らせたまま、恐竜王の巨躯が小刻みに痙攣していた)

ディラザウロ:パラディン……!
        お前……!

(激痛に揺れる紅閃石の眼が動いた先は、己自身の額)
(熔岩色に燃え滾る魔晶核の中心に、光の十字架が突き立っていた)

モルドレッド:油断したな恐竜王!

ディラザウロ:GAAAAA……!
        余の魔晶核(ましょうかく)を……!

モルドレッド:貴様に敗北した後、どうすれば貴様に勝てるかを考えていた。
        真正面からぶつかっても、到底勝ち目はない。

        ならば!
        貴様の弱点を全力で狙う!
        即ち貴様の額! 魔法をつかさどる魔晶核(ましょうかく)だ!

ディラザウロ:小賢しい真似を……!
         墜ちろ小僧!

ラーライラ:振り落とさせないっ!

ディラザウロ:邪魔だああっ!

(罠に嵌められた恐竜王が、怒りに滾る前肢を振り翳す)
(世界樹の幹に鉤爪が突き刺さり、破砕された樹皮と樹液が弾け飛ぶ)

ディラザウロ:……前肢が抜けん!?
       凝固する樹液……

       小娘!

ラーライラ:お前の好きにはさせないっ!
      世界樹(わたし)(はりつけ)になれっ!
      
      モルドレッドっ!!

モルドレッド:オルドネアよ!
       我(こいねが)う! 奇跡に続く勝利を!

ディラザウロ:奇跡など何度起ころうと叩き潰す!
        余を離さぬならば、木端微塵に打ち砕いてくれる!

モルドレッド:火山弾!
        まだこれだけの魔力が残っていたのかっ!

ディラザウロ:勝利は誰にも渡さん!
        勝つのは、このディラザウロなり!!!

ラーライラ:きゃああああっっ!!!

モルドレッド:ラーライラ!

        うああっ!

(世界樹を気遣うモルドレッドの右肩に、頭上から飛来した火山弾が直撃)
(燃える岩石の衝撃に打ちのめされ、吹っ飛ばされるモルドレッド)
(揺れ動く恐竜王の頭部を転がっていき、転落する寸前、岩のでっぱりを掴んだ)

モルドレッド:くっ……!
        何とか転落せずに……
        だが右肩に力が……骨を砕かれている……

(目の前に開く二つの穴から、熱い硫黄の蒸気が吹き寄せる)
(間一髪で掴んだ岩のでっぱりは、恐竜王の鼻柱だった)

ディラザウロ:何処までも悪運の強い奴だ。
        だが、もはや幸運の女神の加護も届かん。

ラーライラ:熱いっ……痛いっ……
      世界樹の幹(からだじゅう)が壊される……っ!

      もう、私……

モルドレッド:(強すぎる……俺たちとは桁が違う……)
        (この化け物には……勝てないのか……)

ディラザウロ:エルフの小娘も、直に叩き折ってやる。
        お前は一足先に、火炎の吐息に焼かれよ。

モルドレッド:ランス兄さん……!
        パーシヴァル……!

        俺は……

パーシヴァル:生命の果てより吹き寄せる終わりの吹雪よ。 

         我が敵を幽世(かくりよ)の深海へ誘え!
         フローズン・グラコス!

(闘争に燃える不屈の魂が降らせた火の雨が、凍てつく寒気の到来によって降り止んだ)
(火口から火山弾が噴き上げられるが、頭上を覆う堅氷の壁を破れずに消失)
(業火の災いを噴火していた火山を、水晶飛行体の結んだ氷河色の立体結界が封印していた)

ラーライラ:火山弾が……降り止んだっ。

モルドレッド:パーシヴァル!
        それに魔導師団の!

パーシヴァル:モルっ!
        火山の噴火は、おいらたちが抑え込むっ!
        恐竜王にとどめを刺すんだ!

        いくぞ、みんな!
        氷結魔法を浴びせかけろっ!

モルドレッド:よし……
        つっ、やあああああっっっ!

(右肩の激痛を無視し、振り子の要領で跳ね上がるモルドレッド)
(玄武岩の鼻先に着地。痛みも忘れて疾走)
(目指すは、額に突き刺さるロンギヌスの槍)

モルドレッド:ロンギヌスの槍っ!

ディラザウロ:させるかああっ!

ラーライラ:させないっ!

パーシヴァル:モルっ、急げっ!
        おいらたちが封じ込めてるうちにっ!

モルドレッド:行くぞ!

        降誕せよ、断罪の秘蹟!
        再臨せよ、審判の天使!

ディラザウロ:こうなれば……!
        この岩の()を砕き、マグマの血潮で、お前たちを焼き払う!

