第10話 孤高と絆と
★配役:♂4♀1=計5人
▼登場人物
モルドレッド=ブラックモア♂:
十六歳の聖騎士。
ブリタンゲイン五十四世の十三番目の子。
オルドネア聖教の枢機卿に「十三番目の騎士は王国に厄災をもたらす」と告げられた。
皇帝の子ながら、ただ一人『円卓の騎士』に叙されていない。
魔導具:【-
パーシヴァル=ブリタンゲイン♂
十七歳の宮廷魔導師。
ブリタンゲイン五十四世の十一番目の子。
『円卓の騎士』の一人で、陸軍魔導師団の一員。
お調子者の少年だが、宮廷魔導師だけあって知識量はかなりのもの。
魔導具:【-
魔導系統:【-
ラーライラ=ムーンストーン♀
二十七歳の
トゥルードの森に住むエルフの部族『ムーンストーン族』の一員。
人間の父と、エルフの母のあいだに生まれたハーフエルフ。
『ムーンストーン族』のエルフには見られない青髪と碧眼は、父親譲りのもの。
父親が魔因子を持たない人間だったので、〈魔心臓〉しか受け継がなかった。
エルフながら魔法を使うためには、魔導具の補助が必要である。
魔導具:【-
魔導系統:【-
クーサリオン=ムーンストーン♂
百五十一歳のエルフの
トゥルードの森に住むエルフの部族『ムーンストーン族』の族長。
ラーライラの母の兄で、ラーライラの伯父に当たる。
エルフは、現代では珍しい完全な魔因子を持つ種族。
魔力を生成する〈魔心臓〉のみならず、額に魔法を使うための〈魔晶核〉を有する。
恐竜王ディラザウロ♂
『ハ・デスの生き霊』の幹部、
黒い玄武岩の体躯に、マグマの血脈を張り巡らせた暴君竜。
全長二十メートルを超える背中には、厳威誇る火山が聳え立っている。
生命活動レベルで魔法を取り入れており、己の躯自身が一つの魔導具と言える。
魔心臓はかつて地上に存在した生物の中で最も強く、古代人も凌駕するという。
魔導具:【-
魔導系統:【-
※注意
・ルビの振ってある漢字は、ルビを読んでください。
・特定のルビのない漢字は、そのまま読んでください。
□1/静寂の満たす物寂しいエルフの里
パーシヴァル:皆、いなくなっちゃったね……
残ってるのは、おいらたちと子供のエルフだけか。
モルドレッド:ああ……
パーシヴァル:みんな、大人しく眠ってる……
この子たちのほとんどは、もう親とは会えない……
モルドレッド:俺は……
兄上になんと顔向けすればいい……
俺を信頼してロンギヌスを任せてくれたというのに……
俺はブリタンゲインの宝を……
オルドネアの遺した奇跡を失ってしまった……
パーシヴァル:ロンギヌスは、オルドネアの
でも、ディラザウロはロンギヌスをへし折った。
あれがロンギヌスの限界だったんだ……
誰もモルを責めないよ……
モルドレッド:パーシヴァル、お前は何もわかっていない!
俺は十三番目の皇子。
ブリタンゲインに災いをもたらす、十三皇子だ。
だから俺は、正義を示し続けてきた。
誰の難癖も許さない、でまかせの予言など叩き潰してやると。
ブリタンゲインは、ようやく俺を正義と認めてくれた。
それがロンギヌス。救世主オルドネアが残した帝国の宝……
(己の前髪を乱暴に掴み、憤怒を吐き出すモルドレッド)
モルドレッド: 俺は……
災いの皇子の予言を
オルドネアの正義の
ラーライラ:んんっ……
私……
パーシヴァル:ラーライラ。
目を覚ましたんだ。
ラーライラ:……!
族長様は!? みんなは!?
パーシヴァル:トゥルードの神樹。
……シャダイゲートだよ。
ラーライラ:シャダイゲート……!
行かないと……! 私も……!
んっ、ううんっ……
目まいが……頭が重い……
パーシヴァル:ダメだよ。
シャダイゲートには、あのディラザウロがいるんだ。
ラーライラ:だから行くっ!
族長様が、みんなが死んでしまう!
パーシヴァル:ラーライラも死ぬよ。
ラーライラ一人が加わっても、何も変わらない。
おいらたちじゃ、どうあっても勝ち目はないんだ。
無意味だよ。わかってるだろ……
ラーライラ:あなたは他人事だからっ!
他人事だからそんな風に言える!
無意味なんて言える! 片付けられる!
パーシヴァル:……帝都に思念波を飛ばしてから、だいぶ経つ。
もうすぐ帝国軍の救援部隊が到着するはずだ。
ラーライラ:……間に合わない。
パーシヴァル:……そうかもしれない。
ラーライラ:……あなたたちは、ここで待つの?
パーシヴァル:…………
ラーライラ:あなたたちは、何もしてくれないの!?
モルドレッド:うるさい!
お前一人ではモンスターと戦えないから、俺たちを巻き込みたいんだろう!?
正義感につけ込むなッ!
ラーライラ:……!!
パーシヴァル:……ラーライラ?
ラーライラ:モルドレッド、パーシヴァル……
族長様を、みんなを助けて……
お願い……
お願い……っ!
