第2話 死霊の蝶
★配役:♂4♀1=計5人
▼登場人物
モルドレッド=ブラックモア♂:
十六歳の聖騎士。
ブリタンゲイン五十四世の十三番目の子。
オルドネア聖教の枢機卿に「十三番目の騎士は王国に厄災をもたらす」と告げられた。
皇帝の子ながら、ただ一人『円卓の騎士』に叙されていない。
魔導具:【-
パーシヴァル=ブリタンゲイン♂
十七歳の宮廷魔導師。
ブリタンゲイン五十四世の十一番目の子。
『円卓の騎士』の一人で、陸軍魔導師団の一員。
お調子者の少年だが、宮廷魔導師だけあって知識量はかなりのもの。
魔導具:【-
魔導系統:【-
エドワード♂:
三十二歳。
カーディフ警備隊の隊長。
シェーラという妻がいる。
アルバート♂:
享年二五歳。エドワードの弟。
生前はカーディフの警備隊員だった。
三年前の『ハ・デスの生き霊』の下部組織である、『ハ・デスの使い魔』の摘発時に死亡した。
性別不明・年齢不詳の死霊傀儡師。
『ハ・デスの生き霊』の地位は、主教。
色素の抜けた白髪と、赤い虹彩のアルビノ。
魔導具:???
魔導系統:【-
※被り・飛ばし推奨
隊員A♂
隊員B♂
※注意
・ルビの振ってある漢字は、ルビを読んでください。
・特定のルビのない漢字は、そのまま読んでください。
□1/新月の夜――真夜中の墓地
モルドレッドN:暗闇に月が喰われた朔の夜。
星の光も絶えた無明に浮き彫りになる人影。
ゆらりゆらりとおぼつかない足取りで。
夜よりも深く、闇よりも昏いローブの翅を広げたのは――
モルドレッド:……占い師。
黒翅蝶とか名乗っていたな。やはりお前だったか。
黒翅蝶:新月の夜。
夜の女王が喪に服す暗黒の空……
モルドレッド――
汝が願いに応え、今宵、真実の一端は明かされる……
モルドレッド:お前は国内で多発している、一連の死体盗掘事件の関係者か。
それに答えてもらう。
――エドワードさん。
エドワード:はい、モルドレッド様。
お前たち、あの占い師を捕らえろ!
(エドワードの号令で、墓場のあちこちに松明の火が灯る)
(墓碑の裏から一斉に飛び出す警備隊の隊員たち)
黒翅蝶:くっくっくっく……
十三皇子モルドレッド……
万の言葉を連ねるより、一つの真実を示さん。
エドワード:ブライアン! フレッド! 取り押さえろ!
黒翅蝶:湿った墓土に、その身を横たえし屍よ。
冥府の底に沈みし後も、消えぬ想いを為し遂げよ。
記憶の欠片を縫い合わせ、かりそめの魂を作り出せ……
パーシヴァル:こいつ……ネクロマンサーだ!
しかもかなり高位の……やばいよ!
エドワード:このカリカリと爪で引っ掻くような音……
この気味悪い音はまさか……
パーシヴァル:死者の爪が、棺桶を引っ掻いているんだよ!
みんな気をつけろ! そこら中からアンデッドが現れるぞ!
黒翅蝶:汝ら
いざ響かせよ……
隊員A:うわあっ、足を! 地面から足を捕まれた!
エドワード:孤立するな!
全員一箇所に集まり、防御を固めろ!
隊員A:ひぃぃ! やめろ! やめてくれ!
隊員B:隊長! エドワード隊長ーっ!
エドワード:ブライアン! フレッド!
くそっ……アンデッドの群れに飲み込まれてしまった……
(墓地の土の下から、続々と這い出す死者たち)
(何百ものゾンビやスケルトンが三十数人の警備隊員たちを取り囲む)
モルドレッド:貴様……何者だ!
占い師:
死者と語り、死霊をはべらせ、屍を抱く
エドワード:『ハ・デスの生き霊』だと……!?
三年前に覆滅した『ハ・デスの使い魔』の残党か!?
黒翅蝶:『ハ・デスの使い魔』は我々の末端組織に過ぎない……
『ハ・デスの生き霊』こそ、冥府王ハ・デスの
モルドレッド:生き霊でも、使い魔でも、どちらでもいい!
