第7話 ハーフエルフ
★配役:♂3♀1=計4人
▼登場人物
モルドレッド=ブラックモア♂:
十六歳の聖騎士。
ブリタンゲイン五十四世の十三番目の子。
オルドネア聖教の枢機卿に「十三番目の騎士は王国に厄災をもたらす」と告げられた。
皇帝の子ながら、ただ一人『円卓の騎士』に叙されていない。
魔導具:【-
魔導系統:【-
パーシヴァル=ブリタンゲイン♂
十七歳の宮廷魔導師。
ブリタンゲイン五十四世の十一番目の子。
『円卓の騎士』の一人で、陸軍魔導師団の一員。
お調子者の少年だが、宮廷魔導師だけあって知識量はかなりのもの。
魔導具:【-
魔導系統:【-
ラーライラ=ムーンストーン♀
二十七歳の
トゥルードの森に住むエルフの部族『ムーンストーン族』の一員。
人間の父と、エルフの母のあいだに生まれたハーフエルフ。
『ムーンストーン族』のエルフには見られない青髪と碧眼は、父親譲りのもの。
父親が魔因子を持たない人間だったので、〈魔心臓〉しか受け継がなかった。
エルフながら魔法を使うためには、魔導具の補助が必要である。
魔導具:【-
魔導系統:【-
クーサリオン=ムーンストーン♂
百五十一歳のエルフの
トゥルードの森に住むエルフの部族『ムーンストーン族』の族長。
ラーライラの母の兄で、ラーライラの伯父に当たる。
エルフは、現代では珍しい完全な魔因子を持つ種族。
魔力を生成する〈魔心臓〉のみならず、額に魔法を使うための〈魔晶核〉を有する。
※注意
・ルビの振ってある漢字は、ルビを読んでください。
・特定のルビのない漢字は、そのまま読んでください。
□1/鬱蒼としたトゥルードの林道
パーシヴァル:おーい、モル。
モルってばー。モルドレッドちゃーん!
モルドレッド:聞こえてる。
パーシヴァル:ちょっと待ってよ。早く歩きすぎだよ。
もうさっきから足がパンパンでさー。
モルドレッド:運動不足だ。
一週間、書斎とトイレを往復する以外の運動をしていなかったとは何事だ。
パーシヴァル:
おいらだって、缶詰はしんどかったさ。
モルドレッド:息抜きに運動をすればいいだろう。
俺は神学の勉強の合間に、素振りをして集中力を取り戻していたぞ。
パーシヴァル:槍振り回して気が晴れるのは、モルみたいな肉体派だけだよ。
おいらの息抜きは、紅茶とクッキー。あと女の子とのお喋り。
ってことで、ちょっと休憩したいのさ。
モルドレッド:
見ろ。あのエルフは、ずっと先だぞ。
俺たちも、後れを取るわけにはいかん。
パーシヴァル:あの子は、エルフだからね。
エルフは『森の貴人』って呼ばれてて、生涯を自然の中で暮らすんだ。
おいらたちには歩きにくいデコボコ道も、あの子には雲の道を歩くようなものなんだよ。
モルドレッド:人間かエルフか、じゃない。
女に負けて恥ずかしくないのか。
パーシヴァル:おいら魔導師だから、体力勝負なら白旗あげちゃってもOKだよ。
モルドレッド:何を情けないことを!
魔導師である前に、お前は男だろう!
パーシヴァル:モルは雌の
モルドレッド:例えが極端すぎる。
パーシヴァル:極端だけど、そういうことだよ。
モルドレッド:屁理屈ばかりこねてないで足を動かせ。
(前方にある老樹の幹で、青髪のエルフが立ち止まっていた)
パーシヴァル:あっ、待っててくれたんだ。
サンキュ、ラーライラ!
ラーライラ:人間って不思議。
パーシヴァル:え?
