The 13th prince(プリンス・オブ・サーティーン)

第7話 ハーフエルフ

★配役:♂3♀1=計4人

▼登場人物

モルドレッド=ブラックモア♂:

十六歳の聖騎士。
ブリタンゲイン五十四世の十三番目の子。
オルドネア聖教の枢機卿に「十三番目の騎士は王国に厄災をもたらす」と告げられた。
皇帝の子ながら、ただ一人『円卓の騎士』に叙されていない。

魔導具:【-救世十字架(ロンギヌス)-】
魔導系統:【-神聖魔法(キリエ・レイソン)-】

パーシヴァル=ブリタンゲイン♂
十七歳の宮廷魔導師。
ブリタンゲイン五十四世の十一番目の子。
『円卓の騎士』の一人で、陸軍魔導師団の一員。
お調子者の少年だが、宮廷魔導師だけあって知識量はかなりのもの。

魔導具:【-自在なる叡知(アヴァロン)-】
魔導系統:【-元素魔法(エレメンタル)-】

ラーライラ=ムーンストーン♀
二十七歳の樹霊使い(ドルイド)(外見年齢は十三歳程度)。
トゥルードの森に住むエルフの部族『ムーンストーン族』の一員。
人間の父と、エルフの母のあいだに生まれたハーフエルフ。
『ムーンストーン族』のエルフには見られない青髪と碧眼は、父親譲りのもの。

父親が魔因子を持たない人間だったので、〈魔心臓〉しか受け継がなかった。
エルフながら魔法を使うためには、魔導具の補助が必要である。

魔導具:【-緑の花冠(フェアリー・ディアナ)-】
魔導系統:【-樹霊喚起歌(ネモレンシス)-】

クーサリオン=ムーンストーン♂
百五十一歳のエルフの樹霊使い(ドルイド)(外見年齢は二十代後半〜三十代前半)。
トゥルードの森に住むエルフの部族『ムーンストーン族』の族長。
ラーライラの母の兄で、ラーライラの伯父に当たる。

エルフは、現代では珍しい完全な魔因子を持つ種族。
魔力を生成する〈魔心臓〉のみならず、額に魔法を使うための〈魔晶核〉を有する。

※注意
・ルビの振ってある漢字は、ルビを読んでください。
・特定のルビのない漢字は、そのまま読んでください。



□1/鬱蒼としたトゥルードの林道


パーシヴァル:おーい、モル。
         モルってばー。モルドレッドちゃーん!

モルドレッド:聞こえてる。

パーシヴァル:ちょっと待ってよ。早く歩きすぎだよ。
         もうさっきから足がパンパンでさー。

モルドレッド:運動不足だ。
        一週間、書斎とトイレを往復する以外の運動をしていなかったとは何事だ。

パーシヴァル:大学院(アカデミア)に、論文の提出があるんだよ。
         おいらだって、缶詰はしんどかったさ。

モルドレッド:息抜きに運動をすればいいだろう。
        俺は神学の勉強の合間に、素振りをして集中力を取り戻していたぞ。

パーシヴァル:槍振り回して気が晴れるのは、モルみたいな肉体派だけだよ。
         おいらの息抜きは、紅茶とクッキー。あと女の子とのお喋り。
         ってことで、ちょっと休憩したいのさ。

モルドレッド:惰弱者(だじゃくもの)め。
        見ろ。あのエルフは、ずっと先だぞ。
        俺たちも、後れを取るわけにはいかん。

パーシヴァル:あの子は、エルフだからね。
         エルフは『森の貴人』って呼ばれてて、生涯を自然の中で暮らすんだ。
         おいらたちには歩きにくいデコボコ道も、あの子には雲の道を歩くようなものなんだよ。

モルドレッド:人間かエルフか、じゃない。
        女に負けて恥ずかしくないのか。

パーシヴァル:おいら魔導師だから、体力勝負なら白旗あげちゃってもOKだよ。

モルドレッド:何を情けないことを!
        魔導師である前に、お前は男だろう!
       
