The 13th prince(プリンス・オブ・サーティーン)

第6話 吸血鬼の悲恋歌

★配役:♂2♀2=計4人

▼登場人物

リヴリン=タイガーズアイ♀:
狩猟生活を営むエルフの一族、タイガーズアイ族の女。
ルィンヘンとは恋人同士。

エルフは、現代では珍しい完全な魔因子を持つ種族。
魔力を生成する〈魔心臓〉のみならず、額に魔法を使うための〈魔晶核〉を有する。

ルィンヘン=タイガーズアイ♂:
狩猟生活を営むエルフの一族、タイガーズアイ族の族長の子。
エルフと人間の友好関係を築こうと模索しており、リヴリンとは気持ちのすれ違いが生じている。

各種狩猟技能の他に、光の矢を放つ【閃光の猟犬(ゲルミア)】という魔法を使う。


黒翅蝶(こくしちょう)♀:
性別不明・年齢不詳の死霊傀儡師。
『ハ・デスの生き霊』の地位は、逆十字(リバースクロス)を取り纏める主教。
色素の抜けた白髪と、赤い虹彩のアルビノ。

魔導具:???
魔導系統:【-死霊傀儡法(ネクロマンシー)-】


石棺(ひつぎ)の歌い手クドラク♂:
『ハ・デスの生き霊』の幹部、逆十字(リバースクロス)の一人。
吸血鬼(ヴァンパイア)。現代では珍しい、完全な魔因子を持つ種族。
吸血鬼の魔心臓は、宮廷魔導師に匹敵する魔力を産み出し、古代人に並ぶほど。

闇夜に流れる銀髪の美しさとは真逆に、醜貌を象った仮面兜で顔の上半分を隠す。
仮面兜の額には、冷酷さを象徴するような、氷河色の魔晶核が備わっている。

血を吸った人間を、半吸血鬼(ダンピール)に変え、自身の下僕にする。
半吸血鬼(ダンピール)に変えられるのは、異性に限られ、同性にはただの吸血行為で終わる。

魔導具:???
魔導系統:【-高貴なる夜(ローゼンブラッド)-】

※注意
・ルビの振ってある漢字は、ルビを読んでください。
・特定のルビのない漢字は、そのまま読んでください。



□0/聖マタイダム、洪水吐から轟々と流れ落ちる大瀑布

(溜め池に浮かんだ満月が、人工の滝に打ち砕かれ、月明かりを黄色く散らす)
(山奥深くのダムの夜景を、石積みの扶壁上岸に立った仮面の人影が見下ろしていた)

クドラク:聖マタイ。
     オルドネアの十三使徒の一人。

     奴が生涯を掛けて築いたゲートも、今は水の底か。

(漆黒の長外套が翻り、満月の夜空を逆さに舞う人影)
(逆さ宙返りでダムの頂上に着地した吸血鬼は、石碑の前に歩み寄る)

クドラク:マタイの築いた霊碑は、現世と冥界を繋ぐ、次元の歪みを鎮めるもの。
     歪みの特異点に奉らねば、ただの石版に過ぎぬ。

     人間とは、つくづく愚かなものだ。

(山頂に満ちた人造湖は、仄暗い闇を湛え、沈黙の眠りに沈んでいた)
(石碑の陰から、死の匂いを漂わせ、影法師が立ち上がる)

黒翅蝶:くっくっく……
     忌まわしき封印は壊され、水底に冥府の口が渦を巻く……
     路傍に追いやられた石くれこそ、使徒マタイ……
     その哀れなる末路は、愉悦と愛おしさを掻き起こす……

クドラク:使い魔――……

黒翅蝶:石棺(ひつぎ)の歌い手クドラク……
     この身は、伝令の鳩となって羽ばたいた……
     汝、過去からの復讐に染められた、下命の羽根を拾うべし……

クドラク:以前にも言ったはずだが?
     貴様の回りくどい言い回しは不快だと。

黒翅蝶:不快と……?
     くくく……はははは……

クドラク:何が可笑しい。

黒翅蝶:ならば、黒翅蝶を汝の気の召すままに染めてみせよ……
     幸いこの身は女……汝の眷属に堕とすことも適おう……

     さあ、首筋はここぞ……

クドラク:安い挑発だ。

黒翅蝶:ぐっ――

(首の断面から血飛沫を噴き上げて、首無しの死霊傀儡師が倒れ臥す)