ラーライラ:私よりずっと逞しい足。
なのに、どうしてそんなに遅いのかしら。
モルドレッド:…………
ラーライラ:しかめっ面。嫌な顔。
モルドレッド:お前に俺の顔をどうこう言われる筋合いはない。
ラーライラ:短気ね。
モルドレッド:全部お前のせいだ。
いいから先に行っていろ。
ラーライラ:じゃあ、ついてきて。
遅れないように。
(細い手足とは裏腹に、軽快な歩みで先へ進むラーライラ)
モルドレッド:まったく……
いちいち癪に障るヤツだ。
パーシヴァル:まあまあ……
エルフは普段からあんな感じだよ。
無愛想でつんけんしてるんだよね。
モルドレッド:つんけんというレベルか。
初対面の挨拶を思い返してみろ。
□1b/半日前、ログレスの城下町
モルドレッド:お初に御目にかかる。
私はモルドレッド=ブラックモア。
オルドネア聖教の聖騎士だ。
パーシヴァル:おいらはパーシヴァル。
しばらくよろしくね、ラーライラ。
(口元を押さえ、不快そうに顔をしかめるラーライラ)
ラーライラ:血生臭い……
モルドレッド:ち、血生臭い!?
パーシヴァル:あっ、だから言ったじゃん、モル。
エルフと会う前は、肉料理はダメだって。
モルドレッド:大袈裟な!
入念に歯みがきをして、ミントの葉を噛んできたんだぞ!?
パーシヴァル:エルフって嗅覚が敏感だから……
特にムーンストーン族は、血の臭いを嫌うんだ。
ラーライラ:モルドレッド……離れて歩いてくれる?
モルドレッド:な、何だと……!?
ラーライラ:ダメ、こないで。
吐きそう……
モルドレッド:こ、こいつ……!
パーシヴァル:まーまーまー!
おいらと一緒に、美少女のお尻をエスコート!
そうしよう、ね! モル!
□1c/半日前、煙の立ち上る煙突を眺めるラーライラ
ラーライラ:ひどい煙……胸の中が汚される。
どうして人間は、毒の煙を撒き散らすの?
パーシヴァル:別においらたちは、煙を出すのが目的じゃないよ。
人間には、火や熱が必要なんだ。
煙はその副産物。わかるかなー?
ラーライラ:火を使う理由がわからない。
火は、凶暴で荒々しい元素。
人を、森を焼き尽くす恐ろしい破壊者。
モルドレッド:お前は肉や野菜を生で食べるのか?
真冬には、凍え死ぬつもりか?
常識的に考えれば、わかるだろう。
ラーライラ:果物なら、そのままでもおいしい。
古い老木の
火が必要なのは、人間が冷たい石の箱の中で暮らすから。
パーシヴァル:まあ、ごもっとも。
でも、人間だったら肉も食べたいんだよね。
生野菜や果物もおいしいけどさ。
モルドレッド:それに木造の家は、簡単に延焼し、都市に大火災を招く。
煉瓦建築になってから、火災による被害は大幅に減ったんだ。
ラーライラ:……変なの、人間って。
モルドレッド:変なのはお前だ、エルフ。
ラーライラ:人間。
モルドレッド:エルフだ。
パーシヴァル:あははは……
話が噛み合わないねー。
□1d/トゥルードの森を歩く二人
モルドレッド:無礼にも程がある!
そもそも俺は、顔を合わせたときから気に食わなかった。
パーシヴァル:初対面で「臭い」は酷いよなぁ。
モルが怒るのもわかるよ。うんうん。
モルドレッド:俺はそんな些細な個人的事情を根に持っているんじゃない!
あいつの人としての品位や礼儀を問題としているのだ!
パーシヴァル:肉食文化や建築物の概念もないみたいだしねぇ。
あ、エルフでもタイガーズアイ族は、狩猟民族なんだっけな?
同じヒト科の近似種でも、文化が異なると、こうも精神形成に差が現れるのか。
ま、それより、あの子の生足でも見て、気分を落ち着けようよ。
モルドレッド:そんなどうでもいいものを眺めるよりも、足下に注意しろ。
パーシヴァル:うーん、太もも!
エルフってガリガリに痩せてて、おいらは正直好みじゃないんだけど、あの子は柔らかそうでいいね!
モルドレッド:恐らくエルフの中では、デブなんだろうな。
パーシヴァル:エルフが痩せすぎなのさー。
あの子だって、人間の基準だと、かなりの痩せ形だよ。
モルドレッド:胸が貧相なのは事実といえる。
パーシヴァル:ああ〜……ちょっと残念だよね。
って、なんだかんだ言って、モルも見るところは見てるじゃん。
モルドレッド:ち、違う!