パーシヴァル:……ごめん。
おいらが死んだら、ばーちゃんが独りになっちゃう。
パットも、ガウェイン兄さんもトリスタン兄さんも悲しむよ。
ラーライラ:パーシ、ヴァル……
パーシヴァル:おいらだって――まだまだやりたいことが沢山あるんだ。
ラーライラ、君のためには死ねない。
ごめん……
ラーライラ:モルドレッド……!
モルドレッド:俺に何を期待するというんだ……
ロンギヌスを失った俺に……
ラーライラ:…………
モルドレッド:俺に
俺には何も出来ないっ!
ラーライラ:…………
わかった。
私一人で行く。
(泣き顔で訴えていたラーライラは、感情の抜け落ちた無表情で呟く)
ラーライラ:嘘吐き。冷淡。臆病。
あなたたちの血が半分も入っている……
人間の血なんて――!
パーシヴァル:木の枝で手首を!?
モルドレッド:お前……!?
何をするんだ!?
ラーライラ:こないでっ!
(憤りをぶつけるように左腕を振るうラーライラ)
(モルドレッドの顔に血飛沫が跳ね、頬や目を赤く濡らす)
モルドレッド:――っ!?
ラーライラ:っぅ……
はあ……はあ……
人間なんて大嫌い!
あなたたちに助けを求めるんじゃなかった!
(半焼した朽ち木の並ぶ森の奥へ駆けていくラーライラ)
モルドレッド:ハーフエルフの血……
俺と同じ人間の血……
(頬を彩る赤い飛沫を指先でぬぐうモルドレッド)
モルドレッド:俺は……最低だな……
最低だ……
□2/トゥルードの森、神樹に続く道
ディラザウロ:トゥルードの神樹。
あれがシャダイゲートか。
ディラザウロ:なんと巨大な樹だ。
この大樹が封じている次元の歪みならば、相当な大きさになろう。
こればならば、
ネクロマンサーが執着するのも
ディラザウロ:倒木の雪崩れ……!
(幹が裂け割れ、枝葉が砕け散り、地面の下生えを噴き上げる、森の土砂崩れが轟く)
(舞い散る木の葉を孕んだ土煙が晴れていくと、大樹の下敷きになった恐竜王の姿があった)
クーサリオン:……よし、第一波は成功した。
散開せよ! 森の植物に精神を通わせるのだ!
ディラザウロ:性懲りも無くやってきたか。
力の差は存分に見せ付けてやった。
お前たちでは、余に勝てん。
クーサリオン:ディラザウロよ、私の声は震えているだろう。
私はお前が恐ろしい。
本能は、今すぐに逃げ出せと訴えている。
ディラザウロ:ならば何故だ。
何がお前たちを、勝ち目のない戦いへ走らせる。
クーサリオン:使徒シャダイの使命……
そして私たちが、親だからだ。
我が子の未来のためならば、喜んで捨て石となろう。
ディラザウロ:子のためだと?
子など、死んだらまた成せばよい。
余は何百の子を成したのか。
死んだ子の数も、殺した子の数も覚えておらん。
クーサリオン:私たちエルフは、滅多に子を授かれない種族。
それ故に我が子はもちろん、里に赤子が産まれれば祭りとなる。
子供は……私たちエルフの宝だ。
ディラザウロ:余が初めて倒した敵は、兄だった。
産まれて間もない余を襲ってきた兄を、返り討ちにしたのだ。
余は、眼の開かぬ弟を噛み殺し、孵化する間際の卵を叩き潰した。
こうして兄弟姉妹を押し退け、跡継ぎの座を勝ち取った。
余の初めての闘争だった。
クーサリオン:…………
私にとって妹は、かけがえのない存在。
三十の月日が流れようとも、兄と妹の絆は変わらない。
ディラザウロ:余は、父を知らん。
だが、あの密林を治めていた王が、父であったのだろう。
未だ忘れえぬ、激しい闘争だった。
父の喉笛を食い破った時、余は王の一柱に列された。
クーサリオン:……お前の生き方は、私には理解しがたい。
ディラザウロ、お前には肉親の情というものはないのか。
ディラザウロ:無い。
お前たちこそ、何故血の繋がりに縛られる。
親・兄弟・子。
生まれに関っただけの他者ではないか。
クーサリオン:私たちは、生涯に多くの他人と出会う。
だがそのほとんどは、
他人と繋がる糸は、とても細く、たやすく途切れてしまうのだ。
親や兄弟、子供とは、生まれ落ちたその時から繋がる糸。
その糸は太く、数え切れないほどの影響を与え合おう。
それは絆と呼ぶ。
互いの心の奥深くに入り込んだ、内なる他者……己の一部だ。
ディラザウロ:我ら恐竜族は、群れ集う虫けらから、誇り高き個を勝ち取った。
偉大なる進化。我ら恐竜族は、己を勝ち取ったのだ。
お前たちは、己の重みに耐えきれなかった。
故に孤高の道を歩めず、他者の交ぜものをすることで己を保った。
絆など、虫けらへの退化を肯定する詭弁だ。
クーサリオン:ディラザウロよ。
今の世界は、お前の生きた世界より遙かな未来になろう。
その過程に何があったのか、思いを巡らせてみよ。
ディラザウロ:もう、お前との対話は十分だ。
言葉の闘いでは、組み合うことすら儘ならぬ。
我らは互いの
(玄武岩の血脈から紅炎が噴き上がり、折り重なる倒木を吹き飛ばす)
(焚き火の爆ぜる緋の絨緞を踏み締める恐竜王が怒号を張り上げた)
ディラザウロ:さあ、猿族の末裔ども!