クドラク:墓荒らしの汚れた血など、地面に吸わせるのが相応しい。

黒翅蝶:くくく……

クドラク:――さすがに首を刎ねた程度では死なぬか。

黒翅蝶:汝が望むならば、好きなようにこの身を散らすがよい……
     けれども翅を毟られた蝶は、無慈悲な子供に問い掛けたい……
     地面に咲いた我が血の花は、汝の目を楽しませたか……

クドラク:生首がよく喋る。


     ――用件を話せ。

黒翅蝶:トゥルードの森にシャダイのゲート在り……
     エルフの使徒の血を引く、末裔(まつえい)の石は三つ……
     月長石(げっちょうせき)虎目石(とらめいし)黒曜石(こくようせき)……
     偽りの石をより分け、真実の石を探すべし……

クドラク:フン。
     使い魔、貴様はどの石を調べる。

黒翅蝶:黒き翅の蝶は、黒く輝く石に魅せられる……
     既に手中に、一つの石の欠片を収めたり……

クドラク:ならば、俺は虎目石を洗うとしよう。

黒翅蝶:石棺(ひつぎ)の歌い手……
    汝の艶めく黒は、夜空の闇に溶け込むか……

クドラク:貴様の死臭には、反吐が出る。
     俺と語らう所存(つもり)なら、その悪臭をどうにかしてこい。

(ダムの頂上から、吸血鬼の痩躯が舞い、流れ落ちる滝に並んで落下)
(滝壺に沈むかと思われる途中、漆黒の長外套が張られ、空気を掴んで浮遊滑空)
(瀑布の撒き散らす水飛沫に濡れながら、大蝙蝠に化けた吸血鬼が、夜の山岳を飛んでいく)

黒翅蝶:くくく……
     石棺(ひつぎ)の歌い手クドラク……
     汝の唇から紡がれるは、愛に堕ちた女の哀歌……
     凌辱の牙で、犯し、壊し、破滅を奏でよ……
     悲劇の開幕に、黒翅蝶は欣悦(きんえつ)の空を舞おう……


□1/丘の祭壇、石造りの壇上に眠る銀色狼の亡骸


ルィンヘン:銀狼ブランカ――
       安らかに眠りたまえ。

リヴリン:……ルィンヘン。

ルィンヘン:――リヴリン、言わないでくれよ。

リヴリン:どうしてブランカを狩ったの!?
      狼はあたしたちと同じ、森の狩人!
      古くからの友達じゃない!

ルィンヘン:でも、人間にとっては害獣だ。

リヴリン:害、獣……!?

ルィンヘン:聞いてよ、リヴリン。

       人間は驚くほどの勢いで人口を増している。
       トゥルードの森に、本格的な開発の手が入る日も、そう遠くないだろう。

リヴリン:……だからルィンヘンは、人間との友好を?

ルィンヘン:そうだよ。
      
       ムーンストーン族は人間に無関心だし、オブシディアン族に至っては人間と敵対してしまっている。
       僕たちタイガーズアイ族だけは、人間と共存共栄していかなければならない。

リヴリン:わからない!
     わからないよ、ルィンヘン!

     人間のために、森の仲間を裏切るっていうの!?

ルィンヘン:…………

       行こう、リヴリン。
       ハゲタカがブランカの魂を空に葬ってくれる。

リヴリン:……あたし、ここにいる。

ルィンヘン:じゃあ……
       僕は人間の村長と懇談会(こんだんかい)があるから。

リヴリン:…………

     ルィンヘン……


□2/五年前〜森の湖、水浴びをするリヴリン〜


(静かな湖面を揺らし、水中から現れ出るエルフの裸体)

リヴリン:ぷはーっ。
     水が冷たくて気持ちいい。

ルィンヘン:リヴリン、鹿の肉が焼けたよ。

リヴリン:あっ、今いく!

(引き締まった裸身に水滴を垂らしながら、湖畔に上がるリヴリン)
(焚き火に薪を焼べていたルィンヘンが微笑みながら出迎える)

ルィンヘン:リヴリン。

リヴリン:ん?