ただの身体観察だ!
怪しい素振りがないかという……!
パーシヴァル:ま、そういうことにしておくよ。
そういえばあの子の髪、青だね。
普通、エルフって緑の髪なんだけど……
(射抜くような青い視線が刺さり、前を見る二人)
ラーライラ:…………
パーシヴァル:うわ〜……あの子、すごい怒ってない?
無表情なのが、余計におっかないよー。
モルドレッド:……地獄耳だな。
伊達に長い耳をしてないということか。
ラーライラ:……人間って下劣。
□2/森の開けた場所、エルフの集落
ラーライラ:着いた。
ここがムーンストーン族の集落。
モルドレッド:(ここが、か?)
(何もない原っぱじゃないか……)
(常緑樹の木蔭から、ちらちらとこちらを窺い見る視線を感じる)
パーシヴァル:わお、おいらたち大人気だね。
みんなの視線を独占ってヤツ?
モルドレッド:独占したはいいが、居心地の悪い視線だな。
(原っぱの向こうの森から、長身のエルフが歩いてくる)
クーサリオン:ようこそいらっしゃいました、人間のお客人。
ラーライラ:族長様。
クーサリオン:ラーライラ、ご苦労だった。
人間の街は、どうだった?
ラーライラ:空気が汚くて、人間はみんな生気のない顔。
人造石の覆いで、土は窒息させられて苦しそう。
……墓地のよう。
クーサリオン:……そうか。
疲れたことだろう。
お前は休んでおいで。
ラーライラ:……人間の街には、もう行かない。
私はエルフ。
族長様、押しつけはやめて。
(そう訴えると、ラーライラは青い髪を翻し、森へ消えていった)
クーサリオン:ふう……
□3/原っぱの中央、切り株に腰掛けたモルドレッドとパーシヴァル
パーシヴァル:
ちょっとボソボソしてるけど、結構おいしいよ、これ。
モルドレッド:果物の絞り汁に蜂蜜を混ぜたジュース。
やや甘味が薄いが、普段飲んでいる果物ジュースと同じだな。
クーサリオン:お口にあったようで、何よりです。
私たちエルフは、あまり食べ物を加工することをしないので。
モルドレッド:(周囲の森のあちこちから視線を感じる……)
(監視の目は外されないか……)
クーサリオン:皆の者! 私は客人と一対一で話をしたく思う!
皆には『森の貴人』の名に相応しい行いを望みたい!
(しばらくした後、周りの樹陰から注がれていた視線が消えていった)
クーサリオン:人間の皇子たちよ。
非礼をお詫び申し上げる。
モルドレッド:我々人間とエルフは、友好関係にあるとは言い難い。
族長であるクーサリオン殿を案じるのは、当然と言える。
気になさらないでください。
クーサリオン:かつては交わることは少ないとはいえ、
私たちの関係は隣り合う樹のように、静かで穏やかなものでした。
……あれは三十年前の冬だった。
エルフと人間のあいだに、あるいさかいが起きました。
パーシヴァル:ああ、おいらも知ってるよ。
トゥルードの森に
木こりたちが大怪我して帰ってきたって話じゃなかった?