絆を進化と言うのならば、余を倒してみせよ!
余はただ一個でお前たちを迎え撃つ!
我ら恐竜族こそ、正しき進化の本流に立つものなり!
クーサリオン:地上で最も強く雄々しかった生き物よ――
ならば、何故お前たちは滅んでしまったのだ……
ディラザウロ……
この問いは何処までもお前を追い掛けよう……
□3/夜空を見上げているパーシヴァル、俯いたモルドレッド
パーシヴァル:……来た。
西の空――
天空騎士団だよ。
モルドレッド:おかしい……
全騎数えても、五十騎に満たない。
それに戦闘用の飛竜ではなく、小型のワイバーン……
パーシヴァル:…………
モルドレッド:……パーシヴァル、本隊はどうした?
偵察が出ているのに、森へ進軍している気配すらしないとは……
パーシヴァル:……
モルドレッド:……どういうことだ?
パーシヴァル:代わりにおいらの所属する魔導師団が派遣された。
今頃森の四方に散らばって、戦略級魔法の準備をしているはずだ。
モルドレッド:一体何故……
いや……
まさかパーシヴァル!?
パーシヴァル:トゥルードの森ごと、ディラザウロを殲滅する。
モルドレッド:馬鹿な……!
森に住むエルフたちはどうなる!?
パーシヴァル:今、ワイバーン隊が散っていっただろ。
エルフたちに、避難勧告を出してるところだよ。
モルドレッド:森を滅ぼすから逃げろ、だと?
受け入れられるはずがない!
誰がこんな非道な命令を許した!?
パーシヴァル:
モルドレッド:兄上たちが……
何故……何故……
こんな……
パーシヴァル:さっきの火山弾の雨……
ここが何もない森で、
ここが帝都だったら……ログレスは火の海に沈んでいた。
モルドレッド:パーシヴァル。
お前……知っていたな?
族長殿と何と約束した!?
彼らの血を守ると、シャダイゲートを守ると!
これはムーンストーン族への裏切りだ!
パーシヴァル:じゃあ、帝国陸軍が化け物を退治しろって?
死ぬんだよ……
魔導装機乗りも、地竜の騎手や、軍用地竜だって。
戦闘になれば、人は死ぬんだ!
モルドレッド:だから、だからエルフは犠牲にすると……
(飛膜の羽ばたきが浮力を抱え、二匹のワイバーンが降下してきた)
パーシヴァル:帰ろう。
もうすぐ戦略魔法ヘルガイアが発動する。
ここに残っていたら、おいらたちも巻き添えを食らう。
モルドレッド:…………
パーシヴァル:モル。
可哀相だけど、しょうがないよ……
モルドレッド:…………
エルフたちを見殺しにすることが正義に適うのか。
正義は少数の犠牲も、大多数の死も肯定しない。
誰かの犠牲の上に、正義は無い!
パーシヴァル:じゃあ、どうするんだよ!
理想論を言っても、現実は何も変わりはしないんだ!
誰の犠牲も出さない方法なんて無いんだよ……
モルドレッド:恐竜王ディラザウロを打ち倒す。
誰の犠牲も出さない。俺がディラザウロを倒す。
パーシヴァル:は? ええっ!?
ロンギヌスは折れてるんだぞ!
モルは、もう戦うことも出来ないじゃないか!
モルドレッド:……だからこそだ。
俺こそ……
おめおめと逃げ帰っては、あいつに面目が立たん!
パーシヴァル:モル!
モルってば――!
行っちゃった……
おいらもう付き合いきれないよ……
□4/臙脂色の煉獄の底に沈んだ森
ラーライラ:嘘……! 嘘よ……!
みんな……つい今朝まで……
クーサリオン:ラーライラ! 何故此処にきた!
ラーライラ:族長様っ!
クーサリオン:逃げろ! 逃げるのだ……!
奴はあまりにも強すぎる!
私たちでは、奴を止められない……!
ラーライラ:化け物っ!!
よくもみんなぉ――っっ!!!
(ラーライラの荒れ狂う感情に合わせ、
(魔法の種が振り撒かれ、地面に吸い込まれ、瞬く間に樫樹霊《トレント》へ成長)
ディラザウロ:朽ち木どもが目障りだ。
燃えろ。
ラーライラ:
こっちに炎が襲ってくるっ!?
いや……族長様あぁっ!
クーサリオン:ラーライラ……
ラーライラ:……!?
クーサリオン:無事でよかった……
ラーライラ:肉の焦げる……臭い……
族長様……背中……
クーサリオン:大丈夫だ……
この衣は、
少しの炎ならば……
くっ――……
ラーライラ:族長様っ! ごめんなさいっ!
私のせい……! 私のせいで……!
今、火傷を治す精油をっ!
クーサリオン:逃げてくれ、ラーライラ……
私の治療はいい……
お前が生きていてくれれば……
ディラザウロ:小娘、何故逃げん。
そこのエルフは、お前を助けるために我が身を犠牲にした。
ならば、お前はその意思を酌み取るのが絆ではないのか。
ラーライラ:だから……だから来たのっ!
私を助けようとしてくれた族長様を、見捨てて逃げるなんて出来るわけがないっ!
ディラザウロ:わからん。
お前たちは支離滅裂だ。
ラーライラ:わかるわけがないっ!