ルィンヘン:改めて思うけど、君の手足は綺麗だね。
       春に跳ねる子鹿のような、生き生きとした手足だ。

リヴリン:改めて、って何よ。
      あたしはタイガーズアイ族の牝鹿リヴリンよ。
      当然じゃない。

ルィンヘン:ははは。
       タイガーズアイ族らしいよ。

       ……人間の女の子は、もう少し照れや恥じらいがあったんだけど。

リヴリン:ねえ、ルィンヘン。
      そうやって褒めてくれたの、すごく久々な気がするんだけど?

ルィンヘン:そうかな?
       わざわざ言うまでもないと思って。

リヴリン:最近ずっと聞いてなかった。
      もっとちゃんと褒めてよね。

ルィンヘン:僕の子鹿ちゃんは、賛美の矢が刺さっても平気でいるからな。
       どうすれば、倒れてくれるんだろう?

リヴリン:もう捕まえる気でいるの?
     追い駆けっこは、まだこれからよ。

ルィンヘン:やれやれ、手強い獲物だ。

リヴリン:諦めちゃうの、ルィンヘン?

ルィンヘン:いや、僕の矢で射抜いてみせる。

リヴリン:ふふっ。
      一生捕まってあげないからね、狩人さん。


□3/丘の祭壇、壇上に群がるハゲタカの群れ


リヴリン:ルィンヘン……
      一生あたしを追い掛けてくれるって言ったのに。

      あたし、知ってるんだから。
      ルィンヘン、村長の娘と結婚するんでしょう。
      タイガーズアイ族と、人間の友好のために……

      嘘つき――

(ふいに、銀色狼の死体をついばむハゲタカの鳴き声が止んだ)
(空の葬り手たちは、怯えたように狼の葬礼を取り止めて逃げ去っていく)

リヴリン:何が起こったの……


      ぐっ……!?

(リヴリンの周辺を、黒い薄靄が取り巻いていた)
(這い回る怖気に冷たい悪寒。全身を握り潰されるような圧迫感)

クドラク:石棺(ひつぎ)の歌い手、此処に参上――

リヴリン:霧が人の形に……!?
      ルィンヘン、助け……

クドラク:黙れ。

(実体化した手が、リヴリンの口を塞ぐ)

リヴリン:むぐぅ……!
     むぐぅぅぅ……!

クドラク:虎目石のエルフ。
     お前を凌辱(おか)す。
     血塗りの呪縛に囚われろ。

     ――さあ、血を流せ。

リヴリン:ひあっ、嫌……


     きゃあああああああっ――!


(恐怖と断末魔の痙攣を残し、吸血鬼の胸で事切れるリヴリン)
(蒼白になったエルフを抱き留める吸血鬼は、低く囁く)

クドラク:――いつまで寝ているつもりだ。

リヴリン:う――あ……

クドラク:起きろ、半吸血鬼(ダンピール)

リヴリン:……はい。

クドラク:救世主オルドネアの使徒シャダイ――
     タイガーズアイ族に伝わる、使徒シャダイの伝承を述べろ。

リヴリン:はい……
     我らの祖先シャダイは、優れた狩人でした……
     飢えたオルドネアに乾肉と山羊の乳を施し、弟子になったと伝えられています……

クドラク:フン。
     使徒シャダイは、ムーンストーン族では樹霊使い(ドルイド)、オブシディアン族では精霊使い(シャーマン)だと言う。
     いずれの部族も、己の部族からシャダイが出たと主張している。

     続きを話せ。

リヴリン:はい……
     狩人シャダイは大悪魔(ダイモーン)を封印した後、故郷のトゥルードの森へ帰ってきました……
     そして、今までに狩った獲物の魂を慰めるために、丘の上に祭壇を築いたのです……

クドラク:――この祭壇がシャダイゲートか。
     シャダイゲートの封印を解く術は?