パーシヴァル:モルは雌の熊獣人(ガルゥ・ベア)と殴り合える?

モルドレッド:例えが極端すぎる。

パーシヴァル:極端だけど、そういうことだよ。     

モルドレッド:屁理屈ばかりこねてないで足を動かせ。

(前方にある老樹の幹で、青髪のエルフが立ち止まっていた)

パーシヴァル:あっ、待っててくれたんだ。
        サンキュ、ラーライラ!

ラーライラ:人間って不思議。

パーシヴァル:え?

ラーライラ:私よりずっと逞しい足。
       なのに、どうしてそんなに遅いのかしら。

モルドレッド:…………

ラーライラ:しかめっ面。嫌な顔。

モルドレッド:お前に俺の顔をどうこう言われる筋合いはない。

ラーライラ:短気ね。

モルドレッド:全部お前のせいだ。
        いいから先に行っていろ。

ラーライラ:じゃあ、ついてきて。
      遅れないように。

(細い手足とは裏腹に、軽快な歩みで先へ進むラーライラ)

モルドレッド:まったく……
        いちいち癪に障るヤツだ。

パーシヴァル:まあまあ……
         エルフは普段からあんな感じだよ。
         無愛想でつんけんしてるんだよね。

モルドレッド:つんけんというレベルか。
        初対面の挨拶を思い返してみろ。


□1b/半日前、ログレスの城下町


モルドレッド:お初に御目にかかる。
        私はモルドレッド=ブラックモア。
        オルドネア聖教の聖騎士だ。

パーシヴァル:おいらはパーシヴァル。
         しばらくよろしくね、ラーライラ。

(口元を押さえ、不快そうに顔をしかめるラーライラ)

ラーライラ:血生臭い……

モルドレッド:ち、血生臭い!?

パーシヴァル:あっ、だから言ったじゃん、モル。
         エルフと会う前は、肉料理はダメだって。

モルドレッド:大袈裟な!
        入念に歯みがきをして、ミントの葉を噛んできたんだぞ!?

パーシヴァル:エルフって嗅覚が敏感だから……
         特にムーンストーン族は、血の臭いを嫌うんだ。

ラーライラ:モルドレッド……離れて歩いてくれる?

モルドレッド:な、何だと……!?

ラーライラ:ダメ、こないで。
       吐きそう……

モルドレッド:こ、こいつ……!

パーシヴァル:まーまーまー!
         おいらと一緒に、美少女のお尻をエスコート!
         そうしよう、ね! モル!


□1c/半日前、煙の立ち上る煙突を眺めるラーライラ


ラーライラ:ひどい煙……胸の中が汚される。
      どうして人間は、毒の煙を撒き散らすの?

パーシヴァル:別においらたちは、煙を出すのが目的じゃないよ。
        人間には、火や熱が必要なんだ。
        煙はその副産物。わかるかなー?

ラーライラ:火を使う理由がわからない。
       火は、凶暴で荒々しい元素。
       人を、森を焼き尽くす恐ろしい破壊者。

モルドレッド:お前は肉や野菜を生で食べるのか?
        真冬には、凍え死ぬつもりか?
        常識的に考えれば、わかるだろう。

ラーライラ:果物なら、そのままでもおいしい。
       古い老木の(うろ)は、冬でも温もりに満ちている。
       火が必要なのは、人間が冷たい石の箱の中で暮らすから。

パーシヴァル:まあ、ごもっとも。
         でも、人間だったら肉も食べたいんだよね。
         生野菜や果物もおいしいけどさ。

モルドレッド:それに木造の家は、簡単に延焼し、都市に大火災を招く。
        煉瓦建築になってから、火災による被害は大幅に減ったんだ。

ラーライラ:……変なの、人間って。

モルドレッド:変なのはお前だ、エルフ。

ラーライラ:人間。

モルドレッド:エルフだ。

パーシヴァル:あははは……
         話が噛み合わないねー。


□1d/トゥルードの森を歩く二人


モルドレッド:無礼にも程がある!
        そもそも俺は、顔を合わせたときから気に食わなかった。

パーシヴァル:初対面で「臭い」は酷いよなぁ。
         モルが怒るのもわかるよ。うんうん。

モルドレッド:俺はそんな些細な個人的事情を根に持っているんじゃない!
        あいつの人としての品位や礼儀を問題としているのだ!