お前みたいな化け物にはわからないっ!
ディラザウロ:わからずとも良い。
余の炎に焼かれ、骨すら潰えた。
此奴らは、己の生きた
くだらん生き物だ、エルフとは。
ラーライラ:ディラザウロっ!
お前は絶対に許さないっ!
私の命に代えても!
我が内に眠りし、古き命……
目覚めよ、月長石の種を破りて……
ディラザウロ:面白い。
世界樹と組み合うのも一興。
やってみせろ。
ラーライラ:我は大地に根を下ろす……
時の風雨に耐え忍ぶ……
ううっ……はあっ……
クーサリオン:無理をするな……
ユグドラシルフォームは、
こんな短時間に連続して使えば、エレンウェの
ラーライラ:うううっ……
私……何も出来ないっ……
族長様も、みんなも……誰も助けられないっ!
ディラザウロ:やはりお前では駄目か。
元よりさしたる期待はしておらん。
終わりだ。シャダイゲートは破壊する。
ラーライラ:(私、なんて無力……)
(これじゃ、あの人間の言った通り……)
(ただ殺されるために、出向いたようなもの……)
ディラザウロ:シャダイゲートを破壊する前に、親子共々葬ってくれよう。
潰れろ。
ラーライラ:――っ!
□5/前肢の影が降ってきた下で、おそるおそる眼を開けるラーライラ
ラーライラ:私……?
まだ生きてる……?
ディラザウロ:……パラディン!
余の前肢の振り落としを!
モルドレッド:くううっっ……!
ディラザウロ:小癪な。
折れた槍の結界など。
モルドレッド:っっ――……!
はあああっ――!
ディラザウロ:何――……
GUWOOOO!?
モルドレッド:はあ……はあ……!
ラーライラ:押し返したの……!?
あの巨大な化け物を……!
ディラザウロ:オルドネアの形見は、余が噛み砕いた。
今のお前に戦う力は残っておるまい。
モルドレッド:そうだ……
俺には、もうロンギヌスは無い。
俺の正義の
ディラザウロ:わかっているなら失せろ。
先の戦い振りに免じて見逃してやる。
モルドレッド:俺はロンギヌスを失った。
だが同時に正義の
誰かの眼を恐れた正義も、己に科し続けた正義も、もはや無い。
救いを求める手を振り払い、失われた正義を嘆く……
俺は……もっとも大切な、誰かを守るという正義を見失うところだった。
ディラザウロ、俺は逃げん!
ラーライラ:……モルドレッド。
モルドレッド:勘違いするなよ。
お前のために来たわけではない。
俺は俺の信念のために戦うんだ。
ラーライラ:バカね……あなた。
モルドレッド:な、何だと!?
ラーライラ:ありがとう……嬉しい。
ディラザウロ:百の言葉を勇ましく並べ立てようとも、
そんなものは空虚な音の羅列に過ぎん。
力無き信念は、力強き俗心に遙かに劣る。
パラディン、お前は何も為せん。
モルドレッド:信念無き力に、何の価値がある。
それは貴様のように弱き者を虐げるだけの力――ただの暴力だ!
もしも正義から逃げ出せば……それこそ忌まわしき予言を成すことになってしまう。
たとえ無力でも、俺は正義に眼を背けたりはしない!
それこそが、オルドネアの意思を継ぐに値する心!
ディラザウロ:GUU……
何だ……その光は……
ラーライラ:モルドレッド!
それ、ロンギヌスの穂先……!
モルドレッド:これは……!?
クーサリオン:救世主オルドネアの伝承……
オルドネアは、十三使徒ジュダの裏切りによって十字架に架けられた後、三日後に復活したという……
では……オルドネアの
ラーライラ:眩しいっ――!
ディラザウロ:GUU……!
ラーライラ:自己修復……声に応えたの……?
ロンギヌスが……!?
クーサリオン:不滅の槍だ……!
まるでオルドネアの再誕を見ているような……!
モルドレッド:ディラザウロ。
貴様は力無き信念など、無価値だと断じた。
だが信じる心には、力もまた宿るのだ!
ディラザウロ:たかが槍一本。戦況は変わらん。
ちっぽけな奇跡で覆る差ではないぞ。
モルドレッド:ロンギヌスは奇跡を起こす槍!
小さな奇跡も積み上がれば、巨大な暴虐を倒す!
ディラザウロ:GAAAAAAA……!
無知なる猿どもよ。
余が真実を明かす。とくと
ラーライラ:見て、モンスターの背中の火山。
さっきまで煙を吐き出していたのに……
火口から空気を吸い込んでいる……!?
ディラザウロ:絶望は命まで取らん。
死神は希望なのだ。
絶望に沈んでいれば、命は繋げたものを。
モルドレッド:この臭い……硫黄のような……
気をつけろ、火山性の有毒ガスだ!
迂闊に吸い込むと、眼と呼吸器をやられるぞ!
ラーライラ:腕がちくちくする……
これ、血……?
小さい切り傷が一杯……
クーサリオン:この火山灰はガラス質の……
いけないっ!
ブレスの射線上から、離れろっ!
ディラザウロ:そうだ!
お前たちの飛び込んだ希望の灯火こそ、愚かな羽虫を焼く災いの炎!
これぞ大火山の
万物を飲み干す、
ラーライラ:トゥルードの神樹……
ううん、森の端……遠く離れた荒野まで……
熱い硫黄とガラスの雲に呑み込まれていく……!
