The 13th prince(プリンス・オブ・サーティーン)

第3話 真夜中の大聖堂

★配役:♂3=計3人

▼登場人物

モルドレッド=ブラックモア♂:

十六歳の聖騎士。
ブリタンゲイン五十四世の十三番目の子。
オルドネア聖教の枢機卿に「十三番目の騎士は王国に厄災をもたらす」と告げられた。
皇帝の子ながら、ただ一人『円卓の騎士』に叙されていない。

魔導具:【-救世十字架(ロンギヌス)-】

ランスロット=ブリタンゲイン♂
三十四歳の聖騎士。『黄金の龍』の異名を持つ。
ブリタンゲイン五十四世の二番目の子。
『円卓の騎士』の一人で、ブリタンゲイン海軍元帥。
またオルドネア聖教の聖騎士団団長も兼任している。

現皇帝の正妻アルテミシア皇后の子。
皇位継承権は二番目だが、正妻の子ということでランスロットを推す声も高い。

ゲオルギウス枢機卿♂
七十三歳。オルドネア聖教の枢機卿。
「十三番目の子は、帝国に災いをもたらすだろう」
十六年前に、そう予言した。


※注意
・ルビの振ってある漢字は、ルビを読んでください。
・特定のルビのない漢字は、そのまま読んでください。


モルドレッドN:ジュダの裏切りによって十字架に架けられ、己の命と引き換えに地上の罪を贖ったオルドネア。
         第一の使徒だったペテロは、彼の死を嘆き、誰よりも深く悲しんだという。
         使徒ペテロは、救いの御子の為した行いを後世に伝えることに、残る人生を費やした。
         オルドネアの御言葉を記した聖書は、ペテロの編纂によるものだ。
         使徒ペテロがいなければ、オルドネアの名は、歴史書の一名詞に埋もれてしまったかもしれない。
         サン・ペテロ大聖堂は、そんな使徒ペテロの偉業を讃えて建てられた大教会なのだ。


□1/夜更けの礼拝堂内


モルドレッド:……誰もいないか。
       当然といえば、当然だな。

(宣教台の背後に立つ十字架に掛けられた御子像を見上げるモルドレッド)

モルドレッド:……あれからもう一年か。

(銀製燭台の灯火に浮かぶモルドレッドは、静かに瞑目した)


□2/一年前〜聖騎士叙勲式〜


(礼拝堂内に充満する人気と熱気。出席者の信徒と騎士で埋め尽くされた長椅子)
(宣教台に立つゲオルギウス枢機卿の前に、若い聖騎士の姿があった)

ゲオルギウス:モルドレッド=ブラックモア。
        そなたは、辛く険しい試練の道を乗り越えて、神の御前に立つことを許された。
        さあ、神の御子オルドネアに、誓いを述べなさい。

モルドレッド:地上から悪を駆逐した、神の御子オルドネアよ。
        願わくば、その御名を崇めさせたまえ。
        願わくば、私の宣誓を聞き届けたまえ。

        我が心は、祖国ブリタンゲインに尽くし。
        我が剣は、弱き人々を守る武器となりて。
        我が生涯は――オルドネア、御身に捧ぐ。

ゲオルギウス:おお、オルドネアよ!
         今此処に、神の御心を担う騎士が誕生しました!
         聖騎士モルドレッドに御加護と祝福を!

(礼拝堂内は、喝采と拍手で響動めく)
(しかしどこか白々しく、囁き交わす人々の姿も見受けられた)

ランスロット:おめでとう、モルドレッド。
        これでお前も今日から聖騎士の一員だ。

(宣教台の後ろから、拍手しながら進み出てくるランスロット)

モルドレッド:ありがとうございます、兄上。
        私も兄上と同じ、名誉ある聖騎士の一人。
        高潔の花飾りを胸に、身を粉にして働く所存です。

ランスロット:はは、頼もしい。

(微笑みを浮かべてモルドレッドの肩に手を置くランスロット)
(突如ランスロットの顔が引き締まり、落ち着いた声音で言う)

ランスロット:モルドレッド=ブラックモア。
        晴れて貴公は、まことの聖騎士となった。
        聖騎士団団長ランスロット=ブリタンゲインは、
        貴公に正義を代行せし、オルドネアの遺志を与える。

モルドレッド:こ、これは――聖槍ロンギヌス!
        何故俺などに、こんな大事なものを――!?