クーサリオン:……木こりの切ろうとした木は、まだ樹齢数十年の若木だったのです。
そしてその木の枝には、卵から孵って間もない雛のいる巣があった。
しかし、エルフが人間を襲ったのは、紛れもない事実です。
パーシヴァル:その事件をきっかけに、人間とエルフの棲み分けを明確にすべきだって議論が起こった。
ブリタンゲイン帝国は、森に使者を派遣して、エルフの長たちと話し合いをすることにした。
クーサリオン:……覚えています。
要求を呑まぬのなら、人間とエルフの全面戦争も辞さないと。
私たちは、争いを好む種族ではありません。
それに皆が
私たちエルフは人間の要求を呑み、トゥルードの森に境界線を敷くことに合意する他ありませんでした。
モルドレッド:…………
クーサリオン:エルフと人間の溝は、根深い問題です。
しかし今日は、その
(残念そうな面持ちを和らげ、クーサリオンは微笑みを浮かべる)
モルドレッド:既にラーライラ殿から話はうかがっています。
『ハ・デスの生き霊』ですね。
クーサリオン:はい。
トゥルードの森には、私たちムーンストーン族の他に、
タイガーズアイ族とオブシディアン族、三つのエルフの里があります。
『ハ・デスの生き霊』が現れたのは、オブシディアン族の里でした。
モルドレッド:オブシディアン族……黒曜石のエルフか。
彼らは――……
クーサリオン:人間のあいだでは、ダークエルフと呼ばれている。
あなたたち人間は、肌が黒いことを忌む風習があるとも。
モルドレッド:いや、それは……
クーサリオン:彼らは排他的で、里に入るものに容赦ない攻撃を仕掛ける。
浅黒い肌を忌む風習と相まって、人間に邪悪なエルフと映るのも無理はありません。
モルドレッド:族長殿。
……失礼を承知で言わせてもらうが、
ダークエルフとは縁を切ることを勧めたい。
三十年前の事件も、攻撃してきたのはダークエル……いや、オブシディアン族だ。
貴方たちムーンストーン族まで、同類と思われては損をする。
クーサリオン:貴方の主張はもっともです。
確かにオブシディアン族は、ダークエルフと憎まれる理由がある。
しかし、我々エルフにとっては、共にトゥルードの森で数千年の時を過ごしてきた仲間なのです。
私は、彼らを助けたかった……
モルドレッド:…………
クーサリオン:五日前の夜です。
オブシディアン族の里に、アンデッドの大群が押し寄せてきました。
アンデッドを率いていたのは、オブシディアン族と人間のハーフの少年……
そして
パーシヴァル:黒翅蝶――!
モルドレッド:やはりあのネクロマンサーか!
クーサリオン:オブシディアン族は、四大精霊と
いくら大群とはいえ、ゾンビやスケルトン如きでは勝負になりません。
アンデッドは真正面からオブシディアン族に挑まず、
孤りで暮らすオブシディアン族を狙う策を取りました。
モルドレッド:読めたぞ。
殺害したエルフを、アンデッドとして配下に引き入れる。
ネクロマンサーの常套手段にして、最悪の戦術だ。
クーサリオン:私たちエルフは集団生活を送りますが、人間に比べると緩やかです。
厳格な規則や労働がないため、皆好きなように暮らしており、
家族といえど、数日に一度しか顔を合わせないことも珍しくありません。
エルフの文化が、アンデッドの格好の餌食になってしまった……
パーシヴァル:ねえあのさ、族長さん。
アンデッドみたいに異様な気配が近づけば、すぐにわかると思うんだけど。
クーサリオン:……ハーフエルフの少年です。
彼が精霊に干渉し、発見を遅らせていた。
モルドレッド:ハーフエルフで、しかも少年が?
純血のエルフの従える精霊を離反させる程の魔法を使ったと?
パーシヴァル:ハーフエルフって、魔心臓は受け継ぐから魔力はあるんだけど、
魔法を構築するための魔晶核が先天的に欠けて産まれてくる。
おいらたち人間の魔導師と同じ、準魔因子持ちに分類されるね。
ってことは、どっかから魔晶核を借りてきたってことだよね?
クーサリオン:はい、恐らくはネクロマンサーがどこからか調達してきたのでしょう。
しかし本来、魔晶核は生まれつき備わる器官の一つ……
モルドレッド:魔晶核と魔心臓、互いの強さは相関関係にある。
高度な
ハーフエルフの少年が、純血のエルフ以上の精霊魔法を使うというのは、人体に相当の無理を掛けているはず……
パーシヴァル:よっぽど『ハ・デスの生き霊』に忠誠を誓ってたんだろうね。
それとも、オブシディアン族に怨みがあったのかな。
案外、ただ単純にすっごい魔法を使ってみたかったのかもね。
クーサリオン:…………
オブシディアン族を次々と配下に引き入れたアンデッドは、
『シャダイの泉』に向かいました。
オブシディアン族に伝わる、聖シャダイが
……エルフの使徒の泉は、紅に染まりました。
辺りに転がるのは、斬首されたオブシディアン族の頭。
頭を失ったエルフの死体が、泉の水面に首の断面を浸していた……
パーシヴァル:うわあ〜……凄惨だね。
モルドレッド:……何故ネクロマンサーはそんなことを?