クーサリオン:千年に渡り次元の歪みを封じていた神樹が……
たったの、一撃で……!
ラーライラ:ゴホッ! ゴホッ!
喉が、眼が……胸が痛い……!
モルドレッド:火山性の有毒ガスが残留しているんだ……
俺たちはロンギヌスの加護でどうにか耐えられているが……
このままでは、森に住む生き物たちが死に絶えるぞ……!
クーサリオン:いや、硫黄の毒ガスばかりではない……!
あれを……!
ラーライラ:炎の、壁……!
なんて巨大な……!
クーサリオン:火山性ガスの一部は、高い可燃性も持つ……
火砕流の通り抜けた
モルドレッド:大質量の火山灰の熱雲であらゆるものを破壊し、
さらには、硫黄の毒ガスと大火災で広範囲を殲滅する……!
戦略魔法級の大破壊……!
こんな規模の魔法を……たった一体で……!
ラーライラ:無理よ……
やっぱりこいつには勝てない……
□6/火砕流の暴虐に破壊し尽くされた神樹の跡地
ディラザウロ:GAAAHAAAAAA……!!!
トゥルードの神樹は打ち砕いた……!
ついに余の
ラーライラ:何……この感じ……
炎の壁の熱気を追いやるぐらい……
寒くて、冷たい……
クーサリオン:死の瘴気……
シャダイゲートが失われたことで、
冥府と現世を繋ぐ歪みが拡がり出したのだ!
ディラザウロ:冥府の封印は破られた!
出でよ
クーサリオン:……二人とも、逃げるのだ。
もはやお前たちの手には終えん。
ラーライラ:モルドレッド……!
族長様……!
クーサリオン:……お前たちは、よく頑張った。
後は私に任せて逃げろ
お前たちも、シャダイゲートも、この命と引き替えても……
モルドレッド:いいや、誰も犠牲にさせない!
恐竜王ディラザウロを倒し、悪魔どもを封印するのだ!
ディラザウロ:此の期に及んで、まだ世迷い言をほざくか。
お前たちでは余に勝てん。
モルドレッド:連戦に次ぐ連戦。
そして戦略魔法級の大技を放った直後――
もはや貴様には、ほとんど魔力が残っていないはずだ。
今こそ!
恐竜王ディラザウロ、貴様を倒す絶好のチャンスだ!
ディラザウロ:愚か者が。
魔力の尽きた身であろうと、お前たちを殺すなど造作もない。
己の身の程がわからんなら、余が教えてやる。
モルドレッド:ラーライラ。
世界樹の変身を頼む。
ラーライラ:……え?
モルドレッド:ディラザウロの動きを止めて欲しい。
可能な限り、長く!
ラーライラ:……わかった。
今ならできそう。
モルドレッド:任せたぞ。
お前の
ラーライラ:魔力が満ち溢れてる。
その槍のお陰?
ううん、きっと……
モルドレッド:来るぞ!
ディラザウロ:小僧! 思い知れ!
ラーライラ:我が内に眠りし、古き命。
目覚めよ、月長石の種を破りて。
其は
ユグドラシルフォーム!
ディラザウロ:やっと本気を見せたな。
世界樹の魔法……如何ほどのものか!
ラーライラ:くうっ……凄いパワー……!
このおっ!
ディラザウロ:GUU……
世界樹といえど所詮木の
岩の躯を持つ余には通じん。
喰らえ!
ラーライラ:っあ……!
なんて、衝撃っ……!
身体が、幹が割れてしまうっ!
ディラザウロ:余の頭突きは城壁をも砕く!
もう一度だ!
お前を破壊するまで何度でも見舞う!
(恐竜王の頭部が真後ろへ大きく引かれ、再激突のための力を溜め込む)
(月が薄雲に隠れた刹那、世界樹の樹上から飛び降りる影)
(破城槌に匹敵する頭突きが放たれ、世界樹の幹を揺るがす直前だった)
ディラザウロ:GYAWOOOOOOOO!!!
(夜の森の夜気を震わす、苦悶の絶叫が響き渡る)
(玄武岩の胸部をのけ反らせたまま、恐竜王の巨躯が小刻みに痙攣していた)
ディラザウロ:パラディン……!
お前……!
(激痛に揺れる紅閃石の眼が動いた先は、己自身の額)
(熔岩色に燃え滾る魔晶核の中心に、光の十字架が突き立っていた)
モルドレッド:油断したな恐竜王!
ディラザウロ:GAAAAA……!
余の
モルドレッド:貴様に敗北した後、どうすれば貴様に勝てるかを考えていた。
真正面からぶつかっても、到底勝ち目はない。
ならば!
貴様の弱点を全力で狙う!
即ち貴様の額! 魔法をつかさどる
ディラザウロ:小賢しい真似を……!
墜ちろ小僧!
ラーライラ:振り落とさせないっ!
ディラザウロ:邪魔だああっ!
(罠に嵌められた恐竜王が、怒りに滾る前肢を振り翳す)
(世界樹の幹に鉤爪が突き刺さり、破砕された樹皮と樹液が弾け飛ぶ)
ディラザウロ:……前肢が抜けん!?
凝固する樹液……
小娘!
ラーライラ:お前の好きにはさせないっ!
モルドレッドっ!!
モルドレッド:オルドネアよ!
我
ディラザウロ:奇跡など何度起ころうと叩き潰す!