死者を己の道具とする、人間の尊厳を踏み躙る悪行!
ネクロマンサー! 貴様のような悪党は断じて許さん!
黒翅蝶:黒き蝶の触覚を震わせるは、死者の悦び……
汝の耳に、彼の声は届かないか、十三皇子……?
モルドレッド:わけのわからん戯れ言を!
俺の耳に届くのは、安らかな眠りを乱された哀しみ!
貴様に操られた、哀れな人々の嘆きがあるだけだ!
エドワード:あ、あれは……!
(墓場の向こうからやってくる、錆びた板金鎧を着込んだ骸骨戦士)
(鉄兜の下には肉の腐り落ちた髑髏。虚ろな眼窩に昏い火が燃えている)
エドワード:あの鎧は……! アルバート!?
アルバート:兄、貴……
(警備隊員の防御陣から、驚いて一人進み出るエドワード)
(骸骨となったアルバートも真っ直ぐ向かってくる)
エドワード:あ、アル……!
ネクロマンサー、貴様あっ!
私の弟を、アルバートを辱めるとはっ!
黒翅蝶:くっくっく……辱める?
汝、真実を知るべし――
(三年ぶりの兄弟の再会の瞬間、激しい金属音が打ち鳴らされる)
(突然アルバートが手に提げた剣を振り下ろし、エドワードが咄嗟に受け止めていた)
エドワード:アル!?
アルバート:兄貴……
俺は、あんたが憎かった……
ずっと、ずっと……死んだ後も……
エドワード:あ、アル……
アルバート:いつも、あんたは俺から奪っていった……
親父とおふくろの期待は、あんた一人に……
警備隊の隊長も……俺は、ずっとなりたかった……
でも、選ばれたのは、あんただった……
エドワード:アルバート……
アルバート:俺の居場所……やっと見付けた、俺の居場所……
シェーラ、シェーラまで……あんたは、奪った……
エドワード:アル、聞いてくれ!
シェーラはおまえの――
アルバート:……死ね!
死ね、エドワード……!
モルドレッド:危ない、エドワードさん!
(即座に前に出たモルドレッドが防戦)
(骸骨戦士の錆びた剣とロンギヌスが衝突)
(聖槍ロンギヌスの神気を浴び、苦しげに後退するアルバート)
アルバート:ウ、オオオオ……!
モルドレッド:迷える死者よ、今浄化を――!
エドワード:待ってください、モルドレッド様!
モルドレッド:エドワードさん!?
エドワード:弟を、アルバートを、私に任せてください。
モルドレッド:しかし――
エドワード:お願いします!
アルバートと話をさせてください!
モルドレッド:……わかりました。
全隊員、告ぐ!
只今より、俺の指揮下に入れ!
死者をもてあそぶ、悪しきネクロマンサーを倒す!
エドワード:ありがとうございます、モルドレッド様。
アルバート:ウ、ウウウ……
エドワード:アルバート……
アルバート! 私はこっちだ!
アルバート:エドワード……!
殺す……殺してやる……!
□2/真夜中の墓地、戦闘指揮を執るモルドレッド
モルドレッド:恐れるな!
ゾンビなど所詮操り人形に過ぎん!
山賊や魔獣の方が、遙かに手強い相手だ!
それらと戦ってきたあなたたちなら、アンデッドなど物の数ではない!
(仲間が切り倒されても意に介さず、愚直に突撃を繰り返すアンデッドの波状攻撃)
(モルドレッドの指揮の下、隊員たちは防御陣で迎え撃つ)
黒翅蝶:『物の数ではない』?
果たして……?
黒き翅が振り撒く鱗粉は、我が敵を死病に侵す……
汝らとて例外にあらず……
モルドレッド:大した自信だな、ネクロマンサー。
それで俺の前に現れ、犯行予告までしていったのか。
黒翅蝶:オルドネア聖教枢機卿ゲオルギウスは予言した……
十三使徒ジュダが救世主オルドネアを裏切ったように、
十三番目の『円卓の騎士』は、ブリタンゲインに大いなる災いをもたらすであろう……
故に汝はブリタンゲイン五十四世の皇子でありながら、『円卓の騎士』に叙されなかった。
十三人いる皇帝の子の中で、ただ一人、汝のみが……
モルドレッド:フン、くだらん。
俺をそそのかし、貴様たちカルト教団の旗印に担ぎ上げるつもりか?