パーシヴァル:肉食文化や建築物の概念もないみたいだしねぇ。
         あ、エルフでもタイガーズアイ族は、狩猟民族なんだっけな?
         同じヒト科の近似種でも、文化が異なると、こうも精神形成に差が現れるのか。

         ま、それより、あの子の生足でも見て、気分を落ち着けようよ。

モルドレッド:そんなどうでもいいものを眺めるよりも、足下に注意しろ。

パーシヴァル:うーん、太もも!
         エルフってガリガリに痩せてて、おいらは正直好みじゃないんだけど、あの子は柔らかそうでいいね!
       
モルドレッド:恐らくエルフの中では、デブなんだろうな。

パーシヴァル:エルフが痩せすぎなのさー。
         あの子だって、人間の基準だと、かなりの痩せ形だよ。

モルドレッド:胸が貧相なのは事実といえる。

パーシヴァル:ああ〜……ちょっと残念だよね。
         って、なんだかんだ言って、モルも見るところは見てるじゃん。

モルドレッド:ち、違う!
        ただの身体観察だ!
        怪しい素振りがないかという……!

パーシヴァル:ま、そういうことにしておくよ。

         そういえばあの子の髪、青だね。
         普通、エルフって緑の髪なんだけど……

(射抜くような青い視線が刺さり、前を見る二人)

ラーライラ:…………

パーシヴァル:うわ〜……あの子、すごい怒ってない?
         無表情なのが、余計におっかないよー。

モルドレッド:……地獄耳だな。
        伊達に長い耳をしてないということか。

ラーライラ:……人間って下劣。


□2/森の開けた場所、エルフの集落


ラーライラ:着いた。
      ここがムーンストーン族の集落。

モルドレッド:(ここが、か?)
        (何もない原っぱじゃないか……)

(常緑樹の木蔭から、ちらちらとこちらを窺い見る視線を感じる)

パーシヴァル:わお、おいらたち大人気だね。
         みんなの視線を独占ってヤツ?

モルドレッド:独占したはいいが、居心地の悪い視線だな。

(原っぱの向こうの森から、長身のエルフが歩いてくる)

クーサリオン:ようこそいらっしゃいました、人間のお客人。

ラーライラ:族長様。

クーサリオン:ラーライラ、ご苦労だった。
        人間の街は、どうだった?

ラーライラ:空気が汚くて、人間はみんな生気のない顔。
       人造石の覆いで、土は窒息させられて苦しそう。

      ……墓地のよう。

クーサリオン:……そうか。
        疲れたことだろう。
        お前は休んでおいで。

ラーライラ:……人間の街には、もう行かない。
       私はエルフ。
       族長様、押しつけはやめて。

(そう訴えると、ラーライラは青い髪を翻し、森へ消えていった)

クーサリオン:ふう……


□3/原っぱの中央、切り株に腰掛けたモルドレッドとパーシヴァル


パーシヴァル:白蜜花(しろみつばな)の花粉団子かあ。
         ちょっとボソボソしてるけど、結構おいしいよ、これ。

モルドレッド:果物の絞り汁に蜂蜜を混ぜたジュース。
        やや甘味が薄いが、普段飲んでいる果物ジュースと同じだな。

クーサリオン:お口にあったようで、何よりです。
        私たちエルフは、あまり食べ物を加工することをしないので。

モルドレッド:(周囲の森のあちこちから視線を感じる……)
        (監視の目は外されないか……)

クーサリオン:皆の者! 私は客人と一対一で話をしたく思う!
        皆には『森の貴人』の名に相応しい行いを望みたい!