余を離さぬならば、木端微塵に打ち砕いてくれる!
モルドレッド:火山弾!
まだこれだけの魔力が残っていたのかっ!
ディラザウロ:勝利は誰にも渡さん!
勝つのは、このディラザウロなり!!!
ラーライラ:きゃああああっっ!!!
モルドレッド:ラーライラ!
うああっ!
(世界樹を気遣うモルドレッドの右肩に、頭上から飛来した火山弾が直撃)
(燃える岩石の衝撃に打ちのめされ、吹っ飛ばされるモルドレッド)
(揺れ動く恐竜王の頭部を転がっていき、転落する寸前、岩のでっぱりを掴んだ)
モルドレッド:くっ……!
何とか転落せずに……
だが右肩に力が……骨を砕かれている……
(目の前に開く二つの穴から、熱い硫黄の蒸気が吹き寄せる)
(間一髪で掴んだ岩のでっぱりは、恐竜王の鼻柱だった)
ディラザウロ:何処までも悪運の強い奴だ。
だが、もはや幸運の女神の加護も届かん。
ラーライラ:熱いっ……痛いっ……
もう、私……
モルドレッド:(強すぎる……俺たちとは桁が違う……)
(この化け物には……勝てないのか……)
ディラザウロ:エルフの小娘も、直に叩き折ってやる。
お前は一足先に、火炎の吐息に焼かれよ。
モルドレッド:ランス兄さん……!
パーシヴァル……!
俺は……
パーシヴァル:生命の果てより吹き寄せる終わりの吹雪よ。
我が敵を
フローズン・グラコス!
(闘争に燃える不屈の魂が降らせた火の雨が、凍てつく寒気の到来によって降り止んだ)
(火口から火山弾が噴き上げられるが、頭上を覆う堅氷の壁を破れずに消失)
(業火の災いを噴火していた火山を、水晶飛行体の結んだ氷河色の立体結界が封印していた)
ラーライラ:火山弾が……降り止んだっ。
モルドレッド:パーシヴァル!
それに魔導師団の!
パーシヴァル:モルっ!
火山の噴火は、おいらたちが抑え込むっ!
恐竜王にとどめを刺すんだ!
いくぞ、みんな!
氷結魔法を浴びせかけろっ!
モルドレッド:よし……
つっ、やあああああっっっ!
(右肩の激痛を無視し、振り子の要領で跳ね上がるモルドレッド)
(玄武岩の鼻先に着地。痛みも忘れて疾走)
(目指すは、額に突き刺さるロンギヌスの槍)
モルドレッド:ロンギヌスの槍っ!
ディラザウロ:させるかああっ!
ラーライラ:させないっ!
パーシヴァル:モルっ、急げっ!
おいらたちが封じ込めてるうちにっ!
モルドレッド:行くぞ!
降誕せよ、断罪の秘蹟!
再臨せよ、審判の天使!
ディラザウロ:こうなれば……!
この岩の
パーシヴァル:うわっ!
恐竜王の体温がどんどん上昇してる!
あいつ自爆するつもりだ!
ラーライラ:正気なのっ!?
そんなことをしたらお前までっ!
パーシヴァル:させるな、モルっ!
モルドレッド:わかっているっ!
ディラザウロ:GA……HAA……!
何故だ……
何故お前たちなどに……!
ラーライラ:私たちは弱い!
でも一緒に手を取り合えるっ!
家族と、仲間と、そして異種族ともっ!
一人では立ち向かえない困難にも、
絆が、心があれば、打ち勝てるっ!
ディラザウロ:余は……負けるわけにはいかん!
余が倒れてしまえば……余に倒された者たちの無念は誰が背負う!
絆などに、心などに、余は屈さん!!!
ラーライラ:お前は……お前たちは、誰とも手を取れなかった!
絆も心もわからなかった! だから滅んでしまった!
強くて孤独な恐竜たちっ!
ディラザウロっ!
あなたは未来でたった独りっ!
モルドレッド:過去に滅び去れ、孤高の王よ!
俺たち人間と――エルフの勝利だ!
(恐竜王の巨躯に夥しい亀裂が走り、血潮となって巡るマグマが溢れ出した)
(同時に全魔力を使い果たしたモルドレッドが意識を失い、世界樹の化身も光の粒子となって解ける)
(抜けた聖槍と一緒に落ちていくモルドレッドを、水晶飛行体の重力場が捕え、地上へ降ろす)
クーサリオン:まさか……
信じられん……この子たちは……
ラーライラ:族長、様……
私……勝った……!
パーシヴァル:モル、生きてるかいっ?
モルドレッド:死人なら返事は出来ん……
どうにか……生きているぞ……!
ディラザウロ:み、見事なり……
この恐竜王ディラザウロを倒すとは……
お前たちは勇者を名乗るに相応しい……
クーサリオン:恐竜王の全身が……!
ラーライラ:溶けていく……!
モルドレッド:溶岩の下……
あれは……骨?
パーシヴァル:そうか……
いくらなんでも、岩とマグマで出来た生物なんて、おかしいと思ってた。
魔法の力で岩とマグマを作り出して、生前の姿に似せていた……
あいつは、とっくの昔に死んでるんだ……
あの化石が、ディラザウロの本性なんだよ!
ディラザウロ:もはや仮初めの姿を保つことすら儘ならん……
だが、シャダイゲートは破壊した……
これでネクロマンサーへの面目は立つ……
クーサリオン:化石が、地中に沈んでいく……!