パーシヴァル:うわっ!
         恐竜王の体温がどんどん上昇してる!
         あいつ自爆するつもりだ!

ラーライラ:正気なのっ!?
       そんなことをしたらお前までっ!

パーシヴァル:させるな、モルっ!

モルドレッド:わかっているっ!

ディラザウロ:GA……HAA……!

        何故だ……
        何故お前たちなどに……!

ラーライラ:私たちは弱い!
      でも一緒に手を取り合えるっ!
      家族と、仲間と、そして異種族ともっ!

      一人では立ち向かえない困難にも、
      絆が、心があれば、打ち勝てるっ!

ディラザウロ:余は……負けるわけにはいかん!
        余が倒れてしまえば……余に倒された者たちの無念は誰が背負う!
       
        絆などに、心などに、余は屈さん!!!

ラーライラ:お前は……お前たちは、誰とも手を取れなかった!
       絆も心もわからなかった! だから滅んでしまった!
       強くて孤独な恐竜たちっ!

       ディラザウロっ!
       あなたは未来でたった独りっ!

モルドレッド:過去に滅び去れ、孤高の王よ!
        俺たち人間と――エルフの勝利だ!

(恐竜王の巨躯に夥しい亀裂が走り、血潮となって巡るマグマが溢れ出した)
(同時に全魔力を使い果たしたモルドレッドが意識を失い、世界樹の化身も光の粒子となって解ける)
(抜けた聖槍と一緒に落ちていくモルドレッドを、水晶飛行体の重力場が捕え、地上へ降ろす)

クーサリオン:まさか……
        信じられん……この子たちは……

ラーライラ:族長、様……
      私……勝った……!

パーシヴァル:モル、生きてるかいっ?

モルドレッド:死人なら返事は出来ん……
        どうにか……生きているぞ……!

ディラザウロ:み、見事なり……
        この恐竜王ディラザウロを倒すとは……
        お前たちは勇者を名乗るに相応しい……

クーサリオン:恐竜王の全身が……!

ラーライラ:溶けていく……!

モルドレッド:溶岩の下……
        あれは……骨?

パーシヴァル:そうか……
        いくらなんでも、岩とマグマで出来た生物なんて、おかしいと思ってた。
        魔法の力で岩とマグマを作り出して、生前の姿に似せていた……
        あいつは、とっくの昔に死んでるんだ……

        あの化石が、ディラザウロの本性なんだよ!

ディラザウロ:もはや仮初めの姿を保つことすら儘ならん……

        だが、シャダイゲートは破壊した……
        これでネクロマンサーへの面目は立つ……

クーサリオン:化石が、地中に沈んでいく……!

パーシヴァル:逃がすかよ!
         みんな! 魔法を放てっ!

(パーシヴァルの指示で、魔導師団の魔導師たちが杖を掲げ持つ)
(分厚い氷柱を抱えた寒風、氷点下の凍結液が荒波となり押し寄せる)

ディラザウロ:勝利はお前たちにくれてやる。
         しかし、余の命まではやれん。

パーシヴァル:っ!?
        離れろっ、みんな!

(地中に沈む暴君竜の化石から透ける魔心臓が燃え盛る)
(恐竜王は、僅かに化石に残る玄武岩を吹き飛ばしつつ、硫化水素や二酸化硫黄の火山ガスを炸裂させた)
(玄武岩の欠片が氷柱の槍を破砕し、有毒の爆風が地を滑る津波を押し返す)

モルドレッド:自爆……!
        残る生命力をぶつけてきたのか!

ディラザウロ:パラディン、ドルイド、メイジ……
        支配者の王冠は、お前たちに預けた……
        いずれ余が取り戻す……
        その時まで……

        誇り高くあれ、勇者たちよ!

ラーライラ:…………

パーシヴァル:…………

モルドレッド:ディラザウロは倒したが、シャダイゲートは……!

パーシヴァル:ヤバイよ、これ。
         次元の歪みがありえない大きさに広がってる……!
         もうそろそろ低位の悪魔なら通り抜けられるレベルだ!

モルドレッド:下級とはいえ悪魔……
        満身創痍の俺たちでは、全滅は必至だ……!

        それに地上に出た悪魔(アルコス)は、必ず大悪魔(ダイモーン)を呼び出そうとするはず!
        そうなったら……

クーサリオン:……心配は要りません。
        ゲートは私が何とかしてみせます。

(神樹が抑えていた根元には、奈落へ繋がるような底知れぬ深い深い大穴が開いていた)
(どす黒い瘴気の渦巻く大穴から、苦悶に歪む人面の霊魂が浮き出し、夥しい手に引きずり下ろされていく)
(黒い渦巻きに見えた穴の流動は、無数の亡者の顔や手。この世ならざる異形の群れがひしめき合う坩堝だった)

クーサリオン:ラーライラ。
        お前は、立派な樹となった。
        育ての親として、今日ほど嬉しく思ったことはない。

ラーライラ:……族長様?