クーサリオン:『シャダイの泉が真紅に染まるとき、清らかなる水面は冥府に通ずる境界に変ず』
オブシディアン族の族長から聞いた伝承です。
……お話ししましょう。
私たちトゥルードのエルフと、『シャダイゲート』の関係を。
□4/宵の入り、森深くにそびえ立つ神樹の前
ラーライラ:種に眠りし、緑の命。
巻きつき、這い上る、か弱く逞しきもの。
目覚めて、クリーパー。
(ラーライラの花冠に嵌った宝石が、青く発光)
(ラーライラの手の平に乗った種子が芽生え、蔓草の茎が伸びていく)
(大樹の枝に絡み付いた蔓草は、林檎をもぎ取って地面に落とす)
ラーライラ:林檎。
――おいしい。
クーサリオン:ラーライラ。
ラーライラ:族長様……!?
むぐっ、ごほっごほっ!
クーサリオン:怒りはしない。
皆が密かに神樹の林檎を食べていることは、知っている。
ラーライラ:そうだったの……
クーサリオン:――ラーライラ。
最近、穀物を食べないな。
ラーライラ:……太るから。
クーサリオン:お前は太ってなどいない。
ラーライラ:太ってる。
胸も、手も、足も……どんどん脂肪が増えてる。
痩せないと――
クーサリオン:それで果物で我慢しているのか。
ラーライラ:そう。
クーサリオン:しかし、空腹なのだろう。
ラーライラ:……別に平気。
(ラーライラの言葉を裏切るように、小さくお腹が鳴る)
(恥ずかしさに俯くラーライラに、族長は小さな革袋を手渡す)
ラーライラ:……なに、族長様?
……豆?
クーサリオン:砂糖をまぶした炒り豆だ。
人間の街へ出向いたときにもらってきた。
ラーライラ:……要らない。
クーサリオン:食べなさい。
お前の空腹も満たされる。
ラーライラ:……要らないって言ってる。
クーサリオン:お前は成長期なのだよ、ラーライラ。
然るべき食べ物を、然るべく取るべきだ。
豆だけでなく、魚も……肉も食べた方がいい。
ラーライラ:肉……
クーサリオン:お前が正しく育つには、肉は必要だ。
いつまでも穀物と
(豆の袋を差し出すクーサリオンの手を、ラーライラの手が払い除ける)
(空中にばら撒かれる豆を浴びながら、激昂したラーライラが叫ぶ)
ラーライラ:私、これ以上太りたくない!
私、これ以上背が高くなりたくない!
今だって、族長様よりちょっと下くらい……
栄養失調でいい。
エルフらしい身体でいたいの……
クーサリオン:……ラーライラ。
ラーライラ:どうして止めてくれなかったの?
母さんが人間と結婚するのを。
母さん、族長様の妹でしょう!
クーサリオン:…………
ラーライラ:余計な心配しないで。
エルフじゃないみたいに言わないで。
私はエルフ。ムーンストーン族のエルフ。
……独りにして。
□5/夜、天高く伸びる神樹
パーシヴァル:トゥルードの神樹……
絵画では見たことあるけど、実物はすっごいや。
モルドレッド:しかし、驚くべき話だった。
ムーンストーン族、タイガーズアイ族、オブシディアン族。
三つの部族の長は、自らの部族こそシャダイの末裔だと、子々孫々に言い伝えてきた。
真実のシャダイゲートの場所を隠すために……
パーシヴァル:オブシディアン族はシロ。
封印解放の伝承をやられたのに、何も起こってないからね。
残るはムーンストーン族か、タイガーズアイ族かだけど……
モルドレッド:タイガーズアイ族は……暴かれた可能性が高いと見る。
女エルフはともかく、この時期に族長の息子が失踪したというのは不審すぎる。
パーシヴァル:はあ〜……
『ハ・デスの生き霊』って思ったより仕事早いんだね。
来るかな、この神樹を狙いに。
モルドレッド:あのネクロマンサーか、他の邪教徒か。
どちらでも構わん。
シャダイの築いた封印を狙う外道の徒は、俺が一人残らず叩き潰す。
□6/神樹の根元に開く洞
モルドレッド:この中に、お前の言っていた水があると?