パーシヴァル:逃がすかよ!
みんな! 魔法を放てっ!
(パーシヴァルの指示で、魔導師団の魔導師たちが杖を掲げ持つ)
(分厚い氷柱を抱えた寒風、氷点下の凍結液が荒波となり押し寄せる)
ディラザウロ:勝利はお前たちにくれてやる。
しかし、余の命まではやれん。
パーシヴァル:っ!?
離れろっ、みんな!
(地中に沈む暴君竜の化石から透ける魔心臓が燃え盛る)
(恐竜王は、僅かに化石に残る玄武岩を吹き飛ばしつつ、硫化水素や二酸化硫黄の火山ガスを炸裂させた)
(玄武岩の欠片が氷柱の槍を破砕し、有毒の爆風が地を滑る津波を押し返す)
モルドレッド:自爆……!
残る生命力をぶつけてきたのか!
ディラザウロ:パラディン、ドルイド、メイジ……
支配者の王冠は、お前たちに預けた……
いずれ余が取り戻す……
その時まで……
誇り高くあれ、勇者たちよ!
ラーライラ:…………
パーシヴァル:…………
モルドレッド:ディラザウロは倒したが、シャダイゲートは……!
パーシヴァル:ヤバイよ、これ。
次元の歪みがありえない大きさに広がってる……!
もうそろそろ低位の悪魔なら通り抜けられるレベルだ!
モルドレッド:下級とはいえ悪魔……
満身創痍の俺たちでは、全滅は必至だ……!
それに地上に出た
そうなったら……
クーサリオン:……心配は要りません。
ゲートは私が何とかしてみせます。
(神樹が抑えていた根元には、奈落へ繋がるような底知れぬ深い深い大穴が開いていた)
(どす黒い瘴気の渦巻く大穴から、苦悶に歪む人面の霊魂が浮き出し、夥しい手に引きずり下ろされていく)
(黒い渦巻きに見えた穴の流動は、無数の亡者の顔や手。この世ならざる異形の群れがひしめき合う坩堝だった)
クーサリオン:ラーライラ。
お前は、立派な樹となった。
育ての親として、今日ほど嬉しく思ったことはない。
ラーライラ:……族長様?
クーサリオン:エレンウェとジェイクの駆け落ち――
あの時には、随分と煩悶させられたものだ……
妹の命は露と消え、ジェイクも不遇の人生を送った……
だが全ては、意味ある出来事だったのだ……
私たちが、お前に巡り会うための……
ラーライラ:どうしたの族長様……
変よ、急にそんなこと……
まさか……族長様っ!
ダメっ! やめてっ!
クーサリオン:聞き分けなさい。
私でなければ、次元の歪みは封じられない。
これは、シャダイの末裔である私の使命なのだ。
ラーライラ:嫌っ!
私、族長様を守りたくて戦ったのに……
冥府の封印なんてしなくていいっ!
私を一人にしないでっ! 族長様ぁ……!
(薄気味悪い死霊の呻きが這い回る中、静謐なまでの平手打ちの音が響く)
ラーライラ:……ぶたれた?
私……
クーサリオン:しっかりしなさい。
お前は残り少ないムーンストーン族の大人。
もう甘える相手はいないのだ。
ラーライラ:うっ……ううっ……
クーサリオン:お前は一人ではない。
私の妹……お前の母の形見……
そして、かけがえのない友達がいるだろう。
共に太古の王に挑んでくれた、誰から与えられたものでもない、
お前自身が手に入れた友達が。
ラーライラ:っ……うぅっ……
クーサリオン:ラーライラ、お前をムーンストーン族の族長に命ずる。
引き受けてくれるな……?
ラーライラ:はいっ……!
クーサリオン:いい子だ……
モルドレッド殿、パーシヴァル殿。
どうかラーライラと一族をよろしくお願いします。
モルドレッド:……わかりました。
オルドネアの
パーシヴァル:約束するよ……絶対に。
クーサリオン:我が内に眠りし、古き命。
目覚めよ、月長石の種を破りて。
ラーライラ:左手に木漏れ日を……
右手に果実と蜜を……
クーサリオン:我は、大地に根を下ろす。
時の風雨に耐え忍ぶ幹となる。
生きとし生けるものに憩いをもたらさん。
ラーライラ。
私はいつまでもお前を見守っている。
百年先も、千年先も……
ラーライラ:族長様……
クーサリオン:さようなら、そしてありがとう。
私の娘よ――
パーシヴァル:…………
もう悪魔どもの心配はないよ……
次元の歪みは、再び封印された……
新しい、封印の神樹によって……
モルドレッド:真のシャダイゲートの番人にして、ゲートの継承者であるムーンストーン族……
偽りの伝承を担い、真実を覆い隠すタイガーズアイ族と、オブシディアン族……
パーシヴァル:ずっと……続けてきたんだね。
オルドネアの時代から、何百年も……
トゥルードの森の、エルフたちは……
ラーライラ:ごめんなさい、族長様……
私……泣かないから……
ムーンストーン族を守っていくから……
今だけは泣かせて……
今だけだから……
□7/森の道を進む馬車の窓に、夕日が差し込む
パーシヴァル:ガタガタガタガタ。
馬車はすごい揺れるなぁ〜
車酔いしそう。あと尻が痛いよ。
モルドレッド:エルフたちは金属を嫌う。自動車は鉄の塊。
尻の痛みぐらい我慢しろ。車酔いは根性だ。
パーシヴァル:気持ち悪そうだけど、大丈夫?