ランスロット:三ヶ月前、俺はブリタンゲイン海軍元帥に任命された。
        今までのように、一人の聖騎士として聖務に専心することは難しい。
        聖騎士団長の身分も、形だけのものとなっていくだろう。
        これからは、俺の代わりにお前がこのロンギヌスを振るい、
        このヨーロピア大陸に、正義と平和をもたらしてくれ。

モルドレッド:あ、兄上……

        ……承知いたしました。
        モルドレッド=ブラックモア!
        聖騎士団団長に代わり、聖槍ロンギヌスの担い手となることを此処に誓います!

(サン・ペテロ大聖堂は、沸き返る大歓声に包まれた)
(兄より授かりし聖槍を掲げるモルドレッド)
(群衆は熱狂した――美しい兄弟愛と聖槍の担い手の交代劇)
(同時に不安げな顔もちらほら。その中の一人にゲオルギウス枢機卿もあった)

□3/サン・ペテロ礼拝堂

モルドレッド:オルドネアよ――

        俺は一年前に誓った通りの聖騎士には、ほど遠い。
        ただ小間使いとして、各地を走り回っているだけだ。

        もっと大きな任務を、もっと大きな成果を。
        誰もに認められるぐらいの、名誉が欲しい……!

(礼拝堂の大扉が軋み、開く)
(無人の礼拝堂に、外の明かりと人影が差し込む)

ランスロット:夜更けの礼拝堂に何のご用かな。
        熱心な信者殿?

モルドレッド:あ、兄上――!?

ランスロット:今晩は、モルドレッド。

        カーディフの件、聞いたぞ。
        墓荒らしのネクロマンサーを退けたそうだな。
        お手柄だったじゃないか。

モルドレッド:いえ、そんな……
        申し訳ありません、兄上。
        ネクロマンサーを捕らえるのに失敗してしまいました。

ランスロット:相手は、高位のネクロマンサーだ。
        街を守りきったことだけでも、誇っていい。

モルドレッド:…………
        私がネクロマンサーを捕らえていれば、事件は速やかに解決に向かったでしょう。
        私の未熟さが、事件解決を遅らせることに繋がった……

ランスロット:…………

        ああ、そうだ。
        出張後の休暇の件なのだが。

モルドレッド:はっ。
        私も休暇を返上し、捜索隊に参加する所存です。
        兄上の元にも、申請書が届いているかと思うのですが。

ランスロット:その件なのだがな――

        お前には別の頼み事をしたいんだ。
        ウルフスタイン伯爵を知っているか?

モルドレッド:ええ、貴族院の議員殿ですよね。
        政教問題に造詣(ぞうけい)が深い、人士(じんし)だと聞いております。

ランスロット:そのウルフスタイン伯爵のご令嬢、カテリーナ嬢のことだ。
        彼女は今年十五歳になられ、神学を専攻しておられる、教養高い淑女だ。
        そのカテリーナ嬢が、お前に関心を寄せておられる。

モルドレッド:はあ。

ランスロット:来週の日曜日に、ウルフスタイン邸で茶会が開かれるんだ。
        どうだろう、一つお前も参加してみないか。

モルドレッド:兄上は私にネクロマンサーの捜索よりも、
        伯爵令嬢との見合いを優先しろとおっしゃるのですか?