生憎だが、俺は貴様らの思惑通りになど動かん。
俺は『円卓の騎士』ではないが、オルドネア聖教の聖騎士として、
ブリタンゲインの平和と安寧のために身を砕く者だ。
見込み違いだ、狂信者!
黒翅蝶:見込み違い……? どうかな……?
蝶の眼には見え、揺れる……
孤独……
汝の心にくゆる闇の炎……
モルドレッド:黙れ、ネクロマンサー!
黒翅蝶:汝が仕えるのは、汝を省みぬ、無価値な象徴……
皇帝、祖国、親、兄弟、国民……
黒翅蝶には、汝の凍てつく熱気がわかる……
汝を迎え入れる場所は――……
パーシヴァル:モル! こんな奴の誘惑に耳を貸すな!
モルドレッド:ああ、パーシヴァル!
この不愉快な犯罪者を黙らせてやる!
パーシヴァル:オーケー、了解!
いくぜネクロマンサー!
宮廷魔導師の実力を見せてやるさっ!
天を翔ける猛き稲妻よ。
我が手に集い、我が手に弾け、
我らが敵へ、天壌の怒りを落とせ。
ゼウス・ガベル!
(パーシヴァルの掲げた魔導杖の先端に、電気を迸らせる高熱のプラズマ球が発生)
(目映い稲妻光線が乱れ撃たれ、ゾンビの群れを撃滅していく)
パーシヴァル:おいらの【-
こいつは結晶構造を
魔晶核の魔力ブースト効果は、従来の増幅水晶比150%!
モルドレッド:平たく言うと、非常に強化されていると言うことだ!
ネクロマンサー、貴様に勝ち目はない! 大人しく降伏しろ!
黒翅蝶:死者の宴は、まだまだ続く……
いかずちの跳ね回るリズムに、死者も踊り狂う……
汝ら聞け……Dead Symphony……
モルドレッド:数を増やしても同じことだ!
パーシヴァル、頼むぞ!
パーシヴァル:【-
飛べ、〈
(起動ワードを合図に、両肩の五角柱水晶が離昇し、同時に五つに分離)
(合計十個の水晶体が自律飛行しながら、それぞれに火球や氷柱を唱え、多数一斉攻撃)
パーシヴァル:これが【-
二つの増幅水晶〈
その数合計十個!
基礎スペルしか使えないのが欠点だけど、魔導師十人分に匹敵する手数の多さ。
おいら自身を含めると、十一人分の魔導師がひと揃いってことさ!
黒翅蝶:死体蘇生が追い付かない……!?
パーシヴァル:一体蘇らせるあいだに、二体倒す!
三体蘇らせるなら、六体倒してやるさ!
モル! さっさと勝負決めちまえ!
モルドレッド:よし! 全隊員に告ぐ!
パーシヴァルの掩護魔法が、ゾンビの増殖を押さえ込んだ!
今だ! 行くぞ! 突撃!
□3/墓地の隅、エドワードとアルバート
アルバート:はあああっ――!
エドワード:くうっ……!
アルバート:くくっ、兄貴を押してるぞ!
ずっと負け続けていた俺が、兄貴の剣を!
エドワード:うおーっ!
(鍔迫り合いで押し負けて、エドワードの剣が弾き飛ばされる)
(すかさず肉薄し、下段斬りを放つアルバート)
(腰に下げた短剣二本を交差させ、エドワードは辛うじて防いだ)
アルバート:はっはっは! 凄いぞ!
生きていた頃より、力も技も剣の冴えも増している!
エドワード:アルバート、今の自分の姿が見えているのか!
醜いスケルトンと化し、ネクロマンサーの下僕に成り下がって、
何をそんなに楽しそうにしているっッ!!
アルバート:黙れエドワード!
俺はずっとお前を殺したかった!
あのネクロマンサーは、俺の願いを叶えてくれた!
ネクロマンサーだけが、ネクロマンサーだけがっ、
俺の無念に耳を傾けてくれたんだっッ!
(髑髏の陰火の眼が、憎悪に燃え上がる)
(短剣を折られ、エドワードの胸当てに縦一文字の斬撃が走る)
エドワード:ぐあああああっ!!