リヴリン:申し訳ありません……
      あたしにはわかりません……

クドラク:そう上手く事は運ばぬか。
      半吸血鬼(ダンピール)、お前に働いてもらうぞ。
      シャダイの封印を暴き立てろ。

リヴリン:はい……

(吸血鬼の実体が崩れ、黒い薄靄と化していく)
(夕暮れの明かりに照らされ、正気に返るリヴリン)

リヴリン:あれ……あたし、何してたんだっけ……
      嘘っ!? もう夕日が出てる……

      ……っ、目眩がする。
      早く帰って休もう……


□4/角灯の燃える、石造りの廊下


黒翅蝶:月は七つ齢を取り、朝日は七度傲慢に昇る……
     七つの日は過去に流れ去った……
    
クドラク:――何の用だ、使い魔。

黒翅蝶:残酷なる蜘蛛の巣に足掻く虫は如何に……?

クドラク:十人。
     全員に半吸血鬼(ダンピール)の歯形≠刻んできた。
     伝承を解き明かす手掛かりが掴めれば、俺に思念波が届く。

(醜貌仮面の奥の目が動き、死霊傀儡師の傍らにいるエルフに目を向ける)

クドラク:浅黒い肌のエルフ……
     オブシディアン族か。

黒翅蝶:そう……
     黒曜石を名乗るエルフの子……
     人間とエルフの混血児……

クドラク:…………

黒翅蝶:人間からはダークエルフと迫害され、
     オブシディアン族からは下等な血の混じり子と蔑まれる……

     哀れな子……
     この身は、汝の痛みと孤独を知り、汝に寄り添う蝶……
     汝の心が流す血で、蝶の触角を濡らし、涙を教えよ……

クドラク:フン――虫酸が走る戯れ言だ。

黒翅蝶:何処へ往く……?

クドラク:虎目石のパズルが解けた。
     このくだらん茶番を終わらせる。

(石壁に背を預けていた吸血鬼は、背外套を翻し去っていく)

黒翅蝶:黒き蝶も飛び立つ時……
     黒曜石の欠片を、封印の鍵穴に差し込もう……
     混血の子……汝と共に復讐の扉を開かん……


□5/トゥルードの森、薄暗い深奥部


ルィンヘン:リヴリン!

リヴリン:……ルィンヘン?

     ……何?

ルィンヘン:どうしたんだよ。
      もう何週間も、森の奥に篭りっぱなしで。

リヴリン:明るいところに行くと、気分が悪くなるのよ……
     暗い場所のが落ち着くの。

ルィンヘン:…………

       顔色が真っ青だ。
       ムーンストーン族の薬師に診てもらった方がいい。

リヴリン:貴方には関係ないじゃない。

      ――帰ってよ。

ルィンヘン:…………

       君が心配なんだよ。

リヴリン:ふ〜ん?
     人間の女と結ばれる族長の息子が、どうしてあたしなんかを?

ルィンヘン:知っていたのか……

リヴリン:知らないとでも思ってた?
      ウサギみたいに大人しい娘なんだってね。
      よかったわね、狩人さん。

ルィンヘン:待ってくれ、リヴリン!

リヴリン:放してよ――!

ルィンヘン:婚礼の話は断った。

リヴリン:――――!?

ルィンヘン:この前の懇談会のときに、断ってきたんだ。
       友好のために、互いの想いを犠牲にすることは無意味だと。

       僕には、愛するエルフの恋人がいると――!

(リヴリンの手を引き寄せ、抱き締めるルィンヘン)

ルィンヘン:リヴリン、君を射止めたい。
       野を跳ねる牝鹿には、狩人の妻は嫌かい。

リヴリン:ルィンヘン……

     ……バカ。

ルィンヘン:えっ?

リヴリン:何であたしに言わせようとするの?
      力尽くでモノにしてよ。狩人でしょ。

ルィンヘン:え……
       それってつまり――

リヴリン:自分で考えて、バカ。

リヴリン:(ああ、とっても幸せ)
     (もっとこの温もりを感じたい)

     (ルィンヘンの温もりを飲み干して、一つになれたら)
     (この邪魔な皮膚さえなければ、身も心も一つに溶け合えるのに……)
     (朱くて、甘い、イノチノミズ……)

リヴリン:いやっ!

ルィンヘン:リヴ、リン――?

リヴリン:ルィンヘン……
      あたし、何を……

      ごめんなさい!

(自分自身に怯え、森の奥へ走り去っていくリヴリン)

ルィンヘン:リヴリン……

       リヴリン――!