ランスロット:見合いなどと、そう身構えるな。
        うら若きレディーと会話を楽しみに行く。
        それでいいんだ。

        カテリーナ嬢は、なんと金髪(ブロンド)の美女だ。
        ブリタンゲインでも、金髪(ブロンド)の婦人はそうはいないぞ。

モルドレッド:……せっかくですが、私はネクロマンサー捜索の任を優先したく思います。
        カテリーナ嬢には、丁重にお断りの意を伝えてください。

ランスロット:俺の経験から言っても、滅多にないチャンスだと思うんだがな。
        彼女は神学にも通じていて、お前とも話が合うだろう。
        恋仲にならずとも、よい知己を得る機会になると思うぞ。

モルドレッド:私は今、女性と付き合うつもりはありません。
        パーシヴァルに紹介してはいかがですか。
        あいつなら、カテリーナ嬢もお気に召すと思いますよ。

ランスロット:モルドレッド、お前は十六だろう?
        その年頃なら、もっと色々なことに目を向けてみるのも大事だぞ。

モルドレッド:そうでしょうか。

ランスロット:初恋の甘酸っぱさは、三十を過ぎても残る想い出となる。
        互いの若い頃を知る友は、一生の友人として続く。
        若々しい時代は、お前にはいくらでも残っていると思えるだろうが、あっという間に終わってしまうものだ。

モルドレッド:兄上。
        私は聖騎士に叙されたばかりの未熟者です。
        一日でも早く、一歩でも多く、兄上に近付かなければならない。
        友情ごっこや恋愛ごっこなどに、うつつを抜かしている暇はないのです。

ランスロット:モルドレッド。
        友情ごっこも恋愛ごっこも、少年少女の頃を逃すと、もう遊べなくなる。
        大人になってしまうと、男同士の仲も、男女の恋も、駆け引きになってしまうんだ。
        色々経験しておくことは、深みのある人格を形成する、財産になるのだぞ。
        
        もっと大きく構えろ、モルドレッド。
        お前は最年少で聖騎士に叙された男なんだぞ。

モルドレッド:ふっ……最年少聖騎士か。

        私が唯一『円卓の騎士』に叙されなかった皇子(こうし)だから、
        だから、その埋め合わせでしょう。
        皇子(こうし)の中で私だけ、何の肩書きもないのでは、体裁が悪いですからね。

        ははははははっ。

(礼拝堂の左通路が、角灯の火で明るくなった)
(角灯の火影の作るシルエットに、驚くモルドレッドとランスロット)

ランスロット:枢機卿猊下(すうききょうげいか)……

ゲオルギウス:やあ今晩は、お二方。
       こんな夜更けに話し声が聞こえるものだから、何事かと思いましたぞ。

モルドレッド:…………

        ……失礼しました。
        お騒がせして申し訳ありません。
        私は就寝することにいたします。

        それでは、猊下、兄上、おやすみなさいませ。

(礼拝堂の大扉に向かい、出て行くモルドレッド)


□4/長椅子に腰掛けた枢機卿と聖騎士団長


(年老いた枢機卿は、礼拝堂の天井を見上げていた)
(緩やかな天蓋型天井は、多彩な色ガラスの嵌め込まれた宗教画)

ゲオルギウス:……魔を封じ込める、オルドネアと十三使徒の絵画ですな。
         帝都ログレスのガラス職人たちが、数十年の歳月を費やして生んだ名画です。

ランスロット:かつて地上は、魔のものが溢れ返っていました。
        オルドネアと十三使徒は、地上を支配していた大悪魔(ダイモーン)たちを、
        冥府の魔神ハ・デスの領域である冥府に追放し、地上に現れ出ないようにゲートを設けた。

ゲオルギウス:そう。
        オルドネアと十三使徒が現れなければ、
        地上はいまだに魔が跋扈し、悪徳のはびこる地獄となっていたじゃろう。 

(老枢機卿は沈鬱に瞼を伏せると、十字架に架けられた御子像に目を向けた)

ゲオルギウス:しかしオルドネアは、志半ばで、この世を去った。
        十三番目の使徒ジュダの裏切りによって……

ランスロット:…………

       ええ、そうですね。

(昔日の過ぎ去った時を、思い返す老枢機卿)