(墓地に蹲るエドワード。手で押さえた胸からは、血の飛沫がしたたり落ちる)
エドワード:そ、そんなにも……
そんなにも私が憎かったのか、アルバート……
アルバート:…………
エドワード:……いいだろう。
それでお前の気が晴れるなら、私の命を持って行け。
アルバート:…………
エドワード:さあ、私を殺せ!
お前の好きなようにしろ!
アルバート:あ、ああ……
エドワード:すまなかった……気づいてやれなくて……
アルバート:あ、兄貴……
(骸骨戦士の錆びた剣が、震えながら宙を迷う)
(髑髏の眼に灯る陰火は、躊躇うように揺れていた)
□4/反撃戦、モルドレッド
パーシヴァル:みんな! 目標はあのネクロマンサーだ!
モルドレッド:我々の勝利は近いぞ!
黒翅蝶:…………
モルドレッド:観念しろ、ネクロマンサー!
黒翅蝶:くっ、くくくく……ははははは……
盤上の配置は終わった……
……屍の
死毒となりて爆ぜよ……
(墓場に転がるゾンビの骸から、濃緑の煙が噴出し漂う)
隊員A:う、おおお……
隊員B:く、苦しい……
隊員A:げぐあっ――
モルドレッド:なっ――! どうしたんだ!?
パーシヴァル:死体を毒の爆弾に変える魔法だよ!
あのネクロマンサー、最初からこれを狙ってたのか!
ゴホッ、ゴホッ!
やっべえ……おいらもモロに喰らっちまった……
(喉を押さえて苦しむ隊員たちと一緒に、パーシヴァルも膝をついてくずおれる)
(墓地の空中を自在に飛び回っていた水晶体の群れも、力無く地面に落ちていく)
モルドレッド:パーシヴァル!
くっ、全員後退しろ!
ロンギヌスの効果範囲に入れば、毒は通じない!
(ロンギヌスの加護の効果を増大させるモルドレッド)
黒翅蝶:逃がしはしない……
冷たき骸たちよ……
温もりの花に誘われ、熱の蜜を啜れ……
(最前線の隊員たちは、ゾンビの群れに引きずり倒され、全身を噛みつかれる)
(ロンギヌスの波動で、パーシヴァルを含む後列の隊員たちは、死体の毒煙から回復)
モルドレッド:パーシヴァル、【-
パーシヴァル:……うえっ。
悪ぃモル……
吐きそうだし、頭割れそう……
魔晶核の制御に集中できないよ……
モルドレッド:くっ。まだ毒が抜けていないのか!
黒翅蝶:我が手の内で踊った、皇子らの喜劇は楽しかった……
褒美に永遠を送ろう……死という永遠を……
(黒いローブの袖から、色素の抜け落ちた繊手が持ち上がる)
(黒翅蝶の鮮血の眼が、死の凍土に冷えていく)
黒翅蝶:汝ら群れ集え……弱くか細き死人たち……
巨大なる肉塊……醜悪なる巨人……
モルドレッド:ゾンビが……一カ所に寄り集まっていく……!
パーシヴァル:屍肉が捏ね回され、骨が繋がって、一つの肉塊へ融合……
こいつ……あの上級魔法も習得しているのか……!
エドワード:アルバート!
行くな! アルバート!
(死体の毒煙を吸い込み、蒼白になったエドワードが追ってくる)
(肉塊に取り込まれる死者の群れには、板金鎧のスケルトンの姿もあった)
黒翅蝶:くっくっく……無駄だ。
憎悪に耳を閉ざした復讐者に、汝の声は届かぬ。
アルバート:…………
(骸骨戦士は呼び掛けに一瞬振り向いただけで、肉塊に飛び込んだ)
黒翅蝶:汝らは一つ……屹立せよ……
□5/濃緑の濃霧に、屍肉巨人の影が映る墓地
パーシヴァル:で、でっけえ……
目測で五、六メートル……
おいらの身長を三倍するより大きいよ。
モルドレッド:くっ、しかし相手はアンデッド!
ロンギヌスの破邪の力は、巨大な悪にはより力を増す。
一つにまとまった分、くみしやすいと言える!
パーシヴァル:こいつの目的は違うよ、モル!
フレッシュゴーレムをさっきと同じ死体爆弾に使って、おいらたちを皆殺しにするつもりだ!