クーサリオン:エレンウェとジェイクの駆け落ち――
        あの時には、随分と煩悶させられたものだ……
        妹の命は露と消え、ジェイクも不遇の人生を送った……

        だが全ては、意味ある出来事だったのだ……
        私たちが、お前に巡り会うための……

ラーライラ:どうしたの族長様……
       変よ、急にそんなこと……

       まさか……族長様っ!
       ダメっ! やめてっ!

クーサリオン:聞き分けなさい。
        私でなければ、次元の歪みは封じられない。
        これは、シャダイの末裔である私の使命なのだ。

ラーライラ:嫌っ!
      私、族長様を守りたくて戦ったのに……

      冥府の封印なんてしなくていいっ!
      私を一人にしないでっ! 族長様ぁ……!

(薄気味悪い死霊の呻きが這い回る中、静謐なまでの平手打ちの音が響く)

ラーライラ:……ぶたれた?
      私……

クーサリオン:しっかりしなさい。
        お前は残り少ないムーンストーン族の大人。
        もう甘える相手はいないのだ。

ラーライラ:うっ……ううっ……

クーサリオン:お前は一人ではない。
        私の妹……お前の母の形見……緑の花冠(フェアリー・ディアナ)

        そして、かけがえのない友達がいるだろう。
        共に太古の王に挑んでくれた、誰から与えられたものでもない、
        お前自身が手に入れた友達が。

ラーライラ:っ……うぅっ……

クーサリオン:ラーライラ、お前をムーンストーン族の族長に命ずる。
        引き受けてくれるな……?

ラーライラ:はいっ……!

クーサリオン:いい子だ……

        モルドレッド殿、パーシヴァル殿。
        どうかラーライラと一族をよろしくお願いします。

モルドレッド:……わかりました。
        オルドネアの御名(みな)に誓って。

パーシヴァル:約束するよ……絶対に。

クーサリオン:我が内に眠りし、古き命。
         目覚めよ、月長石の種を破りて。

ラーライラ:左手に木漏れ日を……
       右手に果実と蜜を……

クーサリオン:我は、大地に根を下ろす。
        時の風雨に耐え忍ぶ幹となる。
        生きとし生けるものに憩いをもたらさん。

        ラーライラ。
        私はいつまでもお前を見守っている。
        百年先も、千年先も……

ラーライラ:族長様……

クーサリオン:さようなら、そしてありがとう。
        私の娘よ――

パーシヴァル:…………

         もう悪魔どもの心配はないよ……
         次元の歪みは、再び封印された……
         新しい、封印の神樹によって……

モルドレッド:真のシャダイゲートの番人にして、ゲートの継承者であるムーンストーン族……
        偽りの伝承を担い、真実を覆い隠すタイガーズアイ族と、オブシディアン族……

パーシヴァル:ずっと……続けてきたんだね。
         オルドネアの時代から、何百年も……
         トゥルードの森の、エルフたちは……

ラーライラ:ごめんなさい、族長様……
      私……泣かないから……
      ムーンストーン族を守っていくから……

      今だけは泣かせて……
      今だけだから……


□7/森の道を進む馬車の窓に、夕日が差し込む



パーシヴァル:ガタガタガタガタ。
         馬車はすごい揺れるなぁ〜
         車酔いしそう。あと尻が痛いよ。

モルドレッド:エルフたちは金属を嫌う。自動車は鉄の塊。
        尻の痛みぐらい我慢しろ。車酔いは根性だ。

パーシヴァル:気持ち悪そうだけど、大丈夫?

モルドレッド:あまり大丈夫じゃない……
        が、森の外に出るまでの辛抱だ。
        迎えの自動車に移れるだろう。

パーシヴァル:自動車でも車酔いはするんだよ。

モルドレッド:……帝都に着くまで耐える。

パーシヴァル:頑張ってね。

         そういえば、あの子――
         ラーライラはどうするって?

モルドレッド:さあな。

パーシヴァル:さあな、って……聞いてないの?

モルドレッド:あれから話す機会が無かった。
       ……顔も合わせづらい。

パーシヴァル:……そうだね。

(箱形客室がガタンと揺れ、座席越しに振動が突き上げる)
(急制動を掛けられた馬の驚きの嘶きに、車窓から顔を出すモルドレッド)

パーシヴァル:痛たた……いきなりどうしたの?
         頭ぶつけちゃったよ。

モルドレッド:何かが飛び出してきたようだ。
        あれは……

(夕焼け空に染まった森の道に、橙色に塗り潰された人影が立っていた)
(エルフにしては背が高く、人間にしては痩せ形のシルエット)

モルドレッド:……お前か。
        何か用か?