□6/森を走るリヴリン


リヴリン:(あたし、何を考えてたの――!?)
     (ルィンヘンの首筋から噴き出す血……)
     (そんなの吸血鬼みたいじゃない……!)

リヴリン:吸血鬼……?

(そう呟いた後、おそるおそる自分の首筋に触れるリヴリン)
(震える指先に触れたのは、小さな二つの傷痕だった)

リヴリン:嘘……? 牙の痕……?
      あたし、何で……
      でも、ううっ、頭が痛い……

(夕暮れ時の丘の祭壇の記憶がフラッシュバック)

リヴリン:思い出した……!
      あたし、吸血鬼に襲われて、血を吸われて……

(樹上から落ち葉を散らし、漆黒の人影が降りてくる)

クドラク:記憶の封印が解けたか。
     血の呪縛が甘かったと見える。

リヴリン:その仮面……漆黒のマント……

クドラク:来い、半吸血鬼(ダンピール)
     切れた繰糸(くりいと)を結び直す。

(醜貌仮面の額から突き出た魔晶核が発動)
(魔晶核の漆黒の明滅に合わせ、リヴリンの瞳孔が収縮と拡散を繰り返す)

リヴリン:身体が……勝手に……!

クドラク:今次(こんじ)奪うのは、血だけでは済まさぬ。
     血染めの(しとね)に堕ちろ。
     お前の心を、俺色に朱く穢す。

リヴリン:いや……
     ルィンヘン……!

     ああっ。
     ああああっ……!

クドラク:……半吸血鬼(ダンピール)

リヴリン:はい……

ルィンヘンの声:リヴリン!
         どこにいるんだ!
         待ってくれ!

クドラク:説明は要らぬな。
     走れ――

リヴリン:はい、ご主人様――

(森の奥を目指し、リヴリンは走り去っていく)

クドラク:今宵の悲劇の主演はお前だ。
     歌え。
     せめて美しく――


□7/宵闇の落ちた丘の祭壇


ルィンヘン:はあ……はあ……はあ……

       リヴリン!

リヴリン:あら、ルィンヘン。

ルィンヘン:リヴリン……

       どうしたんだ、急に走り出して……

リヴリン:ねえ、ルィンヘン。

      丘の祭壇には伝承があるでしょう。
      使徒シャダイが、森の奥に祭壇を築いた理由が。

ルィンヘン:ああ……
       狩人だったシャダイが獲物を供養するための祭壇……

       何故そんなことを唐突に?

リヴリン:違うわ。
      それは表向きの言い伝えでしょ。
      本当の理由は違うんじゃない?

      冥府に繋がる、次元の歪みを鎮めるためとか――

ルィンヘン:――!?

       どうして君がその話を!?

リヴリン:どうだっていいじゃない。

      ねえ、真実の伝承は、タイガーズアイ族の族長――
      貴方の家系に、代々伝わってるんでしょう。

      あたしにも、それを教えて。

ルィンヘン:それは……ダメだ。

リヴリン:どうしてよ。
      貴方はタイガーズアイ族の次の族長。
      そして、あたしは族長の妻になるのよ。

ルィンヘン:シャダイゲートの伝承は、代々男子にしか教えられない。
       他の誰にも教えてはいけない、そういう決まりになっているんだ。
       僕の母も、姉もシャダイゲートについては、何も知らない。

リヴリン:そう、信用してくれないんだ。

ルィンヘン:違う。
       信用するしないの話じゃなく――

リヴリン:ルィンヘンのお母様にも、お姉様にも言えなかった秘密を、あたしにだけ教えてくれる。
      そしたらあたし、ルィンヘンのこと信じるわ。
      ずっと、永遠に。

ルィンヘン:……リヴリン。
       君は、少しおかしいよ……

リヴリン:おかしくさせたのは、貴方じゃない。

      あたし、他に言い寄られてるエルフがいるの。
      オロドレス=オブシディアン。

ルィンヘン:オブシディアン族のエルフ……!?

リヴリン:貴方が追い掛けてくれるのを、ずっと待ってるだけだと思ってた?
      自惚れないでよ。牝鹿を狙う狩人は、他にもいるのよ。

      しばらく狩りの競い合いから離れてたから、忘れちゃったの?