モルドレッド:あまり大丈夫じゃない……
が、森の外に出るまでの辛抱だ。
迎えの自動車に移れるだろう。
パーシヴァル:自動車でも車酔いはするんだよ。
モルドレッド:……帝都に着くまで耐える。
パーシヴァル:頑張ってね。
そういえば、あの子――
ラーライラはどうするって?
モルドレッド:さあな。
パーシヴァル:さあな、って……聞いてないの?
モルドレッド:あれから話す機会が無かった。
……顔も合わせづらい。
パーシヴァル:……そうだね。
(箱形客室がガタンと揺れ、座席越しに振動が突き上げる)
(急制動を掛けられた馬の驚きの嘶きに、車窓から顔を出すモルドレッド)
パーシヴァル:痛たた……いきなりどうしたの?
頭ぶつけちゃったよ。
モルドレッド:何かが飛び出してきたようだ。
あれは……
(夕焼け空に染まった森の道に、橙色に塗り潰された人影が立っていた)
(エルフにしては背が高く、人間にしては痩せ形のシルエット)
モルドレッド:……お前か。
何か用か?
ラーライラ:お礼、まだだったから。
ありがとう、二人とも。
モルドレッド:いや、礼など。
すまない。
パーシヴァル:……
これから森のエルフたちはどうするの?
ラーライラ:どの部族も『ハ・デスの生き霊』に襲われていたけど、タイガーズアイ族はほとんど無事だった。
私たちムーンストーン族と、オブシディアン族の生き残りは、タイガーズアイ族が引き受けてくれる。
パーシヴァル:復興に力を貸せるよう、
手伝えそうなことがあったら、何でも言ってね。
ほんとにさ……
ラーライラ:ありがとう。
モルドレッド:俺は……特にない。
パーシヴァルと同じような内容だ。
ラーライラ:…………
モルドレッド:では……俺たちは行く。
ラーライラ:そう……
パーシヴァル:またね、ラーライラ。
今度遊びに……って、えっ!?
モルドレッド:何故お前まで馬車に乗り込んでいるんだ!?
ラーライラ:私、しばらく帝都で暮らすから。
パーシヴァル:えっ? どうしたの、また?
人間の街は嫌いなんじゃ?
ラーライラ:私はムーンストーン族の族長。
人間のことを、もっと知らないといけない。
それに人間の街も、好きになれるかも。
私、父さんの血も引いてるから。
パーシヴァル:なんか一皮剥けた感じ……
モルドレッド:ああ……
パーシヴァル:それで、帝都で暮らす場所はどうするの?
まだ決まってないでしょ?
ラーライラ:モルドレッド。
モルドレッド:何故俺の名を呼ぶ。
ラーライラ:モルドレッド。
モルドレッド:俺を見るな!
住む場所など自分でなんとかしろ!
パーシヴァル:まあまあ。
大都会に女の子一人放り出すなんて、そりゃあんまりだよ。
か弱い女の子を守るのも、聖騎士の任務だろ?
モルドレッド:お前が引き取ればいいだろう、パーシヴァル!
あれだけ広い屋敷なのだから、居候の一人や二人養えるはずだ!
パーシヴァル:うちは……ほら、ばーちゃんが厳しいから。
モルドレッド:嘘を吐くな!
女を連れ込めなくなると困るからだろうが!
ラーライラ:モルドレッド。
モルドレッド:わかった! わかった!
置いてやればいいんだろう!
パーシヴァル:よかったね、ラーライラ。
モルはぶっきらぼうだけど、根はいい奴だからよろしくね。
モルドレッド:何がよろしくね、だ。
お前と付き合ってると、肝心なところで貧乏くじを引かされている気がする。
パーシヴァル:何言ってんだよ。
こんな機会でもないと、モルは一生女の子に縁がないぞ。
おいら、心配で心配で……
モルドレッド:大きなお世話だ。
お前こそ、人の心配をする前に自分の心配をしたらどうだ。
この前もパレアナだったか? 子爵の娘と――
パーシヴァル:違うよ!
あれはただ一緒にお茶しただけで――
(二人の喧噪から離れ、ラーライラは、数年前の森の景色を振り返る)
ラーライラ:運命の出会い?
クーサリオン:そうだ。
出会うことで、その後の人生が大きく変わる。
そんな相手のことだよ。
ラーライラ:私の運命の人……
クーサリオン:出会ったばかりでは、まだわからないかもしれない。
後から思い返すと、その出会いすらも運命に思える。
そんな相手が……いるのだよ。
ラーライラ:(今ならわかる)
(私の初めての運命の人は、族長様)
(二番目は、父さんと
(それから三番目は――)
モルドレッド:さっきから何だ、お前は?
言いたいことがあるなら、言ったらどうだ。
ラーライラ:モルドレッド。
あなたは私の運命の人なのだと思う。
モルドレッド:はっ?
パーシヴァル:うわ、大胆〜!
モルドレッド:ちょ、ちょっと待てっ!?
それはどういう意味なんだ!?
ラーライラ:…………
人間の街は、少し不安。
母さんも、父さんについていったとき、こんな気持ちだったの?
でも、母さんには父さんが運命の人だったから……
族長様――行ってきます。
きっとこれは、私の新しい絆――
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