魔力を含んだ水だとか、何だとか。
パーシヴァル:そうそう。『神樹の雫』ね。
全身に魔力が漲って、おいらたち準魔因子持ちには、そりゃあもう効くらしいよ。
モルドレッド:魔力回復の強壮剤か。
それにしても真っ暗だな。
パーシヴァル:そりゃ木の
よっと。
(パーシヴァルの魔導杖の先から、光の球が浮かび上がる)
ラーライラ:きゃっ――
モルドレッド:女の声?
パーシヴァル:あっ、ラーライラ。
ラーライラ:……眩しすぎる。
光、弱めて。
モルドレッド:
パーシヴァル:エルフの眼は、猫と同じ構造になってるんだ。
瞳孔が人間より大きく広がる他に、
この層のおかげで入射光と反射光の利用効率が高くて、エルフは
反面、
モルドレッド:ああ、それでダークエルフどもは、
パーシヴァル:そうそう。
お互いの身体の仕組みへの不理解が、衝突を生む原因になってしまうんだよね。
ラーライラ:……凄く眼が痛い。
……知ってるなら、理解して。
パーシヴァル:あ、ごめん。
(杖の上の光球が輝きを下げ、洞の中はぼんやりした薄暗がりになる)
パーシヴァル:おいらたち、『神樹の雫』を飲みにきたんだ。
族長さんが飲んでもいいってさ。
ラーライラも『神樹の雫』?
ラーライラ:私は……身体を拭いてただけ。
(簡素な麻生地の服で胸元を隠しながら、ラーライラが言う)
パーシヴァル:……あ。
モルドレッド:う――……
ラーライラ:……ジロジロ見ないで。離れて。
パーシヴァル:ご、ごめんねー。
モルドレッド:――ん?
お前、その額……
魔晶核はどうした?
エルフなら誰にでも備わっているはず。
ラーライラ:…………!
パーシヴァル:あー……
そうじゃないかと思ってたんだ。
エルフで青い髪って、普通いないからね。
モルドレッド:どういうことだ?
パーシヴァル:あー、えっと――
ラーライラ:…………
パーシヴァル:モル。
ハーフエルフなんだよ、この子。
モルドレッド:ああ、そうか。
言われてみれば、俺も青い髪には引っ掛かっていたんだ。
とすると、今まで額にあった魔晶核は魔導具か。
ラーライラ:……そう。
パーシヴァル:へえー! いい魔導具だね!
ラーライラ:……頭に被る花の冠の形。
ハーフエルフだって目立ちにくい。
パーシヴァル:う、うん。そうだね。
ラーライラは耳も尖ってるし、髪を緑に染めてたらわからなかったよ。
モルなんて、今までずっと気づかなかったくらいだし。
モルドレッド:……まあな。
ラーライラ:髪、染めたいけど、前に試したとき綺麗な緑にならなかったから。
……今度、もう一度やってみる。
パーシヴァル:ねえ、ラーライラってずっと魔導具つけてるけど、疲れない?
ラーライラ:疲れない。
どうして? あなたは?
パーシヴァル:おいらは、アヴァロンをずっと起動してるとヘロヘロになってくるよ。
ラーライラ:……わからない。どういうこと?
パーシヴァル:おいらたち人間も、ずっと昔はエルフと同じように独力で魔法を使えたらしい。
だけど、ある時から魔晶核を形成する遺伝子が消えちゃった。
で、古代人の死体から魔晶核を抜き取って、魔導具に加工して魔法を使ってるんだけど。
モルドレッド:本来、自分の器官でない魔晶核に無理矢理魔力を通わせるんだ。
いわば、他人の手足を繋げて使っているに等しい。
古代人やエルフが自分自身の魔晶核で魔法を使う時に対し、
他人の魔晶核を使う俺たち人間やハーフエルフは、倍以上の負荷が掛かっていると言われる。
パーシヴァル:ってわけで、ラーライラも負荷が掛かってるはずなんだ。
魔導師はなるべく相性のいい魔晶核を探すんだけど、やっぱり他人のだからねー。
ラーライラ:……母さんの形見なの。
パーシヴァル:あ、そっかー。
それなら疲れないのも納得だよ。
実の親子なら魔晶核の相性はバッチリだね。
ラーライラ:母さんは、私を
母さんは、私をみんなと同じエルフに近づけてくれた。
モルドレッド:――くだらないな。
ラーライラ:……くだらない?