ルィンヘン:…………

       現世と冥界を繋ぐ次元の歪み。
       異次元に繋がる特異点を封じ込めるためには、大掛かりな魔導儀式を行わなければならない。
       封印のための図形、冥府から吹き込む瘴気に堪える石材……
       先人たちの苦労の末、次元の穴を塞ぐ儀式の祭壇は築かれた。

       しかし、祭壇を稼働させ続けるには、魔心臓と魔晶核が必要だった。
       つまり……生贄が必要だったんだ。


□7b/中天に月が上り、星々の輝きが灯り、夜は深まっていく


ルィンヘン:……これが僕の知っている、シャダイ伝説の真実だ。

リヴリン:そうだったの――……

ルィンヘン:これで……満足かい、リヴリン。

リヴリン:ええ、ありがとうルィンヘン。


     ――これでクドラク様に報告ができるわ。

ルィンヘン:ク、ドラク……?

リヴリン:ねえ、ルィンヘン。知ってた?
     あたし、とっくの昔に狩られてたのよ。

(蒼醒めた月光が、リヴリンの首筋の噛み痕を照らす)

ルィンヘン:そ、それは……吸血鬼の歯形……!
       リヴリン、君は……

リヴリン:あっはははははっ!
     あたしは、身も心もクドラク様のもの。
     
     数千年の伝承を貢いでくれてありがとう。
     愛してたわ、マヌケな狩人さん。

(リヴリンの肩甲骨が膨れ、瘤状になった皮膚が破裂する)
(朱く濡れた蝙蝠の飛膜が生え、滴る鮮血を振るい落とす)

ルィンヘン:蝙蝠の、翼……!?

リヴリン:そう、これが半吸血鬼(ダンピール)の力。
      クドラク様から授かった、新しい姿よ。

(吸血鬼の犬歯を覗かせて笑うリヴリンが、飛膜の翼を打ち振るって浮かび上がる)

リヴリン:もう貴方は、用済みよ。
      じゃあね、ルィンヘン。

ルィンヘン:ま、待てリヴリン!
       君を逃がすわけにはいかない!

リヴリン:あっははははは!
     撃ち落とせるなら、撃ち落としてみれば?
     貴方みたいな鈍臭い狩人に、当てられるわけないけど。

ルィンヘン:くっ――……

リヴリン:あぁ……
     シャダイゲートの封印がもうすぐ解放される。

     ご褒美に、クドラク様に、たっぷり血を吸っていただくわ。
     皮膚を破られて、身体中を流れる血の一滴まで、あの御方に捧げるの――

ルィンヘン:リヴリィィィン!!!

(魔晶核の光に呼応し、引き絞られた弦に、光の矢がつがえられる)
(激情に駆られる光矢が射掛けられ、嘲笑を振り撒く半吸血鬼(ダンピール)を貫く)

リヴリン:ぐはっ――……

(黒い血塊を吐き、半吸血鬼(ダンピール)は錐揉み回転しながら墜落)
(撃ち落とされた半吸血鬼(ダンピール)の身体が、地上に激突して跳ねる)
(奇しくも墜ちた先は、銀色狼ブランカの眠る祭壇の上だった)

ルィンヘン:リヴリン……

リヴリン:ルィン、ヘン……?

ルィンヘン:リヴリン……!?
       しっかりしろリヴリン!

リヴリン:ああ……
     ルィンヘン……

     あたし、あたしね……
     貴方の矢に射止められて幸せよ……
     あたしの心臓を真っ直ぐに……

ルィンヘン:エルフの魔心臓なら、大丈夫だ。
       急いで医者を呼ぶ。まだ間に合う!
       タイガーズアイ族から、ムーンストーン族から、オブシディアン族から、人間たちから……

リヴリン:ルィンヘン……
     吸血鬼から、あたしを奪い返してくれた……
     これで、貴方のモノになれる……

ルィンヘン:やめてくれ!
       君はいつだって僕を翻弄する、自由な牝鹿だ!

       必ず君を助けてみせる!
       だから、だから……

リヴリン:ごめんね……

      大好きよ……
      あたしの、狩人さん……

ルィンヘン:リヴリン!
       死なないでくれ!