黒翅蝶:正解……
そう、皇子らに手向ける
くっくっくっく……
モルドレッド:くっ……!
モルドレッド:(ロンギヌスの力を集中すれば、俺一人は凌げるだろう)
(しかし、それではパーシヴァルや警備隊の隊員たちが……!)
(どうすればいい……どうすれば……)
アルバート:ウウ……憎イ、憎イ……
(屍肉巨人の頭部に埋まった髑髏が怨念を吐く)
エドワード:あ、アルバート……
アルバート:兄貴……殺ス……
エドワード:やはりお前はもう……
モルドレッド:警備隊員アルバート!
(戦闘陣の中心から出、屍肉巨人の頭部へ指を突き付けるモルドレッド)
モルドレッド:思い出せ、アルバート!
あなたの警備隊員としての誇りを!
生前積み重ねた生き様を、たった一時の感情で台無しにしてしまうのか!
アルバート:違ウ……
俺ハ、ソンナ立派ナ男ジャナカッタ……
イツモ、兄貴ヘノ嫉妬ニ苛マレ……
警備隊員ニナッタノモ、兄貴ノ鼻ヲ明カシテヤリタクテ……
デモ、ヤッパリ兄貴ノ背中ヲ眺メルダケ……
モルドレッド:あなたの本心は、虚栄と嫉妬だったのかもしれん!
しかし、あなたが警備隊員として為したことは、まぎれもなく正義だった!
あなたの本心はどうあれ、生前のあなたは悪に屈せず、世のために働いた警備隊員だった!
アルバート:ウ、ウウ……
モルドレッド:オルドネアの使徒パウェルは言った!
「正しき心は、弱さの中で完成する」と!
生前のあなたは、弱き心と戦いながら、正義を為した!
アルバート!
あなたは誇り高き、カーディフの警備隊員なのだ!
アルバート:オ、オオオ俺ハ……
兄貴……シェーラ……
黒翅蝶:アンデッドが惑う……?
アルバート:ウオオオッ……
兄、貴……助ケ……
エドワード:アルバート!
黒翅蝶:
これより終幕を下ろす……
……屍の汚血よ。
パーシヴァル:おっと、そうはさせないぜ!
〈
(墓地中に落ちていた水晶体が浮き上がり、屍肉巨人の周囲を浮遊包囲)
黒翅蝶:……汝!?
モルドレッド:回復したか、パーシヴァル!
パーシヴァル:モルの時間稼ぎのお陰でね!
よーし、とっておきの魔法をお披露目しちゃうよ!
黒翅蝶:屍の
怨みと憎悪を撒き散らし、穢れと死で犯し尽くせ……
(腐った皮膚が敗れ、血の代わりに緑の毒煙を立ち上らせる屍肉巨人)
パーシヴァル:純粋なる破壊の元素よ、紅く燃ゆる荒ぶる炎よ。
骨の髄まで焼き尽くし、魂までも灰燼に帰さん……
(水晶の群れが自在に動き、紅い線を結ぶ。屍肉巨人を封じ込めるように、立体結界を形成)
黒翅蝶:死毒となって爆ぜ……汝らの怨念を轟かせ……!
パーシヴァル:煉獄の檻へ閉ざされ、我が敵よ、劫火に滅べ!
ジェイル・プロメテウスっ!
(死毒の火山となって炸裂する屍肉巨人)
(毒の爆風を押し止めるように、煉獄の炎が噴き上がる立体結界内)
(互いの魔法の発動時間が終了。互いを結ぶ線が消え、水晶の群れが離れていく)
パーシヴァル:やった――!
黒翅蝶:なんと……!!
(黒く焦げた煙の晴れた先には、変わり果てた屍肉巨人の姿)
(屍肉のほとんどを毒煙に変え、或いは灰にされ、僅かに肉を残した骸骨という有り様だった)
パーシヴァル:毒煙は残らず封じ込めて、焼き尽くしたよ!
モルドレッド:よし、パーシヴァル! 後は俺に任せろ!
(聖槍ロンギヌスを振るい、モルドレッドは疾走していく)
モルドレッド:オルドネアの聖霊よ!
我こいねがう! 我請い求むる!
降誕せよ、断罪の秘蹟!
再臨せよ、審判の天使!