モルドレッド:どれだけエルフの振りをしようと、お前には人間の血が混ざっている。
お前はハーフエルフだ。
エルフの魔晶核を身につけたからといって、純血のエルフになれるわけじゃない。
ラーライラ:…………
母さんが残してくれた、私の魔晶核。
あなたの魔晶核なんて、古代人やエルフから奪ったもの。
モルドレッド:……何だと?
ラーライラ:事実。
古代人の遺跡荒らし、エルフ狩り。
全部あなたたち人間が魔晶核を奪うため。
『ハ・デスの生き霊』と一緒よ。
モルドレッド:貴様……!
パーシヴァル:あーあー! そうそうそう!
おいらたち、『神樹の雫』を飲みに来たんだよね。
そうだよね、モル?
ラーライラ、『神樹の雫』ってどこにあるのかな?
よかったら教えてくれると、助かったり。うんたぶん凄く助かる。
モルドレッド:俺たち人間には、魔心臓だけの準魔因子持ちしか生まれてこない。
誰もが魔因子持ちのエルフと違い、準魔因子持ちですら、何百人に一人という希少な存在だ。
たとえ魔心臓を持って生まれてきても、魔力生成量が乏しければ、素養無しとして振るい落とされる。
素養有りと判断されても、誰もが聖騎士や魔導師になれるわけではない。
適合する魔晶核が見つからなければ、宙ぶらりんのまま放っておかれる。
才能と運――過酷な競争を勝ち抜いて、ようやく聖騎士や魔導師になれるんだ。
ラーライラ:……だから何。
あなたがそうだって言いたいの。
モルドレッド:フン――
エルフを母親に持った、たったそれだけで何百人に一人のエリート。
おまけに実の母親の魔晶核という、適合性抜群の魔晶核まで受け継いだ。
エルフでない、混血のハーフエルフ――だからどうした。
何の苦労もせず、数多くの恩恵を受けてきたお前が不幸ヅラをするな!
ラーライラ:っ……!
パーシヴァル:言い過ぎだよ、モル。
人間には、それぞれ悩みがあるんだからさ……
ラーライラ:あなたに、何がわかるの……!
純血の人間のあなたが、好き勝手言わないで!
モルドレッド:都合のいい奴だ。
人間のことはわかろうともしない癖に、自分のことだけは理解して欲しいとは。
ラーライラ:人間なんか……
人間なんか大嫌い!
(洞の外へ向かって、走り去っていくラーライラ)
パーシヴァル:あ、ラーライラ!
はぁ〜……
なんでああいう上から見下ろした言い方しかできないのかなぁ。
泣いちゃってたよ、あの子。
モルドレッド:知るか。涙でも鼻水でも垂らしていればいい。
パーシヴァル:ま、そりゃあさ、ちょっとイライラするところもあるよ。
でもさ――
モル、少し怒りすぎのような気がしたよ。
おいらの気づかないことで、なんか頭に来ることでもあった?
モルドレッド:…………
あいつは、里の一員として溶け込んでいた。
ハーフエルフでも、ハーフエルフであることを否定された経験はないだろう。
もう十分に幸せだ。十分過ぎるほどに……
パーシヴァル:…………
ふぅ〜。
モルの気持ちはわかったよ。
モルドレッド:…………
パーシヴァル:明日から、ラーライラと気まずいなぁ……
モルドレッド:……すまない。
パーシヴァル:ま、いいさ。
二週間くらいの付き合いだし何とかなるよ。
できればラーライラと仲直りして欲しいけどね。
それより『神樹の雫』飲みにいこうよ。
モルドレッド:なんだ、まだ探すつもりでいたのか。
パーシヴァル:当たり前だろ。それを目当てで来たんだから。
さーて、神樹の中を探検に行こうか。
そんな広い場所でもないけどね。
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