(しばらくした後、周りの樹陰から注がれていた視線が消えていった)

クーサリオン:人間の皇子たちよ。
         非礼をお詫び申し上げる。

モルドレッド:我々人間とエルフは、友好関係にあるとは言い難い。
        族長であるクーサリオン殿を案じるのは、当然と言える。
        気になさらないでください。

クーサリオン:かつては交わることは少ないとはいえ、
        私たちの関係は隣り合う樹のように、静かで穏やかなものでした。

        ……あれは三十年前の冬だった。
        エルフと人間のあいだに、あるいさかいが起きました。

パーシヴァル:ああ、おいらも知ってるよ。
         トゥルードの森に(まき)を取りに来た木こりとエルフが争いになって、
         木こりたちが大怪我して帰ってきたって話じゃなかった?

クーサリオン:……木こりの切ろうとした木は、まだ樹齢数十年の若木だったのです。
        そしてその木の枝には、卵から孵って間もない雛のいる巣があった。

        しかし、エルフが人間を襲ったのは、紛れもない事実です。

パーシヴァル:その事件をきっかけに、人間とエルフの棲み分けを明確にすべきだって議論が起こった。
         ブリタンゲイン帝国は、森に使者を派遣して、エルフの長たちと話し合いをすることにした。

クーサリオン:……覚えています。
        要求を呑まぬのなら、人間とエルフの全面戦争も辞さないと。
        私たちは、争いを好む種族ではありません。
        それに皆が樹霊使い(ドルイド)精霊使い(シャーマン)であるエルフでも、数万の軍には勝てない。
        私たちエルフは人間の要求を呑み、トゥルードの森に境界線を敷くことに合意する他ありませんでした。

モルドレッド:…………

クーサリオン:エルフと人間の溝は、根深い問題です。
        しかし今日は、その軋轢(あつれき)を抑え、よくいらしてくださいました。

(残念そうな面持ちを和らげ、クーサリオンは微笑みを浮かべる)

モルドレッド:既にラーライラ殿から話はうかがっています。
        『ハ・デスの生き霊』ですね。

クーサリオン:はい。
        トゥルードの森には、私たちムーンストーン族の他に、
        タイガーズアイ族とオブシディアン族、三つのエルフの里があります。

        『ハ・デスの生き霊』が現れたのは、オブシディアン族の里でした。

モルドレッド:オブシディアン族……黒曜石のエルフか。
        彼らは――……

クーサリオン:人間のあいだでは、ダークエルフと呼ばれている。
         あなたたち人間は、肌が黒いことを忌む風習があるとも。

モルドレッド:いや、それは……

クーサリオン:彼らは排他的で、里に入るものに容赦ない攻撃を仕掛ける。
         浅黒い肌を忌む風習と相まって、人間に邪悪なエルフと映るのも無理はありません。

モルドレッド:族長殿。

        ……失礼を承知で言わせてもらうが、
        ダークエルフとは縁を切ることを勧めたい。
        三十年前の事件も、攻撃してきたのはダークエル……いや、オブシディアン族だ。
        貴方たちムーンストーン族まで、同類と思われては損をする。

クーサリオン:貴方の主張はもっともです。
         確かにオブシディアン族は、ダークエルフと憎まれる理由がある。

         しかし、我々エルフにとっては、共にトゥルードの森で数千年の時を過ごしてきた仲間なのです。
         私は、彼らを助けたかった……

モルドレッド:…………

クーサリオン:五日前の夜です。

        オブシディアン族の里に、アンデッドの大群が押し寄せてきました。
        アンデッドを率いていたのは、オブシディアン族と人間のハーフの少年……
        そして黒翅蝶(こくしちょう)を名乗る死霊傀儡師(ネクロマンサー)でした。

パーシヴァル:黒翅蝶――!

モルドレッド:やはりあのネクロマンサーか!