(巨大骸骨となったゴーレムの前で、モルドレッドは高く跳ぶ)
(闇夜を背景に、光の十字架となって広がるロンギヌス)
(巨大骸骨の頭上から、モルドレッドが光の十字架を振り下ろす)
モルドレッド:救済の十字架で、全ての悪を贖わん!
この世界より滅び去れ、邪悪よ!
黒翅蝶:っあっ……!
眩しい……眼が焼かれる……!
パーシヴァル:よっしゃあーっ!
ゴーレムがバラバラに崩れ落ちた!
モルドレッド:ネクロマンサー! もう貴様に逃げ道はない!
無駄な抵抗は止めて、大人しく我々に拘束されろ!
黒翅蝶:くっくっく……
運命の歯車は回る……
汝の生まれ落ちた、十六年前より……
もはや止めることは叶わず……
(黒翅蝶の手から、羊皮紙の巻物が下向きに広がる)
(羊皮紙のスペルが発光し、巻物に込められた魔法が完成した)
パーシヴァル:帰還の魔法――!?
モルドレッド:待てっ! 逃がさん!
(ロンギヌスの槍を投擲するモルドレッド)
黒翅蝶:十三皇子とハ・デスは噛み合い、破滅の軋みを立てる……
汝望むとも、望まずとも、予言は成るであろう……
モルドレッド……
黒翅蝶は、汝との再会の刻を待ち焦がれよう……
また、会う日まで――……
(ロンギヌスの穂先は、黒翅蝶の黒い残影を貫くのみだった)
(空しく墓土に突き刺さった聖槍を引き抜き、モルドレッドは顔を歪める)
モルドレッド:ネクロマンサー……!
(ゴーレムの残骸の前に立っているエドワード)
(割れた髑髏の一つが語り掛けてくる)
アルバート:うう……俺は……
兄貴……? そこにいるのは兄貴か……?
エドワード:アルバート!
アルバート:あ、兄貴……すまない……すまなかった……
(気にするなと、首を横に振るエドワード)
エドワード:アル……お前の子供が生まれたんだ。
お前が死んだ後、シェーラにお前の子がいることがわかった。
もうすぐ二つになる。男の子だぞ。
アルバート:俺の子……
俺の子供が生まれたのか……
そうか……ははは……
エドワード:お前の生きた証だ、アルバート。
アルバート:兄貴……
シェーラを、俺の子を……頼む……
エドワード:ああ、約束しよう。
アルバート:ありがとう……
エドワード:今度よく晴れた日曜に、お前に会いに行くよ。
シェーラと、お前の子と一緒に。
アルバート:ふ、ふふ……楽しみ、だ……
ああ……
また、兄貴と一緒に、酒が飲みてえ、な……
(髑髏の眼窩に燃えていた陰火が消え、アルバートは沈黙した)
パーシヴァル:ネクロマンサーの呪縛が解けたんだ……
モルドレッド:……最後の一瞬に、自分を取り戻したのか。
パーシヴァル:ふあ〜……疲れたぁ。
眠いよ、モル……
モルドレッド:宿所まで寝るな。
パーシヴァル:んなこと言ってもさぁ。
魔法って、すごい精神集中するんだぜ……
魔法詠唱中は、脳の活動のために血中糖度が上昇して、
魔法を使った後は、上昇した血中糖度を下げるためにインシュリンが分泌されるから、
目眩と立ちくらみが――
モルドレッド:――おいっ! 倒れるぞっ!
(ふらりと倒れたパーシヴァルを、慌てて抱き留めるモルドレッド)
モルドレッド:まったく……眠りこける直前まで
エドワード:ははは……パーシヴァル様は、大活躍でしたからね。
おーい!
パーシヴァル様を、宿所までお運びしろ!
モルドレッド:すいません……
しかし――長い夜でしたね。
エドワード:ええ、長い夜でした……
でもどんな夜の後にも、朝日は昇りますよ。
アルバート……
もう一度お前と話せて、良かった……
モルドレッドN:この世ならざる一夜は明けた。
朝日の下に照らし出された骸たちは、
踊り疲れたように、再び永遠の眠りに就く。
しかし、首謀者のネクロマンサーは、夜明けの闇へ逃げ延びた。
黒翅蝶……『ハ・デスの生き霊』なる教団。
ブリタンゲイン帝国に、不吉な死の影が忍び寄ろうとしていた。
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