       リヴリン!
       リヴリン……!

ルィンヘン:僕は……彼女を撃ってしまった……
       取り返しのつかないことを……僕は……

       リヴリン……リヴリンっ……


□8/真夜中の丘の祭壇


(愛するエルフの骸を抱いて、俯くルィンヘン)
(背後の森の暗闇に、漆黒が浮かび上がり、人形(ひとがた)となって抜け出てきた)

クドラク:丘の祭壇の生贄――
     封印の儀式を完遂するための生贄――

     使徒シャダイは、自らが生贄になろうと決めていた。
     しかし儀式の日の朝――シャダイは祭壇に生き埋めになった恋人の姿を発見する。
     シャダイの恋人フィンドゥリルは、シャダイの身代わりとなり、進んで生贄になっていた。
     恋人フィンドゥリルの遺言を聞き、シャダイは涙する。

     祭壇の上にシャダイの涙が落ちた時、封印魔法が発動した。
     
ルィンヘン:――……!?
      誰だ――!?

クドラク:タイガーズアイ族に伝わる、シャダイゲートの伝説。
     使徒シャダイの血を引く直系の子孫が、祭壇に哀しみの涙を落とす。
     これがシャダイゲートの解放儀式……そうだな?

ルィンヘン:お前は――……
       お前がリヴリンを吸血鬼に変えた黒幕か!

クドラク:石棺(ひつぎ)の歌い手クドラク。
     『ハ・デスの生き霊』が幹部、逆十字(リバースクロス)の一柱。

ルィンヘン:『ハ・デスの生き霊』だと……?
       人間たちのあいだで騒ぎになっている、死体盗掘事件の首謀者……

       貴様……何が目的でシャダイゲートを狙う!?

クドラク:さてな。
     使い魔の思惑など、俺の知ったことではない。

     次代の族長、貴様は底抜けの愚か者だな。

ルィンヘン:何だと――!?

クドラク:数千年もの間、秘されてきたシャダイの伝説を容易く喋り、
     女の亡骸を抱いて祭壇で涙を流す――即ち、封印解放の儀式を行った。

     女一人に動揺し、白痴に成り下がる貴様に、エルフ一族の長は勤まらぬ。

ルィンヘン:……貴様に言われるまでもない。
       僕の迂闊(うかつ)さは、今此処で償う――

クドラク:フッ――
     過ちの足跡を消すことは叶わぬ。
     未来は、過去に復讐される。
     必ず――……

ルィンヘン:……吸血鬼が、僕たちを引き裂いた化け物が、知った風なことを言うな!

(エルフの額の魔晶核が発光し、ありったけの魔力を込めた光矢が形成される)
(特大光矢が猛々しく光を散らし、唇を嗤笑に歪める吸血鬼を睨む)

クドラク:魔力の矢か。

ルィンヘン:吸血鬼は、霧に化す異能を持つと聞く。
       しかし、魔力の矢なら逃れられないだろう。

       狩人たる僕の矢……
       ゲルミアで、貴様を撃つ――

(両手に引き絞られた光の矢が解き放たれ、空中で夥しく分裂)
(視界を埋め尽くす、無数の光り輝く死針の群れとなって殺到)

クドラク:光の矢が分裂を――
     十、二十……ざっと百はある。

ルィンヘン:ゲルミア!
       閃光の猟犬となりて、魔を追い立てろ!
       消えろ、吸血鬼!

クドラク:掻き鳴らせ、女神の指先よ。

     血に濡れた恋歌(こいうた)を――
     使徒のエルフの謀略(たくらみ)を――
     愛と伝承の破滅(ほろび)を――

ルィンヘン:竪琴……!?
       あれだけの光の矢を、掻き消しただと……!?