クーサリオン:オブシディアン族は、四大精霊と友誼(ゆうぎ)を結ぶ精霊使い(シャーマン)です。
         いくら大群とはいえ、ゾンビやスケルトン如きでは勝負になりません。

         アンデッドは真正面からオブシディアン族に挑まず、
         孤りで暮らすオブシディアン族を狙う策を取りました。

モルドレッド:読めたぞ。

        殺害したエルフを、アンデッドとして配下に引き入れる。
        ネクロマンサーの常套手段にして、最悪の戦術だ。

クーサリオン:私たちエルフは集団生活を送りますが、人間に比べると緩やかです。
         厳格な規則や労働がないため、皆好きなように暮らしており、
         家族といえど、数日に一度しか顔を合わせないことも珍しくありません。

         エルフの文化が、アンデッドの格好の餌食になってしまった……

パーシヴァル:ねえあのさ、族長さん。
         精霊使い(シャーマン)だったら、常に精霊を周囲に集めてるんじゃないの?

         アンデッドみたいに異様な気配が近づけば、すぐにわかると思うんだけど。

クーサリオン:……ハーフエルフの少年です。
         彼が精霊に干渉し、発見を遅らせていた。

モルドレッド:ハーフエルフで、しかも少年が?
        純血のエルフの従える精霊を離反させる程の魔法を使ったと?

パーシヴァル:ハーフエルフって、魔心臓は受け継ぐから魔力はあるんだけど、
         魔法を構築するための魔晶核が先天的に欠けて産まれてくる。
         おいらたち人間の魔導師と同じ、準魔因子持ちに分類されるね。

         ってことは、どっかから魔晶核を借りてきたってことだよね?

クーサリオン:はい、恐らくはネクロマンサーがどこからか調達してきたのでしょう。
         しかし本来、魔晶核は生まれつき備わる器官の一つ……

モルドレッド:魔晶核と魔心臓、互いの強さは相関関係にある。
        高度な呪文譜(スペル)が封入された魔晶核の持ち主は、魔力の大放出に堪えられる魔心臓を持って生まれてくる。

        ハーフエルフの少年が、純血のエルフ以上の精霊魔法を使うというのは、人体に相当の無理を掛けているはず……

パーシヴァル:よっぽど『ハ・デスの生き霊』に忠誠を誓ってたんだろうね。
         それとも、オブシディアン族に怨みがあったのかな。

         案外、ただ単純にすっごい魔法を使ってみたかったのかもね。

クーサリオン:…………

         オブシディアン族を次々と配下に引き入れたアンデッドは、
         『シャダイの泉』に向かいました。
         オブシディアン族に伝わる、聖シャダイが沐浴(もくよく)していたという泉です。

         ……エルフの使徒の泉は、紅に染まりました。
         辺りに転がるのは、斬首されたオブシディアン族の頭。
         頭を失ったエルフの死体が、泉の水面に首の断面を浸していた……

パーシヴァル:うわあ〜……凄惨だね。

モルドレッド:……何故ネクロマンサーはそんなことを?

クーサリオン:『シャダイの泉が真紅に染まるとき、清らかなる水面は冥府に通ずる境界に変ず』
         オブシディアン族の族長から聞いた伝承です。

         ……お話ししましょう。
         私たちトゥルードのエルフと、『シャダイゲート』の関係を。


□4/宵の入り、森深くにそびえ立つ神樹の前


ラーライラ:種に眠りし、緑の命。
      巻きつき、這い上る、か弱く逞しきもの。
      目覚めて、クリーパー。

(ラーライラの花冠に嵌った宝石が、青く発光)
(ラーライラの手の平に乗った種子が芽生え、蔓草の茎が伸びていく)
(大樹の枝に絡み付いた蔓草は、林檎をもぎ取って地面に落とす)

ラーライラ:林檎。

      ――おいしい。

クーサリオン:ラーライラ。

ラーライラ:族長様……!?
       むぐっ、ごほっごほっ!

クーサリオン:怒りはしない。
        皆が密かに神樹の林檎を食べていることは、知っている。

ラーライラ:そうだったの……

クーサリオン:――ラーライラ。
        最近、穀物を食べないな。

ラーライラ:……太るから。

クーサリオン:お前は太ってなどいない。

ラーライラ:太ってる。
       胸も、手も、足も……どんどん脂肪が増えてる。
       痩せないと――

クーサリオン:それで果物で我慢しているのか。

ラーライラ:そう。

クーサリオン:しかし、空腹なのだろう。

ラーライラ:……別に平気。

(ラーライラの言葉を裏切るように、小さくお腹が鳴る)
(恥ずかしさに俯くラーライラに、族長は小さな革袋を手渡す)

ラーライラ:……なに、族長様?