ゲオルギウス:あの日のことは、よく覚えております。
         皇帝陛下に十三番目の子がお生まれになったと聞いたとき、嫌なものを感じた。
         しかし、わしは祝福の言葉を述べるつもりで、宣教台に立ったのです。
         じゃが知っての通り、わしの口をついて出たのは、十三番目の子が災いをもたらすという予言だった。

ランスロット:…………

ゲオルギウス:あれは何だったのかと、今でも不思議に思います。
        あれから神懸るようなことは、一度もない。
        ひょっとすると、あれはオルドネアがわしの口を借りて、警告を発したのではないかと。

ランスロット:…………

ゲオルギウス:のう、ランスロット卿。

        わしはモルドレッドが恐ろしい。
        裏切りの使徒ジュダは、生真面目で信仰心に厚い若者だったという。
        モルドレッドは、気質といい言動といい、ジュダの生き写しのようじゃ……

ランスロット:我々人間は皆、原罪を背負って生まれ出てくる。
        だから我々は悪に傾きやすく、誘惑に屈しやすい。

        モルドレッドが裏切りの宿命を背負って生まれたとしても、
        私たちに彼を責める資格があるのでしょうか。
        私たちもまた、原罪を背負った同じ人間なのです。

        神は人間に、己を律する律法を与えたもうた。
        人間は己自身で悪を克服すること出来ると、そう神はおっしゃっているのではないでしょうか。

ゲオルギウス:……いやはや。

        ランスロット卿。
        そなたはわしなどより、遙かに神の御心に近付いておられる。
        七十の歳月を経て、わしは慈愛の使徒パウェルの足下にも届かん……

ランスロット:……弟はしっかりした子です。
        幼少の頃より、甘えも弱音も吐かず、己を律することの出来る子でした。

        しかし弟の律法は、己自身の意思で身に付けたものではない。
        偏見を抱く周囲によって厳格であることを強いられた、脆い律法なのです。

        私はモルドレッドに、己自身の経験からモラルを築いて欲しい。
        人と喧嘩し、失恋し、怨みや嫉妬と向き合い、それを乗り越えていって欲しいのです。

ゲオルギウス:…………

ランスロット:ロンギヌスは、弟に自信を持たせるために譲ったものです。
        お前は疎まれた子ではないと、聖騎士として期待を掛けられていると、そう伝えたかった。

        しかしそのことでモルドレッドは聖騎士としての使命感を抱き、
        それは逆にモルドレッドの視野を狭めることになってしまった。

ゲオルギウス:……ランスロット卿。

ランスロット:人を導くとは、難しいものですな。
        一歩間違えれば、ただの押しつけになってしまう。

ゲオルギウス:そうじゃな。
        しかしランスロット卿、そなたには愛がある。

        オルドネアの説いた、もっとも尊き愛がのう。
        恐らくモルドレッドにとって、一番必要なものじゃ。

ランスロット:はははは。
        しかし三十路(みそじ)過ぎの兄の愛よりも、年の近い淑女の愛の方がいいでしょう。

        カテリーナ嬢は、よいと思うのだがなあ。
        少々気は強いが、恋愛経験がからっきしのモルドレッドにはぴったりだろう。

        ……大人しい婦人のが好みだったのだろうか。


□5/サン・ペテロ大聖堂、中庭


(大正門に続く道を、無言で歩いていくモルドレッド)

モルドレッド:色々経験を積め、か……

        兄上は、それでよかったのだろう。
        第二皇子として、正妻の子として将来を嘱望(しょくぼう)されてきた。
        様々な人間と繋がりを作る過程で、人格を磨いてきたのだろう。

        しかし俺には生まれたときから、忌まわしい予言がついて回った。
        十三皇子の烙印を押された俺には、悠長に遊んでいる暇など無いんだ。

        兄上のアドバイスは、一見もっともらしいが的外れもいいところだ。

(夜風に煽られる前髪の隙間から覗くのは、暗い憤慨を湛えた眼)

モルドレッド:『ハ・デスの生き霊』……!
        必ず貴様らを叩き潰し、俺の正義を示してやる。

        モルドレッド=ブラックモアは、正義の騎士であると!



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