クドラク:女神の振る舞いは、理性の奴隷である男を惑わす。
     お前の歌声は、女神を射止める前に撃ち落とされたのだ。

     奏でてやろう。お前の葬送歌(レクイエム)を――
     一度きりになる。その耳で聴き、死ね。

ルィンヘン:がはあっ――……

(手足を奇妙に折り曲げ、踊る道化のように倒れるルィンヘン)

ルィンヘン:あああ…………

       僕は……アンデッドに、エルフの秘密を……
       何の償いも、出来なかった……

       シャダイゲートだけは……
       シャダイゲートだけは解放させては……

(地面を踏んで近づく靴先に、ルィンヘンは弱々しい眼差しを向ける)

ルィンヘン:何故貴様は、シャダイゲートを狙う……
       ゲートが破壊されれば、冥府から悪魔どもが押し寄せてくるぞ……
       この世界が冥府に侵略されてしまう……

クドラク:明日よりも今日を守る。
      喩え破滅を招くとしても――

ルィンヘン:…………

       吸血鬼……
       お、お前を殺し……

(力無く振り上げた右手に、光の矢が握られる)
(夜空を向いた矢の先が振り下ろされるが、吸血鬼は焦りもせず爪先を引く)
(祭壇の床を無意味に貫いた光矢はすぐに霞み、ルィンヘンの命と一緒に霧散していった)

クドラク:幕引きは終わった。
     虎目石のエルフたちが守っていた伝承は、はたして真実か偽りか。

     冥府の門よ、開くか。


□9/朝日の昇る、丘の祭壇


クドラク:一夜が明ける――
     くっ……眩しい……

黒翅蝶:石棺(ひつぎ)の歌い手……
     此方へ来てはどうか……

(森に残る昨宵の陰に、死霊傀儡師が現れていた)

クドラク:……今朝の貴様は、一段と死臭が酷い。
     それ以上俺に近づけば、粉微塵に撃ち砕く。

黒翅蝶:悲しき言葉……
     この身は、汝の鉄錆びた臭いを好むというのに……
     黒き蝶は、血の臭いを漂わす汝を、遠巻きに飛び回ろう……

クドラク:――オブシディアン族はどうだった。

黒翅蝶:黒曜石の伝承は、無価値なる砂利に砕け散った……
     汝の選び取った虎目石もまた、真実の原石に遠く……

クドラク:……互いに外れを引いたか。

     しかし、エルフの先祖も周到なことだ。
     三つの部族に、己の部族こそ正当なシャダイの子孫だと伝えたのだ。
     結果としては、奴らの目論見は大成功だったと言えるな。

黒翅蝶:忌々しき浅知恵……
     されど冥府の道を塞ぐ重石(おもし)は、月長石と定まった……

クドラク:ムーンストーン族を攻めるなら貴様がやれ。
     俺は帰らせてもらう。

黒翅蝶:石棺(ひつぎ)の歌い手に、日射しの下で働かせる真似はしない……
     月長石を噛み砕くは、太古より蘇りし牙……
     汝は日射しを避ける棺の寝台に休むがいい……

クドラク:…………

(漆黒の背外套で顔を庇いつつ、吸血鬼は丘の祭壇へ歩いていく)

黒翅蝶:汝、何故日射しに身を晒す……?

クドラク:半吸血鬼(ダンピール)――
     朝の日射しに堪えられず、灰に還る宿命(さだめ)
     亡き骸は風に散り、空に消えゆく……

(朝のそよ風に攫われ、半吸血鬼(ダンピール)リヴリンの死体は、灰と塵になって散っていく)
(失われていく恋人を留めようとするかのように、ルィンヘンの死体がリヴリンの死体に覆い被さっていた)

クドラク:貴様が命を賭して守った伝承は、シャダイの仕組んだ虚構……
     狩人よ、貴様は犬死にだったな。

(吸血鬼の見下ろす先で、ルィンヘンの死体が炎に包まれる)
(火炎魔法に火葬されるエルフに、吸血鬼は背を向けて立ち去っていく)

クドラク:(はなむけ)だ。
     死者へ恋歌(こいうた)(かな)でよう。
     燃えて灰になり、恋人の亡き骸を追い掛けろ。
     そして風に融けて、空に交わってゆけ。
     
     二人で、永遠に――


□10/トゥルードの森の上空を巡る風


リヴリンの声:やっと追い掛けてきてくれたの、ルィンヘン。

ルィンヘンの声:リヴリン、待っていてくれたんだね。

リヴリンの声:もう少しで置いていっちゃうところだったわ。
        さ、行きましょう。風が呼んでる――

ルィンヘン:そうだね、行こう。
       僕たちだけの、誰もいない空へ――



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