       ……豆?

クーサリオン:砂糖をまぶした炒り豆だ。
        人間の街へ出向いたときにもらってきた。

ラーライラ:……要らない。

クーサリオン:食べなさい。
         お前の空腹も満たされる。

ラーライラ:……要らないって言ってる。

クーサリオン:お前は成長期なのだよ、ラーライラ。
        然るべき食べ物を、然るべく取るべきだ。
        豆だけでなく、魚も……肉も食べた方がいい。

ラーライラ:肉……

クーサリオン:お前が正しく育つには、肉は必要だ。
         いつまでも穀物と葉物(はもの)だけの食事では、栄養失調に陥ってしまう。

(豆の袋を差し出すクーサリオンの手を、ラーライラの手が払い除ける)
(空中にばら撒かれる豆を浴びながら、激昂したラーライラが叫ぶ)

ラーライラ:私、これ以上太りたくない!
       私、これ以上背が高くなりたくない!
       今だって、族長様よりちょっと下くらい……

       栄養失調でいい。
       エルフらしい身体でいたいの……

クーサリオン:……ラーライラ。

ラーライラ:どうして止めてくれなかったの?
       母さんが人間と結婚するのを。
       母さん、族長様の妹でしょう!

クーサリオン:…………

ラーライラ:余計な心配しないで。
       エルフじゃないみたいに言わないで。
       私はエルフ。ムーンストーン族のエルフ。

      ……独りにして。


□5/夜、天高く伸びる神樹


パーシヴァル:トゥルードの神樹……
         絵画では見たことあるけど、実物はすっごいや。

モルドレッド:しかし、驚くべき話だった。
        ムーンストーン族、タイガーズアイ族、オブシディアン族。
        三つの部族の長は、自らの部族こそシャダイの末裔だと、子々孫々に言い伝えてきた。
        真実のシャダイゲートの場所を隠すために……

パーシヴァル:オブシディアン族はシロ。
         封印解放の伝承をやられたのに、何も起こってないからね。
         残るはムーンストーン族か、タイガーズアイ族かだけど……

モルドレッド:タイガーズアイ族は……暴かれた可能性が高いと見る。
        女エルフはともかく、この時期に族長の息子が失踪したというのは不審すぎる。

パーシヴァル:はあ〜……
        『ハ・デスの生き霊』って思ったより仕事早いんだね。
         来るかな、この神樹を狙いに。

モルドレッド:あのネクロマンサーか、他の邪教徒か。
        どちらでも構わん。
        シャダイの築いた封印を狙う外道の徒は、俺が一人残らず叩き潰す。


□6/神樹の根元に開く洞


モルドレッド:この中に、お前の言っていた水があると?
        魔力を含んだ水だとか、何だとか。

パーシヴァル:そうそう。『神樹の雫』ね。
         全身に魔力が漲って、おいらたち準魔因子持ちには、そりゃあもう効くらしいよ。

モルドレッド:魔力回復の強壮剤か。

        それにしても真っ暗だな。

パーシヴァル:そりゃ木の(うろ)だからねー。

         よっと。

(パーシヴァルの魔導杖の先から、光の球が浮かび上がる)

ラーライラ:きゃっ――

モルドレッド:女の声?