ラーライラ:お礼、まだだったから。
      ありがとう、二人とも。

モルドレッド:いや、礼など。

        すまない。

パーシヴァル:……

         これから森のエルフたちはどうするの?

ラーライラ:どの部族も『ハ・デスの生き霊』に襲われていたけど、タイガーズアイ族はほとんど無事だった。
       私たちムーンストーン族と、オブシディアン族の生き残りは、タイガーズアイ族が引き受けてくれる。

パーシヴァル:復興に力を貸せるよう、大英円卓(ザ・ラウンド)に働き掛けてみるよ。
         手伝えそうなことがあったら、何でも言ってね。
         ほんとにさ……

ラーライラ:ありがとう。

モルドレッド:俺は……特にない。
        パーシヴァルと同じような内容だ。

ラーライラ:…………

モルドレッド:では……俺たちは行く。

ラーライラ:そう……

パーシヴァル:またね、ラーライラ。
        今度遊びに……って、えっ!?

モルドレッド:何故お前まで馬車に乗り込んでいるんだ!?

ラーライラ:私、しばらく帝都で暮らすから。

パーシヴァル:えっ? どうしたの、また?
         人間の街は嫌いなんじゃ?

ラーライラ:私はムーンストーン族の族長。
      人間のことを、もっと知らないといけない。

      それに人間の街も、好きになれるかも。
      私、父さんの血も引いてるから。

パーシヴァル:なんか一皮剥けた感じ……

モルドレッド:ああ……

パーシヴァル:それで、帝都で暮らす場所はどうするの?
         まだ決まってないでしょ?

ラーライラ:モルドレッド。

モルドレッド:何故俺の名を呼ぶ。

ラーライラ:モルドレッド。

モルドレッド:俺を見るな!
        住む場所など自分でなんとかしろ!

パーシヴァル:まあまあ。
         大都会に女の子一人放り出すなんて、そりゃあんまりだよ。
         か弱い女の子を守るのも、聖騎士の任務だろ?

モルドレッド:お前が引き取ればいいだろう、パーシヴァル!
        あれだけ広い屋敷なのだから、居候の一人や二人養えるはずだ!

パーシヴァル:うちは……ほら、ばーちゃんが厳しいから。

モルドレッド:嘘を吐くな!
        女を連れ込めなくなると困るからだろうが!

ラーライラ:モルドレッド。

モルドレッド:わかった! わかった!
        置いてやればいいんだろう!

パーシヴァル:よかったね、ラーライラ。
         モルはぶっきらぼうだけど、根はいい奴だからよろしくね。

モルドレッド:何がよろしくね、だ。
        お前と付き合ってると、肝心なところで貧乏くじを引かされている気がする。

パーシヴァル:何言ってんだよ。
        こんな機会でもないと、モルは一生女の子に縁がないぞ。
        おいら、心配で心配で……

モルドレッド:大きなお世話だ。
        お前こそ、人の心配をする前に自分の心配をしたらどうだ。
        この前もパレアナだったか? 子爵の娘と――

パーシヴァル:違うよ!
         あれはただ一緒にお茶しただけで――

(二人の喧噪から離れ、ラーライラは、数年前の森の景色を振り返る)

ラーライラ:運命の出会い?

クーサリオン:そうだ。
        出会うことで、その後の人生が大きく変わる。
        そんな相手のことだよ。

ラーライラ:私の運命の人……

クーサリオン:出会ったばかりでは、まだわからないかもしれない。
         後から思い返すと、その出会いすらも運命に思える。
         そんな相手が……いるのだよ。

ラーライラ:(今ならわかる)
       (私の初めての運命の人は、族長様)
       (二番目は、父さんと緑の花冠(かあさん)

       (それから三番目は――)

モルドレッド:さっきから何だ、お前は?
        言いたいことがあるなら、言ったらどうだ。

ラーライラ:モルドレッド。
       あなたは私の運命の人なのだと思う。

モルドレッド:はっ?

パーシヴァル:うわ、大胆〜!

モルドレッド:ちょ、ちょっと待てっ!?
        それはどういう意味なんだ!?

ラーライラ:…………

      人間の街は、少し不安。
      母さんも、父さんについていったとき、こんな気持ちだったの?
      でも、母さんには父さんが運命の人だったから……

      族長様――行ってきます。
      きっとこれは、私の新しい絆――



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