パーシヴァル:あっ、ラーライラ。

ラーライラ:……眩しすぎる。
       光、弱めて。

モルドレッド:夜目(よめ)が利き過ぎるのも面倒だな。

パーシヴァル:エルフの眼は、猫と同じ構造になってるんだ。
         瞳孔が人間より大きく広がる他に、輝板(タペタム)って層がある。
         この層のおかげで入射光と反射光の利用効率が高くて、エルフは薄明(はくめい)でも高い視力を持つんだ。
         反面、咄嗟(とっさ)に強い光を浴びると強烈なショックを――

モルドレッド:ああ、それでダークエルフどもは、松明(たいまつ)を持って森に入るだけで攻撃してくるんだな。

パーシヴァル:そうそう。
         お互いの身体の仕組みへの不理解が、衝突を生む原因になってしまうんだよね。

ラーライラ:……凄く眼が痛い。
       ……知ってるなら、理解して。

パーシヴァル:あ、ごめん。

(杖の上の光球が輝きを下げ、洞の中はぼんやりした薄暗がりになる)

パーシヴァル:おいらたち、『神樹の雫』を飲みにきたんだ。
         族長さんが飲んでもいいってさ。

         ラーライラも『神樹の雫』?

ラーライラ:私は……身体を拭いてただけ。

(簡素な麻生地の服で胸元を隠しながら、ラーライラが言う)

パーシヴァル:……あ。

モルドレッド:う――……

ラーライラ:……ジロジロ見ないで。離れて。

パーシヴァル:ご、ごめんねー。

モルドレッド:――ん?

        お前、その額……
        魔晶核はどうした?
        エルフなら誰にでも備わっているはず。

ラーライラ:…………!

パーシヴァル:あー……
         そうじゃないかと思ってたんだ。
         エルフで青い髪って、普通いないからね。

モルドレッド:どういうことだ?

パーシヴァル:あー、えっと――

ラーライラ:…………

パーシヴァル:モル。
         ハーフエルフなんだよ、この子。

モルドレッド:ああ、そうか。
        言われてみれば、俺も青い髪には引っ掛かっていたんだ。

        とすると、今まで額にあった魔晶核は魔導具か。

ラーライラ:……そう。緑の花冠(フェアリー・ディアナ)

パーシヴァル:へえー! いい魔導具だね!

ラーライラ:……頭に被る花の冠の形。
       ハーフエルフだって目立ちにくい。

パーシヴァル:う、うん。そうだね。
         ラーライラは耳も尖ってるし、髪を緑に染めてたらわからなかったよ。
         モルなんて、今までずっと気づかなかったくらいだし。

モルドレッド:……まあな。

ラーライラ:髪、染めたいけど、前に試したとき綺麗な緑にならなかったから。

       ……今度、もう一度やってみる。

パーシヴァル:ねえ、ラーライラってずっと魔導具つけてるけど、疲れない?

ラーライラ:疲れない。
       どうして? あなたは?

パーシヴァル:おいらは、アヴァロンをずっと起動してるとヘロヘロになってくるよ。

ラーライラ:……わからない。どういうこと?

パーシヴァル:おいらたち人間も、ずっと昔はエルフと同じように独力で魔法を使えたらしい。
         だけど、ある時から魔晶核を形成する遺伝子が消えちゃった。
         で、古代人の死体から魔晶核を抜き取って、魔導具に加工して魔法を使ってるんだけど。

モルドレッド:本来、自分の器官でない魔晶核に無理矢理魔力を通わせるんだ。
        いわば、他人の手足を繋げて使っているに等しい。

        古代人やエルフが自分自身の魔晶核で魔法を使う時に対し、
        他人の魔晶核を使う俺たち人間やハーフエルフは、倍以上の負荷が掛かっていると言われる。

パーシヴァル:ってわけで、ラーライラも負荷が掛かってるはずなんだ。
         魔導師はなるべく相性のいい魔晶核を探すんだけど、やっぱり他人のだからねー。

ラーライラ:……母さんの形見なの。緑の花冠(フェアリー・ディアナ)

パーシヴァル:あ、そっかー。
         それなら疲れないのも納得だよ。
         実の親子なら魔晶核の相性はバッチリだね。

ラーライラ:母さんは、私を樹霊使い(ドルイド)にしてくれた。
       母さんは、私をみんなと同じエルフに近づけてくれた。

       緑の花冠(フェアリー・ディアナ)、私が私である証。

モルドレッド:――くだらないな。

ラーライラ:……くだらない?

モルドレッド:どれだけエルフの振りをしようと、お前には人間の血が混ざっている。
        お前はハーフエルフだ。
        エルフの魔晶核を身につけたからといって、純血のエルフになれるわけじゃない。

ラーライラ:…………

       緑の花冠(フェアリー・ディアナ)はは、私の欠片。
       母さんが残してくれた、私の魔晶核。
       あなたの魔晶核なんて、古代人やエルフから奪ったもの。

モルドレッド:……何だと?

ラーライラ:事実。
       古代人の遺跡荒らし、エルフ狩り。
       全部あなたたち人間が魔晶核を奪うため。

       『ハ・デスの生き霊』と一緒よ。

モルドレッド:貴様……!

パーシヴァル:あーあー! そうそうそう!
         おいらたち、『神樹の雫』を飲みに来たんだよね。
         そうだよね、モル?

         ラーライラ、『神樹の雫』ってどこにあるのかな?
         よかったら教えてくれると、助かったり。うんたぶん凄く助かる。

モルドレッド:俺たち人間には、魔心臓だけの準魔因子持ちしか生まれてこない。
        誰もが魔因子持ちのエルフと違い、準魔因子持ちですら、何百人に一人という希少な存在だ。
        たとえ魔心臓を持って生まれてきても、魔力生成量が乏しければ、素養無しとして振るい落とされる。

        素養有りと判断されても、誰もが聖騎士や魔導師になれるわけではない。
        適合する魔晶核が見つからなければ、宙ぶらりんのまま放っておかれる。
        才能と運――過酷な競争を勝ち抜いて、ようやく聖騎士や魔導師になれるんだ。

ラーライラ:……だから何。
       あなたがそうだって言いたいの。

モルドレッド:フン――
        エルフを母親に持った、たったそれだけで何百人に一人のエリート。
        おまけに実の母親の魔晶核という、適合性抜群の魔晶核まで受け継いだ。

        エルフでない、混血のハーフエルフ――だからどうした。
        何の苦労もせず、数多くの恩恵を受けてきたお前が不幸ヅラをするな!

ラーライラ:っ……!

パーシヴァル:言い過ぎだよ、モル。
         人間には、それぞれ悩みがあるんだからさ……

ラーライラ:あなたに、何がわかるの……!
      純血の人間のあなたが、好き勝手言わないで!

モルドレッド:都合のいい奴だ。
        人間のことはわかろうともしない癖に、自分のことだけは理解して欲しいとは。

ラーライラ:人間なんか……
       人間なんか大嫌い!

(洞の外へ向かって、走り去っていくラーライラ)

パーシヴァル:あ、ラーライラ!

         はぁ〜……
         なんでああいう上から見下ろした言い方しかできないのかなぁ。
         泣いちゃってたよ、あの子。

モルドレッド:知るか。涙でも鼻水でも垂らしていればいい。

パーシヴァル:ま、そりゃあさ、ちょっとイライラするところもあるよ。

         でもさ――
         モル、少し怒りすぎのような気がしたよ。
         おいらの気づかないことで、なんか頭に来ることでもあった?

モルドレッド:…………

        あいつは、里の一員として溶け込んでいた。
        ハーフエルフでも、ハーフエルフであることを否定された経験はないだろう。
        もう十分に幸せだ。十分過ぎるほどに……

パーシヴァル:…………

         ふぅ〜。
         モルの気持ちはわかったよ。

モルドレッド:…………

パーシヴァル:明日から、ラーライラと気まずいなぁ……

モルドレッド:……すまない。

パーシヴァル:ま、いいさ。
         二週間くらいの付き合いだし何とかなるよ。
         できればラーライラと仲直りして欲しいけどね。

         それより『神樹の雫』飲みにいこうよ。

モルドレッド:なんだ、まだ探すつもりでいたのか。

パーシヴァル:当たり前だろ。それを目当てで来たんだから。

         さーて、神樹の中を探検に行こうか。
         そんな広い場所でもないけどね。



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